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K暖熊本支援チーム活動記録誌(2011年~2025年)KIZUNA熊本支援チーム15年のあゆみしまさん災害支援リーダーDisasterSupportReportA絆LESE5手のあゆみいEUCHT私たちの経験知広く、未来へ伝える一般社団法人熊本支援チーム

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発刊への想い本誌は、一般社団法人熊本支援チームが、これまでに取り組んだ災害支援の活動を記録し、「経験知」として広く伝えることを目的としています。2016年4月に発災した熊本地震から10年が経ちました。その後も、熊本豪雨災害(2020年)、能登半島地震・奥能登豪雨(2024年)など災害は無くなることなく、私たちの日常に襲いかかってきています。熊本支援チームは、2011年3月の東日本大震災をキッカケに熊本県内の有志メンバーにより任意団体として発足。熊本および全国の災害支援への持続可能な体制づくりを目的に2020年7月13日、一般社団法人化しました。これまでの活動を通して培ってきた災害支援の経験や県内外の人脈、既成概念にとらわれず生み出したアイデアは、災害ごとに2冊の記録誌『TEAM』『OMOI』にまとめ、広く発信してきました。そして、熊本地震から10年が経った今年、これまでの活動のすべてを1冊にまとめた『KIZUNA』を発刊することといたしました。私たちが15年におよぶ活動で培った経験知のすべてを広く、未来へと伝えていきたい。この経験知は、これから起こりうる災害の被災地支援においてもきっと役に立つ。『KIZUNA』には、そんな想いを込めています。一般社団法人熊本支援チームTEAM12omol新しいコロナにおけるのつながりからカタチいのカタチDisasterSupportReportゲームKIZUNA熊本支援チーム15年のあゆみ私たちの広く、未来へ伝えるDisasterSupportReportゲーム※本誌に掲載しております方々の肩書はインタビュー当時のものです。

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熊本支援チーム活動記録誌2011年~2026年KIZUNADisasterSupportReport広く、未来へ伝える私たちの経験知56熊本豪雨災害支援活動57被害について59熊本豪雨災害の体制61新しい支援のカタチ0163665現地常駐スタッフと現地拠点現地常駐スタッフインタビュー新しい支援のカタチ02クラウドファンディングと学生有償スタッフ67学生有償スタッフインタビュー4969新しい支援のカタチ03スマートサプライとの連携目次71新しい支援のカタチ047212イベント設営のプロと連携新しい支援のカタチ05建築のプロと連携3代表理事あいさつ7373これまでの活動5794団体概要受賞歴発足のきっかけ住宅再建事業7075支援物資の配布、高圧洗浄機無償レンタル活動76炊き出し、地域団体等からの各種要請に応える活動、前身団体紹介クラウドファンディングサポート活動7710東日本大震災支援活動775エブリバ!スタディーツアーの企画78クリスマスマーケットin人吉11東日本大震災の活動紹介クリスマスマーケット熊本79継続支援の仕組みづくり14熊本地震支援活動81被災地の協力者8715熊本地震の活動紹介広がる支援の輪17熊本地震支援活動の概要89リモートチーム19熊本地震から2週間激動の日々を振り返る90活動写真21オペレーションチーム対談95報道記録23学生チーム対談99能登半島地震支援活動25筑後ベース対談27企業との連携100能登半島地震の被害について10131これまでの活動能登半島地震の活動紹介33物資支援105能登半島地震の体制10735情報収集データベース化熊本支援チームの拠点と活動人員37ガテン109被災地の協力者39崇城大学ボランティアビレッジ117被災地の仲間新チーム発足へ41ブリッジクマモト11942WINgクマモト43仮設団地・竹あかりワークショップ12044イベント企画イベント支援121222奧能登豪雨支援活動奥能登豪雨の被害について活動を通して見えた課題45支援活動マッチング・被災地案内・講演、引っ越し12346避難所・若葉小学校支援、アップフィールド125現地常駐メンバーインタビュー活動写真12947くまモンカフェ・くまモンリュック、炊き出し報道記録48わんにゃんハウスのサポート、anone133|私たちが描く未来の姿49地震後の熊本137熊本豪雨災害支援活動53つながる心、広がる笑顔。55熊本の現在138|インフォメーションあとがき2

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3代表理事あいさつ/団体概要一般社団法人熊本支援チーム代表理事あいさつ熊本支援チーム代表理事熊本支援チーム代表理事池田親生三城賢士2016年の熊本地震から、10年という節目を迎えました。あの日、私たち自身も被災者となりながら、「今、自分たちにできることは何か」を問い続け、仲間と共に支援活動を続けてきました。振り返れば、この10年間の中で、熊本豪雨災害や能登半島地震など、全国各地で大きな災害が発生しました。そのたびに、多くの人の想いと支え合いの力に触れ、「災害支援は、人と人とのつながりそのものだ」と強く感じています。被災地では、目の前の片付けや復旧だけでなく、孤独や不安に寄り添うことも大切な支援です。そして、その支援を支えているのは、全国から想いを寄せてくださる方々の存在でした。この記録誌には、私たちが歩んできた15年間の活動だけでなく、その中で出会った多くの人たちとの“つながり”が詰まっています。これまで支えてくださった皆さまへの感謝とともに、未来への「たすけあい」を繋ぐ一冊になれば幸いです。熊本地震から10年。あの経験は、今もなお私たちの活動の原点として残り続けています。2011年の東日本大震災をきっかけに始まった熊本支援チームは、「困っている人を放っておけない」という想いのもと、多くの仲間たちと共に活動を続けてきました。そして熊本地震では、自分たちが被災しながらも、全国から届く支援や、人と人との助け合いに何度も救われました。この10年の間に、災害支援の形も大きく変わりました。SNSやオンラインを通じた情報共有、遠隔での支援、地域同士の連携など、新しい支援の形が広がっています。一方で、現場で人と向き合い、声を聞き、寄り添うことの大切さは、今も変わりません。災害は、いつどこで起こるか分かりません。だからこそ、平時から人と人が繋がり、支え合える関係を築いておくことが、これからの社会に必要だと感じています。この活動記録誌が、これまでの歩みを振り返るだけでなく、未来の防災や支援活動を考えるきっかけになれば幸いです。

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一般社団法人熊本支援チーム団体概要当法人は、全国及び熊本の災害支援を目的に、被災地域や企業支援団体・NPO等と協働し、被災者の救済、生活再建や被災地域の復興支援活動に取り組むことにより、安全で安心して暮らすことができる社会の形成に寄与することを目的とし、次の事業を行う。1.被災地への援助及び救援、支援の事業2.被災者の生活再建、就業、生きがい創出を支援する事業3.被災地における産業再建、新規起業を支援する事業4.被災地における住民福祉の向上と文化の振興を支援する事業5.被災地の復興及び防災にかかる人材育成事業6.災害関連情報の収集及び発信事業7.民間団体、企業、公的機関等とのネットワーク構築事業8.ボランティアの募集、受け入れ、派遣に関する事業9.復興まちづくりのための調査研究、実践、普及に関する事業10.災害救援、復興、防災に関する啓発及び広報事業11.義援金支援金の募集及び基金運営事業12.復興支援に関わるチャリティ事業13.民間団体を育成するための指導助言に関する事業14.被災地の産業振興、被災者の収入確保、支援団体の資金確保に資する収益事業15.前各号に掲げる事業に付随又は関連する事業団体名一般社団法人熊本支援チーム(旧名称)東日本大震災・熊本支援チーム熊本地震・熊本支援チーム◎代表理事池田親生(竹あかり演出家)(株)C.KLAB代表取締役◎代表理事三城賢士(竹あかり演出家)(株)ちかけんプロダクツ代表取締役設立日任意団体設立一般社団法人化2011年3月16日・・・・・・・・・2020年7月13日・・・・・・◎代表理事栗谷利夫役員法人所在地〒861-2101熊本県熊本市東区桜木3-1-26ホームページ電子メールhttps://www.kumamoto-team.netemail@kumamoto-team.netキンケイファーム創業者◎代表理事野口修一(一級建築士)環境共生施設研究所代表◎代表理事・事務局長荒木真吾(株)ディカーナ代表取締役◎監事松﨑武則(税理士法人近代経営)※当法人は、災害緊急時に災害現場での意思決定契約行為がスムーズに行えるよう、5名の共同代表制の組織です。4

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5受賞歴受賞歴第7回「ジャパン・レジリエンス・アワード(強靱化大賞)」金賞(NPO・市民活動部門)受賞ジャパン・レジリエンス・アワード20212021金賞(NPO・市民活動部門)一般社団法人熊本支援チーム受賞式にて挨拶する熊本支援チーム代表理事の池田親生一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会(本部:東京都、会長:広瀬道明東京ガス株式会社取締役会長)は、2021年3月18日、都内にて表彰式を開催し、「第7回ジャパン・レジリエンス・アワード(強靭化大賞)」の受賞者を発表。「一般社団法人熊本支援チーム」が金賞(NPO・市民活動部門)を受賞しました。東日本大震災から熊本地震などのこれまでの災害支援の取り組みに加え、2020年7月熊本豪雨災害において「コロナ禍による新しい災害支援のあり方」として新たな被災地支援の方法や有償スタッフの仕組みを構築、実践した実績が認められ、今回の受賞に至りました。「ジャパン・レジリエンスアワード(強靱化大賞)」とは全国で展開されている次世代に向けたレジリエンス社会構築への取り組みを発掘・評価、表彰する制度として2014年11月に創設。強靭な国づくり、地域づくり、人づくり、産業づくりに資する活動、技術開発、製品開発等に取り組んでいる企業・団体の表彰を行っています。https://www.resilience-jp.biz/award/ジャパン・レジリエンス・アワード2021

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キャンプファイヤークラウドファンディングアワード2020ソーシャルグッド賞受賞社会問題と向き合う人のクラウドファンディングGoodMorningプロジェクトをはじめプロジェクトをさがすGoodMorningISSUESGoodMorningとは?ログイン/新規会員登録#withくまもと長期化する水害復旧活動。全国の皆さん、力を貸してください!kumamototeam●ソーシャルグッド¥現在の支援総額たくさんのご支援本当にありがとうございます!前代未聞の二重災害を乗越える熊本水害×コロナウイルス2000万円2100応援の無限の可能性2500万円2600人3000万円3100人活躍可能に!20,261,500337%目標金額は6,000,000円支援者数2203人①募集終了まで残り終了CAMPFIRECROWOFENDING2020ソーシャルグッド有償の学生支援チームをつくるために取り組んだ「キャンプファイヤークラウドファンディング」(詳しい内容は65-66ページ参照)。たくさんの方々に応援いただいたおかげで、クラウドファンディングアワード2020「ソーシャルグッド賞」に選出されました。ご支援いただいた皆さま、本当にありがとうございました。「キャンプファイヤークラウドファンディングアワード2020」とは特に優れた挑戦を讃えることを目的に、2020年に実施された約13,000件にのぼるクラウドファンディングプロジェクトから「2020年を代表する100プロジェクト」を選出。さらに「支援総額」「支援者数」「影響力」の観点に加え、Twitterによる「一般「投票」の結果から総合的に評価し、「総合賞」に加え、4つの「部門賞」と「特別賞」の合計22のプロジェクトを決定。https://award.camp-fire.jp/2020/CAMPFIRECROWDFUNDINGAWARD2020キャンプファイヤークラウドファンディングアワード20206

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発足のきっかけ私たちが考える※情報・肩書・数字・年数などはインタビュー時(2018年)のものです。災害支援の在り方支援チームはどのようにして生まれ、どう広がっていったのか。熊本地震熊本支援チームとチーム熊本の代表等が振り返ります。そこには「災害支援の在り方」について、確固たる考えがありました。7熊本地震熊本支援チーム共同代表一般社団法人チーム熊本代表理事熊本地震熊本支援チーム共同代表熊本地震・熊本支援チーム事務局長池田親生三城賢士栗谷利夫荒木真吾“行動すること"が何よりも大切栗谷利夫(以下、栗)まずは私たちの出会いから振り返りましょう。三城君と池田君に最初に会ったのは、今から15年ほど前。まだ君たちが大学生だった頃ですよね。当時、熊本に新しいまつりを創出しようという動きがあり、私はその委員会に参加していました。そこで生まれたのが『みずあかり』というまつりです。これは大勢のボランティアと一緒に竹あかりを作り、街を彩るというまつりですが、その竹あかりのオブジェを制作したのが三城君と池田君でした。それから私たちの交流はずっと続いています。三城賢士(以下、三)私と池田は大学卒業後、竹あかり演出会社『ちかけん』を起業し、竹あかりを中心とした地域活性化に取り組んでいました。池田親生(以下、池)東日本大震災が発生した翌日、私と三城は軽トラックに乗って被災地へ向かったんです。その時も、栗谷さんに道中、連絡を入れました。栗率直に「すごいな」と思いましたよ。その時、世間の大多数の声は、混乱している状況なので「被災地には行くな」というものでした。でも、私は2人にエールを送ったんです。そのことによって、私自身もずいぶん非難されましたけどね。でも、私には確固たる想いがありました。それは「行動することが何よりも大切」だということ。阪神淡路大震災の時に、被災された方から聞いた「売名でも利益のためでも、何でもいい。来てくれて、行動してくれることがありがたい」という言葉が、今でも私の根底にあります。どう思われようとも、行動に勝るものはありません。私は、彼らがこれまでに、いろんな荒波に立ち向かってきた姿を知っていました。火の粉を払い除けながら進む力があると信じ、背中を押したのです。普通の人なら絶対に止めましたけどね。池私にも、背中を押してくれた言葉があります。被災地へ向かう道中、大阪で日本の社会活動家が集まってミーティングをするという場に遭遇したのですが、そこで出会った人の言葉が心に響きました。「絶対にボランティアでないとできないことがあります。それは計算では分かりません。上に行き、下に行き、右に行き、左に行ってください。必ず役に立てます」。それで、被災地へ行く気持ちがいっそう強くなりました。三最初に向かったのは福島県郡山市。そこ米、毛布、水が足りないと聞いたので、市民活動を一緒にしていた荒木にすぐに連絡し、有志を募って、私たちが熊本へ帰って来るタイミングでミーティングができるよう準備してもらいました。荒木真吾(以下、荒)そこで「支援チームを作ろう」という話になって。それが東日本大震災熊本支援チーム誕生のキッカケになりました。築いてきた縦・横のつながりが生命線に池そして2016年4月14日、私たちが暮らす熊本で、熊本地震が発生。その日、私は東京に出張中でした。アポイントもあり、熊本へ戻るか悩んで三城に連絡したら「俺たち

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池田親生「ちかけん』共同代表竹あかり演出家・プロデューサーとして、相棒の三城と共に全国各地で竹あかりの魅力を伝えている三城賢士「ちかけん」共同代表。竹あかり演出家・プロデューサーとして、相棒の池田と共に全国各地で竹あかりの魅力を伝えている栗谷利夫キンケイファーム創業者。座右の銘は「自然文化歴史ある好感度社会づくり」。積極的に若手グループ支援・育成も行う荒木真吾『株式会社ディカーナ』代表。各種企画、無線機レンタル業の傍ら、地域づくりNPOなど幅広い分野で活動しているは地域で仕事をして、表現活動をしているのだから、このタイミングで俺たちが地域にいないのはダメだ」と言われて。確かにそうだなと思って、すぐに仕事をキャンセルして、熊本へ戻りました。それから4月15日の夜に大学生たちとミーティングをして、翌日から支援活動をすることに決めて解散。眠りについまた頃、本震が発生しました。三東日本大震災での支援活動の経験から、必ず物資が必要になると考え、まずは支援物資を集めることから始めました。そのためには拠点が必要だと思い、熊本市東区にある美容室BOYさんにお願いして、店舗を支援基地としてお借りしました。その活動と並行して、私と三城君はSNSへ積極的に投稿しました。すると、返せないぐらいコメントがたくさん来て・・・。どう処理しようかと考え、大学生に任せることにしました。「困っている人」と「支援したい人」とで分けてコメントを整理し、それぞれに対応したのが、組織的な動きとしてはいちばん最初だと思います。東日本大震災の時以上に、SNSがすごく役に立ったと感じました。荒私たちが活動を進めていると、「活動資金を支援するよ」と言ってくれる人たちも現れて。でも、被災直後は支援金を受け付ける口座がない。そこで、目をつけたのが東日本大震災・熊本支援チームの存在でした。活動の実績があり、ホームページも口座も開設していたので、支援者に信頼してもらえると考え、三城と池田と共に代表を務めていた栗谷さんに了解をいただき、熊本地震熊本支援チームと名称を変え、支援活動を進めたのです。三いま思えば、東日本大震災で支援活動をしてきた経験が、熊本地震の支援活動においてもいろいろな面で活きたことは間違いない。池それから、私たちは支援活動の長期化を見据えていたので、5月3日に地元の大学生を主体とした支援団体一般社団法人チーム熊本を発足しました。被災地でニーズを見つけ、それに応える手段を見つけてプロジェクトを立ち上げていく“枠にとらわれない支援活動、を行ってきました。東日本大震災での経験が大きな糧に荒いま振り返ると、自らが被災者という立場で、これだけのボリュームとスピード感のある民間支援の形ができたのは驚きです。実現できた大きな理由は、これまでに築いてきした“つながり”にあると思いませんか?三そう!これまで私たちは、同世代、大学生、企業、人生の先輩方と、市民活動や地域活性化への取り組みを通して、確かなつながりを築いてきました。栗谷さんも荒木も、そのひとりです。災害支援につながるなんて考えてもいませんでしたが、結果としては、このつながりが生命線。支援チームのメンバーも、そうやって出会った人たちが中心となって尽力してくれました。荒日頃から交流があったことで、私は三城と池田のサポートとして、日本全国・海外の皆様から集まる支援金管理と会計係を担うことになりました。その際に、改めて実感したのが、先輩方のチカラです。地震被害の深刻さが徐々に明らかになるにつれ、活動資金が底をつくのではないかと不安があり、栗谷さんに連絡しました。すると「お金はいくらかかってもいい。足りなくなったら私たちの世代、経営者仲間でどうにかする!荒木の判断で使え」と言ってくださって。おかげで活動資金を心配することなく、全力で支援活動に当たることができました。私たちのような若い年代や大学生では、最終的には解決できない事がどうしてもあります。その際に、人生の先輩方の後押しや支援をいただけたことが、今回もとても大きかったと思いますね。栗それはやはり、これまでに築いてきた信頼があったからこそ。活動資金に関しては、荒木君が現場の状況に応じてうまく管理してくれました。こういった場面においては、その道の優れた人に任せることが大事。任せられないとチームはうまく機能しません。池私たちも、自分ができないことは人に任せるようにしています。竹あかりのまつりの考え方に似ていると思います。まつりにおいては、立場はみんな平等。各自ができることをやってもらって、それをみんなで応援するというスタンスで取り組むことが大事なのです。特にチーム熊本では、その考え方がベース。現場で感じたニーズに対して、どうすればいいかを考え、支援方法を見つけた人がリーダーとなり、プロジェクトを立ち上げていく。そして、それをチームのみんなで応援していく。その流れを繰り返してきました。おかげで、トップの指示待ちではなく、各自が考え、迅速かつ柔軟に動くことができたと考えています。もうひとつ、チーム熊本は〝活動の枠を決めなかったことも良い結果につながったと思います。役所、消防、自衛隊、各種災害支援団体などは、基本的に活動内容の枠が決まっています。それにより、専門的な支援はできますが、どうしても手が届かない隙間ができると思うのです。その隙間を埋めることを、私たちは大事にしました。やらなければいけない支援を決めない、だからこそ柔軟に対応できる。そういうチームが災害支援には必要だと実感しました。あと、絶対に忘れてはならないのが、県外の仲間や支援者からの支援。私たちの活動は、地元のつながりだけではなく、全国のつながりの上に成り立っています。本当にありがたいことです。8

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9前身団体熊本地震・熊本支援チーム(旧名称:東日本大震災熊本支援チーム)当団体の前身は、2011年3月の東日本大震災への支援を目的に、熊本県内の有志により結成された東日本大震災・熊本支援チーム(任意団体)です。熊本地震発生直後より熊本地震・熊本支援チームに改名し、地元災害の支援活動を展開しました。震災直後から、全国の多くの協力団体・支援団体の支援・協力をいただきながら、被災地・熊本の民間支援を行ってきました。熊本支援チーム■設立/2011年3月16日2011年3月の東日本大震災支援の様子熊本地震健軍ベース物資基地の様子熊本地震健軍ベース内の様子一般社団法人チーム熊本当法人は、2016年熊本地震において、被災地域や全国の企業支援団体・NPO等と協働し、被災者の支援、生活再建や被災地域の復興支援活動に取り組むことにより、安全で安心して暮らすことができる社会の形成に寄与することを目的としています。<活動内容〉○被災地への援助及び救援、支援の事業○被災者の生活再建、就業、生きがい創出を支援する事業○被災地における産業再建、新規起業を支援する事業○被災地における住民福祉の向上と文化の振興を支援する事業○被災地の復興及び防災にかかる人材育成事業○災害関連情報の収集及び発信事業○民間団体、企業、公的機関等とのネットワーク構築事業○ボランティアの募集、受け入れ、派遣に関する事業○復興まちづくりのための調査研究、実践、普及に関する事業○災害救援、復興、防災に関する啓発及び広報事業○義援金、支援金の募集及び基金運営事業○復興支援に関わるチャリティー事業○民間団体を育成するための指導助言に関する事業○被災地の産業振興、被災者の収入確保、支援団体の資金確保に資する収益事業○前各号に掲げる事業に付随又は関連する事業チーム熊本ZHALTEAMKUMAMOTO□設立/2016年5月6日I

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東日本大震災支援活動(2011年発災)10

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東日本大震災支援活動東日本大震災の活動紹介2011年3月11日、東北関東地方で東日本大震災が発生しました。「東北の人たちを助けたい」その想いを胸に、熊本で、民間から、たくさんの有志が集結。東日本大震災・熊本支援チームを立ち上げ、支援物資を集めて被災地へ届けるなど、さまざまな活動を行ってきました。2011年3月11日14時46分東日本大震災発生3月16日●熊本市近郊を中心に有志約40人が集結東日本大震災・熊本支援チームが誕生■支援物資集めを始める3月20日■4日間で支援物資20tが集まる約200名のボランティアが協力(場所:宇土市役所)3月21日●トラックへの支援物資積み込み作業を実施約60名のボランティアが協力(場所:宇土市役所)支援物資の内容◎米2.5t◎毛布143袋◎飲料水(その他飲料含む)4.7t◎衣類段ボール315箱◎食料品段ボール80箱◎赤ちゃん用食品段ボール28箱◎マスク段ボール4箱◎カイロ段ボール23箱◎乾電池段ボール3箱◎ゴム手袋段ボール1箱◎コンロ&ボンベ段ボール3箱◎石鹸段ボール30箱◎おむつ段ボール150箱◎生理用品段ボール150箱◎カップめん段ボール180箱◎子ども用おしりふき段ボール40箱◎大人用おむつ段ボール70箱◎トイレットペーパー段ボール200箱◎タオル段ボール30箱◎歯ブラシ段ボール2箱◎ボックスティッシュ段ボール10箱◎ウエットティッシュ段ボール14箱◎その他生活用品色々段ボール2箱東北への派遣チーム東北での支援活動の様子113月22日■支援物資20tを載せたトラックが熊本を出発(場所:宇土市役所)3月23日■被災地へ支援物資が到着宮城県仙台市、福島県相馬市、宮城県石巻市などの被災地へ支援物資を届ける。その際、熊本から現地へ向かった活動スタッフを中心に、行政や自衛隊などの支援が行き届いていない地域や避難所へ物資の配達支援も精力的に行う

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東日本大震災の活動紹介コード・大本日東【救援物資救援物資12

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13東日本大震災支援活動2011年4月4日■支援物資12tを載せたトラックが熊本を出発(場所:宇土市役所)2012年3月11日◎食料品◎携帯用歯ブラシセット◎ヒゲソリ(T字型)慰霊祭に竹あかり提供11月6日支援物資の内容下着(肌着、パンツ、靴下)◎おむつ(子供用・大人用それぞれ可)◎雨合羽・レインコート東日本大震災の活動紹介●情報交換会・定期報告会を開催未曾有の大惨事を忘れないために、そして熊本の災害について考えるために、定期報告会並びに意見交換会を開催。東北地方の状況や県内での支援の動きの現状を共有すると共に、2012年夏に熊本で起こった白川氾濫での水害などの支援の動きなどについても情報・意見交換を実施(場所:熊本市)2013年3月11日慰霊祭に竹あかり提供●6月12日●情報交換会・定期報告会を開催東北地方の状況や県内での支援の動きの現状を共有(場所:熊本市)2014年3月11日2015年慰霊祭に竹あかり提供5月26日■情報交換会・定期報告会を開催東北地方の状況や県内での支援の動きの現状を共有(場所:熊本市)3月11日慰霊祭に竹あかり提供5月18日●情報交換会・定期報告会を開催東北地方の状況や県内での支援の動きの現状を共有(場所:熊本市)2016年3月11日慰霊祭に竹あかり提供NITT

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熊本地震支援活動(2016年発災)14

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熊本地震支援活動熊本地震の活動紹介東日本大震災から5年後の2016年4月14日・16日。最大震度7を2回記録する直下型の大地震が、私たちの地元・熊本で起こりました。熊本地震発生直後から支援活動をスタート。迅速かつ分かりやすい支援活動のためにチーム名を「熊本地震・熊本支援チーム」に変え、幅広い活動を展開しました。152016年4月14日21時26分熊本地震前震発生4月15日■対策会議を実施同時に物資提供もスタート(~8月15日まで)●クラウドファンディング「CAMPFIRE」で支援金募集を開始4月16日1時25分熊本地震本震発生「健軍ベース」(熊本市東区)開設■「筑後物資ベース」(福岡県筑後市)開設4月16日■東日本大震災・熊本支援チームから熊本地震・熊本支援チームへ名称変更熊本の支援活動を開始ONPO法人MAKETHEHEAVEN(メイク・ザ・ヘブン)の救援・復興支援チームめ組JAPANが合流4月24日●若葉小学校サポート開始(~8月26日まで)4月28日●夢枕プロジェクト開始5月1日■ガテン系作業開始6月20日~8月15日の期間は水害対応の活動も実施●熊本市との物資提供連携開始5月3日■チーム熊本発足■「崇城大学ボランティアビレッジ」開設●炊き出し開始(~8月25日まで)5月6日■チーム熊本を一般社団法人化5月10日●プロジェクト「BRIDGEKUMAMOTO」開始め組JAPANNPO法人MAKETHEHEAVEN(メイク・ザ・ヘブン)の救援・復興支援チーム。MAKETHEHEAVENでは、2010年までに3回の復興支援を行っている(アフガニスタン戦争復興支援イラン大震災復興支援・新潟中越沖震災緊急支援)。災害が起きた時に、仲間が集い、動き、希望や笑顔を大きくするために出動するチームが「め組』。東日本大震災では、被災者への救援活動、被災地の復興活動を全面的にサポートしていくことを決め、東日本大震災直後からめ組JAPANというチーム名で出動し、現在も活動を継続中。熊本地震直後も、熊本支援チームと協力して活動を開始。

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Co熊本地震の活動紹介2016年5月15日■イベント「熊本の明日を考えるトークセッション」開催6月2日●引っ越しサポート開始6月4日「くまモンカフェ@避難所」を開始6月9日■プロジェクト「WINgkumamoto」開始6月15日■プロジェクト「anone」開始6月16日■イベント「GAMADAS00」開催6月20日「崇城大学ボランティアビレッジ」が水害で被災●「UP!Field」開始(~10月15日まで)6月23日ビレッジ近隣住民交流会を開催7月28日●「くまモンカフェ@仮設住宅」開始8月25日●ペットシェルターサポートを開始8月26日■若葉小学校サポート終了(若葉小避難所閉鎖)■仮設住宅におけるニーズの調査を開始9月8日●北海道へ水害支援物資を発送9月24日■イベント「アカリトライブ」開催10月8・9日●イベント「熊本暮らし人まつりみずあかり」へ参加10月16日●「崇城大学ボランティアビレッジ」終了11月1日●ボランティアビレッジ第2弾「南区ベース」開設2017年1月31日●ボランティアビレッジ第2弾「南区ベース」終了●め組JAPAN活動終了KUMUONImmunitybusHACHIKO復興の灯Hybe[放管禁止区域|||||||16

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熊本地震支援活動熊本地震支援活動の概要私たちは全国から集まったボランティアの方々と一緒に、多角的に支援活動を展開してきました。その概要をご紹介します。掲載内容は2017年3月31日現在全国・海外からの物資は一旦筑後へ。物資ニーズのデータベース化ハイ約3,000件|筑後物資ベース運営熊本支援チームです!!Webを活用した物資支援17物資管理炊き出し約8,900食熊本県内外より物資コールセンターボランティア受け入れ配達リスト/です!筑後―熊本4,550物資便物資配送ニーズ調査1日8了解!!出ることも。」米物資受入1,100t物資配送・配布9,500回物資受け取りサポート農業ボランティア地震の直後でも、収穫期を見据えて農作業に取り掛かる農家の方々を、お手伝い。PIFIELD南区ペースOQ崇城大学ボランティアビレッジボランティア宿泊$1,300崇城大学ボランティアヴィレッジボランティア宿泊200夢枕プロジェクトくまモンリュックお届け隊

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炊き出しガテン系約310件地震・水害熊本地震支援活動の概要物資支援全国からの支援物資を避難所(被災者)へ必要な物を必要な分だけ届ける。熊本地震が発生し、震源地付近のスーパーやコンビニ、飲食店などは大きな被害を受け、営業中止に。そこで「県民の生命の維持」を第一に考え、全国から支援物資を募り、物資提供を始めることにした。情報収集・データベース化物資支援のためのコールセンターを設置。ローラー作戦によるニーズ調査と情報のデータベース化を行う。物資支援を行う中、現場では業務過多による混乱が起きていた。電話での支援依頼から配送完了まで、担当者はたった1人。そのため、情報の把握や蓄積ができていなかった。支援活動に大事なのはスピード。混乱を解決するために対応マニュアルを作り、データを保管するシステムと運用手順も作成した。ガテン倒壊した家屋から家財道具などを取り出し、瓦礫の撤去作業などを実施。引越しサポート約320件水害発生時は、家屋の泥のかき出しや片付けも。ペットシェルターサポート物資庫(~10/16)国連WFPより提供ボランティアビレッジ運営全国から、たくさんのボランティアが熊本のために活動しに来てくれているのを見て、熊本で暮らす私も触発された。こんな時だからできること、このタイミングで今の自分にできることをやろうと決心した。支援活動マッチング・被災地案内・講演全国と地元熊本のネットワークをフル活用し、支援者と被災者や活動団体を繋ぎ、「Win-Win」の関係を構築。熊本地震直後、全国の仲間から「このような支援ができるが、必要とする人を紹介してほしい」「この団体を紹介してほしい」などの依頼が多数あった。「善意」が全国からしっかりと熊本へ届くように、熊本のネットワークをフルに活かし、人と人を繋ぎたいと考えた。引っ越し避難所・被災家屋(軒先避難)から仮設住宅・みなし仮設への引っ越しのサポートを行う。E®UP!Fieldアップフィールド被災当初は、瓦礫の撤去や道路整備、避難所の運営、物資の配送で忙しく、被災者が引っ越しの準備を整えても、引っ越しのサポートが出来なかった。その後、1日でも早く避難生活から新生活へ移行するための支援をしたいと思い、活動を開始。避難所・小学校支援くまモンカフェ避難所・若葉小学校支援若葉小学校の避難所運営のサポート。物資支援、避難者のメンタルケア、自立の支援。地震直後、避難所となった「若葉小学校」は運営を教職員が行っており、大変な状況だった。その後、自治会に運営を任せる際にサポートを依頼され、少しでも元気で明るい笑顔で新しい一歩を踏み出してもらえるように、被災者支援・避難所運営サポートを始めた。炊き出し『災害救援ネットワーク北海道』と協力し、熊本市及び益城町等の避難所を中心に炊き出しを行う。熊本地震後、テレビなどで現地の情報を見ていて「支援が行き届いていない。食べられない人がたくさんいる。何とかしないと」と思い、現地入りを決めた。知人のご縁で『チーム熊本」と出会い、『崇城大学ボランティアビレッジ』に拠点を置き一緒に活動した。18

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19熊本地震支援活動熊本地震から2週間激動の日々を振り返る熊本地震発生後、私たちはすぐに行動を起こしました。とはいえ、事前に準備をしていたわけではありません。トライ&エラーを繰り返し、その時にベストと思える方法を各メンバーが考え、改善しながら取り組んできたのです。独自の支援活動を確立するうえで、特に重要な役割を果たしてくれた3つの部門。それぞれのメンバーに、激動の2週間を振り返ってもらいました。OPERATIONTEAMP21-22

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STUDENTSP23-24熊本地震から2週間激動の日々を振り返るCHIKUGOBASEP25-2620

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熊本地震支援活動山ノ内祥訓21稲田悠樹和泉信生座談会1OPERATIONTEAM情報&動き方を整理したことで支援を必要とする人たちのデータベースを構築和泉信生(以下、和)振り返ると、私が熊本地震熊本支援チームに最初に参加したのは2016年4月19日。「情報整理の面で困っており、サポートしてくれる人を探しているらしい」と知人から聞いたのがキッカケです。熊本地震熊本支援チームの共同代表である三城さんと池田さんとも、2年ほど前から竹あかり関係で一緒に仕事をしていたので、交流はありました。学生と一緒に東区の健軍ベースを訪ねてみると、被災者や支援者に関する情報を書いた紙が、すごくたまっていて・・・。避難所に物資を持って行くと、別のスタッフとかち合うなど、動きが無駄に終わることもあったと聞き、何とか改善したいと思ったんです。山ノ内祥訓(以下、山)私は共同代表のお二人とは面識はありませんでしたが、和泉さんたちと一緒に、熊本地震後に『mizuderu』(http://mizuderu.info/)というサイトをつくり、4月17日に公開したこともあって連絡を取り合っており、一緒にお手伝いすることにしました。ちなみに、『mizuderu』とは、熊本地震で発生した水不足を解消するために、地図上に「水が出なかったところ」「水が出たところ」「水を提供できるところ」をみんなが投稿することで、地震で水が必要な人々に、どこに行けば水が手に入るのかを周知しようとしたプロジェクトのサイトです。まず、データを整理したいと思い、当時は健軍ベースにコンピューターがなかったので、私の研究室にあるコンピューター10台ぐらいを持ち込みました。さらにグーグルドライブといったクラウドシステムのアカウントやパスワードを用意し、紙に書かれた情報を、どのコンピューターからでもデータ入力できる環境にしました。山おかげで4月19日からデータ入力はスタートできたと思います。そういえば、情報を書いた紙は全てスキャンしましたよね。現場にいるスタッフだけでは手が足りなかったので、リモート(遠隔)で入力業務を手伝ってもらうために。稲田悠樹(以下、稲)私も健軍ベースに行って「すごく混乱している」と感じました。リーダーがいない、管理はされていない、手が空いている人がいる。「コントロールする人が必要だ」と思いました。それで、和泉さんと山ノ内さんというシステムづくりのプロがいるので、私は作り上げたデータと現場スタッフとの間に立つ役割を担おうと思ったんです。和情報を記入する紙も改善を重ねましたよね。稲そうでしたね。健軍ベースには避難所のリストがあったので、スタッフはそれを見て片っ端から電話して、「何か必要なものは「ありませんか」と聞き取りをしていました。そして、要望に合わせて、健軍ベースにある物資を届けて・・・。その繰り返しによって、避難所の連絡先や代表者、必要な物などのリストを作っていましたが、書き方を決めていなかったので、メモみたいな状態でした。また、三城さんと池田さんがSNS上で問い合わせ用の携帯電話番号を公開していたので、そこにかかってくる電話の対応にも追われていて、4月22日頃までは、ぼんやりとしたデータになっていたように思います。でも、聞き取りする内容を決めたり、項目を設けたり、専用の記入シートを作ったりと、少しずつ改善をしていったことで情報の質が上がり、整理もしやすくなってきました。-ANDB

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熊本地震から2週間激動の日々を振り返るオペレーションチーム座談会山ノ内祥訓和泉信生『熊本大学医学部附属病院』総合臨床研究部研究データ管理センター特任助教・医療情報技師『崇城大学』(熊本)情報学部情報学科助教。専門はソフトウェア工学稲田悠樹ドローンパイロット、ライター。ドローン情報サイト『DRATION』運営支援活動の広がりが加速!4月23日からはきちんとしたデータが取れているので、スピーディーに改善できたと思います。山そのデータを基に、支援物資を届けた回数が一目で分かる地図も作りましたよね。あれは支援物資を届ける場所を決める際の大きな判断基準になりました。また、他の支援団体にも情報を提供し、その団体が支援先を決める際の判断材料としても大きな意味を持ちましたね。率が上がり、スタッフのストレスも軽減できたと思います。そういえば、電話の受け答えマニュアルも作りましたよね。仕事の流れや内容をできるだけ分かりやすくするために、マニュアルの整備にも積極的に取り組みました。山今回作り上げたシステムやマニュアルは、大きな財産ですよね。でも、これがすべての被災地で活用できるかというと、そうではないと思います。和同感です。“物”として持って行くと、他の地域ではうまく活用できないかもしれないので、“考え方、を参考にしてほしいですね。マニュアルはこういうふうに作っていくことができるとか、情報のプロフェッショナルが支援活動に関わることで問題点が改善していく可能性があるとか。今回の経験でいろいろな考え方や進め方を見つけることができたので、そういったことを伝えていくことも大切にしたいと今は感じています。動き方を整理して支援物資の受付・配布もスムーズに稲データを整理するだけでなく、業務を整理したことも、支援活動をスムーズにしたと思いませんか?ROMEADE9M和そう。組織の中の動きをどうするかとか、分業させるとかは、情報学の分野。だから、コンピューターをやる人は、混沌としている状態を見ると「なぜこのままにしているんだ「ろう」ってすぐ考える。私たちも、混乱した現場の業務を整理したいと思いましたよね。稲だからあえて「分業」を徹底しました。パソコンは、できる人がやればいい。電話は、話すのが得意な人がやればいい。力のある人は物資を運び、情報シートをスキャンできる人は、コツコツやる。そうやって業務を分かりやすくして、交通整理をすることで、効KANEマッププレビューください。デーバスアーチキャンane現場の分業と流れクラウドデータに配チェックM22

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熊本地震支援活動小笠原晟一座談会2STUDENTS片山広大◆連川裕隆フットワークが軽い〝学生〟は被災者であり支援者。立ち位置が目まぐるしく変わった地震直後連川裕隆(以下、連)前震の時、俺は街なかでバイト中だった。片山広大(以下、片)俺は回転寿司店で友だちとごはん。お客さんはみんなパニック状態になってた。家に帰ったら、近くのスーパーの駐車場に近隣の住民が避難していて、その誘導を自治体の人がひとりでやっていたので、その手伝いを朝までやってた。小俺は家でテレビを観てました。東京にいた頃に東日本大震災を経験していたので、そんなには慌てなかったけれど、ひとまず家を出て、同じ高校出身の友人がいるので合流して、それからまた家に帰りました。そうしたら、広大さんから「誘導を手伝ってほしい」って電話をもらったんですよね。片小笠原は東日本大震災を経験しているから、パニックにならないだろうと思って、声をかけたんだ。俺の友だちはパニックになってたから。小一回は断ったんですけど、やっぱり手伝うことにして、朝になってから家に帰って寝ました。片俺は朝から、益城町にバイクで行ったよ。友だちと一緒に、益城町の現状を把握するために。実は、東日本大震災の時も友だちと「バイクで被災地に支援に行こう」と言ってたんだけど、「行ったらいけない」という声をたくさん聞いて、結局行かなかった。その時の後悔があるから、今回は何できるか分からないけど、行動しようと思ったんだよね。実際に益城町を見て、その状況をフフェイスブックで発信していたら、(池田)親生さんから連絡が来て、「夜に支援活動についてミーティングをするから、その時に現状について話して」と言われて。ミーティングで連川に会ったよね。その日、広大に電話したけど、すでに友だちとバイクで益城町に行ってたから、俺も別で益城町に入ったんだ。写真で記録することで、役に立てると思って。小そして、16日の深夜に本震発生。あの時、俺は菊池市の工場でバイトしてたんですけど、すぐに作業は中止になって。原付で帰ったんですが、信号がひとつもついてなくてすごい怖かったですね。連俺は広大の家にいて、一緒に被災した。片前日に寝てなかったので、俺は激しく揺れてるのに寝ていて・・・。「広大、起きろ、「死ぬぞ!」って連川たちに起こされて。目を開けたら、なぜか外が見えている。よく見ると、部屋とベランダをつなぐ180センチの大きな窓が、僕の目の前に倒れていた。住んでいた借家は大規模半壊。それからすぐ、前日と同じように近所のスーパーの駐車場に避難した。支援拠点に泊まり込み最前線で支援活動を展開連4月15日夜に行われたミーティングで、翌16日に集まる場所は決めていた。だから俺と広大は、避難所にいてもすることがないので、そこに向かったんでよね。でも、予定していた場所は地震で使えなくなっていて、BOYグループ本社ビル(熊本市東区)に集まっているという連絡が来た。それですぐに移動すると、すでに15人ぐらいは人が集まってたよね。片15日夜のミーティングに集まったメンバ一、竹あかり演出会社『ちかけん』の人たち、そして筑後市から(橋本)力也さん、(竹田)修也さんも物資を持って駆けつけていた。それが16日の夕方。そこから家に帰らず、支援活動の日々が始まったんだよね。届いた物資を降ろして配送車に積んで…その繰り返し。寝たら5分後に物資が来て起きる、2323

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熊本地震から2週間激動の日々を振り返る学生チーム座談会小笠原晟一東京都出身。当時、東海大学3年。片山広大さんと縁があったことから、熊本地震・熊本支援チーム及び一般社団法人チーム熊本の活動を手伝うようになる片山広大横浜市出身。当時、東海大学4年。三城賢士・池田親生との出会いは中学時代。「ちかけん」が横浜市の商店街に竹あかりを設置した時に縁が生まれる連川裕隆福岡県生まれ、仙台市育ち。当時、熊本大学4年。写真家の顔も持ち、海外へ撮影に行く等、精力的に活動中。ネパールで撮影中に、ネパール地震(2015年)で被災支援活動の一翼を担える!みたいな感じだった。たくさんの人たちが物資を持ち込んでくれたので、俺たちもずっと起きているような状態だった。小最初の頃はまだそれほどの量ではなかったけれど、日が経つに連れて駐車場がパンクするほど物資が集まってきましたよね。物資をどんどん支給して行かないと追加で届いた分が入らなくなるので、広大さんがバイクで避難所を回って集めた情報をホワイトボードに集約したり、どこに何が必要なのかをSNSを使って調べたり、さらにその物資を必要としている人のところへ持って行くことを、ずっとやっていました。さんTARIFER東中学校中央古都TH片最初は、支援物資がほしい人用の携帯電話番号、支援物資を持って来ることができる人用の携帯電話番号、支援物資を送りたい人用の携帯電話番号をそれぞれ用意し、SNSなどで発信した。そうしたら電話が鳴り止まなくなって。その後、電話回線を増やしたよね。小僕はほとんど自分の携帯で連絡していたので、今も避難所を運営していた人たちの電話番号がたくさん入っています。さらに僕の携帯電話番号をツイッターで公開したら200シェアぐらいいって・・・、そこにたくさん投稿が来て、その内容をホワイトボードに書き続けました、何を必要としているかなど。それで、物資が必要なところの情報をまとめる担当になりました。片俺がやっていたのは、バイクで避難所を回り、何がほしいかを聞き取ること。支援拠点では電話で聞き取り、被災地では俺をはじめ何人かのスタッフが被災者や避難所運営者から直接聞き取りしていた。連僕の担当は、届いた物資を仕分けて、積み込む部門。どこにどれぐらいの量を支援するかは、小笠原が集めた情報を基に振り分けるので、それに合わせて物資を準備していく。最初は依頼された分を準備できたけど、物資がどんどん少なくなってきたので、出せる量を考えて調整しながらやっていた。いわゆる在庫管理だね。片翌17日には、さらにたくさんの人たちがボランティアに来てくれたよね。それからどんどん人が増え、20日には物資配送を手伝う人がたくさん来てくれたので、駐車場があふれてしまった。ボランティアはSNSで呼びかけたんだけど、本当にすごい拡散力があるんだと感じたよね。小僕が驚いたのは、ボランティアに来ていた人たちの中に、旅行で熊本に来ていたという県外の大学生が多くいたことです。でも、よく考えると、僕も広大さんも県外出身で、自宅や家族を心配しなくていいので、支援活動に全力を注ぐことができたのかなと思って。支援活動では、フットワークの軽い学生、そして県外出身の人たちが大きな力になってくれると実感しました。その人たちとは今でも交流がありますよ。24

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熊本地震支援活動座談会3CHIKUGOBASE筑後物資ベース責任者筑後物資ベース竹田修也コントロールリーダー筑後物資ベース責任者筑後物資ベース配送調整リーダー井上和宏橋本力也橋本薫熊本まで60km福岡県筑後市重要な役割を果たした中継地点支援物資を届けたいその想いから活動開始橋本薫(以下、薫)熊本地震の前震の時は、筑後市の自宅で、ちょうど子どもを寝かしつけていて・・・。橋本力也(以下、力)「うぁ!揺れた」と驚くぐらい揺れを感じました。確か震度5ぐらい。井上和宏(以下、井)今まで経験したことがない揺れだったよね。カテレビを観たら熊本が震度7と出ていたのでビックリして・・・。でも、筑後市は停電も断水もなく、周りは普段通りの生活でした。翌日の4月15日に、(熊本にいる池田)親生君に連絡したら、その日の夜に支援活動についての会議をするということだったので、参加することにしたんです。熊本へ行く途中、車に載せられるだけ水などの支援物資を買って行きました。会議では、近々天気が崩れるという予報が出ていたので、ブルーシートを集めて被災した家にかける活動をしようと決まりました。それから筑後市に帰って、修他の店に行って話をしていたら、本震が来ました。竹田修也(以下、竹)こっちで募金を呼びかけようとか話をしていた時でした。かなり揺れましたね。井瓶などが倒れた居酒屋とかも多かったみたい。うちの近所のファミリーレストランは壁が崩れ落ちていた。こっちでも被害はあったよね。すぐに熊本の支援のために何かしたいと思ったけど、情報が徐々にしか入って来なくて、なかなか状況が分からない。だから最初の2、3日はどうしていいか正直分からなかった。力「支援物資を持って来てくれたら、俺たちが熊本へ持って行きます」ってフェイスブックで発信したら、八女・久留米・柳川・大牟田といった福岡県南の人たちがいくつか持って来てくれました。その物資を2tトラックに載せて持って行ったのが、最初の活動でしたね。薫本震の翌日には広域無線機も持って行ったよね。これが後で物凄い役に立った。竹最初の頃は筑後市と熊本を力也と二人で何往復もして物資を届けました。地域のチカラが集結してさらに大きな支援活動に井力也君と修也君が物資支援をしていたので、「俺にもできることないか」って聞いて。そうしたら「情報を発信してください」ってことだったんで、それから3日間はデスクの前にいて、熊本へ向かう彼らに通れるルートを探して案内したり、SNSでの情報発信をずっとやっていた。その頃はまだ届く物資も少なかったけど、被災地は緊迫した状況だし、道は混んでいるし、かなり大変だった記憶があります。この近辺には大学がないので、動ける若い人がいないし、周りは普段通り仕事をしていたので、大人もなかなか手伝ってもらえなくて。とにかく二人でやるしかないと思って、熊本と筑後市を一日2往復とかしていましたね。井そうこうしているうちに、大変な状況になってきた。SNSで情報を発信していたら、いくつかの投稿が1000シェアぐらい拡散して。さらに熊本地震熊本支援チームから「支援物資は筑後物資ベースに送ってください」という情報が発信されて、テレビやラジオ、ブログなどいろんなメディアで紹介された。そうしたら、ものすごい量が届くようになって、荷物も車も大渋滞。安全ASAUL2525たくさんの人が協力し合う現場でしたPampers

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井上和宏福岡県筑後市出身。デザイン会社『パスコデザイン」代表。広告・ホームページデザインのほか、まちづくりアドバイザー、地域デザインなど多方面で活躍竹田修也熊本地震から2週間激動の日々を振り返る筑後ベース座談会熊本県出身。橋本力也さんと一緒に東日本大震災の支援活動で福島県に滞在中、三城賢士、池田親生に出会う。現在、筑後市で焼鳥店『集家(しゅうや)」を営む橋本力也熊本県出身。東日本大震災の支援活動福島県に滞在中、三城賢士、池田親生に出会う。仕事の関係で筑後市に移り、竹あかりを通したまちづくり活動「まちあかり会」にも参加はなか橋本薫(娘:花果)熊本県出身。三城賢士・池田親生が立ち上げた竹あかり演出会社「ちかけ「ん」の元スタッフ。橋本力也さんと結婚し、現在は筑後市で生活中機能したポイントは地域との連携薫物資を集めるのに、ひとまず拠点とさせていただいた会社の電話番号がメディアに出てしまったことがあって、たくさん電話がかかってきて、仕事ができない状態にもなりましたね。反響の大きさにビックリしました。力それが本震から2、3日経ったぐらいの頃。どんどん支援物資が集まってくるので、ここを物資の中継地点『筑後物資ベース』とすることに決めました。その頃は各宅配会社が「熊本への配達は停止します」と発表していた時期。合理的に考えれば、手前に集めて、必要なところへその都度持って行くしか方法が無いからね。力本震から3日後には、この付近の道路に全国からの支援物資を満載した大型トラックの渋滞が尋常じゃない規模でできた。ある運送会社からは、「あまりの荷物の多さに対応できないので。支援物資の呼びかけを止めてもらえないか」と言われて。一方で、自社の野球チームを連れてきて荷物の積み降ろしのボランティアをしてくれる会社もあったり、各ドライバーさんも渋滞に文句を言わず、順番を待ってくれるなど、協力もたくさんしていただきました。井物資が増えたことで、配送するトラックとその運転手も足りなくなったよね。それでまたSNSで「トラックと運転手のボランティアを募集します」と出したら、市内のいくつかの企業が協力してくれた。熊本での受け入れは薫ちゃんに段取りをお願いして、必要とされているものを送り続けた。さらに、荷物の細かい仕分けもSNSでボランティアを募集。そうしたら昼間は主婦の方が来てくれた。他にも、お寺の人、農家さん、個人事業主の方など、動ける大人も来てくれた。本当に助かった。薫ボランティアは多い時で1日のべ300人ぐらい来てくれて。200人が一堂に会したこともありましたよ。だから、各作業に二人ずつくらいリーダーを置きました。みんなの活躍で上手く運営できましたね。井しばらくするとトラックが足りなくなってきたから、筑後市役所にかけあって、トラック協会にボランティアをお願いしてもらったのも、大きかったよね。「何日に何台」とお願いすると、対応してくれた。力おかげでだいぶ楽になりましたよね。ドライバーさんが来てくれるのは、本当にありがたかった。それがなかったら、とてもじゃないけど、これだけの量は運べなかったと思います。薫物資配送もしていただいた隣の会社さんや地元のJAさんが、「うちの倉庫も使っていいよ」と快く言ってくださったおかげで、雨に濡らすことなく物資を送り届けることができたよね。本当に助けてもらいました。井地域や企業の方が協力してくれたこと、そして臨機応変な対応ができる大人がボランティア活動に参加してくれたことが、大きな成果をあげられた理由じゃないかな。そして何より、力也君が筑後市で、竹あかりを通したまちづくり活動「まちあかり会」に携わっていたことで、そこからコアメンバーがリーダーになっていった。普段からボランティアなどで活動していたからこそ、大きなトラブルもなく、うまく連携が取れたんじゃないかな。隣の県なんて自分チみたいなもん。それぐらい近い気持ちで、みんな動いていたよね。熊本の皆様へ食べて下さい。ted**VegeRATION届いた支援物資は、2時間以内に熊本へ届けることを目標にしていました。握り立てのおにぎりも、まだ温かいうちに被災者のもとへ26

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27熊本地震支援活動企業との連携これまでに行ってきた東日本大震災への支援活動や様々な市民活動を通して、私たちのチームは多くの企業や学校の方々との“つながり”を持っていました。それが今回の熊本地震支援活動においても、大きな後押しのひとつに。一緒に動いたり、費用を支援するなど、迅速かつ柔軟に連携することで、幅広い支援活動を展開することができました。case.01アスクル株式会社様ASKULYAHOO!JAPANヤフー株式会社様『LOHACO応援ギフト便』の取り組みを実施熊本支援チームとアスクル株式会社およびヤフー株式会社は、熊本地震の被災者のタイムリーなニーズに応えつつ、日本全国の応援者が効果的に支援できる仕組みとしして、ヤフー株式会社協力のもとアスクル株式会社が運営する一般消費者向けインターネット通販サービス「LOHACO(ロハコ)』のプラットフォームを活用した『LOHACO応援ギフト便』の取り組みを実施しました。これは、自治体が指定する避難所には該当せず公の支援が完全には行き届いていない熊本県上益城郡益城町内の約10箇所の避難場所の被災者を応援することを目的としたもので、熊本支援チームが被災者を対象に食料品や衣類、衛生用品などの生活用品や日用品を中心に、真に必要とされている生活物資の要望を電話で聞き取りし、その情報をアスクル株式会社に共有。それを踏まえたうえで生活物資を『LOHACO応援ギフト便』上に掲載し、ヤフー株式会社は熊本地震に関する特設ページなどで応援者を募りました。日本全国の応援者には、「LOHACO』で生活物資を買い求めいただくことで、被災者のタイムリーなニーズに合った応援をしていただくことができました。なお、応援者にご購入いただいた支援品は、アスクル株式会社の物流センターから支援対象の避難所まで届けていただきました。避難場所熊本支援チーム必要な生活物資があるけど、電話・買いに行く手段がない・現金がなくて買えない避難場所で必要な生活物資を聞いて、「LOHACO」に共有。・近くで売っていない電話LOHACO共有お届け支援「LOHACO応援ギフト便」上で、生活物資を購入してくれる応援者を募る。応援者が現れたら、避難場所に物資をお届け。支援応援したい人応援したい人「LOHACO応援ギフト便』の取り組みに関するイメージ図

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case...02自然と未来株式会社様消防車両・救急車両へバイオディーゼル燃料を給油天ぷら油からバイオディーゼル燃料の精製事業を行う自然と未来株式会社(熊本市西区)は、熊本県外から緊急支援に駆けつけてくださった全国各地の消防車両・救急車両にバイオディーゼル燃料の給油を実施されました。また、崇城大学ボランティアビレッジの電力はすべて、バイオディーゼル燃料でまかないました。熊本支援チームでは、その費用の一部を支援させていただきました。災害派遣バイオ燃料軸で内自然と未来株式会社1461わくわくプロジェクト3250kg危case...0321.000焼鳥革命とりボンバー相なで樣(株式会社バース)焼いて食べ放題水の無償提供と炊き出しを実施熊本市の飲食店焼鳥革命とりボンバーはません店は、地震発生直後の断水期間中も自社の井戸から地下水をくみ上げられたことから、給水の無償提供と店舗での炊き出しを本震直後から実施されるなど、地域住民への支援活動を行われました。熊本支援チームでは、炊き出しの材料費等の一部を支援させていただきました。企業との連携鹿児島果我兒無市消防局ボンバーリボバー本部28

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熊本地震支援活動企業との連携case...04株式会社ボーイ様(美容室・BOYグループ本社ビル)支援チーム本部拠点場所のご協力本震発生直後から5月上旬までの約3週間にわたり、熊本市内を中心に美容室を展開しているBOYグループ(本社:熊本市東区)の本社ビル及び駐車場スペースを支援チームにご提供いただき、支援チームの前線本部・物資集配所、ボランティア宿泊場所として使用させていただきました。ここは益城町まで約2kmの場所に位置し、近隣は地震被害が大きかった地域でもあります。このような場所に支援チームの本部を設置できたことで、被災地の様々な情報集約や物資基地としての輸送の利便性が確保できました。case...05崇城大学様崇城大学ボランティアビレッジ用地のご協力2016年5月からの崇城大学ボランティアビレッジ運営のために、崇城大学(熊本市西区)の駐車場敷地をチーム熊本へ、10月までの期間無償提供いただきました。全国から集まる災害ボランティアのキャンプ基地として活用させていただきながら、情報共有・情報交換の場に。支援チーム及びチーム熊本の本部事務局機能を兼ね備えるとともに、多くのイベントなども実施しました。2929Aボランティアミ宿泊受付

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企業との連携case...06株式会社シアーズホーム様税理士法人近代経営グループ様支援チーム本部事務局での電話対応・物資配送情報要員として多くの社員を派遣!本震発生の翌日から、支援チームの本部拠点に、熊本の住宅メーカーであるシアーズホーム(本社:熊本市西区)と、税理士法人近代経営グループ(本社:熊本市北区)のご協力で、被災地の各避難所や関係機関との電話連絡、物資配送の情報連絡役として、5月上旬まで連日15名以上の社員の方を派遣いただきました。毎日安定した電話連絡、リサーチ、情報共有、活動展開ができたのも、このような企業様からの安定的な人材支援のご協力があったおかげです。case...07東光石油各給油スタンド様明光義塾各教室様ほねつぎ各店舗樣支援物資の配布提供場所に支援チームに全国から集まる物資の配布場所として、東光石油の各給油スタンド、明光義塾各教室、ほねつ各店舗にご協力をいただきました。そのおかげで多くの配布拠点を設けることができ、効率的かつ広域的に物資の配布提供を行うことができました。スタッフ募集!71-444あま水ありますMerriesその他、たくさんの民間企業様にご協力いただきました。心より御礼申し上げます。30

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31熊本地震支援活動熊本支援チームこれまでの活動ここからは、熊本支援チームと一般社団法人チーム熊本がこれまでに行ってきた活動をプロジェクトごとにご紹介していきます。その前に、まずは組織の概要から。多岐にわたる活動を迅速に行うことができた理由は、独自の組織づくりにあります。Whattheteamaimsfor...目指したのはライン組織ではなく意志を持った「チーム」の集合体上位者と下位者が直接的な関係で結ばれるライン組織。指示・命令が上から下へ流れてくるため、活動は迅速に行われますが、組織が大きくなるほどリーダーの負担は重くなります。また、リーダーが不在の場合、「事が進まない」、「判断ができない」ことも。迅速な行動、臨機応変な対応が不可欠となる支援活動において、この組織形態では無理が生じてくると考えます。リーダープロジェクトリーダープロジェクトリーダープロジェクトリーダースタッフスタッフスタッフ上位者と下位者が直接的な関係で結ばれるライン組織のイメージStrongpointofteamKUMAMOTOチーム熊本の組織一般社団法人チーム熊本の組織形態は、「チームの集合体」です。まず、リーダーとなる人物(代表理事:三城賢士・池田親生)を中心に、想いを同じくする仲間でチームを編成。ここがコアとなるチームです。さらに、それぞれを「プロジェクトリーダー」と位置づけ、実働チームを編成していきます。コアメンバーは全員一般社団法人チーム熊本の考え方を共有しているので、現場レベルの判断は各自に任せ、報告のみ義務づけます。これにより、迅速かつ能動的な支援活動を展開することができました。また、各プロジェクトリーダーは、コアチームとしてつながっているので、「一緒にこんな支援活動をしよう」「この部分を手伝ってほしい」など、相互で連携・サポートすることもできました。これから、私たちが目指しているのは-「チームの自立」です。運営や活動が軌道に乗ってきたプロジェクトチームは、般社団法人チーム熊本から巣立ち、活動の幅やステージを広げてもらいたいと考えています。それぞれのチームが個々に活動をしながら成長し、必要な時が来ればすぐに集結。チームを編成し、事に当たって行く。そんな組織づくりが、これからの時代は必要だと考えます。

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「チームの集合体」としての組織イメージこれまでの活動不定期参加のボランティア軌道にスタッフ乗ったら独立!プロジェクトチームコアメンバースタッフプロジェクトリーダースタッフスタッフプロジェクトリーダープロジェクトリーダープロジェクトリーダースタッフスタッフプロジェクトリーダーリーダープロジェクトリーダースタッフスタッフプロジェクトリーダープロジェクトリーダープロジェクトリーダープロジェクトリーダースタッフスタッフ何かあったらすぐ集結!プロジェクトリーダースタッフ32

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33Performance熊本地震支援活動プロジェクト物資支援全国からの支援物資を避難所(被災者)へ必要な物を必要な分だけ届ける。熊本地震が発生し、震源地付近のスーパーやコンビニ、飲食店などは大きな被害を受け、営業中止に。そこで「県民の生命の維持」を第一に考え、全国から支援物資を募り、物資提供を始めることにした。活動内容&活動実績【物資集積拠点の開設】合計1,100tの物資の受け入れを行う。東日本大震災の際に行った支援経験から、物資の集積拠点を熊本市と熊本県外(福岡県筑後市)に開設。【物資配送】コールセンターを開設して目的ごとに電話番号を設定、情報収集を行う。その情報に基づき、必要な物を必要な分だけ、避難所(被災者)へ届ける活動を行う。【物資引き渡し拠点開設】被災者自身が車で移動できるようになった頃、県内約30ヶ所に引き渡し拠点を開設。拠点:明光義塾各教室・ほねつぎ東光石油各スタンド・西区ベース・D-BOY健軍店・崇城大学ボランティアビレッジなど。【LOHACO応援ギフト便】アスクル株式会社ヤフー株式会社と共にOCHIKAKEN新たな物資支援の仕組みを構築し運用。※詳細は27ページ参照。生物リーダー池田親生三城賢士2835HAMwh25(MEDALKrank鍋れたつかVivaLoすぐ

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SEREDINS物資支援HELLOmontbell8834

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Performance熊本地震支援活動プロジェクト02情報収集·データベース化物資支援のためのコールセンターを設置。ローラー作戦によるニーズ調査と情報のデータベース化を行う。物資支援を行う中、現場では業務過多による混乱が起きていた。電話での支援依頼から配送完了まで、担当者はたった1人。そのため、情報の把握や蓄積ができていなかった。支援活動に大事なのはスピード。混乱を解決するために対応マニュアルを作り、データを保管するシステムと運用手順も作成した。リーダー稲田悠樹活動内容&活動実績【コールセンターの設置&情報のデータベース化】受付の混乱を避けるため、「物資を必要としている人」、「物資を提供してくれる人」、「ボランティアをしてくれる人」それぞれ専用の受付電話番号を設定。SNSやマスコミで公開し、各方面から情報が集まった。それらの情報を基に、必要なところへ必要な物を届ける物資支援を行った。データベース化された件数は約3,000件にも上り、その情報を政府や自治体、他のボランティア団体にも提供。サービスの提供者と受領者のマッチングにもひと役買うことができた。【ローラー作戦】現状を知るために、情報収集を行った。移動手段は、自転車や車を使用。車中泊者や指定外避難所、仮設団地を対象に、それぞれのニーズを調査した。作れ・益城町総合体育館今日時点必要なもの○北部中学校西田小学校(山口)イト資金を送ると言ってくれてる人←担当者熊本大学「弟(東町小学校)おしりふき、高ツ(SM)米レトルト菜、深皿は物資全くなく水、食料不足大津(大津町公民館炊き出支援物特に食料不足が深刻fffade立佐土原周辺避難所(熊本北高校大津スポーツの素給水配ない・ひすい・あさは先生・み・これたさん・若葉小学校しらすさん食料、離乳食不足炭水化物益城中央小学校東中学校ck食料不足(午前中→もと館高校(坂田さん)・宇土黒髪小学校(避難場所))高者多い300人程度おかずになるもの食料・水共に不足350人前後明品、そE圧的な35塩分高齢300人前後高齢者用パンツメイforton白川中原北区合志市役所「菊池速機o崇城大小山0熊本本公園山「きた病院石南熊渴平成熊本市南区役GoogleMy黒石町役場387合同

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キッチン用品使いすて食器ガスボンベキッチンペーパー野菜卵食材レトルト食品(スープ・おかゆなどう千物類(12.27.7)なし、ラップミホイルアルファ米米おむつ(大人用)油磕パッド糖おしりふき(赤ちゃん大人)ティッシュペーパーカップラーメンパンペーパータオル(き)おにぎり「日用品水タンクPEG剂電池のランタン、庶光器毛純腔の栄養(濃厚流動食)水分してあるもの簡易ベッド乾電池(Ⅰ)消毒液/手指用)(頼用)非常用品栄養チューブカテーテルチップガーゼ(滅菌)包带テーブ酸素マスクYoshinonくまもと中央とカントリークラブස大津町市合志市役所山セントラル病院田310木本線菊限时「カントリークラブ熊本県民池弁財天運動公園130山田牧場熊本空港カントリークラブ大阪西原村役場批務課総務・財政高原カントリークラブ西原村熊本日リース野山御町役場108「らくのうマザーズ阿蘇ミルク牧グランドチャンピオン山御船町サカントリークラブ380-900016ZENTINデスクトップ情報収集・データベース化RCADE配送へ配送へ(玉Pf電話封店受付物資受取電話对应。36

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37Performance熊本地震支援活動プロジェクト13ガテン倒壊した家屋から家財道具などを取り出し、瓦礫の撤去作業などを実施。水害発生時は、家屋の泥のかき出しや片付けも。全国から、たくさんのボランティアが熊本のために活動しに来てくれているのを見て、熊本で暮らす私も触発された。こんな時だからできること、このタイミングで今の自分にできることをやろうと決心した。活動内容活動実績【地震被害への対応】益城町を中心に、重機を使ったテクニカル作業や手作業によって、倒壊した家屋や倉庫から農機具や家財道具など必要な物を取り出した。また、瓦礫の撤去や処分作業、解体前家屋からの家財道具などの搬出・整理・処分作業も行った。【水害被害への対応】水害の被害の大きかった宇土市で、家屋や倉庫などに入り込んだ土砂のかき出し作業を実施。また、農機具や家財道具といった必要な物の取り出し作業も行った。SIPASリーダー小沢秀一

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E災害ボランティアJAPANOUTRORRENTALガテン38

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39Performance熊本地震支援活動プロジェクト04崇城大学ボランティアビレッジ熊本県外からのボランティア用の宿泊キャンプ場。ボランティア活動の拠点および被災した企業の仮事務所にも!リーダー連川裕隆活動内容&活動実績【ボランティア向けのキャンプ場】ボランティアが1泊500円で長期滞在できるように宿泊所を運営。テントサイト、車中泊サイト、トイレ、シャワーを完備。大型テント内にカフェ「アップフィールド』を誘致し、ボランティア同士が交流できあるコミュニティースペースとして提供。【ボランティア活動の拠点】大型倉庫は「国連WFP』より提供してもらう。「チーム熊本」、「め組JAPAN』、『災害支援ネットワーク北海道』、『ヤフージャパン』『東の食の会(オイシックス)』なども拠点として活用した。【被災企業の仮事務所】『サクラキ』『ちかけん』、『株式会社E』、『日本お米協会』など被災企業の仮事務所として活用。※2016年10月末までの実績【ビレッジ内の取り組み】『崇城大学ボランティアビレッジ』内パーテーションなどには、土を詰めた土嚢袋をブロック代わりに使う“アースバック工法”を採用。安価で丈夫、地球に優しい工法として注目を集めた。また、全国から『崇城大学ボランティアビレッジ」へゲストが駆けつけ、トークセッションや講演会(「熊本の明日を考えるトークセッション」など)、GAMADAS00などを行った宿泊施設の不足により、熊本県外からのボランティアの受け入れができないという問題を少しでも解決し、さらにボランティア団体の活動拠点と、被災企業の仮事務所としても機能するべく開設。ボランティアが活動後にゆっくりと体を休め、疲れが取れるような場所づくりに努めた。15TD.CT00未城大学ボランティアビレッジ

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熊本ONAPAN賀受TEAMAYAHOOJAPANサテライトオフィス●.JAPAEANCAJAPAN崇城大学ボランティアビレッジ40NYC

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41Performance熊本地震支援活動プロジェクト05BRIDGEKUMAMOTOクリエイティブの力を集結し、熊本の創造的な復興の架け橋を目指すプロジェクト。「創造力は奪えない。」を合言葉に、『チーム熊本』の産業支援部門として発足。外部だけの支援に頼らない自立した復興プランを考え、地元・熊本のクリエイターを中心に、県外の支援者と共創することで、「熊本の創造的な復興」の架け橋となることを目指した。1Bridge300Bridg☑リーダー佐藤かつあきBridgeKUMAMOTOBLUESEEDBAG2016年熊本地震で実際に使われたブルーシートを洗浄して作られたリユース品です。日光や風雨にさらされた生地は、強いダメージを受けているため、バッグとしての強度はありません。また、生地の劣化により、接触した物に色移りしたり、表面やプリントが剥離することがございます。あらかじめご了承ください。復興の種になるように売り上げの一部を被災地へ寄付させていただきます。REUSESADTOHAPPYDONATEXXXBridgeREUSECLEANCREATEDONATE活動内容&活動実績【クリエイティブ・・・広告・ウェブサイト・グラフィック・ブランディング・映像制作など】JAL「どこかにマイル」「JMB×WAON」「JAL×洸陽電機」「JAL×好日山荘」、MusicforKumamoto、ワン九州フェス、SPIKAL、インプレス、FAMILYTREETAKAMORI、熊本城瓦そば【イベント...主催および参加・出展】熊本城アカリトライブ、iPhoneケース展、スカイピクセル、thought5th、えんとつ町のプペル光る絵本展、ブルーシード大作戦、あやとりチャレンジ無印良品有楽町、「僕らの未来に、なに創る。」、イチのひと、復興BAR、VIDEOGRAPHERS'NIGHT【プランニング・・・企画・ネーミング】Twitter「おしゃれ散歩」、うまい棒「10円のチカラ」、阿蘇神社復興支援、ウナギトラベル、アイデア会議【プロダクト・・・商品開発】ブルーシードバッグ、ブルーシードコサージュ、ルパルティール、オリジナルグッズ

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BRIDGEKUMAMOTO/WINGKUMAMOTOプロジェクト06WINgKUMAMOTOÅÅÅバスケットボールを通して、子どもたちの笑顔を取り戻す!体育館が被災し、活動が制限されている小中学校のバスケ部を支援。地元プロバスケットボールチーム『熊本ヴォルターズ』と協力して行う。PerformanceKoirerkairerリーダー小笠原晟一hairerkumamoto小中学校の体育館が被災し、バスケットボール部は野外での練習を余儀なくされていた。保護者の方から「屋外用リングを購入する予算もなく、困っている」との相談があり、『熊本ヴォルターズ』と協力して、バスケットボール活動支援プロジェクト『WINgKUMAMOTO』を立ち上げた。HTT91■活動内容&活動実績【小中学校のバスケットボール部への支援・・・21校へ実施】小中学校のバスケ部に対し、屋外用リング・バスケットボールを支援。希望のバスケ部には、「熊本ヴォルターズ』に協力いただき、技術支援としてクリニックを行った。【2016年8月21日イベント開催】バスケットボールイベント「江津湖カップ3×3バスケットボールチャンピオンシップ』を開催。合計10チーム・29名の子どもたちに参加してもらい、成功をおさめる。【熊本ヴォルターズ応援】ボランティアスタッフとして、「熊本ヴォルターズ』の応援活動に参加。Wims熊本TEARKUMAMOTE42JAPAN

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熊本地震支援活動プロジェクト仮設団地・竹あかりワークショップ地域で団らんプロジェクト。『おたがいさま食堂』『お寺de落語』との共同企画。仮設団地内のコミュニティー作り、住民同士の交流の場として、『チーム熊本』『ちかけん』『おたがいさま食堂』『お寺de落語』の4団体が協力すれば、丸一日、様々な世代が楽しめる企画ができるのではということから開始。落語活動内容&活動実績【おたがいさま食堂】食べたい人・作りたい人・語りたい人が集まり、食卓を囲み、「食の質と心」を豊かにし、健康で活き生きとした生活に繋げる「こ食」から「共食」への取り組み。【お寺de落語】熊本のアマ落語家を中心に、落語寄席の文化を広げていきたいと2014年5月17日にスタートした活動。【竹あかりワークショップ】竹あかりを自作する体験ワークショップ。夜は全員で点灯。益城町赤井仮設団地(10月30日開催)では60名が参加。城南町塚原仮設(11月6日開催)では70名が参加。老若男女が集う。43リーダー下田沙知六#假設

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プロジェクト仮設団地・竹あかりワークショップ/イベント企画・イベント支援イベント企画・イベント支援復興支援イベントの企画運営。地域のお祭りや他団体イベントへの協力を行う。ボランティア活動で多くの出会いがあった。その中には、著名なアーティストの方々も多く、「何でも協力するよ」という声もあったため、ビレッジでのイベントを企画したことから始まった。同時に、地域のお祭りや他団体のイベントへの協力を行った。活動内容&活動実績【主催イベント】●GAMADAS@ボランティアビレッジ/実施日:6月16日、来場者:120人(アーティスト:CandleJUNE、若旦那、細見武士)●熊本城アカリトライブ@熊本城二の丸広場/実施日:9月24日、来場者:8,000人(アーティスト:ガクエムシー、Salyu、ハジー・ナオト、ナオト・インティライミ)●ボランティアビレッジ終了祭・慰霊祭/実施日:10月16日、来場者:200人【イベント支援】熊本暮らし人まつりみずあかり(熊本城南阿蘇・益城)、東無田夏祭り、バルーンでスマイルプロジェクト、ワン九州フェス、灯物語(南阿蘇)などリーダー片山広大erformanc44

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45熊本地震支援活動プロジェクト09M支援活動マッチング・被災地案内・講演全国と地元熊本のネットワークをフル活用し、支援者と被災者や活動団体を繋ぎ、Performance「Win-Win」の関係を構築。熊本地震直後、全国の仲間から「このような支援ができるが、必要とする人を紹介してほし「い」「この団体を紹介してほしい」などの依頼が多数あった。「善意」が全国からしっかりと熊本へ届くように、熊本のネットワークをフルに活かし、人と人を繋ぎたいと考えた。活動内容&活動実績【支援活動マッチング】全国の支援者(団体)と熊本の被災者支援団体を繋いだ。「yahoo募金(熊本城・阿蘇神社西原村グリーンヒル河原団地)」の立ち上げに協力。『NPO法人ボランティアインフォ』と福岡市役所を繋ぎ、ボランティアバスを実現。他、多数行う。【被災地案内】熊本の現状を伝えるため、被災地案内を通して説明。来熊した全国の友人、支援者、企業・団体(日本航空、KIRIN、UZUの学校など)、著名人(ガクエムシー・サンドウィッチマンSalyuなど)。積極的に講演、復興支援イベントで登壇。プロジェクト10引っ越し避難所・被災家屋(軒先避難)から仮設住宅・みなし仮設への引っ越しのサポートを行う。被災当初は、瓦礫の撤去や道路整備、避難所の運営、物資の配送で忙しく、被災者が引っ越しの準備を整えても、引っ越しのサポートが出来なかった。その後、1日でも早く避難生活から新生活へ移行するための支援をしたいと思い、活動を開始。jiリーダー富田信吾活動内容&活動実績【約320件の引っ越しサポートを完了】●被災者の新生活場所までの引っ越しのサポート●避難所・被災家屋(軒先避難)→仮設住宅・みなし仮設へJAPA緊急支援CP

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支援活動マッチング・被災地案内・講演/引っ越し/避難所・若葉小学校支援/アップフィールドICKE28プロジェクト11避難所・若葉小学校支援リーダー小出静JAPANか大SECREな若葉小学校の避難所運営のサポート。物資支援、避難者のメンタルケア、自立の支援。地震直後、避難所となった「若葉小学校」は運営を教職員が行っており、大変な状況だった。その後、自治会に運営を任せる際にサポートを依頼され、少しでも元気で明るい笑顔で新しい一歩を踏み出してもらえるように、被災者支援・避難所運営サポートを始めた。んば福島の中学生作ったマナーACTIONBEFORETANKINGおひとりみひとつどうぞ負けんばし)本負けんはい若活動内容&活動実績【避難所運営サポート】●避難所内の滞在環境を良くするための清掃・整備活動レクリエーション◆民間ボランティアの受入れ(11団体41回)●支援物資の受入れ(13団体)●味噌汁の提供(40回2,000食)【避難者への支援】避難者への寄り添い活動、メンタルケア、避難者と行政の仲介。被災家屋の荷物の取り出し34件、掃除手伝い40件、引っ越し手伝い8件CRIFIELDCOMMUNICATIONSTAGEプロジェクト12アップフィールド『崇城大学ボランティアビレッジ』にてボランティアや地域住民の交流の場を提供。『チーム熊本』から『崇城大学ボランティアビレッジ』内への出店依頼をいただく。熊本市内でコミュニティーカフェ機能を持った飲食店の運営を行っていた経験から、支援活動のサポートとなればと思い、出店を決定。また、少しでも炊き出し活動を行いたいと思った。●活動内容活動実績【コミュニティーカフェの運営】「崇城大学ボランティアビレッジ』のビッグテント内に、ボランティア同士や地域住民などが交流できるコミュニティースペースとカフェの提供。【炊き出し活動と後方支援】避難所での炊き出し活動。炊き出しチーム(災害救援ネットワーク北海道炊き出しチーム)の炊き出しサポート。リーダー上野和久鍛島静香FIFIELD46

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47熊本地震支援活動プロジェクト13プロジェクトリーダー廣畑輝臣くまモンカフェ・くまモンリュック避難所・仮設団地にて、お茶会『くまモンカフェ』を開催。全国からの支援物資を「くまモンリュック」に詰めて届ける。地震発生後、避難所で被災者への「メンタルケアで傾聴する人が必要」と先発で熊本に支援に入っている方から声がかかり、熊本へ行き、活動することを決めた。●活動内容活動実績避難所と仮設団地・集会所にて、お茶会『くまモンカフェ』を毎週定期開催(のべ1,643人参加)。全国からの支援物資を「くまモンリュック」に詰めて届ける(合計636個配布)。【避難所】プライベートスペースが確保しづらい日々の中で「何を話しても大丈夫な安心スペースを作る事」と「避難者さん同士のコミュニケーションサポート」を目的に開催。合計45回開催(熊本市3ヶ所/計12回、益城町6ヶ所/計35回)。【仮設団地集会所】初対面の住民も多かったので、顔合わせの機会、コミュニティー作りのお手伝いやメンタルケア・自立支援を目的に開催。合計41回開催(益城町:6ヶ所)。プロジェクト14炊き出しリーダー山口幸雄『災害救援ネットワーク北海道』と協力し、熊本市及び益城町等の避難所を中心に炊き出しを行う。熊本地震後、テレビなどで現地の情報を見ていて「支援が行き届いていない。食べられない人がたくさんいる。何とかしないと」と思い、現地入りを決めた。知人のご縁で『チーム熊本』と出会い、『崇城大学ボランティアビレッジ』に拠点を置き一緒に活動した。活動内容&活動実績【被災者向けの炊き出し】熊本市益城町の避難所を中心に、合計20ヶ所、約8,900食の炊き出しを行った。【ボランティア向けの炊き出し】「崇城大学ボランティアビレッジ』にて、日々活動するボランティアに食事を提供した。DRADIVE

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くまモンカフェ・くまモンリュック/炊き出し/わんにゃんハウスのサポート/anone2KAIUNIVプロジェクト15リーダー坂本洋展わんにゃんハウスのサポート益城町総合体育館に設置されていた『被災ペットシェルター』にて動物の世話を行う。『わんにゃんハウス』を運営している団体が「人手不足で困っている」と、ペットを預けていた被災者を通して連絡が入り、サポートを開始。多くの避難所ではペットの受け入れができず、ペットを飼っている被災者の多くは、車中泊避難を選択せざるを得なかった。活動内容&活動実績【避難しているワンちゃんのお世話】20匹。エサやり・水やり・ドッグランでの監視・散歩・ケージの掃除。【避難しているネコちゃんのお世話】7匹。エサやり・水やり・部屋で遊ばせる。上記を毎日行う。(活動期間:8月25日~10月1日)anonリーダー|小笠原・連川プロジェクト16anoneあのね熊本の民芸品を通した文化復興と被災者の新生活を支援。震災で大切にしていた器が割れた時、作り手のことが心配になった。形が壊れても、壊れない大切なものを見つけた気がして、「大切なものを大切にできる活動」ができないかを考えた。活動内容&活動実績【文化復興×新生活支援】熊本の作り手(小代焼き・阿蘇工房・オープンスタジオ)を取材。冊子各300冊を作成。仮設住宅へ作り手の作品と冊子を届ける。新生活のための日用品をサポート(30件)。【ボランティア派遣】「国際民芸館』や熊本の作り手のもとへボランティアを派遣。【展示会開催】作り手とその作品を通して熊本の震災を知ってもらう展示会を全国で行う。旅まつり@東京(8月開催)、ルコ@山口県萩市・ウズ@山口県下関市(11月開催)、ユージンイン@岡山県倉敷市(11月開催)、ユーユー@北海道札幌市(予定)。48

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49熊本地震支援活動TEAMのメンバーが見た地震後の熊本2016年4/154/164/164/174/18

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4/184/19TEAMのメンバーが見た地震後の熊本皆様のご健康と少しでも早いご回を心よりatお祈り申し上げます。Beallong!wearePrayforKUMAMOTO石川コロえりかrayingforyou!ReplyofDybook.まけないでweprayforyouandloveyou.WeareallKumamotoMayyoufindthestrength&supportyouneedtoovercomeともに心はみなさんとフリッツがんばろう!!Weprayforthepeaceofmindsandrecovery4/244/25YEAR4/284/265/34/204/275/44/214/285/8ASTERINTER4/224/235/115/135/194/2450

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51熊本地震支援活動20166/186/17/56/197/136/36/237/156/76/86/287/256/96/297/26/106/156/16E-330--3213007/277/287/317/38/2

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8/78/98/19田8/258/26TEAMのメンバーが見た地震後の熊本GREW9/79/89/2110/1012/2312/242017年1/152/1110/158/3010/303/18みな9/1日同空11/304/149/412/1752

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熊本地震支援活動53はじめてマPACRE熊本N702SLAJAFJAPAPANつながる心、0-1-1DJAPA緊急支援CREJAPANKEEPINGAHO

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PANPAPAYMatony広がる笑顔。大ACTIONEFAREつながる心、広がる笑顔。RAZYPANJPARAZER晩酌Se生ビールハ¥5JAJAPAN焼CREWJAPANASHI54DINKING

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熊本地震支援活動熊本の現在復旧を遂げた熊本城天守閣2016年熊本地震から10年熊本の現在熊本地震から10年が経ち、熊本の復興は着実に進んでいます。熊本城は天守閣の復旧工事が完了し、2021年6月に一般公開がスタート。震度7に二度見舞われた益城町では、2023年3月に役場の新庁舎が完成。避難所として活用された益城町総合体育館も建て替えられ、新しい体育館は2020年7月から供用が開始されました。2019年1月に着工した益城町の県道熊本高森線の4車線化は、2026年3月20日、遂に全線(約3.8km)が開通しました。2026年3月20日に4車線化区間が全線開通した県道熊本高森線新しくなった益城町総合体育館旧庁舎跡地に建て替えられた益城町役場55

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熊本豪雨災害支援活動(2020年発災)56

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57熊本豪雨災害支援活動介護設2020年7月熊本豪雨災害線状降水帯が長時間(2020年7月3日23時頃~4日10時頃までの11時間)にわたって停滞。7月4日朝方にかけての12時間降水量は、県南9地点〈球磨川水系(山江、一勝地、人吉、上、多良木、湯前横谷)、田浦、水俣、牛深〉で観測史上1位を記録しました。広範囲に降った大量の雨が球磨川等に流れ込み、県内の複数の河川で氾濫。県南・天草で土砂崩れ等を引き起こしました。さらに、7月6日から8日未明にかけての断続的な非常に激しい雨により、県北地域でも川の増水、土砂崩れ等を引き起こしました。参考資料:熊本県土木部「令和2年7月豪雨被災状況【速報版】」

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住宅被害合計6,505棟全壊217棟/半壊458棟/床上浸水5,830棟八代市全壊165棟半壊199棟八代市被害について芦北町全壊14棟半壊7棟床上浸水1,127棟球磨村床上浸水470棟山江村全壊11棟半壊14棟相良村全壊17棟半壊89棟吉北町津奈木町山江村相良村全壊5棟球磨村半壊25棟多良木町全壊1棟津奈町「球磨川床上浸水10棟水俣市佐川半壊11棟あさぎり町多良木町水俣市人吉市錦町あさぎり町人吉市錦町床上浸水51棟床上浸水3,775棟床上浸水65棟参考資料:熊本県土木部「令和2年7月豪雨被災状況【速報版】」※2020年8月19日現在一般社団法人熊本支援チームは人吉市を中心に支援活動を行いました。熊本支援チームは発災翌日の7月5日から人吉市とその近隣地区に入り、情報収集物資支援をスタート。7月7日より活動拠点を人吉市内に設置し、本格的な支援活動を開始しました。活動拠点は9月10日まで「ホテルサン人吉」(上青井町)、9月11日から12月31日まで「ひとよし森のホール」(駒井田町)、2021年1月から2021年8月末までは「赤山様邸」(駒井田町)をお借りしました。58

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熊本豪雨災害支援活動59一般社団法人熊本支援チーム熊本豪雨災害の体制被災地外被災地事務局現地挻点日本THENIPPON財団FOUNDATION熊本市人吉市日本財団支援BridgeKUMAMOTOBRIDGEKUMAMOTO支援熊本支援チーム赤い羽根共同募金赤い羽根共同募金支援支援者/全国寄付SNSHPを連携SNSでの情報発信HPの更新チェックスマートサプライ管理20207/7~9/10ホテルサン人吉20209/11~12/31ひとよし森のホール2021年1/1~8/31赤山様邸連携現地常駐スタッフリモートチーム東京を中心とした県外からの支援・協力関連団体・人吉市社会福祉協議会・NPO法人MAKEHAPPY災害支援部門め組JAPAN・くまもと友の会・一般社団法人ピースボート災害支援センター・など支援

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熊本支援チームと被災地、支援・連携先との関係図熊本支援チームは、東日本大震災や熊本地震などでの災害支援の経験を基にしながら、コロナ禍による新しい災害支援のあり方を模索。独自の支援体制を構築しました。大きな特徴は、被災地内に活動拠点を設け、被災地外に事務局を設けたことです。「被災地でしかできないこと」と「被災地外でもできること」を整理・分担したことで、支援活動のスピードアップと効率化、支援者の拡大につながりました。一級建築士イベント設営会社支援プロ集団機材・備品レンタル会社ニーズ受付被災者受入学生有償スタッフ(熊本県内)大学生受入一般ボランティア(熊本県内)県内の有志60

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熊本豪雨災害支援活動現地常駐スタッフと現地活動拠点を確保現地常駐スタッフとは?61一般社団法人一般社団法人熊本支援チームが雇用契約を結んだスタッフです。被災地に常駐し、最前線で活動してもらいました。スタッフへの給料や活動経費には、私たちの想いに共感していただいた企業・団体・個人からの支援金を使わせていただきました。一般的に、被災地で活動する人や団体は、多くが自分たちのお金または自分たちで集めた支援金を活動費に充てています。そのため、それがなくなってしまえば、活動を続けることができません。そこで考えたのが、雇用することで活動する人たちに定期的に入ってくるお金を確保し、長期的に活動してもらえるという仕組みです。これまでに10名のスタッフを雇用しました。熊本支援チーム支援金有償雇用協賛企業・団体・個人現地常駐スタッフ・住宅再建・ニーズの聞き取り・ボランティアの受け入れ・現地拠点の管理・運営・熊本支援チーム事務局(熊本市)への報連相支援活動支援依頼POINT・・・etc.被災地域住民生活や活動のための資金を定期的に確保できることで、長期的な支援ができるようになる。現地に滞在することで土地勘や住民との連帯感が生まれ、スムーズに活動できる。

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現地活動挻点とは?新しい支援のカタチ1被災地での迅速かつ長期的な支援活動を行ううえで、常駐スタッフやボランティアが集える場、滞在できる場が必要になると考えました。そこで現地の方に協力いただき、活動拠点を設置。2020年7月7日から2021年8月末までの間に、3カ所を活用させていただきました。混乱を極める被災地に拠点を構えるのは、なかなか難しいことです。しかし、スタッフやボランティアの拠点となるだけでなく、被災者のニーズを受け付ける窓口にもなります。また、長期滞在が可能になることで地域住民との交流が生まれ、復旧・復興の状況を肌で感じることもできるなど、現地活動拠点を設けることには多くのメリットがあります。ホテルサン人吉2020年7月7日~ひとよし森のホール2020年9月11日~OPEN赤山様邸2021年1月1日~赤山様邸ひとよし森のホール青井阿蘇神社●ホテルサン人吉人吉城址219POINT人吉IC現地活動拠点を設けることで、長期的かつスムーズな支援活動につながる。長期滞在できることで被災地に通う時間を削減でき、より長く活動時間を確保できる。地域住民との交流が生まれ、復旧・復興の状況を肌で感じることもできる。被災者にもボランティアにも頼ってもらえる窓口的な場所になる。62

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63熊本豪雨災害支援活動現地スタッフひろのぶ坂本洋展Profile天草生まれ、熊本市育ち。豪雨災害の発生時は兵庫県にいたが、熊本地震の際に熊本支援チームで活動した経験から、長期で支援するスタッフが必要になると思い帰熊。7月15日に被災地入り。事務局のサポートや支援物資の管理などを担当。メンタルケアを目的に、みなし避難所でのお茶会も実施。「現地に拠点を設けたことで、地域愛と復興に貢献したいという強い気持ちが芽生えました」コロナ禍の支援で苦労したのは、被災者のメンタルケアに思うように取り組めなかった点です。私は熊本地震の際に、被災者のメンタルケアを目的に1年ほど仮設団地でお茶会を実施していました。今回も計画したのですが、コロナ禍で残念ながら2カ月ほどしか実施できず・・・。通常、被災地では仮設団地ごとに自治会ができるのですが、今回は設置されず、住民との窓口はすべて社会福祉協議会が担っていたため、緊急事態宣言が出るとあらゆるイベントが中止となり、動きたいのに動けないという状況が続いてしまいました。一方で、学んだことやプラスになったことはたくさんあります。現場での活動内容の明確さと、地域とのつながりの強さが特に印象に残っているのですが、熊本支援チームの組織としての経験値が上がったことと、被災地に活動拠点を設けたことが理由ではないかと思います。そのような組織で長く経験を積んだことで多くのことを学ぶことができ、地域の方とふれあい、再開したお店に行くなどで地域の復興を身近に感じることもできました。私は2020年12月末で雇用契約を終え、翌年1月から一人で人吉市の地域おこし活動に取り組んでいます。被災地に拠点を設けたことが、地域の復興という大きな視点を持つことにつながり、新しい活動にチャレンジするきっかけとなりました。人吉に来て以来、どんどんこの地域のことを好きになっています。現地事務局はるか小林始佳「現地拠点、現地常駐ス被災地の方々の安心感私たち現地常駐スタッフは、現地拠点で暮らしていました。現地拠点があることのメリットはさまざまで、ひとつは移動時間のロスが少ないので活動時間を多く確保できること。そして、スタッフとずっと一緒なので、いつでも相談・報告ができること。何かあったときにもすぐ動けます。それから、長<現地にいることで住民の方々との信頼関係が深まり、連帯感も生まれました。日々変わる地域の様子を見ながら、復旧・復興を地域の方と一緒に感じられたことは、私の中で大きな財産になっています。私は熊本地震と豪雨災害の両方で支援活動を私たちが伝えたいこと熊本支援チームが雇用した現地常駐スタッフの中から、初期から活動に取り組んだ3名に話を聞きました。嶋村と小林は7月7日に、坂本は15日に赴任。その後も人数は増え、最大時は10人に。支援活動が完了していくに連れ、少しずつ規模を縮小していきました。

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Profile天草市出身。熊本支援チームとのつながりは熊本地震から。ボランティアビレッジでボランティア希望者の受け入れを担当していた経験から、現地事務局の担当に。7月7日に被災地入り。問い合わせや支援依頼の電話対応、拠点整備、熊本支援チーム本部との連携、ボランティアの受け入れなど担当。現地常駐スタッフインタビュー現地支援リーダー嶋村誠一Profile熊本市出身。防災士。7月4日は東京にいて、発災を知り帰熊。7日に被災地入り。現場リーダーとして、現地での作業全般の取りまとめを担当する。住民からの支援依頼を受け、ニーズの聞き取り、作業内容や流れの決定、担当チームの編成、ボランティアスタッフへの作業内容の指導などを行う。タッフの存在はにつながると思います」行いましたが、地震と水害では状況がまったく異なることを実感。特に、水害は家屋の復旧に時間がかかり、長期的なサポートが必要だと痛感しました。私たちのような現地常駐スタッフが長く地域に滞在することで、住民の方々の安心感が少しは増すのではないかと思います。ずっと支援に関わっているからこそ、地域で会った際に声をかけてもらえます。つながりができたことで、もし何か困ったことがあったときに連絡してもらえるのかなと。そこれが住民の方々の安心につながるかなと思うので、現地拠点や現地常駐スタッフには大きな意味があると考えています。「現地拠点と有償雇用はコロナ禍の災害支援において大きな意味を持ちます」私はこれまでにさまざまな被災地で、個人で支援活動を行ってきました。活動資金や滞在費は、それまでに働いて貯めたお金や、私の活動を応援してくれる方からの支援金を充てていました。今回は組織の一員となり、熊本支援チームから定期的に給料をいただけたことで動きやすく、長期的な支援活動につながったと感じています。実際は、有償だろうが無償だろうが、支援活動はやりますが、お金がなければできないことがあるのも事実。有償だったことで、できることは確実に増えました。今回はコロナ禍での支援活動ということで、特に初期活動時のマンパワーの確保に苦労しました。通常、水害が発災すると、泥出しなどマンパワーが必要な支援活動を最初に大勢で一気に行います。その人手が、今回はコロナ禍のため確保できませんでした。そこで、クラウドファンディングを活用して学生有償スタッフ(65-66ページで紹介)を確保したのですが、それがすごく大きな力になりました。コロナ禍での災害支援では、人手をどう確保するかが難しく、重要な課題であると痛感しました。また、今回の経験で、ボランティアに対する考え方も変わりました。これまで私は「ボランティアは我慢して当たり前。住民の方々はもっと大変なのだから」と考えていました。しかし、それではボランティアに参加するのは意識の高い人ばかりで、ハードルが高くなってしまいます。今回、現地拠点を設け、ボランティアの居住空間を整備したことがハードルを下げることにつながりました。人手を確保しづらい時期だからこそ、まずは来てもらうことが大事。そのキッカケを作ることが大切で、そのための環境づくりに取り組まなければいけないことを学びました。現地拠点の設置は、私たちの活動をスムーズにするのはもちろん、ボランティアの確保の面でも重要な役割を果たします。64

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65熊本豪雨災害支援活動クラウドファンディングで資金を集めて学生有償スタッフを確保POINT豪雨被災地ではコロナ禍のためボランティアを県内在住者に限定しており、人手不足の状況が続いていました。そこで、熊本支援チームは2020年8月10日から、熊本在住の大学生等を有償スタッフ(復興バイト)として雇用する新しい取り組みをスタート。夏休み期間中、活動1日あたり5,000円の給与と熊本県内で使える1,000円分の食事券を支給しました。活動資金はクラウドファンディングを活用して全国から集めました。2,203名に応援いただき、総額2,026万円の支援金が集まりました。これを原資に、学生支援チームを発足させ、中期的な活動支援体制も構築しました。被災地の人手不足と、学生のお金に関する課題を同時に解決する仕組み。被災地支援に「行ってみようかな」と思わせるキッカケになる。友だちを誘いやすくなる。学生はお金の心配をしなくていいので、支援活動に集中できる。長期で参加できる。熊本県内で使える食事券を支給すること地域復興の一助になる。クラウドファンディングの達成状況詳しくはこちらをご覧ください。→社会問題と向き合う人のクラウドファンディングGoodMorningプロジェクトをはじめるプロジェクトをさがすGoodMorningISSUESGoodMorningとは?#withくまもと長期化する水害復旧活動。全国の皆さん、力を貸してください!Akumamototeam●ソーシャルグッド¥現在の支援総額たくさんのご支援本当にありがとうございます!20,261,500円337%前代未聞の二重災害を乗越える熊本水害×コロナウイルス目標金額は6,000,000円応援の無限の可能性3000万円2000万円2500万円2100人2600人3100人活躍可能に!品支援者数2203人①募集終了まで残り終了ログイン/新規会員登録CAMPFIRECROWDFUNDING2ソーシャルグッド

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人手がほしい!雇用新しい支援のカタチ2支援に行きたいけど行くためのお金がないコロナ禍でバイトが減り生活が大変一般社団法人熊本支援チーム受飲賃け食金学生クラウドファンディング全国から集めた支援金を原資に学生有償スタッフの誕生!◆開始日:2020年7月25日◆終了日:2020年8月19日◆支援総額:20,261,500円◆達成率:337%◆支援者:2,203人(熊本県内:約5%熊本県外:約95%)■クラウドファンディングの支援金使途◎参加学生への給与(5,000円)+食事券(1,000円分)の支給◎参加学生への昼食代◎学生受入れのための現地拠点整備費(熱中症対策等)◎学生支援チーム運営事務費・諸経費(各種保険料・消耗品費・車両費等)◎クラウドファンディングリターン商品の代金・送料等◎クラウドファンディング手数料として、活用させていただきました。領収書66

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熊本豪雨災害支援活動被災地支援で経験し、感じたこと熊本支援チームは今回、大学生4名を「学生リーダー」に任命し、学生ボランティアのまとめ役となってもらいました。その中のひとりである前元盾哉に、実際に「学生有償スタッフ」制度を利用した感想や支援活動を通して感じたことなどを聞きました。学生有償スタッフじゅんやリーダー前元盾哉Profile北海道網走市出身。東海大学熊本キャンパスへの進学を機に熊本へ。2016年熊本地震の際に熊本支援チームで活動していた大学の先輩に勧められ、2020年7月の熊本豪雨災害の支援活動に参加。当初は無償ボランティアとして、8月10日からは学生有償スタッフとして活動。6267ボランティアに行きたい気持ちを後押しする「学生有償スタッフ」の仕組み正直、最初は災害についての知識や関心はありませんでした。熊本支援チームへの参加のきっかけは、2016年熊本地震の際に同チームで活動した大学の先輩からの「いろいろな人が集まって活動していて刺激を受けると思うから行ってみたら」というアドバイスです。参加することを決め、7月末に人吉へ。被災地の状況を見て衝撃を受け、その時から災害が“自分ごと”になりました。当初は無償ボランティアでした。被災地入りして数日後に復旧作業現場のリーダーのひとりに任命され、仕事の割り振り、作業の進行計画、ボランティアの人たちの体調や安全の確認などを担当。当時は新型コロナウイルス感染症の影響で県外ボランティアの受け入れは行われていませんでしたが、毎日2~3名のボランティアが来てくれていました。その後、学生ボランティアをまとめる学生リーダーに任命されました。そして8月10日、クラウドファンディングで集めた資金から学生!たちに日当と熊本県内で使える食事券を支給する有償ボランティアがスタート。これは本当に大きな出来事でした。私を含め学生たちみんながお金の心配をしなくて済むようになったからです。私自身、バイトを辞めて熊本支援チームの活動に参加していたので、手持ちのお金がなくなれば活動は続けられないと思っていました。また、コロナの影響でバイトが減ったり無くなったりした人は「ボランティアに行く時間はあるけど、行くお金がない」という状況でした。それが、お金の心配をしなくてよくなったことで私たちは学生を誘いやすく、学生は参加しやすくなり、結果100名以上が集まったのです。学生の背中を押す良い仕組みだったと思います。「協力してほしい」と声を出すこと、やりたいことを貫く気持ちを大切に学生リーダーは私を含め、熊本大学、宮崎大学、熊本学園大学の学生の4名で務めました。活動中で特に印象に残っているのは、9月に実施したボランティアバスの企画(詳しくは88ページ参照)です。きっかけは、ある学生の「大学と被災地を運行するバスを用意すれば学生は来やすくなり、募集もしやすいのではないか」というアイデアでした。しかし、実現に向けて取り組んだものの計画は頓挫してしまって・・・。でも、私たち学生リーダーは「できる!」と思って後押しすることを決めました。実際に運行するにはドライバー代や燃料代などで15万円の経費が必要で、悩んだ末に熊本支援チーム代表理事の池田さんたちに相談してみることに。すると「応援してくれる大人はきっといる。だから直接伝えてみたら」と、ボランティアバスについて大人の人たちに話せる場を作ってもらい、15万円以上の支援金を集

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学生有償スタッフインタビュー(834.194)めることができ、バスをレンタカーで手配することができました。“声を出して協力してもらうことの大切さ”を実感しましたね。それに、熊本の大人は学生に前向きなアドバイスをくれる人が多いという印象も持ちました。「応援するよ」と言ってくれる熱い人、良い人が多くて、熊本のことがいっそう好きになりました。一方で、準備を進める中で、「バスは無理」や「大勢来てもらっても運営側が管理できない」と言う人たちもいました。前例がないことをやろうとすると、こんなにもいろんな人から「できない」と言われるのだと驚きました。しかし、結果的には多くの人がボランティアバスを利用して来てくれて、私たちもきちんと管理でき、復旧作業はずいぶん前進しました。「できない」という言葉は、学生たちのアイデアをつぶす原因のひとつになります。今回の成功体験は、自分のこれからの人生に大きな影響を与えてくれました。被災地と人をつなぐイベントをやってきました。そして、人のつながりの大切さを実感したことで、私個人の活動として2021年4月に熊本市でシェアハウスをオープンしました(別の目標が見つかったため現在はクローズ)。今回の活動は、被災地の支援が最大の目的です。しかし、その支援が学生のためになり、私自身のためになりました。こういう経験をぜひたくさんの学生にしてほしいと思います。自分の将来にきっとつながるはずです。今回の活動を通して、「今後も災害が起こった時には動きたい」と話していた学生たちがいました。ボランティアや被災そして私自地支援の意識の芽吹きは確実にあったと感じています。身、熊本支援チームで自分らしい生き方や大切なことを学ぶことができました。自分たちで考えて次のフェーズの支援へ2020年10月頃になると、ボランティアに来る人は少なくなってきました。そこで、これからは被災地にもっと人を呼ぶことが必要だと考え、メインの活動を人流・交流をつくるイベント企画にシフトチェンジ。長崎と熊本の大学生の交流会を開催したり、被災地を支援してくれている大人たちに人吉市へ来てもらって話をしたりするなど、68

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熊本豪雨災害支援活動スマートサプライとの連携で全国の想いを被災地へスマートサプライ×熊本支援チームのホームページhttps://smart-supply.org/projects/kumamoto-team※現在、支援の受付は終了しております。熊本支援チーム|熊本豪雨災害支援物資プロジェクト活動本拠地熊本県人吉市『スマートサプライ』は、東日本大震災をきっかけに生まれた市民参加型の支援プラットフォームです。「必要なひとに必要な支援を必要な分だけ」を気軽に、誰もが貢献できる仕組みになっています。熊本支援チームは『スマートサプライ』と連携し、全国の皆様の想いを被災地へ届けました。スマートサプライとは?『スマートサプライ』の具体的な仕組みとしては、まず被災地を支援する団体が現地で必要な物資の個数や値段をリスト化して『スマートサプライ』のホームページ上に公開します。それを協力したい人が見てネット通販で購入手続きをすると、支援団体へと配送されるというもの。支援の達成率は随時更新されるため、現地へ余分に届くことはありません。クラウドファンディングとスマートサプライの違いクラウドファンディング支援金支援団体1支援をしたい人スマートサプライ69支援をしたい人支援者が決めます支援団体見える化を行います必要な支援の団体は黒子として誰にどのような支援をどれぐらいするかを支援金を集めるのは早いが、実際に支援を届けるまでには時間と労力がかかり、支援を必要としている人たち支援団体の負担が大きくなってしまいます。支援金支援を必要としている人たちスマートサプライのシステムポイントは「支援者が主役」の支援方法という点です。スマートサプライのサイトを見て支援を必要としている人たちのニーズを把握し、誰に、どのような支援を、どれぐらいするかを支援者自身が決めます。

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新しい支援のカタチ3実際のスマートサプライのページ高圧洗浄機『コンパクト高圧洗浄機8mRL-KSA10,479円C105』電動ポンプ2020/07/1512:302020/07/0520:5448/48(100%)一輪車ミニスコップ『ステンレスミニスコップPC-2021S」365円2020/07/1512:302020/07/0520:54105/105(100%)釘抜付きバールホウキ『赤シダホウキ長柄』418円2020/07/1512:302020/07/0520:54130/130(100%)釘抜付きハンマーたわし大「大型たわし-KA123-10123』2020/07/0520:54280円150/150(100%)2020/07/1512:3014,490円2/2(100%)4,704円3/3(100%)1,460円5/5(100%)839円6/6(100%)角スコップ『木柄角スコップ大KD』2020/07/0520:54<1,048円199/199(100%)コードレス電動ノコギリ支援3点で1台分です2020/07/1512:30<10,185円/6(100%)芦北町球磨村人吉市で必要な泥かき・廃材撤去作業の道具の支援を呼びかけるページ01/0910:47[12/26の動熊本支援チー172日目本日の活動人数名活動内容一人言市内公民館ブラッシングベボランティア23名ゴミ270ニーズ71件完了件数2件案件数12件3作21キャンセル2活動タイムライン同サイトでは熊本支援チームの活動も随時報告してきました被災者の方たちが必要としている物資の支援を呼びかけるページ同サイトは支援者が応援メッセージを書き込むこともできます応援メッセージ長きにわたるありがとうございます力ですがお力になれば幸いです。さんのTwitterから、こちらの活動を知った者です。力ではありますが、お力になれたら幸いです。©2020/12/3122:42富山からです。皆さんが乗り越えられるように祈っています。©2020/09/09210©2020/10/0623.36いま、TKUの夕方ニュースで知りました。とても素晴らしい取り組みだと思います。頑張ってください。02020914日にちがたってカピ心配ですわずかでありますがお役に立ちますように一日も早く日戻れますようにお祈りしています020000822237お疲れさまです台風の大きながありませんように祈ってます!1日も早いづきますように©2023お体に気をつけてください。力ながら応援しております!!伝いは出来ませんが、少しでもまのお役に立てれば...一日も早く日常に戻れるよう踊っています。暑い日が続きますが、お身体に気をつけて張ってください。また楽しみにしてます遊びに行ける日20201819さんからこちらで出来ることを知りました。僅かではありますが、のお役に立てるなら嬉しく思います。しの活動で知りました。ですがてください。さんのいてこちらの支援を知りました方お手伝い出来ませんので代わりをさせて頂きます。力ではありますが、少しでもお役に立てればいです。暑い日が続いてますがお身だい©2000/012017©2020/08/1191POINT「必要なひとに必要な支援を必要な分だけ」行うことができる。ネットを使って支援できるので全国、海外から支援できる。支援の達成率、活動報告を随時見ることができるので、被災地のリアルな状況を把握できる。被災地のニーズと外部からの支援内容とのミスマッチを防ぐことができる。時間や復旧状況と共に変わっていく被災地からの支援物資のニーズを随時反映し、発信することができる。70

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熊本豪雨災害支援活動71イベント設営のプロと連携発災から2日後に被災地内に活動拠点を設営協力:TSP太陽株式会社https://www.tsp-taiyo.co.jp/TSP太陽株式会社は、全国各地に営業所を持つイベントエンジニアリング企業です。豊富な知識と経験を生かして、ボランティアのベースキャンプを設営いただきました。具体的には、被災した「ホテルサン人吉」に照明や冷房機器、仮設トイレ、パーテーションなどを整え、ライフラインを復旧。ボランティアが常駐できる活動拠点を作っていただきました。熊本支援チームからの依頼に24時間以内に応えていただき、発災から2日で完成させるという異例の早さで作業いただきました。CEOTSP太陽株式会社代表取締役社長能村祐己さん「災害が起きて街やライフラインが機能しなくなった時に、早い段階で必要となるのが“拠点”です」拠点が必要な理由は、ボランティアの滞在場所や物資の置き場所を速やかに整えることが、スムーズな災害支援につながるからです。私が代表を務めるTSP太陽株式会社は、イベントの企画設計から運営までをトータルサポートする会社です。人が多く集まる会場の設営を得意とし、全国各地に営業所を持っています。その一方で、本業のノウハウを生かし、阪神淡路大震災や東日本大震災、平成28年熊本地震などで仮設避難所や医療テント、ボランティアのベースキャンプを設営する形で災害支援も行ってきました。弊社にはモノがあり、知識があり、技術もあります。ですから、緊急性が求められる有事の際にいち早く動くことができるのです。社員もそれを理解しているので、災害が起きると社内から「何かできることはないだろうか」と自発的な声が上がります。令和2年7月豪雨では社員だけでなく、協力企業もすぐに動ける支援体制を整えておいてくれました。こういった土台があったから、ボランティアの常駐活動拠点を素早く完成させることができたのだと感じています。口腔TSP太陽株式会社に設置いただいたパーテーションや冷蔵庫、発電機、エアコンなどのインフラ整備。

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建築のプロと連携技術・知識が向上し、チームが成長する機会に新しい支援のカタチ4・5ふみのり協力:一級建築士水上文藝さん設計事務所「YASUISEKKEIVIETNAM」(ベトナム・ハノイ市)代表取締役。熊本県立大学の学生としての顔も持ち、バイオマスや自然・再生エネルギーに関する研究にも取り組んでいらっしゃいます。かつては熊本県庁職員として、まちづくりや建築関係の業務にも携わっていらっしゃいました。今回、家屋などの建物の復旧作業において、技術的な相談をさせていただき、アドバイスをいただいたことで、現場の作業をスムーズに進めることができました。加えて、技術や知識が向上し、チームのレベルアップにもつながりました。一級建築士水上文藝さん「建築のスペシャリストとボランティア団体とのコラボレーションは有効な支援の型になります」豪雨災害発生時、私は熊本県建築士会の人吉支部の所属でした。「地元の建築士会として、相談コーナーを作って地域の人々に寄り添い、最後まで救済していくべき」と支部長に提言し、8月に相談コーナーを設置。支援活動を進めていました。ちょうどその頃、熊本支援チームが活動していると聞き、お会いすることに。被災者から私たちへの相談は、家屋や敷地内の泥を出してほしいというものが多かったので、最初の泥出しを熊本支援チームにお願いして、こちらは技術面などでいろいろとアドバイスをしながら復旧を進めていくという作戦をとることにしました。被災状況は一軒一軒異なるため復旧作業をすべてマニュアル化することは難しく、各現場での判断が必要になります。その時に、建築のプロからのアドバイスがあるのは「とても心強いし、成長につながる」との声を熊本支援チームからはいただいていました。建築のスペシャリストとボランティア団体とのコラボレーションは「熊本方式」として、これから発生する災害に対しても重要な支援のカタチになると期待しています。「ひとよし森のホール」は防音仕様のため構造が複雑だったが、水上さんのアドバイスによって復旧工事はスムーズに進んだ。壁を剥がす際に電気ケーブルを外すか残すか。素人では判断が難しいが、「電気はいずれ全部やり直す必要があるので取り外していい」と水上さんからのアドバイスがあり、現場は安心して復旧作業を進めることができた。72

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73熊本豪雨災害支援活動一般社団法人熊本支援チームこれまでの活動住宅再建事業2020年7月6日より人吉市に常駐し、災害復旧支援を中心に活動を行ってきました。その状況と内容についてご紹介します。2021年9月末時点での活動状況ボランティア数(のべ)・2,854名災害ゴミ搬送284台7614総ニーズ数完了案件数|継続案件数0件保留件数未対応数キャンセル721#0件0件5件

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熊本支援チームこれまでの活動・家財出し・19件2021年9月末時点での活動内容・詳細別完了数・室内泥出し....9件・壁剥がし・27件・天井剥がし・・・・・・・・・・10件・床剥ぎ・・・24件・床下泥出し・・・・・・・・26件・キッチン解体・・・・13件・トイレ水回り解体・・・■16件・清掃、消毒・・29件・引っ越し・・・1件・敷地泥出し.61474

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75熊本豪雨災害支援活動支援物資の配布2020年9月10日まで熊本支援チームの拠点とさせていただいた「ホテル「サン人吉」前に物資倉庫を設置。ロータリークラブ様からの支援物資の管理、日本全国から届く支援物資の受け取り、物資を必要としている人や団体への配布を行いました。り下さい。支援物資提点ATHANTE由にご自由に高圧洗浄機無償レンタル活動全国からの寄贈や、お笑いタレント・作家の西野亮廣様から寄贈いただいた高圧洗浄機を必要とされる方々に無償レンタルしました。SUNTORYCOFFEEBOSSNonsonthe

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炊き出し自分たちで炊き出しを行うのではなく、炊き出しをしたい人や店に対して、炊き出しできる場所や環境を提供する活動を行いました。「ホテルサン人吉」を拠点としていた2020年9月10日まではホテル前のスペースを、拠点を「ひとよし森のホール」に移してからは12月31日まで同ホール駐車場を炊き出しの場とさせていただきました。熊本支援チームこれまでの活動熊本県合地域団体等からの各種要請に応える活動DVD人吉市社会福祉協議会からの支援依頼を受け、人吉市社会福祉協議会のボランティアセンターに仮設トイレ4台の設置・提供を行いました(2020年7月11日)。その他、現地ニーズにも細やかに対応し、対応可能な案件についてはできる限り支援してきました。クラウドファンディングサポート活動被災者・被災団体に対して、クラウドファンディングを使った再建資金などを全国から募るページの立ち上げ、写真・動画撮影等のサポートを行いました。熊本豪雨災害で、工場から店舗まで全滅。それでも醤油づくりを続けたい【岩永醬油】氾濫した球磨川を整備し、ラフティングを復活させたい!【ランドアース存続危機】九州蜜雨災害ランドアース存続危機!!5,670,000円9,657,080円飲みラ球なめフリ九州豪雨被害にあった岩永醤油を復活させたい![322人6日100年つづく本の次の代へ878人NEXTGOAL1600万円6日私たちの残りであるしを取り戻すために、会社のスタッに入っていますがります。そしさん、どうか力を貸してください。らめたくありませプロジェクトを支援する全てがも、代々受け継がれてきたを守るため、そして持ってくださっている皆さんのため、ありませ力を貸してください。プロジェクトをする②76

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熊本豪雨災害支援活動エブリバ!~それでも僕らはこの川と生きていく~災害発生から3カ月が経ち、メディアで報道されることも少なくなってきた被災地の状況。“今”の様子を伝えたいという想いから、熊本を中心にテレビ、ラジオなどで活躍しているリポーター・高橋よしえさんと被災地支援に関わる有志メンバーが立ち上がり、熊本の被災地と全国の皆さんをつなぐ企画「エブリバ!」を計画。高橋さんが球磨川の上流から下流までを2020年10月4日から5日間かけて走り、被災地域の現状や住民の想い、球磨川が育んできた豊かな自然を伝えていく動画を制作・発信しました。熊本支援チームも「エブリバ!」チームの一員として企画に参加し、ランやライブ配信のサポートを行いました。エブリパ!公式Twittereverivarフォローお願いします!それでも僕らは生きてい令和2年7月豪熊本球磨川TuisheRun120km77スタディーツアーの企画(若手育成事業)2021年3月から月1回開催。熊本支援チームの活動に携わってくれた大学生たちに被災地スタディーツアー・勉強会を企画・主催してもらうことにより、次世代の地域リーダーを育成しようとするもの。県外ゲストなどを交えて、被災地を巡りながら、災害支援活動のノウハウや学びを伝えていく機会を作っています。11-69

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熊本支援チームこれまでの活動クリスマスマーケットin人吉&えんとつ町のプペルトラック&光る絵本展in青井阿蘇神社人吉市の子どもたちへのクリスマスプレゼントとして、にしのあきひろ氏の絵本「えんとつ町のプペル」の光る絵本展を2020年12月23・24日に青井阿蘇神社で開催しました。えんとつ町のプルAKIHIRONISHINO'Sえんとつ町のプペルトラック&光る絵本展12.23)-12.24k)17:00-20:00神社クリスマスマーケット熊本2020年12月11日~25日にサクラマチクマモト屋上「サクラマチガーデン」で開催されたクリスマスマーケット熊本。会場にて熊本支援チームの活動報告ブースを出展しました。料金:HOTHOTCOCOAAPPLE78

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熊本豪雨災害支援活動79継続支援の仕組みづくり熊本支援チームは、今後も人吉で継続的な支援を続けていくために、そしてこれから日本のどこかで災害が起きた時に私たちが持つノウハウを素早く提供できる体制を作るために、常駐スタッフを継続的に雇う必要があると考えました。そのために立ち上げたのが、「熊本支援チームサポーターズ」というコミュニティです。さらに、常駐スタッフとして活躍してくれた2名は、2021年から独自の新しい取り組みをスタート。私たちは被災地を継続支援していくために、さまざまなことにチャレンジしています。現地スタッフの新しい取り組み2022年2月5日人吉市中心街に「笑顔食堂」オープン!笑顔食堂店主小林始佳人吉市に移住熊本支援チームの現地スタッフとして活動した小林始佳(活動内容は6164ページで紹介)。「支援だけでなく復興の面でも役に立ちたい」と、以前からの夢だった飲食店の開業に人吉市で挑戦することを決めました。「地域の人たちに来ていただきたいのはもちろんですが、以前にボランティアで人吉市に来た人たち再び訪れた時に気軽に立ち寄れる場所をつくりたいという想いもありました」と開業を決めた理由を話します。仲間や地域の人たちの協力、そしてクラウドファンディングでの215名の支援者のおかげで、2022年2月5日、念願の「笑顔食堂」をオープン。小林は住民票を人吉市に移し、復興への道を地域と共に歩んでいます。店の場所は人吉市中心街。2階の1.2mの高さまで浸水した元飲食店を仲間たちと一緒に清掃・改修。黄色の入口ドアが印象的な、ナチュラルで温かい雰囲気の店をつくり上げました。1階はカウンター席とテーブル席のある飲食店、2階には防災用具を準備するなど防災拠点として活使用していく予定です。さらに、「子ど「も食堂」の活動にも取り組んでおり、大人が1枚200円のチケットを購入し、それを来店した子どもたちが使って食事をする「夢食堂」プロジェクトを導入しています。「地域の子どもたちやおじいちゃん、おばあちゃんが気軽に来られて、頼ってもらえる場所にしたい。そして、次に災害が起きても“笑顔食堂を頼ったら大丈夫”と思ってもらえるような存在になっていきたい」と小林は今後の目標を話します。店舗を清掃・改修する様子笑顔食堂住所/熊本県人吉市紺屋町106-8

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熊本支援チームこれまでの活動現地スタッフの新しい取り組み熊本支援チームの現地スタッフとして活動した坂本洋展(活動内容は61-64ページで紹介)。2020年12月末に熊本支援チームから離れ、2021年4月から縁あって人吉復興商店街「モゾカタウン」のスタッフとして活動中。SNSの運用を中心に、イベントの準備や運営のサポートなども行っています。「熊本支援チームの現地スタッフとして現地拠点で生活していた頃は“居させてもらっている”という感覚でしたが、人吉市に家を借りて暮らすようになって、もっと地域と近くなり、事業者さんのことや、これから必要な支援などが分かってきたように思います」と話します。特に人吉の人たちの“恩”を大切にする気持ち、そして日頃から互いに恩を積み重ねてつながる姿に触れ、一人一人を大切にすることの重要性に改めて気づいたそうです。2021年4月から人吉復興商店街「モゾカタウン」のお手伝いをスタート!坂本洋展人吉市在住一方で、復旧から復興へと進む期間の大変さと、地域づくりの難しさも痛感しているそうです。「お店に人がたくさん来てくれると活気が出て、経済の復興と精神の復しかし、コロナ興につながります。禍で外からお客さんが来にくいという状況が、復興をより難しくして「人吉復興商店街モゾカタウン」の情報はこちらホームページフェイスブックインスタグラム被災地は復いると感じています。旧が落ち着いたら終わりではなく、長く見続けていくことが大切です。ぜひ人吉をはじめ被災地に足を運んでみてください。モゾカタウンも皆さんをお待ちしています!」と呼びかけます。「熊本支援チームサポーターズ」の立ち上げ全国で精力的な災害支援活動を展開する熊本支援チームのサポーターコミュニティです。月額500円でサロンに参加いただき、これから日本中で起こる災害に備えてコミュニティ内でノウハウを蓄積・共有していきます。また、さまざまな業界からゲストを招き、防災をテーマにしたメンバー限定トークイベントや、災害地の報告会も行います。サポーターズは1,000名を目標人数とし、その資金で常駐スタッフ2名を雇い、いつでも日本の災害に対応できる強いチームにしていきたいと思っています。また、サポーターズメンバーの方々には被災時に役立つ情報や、お互いに支え合えるコミュニティをご提供します。現在もサポーターを募集中です。皆様のお力添えをいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。詳しくは右記ホームページをご覧ください。CAMPFIRECommunityQARはじめるさがす熊本支援チーム熊本支援チームサポーターズまちづくり・地お気に入りに登録するシェアするCAMPFIREトップ全国で精力的な災害する熊本支援チームのサポーターコミュニティです。これから日本中で起こコミュニティ内でノウハウを共有しますからトをテーマにしたメンバートークイベント書地の会も行います。https://community.camp-fire.jp/projects/view/325816月額500円のサロン会員募集中!80

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81熊本豪雨災害支援活動ホテルサン人吉活動拠点の協力ホテルサン人吉人吉市上青井町166第1拠点カルサン人内2020年7月7日~9月10日発災3日後に被災地内に拠点を設置ボランティア、支援物資の受け入れ場所に「ホテルサン人吉」は、球磨川と支流の山田川の合流点近くに立つ観光ホテル。令和2年7月豪雨では地下の機械室に濁流が流れ込み、1階は天井付近まで浸水しました。自身の施設復旧も急がれる中、熊本支援チームからの依頼に応え、7月7日から9月10日の約2カ月にわたってホテル2階の大宴会場をボランティアの活動拠点として提供いただきました。排

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熊本支援チーム被災地の協力者被災地の協力者ホテルサン人吉(右)代表取締役社長村田優子さん(左)専務森原勝己さん2020年7月4日、氾濫した球磨川がホテル1階の窓ガラスを突き破り、館内は濁流にのまれました。幸いお客さまに被害はなかったものの、施設は復旧の見通しが立てられないほどのひどい状態です。そんな中、知人を通じて、熊本支援チームからボランティアの活動拠点として敷地提供の依頼を受けました。受け入れに全く迷いがなかったわけではありませんが、とにかく前に進まなければとの思いで受諾し、2階の大宴会場を開放することに。浸水により館内の水道、電気、ガスがストップしており、トイレも使えない状態でしたが、熊本支援チームと連携する「TSP太陽(株)」が駆けつけてくれ、あっという間に環境を整備。熊本支援チームの事務局が開設され、大勢のボランティアが集まったホテルは被災前の活気が戻ったようでした。何の見返りも求めずに人吉のために汗を流してくれる彼らの姿に、私たちホテルスタッフはどれだけ励まされたことでしょう。2021年1月に宿泊営業を再開しましたが、「ホテルを災害前の状態に戻す」ではなく「より良いホテルとして復活させる」という前向きな目標を持てたのは、ボランティアのみなさんから勇気と希望をもらえたからだと思っています。リニューアルを遂げた「ホテルサン人吉」リニューアルオープンした「ホテルサン人吉」は、SDGsを考えたホテルへと進化を遂げています。重油を原料とするボイラー2基は水害を機に撤廃し、新たにエコ給湯を設置。客室には環境に優しいエコ歯ブラシ・エコヘアブラシを備えるなど、CO2削減に取り組んでいます。ホテルサン人吉MAHOTELSENRITSTOSHIホームプラン・ご予約ホテルガイドCHECKOUT10:00市町1060966-22-7741インターから車7分GCBX100〒606-0006お食事ご開会セミナーアクセスTAKEOUTやホームパーテ?リニューアルオープン後の2階大宴会場の様子お弁当・オードブルデイクアウトのご注文はこちらみなもTEL:0966-22-7741https://www.sunhitoyoshi.jp/82

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83熊本豪雨災害支援活動活動拠点の協力OPENルひとよし森のホール人吉市駒井田町190-6第2拠点2020年9月11日~12月末施設の復旧作業を行いながら同時に拠点としての役割もギャラリー兼女性専用宿泊施設として営業。約28坪の多目的ホールを有し、コンサートや音楽発表の場としても利用されてきました。2020年7月豪雨では1階部分が浸水。応急的復旧を行った後、「ホテルサン人吉」に次ぐボランティアの活動拠点として、9月11日から年末まで多目的ホールとゲストハウスを開放いただきました。VOLV

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熊本支援チーム被災地の協力者被災地の協力者ひとよし森のホール代表小川香さんまさに、あっという間。7月4日の未明に異変を感じて家の外に出た時にはもう、胸の高さまで水が来ていました。慌てて愛犬を連れ、携帯電話だけを持って高台へ避難。水が引いたのは朝の5時頃だったでしょうか。自宅と施設の様子を見に帰宅すると1階部分に浸水の跡があり、パーテーションや音響設備、飾っていた絵画などあらゆるものが流されていました。大切にしていたグランドピアノも泥水にまみれてボロボロになっており、自力で復旧作業を行いながら次第に心と体が疲れ切っていくのを感じていました。そんな時に「ホテルサン人吉」から、ボランティアの第二次活動拠点として施設を提供してもらえないかと相談がありました。受け入れ場所がなかなか見つからずに困っているということと、熊本支援チームに知人がいたことから、申し出を快諾。そこから約4カ月、ボランティアのみなさんと生活することになりました。当施設の復旧も手助けしてもらえたし、毎日元気いっぱいで挨拶をしてくれる彼らの笑顔に私自身の心が明るくなるのを感じました。拠点が移転した後も時おり顔を出してくれて、なんだか縁を感じています。営業再開後の「ひとよし森のホール」ホールは発災から1年後の2021年7月に営業を再開し、月1ペースでのコンサートを予定しています。ぜひ、被災した方やボランティアの方に気軽に足を運んでもらいたい!音楽や会話で心を癒せる場所を作っていくつもりです。HitoyoshiMorinoHall繁体0966-22-4007くださったお客様森のホールにReservationプラン予約ひとよし森のホールごあいさつ音楽ホールのご案内&イベント報告古室のご案内カフェ&レストランのご案内観光&アクセスひとよし森のホール000/044今月のものhttp://www.hmh-web.com/OPEN84

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85熊本豪雨災害支援活動活動拠点の協力UP九州技術教育専門学校理事長・校長赤山聖子さん宅第3拠点2021年1月~8月最も長い時間を過ごした最後の拠点好立地のおかげで活動もスムーズに人吉校と熊本校で情報技術のプロを育成している「九州技術教育専門学校」。令和2年7月豪雨で人吉校の校舎は2階まで浸水。隣接する理事長・赤山さんの自宅と実家も1階は完全に水没してしまいました。学校の復旧に全力を注ぐ赤山さんをサポートするべく、熊本支援チームは自宅の復旧をサポート。その縁で実家を活動拠点として貸し出しいただきました。GDPralaty一般社団法人「真災復買支援協会つながりTSUNAGARI人VolegSHAREDEJAPANVolunteerSurf

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熊本支援チーム被災地の協力者被災地の協力者九州技術教育専門学校理事長・校長赤山聖子さん7月4日の朝、私は夫と娘の3人で自宅1階に寝ていました。早朝、携帯電話から災害警報のアラームが。5時頃には「避難してください!」という消防団の呼びかけが聞こえ、2階に上がってみると、目の前を流れる山田川があと1mほどで氾濫しそうな高さまで水位が上昇していました。すぐに人吉校の校舎2階に学校の資料など大事な物を移動し、食料など必要最低限の物を持って家族で避難。校舎は1階が駐車場で、2階は玄関と自習室になっているのですが、2階まで浸水してきたので、さらに3階へ避難。何とか命を守ることができました。しかし、隣接する自宅と実家は1階部分が完全に水没してしまいました。それからの日々は、多忙を極めました。ただでさえコロナ禍で業務が忙しくなっていた中、災害復旧が重なり、さらに理事長だった父が8月に他界して私が事長を引き継ぐことになったことで、すべての力を学校の復旧に注ぐ日々が続きました。そのため、被災した自宅と実家の復旧には手が回らず困っていたところ、知人から紹介してもらったのが熊本支援チームです。自宅の壁剥ぎ、床剥ぎ、床下の泥出し、消毒、清掃などをしていただき、とても助かりました。その際、拠点がなくて困っていると聞き、学校の駐車場を提供。その後、取り壊すことを決めていた実家を拠点として使わせてほしいという依頼があり、貸し出すことにしました。熊本支援チームのスタッフからは、「被災地に近い場所に拠点を借りることができ、効率的な支援を続けることができた」という声や、「シャワーやトイレ、キッチンが使えたことで助かった」という声を聞いています。そして私自身も、解体するまでの間、実家を有効活用してもらえたのは良かったと思っています。生まれ育った家ですから、水害に遭って壊すことにはつらい気持ちはありましたが、思い出の家が復旧の役に立てたと思うと気持ちが楽になったような気がします。復旧完了、未来を担う若者を育成「九州技術教育専門学校」人吉校は、職員や学生たちの頑張りと多くの支援によって、無事に復旧完了。学生たちは勉学に励み、生き生きとした毎日を過ごしています。学校の詳しい情報および復旧情報はホームページをご参照ください。TEX九州技術教育専門学校SYSTEMENGINEERCGDTPWEBDESKYUSHUTECHNICALくまもとで情報技術のプロになる。EDUCATIONCOLLEGEWEBPROGRAMMERITSECURITYENGINEERSE学校能介学科・コース入試情報オープンキャンパス企業の皆様へ高等課程http://www.ktec.ac.jp/86

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87熊本豪雨災害支援活動広がる支援の輪被災地で活動する中で、さまざまなボランティア団体、個人、社会福祉協議会と連携。輪を広げながら、復旧支援活動を進めました。その中から、いくつかの事例を紹介します。め組JAPAN「共同体」の気持ちで互いの活動を補完NPO法人MAKEHAPPYの災害支援部門「め組JAPAN」。左はリーダーの今井健太郎さん。右は熊本出身のスタッフ・鍛島静香さん。鍛島さんは熊本支援チームとして熊本地震の支援活動に携わった後、め組JAPANに参加「め組JAPAN」は東日本大震災、広島豪雨災害、熊本地震、平成30年豪雨災害、台風19号災害など、全国の被災地で復興支援活動を行っています。2020年熊本豪雨では、PCR検査を実施したうえで7月8日に被災地入り。被災者のニーズを聞き取りながら、現在も活動を続けています。熊本支援チームとは、一緒のグループとして活動するのではなく、互いの強みを活かして頼り合うような間柄。例えば、熊本支援チームは、め組JAPANからこれまで培った水害時の支援活動の経験を教えてもらい、熊本支援チームは地域との橋渡しの面でめ組JAPANをサポートするなど、互いに協力できることを見つけながら適宜連携をしています。「熊本支援チームは、とても心強い存在。共同体みたいな気持ちです」とリーダーの今井さんは信頼を寄せています。人吉市社会福祉協議会週1回の会議で情報・状況を共有熊本支援チームは人吉市社会福祉協議会からの支援依頼を受け、7月11日にボランティアセンターに仮設トイレ4台を設置・提供しました(76ページで紹介)。その後、同協議会は8月後半から複数のボランティア団体との連携会議をスタート(毎週1回)。熊本支援チームも参加し、情報の交換や共有、活動の連携に努めています。「協議会ではできない部分を補完してほしいと考え、連携してもらいました。災害前に民間ボランティア団体との関係を築けていれば、もっと早い動きができたと思います。この連携をこれからに活かしていきたい」と同協議会事務局長の松岡誠也さんは話します。人吉市社会福祉協議会は2020年7月10日にボランティアセンターを開設。2022年1月末時点で、ボランティアとして受け付けた人の延べ人数は19,331人、ボランティアが活動した延べ件数は1,754件にのぼります連携会議参加メンバー人吉市●人吉市社会福祉協議会●NPO法人MAKEHAPPY災害支援部門め組JAPAN●くまもと友救の会■一般社団法人ピースボート災害支援センター●九州看護福祉大学●熊本支援チーム

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熊本県内の大学生など支広がる支援の輪学生が自主企画した「ボランティアバス」で学生たちの支援の輪が拡大!熊本支援チームはコロナ禍による深刻な人手不足を解決するため、クラウドファンディングで2,026万円の資金を調達し、県内の学生が有償で活動に参加できるプロジェクトを発足(65-68ページで紹介)。多くの学生が被災地でのボランティア活動に参加できる道を作りました。そこからさらに、学生たちは自身で活動の輪を広げていきます。チームリーダー3名を中心とする学生たちが「活動に参加したくても被災地までの交「通手段がない」という学生のニーズを汲み、被災地を往復するマイクロバスを運行させるための募金活動を実施し、資金を集めることに成功。2020年9月8日・9日の2回、熊本市内と被災地を往復するマイクロバスを運行し、多くの学生の参加へとつなげました。88

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89熊本豪雨災害支援活動リモートチーム離れた場所から熊本支援チームをサポート冷静かつ迅速に活動情報を発信リモートチームは、その名の通り離れた場所から“リモート”で支援活動を行うチームです。中心となって動いてくれたのは、当時、東京在住だった渡辺春花さん。SNS運用サポートや事務局・バックオフィス立ち上げサポートのプロフェッショナルです。熊本支援チーム代表理事池田親生との縁があったことからサポートを依頼。具体的には、熊本支援チームのSNSとブログでの情報発信、現地スタッフとの連携、学生支援チームの管理体制構築とコミュニケーション促進などです。途中、2020年8月~9月頭まで、渡辺さんには熊本に来てもらい、熊本市の事務局や現地拠点でも活動してもらいました。「私自身も被災地を見て、現地メンバーの状況も把握した上で現場と連携しなければいけないと思い、熊本へ来ました。滞在したうちの数日は被災地で泥出しや家財運搬といった支援活動のお手伝いもさせてもらいました」と渡辺さん。さらに、「現地に行って状況を見られたこと、現地の人たちとコミュニケーションを取れたことは、リモートで情報発信の活動をしていく上でとても役に立ちました」と振り返ります。今回、リモートチームにサポートをお願いしたことで、2つの大きなメリットがありました。一つは、「情報発信において冷静な判断ができる」という点です。被災地で文章を書くと、その時の忙しさや心持ちによって、つい感情的な文章になってしまったり、誰かを傷つける表現になってしまったりして、それに気付かず投稿してしまうことがあります。しかし、離れた場所から冷静に、言葉を選んで投稿してもらうことで、そのようVINFORMATIONJAREN【活動報告】7月24日7月24日支援金寄付金の募集-チームサポ月500円の熊本支援チーム保険など▼メニュー7月23日ESTEINLENTINE7月22日渡辺春花さんに知り合いに声を掛けてもらい、数名がリモートチームに参加。東京をはじめとした県外からリモートでブログの更新やSNSの投稿をしてくれました熊本支援チームのホームページhttps://www.kumamoto-team.net/熊本支援チーム支援についてボランティア参加方法豪雨災害活動報告支提金募集团体機頁熊本豪雨災害熊本豪雨災害の支援活動支援金募集2021年月1日20日10時20分更新2020年7月において、されたみなさま。そのご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。熊本チームでは、1[-]新着情報2021年7月27日の活動募集2021年7月27日支援チームサポーターズコミュニティを開設しました!2021年7月27日ボランティアの募集について熊本支援チームサポーターズコミュニティしました!CR24VINFORMATION2020年7月熊本災害支援金・寄付金の募集なトラブルを防ぐことができるのです。具体的には、熊本支援チームの現地スタッフから渡辺さんへLINEで文章と写真を送り、それを渡辺さんが読みやすく編集し、誤字脱字も直して投稿してもらうという流れで進めました。もう一つは、現地スタッフの負担を減らせたことです。日々の支援活動で手一杯の中、SNSやブログの更新は大きな負担になります。そこで情報発信に長けた人に手伝ってもらうことで現地スタッフの負担は減り、より支援活動自体に力を注ぐことができました。「これまで大きな災害が起こった時に、“何か自分にできないか”と考えることはありましたが、実際に動くことはできていませんでした。被災地へ行けるかというと、普段の生活や仕事があるから行けない。お金を寄付できるかというと、そんなに大した金額はできない。そうやって諦めていました。でも、今回初めて東京からリモートで関わって、東京にいても支援できることがあると分かりました。また、コロナ禍で県外から支援に行けなかったことが、リモートチームやクラウドファンディング、現地学生との連携などを生み出すことにつながったと思います。現地に行かなくても、どこにいても、支援したい人が支援できる形を見つけられたことは、今後の災害発生時においてもすごく役に立つはず。新しい時代の災害支援のモデルだと思います」と渡辺さんは話します。

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まっちリモートチーム/連携による支援たくさんの方々にご協力いただきました。TERHIGH2014AMAGATAMIYAGIFUKUSHIMAWAK24090

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熊本豪雨災害支援活動全国から注目集めた熊本支援熊本支援チームの活動は多くのメディアで紹介されました。◆テレビ朝日(全国放送)2020年8月14日放送夕方ニュース飲食¥5000/¥1000/ANN地元を助ける特別なお盆にANNダブル災害に支援金と飲食券バイト苦境も救う新たな復旧ANN苦渋の決断も寄付金が続々地元を助ける特別なお盆にダブル災害に支援金と飲食券熊本・人吉市午前9時半ごろ熊本・人吉市午前9時半ごろ元哉さん)ボランティアにしたお金が発生するという形でバイト苦境も救う新たな復旧苦渋の決断も寄付金が続々とバイト苦境も救う新たな復日「苦渋の決断も寄付金が続々と熊本・人吉市目の前にいる困った人を助けることに集中できるのは自分の中ではプラスになっていると思う一日5000円とお食事券みたいのがついてて・・・ANNNEWE地元を開ける特別なお盆にダブルに支援金と飲食券本人吉市池田親生代表)「チーム親生代表)「熊本支援チーム」そういった方々を中心に復旧を仕事で頼むことができないかと熊本市内の大学生・前元盾哉さん(20)は、初めて災害ボランティアに参加しました。ただ、一般的なボランティアとはちょっと違います。災害ボランティアに参加した熊本市内の大学2年生前元盾哉さん:「お金が発生するという形で一日5,000円とお食事券みたいのがついてて・・・」実はこれ、水害とコロナとの“ダブル災害”に対応するため生まれた新たな取り組みなんです。一般社団法人「熊本支援チーム」・池田親生代表(38):「間違いなく県外のボランティアが入れない新しい復旧の形を作ることができれば「いろんな場所で活用できると思う人手不足…。コロナが怖いなかで、全体的には(復旧が)進んでいないのかなと」そこで注目したのが県内にいる夏休み中の大学生です。参加した学生に対し、一日あたり5,000円の支援金、さらに地元飲食店などで使える飲食券1,000円分も提供。資金は、県外の「ボランティアに行きたくても行けない人たち」などからクラウドファンディングを通じて募ります。14日までに集まった寄付は、予想を大幅に超える1,600万円。すでに“150人分の人手”が確保できたといいます。に一石三鳥の支援TBS(全国放送)2020年9月13日放送Nスタ「現場から!」95地に一石三鳥の支援ws「一石三鳥Mus現場から、7月豪雨被災地に「一石三鳥」の支援策参加した大学生魅力ですね(新型コロナの影響でバイトが少なくなっているのでありがたい。ボランティアを依頼した人ボランティアも少しずつ減る時期なので皆さまが頼りです。「一石三鳥wsきれいに拭きあげてくれて本当に助かりました。一石三鳥の支援被災地平日の人手を確保生アルバイト収入を補う飲食店学生の利用で売り上げアップ一石三鳥

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チームの活動テレビ◆NHK熊本放送局2020年8月21日放送夕方ニュース6:37人手不足解消の地へ県内52枚の報道記録人手不足のカギ学6:39人手不足解消のカギ館内学地へ無料でボランティアも減少傾向「大学・専門学校に注目1日でも早く復興が進むように元の状態に完全に戻すことはできなくても「人手不足のカギ6:40:6:39140「人手不足解消のカギ6:39:へ手学のカギ!地へ]支援活動支援活動被災地<学生学生被災地寄付金ボランティア1日6千円活動費を支給多くの学生の参加で人手不居を解消全国の支援者◆熊本放送(RKK)TBS系列2020年9月1日放送夕方ニュース6:30ボランティアとは?人手不足大学生がボランティア6:31でボランティアと被災地平日の人手を確保学生アルバイト収入を補う人手不足を解消とは人手不足アとは?8:31ボランティアとは?スタッフ6時間)5000円の日当と1000円分の飲食券を受け取るでボランティアとは?飲食店学生の利用で売り上げアップ一石三鳥県内の学生の力をこれからも大事にしていかないと復興はもっと遅れる今までにない手法でローカルマンパワーを最大化させて地元を支援するやり方◆テレビ熊本(TKU)フジテレビ系列2020年9月9日放送夕方ニュース5/27コロナの新たな形アルバイト入学生スタッフにコロナ被災地支援の新たな形アルバイト学生スタッフに東日本大震災や熊本地震で被災地支援を行う有志グループ熊本支援チーム豪雨災害発災翌日から支援活動特集コロナ被災地支援のアルバイト学生スタッフにコロナ支援の新たなアルバイト収入城学生スタッフに圧倒的にボランティアが少ない88コロナ被災地支援の新たな形アルバイト購入学生スタッフに県内の若い力を最大限に生かすコロナアルバイトの新たな形学生スタッフにそういったリアルな体験を夏休みにしてもらい96

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熊本豪雨災害支援活動新聞第3種日熊本支援三方よし九州豪雨の被災地・熊本県の被災者支援団体が、県内学生を復旧支援に呼び込もうとインターネット上で資金を募ったところ全国から約2000万円が集まった。寄付を活用して活動に参加する学生1日当たり6000円を支給する。CF全国から2000万円バイト減の学生に日当被災地復旧にスピード九州豪雨100人が活動できるとしており、支援金や飲食券代のほか、人吉市内に設けた活動拠点の整備費などにも充てる。池田代表は有償での復旧活動に否定的な声が届くことも予想被災地では新型コロナウイル余裕がない学生が多くいた。しているが「一刻も早くかスの感染防止のためボランティそこでボランティアは無理でき出さないと、腐って住めなくアを県内在住者に限定しておりも被災地の復旧活動に参加したなる家が増える」と意義を語る。人手が不足している。一方で新しい学生に1日当たり5000円夏休みを利用して人吉市内でコロナの影響でアルバイトがの支援金と、被災地で使える1浸水した家屋の復旧作業に従事減るなどし、ボランティアに参000円分の飲食を支給しよした熊本市の東海大2年、中山加する余裕がない学生も多い。うと、インターネットで寄付を魅仁さん(20)は「コロナ禍でアそうした学生たちと、ボランテ募るクラウドファンディングルバイトが減り、生活は大変だィアに行きたくても行けない県(CF)7月2日に開始。8が復興に協力したい学生は多外の市民をつなぐ取り組みとし(60い。クラウドファンディングは月18日に終了し、目標額注目される。0万円)の3倍以上となる20参加への後押しになると思う」。26万円が2203人から集ま住民の男性は「約2週間ボランった。寄付した県外在住者からティアが入らず臭いがすごかっは「県外の人が支援に関わる仕た。大変ありがたい」と笑顔を組みを作ってくれてありがと見せた。う」などの声が寄せられた。資金を募ったのは、社団法人「熊本支援チーム」(事務局・熊本市東区)。チームは2011年、熊本県内から東日本大震災の被災地支援のため結成され、16年熊本地震でもボランティア活動をした。今回も豪雨直後の71月6日から同県人吉市などで記かき出しを始めたが、チーム池田生代表(38)の周辺では、新型コロナの影響でアルバイトが減ったり解雇されたりして、ボランティアに行く経済的参加者は県内在住の大学生や専門学校生らに限り、平日に計5日以上活動するのが条件。チームのホームページなどで募集している。寄付を活用した活動は既に始まっており、夏休み期間の9月10日までを想定。チームは2000万円で延べ2土砂の撤去作業をするボランティアら。参加を県内に限定しておりボランティアは不足している本県球磨村で4日、徳野仁子撮【吉川雄策】熊本県人吉市で、「有償スタッフ」として活動するた熊本県人吉市で、「有償スタッフ」として作業をする学生(左)ら、2020年8月21日毎日新聞朝刊復旧ボランティアに日当人手確保や減収学生支援も市で、「有償スタッフ」としして旧作業をする2021年夏の全国特集|共同通信社昨年7月ので被災したからボランティアに従事し、熊本県は、新型コロナウイル滞在に必要なお金が底を突きスの影響で県外からのボランかけた。この仕組みを利用すティア受け入れが難しく、復ることで年末まで続けられ、旧作業の担い手が不足した。「ものすごく助かった」。一当これを補うため、支援団体が般の参加者をまとめるリーダ参加者に日当を支払う仕組みを務め、「難しかったが、を導入。過去の災害であまり良い経験になった」と話す。なかった「有償支援」の背景日当のはクラウドファには、コロナの影響で収入がンディングなどで募った寄減った学生や被災者を支える付。多くは現地支援に入れな狙いもあった。県外の人からで、5500「明らかに人手が足りな万円以上が集まった。い」東日本大震災や熊本地荒事務局長は「「ボラン猫などで支援した熊本市のティアは無償のはず」という般社団法人熊本支援チームの批判も懸念したが、地域との荒木真事務局長(35)は、豪つながりが生まれた」。この仕後の現地で感じた。組みの普及を目指している。昨年8月から県内在住や帰熊本県では複数の団体が同省中の大学生を「有償スタッ様の活動に取り組んだ。失として雇用。1日5千円とを対象にした「副業で地元飲食店などで使える飲食みんながつながる熊本・球磨千円分を支給した。通算5復興プロジェクト」に携わっ日以上参加という条件も付けた樋口さん(60)は「南海ト年末までに延べ約700人ラフ巨大地震など広域災害で人吉市や球磨村で被災家屋は他県からの参加が難しい出しなどに汗を流した。地域内で被災地のことを解決熊本県出身の宮崎大4年、するきっかけにしたい」と話鎚山航大さん(23)は直後している。熊本97

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報道記録fate本日机新型第1ヵ月刊ヒットーム円(税込)100円(税込み)バイト減の学生復旧に力熊本豪雨の復旧支援活県民有志チームが日当、飲食券「人手不足解消へ試み一見込みの8倍を超える2026万円が集まっ寄付者の9割以上が県外在住で「ボランティアに行けない分「思いを託します」といったメッセージも寄せられ、熊本入りできな全国からの寄付を元に、県内の災害支援団体が新型コロナ禍でアルバイト収入が減っ「阿復興への道」の人の善意の受け皿にた学生を「有償スタッフ」として雇い、人手不足が課題となっている熊本の被災者8人も参加。新藤優もなっている。支援活動に参加してもらう取り組みが始まった。学生には日当のほか、参加店で使える代表(20)は「コロナ支援チームは延べ2飲食券も支給コロナ禍で売り上げ減に悩む飲食店支援も促す一石三鳥の試みだ。南阿蘇村の復興支援100人の有償スタッもできない今、何とかフを投入する予定。荒取り組みを始めたの熊本地震時には物資配の直後に一般社団荒木さん(7)に力になりたい」。木さんは「当面は夏休東日本大震災の際、布や県外ボランティア法人化し、活動を続けよると、雇用した学生歩さん(2)は「パみ中の学生に多く参加県民有志で設立したの受け入れ拠点の運営ている。には1日当たり現金イトができなくなったしてもらい、その後も「熊本支援チーム」千円と飲食券千円分学生は多いので、この被災者の見守りなど中などを手掛けた。熊本支援チーム事務局長を支給する。県内の大仕組みはありがたい』長期的な支援にも生か学や短大、専門学校のと話した。動を続ける住民組織などが副業でみんながつな熊本復興プロジェクト」を2日から始める。災害や新型コロナ失業している人を支えつつ、復旧支援の人手不足を補う狙い。学生と連携する熊本支援チームの取り組みの大人版で復旧作業に当たる人に1日5千円を支給する。熊本地震以来、被災者支援の官民連携の場となってきた「火の国会議」などでつくる組織委員会2日、発表した。したい」と話している。学生が対象だが、県外インターネットで熊本支援チーム09校の場合もコロナ禍金を募るクラウドファ6(285)5705.豪雨災害で民間主導の支援活動を続けるラフティング業者を核に新設すで県内の実家にとどまンディングでは、当初(小多崇)る人などは受け付ける。活動は平日のみ。定期間の活動で学び、地域づくりに携わるきるっかけにしてほしい」(荒木さん)といういもあり、5日以上の参加条件飲食が使えるのは現在は熊本市の10店ほどだが、今増やし、人吉市にも広げる考えだ。8月中旬に開始。1日には有償スタッフ!一人が熊本支援チームのメンバーと球磨村神に入り、浸水でカビが広がった家の内壁をはがす作業に汗だくになった。熊本地震で被災した東海大の学生グループ平日13版2020年(令和2年)8月22日(土)CFで2千万円"大人版〟24日から休業・失業者ら対象人手不足の被災地でバイト減の学生雇用豪雨による被災地で災害ゴミを運ぶ学生スタッフ=球磨村神瀬る「チーム球磨川」が実施主体となり、球磨村八代市坂本町での活動に参加する人を募る。対象は18歳以上の県内在住現地で失業中の人を優先する。財源は寄付で得る考え熊本市の一般社団法人ブリッジクマモトと一般財団法人くまもと未来創造基金の共同金が、既に200万円提供。1千万円を目指し、他にも募金呼び掛けている。当面9月18日までの平日に活動し、1日20~30人程度を見込む。組織委080(1787)32020年8月22日熊本日日新聞朝刊2020年8月22日朝日新聞朝刊を雇用する取り組みを始め「ここに来るまでのガソリートで支援を募ったところ、ン代や装備品の購入に費用4月1日の期限までに約2た。CFで資金を募ったと全国から集まった。ころ、目標の600万円をがかかるので助かる。学生200人から2千万円以上大きく上回る約2千万円がが来やすい」と話す。が寄せられた。95%が県外熊本支援チームは201からだった。厳しい暑さとなった171年の東日本大震災を機に今後は12月までに延べ2日土ぼこりの舞う球磨村発足し、支援金を元に活100人を雇用。片付けが神瀬では、一般社団法人動。今回の豪雨災害でも発完了した後は、高齢者の見「熊本支援チーム」のスタ災翌日には現地に入り、人守り活動など中期的な支援ッフが、2階まで水につか吉市を拠点に民家や旅館のにつなげていく予定だ。った民家の壁をはがした片付け、炊き出しなどをし「学生が継続的に被災地にり、災害ゴミを軽トラックてきた。新型コロナウイル入る仕組みを作りたい」とに積み込んだりしていた。ス感染拡大防止のため県外荒木さんは話す。学生スタ汗と泥にまみれて働く1人(httpのボランティアが入れないッフ募集の詳細はのうち3人は県内の大学にs://kumamoto-team.影響で、被災地は人手不足通う学生たちだ。に直面していた。学生は同団体と雇用契約「今までとは違う災害支結び、労災保険にも入授が必要だ」。荒木真吾代る。実働6時間で、賃金5表理事(Y)らは、8、9月千円と千円分の飲食券を受で長期休みに入る大学生のけ取る。10日から20日まで時間と、現地に入れない県に延べ120人が参加し外の人々の思いをCFでつ。なげようと考えた。新型コる人手不足を解消しよう熊本の支援団体と、熊本市の支援団体がク東海大学3年の野田良多ラウドファンディング(Cさん(21)は、夏休みを利用豪雨被災地の復旧に携わF)を活用して県内の学生して友人5人と参加した。ざした。7月25日からサイロナの影響でアルバイト収入が減った学生の支援もめnet/recruit)<°(渡辺七海98

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99能登半島地震支援活動能登半島地震支援活動(2024年発災)2024年1月能登半島地震2024年1月1日16時10分、能登地方で最大震度7の地震が発生し、奥能登(※)を中心に甚大かつ広範囲な被害が生じました。※能登半島の先端部に位置し、珠洲市、輪島市、能登町、穴水町の4つの市町からなるエリア。参考資料:石川県ホームページ「令和6年能登半島地震アーカイブ震災の記憶復興の記録」

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道路被害2024年能登半島地震による被害マグニチュード7.6最大震度7被害について国道249号複数箇所で大規模な被災震央県内各地で人的・建物被害が多数発生珠洲市輪島浦上線複数箇所で大規模な被災輪島市能登町県内各地で道路が崩落し、奥能登へのアクセスルートが遮断穴水町七尾市志賀町中能登町羽咋市住宅被害内灘町、かほく市等で液状化現象による被害が発生宝達志水町かほく市津幡町内灘町白山市野々市市金沢市令和6年1月1日16時10分ごろ最大震度7M7.6沿岸部を中心に津波による甚大な被害が発生(全壊・半壊・一部損壊・床上浸水・床下浸水)116,452**停電最大39,900戶断水最大110,000戸参考:石川県ホームページ「令和6年能登半島地震アーカイブ震災の記憶復興の記録」火災被害のと里山海道(横田IC~徳田大津JCT)輪島市内津波被害建物倒壊被害石川県ホームページから珠洲市内七尾市内100

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101能登半島地震支援活動熊本支援チームの活動発災直後(第1フェーズ)2024年1月1日21時26分石川県七尾市茶谷市長熊本支援チーム能登半島地震発災代表池田ニトリドンキー熊本支援チーム現地リーダー鬼塚1月3日から拠点となった「パトリア」の外観。商業施設の中に、市民施設(ホール)や市役所機能も入る官民複合型の施設。1月2日発災直後(第1フェーズ)七尾市●石川県に向けて視察チームを派遣1月3日●石川県七尾市に到着、被害状況を確認●石川県七尾市「パトリア」の協力により、同施設を熊本支援チームの拠点にすることが決定。支援物資などを中心とした支援活動を開始和食炊飯和倉炊飯

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支援物資屋根修繕・家屋整理・瓦礫撤去支援天pandara本日の配給は終了しました熊本支援チームの活動102

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能登半島地震支援活動地元熊本支援チームの活動多拠点化(第2フェーズ)ESFIM多拠点化(第2フェーズ)◎能登町立柳田小学校七尾市能登町◎能登町立柳田中学校◎能登町立鵜川小学校2024年1月7日◎能登町立宇出津小学校■石川県能登町からの要請により、能登町での炊き出しの支援活動を実施。◎中能登町立中能登中学校◎能登町立小木小学校多拠点化(第2フェーズ)◎能登町立小木中学校◎能登町立松波小学校七尾市輪島市能登町珠洲市◎石川県立輪島高等学校◎輪島市立門前東小学校◎輪島市立町野小学校全11校103能登町・中能登町・輪島市の小学校・中学校・高校(全11校)の給食支援。多いときには1日1,200食を提供(1月22日~3月24日まで)。のべ27,400食以上の給食を提供●支援物資を全国から集め、パトリアでの配布、孤立住宅・施設への輸送配布などを実施●炊き出し支援(七尾市・能登町)●小学校・中学校・高校への給食支援活動●家屋整理・瓦礫撤去の支援活動●被災者のお困りごと相談

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세이熊本支援チームのみなさんありがとう令和6年2月20日能登町立小木小学校MARSGREZIASINCLAPASTORERチームチームOありがとう!!熊本支援チームの活動・おいしかったです!ありがとうございましたOメグミルク熊本支援チームおいしくてつくっていありがとうございました!おいしいごはんをありがとう!とんじるハヤシスープの味甘くておいたくさw炊きふぐがおいしかです。トマトスープ約1ヶ月間いつもおいごはんを作っていただきありがとうご特にスープカレーがおいしかったです。51.2°木下真人いつもおいしいおなじろがあじがしみていてとてもおいしかったです。おいしいBALASOボランティ能登町立柳田小学校5年生ご飯ありがとうござ帰ハヤシスがおいしかったです。いました。きつけてってくださいおいしかったです。ありがとうこんじろはいってございました。იი104

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能登半島地震支援活動105能登半島地震における熊本支援チームの体制まちづくり・竹あかり仲間による全国的なネットワークを形成一般社団法人熊本支援チーム(本社:熊本県熊本市)支援活動の全体総括現地常駐メンバー20代の社会人・学生等6名(現地に3ヵ月以上滞在・有償ボランティア)①支援物資の受け入れ・配布②被災者へ支援物資の受け渡し③支援物資の収集・配送④避難所への炊き出し⑤ボランティア受け入れ全国から/現地から⑥家屋の修復・再建サポート⑦現地クラウドファンディング立ち上げ支援外部コミュニティ連携・サポート(全国からのボランティア支援物資資機材等の提供協力・サポート)Wills長倉顕太氏外所一石氏タムココサロン田村有樹子氏

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能登半島地震では、熊本支援チーム単体だけでなく、これまでに「まちづくり」「竹あかり」を通じてつながった日本各地のさまざまなチームと連携し、組織的な支援活動を展開した点が新たな試みだった。各チームに長けている分野を担ってもらったことで、効率的かつスピーディーな支援へとつながった。未来学舍KIBOTCHA熊本支援チームの体制宮城支援チーム(宮城県東松島市)被災地炊き出し給食支援サポート全国居酒屋甲子園チームみらい見守り隊世界一周学校熊本支援チーム(熊本県人吉市)(神奈川県)(熊本県)住宅再建支援(片付け・補修)全国からの学生ボランティア呼びかけ・受け入れ支援現地のボランティア受け入れ運営能登半島支援三重支援チーム和歌山支援チーム(三重県)(和歌山県)能登町の支援全体サポートチーム(石川県)現地ニーズの調査広報地元ボランティアの受け入れアーティスト支援チーム避難所へのアーティスト派遣サポート106

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能登半島地震支援活動107熊本支援チームの拠点と活動人員白山市志賀町柳田IC羽咋市千里浜IC今浜IC横田IC珠洲市給食支援炊出支援輪島市の三井能登町のと里山空港ICのと里山空港影穴水IC越の原IC○穴水穴水町能登中島德田大津IC徳田大津JCT和倉温泉西山ICO>上棚矢駄IC中能登町宝達田志水町県立看護大471津幡町高松ICかほく市②白尾IC内灘白帆台IC内灘町津幡金沢東IC河北潟O金沢港森本金沢金沢市8野々市市②第2挻点柳田植物公園(能登町)①第1挻点八下丩(七尾市)④第4挻点○○七尾城山IC七尾IC七尾市粟津建具屋(七尾市)③第3挻点徳廿工業(七尾市)

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2024年①第1拠点パトリア(七尾市)1月3日~2月20日まで2024年②第2拠点柳田植物公園(能登町)2月20日~3月末まで被害についてPATRIA炊き出し・給食支援拠点(兼スタッフ宿泊施設)支援物資集積所・配布場所能登拠点で準備した給食を、能登、輪島、珠洲の学校へ毎日配達し給食提供支援を実施2024年③第3拠点徳サン工業(七尾市)4月1日~11月14日まで2024~2025年④第4拠点粟津建具屋(七尾市)11月15日~2025年4月27日まで熊本支援チームの能登半島地震支援活動での活動人員3333ドンキニトリ2024年1月3日~2025年4月25日のべ5,035人常駐リーダー+ボランティア人員108

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109能登半島地震支援活動被災地の協力者発災直後(第1フェーズ)七尾市石井昌嘉さん永田房雄さん成田達弘さんINTERVIEW永田房雄さん七尾城址文化事業団に所属。「七尾の文化と歴史と今」を伝える年刊誌「七つ尾」の編集長。成田達弘さん七尾城址文化事業団に所属。「七尾の文化と歴史と今」を伝える年刊誌「七つ尾」の編集者として活動している。石井昌嘉さん「能登石井農園」代表。「おいしい米日本一」を7年連続受賞した、米作りのプロフェッショナル。成田さんパトリアの吉田社長から「パトリアに届く支援物資の仕分けをお願いしたい」との要請を受け、1月3日から、だだっ広いホールで一人で仕分け作業をしていました。まだポツポツと物資が届くような状況でしたが、とても一人では対応できないと思っていたところに、熊本支援チームの8名がやってきて「あとは私たちに任せてください」と言ってくれるものだから、こんなにありがたい話はないと思いました。彼らは(これまでの支援活動の経験から支援物資拠点の運営の)ノウハウを持っていたので、安心してお願いできました。永田さん熊本支援チームには当時、核となる運営メンバー8名がいたのですが、その役割分担がきちっとなされていたのも特徴的でした。物資チームや瓦礫撤去チームなどが各々動いているけれど、運営メンバーがきちっとまとめつつフレキシブルにも対応してくれるので、当時「何をどうすればいい?」という悩みはほぼ無く、私たちも動きやすかった。物資も人も入れ替わり立ち替わり動いていく中で、これだけうまく運営していたのは素晴らしい。石井さん物資が次々と運びこまれる中、整理整頓して、ゴミも整理して、本当にスゴいと思いました。あれほどの荷物は、七尾市の職員や地元のボランティアを集めても、なかなかさばけなかったと思います。地元の人たちは被災者でもありましたので。物資拠点でのトラブルは一度も耳にしませんでした。これほどうまく運営するのに、熊本支援チームの方たちは大変なご苦労だったと思います。成田さん物資の仕分けをお任せできたのDODD

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被災地の協力者地域を知り尽くしている人たちとの連携により支援物資の支給がスムーズに。「本当に困っている人たち」への支援も実現2024年1月3日から熊本支援チームの第一拠点となった複合施設「パトリア」(七尾市)。同施設の吉田一翔社長から要請を受け、成田達弘さんは1月3日から同施設に集まる支援物資の仕分けを手伝い、そこ熊本支援チームの8名が合流。成田さんは友人の永田房雄さん、石井昌嘉さんにも声を掛け、各町内会や知人に連絡するなどして「本当に支援を必要としている人たち」を調べ、熊本支援チームと連携して支援物資を直接届けたり、炊き出しをしたりするなど支援活動に奔走。被災者と熊本支援チームとの信頼関係づくりにおいても大きく貢献いただき、そのおかげで熊本支援チームは被災地で「よそ者」とならず、信頼を得て活動することができた。で、「私は地元の人でなければできないことをするべきだ」と思い、熊本支援チームが活動しやすいように支援をしていこうと考えました。そこで、思いついたのが永田房雄さん、石井昌嘉さんとの連携です。永田さんは1万人ほどの住民がいる矢田郷地区のコミュニティーセンター長を8年務めた、とても顔の広い方です。石井さんは7年連続「おいしい米日本一」を受賞した有名人で、こちらも顔が広い。私たち3人は市内のコミュニティーセンターや避難所、町会長、知人などこれまでの人脈を駆使して電話をかけ、「いま何が必要で、何が足りないのか」「町内で車がない、寝たきりなどの理由で物資を取りに来られない高齢者世帯はどれくらいあるか」をヒアリングし、個人宅や最寄りの拠点に物資を届けるという活動に熊本支援チームと一緒に取り組みました。このような個別配布は民間の支援団体だからできることだと思います。必要なものを必要な時に、必要な分だけきめ細かく届ける活動を2カ月ほどやりました。永田さん七尾市には15のコミュニティーセンターがあり、240ほどの町会があります。基本的に避難所には七尾市から支給される物資が豊富にあるのですが、それを他の場所に持って行くことはできません。そこでパトリアに届いた物資を、必要としている人がいる地域の拠点になる場所に届け、近所の人がそれを取りに来るという流れを作りました。また、各町会長さんが町内で必要としているものを調べてパトリアに取りに来ることもありました。石井さん熊本支援チームとの活動を通して、ボランティアって素晴らしいなと思いました。農家でいえば「結(ゆい)の会」といって、お互いに作業を手伝ったり、病気や怪我をした人を助けたりするといった助け合いの仕組みはありますが、災害支援のボランティアは初めての経験でした。震災は大変なことですが、若い皆さんとのつながりができ、これから能登が復興していくにあたり、いろいろな点でエネルギーになり、良い方向に持っていけるのではないかと、私は今回の出会いに感動しています。110

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111能登半島地震支援活動RATRIA被災地の協力者單発災直後(第1フェーズ)七尾市吉田一翔さんトリ「安の殿堂ドンキホー池田親生(株式会社創生ななお代表取締役社長)(熊本支援チーム代表理事)INTERVIEW2025年1月23日聞き手:池田親生(熊本支援チーム代表理事)吉田一翔さん七尾駅前の複合施設「パトリア」を運営する「株式会社創生ななお」代表取締役社長。「安のホー熊本支援チームのスタッフと共に吉田さん熊本支援チームの尽力により、被災後早い段階でパトリアでの支援を開始できました。今後、再び災害が起きた際もパトリアを防災拠点として活用する方針ですが、現在は津波避難所としての指定に留まっており、正式な「防災拠点」の役割は担っていません。そこで、実効性のある拠点として認可されるよう、七尾市へ正式に要望を出す予定です。また、館内の空きスペースを活用し、今回の支援活動の実績や震災リソースを紹介する展示コーナーを設けたいと考えています。その際は、ぜひ熊本支援チームの活動実績も展示させてください。過去の経験を可視化し、地域の防災力向上に繋げていければ幸いです。池田ありがたい提案です。支援活動が大切ということは、多くの人がなんとなく分かっていると思いますが、パトリアで行われたことを実際に知ることで、改めて「被災地の支援って重要だよね」という意識が芽生え、それにより防災拠点が全国で設置されやすくなるような流れが生まれるかもしれません。そうなれば、私たちはもっと活動しやすくなり、支援活動を通してつながった全国の仲間たちとも、もっと連携できると思います。ところで、一翔さんは今回、なぜ熊本支援チームを受け入れてくれたのですか?吉田さん目の前で困っている方々をなんとか支えたいという一心で、自然と「熊本支援チーム」へ協力を仰いでいました。当時の私たちには被災地支援に関する知見や経験が全くなかったため、確かなノウハウを持つ専門チームが駆けつけてくれたことは、これ以上ない大きな助けとなりました。専門家の力を借りることで、手探りだった支援活動に確かな指針が得られたと感じています。池田受け入れてくれたおかげで、私たちは被災地で支援活動をスタートすることができました。当時のことで印象に残っていることはありますか。吉田さん今回の震災において、私たちはパトリア4階を拠点に一般の方々から支援物資を募り、行政の手が届きにくい小規模な避難所や在宅避難を続ける個人宅へ物資を届ける活動を展開しました。この活動を実現するにあたり、物資調達の面で多大な尽力をいただいた「熊本支援チーム」や「のとルネ」の皆様には、心より感謝申し上げます。また、現地のニーズを細かく把握し、実際に物資を届けてくださった地元の町内会長をはじめとする皆様の協力がなければ、この支援は成り立ちませんでした。こうした民間主導のネットワークがあったからこそ、行政の枠組みではカバー

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被災地の協力者「正しいからやる」だけではダメ。支援団体は被災地の行政機関をリスペクトしお互いに理解し合う姿勢で支援活動に臨むべき2024年1月3日~2月20日まで、熊本支援チームの第一拠点となった複合施設「パトリア」(七尾市)。同施設を運営する「株式会「社創生ななお」の代表取締役社長吉田一翔さんは、熊本支援チームからの支援の申し出を受け入れ、連携体制を構築。支援物資の受入・配布を中心とした支援活動がここから始まった。吉田さんが受け入れを決めたのは、自分たちに支援活動の知見と経験がなかったため「熊本支援チームのノウハウや経験が大きな助けになる」と感じたこと、そして何より目の前に困っている人たちがいて「すぐなんとかしなければいけない」と思ったことが大きな理由だという。また、熊本支援チームと連携しながら支援活動を行う中で、さまざまな気付きもあったと話す。しきれない、市民と被災者を直接つなぐ血の通った支援が可能になったと自負しています。しかし、活動は決して平坦な道のりではありませんでした。活動が軌道に乗り、多くの被災者から切実な頼りにされていた最中、行政からパトリアでの活動を中止するよう指示が入ったのです。すでに生活の支えとしていた活動を即座に止めることは、支援を待つ方々を見捨てることに等しく、私たちは市役所との間で粘り強い交渉を重ねることとなりました。今回の経験から得た最大の反省点は、たとえ一刻を争う激甚災害時であっても、行政とのコミュニケーションを疎かにしてはならないということです。独自のスピード感で動く民間支援と、全体の公平性を重んじる行政。両者の役割の違いを理解した上で、早い段階から意思疎通を図り、協力体制を構築しておくべきでした。今後はこの教訓を糧に、より円滑で効果的な支援体制のあり方を模索していきたいと考えています。池田その摩擦は、私たちもこれまでの支援活動で経験してきました。緊急時においては、行政機関にはもう少しやわらかさが必要で、私たち支援団体は「行政機関とは何たるか」を理解して活動することが大事。両者が信頼関係を構築できるかが、スムーズな支援活動のカギだからです。今回は一翔さんがいたことで行政機関とのやりとりはある程度うまく行ったように思います。それから、熊本支援チームは七尾市以外の地域でも活動しましたが、それぞれの地域に「私が責任取りますので連携しましょう!」と言ってくれる人がいたおかげで、私たちは被災地でスムーズに活動することができたと感じています。吉田さん被災後、内閣府の友人に「物資拠点を作り支援したい」と相談した際、「その考えは正しい。何かあれば私の指導で決行したと言いなさい」と心強い後押しをもらいました。この言葉は大きな支えとなりましたが、そのまま行政に伝えてしまえば、現場の方々に不快な思いをさせてしまう恐れがあります。大切なのは、力技で物事を進めることではありません。こうした強力な助言を自分の中の「安心」に留めつつ、行政機関への敬意を忘れずに、互いを理解し合う姿勢で対話を重ねること。それが円滑な連携と支援活動の成功に不可欠なのだと確信しています。池田そのバランスはとても大事ですね。「正しいからやっていい」だけではダメ。パトリアと行政機関の両者の関係は、日常に戻ってからも続いていきます。いま関係性が悪くなると、その後もうまくいかなくなってしまいますから。吉田さん災害支援の質を保つには、明確なルールづくりが不可欠です。緊急時に外部ボランティアを円滑に受け入れ、宿泊を可能にする体制などを整える必要があります。パトリアの防災拠点申請にあたっては、これまでの経験を反映し、こうした実践的なルールを盛り込んだ内容にする方針です。その一環として、2024年11月にはパトリアを避難所に見立てた大規模な防災訓練を実施しました。館内テナントや周辺23町の町民など約300名が参加し、実戦的な連携を確認できました。こうした積み重ねが強固な協力体制を築き、拠点の認可にもつながると考えています。2025年も同様の訓練を年4回計画しています。また、企業と連携した備蓄食の確保も進めており、現在は約9,000食が集まっています。訓練時にこれらを実食してもらうことで、ローリングストックの重要性を周知する啓発活動にも注力しています。今後も多角的な活動を通じ、地域の安全に貢献してまいります。112

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能登半島地震支援活動らのご支援感謝申し上げます。被災地の協力者113多点化(第2フェーズ)七尾市徳田正則市議会議員(右から2番目)「徳サン工業」スタッフの方々CheanNELAP3010.10INTERVIEW2025年1月22日徳田正則市議会議員七尾市市議会議員であり、総合建設業「徳サン工業」代表。拠点として利用させていただくにあたり、最初は熊本支援チームの現地リーダー・鬼塚が伺い、スタッフと共に拠点としての基盤づくりをスタートさせていただきました。県外から来た災害支援の民間チームに社屋を貸し出すことに不安はありませんでしたか。徳田さん信頼できる人からの紹介だったので、不安はありませんでした。ただ、会社の事務所である1階は施錠する、宿泊する人は名前と連絡先を日誌に書く、という最低限のルールは設けました。とはいえ、私も2階で熊本支援チームのスタッフやボランティアの人たちと一緒に食事するなどコミュニケーションを取っていましたので、心配はありませんでした。—熊本支援チームやボランティアで来た人たちの印象を教えてください。徳田さんボランティアの呼びかけに、すぐにこんなにたくさんの人が集まることに感心しました。20代の大学生が多かった印象です。熊本支援チームのような民間の支援団体の存在はとてもいいことだと思います。徳田さんは1月2日には仕事を再開され、総合建設業という生業を活かし、水道の復旧に取り組まれました。そのおかげで、この地域は七尾市で一番早くに水が通った場所となったと聞きました。徳田さん私は防災士の資格を持っており、地元の消防団では10年にわたって分団長を務め、これまでに全国の被災地へ支援活動にも行きました。そのような経験から、家も会社も地震で被害が生じてはいましたが、当社は水道や浄化槽が得意分野なので、地域の水回りの復旧に最優先で取り組みました。

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とくだ正則国会事務所被災地の協力者第3拠点「徳サン工業」は、県外からボランティアに来た人たちの宿泊場所としても機能。のべ2,300人を受け入れ、支援活動の大きな力に2024年4月~11月まで、七尾市「徳サン工業」社屋の2階を第3拠点としてお借りした。第2拠点の使用期限が3月末で、4月からの拠点に悩んでいた時、1月から一緒に活動していた成田達弘さん(P109-110で紹介)が議員会議で熊本支援チームの事情を話してくださり、その場にいた徳田市議会議員が「私の会社事務所の2階を使っていいよ」と快諾してくださったのが始まり。同拠点では、まずボランティアの人たちを受け入れ、熊本支援チームのこと、そして地域の状況について20分ほどで説明し、それぞれの支援現場へと移動して活動、終了後に再び拠点に戻って解散、宿泊を希望する人はそのまま拠点で宿泊、という流れをつくった。宿泊できることで県外からのボランティアが多く訪れ、のべ2,300人を受け入れることができ、多くの支援活動を実施することができた。—熊本支援チームと一緒に活動することはありましたか?徳田さん私たちが水回りの復旧を担当した家屋で片付けが必要な時は熊本支援チームにお願いしました。それは本当に助かりましたね。一緒に活動することはありませんでしたが、支援物資を荷下ろしするためのリフトやトラックなどを貸し出すなど、できるだけ活動がスムーズに進むように協力しました。活動期間中で印象に残っていることはありますか?徳田さん5月頃から、ボランティアで拠点の夕食を作ってくれる地元の人たちが来てくれるようになりました。「熊本支援チームが家の片付けをしてくれたので、私にも何か皆さんをお手伝いできることはありませんか」と尋ねられたので、「夕食を作っていただけるとありがたい」と話したところ、炊き出ししてくれるようになったのです。その方たちが食材を持ち寄ってくれたり、私が持っている畑で収穫した食材を持ってきたり、仕事先でのいただきものなどを使って、おいしいごはんを毎日作っていただきました。それから、6月からお風呂も使えるようにしましたので、宿泊場所としては良い環境を整えられたかなと思います。のべ2,300人というすごい人数が出入りしたと聞き、役に立てて良かったと思いました。目指せ復興!「がんばろう能登」第3拠点は、最初に熊本支援チームの拠点となり、後に能登半島支援チームが加わって一緒に運営・活動に取り組んだ。その中で、実際にボランティアに来た方の意見も聞きながら、より過ごしやすく、より活動しやすい場所を目指して試行錯誤を重ね、環境を整えていったことが多くのボランティアに利用してもらえた要因と考える。県外からボランティアに行こうと考える人が、まず悩むのが宿泊場所だ。第3拠点は他県から来た方の居場所となり、その結果、多くのマンパワーを確保でき、多数の支援活動を実施することができた。また、家屋の片付けに対する御礼として夕食の炊き出しをしていただいたことは、ご縁がつながっていくことのありがたさを実感するとともに、温かい食事を毎日食べられることで身体も心も元気になり、支援活動を後押ししてくれる大きな力となった。114

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115能登半島地震支援活動被災地の協力者多点化(第2フェーズ)|熊本支援チーム代表理事能登町教育委員会教育長能登町教育委員会事務局長池田親生眞智富子さん河崎恭子さん熱意を持った人と連携できたことで難しいと思われた炊き出しによる給食支援を実現。のべ27,400食以上の昼食を提供熊本支援チームのスタッフが避難所で出会った能登町教育委員会事務局長の河崎さんから「子どもたちへの給食としての炊き出し」を依頼される。熊本支援チームとして初の試みだったため、材料や調理道具の手配などに不安はあったが、河崎さんと教育長の眞智富子さんの熱意に触れ、「何としても力になりたい」と奮起。「未来学舎KIBOTCHA」「三重支援チーム」と連携し、全国居酒屋甲子園チームのサポートを受け、2024年1月22日から給食としての炊き出し支援を開始。後に活動範囲を中能登町、輪島市にも広げ、3月24日までに11校の小・中・高校での27,400食以上の昼食を提供した。INTERVIEW2025年1月23日眞智富子さん当時の能登町教育委員会の一番の想いは「3学期を始業するにあたり、子どもたちに何とかお昼ごはんを提供したい」というものでした。学校が始まることは、子どもと保護者、教員、そして地域の皆さんの心の元気につながります。そのためにも、どうにか給食を提供できないか模索していました。1月22日から学校を再開するにあたり、私たちは一人につきパン1個と牛乳1本だけでも確保できないかと支援物資をお願いして回りましたが、確保できないという状況でした。そんな時、避難所となっていた能登町立小木中学校で、河崎事務局長が熊本支援チームと出会い、「信頼できる人たちです」と聞き、炊き出しでの給食支援をお願いできないか相談させていただきました。炊き出しにおいて、熊本支援チームにお願いしたのは「平等性」の担保です。全学校、全ての子どもたちに対して平等に対応していただきたいとお伝えしました。過酷な環境だったにもかかわらず、上手に調整してくださったことに心から感謝しています。このようなパターンでの給食支援は前例がなかったようですが、当時はそんなことは分からず、「とにかくやるしかない」という気持ちだけで動いていました。そこで、何か問い合わせがあれば「教育長がやると決めました」と答えるように伝え、学校での食事には本来必要とされる栄養計算も不要とし、私の責任のもと、温かい食事が子どもたちに平等に行き渡ることを最優先としました。今思えば、この給食支援を実現できたのは皆様のおかげで、本当にすごいことです。ぜひ多くの方々に知っていただきたいと思います。

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被災地の協力者被災地の協力者多点化(第2フェーズ)熊本支援チーム代表理事能登町役場住民課担当課長兼災害廃棄物対策室長池田親生小川勝則さん第2拠点「柳田植物公園」に協力いただけたのはこれまでのつながりから生まれた“縁”のおかげ。人と人とのつながりは災害時の大きなチカラに2024年2月20日~3月末まで熊本支援チームの拠点となった「柳田植物公園」。炊き出し・給食支援の拠点として、そして施設内のコテージはスタッフの宿泊施設とさせていただいた。同施設とつないでくれたのが能登町役場職員の小川さん。熊本支援チームとは初対面ながら、代表池田親生がこれまで築いてきた“人と人とのつながり”が小川さんともつながって縁になり、信頼を得たことで、即断即決で話がまとまった。また、小川さんには炊き出しできる場所の情報も提供してもらうなど、被災地での支援活動をサポートしてもらい、スムーズな支援活動へとつながった。INTERVIEW2025年1月23日小川勝則さん熊本支援チームに協力したのは、直感的に“縁がある”と思ったからです。災害発生時には、必要な時に、必要なタイミングで、パワーを持った人たちが自然と集まってくるような特有の流れというものがあるように思います。縁というのは、日頃から何でもいいので、つながりをつくり続けることで生まれていくと思います。人と話す、つながる、つながりを続ける、それを次の人につなぐ・・・そういう地味でコツコツとしたことが土台になると思います。そのようなことを、能登半島地震で被災し、いろいろな方と話す中で改めて気付きました。ただし、「震災に備えて仕組みをつくろう」みたいに人工的につながりをつくることには疑問があります。人工的なものほど弱く、いつひっくり返されるか分からないからです。「災「害支援のため」ではなく、日常的に人間関係をつくっていけば、災害が起こった時に「かけつけなきゃ!」という気持ちになると思います。それからもう一つ、「その場で解決しないといけない状況だった」ことも熊本支援チームへの協力を即決した理由です。当時、やるべきことが多すぎて目の前のことを一個ずつその場で解決しないと進めない状況でした。何かあったときは責任を取る覚悟もしていました。周りから何か言われたら「私はここでやれることを精一杯やっている。文句があるなら言ってくれ。やめろと言われればやめる」という覚悟で臨んでいたのです。困っている人にストレートに支援が届くことを大事にしたので、例えば災害対策本部の会議に民間の支援団体を参加させたり、年休を取得して災害対策にあたったりするなど独断で動いたことも多々ありましたが、全てに責任と覚悟を持って臨んでいました。そして、根っこでつながっている人を信頼して活動の幅を広げていきました。そのスタンスは今も変わることなく、復興に向けた歩みを進めています。116

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能登半島地震支援活動被災地の仲間新チーム発足へ117新田響子さん(能登半島支援チーム代表)INTERVIEW2025年1月22日新田響子さん2016年熊本地震では熊本支援チームとして活動。能登半島地震でも発災直後から熊本支援チームとして活動し、2024年5月に新団体「能登半島支援チーム」を発足、代表に就任。熊本支援チーム代表理事・池田親生と共に熊本支援チームの仲間として—熊本支援チームとの出合いは?新田さん2007年に(熊本支援チーム代表理事の)池田親生さん、三城賢士さんと竹あかりワークショップを通して知り合ったのが最初。2011年の東日本大震災の発災時、私は関東に住んでいて、熊本から被災地へ視察に行こうとしていた二人と合流し、行動を共にしました。2016年の熊本地震では私が熊本へ行き、ボランティアビレッジの立ち上げを担当するなど一緒に活動しました。—新田さんから見た熊本支援チームの強みとは?新田さん親生さんや代表理事・事務局長の荒木真吾さんらの“受け入れ力”だと思います。世代・肩書・経験を問わず、「支援したい」「ボランティアしたい」「何か力になりたい」という気持ちのあるさまざまな人を受け入れて、その人が活躍できる場を設けてあげられる。だから自然と人がついてくる。それも生き生きとして。災害支援の場が人を育てる場にもなっていて、本当にすごいことだと思います。-発災後の動きを教えてください。新田さん2024年から地元である石川県河北郡津幡町で夫・息子と暮らしていました。そして2025年1月1日に被災。このあたりは震度5弱を観測し、瓦が落ちたり家財が散乱したりするなどの被害がありました。その後、津波警報が出たので避難所に避難していた時に、熊本支援チームのLINEグループが立ち上がり、私もメンバーに入っていたのでやり取りを眺めていると、親生さんから「支援活動をするために現地拠点を探してほしい」と私に依頼があったので、そこから地元の友人たちに次々と連絡していきました。その中で、私の親友から「パトリアの社長が“いいよ”って」と連絡があり、最初の拠点とさせていただくことになりました。パトリアはJR七尾駅から歩いて行けるので、場所としては最高の立地だと思いました。その後、平日は熊本支援チームのバックオフィスとして自宅で活動し、週末は夫と子どもを連れてパトリアへ行って支援物資の仕分けなどを手伝いました。他にも、これまでの支援活動の経験から、必要と思ったことは自主的に行っていました。例えば、奥能登に炊き出しを求めている人がいると聞いた時は、熊本支援チームで炊き出しができるメンバーに依頼したり、それでも足りない場合はキッチンカーを持っている人を探したりするなど、コーディネーター的な動きが多かったです。「○○の避難所にはペット用品が足りない」という情報を得たらパトリアにある物資を持って行くなど、ニーズのあるところに物資が届くように調整することも多々ありました。

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被災地の仲間熊本支援チームが被災地で活動する中で連携団体「能登半島支援チーム」が発足。伴走しながら中・長期的な支援を目指す石川県津幡町に暮らしていた新田さんは、能登半島地震で被災するも、熊本支援チームの代表理事・池田親生からの依頼で熊本支援チームの現地拠点探しに奔走。複合施設「パトリア」の代表取締役社長吉田一翔さんとつながり、第1拠点確保の立役者となった。その後、仕事をしながら自宅で熊本支援チームのバックオフィスとしての役割を務めつつ、息子を連れて週1回はパトリアへ行き物資の仕分けなども行った。新田さんは活動を続ける中で、これまでの災害支援の経験上、地震発生から3カ月が経つ頃には更地が増えたり休業していた店舗が営業を再開したりするなど被災地の風景は変わっていくと予想していたが、能登半島地震の被災地は風景が変わらないことに不安を覚え、「中長期的な支援」が必要と確信。そのためにも「地元の人たちによる支援団体」があった方が良いと考え、熊本支援チームのサポートを受けながら、2024年5月1日に新団体「能登半島支援チーム」を発足。熊本支援チームは同チームと伴走し、連携しながら被災地での支援活動を続けた。能登半島支援チームの活動実績能登半島地震支援活動●活動日:389日(2025年4月27日時点)●のペボランティア参加人数:5,035名奧能登豪雨支援活動■活動日:49日●のベボランティア参加人数:250名能登半島支援チームの代表として—能登半島支援チームを発足した経緯は?新田さん当初から地元の人が組織する支援団体があった方がいいと感じていました。でも、仕事が終わってから支援活動をして、子育ても家事もして・・・という暮らしを1カ月続けたら、家は散らかり放題で疲労も溜まり、日常が崩壊してきました。そんな中で団体を立ち上げたら、さらに日常が崩壊するのが目に見えていたので、ずっと葛藤していて。でも、発災から1カ月経っても、2カ月経っても被災地の風景が変わらない。これまでの災害支援の経験上、3カ月ぐらい経つと更地が増えたり、休業中だったお店が再開したりして被災地の景色が少しずつ変わっていくのですが、まったく風景が変わらないことに危機感を覚え、中・長期で支援活動をしていかなければならないと思い、団体を立ち上げることを決心しました。—熊本支援チームが活動する中で連携団体が立ち上がるという初めてのケースでした。発足にあたっては熊本支援チームのサポートが役立ったそうですね。新田さん団体の設立なんて初めてのことでやり方が全く分からず、(熊本支援チームの)荒木さんから会則の作成や銀行口座の開設など準備すべきことを教えてもらいました。2025年5月1日に任意団体「能登半島支援チーム」を発足し、私が代表となり、親生さんとパトリアの吉田さんに副代表に就任いただきました。活動内容は?新田さん主に被災家屋からの家財出しと瓦礫の撤去です。1~3カ月ほど滞在してくれる常駐メンバーと、短期ボランティアの人たちとで支援活動を行っています。ところで、能登半島支援チームはボランティアを呼びかけるのに、NPO・社会的企業のボランティア・職員・バイトの情報サイト「activo(アクティボ)」を利用したのですが、そこを通してボランティアの応募がたくさんありました。特に10~20代の若者が多かったことにも驚きました。応募者に話を聞くと、サイトに書いてあった「初心者歓迎」「女性でもできます」の言葉に背中を押されたそう。ボランティアに行こうと思っても「私にできるかな」「初めてだけど大丈夫「かな」と自分でついハードルを上げがち。そのハードルを下げてあげることがボランティアを呼びかける際の大事なポイントだと思いました。・新田さんの原動力は?新田さん一番は、夫の理解と子どもの協力。それがなければ支援活動はできません。そして「“子どもがいても、仕事をしながらでも、支援活動はできる”ことを私の姿を通して多くの人に知ってほしい」という想いです。誰かの「私もやってみようかな」というきっかけになれば嬉しい。家族のサポートがあったり、子どもを連れて行くことがOKだったりすれば、お母さんも支援活動に行きやすくなります。そんなふうにいろんな人が支援活動に参加しやすくなれば、もっと大きな力が生まれるはず。実際に能登半島支援チームのボランティアに家族で来ている人たちはいて、「子どもに経験させたくて」と話す親御さんもいました。それから、一緒に活動したメンバーやボランティアからいただいた「私も地元に戻ってこういう活動をやりたい」「響子さんが代表の団体で初めての災害支援活動をできたことに感「謝します」といった言葉も私の力になっています。能登半島支援チームを立ち上げてから、全国に仲間が増え、ネットワークが広がっています。能登半島支援チームの活動記録はこちらInstagramFacebook118

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奧能登豪雨支援活動119奥能登豪雨支援活動(2024年発災)2024年9月奥能登豪雨2024年9月20日から23日にかけて、奥能登地方を観測史上最大級の豪雨が襲い、河川の氾濫、土砂災害、住宅や道路の浸水・損壊など多くの被害が発生。能登半島地震の復旧・復興への歩みを進めていたさなかに発生した豪雨は、能登の人たちにさらなる苦しみをもたらしました。輪島市町野町

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輪島市内2024年奥能登豪雨による被害被害について参考:石川県ホームページ「令和6年能登半島地震アーカイブ震災の記憶復興の記録」※赤色が災害救助法適用地域輪島市かほく市志賀町羽咋市宝達志水町津幡町内酒时白山市野々市市金沢市※石川県ホームページから輪島市能登町穴水町七尾市中能登町珠洲市珠洲市能登町能登町柳田野田橋周辺珠洲市大谷地区住宅被害/1,901棟9月22日時点熊本支援チームの拠点土砂崩れ・流木による被害が多数発生楽笑(能登町)楽笑三重支援チーム地震被災者のための仮説住宅も浸水収穫間近の田畑にも大きな被害が発生熊本支援チームの奥能登豪雨支援活動での活動人員常駐リーダー活動日:49日間のべ250人+ボランティア人員120

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奧能登豪雨支援活動121活動を通して見えた課題「自治体職員への支援」被災地の自治体は、災害対応を最優先しなければならない。とはいえ、自治体職員も被災者。自宅の片付けや復旧を後まわしにして災害対応にあたっている人もいる。仮に、その職員を支援する人たちがいれば、安心して、より集中して職員は災害対応にあたれるのではないか――輪島市でのある出会いを通して、一つの課題が見えてきた。GAPWAJIMACITY城口茂熊本支援チーム輪島市熊本支援チーム勝又愛菜坂口茂市長大塚亜由莉2024年9月20日~23日にかけて奥能登を襲った豪雨は、地域に大きな被害をもたらした。熊本支援チームは被害の大きかった輪島市町野町に入り、支援活動を開始。町内を歩き、被災者に声をかけながら支援を申し出る中で、偶然、一人で片付けをしていた坂口さんという女性に出会う。支援を申し出る「大丈夫です」と遠慮されたが、後日改めてお声をかけた時に「本当はつらくて」と話してくださり、支援を受け入れてくださることに。庭や床下に流入しまた泥の撤去や床下の乾燥、家財の片付けなどを実施した。その後、輪島市・坂口茂市長のご自宅だったことを知り、自治体関係者はボランティアに支援をお願いしたくても、立場上、地域住民より先にお願いしづらい現実があることを実感。「災害対応をする行政関係者「への支援」を考える機会となった。2025年1月に訪れた時の町野町の様子

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Dawboar活動を通して見えた課題「自治体職員への支援」坂口市長×熊本支援チーム対談2025年1月23日大塚私たち熊本支援チームは2024年9月~11月頭まで、輪島市町野町で奥能登豪雨の被災者の支援活動を行い、家屋5件と小学校、保育園の片付けをお手伝いしました。その際に偶然、坂口市長の奥様に出会い、ご自宅の片付けをお手伝いさせていただきました。坂口市長その節は本当にありがとうございました。私は当時、雨がひどくなる前から市役所に待機していました。川の水位がどんどん上がってきたので妻に電話し、気をつけるように伝えたところ、玄関から水が入ってきて床下浸水し、庭にも大量の泥が流れ込んできました。とはいえ、私は市役所を離れるわけにはいきません。立場上、ボランティアの人たちに我が家の片付けを先にお願いするわけにもいきません。妻には「遅くなるかもしれな10mいけれど、支援を受けられる順番を待とう」と話していました。能登半島地震後も、私は市役所で災害対応をしていましたので、自宅の片付けは妻が頑張ってやってくれました。しかし、豪雨では心が折れかけたようで、熊本支援チームの方々の支援のおかげで、片付けが進んだことはもちろんですが、妻の気持ちが前向きになったのが本当にありがたいことでした。勝又お力になれて良かったです。奥様が一人で片付けていらっしゃる時に偶然お会いして、何度かお声をかけるうちに「(支援を受けていいか)主人に聞いてみます」とおっしゃってくださいました。どうして支援を受けてくださったのですか?坂口市長妻が信頼できる人たちだと言っていたからです。それで「だったら、せっかく来てWAJIMACITYARくださったのだから、お願いしてみては」と伝えました。それに、知り合いが熊本支援チームの支援をすでに受けていたので、それも信頼できる一因となりました。熊本支援チームの方々は若くてエネルギーがあるので、一緒に作業させてもらう中で妻はエネルギーをいただいたようです。大塚行政関係者は「住民が最優先で、自分たちのことは後まわし」であることを実感しました。しかし、行政関係者も同じ被災者です。今回の経験で、なかなか支援を求められない行政関係者を熊本支援チームがサポートできれば、安心して住民の支援にあたれるのではないかと思いました。坂口市長災害が発生したら職員は出勤する決まりになっています。災害対応が最優先であり、対応が落ち着くまで家に帰れないこともあります。確かに職員が支援を受けられれば安心でき、より職務に集中できるかもしれませんが、「特別扱い」するわけにはいきません。なかなか難しいところです。勝又特別扱いにならないやり方を見つけていく必要がありますね。今後の課題として検討していきたいと思います。坂口市長私が今回、皆さんとご一緒して思ったのは、熊本支援チームのようにノウハウを持っていて自分たちで動けるボランティア団体に被災地に来ていただけるのは大きな助けになるということでした。当時、輪島市のオフィシャルのボランティア窓口は、スタッフ自身が被災していたり疲労が溜まっていたりして十分に対応できていない部分もありました。そういう時に自ら動ける方が来てくださるのはありがたく、連携しながら支援活動を進めていけば大きな力になると感じました。122

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能登半島地震・奥能登豪雨支援活動被災地支援で経験し、感じたこと能登半島の支援において、熊本支援チームの代表理事・池田親生は「若い人たちの力を活かしたい」と、当時19歳~26歳だった6人の若者を常駐メンバーに任命。拠点の運営やボランティアのまとめ役を担ってもらい、迅速かつ勢いのある支援活動につながりました。メンバーのうちの2人に支援活動を通して感じたことを聞きました。123現地常駐メンバー大塚亜由莉ノウハウと後方支援の大切さを実感被災地入りしてからの1カ月は正直、思考が追いついていませんでした。“やるべきこと“が目の前に次々出てきて、考える間もなく「やるしかない!」という状況だったからです。物資の受け入れ、受け取った物資の記録と整理、ボランティア受け入れのためのフォームづくりや保険の準備・・・、とにかくやることがいっぱいでした。私は災害支援に携わるのは初めてだったので分からないことだらけだったのですが、乗り切れた理由の一つは、熊本支援チームにこれまで培ってきた災害支援のノウハウがあったことです。そのおかげで、やるべきことは明確でした。また、過去の災害支援活動の記録誌『TEAM』『OMOI』を読んで「次はこういうことが必要になる」ということも分かったので、蓄積というのは大事だなと実感しました。もう一つの大きな理由は、代表理事の親生さんをはじめとした大人たちの後方支援です。「今はこうゆう状況だから、次はこういうことが必要になるよ」「この情報を確認しておいて」など周りの大人が適宜アドバイスをしてくれ、運営に関するお金まわりの管理・調整も全て事務局が引き受けてくれたので、私たち常駐メンバーはひたすら現場を回すことに集中できました。地元の人たちと共に歩むチームへ被災地入りして1週間が経った頃に、ボランティアの受け入れを開始しました。その時、親生さんから「どういうチームにしたい?」と投げかけられ、私は「地元の人と一緒にやっていくチームにしたい」と思いました。2016年の熊本地震で被災した時に、地元の人たちと県外から来たボランティアや自衛隊、そして行政の人が一緒に動いたからこそ復興につながったと感じたからです。だから「地元のボランティアさんにたくさん来てもらえるようなチームにしたい」と親生さんに伝えました。まず意識したのは、目の前の一人ひとりとちゃんと関係をつくることです。「名前で呼ぶ」「一回で顔を覚える」――そうやって関わる中で、自然とお互いを覚えていって、少しずつ距離が縮まっていく感覚がありました。また、親近感が湧くようにニックネームで呼び合ったり、地元のボランティアさんと県外から来たボランティアさんをつなぐように紹介し合ったりと、自然と「同じチームで動いている」と感じられる空気づくりを意識していました。大切な仲間が全国にできた被災地での支援活動に身を置いて感じたのは、“愛にあふれた場所”だということでした。「困っている人を助けたい」という人間の本質的な愛のもと、みんながそれぞれにできることを考え、動いている。同じ目標に向かっている。意図せずにできたそういう空間は、なんて愛にあふれた場所なんだろうと思いました。そして、その時にできた仲間は、私にとって大切な存在になりました。全国から来てくれたボランティアの人たちは、活動が終わればそれぞれの場所に帰っていきます。でも、それは終わりではなくて、全国に仲間が広がったということ。地元に戻って、自分ができるやり方で災害支援や防災に取り組んでいる人もいて、刺激をもらっています。被災地での支援活動は、多くの学びを得ると共に大切な仲間とも出会え、とても貴重な経験になりました。

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AN現地常駐メンバーインタビュー現地常駐メンバー勝又愛菜友人を助けたい想いで被災地へ私は熊本支援チームの活動にはこれまで参加したことはありませんでした。親生さんたちが熊本で主催している「クリスマスマーケット熊本」を手伝っていて、そこで一緒に活動していた鬼塚悠輔くんが熊本支援チームに所属していたことが、活動に関わるようになったきっかけです。鬼塚くんは能登半島地震の支援活動のために2024年1月2日から被災地入りしていて、現地常駐メンバーのリーダーとして奮闘している姿を見て、「何か自分にできることはある?」と聞いたら、「たくさんあるから来てほしい!」とのことだったので、友人を助けたい一心で能登へと向かいました。支援活動は未経験だったので、しばらくは不安を抱きながら「やる!しかない!」と思って活動していましたが、現地常駐メンバーにサポートしてもらいながら経験を積み、次第に自信を持って活動できるようになりました。相手の立場になって考えることが大事支援活動を通して、私は「相手の立場になって考えることの大切さ」を実感しました。被災地外から来てくれたボランティアさんの中には、「全然復旧が進んでいない」「行政がだらしない」といった言葉を口にする人たちがいたのですが、長く被災地に滞在している私からしたら、復旧はちゃんと進んでいました。行政の人たちも大変な中で頑張ってくれていました。輪島市長の奥様が孤独に耐えながら一人で家の片付けをされていたことも知っていました(121-122ページ参照)。行政もボランティアも「能登半島の復興」という同じ目的に向かって進んでいるのです。それなのに、なぜ立場や役割が異なる人を批判するのか、私はそのことに大きな違和感を覚えました。お互いの立場で考え、理解しようと歩み寄ることが被災地での支援活動ではとても大切なのだと思います。全人類がチームメート!私はこれまでにたくさん旅をしていて、旅先でいろいろな人に助けてもらってきました。その度に温かい気持ち、嬉しい気持ちを抱いてきた一方で、自分が誰かを助けるという経験は少なかったように思います。今回は助ける側として能登へ来た中で、一番驚いたのは、困っている人を助けたいという想いを持って支援に取り組む人がこんなにもたくさんいるということでした。全人類が困っている人に手を差し伸べられる、私がいるのはそういう世界なのだと気付き、「全人類チームメート!」という気持ちに包まれて感動したことを覚えています。また、そのおかげで「私にできないことは、一緒に手を差し伸べている誰かに頼っていい」と思えるようになり、ずいぶん心が軽くなりました。そして、私自身が能登に来るまで災害支援に目を向けていなかったので、同じような人に目を向けてもらえる機会を少しでもつくりたいと思い、SNSに支援活動の動画や思ったこと感じたことをアップするようになりました。私は被災地で過ごす中で住民の方とも仲良くなり、能登が大好き支援活動を終えた後も、仲良くなった方を訪ねて能登になりました。へ行ったりしています。これからも自分にできることを考え、大好きな能登とつながっていきたいです。124

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125能登半島地震・奥能登豪雨支援活動令和6年度能登半島における地震・大雨被害に関わる支援活動活動の記録写真

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活動の記録写真126

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127能登半島地震・奥能登豪雨支援活動活動の記録写真ConstitMSTOSNORE害支援!

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2024年11月9日輪島市町野町での炊き出し活動の記録写真ひびスーパー炊き出し南11/9(±)16:00~・たい焼き200食(12)まぜごはん300おつけもの・豚汁300新村友会(中出)熊本支援チーム合同2025年1月23日被災地の復旧状況の確認と協力行政機関の代表へのご挨拶熊本支援チーム代表理事池田能登町教育委員会眞智教育長/河崎事務局長水害復旧活動を行った地区への訪問と復旧状況の現状把握(輪島市町野町)GAPWURMACITY熊本支援チーム現地常駐リーダー勝又熊本支援チーム輪島市事務局熊本支援チーム代表理事池田能登町住民課小川課長坂口市長大塚128

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能登半島地震支援活動全国から注目を集めた熊本支援チームの活動新聞能登半島地震を受け、七尾市内では県外から入ってきた有志が行政だけでは足りない支援を補おうと、災害ボランティアをしている。中には他の災害で復旧活動に携わった経験を生かす人も。6日は支援物資を避難所に届けたり、給水の水を用意したりと奔走した。amazon行政では不足の支援民間で●軽トラックに載せたタンクから水しょうと列をなす市民ら七尾市七尾東部中パトリアに集められた支援今けつけた団体も支援団体に合紙面構成・江間友美パトリアに支援拠点など体の不自由な人や、道七尾市御成町の複合施設援チーム」と連携し、バトパトリアを管理する創生なリアに支援物資の受け入れなおが、2016年の熊本拠点を設ける。ボランティ地震などで支援活動を展開アも募集する。した「一般社団法人熊本支「い」と配送を計画。高齢者一路状況で取りに来られない物資、ボランティア募る人のために、自宅まで届けサービスにボランティアの協力を求めている。パトリアでは被災後、各地からオムツや生理用品、毛布簡易トイレなどの支支援物資はパトリア4階で受け入れる。吉田翔社長は「人のつながりを頼りに支援の輪を広げていきたい」と語った。配送ボランティア応募など問い合わせ援物資が届いており「本当は=電080(1783)に困っている人に届けた3580=へ。七尾の小中1日まで休校七尾市は4日、地震の影まる予定だったが、安全確響で市内全小中学校を9認や応急措置の状況、断水日から22日まで臨時休校すが続いていることからも休ると発表した。9日から始校を延長する場合がある。(大野沙羅)2024年1月3日中部新聞支援物資を仕分けるスタ七尾市御成町で129支援物資の配達や給水の準備七尾東日本大震災を機に発足した。同市で防災体験施設し、2016年の熊本地震の「キャッチャ」を運営する支援に中心的役割を果たした三井紀代子代表(5)一般社団法人「熊本支援チー元自衛官として東日本大震災ム」支援団体は物資の集積の作業に携わったのを機拠点を設置した。自治体から同市に移住し、防災教育にの要請を待たず、被災地へ物んでいる。「宮城の人を送り続ける「ブッシュの思いとともに、あの時あっ展開していく。てほしかった物質を持ってきた。日から復興に向けて歩む人たちの力になりたい」と意気込むこの日は1人が仕分け班と配送班に別れ、七尾市内の計15施設で食料や生理用品、などの物を届けた。東部中学校で被災者からニーズを聞き取りは、岐阜県郡上市防災士会ミスマッチを防ぐほか、自宅が鈴木用の水を七尾の海上で寝たきりの高齢者らにも直保安部巡視艇からもらい、給接届ける予定。今後、人員を増活動をしていた。300やし支援ルートが確保されれが入るタンクを二つ用意し、珠洲市や輪島市など奥能一日に何度もほこりの登地域に支援の拡大を図り、かぶっていたタンクを洗浄しボランティアで家財の片付けて現地に駆けつけたという防をすることも検討している。災士会広報の石田秀夫さん同チームスタッフで熊本大(7)は、「一人でも二人でも4年の鬼塚悠輔さん(2)は助けたい」と力を込めた。高校生の時に熊本地震に妻と2人で自宅で過ごす七い災害支援が人生のテーマ尾市古府町の中になった。被災者に寄り添い(7)は「今は辛抱するしかな「続けていきたい」と話した。が、水がなくては何にもで東日本大震災で津波被害をきない。いつでも給水できる受けた宮城県東松島市からのはありがたい」と喜んだ。(久我玲、郷可駿成)2024年1月7日北陸中日新聞朝刊

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本本活動の記録記事1ヶ月400円(税込み)円(税込み)(第3種郵便物認可)「地域交流家民宿の被害。や観光の拠点にしようと頑張っていたのに…」描きつつあった将来像が一瞬で真っ暗になった。そうした中でも「第二の熊本とのつながりが故郷」「少し前を照らす心のともとなっている。しび」知人が起こした市へ移住。竹灯の制作会社に入った。次第にコメ作りにも関わり、1年に独立して就農熊本県内の生産者と無農薬野菜を販売するマーケットを毎月開くなど、農業を生した地域活性化にも力を入れてきた。熊本地震では、熊本市中央区の自宅で被災直後から農業の基礎を教わった阿蘇市の農家たちの元に駆けつけ、ひび割れた田んぼの復旧を手伝った。避難所に新鮮な野菜を届け、炊き出ボランティアにも奔走。「よそ者の自分を受け入れ、育ててくれた熊本の人たちのために何かしたいと必死立し、地元農家と連携して農家民泊や地産地消を中心にした地域おこしに奮闘していた。そして起きた能登半島地震「今回は子どももおり、何から手を付けていいのか分からない」と乱は収まっていない。だった」という。10年秋に七尾市へ帰郷。熊本での農業経験を生かし2日後の3日、熊本て「能登はん農場」を設で一緒に復興支援をしてい能登地震古里で再び被災も前向き熊本の経験と仲間が支え石川県七尾市の森さん能登半島地震で被災した石川県七尾市の農業森賢太さん(36)は、2016年当時に住んでいた熊本市で熊本地も経験した。再び受けたダメージに「農業や地域の将来を考えると不安だらけ」としつつ、「今は熊本地震の経験と熊本からの支援や励ましが支え」と踏ん張っている。1面参照】妻(38)と6歳の長男、4カ月の次男と自宅でくつろいていた1日夕、激しい揺れに襲われた。熊本地震が頭をよぎり、「あの時より揺れる時間が長い。この規模だと大変なことになる」と直感した。自宅の棚は散乱し、具のあった納屋は倒壊。近所の家も多くが崩れた。さらにショックだったのは、昨年5月に築150年の古森さんは古里の七尾市の高校を卒業後、00年に熊本民家を改修して開業した農森賢太さん日本海能登半島地震で被災した森賢太さんの農家民宿。昨年6月に開業したばかりだった12日、石川県七尾市(本人提供)被災者へ大きな「エール」熊本市児童ら書き初めに願いた団体のメンバーが駆けつ「これからもけてくれた。熊本から支援を続ける」と励まされると、「熊本の人の顔を見ただけでも少しはっとした」。熊本地震の経験を踏まえ、近所の農家に「今後の被災認定のためにも、壊れた自宅や農業施設との写真を撮っておいて」助言している。熊本市東部交流センター(東区)の「今はみんな生きること「書き初め教室」が5日あり、子ども将来の事なんて考に必死。たちが能登半島地震の被災者を思いやえられない」それでも、熊メッセージを模造紙にしたためた。本で受けた全国からの励ま小中高生2人が参加。書道家の石井しが、自身を奮い立たせて友美さん(4)=益城町の指導を受くれる。「これからたくさけ、「龍」や「幸」など好きな漢字を書んの支援や人とのつながりき上げた。さらに被災地へのエールとが生まれるはず。七尾の人、して、1人1文字ずつ力強く筆を走ら皆様が一日も早く普段通りの生活に戻りますように」の1文を仕上げた。城中1年の松波さんは「地震のニュースを見るたび、悲しい気持ちになる。みんなで協力して頑張ってほし「い」と願いを込めた。石井さんは、余震が続く被災地を思「一日も早く安心して眠れるようになってほしい。熊本地震で全国の支援を受けた恩をつなげて、一人一人が自分にできることに取り組みたい」と話した。(元村彩)一日も早く能登半島地震の思いやるち=5日、熊本市熊本の人とできることを考えていきたい」(堀江利「鳥町食道街」火災発生4時間で鎮火北九州市北九州市の小倉駅近くの飲食店街「鳥町食道街」付近で3日午後に起きた火災は、発生から約2時間後の5日午前8時50分ごろに鎮した。市消防局が明らかにした。4日午前に鎮となり、消防が焼け跡のがれきの下でくすぶる残り火の消火を続けていた。け人はいなかった。福岡県警と消防は5日、合同で実況見分を始めた。詳しい出火原因や火元を調べている。8日午後3時10分ごろ、北九州市小倉北区魚町1丁目の飲食店で火災が起きたと119番があり、周囲の熊本日日新聞朝刊2024年1月6日130

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全国から注目を集めた熊本支援チームの活動新聞能登半島地震支援活動で発生2カ月となった能登半島地震で、札幌の市民団体が道内したで調達した支援物資を石川県内は被災者支援に当たる熊本県のも一般社団法人に送り続けている。受け取った熊本の法人が被災者に配布する形で、被災地側の要請を待たずに送る「ブッシにュ型支援」。寸断された道路の中復旧が遅れ、ボランティアの被災地入りが難しいための工夫で、現地での支援を熊本の法人たに託した。いた道内で支援物資を集めている船のは市民団体「森の時間SNOWHOKKAIDO」で、こ船れまで東日本大震災や2016はら年の熊本地震などで被災地を支ろ援してきた。しき今回は1月6日から札幌市内からなど計16カ所の拠点で支援物資た。を受け付け、熊本県の一般社団法人「熊本支援チーム」に子ど大人用おむつや生理用品、熊本で被災した若者チーム「支援の恩返しを」石川県七尾市御祓町の複合施設「パトリア」で全国から届いた支援物資を仕分けする「熊本支援チーム」の大塚亜由莉さん(一番左)る。物資配送や炊き出しで発信している。自宅は倒壊を免れた体が不自由で避難所が、約2週間、停電やに行けないなどの理由断水が続いた。両親・自宅にとどまってい弟との4人家族で、ロる人に、物資の配達もウソクの明かりのも能显している。10日にはと、レトルト食品を食で石川70代の一人暮らしのべてしのいだ。「1人された市民から電話で「発災では何もできず、人鼓が、以降、1、2回しかの力を借りて生きてき00ごはんを食べられてたと実感した」と振り崎市のいない。自宅は断水返る。た。していて、給水もない」「被災すると『お金栃堀と聞き、すぐに食料なもない。どうやって市内の海どを届けた。土地勘の生きていこう』と書かれてある地元ボランティア先のことを考えて落判断したが配送を受け持ち、ち込んでしまう」。そ栃堀毎日十数軒を回っていんな被災者の気持ちを20日朝、知るからこそ「全力で熊本支援チームは1サポートする。困った年の東日本大震災を契ことは何でも相談し機に熊本県内の有志でてほしい」と力強く語今回は5日からった。発足。物資の受け取りなど能登半島地震の復興(2熊本市)は「(熊4階のホールには、全支援に、2016年の本地震では)ボランテ国の企業や個人から届石川県七尾市と連携し熊本地震で被災した若ィアや行政の支援に助いた物資が所狭しと並て活動を始め、2日かの相談は(070-3者が奮闘している。災らは同県能登町でも炊2855419)。けられた。恩返しがしべられていた。ボラン害支援に取り組む一般たい」と語る。ティアが仕分けをしたき出しを始めた。4月ボランティア希望の受社団法人熊本支援チ保存食品に衣服、オ上で週3回、訪れた被末までの活動を予定しけ付けは(070・1ーム」(熊本市東区)ムツ、生理用品。災者に配る。物資のミている。420830)のメンバーで石川県今月中旬、JR七尾駅スマッチを防ぐため、大塚さんが熊本地震いずれも大塚さん。七尾市での活動を指揮前の複合施設「パトリ被災者からニーズを聞で被災したのは高校する大塚亜由莉さんア」(七尾市御祓町)き取り、ウェブサイト2年の時。熊本市内の2024年1月31日毎日新聞朝刊【添島香苗】石川県131札幌と熊本支援物資リレー出し、涙ぐんだ2日午後寄せる男性(66)も、避難生も浮かべた。市民団体被災地へ送付連絡調整などに当たる人も含め連日20~30人が活動している。タオルのほか、無洗米や水などため現地入りし、全国の100を送っている。以上の支援団体と連携。熊本で1月にはトラック3便で計82月には千歳市の運送業者の協力で、大型トラックを無償「森の時間SNOWHOKで確保し、支援物資輸送KAIDO」の横山芳江代表した。物資は石川県北部の能登(38)は被災した石川県内在住の町を拠点に支援に当たっている叔母の見舞いもあって、1月に熊本支援チームに届けられる。同県入り。苦しい現地を目の当同法人は道路の復旧状況などにたりにし、支援への思いを強く応じて活動拠点を変えながら、横山代表は「道路状況がした。七尾市など周辺の避難所に物資悪く、現地入りは難しいが現地を届けたり、被災した給食センの要望を聞き、北海道から支援ターに代わり、学校給食としてしたい」と話している。提供したりしている。同団体は3月3日に送る物資同法人は東日本大震災を機にを受け付けている。受け付けの結成。熊本地震などでも全国の場所や日時はホームページ(Hボランティアと協力しながら被P)=QRコードで確認を。災者を支援し「ブッシュ型で物問い合わせはメール資を送ってきた。能登半島地震でも、発生翌日から情報収集の回zorroril@gmail.で、国産国comへ。(鈴木雅人)できる環境が整い、さらに2024年3月1日北海道新聞朝刊IPHARDHARRI

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本曰日新聞和6年(2024年)4月11日木活動の記録記事9日間の天気のち時々つなぐ思い能登へ8月末、石川県七尾市の古民家民宿であった「蚤の市」。熊本市災害ボランティア団体「熊本支「援チーム」の若者が、能登半島地震の被災者らを笑顔でもてなしていた。1~2歳の6人は、発災直後から民宿を拠点に被災家屋の片付けに従事。現地リーダーの鬼塚悠輔さん(25)は「地元のコミュニティーに入り、聞き取った要支援者につないできた」と語る。熊本支援チームの動きは早かった。2019年まで12年間、熊本市に住んでいた民宿オーナーの森賢太さん(38)とのつながりが生鬼塚さんが常駐メンバーとし発災2日後の1月3日に現地入森さんや地域住民から被災状熊本地震8年況を聞いて回った。その後、七尾市内の複合施設「パトリア」を拠点とする地元ボランティアと合流した。支援チームは11年の東日本大震災を機に発足し、16年の熊本地震や20年の熊本豪雨でも活動。積み上げた災害現場での経験は今回も初動から威力を発揮した。全国の災害支援団体から水や食料が届き、支援者も集結。物資と炊き出し、被災家屋の片付けの3班に分かれた6人はボランティアの配置を決め、被災者のニーズ把握に努2024.4.11本新和6年(2004年)4月12つなぐ思い能登へ石川県七尾市で被災地支援を続ける熊本市の災害ボランティア団体「熊本支援チーム」。1~25歳の常駐メンバー6人の原動力は、熊本地震で受けた支援への恩返しの気持ちだ。東日本大震災や熊本地震、2020年の熊本豪雨で活動してきたチームのノウハウや先の志を受け継ぎながら、今度は自分たちが能登半島地震の被災者の思いをくみ取ろうと奮闘している。「物資や作業だけではなく、外から来てくれた人の存在自体や触れ合いが被災者の心の支えになっていたと思う」。そう振り返るの大塚亜由さん(2)。熊本市西区の千原台高2年の時に熊本地震を経験し、避難所となった体育館熊本地震8年で食料の配布を手伝った。自宅は大きな被災は免れたが、家族や被災者同士では地震の話題を避ける雰囲気があった。県外からの支援者と話す機会が「漠然と抱いていた不安な気持ちを和らげてくれた」と言う。今回の支援でも自身の経験を大切にした。炊き出しや自宅の片付けで被災者と接する際は意識的に雑談をした。そうすると、被災者は困り事や苦しい気持ちを吐き出し、少しずつ表情が和らいだ。「誰かと話すだけで気持ちの整理にな「恩返し」現場は若手主体支援ノウハウ、志の継承もある。きょうの気象&日日月月三水牛王きのうの気温「蚤の市」で民宿オーナーの森賢太さん(中央)と話す熊本支援チーム現地リーダーの鬼塚悠輔さん(右)3月30日、石川県七尾市3「支援チーム」聞く姿勢徹底めた。情報収集に当たった宮城竜斗さん(23)は「自己満足や支援の押し付けにならないよう、行政や地域の要望を一つ一つ聞く姿勢を徹底した」と話す。特に意識したのは、行政の手が回らない被災者へのきめ細かな目配り。行政の支援物資は指定避難所までは届くものの、自主避難所や被災した自宅に残る人は受け取れない。そのため民間運営のパトリアには連日、長い列ができた。鬼塚さんらは、さらに支援の手を広げる。パトリアで一緒に活動していた七尾市の文化事業財団の成田弘さん(88)に「ここ(パトリアに来られない人が一番困っている」と相談。成田さんの知り合いの町会長や元警察署長を通じ、車を持たない高齢世帯を割り物資、片付け…きめ細かに出して物資を届けた。「災害経験のない私たちだけだったら、表に見えない被災者の孤立や困窮には思いが至らなかった」と成田さん。熊本支援チームの経験値や機動力が地元コミュニティーの情報網と連動し、効果的な支援につながったと感謝を口にする。築き上げたネットワークを活用し、被災した自宅の片付けや屋根のブルーシート張りといったニーズも収集。活動エリアは隣の能登町に広がり、町の要請を受けて宮城県の支援者らと炊き出しを続けた。3月末までに支援チームで活動したボランティアは延べ1900人以上に上るという。地元住民と培った信頼関係は、支援に必要な緑となって結実しつつある。被災者は今後、仮設住宅に入ったり自宅に戻ったりする。ボランティア需要も増えると見通宮城さんは言う。「一時的な支援にとどまらない息の長い活動を「考えたい」堀江利雅)同事務組合消防本部のする政府への要請書を松村などに対する財政支援によると、松村氏は「しっ(5)は、羊已方及旦当を求めている。くうるようの生の月2024年4月11日熊本日日新聞朝刊H熊本豪雨支援活動について話し合う熊本支援チームの現地メンバー。大塚亜由莉さん(右から2人目)る。とにかく明るく受け答えするで試行錯誤しながら新たなノウハようにしている」ウ獲得のため、リモート会議などは「熊本地震の恩返しがしたい」と話す3月2日、石川県七尾市神社や寺の行事のほか、農漁業を通じて連携や自立心が強い地域だけに「メンバーの姿勢は、支援者に頼ってもいいと自然に思わせ「るようだ」と話すのは永田房雄さん(15)七尾市でコミュニティーセンター館長を長年務め、今回は熊本支援チームと避難所や被災者をつなぐ役割を担ってきた。「高齢者が多い地域では、孫のような若者が来てくれてうれしいとの声が多い」と評価する。支援に臨む姿勢にとどまらず、行政との協働や活動の原資となる寄付金の会計といったノウハウは、熊本支援チーム代表の池田親生さん(4)らが蓄積してきた。今回は経験や人脈を全て伝える一方、現場は若手に任せた。被災地でサポートしている。現地リーダーを務める鬼塚さん(26)は高校3年で熊本地震を経験し、熊本大在学時に熊本支援チームに加入。20年の熊本豪雨では現地支援の中心メンバーとして汗を流した。今回は、初めて災害支援に関わる残りの5人を引っ張る存在だ。「災害はいつどこで起被災や支援のきるか分からない。経験を次に生かす活動も必要」と語る。熊本支援チームの活動は現地の若い力が芽生えるきっかけにもなった。ボランティアに参加した七尾市の辰田穂さん(18)は「これからは地元の自分たちにできる活大塚さ動を考えたい」と力強い。んは「常が終わっても定期的に被災地に通って、被災者とつながり続ける。今回の経験は熊本での地域交流や防災活動に生かした「い」と描く。(堀江利雅)2024年4月12日熊本日日新聞朝刊132

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133私たちが描く未来の姿私たちが描く未来の姿私が描く未来「被災地支援を“仕事”にしてマンパワーを確保、支援者の生活も応援。全国各地に熊本支援チームのような組織を作って“もしも”に備える」熊本支援チーム代表理事池田親生2020年7月豪雨では、新型コロナウイルスの感染防止のためボランティアが県内在住者に限定されました。私は発災直後に現地に入りましたが、どう考えても復旧にマンパワーが必要な状況でした。そこで考えたのが「有償ボラ「ンティア」です。ボランティアに行きたくても行けないと話す県外の方が多くいる一方で、新型コロナの影響でアルバイトが減ったり、解雇されて経済的に余裕がない学生たちの声を間近で耳にしていたことから、寄付金を支援金や飲食券代に活用する仕組みを作りました。有償に否定的な声があるかもしれないとは思いましたが、被災地での復旧はスピードが求められます。無償でも有償でも、一人でも多くの人を集めて、とにかく被災地の手助けをすることがベストだと、私は判断しました。これは個人だけでなく、企業に対しても同じことが言えると思います。自社の社員を無償で被災地へ送り出してくれる企業が、経営的に余裕があるとは限らないのです。募った資金をもとに被災地支援を“仕事”にするシステムや組織が成熟していくことが望ましいのではないでしょうか。また、熊本支援チームのような組織を全国各地に作って“もしも”に備えることも必要だと考えています。“もしも”に備える拠点を全国へ下さい。[主班(初資提点

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これからも日本各地で災害が起こることが予想されます。各地で支援体制が少しでも整うように、災害に強い地域になるように、熊本支援チームが目指す未来と、支援に協力してくださった方々の想いやアドバイスを記します。「いつか来るであろう災害のことは常に考えています。その時のために、和歌山支援チームを立ち上げました」私が描く未来和歌山支援チーム代表谷正義さん池田と谷さんが出会ったきっかけは市民活動熊本支援チーム代表理事の池田は、竹あかり演出家・プロデューサーとして全国各地で竹あかりの魅力を伝えています。和歌山で地域住民参加型の竹あかりイベントを開催した際に、参加していたのが谷さんです。交流するうちに熊本支援チームの存在を知り、谷さんは自身が暮らす地域のために同じような団体を立ち上げることを決意しました。2021年4月に「和歌山支援チーム」を発足しました。私が暮らす和歌山県は、南海トラフ巨大地震による津波が発生した場合に、甚大な被害を受けることが想定されている地域です。毎年のように全国各地で起きている天災は他人ごとではありません。普段は介護や介助を必要とする人向けの施設を運営していることもあり、“その日”が来た時のことは常に考えていました。しかし、何をすればよいかが分かりませんでした。そんな中、熊本支援チームの存在を知り、民間の団体でも地域を巻き込んで活動をしていることに驚き、率直にすごいと思いました。そして「和歌山にもこんな団体が必要だ」と強く感じ、チームの立ち上げを決めました。現在のチーム構成はコアメンバー7名、スタッフ31名。メンバーの中には防災士の資格を持つ子どももいます。今はまだ具体的にどう動いていくのかを考えている段階ですが、熊本支援チームのノウハウを学びながら芯のある組織を作っていきたいと思っています。そのための一歩として、新しい形の障害者支援施設を2022年4月に開設予定です。有事の際には災害支援の拠点として一般に開放できる間取りにしてあり、備蓄倉庫として使えるスペースも取ってあります。この場所が、災害に負けない強いまちづくりのベースになれたらと思っています。134

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私たちが描く未来の姿私たちが描く未来の姿135私が描く「地方自治体と、NPOや企業といった団体の間であらかじめ協定を結び、未来有事の際のお互いの動きを決めておけば活動がスムーズになるはず」TSP太陽株式会社代表取締役社長能村祐己さんTSP太陽株式会社と連携した支援活動については71ページで紹介CEOスピーディーな災害支援活動には、あらゆる連携が必要不可欠です。例えば、私たち「TSP太陽株式会社」と各協力会社の連携もその一つ。阪神淡路大震災を起点に会社を挙げて何度となく災害支援活動を行い、その度に発電機や仮設トイレなどの外注先企業から協力を受けてきました。この積み重ねで築いた事業者間の連携があったから、2020年豪雨災害で素早く動くことができました。その一方で、行政と民間の連携にはまだ課題が残っていると感じました。災害が起きると、その土地の行政の内部で混乱が発生するので、いざ行政と民間の連携を取ろうとしても、すぐには上手くいかないのです。ですから、地方自治体と、NPOや企業といった団体の間であらかじめ協定を結んでおき、有事の際のお互いの動きを決めておいてはどうでしょう。そうすれば、いざという時に皆がいち早く動けるので、できることの規模が広がり、つまりは助かる方も増えるはずです。今、急がれるのは、新型コロナのような感染症対策を念頭に、ボランティア受け入れのためのルールや段取りを決めておくこと。災害はいつ来るか分からないのですから、その時々の状況に合わせた準備をし続けることが大切なのです。「さまざまなプロと協力しながら被災地に最後まで寄り添える私が描く未来“セミプロのボランティア団体”として成長を」一級建築士ふみのり水上文藝さん※水上さんと連携した支援活動については72ページで紹介被災地の復旧・復興において、これから大切になるのは、支援に長く携わっていける人と、それを可能にするシステムづくりです。というのも、支援活動にはいくつかのフェーズがあります。まずは建築物のようなハード部分の復旧段階で、それから被災者の心や生活といったソフト部分の支援段階へ移っていきます。熊本支援チームには、このソフトの部分にも引き続き寄り添っていく団体になってほしいと期待しています。単なるボランティアで「無償・無料・無責任」というのではなく、無償であってもセミプロみたいな立場を保ちながら、さまざまなプロと協力しながら被災地に最後まで寄り添えるセミプロのボランティア団体です。とはいえ、長く携わるためには、チームのメンバーがそれだけで食べていける仕組みが必要になります。そこで重要になるのが、きちんと報酬を受け取れるシステムづくり。今回取り組んだクラウドファンディングは、その問題に一石を投じたと思います。今後、1年後、10年後、50年後に被災者がどういう生活をできるかということを考えて、さまざまな分野の専門家や企業とコラボレーションしながら、活動のクオリティを高め、情報を集め、活動を長く維持できる、新しい組織の作り方を検討してください。それを実現できる素地が、熊本支援チームにはあります。

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「熊本支援チームが、社会貢献への意識を持った若者を育む場に。私が描く未来そして、やる気のある若者を応援するチームであり続けたい」熊本支援チーム代表理事野口修一私は2011年の熊本支援チーム発足時(当時の団体名は東日本大震災・熊本支援チーム)から事務局の役割を担ってきました。東日本大震災では支援する側として、熊本地震では支援を行う一方、支援を受け入れる側としても活動。それらの経験を参考に、2020年7月熊本豪雨災害では、より被災地に寄り添った支援活動ができたと感じています。チーム発足から今年で11年。その間、多くの若者たちが関わってくれました。そして私は「社会貢献への意識を持った若者たちが育つ場になれたら」との想いで彼らをサポートしてきました。だからこそ「○○をやりたい」と若者が希望した時には、それが人助けになるのであれば、できるだけやらせてあげたいと思っています。責任は私たち大人が取ればいい。やる気やアイデアを尊重することが、未来の災害支援に携わる人材の育成につながるはずです。本誌を見て「災害支援に参加してみたい!」と思ってもらえたら嬉しいですね。熊本支援チームが民間の災害支援団体のお手本的な存在になり、世界中に活動内容を伝えていくことで支援の輪や興味を持つ人が広がっていくことを期待します。「全国各地の仲間と繋がり、私が描く未来有事の際の信頼ネットワークを築いていく」熊本支援チーム代表理事・事務局長荒木真吾2011年の東日本大震災をきっかけに立ち上がった熊本支援チームは、2026年で15年目を迎えました。そして、私たちにとって大きな転機となった2016年の熊本地震からも、10年という節目を迎えています。この15年間、全国各地で発生する地震や豪雨災害の現場で、多くの仲間たちと出会い、支え合いながら活動を続けてきました。被災地では、その地域ごとに必要な支援の形が異なります。だからこそ、地域の団体、行政、企業、ボランティア、それぞれの強みを活かしながら連携していくことが、とても重要だと感じています。た情報共有、遠隔からの支援など、災害支援のあり方も大きく変化してきました。一方で、現地で顔を合わせ、人と人がつながりながら支え合うことの大切さは、今も変わりません。災害は、いつどこで起こるか分かりません。しかし、平時から人と人が繋がり、助け合える関係を築いておくことで、被災地を支える力は確実に大きくなります。熊本支援チームはこれからも、“民間だからこそできる支援”を模索しながら、全国の仲間たちとのネットワークを未来へ繋いでいきたいと思います。近年は、SNSやオンラインを活用し136

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137熊本豪雨災害支援活動2025年8月熊本豪雨災害支援活動2025年8月6日から11日にかけて大気の状態が非常に不安定となり、1時間に110ミリ以上の雨量を観測した際に発表される「記録的短時間大雨情報」が15回発表されるなど、県内は記録的な大雨となった。熊本県の発表(2025年8月19日時点)によると、住宅被害は床上浸水が2,067棟、床下浸水が2,296棟にのぼった。熊本支援チームでは、発災翌日の8月11日から、熊本市南区・西区への床上床下浸水家屋への水害対応の支援活動を実施。その後、8月15日からは、被害が大きかった八代市にもボランティア活動拠点を設置し、熊本市内と八代市をメインに支援活動を展開しました。71-58熊本市南区・西区の床上・床下浸水家屋の応急支援活動(8月12日~8月末)八代市の応急支援活動(8月15日~10月30日)

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INFORMATION活動支援金募集熊本支援チームでは、災害支援活動への支援金を受け付けています。今後、日本各地で発生する災害における現地支援活動にも活用させていただきます。(ご希望により、支援金受領証の発行も可能です)ドコモSMTBネット銀行(住信SBIネット銀行)法人第一支店(普)2515176一般社団法人熊本支援チームゆうちょ銀行店名:七一八店(ナナイチハチ店)口座番号:3949541一般社団法人熊本支援チーム肥後銀行健軍支店(普)1896995一般社団法人熊本支援チーム健軍支店(普)3200601熊本銀行一般社団法人熊本支援チーム熊本信用金庫健軍支店(普)0288919一般社団法人熊本支援チーム講演依頼・スタディーツアーについて熊本支援チームでは、これまでの災害支援の経験をもとに、民間支援の取り組みや体験談を「伝える」講演活動を行っています。被災地・熊本の現地にお越しいただき、「熊本の今を伝える」スタディーツアーの受け入れやコーディネートも行っています。お気軽にお問合せください。連絡先email@kumamoto-team.net本記録誌が、皆さまの地域での活動や、あとがきこれからの取り組みにおいてヒントや気づきになれば幸いです。災害に強いまちづくり、地域づくり、人づくりを目指してmessageともに歩んでいきましょう。たくさんのご支援、ご協力に感謝申し上げます。138

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発行:一般社団法人熊本支援チーム発行日:2026年6月A

デジタルカタログのeBook5
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