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# 東光院の葬儀2024

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数百年やおら命を育む銀いちょう杏の大樹幾千の小さな命を根から受け取り天から洒そそぐ恵みの雫を幹に沈める対すれば人は命の儚はかなさを感受する大樹に魅み入いるのは人が故だろうか

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私は僧侶となる前に、大学の写真学科で写真にのめり込みました。いちょう表紙の銀杏の大樹は卒業制作として、深い森に分け入りモノクロフィルムに収めた一枚です。この大樹に惹かれて無心にシャッターを切ったのを覚えています。なぜ写真学科だったのか。いま思うと素直に僧侶になることに違和感があったからなのかもしれません。いまでは命に向き合う僧侶という生き方が私の道だと素直に思えます。当時からこの大樹の向こう側に見える命と営みに惹かれていたことを思えば、様々なものに導かれてなるべくして、僧侶になったのではないかと感じます。おおさわぎょうくう東光院住職大澤曉空

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東光院の葬儀

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挨拶もくじ第１章葬儀の意味お出迎え枕まくら経ぎょう湯ゆ潅かん納のう棺かん通つ夜や葬そう儀ぎ焼しょう香こう出しゅっ棺かん荼だ毘び・収しゅう骨こつ0810121416323436三礼・帰敬文表白・神分剃髪授戒授戒名開眼・入魂潅頂授五鈷杵授血脈六大印明理趣経諷誦文真言・陀羅尼廻向1819202122232425262728293031第１章では、お出迎えから通夜、葬儀、荼毘まで順を追って意味をご説明しております。特に葬儀では式中に僧侶がどのようなことをおこなっているかを詳しく解説致します。

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第２章葬儀の準備東光院の葬儀の特徴葬儀の流れ東光院がおこなうことご家族がおこなうこと戒名は必要なのか布施とは何か実際にかかる費用生花・供物について香典返し・料理・飲物についてどうもおかしい｢香典返し｣会葬礼状について東光院の施設について想いをカタチに第３章死と向き合える僧侶でありたい自死について孤立死について頼って頂ける寺になるためにたくさんの想いに背中を押されて404244454647485253545658606364656668第２章では、葬儀の実際の流れや知っておく必要のあるものごとを説明しております。第３章では、東光院がどのような想いと姿勢で執りおこなわせて頂いているかを記しています。

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09死は誰にでも必ず訪れる人生の締めくくりです。緩やかに幕を閉じることもあるでしょう。突然の別れもあるでしょう。自然の猛威に命を奪われることもあるでしょう。親しい方が亡くなれば心も大きく揺さぶられます。しかし、やらねばならないこと、決めなくてはならないことが津波のように押し寄せます。さらに病院で亡くなれば、より早い搬送を病院側に求められ、隣には準備が整った葬儀社が待ち構えていたりします。そんな不安な時だからこそ、東光院では僧侶がすぐにお出迎えに上がります。いつでも頼って頂けるように平素より準備しております。深夜や早朝でも構いません。嵐や元旦であっても構いません。そのために準備しております。病院で亡くなればお医者様から、お一人で亡くなれば警察の法医学者から、大切な〝たすき〟を私ども僧侶が直接受け取りにまいります。最期を支える〝たすき〟を僧侶が受け取るからこそできる旅立ちの準備があると考えるからです。細かなこと、お辛いこと、大変なことはすべて私ども僧侶にお任せ下さい。ご家族が真におこなわなくてはならないことは、お金の心配や手配ではなく、故人様と向き合うこと。一軒一軒ちがう家族の有り様と同じだけ、お見送りの方法もあるはずです。私どもと皆様で故人様を精一杯送り出すお別れの形を探しましょう。いつでも駆けつける為に、東光院にはお出迎え専用車があります東光院には病院などへお迎えにうかがったり、荼だび毘のために火葬場へお見送りするための専用車の用意がございます。東光院のご縁者様が自由にお使い頂けるように、ご用意いたしました。お婆ちゃんを直接お見送りをしたいお孫さんにお使い頂いてもよろしいですし、私どもで運転してお連れすることも可能です。車は、皆様のものですから特別な費用は必要ありません。※故人様のご移動の際は私共も必ず先導致します。

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11枕まくら経ぎょうは、これからはじまる故人様との別れを見送る儀礼の第一歩。故人様を東光院やご自宅にご安置して、まず始めにおこなわれる故人様への追つい悼とうです。深くしめやかに執りおこなわれます。近親者や無二の友人に囲まれながら、故人様は逝去後はじめてのお経を聞き、線香の香こうえん煙に包まれます。私たち見送る側も、旅立つ故人様も、死を迎え大きな不安と動揺の中にあります。だからこそ枕経では親しい知人や親族に連絡を取り、ご一緒におこなって下さい。駆けつけて下さった親しい方々は、動揺の最中にある家族を支えて下さる大切な存在となります。この枕経がすべての儀礼の出発点となるのは、本来は臨りん終じゅうの場で息を引き取るその前に、ご本人とその家族の不安を取り除くためにおこなわれるものだったからです。そもそも経文は、｢どのようにしたら不安や苦から逃れ、人生を全うできるか｣という仏の知恵をしたためたものです。私ども東光院の僧侶も故人様を前にして唱える枕経では、故人様とご家族が心安らかとなるように、また命の灯とも火しびがつきたご遺体と御み霊たまを仏様に守護して頂けるようにと、祈き念ねんしながら想いを込めて経きょう文もんを唱えます。枕経が終わり、皆様が故人様へ献けん香こうされた後、枕経と共におこなわれるのが末まつ期ごの水です。箸先に脱脂綿をくくりつけ、故人様の渇きを癒やすようにそっと唇を潤します。末まつご期の水枕まくらかざ飾り枕飾りは、小さい机に白布をかけるか白木の小机を用意し、香炉、蝋燭立て、花瓶、枕団子、一いち善ぜん飯めし、水、鈴りんを並べます。ご飯を大盛りに盛り付ける一いち善ぜん飯めしは、この世に未練を残すことのないようにとの想いが込められており、盛りが高いほど良いとされています。お釈しゃ迦か様が臨りん終じゅうの際に水を持ってきてほしいと弟子に頼み、鬼き神しんがそれを捧ささげたという逸いつ話わが伝えられ、そこから仏教では死後ののどの渇きを癒すように、末まつ期ごの水を捧ささげるようになりました。親しいご縁者が人生の最期に｢おつかれさま｣という気持ちで故人様の唇を潤します。故人様が大好きだったお飲み物があれば、それを差し上げるのも良いでしょう。

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13湯ゆ潅かんとは、ご安あん置ちされている故人様のお身体を清め、化粧を施し、身支度を整える儀礼のことで、納のう棺かん前におこないます。東光院でおこなわれる湯潅は、昔ながらの古こ式しき湯ゆ潅かんと申しまして、井戸から汲んだ閼あ伽か香こう水ずいに、お湯を足してつくる逆さ水を用いておこなわれるものです。この湯潅には、旅立ち前にお身体を清め、汗を拭い、故人様にすがすがしく旅立ってほしいという想いと、現げん世せでの悩みや煩ぼん悩のうなどを綺麗に洗い流し、この世の荷を置いて旅立ってほしいという願いがこめられています。手順は、逆さ水で清めた布を使い、お体を拭わせて頂いた後、ご希望であれば洗髪剤を利用して洗髪し、髭等を整えてゆきます。その後、クリームを使って肌をケアし、死し化げ粧しょうをすることで穏やかな生前の面影を取り戻します。死し化げ粧しょうといいましてもいわゆる化粧を施すのとは異なり、あくまでも生前の面おも影かげに整え、最期のお別れと旅立ちのための準備として、ご家族と共におこなうものです。東光院での湯潅はすべて僧侶が務めさせて頂きます。僧侶が湯潅や着付けなどを執りおこなうことに驚かれる方もいらっしゃいますが、古来では湯潅を生活の場でおこなうのを嫌うために、湯ゆ潅かん場ばをもうけた寺院もありました。「東とう海かい道どう中ちゅう膝ひざ栗くり毛げ」巻三之上に「湯潅場はどこだ」とあり、街道沿いの主要な寺院には常設されていたことがうかがえます。このように私ども僧侶がお手伝いすることは何ら不思議なことではございません。逆さ水白い仏ぶつえ衣湯ゆ潅かんの後は仏ぶつ衣えと呼ばれる白い着物をお着せします。世俗の欲や邪じゃ念ねんをすべて捨て去り、清らかな気持ちを保つと考えられております。ただ故人様の旅立ちの際に着せて差し上げたいお召物がございましたら、ぜひご用意下さい。通常はお湯に水を注いで適温にしますが、お見送りの作法は通常とは逆の手順となり、水に熱い湯を足して適温のお湯を作る｢逆さ水｣を用います。この逆さ水に使われる水は昔から法要で使われる東光院の井戸から汲んだ閼あ伽か香こう水ずいを使用します。

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17納のう棺かんを終え、旅支度の整った故人様を、葬儀の前夜には東光院の本堂へご安置して、通夜を迎えます。通夜とは、もともと故人様を見送る前に親族や知人が夜通しで死者を守ることを意味し、夜よ伽とぎともいわれます。故人様を偲んで家族が共にする時間として大切にされてきました。亡くなった方や仏様はお香こうの香りを召し上がると考えられており（食じき香こう）、空腹にならぬよう、通夜の晩は線香を絶やさないという風習があります。東光院では、昔は時計として使われた時じ香こう盤ばんという名の、一晩お香が焚ける特殊な香こう炉ろでご供養致します。さて通夜ではぜひ大切にして頂きたいことがございます。仏式通夜の起源と伝わる、お釈迦様が亡くなられた時に弟子達がお釈迦様を囲み、夜を徹して生前にお釈迦様の説かれた教えを語り合ったという逸話のように、故人様を偲んで、故人様の残した思い出や言葉、想いを語るかけがえのない時間としてお過ごし下さい。通夜振舞いの会食の席でも、お食事を召し上がりながら思い出話を語って下さい。きっと故人様が残してくれた多くのものに気づかされることでしょう。語り尽くせぬ時には、東光院では五名様まで、簡易的に宿泊して頂くことができます。時じ香こう盤ばんでお香を絶やさず故人様を送る香炉の中に、香こう型がたと呼ばれる定規を用いてジグザグ模様に抹まっこう香を埋め、一端から火をつけ時間の経過を測るというもの。例えば明あけ六つから暮くれ六つまでとすれば、6等分して時刻札を立てて使用した。香かおり時ど計けいとも呼ばれ、中国で発明されたもので、機械時計出現以前に日本に伝えられ、明治の改暦（1873）まで使われていた。

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18三さん礼らい・帰き敬きょう文もんオンサラバタタギャタハンナマンナノウキャロミ葬儀のはじめに、静かに拝れい礼はいをしながら僧侶の口から小さく紡がれる聞き慣れない言葉。これを真しん言ごんといい、三さん礼らいがはじまります。古代インドのサンスクリット語で、真言密教では仏様の言葉と捉え大切にされています。〝一いっ切さいの如にょ来らいの御おみ足あしを拝はいし奉たてまつる〟という意味で、三度礼らい拝はいし仏様に礼を尽くすことで、旅立ちの加か護ごを願います。次に帰き敬きょう文もんが始まります。人じん身しん受うけ難がたし、いますでに受うく。いまから二五〇〇年前、お釈迦様が在ざい世せの頃、当時のインドの人々は、この帰敬文を唱えて、お釈迦様の弟子として入門の儀礼をおこなったと伝えられています。以来、世界中の仏教徒によって大切に唱え継がれています。実は、仏式でおこなう葬儀内容は、故人様が旅立った後に仏様の弟子として、仏様に助けて頂けるように願う、私ども僧侶が僧そう籍せきを頂く時に受ける出しゅっけ家の儀礼そのものなのです。〔そうぎ〕仏様に誓いをたてる儀礼のはじまり

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19表ひょう白はく・神じん分ぶん帰敬文が終わると、シャラランという澄んだ楽器のような音色が聞こえてきます。これは僧侶の持つ数じゅ珠ずと五ご鈷こ杵しょという密みっ教きょう法ほう具ぐをすり合せることで聞こえてくる音です。洒しゃ水すいという清めの儀礼で、五鈷杵と数珠をすり合せ、真言を唱え、加か持じした水で祭壇を清めます。清めた祭壇で表ひょうはく白がはじまります。敬うって真しん言ごん教きょう主しゅ大だい日にち如にょ来らい、両りょう部ぶ界かい会え諸しょ尊そん聖しょう衆じゅ、葬送という儀礼にあたり、その趣旨や願いを仏に表明するための文で、前半は独特の節をつけてお唱えし、故人様が無事に旅立てるようにと仏に柄え香ごう炉ろの香りと共にお伝えします。そもそも亡ぼう魂こん葬そう送そうの庭にわ。滅めつ罪ざい生しょう善ぜんと続いて神じん分ぶんがはじまります。私達は長い人生の中、多かれ少なかれ罪ざい科かをつくってしまいます。閻えん魔ま法ほう王おうをはじめ、仏様のお名をお唱えし、現世の罪を滅し、死後に善ぜん報ぽうが故人様のもとで生まれることを祈き念ねんします。〔そうぎ〕想いを仏様へお伝えし、加護を願う

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20剃てい髪はつここから引いん導どう作さ法ほうという実際の出しゅっけ家の儀礼に移ります。古代インドでは頭髪を剃ることは重罪の刑罰であり、最大の恥辱でした。お釈迦様はあえてその姿を出家の姿として選んだといわれ、こだわりや固定概念を越えた人の真しん摯しな姿を体現されました。次の経文を唱えながら僧侶は故人様の迷いや悩みを剃り落とすように、煩悩の世界へ墜ちてしまわぬようにと剃かみ刀そりを空中に掲げます。流るてんさんがいちゅう転三界中あらゆる世界をさまよい続ける私達にとって恩おんないふのうだん愛不能断家族との恩愛を断ち出家する事は忍び難い棄きおんにゅうむい恩入無為しかし恩愛を断ち仏の世界に入る人こそ真しんじつほうおんしゃ実報恩者真に父母家族の恩に報いる者である剃ていじょしゅほつ除鬚髪頭髪を剃り落とすとき当とうがんしゅじょう願衆生故人のために皆でひたすら願う永えいりぼんのう離煩悩煩悩の苦しみから永遠に離れ究くぎょうしゃくめつ竟寂滅いつまでも安らかであることを〔そうぎ〕断ち難きを断ち仏の姿へと近づく

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21授じゅ戒かい剃髪を経て、迷いや悩みを剃り落とした故人様は清らかとなって儀礼に臨みます。そして仏弟子となるための戒かい律りつを授かります。この戒律とはルールのようなものではありません。自分自身を律する心のくさびです。十の戒律を授かる前に、三さん帰き・三さん竟きょうという仏道の誓いを捧げます。「仏様の弟子である私は、いつまでも仏様に帰き依えします。仏様の教えに帰依します。教えを実践する僧侶に帰依します。」そして、次の戒律を授かります。不ふせっしょう殺生故意に生命を殺さない不ふちゅうとう偸盗人のものを盗まない不ふじゃいん邪婬不倫など淫欲を貪らない不ふもうご妄語騙したり嘘をつかない不ふきご綺語中身の無い言葉を話さない不ふあっく悪口乱暴的な言葉を使わない不ふりょうぜつ両舌筋の通らない話をしない不ふけんどん慳貪激しい欲を抱かない不ふしんに瞋恚激しい怒りを抱かない不ふじゃけん邪見誤った見解を持たない〔そうぎ〕想いを仏様へお伝えし、加護を願う身しん業ごう口く業ごう意い業ごう

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22授じゅ戒かい名みょう授じゅ戒かいを受けることで仏弟子となり、引いん導どうをわたす僧侶の弟子となった故人様は、師である僧侶から証として出家者としての名前を授かります。これが戒名です。現代の日本では亡くなった後につけられる名と思われがちですが、僧侶は皆、戒名を授かっております。戒名は読んで字のごとく戒律を授かったものに授与される名で、二十九世住職の大澤であれば曉ぎょう空くうと授かっておりますし、寺務の古井であれば昇しょう空くうと授かっております。この世に命を受けた赤子に、この世での幸せと願いを込め親が授ける名のように、新たな世界へ踏み出す故人様に、師匠となる僧侶から安らかであれとの願いと、人生や〝縁えにし〟への感謝と賛辞を込めて授ける魂の名です。右の戒名を例として解説しますと、戒名は中央二文字だけで、その上の道号は現世を表し、位号と呼ばれる称号がつきます。この例であれば暢子というお名前と、のびのびとした方なので｢暢｣を、和やかな場をつくるムードメーカーな人柄から「和」を、整体師をされているのと整ったお心から「整」、誰に対してでも優しく接する姿勢から｢優｣の一文字をとり、お授けしました。〔そうぎ〕仏ぶつ弟で子しの証しえにしの詰まった眞ま名な

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23開かい眼げん・入にゅう魂こん〔そうぎ〕仏としてのまなざしに目覚める瞬間開かい眼げんとは魂を入れることだといわれますが、真言密教の考え方では、外から魂を込めるというよりも、その者の中にある仏様の心「仏ぶっ性しょう」を呼び覚ますと考えるほうが正しいでしょう。故人様の内に秘められた仏性を目覚めさせる真言オンボダロシャニソワカと唱えながら印いん明みょうをお授けします。この印明は故人様の仏性を目覚めさせるだけではなく、祭壇中央に祀られている位い牌はいが故人様の魂のよりどころとなるように縁えにしを結ぶ意味もございます。白しら木き位い牌はい白木位牌とは、葬儀の時、祭壇の上に安置するための仮の位牌です。塗りのない位牌で、故人様の享年、俗名、戒名などが記されています。四十九日に弔き明あけになると、塗ぬり位い牌はい（本ほん位い牌はい）を作って、白木位牌はお寺へ納めます。

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24潅かん頂じょう頭頂に水を洒そそいで諸仏や曼まん荼だ羅らと縁えにしを結び正統な仏道の継承者とするための儀礼のことを潅かん頂じょうといいます。古くインドで、国王や立太子の即位の際に、頭頂に水を洒いだ儀礼から転じたもです。煩ぼん悩のうの垢あかを除のぞいて、潅かん頂じょうの法ほう水すいを潅そそぐ潅かん頂じょうがはじまるとカンと甲高い不思議な音が聞こえてきます。これは東光院の井戸水から汲んだ閼あ伽か香こう水ずいを湛えた洒しゃ水すい器きという容器と、散さん杖じょうという木製の法具が触れる音です。潅頂は次のように執りおこなわれます。まず引導作法を執りおこなう僧侶は、洒しゃ水すい器きの閼伽香水に散杖の先を浸し、その閼あ伽か香こう水ずいを故人様の眠る棺に向け洒ぐのです。またこの清らかな水はお釈迦様の智ち恵えを宿した法水となり、洒そそがれたものが仏法に目覚めるのだと信じられております。こうして故人様は、長い歴史をかけ脈々と師から弟子に受け継がれた真言密教の奥義のすべてを受け取ります。また、日本では鎌倉時代から幕末にかけて天皇の即位式には即そく位い潅かん頂じょうという行事がおこなわれていました。後ごとばのいん鳥羽院・後ごふかくさのいん深草院の名が記録されています。このように仏教だけでなく様々な形で日本では水という生命の根源を介して想いや文化を伝えてきたのです。〔そうぎ〕ふりそそぐ智恵の水新たな縁えにし

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25授じゅ五ご鈷こ杵しょ古代インドの武器で｢煩悩を打ち払う菩ぼ提だい心しん｣の象徴として、大切な法具が五ご鈷こ杵しょです。両先端がそれぞれ五本爪に分かれ、中央が大だい日にち如にょ来らい、四方の爪が阿あ閦しゅく如にょ来らい、宝ほう生しょう如にょ来らい、阿あ弥み陀だ如にょ来らい、釈しゃ迦か如にょ来らいを、両端はそれぞれ金こん剛ごう界かい、胎たい蔵ぞう界かいを表し、両りょう界かい曼まん荼だ羅らという真言密教の説く真理を表しています。僧侶から五鈷杵を授かるということは、真言密教の教えや世界観を授かることなのです。五鈷杵は五本爪ですが、爪一本のものを独とっ鈷こ杵しょ、爪三本のもの三さん鈷こ杵しょといい、すべてを総称して金こん剛ごう杵しょと呼びます。古代インドのサンスクリット語では｢ヴァジュラ｣とも呼びます。お寺の入り口で見かける「金こん剛ごう力りき士し像ぞう」も、金剛杵と深い関わりがあります。金剛力士はサンスクリット語で「ヴァジュラダラ」。ヴァジュラ（＝金剛杵）＋ダラで「金剛杵を持つもの」という意味なのです。真言密教開祖の空海様も必ずお手元に金剛杵を持っておられます。私ども真言密教の僧侶も必ず授かり、その後の仏道を歩む旅路の道標と、御守として大切にするものです。これを故人様の安らかな旅路を願いお授け致します。〔そうぎ〕五如来の守護を願い法具をいただく

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26授じゅ血けち脈みゃく二五〇〇年前、はるかインドの地でお釈迦様から生まれた仏教が、密教へと形を変え一二〇〇年前、空海様が日本に伝えました。現代に至るまで、師から弟子へ脈々と続いてきた教えの伝承。いま、その中に故人様を迎え入れます。血けち脈みゃくには、大日如来の化身であるお釈迦様から代々の祖師の名が記され、一本の朱線で結ばれています。管に流れる血に例え、その持続性と同一性を表し、その事実と系譜を朱線で図示したものが血けち脈みゃく図ずです。真言密教では師弟が対面で直接伝える面めん授じゅ口く訣けつを重んじ、その付ふ法ほうの証として血脈図を授けます。この血脈は、師となる引導作法を執りおこなう僧侶が弟子となる故人様に対し、大きな責任を負うという覚悟の証でもあります。ご家族のように身体の中に流れる血では結ばれておりませんが、魂に流れる仏法の血で結ばれるのです。〔そうぎ〕朱あかい一筋の道はお釈迦様から続く道

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27六ろくだいいんみょう大印明印いん明みょうとは手に結ぶ印いん相そうと、口に唱える明みょう呪じゅすなわち真言。真言密教で説く三さん密みつのうちの二つです。印相で最も身近なものは合がっ掌しょう印いんでしょう。うやうやしく結ぶ秘密の印相。口から紡つむがれる真言。手元を隠し、真言密教に伝わる秘密を授けます。地ちだい大ノウマクサンマンダボダナンアン水すいだい大ノウマクサンマンダボダナンバン火かだい大ノウマクサンマンダボダナンラン風ふうだい大ノウマクサンマンダボダナンカン空くうだい大ノウマクサンマンダボダナンケン識しきだい大ノウマクサンマンダボダナンウン六ろく大だいとは、真言密教が捉える世界であり、生きとし生けるものを構成する六種の要素。すなわち地、水、火、風、空、識をいいます。仏はこれを悟り、衆生はこれを悟ることができないという世界の姿。その秘密の姿を旅立つ故人様へ印相と真言でお伝えします。仏像に見ることのできる印相〔そうぎ〕地・水・風・空・識の縁えん起きによる命の姿智ちけんいん拳印転てんぼうりんいん法輪印合がっしょういん掌印

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28理りしゅきょう趣経理り趣しゅ経きょうという真言密教では非常に重要な経きょう文もんは、「大たい楽らく金こん剛ごう不ふ空くう真しん実じつ三さん摩ま地や経きょう」というのが正式な名称です。文字から読み解けば、｢大きな楽しみは金剛である、空むなしからざる真実である悟りの境地に至る｣という意味です。ここでいう楽しみは一般的な感情に起因するものではなく、世の中が良くなるように、という楽しみを説いたものです。そして「金こん剛ごうである」とは覚りを求める心が強固なものだという意味合いがあります。後半部分にある｢般はん若にゃ｣は智ち慧え、｢波は羅ら蜜み多た｣は迷いから悟りを開く、｢理趣」には転じて正しき道、｢品ぼん｣には章という意味合いがあるので｢智ち慧えにより迷いから悟りを開く正しき道の章」と解釈できます。これらをまとめると理趣経は「金剛のように固い覚りを求める心は智慧の完成に至る道を説き、それは真実の悟りの境地となり、宇宙全体が良くなる」ことを説いた経典ということになります。人間は汚れた存在ではないという思想が根本にある経文で、仏教では珍しく煩悩に対し肯定的な経典です。そのため曲解すると危険な経典とされ、一般の人が理趣経を学ぶのを厳しく禁じ、お経を聞いても理解できないように、漢かん音おん読よみします。このような変わったお経ですが、東光院でおこなうすべての法要で東光院創建より脈々と唱え続けられた私共僧侶にとっても大切なお経です。〔そうぎ〕創建より東光院に鳴り響く想いの源泉

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29諷ふ誦じゅ文もん敬うやまって白もうす送おくる請こう諷ふ誦じゅ文もんの事諷ふ誦じゅ文もんの起源は、平安時代です。法要の際に施主が法要の功く徳どくを願い綴った文章を、僧侶によって読み上げてもらったことにはじまります。葬儀の諷誦文は、ありし日の故人様の人となりや功績、ご縁のあった方と、どのように過ごしてこられたのかをご家族にお話を伺ってしたためます。葬儀諷誦文は、初段からこの世は常にあらずということを表す無むじょう常の句、故人様の面影や人となり、人生を表す行ぎょうせき跡の句、死を迎えるにあたっての故人様の姿を現す無む常じょう当とう来らいと悲ひ嘆たんの句、故人様のために捧げている葬儀という善行を表す追つい善ぜん作さ法ほうの句、葬儀を執りおこなっている僧侶の思いを表す廻え向こうの句という様に五段の構成となっており、我々が無常の世界を生き、大切なご縁の中で故人様と出会い、共に過ごし、故人様を見送るということについていま一度想いを馳せるためのものです。この諷誦文は故人様の供養のためだけに僧侶がしたため故人様へ捧げる賛歌であり、僧侶がこの葬儀という別れの儀礼の中でどのような想いで故人様を見送ったかがよく現れる、想いのこもった儀礼です。〔そうぎ〕僧侶が故人様へささぐ人生の賛歌

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30真しん言ごん・陀だ羅ら尼に「真しん言ごん」は、サンスクリット語のマントラを漢訳したもの。真実の言葉、仏の言葉ともいいます。諸しょ仏ぶつを称え、諸仏へ故人様の安らかな旅立ちをお願いする作法です。「陀だ羅ら尼に」とは仏の功く徳どくや徳とく性せいを列挙した真言で、これを思し念ねんすることによって悟さとりを開くことができるとされております。ノウボウ・アラタンノウタラヤーヤこれは阿あ弥み陀だ如にょ来らい根こん本ぽん陀だ羅ら尼にで、旅立つ故人様が阿弥陀如来のご加護を受けて永く安らかに過ごしていけるようにとの願いをこ込めています。ノウマクサンマンダバザラダン不ふ動どう明みょう王おうの真言は、臨りん終じゅうから初しょ七なの日かの審判で故人様を弁護するとされる不動明王のご加護を願います。オンアビラウンケンバザラダトバン大だい日にち如にょ来らいの真言です。「偉大なる日にち輪りん」を意味する大だい日にちを名に冠した大日如来は、この世界の仏様の中心におられるといわれている荘そう厳ごんな存在で、真言密教の最高の位にある仏様です。オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン最後に、最も重要とされる光こう明みょう真しん言ごんをお唱えします。正式には｢不ふ空くう大だい潅かん頂じょう光こう真しん言ごん｣。梵ぼん字じ二十三文字と短くも、功く徳どくは甚大といわれる真言で、諸仏と光明真言によって故人様の安らかな旅立ちを祈き念ねんします。〔そうぎ〕参列者と共に仏に旅の守護を願う

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31廻え向こう東光院の葬儀では最後に、いま一度参列の方達に合掌して頂き、故人様の冥福を祈ります。ご家族やご親族にはこの祈りに参加して頂き、皆で葬儀という旅立ちの準備を締めくくります。南な無む大だい師し遍へん照じょう金こん剛ごうこれは宝ほう号ごうといい、真言密教で唱える一番短いお経です。開祖であり、故人様とは血けち脈みゃくで結ばれた祖師でもある空海様に帰依するという意味で、故人様の守護を願います。願ねがわくは此この功く徳どくを以もて、普あまねく一いっ切さいに及およぼし、我われ等らと衆しゅ生じょうと、皆みな共ともに仏ぶつ道どうを成じょうぜんことを最後に廻え向こう文もんをお唱えします。廻向とはお経を唱えるなどの修行をし、良い行ないをすることによって得た功く徳どくを他の人にさし向けることです。一粒のお米を皆で分け合うことはできません。しかし想いや気持ちは皆で分ち合うことができますし、決して分ち合ったからといって減ることもありません。この葬儀は故人様のために執りおこなわれました。それと同時に参列された方々の哀悼の想いやお気持ちはご家族を励まし、慰めて下さったはずです。私達のこれからの日々は、この葬儀のように想いを分かち合うことができ、旅立っていく故人様にも必ず廻向されるのだということを忘れずにいたいものです。〔そうぎ〕この想いをすべての命への感謝と共に

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35枕まくら経ぎょうからはじまる故人様の旅立ちの準備は、参列されたすべての方の想いを受けた焼香がおわる頃に終幕を迎えます。最後に出棺という本当のお見送りを残すのみとなります。出棺に移る前に、故人様との最期の対面をして下さい。棺の中で安らかに眠る故人様の頬に触れてみて下さい。ありし日のあたたかく、心地よい故人様の温もりはなく、驚くほどに冷たいはずです。数日前までは触れることで、あんなにも私達に安心を届けてくれていたはずのその肌が伝えるのは、いのちの灯火がいかに温かく、有難いのかということです。人は誰もがいつかは死にゆくものです。それはこの世と、いのちの理であり、逃れることはできません。あらゆる人、あらゆる動物、あらゆる物が移り変わり、変化する｢無む常じょう｣であるのだと、まざまざと感じる瞬間です。しかし冷たい頬に触れながらありし日のお姿を思い起こしてみれば、目頭が熱くなり、心に火が灯るはずです。故人様が紡いだ〝えにし〟がそこにあることを感じることができるはずです。大切な方が亡くなり、大きな不安と動揺のただ中にあったあなたの心に、故人様のお姿を捉えることができたなら、旅立ちの準備が整ったということです。いつまでも名残惜しいですが、色とりどりの生花や思い出の品などを棺に入れて差し上げましょう。想い想いの方法で故人様としっかりお別れをして下さい。感謝と哀悼を胸におこなう最期の時間です。棺と石がコツコツと最期の時を知らせる出棺の前に、釘くぎ打うちという棺に釘を打つ儀礼がございます。音が大きいですし、閉じ込めるようで可哀想と、現在では敬遠されることが多いですが、東光院では釘を打たず、一人が二回ずつ石で棺の角を軽く打つようにしています。「三さん途ずの川かわ」の川原の石を意味するこぶし大の石と棺が、皆様の寂しさを伝えるように小さくコツコツと鳴るはずです。これは故人様にとどける最期の別れの挨拶であり、旅の安全を祈念し、私達に旅立ちの時を知らせる時鐘となります。

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3840424445464748525354565860東光院の葬儀の特徴葬儀の流れ東光院がおこなうことご家族がおこなうこと戒名は必要なのか布施とは何か実際にかかる費用生花・供物について香典返し・料理・飲物どうもおかしい｢香典返し｣会葬礼状について東光院の施設について想いをカタチに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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42葬儀の流れ家族が危篤なとき等は早め早めにご連絡下さい。事前にお報せ頂くことで、私ども僧侶がお力になれることが沢山あります。元気なうちからお気軽に安置室にご安置し、ご家族と共に故人様に初めて届ける供養、枕経を行います。寺で枕花や祭壇、その他諸々はご用意致しますのでご家族は参加頂くだけで結構です。深夜等ご家族の参加が難しい場合などは、僧侶のみで行います。もちろんご自宅でも行えます。故人様にはお寺で休んで頂きます事前にお召物をお持ち頂ければ僧侶がお着付け致します。ご要望がなければ事前に仏衣にお着替えした後、ご家族と共に故人様の髭やお肌等を整え、着付けの仕上げを行います。着付けがおわれば僧侶とご家族で死化粧をおこない、納棺を行います。故人様とゆっくりとふれあえる最後の機会ですので、お子様や、親しい方々皆様でご参加下さい。思い出の洋服などがあれば持参下さい病院でお亡くなりになれば、搬送の手配を急ぐように案内されるかもしれません。ご連絡頂ければ僧侶がすぐお出迎えにうかがいます。大磯・平塚なら60分程度でお迎えに会葬礼状は参列される方々に心を込めた家族の手紙です。東光院ではオリジナルの礼状を準備いたします。僧侶がご家族に故人様との思い出や、故人様へ届けたい言葉などを聞取りさせて頂いて、文をしたためます。また遺影の編集作業も僧侶が行いますのでその準備や、葬儀の打合せをご家族のご希望を聞きながら進めます。会場で流したい音楽や、写真によるスライドショーを作るなど思い思いの送り方をお伝え下さい。葬儀の打合せと礼状の聞き取りご家族は一時間前に集まって下さい。受付などお手伝い頂くことをご説明致します。また控室もございますので無理せず休んで下さい。葬儀の打合せと礼状の聞き取り24時間、何時でも駆けつけさせて頂きます。搬送場所や方法など手配・準備致しますので病院から死亡診断書を受け取ってください。夜中でも東光院へお電話ください

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43夜遅くまで語り会いたい場合は近隣の方へご迷惑のないようお願い致します。またご家族で宿泊ご希望の方がいらっしゃいましたらお伝え下さい。無料でお泊まり頂ける仮眠室もございます。大切な夜をお過ごし下さい。ゆっくり最期の夜を過ごして下さい搬送車は故人様以外に一名乗車可能です。ご希望であれば喪主様にご乗車頂く事ができますのでお申し付けください。また基本的には僧侶が運転して先導致しますので、マイクロバス又は自家用車で後に続いて下さい。施主様は搬送車へご乗車頂けます遺骨を骨壺に納める収骨(骨上げ)は二人一組で順番に箸で骨を拾い、骨壷に納めます。収骨後は骨壷と埋葬許可証を受け取ります。納骨時に必要となるので大切に保管しておきましょう。皆様で骨壺に遺骨を納めて頂きます葬儀から精進落としまでは五時間ほど必要です。しっかりと朝食を食べないと体力が持ちませんし、お別れに集中できません。前日の睡眠と朝食は必ずと召し上がって下さい。開始一時間前に集合し、僧侶と段取りの最終確認と準備をおこないます。また東光院では特別に弔辞・弔電などの読み上げはおこないません。必要であれば事前にお伝えください。ご家族やお手伝いは一時間前に荼毘から寺へ戻ると皆様で故人様を偲んで食事をします。献盃をして頂ける方に事前に依頼をしておきましょう。これで葬儀当日のすべての儀礼は終了となります。精進落とし前には喪主挨拶と献盃を火葬場に着くと炉前でまず納めの式をおこないます。荼毘には一時間強の時間がかかります。その間遺族や同行者は控室で待機します。親族が集まっているこのタイミングで、次回の法要の日程を調整しておくと良いでしょう。お茶菓子は喪主様がご用意下さい現代では臨終後すぐに葬儀をしませんから、初七日と葬儀をおこなう日程が近いため、葬儀当日に初七日法要をおこないます。寺に戻ったらまず先に初七日法要後日お寺で打合せをします。経費精算と今後の案内

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44東光院がおこなうこと搬送車の運転初期処置ご安置保冷剤の交換火葬の手続きお着替え古式湯潅お化粧納棺会葬礼状の作成遺影の作成看板などの作成会場設営案内・司会様々な手配全体のコーディネートご遺体の搬送は僧侶が直接お出迎えします。死後の身体は刻刻と変化しますので、そのための処置をします。お布団を敷いて保冷剤による冷却と死後変化の管理をします。ご安置の間は毎日冷却効果の維持のため交換します。死亡診断書を役所へ届けて火葬許可を取得します。思い出のお召し物や仏衣などへお着替えを致します。逆さ水を利用してお身体を清拭し、クリームなどで保湿します。状況やご希望により故人様に生前の面影を戻します。ご家族にお手伝い頂き故人様を棺にご安置します。ご家族へ故人様の思い出などの聞き取りをおこない作成します。故人様のスナップ写真などから遺影を作成します。大形の葬儀看板や案内看板を作成します。本堂やホールなどの会場設営や看板の設営をします。会葬者の案内や式中の式進行、出棺の案内をします。会食や香典返しの手配や支払を代行します。葬儀にまつわる全てのことに対して目を配り、管理します。

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45ご家族がおこなうこと東光院への連絡葬儀依頼書の提出末期の水、枕経への参列東光院との打合せ古式湯潅・納棺への参加通夜への参列葬儀への参列式後の打合せ検案に向う際でも、まず初めに東光院にご連絡下さい。東光院へ葬儀依頼書を提出します。搬送が深夜等の場合は僧侶だけでおこないます。しっかり時間を取って故人様のことをお聞かせ下さい。大切なお別の準備です。ご家族皆様で参加して下さい。通夜後の宿泊をご希望の際は、あらかじめお伝え下さい。葬儀から初七日までは五時間ほどかかります。朝食はしっかりとってください。葬儀が終わりましたら、その後の諸手続きなどをご案内いたします。ご不明な点は何でもおたずね下さい。葬儀の際に東光院が貸出し可能な備品枕盛り檀セット（仏具一式）後飾り檀セット（仏具一式）葬儀後の手続きガイド

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46戒名は必要なのか戒名という普段意識をしないものがご自分の大切な方の最期の別れに必要だろうか？という素朴な疑問は、ごく当たり前であり、その様に疑問を持って頂くことは大変重要なことです。ご自身の大切な方をお見送りする葬儀というものを知って頂く第一歩だからです。第一章の引導作法の内容を読んで頂くとおわかり頂けるのですが、仏式葬儀のその実は、仏弟子になるための儀礼をおこないます。またその後の東光院での供養も東光院大過去帳という帳面に戒名を記載し、故人様を仏様と血脈という縁を結んだ弟子としてお迎えし、ご供養します。何故、仏弟子になるのでしょうか？そもそも仏様の世界はあるのでしょうか？私ども僧侶も臨終を迎え旅立った経験がございませんので、その答えはわかりません。しかし先人達はわからないからこそ、仏様の世界があり故人様が仏様に導かれ、仏様の庇護のもと安らかであれという願いを込めたのではないでしょうか。私ども僧侶も先人達と同様にそうあってほしいと願いながら、弟子として縁を結び、その安寧を願い続けているからこそ、ご家族から将来にわたって供養の重責をまかされるのです。そういう想いを胸に抱きながら、生前お世話になった故人様を思い浮かべ、ご家族から聞き取った想いや願いを形にするようにお授けするのが戒名です。あなたの大切な方を見送るのに本当に戒名が必要なのか？

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47布施とは何か病気や死への恐れ、人間関係から起こる悩みなど、人の一生にはさまざまな苦しみがつきまとうものです。ときには、自分の思い通りにならないことに対して憤り、その苦しみに振り回されてしまうこともあるでしょう。その様な苦しい生から〝苦〟を抜き〝楽〟な状況をつくることこそ〝抜苦与楽〟という仏教の本懐であり私たち寺院の存在意義です。東光院ではさまざまな活動をおこなっており、その中心には人は死後よりも生前に苦しんでいるという考えがあります。ですから死後に手厚い供養を行うならば、生前にもっともっとアプローチするべきだと思うのです。その昔は地域や家庭、人と人との関わりの中で乗り越えてきた苦しみと向き合う様々なプロセスを、現代は社会制度やサービスに置き換えてきましたが、それだけではまかないきれていません。そのような人生の苦に向き合う活動こそが東光院の中心にあります。布施とはまさにその様な東光院の活動の支援金です。お経や戒名の対価ではなく東光院の活動への共感と支援のお心で行っていただく行為ですから、戒名のランクにより変わったり、戒名を授けるか授けないかで変わったり、通夜と葬儀で何回お経をあげたかで変動したりはしません。１回のお葬儀への関わりで、目安として30万円ほどご支援いただけると幸いですが、ご家庭のご事情により調整して頂ければ結構です。戒名とは仏弟子になる際に授かる僧名であり、仏弟子になることにお金が必要なわけがありません。｢○○院××居士｣などのいわゆる院号をご希望される場合のほとんどはご先祖様がその様な戒名がついているか、ご生前に素晴らしい活動をしていたから授けてほしいというお気持ちでしょう。東光院ではその様なご希望があればご希望に合わせてお授けいたします。特に費用は必要ありません。布施とは東光院活動支援金希望にそった戒名を

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48皆さま東光院の葬儀では、実費弁償というちょっと聞き慣れない支払方式です。それは公益法人などで業務遂行に生じる費用を賄うだけを受取り、その業務から利益(剰余金)を生じないようにするという契約で、あらかじめ所管税務署長に申請して確認を受ける必要があります。簡単に言えば東光院では葬儀で営利活動ができません。本来葬送とはビジネス化されたり、過美なものではなく私たちの生活の延長ある質朴で厳かなものだという想いからこのような仕組みを導入しております。経済的な理由でやり方を変えたり選んだりするべきものではなく、故人の近しいものが手間を持ち寄りおこなうもので、他者や他地域と比べるべくもなく、できる範囲で気持ちをよせる事こそが大切です。実費弁償方式の支払い超高齢社会で故人が90歳を越えることも珍しいことではありません。故人のご友人も高齢化し、同世代の親族も少なくなりがち。コロナ禍後から葬儀参列者は減少傾向です。寂しいような気もしますが、参列者数が少ないぶん、接待の手間がなくなり、ゆっくり故人を偲ぶことが出来る様になり、各々の家族らしい葬儀が営めるようになったとも言い換えることができます。ここで一度立ち止まり私たちがどの様にして大切な人たちを送り出すのかを見つめ直してみることが必要なのかも知れません。想いをカタチに

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東光院ではご縁者様からの生花を花かごではなく、まとめて花祭壇をつくらせて頂きます。これは喪主様のご負担が減ることももちろん、何より故人様の最期を見送る祭壇を、故人様の人生にいろどりを添えてきた人々の縁が彩るということになり、故人様にとってはこの上ない喜びとなるのではないでしょうか。東光院の本堂葬での花祭壇は六万円あればお見送りするには十二分に華やぎます。ですからご縁者様やご親戚様で等分に分けてあげると良いでしょう。また東光院の本堂は花が無くても十二分に立派で荘厳です。もし命を摘むことに抵抗のある方はお花がなくても十分です。東光院ではお施主様に必ず供物として米を十キロほど供して頂きます。その米は仏様に供物として供された後｢六波羅蜜米｣として児童養護施設へ送られます。皆様が供した供物が困難な環境にある人の助けになります。故人様に捧げる最期の供物はそういう慈愛の心なのです。もちろん故人様の好物だった食べ物やフルーツなどを供して頂いても結構ですが、ぜひ供養の本来の意味である心を捧げるということを意識して下さい。それはきっと旅立つ故人様にとっても素晴しい〝縁えにし〟となり、故人様を良い旅立ちへと誘ってくれることと東光院は信じています。生花について供物について縁が旅立ちを彩る本当の供物とは52

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香典返しについて料理や飲物について縁えにしが旅立ちを彩る本当の供物とは東光院は忌明け後ではなくご葬儀当日にお返しする当日返しのお香典返しのを基本としております。そのほうが喪主様にも会葬者様にも負担が少ないからです。また人によっては頂いたお香典金額の半額相当の品物をご用意する半返しを気にされる方もいらっしゃいますが、食事のご接待を準備させていただきますし、多く包まれる親戚縁者の方のほとんどが忌中払いもご出席されますから三千円程度の品物でよろしいのではないでしょうか？東光院では卸値でお譲り致しますので、おおよそ商品価格の半分程度の千五百円程度でご用意できます。東光院で通夜振る舞いや精進落としなどの会食の食事や飲物は、地元のお気持ちのある業者様にお願いをして、必要十分な内容のものをご負担の少ない形で用意しております。それは沢山の方が来て頂ける有難い葬儀だからこそ、喪主様に金銭面で心配なく、ご縁者様と故人様を偲んで頂きたいからです。発注作業や数の確認などは全て僧侶がお手伝いします。またご家族だけ等気兼ねない方々と少人数でおこなわれる葬儀では給仕が必要なければ、出前やお弁当を手配することもできますし、ご家族で故人様が好きだったものを手料理として振舞っても良いかもしれません。53

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香典を頂いたらお返しをするのが当たり前という状況に東光院では疑問を感じています。香典は中国からの借用語で、「香こう奠でん」とも書かれ、仏教用語であり、仏教用語辞典(詳細下記)によれば、香典返しは必ず行われるものではなく、葬式を出して、香典が余った場合に行われるとされていることである。ということは、余らなければ、しないものであり、する必要がないということにもなります。昭和45年に刊行された『冠婚葬祭入門』には「香典は、他家の不幸に同情し、相互扶助的な意味もあって贈られたのですから、感謝の挨拶状だけでもよいのです」と述べられ現代のような形がもともとは一般的でなかったことを表しています。その昔、握り飯と味噌汁で隣近所が手伝い、地域で出来ることの範囲で葬儀がおこなわれていた時代。葬儀では近親者は死の忌みのため何もせず籠もり、地域の人々が葬具を作り、火葬や土葬などの実務を担っていました。こうして多くの人手は報酬なくお互い様でおこなわれましたが、食事の提供が必要であり、食品の調達はもっとも重要でした。ですから農村部の多くで香典とは米のことでした。香典とは皆が必要なものを持ち寄った相互扶助システムであり、本義は遺族の負担を軽減するために行われるもののはずでした。結婚や内祝いなどのお祝いとは違い、負担を減らすのが目的です。わたす側のもっとも重要な点は遺族の精神的、物理的、経済的負担をいかに減らすかであるべきです。香こう奠でんとは～岩波仏教辞典第三版香典とも書き、〈香こう資し〉〈香こう銭せん〉ともいう。もともと奠こうは、すすめる、そなえる意で、原義は仏前または死者の霊前に香をそなえること。またはその香物。現在では、香を買う資金または香の代品という意味で、親戚や知人がもちよる金品を意味することが多い。農村では米などをもちよることもあった。葬儀や法事で施主はまとまった出費がかかるため、まわりの者はその一部にと香奠を提供するので、仏事が終わり余りが出れば、香奠返しをする。また仏具などを買って菩提寺に寄進する。54

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それが関東では握り飯からコース料理に姿を変え、香典の半返しをして、あまつさえ会葬返礼品のタオルまでつける始末です。通常友人が参列された場合の平均的な香典金額五千円から一万円。一万円だったとしても、五千円を超える食事に千円近い会葬返礼品。さらに半返しといいながら税込五千五百円の半返しをします。残るどころか大赤字。五千円の香典の方なら尚更の赤字です。さらには五千円のカタログギフトの中身は二千円を切るものも多いのが現状です。もちろんそれにはそれなりの理由があります。発注の翌日には大量の商品を届ける必要があります。それは、ちゃんと体裁よく熨斗がされていて、会葬者の人数によっては返品が出来る。カタログギフトならば配送する仕組みも必要です。その体制を整えておくこと自体コストが掛かるのは理解できますが、皆さんが頂いた大切な方への返礼が実際はその半分の価値もないようなものに変わってゆくことに強い違和感を感じます。上記は葬儀に関する全国調査の結果です。香典で頂いた金額は結局、会葬者の飲食と返礼品でほとんどが使われてしまいます。実際には会葬者を呼べば葬儀の基本料金は跳ね上がりますので、会葬者が増えれば増えるほど葬儀は高額になり気遣いも増えていきます。現代は人が亡くなるまでに多くの費用がかかります。平均寿命が60代だった高度成長期から20年以上平均寿命が伸びた現代。所得のない延びた20年の寿命は死後の余裕を削ります。故人のご友人も皆年金生活者になります。たくさんの費用をかけて葬儀をするのではなく、遺族にも会葬者にも優しい「心にゆとりのある葬儀」を心がけてみませんか？お食事を千五百円程度のお弁当に変え、お香典を頂かないなどの方法でシンプルにしてしまうのは如何ですか？20名の会葬者も香典を頂けば20万円程接待費にかかりますが、この方法なら三万円程の費用ですみますし、年金生活者に取っても参加しやすい葬儀になります。もしくは返礼品をわざわざ価値の低い商品に変えるなら、商品券などでお返しするのも良いと思います。東光院の提案55

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56会葬礼状について東光院葬では会葬返礼品をお渡ししません。通常五百円程度のタオルなどを香典返しとは別に、会葬された方全てに礼を尽くすという意味でお渡しすることがあります。ですがタオルをお渡しするなら、心からの会葬礼状をもって礼をお返しして下さいと喪主様へはお願いしております。喪主様は参列者すべてと、お話やお礼する時間をゆっくりと取ることはことはできません。だからこそ、どの様に故人様を送り出すのかという想いと参列される方へお礼の気持ちを表現することが大切ですし、参列された故人様のご縁者様に故人様の最期をお伝えする事も大切です。ですから東光院では会葬礼状は、喪主様と会葬者にとって大変重要だと考えています。ただ葬儀という故人様をお送りする準備は大変なものです。気持ちがあっても気が動転し、頭が上手く働きません。そんなときに会葬される皆様に失礼の無い文章で、ご自身の想いと感謝を表現することは喪主様やご家族にとって大変な重荷となってしまいます。だからこそ東光院では僧侶が喪主様やご家族に聞き取りを行い、会葬礼状の原案をおつくりします。そしてお聞きした内容から戒名や諷誦文というような故人様へお授けするものを考えます。ご家族としたためる故人様への人生の賛歌

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57母は旧東京市本郷区で兄二人、弟一人の四人兄弟の長女として生まれました。兄二人を病で亡くし、本人も幼少の頃は病弱で、祖父にはよく日本全国の湯治場へ連れていかれたといっていました。そんな母でしたが成人してからは小柄なものの丈夫で、亡くなる間際まで大病をせず二月二日、九十六歳という大往生で人生の幕を閉じました。奇しくも父の命日である二月一日を迎えた翌日でした。茶道や華道、書道に手芸全般にまで通じ、嗜んでいた母。そんな昔気質の女性的な面と共に、若い頃はタバコを吸って銀座を闊歩しダンスホールに行くようなモダンガールであり、まだ海外旅行が珍しかったころにハワイまでいくような豪胆な気質も兼ね備えた人でした。父の事業の失敗や戦争など、辛いことは沢山あったはずなのですが、口にする苦労話は一つだけ。空襲警報がなるなか一人で痛みを耐えながら病院へむかい、目張りをされた真っ暗な部屋で私を産んだ逸話でした。大腸ガンと診断され手術の話もありましたが、本人が｢自然がいい。自分の力で生きられなくなったら何もしないで。｣と強く望んだため経過観察だけにとどめ、病院ではなく自宅で看取りました。二人の孫が毎晩交代で泊まり込み、最期の一息は家族全員で見送る事が出来きました。見晴らしの良い部屋で生活していた母は、空を見たり庭木で休む小鳥たちを眺めるのが大好きでした。なくなる朝には家族に囲まれながら｢朝日が綺麗ね｣と母らしい最期の一言を残して旅立ちました。若い頃に兄を亡くし、十年前には夫を亡くし、多くの友人達を見送ってきたからこそ、自分の命がつきるということをしっかりと受け止めた凜とした臨終に、私達家族は人の生と死を学ばされたような気がしました。お母さんお疲れ様でした。空襲の中で生んでくれてありがとう。喪主長女過去の会葬礼状の一例このような文に会葬への御礼が追加されます。

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60想いをカタチに葬儀とは大切な儀礼です。ですから儀礼内容を変えることはありませんが、祭壇の飾り方や会葬者への接待方法など、儀礼外の部分は、各ご家族様の気持ちを形にできるところです。皆様の精一杯お気持ちを形にして下さい。私達一人一人が全く違う人間のように、故人様を送る送り方もお一人お一人違って当たり前。悔いの無いように想いを形にして、最期の時間を故人様とお過ごし下さい。人のために生きた人でしたボランティアに熱心だった故人様の葬儀では品物をお返しするのではなく、寄付としてボランティア団体支援してみては如何でしょう。海外ではこの様な方法がしばしば採用されます。故人様も会葬者様もお喜びになられるのではないでしょうか？漫画が大好きだった娘好きだったお子様の漫画で祭壇を彩ったり、好きだったアニメを控室や会食会場で動画を流してみるのはいかがでしょうか。バンドマンの息子が歌うバンドマンだった息子様の録音した音源を流したり、ライブ映像を放映したり、思い出のギターを飾り付けもよいでしょう。漁師一筋だったから漁師だった故人様の思い出の大漁旗をご安置場所や会場へ掲げたり、出棺の際は船鐘で送り出すこともできるでしょう。料理が好きな人でした料理が好きだった故人様のオリジナルレシピを礼状に添えたり、会食ではお得意の料理を再現し出してみるのもよいでしょう。盆栽が好きだった父に大好きだった盆栽を本堂に並べ、盆栽祭壇をつくったり、好きだった庭木を伐採して本堂を彩ることもできるでしょう。歌の好きな母でした歌を歌うのが好きだった故人様のためにお別れの際に会葬者に歌詞を配って皆様と歌でお送りしましょう。

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6364656668死と向き合える僧侶でありたい自死について孤立死について頼って頂ける寺になるためにたくさんの想いに背中を押されて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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64自死について厚生労働省が公開している人口動態統計の年度別・死亡原因別で自死（自殺）は平成二十八年度で八位となっており、人口十万人中十六人強の方が自死で亡くなっています。大磯町の人口に当てはめると年間五・五人の方が自死で亡くなっていることになります。大磯町という小さな町でも、この様な悲劇が日々起きているかも知れないという事実。東光院のご縁のなかでも、この様な深い悲しみが起こっているという現実があります。大切な人方を自死（自殺）で亡くされるというのは想像を絶する悲しみでしょう。自死の場合、病死や老衰死とは別の負担が生じます。例えば病死であれば、入院先の医師が死亡を確認した後、遺族は遺体をすぐに引き取ることができます。一方、自死だと、遺体を引き取るにも時間がかかります。というのも自死者の遺体は、まず警察が死因を調べる必要があるからです。事件性がないか、つまり自死に見せかけた他殺ではないかチェックするわけです。場合によっては専門の医師の解剖を要するため、遺体が返ってくるまでに数日かかることもあります。ご家族は大変大きな心労の中、警察の元で故人様と対面し、別れの準備をしなくてはなりません。そんなお辛いときだからこそ、私ども東光院に側でお手伝いをさせて頂けないでしょうか。葬儀業者とは違い何十年後もご家族の側に居ることのできる私どもにだからこそ、検案への移送や大切なご家族のお身体の処置を手伝わせて下さい。困難な状況では、ご家族皆様でお顔を見てのお別れは難しいでしょう。ですが対面された方は、その方しかわからない苦悩をお一人で抱かれて人生を歩まなくてはなりません。その時にこそお手伝いをさせて頂いた私ども僧侶が、微力ですがお話をお聞きするくらいにはお役にたてるのではないかと考えています。故人様の移送から関わらせて頂きたいと私どもが強く思うようになったのも、この様な苦悩を抱くご家族の苦しみをほんの少しですが分ち合わせて頂きたいと考えたからです。

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65孤立死についてここでは代替する言葉が他にないために孤立死（孤独死などともいわれる）という言葉を使いましたが、決して孤立死をする方が孤独で孤立をしている訳でもありません。じつは私、東光院の住職である曉空の叔父は一年ほど前に一般的にいわれる孤立死として五十八歳の生涯をとじました。叔父は一人暮しで、あまり親族との頻繁な交流もありませんでしたが、決して孤独ではありませんでした。車好きで職場の友人にも恵まれ、頼りにされていたようでした。まだまだ若く、仕事もバリバリとこなしていたさなか自宅での急死。職場での人付き合いもあったので、発見は早かったのですが自宅で一人息を引き取りました。一番若く、体力もあり、なにより僧侶だからこそ、叔父や叔母などに行政手続きや別れの準備一切、部屋の片付け遺品整理や契約の解除などを任せて欲しいと願い出て、私が全ておこなうこととなりました。そうして始まった孤立死のお見送り。それは決して孤独や孤立といった暗く寂しいものではありませんでした。叔父はローンを組んで車を買い、部屋のには趣味のものが見受けられ、きっと叔父なりに人生を謳歌したのだろうという事がうかがえましたし、葬儀の際には多くの友人知人が参列して下さいました。そう思えたのも私自身が多少なりの知識があり、別れの準備を整えるのが生活の一部だったからでしょう。一般的には孤立死では急に警察から電話があり、検案から葬儀、遺品整理や役所の届出など、行わなければならないことが襲いかかってきます。しっかり気持ちをかけてあげたいという優しい方ほど精神的に参ってしまいます。だからこそ、そういう時には東光院へご相談下さい。すぐに駆けつけてお手伝いします。またお一人で生活されていて将来が不安な方も是非東光院へ相談下さい。一緒に考えましょう。

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66頼って頂ける寺になるために抜ばっ苦く与よ楽らくという仏教で大切にされている考え方があります。抜ばっ苦く（苦を抜く）とは、悲をあらわし、与よ楽らく（楽を与える）とは、慈をあらわします。いわゆる慈悲とは、まさにこの事をさし、仏教の基本的理念を端的にあわらしたものと言えます。「寺とは僧侶と何か？」という問いは、私が寺に生まれた時から常につきまとう命題です。寺に生まれると｢寺を守れ｣という無言の圧力を感じずにはいられません。男児が生まれれば｢これでこの寺も安泰だね｣と安堵の声を頂戴します。多くの方が無くなって欲しくないと思って頂いてる寺とは決して、本堂などの建物のことではないでしょう。ではその実はなんなのでしょう？その答えこそ慈悲の心にあるのではないでしょうか。その場所に人を楽にすることができるものがあるかどうか。皆様に安堵して頂ける寺とは、その寺に〝慈悲〟があり実際に人が楽になるかどうか。その一点が重要なのではないでしょうか。今の寺は｢寺を守れ｣という言葉にしばられ、寺を維持することを最優先に考えてしまい、本来の〝慈悲の心〟がおざなりになってはいないか？〝慈悲の心〟がない寺に存在意義など見いだせるものなのか？もちろん皆様のご先祖様が眠る大切な場所という意義はあります。ですが私達僧侶の存在意義は？読経する僧侶の心に〝慈悲〟がなければ経文の意味も無くなってしまうのではないか？

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67であるならば、東光院が今できる抜苦与楽とはどの様なものだろうか？そう考えた先に葬儀という死別の現場が目の前にありました。坊主丸儲け、葬式仏教と揶揄されて久しい日本仏教の寺院と僧侶ですが、東光院が至った答えはまさに葬式仏教でした。私達、東光院がまず始めに本気で取り組むべきなのは日本仏教が長い歴史の中で軸としてきた人の死であり、そこにこそ僧侶が取り組むべき抜苦与楽が必要とされているのだと考え至りました。旅立つ方には、死んだら終わりという〝苦〟から、旅立った後にも残された者が心よりの追悼をおこなってくれるのだという〝楽〟を、残され悲嘆にくれる方には、失ってしまったという〝苦〟から、旅立った人の縁と想いに包まれて生きているのだという〝楽〟を感じて頂きたい。またその様に〝苦〟のただ中におられる方々の隣へ寄添っていたいという想いが芽生えました。こうして徹底的に葬儀に関わる今の東光院が出来上がったのです。そして仏教では生まれること（生）老いること（老）病にかかること（病）死ぬこと（死）の生老病死という四つの大きな苦〝四苦〟があり、ついで愛するものと必ず別れること（愛別離苦）、怨み憎むものと出会ってしまうこと（怨憎会苦）、求めても得られないこと（求不得苦）、人の心と体を構成している五つの要素は苦に満ちていること（五蘊盛苦）の四つがあげられて、あわせて人が感じる苦しみを八苦と捉えています。人生に横たわるそのような四苦八苦に向合い、皆様に頼って頂ける寺であり、僧侶でありたいと思っています。

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68たくさんの想いに背中を押されてこの〝東光院の葬儀〟冊子は檀信徒の皆さんに配る葬儀のパンフレットを作ろうと取り組み始めたものでした。参考にと葬儀社のパンフレット取り寄せてみたのですが、その内容のほとんどが料金と附帯サービスの紹介に終始して、東光院が伝えたいと感じるものとは、大きく内容が異なっていました。当たり前のことです。葬儀社は臨終から葬儀が終わるまでの時間だけ、葬儀という環境を作り上げるのが仕事です。私どもは生前より故人様とご縁を頂き、ある意味で縁者としてお見送りをする。東光院がおこないたい葬儀とは〝仕事〟ではない、いえ〝仕事〟にしない葬儀という別れの形なのだと、気付かされました。臨終のお電話を頂いてからの数日間は、二十四時間体制でご遺族の元へ駆けつけ、お手伝いと葬儀の準備をさせて頂きます。ご遺族が希望すれば私達のできる事なら何でも形にします。プランも附帯サービスも費用も必要ありません。ただ有限な時間の中で、悔いの残らないようにできる事を目一杯して、ご家族にも目一杯お別れをして頂きたいのです。東光院がこの様にお寺として、僧侶として何ができるかという事を考え始めたきっかけは、平塚にある宝善院の松下住職に頂いたものでした。松下住職は私が修行をした本山の伝法学院で教鞭を執っておられていて、｢現実に今から百数十年前の明治維新前後、たった数年の間に、日本全国で半分以上の寺院が消滅しています。バブルがはじけて信じられないような巨大銀行でさえ消えていきました。寺が消滅するなど些細なことです。われわれが直面している時代とはそういう時代です｣と自坊に帰ったら持続型の寺院を目指すように教えられました。

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69またもうお一ひと方かた、長野県松本市にある神宮寺の髙橋住職にも大きな志を頂きました。まだ私が副住職に就任してすぐの頃、｢寺よ変われ｣という著書を読ませて頂き、寺院運営のヒントにとうかがった際、髙橋住職はアポ無しで失礼な若輩者に、どの様に運営し、どの様に人に寄添い、どの様に葬儀をしているのか、神宮寺のすべてを見せて下さいました。カルチャーショックでした。お寺の住職は基本的に閉鎖的でお寺の収入などを人に話したりは絶対しません。高橋住職からは徹底した抜苦与楽の姿勢と、縁えにしをむすんだ方々と共にいかに生きるかを教えていただきました。そして、なによりも多くの旅立たれた檀信徒様ひとりひとりの別れに立ち会うことで「東光院はこれでよいのか？」と問いかけられて、導かれてきたように思います。東光院でご遺体の処置や搬送を私達自身の手でおこないたいと思い始めた頃、復元納棺師の笹原さんに出会いました。東日本大震災で多くの悲しみにくれるご遺族に寄添い、状況の難しいご遺体をご家族に出会い直す機会を生み出した人でした。僧侶より抜苦与楽を遂行する笹原さんからはご遺体との向き合い方と、その想いを授けて頂き、｢どんな状況でも遺体袋を開くことから始めなさい。あなたたちならできる｣と最後の一歩、背中を押して下さいました。そうした出会いと想いに支えられ、この冊子は誕生しました。足りないところは沢山あろうかと思いますが、これが今の東光院です。ですがどうぞ、これからも皆様と共に歩ませて頂ければ幸いです。東光院住職二十九世大澤曉空

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この冊子は趣旨に賛同して協力してくださった多くの友人達の協力なくしてつくることはできませんでした。撮影の際にご遺体役を引き受けてくださり、ご両親まで撮影に参加して下さった坂間暢子さん。仕事が終わってから毎日のように遅くまで過密スケジュールでイラストを描いてくださった上田碧さんと細井藍子さん。撮影への参加と文章の校正を手伝ってくれた多くの友人達。ここで心からの感謝を申し上げます。皆さんのように若く熱く心ある友人達が「葬儀」や「死」という避けられがちですが大切なものに、真剣に向合って協力してくださったことは、私達東光院に携わるものにとってこの上ない幸せでした。本当にありがとうございました。またお寺で葬儀のすべてをおこないたいという想いを抱き、歩を進めることができたのも、旅立たれた東光院のご縁者様の導きだと感謝しております。そしてなにより東光院の今を支えてくださっている檀信徒の皆様と地域の皆様に心よりの感謝を申し上げます。ふるいしょうくう東光院古井昇空2019年3月8日第1版2000部2024年12月18日第2版2000部

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