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人と組織の可能性を発見する研究誌
理念経営実践2026
AUTUMN
10-12
Vol. 19
Labo
イトーヨーカ堂
今に生かす創業精神

Contents
Vol.19
AUTUMN 10-12
『 [ 実践 ] 理念経営 Labo 』とは
私ども PHP 理念経営研究センターは、複雑化する環境においても企業や組織が活力を持って高品質な商品やサービスを創出し、持続的な発展を遂げていくために、新たな理念経営のあり方を追求することを使命として 2020 年に設立されました。この使命はパナソニックグループ創業者で弊社 PHP 研究所創設者でもある松下幸之助の「思い」から発しています。『 [ 実践 ] 理念経営 Labo 』は、 PHP 理念経営研究センターの情報発信の場として刊行するものですが、本誌を生きた「理念経営の研究室」とし、より先端的な課題への取り組みに挑みたいとの「思い」があってのことです。理念経営に挑戦している経営の現場を現代的見地にもとづいて取材し、理念実践の新たな指針を創出することを目指して誌面づくりに尽力していきたいと考えております。
編集責任者渡邊祐介編集主幹川上恒雄編集長會田広宣編集スタッフ的場正晃/長尾梓/髙橋久実子/高瀬浩平制作・普及協力池口祥司/大谷泰志/下宮康平/関大智/押条征一郎/小林円/川口宝馬デザイン・制作朝日メディアインターナショナルお問い合わせ PHP 理念経営研究センター〒 601-8411 京都市南区西九条北ノ内町 11 kenkyu 1@php.co.jp
PHP 理念経営研究センターのウェブサイトでは、本誌バックナンバーほか、誌面内容がよりよくわかる特別動画をご視聴いただけます。動画は随時追加予定。最新情報はメルマガにてご案内します。
特集今に生かす創業精神
【 Interview 】 4 原点に立ち返りお客様に誠実を尽くす創業理念を原動力として推進
イトーヨーカ堂代表取締役会長兼社長
【特別対談】 8 商いのこころイトーヨーカ堂社長(当時)伊藤雅俊PHP研究所所長(当時)松下幸之助
真船幸夫
【専門家解説】 12 ヨークベニマルとイトーヨーカ堂響き合う理念経営商売の基本を徹底する
法政大学名誉教授
Series
【松下幸之助経営塾
矢作敏行
志の実践】 14 人を幸せにすることが自分の幸せに入社 4 年で旅館支配人を任され経営のやりがいを知る
プリスリゾート取締役総支配人
熊谷穂乃美
【松下幸之助研究レポート】 18 幹部やリーダーをどう育てるか松下電器の「経営研究会」から考える
PHP 理念経営研究センタープロジェクトリーダー
高瀬浩平
【経営学から考える人と組織】 22 フォロワーの知と力を引き出すリーダー・管理職の役割と育て方滋賀大学教授小野善生
【ゲーム体験会レポート】 26 君も社長になろう!
遊んで学ぶ経営のコツ、人生の要諦
28
【生涯現役研究会】
ネッツトヨタ南国シニア人財活用で実現する「全社員の人生の勝利」
【 BOOKS 〈知をひらく〉~経営の着眼点~】 30 現場感覚を持った「攻めの経理」のすすめ
大阪大学名誉教授
宮本又郎
写真提供:イトーヨーカ堂
©PHP Institute, Inc. 2026 All rights reserved

[特集]今に生かす創業精神
「“老舗”といわれるところが、経営の行きづまりに陥ることがある。そういうところは、正しい経営理念をもたないかというと決してそうではない。むしろ、どこにも負けないような創業以来の立派な経営理念が明確に存在しているのである。しかし、せっかくそうしたものをもちながら、それを実際に適用していく方針なりやり方に、今日の時代にそぐわないものがあるわけである」(松下幸之助『実践経営哲学』)
正しい経営理念や創業精神が現場で生かされないとき、どうすればいいのだろうか。本特集では、事業環境が変化する中、原点に立ち戻り、今に生かすことの大切さを考えていきたい。

Interview
原点に立ち返りお客様に誠実を尽くす創業理念を原動力として推進
株式会社イトーヨーカ堂代表取締役会長兼社長真船幸夫
まふね・ゆきお* 19 5 7 年生まれ。早稲田大学卒業後、’ 8 0 年にヨークベニマル入社。商品企画室長などを経て、 2 015 年からヨークベニマル社長、’ 24 年から会長。’ 25 年イトーヨーカ堂会長に就任。’ 26 年 3 月からイトーヨーカ堂社長も兼ねて現在に至る。
株式会社イトーヨーカ堂
本社:東京都品川区/創業:1920 年/事業内容:小売業
2026 年 2 月期決算で、 6 年ぶりに最終黒字に転換したイトーヨーカ堂。ヨークベニマル(福島県郡山市)での経験を生かすべく、 2025 年 3 月からイトーヨーカ堂の経営を任された真船幸夫氏に、これまでの軌跡と思いについて聞いた。
取材・構成:平林謙治写真:小池彩子
30 数年ぶりのヨーカ堂現場で感じた変化
イトーヨーカ堂出身ではない私が当社の会長に就任して 1 年半、さらに社長を兼務して半年が経とうとしています。振り返ると、その長さ以上に濃密な時間を過ごしたからか、
実感ではもう何年もここにいるような気がしてなりません。そもそもイトーヨーカ堂で働くのは今回が初めてではなく、実は 2 回目です。前職のヨークベニマル時代に同じグループのイトーヨーカ堂へ出向し、 1989 年から4 年間、米国シアトル事務所に駐在しました。東京本社の出先として、主に水産部門
で現地の情報収集にあたったのですが、ヨークベニマルの現場では精肉担当だったので、水産ビジネスや魚のことはまったくわからない。アラスカの漁場へ通い、一から学ばせてもらったのは実に得がたい経験でした。イトーヨーカ堂の“中”に入ったのは、そのとき以来 30 数年ぶりの 4 [実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN

特集今に生かす創業精神
ことです。率直に申し上げると、「懐かしい」というより、「ずいぶん変わってしまったな」というのが偽らざる第一印象でした。組織の体質も、現場の雰囲気も、私がお世話になった最盛期の頃のイトーヨーカ堂とはかなり違うと感じました。一方で、現場に根付く誠実さは今も受け継がれていると思いました。ご存じの通り、イトーヨーカ堂は 1973 年に、当時はまだ福島県、山形県内だけで展開していたSM (スーパーマーケット)のヨークベニマル(旧・紅丸商事)と業務提携をしました。それはイトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊さんとヨークベニマルを興した大髙善雄さん、 2 人の信頼関係によるところが非常に大きかった。伊藤さんは創業の理念として「信頼と誠実」「おかげさま」という感謝の心を語り、大髙さんは「 1 人のお客様に誠実を尽くせ」と説きました。表現は違いますが、本質的な考え方は一緒でしょう。 2 人の商売の原点に「お客様のために」という共通の思想があったからこそ、両社は業務提携に至り、互いの成長・発展にもつながったのだと、私は理解しています。実際、久しぶりに訪れたイトーヨーカ堂では昔と変わらず、「信頼と誠実」の理念や「おかげさま」の精神が脈々と語り継がれていました。しかし、語り継がれているだけで、それが現実のビジネスに落とし込まれていない、創業精神を改めて実践につなげる必要があると感じました。着任した際、私が「変わって
しまったな」と感じた一番の原因は、そこだったのです。
お客様のために何ができるのか他責を自責に改める
うたお客様起点、お客様最優先と謳っ
てはいるものの、じゃあ本当にお客様を見てお客様のための商売に徹していたかというと、当時は必ずしもそうではなかった。だから、イトーヨーカ堂は「お客様からご支持いただけなくなった」のです。
どうしてここまで業績不振に陥ってしまったのか。課題や背景はいろいろと考えられますが、何よりも直視すべきは「自分たちがお客様にノーと言われたから」だという単純明快な現実。それに尽きるといっていいでしょう。
ところが、業績が悪いのは「競合店ができたから」だとか、「景気のせい」「インフレのせい」と言って、責任を転嫁していた。社内でも、皆が一枚岩になって難局を乗り越えるどころか、「商品が悪い」「いや、販売が悪い」と自分以外の誰かのせいにする。いわゆる他責の風潮が組織にはびこっていたと感じています。もちろん、多くの社員が真摯に努力してきたことは言うまでもありません。
実は競合店ができるのも、自分たちの側につけ入るスキや甘さがあるからにほかなりません。顧客評価が万全でないから、「イトーヨーカドーより競合店のほうがいい」となりやすい。見方を変えれば、それはまだまだ伸びる余地があるというこ
とです。むしろ成長のチャンスととらえるべきだと、私は繰り返し訴えてきました。
もちろん競合店が来ると現場は大変です。正直、嫌なものですよ。だからといって、それを業績不振の言い訳にしていては、改善は望めません。大切なのは、他責を自責に改めて、日頃からお客様が離れないように、より魅力的な提案を、商品を、接客を自分たちで磨き続けていくしかないということです。
実際に競合が出店してからでは遅い。慌てて施策を打っても、後手後手に回ってしまうだけです。私は前職から、こう言い続けてきました。「勝負は競合店ができるまでに決まる」のだと。
だからこそ、今そこにいるお客様のために何ができるかを絶えず問い続けなければならない。その原動力となるのが、当社に受け継がれる「信頼と誠実」「おかげさま」の創業精神です。ヨークベニマルで育った私自身も違和感はまったくありません。先述の通り、両社の商売の根本は「お客様のために」で方向性が一致していますので。
「野越え山越えの精神」創業の教えを叩き込まれた
東京の大学を卒業後、 U ターンしてヨークベニマルに入社したのが 1980 年。当時は、「長男は親の面倒を見るべし」というような昭和の価値観がまだまだ強かったんです。
特に私の場合は中学時代に父を亡くし、母ひとりだったもので、地元
[実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN 5

ちゅうちょの郡山に戻ることに躊躇はありま
せんでした。あの頃、地方で就職しようと思うと選択肢は相当限られていましたが、両親が青果店を営んでいたこともあり、商売の道に入ったのは、ある意味自然の成り行きだったかもしれません。
ヨークベニマルは東証 2 部上場を果たした頃で成長の真っ只中。大型店の新設に向けて、 200 人規模の大量採用が数年続いていた時期にあたったことも、私にとっては幸いだったと思います。
新入社員は全員現場からのスタートで、私が配属されたのは新店舗の精肉担当でした。これがなかなか売れない店で、最初は大変でしたよ。
ただ、新人でも自分で発注し、自分で仕入れた肉を自分で加工して商品にする。そういうことを任せてくれる環境だったので、厳しいながらも、仕事の面白さはすぐに感じられました。
目の前でお客様が商品を買ってく
れたり、自分なりの工夫が数字に直
だいごみ
結したり、小売業ならではの醍醐味
にやりがいを見出した当時の経験は今も私のベースになっています。
もちろん、「お客様のために」という思いや考え方の部分についても、若い頃からみっちりと叩き込まれました。
先述した「 1 人のお客様に誠実を尽くせ」という創業者の教えを、ヨークベニマルでは「野越え山越えの精神」と呼びます。創業当初、お客様が店に来ないので、創業者夫人の大髙さたさんは自転車に商品を積み、野越え山越え、行商に出まし
た。ところが、 10 軒訪ねても 20 軒訪ねても、商品を見てさえくれません。ようやく 25 軒目で声をかけられ、商品を見てもらえたとき、さたさんはもうそれだけで感激して涙を流したそうです。
イトーヨーカ堂の理念とも相通じるヨークベニマルの創業精神は、このエピソードに由来します。 1 人のお客様と出会うのに、本当は何十軒も訪ね歩かなければならない。目の前の 1 人のお客様を 25 人のお客様の代表と考え、 25 軒訪ねたつもりで誠実の限りを尽くそうと。
そうすれば、それまで週に 1 回しか来店しなかったお客様が 3 回来てくれるようになるかもしれない。お昼しか来なかったお客様も朝、昼、夕と 3 回来てくれるかもしれない。お客様は 1 人でも、“客数”は 3 にできるわけです。自分たちの心がけ一つで顧客は創造できる。ドラッカーを引くまでもなく、前職ではそれを実地で学ばせてもらいました。
トヨタのカイゼンとの出会い「見える化」の効用
とはいえ、私ひとりでは何もできません。入社した頃、すでにヨークベニマルではパートさんが店舗運営の主力でした。地元の主婦をはじ
め、女性の力を活かすスタイルにいかじちはやく舵を切っていたのです。
売り場のマネジャーとして彼女たちとチームを組んだとき、その現場力の高さには本当に驚かされました。環境を整えて意欲を引き出せば、人はここまで活躍できるのかと。
マネジャーを経験してから、一度人事部に異動しました。商売の現場を離れるのは正直不満でしたが、そこであるプロジェクトを任されたのを機に、女性活躍推進の大切さをより深く知ることになるのですから、人生何が功を奏するかわかりません。そのプロジェクトとは、テンポラリーセンター(現パソナ)とのジョイントで、福島に人材派遣会社を立ち上げるというものでした。パソナ創業者の南部靖之さんが同社を興したのは、学習塾を経営していたとき、生徒のお母さんたちと話してみると、意欲もスキルも高いのに時間の制約があって働ける場所がないと。そこに気づいたのが、人材派遣を始めたきっかけだそうです。私もそのプロジェクトに携わるまで、優秀な女性人材が地方にこれほど多く“埋もれている”とは思ってもみませんでした。不明を恥じると同時に、その能力を活かすことに社会的な意義を感じ、一時は会社を辞めてそちらへ進もうかと本気で思ったほどです。女性に限らず、人は誰でも無限の力を持っている。それをつくづく実感した経験がもう一つあります。忘れもしません、あのトヨタの“カイゼン”との出会いです。出会いの場は、奇しくもイトーヨーカ堂。当時、イトーヨーカ堂で豊田自動織機様からトヨタのカイゼン活動の手法を学んでみようとなったのです。ヨークベニマルでもそれを学ぶために、当時販売事業部長だった私の部下を店舗に派遣したのですが、クルマづくりの手法がはた 6 [実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN

特集今に生かす創業精神
して小売りの現場に通じるのか、最初は半信半疑でした。目からウロコが落ちたのは、「見える化」の効用です。
たとえば、現場に“基準”となる線を一本引くだけでいい。その線を越えたり、外れたりしたら異常だと、誰でも問題が見えるようになるでしょう。われわれの現場にはそうした基準がなく、見える化ができていなかった。基準を持つことで、人は問題に気づき、自ら考えるようになります。能力が引き出され、どんどん成長していくんですね。
心の教育に力を入れてお客様から選ばれるように
つまるところ、会社の成長とは、そこで働く一人ひとりが成長することでしか実現できません。だからこそ、リーダーは人の力を信じて引き出さなければならない。「リーダーシップとはメンバーシップを引き出すこと」だとよく言われますが、私自身もキャリアを重ねるほど、その真意がより深く腹に落ちるようになってきました。
イトーヨーカ堂でも、今年度から人財教育への積極投資を進めていきます。これまでも各種研修などは実施していましたが、それは業務に必須の知識やスキルを教える、いわば定量的な教育でした。くわえて今後は、定性的な“心”の部分の教育にも力を入れ、より根本的な人としての成長を促していきたいと考えています。
その一環として、創立 120 周年を
迎えた公益財団法人修養団が提供す
る「みそぎ研修」(伊勢神宮内を流
いすず
れる五十鈴川での水行を含む講習
会)に、今年から GM(ゼネラルマネジャー)以上の幹部が全員参加しています。心の教育を尊ぶ修養団の活動には、渋沢栄一さんも深く共感し、同団体の顧問を務められました。ちなみに、ヨークベニマルでも 50 年以上前から修養団の研修を社員教育に取り入れています。
当社も 2026 年 2 月期決算(通期)で 6 年ぶりの黒字転換を果たし、ようやくこうした取り組みができる環境になってきました。これは私が着任する前に、山本哲也前社長のもと、社員全員が大変な苦労をして進めた構造改革の成果以外の何物でもありません。
われわれは改革を仕上げ、さらに次のステージへと進まなければならない。ビジネス面では、向こう 3 年をめどに GMS(総合スーパー)から食品で勝負する SM への業態変更を加速させます。「やはりイトーヨーカドーでなければ」と、もう一度お客様から選ばれるように、まさに“生まれ変わる”のです。それができて初めて、復活への道が見えてくるのでしょう。
創業精神を語るだけでなく現実のビジネスに落とし込む
本来、小売ビジネスにおいて「本部」と「店」は車の両輪、その共同作業が顧客満足を生み出すわけですが、以前のイトーヨーカ堂はそうなっていませんでした。
「他責を自責に改めて、より魅力的な提案を、商品を、接客を自分たちで磨き続けていくしかない」と真船氏
店側は“やらされ感”が強く、本部ばかりを見て仕事をする。冒頭触れたように、お客様を見てはいなかったんですね。本部にもやらせている意識が少なからずあり、両者の信頼関係が崩れていたことは否めません。一方で、それぞれがお客様のために懸命に取り組んできたことも事実です。
その信頼関係を修復し、組織をもう一度一枚岩にするために、私が果たすべき役回りは何か。自問自答する毎日ですが、今大切なのは、創業者が遺してくれた「信頼と誠実」「おかげさま」の心を、ただ言葉で語り継ぐだけでなく、具体的な行動
や仕組み、組織のあり方として現実のビジネスに落とし込むことではないでしょうか。それが現場に基準をもたらし、人の無限の力を引き出すことにもつながると、私は確信しています。
思えば、郡山へ U ターンした 40 数年前、まさかキャリアの集大成を東京で迎えることになるとは想像すらしていませんでした。しかし、今回の挑戦は片道切符。生活の基盤も移しています。不退転の覚悟もないトップに、会社は変えられませんから。 L
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特別対談
商いのこころ
イトーヨーカ堂創業者・伊藤雅俊氏(当時 55 歳)と松下電器(現パナソニック)創業者・松下幸之助(当時 84 歳)の対談記事が、『 Voice 』 1979 年 12 月号に掲載された。「商いのこころ」をテーマに、企業の存在意義や使命、正しい商売について熱く論じ合っている。
写真:PHP 研究所
イトーヨーカ堂社長(当時)伊藤雅俊(左)いとう・まさとし*1924 年、東京生まれ。横浜市立横浜商業専門学校(現在の横浜市立大学)卒業。’56 年に羊華堂の社長となり、本格的なチェーンストアを志す。’ 58 年、ヨーカ堂を設立。’ 71 年、社名をイトーヨーカ堂に変更。デニーズジャパン、セブン - イレブン・ジャパンの設立者でもある。 2 0 2 3 年、逝去。
PHP研究所所長(当時)松下幸之助(右)まつした・こうのすけ*1894 年、和歌山生まれ。 9 歳で単身大阪に出て、火鉢店、自転車店に奉公ののち、大阪電燈に勤務。 1918 年、松下電気器具製作所(’ 35 年、松下電器産業株式会社に改組)を創業。’ 4 6 年、 PHP 研究所を創設。’ 79 年、松下政経塾を設立。’ 89 年、逝去。
問題あるところ市場あり
松下伊藤さんが、新しくスーパーを始められたのは、何年からですか。伊藤昭和 35(1960)年ですので、ちょうど20 年になります。松下 20 年にして今日の姿になっ
ているんですね。早いですなあ。伊藤 35 年のときは1 店舗でございました。松下しかもなかなか手がたく、無理なくやっておられるので、感心しているのです。いま、お店に 3 万の人がおられるそうですが、年齢は比較的お若いのでしょうな。伊藤はあ、まだ若うございます。
平均年齢が26ぐらいです。松下そこにひとつの強みがありますな。これだけ大きくやっておられて、しかも若い方が多いということは、発展性が非常に強いということですからね。伊藤いや、社員については、大きくなっただけに反省しなければならないことがいろいろあると感じてお 8 [実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN

特集今に生かす創業精神
ります。ただ、たしかにマーケットはまだいくらでもあるような気がい
あまじゃの邪
たしますね。私は、ちょっと天く鬼かもしれませんが、何か問題があ
るというと、人はよく政治が悪いとかなんとかおっしゃいます。しかし私は、問題のあるところにこそマーケットがあるのではないかという感じがしてますね。そういう点では、わりあいと楽観主義なのかもしれません。松下いや、あれだけ急速に伸びておられる、しかも非常に堅実に利益をあげておられるということから考えて、一面に、いまおっしゃった大胆で楽観的な見方を持っておられると思います。そういうところに私は、伊藤さんのすぐれたところがあると思いますな。肩いからしてやっているのではない。余裕しゃくしゃくとしたものを持ってやっておられる、という感じがしますな。伊藤いえいえ、新しい仕事もだんだんふえておりますし、とてもそんな余裕は……。私は、仕事というものは、やはり、あたりまえのことをあたりまえにしていかなくてはいけないんじゃないかと思っているんです。食べるものでしたら、味に気をつけなくてはいけないし、値段に気をつけなくてはいけないというように。松下特にむつかしいことを考えなくてもいいというわけですな。伊藤いつも松下さんがおっしゃっている素直なものの見方ということですね。しかし、それがなかなかできないんですね。基本になる簡単なことがわりあいとできないで、むつ
かしく考えてしまう。松下いや、われわれもなかなかそれができないんです。
自分に大きな使命がある
伊藤やはり自分中心になってしまうんでしょうか。私、松下さんに一つお聞きしたいのですが、お若いときに松下電器の綱領をおつくりになりましたですね。私自身も、松下さんの綱領みたいにご立派なものではありませんが、 3つの社是を持っているんです。 1つは、お客さんの上に成り立っているんだ、それに対して誠実な企業でありたいという考え方。それから、一緒に働いている従業員のことをまず考えなくてはいけないということ。 3 番目は、自分たちだけで成り立っているのではなくて、地域社会の方々とかお取引先様とか、いろんな方々にお世話になって、成り立っているんだ、ということ。そう考えまして、朝礼などでよく話をしているわけですが、毎日毎日やっていないとだめでございますね。松下さんは、そういう哲学を広めるということをどんなふうにおやりになったわけでしょうか。私どもでも、だんだん会社が大きくなるにつれて謙虚な気持ちがうすれつつあるのではないかと大変気になるのですが……。松下大事な問題で、われわれもそうですが、まあ永久にそういう気がかりな状態が続くんではないでしょうか。これで全く安心だという状態は、ないですな。
伊藤松下さんでもございませんか。松下ええ。伊藤それをいつも心がけていればいい、まだ気づいているうちはいい、というわけですか。松下そう思いますな。やはり事業を続けていく過程では、あなたがいまされているような心配、悩みがいろいろと出てきますよ。私は、仕事を始めて5 年なり10 年たったころ、同業者がたくさんあり、その同業者が痛手をこうむるわけですな。競争に負けるわけです。それが大きな悩みでしたね。自分が負けるわけにはいかんでしょう。やはり、一生懸命にやって、自然競争になりますワ。意識的に競争せんでも、知らん間に競争になっているわけです。それで、こちらはうまくいっている、向こうは倒れるということもありますわね。昔で、今よりもっと中小企業の多いときですから。そうすると、一面には勝った喜び、発展していく喜びを味わうと同時に、また一面には、同業者が左前になっていくというのが非常に気になったものです。おうおうそれで怏々として楽しまなかったという感じがありましたな。そういう時代が、 1 0 年ほど続いた。その後で、ふとした拍子から、そういう問題にとらわれておってはいかん、自分にはもっと大きな使命があるのではないか、ということを考えてみたわけです。そう考えているうちに、ふっとヒントを得まして、それからはもう苦にせんようになったんです。つまり、自分のやっていることは
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正しい。別に無理に先方さんをつぶすとかいうような意識は全然ない。共存共栄でいい。しかし、やる以上は、新しいものをつくらないかんし、つくった以上は、それを一生懸命売らないかん。その結果、先方が弱るということが起こったとしても、それによってもっと多くの人々に喜びを与えているということを考えたら、そんなことにとらわれる必要はない。そういうことが、だんだんわかってきたんですワ。それから非常に勇気が出ました。それでもう、その悩みは卒業してしまった。伊藤それは松下さんがおいくつぐらいのときですか。松下そうですな、あれは、いまからざっと50 年ほど前ですから30 代のときですな。伊藤はあ、そうですか。松下さんのお年というのは、私どもからすると、 20 年ずつ先にやっておられる(笑)。そこが違うところではないかと思いますね。私も小さな店からやりましたものですから、いま、大型店と小型店が競争するというのが、ほんとに気持ちが痛むときがあります。ただ、私ども小売り業は何のためにあるのかというと、やはりお客さんのためにあるんじゃないか、その出発点を忘れないようにしようと思っているのですが……。
悩んで悩んで……
松下まあ、そういうところによりどころを求めていかれたら、そこに正当性が出てくるわけですよ。そうするともう悩む必要はない、という
ことですな。私も、まあそういうふうなことを考えたわけです。そう考え出してから、その間に戦争もありましたが、自分でも驚くほど発展しましたね。伊藤人間というのは、ある程度力ができてきますと、力で押し切ろうというような考え方が出てまいりますね。人間の愚かさというのでしょうか。そういうようなことから私は、会社を大きくすることがほんとにいいことなのかどうかと、悩むときがあるわけです。いろいろな方々にお聞きしてますと、「社会に支持されたということによって大きくなるのなら、伊藤さん、大丈夫じゃないですか」と言われるわけですが、しかし、うっかりすると、大きくすること自体が目的になってしまうようなことになりがちだと思うんです。松下さんのご本を読んでみますと、松下さんはそういうことを常に戒めておられる。そこら辺は、お若いときのお母さんのお教えか何かあるんでございますか。松下いや、そういうことはありません、自分で悩んだ結果ですな。伊藤正しいことは何かと考えられたわけですか。松下まあそうですな。自分のやっていることがまちがっていないかという、自己検討をしてみて、自分のやっていることは正当だ、だからやるべきことをやろう、それを悩んでいるということはいらんことに気をつかっていることだというような感じが、だんだん出てきたわけですね。もっとも、どんな商売でも、すべての点にいいということはないで
すな。何か長所があるけれども、欠点もある。だからこれからは、やはり人間の問題ですな、早くいうと。人間観の問題ですな。そういう問題に三べんや四へんは突き当たらんといかんと思うんですよ。仕事がうまくいっているのに違った段階において悩むということがね。伊藤私も、新しい店を出すときに、反対なさる方もあるし、いろいろある。私が真っすぐに言ったことが、相手に真っすぐとられないときもあります。そんなことからよきご縁ばかりではなくて、悪いものも必ずうらはらにくっついているもので、これはもうしようがない。そういうようなことを、私どももちょっと考え始めてきているんですが……。松下そういう悩みをお持ちになるということは、私は非常にすばらしいことだと思いますな。というのは、そういうお考えを持たれることは、常に反省しておられる証左だと思うんです。ところが、そういうことをせん人がありますもんな、悩みを感じん人が。伊藤全然反省なさらない方がいらっしゃいますね。松下まあ、そういう人は、例外で、普通の良心を持っている者は、大体、そういう悩みを、一度や二度はしてますよ。それをまた悩み通していたらいけませんがね。一定期間たったら、その悩みは卒業しないと。そして新しい使命感をつくらないかんです。私の過去の歴史からいうと、そういうことは三度ぐらいありました。 10 [実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN

特集今に生かす創業精神
人材とはいったい何か
伊藤そこで一つお伺いしたいのですが、“人材”というのはいったい何なんでしょうか。私どもの会社にも、最近は学校の成績が優秀な頭のいい人も、少しは入ってまいりましたが、そうなりますとなにかあぜ道に立っている人ばかりで、たんぼの中に入らない人がふえてきているような気がするんですが……。松下人材というのは、その店に適合する人が人材であって、人間として立派だから人材とは言えないですな。しかし、会社が大きくなってくると、いままでは来なかったような人も来るようになりますからな。それで、いわゆる人間的に立派な人が来るかわりに、統御はむつかしくなる。伊藤そうですね。私、いつも思うんですが、母親の知恵と頭のいい女の人の知識とは、どっちが正しいのかなという感じがするんです。もちろん知識のある人は必要ですが、私どもは、全部がそんな高級な仕事ばかりではなく、お店の中でお客さんに温かい気持ちで接する人のほうが大事なわけです。会っていて何か温かさを感じる人のほうが会社の財産のような感じがして、知識とか知能とかのすぐれた人が必ずしも人材とは言えないような気がするんです。それともう一つは人を引っ張っていかなくてはいけないとは言いながら、あんまり戦争中みたいな強引に人を引っ張っていく人も、どうかということですね。そういう人の下で
は、みんなが喜んで働かない。自分な。ところが、うっかりすると、のものをなくしてしまってまで働い言って聞かさんならん人が逆に言っているような人がいる。それも何かて聞かされないといけない立場に違うのではないかという感じがする立っているかもわからん(笑)。人ときがあるんです。間というのはやはり謙虚ということ松下ですから、あんまり才人が集が大事ですな。社員でも、謙虚に勉まっている会社は、発展しないです強する人は、まあ間違いないですもな。んな。伊藤そうでございますね。私はむ伊藤私、仕事をしていて思うのでしろ、温かさとか、そういうものがすが、他人さんが持ってきてくださ大事な時代になっているような気がる仕事のほうが、自分の能力よりはするんです。るかに多いと思うのです。ですか松下いまそれが非常に大事でしょら、いろんな人の引力に引っ張られうな。て自分があるのだという気持ち、あ伊藤それと、私はおそれを知らなりがたさとか、そういうものがなくい人はこわいなと思うんですが、おそれを知らない人が最近は多くなってまいりましたね。松下それが一番こわいですよ。伊藤私はそういう人を見ると、なにかおぞけが出るような感じがするんです。私の母は、商人の娘でした。そんなに頭はよくなかったけれど、まじめにお客さんに接していました。昔は食べていくことに真剣だっただけに、おそれを知っている人が多かったような感じがするわけです。近頃はいろいろな人間の苦しみが減ったものですから、おそれを知らない人間がだんだんふえてきてしまい、こわいような気がいたします。松下おそれも知らんし、ありがたさも知りませんな。伊藤ありがたさも知らないということが、感謝を知らない人間をつくりますしね。松下そういうことを、やはり始終だれかが言って聞かさないかんです
なったときに、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』ではないですが、自分の上からプツンと切れてしまうのではないか、という感じがするのです。商売でも、感謝とかありがたみとか、そういうものを忘れたときに、お客さんの信用がバタッとなくなるのではないでしょうか。私どもは不特定多数のお客さんだけに、よけいそう思います。ですから、お客さんからお小言をいただいても、それに対して常に謙虚に対応する、そういう社風だけは守っていきたいなという感じがするわけです。松下あなたのそういうお考えは、あなたの一つの性格でありもしますから、非常に結構なことですね。性格というのは変わりませんから。伊藤守っていきたいなとは考えているんですが、大勢になりますと、なかなか簡単にそうはいきません。ですから、大きくなるということは、ほんとにこわいことだなあと感じているんですがね。 L
『 Voice 』 1979(昭和 54)年 12 月号の掲載記事を一部編集して再録
くも
[実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN 11

専門家解説
ヨークベニマルとイトーヨーカ堂響き合う理念経営商売の基本を徹底する
真船幸夫会長兼社長が身をおいたヨークベニマルとイトーヨーカ堂。その深いつながりはどんなところにあるのだろうか。流通業界に詳しい矢作敏行氏にうかがった。
写真提供:矢作敏行氏
法政大学名誉教授
矢作敏行
やはぎ・としゆき*1945 年生まれ。’69 年国際基督教大学教養学部卒業後、日本経済新聞社に入社。日本経済新聞・日経流通新聞(現・日経 MJ)記者を経て、’ 90 年法政大学経営学部教授(流通論)、 2016 年現職。同大学イノベーション・マネジメント研究センター「流通産業ライブラリー」創設者。商学博士(神戸大学、論文)。『コマースの興亡史』(日本経済新聞出版)など著書多数。
当たり前のことを当たり前に原点回帰で組織を強化
ヨークベニマル創業者の大髙善雄と妻さたは、困難に直面したとき、基本に立ち返ることを心がけていました。ヨークベニマルには「野越え山越えの精神で、 1 人のお客様に誠実に尽くせ」という創業精神があります。 1 人のお客様は多数の代表であり、誠実を尽くすとは商売の基本を徹底することであると。
また、創業精神を実行する行動指針「ヨークベニマル 12 章」第 1 章には「商売はお客のためにあるまずお客の利益を考えよ」と、お客様にとって有利な商売をすることが大切だと説いています。
ヨークベニマルには 4 代目社長、大髙善興(善雄の三男)が定めた「商売の基本 4 項目」があります。
それは、明るく元気な挨拶、清潔な売り場、鮮度と味の追求、品切れのない売り場の 4つです。言い換えると、しっかり接客サービスし、売り場環境を改善する。おいしいものを欠品なく、豊富な品揃えを心がけるというもので、つまりは「当たり前のことを当たり前にすること」が大切なのです。ヨークベニマル最初の経営危機は 1970 年代半ば、大店法※1 が施行された直後、東の西友、西のダイエーと称された大手資本が相次いで郡山に進出してきたときです。創業者夫妻の善雄・さたは引退していたのですが、陣頭に立って、心の美化、商品の美化、売り場の美化に努めました。毎朝、店に通って雑巾を手にトイレを掃除し、お客様に「おはようございます」と元気に明るい挨拶をしました。創業精神を思い起こし、心のこもった接客や清潔
な売り場、鮮度のよい商品の提供を心がける。すると次第に客足が戻ってきたのです。そして1970~80 年代にかけて急成長を遂げ、全国有数の優良食品スーパーと名をはせるようになります。しかしバブル崩壊後の1990 年代、イオンなど大型ショッピングセンターの出店攻勢を受けたこともあり、 1998 年に一時経営が悪化します。 3 代目の大髙善二郎(善雄の二男)が社長をしていたときですが、「生活様式に対応した提案型品揃え」(以下、生活提案型)のSM (スーパーマーケット)経営へ路線転換していくのです。その後、善興が 2000 年に社長に就任し、第一に挙げたのが「創業精神に立ち返る」ことでした。それが「基本 4 項目」の徹底でした。ヨークベニマルは、心の教育、技術知識教育、現場 OJT 教育を3 本 12 [実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN

特集今に生かす創業精神
柱として、マネジメント力を向上させる教育プログラムを用意しています。まず心の教育をすることによって、組織の基盤を固め、従業員の気持ちを一つにする。みんな同じ方向を向いて努力しようという組織風土は、ヨークベニマルらしさといってもよいでしょう。
顧客優先の商売評判が評判を呼ぶ
1953 年、東京・青山の食料品専門店、紀ノ国屋が日本で最初のセルフサービス方式の小売店を開業したのが流通革命の始まりです。その頃、イトーヨーカ堂創業者、 20 代後半の伊藤雅俊は郡山のベニマル※2
を訪ねて善雄に教えを乞うていました。兄を助けて羊華堂(現イトーヨーカ堂)の経営に加わっていた伊藤は、ベニマルで食料品の扱い方や生鮮食料品の鮮度管理を学んでいたのです。
善雄の子供 4 人のうち 3 人がヨークベニマルに就職しましたが、先行きを心配し、生前、自分の亡き後、兄弟のまとめ役を信頼のおける伊藤に託しました。伊藤と大髙家には大きな信頼関係があったのです。
イトーヨーカ堂が郡山に出店する際、ベニマルと共同出店したことが、 1973 年の資本・業務提携につながります。両社は経営理念や社風が近く、相性がよかったようです。ヨークベニマルには「 1 人のお客様に誠実を尽くせ」という創業精神があり、イトーヨーカ堂には社是の第一項に、「私たちは、お客様に信頼
される、誠実な企業でありたい」とあります。ともに挨拶、接客から商品・売り場づくりまで顧客優先の商売には定評がありました。
経済資源の補完効果も見込めました。イトーヨーカ堂は衣料品、ヨークベニマルは食料品、それぞれに強みがあったのです。業務提携時、イトーヨーカ堂はヨークベニマルの 50%以上の株を持たないと約束し、ヨークベニマルは主体的経営を維持することになります。
伊藤は「資本のない、ないない尽くしの一商店が商売を続けるには、まずお客様を味方につけないといけない」と言っています。 1 人のお客様に誠実を尽くすと評判が評判を呼ぶ、それが商売の原則という考え方を実践している点で両社は一致していました。
トヨタ生産方式に学ぶ個店経営に標準基準を適用
SM は、極めて人間的な事業です。まず新鮮第一で毎日、商品を売り切らなければなりません。また、魚や肉、青果など、 8~10 部門ほどに分かれ、部門ごとに、取り扱っている商品の品質管理、調理加工、売り方などが異なっているのです。
そして店舗の 80%以上の従業員はパートです。ヨークベニマルでは行事や天気など、地域の情報を熟知しているパート従業員が、商品の在庫管理や発注も任されています。そういう点で先進的な会社でした。各店、各部門が、地域に合った品揃え、メニュー、商品構成を決定する
ことで、地域密着の生活提案型 SM を「個店経営」しているのです。真船幸夫氏は善興の片腕として個店経営を推進し、成長戦略を支えました。 2003 年、イトーヨーカドー旧大宮店でトヨタ生産方式と出会い、カイゼンを取り入れ、店舗運営に標準基準をつくり異常値を見える化することでチェーンストアとしての個店経営の確立を目指します。個店経営でも標準基準が必要です。たとえば開店前に何をすべきか、午後 4 時の第 2 開店はどうするか。各部門がそれぞれ作業工程を決めて、必要な人員を割り当て、遅延なくどうすすめていくか。小集団運動を徹底的にやってきたのです。真船氏は、 2015 年に社長を引き継ぎ、現在のヨークベニマルの「経営構図」(理念・戦略・実行)を構築します。ヨークベニマルの収益力は向上し、生鮮食品と総菜を軸とした店づくりは日本一との評価を得ます。食品で勝負するSMへの業態変更をはかるイトーヨーカ堂をめぐる市場環境は、困難な状況であることは間違いありません。生活提案型と価格を安くして提供するディスカウント型に二分されており、ディスカウント型は物価高の状勢もあり、勢力を伸ばしています。事業戦略がますます多様化・複雑化しているのです。困難なときこそ創業精神に立ち返り、商売の基本を徹底し、お客様に信頼され誠実の限りを尽くすこと。先達が心がけてきたことが、困難を乗り越えるきっかけとなるかもしれません。
L
※1 大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律※2 紅丸商店、 1973 年にヨークベニマルに改称
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【志の実践】
人を幸せにすることが自分の幸せに入社 4 年で旅館支配人を任され経営のやりがいを知る
プリスリゾート株式会社取締役総支配人
熊谷穂乃美くまがや・ほのみ*静岡県生まれ。一橋大学商学部卒業後、 2017 年にプリスリゾート入社。’ 23 年同社執行役員。’ 24 年から現職。「松下幸之助経営塾」第 3 0 期卒塾。
プリスリゾート株式会社
本社:石川県金沢市/創業:1934 年/設立: 2017 年/代表者:萩原聡彦/事業内容:旅館事業、飲食店事業、コンサルティング事業
小規模ながら高級感のある「スモールラグジュアリー型旅館」をコンセプトに快進撃を続けるプリスリゾート。今年 7 月にも金沢市内に新旅館をオープンし、石川県内で5 館を運営している。その総支配人を務めているのが取締役の熊谷穂乃美氏。大学卒業後、周囲が首都圏の大手企業に就職していく中、自らの意思で石川県の同社に入り、事業の成長に貢献してきた。あらゆる関係者に「幸せの連鎖」を生みたいという熊谷氏に話を聞いた。
取材・構成:塚田有香写真提供:プリスリゾート
90 年を超える歴史改革を経てさらに成長
プリスリゾートの歴史は、 1934 年に奥能登で開業した旅館に始まります。 1990 年代に経営が傾き、一
度は廃業寸前にまで追い込まれましたが、現社長の萩原聡彦が改革に着手してからV字回復を果たしました。団体旅行が中心だった時代から、個人で上質な旅を楽しむ時代への変化をとらえ、小規模かつハイク
ラスな空間を提供する「スモールラグジュアリー型旅館」へとカジを切ったことが、会社の急成長につながっています。現在は、能登と金沢で「百楽荘」ブランドの旅館を4 館(「別邸」含
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人を幸せにすることが自分の幸せに
む)展開し、うち 1 館は、今年 7 月に金沢の人気観光地ひがし茶屋街にオープンしたばかりです。これに別ブランドの旅館「つる幸」を加えた計 5 館を運営中で、今後も新たな旅館を増やしていく方針です。
私は東京の大学を卒業後、プリスリゾートに新卒で入社しました。百楽荘として 2 館目となる「金澤湯涌温泉百楽荘」が開業した時期で、私が入社することになったきっかけも、就職活動中に新旅館の求人を目にしたことでした。それまで石川県とは特に縁がなく、宿泊業に関心があったわけでもない私が、なぜ石川県で旅館を営む会社に応募したかといえば、個人的な事情からでした。大学卒業後に結婚の予定があり、夫の配属先である金沢で暮らすつもりだったからです。
面接で社長の言葉に共感しその場で入社を決断
その程度の動機でしたので、プリスリゾートにも、軽い気持ちで面接を受けに行きました。ところが、面接をしていた社長の萩原のひと言が、私の意識を根底から変えることになります。「あなたは大企業にも入れるだろうし、活躍できると思う。でもできあがった会社に入るより、自分で理想の会社を作っていくほうが、人生は面白いんじゃないか?」
私はワクワクしました。誰かが決めた人生を歩むのではなく、自分の力で人生を切りひらく。それができたらどんなに楽しいだろうと、素直に思えたのです。その場で「入社し
ます」と答えました。入社後は、開業したばかりの金沢の百楽荘に配属され、現場スタッフとして働きました。新人の私にとって印象的だったのが、周囲のスタッフがお客様のために全力を尽くす姿です。旅館の経営はこういう人たちの頑張りに支えられているのかと感動しました。その一方で「ここは改善したほうがいいのではないか」と感じる部分も出てきました。たとえば、当時はお客様の予約を紙の台帳に一件一件書き込んでいたので、確認作業や引き継ぎに時間がかかっていました。予約管理を効率化し、作業に費やす労力や残業が減れば、スタッフは楽になるはず。入社 1 年目の後半から 2 年目にかけて予約関連の業務改善に取り組み、紙の台帳を廃止して予約管理の仕組みを刷新しました。新入社員が自主的に始めたことなので、特別な予算がつくこともなく、仕組みを作り上げるまでには労力を要しました。それでもスタッフの残業が減るなど、目に見える成果が出たことで、大きな達成感を覚えました。このときの経験が、今の私を支える土台になっています。次の転機が訪れたのは、入社 4 年目でした。コロナ禍に見舞われた 2020 年に、当時の支配人が退職することになり、社長から次の支配人にならないかと打診を受けたのです。支配人は、一つの店舗を運営する責任者であり、顧客管理や施設管理、現場で働く社員のマネジメントや育成などを取り仕切る立場です。予約管理改革で成果を出したこと
もあり、私は入社 2 年目で主任に昇進したのですが、これだけでも異例の人事と言われました。それが今度は、 20 代半ばで店舗のトップに立つのですから、私も打診に応じるべきか迷いました。
それでも考え抜いた末、自分にチャンスをくれた社長や周囲の期待に応えたいと思い、支配人になる決心をしました。自分より経験の長い先輩たちがいる中で、上に立つことにはプレッシャーもありましたが、コロナ禍をなんとか乗り切ることができました。他の役職者や現場の社員たちが協力してくれたことを、今でも本当に感謝しています。
被災時の温かい支援に旅館を守る使命感が湧く
2022 年には全店舗を管理する総支配人に昇進。 2024 年に取締役となり、経営に携わる立場になりました。能登地震が発生して間もない頃です。能登の百楽荘も被災し、自慢だった海辺の食事処や釣り桟橋は津波で流失しました。 4 カ月近く休業を余儀なくされ、営業を再開してからも、道路の寸断などにより客足はなかなか回復せず、経営も大きく落ち込みました。
そこで、海辺の施設の復旧を目指し、クラウドファンディングで寄付を募ることにしました。すると大勢の方からご支援を頂戴したのです。この歴史ある宿を、大切に守っていかなければという使命感が芽生えました。そんなときに社長から取締役のオファーがあったのです。今度は迷うことなく引き受けました。
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実は支配人の頃、「人の上に立つことは、人をより幸せにできることなのだとわかってきました」と社長によく話していました。自分の発言や行動が部下に刺激を与え、相手が成長する姿を目にするうちに、「自分の力で人を幸せにしたい」という思いが強くなったのです。社長から「経営者になれば、もっと多くの人に幸せを与えられる」と言われ、私も自然に次のステップとして経営者を目指すようになりました。取締役に就いてまず取り組んだのが、企業理念の改定です。社長が十数年前に作った企業理念を、社員がもっと日々の行動に落とし込みやすい表現に変えることが目的でした。社長と相談しながら、企業理念「百楽連鎖」を作り上げました。なかでも重要なキーワードである「幸せの連鎖」には、「関わる全ての人を幸せにすることが、自分の幸せを広げる唯一の方法である」という意味が込められています。全社員がこの思いを共有し、一緒に働くスタッフやお客様、取引先の事業者、地域社会の皆様に至るまで、全ての人の幸せを本気で考えれば、最終的には自分自身に幸せが返ってくる。これは従来の企業理念でもベースとなっていた考え方ですが、それをより具体的に社員がイメージできるように、「幸せの連鎖」という表現を使いました。また理念を行動に落とし込むための行動指針も策定しました。「百楽荘」という旅館名が象徴するように、お客様にたくさんの楽しみを提供し、幸せになっていただくこと
企業理念
が、よい連鎖を生むには欠かせません。そのために社員が何をすべきかを具体的に明示しました。
企業理念を社員に浸透させる取り組みにも力を入れています。企業理念を改定した際は、その意図や込められた思いを解説した資料を作成し、幹部や管理職に渡して、一人ひとりが内容を説明できるまで、しっかり覚えてもらいました。
さらに全社員が集まる朝礼の場で、毎日一人ずつ役職者がスピーチする時間を設けて、企業理念に絡めたエピソードを話してもらうことにしています。これにより、社員たちもどのような行動が理念に合致するのかを理解し、現場で様々な判断をする際も「これは理念に反していないだろうか」と自ら考え、行動できるようになります。
百楽連鎖
「百の楽しみ」を創造し、
行動指針
社員を永く幸せにする制度や環境の整備に注力
私自身も社員を永く幸せにできる
お客様に「最高の幸せ」を提供することで、永く大きな『幸せの連鎖』を築きます
一、おもてなしの心で、お客様の期待を超えた感動を提供します一、仲間の多様性を受け入れ、密なコミュニケーションをとり、仲間の幸せを最優先に行動します一、裏表のない誠実な行動をとり、日々の信頼を積み重ねます一、売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑え、利益を社会に還元します一、時代の変化に合わせて進化し、オンリーワンを生み出し続けます一、細部まで心を込め、優れた知識・技術を発揮し、お客様の心を動かす「美しさ」を創り出します一、社員・家族・お客様・取引業者・地域社会、会社に関わる全ての人々を幸せにします
経営者を目指し、自分をさらに成長させたいと思い、 2025 年に松下幸之助経営塾に入塾しました。この社会で生きていく以上、世の中のために貢献することこそが、人として進むべき道なのだと確信できたことは、大きな学びになりました。
また、経営塾を通して様々な業界の経営者と出会い、人のために力を尽くし、努力を惜しまない姿勢に感銘を受けました。自分は経営者としてまだまだ未熟ですが、皆さんの姿を見習い、地道に努力を積み重ねれば、きっと道はひらける。そんな自信と希望を持つことができました。今後は社員たちがより成長し、もっと幸せになれる会社を目指して、人材育成や働きやすい環境整備にいっそう注力したいと考えています。
お客様が旅館に求める一番の価値は「おもてなし」であり、その価値を最大化するには、接客する社員のスキル向上が必須です。たとえば、お客様から「料理の説明が少なかっ
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人を幸せにすることが自分の幸せに
た」とのお声があれば、社員に料理提供のロールプレイングを実施したり、和食検定試験の受験を勧めたりします。昨今のインバウンド需要の高まりを受け、 TOEICの点数に応じて給与を加算する制度も設けました。また、旅館業は顧客の滞在時間が長く、休館日も少ないため、現場の社員が柔軟な働き方を実現しにくいという課題がありました。育児や介
護などでライフステージが変化すると、キャリアを諦めざるをえないケースも少なくありません。その解決策として、弊社では店舗と業態を増やすことにより、キャリアの選択肢を広げようと考えています。その一例が、ひがし茶屋街に新たに開業した百楽荘に、カフェを併設したことです。日中に人手を多く要する業態を作ることにより、旅館のシフト勤務に入るのが難しい社員
も、カフェのスタッフとして働き続けることができます。また施設が増えれば、総務や経理などの管理業務も増えるので、バックオフィスに異動して、在宅で勤務することも可能です。私は、人の幸せのために情熱を持って働くプリスリゾートの社員を、誇りに思っています。社員を日本一幸せにするために、これからも力を尽くしてまいります。 L
経営者が“経営の志”を確立・再確認するための長期講座
松下幸之助経営塾
本セミナーの特徴
松下幸之助の経営哲学を根本から学べる唯一の講座弊社で長年にわたり研究を重ねた“松下幸之助の経営哲学の真髄”を、講義・討議・問答を通じて腹落ちさせる双方向型の講座です。
人間観を養い高め、経営者としてのあり方を学ぶ本講座は、時代や環境の移り変わりの中で生まれる新し
いマネジメント手法を学ぶものではありません。経営者の
ただ今、新規申込受付中
詳しくはホームページで
資料のご請求はホームページまたは下記窓口へお問い合わせください。 https://www.php.co.jp/seminar/m-keieijuku/
株式会社 PHP 研究所「松下幸之助経営塾」事務局
〈京都〉 TEL 075(681)4442 FAX 075(681)5699
「志」をキーワードとして、松下幸之助が最も大切にした“経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、より本質的な“経営者としての器量”を養い高めていただく講座です。
「志」の確立に向けた、充実の 10 カ月
10 カ月の在籍期間中に 1 泊 2 日のセミナーを全 6 回、隔月で開催。学びと実践、検証をくり返しながら成果を高めていただけます。また、 1 クラスは 12 名の少人数制で、受講者間の討議・交流による相互啓発など受講者お一人おひとりに充実した環境を提供いたします。
プログラム
第 1 回『志とは何か~力強い経営の原動力~』第 2 回『志から理念へ~経営の使命~』第 3 回『人を活かす~事業は人なり~』第 4 回『本質を考える~自然の理法~』第 5 回『経営を革新する~日に新た~』第 6 回『志を伝える~私の命知発見~』
開催要領◦受講資格:経営者ご本人、後継経営者(経営幹部)◦募集人数:12 名⃝開講期間:10 カ月 1 開催 1 泊 2 日、全 6 回(隔月開催)⃝受講料:158 万 4,000 円(税込)⃝会場:株式会社 PHP 研究所京都本部
( JR・近鉄「京都」駅八条口より徒歩 5 分)
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松下幸之助研究レポート
幹部やリーダーをどう育てるか
松下電器の「経営研究会」から考える
今の時代に求められている経営人材育成のヒントを幸之助の実践例を通して考察します。
PHP 理念経営研究センタープロジェクトリーダー
高瀬浩平
幹部やリーダーが育たず、次世代にどう経営を教えればよいか悩む会社の経営者や幹部は少なくない。松下電器(現パナソニック)の創業者である松下幸之助は、人を育てることを重視し、社長を退いて会長になった 1960 年代以降も、幹部の育成にかかわり続けた。 64 年 7 月の「熱海会談」の反省から始まった「経営研究会」を中心に、幸之助の幹部の育成方法を考察したい。
育成の基本的な考え方
全体像をつかむためには、まずは幸之助の人材育成の考え方をみる必要がある。端的にまとめられているのは『実践経営哲学』の「人をつくること」の項だろう。いちばん大切なことは「正しい経営理念、使命観というものを、その企業としてしっかりともつこと」であり、従業員に常に訴え、浸透させなければならないと説く。そして「思い切って仕事を任せ、自分の責任と権限において自主性をもった仕事ができるようにしていくこと」が大事であり、これを制度化したものが事業部制だとする。その一方で、全体がバラバラにならないよう「一定の方針にもとづいて権限を与える」のであり、そういう点でも経営理念が極めて大切だと論じている 1 。また、幸之助は『経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』で「経営学は学べますが、生きた経営のコツは、教えてもらって『分かった』というものではない。
いわば一種の悟りともいえるのではないかと思います」と述べている 2 。つまり、仕事を通じて経営のコツをつかみとるほかないと考えていた。先行研究をみていくと、松下電器は事業部制や分社制に代表される「自主責任経営」を重視し、それが幹部の育成と結びついている特徴があると指摘されている。経済史学者の宮本又郎は「事業部の責任者には大幅な権限が与えられると同時に、責任も賦されるから、これを通じて人材とくに経営者の養成を図ることができるとの考えによる」と論じている。宮本は、幸之助が事業部制によって分権的管理を用いたのは「個人の能力には一定の限界がある」という常識的な認識からだとみる。偉大な創業者が陥りやすい独裁制についても「幸之助の理念に共鳴する人材を発掘し、これを育成し、指導することで解決しようとした」との見方を示している 3 。経営学者の加護野忠男は「事業部制や分社制も、個を活かすための組織として認識した上で、幸之助が生んだものだった」とみる。そして、幸之助が松下住設機器の赤字を知り、小川守正(当時同社専務)に経営再建を命じた際、本社から資金を引き上げると告げ、自力で再建計画を立てて銀行から借り入れるよう命じた事例を挙げ「『修羅場』に追い込むことで、経営改革と同時に、幹部養成をしていた」と指摘している 4 。分権的だけではなく、集権的な力も働いていたという指摘もある。日本の企業経営を研究した米国のリチャー
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松下幸之助研究レポート
ド・T・パスカルらは、事業部制には中央の管理から遠心分離しやすい構造上の欠点があり、幸之助が経理や人事を集権化することで、バランスをとったとみる 5 。人事部が各事業部の上位 2 、 3 人を幹部候補とし、 6カ月ごとに業績評価を続けていた点に着目し「松下幸之助の『平凡な人間から非凡な成果をひき出す』という言葉にもあるとおり<松下>では一流大学から幹部候補生を採用するといったことをしない」と述べ、順応性に富む社員を鍛える方法を採ったと評価している 6 。経済学者の橋本寿朗と西野肇は、幸之助の「任せて任さず」という言葉を引き、事業部長らに経験を積ませながらも、指導が必要だったとして「経営者育成の教育機能もまた基本的には幸之助の直感に依存した」との見方を示している 7 。以上の幸之助の考え方や先行研究の見解に従えば、松下電器における幹部の育成は、経営理念など基本的な価値観をベースに、事業部制による分権化と、幸之助や本社を中心とした集権化を、巧みに組み合わせていた。つまり、幹部やその候補者に各事業部の経営を思い切って任せ、ときに修羅場に追い込んで育てる一方、幸之助や本社が幹部として登用すべき人材の選考や評価などを通じてコントロールしたという両面が指摘されてきた。
「研究会」の果たした役割
筆者は、先行研究ではあまり注目されてこなかった経営研究会が果たした役割についてみていきたい。経営研究会は、 64 年 7 月の熱海会談で、松下電器の社員が相手の立場になって考えることを忘れ、官僚的になってきたのではないかという販売会社・代理店の指摘を踏まえ、この翌月に第 1 回の会合が開かれた。役員、事業場長、本社部長、労組 3 役、分社・関係会社役員の約 400 人を対象とした。幸之助と幹部が膝を交えて商売の道を研究し、社会によりよく奉仕できる経営内容を築き、お互いの進歩向上を図るとともに、出席者が自由に業務連絡や相談、意思疎通を行なう場とすることを目指した。「商人道」を学ぶ場として2009 年 10 月まで続いた 8 。開始当初の経緯や背景について、松下電器社員から研究者に転じた小原明が詳しく論じている。小原によれ
1968 年 12 月の経営研究会で登壇した幸之助
ば、事業部長や営業所長らの仕事ぶりから「理屈は分かっているが実行が伴わないことがある」という課題があらわになり、幹部の教育も知識偏重を改め、体験重視に転換する流れができた。事業部長・営業所長の教育については「経営の実践を通じてみずから学ぶことが基本であるが、『経営研究会』を通じて幸之助が自分で直接に教育することになった」という。当初の様子としては「幸之助が事例を上げて厳しい口調で話すことが多く、関係者は身の縮む思いで聞き、他の参加者もそれをわがことのように感じて学んだ」と記している 9 。しかし研究会の内容に言及する文献は少なく、企業秘密に加え個々の事業部や分社の経営状況に触れることもあり、『松下幸之助発言集』にも一部が収録されているにすぎない。比較的参考になる資料として、松下電池工業で社長を務めた石橋太郎が、出席した際に手書きしたメモをまとめた記録がある 10 。石橋によれば、幸之助は64 年 8 月の第 1 回から83 年 12 月の第 224 回までに計 137 回も登壇している。所用や体調不良で欠席したときは、会長や社長の職にあった松下正治や髙橋荒太郎、山下俊彦が講師を務めた。外部講師も招き、 65 年 3 月には特別講話という形式でトヨタ自動車工業会長だった石田退三が、 82 年 3 月の第 203 回には先述のパスカルが、それぞれ登壇している。出席者に報告や説明を求めることもあるが、基本的には講師による講義形式で、テーマは松下電器の経営に限らず、政治、経済、国際情勢など多岐にわたっている。幸之助が重視した自主責任経営、衆知を集める経営、熱海会談の反省やその後の改革などは繰り返し語られた。
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たとえば、 72 年 5 月の第 95 回で幸之助自ら「衆知を集める経営」について語っている。「松下電器はだんだん役所的になってきた」との指摘があるとして「会社の幹部というものは苦情を聞く役である」と説いた 11 。運営には改善が重ねられた。 64 年 10 月の第 5 回から開始 30 分前に「コーヒーパーティー」を開き、出席者同士の意見交換の場を設けた。幸之助は「盛んな話を交わしておられるので、非常に意義があった」と述べている 12 。石橋によれば、 75 年 12 月の第 134 回から新商品紹介の時間も設け、事業部長らに説明させた。幸之助は自らが最後に登壇した第 224 回、このような取り組みは他社になく「僕の創意工夫」と振り返っている。経営研究会で経営上の施策が発表されることもあった。 72 年 11 月の第 101 回で、幸之助が現状の事業部の独立採算制は中途半端であり、完全な独立経営体にすると明らかにした。その翌月、 17 事業本部・65 事業部の体制を改め、 17の事業本部を廃止し、新たに12の製品グループと1 本社直轄部門に編成した 13 。石橋によれば、第 101 回で幸之助は、ある電器店主の手紙を紹介した。店主の子弟が本社の研修所に行った際、商品の不備を指摘したのに、松下電器の社員に「言いがかり」だとあしらわれたという旨の苦情だった。幸之助は、事業部長たちが市場の声や要望を聞く姿勢に欠け、総合経営力が低下しつつあると苦言を呈した。そして、事業部制の改革について出席者に挙手を求め、大半の賛意を得たことを確認した。この場の雰囲気について、経済評論家の秋元秀雄は「言葉づかいはいつものように柔らかいが、聞いている幹部たちには、それこそ入社いらい初めて耳にする幸之助の厳しい訓話だった。ある意味で、幸之助の幹部社員への挑戦状のようなものだといっていい」と記している 14 。出席者たちは、経営研究会を通じて何を学んだのだろうか。石橋は「松下経営を今後永きにわたり盤石たれと願われた創業者の、会社幹部に対する経営道場だった」と表現し、幸之助が「訴える」ことを重視したと振り返っている。小川守正は、自らは35 歳で中途入社した「まったくよそ者のような立場」だったが、十数年間にわたり出席したことにより「次第に創業以来の社員のような気分になってきたように自覚する」と述べている 15 。
専門家はどうみているだろうか。経営学者の奥村昭博は、経営研究会を年 1 回の「経営方針発表会」や日々の「朝会・夕会」とともに「情報・価値の伝達および教化のシステム」と位置付け「トップや他の事業部長との情報交換が容易になされることで、全社的視野の育成や問題点の発見が自ずとできるようになる」と評価する 16 。さらに奥村は「制度的リーダーシップ」の観点からも論じている。米国の社会学者であるP・セルズニックが提唱した、リーダーが組織に価値・理念・使命を注入することで制度に変換し、有機体のような性格を持たせるというとらえ方だ。幸之助が経営基本方針などの価値判断のよりどころを与えることで、事業部長らが様々なリスクを評価しながら意思決定できるようになるとみる。そして、経営研究会などを通じて、事業部長らは幸之助と接触しながら、繰り返し経営理念を体得していくことで「しだいに一つの共通の組織の価値を学んでいく」と論じている 17 。つまり、幸之助が経営研究会で、経営理念などの価値観を伝え続けたことを、リーダーシップの発揮ととらえる。事業部長にとっては、それが判断基準となり、経営上の意思決定が可能となる。しかも、そのプロセスが幹部の教育システムの一部をなしていたということだ。
世代交代と幹部教育の変化
松下電器も世代交代を進めることになる。 77 年に山下俊彦が社長に就いたのは、日本では「情報化社会」や「電子立国」が進展しつつある時期だった。松下電器は競争力のある商品の開発を加速させるため、山下が自ら技術本部長を兼務し、先頭に立った 18 。幸之助自身も、世代交代の必要性を理解していた。 61 年に社長を退任して会長になった動機として「創業者としての私にたよる傾向が強くて、どうしてもワンマン経営に陥る恐れがある」と説明している。第一線から遠のいていくと各事業部のセクショナリズムがあらわれるようになり、その弊害の克服については「基本的には、松下電器の使命観と事業部制の本旨に立ち返ること」だと強調する 19 。石橋によれば、パスカルは、 82 年 3 月の第 203 回経営
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松下幸之助研究レポート
研究会に登壇した際、松下電器にとっての最大のチャレンジは世代交代だと単刀直入に述べている。依然として、幸之助の役割が大きく、幸之助が身を引くときに備え、松下の文化を維持、強化する戦略を立てる必要があると説いている。若い社員たちは幸之助の薫陶を直接受けられなくなるが、「(幸之助の)経営スタイルは、映像と声で多くの人に語り継ぐことができる」と述べ、幸之助が得意先や製造ラインにいる社員たちにどう接しているか、どのように問題解決をしようとしているかなど、四六時中の姿を克明に映像で記録するよう提案した。経営研究会は講義形式が基本で、学習効果には一定の制約があったと思われる。マイケル・ロンバルドとロバート・アイチンガーは「 70・20・10の公式」を提唱し、実際の学習は、生活経験や職業上の経験、仕事上の問題解決などが70%、組織で尊敬に値する人物から薫陶(対話とフィードバック)を受けたり、他者の行動を観察してまねたりすることが20%、クラス学習やOff- JTなどフォーマルな教育研修が10%を占めるとする 20 。この「公式」を参考にすれば、経営研究会は「教育研修」に近い。創業者である幸之助が価値観や経営理念を直接説き、ときには問いかけることに「薫陶」の意味合いもあったと考えられる。仕事を通じた学習を除くと、幸之助によるところが大きく、経営研究会を補完する仕組みが必要となっていったのではないだろうか。小原によれば、 80 年代以降に、本格的な幹部研修が始まった。次世代の事業部長の育成のために「参事経営研修」を実施し、 8 泊 9 日の日程で、ケーススタディを中心に経営戦略を学ぶ内容で、数年間続いた。 90 年代に入ると、グループ別で「事業場長経営理念研修」を実施し、年 1 回のペースで経営戦略や新規事業開発をテーマにした研修を開催した。この時期から幹部研修でメンバーの討議により社長に提言をすることも多くなったといい「現実問題について率直に発言しながら、実質的な論議ができるようになったのは、新しい時代を反映しているのであろう」との見解を述べている 21 。
新旧の仕組みを併存させる
仕事を通じて経営のコツを学ぶ仕組みが、松下電器の
事業部制や分社制だった。それに対して、経営研究会は幸之助自らが「訴える」ことを通じて、創業者の価値観や経営理念を注入することで組織を動かすと同時に、次世代の幹部らを教育する場だった。「任せて任さず」という言葉に象徴されるように、分権化と集権化の双方を兼ね備えた教育システムとして、長く機能し続けたといえるだろう。
注
世代交代を進める局面では、幸之助の存在を前提としたシステムを維持しつつ、新しい知見を取り入れた幹部の研修制度も導入した。新旧の仕組みをうまく併存させながら、次世代の幹部やリーダーを育てていくバランス感覚が大切だという教訓が得られるのではないか。
1 松下幸之助(1978)『実践経営哲学』 PHP 研究所(2001 年文庫版), pp. 114-123. 2 松下幸之助(1980)『経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』 PHP 研究所(2001 年文庫版), pp. 123-126. 3 宮本又郎(2000)「実践経営の中の『人間大事』」 , 『松下幸之助研究』 2000 ・冬季号 , pp. 14-21. 4 加護野忠男編著(2016)『 PHP 経営叢書日本の企業家 2 松下幸之助理念を語り続けた戦略的経営者』 PHP 研究所 , pp. 235-256. 5 リチャード・T・パスカル , アンソニー・G・エイソス(1981)『ジャパニーズ・マネジメント』講談社 , pp. 32-34. 6 同前 , pp.61-67. 7 橋本寿朗 , 西野肇(1997)「松下幸之助論―戦後日本における企業者企業経営者の典型―」 , 『社会科学研究』第 49 巻第 2 号 , pp. 93-99. 8 パナソニック株式会社百年史編纂委員会編(2019)『パナソニック百年史』パナソニック , pp. 268-269. 9 小原明(2001)『松下電器の企業内教育―歴史と分析―』文眞堂 , pp. 149-170. 10 PHP 研究所所蔵 . 11 PHP 総合研究所研究本部編(1992)『松下幸之助発言集 28 』 PHP 研究所 , pp.
235-240. 12 PHP 総合研究所研究本部編(1992)『松下幸之助発言集 26 』 PHP 研究所 , p.
243. 13 前掲『パナソニック百年史』 , pp. 324-325. 14 秋元秀雄(1980)「激動の四十年代――熱海会議から山下社長誕生まで」 , 『松下幸之助の研究』プレジデント社 , pp. 112-114. 15 小川守正(1990)『実践経営学――松下幸之助に学んだ自主責任経営とは』
PHP 研究所 , p. 36. 16 奥村昭博(1982)『日本のトップ・マネジメント―変貌する戦略・組織・リーダーシップ―』ダイヤモンド社 , pp. 131-132. 17 同前 , pp. 161-171. 18 前掲『パナソニック百年史』 , pp. 341-343. 19 松下幸之助 , ルイス・ランドボルグ著 , 石山四郎編(1980)『日米・経営者の発想』 PHP 研究所 , pp. 83-84. 20 金井壽宏 , 高橋潔 , 服部泰宏(2025)『〔新版〕組織行動の考え方――個人と組織と社会に元気を届ける実践知』東洋経済新報社 , p. 488. 21 前掲『松下電器の企業内教育』 , pp. 212-213.
たかせ・こうへい
京都大学法学部卒。 2002 年毎日新聞社に入社し、大阪本社社会部や学芸部で記者やデスクを歴任。 2025 年 PHP 研究所入社。
L
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経営学から考える人と組織
フォロワーの知と力を引き出す
リーダー・管理職の役割と育て方
滋賀大学経済学部教授小野善生
おの・よしお*2003 年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)。関西大学商学部准教授などを経て、’17 年より滋賀大学経済学部教授。専門は組織行動論、リーダーシップ論。主な著書に『フォロワーが語るリーダーシップ――認められるリーダーの研究』(有斐閣)や『リーダーシップ徹底講座<第 2 版>――すぐれた管理者を目指す人のために』(中央経済社)などがある。
不確実性の時代にあって、リーダーや管理職はどのようにリーダーシップを発揮すべきだろうか。そして、どうすれば次世代の幹部や中間管理職は育つのだろうか。フォロワーの視点からリーダーシップを研究する滋賀大学経済学部の小野善生教授に、理論の発展を踏まえながら語っていただいた。
聞き手・構成:高瀬浩平
米国の研究にみるパラダイム転換
リーダーシップを巡っては、ビジネス環境の変化に合わせて、パラダイム転換が起きてきたと考えられる。リーダーシップ研究の中心は米国にあり、 1960 年代には「リーダーシップはパワーである」と論じられることもあった。しかし、 70 年代ごろから米国経済が衰退し、 IT 系企業が創業されるなど、環境に大きな変化が生じた。 80 年代に入るとゼネラル・エレクトリック(GE)のジャック・ウェルチによる企業変革などを通じて、変革型リーダーシップに注目が集まった。変革を進めるため、いかにフォロワーを動機づけるかという考え方も出てきた。 2000 年代にはエンロンの不正会計事件など経営者の不祥事が相次ぎ、リーダーの倫理性が問われるようになった。現代は不確実性の時代といわれ、変化のスピードが速い。今後は AIの発展に加え、膨大な計算が可能な量子
コンピューターが実用化されれば、パラダイムの大転換が訪れるだろう。先行きについて答えが見つからない時代に入っているといえる。
ミドル層に求められる役割
経営トップには、組織の方向性やミッション・ビジョンを示す価値の創造が求められるのに対して、ミドル層が担うのは価値の浸透だ。トップが創造した価値を、それぞれの部署に伝えていく役割を果たす。トップから下りてきた価値をそのままメンバーに下ろすだけでは伝わらないので、ミドル層には自らの職場のタスクに落とし込むための解釈・翻訳が必要になる。価値の解釈・翻訳をする際も、リーダー 1 人だけで考えるのではなく、職場のメンバーを巻き込んで、全員が納得できるようにするのがよい。「制度的リーダーシップ」を提唱したP・セルズニックは、組織に価値観や使命感を入れることで「制度」になるという考え方を示し 22 [実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN

経営学から考える人と組織
た。価値観や使命感を設定するのはリーダーの役割ではあるが、利害関係者を巻き込んで、衆知を集めたものであることが望ましいと述べている。リーダーが主体性を持つべきではあるものの、複数の人間を関与させたほうが、より調和的な内容になるということだろう。そして、旧来のピラミッド型組織であれば、経営トップが決めたミッション・ビジョンなどをもとに、ミドル層が画を描いてメンバーに指示すればよかったが、現代では全員を戦力にできる組織が必要となる。それは知識や情報が高度化かつ多様化し、特定の分野に関する知識や情報は、リーダーよりもフォロワーのほうが多く持っていることが多いため、メンバーからの情報やバックアップなしには対応できなくなっているからだ。全員を戦力にできる組織は、リーダーシップ論でいえば、米国の R・リッカートが提唱した「システム4 」という経営管理システムによって説明できる。トップダウン型の組織とは異なり、いわば全員巻き込み型の組織をうろこ指す。魚の鱗のように小集団がまとまっていて、マネジャーがそれぞれのつなぎ目のところで「連結ピン」の機能を果たすイメージだ。そして、組織の各階層にいるマネジャーやリーダー同士が集団で討議し、フォロワーの提案やアイデアを生かし、計画の遂行や目標設定に、フォロワーの参加を促進させるということが原則になる。これによって、コミュニケーションが活発になり、業績は上がると考えられる。また、リッカートは、リーダーシップの特性について、部下のテクニカルな側面を強調し、課題達成のため
に部下にルールや手順を守らせる「職務(仕事)中心型」と、部下を個人として尊重し、対人関係に配慮する「従業員中心型」の 2つのタイプがあると考えた。そして、従業員中心型のほうが業績は上がると結論づけた。全員を戦力にするためには、メンバーに細かく指示を出すのではなく、当事者意識を引き出すほうがうまく回ると考えられ、従業員中心型を選ばざるをえなくなるだろう。よりいっそう、部下の人間性に配慮した人間主義的なアプローチにシフトしていくと思われる。実務的なレベルに落とし込めば、ミドル層は職場のメンバーの特性を把握し、どのような仕事をやってもらうか、一人ひとりにカスタマイズする必要がある。現代ではダイバーシティーやインクルージョンが求められており、画一的に仕事のモチベーションを高めようとしても、うまくいかない。仕事を通じて自己実現を目指す意欲の高い社員には、より高いレベルの契約関係に引き上げる必要がある。一方で、給料がもらえたらいいとドライに割り切る社員には、仕事の内容や範囲を限定して割り振る。たとえるならば社員一人ひとりに合わせた「土俵」を作るイメージだ。そうやって、仕事がうまく回れば、ミドル層の役割は、プレイングマネジャーから、本来やるべき監督の仕事へと移行できる。そして全員を戦力にするわけだから、経営トップがミドル層にしっかり権限を与え、人事などのスタッフ部門は公正な評価制度を作るなどしてバックアップしなければならない。そうやって全社的に機能する組織になる。
関係性が入れ替わることも
「システム 4 」で示された「連結ピン」のイメージ。矢印が連結ピン機能を示す。 Likert, R.(1961). New Patterns of Management. McGraw- H ill .(三隅二不二訳『経営の行動科学―新しいマネジメントの探求』ダイヤモンド社 , 1964 年 , 152 ページ)を参照し、聞き手が作成
リーダーやフォロワーの関係には多様なとらえ方がある。まずは、インターチェンジ・リーダーシップ・フォロワーシップという考え方を紹介したい。上司や部下という地位と、リーダーとフォロワーという関係性が、必ずしも一致せず、入れ替わる場合がある。つまり、上司がリーダー、部下がフォロワーと常に固定されているとは限らず、上司がフォロワー、部下がリーダーになることもあるということだ。たとえば、上司と部下がそろって営業先に行く場面を想像してほしい。名刺交換するときは、上司が部下を従
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える構図になる。ところが、部下が商品を説明するタイミングでは、自然発生的に、部下がリーダーとなり、上司はフォロワーの役割に切り替わる。そのとき、上司がフォロワーの役割に徹し、相手に情報が伝わるようにバックアップすれば、商談はうまく進むだろう。そうではなく、上司がリーダーの役割にこだわり、隣で部下へにらみをきかせるような振る舞いをすれば、部下は萎縮してしまい、商談もスムーズに進まないだろう。メーカーとサプライヤーとの関係性に当てはめて考えることもできる。基本的にはメーカーがリーダー、サプライヤーがフォロワーの立場になるだろうが、サプライヤーはメーカーの図面に忠実に従って製造し、コストカットの努力をするだけでは不十分だ。サプライヤーが現場で蓄積された知を生かして、「この仕様はおかしい」「こうすれば改善できる」などと、メーカーに提案できるような関係性が鍵になってくる。本当の意味での一体感ができれば、共創関係に発展し、イノベーションにつながるだろう。リーダーとフォロワーの関係性が、階層や権限によって固定されているという見方をすれば、違った示唆も得られる。上から下に影響力が及ぶ場合、リーダーシップがうまく発揮されずに空振りに終わったとしても、上司はパワーを使って部下を動かすことができる。一方、下から上に影響力を及ぼそうとする場合、上司が部下の提案を却下してしまえば、それで終わりだ。つまりフォロワーシップの働きのほうが弱く、それを生かせるかどうかはリーダーの度量次第ということになる。「リーダーシップとは何か」という原点に立ち返って考えてみるのもよい。野田智義氏は金井壽宏氏との共著『リーダーシップの旅――見えないものを見る』(光文社)で「リーダーは、リーダーになろうと思ってなったわけではなく、『結果として』リーダーに『なる』のだ」と述べている。ある人が理想やビジョンに向けて歩いていて、そこにフォロワーがついてきて、共振関係が生じ、結果としてリーダーになるという考え方だ。同じように、私が著書『フォロワーが語るリーダーシップ――認められるリーダーの研究』(有斐閣)で論じたことだが、事例研究をしたリーダー 3 人は、自分自身が意図してリーダーシップを発揮しようとしたわけで
はなかったことがわかった。むしろ、フォロワーたちがリーダーとの相互作用を通じて、何か新しいものを得ることができたという実感(開眼)、リーダーとの思いの一致によって強化される自らの思いへの確信(共鳴)、リーダーの貢献に対する実感(感謝)の、いずれかを得ることによって、リーダーシップを認知するというプロセスが明らかになった。結果的にリーダーになるという野田氏の指摘とも合致するのではないだろうか。
どうリーダーを育てるか
ある有力企業の最高幹部に話を聞く機会があり、その方は次世代のリーダーや管理職が育っていないという問題意識を持っていた。パラダイムの転換期なのに「組織全体でどう乗り越えるべきか」というように、大局的にみられる人材が育っていないと危機感を抱いていた。しかしながら、私が実際にその企業のミドル層と接すると、海外経験は豊富で人間性も磨かれ、素晴らしい人材ばかりだった。私は、組織が高度に専門化され、思考の枠組みが細分化されたがために「サイロエフェクト」に陥っている可能性があると感じた。そこから抜け出すためには、自分
ふかん
の仕事を俯瞰的に見る必要がある。勉強会を聞きに行っ
たり、異業種の人たちが学び合う塾に参加したりと、自分の仕事とは別の軸を持ち、往復することが重要だろう。日常に埋没してしまうと、常識化されたものを疑う視点を失いがちだ。いつものフレームワークとは別のところから、誰かに問われる必要がある。リーダーシップというのは複雑な現象で、すべてを包含するような研究成果や理論は存在しない。だからこそ、机上で理論を学ぶ前にやるべきことがある。それは自己対話だ。自らの理想とは何か、目指したいものは何かを問い直すことだ。自らの成育環境、誰からどのような教育を受けたか、これまでに一皮むけた経験はあるかなど、ライフヒストリーを振り返ることから始めてみるのがよい。自らの振る舞い方の原点になるべき発想を身につけたうえで、行動を起こし、フォロワーたちとの共振関係ができれば、その結果としてリーダーシップが発揮できるようになる。 24 [実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN

経営学から考える人と組織
その過程で、部下との関係性の構築や、職場をうまくまとめるための課題が見えてくるだろう。立ち位置をはっきりさせた後、リーダーシップの理論を学べば、使える理論が見つかるはずだ。リーダーとフォロワーの関係性が入れ替わることがあるという考え方を知っていれば、組織を円滑に動かすうえで役に立つ。これからのリーダーに問われるのは、傾聴はもちろん、対話を通じて、課題や教訓を発見してフォロワーに提示するフィードバックの能力だ。知らないことを恐れず、相手の胸に飛び込む「無知の知」という心がけも大切になる。ただし、リーダーがやみくもに質問すればよいわけではなく、自力で考え抜いたうえで出てくる鋭い問いが欠かせない。このようなコミュニケーションの能力を、ディスカッションやワークショップなどで向上させていくことも必要だろう。具体例を紹介したい。かつて研究した「四国管財」というビルメンテナンス会社の事例だ。この会社は社員満足度が高く、その理由を調べるのが目的の一つだった。そこで私は「四国管財ベーシック」と称する経営理念を浸透させる取り組みに注目した。朝礼で、社員たちが仕事で経験したことを、経営理念とリンクさせながら短時間で語る場を設けていた。経験から学ぶことはとても重要で、語ることで経営理念を肚落ちさせる効果がみられた。正規・非正規社員の別や、役職の有無など立場は関係なく、他の同僚たちは受け入れ、心理的安全性も保たれていた。ここでもリーダーが果たすべき役割は、適切な問いを立ててフィードバックを与えることだ。その経験から何を教訓として得たか、誰とその教訓を共有したいか、次にどういう行動をするべきかなどを問うことが、メンバーの次なる語りを生む好循環につながっている。このような関係性を作るためには共通の基盤が必要で、経営理念のような基軸が重要な役割を果たす。社員が自律的に動けることが最初のステップになるが、勝手に動かれてはばらばらになるので、基軸が必要になる。そして、次のステップとして、リーダーとメンバーの間で相互作用を通じて、組織のコミュニケーションの質を上げていくことができる。リーダーシップについて、リーダーになるべき人が適
はら
切な教育を受けていないことも問題だと考える。現在のミドル層に、尊敬できるリーダーから何を教わったか尋ねると、「そんな人に出会ったことはない」「反面教師ならいる」という答えが少なからずある。その理由を探るため、 1 世代前のリーダーが何を学んできたのか考えた。バブル崩壊後、企業が整理縮小を迫られたタイミングで、管理職としてリストラや不採算部門の整理などの非情な決断を下す経験をした人が少なくない。誰とも相談できず、答えも決まっているので、やるしかない。そのような修羅場でリーダーが一人で悩み抜いて決断することこそリーダーシップだというイメージができてしまい、次の世代にリーダーとしての教育や継承が難しかったのではないだろうか。今の時代に苦境に陥っている組織では、トップダウン型のリーダーが多いように思う。今の時代には唯一の答えがないので、リーダーにとっては、組織の一体感を高めることとフォロワーの生かし方が重要になってくる。そのためのコミュニケーション能力を研修などで身につけることが求められているといえる。
今後の課題
今後の課題も示しておきたい。従来のリーダーシップ論では注目されてこなかったが、横の連携や横からの圧力についても解明するべきではないだろうか。上司と部下という垂直の関係性だけでなく、同僚とのかかわりなど水平の関係性によって、影響を受けていると考えられるからだ。リーダーシップ論の研究の中心は米国にあるが、日本の場合は「同調圧力」という言葉に象徴されるように、横からどう見られているかを強く意識しがちだ。たとえば何かよい提案をしようとしている社員がいるとして、同僚からの「抜け駆けしようとしている」という視線を気にして、消極的になるということは、よくあることだろう。昇進や雇用で激しい競争下に置かれると、お互いにつぶし合ったり、けん制し合ったりすることも起こりうる。横の圧力が強い半面、横の連携の弱いことも、日本の組織の特徴と考えられる。イノベーションを促進するためにも、必要な視点ではないだろうか。 L
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ゲーム体験会レポート
君も社長になろう!
遊んで学ぶ経営のコツ、人生の要諦
PHP 研究所が4 月に販売を開始したボードゲーム第 2 弾『松下幸之助ゲーム~人生と経営の達人への道~』(巻末広告参照)。これまで企業や学校などで体験会を開催する中で、一般の方も参加できる機会を望む声が多く寄せられました。そうした声にお応えし、 7 月には計 4カ所でイベントを実施。その様子の一部をご紹介します。
文:長尾梓
小学生が挑戦!ゲームで学ぶ経営者の視点
7 月 10 日、東京都台東区立根岸小学校の放課後子供教室において、小学 1 年生から 6 年生までの希望者 11 名を対象に、ゲームの体験会を開催しました。本体験会は、根岸小学校ならびに、同校校長で全国小学校道徳教育研究会会長を務める瀬下清氏のご協力により実現したものです。
実は、 1966 年 9 月 21 日に松下幸之助は、全国小学校道徳教育研究会の第 2 回研究大会で講演を行なっています(『松下幸之助発言集 7 』所収)。約 60 年の時を経て、今度はゲームという新たな形で、幸之助の経営人生や考え方に子供たちが触れる機会となりました。なお、本年 4 月には、瀬下氏が 3 月まで校長を務
めていた台東区立台東育英小学校でも、同様の体験会を実施しています。ゲームを始める前に、まず松下幸之助がどのような人物だったのかを簡単に紹介しました。すると、「あー、パナソニックなら知ってる!」と声を上げる子も。普段目にしている家電製品と幸之助が結びつき、より身近な存在として感じてもらえたようです。対象年齢は10 歳以上のゲームですが、高学年の児童が低学年の児童を自然にサポートする場面も多く見られ、全員が楽しく参加することができました。また、商品開発と人材採用のバランスを考えながら会社を経営するゲーム内容を通じて、「会社の社長さんって大変だなと
思った」といった感想も聞かれました。
勝敗を分けるのはお金ではなく貢献度
7 月 11 日には、東京・日比谷図書文化館で「ゲームで学ぶ経営のコツ、人生の要―松下幸之助ゲームを遊ぼう―」を実施。 20 代から 70 代まで、幅広い年代の約 20 名の方にご参加いただきました。
当日は、参加者を「スーパーアイロン」「ハイパー乾電池」など、ゲームにも登場する幸之助ゆかりの商品名ごとにグループ分け。ゲーム開始前には、 PHP 理念経営研究センター代表の渡邊祐介がミニレクチャーを行ないました。
財産も学歴もなく、健康にも恵まれず、親きょうだいを早くに亡く
し、帰る故郷もない――そんな「な
根岸小学校日比谷図書文化館
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ゲーム体験会レポート
いない尽くし」の境遇から事業を興した幸之助。数々の困難を力に変え、成功への道を切り拓いた歩みや、その根底にあった考え方を、映像も交えながら紹介しました。いよいよゲームがスタート。このゲームでは、「お金を稼ぐこと」ではなく、「社会にどれだけ貢献したか」が勝敗を決めます。また、マスの指示は実際に幸之助が経験した出来事と連動しており、その人生を追体験できる仕組みになっています。たとえば、 1915 年の「井植むめのと結婚する」に止まると、他のプレイヤーからご祝儀として10 円ずつ受け取ることができます。また、 1920 年の「電話を架設、信用を高める」では、 1000 円を支払って貢献値 1500を獲得することも可能です。商売で得た利益を社会への貢献へとつなげていく。幸之助ならではの経営観を、ゲームを通して実感できる内容となっています。終了後のアンケートでは、「松下幸之助の人生が知れて楽しかった。お金を稼ぐだけでなく、研究や社会貢献に費やす姿勢は尊敬した」「自分が別の人生を体験しているような気持ちになった。いやはや激動の人生でした」「時代とともに社会が変化していくことを改めて実感した。
戦争は社会に大きな変化(不幸)を与える」といった感想が寄せられました。
なお、日比谷図書文化館では、イベントに合わせてゲームの展示もしていただきました。
未来の社長が誕生 !? 親子で挑む経営の第一歩
続いて 7 月 21 日と 26 日には、「こどもの本ブックフェアほんのおまつり 2026 」のプログラムとして、「君も社長になろう!『松下幸之助・人生ボードゲームにチャレンジ!』」と題したゲームの体験会を開催しました。 21 日は京都・みやこめっせ、 26 日は岩手・ビッグルーフ滝沢で、それぞれ 20~30 名の方にご参加いただきました。「こどもの本ブックフェアほんのおまつり」は、出版取次会社・トーハンが毎年夏に各地域の書店と共同で開催しているイベントです。今年は北海道、岩手、京都、岡山の 4 会場で開催され、そのうち京都と岩手の 2 会場で本ゲームの体験会を実施いただきました。
家族や友人同士での参加が多く、
会場は終始和やかな雰囲気。ゲーム
ほいち
中、松下電器の社内親睦会「歩一かい会」のイベントマスでは、全員がサ
イコロを振り、一番大きな目を出した人が賞金を得られるため、どのテーブルも大いに盛り上がりました。また、ゲームの鍵となる「信用札」を使って借金ができる場面では、「借金はしないで頑張る」と話していた参加者も、手元の資金だけでは商売を大きくできないことに気づき、次第に信用札を活用するように。後半には「返せるお金はあるけど、もう少し借りておこうかな」と、経営者さながらの判断を楽しむ姿があちこちで見られました。時間の都合で最後までプレイいただくことはできませんでしたが、各テーブルで最も貢献値の高かった子供に感想を聞くと、「(貢献値が高くて)うれしかった」「面白かった」「続きをまたやりたい」と、笑顔で話してくれました。学校や図書館、ブックフェアなど、様々な場で開催した今回の体験会では、子供から大人まで幅広い世代の方々に、ゲームを通じて松下幸之助の人生や経営の考え方に触れていただくことができました。今後もより多くの方に楽しんでいただける機会を広げてまいります。 L
みやこめっせ
ビッグルーフ滝沢
[実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN 27

生涯現役研究会
ネッツトヨタ南国シニア人財活用で実現する「全社員の人生の勝利」
2026 年 7 月 14 日、 PHP 研究所京都本部にて、第 5 回「生涯現役研究会」本部会が開催されました。今回はネッツトヨタ南国(高知市)の横田忠明常務に登場いただきました。
取材・文:太田修一郎写真:ネッツトヨタ南国、 P H P 理念経営研究センター
主体性と調和に基づいた組織風土づくり
ネッツトヨタ南国は、日本全国のトヨタ車の販売会社において「お客様満足度ナンバーワン」を連続して達成している会社です。
常務取締役の横田忠明氏が最初に強調したのは、ネッツトヨタ南国が大切にする「全社員が人生の勝利者になる」という経営理念です。「人生の勝利」のかたちは、会社が定義するのではなく、個々の社員が自らの人生における幸せや自己実現について考えるもの。その実現を応援することが会社の経営の原点であるとし、「多くの社員が自分自身の言葉で理念について語れることが当社の強みの一つ」と説明しました。
この理念を実現するために同社が重視しているのが、主体性と調和に基づいた組織風土づくりです。横田氏が経営の二本柱だと語る「人財育成」と「採用」にも、その考えが色濃く反映されています。
たとえば、夏祭りなど地域向けイベントを行なう際は、企画から運営、予算管理まで社員に権限を委ね、役員はあえて口を出さず、社員を信頼して見守ります。お客様に提供する価値を自分たちで考え、部署や役職を超えて一つの目標に向かって協力する経験が、主体性を育み、社員間の調和や信頼関係を強める機会になっているのです。また、近隣の中学・高校への出前授業や職業体験など、地域貢献活動や採用に関連する活動も社員主体で行なっており、その中で社員が自らの仕事の目的や意味を見つめ直し、「ネッツトヨタ南国で働くことの楽しさや喜び」を感じていると言います。「おじである創業者・横田英毅が大切にしてきたのは、答えを与えず、社員に自ら考えさせ、気づかせることです。同時に主体性を発揮できる場を提供し、やりがいや働きがいを高めてきました。それが全国トップを誇る従業員満足度(ES)やお客様満足度(CS)につながっ
ています」と横田氏は語ります。
同社では 60 歳の一次定年と 65 歳の二次定年を設定し、それぞれで継
続雇用制度を設けていますが、ここでは本人の希望や能力に応じて多様な働き方が選択できる仕組みを整備しています。継続雇用を行なう際は対象者とじっくり話し合い、経験や強みが存分に活かせる役割を提供しているそうです。また、 65 歳以降も成果に応じた昇給や賞与を継続するなど、「長く働きたい」という意欲に応える制度も整えています。「シニア人財は、会社の歴史や文化を次世代へ受け継いでくれる存在
「全社員が人生の勝利者になる」という経営理念を強調する横田氏
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生涯現役研究会
高尾氏は組織風土づくりの重要性を説く
であり、彼らが長年培ってきた知識や経験は会社にとって貴重な財産です。そうした人財を最大限に活かすためにも、何がその人の『人生の勝利』につながるのかを見極めることが大切」と横田氏は語ります。
シニア優遇ではない公平で持続可能な組織を
シニア人財活用の具体例も紹介されました。
営業でのアドバイザーとして継続雇用されている 66 歳の社員は、お客様との強固な信頼関係を活かしてサポートしています。勤務時間や休
日は本人の裁量を尊重し、無理なく働き続けられる環境を提供していると言います。一方で、他人に任せるのに慎重で、若手への顧客の引き継ぎに時間を要するなど、新たな課題も見え始めているそうです。
営業職から新車登録業務へ配置転換した 67 歳の社員は、几帳面な性格と新たな担当業務が合致し、やりがいを持って働いており、営業時代に培ったコミュニケーションスキルを活かして新部署にもすぐに溶け込んだと言います。
68 歳のサービス経理担当者は、
フルタイムから週 3 日勤務へ移行したことを契機に、属人化していた業務の標準化に着手し、スムーズな業務分担につながったそうです。「シニア人財の働き方について考えることで、組織の業務改善につながるという効果があった」とする一方で、横田氏はシニア人財活用の課題についても語りました。たとえば、シニア人財の活躍機会創出を進める中で、若手や中堅社員の挑戦機会やモチベーションとのバランスをどう取っていくのか。シニア優遇でも若手優先でもない、公平で持続可能な組織づくりが求められると指摘しました。そのためには、業務や暗黙知の見える化を進め、若手への円滑な引き継ぎを組織全体で支えることが欠かせません。現役時代から将来のキャリアデザインを描けるよう、会社として多様なキャリアパスを示すことも今後の課題だと述べました。横田氏は最後に、「誰もがいつかはシニア世代になります。だからこそ、現役世代とシニア世代が互いを尊重し、互いの強みを活かしながら気持ちよく働ける環境を整えることが、一人ひとりの『人生の勝利』につながる。その方法として、会社が用意した枠組みにシニアを当てはめるのではなく、個々の声に耳を傾けながら一人ひとりが活躍できる制度を柔軟に整えていくことが大切だと考えています」と話しました。コメンテーターを務める高尾義明氏(京都産業大学教授)は、「ネッツトヨタ南国には『人生の勝利』という強固な理念があり、軸をぶらさ
「生涯現役」で働ける社会の実現に向けて発信したいと小池氏
ずに組織風土を築いてきたからこそ、シニア人財活用も高いレベルで実践できている」と説きました。また、「シニアのキャリア形成や働き方の柔軟な設計、若手への円滑な技能継承などは多くの企業に共通する課題であり、同社の実践には課題解決に役立つ示唆が多分に含まれている」と述べました。
最後に本研究会の発起人である小池由久氏(サエラ代表取締役・日本経営財団代表理事)は、「この生涯現役研究会は、シニアに限定した制度や仕組みについて議論する場ではなく、これからシニアになる人も含め、誰もが『生涯現役』で活き活きと働ける社会の実現に向けて、今一度経営の本質や経営者のあり方を問
い直し、その成果を広く世間に発信していくものだ。ネッツトヨタ南国の実践や考え方を聞き、改めてその目的と目指すべき方向性が確認できた」と述べました。
生涯現役研究会
高齢化が進む中、高齢者が持つ知識や経験を最大限に活用できる社会実現のため、その課題の解決に向け、研究・検討し、成果を社会に発信する目的で発足。
発起人小池由久(サエラ・日本経営財団)瀬津要(PHP 研究所)
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BOOKS 〈知をひらく〉~経営の着眼点~
現場感覚を持った「攻めの経理」のすすめ
川上徹也『実践経営経理
―君はまだ松下幸之助を知らない』
PHP 研究所刊定価:1 , 2 10 円(税込)大阪大学名誉教授宮本又郎
書は、松下電器(現パナソ本ニック)で、入社以来一貫して財務・経理の第一線で活躍し、同社の発展・成長過程とともに、会社が潰れるかもしれないという修羅場に身をおいてきた著者(川上徹也氏)が、その体験をもとに、「経営経理」のあり方と、職業人の生き方、経営理念との関係性について、次世代のリーダーたちに手紙を贈るという形式で書きおろした力作である。語り口はロジカルであり、冷静であるが、パナソニックのみならず、今日の日本企業への著者の憂慮が感じられ、その意味で、警世の書であるといってよい。
3 部構成となっており、若手社員のキャリア形成から、中堅組織人の心構え、そしてリーダーシップのあり方に至るまで、ビジネスパーソンの成長段階に応じたメッセージが 37 項目にわたって明らかにされ、各項目において松下幸之助の言説が紹介されるユニークなものとなっている。本書を読むにあたり、 5 つの核心部分を紹介したい。
1 「経営経理」
「経営経理」とは、単なる財務数字の管理や会計公示書類の作成にとどまる「経理事務」とは根本的に異
なる概念である。財務・経理を通じて経営そのものにかかわり、会社の健全性を担保し、発展に資すること。経営トップの役割は「利益責任」と「財務責任」を負うこと。管理間接部門はコスト部門ではなく、価値を生み出す部門。「積極的経理事務」「攻めの経理」ということであろう。「経営経理」は経営結果の数字を机上で管理している仕事ではない。現場の実態を理解し、経営判断に資する情報を提供し、外部に対しては適切に情報を開示し、信用、評判を守り、社外から「無形の支持を得る」役割を有する。本書で明らかにされている松下電器の財務・経理制度史に関する記述はアカデミックにも意義がある。経理社員制度、内部資本金制度、運転資本の標準化、独自の経営管理指標となったCCM(キャピタル・コスト・マネジメント)、キャッシュ・フロー重視、 B/Sバランス重視など。通常、社史などでは財務状況の説明、財務データの開示はあるが、財務・経理制度の記述が少ない。経営史研究者の私など、いつも不満を感じていた。
P/LよりもB/S 重視、期間損益よりも会社の長期の健全な発展を志
向、ダム式経営で資産の毀損を防ぐこと、これはCFO(最高財務責任者)の役割だ。中村邦夫改革で「後輩たちに負の遺産を引き継がない」という中村社長(当時)と合意したのも財務責任者として通じるところがあったからである。松下幸之助は「社債も借金である」という極めて厳格な視点から無借金経営を尊び、外部調達コストに対する厳しい規律を維持していたが、これもB/S 重視志向だ。 B/S 思考こそが、現在のビジネス環境下における本質であるというのが川上氏の主張であろう。
2 数理(経営経理)と人間性本書では「経営経理」に関するファイナンシャルエンジニアリングといったテクニカルな部分の記述に重点がおかれていない。財務・経理のシステムづくりは緻密なもので、その運用は冷徹、厳正なものであらねばならないが、「会やしろ社は人が会う社」「決算は社員の汗の結晶」と書かれているように、すべての財務数値の背後には、生きた社員の仕事がある。組織を動かす原動力は結局のところ、経営理念と個人の熱意と努力なのだという人間重 30 [実践]理念経営 Labo 2026 AUTUMN

視の思想がある。また、個々人の判断は、困難な場面に直面したときには、経営理念が拠り所となる。これからの企業会計においてはAIを用いたチェックや予測が進むことが予想されるが、「『経営経理』は現場を見ることから始まる」という本書の指摘は、こうしたDXが進む現代に対して、警告を発するものと、私は読んだ。経理担当者が一日中 PCに向かい、データのみを分析対象とする場合、現場の人間の行動と財務データきはくの結びつきが稀薄となり、誤判断や無理な計画を導くことになりはしないか、川上氏はこのようなことを訴えたかったのではないだろうか。
3 ヒューマン・リレーション髙橋荒太郞、樋野正二、鈴木一、平田雅彦、松田基……といった経理関係の先輩たちから学んだこと、先輩へのリスペクト、知識の継承について多くのことが語られている。これは松下電器が、 OJTが組織知の伝承、人づくりに大きな役割があるとしてきたからであろう。それだけではなく、松下幸之助は「上司に学び、部下にも学ぶ」という双方向の学習姿勢を組織に求めた。この思想の生きた実例として、本書では1990 年に松下電器が実施した米国 MCA 社の買収において、当時 30 代の一般社員でありながら日米の交渉を実質的にリードした女性社員、斎藤純子のエピソードを詳述している。川上氏は彼女の仕事における熱意、行動力、強固な意志に学ぶところが多かったとしている。
とくに彼女が「 weとI 」を使い分けていたことを高く評価しているが、これは組織知(we)だけでなく、個性(I)が重大な場面において重要な意味を持つということであろう。
4 経営理念の意義経営理念や松下幸之助の言説が、単なる「精神論」ではなく、経営判断、財務判断の拠り所となったこと、密接に結びついていたことを、実例を挙げて説明している。「苦しいときに経営理念のありがたさがわかる」「理念は平時ではなく、危機にこそ効く」と述べているように、実際に CFOとして巨大組織の修羅場をくぐり抜けてきた著者の実践知を通して、幸之助語録をとらえ直している。それゆえ、幸之助言説はわれわれ(その言説が生み出された現場背景を知ることなく、その上澄み液である文章だけを読んでいるわれわれ)と異なる次元で、川上氏に響くところがあったのであろうことがよくわかる。私は、経営理念の役割は、社員を直接コントロールしないが、ガバナンスするところにある(governance without control)と思っているが、川上氏にとってはまさにそうだったであろうし、そうあらねばならないものだったのであろう。
5 中村邦夫改革について直接かかわった著者の言だけに臨場感がある。成功談だけでなく、反省も述べられている。情報通信ソフト、エンタメ事業、松下通信工業と
九州松下電器などを成長戦略に取り込めなかったことなど。
ただ、事業ポートフォリオ戦略において、財務・経理部門と事業部、研究開発部門、経営企画など他の部あつれき門との間に軋轢、コンフリクトはな
かったか。中村改革は成功したが、その後、松下電器は往時の勢いを失う。それは松下伝統の財務・経理システムが時代環境に合わなくなったのか、伝統的仕組みに問題があったわけではなく、それを上手く生かすことができなかったためなのか。いつの日か、こうしたテーマについても著者に語ってほしいものである。***
本書は、数理管理と理念、人間性という、企業経営が常に直面する大テーマについて、長きにわたって「経営経理」の第一線で活躍してきた著者がその体験にもとづいて、現代のリーダーに贈ったメッセージである。効率的な「経営経理」を遂行し、また冷徹な財務規律を保持しつつも(ロゴス)、組織を動かすものは結局のところ、経営理念と個人の熱意と努力、そして信頼関係(パトス)にあるというのが著者の結論であろう。
みやもとまたお
1943 年、福岡県生まれ。神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了。’88 年より大阪大学大学院経済学研究科教授。 2006 年に退官し名誉教授となる。現在、日本学士院会員、大阪商工会議所大阪企業家ミュージアム館長を務める。専門は日本経済史・経営史で、とりわけ経営者の歴史を研究する企業者史学に造詣が深い。著書に『企業家たちの挑戦(日本の近代 11)』(共著、中央公論新社)ほか多数。写真:桂伸也
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