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# Vol.18『[実践] 理念経営Labo』（2026 SUMMER 7-9）

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人と組織の可能性を発見する研究誌理念経営実践2026SUMMERLabo7-9Vol.18［特集］強い組織をつくる原点に立ち返り「共に育つ」組織風土を醸成する住友生命保険取締役代表執行役社長高田幸徳管理職を廃止して社員が自走する組織へネットプロテクションズ代表取締役社長柴田紳「落ちこぼれゼロ」で奇跡の急成長!!タカマツハウス代表取締役社長藤原元彦取締役・専務執行役員金田健也［松下幸之助経営塾志の実践］ミノラスホールディングス代表取締役社長石川英嗣［経営学で読み解く人と組織］日本大学准教授長谷部弘道

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『［実践］理念経営Labo』刊行にあたって現代の企業や組織において、経営理念を経営の軸に据えることの重要性はますます高まっています。一つには、資本主義社会のあり方が問い直され、企業の果たすべき責任がよりいっそう重視されつつあることが挙げられます。たとえば、行きすぎた株主重視の反省から、企業には社会的な課題解決が一段と強く求められるようになりました。ESG（環境、社会、ガバナンス）投資やSDGs（持続可能な開発目標）への関心の高まりからも、その傾向は明らかです。また、従来の経営理念に加えて新たに「パーパス」（存在意義）を掲げる企業も数多く出てきました。一方で、政府による働き方改革の推進、雇用慣行の変化、特に最近は新型コロナ感染症拡大をきっかけとしたリモートワーク導入促進の流れの中で、働く人々の価値観においても多様化が進み、組織を統合するための経営理念の役割も見直されています。私どもPHP理念経営研究センターは、複雑化する環境においても企業や組織が活力を持って高品質な商品やサービスを創出し、持続的な発展を遂げてゆくために、新たな理念経営のあり方を追求することを年に設立いたしました。この使命はパナソニックグループ創業者で弊社PHP研究所創設者でもある松下幸之助の「思い」から発しています。松下は、昭和7（1932）年5月5日、「人々の日常生活の必需品を充実豊富にして、その生こんしん活内容を改善拡充する。松下電器製作所はこの使命の達成を究極の目的とし、今後一層渾身の力を振るまいしんい、一路邁進せんことを期す」という趣旨の自社の「真使命」を宣言し、パナソニックグループを世界へと飛翔させました。また終戦後の世の乱れ、人心の荒廃を思い知らされたところから、「繁栄を通じて、平和と幸福を実現する」（PeaceandHappinessthroughProsperity）との思いに立ち、昭和21（1946）年11月3日にPHP研究所を設立いたしました。「初めに思いありき」の言葉通り、松下のいずれの事業活動もすべて「思い」を原点とした理念経営にほかなりません。こうした考えに立ち、PHP理念経営研究センターの情報発信の場として『［実践］理念経営Labo』をこのたび刊行いたします。誌名に「Labo」（ラボ）とつけたのは、本誌を生きた「理念経営の研究室」とし、より先端的な課題への取り組みに挑みたいとの思いがあってのことです。理念経営に挑戦している経営の現場を現代的見地にもとづいて取材し、理念実践の新たな指針を創出することを目指して誌面づくりに尽力していきたいと考えています。読者の皆様には、ぜひとも「Labo」の共同研究者として情報、ご感想を賜り、明日の「理念経営」のあり方に一石を投じるべくご支援、ご指導をお願いいたしたく存じます。2022年4月PHP理念経営研究センター代表渡邊祐介

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Contents──2026SUMMER7-9（Vol.18）特集強い組織をつくる【SpecialInterview】原点に立ち返り「共に育つ」組織風土を醸成するウェルビーイングに貢献することで「なくてはならない保険会社グループ」に住友生命保険取締役代表執行役社長高田幸徳4【Interview】管理職を廃止して社員が自走する組織へ全員がリーダーでありマネジャーネットプロテクションズ代表取締役社長柴田紳8【Interview】「落ちこぼれゼロ」で奇跡の急成長!!“厳しさ10倍、愛情100倍”―タカマツハウスの強い組織づくりとはタカマツハウス代表取締役社長取締役・専務執行役員藤原元彦／金田健也12松下幸之助経営塾【志の実践】「100年大家さん創造企業」を目指して地域と共に永続する会社に【塾生通信】日に新たミノラスホールディングス代表取締役社長石川英嗣1620Series【経営学で読み解く人と組織】レトリカル・ヒストリーとは?企業の「歴史語り」の可能性と課題【教育現場から人と組織の成長を考える】フィードバックを通じて自己認識を深める意識と行動を変える本音のやり取り【松下幸之助研究レポート】リーダーシップの多様性を考える「熱海会談」における幸之助の実践から日本大学准教授長谷部弘道PHP理念経営研究センター主席研究員的場正晃PHP理念経営研究センタープロジェクトリーダー高瀬浩平222628【生涯現役研究会】大和ハウス工業、さんびるグループ生涯現役の実現へ向けてトップの思いと風土づくりが大切32誌面内容がよりよくわかる特別動画を右のQRコードからご視聴いただけます。動画は随時追加予定。メルマガにてご案内します。（メルマガ登録はP35下をご参照ください）

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SpecialInterview原点に立ち返り「共に育つ」組織風土を醸成するウェルビーイングに貢献することで「なくてはならない保険会社グループ」に住友生命保険相互会社取締役代表執行役社長高田幸徳たかだ・ゆきのり＊1964年9月3日生まれ、大阪府出身。’88年、京都大学卒業。同年、住友生命保険に入社。2017年、執行役員。’18年、上席執行役員、執行役常務。’21年から現職。住友生命保険相互会社本社：大阪市／創業：1907年／事業内容：生命保険業住友生命保険は、ウェルビーイング（well-being）をキーワードにかかげ、従来の生命保険という枠にとらわれず、健康増進型保険商品を開発するなど躍進をとげている。厳しい収益環境の中で大切にしているのは、企業理念である「経営の要旨」だ。その立ち返る原点について、取締役代表執行役社長の高田幸徳氏にうかがった。取材・構成：平林謙治写真・資料提供：住友生命保険幸之助さんとのご縁社風や事業精神の共通点われわれ住友生命は来年で創業120年を迎えます。実は“経営の神様”松下幸之助さんとのご縁を抜きにして、その歩みを語ることはできません。終戦直後の苦しい時期に、当社が旧松下電器の株式を引き受けたところからおつきあいが始まりました。当時の経営陣や先輩たちが幸之助さんから受けた薫陶は大変深く、それは家電と保険の業種の違いを超えて当社の中にも今なお生き続けています。とりわけ懇意にさせていただいたのが、私の8代前の経営トップである新井正明元名誉会長でした。幸之助さんを人として敬愛するだけでなせきがくまさひろしんしゃく、昭和の碩学・安岡正篤師に親炙しており、思想や経営哲学の面でも共鳴し合う間柄だったようです。幸之助さんが心血を注ぎ、自ら初代理事長を務められた財団法人松下政経塾（当時）を、幸之助さん亡き後、第2代理事長として引き継いだのも新井さんでした。松下政経塾といえば、あるOBの方から聞いたことがあります。カリキュラムの一つに剣道があるのですが、当時の塾の用具はすべて「住友生命剣道部」の名前入りだったと。早い話が“リユース品”をお譲りしていたわけですね。それほど会社同士のご縁も深い、一つの表れといっていいでしょう。そ4［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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強い組織をつくるもそも両社の間には、当初から事業体としてより根源的なレベルでの親和性がありました。幸之助さんは「企業は社会の公器」だと明言されました。一方、当社も企業理念である「経営の要旨」の第一条に「社会公共の福祉に貢献する」と掲げ、それを自らの存在意義（パーパス）として位置づけています。軌を一にしていることは論をま俟ちません。実はかくいう私自身も、就職の際、最初は松下電器さんを志望していたんですよ。選考もいい線まで行ったのですが、たまたま親戚から紹介された住友生命の人に食事をごちそう馳走になっちゃって……。貧乏学生が胃袋をつかまれたら、もう逃げられませんよ。冗談はさておき、今思うと雰囲気も似ていたし、社風や事業精神など相通じるものを自分なりに感じていたのだと思います。「共に育つ」風土の醸成には理念が大切ただ、いくら理念や哲学が大切だといっても、若手の頃は私もピンとこなかったというのが正直なところです。東洋思想に造詣が深かった新井さんに呼ばれて、古典に関する本人の著書を輪読する勉強会に参加したこともありますが、当時は何が書いてあるのかもよくわからない。「これが保険会社の仕事にどう役立つのだろう」とモヤモヤしながらも、本は大切に持っていたんですよ、サイン入りだったので。歳月を経て、それを今、経営者という立場であらためて読み返してみると、なるほど！そういうことかと。つまるところ、幸之助さんが説かれたように、理念の真意とは実践の積み重ねがあって初めて腹に落ちるものなのでしょう。会社や事業の方向性を定めていく中で、厳しい時代を生き抜いた先人の言葉が、より重く、より深く胸に響くようになってきたと実感する毎日です。私が社長に就任したのは、コロナ年4月。当社は指名委員会等設置会社ですから、指名委員会の前で、私なら会社をこう変えますとプレゼンを行ないました。当時は健康増進型保険の“住友生命「Vitality」”という商品を担当していたので、まずはその拡販に努めることともう一つ、ぜひやりたいと提案したのが「人」への取り組みです。就任と同時に、社長直轄の「人財共育本部」という部署を立ち上げました。部署名には「人は財産」であり、教える・育てるより、「共に育つ」ようにしたいという思いが込められています。当社には現在4万人以上の職員が在籍していますが、一人ひとりが上司にただ教えられ、育てられるだけでは激しい環境変化に対応できません。職員が自ら学び、お互いの成長に貢献し合う―「共に育つ」組織風土を醸成しなくては。では、何を学ぶべきかというと、まさに温故知新。今こそ理念が大切なんですね。ともするとハウツーの教育にばかり傾いて、根本的な考え方や事業精神の浸透を疎かにしがちではないか。私にはかねてそうした危機感がありました。トップダウンで取り組まない限り、そこは変わらない。だから、直轄の担当部署を新設したのです。企業の最もベースとなる部分を強くすることでしか、予測困難な未来を生き抜くことはできませんから。「社会公共の福祉に貢献する」創業以来不変のパーパス当社の企業理念である「経営の要旨」が、その第一条で「社会公共の福祉に貢献する」と表明していることはすでに述べました。これは、生命保険という事業を通じてお客様の人生を支え、お客様・社会に貢献するという創業以来不変のパーパスを表しています。一方で、何をもってどう貢献するのか。保険に求められる価値や役割といったものは、時代とともに移り変わるのが必然ではないでしょうか。むしろその変化をとらえて適応できなければ、理念も、パーパスもそれこそ絵に描いた餅で、額縁に入れて飾られているだけのお題目と化してしまいます。今や日本国内では「人生100年時代」と言われて久しい。超高齢化社会が到来し、お客様の生命保険に対するニーズは多様化する一方です。かつては保険の価値というと、前出の新井さんがいみじくも「悲しみとともに貧しさが訪れないように」と説いた通り、病気や事故による突然の不幸など、人生の不条理な負の側面に備える経済的保障が第一義でした。やがて医療や公衆衛生が劇的に発達し、国民の平均寿命や健康寿命の延伸に伴い、昨今は身体的、経済的な不安に備えるだけでなく、長い人生をいかに心豊かに楽しむかといった、よりポジティブな面も重視されるようになってきています。こうした社会の新しい動きに対して、当社にできることは何かを、私はかねて模索していました。そして［実践］理念経営Labo2026SUMMER5

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社長就任を機に掲げたのが「ウェルビーイング」（well-being）です。一般には「心身ともに満たされた状態」と解され、健康や幸福とも同一視されますが、当社ではこれをもう少し多義的にとらえて、一人ひとりが「よりよく生きる」こと、そして「よりよい関係」を築くことと定義しています。ウェルビーイングの考え方を学ぶほどに、私はこれが当社の掲げる「社会公共の福祉に貢献する」というパーパスそのものだと気づかされました。英語の表記を見てください。wellとbeingとの間をわざわざ「-」でつないでいるでしょう。このハイフンのように、既存の保険の枠を超えて、人と人、社会と社会、今と未来をつないで「よりよい関係」にしていくことに新たな保険の価値を見出したのです。当社は創業の原点である社会公共の福祉を「ソーシャル・ウェルビーイング」と再定義し、そこにとことん貢献することで、「なくてはならない保険会社グループ」を目指します。リスクに備えるだけでなくリスク自体を減らす私がウェルビーイングに注目するようになったきっかけは、先述の「Vitality」という画期的な商品に開発段階からかかわったことでした。失って初めて気づくのが健康の大切さで、その失うリスクに備えることが従来の保険の役割でしたが、Vitalityは備えるだけでなく、リスクそのものを減らすという役割を付加した健康増進型保険です。健康診断や運動などの活動をポイント化し、ポイントに応じた保険料の割引や各種特典が受けられる健康プログラムによって、楽しみながら健康増進につなげます。2018年に発売し、現在は販売件数が250万件を超える当社の基幹商品へと成長しました。もともと南アフリカの金融サービス会社Discoveryが健康増進型保険を販売しており、それをベースに同社と提携して開発したのですが、当初は懐疑的な声が少なくなかったんですよ。社内でも「こんな保険、売れるわけがない」と言われたことがありましたから。しかし、ただ売ればいいという話ではありません。保険を超える価値をお客様に提供することがVitalityを広げる意義であり、そこをうまく伝えられないかと考えていたときに、ウェルビーイングの概念に出合ったのです。Vitalityを通じて人々のウェルビーイングに貢献するというメッセージは、コロナ禍を経て、着実に浸透していきました。ただ、産みの苦しみはそれだけではなく、上市して数カ月間は健康プログラムの利用に必要なアプリの不具合にもたびたび悩まされました。基幹システムはDiscoveryにあるらちがのですが、何度対応を求めても埒明かない。日本では当社が独占契約しているとはいえ、当時は中国など巨大市場と比べると微々たる扱いだったので、リソースを割いてくれないんですよ。ついに業を煮やした私は、橋本（雅博）社長（当時、現会長）や副社長を引き連れ、無謀にも2泊4日の強行軍で南アフリカに乗り込み、直談判に及びました。それでも先方のんきにはのらりくらり。交渉の場で呑気ワインなんか勧めてくるから、思わず強めの口調で不満足の意をあらわにしてしまいました。しまいには同げきこう行した通訳さんが私以上に激昂してけお……。さすがに相手も気圧されたのか迅速な改善を約束してくれました。個人と仕事・会社の「よりよい関係」を再構築するVitalityの累計販売件数が150万件を突破した2023年には、「住友生命グループVision2030」を策定しました。2030年に目指す姿を、ウェルビーイングに貢献する「なくてはならない保険会社グループ」と定めましたが、私から見ると、その時点ではまだ社内への浸透度は表面的だと映ったのです。職員にはウェルビーイングへの貢献を頭で理解するだけでなく、もっと行動化して、実践してほしい。そうした思いから始めたのが、お客様や働く仲間、社会など誰かのウェルビーイングに貢献している職員を職員間で推薦し、表彰する制度“スミセイ「foryourwell-being」アワード”（次項図参照）です。昨年は、1万7000名を超える職員が推薦に参加し、推薦された職員は8200名超となりました。その中から、ブロンズ・シルバー・ゴールド全体で500名を表彰しました。1票でも入った人には全員、誰から、どういうところを評価されて推薦されたのかをフィードバックしています。たとえば、職場のコピー用紙が切れるたびに毎回黙って補給してくれるからとか、そういうことが理由でもいいんです。立派な貢献だし、見ている人はちゃんと見ているんだとわかるだけでも、推薦された本人はうれしいじゃないですか。ちなみに役員は推薦の対象外なの6［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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推薦考委員会による選考職員によ500名選る強い組織をつくるスミセイ「foryourwell-being」アワード各賞の詳細部門表彰内容GOLDSILVERBRONZE数名50名ブランド・ライブ2025映像化／ご招待などブランド・ライブ2025映像化／ご招待など表彰状などどんな人？他社や取引先などよりよい関係を築くために取り組んでいる人お客さまどんな人？自分自身がお客さまの立場になったときに「この人に担当してほしい」と思える人どんな人？ボランティア・地域の活動など、社会や環境のために取り組んでいる人仲間どんな人？働きやすい職場や活躍できる環境づくりに貢献している人ビジネスパートナー社会・環境未来どんな人？採用・育成・イノベーションなど、今だけではなく未来を見据えた行動をしている人ですが、以前、間違って私を推薦した人がいたらしく、誰かは聞かずに理由だけを聞いてみたら、「ウェルビーイングということを初めて言ってくれたから」だと。社外で何か賞をもらうよりうれしかったですね。また、われわれは先述の「人財共育」の一環として、職員個人と仕事・会社をつないで「よりよい関係」を築くキャリア・ウェルビーイングの実践にも力を入れています。自分は何のためにここで仕事をしているのか―それぞれのパーパスをWill（やりたいこと）・Can（できること）・ToBe（あるべき姿）の3つの視点から見つめ直し、固め直すような取り組みを進めているところです。そうした根本的な部分の「共育」を抜きに、スキルやハウツーばかり「教育」しても、人や組織の成長は望めません。「拡・保険」の道を「進取不屈」の精神で切りひらく「万が一のリスクに備えるだけでなく、リスクそのものを減らす」―不確実・不透明な時代にあっては、Vitalityのコンセプトとして紹介したこのポジティブな発想がいよいよ必要になってくるでしょう。これからの保険は、これまでの保険の枠内に留まっていてはいけない。われわれはすでにウェルビーイングの理念に共感する多くのパートナー企業と提携し、お客様の身体的な健康はもちろん、精神的な健康、さらにはよりよい人間関係を支える社会的な健康の増進にまで保険の価値や役割を広げていく、「拡・保険」の方針を打ち出しています。ただ、保険は目に見えない商品であり、ましてや新しい価値となれば、なおさらお客様には伝わりにくい。だからこそ、決め手はやはり「人」なんですね。保険は基本的に人と人との信頼関係の上に成り立つものですから。AIがいくら進化しようと、そこは揺るぎません。私が「人財共育」に特に力を入れるゆえんでもあります。最後にもう一度、当社の企業理念である「経営の要旨」を引かせてください。その第三条の文言の中に「進取不屈」という言葉があります。これは他の住友グループ企業の社是にはない当社独自の言葉で、困難に屈することなく、新しい挑戦に真正面から立ち向かっていこうという当社伝統のチャレンジスピリットを表しています。ウェルビーイングへの貢献を質・量ともに高めて、「拡・保険」の道を切りひらくために、われわれはこの進取不屈の精神を、今一度心に深く刻まなければなりません。思えば、Vitalityの件で南アフリカへ乗り込んだときも、まさに不屈の心境でしたね。絶対に退くものかと。ここぞというときに理念に沿う行動を起こせたのは、やはり若い頃からそれが自分の中に自然とビルドインされていたからだと思います。先人の薫陶の賜物であり、これもAIには到底できない芸当でしょう。L［実践］理念経営Labo2026SUMMER7

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Interview管理職を廃止して社員が自走する組織へ全員がリーダーでありマネジャー株式会社ネットプロテクションズ代表取締役社長柴田紳しばた・しん＊1975年生まれ。福岡県出身。’98年に一橋大学を卒業後、総合商社の日商岩井（現・双日）に入社。2001年にIT系投資会社のITXへ移り、買収先だったネットプロテクションズに取締役として出向。’04年、同社社長に就任し転籍した。日本後払い決済サービス協会会長を務める。著書に『管理職を全廃しました―社員全員が自走する「ティール型組織」』（ダイヤモンド社）。株式会社ネットプロテクションズ本社：東京都千代田区／創業：2000年／事業内容：後払い決済（BNPL）サービスの開発・提供ネットプロテクションズは、後払い決済（BNPL）サービスのリーディングカンパニーだ。社長の柴田紳氏が事業を原型から作り上げ、東証1部（現・東証プライム）に上場し、グループ億円（2026年3月期決算）に達した。同社はユニークな組織作りでも注目されている。企業理念を共有した社員たちが主体的に働く「ティール型組織」を築き、管理職も廃止した。柴田氏に、どうすれば社員が自走しつつ、組織としてまとまれるのか尋ねた。取材・構成：高瀬浩平写真・資料提供：ネットプロテクションズ権限の集中に疑問を抱き管理職の「城」を取り払うネットプロテクションズは、BNPL（BuyNow,PayLater）つまり、代金後払い決済サービスのリーディングカンパニーです。お金を払うタイミングと、モノやサービスを受け取るタイミングがずれると、売り手と買い手のどちらかにリスクが発生します。そのリスクを当社が負担し、なめらかにするということが事業の根幹です。サービスとしては、通販で使える「NP後払い」に始まり、BtoBの「NP掛け払い」ネットプロテクションズのビジネスモデル8［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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強い組織をつくるや通販および実店舗で使える「atone（アトネ）」などを展開しています。15年ほど前までは、組織の問題でとても苦労しました。振り返ると「当たり前の取り組みをしていたら、当たり前じゃない組織になった」という感じです。管理職を全廃しました。僕は権限移譲こそ経営の鍵だと思っています。しかし、考え方が合わない人がマネジャーになり、自分の「城」を作ってしまい、そこから先に権限が委譲されないことがありました。いったん権限を持つと、手放したくなくなるのでしょう。たとえると「合衆国」のはずなのに、それぞれの「州」が独立してしまったような状態になったのです。そして、将来を期待していた社員を、マネジャーがつぶしてしまい、辞めさせてしまったこともありました。特定の個人に権限を集中させるのは百害あって一利なし。「何だろう、この仕組みは」と、疑問を抱いたのが始まりでした。少しずつ権限を薄めていき、基本は全員がマネジャーであってリーダーであるというふうに変えていきました。2017年に管理職を全廃すると宣言し、今に至っています。成果、成長、幸福を支える「カタリスト」という役割今は、何かを1人だけで決めるということはありません。社内には上下関係はなく、情報もほぼ全面的に開示しているので、新卒であっても僕が持っている情報とそれほど差はありません。事業ごとに50人や70人全員で1泊2日の合宿に行き、5従来のヒエラルキー型組織と異なる、ティール型組織とカタリストのイメージ年後の理想の未来について議論するめるというイメージでしょう。こともあります。一般的な会社の幹約360人いる社員のうち、カタリ部合宿を全員でやっているような感人ぐらいです。職務のグ覚です。レードや給与を、1から6までのバ全員がリーダーなのですが、そのンド（幅）で決めているのですが、中でも取りまとめ役になる人は出て以上の人がなきます。それも、経験や成果をもとれるようにしています。早ければ新に、自分たちで「この人に決めてほ、5年、頑張っていれば7、しい」と自然に選ばれますね。8年でなる社員もいますね。「カタリスト」という役割の人た当社は社員の成長のスピードが速ちがいます。この言葉は、化学でいです。360度評価制度では入社1「触媒」という意味です。カタリス年目から同僚たちを評価する側になトには「部下をコマのように使う」り、新入社員の採用にもかかわるかというような権限はありませんが、らでしょう。予算策定も有志でやり周りへの影響力を持っています。ますので、新卒2年目でも一般の企僕からカタリストに求めているの業でいうマネジャーっぽい役割は担は、部署や事業で成果を出すこと、えるだろうと思います。所属している人たちをダイナミック今は主要事業が5つ、新規事業がに成長できるようにして、幸せに働6つあり、これらのリーダーは全員けるようにすることです。成果と成が新卒か第二新卒です。数年をかけ長と幸福をバランスよく成り立たせて育てるうちに、会社のやり方を熟る責任があります。知していくからだと考えています。3つのうち幸福は、自分でやりたみんなには「経営人材になっていと思うことに全力でチャレンジしね」と言っています。CEO（最高ている最中に感じるものだと考えて経営責任者）やCTO（最高技術責います。心理学者のチクセントミハ任者）とか「CxO」といわれる人イが言った「フロー状態」のことで材をどんどん出したいですね。す。それを邪魔しないようにするこ組織がバラバラにならないのは、とが大事です。仕事をしているうちに、1人で走るカタリストの役割を言い換えれよりも周囲と力を合わせたほうがやば、みんながうまく踊れるように支りやすく、得になると必ず気づくかえるとか、自走する社員たちが変ならです。「協力し合えるリーダー集ベクトルに向かわないよう取りまと団」といったところでしょうか。［実践］理念経営Labo2026SUMMER9

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社員を競争させたり、ポジションを限ったりすると、協力という意識が消えてしまいます。だから当社には、出世とかポジションというものがありません。では、僕のようなシニア層は何をするべきかといえば、一つは重いクレーム処理でしょう。そういうものを引き受けることで信頼されるという面があります。管理職は廃止しましたが、取締役や監査役は置いています。法令上の義務であることに加え、外部との交渉で肩書が必要という理由もあります。会社に長年いて、周囲からも尊敬されている人にふさわしい肩書がほしいという思いは、社員たちにも湧いてくるのではないでしょうか。それでも、取締役たちに特別な権限があるわけではなく、カタリストと大きく変わらないかもしれません。今の事業規模であれば、新しい事業をテストしたいという相談は僕に直接来るかもしれませんね。360度評価制度が持つ強み社員の成長支援に生かす当社は360度評価制度を採用しており、僕自身も評価されています。コンピテンシー評価ですので、成果はあまり見ていません。評価の対象は4項目で、経営視点、業務遂行、コラボレーション、成長支援です。つまり、経営者のように将来のビジョンを描けて、業務を遂行する能力があり、周囲とうまくコラボレーションして、成長を手助けできるということです。全部のレベルが上がれば、絶対に仕事はできるようになりますし、成果が出ないはずがありません。経験して知見が積み上がり、よりうまくできるよ性やありたい姿を示すものであり、うになっていくものだと考えていまバリューは個人の日々の判断・行動す。の拠り所となるものと考えていま社員は、いろいろな属性があるす。そして、組織規範や行動規範10人ぐらいの人たちから評価されは、広義ではバリューの中に位置づます。逆に10人ぐらいを評価するけられるものとして整理しています。立場にもなります。経営視点の項目7つある組織規範のうち決定的にゆがでいえば「この人が3だったら、あ重要なのは「歪みがない事業・関係の人は2だな」というふうに、お互性をつくる」です。「歪み」といういが軸を持って、相対評価し合うののは、言い換えれば、公平でない状で、結果はきれいに差がついたかた態ということです。上下関係が厳しちで出ます。すぎたり、マネジャーに権限が集中評価の結果は、バンドを上げる基していたり、若い人に情報が来な準になりますし、シニア層が成長のかったりすることは「歪み」であっ支援に役立てるためにも使っていまて、会社の仕組みから排除していきす。1on1では「ここは改善のしどます。また、他の6つをちゃんとやころではないか」というふうに本人れば、歪みがなくなるという理解をに伝えます。しています。全社員でどんな会社にしたいか議行動規範は、社員の採用基準その論して、2012年に「ミッション・ものです。ここを理解してもらったビジョン・バリュー」（MVV）をうえで面接しています。確定させました。MVVはとても重要ですので、新ミッション：つぎのアタリマエをつしい社員が入ったら、僕が自ら説明くるしています。新卒なら2時間をかけビジョン：ひとの可能性をひらくて、歴史や経緯も合わせて感情を込バリュー：本質を探り、変化し続けるめて話します。最初にインストールの3つを掲げています。しておいて、その後は解釈も含めMVVを単なる理念としてではなて、任せてあります。うまく適合しく、日々の組織運営や個人の行動にた社員がそこらじゅうにいますの落とし込むため、組織として大切にで、自然に学習していくでしょう。する価値観と、個人が行動する際の総合商社にいたとき、たばこを扱規範を設けています。う部署にいました。朝に出勤して5ビジョンは組織として目指す方向分でエクセルシートを作り、ファクスを送って、1日の仕事は終わりでした。入社して3年目でも、先輩か枚目に赤ペンでチェックを入れられることもありまネットプロテクションズのMVVした。チャレンジ10［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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強い組織をつくるネットプロテクションズの組織規範と行動規範組織規範●歪みがない事業・関係性をつくる●みんなで会社をつくる●わくわく感を大切にする●すべてのステークホルダーと真摯に向き合う●違いこそを組織の力に変える●志を尊重する●厳しく求め、支え合う行動規範●本質を考える●力を合わせる●最高にこだわる●誠実に向き合う●自分を磨くしたいのに、何の成長実感もなく、自分がやる必要がある仕事なのかと感じていました。ある人が「X」に、人が会社を辞める理由は3つしかないと投稿していました。給料が安い、むかつく、飽きた、だというのです。とても雑な言い方ですが、そうかもしれないなと思いました。商社での経験は、こういうことをすれば若手のモチベーションは折れると、反面教師として多くのことを知ることができたと思っています。入社したら各部署に出向経営者を「50％社員」に入社すると、各部署に「出向」してもらいます。新卒なら4カ月と1週間、中途採用でも3カ月くらい、1部署につき2週間ほど回ってもらいますよ。「何もしなくていいからね」と言うのですが、それは社内に人脈ができますし、各部署の風土を知ってもらいたいからでもあります。中途採用の人が肩肘を張って、最初から成果を出そうとしても、大体外すことが多い。成果を出すのは、全体が見えてからでいいのです。異動も強制しません。個人に極限まで人事権を渡してある感じです。急に「京都出身なので、京都に戻ります」と言う社員もいました。推奨はしていませんが、フルリモートでの勤務も認めています。育休の取得は男女とも100％。親の介護が必要なときは、実家で働けばいいのではないでしょうか。会社にはいろいろなルールがあるでしょうが、本当にそれは要りますか？意欲と会社への愛があれば、生きている時間を100％注がなくてもいいのではないでしょうか。成果が上がれば、何でもいいと考えています。そういう考え方なので「50％社員」もいます。半期でみて半分だけ会社で働いてもらえばいいことにしています。入社後には出向もしてもらいますし、1on1や評価にもかかわってもらいます。広報の真田紀子さんは自分の会社を経営しながら、50％社員として働いています。それでも辞める人はいますけれど、「独立したら出資してあげる」と言って送り出すこともあります。数年間は外に出て、戻ってきた社員もいます。「同じ時期にバスに乗り合わせた人たち」というイメージでとらえています。社員たちは誰かにコントロールされている感覚はないと思うのですが、ネットプロテクションズという場が好きだし、機会としても面白いから、仲間とやっているのだろうと思いますね。BNPLは20年先も成長するAIは組織としっかりかみ合うBNPLは、やればやるほど加盟店やユーザーが増えて、データも蓄積されますので、二次的な事業がいくらでも展開できるようになります。海外では台湾やベトナムでも伸ばしています。今は事業を作れるリーダーが必要で、どんどん生み出そうとしている状況です。AIは雑用を減らすためにも使いますが、新規事業がやりやすくなると考えています。従来は新規事業に10人や20人が必要だったので、既存事業の運営が苦しくなりましたが、新規事業が3、4人でできるなら、どんどん進められるでしょう。これまでは、後払い事業の黒字化までに最短で8年かかりましたので、いったん始めると10億円ぐらいの赤字を覚悟しなければなりませんでした。AIを使えば、初期投資も抑制できるでしょう。リーダーを育てる組織とAIのかみ合わせがすごくいいので、この先10年、20年も伸び続けると思っています。L［実践］理念経営Labo2026SUMMER11

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Interview「落ちこぼれゼロ」で奇跡の急成長！！“厳しさ10倍、愛情100倍”──タカマツハウスの強い組織づくりとは2019年、創業100年超の老舗ゼネコン・髙松コンストラクショングループの一員として、戸建住宅市場に新規参入したタカマツハウス。立ち上げ直後のコロナ禍、コスト高という困難に直面しながらも、2025年度には375億円の売上高を達成した。代表取締役社長の藤原元彦氏と取締役・専務執行役員の金田健也氏に、急成長の大きな要因「落ちこぼれゼロ」に徹した営業チームマネジメントの極意についてうかがった。聞き手：渡邊祐介（PHP理念経営研究センター代表）構成・写真撮影：池口祥司写真提供：タカマツハウスタカマツハウス株式会社代表取締役社長藤原元彦（左）ふじわら・もとひこ＊1962年生まれ。大学卒業後、’85年積水ハウスに入社。国内戸建住宅事業の営業として活躍後、北関東、東関東、神奈川の各営業本部長を歴任。2010年執行役員、’12年常務執行役員に就任。’19年に同社を退職後、タカマツハウス代表取締役社長・ミブコーポレーション（現タカマツハウス不動産）取締役会長・タツミプランニング（現タカマツビルド）取締役会長に就任。取締役・専務執行役員金田健也（右）かねだ・たつや＊1971年生まれ。大学卒業後、’94年大和ハウス工業に入社。戸建住宅事業のマーケティング部門の責任者を務めたのち、埼玉・横浜の住宅事業部長を歴任。2019年10月タカマツハウスの設立に参加し、執行役員経営企画本部長に就任。著書に『全員を稼ぐ社員にする、最強チームの作り方』（ぱる出版）がある。タカマツハウス株式会社本社：東京都渋谷区／創業：2019年／事業内容：首都圏を中心とした木造戸建住宅関連事業の営業・企画・販売業務成熟産業に新規参入未経験者との厳しい船出――金田さんのお書きになった書籍『全員を稼ぐ社員にする、最強チームの作り方』（ぱる出版）にも、「戸建住宅」は成熟産業であることが指摘されていますが、なぜ、このタイミングであえて新規参入することになったのでしょうか。藤原おっしゃるように、私がタカ年時点で、人口減少が続く日本において、戸建住宅市場はすでに飽和状態であり、成熟し切っているというのが業界内の常識でした。私自身、積水ハウスの退職を検討していた頃、「もう戸建住宅はいいかな……」と感じていたのも事実です。ただ、ご縁があって、髙松コンストラクショングループの髙松孝之名誉会長にお会いして、「一緒に住宅の仕事をしよう」とお誘いいただいたことで、12［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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強い組織をつくる「仕事人生の第4コーナーからゴールまで走り切るなら、今まで培ってきた経験とスキルを発揮して、社会に恩返しするのがいいのではないか」と考えるようになりました。――とはいえ、スタート直後は戸建住宅の販売をした経験がないメンバーばかりだったことに加えて、コロナ禍の影響もあり、厳しい船出だったとお聞きしています。藤原大和ハウス工業でマーケティング部門や戸建住宅の責任者を務めていた金田をはじめとする経営陣が入社するまでは、本当に未経験者ばかりで、土地の購入すらままならないような状態でした。さらに、追い討ちをかけるようにコロナ禍となり、「どうして、こうもうまくいかないのか」と弱気になったこともありましたね。ただ、戸建住宅事業未経験者の社員ばかりとはいえ、一緒に過ごしていると情も湧いてきて、「社員が生活していくためにも、任された経営者という仕事を全うしなければならない」という気持ちだけは持ち続けていました。また、これは生まれ持った気質か、幼少期に培われた性格かはわかりませんが、本気で事にあたれば、必ず成果は出るという根拠のない自信もありました。落ちこぼれたくて落ちこぼれる人はいない――実際のところ、未経験の社員の方々にどのように接して、どうマネジメントされたのでしょうか。藤原マネジメントのベースにあったのは、縁があって一緒に働いている社員たちが、私と知り合ったことで、少しでも明日に希望を持って働けるようになってほしいという思いです。最初は「宅建」（宅地建物取引士）の資格を持っていない社員ばかりでしたから、「不動産屋さんに行かないでいいから、土地を見に行って、まずは相場観を覚えてほしい」と指示を出したりと、本当に初歩的なところからのスロースタートでした。金田私は初期のメンバーでは成果を出すのは難しいのではないかと藤原に進言したこともありますが、藤原からは、「落ちこぼれたくて落ちこぼれる人はいない。みんな、家に帰れば、日本一のお父ちゃん、お母ちゃんなんだから、全員で応援していこうよ」という言葉が返ってきました。それを聞いて私もハッとしましたね。――松下幸之助の「人間は磨けば光るダイヤモンドの原石のようなもの」に通じるお話ですね。住宅業界の営業は厳しいイメージがありますが、営業の現場はどのような雰囲気なのでしょうか。金田厳しさはもちろんあります。ただ、藤原がつくった組織の特徴の一つは、部下が成果をあげられないのは、しっかりと応援できていない上司の責任だという考え方が浸透している点にあります。たとえば、宅建の試験では、事前に登録講習を修問免除される制度があって、合格したい人はたいてい受講します。にもかかわらず、受講し忘れた社員がいると、当社ではその上司が「君は自分の息子が試験を受けるときは、講習を受けたかどうか、確認するんじゃないか。なぜ、何度も確認しなかったのか。なんでそんな冷たいことをするんだ」と追及されます。――部下を応援するのが上司の務めであることが徹底されているのですね。昨今、管理職の責任と業務量が多すぎることもあり、管理職が敬遠される風潮もありますが、複数の部下を応援しなければならない上司の負担はどのようにお考えでしょうか。金田おっしゃるように、上司は上司でやるべきことがたくさんありますから、上司1人ですべての部下を応援するのは現実的ではありません。そのため、当社では5人の部下を抱える営業所長に替わって上長である本部長が1on1を買って出たり、ときには営業に同行するなど、率先してサポートする体制をとっています。現在は営業のラインにはいない私でさえ、いまだに営業と同行営業に行きます。同行して初めて、「今日の営業のここがよかったよ」と具体的に褒めたり、本人が何につまずいているのかを把握することが可能になるからです。藤原私は常々、マネージャーたち倍、愛情100倍」の大切さを説くと同時に、「とりすぎても足りないものはコミュニケーション」と伝えるようにしています。部下にはそれぞれパーソナリティ、キャラクターがありますか［実践］理念経営Labo2026SUMMER13

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ら、上司は部下に関心を持って、過剰なくらいにコミュニケーションをとらなければ、信頼関係は築けません。上司が部下としっかりとコミュニケーションをとることで、部下から「この人は厳しいけれど、私の味方になってくれる。一緒にいると成長できそうだ」と期待してもらえるようになるのが理想だと私は考えています。金田働き方が多様化し、リモートワークが普及しつつある昨今、賛否両論あることは承知していますが、コミュニケーションを重要視するという観点から、当社では原則出社の方針をとっています。部下が悩んでいたり、くじけそうになっているとき、オンラインの画面越しに声をかけて、寄り添って、悩みを聞くのは簡単ではないからです。対面だからこそ、「今日、なんとなく元気がないな」とか「声にハリがないな」と気づけるのではないでしょうか。無理はしてもいいけれど無茶をしてはいけない――「厳しさ」についてもう少し聞かせてください。設立7年目に375億円の売上をあげるのは並大抵のことではないと思います。上司が部下に愛情を持って接するだけで大きな目標を達成できるものなのでしょうか。藤原「厳しさ10倍」という点でいえば、当社では「月間行動スケジュール表」で日々の進捗を管理しています。上司と部下は毎日のようにスケジュール表を見ながらコミュニケーションをとって、どうやれば目標を達成できるかを考えるわけです。ここでのポイントは「任せて、任さず」であり、上司は部下のスケジュール表を微に入り細をうがってチェックするというよりは、ある程度は本人に任せつつも、危ないと思ったらフォローするような運用になっています。そうして本人が自己管理できるように指導するのです。金田1つ補足すると、月の中日に「中締め」と呼ばれる会議で、営業本部ごとに、月の前半戦のよかったばんかい点、後半戦で挽回すべき点などを全員が発表します。一人ひとりがチームメンバーの前で発表することで、チームとしてどのように応援すれば目標達成につながるかが可視化されるという狙いもあります。藤原目標設定についても単純に頭割りで数字を出すということはしていません。一人ひとり持っている経験もスキルも違いますから、「私は上期、これだけ仕入れたいと思います」というように、それぞれが自分の頭で考えて決めればいいと思っています。今は、志も目標も高ければ高いほどいいという時代ではありません。こうした考え方に至ったのは、かつて上司たちが月初に大きな数字を掲げて、月末に未達のお詫びをするのを繰り返すのを見てきたことも大きいですね。もちろん、昨日より今日、今日より明日、去年よりも今年というように成長していくことも大切ですから、たとえば、もう少しで目標を達成できそうな部下がいれば、しっかりとコミュニケーションを図り、応援して、達成できるようサポートすることを上司たちに求めています。さらに、インセンティブの設計にも注力しています。その甲斐あって年収3000万円を超える社員も出てきました。プレイングマネージャーは、部下の成果も上司のインセンティブに加算される制度としています。――期せずして松下幸之助の言葉にも、部下に思い切って仕事を任せつつも、任せっぱなしにせずに適切なタイミングで適切な助言をすることを意味する「任せて任せず」というものがあります。部下を信じて任せながらも、放ったらかしにせずサポートするというのは、マネジメントの原理原則なのかもしれませんね。ところで、愛情100倍といっても、厳しさも10倍あるわけですから、労働時間も必然的に長くはなりませんか。藤原不動産業界には稼ぎたいという気持ちが強い人材が多いため、休日を返上してでも働きたいという声「落ちこぼれゼロ」を実現するため、上司は部下と過剰なくらいにコミュニケーションをとるという14［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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強い組織をつくるもないわけではありません。しかし、それでは今の時代にそぐわないでしょう。ですから当社の年間休日は126日です。働く時間を減らして、売上を上げるのは簡単ではありませんが、社会に対して、お客様に対して、社員に対して、嘘や偽りのない正しいことを行ないながら売上を上げることこそが、私たち経営陣の役割だと考えています。そもそも背伸びをしても背は伸びないと私は思っています。無理はしてもいいけれど、無茶なことはしてはいけない、正々堂々と胸を張れる仕事をしてほしいと、社員には日頃から伝えています。周囲の応援には人生を変える力がある金田正しくあれ、正直であれというのは、当社にとっても重要なキーワードであり、日本経済新聞に出稿した広告にも「今日も、タカマツハウスは自分の心に正直か。」というメッセージを掲載しました。ただ、「嘘偽りのない仕事をしよう」と言葉だけ伝えたところで、藤原をはじめとする経営陣が行動で示さなければ、社員が腹落ちすることはありません。藤原企業理念一つとっても、経営陣自ら行動で示さなければ、社員に浸透することはないでしょう。タカマツハウスの企業理念は「お客さまと社会が求める、理想の住まい・暮らしづくりを通じて、沢山の幸せを、かたちにしていく。」ですが、土地を仕入れたり、お客様に住宅を販売したりする際、ただただ事業的に収支を合わせようとするのではなく、お客様にとって「最善」であるか否か、お客様の喜びや幸せにつながるかを軸に判断したり、決裁するようにしています。そのうえで、社員にも正直であること、正しくあることを求めます。先ほどご紹介した中締めでも、数字が伸びないことに対しては、しっかりと応援していない上司を問い質しますが、部下本人の準備不足だったり、自分で宣言したことをやっていなかったり、それらしい言葉で取り繕ったり、ごまかそうとすることに対しては厳しく対応するようにしています。経営陣が有言実行することでようやく、私たちが掲げる理念が「お題目ではないんだな」「口先ではないんだな」と社員にも伝わるのです。――言行一致は組織を動かすうえで大切ですね。藤原私は、タカマツハウスのようにゼロから立ち上げた組織でも、もともとある組織でも、理念を浸透させたり、意識を変えたりする方法に違いはないと思っています。社員一人ひとりが腹落ちすれば、理念は浸透して、組織は変わることができるのです。実は私自身、幼少期は落ちこぼれのような存在でした。2人の姉に比べても出来は悪かったですし、高校時代は自分の行動が原因でサッカー部を辞めなければならなくなったりと、いわゆる問題児でした。高校を中退することも頭をよぎったのですが、母親から諭されただけでなく、顧問の先生が「私が藤原君の担任になります」と言ってくださって、もタカマツハウスの分譲地ブランド「ミラクラス」は「未来」×「暮らす」の造語で、お客様の「未来と幸せのかたちづくり」のための「MIRACULOUS（=奇跡的）」な出会いを、末長く大切に育んでいくという思いが込められるう一度サッカー部にも戻れることになり、サッカーのセレクションで大学に入学することができました。こうやって誰かに応援してもらう経験を通して、周囲に迷惑をかけてはいけない、恩に報いなければいけないという気持ちが芽生えて、結果的に戸建住宅の販売という天職にも出合うことができました。――顧問の先生の言葉が原点になっているのですね。藤原私がそうであったように、落ちこぼれたいと思っている人はいないと思うのです。たとえ、落ちこぼれそうになっても、応援してくれる人がいれば、落ちこぼれずに生きていくことができるのではないでしょうか。スポーツでも何でも周囲の応援には、人生を変えるようなものすごい力があると私は考えています。だからこそ、当社は、上司が部下としっかりとコミュニケーションをとって、厳しさ10倍、愛情100倍で応援するような組織を目指しているのです。――大変参考になるお話をありがとうございました。L［実践］理念経営Labo2026SUMMER15

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「100年大家さん【志の実践】創造企業」を目指して地域と共に永続する会社にミノラスホールディングス株式会社代表取締役社長石川英嗣いしかわ・ひでつぐ＊神奈川県生まれ。高校卒業後、家業である有限会社石川写真製版所に入社。経営者として新たに不動産事業に乗り出すべく、1993年、社名をメイショウエステートに変更。2000年に株式会社に改組。’17年、グループ会社を再編し、ミノラスホールディングスに社名変更。著書に『「100年大家さん」になる本』（近刊、ＰＨＰ研究所）がある。「松下幸之助経営塾」第29期卒塾。ミノラスホールディングス株式会社本社：東京都大田区／設立：1993年／事業内容：ミノラス不動産株式会社をはじめ傘下のグループ企業で、不動産の管理、売買・賃貸仲介、サブリース、コンサルティング、マンスリーマンションなどの事業を展開就職してまもない家業の印刷会社が思いがけず経営破綻し、畑違いの不動産業界に飛び込んだ石川英嗣氏。1993年に会社を立ち上げて以来、不動産管理業に活路を見出し、順調に事業を伸ばしてきた。しかしその一方で、増加し続ける従業員の定着や育成の面で悩みを抱えることに。松下幸之助経営塾で人間観を深めることによって、その悩みを克服できたという。取材・構成：塚田有香写真・資料提供：ミノラスホールディングス祖父の興した会社が倒産その悔しさが原点にミノラスホールディングスは東京の蒲田に本社を構え、ミノラス不動産をはじめとする傘下の事業会社が、地元エリアに特化した不動産関連事業を営んでいます。現在はグループ全体で、不動産管理・コンサルティング、企画物件販売、売買仲介などの事業を幅広く手がけ、な割を占めます。社名の「ミノラス」には、顧客である不動産オーナー様や地域社会の皆様、自社の従業員を含め、会社にかかわるすべての人の夢を「実らす」との思いを込めています。2017年に、この社名に変更しました。私自身はこのように不動産関連事業を営んでいますが、家業はもともと、祖父が昭和20年代に横浜で開業した印刷会社でした。新聞に入れるチラシの印刷などを手がけ、戦後の経済成長とともに大きく発展した16［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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「100年大家さん創造企業」を目指してと聞きます。ところが、2代目の父の時代に業績不振に陥り、ついには倒産してしまいました。私が高校卒業後に入社してから、2年も経たないうちの出来事でした。祖父が経営していた頃は、社員も多く、職場は活気にあふれ、子供の私が遊びに行くと、みんなが優しくしてくれたのを覚えています。その当時の印象が強かったからこそ、会社を守るために何もできなかった自分の不甲斐なさと悔しさが、のちの起業につながる原点となりました。バブル崩壊直後の創業管理業で再起をかける会社の倒産後、働き口を求めて就職したのが、都内の不動産会社でした。会社の土地を処分したときにお世話になった不動産会社の担当者が魅力的で、「自分もこんな仕事をしてみたい」と興味を持ったからです。入社後は不動産販売の担当として、電話営業に明け暮れました。企業経営者や地主の方たちにアポをとり、資産形成や相続対策として物件をご紹介するという、当時としては王道の営業手法です。こうして不動産業界で経験を積むうちに、いつか独立して、祖父がつくった会社を再興したいと思うようになりました。会社を整理した後も、登記簿上は法人を残していたので、不動産会社として復活させようと考えたのです。そして実際、家業を畳んでから5年後、休眠していた会社の業種と社名を変更し、1993年、新たに不動産会社として出発しました。会社といっても、マンションの小さな一室をオフィス兼店舗とし、メンバーは私と母の2人だけ。まさにゼロからの再スタートです。この新会社では、不動産管理業に力を入れようと決めました。時代はバブル崩壊直後で、不動産の購買需要が落ち込む一方、私がその前に勤めていた会社で管理業の業績が伸びていたからです。それまで業界でもうは、販売こそが儲かる事業であり、管理業は魅力がないと考えられていました。しかし市場の変化を感じ取った私は、「これからは管理の時代だ」と確信したのです。当時はまだ珍しかったサブリース業に将来性を見出したのも、賃貸管理業をメインにしようと考えた理由です。不動産オーナーからアパートやマンションなどの物件を一括で借り上げ、入居者に又貸しするサブリースは、今でこそ一般的なビジネスモデルですが、当時は一部の企業が手がけ始めたばかりでした。加えて思わぬ縁が舞い込んだことも、賃貸管理業への参入を後押ししました。父の会社が倒産後、母は建設会社で働き、自社が建てたアパートの管理を一人で任されていました。ところがその会社も、景気の悪化により倒産。すると社長から母に「息子さんが不動産業をやっているなら、自社物件の管理を任せたい」と提案があり、私の会社で約70室の賃貸管理を引き継ぐことになりました。東京の蒲田で不動産事業を始めたのも、物件がそのエリアに集まっていたからです。とはいえ、それだけではとても食べていけず、当初は必死になって営業に飛び回りました。物件を建築している施主のもとを飛び込みで一軒一軒回ったり、住宅展示場に通ってハウスメーカーの営業と人脈をつくり、集合住宅の建設を受注したお客様を紹介してもらったりと、できることは何でもしました。しかし、何の実績もない会社が信用を得るのは難しく、しばらくは苦境が続いたのです。新たなサブリースに挑戦飛躍のきっかけに苦しい創業期を経て、会社が飛躍する転機となったのが、2000年に始めたマンスリーマンション事業です。サブリース業の一種ですが、当時はまだ珍しく、その先駆けともいえるレオパレス21のテレビCMの中で、「敷金・礼金・仲介手数料ゼロ」のうたい文句を目にしたときは心底驚きました。これらの手数料収入なしに、どうやって事業が成り立つのか―。がぜん興味が湧いた矢先、茨城県でマンスリーマンション事業を展開する企業から話を聞く機会を得たのです。担当者によれば、その企業が本社を置く地域は工場が多く、出張や転勤による人の出入りが激しいため、短期滞在者向けに家具・家電付きの物件を貸し出すマンスリーマンションの法人需要が大きい。しかも一般的な賃貸物件の3倍の家賃で貸し出せるというのです。私は、当社のある蒲田も羽田空港に近いため、出張者の滞在先としてマンスリーマンションのニーズは高いはずだと考えました。そして、この新規事業にチャレンジする決断をしたのです。そこで、自社が管理していた賃貸物件の一部を、家具・家電付きに改装し、マンスリーマンションとして入居者を募集したところ、すぐに借り手が現れました。その後も新しい部屋を提供するたび、即座に埋まってしまう人気で、会社のキャッシュもどんどん積み上がりました。［実践］理念経営Labo2026SUMMER17

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初期投資として家具代などはかかるものの、物件数が一定以上に増えれば、安定した収益を見込めるのがストック事業の強みです。その後もシェアハウスやコインパーキング、トランクルームなどの新しいサブリースに挑戦し続け、事業を拡大していきました。実のところ、こうしたストック事業が軌道に乗ってから、会社経営でお金の苦労をしたことはありません。学んだことは即実践人の育成に取り組むところが一方で、経営者として別の課題に直面するようになりました。「人の悩み」です。事業の為拡大に伴い、中途採用を増やしたものの、人がなかなか定着しない。2007年から新卒採用も始めましたが、人を育てる難しさは変わりませんでした。創業してまもない頃に入社した社員は、私と同じくらいの高い熱量で働いてくれましたが、社員人を超えた頃から、率先垂範では人がついてこなくなったのです。この現状をなんとか変えたいと、38歳のときにすがるような思いで参加したのが、知人に紹介された日創研（日本創造教育研究所）のセミナーです。受講したのは、自分の内面を深く掘り下げて自己認識させる研修でした。そこで初めて、「自分と同じ働き方を社員に求めすぎていた」と自覚したのです。「自分が誰よりも一生懸命に働いてきたのは事実だが、それを当たり前のように他人にも要求していいのか」と。それからはもっと学びを深めたいと思い、様々な研修や勉強会に足を運びました。なかでも、稲盛和夫さん（京セラ創業者）の経営哲学に学ぶ盛和塾に入塾し、「経営12カ条」や「ガラス張り経営」を学んだときは、体に電気が走りました。それまで会社は自分のものだと思っていたし、「個人の車を会社のお金で買ってはいけない」なんて、誰も教えてくれなかったからです。良い学びを得たら、即実践です。すぐに会社の業績を社内外にオープンにし、現在まで毎年欠かさずオーナー様向けの決算報告会を開催しています。また、会社の情報をガラス張りにしたことで、社員に対する後ろめたさや遠慮がなくなり、「私の会社ではなく、みんなの会社だから、一緒にこんなことがしたい」と胸を張って言えるようになりました。さらには、稲盛さんの考案した「アメーバ経営」の手法も導入し、事業部門ごとの独立採算制とすることで、リーダー層が育つ仕組みも整えました。経営理念の体系化により自分の内面が大きく変化こうした施策と並行して取り組18［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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「100年大家さん創造企業」を目指してんだのが、経営理念の体系化です。様々な学びを得る中で、たとえば経営理念を事業戦略にどうつなげていくかなど、体系的に整理することが必要だと考えました。自分が目指す経営のあり方を突き詰めて考え、体系的にまとめるには何年もかかったものの、最終的に「ミノラスピラミッド」と名付けた理念体系を完成させました（図参照）。頂点に位置する「創業の精神」は、「100年企業、共に永続する」としました。祖父がつくった会社を整理した経験から、「会社にとって一番大切なのは、永続すること」と心に刻んだからです。それは自分だけで実現できるものではなく、お客様や地域社会、従業員など、すべての人たちと共に永続する会社でなければいけない。その思いを言葉にしました。創業の精神と並んで経営の土台となる「存在意義」は、「全従業員のしあわせ物心両面の幸福の追求」を最初に置いています。盛和塾で「物心共に豊かになる」という言葉を教わり、「経営者は一生涯をかけて従業員を幸せにしなければいけないのだ」と気づいたときの衝撃は大きく、そのためには一人ひとりが成長できる場として会社は存在しなければならないと考えました。これらの土台を固めたうえで、「経営理念」を再定義しました。32歳のときに経営理念を策定したものの、あるセミナーで教えられた手順に従って型通りに言葉をつなげただけで、単なるスローガンと化していました。そこで改めて経営の目的は何かと考え、「つなぐ人をつくる会社」と定めたのです。当社はこの10年ほどで、賃貸管理業から「不動産承継業」へと軸足をシフトしつつあります。オーナー様の世代交代が進み、不動産を誰にどう引き継ぐかが大きな課題となっているためです。私たちは不動産を次世代につなぐ会社であり、そのためには従業員も不動産のプロフェッショナルとして、地域の不動産とオーナー様や後継者様をつなぐ人材でなければいけない。その決意を経営理念に込めました。経営の目的が決まれば、ビジョンも明確になります。世代を超えて人や街と不動産をつなぐ企業を目指し、100年先にはお客様から「ミノラス不動産があるおかげで、うちは3代にわたって不動産経営を継続できている」と感謝される会社になる。そんな未来像を「100年大家さん創造企業」という言葉に反映しました。経営理念の体系化により、私の中に経営者としてブレない軸ができたことで、自分の内面が大きく変わったと感じています。理想と現実のギャップはまだまだありますが、あるべき姿に向かって進んでいけばいいと思えるようになりました。理念は「人間観」に立脚松下幸之助に学ぶさらに、2025年から松下幸之助経営塾で学んだことにより、経営の土台となる精神や考え方がより強固になったと思います。特に大きな学びとなったのが、正しい経営理念は「人間観」に立脚したものであるべきという、松下幸之助さんの教えです。以前は、「なぜこの従業員はこんなことをするのか」と思い悩むこと石川氏初の著作『「100年大家さん」になる本』（近刊）。安定した不動産の経営と承継の重要性を説いているがよくありましたが、それは自分の人間観が浅かったからだと思い知りました。「人はだれしも、磨けば光るダイヤモンドの原石のようなもの」と説く松下さんの視点に立てば、その人自身の持ち味や個性を疑問視するような考え方をすべきではないと気づいたのです。人自身を評価するのではなく、人と仕事を分けて判断できるようになったことで悩むことが少なくなり、私自身も気持ちがラクになりました。今後はオーナー様を対象とした勉強会などを積極的に開催し、「100年大家さん」になるための教育機関の役割を果たすと共に、蒲田の街と法人需要やインバウンド需要とをつなげる「地域密着宿泊業」にも、力を入れていく計画です。ステークホルダーの皆様の人生を豊かに実らせ、街を元気にし、共に働く仲間を幸せにできる会社を目指し、これからもその実現に向けて取り組んで参ります。L［実践］理念経営Labo2026SUMMER19

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塾生通信日に新た「松下幸之助経営塾」の情報と、卒塾生の近況をお伝えします4月に32期がスタート31期生は志の発表へ2026年4月に32期がスタート。福島や山梨、静岡、石川、熊本など、全国各地から15名が入塾しました。初回は「志とは何か～力強い経営の原動力～」をテーマに、「そもそも志とは何なのか」「なぜ志が大事なのか」といった、当塾を受講するにあたって基本的な点の確認と共有から始めました。また、松下幸之助が半生をつづった『私の行き方考え方』の読後感想をもとに、「松下の人生観」や「成功の本質」について議論を交わしました。2日目には、元松下電器副社長の佐久間曻二氏による「松下電器の経営理念を売って欲しい」と題した特別講話が行なわれました。25年間、松下から直々に受けた薫陶の数々や理念の重要性について、94歳とは思えないほど力強く話され、塾生にとって、経営者としての自身の原点と志を深く見つめ直す機会になりま松下幸之助から25年にわたって薫陶を受けたという佐久間曻二氏した。5月に開催された31期第5回「経日に新た～」では、次回（最終回）の本発表に向けた「志のプレ発表」を行ないました。互いに自身の原体験に根ざした「目指すべき姿」を語り合い、熱いフィードバックをすることで、本発表への意欲が高まる時間となりました。2日目の特別講話では、サイボウズ代表取締役社長の青野慶久氏がオンラインで登壇。「チームワークあふれる社会を創る」をテーマに、松下の言葉との出合いが、自身の使命の原点となったエピソードを披露されました。同社では「生産性」と「幸福」の両立に向け、社員との徹底した対話と議論を重視。「言葉を定義して共通言語化し、議論のスキルを高める」という具体的な取り組みに、塾生は深く感銘を受けていました。また、「自分の野望（エゴ）を果たすために、みんなから力を借りる」という青野社長の率直な言葉は、その後の振り返りでも議論されるほど、塾生には印象的だったようです。6月は32期第2回「志から理念へ～経営の使命～」を開催しました。初日は、松下が産業人の使命について考えるきっかけとなった天理教教会本部を訪問。松下と天理教の関係について造詣の深い住原則也氏（天理大学名誉教授）より「天理教教会めいち本部の訪問と『命知』開眼」と題した講話がありました。天理教に関する解説のほか、松下の見学がその後の会社経営に与えた影響について、多角的な観点から言及されました。その後、天理教の最も重要な場所である「おぢば」や教祖殿、祖霊殿を見学。礼拝場では、中学生の団体が、声と手振りをそろえて礼拝している現場に遭遇し、その壮大さを目の当たりにする貴重な機会を得ました。塾生からは、「理念の一貫性や、理念を体得している信者が主体的に奉仕される姿に感銘を受けた」「自社で同じようなことを実践するとしたら、何が欠けているのかを考えさせられた」「宗教法人を一つの組織としてとらえたとき、信仰心の強さが大きな違いを生んでいると気づかされた」など、多くの感想が寄せられました。2日目は事前課題である「わが社の原点と、これまでの発展要因」の発表があり、塾生は創業の精神や、自身の原体験に通じるエピソードを披露しました。今回の課題を通して、自社の創業者について先代の父から話を聞いたり、これまで知らされなかった思いを知るきっかけになったりするなど、様々な気づきがあったようです。松下の旧私邸を見学300年先にも遺る建築を3月24日に、関西ブロック同志会が、松下の旧私邸「光雲荘」（大阪府枚方市）の見学会を実施しまし20［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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た。全国から15名が集まり、建設年先を見据えた松下の発想の壮大さを垣間見ることができました。光雲荘は、松下が「300年先にも遺る代表的な日本建築を」との願いを込め、自ら設計の細部にまで携わって建立した邸宅です。まず、和歌山の生家にあった長屋まつ門を見学し、同じ敷地内に祀られている龍神を参拝。それから、光雲荘の広大な庭園、洗練された各室内を巡り、伝統文化の継承と自然との共生を重んじた松下の姿勢を肌で感じました。特に、若き日の松下こんげんのやしろが、根源社を建立する以前から、「先祖と天地万物への敬いの心」を形にした社を立てていた事実に、参加者からは驚きと感嘆の声が上がりました。せいひつ見学後は、静謐な空気の流れる大広間にて、「自己観照ワーけんクショップ」を実施。日常の喧そう騒を離れ、松下の息遣いが残る空間で自らを見つめ直す時間では、経営者としての使命感や、現在抱えている葛藤などが吐露されました。志を同じくする仲間とともに内省を光雲荘を背に、庭石の由来について説明する吉良正也館長（中央奥）深めることで、参加者それぞれが自らの「経営の原点」を再確認する得難い時間となりました。L経営者が“経営の志”を確立・再確認するための長期講座松下幸之助経営塾本セミナーの特徴松下幸之助の経営哲学を根本から学べる唯一の講座弊社で長年にわたり研究を重ねた“松下幸之助の経営哲学の真髄”を、講義・討議・問答を通じて腹落ちさせる双方向型の講座です。人間観を養い高め、経営者としてのあり方を学ぶ本講座は、時代や環境の移り変わりの中で生まれる新しいマネジメント手法を学ぶものではありません。経営者のただ今、新規申込受付中詳しくはホームページで資料のご請求はホームページまたは下記窓口へお問い合わせください。https://www.php.co.jp/seminar/m-keieijuku/株式会社PHP研究所「松下幸之助経営塾」事務局〈京都〉TEL075（681）4442FAX075（681）5699「志」をキーワードとして、松下幸之助が最も大切にした“経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、より本質的な“経営者としての器量”を養い高めていただく講座です。「志」の確立に向けた、充実の10カ月10カ月の在籍期間中に１泊２日のセミナーを全６回、隔月で開催。学びと実践、検証をくり返しながら成果を高めていただけます。また、１クラスは12名の少人数制で、受講者間の討議・交流による相互啓発など受講者お一人おひとりに充実した環境を提供いたします。プログラム第1回『志とは何か～力強い経営の原動力～』第2回『志から理念へ～経営の使命～』第3回『人を活かす～事業は人なり～』第4回『本質を考える～自然の理法～』第５回『経営を革新する～日に新た～』第６回『志を伝える～私の命知発見～』開催要領◦受講資格：経営者ご本人、後継経営者（経営幹部）◦募集人数：12名⃝開講期間：10カ月1開催1泊2日、全6回（隔月開催）⃝受講料：158万4,000円（税込）⃝会場：株式会社PHP研究所京都本部（JR・近鉄「京都」駅八条口より徒歩５分）［実践］理念経営Labo2026SUMMER21

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経営学で読み解く人と組織レトリカル・ヒストリーとは？企業の「歴史語り」の可能性と課題日本大学商学部准教授長谷部弘道はせべ・ひろみち＊2013年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程修了。博士（社会学）。杏林大学総合政策学部准教授などを経て、’23年より日本大学商学部准教授。専門は労働社会学。主要論文に、「レトリカル・ヒストリーをめぐる闘争の回避：ソニーにおける『歴史的距離の確保』に焦点をあてて」（『組織科学』第55巻4号、’22年）、「歴史を資源として使う工夫：パナソニックの歴代社史にみる公共性の獲得過程」（『組織科学』第57巻4号、’24年、中園宏幸との共著）などがある。いま企業の歴史語り（ナラティブ）を戦略的資源として着目する「レトリカル・ヒストリー」が注目されています。今回はその研究動向から実務家にとっての注意点まで紹介します。近頃、ビジネスの領域でも「ナラティブ（物語）」という言葉をよく耳にする。個人や組織が自らについて語ることは、現代においてごく日常的な営みとなっている。企業が自らを語るとき、その内容には説得力のある根拠や証拠が求められる。多くの企業は、業績や市場シェアといった客観的なデータはもちろんのこと、自らの過去の出来事を語るために、様々な物的資料や証言を用いて、その語りに厚みを持たせようとする。なかでも、企業が自らの歴史を語ることは、そうした語りのなかでも特別な重みを持つ。というのも、企業にとって歴史を語ることは、企業の存在意義や信頼性の根拠として機能するからだ。ただしここで注意すべきは、企業が語る「歴史」が、必ずしも過去の出来事「そのもの」ではないという点である。どちらかというとそれは、現在の状況や目的に応じて選び取られ、意味づけられた歴史の語りである。こうした企業の歴史語りに注目し、それが現在の行動や将来の方向性にどう影響するのかを明らかにするのが、「レトリカル・ヒストリー（RhetoricalHistory）」である。レトリカル・ヒストリーとは何か企業の歴史語りは、単なる記録保存ではなく、現在の行動や将来の方向性に意味を与える「資源」としての性質を持っている。特に欧州を中心とした経営史の領域や組織論の領域では近年、企業の歴史語りに対してこのような視点を持っており、その戦略的資源という特質に着目して、「レトリカル・ヒストリー」と呼ぶ動きが高まっている。レトリカル・ヒストリーは、経営者をはじめとする組織内のアクターが、組織のアイデンティティや社会的なイメージ構築、果ては競争優位のために歴史を戦略的に22［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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経営学で読み解く人と組織再構成して語ることで、現在の行為や将来の方向性を正当化し、意味づけることを指す（Suddabyetal.,2010）。簡単にいえば、企業にとって語りたい内容に合わせて、取り上げるべき過去の出来事を選択して語られる物語、ともいえるだろう。こうした企業の「歴史語り」は、「過去そのもの」ではなく、「表象され、動員される」経営資源としての性質を帯びる。こうした企業が語る物語は、何をどの順序で語るのか、あるいはその出来事が現在の組織にどのような意味・意義を持ったのかを、熟慮のうえで「再構成」している。いってしまえば、都合の悪い過去や、語りにくい失敗は、わずかしか言及されず、場合によっては忘却され、なかったことにされてしまうこともある（Anteby&Molnár,2012）。また、こうした歴史語りはその性質上、状況に応じた組織のナラティブにも柔軟に利用される。たとえば、組織アイデンティティ、組織内部の結束力向上、外部ステークホルダーへの正統性の担保などに深く関わりうる。局面に応じて、歴史は組織にとって「自分たちは何者か」を説明するうえでの強力な材料となる。どのように機能するのかレトリカル・ヒストリーに関する研究群は、歴史を「どのように利用するか、あるいは利用し難いのか」という組織共通の課題に、幅広い示唆を与えうる。いくつかの議論を、具体例を添えながら紹介しよう。たとえば、企業が外部環境の変化に対応するために、歴史上全く経験したことのないような大改革を遂行するという局面があったとしよう。当然、その企業には、「全く新しい」何かしらの標語や価値観を提示するということもありうる。しかしそれは同時に、その企業が長年培ってきた「我が社らしさ」（真正性：Authenticity）を毀損してしまうというリスクをもたらす。このような状況に置かれたとき、その企業は過去の成功や創業者の理念、長年の価値観を引用・再解釈することで、「我が社らしさ」の毀損を最小限に抑えようとする。つまり、一見すると保守的な行為のように見える歴史の利用は、ラディカルな変化を正当化するための、真正性のための資源として機能しているのである（Hatch&Schultz,2017）。あるいは、創業者やその言説は、歴史上の人物やその言葉として大切にされる一方で、現在の経営問題に応じて読み替えられる対象でもある。Blagoevetal.（2018）は、企業が歴史を重ねることで、現行の経営者と創業者との時間的距離が開くにつれ、こうした読み替えが活発化されうることを指摘している。日本企業においてもそれは例外ではない。たとえば、ソニーグループ株式会社における2012年以降のコーポレートパーパスは「感動（KANDO）」であるが、そのような文言は、ソニーのファウンダーである井深大が記した「設立趣意書」にはない。これは2010年代から2020年代初頭までソニーの改革に辣腕を振るった平井一夫CEO（当時）らが、「設立趣意書」を読み直すなかで生み出した、新たな解釈の産物であった（長谷部,2022）。あるいは、パナソニックホールディングス株式会社の創業者である松下幸之助が生み出した種々のレトリカル・ヒストリーは、浸透度が非常に高く、創業以来大切にされてきた。しかし経営面からそれらの再解釈を必要年代以降、歴史を資源として使うための様々な工夫がなされた。歴史ある企業にとって、大転換の局面で必要なのは、単なる創業者の言葉の復唱ではなく、中村邦夫社長（当時）が行なったような、現代の文脈でどう読み直すかという再解釈にあった（中園・長谷部,2024）。また、レトリカル・ヒストリーは企業のアイデンティティ形成にも関わる。企業は過去を語ることで、「われわれはどういう企業か」を定義するが、その語りは従業員の組織との関わり方にも大きな影響をもたらす。特に創業者、苦難の克服、代表製品、社会的使命などは、組織アイデンティティの中核になりやすい。結果として、歴史を語ることは、組織の再生産という至上命題と密接に関係するのである。へんさんたとえば社史の編纂は、単に「何が起きたか」を残すだけではなく、自社のあゆみを現在の問題意識から再編集する作業でもある。節目の年にあわせて、重要な出来事を選別し、写真やエピソードの再配置、成功物語の一本化が行なわれる。そこには、当然その編集作業を行なう時代に生きるものたちの問題意識が、色濃く反映される。社史は積極的な自己表象の媒体なのである。加えて、社内報は、日常的に歴史が流通する場である。特に危機や転換期には、トップが創業者や過去の危機克服経験をとりあげる。これは社員の不安を抑え、組［実践］理念経営Labo2026SUMMER23

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社史には現在の問題意識から再編集される側面がある織の一体感を醸成する働きがある。なかでも、レトリカル・ヒストリーが最も強く観察されるのは危機の局面である。業績悪化、不祥事、事業再編、M&Aなどに直面した企業は「われわれは本来どういう会社か」を語り直す。そのとき、歴史は安心感を与え、直面する変化への対応に対する説得的な言説資源として使われる（Helleretal.,2026）。あるいは、企業博物館における展示も、レトリカル・ヒストリーの一類型といえる（高柳・金城編著,2026）。特筆すべきはそれが、言説それ自体のみならず、物質という形式をとる点である。何を入り口に展示するか、どの時代を大きく扱うか、何を省略するか、全ては現在の問題関心と関係する。製品展示中心なのか、創業者とその理念が中心なのか、社会貢献が中心なのか。それ次第で、その企業が示したい自己像が見えてくる。さらに企業博物館では、展示対象者（オーディエンス）を誰として想定しているかも重要である。社員教育、取引先・顧客、地域住民、学生や採用候補者……そのそれぞれによって、語り方は異なってくるからである。歴史の展示は、「記憶の保存」以上に「企業は誰に何を理解してほしいか」を体現しているといえる。このように、レトリカル・ヒストリーはオーディエンスを誰に設定するかという課題を、同時にはらむ議論でもある。重要なのは、その歴史が何のために、誰に向けて語られているのかという点を思考し続ける点にある。実務家にとっての意義と注意点では、レトリカル・ヒストリーは、実際に実務にどのような示唆をもたらしうるだろうか。一つは、冒頭の定義でも紹介したとおり、歴史は経営資源になりうるということである。企業の歴史は単なる飾りではなく、戦略的な意味を持つ。長期にわたる経験、創業時の問題意識、過去の危機克服、社会との関わりは、意思決定を支える材料になる。特に不確実性が高い時代においては、短期指標だけではなく、企業が何を大事にしているのかを示す歴史が、組織の拠り所となりうる。また、歴史の共有は、社員の行動規範や所属意識を支える機能を果たし、組織アイくみデンティティの構築に与するということである。抽象的な理念よりも、具体的な出来事や人物エピソードの方が、こうした規範の浸透には効果的である。あるいは、歴史物語は組織変革の際の説得材料にもなりうる。大きな改革はしばしば「痛みを伴う」といわれる。しかしより重要なのは、そうした改革の意思決定においても、過去との接続があると、改革が「異物」とみなされなくなる可能性がある点である。「今度の変化は昔からの価値の裏切りではない。むしろその延長線上にある」という説得のために、歴史は抵抗を和らげる資源となるのである。さらには、社外への信頼形成にも役立つ。歴史のある企業は、当然、その語りのみによって信頼を構築しているわけではない。他方で、長年にわたって何を積み重ねてきたのかを一貫して語ることができれば、ブランドや評判の土台にはなりうることも確かである。歴史の提示は、投資家、顧客、採用候補者、地域社会に対して、企業の持続性と価値観を示す手段にもなるのである。他方で、このような一見魅力的なレトリカル・ヒストリーは、同時に取り扱いの注意が必要である。よくあるのは、どうしても成功物語を語りたくなるということである。しかし成功だけを並べると、歴史は学習資源ではなく、ただの宣伝文句になってしまう。失敗、葛藤、不祥事、試行錯誤の過程が忘却された歴史は、実際に従業員が見聞きしてきた経験史との間にズレを生みやすい。レトリカル・ヒストリー研究のなかには、そうしたレトリカル・ヒストリー実践の「ダークサイド」に着目した研究も見受けられる（Aeon&Lamertz,2021）。したがって、レトリカル・ヒストリーは、社員向け、24［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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経営学で読み解く人と組織学生向け、顧客向け、投資家向けなど、届ける対象に応じて、その歴史の語り方を変える必要がある。一つの美しい物語ですべてをカバーしようとすると、どこかで無理が出るし、それぞれがその組織に対して抱いている歴史観は、それぞれの属性によって異なる部分もある。したがって、歴史活用にはオーディエンスの事前設定が必要不可欠といえる。あるいは、歴史の語りはしばしば政治性・権力性を帯びる。過去は一つであったとしても、その物語り方は一つではない。成功物語として表象することも、失敗の教たん訓譚として物語ることも可能である。そしてどの歴史物語が表舞台に立つかは、経営陣、広報、現場、OB、地域社会などの間の力関係も影響する。加えて、歴史は足かせにもなりうる。過去の成功体験の神話化や創業者像の過度な理想化、企業文化の本質主義化（他の解釈や利用を許さないということ）は、一時かいり的には求心力を持つかもしれないが、現実との乖離が大きくなるとそのメッセージ自体が無効化されるという課題もある。先に述べたソニーやパナソニックの事例は、そうした問題への主体的な対処としても理解できるだろう。最後に、こうした歴史語りは、単なる恒例行事として形骸化してしまうこともある。特に日本企業の社史の多くは、残念ながらそうした恒例行事として編纂されたものが多いとの指摘もある（Donzé&Smith,2018）。当然ながら、そうした歴史語りは戦略性を欠いたものとなり、生きた資源とはならなくなる。実務家に必要なのは、単に「歴史を残したか」どうかではなく、「その歴史が今の判断や対話にどう使われているか」を問うことにあるといえる。歴史を“保存する”から“活かす”へ企業にとって歴史とは、過去の事実の蓄積であるだけでなく、現在、そして未来を方向づける語りの資源でもある。だからこそ、「何を語るか」または「誰に向けて語るか」、どこまで失敗や矛盾を含めて語るか、ひいては、誰に語るかといったことが重要になる。歴史は、飾りにすれば空洞化するし、神話にすれば硬企業は未来に向けて、歴史を経営資源として活用する視点も直化し、組織の歴史解釈やそれに基づく戦略形成の柔軟性を奪う、「使えるには使えるけれど厄介な」道具である。だが、組織の硬直化の現実を直視するとき、歴史を問い直しの資源として活用することで、組織の学習や変革を支えることができる。重要なのは、「正しい歴史」を一つに決めることではなく、過去と現在を往復しながら、自社にとって意味ある語りを育てることにある。レトリカル・ヒストリーは、企業の過去を美化するための技法ではない。むしろ、企業が自らの過去をどう引き受け、どう将来へ接続するかを問う視点である。その意味で、これは経営史の周辺的テーマではなく、現代の経営そのものに関わる問題であるといえるだろう。L参考文献Aeon,B.,&Lamertz,K.(2021).Thosewhocontrolthepastcontrolthefuture:Thedarksideofrhetoricalhistory.OrganizationStudies,42(4),575-593.Anteby,M.,&Molnár,V.(2012).Collectivememorymeetsorganizationalidentity:Rememberingtoforgetinafirm’srhetoricalhistory.AcademyofManagementJournal,55(3),515-540.Blagoev,B.,Felten,S.&Kahn,R.(2018).Thecareerofacatalogue:Organizationalmemory,materialityandthedualnatureofthepastattheBritishMuseum(1970–Today),OrganizationStudies,39(12),1757–1783.Donzé,P.Y.,&Smith,A.(2018).Varietiesofcapitalismandthecorporateuseofhistory:theJapaneseexperience.Management&OrganizationalHistory,13(3),236-257.Hatch,M.J.,&Schultz,M.(2017).Towardatheoryofusinghistoryauthentically:HistoricizingintheCarlsbergGroup.AdministrativeScienceQuarterly,62(4),657-697.長谷部弘道(2022).「レトリカル・ヒストリーをめぐる闘争の回避：ソニーにおける『歴史的距離の確保』に焦点をあてて」『組織科学』55(4),15-26.Heller,M.,Chick,J.,&Rowlinson,M.(2026).Markinghistoryandmakinghistory:Genresofinternalhistoricalnarrativesinrhetoricalhistory.BusinessHistory,1–21.中園宏幸・長谷部弘道(2024).「歴史を資源として使う工夫：パナソニックの歴代社史にみる公共性の獲得過程」『組織科学』57(4),101-114.Suddaby,R.,Foster,W.M.,&Trank,C.Q.(2010).Rhetoricalhistoryasasourceofcompetitiveadvantage.InB.A.C.Joel&J.Lampel(Eds.),TheGlobalizationofStrategyResearch,147-173.EmeraldGroupPublishingLimited.高柳直弥・金城亜紀編著（2026）『企業博物館の歴史経営学』信山社.［実践］理念経営Labo2026SUMMER25

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教育現場から人と組織の成長を考えるフィードバックを通じて自己認識を深める意識と行動を変える本音のやり取りPHP理念経営研究センター主席研究員的場正晃長年、教育現場にたずさわってきたプロが、豊富な現場経験をもとに、組織・人材開発に役立つ情報をわかりやすく解説します。ＰＨＰ研究所では経営者向けの各種セミナーを主催していますが、受講を通じて意識と行動が大きく変容する経営者・経営幹部の方が、この2～3年の間に確実に増えてきました。一般的に経営リーダーは、強固な信念や哲学、行動スタイルを持っているがゆえに、「変わる」ことに抵抗を示す方が多いようです。にもかかわらず、なぜ、上記のセミナー受講者は、自分が信じてきた準拠枠を手放し、新たな考え方や振る舞いを取り入れることができるのでしょうか。その理由を、「フィードバック」という観点から考察いたします。しがらみのない本音のぶつかり合いでの気づき「業界全体が厳しい状況にあるととうたさのことですが、弱い会社が淘汰れ、御社のようなしっかりした経営をしている会社がさらなる飛躍を図るチャンスじゃないですか」「経営方針の考え方の違いがあったとしても、創業者であるお父様に対する、尊敬と感謝の気持ちを後継者であるあなたが持たないとダメですよ」弊社が2011年より開講している「松下幸之助経営塾」では、受講者である経営者どうしで、前記のようきたんな忌憚のない本音のやり取り（フィードバック）が交わされます。それができるのも、受講者が全国各地から参加し、業種・業界も年齢も多岐にわたるバックグラウンドのもと、何のしがらみもない状況下で議論ができるからかもしれません。経営者の立場になると、耳の痛いことを言ってくれる人が少なくなるもの。だからこそ、「本音のフィードバックを伝え合う場に身を置いていると、自分の課題に気づくことができ、本当にありがたい」という感想が、受講者から数多く寄せられるのです。自分を正しく知って成果を上げるフィードバックとは、「相手が自らの行動や状態を客観的に把握し、修正・成長できるように第三者の目から情報を返してあげること」と定義づけられています。具体的には、以下の6つのステップでフィードバックが展開されます。Step0：事前準備（事実・情報の収集）Step1：信頼関係の確保Step2：事実の通知Step3：腹に落とす対話Step4：振り返り支援Step5：期待の通知6つのステップの中で特に大切なのが、相手に関する事実や情報をつかみ（Step0：事前準備）、それを客観的に伝えていく営み（Step2：事実の通知）です。事実を客観的に伝えることで、相手の納得感が高まり、深い気づきが誘発されるのです。フィードバックが注目を集めるようになったきっかけは、最新のリーダーシップ研究で明らかになった知見にあると思われます。昨今の欧米のリーダーシップ研究領域では、様々な議論が展開されていますが、いずれにも共通しているのが、自己認識（self-awareness）の重要性を指摘している点です。自己認識とは、自己の性格、長26［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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教育現場から人と組織の成長を考える所・短所、欲求、役割について深く理解すること。つまり自分を正しく知ることです。自己認識の重要性に関しては、いくつかの実証研究があります。たとえば、コーネル大学のD.ダニングとJ.クルーガーは、「能力の低い人物が自らを高く評価してしまうような認知バイアスが存在する」と主張しました1。一方、「成果を上げる人ほど、自己認知能力が高い」という研究成果2も発表されています。これらの研究成果が示唆しているのは、「仕事ができる人」になりたいなら、自分というものの本質を正しく認識する必要があるということです。ところが、やっかいなことに自分を知るという行為は簡単ではないのです。心理学の分野で頻繁に紹介される「ジョハリの窓」3では、自己には「公開されている自己」（開放の窓）と「隠されている自己」（秘密の窓）があるとともに、「自分は知らないが他人は知っている自己」（盲点の窓）や「誰にも知られていない自己」（未知の窓）もあるとされています（図参照）。このフレームワークを使うと、自己認識を深めるためには2つの方法があることがわかります。①「開放の窓」を広げる：自分のことをもっと周囲に語る（自己開示）②「盲点の窓」を狭くする：他人から自分に対する指摘を受けて、自分が知らなかった自分に気づく前述の①に関しては、自己努力で実践できますが、②に関しては指摘をしてくれる人がいなければ成り立ちません。だからこそ、フィードバックが求められるのです。自らフィードバックを求め自身の成長を促す松下幸之助は、以下のように述べ、フィードバックの重要性に言及していました。「自分一人で自問自答していたのでは十分わからないという場合もあるだろう。その時は、それを他の人にたずねてみればいい。“自分はこう考えているが、どうだろうか”ということを謙虚にたずねてみる」「人の意見に耳を傾けて、衆知を求めつつやっていこうとする人は、それだけ過ちを犯すことも少ないし、そういう人に対しては、みなもどんどん意見をいい、また信頼も寄せる」自分図ジョハリの窓自分が知っている自分自分が知らない自分他人が知っ開放の窓ている自他分人が知らない秘密の窓（『指導者の条件』松下幸之助、PHP研究所）ここまで述べてきた通り、経営者として成長し続けるうえで大切なのは、他者からのフィードバックを通じて自己認識を深めることです。さ盲点の窓未知の窓らに言えば、周囲の人（取引先、社員、家族、友人等）に対して、自分からフィードバックを求めていく姿勢（フィードバック・シーキング）を持つことができれば、自己認識力はさらに高まるでしょう。他者から受け取ったフィードバックの中には、耳の痛い指摘もあるかもしれません。それでも、フィードバックを受け続ける積極性や、それを取り入れる素直さ・柔軟性があれば、自身の成長が促進され「経営者としての器」がひと回りもふた回りも大きくなるのです。多くの経営者の方々との対話を通じて、こうした解釈の正しさを実感しています。L1ダニング＝クルーガー効果2Church,A.H.（1997）.Managerialself-awarenessinhigh-performingindividualsinorganizations.3サンフランシスコ州立大学の心理学者ジョセフ・ルフトとハリー・インガムが提唱まとば・まさあき1990年、PHP研究所に入社、研修局に配属。以後、一貫して、PHPゼミナールの普及、および研修プログラムの開発に取り組む。2001～’03年まで神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程にてミッション経営の研究を行ない、MBAを取得。中小企業診断士。松下幸之助経営塾ファシリテーター。著作に『“強い現場をつくるリーダー”になるための5つの原則』（PHP通信ゼミナール）』がある。［実践］理念経営Labo2026SUMMER27

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松下幸之助研究レポートリーダーシップの多様性を考える「熱海会談」における幸之助の実践から松下幸之助の理念を現代に生かすために必要なことは何か。PHP理念経営研究センターのメンバーが考察します。PHP理念経営研究センタープロジェクトリーダー高瀬浩平松下電器（現パナソニック）創業者の松下幸之助は、類まれなリーダーシップを発揮した経営者と評価されており、その最たる局面の一つは1964年の「熱海会談」だろう。幸之助が販売会社・代理店との間で「共存共栄」の精神を確認し、販売制度の改革を陣頭指揮したストーリーは、多くの関係者や研究者らによって語り継がれてきた。本稿では、この熱海会談およびその後の販売制度改革などの事例を通して、幸之助のリーダーシップについて考察したい。熱海会談と販売制度改革まずは熱海会談とその後の改革について概説したい。1963～64年ごろ、高度経済成長が踊り場を迎え、白黒テレビや洗濯機などの販売が停滞。販売会社の在庫が増加し、手形の支払サイト（期間）が延び、多くの販売会社が赤字に陥っていた。当時松下電器会長の幸之助は販売の危機を察知し、販売会社・代理店の思いや意向を聞くことを提案した。全国約170社の社長らを招き、松下電器の役員・幹部らも同席し、64年7月9～11日の3日間、静岡県熱海市で「全国販売会社代理店社長懇談会」（熱海会談）を開いた。幸之助は延べ13時間にわたり演壇に立ち続け、窮状を打開するための所信を述べ、販売会社・代理店からの声を聞き、論議を重ねた。互いの主張をぶつけ合う形で平行線をたどったが、収束させたのは幸之助で「私どもは、知らず知らず慢心の心が出てきておるように私は思う」などと反省の弁を述べ、ハンカチで目頭をぬぐいながら語ると、会場は静まり返った。幸之助が経営の立て直しを誓い、万歳三唱でしめくくり、幸之助の自筆による「共存共栄」の色紙が出席者に配られた1。幸之助は同年8月1日、病気療養中だった営業本部長の代行として、販売制度改革の陣頭に立つ。そして「一地域一販売会社制」「事業部と販売会社の直取引」「新月販制度」を柱とする「新販売制度」を実現させた。松下電器の業績は、65年度こそ戦後初めて売上高が前年度を下回ったものの、66年度以降は好転。販売会社の経営の立て直しも大きく進んだ。最も困難だったのが販売会社を統合再編する「一地域一販売会社制」で、大阪では4つの販売会社が競合することで混乱しており、幸之助が自ら対応した2。従来の見方以上の熱海会談とその後の改革における幸之助のリーダーシップについて、これまでどう語られ、論じられてきたのだろうか。まず幸之助の自伝『夢を育てる』によれば、熱海会談日目に入っても販売会社・代理店の苦情がやまず、幸之助は「結論を松下電器として言わないといけない」と決意した。そして松下電器の落ち度をわびると、攻撃的だった会の雰囲気が一変し、「相手の立場に立って率直に話し合えば、必ず有無相通ずるものがある。それが人間の心なのだ」と実感したという。その後の改革については「一大決心をもってやらなければならない」と覚悟を決め、営業本部長代行として第一線に立ち「業界繁28［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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松下幸之助研究レポート栄への道を精魂こめて開いていった」と振り返っている3。次に社史をみていく。68年に発行された『松下電器五十年の略史』は、熱海会談について、販売会社・代理店が苦しい経営の実情を訴え、松下電器の製品や販売方策について多くの苦情や意見を出し、幸之助に衝撃を与えたとする。そして幸之助は「すべての人が依存心を捨て、商売人として自主的に行動し、自らの力で、苦境を打開する心構えを取りもどさなければなつつ、この事態の早期改善を深く心中に期した」とすらない」という反省と信念に基づき、販売体制の改革をる。その後の改革を成功させた主因を幸之助の陣頭指揮決意したと記述している4。に見出し、営業本部長代行の地位が「社員の結束を固年に発行された『パナソニックめ、士気を鼓舞するとともに、銀行、取引業者、代理店百年史』は「思いを徹底的にぶつけ合った出席者の間でなどの関係者をこよなく勇気づけ」るなど、多大な影響は、幸之助の決意を聞いてわだかまりが消え、連帯感の力を持ったと分析している6。ようなものも生まれたという」とし、幸之助が「共存共経済史学者の宮本又郎は、熱海会談について、一種の栄」の色紙を用意したなどを根拠に「どのような議論にガス抜きや幸之助一流の芝居という見方をする人がいるなり、最終的にどのような結論に導くか、ある程度のシとしつつも「幸之助は心中深く決意した改革を実践に移ナリオを描いていたとの見方もある」と記している5。した」ことを重視する。その後の販売制度の改革についさらに、研ては「販売制度の根幹にかかわる大改革であっただけ究者らの論じに、抵抗も大きかったが、営業本部長となった幸之助が方をみてい陣頭指揮に立つことによって、速やかにその実をあげてく。経営学者いった」と評価する7。の野田一夫経営学者の加護野忠男は、幸之助が業績の悪い販売会は、幸之助は社・代理店を切り捨てる戦略をとらず「『共存共栄』と熱海会談でいう理念のもとで製販一体となって、お互いの経営を伸「事態の予想ばしていくという『決断』が会談の結末になされ、販売以上の悪化を会社・代理店の自主独立性を高めるための経営戦略が実はだで感じと行された」と論じている8。また、幸之助が危機を察知り、メーカーし、適切な対処をしたことで「危機を革新の好機に変の責任者としえ、以前よりも完成度の高い仕事の実現を可能にした」幸之助が自筆した「共存共栄」の色紙松下幸之助は熱海会談で13時間にわたり壇上に立ったて彼らにわびとも記している9。［実践］理念経営Labo2026SUMMER29

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熱海会談の出席者たち（最前列中央が幸之助）作家の北康利は、「危機に際してリーダーが最前線に立つことは、戦争でも経営でも基本動作であるはずだ。だがそれを実際に行動に移せる者の如何に少ないことか」と記している。改革の成功については「熱海会談であお代理店や販売店の危機感を煽ったからこそ、痛みをともなう新販売制度の導入が可能となった」との見方を示している10。これらの論考は概ね、幸之助が販売会社・代理店の意見や不満を聞きながら改革の決意を固め、「共存共栄」のスローガンによってメンバーを一つにまとめ、自らが先頭に立って改革を実行した、という文脈で、リーダーシップについて語っている。場をタイムリーにつくる能力このように、熱海会談から販売制度改革へという流れにおいては、幸之助の言葉や行為によって周囲を動かすリーダーシップが際立つように表現されることが多い。しかし、熱海会談の議事録や音源を調べると、そうしたリーダーシップにとどまらず、相手や周囲に対して様々なアプローチをとっていることに気づく。たとえば、幸之助は出席者たちが話しやすい雰囲気にするため、細やかに配慮していた様子がうかがえる。幸之助は「秘密会」と繰り返し述べ、出席者が安心して意見が言えるように気を配っている。相手の訴えに「なるほど」と相づちを打ちながら傾聴し、1億円もの詐欺被害に遭ったと打ち明けた出席者に「取られる方も取った方も、名人と名人が寄っとるようなもんや」と冗談を飛ばし、笑いを誘っていた。この点について、経営学者の野中郁次郎の見解に注目したい。野中は熱海会談には言及していないものの、幸之助には「場をタイムリーにつくる能力」があるという。幸之助が顧客や社員、電器店の人たちとよく話し、相手によって大義や利を説き、情や理に訴えることを使い分けた点に着目し、「“場づくり”の根底にあるのは人と人との関係性なのだということを、幸之助さんが熟知していた」と評価している11。批判や異論をも聞き入れる度量がリーダーになければ、出席者は安心して不満や意見をぶつけられない。人を動かすために話しやすい雰囲気を醸すことも重要といえるだろう。フォロワーが幸之助を動かすリーダーシップは、リーダーとフォロワーとの間に生じるというとらえ方12をすればどうだろうか。筆者は、幸之助をリーダー、販売会社・代理店の社長らをフォロワーとみなし、熱海会談における両者の関係性や双方向のやりとりについて調べてみた。幸之助は、自分自身と販売会社・代理店との関係性について言及する際、強い言葉や口調で語っている。熱海日目、質疑応答に入る前、胸に着ける花の大きさが自分だけ一回り大きかったことを問題視し、幸之助は「昔は、私は絶対しなかったと思う」「そもそも間違30［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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松下幸之助研究レポートいのもと」と断じている。また、ある販売会社の社長でっちが、幸之助を大番頭、自らを丁稚とたとえて発言したところ、幸之助は「いや、そやない。あんたは主人公でぼくが大番頭になるんですよ。それがまちがいでんにゃ」と強い口調で諭している。その一方で出席者の中には、「あなたはあまりに雲の上の人で率直に申せません」とこぼす者もいた。このようなやりとりを通じて、幸之助は、自身と販売会社・代理店の社長との間に強い上下関係が生じていると痛感し、より対等な関係性に近づけようと試みている様子がうかがえる。最終盤に近づくと、幸之助の働きかけに呼応するように議論は活発になる。議論がエスカレートし、言いたい放題のようになったという見方もあるが、音源を聞く限り、そこまで場が荒れた感じはしない。むしろ、発言の内容をよく聞くと、一部の販売会社の社長たちは、後に新販売制度として結実する内容を含む建設的な提案もしている。たとえば、支払サイトの短縮や現金取引の推奨、いわゆる「押し込み販売」の是正、複雑化した取引の簡素化などが提案されている。ある販売会社の社長は、さらに踏み込んで、松下電器の社員教育が足りず「我々商売人にすれば、商売道義に対して、極めて欠けている」と厳しく批判し、幸之助の主導で社員教育を改善するよう求めた。この直後、幸之助は「まず何よりも社員の訓育から再検討していかなならん」「原因は私ども自身にあるということを考えねばならん」などと語り、涙ながらに反省の弁を述べ、立て直しを誓うに至る。筆者は、このような経過をたどることで、フォロワーである販売会社・代理店の社長から、リーダーである幸之助に対する「逆方向」の働きかけが、幸之助の決断を後押しした側面もみて取れるのではないかと考える。近年のリーダーシップの理論には、フォロワーの主体性や批判性に注目するものもある13。状況に応じ臨機応変にこのように熱海会談とその後の改革をみるだけでも、多様なリーダーシップのありようが読み取れるのではないだろうか。ただ、現代のリーダーが実践しようとするには、それをまとめるような、別の視点も必要ではないか。著作家の山口周は「コンテキスト・リーダーシップ」という考え方を提示している。リーダーシップは行為そのものではなく、文脈＝コンテキストによって生まれるという立場で、いくら優れたリーダーの行為を模倣しても、リーダーシップの発現は期待できず、コンテキストを読解し、編集することで、行為にポジティブな意味づけを与えられると論じる14。熱海会談とその後の改革における幸之助のリーダーシップは、状況を的確に読み、人間の感情の機微も感じながら、その場で適切な対応を選んでいく中で生じたのではないだろうか。特定のスタイルにとらわれない臨機応変さが、会社を危機から救い、改革を成功に導いたのだろう。その背景には、多くの苦難を乗り越えた経験が色濃く反映されているし、異論も含めて必要な進言を聞き入れる素直な心、何が正しいかを自らに問い続ける自己観照など、幸之助の心がけも影響している。いずれも容易に身につくものではないが、現代のリーダーたちは、先人に学びつつ、実践を重ねながら、磨いていくほかないのではないか。そのような姿勢をリーダーだけでなく、フォロワーとも共有し、お互いに成長し続けることが大切だろう。参考文献1パナソニック株式会社百年史編纂委員会編（2019）『パナソニック百年史』パナソニック,pp.254-262.2同前,pp.262-268.3松下幸之助（1989）『私の履歴書松下幸之助夢を育てる』日本経済新聞出版社（2013年日経文芸文庫版）,pp.113-125.4松下電器産業株式会社創業五十周年記念行事準備委員会編（1968）『松下電器五十年の略史』,pp.332-335.5前掲『パナソニック百年史』,pp.261-262.6野田一夫（1968）『松下幸之助その人と事業』実業之日本社,pp.299-305.7宮本又郎（1999）『＜日本の近代11＞企業家たちの挑戦』中央公論新社,pp.418-422.8加護野忠男編著（2016）『PHP経営叢書日本の企業家2松下幸之助理念を語り続けた戦略的経営者』PHP研究所,p.2.9同前,p.244.10北康利（2014）『松下幸之助経営の神様とよばれた男』PHP研究所,pp.272-282.11野中郁次郎「『実践知リーダー』のベストモデル」,『PHPBusinessReview松下幸之助塾20147-8』12金井壽宏（2005）『リーダーシップ入門』日経BP日本経済新聞出版,pp.59-65.13アイラ・チャレフ（2009）『ザ・フォロワーシップ――上司を動かす賢い部下の教科書』ダイヤモンド社,pp.19-20.チャレフによれば、フォロワーはリーダーを支え、必要があればリーダーの行動を修正する手助けをしなければならないとしている.14山口周（2026）『コンテキスト・リーダーシップ「最高の上司」と「最悪の上司」は文脈で決まる』光文社,pp.3-7.たかせ・こうへい京都大学法学部卒。2002年毎日新聞社に入社し、大阪本社社会部や学芸部で記者やデスクを歴任。2025年PHP研究所入社。L［実践］理念経営Labo2026SUMMER31

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生涯現役研究会大和ハウス工業、さんびるグループ生涯現役の実現へ向けてトップの思いと風土づくりが大切2026年4月14日に第3回、5月26日に第4回の「生涯現役研究会」本部会が、PHP研究所京都本部にて開催。第3回では大和ハウス工業（大阪府）、第4回ではさんびるグループ（島根県）の取り組みを紹介いただきました。取材・文：太田修一郎写真：PHP理念経営研究センターシニアの「活躍の場」づくり大和ハウス工業に学ぶ本研究会の第3回では、「67歳選択定年制とシニア人財活躍の取り組み」をテーマにして、大和ハウス工業、常務執行役員の能村盛隆氏に、同社が10年以上取り組んできたシニア人財活躍施策の変遷と背景についてお話しいただきました。大和ハウス工業は1955年創業。グループ全体で従業員約5万人超を擁する総合建設企業で、現在は住宅事業にとどまらず、物流施設、商業施設、データセンター、再生可能エネルギーなど幅広い事業をグローバルに展開しています。同社では高年齢者雇用安定法の改正に合わせ、2013年に定年を60歳から65歳へ引き上げ、2015年には定年以降も原則70歳まで働ける「嘱託再雇用（アクティブ・エイジング制度／1年更新、週4日勤務、全職種に適用）」を導入しています。ただ、当時は一律60歳での「役職定年」となっており、役職定年以降は従来と同じ業務を担っていてもシニア処遇に変更、報酬も3～4割ほどダウンとなっていました。そこで2022年、役職定年制を廃止し、60歳以降も従来通りの処遇を維持するように変更（定年後はアクティブ・エイジング制度を適用）します。2023年にはアクティブ・エイジング制度について、従来の週4日勤務（アクティブコース）に加えて、現業の技術系職種（設計・施工管理等）については年齢上限を撤廃し、事実上「生涯現役」で働くことが可能となる「現役同等コース（週5日勤務）」を新設。そして2025年からは全国職について、社員自身が65歳、もしくは67歳での定年を選択できる「選択定年制」を導入しています（定年後はアクティブ・エイジング制度を適用）。定年後の処遇の見直し、複数コースから定年のタイミングや定年後の働き方が選択できる仕組みなど、同社ではこれらの改革を通じてシニア人財が「活躍できる場」を整備してきました。こうした改革を進めた背景には、建設業界が抱える2つの課題があったと能村氏は言います。第1は、人員構成の偏り。バブル経済の崩壊以降、景気や採用方針の影響によって世代構成にばらつきが「シニア人財のモチベーションは高い」と大和ハウス工業の能村盛隆常務執行役員32［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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生涯現役研究会生じ、持続的な事業運営を進めるにあたって、経験豊富なベテラン社員の活躍が不可欠になっていたこと。第2は、建設業界で深刻化する技術者不足です。大型化・複雑化するプロジェクトに対応するためには高度な技術が必要であり、一律に年齢で切る定年制を理由に経験豊富な人財を失うことは大きな損失だと、同社では考えていたそうです。能村氏はシニア人財の価値として「技能・技術」「経験知」「人脈」の3つを挙げ、「これらは企業にとって重要な無形資産であり、今後の事業拡大を目指すうえでも必須になる。様々な現場で技能・技術・経験知を次世代に継承してもらいつつ、人脈を活かして会社の成長に貢献してもらうことが各種の制度導入のねらいだった」と説明しました。60歳を超えると役職から外れ、報酬も下がることが一般的ですが、同社では業務や成果が変わらない限り従来の処遇を維持し、能力があれば60歳以降も責任あるポストを担うことができます。こうした取り組みがシニア人財のモチベーション向上に役立っているだけでなく、他社を定年退職した技術者が第2の働き先として大和ハウス工業を選ぶ理由になっていると言います。そんな同社の取り組みの根底には、創業者・石橋信夫氏が掲げた社是の1つ「事業を通じて人を育てること」があります。また能村氏が「現場が示した方向性に対して、経営トップも認めており、同じ方向を向いていたことが大きかった」と述べるように、シニア人財活躍施策に対して強い理解を示し、「人財こそ利益の源泉」という姿勢で後押ししてきた同社の前会長・樋口武男氏の存在が大きかったようです。コメンテーターの高尾義明氏（京都産業大学教授）は、「多くの企業では年齢を基準にシニア人財の評価や処遇を決めているが、それがシニア人財の活躍を阻む1つの要因となっている。大和ハウス工業のように、トップのコミットメントのもとで、シニア活用をコストではなく『投資』ととらえ、活躍できる場づくりや諸制度を整備している事例は、生涯現役を考えるうえで非常に示唆に富んでいる」と述べました。地域企業の雄・さんびるに学ぶ「働き続けたくなる」風土づくり第4回では、島根県に拠点を置き、ビルメンテナンスをメイン事業として西日本を中心に27社のグループ企業を展開するさんびるの田中正彦社長が「命と関わる経営から考える生涯現役」をテーマにお話されました。田中氏がまず触れたのは、経営戦略や社内制度ではなく、人間の「命」の大切さ。幼少期の心肺停止事故、17歳での溺水事故、友人や部下との突然の死別など、自身が何度も死と向き合ってきた経験から、「命には限りがある」「生かされた命をどう活かすか」「人生は今日の積み重ねだからこそ、今できるさんびるの田中正彦社長は命の大切さを説くことを先延ばしにせず、考えるよりもまずは全力でやってみよう」という思い、そして「一日生涯」という自らの人生観が生まれた経緯について説明されました。そして、この人生観が会社経営の根底を支えていると言います。同社では田中氏が専務に就任した2000年頃、社員の帰属意識の低さやコミュニケーション不全からくるトラブルが大きな問題となっていたそうです。危機感を覚えた田中氏は2001年、若手を中心とした構造改革本部を立ち上げ、「良い会社とは何か？」について徹底的に議論しま「生涯現役には経営トップの役割が大きい」と高尾義明氏［実践］理念経営Labo2026SUMMER33

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した。その結果、出てきたのは「自分の子供を働かせたい会社」という答えでした。この答えを起点に、同社では現場の社員を巻き込みながら、様々な改革を進めていったのです。最初に行なったのが「役職呼称の廃止」。肩書で呼び合うことをやめ、全員を「名前＋さん付け」で呼び合う制度を導入。目的は、上下間の遠慮や委縮をなくし、自由に意見を言える風通しの良い組織をつくること。同時に、小さいことでも感謝を伝え合い、思いやりを持って接する文化も育んでいきました。これにより、社員同士が互いの思いを素直に伝えられるフラットな関係が生まれ、社内の雰囲気が変わっていったと言います。「僕が現場に行くと、『あら、正彦さん！』なんて言われて、高齢社員の方が笑顔でハイタッチしてくれる。今はそんな関係が当たり前になっている」と田中氏は語ります。また、「現場とトップの距離をできるだけ近づけることが大切」と語る田中氏は、対話とコミュニケーションを重要視しています。毎日発行するトップメッセージ「回覧板」年以上続き、いまや発行数は6500号超に。毎年、全社員に送る誕生祝いや、社員のES（従業員満足度）アンケートを実施する際は、社員の声を直接社長に届ける「ラブレター」を同封しています。ここには仕事の話題だけでなく、プライベートの近況も認められており、田中氏は一つひとつに対して自筆で返信を書き、日頃の感謝を伝えているそうです。このほか、朝礼での理念や行動指針の共有、トップから現場まで各階層間で定期的に行なう1on1面談な年以上続けています。「仕組みを作るのは簡単ですが、それを何年も継続するのはとても大変です。それでも、毎日コツコツと続けてきたことでトップの思いが社員に伝わり、社員同士の信頼関係や仕事への誇りが育まれてきたことで、社内の風土や社員の価値観が大きく変わっていきました」と田中氏は語ります。「生涯現役」の観点では、元々ビルメンテナンスの業種は高齢者雇用の割合が高いことから、同社でも早歳以上の社員が活躍しており、「高齢者雇用、生涯現役と言わなくても、昔からそれが当たり前だった」と田中氏は言います。そうした中でも、高齢者人財は評価や福利厚生を含め、現役社員と同じ処遇としており、高齢者人財につ面談の回数を多めにし、きめ細かいサポートを行なっているそうです。また、就業規則では65歳定年としているものの、希望する人は会社と相談のうえで勤務形態を柔軟に調整し、65歳以降も働き続けられる仕組みになっています。現在、84歳の最高齢社員を筆頭に60歳以上が約半数を占めるなど、ごく自然な形で「生涯現役」が定着していることが大きな特徴です。最後に田中氏は、高齢者人財が提供する「価値」について語りました。「生産性の視点で見れば、高齢者よりも若い社員のほうが良いと考える経営者は多い。でも、お客様に提供している価値を考えたとき、実は高齢者社員のほうが大きな価値を提供していることもある。清掃業務で高齢者を派遣している会社の方から『さんびるのAさんは仕事が丁寧だし、人柄も笑顔も良くて、絶対に変えてほしくない！』なんて言われることも多いんです」。田中氏の説明を受けて、高尾氏は「現役・シニアにかかわらず、全社員に対してフラットかつ公平であり、命のお話も相まって『人を大切にし、人の可能性を活かす』取り組みをコツコツと継続されてきた。そうして育まれてきた会社の『根っこ＝風土・価値観』が生涯現役の取り組みにも活かされていることがよくわかった」と述べました。本研究会の発起人である小池由久氏（サエラ代表取締役・日本経営財団代表理事）は、「まずは自社のありたい未来を考えたとき、『この会社でずっと働きたい』『子供を働かせたい』と思ってくれる社員を増やすことを目指す。そして、高齢者人財を含め、社員一人ひとりがお客様に提供している有形・無形の価値をきちんと評価し、それをお客様にもしっかりと理解していただく。田中社長のお考えや実践は、企業経営における生涯現役のあり方を考えていくうえで新たな視点を与えてくれる」と話しました。生涯現役の実現に向け、トップの思いと風土づくり、そしてそれぞれ、自社が直面している課題にどう対応していくかが鍵を握るのではないでしょうか。本研究会では、知見をさらに積み重ね、議論を深めていく予定です。生涯現役研究会高齢化が進むなか、高齢者が持つ知識や経験を最大限に活用できる社会実現のため、その課題の解決に向け、研究・検討し、成果を社会に発信する目的で発足。発起人小池由久（サエラ・日本経営財団）瀬津要（PHP研究所）L34［実践］理念経営Labo2026SUMMER

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詳細はこちらから。ルール動画等公開中2026SUMMER7-9（Vol.18）2026年7月27日発行発行人渡邊祐介編集主幹川上恒雄編集長會田広宣発行所PHP理念経営研究センター［編集スタッフ］〒601-8411京都市南区西九条北ノ内町11番地TEL075-681-9166メールkenkyu1@php.co.jpURLhttps://www.php-management.com/的場正晃／長尾梓／髙橋久実子／高瀬浩平［制作・普及協力］池口祥司／時政和輝／大谷泰志／瀬田成俊／川本佑斉／押条征一郎／川口宝馬動画順次公開＆メルマガ登録受付中誌面の内容がよりよくわかる特別動画をこちらのウェブサイトで順次公開しています。↓また、上記動画の公開時期および『［実践］理念経営Labo』の最新情報をメルマガ（無料）にてお届けします。ご希望の方はこちらのウェブサイトよりメールアドレスをご登録ください。↓［デザイン／制作］朝日メディアインターナショナル株式会社©PHPInstitute,Inc.2026Allrightsreserved

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2026SUMMER7-9（Vol.18）2026年7月27日発行ＰＨＰ理念経営研究センター

