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# Vol.17『[実践] 理念経営Labo』（2026 SPRING 4-6）

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人と組織の可能性を発見する研究誌Labo理念経営実践2026SPRING4-6Vol.17［住宅業界リーディングカンパニーの挑戦］住まいと暮らしの「不」を解消することで最もお客様に選ばれる会社へ飯田グループホールディングス代表取締役社長西野弘［創業者の思いを生かす］電動アシスト自転車に経営資源を集中し国内トップシェアを獲得し続けるパナソニックサイクルテック代表取締役社長執行役員稲毛敏明［『松下幸之助選集』全９巻刊行記念］楠木建、松下幸之助を語る腹の底から出た言葉経営学者楠木建［松下幸之助経営塾志の実践］救馬溪観音副住職森本晄正［経営学で読み解く人と組織］甲南大学教授尾形真実哉

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『［実践］理念経営Labo』刊行にあたって現代の企業や組織において、経営理念を経営の軸に据えることの重要性はますます高まっています。一つには、資本主義社会のあり方が問い直され、企業の果たすべき責任がよりいっそう重視されつつあることが挙げられます。たとえば、行きすぎた株主重視の反省から、企業には社会的な課題解決が一段と強く求められるようになりました。ESG（環境、社会、ガバナンス）投資やSDGs（持続可能な開発目標）への関心の高まりからも、その傾向は明らかです。また、従来の経営理念に加えて新たに「パーパス」（存在意義）を掲げる企業も数多く出てきました。一方で、政府による働き方改革の推進、雇用慣行の変化、特に最近は新型コロナ感染症拡大をきっかけとしたリモートワーク導入促進の流れの中で、働く人々の価値観においても多様化が進み、組織を統合するための経営理念の役割も見直されています。私どもPHP理念経営研究センターは、複雑化する環境においても企業や組織が活力を持って高品質な商品やサービスを創出し、持続的な発展を遂げてゆくために、新たな理念経営のあり方を追求することを年に設立いたしました。この使命はパナソニックグループ創業者で弊社PHP研究所創設者でもある松下幸之助の「思い」から発しています。松下は、昭和7（1932）年5月5日、「人々の日常生活の必需品を充実豊富にして、その生こんしん活内容を改善拡充する。松下電器製作所はこの使命の達成を究極の目的とし、今後一層渾身の力を振るまいしんい、一路邁進せんことを期す」という趣旨の自社の「真使命」を宣言し、パナソニックグループを世界へと飛翔させました。また終戦後の世の乱れ、人心の荒廃を思い知らされたところから、「繁栄を通じて、平和と幸福を実現する」（PeaceandHappinessthroughProsperity）との思いに立ち、昭和21（1946）年11月3日にPHP研究所を設立いたしました。「初めに思いありき」の言葉通り、松下のいずれの事業活動もすべて「思い」を原点とした理念経営にほかなりません。こうした考えに立ち、PHP理念経営研究センターの情報発信の場として『［実践］理念経営Labo』をこのたび刊行いたします。誌名に「Labo」（ラボ）とつけたのは、本誌を生きた「理念経営の研究室」とし、より先端的な課題への取り組みに挑みたいとの思いがあってのことです。理念経営に挑戦している経営の現場を現代的見地にもとづいて取材し、理念実践の新たな指針を創出することを目指して誌面づくりに尽力していきたいと考えています。読者の皆様には、ぜひとも「Labo」の共同研究者として情報、ご感想を賜り、明日の「理念経営」のあり方に一石を投じるべくご支援、ご指導をお願いいたしたく存じます。2022年4月PHP理念経営研究センター代表渡邊祐介

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Contents──2026SPRING4-6（Vol.17）『松下幸之助選集』全9巻刊行記念楠木建、松下幸之助を語る【Interview】腹の底から出た言葉人をやる気にさせ納得させて動かす経営学者、一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授楠木建4【Interview】住宅業界リーディングカンパニーの挑戦住まいと暮らしの「不」を解消することで最もお客様に選ばれる会社へ分譲戸建住宅シェアNo.1さらなる進化を求めて【Interview】創業者の思いを生かす電動アシスト自転車に経営資源を集中し国内トップシェアを獲得し続ける24期連続で黒字を達成、「サイクルモビリティ」へ進化松下幸之助経営塾【志の実践】寺院経営は衆知を集めて1300年の歴史を未来に継承すべく【塾生通信】日に新たSeries【生涯現役研究会】甲賀高分子生涯現役の実現へ向けて創業者・石田晃朗会長に聞く【経営学で読み解く人と組織】オンボーディングの意義と施策転職社会・少子化の時代に組織が成長するには【教育現場から人と組織の成長を考える】「目利き力」を磨き高めるリーダーに求められる「コンセプチュアルスキル」【松下幸之助研究レポート】社員の声をどう集めるか労働組合による経営参加制度の教訓「統合」のコストを誰が負担するか同志社大社会学部三吉勉助教に聞く【特別動画案内】MOVIEGALLERY飯田グループホールディングス代表取締役社長西野弘パナソニックサイクルテック代表取締役社長執行役員稲毛敏明救馬溪観音副住職森本晄正甲南大学教授尾形真実哉PHP理念経営研究センター主席研究員的場正晃PHP理念経営研究センタープロジェクトリーダー高瀬浩平8121620222428303334誌面内容がよりよくわかる特別動画を右のQRコードからご視聴いただけます。動画は随時追加予定。メルマガにてご案内します。（メルマガ登録はP35下をご参照ください）

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Interview『松下幸之助選集』全９巻刊行記念楠木建、松下幸之助を語る腹の底から出た言葉人をやる気にさせ納得させて動かす経営学者一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授楠木建くすのき・けん＊一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院客員教授、一橋ビジネススクール教授を経て2023年から現職。著書に、『ストーリーとしての競争戦略』（東洋経済新報社）、『楠木建の頭の中戦略と経営についての論考』（日本経済新聞出版）ほか多数。2026年2月、「松下幸之助選集」全9巻が出そろった。刊行を記念して、第7巻『仕事の夢暮しの夢/物の見方考え方』を推薦いただいた経営学者・楠木建氏に、松下幸之助が発する言葉の迫力の源泉と、本選集を読む意義を聞いた。聞き手：渡邊祐介（PHP理念経営研究センター代表）構成：PHP理念経営研究センター写真提供：楠木建強い言葉を発することで人をやる気にさせ動かす――松下幸之助選集（以下、選集）第7巻では、推薦文をいただき、ありがとうございました。「人間・松下幸之助の言葉。腹の底から出ていふる。だから異様に腑に落ちる」という内容で、「腹の底」という表現を使っていただいています。私は、経営史からのアプロ―チが専門なので、幼少期の生い立ちや人生経験がその「腹の底」の部分になると思っているのですが、楠木先生はその「腹の底」のリアルな部分は、どこにあると考えておられますでしょうか。楠木なぜ松下さんの言葉に迫力があるのか、生い立ちや人生経験もあると思うのですが、最も大きいのは、徹頭徹尾、経営者だからだと思うのです。それはどういうことかと申しますと、著名な哲学者や宗教家などの発した言葉が、書籍になって後世に残って語り継がれるケースよりも、腑に落ち方が圧倒的に違う。納得させる力が尋常ではないのが、けっしゅつ松下さんが傑出している点です。やはり、経営という仕事の本質にかかわっているからだと思うのです。――といいますと。楠木自分で何かをするのだったらたかが知れているわけで、大きなことをやるためには、人にやってもらわなければいけない。つまり、人を巻き込んで何かをなすというのが、経営の根幹だと思うのです。人にこういうふうに動いてもらいたい。自分の意思が効率的かつ効果的に相手に伝わることが大切で、しかも単に理解してもらうだけでは動かない。要するに、心の底から腹に落ちて、納得しないと駄目。松下さんの場合、長く経営者として、それこそ毎日呼吸をするようにやっていらした。また、そうする必要性に直面していたのだと思います。――なるほど。楠木それから、京セラの創業者、稲盛和夫さんの言葉の強さには、松下さんと近いものを感じます。加え4［実践］理念経営Labo2026SPRING

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楠木建、松下幸之助を語るて、少し時代はさかのぼりますが江戸時代後期の農政家、二宮尊徳さんでしょうか。言葉が強い人は、振り返ってみると全員経営者なのです。つまり、実行して成果が出ないといけない。しかも自分がやるのではなく、人にしてもらう立場の人間です。経営を意味する「マネジメント」という言葉を英英辞典でひくと“Gettingthingsdonethroughothers”と出てきます。つまり、自分以外の誰かを通じて物事をやりとげるという意味です。とりわけ、松下さんは元来身体が弱かったので、自分で直接できることに、強い制約があります。だからこそ、人が理解して、動くところまでいく言葉の力を徹底的に練り上げていくことになったのではないでしょうか。――とても得心がいきます。幸之助の指導を受けた事業部長たちを取材したことがありますが、共通しているのはみな、ひどく叱りつけられているのですが、それが自慢話になるところです。何度も叱られた方が、法則性を教えてくれました。叱られた後、そのまま終わらずに、市況はどうだと聞いてきたり、幸之助が怒って曲げてしまったストーブの火箸を直したら、「君、うまいな」と褒められた人がいたり。幸之助はただ単に感情的に怒っているのではなく、自分の前から去るときには、必ずやる気満々の状態にすることを鉄則にしていたのではないかと。だから最後に話題を変えていたと分析していたのです。人をやる気にさせ、動いてもらうための重要な要素ではないかと思い出しましたがいかがでしょうか。楠木まったく、その通りだと思います。松下さんにとって言葉を発することは、常に成果を出すための手段だったと思うのです。生身の人間がそうだと思って、やる気になって動かないと成果が出ないので、そのようなコミュニケーションスタイルは非常によくわかります。――強い言葉を発せられる経営者と発せられない経営者がいると思います。一方で、強い言葉を持つ経営者が減っている気もします。何か、課題があるのでしょうか。楠木言葉の力は、経営者の中核的な能力です。松下さんのような創業経営者の場合は、会社が成長するにつれ人に知られるようになります。逆に言葉の力が弱い人を選んでしまう経営は、根本的に資質に欠ける人にバトンを渡してしまっているのですから、前任経営者が悪いのです。――私たちは、知識やスキルで身を固めている経営者を優秀と思いがちです。しかし、抽象度の高い、現象に意義づけできる、面白がれる、人間力のようなものが経営者に必要と思えるのですがいかがでしょうか。楠木人間力というか、人間についての洞察の深さだと思うのです。人それぞれ、タイプも置かれている状況も違うので、一人ひとり、目の前の人に何をどう言ったらその人が動くのか、ものすごく高度な人間洞察を必要としていて、長い経験の中で磨いていらしたのではないでしょうか。――幸之助自身、一人ひとりの心に違いがあること、心には変化性があって、さっきまで泣いていた人が言葉一つで変わるようなことを述べています。楠木人間についての洞察の深さの表れだと思いますね。素直さとは自分が小さいと思えること――選集第7巻で、印象に残った部分はありますでしょうか。楠木松下さんがすごいのは、死後40年近く経ってもいまなお言葉が影響力を持っていて、日本国内だけでなく中国を代表とする外国の経営者にも大きな影響を与えているところです。普遍性があるのは強い言葉の力の条件の一つだと思うのですが、選集第7巻だと「世の中のすべては、天の摂理できまるのが90パーセント、あとの10パーセントだけが、人間のなしうる限界だと思う」「つまり、私のいいたいことは、『ぜったいにむりをしない』ことなのである」というところが特に印象に残りました。非常に松下さんの物の考え方の根幹をなすところだと思うのです。――おっしゃる通りですね。楠木第1巻になるのですが、「指導者が天地自然の理に従った行ないをすれば、すべてがうまくいく」というエピソードも印象に残りました。天の摂理で90パーセントがきまり、人知が及ぶところはたかだか10パーセント。でも、天地自然と一体化すれば物事はうまくいくという、とてもゆったりした感じを受けるのです。こういうところが、たとえば中国で非常に支持されている普遍性の中身ではないかと思うのです。成功者の中には、一般の人ではとてもできそうにない、無理難題を実践したから成功したと武勇伝的に語る人が多いのですが、松下さんはその対極にありますよね。［実践］理念経営Labo2026SPRING5

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――幸之助は、人知が及ぶのは10パーセントかもしれないが、10パーセントをその程度と思っていい加減にやるのではなく、どれだけ10パーセントに一所懸命に取り組むことができるか、ということも言っています。決断を下す際に、意外とくよくよしているときもありますが、錦の御旗が立つというようがぜんに、何か筋が通ったときに、俄然強くなりパワーがみなぎることがあるのです。楠木あと選集第7巻で「事業に失敗した話」が印象に残りました。第二次世界大戦中の話です。松下電器というと戦前は特に消費者向けの電気製品をつくっていたので、松下さんが公職を追放されたのはどうしてなのか、知らない方も多いと思うのですが、「事業に失敗した話」を読むとその成り行きがよくわかります。つまり、松下電器が非常に高い生産効率で大量に物をつくる能力を持っているはずなので、軍から軍事用に小型の船をつくってもらえないかと依頼があります。船づくりに成功すると、船ができるのだったら軍用機をつくれと。――木製飛行機ですね。楠木船は50パイ以上つくりますが、軍用機は終戦により3機を生産するに留まります。日本は戦争に負けたのですから、相当な設備投資をしたのに借金だけ残ったという話です。これをどう振り返っているか、ここが本当にすごいところだと思うのです。軍部の要請で半ば強制されて、ひどい目に遭ったというのが普通の受け止め方ではないでしょうか。少し自分を省みる人でも、松下電器は民需向けの商品をつくる会社なので軍需用というのは性質が違ったと。大量生産の能力があるイメージでまったく違う分野に手を出すのはよくなかった、と思うくらいではないでしょうか。――そうでしょうね。楠木ところが松下さんは、自分を誇示したい心があったのではないかと反省しているわけです。「断ろうと思えばできないこともなかったわけだ」「ひとつやりましょう、と引き受けたところに、自分の気負ったところがあった」と言っています。普通の人ならそこまで反省は及ばないですよね。――内省する力とでもいうのか、幸之助はてらうことなく公の場で堂々と言っています。素直さといっていいかもしれません。楠木失敗談を話される方は多く、普通は外的な条件や環境が難しいことに失敗の理由を求めると思うのですが、松下さんは社会に対して誇示したい気持ちがあったから駄目だと言う。素直さとは、自分が小さいと思えることかもしれません。経営者として成功した人は、自分が大きくなったと勘違いし周囲もそう扱います。その結果として、素直な心は成功した人ほど希薄になるのではないでしょうか。この本は1960（昭和35）年刊行ですから、成功した後で言っているのも非常に印象的でした。正しい基準で物事を決める本当の意味での理念経営――幸之助の決断について、結果がよいからよい決断というわけでなく、決断するに至るプロセスがあったと思います。決断は、素直さの表現の一つでもあると感じるのですがいかがでしょう。楠木決断するには自分の中に何か基準があるわけですよね。僕の考えでは、外在的な基準がないところでなす決定を決断というと考えています。物差しが外部にあれば、よいほうを取ればいいのですが、そうしたものはない。よいことと悪いことのどちらを選ぶかという話ではなく、よいこととよいこと、そのどちらを取るのかが本当の決断だと思うのです。その場合、経営者の中にしかその基準がない。一理あるといえば何でも一理ある。だから、何か理を捨てるのが決断だと思うのですよね。――よくわかります。楠木要するに出来合いの物差しに寄りかかれないので、普通の人にはできません。一番のハイライトは選集第7巻の「人生を楽しむ私の事業信念」に出てくる「貧困を克服するために生産をやるのだ」というところです。「よりよく人生を楽しむために生産する」「あらゆる欲する物資が水のようになったら、貧困は克服されるのだ」「カネもうけのためとか、そんなことは第二義的のことであって、ほんとうの使命はそこにあるのだ」「だから本日をもって創業記念日とする」と。このとき松下さんは理想を語ったわけですが、これがご自身の基準になって周りの人を突き動かします。会社の中心であった中学を卒業した人たちが、幸之助の言うことに感激し、次々と壇上にかけ上がって熱弁をふるうのです。「これを旗印にしっかりやる」とか、いろんな感激の言葉が述べられます。それで松下電器に筋金が入ったというのですが、これが理念の極致ではないかと思うのです。6［実践］理念経営Labo2026SPRING

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楠木建、松下幸之助を語る――1932（昭和7）年5月5日のことですね。強く同感します。当時、松下電器はせいぜい1000人くらいの規模でした。業界数番手の会社という位置ですが、トップが理想を言えばこんなに心に響くのだと驚きました。私の中では理念経営史上の大きな事件ととらえているのです。楠木正々堂々と誰に対しても正しいと言えること。それを基準として持って、その基準で物事を決めていく。これが本当の意味での理念経営ではないかと思うのです。だからこそ、人が納得して動くところまで行くのではないでしょうか。いやし――当時、商売で儲けることは卑い、そういう風潮もあった中で、儲けることの正当性を正面切って言える人はそういなかった感じがあります。楠木松下さんはありとあらゆるところで利益を追求することの正しさを話しておられます。普通は、利益なのか、従業員の幸せなのか、顧客第一なのか、株主なのか、どれが一番大切かという話になると思うのですが、松下さんは筋金が入っているので、大切なことが明快な論理でつながっていく。そしてその大元に利益がある。哲学・理念がない人が言うと、ただの金儲けになるわけですが、松下さんの場合、世の中のためが従業員のためにつながる。そういう迫力がある。――大いに同感です。巨人の全貌を知り人間としての体幹を太くする楠木話は変わりますが、僕は松下さんと（旧）阪急東宝グループ創業者・小林一三さんに共通点を見出しているのです。歳が近かっただけでなく、人間の本性に対する深い洞察やそこから生まれる大きな構想、徹底して考える経営、そしてやはり両者は非常に論理的です。選集第1巻の自転車ランプを無料で配布し、そこから需要をつくっていくという話めいに見られるように、非常に論理が明せき晰なのです。戦後に公職追放を経験したり、長生きだったり、もちろん日本人の生活を大きく変えたイノベーターという共通点もあります。――おっしゃる通りですね。楠木あらためて選集を読むと、松下さんは「生産を通じて世の中の不便や不足をなくしていくこと」に立脚していた人物だと思うのです。一方で、小林さんは松下さんのように不幸を背負って生きた方ではありませんし、快適さや楽しい生活を目指し、ゼロからプラスをつくっていった人でした。松下さんは本当のプロ経営者で全身商売人。小林さんは、プロデューサーというかクリエイターですね。松下さんは大きなマイナスから始まっているからか、明るいんだけど、やっぱり暗い。逆に小林さんは話してみると暗い気がします。暗いけど、宝塚歌劇や新宿コマ劇場をつくるなどして明るい。昭和の日本を代表する大経営者・人だと思っています。松下さんが東の正横綱、小林さんが西の正横綱です。――さて、選集全9巻がそろいました。一般のビジネスパーソンが読む際に、どんなことを念頭におけばいいでしょうか。楠木そうですね、松下さんは文字情報として言葉が豊かに残っている経営者だと思います。書かれた著作が多いだけに、選集というかたちできっちりできあがったのは素晴らしいことです。『道をひらく』など、ずっと読み継がれている大ベストセラーもある。そういう著作を読んだ方にとっても、まったく読んだことがない方にとっても、この選集さえあれば、松下さんという巨人の全貌がわかるシリーズです。商売をしている人でも、そうでない人も、時代を超えて、自分の仕事や生活に役立つ指針を見出し、人間としての体幹を太くしてほしいと思います。――本日はありがとうございました。L［実践］理念経営Labo2026SPRING7

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Interview住まいと暮らしの「不」を解消することで最もお客様に選ばれる会社へ分譲戸建住宅シェアNo.1さらなる進化を求めて飯田グループホールディングス株式会社代表取締役社長西野弘にしの・ひろし＊1964年生まれ。’88年、慶應義塾大学経済学部卒業。2006年、東栄住宅（現飯田グループホールディングス子会社）入社。’07年、同社代表取締役社長。’13年より飯田グループホールディングス取締役に就任。’19年、常務取締役。’21年、取締役専務。’25年4月より現職。飯田グループホールディングス株式会社本社：東京都武蔵野市／設立：2013年／事業内容：戸建分譲事業、マンション分譲事業、請負工事事業およびこれらに関連する事業を行なう子会社およびグループ会社の経営管理並びにこれらに付帯する業務飯田グループホールディングスは、分譲戸建住宅の国内シェ割、シェアトップ＊を誇る、日本で最もお客様に選ばれている住宅会社だ。大阪・関西万博で出展した、西陣織をまと纏ったパビリオンは記憶に新しいのではなかろうか。さらにグループが進化をとげるなか、経営トップとしての思いと展望を、代表取締役社長の西野弘氏に聞いた。取材・構成：平林謙治写真提供：飯田グループホールディングス新しいステージへ万博出展に込めたメッセージ「飯田グループさんは素晴らしいものをつくりましたね」昨年開催された大阪・関西万博の会場で、私はそんなうれしい言葉を幾度となくかけられました。当社グループが大阪公立大学と共同で出展した国内初の産学連携パビリオンのことです。世界最大3027㎡もの西陣織を纏った真紅の外観に、「メビウスの輪」を表現した唯一無二の造形美―「伝統と進化の融合」をパビリオンのコンセプトに掲げました。社会も企業も、既存の強みに甘んじることなく、繰り返し進化していかなければ持続的な成長は望めません。私はそれを、社外はもちろん、グループ内の一人ひとりに向けても強くアピールしたかった。万博出展にあたり、当社グループの森（和彦）名誉会長から託されたメッセージは「もっと先を見すえて事業に取＊分譲戸建住宅市場におけるシェア（2024年4月1日〜2025年3月31日住宅産業研究所調べ）り組んでいこう、われわれはもう新たな進化のステージに入ったのだから」というものでした。そのメッセージを組織全体で共有することにこそ今回の万博に参加した意義があると、私は確信しています。現に、不動産業界で一企業として民間パビリオン出展を認められたのは当社だけでした。今やそういうレベルの企業であるという事実を、社員にはぜひ誇りに感じてほしいし、グループのブランド価値をさらに引き上げるツールとしても積極的に活8［実践］理念経営Labo2026SPRING

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住宅業界リーディングカンパニーの挑戦用してもらいたい。というのも、実際に万博で来館者と接した際、冒頭の称賛の言葉に続けて、こう尋ねてくる人も少なくなかったんですよ。「……ところで、飯田グループってどんな会社ですか？」広告キャラクターに歌舞伎俳優の市川團十郎さんを迎えて以来、企業グループとしての認知度は着実に伸びてきましたが、関西へ行くとまだそうでもない。その実態をリアルに感じ取れたこと自体、私にとっては貴重な収穫でした。先の来館者の質問に「日本で一番多く分譲戸建住宅を供給している会社です」とお答えすると、皆さん一様に驚いていましたからね。その数、年間約4万棟。われわれ飯田グループホールディングスは分譲戸建住宅シェアトップを誇る業界のリーディングカンパニーです。はじめ2013年に一建設、飯田産業、東栄住宅、タクトホーム、アーネストワン、アイディホームの上場企業6社が経営統合を果たし、持株会社として飯田グループホールディングスを設立。戸建分譲事業を中心に、分譲マンション、注文住宅、メンテナンス・リフォーム、不動産仲介、金融、資材製造、リゾートなど幅広く事業展開してきました。国内シェア3割なぜお客様に最も選ばれるのか経営統合前のシェアは、2000年時点で6社合計でも6％程度でした。それが統合して数年で30%に達し、現在に至るまで同水準で安定的に推移しています。この四半世紀、戸建住宅市場全体の規模はほぼ変わっていません。にもかかわらず、飯田グループだけがシェアを5倍まで拡大し、年間約4万棟を供給しているわけです。つまり他社からシェアを勝ち取ったということです。重要なのは、たんに「日本全国の分譲戸建住宅の約30%を建てている」という量的な実績ではなく、「国内で分譲戸建住宅を購入した世帯の約30%から選ばれている」という顧客側から見た質的な実績。当社グループの優位性の本質はそこにあると自負しています。では、なぜ選ばれるようになったのか。そもそも当社グループは発足以来、「誰もがあたり前に家を持てる社会」の実現を目指してきました。そのためには、供給棟数日本一のスケールメリットによるコストの低減や、顧客視点でのより良い条件の土地取得に加えて、建物の基本性能にも徹底的にこだわり、初めて住宅を買う人でも安心して選べる住まいを提供しなければなりません。当社グループでは、国が制定した「住宅の品質確保の促進等に関する法律」（品確法）にもとづく「住宅性能表示制度」という仕組みを活用しています。同制度4分野の最高等級をグループ統一の品質基準と定め、供給する約4万棟の物件すべてに取得を義務づけています。併せて、1棟1棟コストをかけて建設住宅性能評価書を取得し、購入いただいたお客様にお渡しすることで、安心感をもってもらっています。「高品質・好価格・好立地」。お客様に納得・安心して住宅を購入していただくための条件を、どれも妥協することなく磨き続けてきたからこそ、われわれは「選ばれ続けている」のです。住宅探しの「不」を解消することで価値を生み出す思えば、私が社会人になった頃はバブルで地価が高騰し、都市部でのわざマイホーム購入は至難の業という状況でした。住宅の品質に関する客観的なものさしもなく、マーケットはまだ混とんとしていましたね。私は前職で、住宅関連情報の媒体ビジネスに携わっていたため、そうした状況をユーザーの視点から分析する機会も多かったのですが、そこでわかったのは、多くのユーザーが家探しや住まいと暮らしに様々な「不」を抱えているということ。不利、不便、不満、不信、不安……ネガティブな「不」の感情です。なぜそれが生じるかというと、そもそも住宅購入の機会は一生に一度か二度、多くても三度ぐらいなので経験値が乏しく、何が正しい選択なのかわかりません。しかも、当時はインターネットが今ほど普及していなかったので、不動産業界の人間と一般ユーザーとの間の情報の非対称性が極めて大きく、どうしてもユーザー側が不利や不便を強いられる傾向にあったのです。業界への不信、不満が募るのは当然でしょう。メディアの立場でユーザーの声に触れれば触れるほど、私の中に一つの思いが膨らんでいきました。このような「不」を解消できれば、人々はもっと住宅購入に前向きになり、業界の健全な成長やイメージアップも進むに違いない。そして2000年4月、前出の「品確法」が施行されたことで、その思いは明確な“志”に変わりました。［実践］理念経営Labo2026SPRING9

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いい制度だと直感的にほれ込み、これをすすんで取り入れる先進的な企業の成長を自らサポートしたいと考えるようになったのです。制度に則って住宅の性能を開示する会社が増えれば、家探しや住まいと暮らしの「不」は間違いなく解消され、ひいてはマーケット全体の活況にもつながっていきますからね。正しい志を持てば幸運はついてくるそのとき、先行して取り組みを進めていたのが、グループ統合前の飯田産業と東栄住宅でした。私は当初、前職に在籍したまま、コンサルティングのようなかたちで2社にかかわっていたのですが、やはり外部からの働きかけだけではやれることに限界があるとアドバイスを受け、東栄住宅への転職を決断。同社が課題と考えていた人材育成やマーケティングなどの分野の責任者を拝命するかたちで2006年春に入社したのが、まさにサポート的立場から実行の主体者へと変わる、私のターニングポイントとなったのです。グループ6社の統合後、全社の全棟住宅性能評価書取得に向けて、私も微力ながらお役に立てたと思います。飯田グループの全棟対応により、少なくとも新築分譲戸建住宅の約30％が建設住宅性能評価を取得するようになったことで、「住宅マーケットの『不』を解消する」という私の志は大きく前進し、ここに至るまで多くの理解者と幸運に恵まれ、私は今の仕事ができています。振り返ると、正しい志を持つことで、まるで導かれるように、運命のレールが敷かれていったと感じています。競争と協調こそが持続的な成長の源泉当社グループには全社共通の「社訓」があります。グループの中に入ってみて気づいたのですが、シンプルなメッセージが当社のカラーやビジネスの特性にマッチして、意外なほど響くんですよ。社訓前進の前に後退せぬ事を考えよ行動する前にまず考えよ行動を起したらその先を考えよ自分の行動に責任を持て入社して約20年の来し方を振り返っても、会社がうまく回っているときはこの4つがしっかりと守られ、うまくいかないときはたいていおろそ何かが疎かになっていた気がします。要するに、われわれの強みと弱みがみんなここに凝縮されているということなんですね。人も組織も勢いはあるけれど勢い任せになりすぎたり、仕事に取り組むスピード感や思い切りのよさはあるけれど慎重さに欠けたり。そういう傾向がもともと企業風土として少なからずあるからこそ、4つの戒めは今日まで受け継がれてきたのでしょう。私が入社したとき、社訓はすでにありましたが、いつできたかは定かではありません。おそらくは、グループ創業者の飯田一男元会長がつくったのではないかと考えられています。2013年11月、創業者は自分が一代で立ち上げ、育てた企業6社の経営統合を見届け、その直後に亡くなりました。最後にグループ発足の記念パーティーで直接聞いた言葉は今でも忘れられません。私が「会長、良かったですね」と声をかけると、「まさかこんなかたちで（統合）できるとは思わなかった……」と感慨深げに答えたのです。各社の規模が大きくなればなるほど、土地の仕入れや資材調達でぶつかりやすくなり、下手をすると共倒れになりかねない。社訓ができた背景を思えば、容易に想像がつくでしょう。創業者はそれを何より危惧するがゆえに、自己の集大成を示すつもりで経営統合を進めていたのだと思います。われわれの本当の敵は外にいる。身内で不毛な争いをするせっのではなく、互いに協調しながら切さたくま磋琢磨することで、外部の競争相手に対して圧倒的に強くならなければならないと。私も今、ホールディングスの社長という責務を担う中で、グループ各社の健全な「競争と協調」こそが持続的な成長の源泉であることを、改めて心に刻んでいるところです。グループ各社が同じ条件のもとで創意工夫を競いながら売上と収益を積み上げることで、それぞれの得意分野や苦手な分野、市場でのポジショニングが明確になります。そして、そこから得られた知見やノウハウをホールディングスがデータをもって可視化し、各社に横展開することでグループ全体の底上げを図り、さらなる成長へとつなげていく。これが、当社グループにおける「競争と協調」の基本的な考え方です。われわれホールディングスの役割の第一義は、この健全な切磋琢磨を促すことに尽きるでしょう。各社の自主性、独自性を最大限に尊重しつつ、一方では様々なリスクへの予測10［実践］理念経営Labo2026SPRING

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住宅業界リーディングカンパニーの挑戦機能も発揮し、いざというときにはガバナンスとコンプライアンスを徹底的に管理することで、グループとしての安定を図らなければなりません。社長就任1年目は、こうしたホールディングス本来の役割を見つめ直し、強化することに注力してきました。社長の仕事は宣教師HDは下支えに徹するホールディングス体制というと、持株会社を頂点とするピラミッド型の組織構成がよくイメージされますが、当社グループにそれはあてはまりません。事業を回し、利益を稼ぎ出すのは主力6社であり、それを下支えするのがホールディングスの立場。先頭に立ってグループを引っ張るというより、むしろ裏方のポジションですね。裏方という意味では、実は経営トップこそがその役割の究極かもしれません。企業の成長は社員の活躍の成果であり、社長の手柄でも何でもないというのが私の考え方です。むしろ誤解を怖れずに言うと、「社長が要らない会社」を目指したい。社員一人ひとりに社訓や経営理念がきちんと浸透し、それにもとづいて事業を進めることができれば、極端な話、トップがいなくても組織は機能するでしょう。ただ、その浸透のためには自分がわかってほしいことを、社内に向けて語り続けるしかないんですよ。それはもうしつこいくらいに。東栄住宅で社長を務めていたときも、社内報や全社集会、社員旅行、会議、普段の打合せに至るまで、ありとあらゆる機会をとらえて理念や考え方を語りかけましたが、浸透し始めたなと実感するまでに10年はかかりましたね。迷ったら原点に戻る基準は常に「大義と規律」「われわれはもう新たな進化のステージに入った」……社内外にそうアピールすることが万博に参加した意義だと、冒頭申し上げました。「高品質・好価格・好立地」な分譲戸建住宅を日本で一番多く供給するというレベルは堅持しつつも、当社グループにとってそのステージはもはやあたり前だということです。激しく揺れ動く社会情勢の中で、住まいや暮らしに関する「不」も変化していきます。それを解消するのが次なる進化のステージ。なかでも人生100年時代ならではのニーズに応えるためには、人々の健康と環境への貢献を避けて通るわけにはいきません。万博のパビリオン展示で注目を集めた「人工光合成技術」や、住む人の健康をサポートする「ウエルネス・スマートハウス®」など、われわれは未来の住宅技術の完成と実装にもグループ一丸で取り組み、さらなる価値の創造に挑んでいきます。もちろん、言うは易し。昨今の経営環境が不安定で不透明な時代において、実現への道程が容易ではないことは自明でしょう。新しいステージに上がるからこそ、特に意思決定を行なう立場のリーダー層は迷い、悩むことも増えてくると思います。ただ、ビジネスにおける判断に「100対0」はまずありません。私の経験から言うと、「100対0」で出た答えはむしろ危ない。多くが「51万博パビリオン外観と内部対49」程度で決まり、何かを選べば、それと同じくらい何かを諦めなければいけないのが普通です。大きな経営判断になると、まさにその繰り返しなんですね。では、何をもって「51対49」の差を見極め、判断を下せばいいのか。その基準として、私がすべての社員に理解してもらいたいのは「大義と規律」です。自分たちがやろうとすることに、社会的に認められる大義があるかどうかを絶えず振り返りながら仕事をしてほしい。また、チャレンジとリスクのバランスを崩さないように、行動上の規律や財務的・資金的な規律を重んじることも欠かせません。迷ったら、この「大義と規律」という原点に必ず戻ること。それが今まで以上にお客様の「不」に一番早く、真摯に、的確に向き合える会社へと進化するための第一歩だと、私は信じてやみません。L［実践］理念経営Labo2026SPRING11

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Interview電動アシスト自転車に経営資源を集中し国内トップシェアを獲得し続ける24期連続で黒字を達成、「サイクルモビリティ」へ進化パナソニックサイクルテック株式会社代表取締役社長執行役員稲毛敏明いなげ・としあき＊1964年生まれ。大阪府出身。’88年、松下電工（当時）入社。台湾や中国の製造会社の総経理（CEO）などを経て、2018年からパワーツール事業を担当。’21年にパナソニックサイクルテック社長に就任。パナソニックサイクルテック株式会社本社：大阪府柏原市／創業：1952年／事業内容：自転車の製造販売（一般自転車・電動アシスト自転車・電動アシスト三輪車、電動ユニット［輸出］、補修パーツ）「パナソニックサイクルテック」は2002年以来、国内の電動アシスト自転車市場でトップシェアを獲得し続けている。電動アシスト自転車に経営資源を集中した戦略が奏功し、24期連続で黒字を達成。さらに2025年12月には、特定小型原動機付自転車「MU」を発売し、電気の力だけで走る「サイクルモビリティ」という新領域に挑戦している。会社が目指す方向性や経営理念などについて、稲毛敏明社長に聞いた。取材・文：高瀬浩平写真提供：パナソニックサイクルテックこがずに走る「MU」を発売「自転車」にとらわれない「パナソニックサイクルテック」（以下サイクルテック）は、自転車から「サイクルモビリティ」への進化を目指す。その第1弾として2025年12月に「MU」を発売した。16歳以上であれば運転免許がなくても乗れる特定小型原動機付自転車だ。ペダルが付いておらず、こがずに電気の力だけで走ることで注目を集めている。「ビジョンに掲げる『サイクルモビリティ』の定義は、自転車の技術を活用した乗り物、その進化した乗り物。もっと発展するためには、自転車に限定しなくてもいいのではないかということで、考えてもらった言葉です。MUは、メディアさんに『こがない自転車』として取り上げていただいて、『わかりやすいな』と思いました。商品化までには、自転車じゃないけど本当にやるのか、開発には時間がかかる、リソース（経営資源）が足りないとか、社内でいろいろな話が出ました。私は『やったらええやん』『いつできるんや。まだか？』と声をかけていただけですが、そのうちに『やる』という流れになって開発が加速していきました。いったん決めたら、ギュッと力が集まり、やってくれる会社だなと思います」パナソニックグループの創業者・年に「電気屋らしい自転車を作れ」という命題を出12［実践］理念経営Labo2026SPRING

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創業者の思いを生かすし、1980年に初代の電気自転車「ElectricCycle」を試験販売した。原付扱いだったことや、バッテリーの重さがネックとなり、一般販売には至らなかったが、このときのノウハウが後に生きる。「この電気自転車が、今の電動アシスト自転車につながり、MUはその現代版。創業者の思いが生かせたのではないかと考えていますが、さらに発展させたいですね」歳で大阪へ奉公に出て、五代自転車商会で商売の基礎を学んだ。その後も自転車用のランプを開発・製造・販売するなどしたが、戦中や戦後は輪界（自転車業界）とは疎遠に。しかし、1951年に「輪界復帰」を宣言し、翌年に自転車の製造・販売を始めた。自転車事業はパナソニックグループの祖業の一つであることから、稲毛社長には強い使命感がある。「当社はパナソニックで唯一、モビリティをやっている会社です。私年、サイクルテックの社長に就任し、創業者の『自転車は私の特定小型原動機付自転車の「MU」初代の電気自転車「ElectricCycle」心のふるさと』という肉声を聞きました。創業者ゆかりの事業をしっかり守り、育て、次につなげようという使命を強く感じました」お店を通じてお客様の声を聞くサプライヤーとも「共存共栄」サイクルテックは、電動アシスト自転車では、国内トップシェアを誇る。開発・製造・販売が一体となった体制が強みだ。「製造と販売を別々にしている会社が多いのですが、当社は開製販一体で風通しがいい。約1万の販売店さんと取引があり、そして直販が多いので、営業がお店を訪問して、お客様の声を聞いています。その情報が直接届くので、私の中でも決断しやすい。電動アシスト自転車の全国シェアは40％台から60％近くへ、トントンと上がりました。材料高騰や為替の影響で厳しい状況にある中、市況が悪化しないように値上げを抑えたことが一因かと。一時的に収益は悪化しましたが、その後は合理化をして、収支も少しは改善しました。品質のよさも自負しています。他社製品に比べると、故障は圧倒的に少ないと言ってくださる販売店さんもいらっしゃいます。買い替えの周期は10年くらいをみていますが、最近の物価高による消費者の節約志向もあるので、もう少し延びているかな。メーカーとしては買い替えていただきたいものの、品質最優先はポリシーなので悩みどころですが、魅力的な新商品を出し続けることで需要を喚起すべきかと考えます。電動アシスト自転車は、モーター、フレーム、バッテリーの3つが大きな要素。他社はモーターやフレームを自社で作って、他の要素は外部に頼って完成車にしていますが、当社はパナソニックグループで主要な部品のすべてを作れるというのが強みです。それがよく表れているのが『押し歩き』。荷物を載せているときに自転車を押しながら歩くと、とても重いのですが、坂を押して上がるときなどに、電動でアシストするモードがあります。押し歩きのときはサドルに座れないようにする設計が必要なので、モーターとフレームの両方を開発・製造している当社ならではでしょう」幸之助は「共存共栄」の精神を掲げた。販売店はもちろんのこと、稲毛社長は、部品の供給を受けるサプライヤーにも向けている。「サドルやペダル、バスケットなどの部品の供給元は、圧倒的に中国。自転車は部品の組み合わせなので、一つでも物がないと、もちろん商品はできない。サプライヤーさんとの関係はとても大切です。普段からサプライヤーさんとコミュニケーションをとっておけば、いざというときに親身になっていただけます。私は台湾と中国の会社で総経理（CEO）を務めた経験があり、現地の言葉も少しは話せます。現地の方から、先方の総経理と私が並んでいる人形をプレゼントされまして。会「押し歩き」時のサドルのイメージ［実践］理念経営Labo2026SPRING13

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社に飾っています」ユニットも欧州向けの規格に海外の市場拡大を目指す少子高齢化や人口減少の影響で、長期的には国内市場には限界もあるため、サイクルテックは海外展開を強化している。「国内では、自転車全体の市場は減少傾向にあるものの、電動化で自転車の用途を広げていくことで、まだまだ自転車活用社会の拡大は見込めると考えています。電動アシスト自転車は、ヨーロッパには国内の7、8倍の市場規模があるとされています。当社の売上のうち、海外の比率は1割程度なので、これを伸ばしていきたい。当社からは、完成車ではなく『ドライブユニット』を中心に輸出しています。現地の自転車メーカーさんで組み立てて完成車にするので、BtoBというかたちになりますね。日本の自転車は『2軸モーター』といって、ペダルをこいだ力を取り込む入力と、モーターから車輪へ向かう出力の部分に分かれています。モーターは大きくなるのですが、構造がシンプルにできるという特徴がある。一方、ヨーロッパはデザイン重視なので、入力と出力が一体となった『1軸モーター』が中心です。スポーツタイプの機種では、モーターとフレームの一体感があって、目立たない。コストは高いけれど、よりコンパクトになります。社員にもっと海外を経験させたいですね。海外のケイパビリティー（組織力）を強化するため、現地の法人で人材を採用したり、こちらからの出向者を増やしたりしています」社員の健康確保のため、「健康経営宣言」を制定し、心身ともに健康でやりがいをもって働ける環境作りを目指している。また、人材育成にも熱心だ。「20・2・6運動を推進中です。20時までに退社、寝る2時間前には食事を終わらせて、6時間は寝る、という取り組みです。このような目標を掲げて、定着させていくと、社員の健康に対する意識が高まっていくと考えています。自転車は健康によい乗り物ですので、そのような商品を扱っているのだと意識してもらえると感じています。社員食堂はおいしくて、値段もリーズナブル。スマートミールという健康重視のメニューだと、1食500円程度。カロリー表示もしてあります。社員の皆さんが安心して、働きがいを感じ、夢を持てる会社にしたい。給料も上げたいですね。そのためには会社が成長しなければなりません。社内には、新卒でサイクルテックに入った人、三洋電機の自転車部門にいた人、キャリア採用で入った人がいます。入り交じりを大事にする風土は自然とできてきたと思います。『自転車が好き』ということで入社する社員も結構いて、25％くらいが自転車通勤です。休みの日に琵琶湖を1周するだけでなく、奈良の自宅から琵琶湖までも自転車で往復してしまう人までいます。私が最初に入社した松下電工では、配線器具は80％以上のシェアがあって、私も所属していましたが、商品に想いを持った人が多い素晴らしい事業部でした。ただ、『スイッチが好き』と入社した人は、かなり少ないんじゃないかと思います。当社も、自転車が好きな人ばかりではよくなくて、冷静に見られる人も必要です。その点では、社内でうまくバランスはとれているかなと。自転車事業は、パナソニックの内部でシナジー（相乗効果）を生み出すのが難しい面もありますが、グループ内や社外と交流する機会を作ると、ものづくりの現場にお互いが訪問し合うなど自主的に交流してレベルアップを図ってくれています」「衆知経営」を大切にミッション・ビジョンも策定稲毛社長が、幸之助の理念のうち特に重視しているのは「衆知経営」だという。「自分は優秀ではないと思っています。自らのカラーを出し、ぐいぐいと引っ張るタイプのリーダーではありません。だからこそ、コミュニケーションをとって、多くの人の意見を聴こうとしています。衆知経営を心掛けていますので、14［実践］理念経営Labo2026SPRING

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創業者の思いを生かす悩みを一人で抱え込むこともないですね。厳しいときや苦しいときも、周りに相談して、しゃべっているうちに整理もできますし。あまりストレスも感じません。社員の提案は基本的には却下せず、やってもらうようにしています。最初は『AとBのどちらがよいでしょうか』と判断を求められる感じでしたが、最近は『A、B、Cがありますが、Aがいいと思います』というふうに変わってきましたね。社員の自主性を高めていきたい。私の欠点は、叱れないこと。嫌われたくないからですが、注意の仕方には気をつけています。もちろん、トップが言うべきことはあります。社長になった頃、会社全体の方針を定めて、各部門が何をやるのかを決めるプロセスが、はっきりしていませんでした。そこで、会社の方針に対し、各部門から計画を出してもらい、KPI（重要業績評価指標）を決めて、クォーター（四半期）でレビューする仕組みを作ってもらいました」パナソニックグループの経営理念とは別に、サイクルテックとして「世界中の人々が青空の下へ走りだせる未来を創造します。」というミッションを掲げている。稲毛社長が旗を振ってミッション・ビジョンを策定した。社員たちと対話する稲毛社長大阪府柏原市にある社屋「みんなが同じ方向に向かうためには、ミッション・ビジョンは必要です。『うまくいったためしがない』という反対意見もありましたが、『それは要るで』と言って、半ば強引に進めました。部門長が数グループに分かれて、みんなの意見を集約して決めました。青空のイメージは、環境に優しい自転車や環境配慮型のものづくりにつながり、『走りだす』という言葉も明るい未来に向かっていくイメージですので、とても気に入っています。創業者が言われたという『成功とは、成功するまで続けること』も、よく思うところ。方向性が間違っていたらやめますけど、そうではないと思っている限りは、手を変え品を変えながら、粘って続けるほうかなと思います」情報技術で事故回避の実証実験何百年と続く会社に将来のビジョンとして、サイクルモビリティの進化を目指す。その一つが安全性の向上だ。パナソニックシステムネットワークス開発研究所、京セラ、トヨタ自動車、豊田通商と連携し、高度交通情報システム（ITS）対応の無線装置を使い、電動アシスト自転車と自動車の衝突事故回避に向けた取り組みを進めている。「2026年度の実証実験を目指しています。自転車は交差点での出会い頭事故が一番多いので、それをなくそうと。安全で快適なモビリティを世の中に提供していきたい。革新的なテクノロジーとお客様につながるサービス、そして独創的なアイデアによって新しい移動体験を提供し続け、サイクルモビリティのリーディングカンパニーになる。経営に余力があるうちに、国内の自転車活用社会を拡大し、海外を伸ばしていって、何十年、何百年と続く会社にしたいと考えています」時代の一歩先をいき、次々とイノベーションを起こしているサイクルテック。次のチャレンジにも注目したい。L［実践］理念経営Labo2026SPRING15

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16［実践］理念経営Labo2026SPRING飛鳥時代に役行者が開山過去に宗派や名称も変わる「お寺」と聞いて多くの方がイメージするのは、檀家さんがおられ、ご葬儀や法要の際に住職がお経をあげる「檀家寺」だと思います。こうした檀家寺の場合、檀家さんからのお布施によって成り立っているケースが一般的です。一方で、当山（瀧たき尾お山さん救馬溪観音）のような「祈願寺」には檀家さんがいません。収入源は主に、厄除けのご祈願、安産のご祈願といった「ご祈き祷とう」の際に頂戴するお布施となります。そのためご縁が1回きりの方も少なくありませんが、何度かご祈祷を受け、ご相談にいらっしゃるうちに、神仏を信じるお気持ちを強くされ、「お寺のために」とご寄進される方々もおられ、当山は維持されています。そんな当山の歴史は古く、1300年前の飛鳥時代に遡ります。修しゅ験げん道どう寺院経営は衆知を集めて1300年の歴史を未来に継承すべく家業のジュエリー業とはまったく畑の違う「祈願寺」の運営にかかわることとなった救すく馬ま溪だに観かん音のん副住職の森本晄正阿あ闍じゃ梨り。今後の「お寺」のあり方を模索するなか、松下幸之助経営塾で「衆知経営」の考え方に出合ったという。僧職になった経緯や、運営上の取り組みなどについてうかがった。取材・構成：池口祥司写真提供：救馬溪観音【志の実践】宗教法人救馬溪観音副住職森本晄正もりもと・こうせい＊1994年、奈良県生まれ。近畿大学を卒業後、高野山真言宗直轄の修行機関である高野山専修学院に1年間の修行に入る。阿あ闍じゃ梨りの資格を取得後、2018年、救すく馬ま溪だに観かん音のんに副住職として入山。「松下幸之助経営塾」第28期卒塾。宗教法人救馬溪観音場所：和歌山県西にし牟む婁ろ郡／設立：1952年（創建は飛鳥時代と伝えられる）／宗派：真言宗（単立）

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寺院経営は衆知を集めてえんのぎょうじゃの開祖とされる役行者によって開山されたと伝えられています。現在は真言宗のお寺ですが、同宗の特定の宗派には属していません。真言宗の開祖であるお大師さん（弘法大師空海）がお生まれになる前からある寺ということもあって、どこの派にも属さない「単立」なのです。実は過去には、浄土真宗になったり、浄土宗になったり、住職のいない「無住」の時期もあったと聞いています。無住の間、村長さんの蔵で書物などを保管していたそうなのですが、大洪水で流れてしまい、歴史を伝える貴重な資料の多くを失ってしまったといいます。また、明治維新後の廃仏毀釈の時代に取り壊されそうになるところ、近くの浄土宗のお寺の境内地の一つにしていただき、廃寺となるのを免れたと伝わっています。救馬溪観音という寺の名は、室町時代に、当山の中興の祖とされる小ぐりはんがん栗判官の馬が病気にかかり、ご本尊ばとうである馬頭観音に祈願したところ、たちまち馬の病が癒えたという説話に由来します。それ以前は、岩間寺と呼ばれていました。なお、森本家としては曽祖父から当山へ入山し、私で4代目となります。父方の家業に入るつもりが母方の“家業”に誘われる私は現在、救馬溪観音の副住職を務めていますが、学生時代までは将来ジュエリー業界で働くものだと思っていました。奈良県でジュエリーなどを販売するエレガンスヨシダの経営者の二男として育ったからです。家業を継ぐのは兄（現社長の𠮷田旭宏氏、本誌「Vol.6」の当欄に掲載）であると思いつつ、私もお大学卒業後、高野山専修学院に入った（左端が森本氏）。同学院は真言宗の僧侶養成機関である寒中水行をする専修学院生（前列左から2番目が森本氏）ジュエリー業界で働くつもりでいました。実際、大学時代には暇さえあれば店頭に立っていたのです。ところが大学卒業間近になって突然、母方の伯父から「救馬溪観音を継がないか」と誘いを受けました。救馬溪観音は母の実家です。その縁で、父も兄も僧籍を取得していました。私自身も、僧籍だけはとる覚悟はしていたものの、大学卒業後すぐに1年間、高野山に学びにいくことになりました。当初は正直なところ、本当にそれでよいのか、戸惑いはありましたね。高野山での修行は厳しく、途中で離脱する方も少なからずいました。しかし、私に離脱の選択肢はありません。父から「途中で投げ出すようなことがあったら切腹せよ」と言われていたうえ、高野山に入ってからは救馬溪観音を継ぐ気持ちを固めていたからです。とはいえ、100日間の修行はなかなか苦しかった。常に神仏と向き合い続ける必要があり、睡眠時間は3～4時間。幾度もふらふらっとなり、意識を失いかけました。とりわけ最後の1週間の護摩行が過酷で、熱さと睡眠不足により極限状態に追い込まれました。それでも私は修行を通して3度ほ［実践］理念経営Labo2026SPRING17

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大きな1枚岩と一体に建てられた救馬溪観音。1300年の歴史を誇るというど、神仏に助けていただいた経験をしました。それまで神仏に対してろくに手を合わせたこともないような人間でしたが、言葉にするのは難しい目に見えない存在や世界を感じたのです。満行することでいただいた「阿闍梨」の称号よりも重要な「信仰心」を授かったように思います。経営塾で学んだことをスタッフとともに実践過酷な修行を乗り越えたとはいえ、そこからが僧侶としての出発です。救馬溪観音では、長年にわたり運営を采配してきた祖母が高齢になり、住職の伯父も若くはなく、私自身が当山の今後について考えるようになりました。先に述べたように、檀家さんのいない寺なので、収入源はご祈祷の際のお布施などに限られてきます。ジュエリー販売のときに持っていた「これぐらい売れば、これぐらいの収益になる」という感覚が通じない世界のため、当初は暗たんたる思いにかられたこともあります。そこで、すでに家業を継いでいた兄に相談したところ、兄が学んでいた松下幸之助経営塾を紹介されました。経営塾に入る前と後とで兄の経営観がずいぶんと変化したことに私も気づいていたので、興味はありました。ただ、祖母と伯父は、私が塾に通うことにあまり賛成ではなかったですね。それでも私には、当山を未来に残していくのはもちろん、現在働いてくれているスタッフの生活を守っていく責務がある以上、経営を学びたい気持ちが強く、入塾を決意しました。当然といえば当然ですが、経営塾の同期受講生の中でお寺の経営にかかわっているのは私だけでした。けれども、同期の皆さんがとても親切で、塾の雰囲気もよく、和歌山の当山から京都までの片道2時間半の通塾を、苦に感じたことはありませんでした。経営塾で学んだことで最も記憶に残っているのは、松下幸之助さんの「衆知経営」の考え方です。それまでは、祖母が一人でお寺の運営をがんばってきたように、私も自分が責任を持ってやらなければという思いが強かったため、部下や現場の声に耳を傾けて、独断に陥らず、全員の知恵を集めた経営を実践すべきだという松下幸之助さんの教えには、衝撃を受けました。学んだことは実践しなければ意味がありません。お寺に戻ってから、どうすれば全員の力を借りながら経営していけばいいのか、あれこれ考えました。そこで実行に移した試みの1つに、「SKM会」があります。SKMとはSUKUMA（救馬）の略称で、月1回主任級のスタッフが集まり、運営についてディスカッションする場を設けました。また、衆知を集めるにせよ、スタッフのモチベーションを上げることが大切だと思いました。それには評価と報酬を明確にすることです。ただ、家業のジュエリー販売であれば、「売上」というわかりやすい評価軸を使えますが、お寺の場合にはそうもいきません。そこで独自に目標項目を定め、それを達成することでインセンティブが発生するような仕組みも用意しました。18［実践］理念経営Labo2026SPRING

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寺院経営は衆知を集めてそのうえで、お寺らしくないかもしれませんが、経営計画発表の場を設け、収入などの数字もある程度共有して、スタッフの報酬をいかに上げるか、当山をどう存続させていくか、みずから具体的な取り組みを発表するようにしています。お寺のイメージ向上へ「多角化」の道も模索SNSなどによる情報発信にも力を入れています。動画や写真の撮影については専門家の力を借りているものの、投稿や更新は私の仕事です。現在の1日のルーティンは、朝5時半に起床、6時頃にはお堂を開け、6時半から8時半頃まで、寺内安穏、信者繁栄を願い、本堂や各お堂にて拝んだあと、10時から1時間時までご祈祷が続きます。事務作業をするのは夕方以降の時間帯になりますから、夜な夜な投稿や更新の作業をしています。2026年3月21日に、12年度ばとうかんぜおんぼさつのご本尊「馬頭観世音菩薩」の御開帳を厳修いたしました。今回、明治30（1897）年以来、130年ぶりに仏像の修復をし、その費用を賄うためのご寄進集めも行ないました。運営面を仕切っていた祖母がケガで3カ月の入院を余儀なくされ、お寺として最も忙しい正月、そして御開帳の準備を、祖母なしで進めることになりました。そこで、スタッフの衆知を集めてマニュアル化を促進し、祖母に頼り切りにならない体制を目指したのです。また、拝観者数を増やすために何が必要か、これまた全員の衆知を集め、実行に移しました。おかげさまで拝観者は1000名を超え、12年前と比較して大躍進する結果となりました。けさ初午祭にて大護摩祈祷を修法する森本氏（白袈裟）こうして経営塾で学んだことを実践することで、私が副住職になる前と比べれば、お寺のキャッシュフローは上向いてきています。特に今うま年は午年ということもあり、馬とご縁のある当山に、例年以上の方々にお越しいただいています。しかし来年以降も、今年と同じぐらいの方々に参拝いただける保証はどこにもありません。他地域のお寺さんの中には、いわかじゆる「観光寺」に舵を切り、参拝者の9割以上が外国人という事例も出てきています。お寺がインバウンドとどう向き合うべきか、様々な議論があることは承知しています。当山としては、これまでの「祈願寺」としての役割をしっかりと全うしながらも、海外の方々のニーズに応えることも必要だと考えています。ただし、それは単純に「海外の方々にも興味を持ってもらいたい」からではなく、「お寺のイメージを変えたい」という思いがあるからです。これまでのお寺といえば、ご葬儀の際に接するぐらいで、どこか暗いイメージがついてまわりました。日常的で身近な存在ではなく、訪れることに心理的なハードルが高いと感じている方もたくさんおられると思います。当山では、そうしたイメージを払拭するために、小さなことではありますが、御朱印の種類を増やしたりもしています。また、お寺としての役割を拡張し、たとえば、ヨガ教室を開くとか、老人ホームを運営するとか、「多角化」を進めることも視野に入れています。当初、私がお寺で新しいことを始めようとしたとき、スタッフにはその意図をあまり理解されませんでした。しかし今では、私の思いは浸透しつつあるようです。これからも当山を存続するために何をしなければならないか、引き続き衆知を集めながら考え、一つずつ実行に移していきたいと思っています。L［実践］理念経営Labo2026SPRING19

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塾生通信日に新た「松下幸之助経営塾」の情報と、卒塾生の近況をお伝えします「真剣に志を立てよう！」30期生が志を胸に卒塾2025年12月に松下幸之助経営塾の第30期第5回が、「経営を革新する～日に新た～」をテーマに開催。次の最終回に行なう「わが志の発表」に向けたプレ発表を実施し、志の表現の仕方を再確認しました。2日目の特別講話には、サイボウよしひさズ社長の青野慶久氏がオンラインで登壇しました。テーマは「チームワークあふれる社会を創る」。青野氏は、「本気になって、真剣に志を立てよう」という松下幸之助の言葉と出合い、自身の志のなさを痛感したことで心機一転、「世界で一番使われるグループウェアメーカーを目指す」という理念を確立したエピソードを披露しました。塾生からは、「志とは、真剣になって自分の人生をかけるものだと腹落ちした」「『ピンチを一緒に乗り越えてくれた社員には感謝の気持ちしかない』との言葉が印象的だった」などの声が聞かれ、次回に向けて「わが志」を固めていく塾生にとって、意義ある時間になりました。2026年1月、「人を活かす～事業は人なり～」をテーマに、第31期第3回を開催。松下幸之助の人間観をベースに、具体的な人材育成の事例紹介と「傾聴」のワークショップを実施しました。2日目に、パナソニックホールディングス終身客員の戸田一雄氏が、「松下幸之助・経営理念の現場実践」と題して特別講話を行ないました。理念を「言葉」として掲げるだけでなく、いかに日々の判断や行動、そして現場の隅々にまで浸透させられるか、その実践の難しさと尊さを学びました。2月、第30期第6回が、「志を伝私の命知発見～」をテーマに開催。10カ月かけて練り上げた「わが志」を発表しました。「テクノロジーで最高の体験と情報を届ける」「大切な存在と向き合い、幸せの循環と成長を育てながら、変化を楽しんで未来へ進む」「社会実現型イノベーションで未来をつくり、本当に必要な価値を、最速で人々の手元に届ける」などの志が発表され、卒塾する全員にエールが送られました。3月には「本質を考える～自然の理法～」をテーマに、第31期第4回を開催。ＰＨＰ理念研究の道場であった「松下真々庵」の庭園とお茶室、人間国宝による工芸品などを見学しました。細部にこだわった庭園空間の演出や手仕事から、幸之助の息遣いを感じることができ、塾生から「心が落ち着くと同時に、背筋が伸びる独特な緊張感があった」「平凡な石や木を活かすという幸之助さんのこだわりを通して、経営者の役割が何か、考えさせられた」「伝統を今にどう活かすか。仕事にも当てはまると思った」といった感想が聞かれました。2日目には元キリンビール副社長の田村潤氏による、「キリンビール高知支店の奇跡と宇宙の理法」と題する特別講話がありました。業績不振にあえいでいた高知支店に赴任し、数値を追うだけの経営から理念を重んじた経営に舵を切ったことで、社員のモチベーションが上がり、自走する組織に生まれ変わったという体験を話されました。塾生は、田村氏が紹介する様々な事例から、今回のテーマである「自然の理法」を経営のうえに活かすヒントが得られたようです。「賢慮のリーダーシップ」アドバンス第3期が修了2025年5月に開講した、卒塾生対象の「松下幸之助経営塾アドバンスコース」が、この1月で第3期最けんりょ終回を迎えました。テーマは「賢慮のリーダーシップの観点から、素直な心を読み解く」。「賢慮のリーダーシップ」とは、提唱者の故・野中郁次郎氏（一橋大学名誉教授）によると、「全体の善（共通善）のために何が最善かを判断し実行する力」のことで、幸之助のリーダーシップにも妥当するといいます。受講生同士で、賢慮のリーダーシップを構成する6つの能力と幸之助の「素直な心」の関係性について検討した後、それぞれのリーダーシップについて発表し合いました。7月には、従来のカリキュラムを一20［実践］理念経営Labo2026SPRING

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部改訂した第4期を予定しています。相次ぐ卒塾生の出版書籍に理念を込める訪問看護・介護を行なう合同会社LOHASKYOTO（京都市）代表の大倉晶子氏（第29期）が『きっと、次の職場ではうまくいく―自分を見つめ直す旅』を出版。NLPやアドラー心理学の専門的な見地から、「自分の内側」と向き合うワークを多数紹介。自分らしい一歩を踏み出すための本です。また、オフィスのトータルソリューションを手掛けるエイコー（大阪市）社長の酒井太平氏（第29期）が『約束―世の中で一番大切にしたい会社をめざして』を出版しました。社長としての決意が高らかに表明され、酒井氏の多事多難から生まれた強い信念は、多くの経営者に共感と感動をもたらすはずです。地域の安全と快適な暮らしを支える、総合建設コンサルタントの萩原技研（鹿児島市）は来年、創業50周年を迎えます。その記念事業として、代表の萩原功一郎氏（第28期）が著書『意志あるところに道は『きっと、次の職場ではうまくいく』（ペーパーバック）開ける』を上梓されました。50年の歩みを振り返るとともに、萩原氏の人生の転機となった当塾について、言及されています。『約束―世の中で一番大切にしたい会社をめざして』（扶桑社）L『意志あるところに道は開ける』（非売品、PHP研究所編集協力）経営者が“経営の志”を確立・再確認するための長期講座松下幸之助経営塾本セミナーの特徴松下幸之助の経営哲学を根本から学べる唯一の講座弊社で長年にわたり研究を重ねた“松下幸之助の経営哲学の真髄”を、講義・討議・問答を通じて腹落ちさせる双方向型の講座です。人間観を養い高め、経営者としてのあり方を学ぶ本講座は、時代や環境の移り変わりの中で生まれる新しいマネジメント手法を学ぶものではありません。経営者のただ今、新規申込受付中詳しくはホームページで資料のご請求はホームページまたは下記窓口へお問い合わせください。https://www.php.co.jp/seminar/m-keieijuku/株式会社PHP研究所「松下幸之助経営塾」事務局〈京都〉TEL075（681）4442FAX075（681）5699「志」をキーワードとして、松下幸之助が最も大切にした“経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、より本質的な“経営者としての器量”を養い高めていただく講座です。「志」の確立に向けた、充実の10カ月10カ月の在籍期間中に１泊２日のセミナーを全６回、隔月で開催。学びと実践、検証をくり返しながら成果を高めていただけます。また、１クラスは12名の少人数制で、受講者間の討議・交流による相互啓発など受講者お一人おひとりに充実した環境を提供いたします。プログラム第1回『志とは何か～力強い経営の原動力～』第2回『志から理念へ～経営の使命～』第3回『人を活かす～事業は人なり～』第4回『本質を考える～自然の理法～』第５回『経営を革新する～日に新た～』第６回『志を伝える～私の命知発見～』開催要領◦受講資格：経営者ご本人、後継経営者（経営幹部）◦募集人数：12名⃝開講期間：10カ月1開催1泊2日、全6回（隔月開催）⃝受講料：158万4,000円（税込）⃝会場：株式会社PHP研究所京都本部（JR・近鉄「京都」駅八条口より徒歩５分）［実践］理念経営Labo2026SPRING21

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生涯現役研究会甲賀高分子生涯現役の実現へ向けて創業者・石田晃朗会長に聞く2026年1月26日、PHP研究所京都本部にて、第2回「生涯現役研究会」本部会が開催されました。「企業の現場から考える生涯現役」をテーマに、定年後の再雇用にも積極的に取り組む甲賀高分子株式会社の実践についてるおて、石田晃朗会長にお聞きしました。取材・文：太田修一郎写真：甲賀高分子、PHP理念経営研究センター「生涯現役」＝「経営戦略」冒頭、本研究会の発起人である小池由久氏（サエラ代表取締役・日本けいじゅ経営財団代表理事）は、恵寿総合病院（石川県七尾市）の神野正博理事長が震災復興に向けて掲げた「明るく、楽しく、前向きに」という理念を紹介。「誰もがその気概を持って生涯現役で活躍できる社会になれば、日本の未来は必ず変わる。本研究会でその実現方法を探究したい」と述べました。今回、取り組みを紹介いただく甲賀高分子は、滋賀県湖南市に本社を置く高分子素材のハード＆ソフトメーカーです。同社の強みは、3万件超の商品設計・開発実績に裏打ちされた研究開発力と、顧客の要望にオーダーメイドで応える用途提案力。現在はプラスチックフィルムを筆頭に、包装用・工業用テープ、緩かんしょう衝材、物流資材・機器、自動車や家電製品の部材など、全国約4000社に5万種類の製品を供給しています。こうした広大な顧客基盤と自社の強みを背景に、同社は社員数約100名ながら100億円に迫る売上を記録し、1972年の創業以来、堅実経営を続けています。また、地域貢献や産学連携にも積極的に取り組むほか、毎期の経営方針発表会で元駐ウクライナ大使や、脳科学の第一人者だいあじゃりである医師、比叡山の大阿闍梨など、多様な分野から講師を招いての講演会を行なっており、社員の「生涯学び続ける姿勢」を育成しています。同社では満60歳定年制・退職金支給を採用しており、定年後は希望する社員と再雇用契約（1年更新）を結びます。満65歳以降は双方協議のうえ、同じく1年更新の再雇用契約を結ぶ仕組みで、現在、60歳以上の社員が10名、65歳以上の名、計18名（最高齢は83歳）の再雇用社員がいます。創業者である石田晃朗会長によれば、「全割を占める再雇用社員の皆さんは、いずれもモチベーションがつちか高く、長年培ってきた知識・経験を現場で存分に生かしてくれている」とのことです。経営理念に「全社員のより豊かさの実現」を掲げる同社は、「会社にとって大切な財産であり重要な戦力」である再雇用社員に向けて、以下に示す「3つの安心」を提供しています。①経済的不安を取り除くまず石田会長は「再雇用社員に高い意欲を持って働き続けてもらうためには、働きやすさなど精神的な安心も大切だが、経済的な安心も不可欠だ」との考え方に立ち、それを次のような仕組みで支えていると解説しました。同社では再雇用後も現役時代の6～7割の年収となる給与体系を持ち、65歳以降は「公的年金受給＋給与」で一定額を確保できる仕組みにしています。また、一般的な社会保険とは別に、がん診断、三大疾病保障保険、企業年金を現役時代から社員福利厚生制度として締結しており、再雇用後は現役世代と同様の保障を確保するための定期保険も加わるのです。これらの充実した制度・仕組みにより、再雇用後の経済的不安を取り除いています。②個人の尊厳を守る22［実践］理念経営Labo2026SPRING

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生涯現役研究会創業の思いにも言及する石田会長再雇用社員の長野氏は自身の実感を述べる「社員には長く勤めてほしい」と小泉氏また再雇用社員がかつての部下の「部下」になるストレスも生涯現役を阻む大きな要因となりえます。石田会長は「再雇用社員は豊富な知識・経験を持ち、完成した職業人である」との考えを全社員に対して明確に示すことで再雇用社員の尊厳を守り、働きやすさを確保していることを強調しました。同社では原則として、60歳定年時、管理職・監督職であった再雇用社員の役職名を「主幹・主幹補」とし、一定の裁量権を与えています。こうすることで、再雇用社員が気兼ねすることなく存分に能力を発揮できる環境をつくり出しているとのことです。また、半期に一度、特定業務報告書を作成します。自身も再雇用社員である長野善彦氏（管理特命課長）は、「この報告書は評価・査定が目的ではない。長年培ってきた知識・経験を会社の価値向上に役立ててもらうことが目的で、各種の目標・成果だけでなく、人材育成や業務改善、新たな事業アイデアなど、会社への提案を記入してもらう内容となっている」と説明しました。経営者が社内に対して再雇用社員の位置づけを明確に示し、知識・経験を生かして活躍できる場を提供することで、「自社の価値向上に貢献している」ことが実感できる仕組みとなっています。③声を吸い上げ、反映するそして年3回、再雇用社員を含む全社員に対して石田会長による「インタビュー」を実施しています。ここでは業務の話題だけでなく、個人の体調や困りごと、会社への提案などを直接吸い上げ、一人ひとりに丁寧に向き合って対応をしています。「面談やヒアリングは上下関係が生まれて形式的になり、お互いに本音が話せない。長年試行錯誤する中で、対等な立場で話し合える『インタビュー』にたどり着いた」。そう語る石田会長は、「社員の声に耳を傾けながら一人ひとりの思いに寄り添い、意見を社内制度などに反映してきた」と言います。その蓄積が同社の充実した福利厚生や「生涯現役」施策につながり、社員の働く意欲の向上、高い生産性や高収益を生み出す好循環につながっていることがうかがえました。「口コミ」「社内報」で醸成される職場風土と再雇用後の安心感参加者からの「定年後の制度などは定年前の段階で説明しているのか」との質問に対して、石田会長は「それもあるが、『口コミ』の効果が大きい」と答えました。再雇用社員が自らの働く環境について職場で話すと、「この会社なら再雇用後も大切にしてくれる」という安心感が現役社員に広がり、それが「生涯現役」に対する社内理解の拡大につながっているそうです。また、石田会長は口コミとともに社内報『SKY』の効果も紹介。「社内情報の共有だけでなく、社員一人ひとりの活躍を広く知ってもらうツールでもある。社内報を通じて活躍する再雇用社員の姿を知り、そこに口コミがかけ合わさることで、現役社員は自分の『生涯現役』の姿をイメージできるようになる」と言います。同社の小泉弘氏（経営企画管理部長代理）は、「現役・再雇用にかかわらず、全社員に安心して働いてもらいたいとの思いが石田会長の根底にある。そのためには健康が大切だから様々な保険も会社で支援する。私も含め、どんなときも社員を第一に考えてくれる会長の人柄に接して、多くの社員がこの会社で長く働きたいと思うようになる」と述べました。石田会長は最後に「再雇用契約の際、社員が『まだまだ働きたい』と言ってくれたときに、たまらない喜びを感じる。課題は多いが、年齢に関係なく活躍できる組織文化を引き続き醸成していきたい」と話しました。コメンテーターである高尾義明氏（京都産業大学教授）は、「石田会長がつくり上げた制度や社内風土は簡単に真似できるものではないが、そこからエッセンスを抜き出し、他社でも展開できる方法を本研究会で見出していきたい」と述べました。生涯現役の実現に向け、経営者が社員一人ひとりに寄り添う覚悟の大切さが明らかになる一方、その奥の深さが浮き彫りになりました。本研究会では、知見をさらに共有し議論を深めていく予定です。生涯現役研究会高尾氏は経営学の立場からコメント高齢化が進むなか、高齢者が持つ知識や経験を最大限に活用できる社会実現のため、その課題の解決に向け、研究・検討し、成果を社会に発信する目的で発足。発起人小池由久（サエラ・日本経営財団）瀬津要（PHP研究所）L［実践］理念経営Labo2026SPRING23

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経営学で読み解く人と組織オンボーディングの意義と施策転職社会・少子化の時代に組織が成長するには甲南大学経営学部教授尾形真実哉おがた・まみや＊2007年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士（経営学）。甲南大学経営学部専任講師、准教授を経て、’15年より現職。専門は組織行動論、経営組織論。新卒採用者の組織適応と中途採用者の組織再適応といったオンボーディングに関する研究に長い間従事し、最近は育成上手な管理職の研究にも力を入れている。著書に『若年就業者の組織適応―リアリティ・ショックからの成長―』（白桃書房）、『中途採用人材を活かすマネジメント―転職者の組織再適応を促進するために―』（生産性出版）、『組織になじませる力―オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ―』（アルク）など。雇用の流動化や少子化による採用難を背景に、新たに採用した人材が組織に適応するためのオンボーディングが注目されています。今回はその重要性と施策について解説します。「組織になじませる力」が重要に今、日本におけるいかなる組織にも「組織になじませる力」が求められている。「組織になじませる力」とは、新しく組織に入ってきた個人を新しい環境になじませ、パフォーマンスを発揮させる力のことである。まず、なぜこれほど「組織になじませる力」が求められるようになったのかを考えてみたい。以前の日本企業は、入社してから退職するまで、1つの企業で勤めあげる終身雇用が当たり前だった。生涯一企業キャリアであれば、働く個人のキャリア形成は企業に委ねられており、「キャリアデザイン」という意識を持つ者は、乏しかった。そのような環境では、労働者は入社した会社になじむほか選択肢はなかったし、会社側も新入社員＊を環境になじませる努力をする必要はなかった。転職される可能性も低いため、従業員のリテンション（長期定着）に頭を悩ませることもなく、「組織になじませる力」を備える必要はなかったと言える。そのような環境は、バブル経済の崩壊によって崩れ去ることになる。終身雇用時代では考えられなかったリストラが、日本企業においても当たり前となり、会社に任せていた自分自身のキャリアは、働く個人が自分自身で管理しなければならなくなった。そのような状況で、「キャリアデザイン」や「ポータブルスキル」（どこの会社にも持ち運びできる個人の能力）の重要性がうたわれるようになる。現在では、複数の企業でキャリアを形成する境界なきキャリア（バウンダリーレス・キャリア）が、日本においても当たり前となった。転職が当たり前になれば、いずれ転職されるのだから、社員一人ひとりを組織になじませようとする努力は不要と考えることもできるが、むしろ、転職が当たり前だからこそ、社員一人ひとりを「組織になじませる力」が重要になる。転職社会において、会社が「組織になじませる力」を有していなければ、人が出ていくだけの人材流出企業になってしまう。その結果、労働力が枯渇し、会社の知識や技能の伝承も不可能になり、永続性も保てなくなる。「組織になじまとうたせる力」のない組織は淘汰される時代が、すぐそこまで来ている。転職社会の到来で生き残りを左右する重要な組織能力が、「組織になじませる力」と言える。転職社会の到来以外にも、「組織になじませる力」が問われる社会問題がある。それは少子化の問題だ。少子化は、日本企業の新卒採用活動に大きな問題を投げかけ＊本稿では、大学や高校を卒業して組織に参加してきた個人を「新卒採用者」、仕事経験があり、別の組織から参加してきた個人を「中途採用者」、「新卒採用者」と「中途採用者」の双方を含む言葉として「新入社員」という言葉を用いることとする。24［実践］理念経営Labo2026SPRING

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ている。内閣府が2022年に公表した『令和4年版高齢社会白書』によると、少子高齢化の進行により、我が国の生産年齢人口（15～64歳）は1995年をピークに減少しており、2021年には7450万人だったものが、2050年には5275万人（29.2％減）に減少すると見込まれている。生産年齢人口の減少が企業に及ぼす影響も大きく、会社の永続性につながる新卒採用者が乏しくなると、その争奪戦が繰り広げられ、そこで敗れた企業は衰退することになるだろう。さらに、うまく採用できたからといって、それで終わりではない。次は会社に定着してもらうことが求められる。厚生労働省が、新規学卒就職者の就職後3年以内の離職状況について取りまとめた結果、2020年度における離職率は、新規高卒就職者で約4割、新規大卒就職者で約3割と、かつて七五三現象（中卒7割、高卒5割、大卒3割）と言われた状況から大きく変わっていない。苦労の末に採用した新卒採用者に早期離職されては、採用コストの回収や技能伝承ができず、会社の永続性も損なわれてしまう。そのような負の影響を生じさせないためにも、「組織になじませる力」が重要になる。オンボーディングとは何かここまで論じてきた「組織になじませる力」のことを、オンボーディング（On-boarding）と言う。オンボーディングとは、船や飛行機に乗っているという意味で、それを会社に例え、新卒採用者であれ、中途採用者であれ、会社という乗り物に新しく加わった個人を、同じ船（会社）の乗組員としてなじませ、一人前にしていくプロセスのことである。学術の世界では、KleinandPolin（2012）が、「新入社員の適応を促進する組織やエージェントによって従事される公式、非公式な訓練、プログラム、政策」とオンボーディングを定義している。つまり、新しく組織に参加してきた個人の円滑な適応をサポートするもの全てがオンボーディングということになる。表1KleinandPolin（2012）は、このオンボーディング3つの行動具体的内容⑴インフォーム行動⑵ウェルカム行動⑶ガイド行動①コミュニケーション：新入社員とのコミュニケーションを促進する計画された施策・上司と質疑応答できる場の提供・上司との豊富な対話時間の確保・人事部長や人事部員との面談②リソースの提供：新入社員が利用できる道具や援助の提供・社員用ウェブサイトで必要な情報を入手する方法の提供・成長機会やキャリア開発に関する計画の提供・会社全体で使われている略語や専門用語に関する用語集の提供・社内の重要な人物と連絡先のリストの提供③トレーニングプログラム：スキルや行動、知識の体系的な獲得プログラム・同僚の仕事ぶりを観察する機会の提供・仕事に関するOJT機会の提供・会社施設や現場の見学機会の提供・他の新入社員との合同オリエンテーションプログラムの提供・新入社員同士の人脈を形成できる研修の実施・既存社員との人脈を形成できる研修の実施新入社員に組織内の他のメンバーと会う機会を与えること、あるいは新入社員の入社を歓迎すること・歓迎道具一式の提供・会社の名前やロゴの入ったアイテムの提供・同僚を知るためのプログラムの提供・歓迎ランチ会やミーティングの開催・家族を会社の社会的活動へ招待するに求められる要素として、（1）情報を与えるインフォーム行動、（2）迎え入れるウェルカム行動、（3）導くガイド行動の3つの行動を示している（表1）。1つめの「インフォーム行動」は、新入社員に必要な情報や道具を提供すること、また新入社員の新しい役割や組織について円滑に活動していく方法について学ぶ機会を提供することが該当する。そして、このインフォーム行動は、①コミュニケーション、②リソースの提供、③トレーニングプログラムの3つに分けられる。①コミュニケーションは、特に上司との対話の重要性があげられている。②リソースの提供は、新入社員に仕事で必要な道具や援助を提供することが該当する。例として、会社の理解促進につながるウェブサイトや会社独自の言語を解説している用語集を提供することなどである。③トレーニングプログラムは、新入社員のスキルや知識の習得を促進させるために実施されるもので、オリエンテーションやキャリア開発プログラムなどの研修がここに含まれる。新入社員に対するトレーニングプログラムは、多くの企業が実施しているため、多くのオンボーディング施策がここに含まれる。経営学で読み解く人と組織インフォーム－ウェルカム－ガイド行動の具体的内容新入社員に個人的なガイド役を割り当てる・直属の上司よりも地位の高い人をメンター役として割り当てる・同僚がバディとして割り当てられ、疑問の解消をサポート・業務支援、メンタル支援、内省支援をサポートする他者を割り当てる・会社内の人脈形成をサポートする他者（コネクター）を割り当てる・新しい環境への適応全般をサポートする適応エージェントを割り当てる（注）KleinandPolin（2012）を参照に筆者作成。KleinandPolin（2012）の内容は、若干米国的な人事制度やカルチャーが含まれているため、日本の人事制度やカルチャーに当てはまり難いものは削除している。［実践］理念経営Labo2026SPRING25

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図1オンボーディング施策のデザインプロセス現状把握オンボーディング施策の設計部門間連携の構築実践支援と管理職サポート2つめの「ウェルカム行動」は、新入社員を歓迎したり、新入社員と同僚が顔合わせできる機会を提供するなどのプログラムや制度のことを言う。インフォーム行動が、新入社員にとって有益な情報面に焦点が当てられているのに対して、ウェルカム行動は、新入社員の感情面と人間関係の構築に重要な役割を果たすことになる。それゆえ、歓迎風土をいかに社内に醸成するかが重要なオンボーディング施策になる。アンケート調査やパルスサーベイ、聞き取り調査によるデータ収集と分析データから見えてきた課題を克服できる施策のデザイン施策立案のメンバー構成に留意オンボーディングの成否は現場の協力が不可欠トップを巻き込み、トップに現場の協力も促してもらう納得して協力してもらうためのエビデンスづくり＝データ現場が円滑にオンボーディング施策を実践できるサポート管理職の職場デザイン力の向上に寄与する研修の実施最後の3つめが「ガイド行動」である。これは、新入社員のトランジション（新しい環境への移行）をサポートする個人的な指南役（バディやメンター）を提供することが当てはまる。新しい環境に参加した個人は、多くの適応課題に直面する。そうした適応課題を1人で克服することは難しいため、目的に応じたガイド役が身近に存在していることは、新入社員にとって心強いサポートになる。このような充実したサポート役を組織から提供することがオンボーディングのガイド行動となる。施策のデザインから実践までここからは、人事部のオンボーディング施策のデザインから実践までを見ていきたい（図1）。まず人事部には、（1）新入社員の現状を正確に把握することが求められる。自社の新入社員がどのような適応課題に直面しているのかを把握することによって、効果的な施策のデザインにつながる。そのためには、新入社員への質問票調査やパルスサーベイ、聞き取り調査などを実施し、自組織の新入社員の現状を把握することが求められる（現状把握）。そして（2）は、前述した新入社員の適応課題を正確に理解し、それらの課題を克服させることができるオンボーディング施策を講じることである（オンボーディング施策の設計）。特に中途採用者の施策をデザインする際には、そのメンバーに中途採用者を入れることが重要となる。自組織しか経験したことのない人は、中途採用者の気持ちが分かりがたいからである。また、中途採用者だけのチームだと不満の言い合いになり、歯止めがきかなくなってしまうため、中途採用者だけのチームも良くない。経験の長いメンバーと中途採用のメンバーのバランスを考慮し、チームを作ることである。そして、それらのオンボーディング施策が全社的にうまく機能するために、（3）トップや各部門との協力体制を構築すること（部門間連携の構築）が求められる。人事部がオンボーディング施策を講じても、トップや現場が協力してくれなければ、効果を得ることはできない。そうならないためにも、トップや各部門と密にコミュニケーションをとり、現場が「協力しよう」と思える関係性を構築することが重要である。その際、日本企そんたく業によくある傾向だが、現場を忖度し過ぎることに注意が必要である。現場は忙しいため、本来ならばやらなければならないオンボーディング施策をお願いしがたいのは理解できるものの、施策を現場に伝えなかったり、軽くしたりすれば、何の効果も得られなくなる。人事部が現場を忖度し過ぎず、やらなければならないオンボーディング施策はしっかりと実践してもらうことが重要になる。とはいえ、現場は何の根拠もないのに、ただ負担になることを容易に受け入れてはくれない。そこで重要になるのが、（1）で用いた現状把握になる。現在、自組織の新入社員が、どのような適応課題に苦しんでいるのか。どのようなサポートを必要としているのか。そのような課題を克服できなければ、自組織の将来はどのような危機に直面する可能性があるのか。そのエビデンスを26［実践］理念経営Labo2026SPRING

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経営学で読み解く人と組織現場と共有することである。また、（3）で示したトップとの協調関係を構築できていれば、トップにも現場に働きかけてもらえ、現場の協力は得やすくなる。これらの関係性構築が求められる。最後に、（4）そのような関係性を構築できたら、実際の現場でのオンボーディングの実践を支援することである（実践支援と管理職サポート）。人事部が立案したオンボーディング施策を実践するのが現場になるため、オンボーディングの成否は現場にかかっている。現場が円滑にオンボーディングを実践できるよう、人事部がしっかりと支援することが効果的なオンボーディング施策の実践には不可欠となる。例えば、現場の管理職が1on1に苦労しているようであれば、管理職の1on1スキルを高める研修を実施するなどして、管理職をサポートすることである。先述したように、現場のオンボーディングの成否を担うのは現場であり、その中でも重要な役割を果たすのが管理職になる。新卒採用者であれ、中途採用者であれ、環境にうまくなじむためには、上司の役割が大きい。それゆえ、管理職のマネジメント力や育成力を醸成する研修などを実施し、管理職へのサポートを充実させることも不可欠となる。管理職を育成し、育成上手な管理職にオンボーディングを実践してもらうことが、効果的なオンボーディングの重要な要素になる。先にも論じたように、これからの日本組織においては、「組織になじませる力」がない組織＝「オンボーディングが不十分な組織」は衰退する。現在の労働市場、そして、これからの労働市場も境界のない転職行動が当たり前になる。そのような状況において、「なじませる力」のない組織は、組織の魅力も低下し、新卒採用者からも中途採用者からも見向きもされなくなってしまう。それは、優秀な人材が入ってこない、出ていくだけの人材流出組織になり、組織成果が高まるはずもなく、組織の成長を阻害する。オンボーディングを充実させ、組織の魅力を高めることで、採用ブランド力が高まり、多くの優秀な人材に選図2オンボーディングは組織の成果や成長につながるオンボーディングの充実化組織魅力＝採用ブランディング選ばれる組織組織の成果、成長、永続性ばれる組織になることが、組織成果や組織の成長、永続性につながる（図2）。オンボーディング効果を高める公式最後に、オンボーディング施策の効果を高める公式を提示したい。オンボーディング施策を成功させるためには、人事部だけの努力では不可能である。先述しているように、オンボーディングの肝は現場であり、現場を上手く巻き込んでいくことが重要で、そのためにはトップも上手く巻き込むことが求められる。さらに、組織の経営に関わる多くの人や部署（団体）を巻き込み、組織全体でオンボーディング施策に取り組むことが求められる。それゆえ、オンボーディング施策の効果を高める公式は、組織（人事部、現場、トップ、組合など）の協力体制（関わる人や部署の数）の構築と新入社員自身の努力の掛け算であると言える（図3）。掛け算であるため、どちらか一方がゼロならば、成果もゼロとなるし、反対に関わる人や部署が多ければ多いほど、その効果も大きくなる。図3オンボーディング施策の効果に関する公式組織の環境整備（関わる人や部署の数）人事部、現場、トップ、組合、監査役等の協力体制の構築人事部は、協力体制の構築と新入社員の努力を促す教育体制のデザインに尽力することが求められる。自組織のオンボーディング施策が不十分と感じているのであれば、今からでも遅くはない。手遅れになる前に、早急に現状把握から取り組み、効果的なオンボーディング施策のデザインに着手することが求められる。新入社員の努力量掛け算どちらかが「0」ならば効果は「0」になる引用文献Klein,H.J.andB.Polin（2012）,“AreOrganizationsOnBoardwithBestPracticesOnboarding?”InWanberg,C.R.（ed.）,TheOxfordHandbookofOrganizationalSocialization,pp.267-287,OxfordUniversityPress.尾形真実哉（2020）,『若年就業者の組織適応―リアリティ・ショックからの成長―』白桃書房.尾形真実哉（2021）,『中途採用人材を活かすマネジメント―転職者の組織再適応を促進するために―』生産性出版.尾形真実哉（2022）,『組織になじませる力―オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ―』アルク.尾形真実哉（2024）,「新卒採用者のオンボーディングプログラムのデザインとコンテンツ」『甲南経営研究』第65巻第1・2号.L［実践］理念経営Labo2026SPRING27

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教育現場から人と組織の成長を考える「目利き力」を磨き高めるリーダーに求められる「コンセプチュアルスキル」PHP理念経営研究センター主席研究員的場正晃長年、教育現場にたずさわってきたプロが、豊富な現場経験をもとに、組織・人材開発に役立つ情報をわかりやすく解説します。はんらんモノや情報が氾濫する現代、周りに流されず、何が正しいのか、何が本当に価値のあるものなのか、それらを見抜くための「目利き」の能力が、あらゆる人にとって不可欠になっています。本稿では、ビジネスの現場で経営リーダーが目利き力を磨き高めるためにはどうすればいいのか、その考え方と具体的な方法を考察したいと思います。豊富な体験から学びを引き出す変化の激しい時代にあって、マネジメントに求められる能力として、「コンセプチュアルスキル」の重要性が増してきました。コンセプチュアルスキルとは、カッツモデル＊を構成する3つのビジネススキルの一つですが、何が正しく何が間違っているのかを見極めたり、複数ある選択肢の中から最適なものを見抜いたり、あるいは複雑な問題の中から真の解決策を導き出したりする能力のことを指します。私たち日本人には、「目利き力」なじと表現したほうが馴染みやすいかもしれません。カッツモデルにおいては、組織の中で、上位階層に上がるほどコンセプチュアルスキルの重要性が増すと説明されています（図表参照）。重要な職責を担っているリーダーが、組織を間違った方向へ導かないためにコンセプチュアルスキルを高めるしごく必要に迫られていることは、至極当然のこととも言えるでしょう。ではどうすればコンセプチュアルスキル、すなわち目利き力を高めることができるのでしょうか。この問いに対する絶対的な黄金律など存在しませんが、プロと言われる人たちの行動・思考パターンを分析してみると、彼らが豊富な体験から学びを引き出していることがわかります。たとえばベテランの医師は、短時間の問診で患者の状況を把握し、即座に処方箋を出します。こうした離れ業ができるのは、過去に数多くの症例に接してきた体験の積み重ねが、医師としての目利き力を高めているからなのです。こうした目利き力を高める理屈は医療以外の分野でも通じるものです。「内省」によって体験を振り返るしかし、ここで留意すべきは「体験しっ放し」にしないということです。体験には自分にとっての学びがたくさん埋め込まれていますが、見たり聞いたりするその瞬間には気づかないことが多いもの。従って、そこから学びを引き出すためには「内省」によって体験を振り返る作業が求められるのです。内省とは、自分の考えや行動などを深く省みる行為のことであり、「反省」と同義の概念です。そして、実業界で成功した経営者たちの多くは、異口同音に内省の重要性について言及しています。「今日一日をふりかえり、失敗や成功を見出し、その味をかみしめる。これが体験である。反省することなしにポカンと暮してしまえば、これは体験にならない」（『物の見方考え方』松下幸之助、PHP研究所）＊ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・カッツ教授が提唱している「組織内の職務遂行において重要なビジネススキル」のことで、テクニカルスキル、ヒューマンスキル、コンセプチュアルスキルを図式化したもの28［実践］理念経営Labo2026SPRING

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教育現場から人と組織の成長を考える図表カッツモデル（マネジメントに求められる能力）トップマネジメントミドルマネジメントコンセプチュアルスキルヒューマンスキルテクニカルスキルローワーマネジメント「つねに内省せよ、人格を磨くことを忘れるな」（『生き方』稲盛和夫、サンマーク出版）「リーダーの行動を考えるときには、むしろ立ち止まることも重要なことだと思っています」（『「ついていきたい」と思われるリーダーになる51の考え方』岩田松雄[元・スターバックスコーヒージャパン株式会社CEO]、サンマーク出版）内省を通じて、自分の取った行動とその結果を振り返り、「なぜ、うまくいったのか（いかなかったのか）？」「そこから何を感じたのはんか？」などを自分の頭のなかで反すう芻・整理することで、新たな気づきや学びが引き出され、持論が形成されるのです。問いかけによる人材育成がカギを握る経営リーダーは、内省を通じて自身の目利き力やリーダーシップを高めると同時に、部下の内省をサポートする役割を負っていることも自覚しなければいけません。とはいえ、内省を促すことはそれほど難しいことではありません。事あるごとに、次のような問いを投げかけることで、相手が内省モードに入っていくのです。「今期、大きな成果を上げることができた要因は何だろう？」「今回の失敗から何を学んだ？」「今起きている状況に対して、君ならどんな手を打つ？」「3年後、どんなビジネスパーソンになりたい？」「それに対して現状はどう？」継続的に問いかけられることによって人は徐々に成長します。なぜならば、内省を通じて思考が深まり、より多くの学びや気づきを得られるからです。ただし、他のスキルと違って目利き力の開発には時間がかかります。従って、企業における人材育成にあたって、「上司」や「自己啓発支援」「計画的なローテーション」など、ある程度の長期ビジョンにもとづいた能力開発の機会と環境を整えることが重要になります。昨今の経営を取り巻く環境は激しく変化し続け、変化すること自体が常態化しつつあると言うことができます。今後いっそう、過去の成功体験や常識が役立ちにくくなるからこそ、今まで見たことも聞いたこともない出来事に直面したとき、その体験からしっかり学びを引き出し、それを他のメンバーと共有したいものです。そう考えるならば、激変する環境は新たな知恵や発想を生み出す源泉であり、目利き力を鍛え高めてくれる絶好の人材育成の機会にもなるとも言えるでしょう。まとば・まさあき1990年、PHP研究所に入社、研修局に配属。以後、一貫して、PHPゼミナールの普及、および研修プログラムの開発に取り組む。2001～’03年まで神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程にてミッション経営の研究を行ない、MBAを取得。中小企業診断士。松下幸之助経営塾ファシリテーター。著作に『“強い現場をつくるリーダー”になるための5つの原則』（PHP通信ゼミナール）』がある。L［実践］理念経営Labo2026SPRING29

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松下幸之助研究レポート社員の声をどう集めるか労働組合による経営参加制度の教訓松下幸之助の理念を現代に生かすために必要なことは何か。PHP理念経営研究センターのメンバーが考察します。PHP理念経営研究センタープロジェクトリーダー高瀬浩平会社経営では組織の力を高めることが重要だ。そのためにも経営者が、社員の多様な声に耳を傾けることが望ましい。松下幸之助もまた、全員の知恵を集めて生かす「衆知を集めた全員経営」を心がけるべきだと説いた1。その教えは、幸之助が創業した松下電器（現パナソニック）で重視され、同社は1950年代に「提案報奨制度」（全社員から経営や製品、業務改善の提案を募り、表彰する制度）を設けたり2、創業50周年を前にした1967年1月の経営方針発表会でスローガンの一つとして「全員経営で世界の優良会社に！」を掲げたりした3。筆者は、その後の1970年代に松下電器が導入した労働組合の「経営参加制度」もまた、社員の声を集めて生かす取り組みであったと考える。本稿では、当時の同社の労使関係を振り返ることで、社員たちが持つ情報の大切さや、その集め方について教訓を得たい。重要政策について事前に意見を聞く松下電器の経営参加制度は、1978年7月に確立した。従来の「労使協議会」とは別に、労使間の最高協議機関として「経営委員会」を新設し、「経営上の重要政策について、会社が事前に労働組合の意見を聞き、また組合から経営提言をする場」と位置付けた4。経営委員会は社長らと組合本部3役からなり、付議事項は当該年度の経営方針や事業計画、事業の大規模な拡大・縮小、重要な組織変更などとした。併せて事業場長と組合支部3役による「事業場経営委員会」と、部・課長と組合支部委員らが日常の職場運営上の課題を話し合う「職場運営委員会」を設けた。労使の信頼関係が著しく損なわれた場合は、いずれかの申し入れにより破棄できる条項も入れた5。この制度は、1976年10月に労使で設置した経営参加研究委員会の答申に基づいている。同委員会は西ドイツ（当時）などヨーロッパや国内の制度について研究・検討を重ねた。答申によれば、当時の現状認識として、1973年のオイルショック以来、経営施策を誤れば経営危機や雇用不安をもたらすため、経営方針や政策は、労働組合だけでなく社会全般の理解と承認を受けなければならないとの考え方を示している。そのうえで、経営参加の前提として、労使の対等性と強固な信頼関係を挙げている。サンケイ新聞、日立造船、伊勢丹、鐘紡（いずれも当時）など経営参加制度の先行例も検討し、取締役会への労働組合代表のオブザーバー参加や、労使による専門協議会の設置など、それぞれに特徴があると分析した。しかし、松下電器の労使は、労働組合の代表が取締役会に参加しない方法を選んだ。商法上の問題や、賃金や労働条件を議題とする際に会議を分離開催する必要が生じる恐れがあるためで、決定の場とは別に、事前に労働組合の意見を聞く場を設けることにした6。松下電器の経営参加制度は社会的にも注目され、たとえば『週刊朝日』の記事では「日本でも本格的な経営参加時代の幕開けとなるのかどうか」と記されている。経営参加制度の先行例について、労働組合が経営側に近づきすぎたケースもあると指摘し、松下電器の制度について「わが国におけるモデルケースとして各方面に波及することは必至だ」との見通しを示した7。30［実践］理念経営Labo2026SPRING

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松下幸之助研究レポート制度化の狙いと過程制度化にあたって、当時の松下労組委員長で、後に松下電器常務取締役になる高畑敬一がキーマンとなった。狙いや過程について、猪木武徳ら4名の研究者が2003年、高畑にインタビューして『高畑敬一オーラルヒストリー』にまとめている8。高畑によれば、経営参加制度は、1970年夏ごろから始まったカラーテレビの不買運動が一つのきっかけになったという。消費者団体が、現金正価から大幅に値引きして販売されていると指摘し、これが「二重価格」にあたると主張した。不買運動は、松下電器の他の製品にも広がった。さらに高畑によると、松下労組も情報収集し、高畑は消費者団体の幹部らと面会して、不買運動を中止するためには、現金正価の撤廃と、それを証明する二重価格が生じない新製品を出すことが条件であると聞き出し、当時会長の幸之助に伝えた。会社も対策を講じ、不買運動は収まった。この経験を踏まえて、高畑は、経営者の周りは「真空状態」になりがちで、会社にとって悪い情報が入りにくくなり、経営判断を誤るおそれがあると主張する。経営環境の変化についても、「消費者であると同時に市民である」従業員たちが集まった労働組合のほうがつかみやすいとして、会社の内外から情報を集める大切さについて語っている9。松下電器ではすでに、月1回のペースで経営について話し合う労使協議会が機能していた。それでも経営参加制度を求めた理由について、高畑は、労使協議会は取締役会などで決定した内容を提起する場であると説明したうえで、社長と組合本部3役による経営委員会は、経営戦略や長期の経営計画について、決定前の「変化可能な段階」で労働組合から意見を持ち込めるようにする狙いがあったと述べている10。焦点となった労働組合代表の取締役会への出席について、会長から相談役に退いていた幸之助は反対だったという。その理由について高畑は、労働組合は賃金や時間など労働条件の向上を求めることが、経営者は経営の戦略や計画を決めることが、それぞれの役割であるので、労働組合が経営の責任を取ろうとするのは好ましくないのではないかという考えだったと説明している11。松下労組は、経営参加制度の中でも、日常の職場運営上の課題を話し合う「職場運営委員会」の設置にこだわった。高畑は、部・課長らに対して「（自分の）部下というよりも、職場委員を通じて全従業員の意見を聞くと、あるいは解決していく、そういう癖をつけ（させ）たいという思いがあった」と説明している。そうすることで、職場のコミュニケーションが良くなり、会社にとって悪い情報も入手できるとも考えたという12。以上が、労働組合側の当事者である高畑の見解だが、『オーラルヒストリー』の聞き手の1人であり松下電器の人事部門で長年勤務した岩田憲治は、会社が経営参加制度を受け入れた理由を分析した。その1つ目に「労働者の動機付け」を挙げている。経営効率を上げるためには従業員の創意が重要なので、経営側は労働組合の発言を受け入れたとみる。他にも、経営情報を共有するメあつれきリットとして、労使の不要な軋轢を回避できることを示している13。経営参加には一定の効果松下電器の経営参加制度は導入後、一定の効果があったようだ。松下労組によれば、1978年夏の経営委員会で、会社から大阪府内にあったカラーテレビの生産拠点を集約する提案がなされたが、労組がビデオの生産拠点として転用し、社員らの異動を最小限にするべきだと訴え、その提案が受け入れられる形で決着した14。また、当時の松下電器常務取締役（人事労政担当）だった山本昌平は、労働組合が有益な経営提言をしていると述べている15。経営参加制度の確立から20年近くを経た1997年発行の松下労組結成50周年記念史『たゆみなき創造Ⅳ』では、同制度の総括がされている。会社に対する経営提言は頻繁に行なわれてきたとする一方、現場レベルの課題を話し合う職場運営委員会については組合員の評価が低下しており、大きな課題だとされた。また、企業機密との関係で、労働組合の本部役員が組合員に対して、即時的にはすべての情報を公表できないという限界や、組織が巨大化したがゆえに職場での活動が「全体の一部」になってしまったとの問題点が示されている16。岩田も、2000年代前半の業績悪化や雇用調整を踏まえ、2000年代時点での評価として、経営参加制度の効果は「限定的」だが、業績悪化による従業員の犠牲を回避または緩和することには意義があるとみている17。［実践］理念経営Labo2026SPRING31

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ここで、松下電器における労使関係の根底にある幸之助の考え方にも触れたい。『PHP』誌の1967年7月号に掲載された「繁栄のための労使関係を」に整理されている。幸之助は「労使双方がいわば常に対立しつつ調和してゆくということ」が大事だという。労使の双方が言うべきは言い、反対すべきは反対しつつ、受け入れるべきは互いに受け入れて調和していく。それが進歩につながると考える。さらに労使が生産性を向上させて高い成果を生み出し、労働組合は労働条件の向上を要求し、経営者がより高い条件の実現に努める。それによって社会の繁栄が実現されると説いている18。経営参加についても、幸之助は1969年12月の講演で「労働組合が参加に値するような良識をもたないといかん」と述べた。経営参加に反対はしないが、やり方によっては煩雑になるとの懸念を示している。西ドイツで経営参加が成功しているならば、労働組合に良識があるということだろうという見方を示している19。幸之助は「全員経営」を掲げて「対立と調和」の労使観を持ちつつ、経営の責任の7割は経営者にあり、労使が五分五分ではないと強調した20。幸之助が亡くなった1989年、当時の松下労組委員長の前川朋久は弔辞で、経営環境の厳しさの中で、幸之助の「人を育て人を活かす」という経営理念が薄れているとして「組合は警鐘を鳴らし続けてきました」と述べている21。この年には、松下労組は経営者の資質を問い「創業の精神」に立ち返るよう求める提言書を出した22。幸之助の理念や労使観が広く共有されたことで、経営参加制度が導入された後も、労使間の適切な緊張感は維持されたと推察される。会社が労使の意思疎通を担う時代に経営参加制度が導入された1970年代後半と比較すると、その後の労使関係は、終身雇用の揺らぎや非正規社員の増加などを背景に、大きく変化してきた。藤村博之によれば、労使協議は激しい労使対立を経て形成され、1970年代から1980年代にかけて日本企業に定着した。労使が協力して問題解決にあたり、無用の対立を避け、日本企業の好業績を支えたという。しかし、1990年代になると世代交代が進み、労使の信頼関係はさらに深まり、情報共有の度合いも高めたが、本来あるべき緊張関係が薄れた。そして2000年代には、一部では労使協議の形骸化をうかがわせる状況があり、質について企業間格差が拡大していると論じている23。近年では労働組合の推定組織率が低下を続け、2025年には16.0％にまで落ち込んだ24。働く人の6人のうち5人が労働組合に加入していないことになる。経営に必要な意思疎通の多くは、会社自身が担うしかない時代になった。上司と部下による「1on1」や、社員のエンゲージメント調査など、会社が人事部や管理職を通じて、社員の提案や不満などを聞く制度を設けている。労働組合によらないものの、実質的な「労使協議」にも目を向けるべきだという指摘もみられる。久本憲夫は、会社が従業員に残業させるために必要な36協定の締結で、労働組合ではない「従業員の過半数代表者」が主体になる場合などを例示し、従業員代表者の選出手続が適切かどうか、財政的・時間的基盤が保障されているかどうかについて、疑問を呈している。「労使協議制の制度的な充実が産業民主主義の実現のために、現実として極めて重要」と論じている25。参考文献1松下幸之助（1978）『実践経営哲学』PHP研究所（2001年文庫版）,p.124.2松下電器産業株式会社創業五十周年記念行事準備委員会編（1968）『松下電器五十年の略史』松下電器産業,p.250.3同上,pp.348-349.4松下電器産業株式会社社史室編（2008）『社史松下電器変革の三十年』松下電器産業,pp.120-121.5『松下電器社内時報』1978年7月11日号.6松下電器産業労働組合編（1987）『新たゆみなき創造――転換への挑戦』松下電器産業労働組合,pp.1527-1544.7『週刊朝日』1978年7月21日号,pp.32-34.他にも『週刊サンケイ』1978年7月27日号などが松下電器の経営参加制度を取り上げている。8C.O.E.オーラル・政策研究プロジェクト（2004）『高畑敬一オーラルヒストリー』政策研究大学院大学.聞き手は猪木武徳、梵禿あや美、岩田憲治、梅崎修。9同前,pp.107-110.10同前,p.121.11同前,pp.121-125.筆者が前後の文脈から一部を補った。12同前,pp.126-127.13岩田憲治（2006）『人事労務管理制度の形成過程――高度成長と労使協議―』学術出版会,pp.244-245.14前掲『新たゆみなき創造』,pp.193-195.15飯塚昭男「山下俊彦のすべて」,『プレジデント』1981年4月号,p.197.16松下電器産業労働組合編（1997）『たゆみなき創造Ⅳ――五十周年を迎えて――』松下電器産業労働組合,pp.452-455.17前掲『人事労務管理制度の形成過程』,pp.260-261.18松下幸之助「繁栄のための労使関係を」,『PHP』1967年7月号,pp.97-101.19PHP総合研究所研究本部編（1991）『松下幸之助発言集5』PHP研究所,pp.290-291.20松下幸之助（1960）『仕事の夢暮しの夢』PHP研究所（1986年文庫版）,p.142.21前掲『たゆみなき創造Ⅳ』,pp.506-509.22同前,pp.499-501.23藤村博之（2009）「企業別組合――労使協議制の現状と労組への期待――」,久本憲夫編著『労使コミュニケーション』ミネルヴァ書房,pp.230-234.24厚生労働省「令和７（2025）年労働組合基礎調査」.25久本憲夫（2021）「団体交渉と労使協議」,仁田道夫・中村圭介・野川忍編『労働組合の基礎――働く人の未来をつくる』日本評論社,pp.141-142.たかせ・こうへい京都大学法学部卒。2002年毎日新聞社に入社し、大阪本社社会部や学芸部で記者やデスクを歴任。労働組合専従も務めた。2025年PHP研究所入社。32［実践］理念経営Labo2026SPRING

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松下幸之助研究レポート「統合」のコストを誰が負担するか同志社大社会学部三吉勉助教に聞く社員の声を聞くための制度や内容は時代とともに変化してきた。現代では、仕事の内容や時間が社員ごとに決まったり、成果主義的な賃金が広がったりして、雇用関係や労使関係が「個別化」していると論じられている。働き手のニーズは多様化し、お互いに見えづらくなった。同志社大学の三吉勉助教は、文書や制度の有無による「公式・非公式」と、あるルールが集団に適用されるかどうかによる「集団的・個人的」という2つの軸を設定し、労使関係の解明を試みている。三吉助教に、社員の情報の集め方について現状や課題を尋ねた。――雇用関係や労使関係が「個別化」する中で、社員たちの声を集めることは、より難しくなっていませんか。仕事の内容や待遇の個別化が進み、労働組合が集団として発言すべき事柄が少なくなったように思います。一方、社内では日常的なコミュニケーションや「1on1」など個人レベルのやりとりを通じて、上司が部下の意見を聞くマネジメントが求められるようになりました。労働組合は会社組織の「ピラミッド」の外にあるので、経営者からすれば情報の流れが複線化されますが、会社内だけでは縦1本のラインになってしまいます。上司の聞く能力が不足していたり、発言しにくい職場の風土があったりすれば、部下は本音を言えません。上司が自分や組織にとって都合の悪い情報を止めてしまうこともあるでしょう。そういう限界はあると思います。――労働組合の組織率は2割を切っています。労働組合がない会社の場合、どのような取り組みが考えられますか。「意見を聞く場」を意図的に設けることが必要です。個人レベルでは「居酒屋トーク」のように単なる不満を吐き出すだけで終わりがちです。職場にいる同僚たちと意見を交わすうちに、本当に解決すべき問題点や、組織の改善につながる情報が整理されてくるものです。つまりは「統合」が必要なのですが、時間や費用というコストを誰が負担するかが問題となります。労働組合であれば、組合費で人件費をまかない、専従での活動も可能です。そうでなければ、会社がコストを負担しなければなりません。勤務時間内に「仕事」として動いてもらい、「耳が痛い」ことも含めて、自由に発言してもらう場を作る努力ができるかどうかでしょう。ところが「働き方改革」で労働時間の短縮が強く求められ、有効に機能させるのは難しいように思います。社員の側も、たとえ不満や疑問を感じていても、発言するコストを払うくらいなら、会社をやめてしまおうという発想になりがちです。人手不足が解消しない限り、この流れは続くように思いますが、それでは社員の技能は熟練せず、生産性も上がりません。――生産性の向上、人材の定着のためにも、会社が社員の声を聞くことは、いっそう求められているように思います。何か糸口はありませんか。個人として経営者や管理職と対等に近い関係を作れる「コアワーカー」に注目したいと思います。経営戦略上不可欠な高度な技術や知識、顧客情報を持った働き手で、マネジャーとの間でお互いの知識を必要としあう関係にあります。一例としてITエンジニアやソリューション営業ができる社員をイメージしています。このような人たちは日常的なコミュニケーションや「1on1」を通じて、マネジャーらに対し、職場の課題だけでなく、経営戦略につながる有益な提案もできるのではないでしょうか。労働組合があれば、このような高い技術や知識、情報を持った人たちに話を聞き、情報を統合して、経営者に対して発言していくべきでしょう。一方で、コアワーカーは成果を出し惜しんだり、他社に移ってしまったりするおそれもありますので、会社の価値観や理念を体得してもらう働きかけは不可欠でしょう。みよし・つとむ京都大学理学部を卒業後、電機メーカーで技術者として勤務。労働組合専従中に同志社大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士（産業関係学）。著書に『個別化する現代日本企業の雇用関係』（ミネルヴァ書房）。L［実践］理念経営Labo2026SPRING33

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きゅう特別動画案内MOVIEGALLERY『［実践］理念経営Labo』では、誌面内容がよりよくわかる特別動画をウェブサイトにてご視聴いただけます。今号では、松下幸之助選集シリーズ（右ページ参照）の完結を記念し、シリーズ推薦者である宮本又郎氏（大阪大学名誉教授）と加護野忠男氏（神戸大学名誉教授）の対談音源をもとに動画として編集いたしました。ぜひご覧ください！今日、松下幸之助の著作を読む意義宮本又郎氏（大阪大学名誉教授）×加護野忠男氏（神戸大学名誉教授）視聴時間2分33秒※本動画は2024年12月中旬に行なわれた対談の音源をもとにしています。加護野忠男先生は同月28日にご逝去され、本動画はご遺族の許可を得て公開しております。生前のご厚情に深く感謝するとともに、心からご冥福をお祈りいたします。掲載号/ページ2025SPRING4-6（Vol.13）/P14～17践2025LaboVol.13理念経営実［特集］自己観照が人を育て会社を変えるリブランディングで固有の価値を自問自答する東横イン代表執行役社長黒田麻衣子リーダーが学びたい「メタ認知」「自己観照」DAncingEinstein代表青砥瑞人［道をひらくヒントを学ぶ、親しむ］今日、松下幸之助の著作を読む意義大阪大学名誉教授宮本又郎×神戸大学名誉教授加護野忠男ゲームで幸之助の意思決定を追体験エリエス・ブック・コンサルティング代表取締役土井英司ボードゲームソムリエ、ボードゲームデザイナー松永直樹［松下幸之助経営塾志の実践］ALLAGI谷上元朗／谷上富彦［経営学で読み解く人と組織］金沢大学専任講師鈴木智気人と組織の可能性を発見する研究誌SPRING4-6道をひらくヒントを学ぶ、親しむ今日、松下幸之助の著作を読む意義「あれっ？」と思うことを自分なりに考えてみる司会：渡邊祐介（PHP理念経営研究センター代表）大阪大学名誉教授宮本又郎みやもと・またお＊1943年、福岡県生まれ。神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了。’88年より大阪大学大学院経済学研究科教授。2006年に退官し名誉教授となる。大阪商工会議所大阪企業家ミュージアム館長を務める。専門は日本経済史・経営史で、とりわけ経営者の歴史を研究する企業者史学に造詣が深い。著書に『企業家たちの挑戦（日本の近代11）』（共著、中央公論新社）、『渋沢栄一日本近代の扉を開いた財界リーダー（PHP経営叢書・日本の企業家1）』（編著、PHP研究所）ほか多数。『松下幸之助選集』（全9巻）の刊行が2025年1月よりスタートし、4月には第3巻、第4巻が刊行される。同選集のシリーズ推薦者である宮本又郎氏と加護野忠男氏に、時代を超えて支持される背景と、その著作を読む意義を語り合っていただいた。取材・構成：PHP理念経営研究センター写真撮影：桂伸也幸之助の最大の特徴は卓越した「総合的経営力」――まずは、松下幸之助をどのような経営者と位置づけているか、お聞かせください。加護野ホンダの本田宗一郎さんは※2024年12月中旬に行なわれた本対談後、同月28日に加護野忠男先生がご逝去されました。そのため、原稿に目を通していただくことはできませんでしたが、ご遺族と宮本又郎先生の許可を得て掲載させていただきました。生前のご厚情に深く感謝するとともに、心からご冥福をお祈りいたします。神戸大学名誉教授加護野忠男かごの・ただお＊1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修士課程を修了後、同研究科博士課程に学ぶ。’88年に神戸大学経営学部教授、’99年より同大学院経営学研究科教授。2011年に退官し名誉教授となる。日本の経営学界を牽引してきた一人であり、専門は経営戦略論・組織論。著書に『松下幸之助理念を語り続けた戦略的経営者（PHP経営叢書・日本の企業家2）』（編著、PHP研究所）ほか多数。2024年12月、逝去。エンジニア、ソニーの盛田昭夫さんは営業やマーケティングに特徴がありますが、幸之助さんにはわかりやすい特徴がありません。ものづくりから営業、宣伝、販売、経理、人材育成まで幅広くやられました。その卓越した「総合的経営力」こそが、幸之助さんの最大の特徴といえるかもしれません。宮本日本経営史の立場から、戦後の高度経済成長の立役者を挙げるとすると、政治は池田勇人、学者は下村治、実業として松下幸之助、この3人と考えています。この3人が戦後の日本の国民生活に大きく影響を与えました。なかでも幸之助さんは、貧乏・病弱・無学歴と、ないないづくしの身から世界的に成功しました。経済が停滞している今、こういう「『立志伝中の人』のような人」の出現を期待したいですね。加護野幸之助さんのようなカリススマ性のある経営者は減りました。宮本幸之助さんのすごいところは、自分の会社のことだけでなく、人間と企業と社会を一体として考えていた。そんなスケールの大きな経営者はなかなかいません。渋沢栄一のように自利と公益をともに考えた人でした。――どんな点に、そうしたスケールの大きさがみられますか。宮本戦後の日本人のほとんどすべてが疑わなかった目標、価値が3つあったと思います。「民主主義」「平等」「アメリカ的な豊かなライフスタイル」です。戦前に財をなしたのは財閥など、主に国家のインフラにかかわる重厚長大産業で活躍した人が多かった。一方、幸之助さんは私たちに身近な商品をつくり、日本人のライフスタイルを大きく変えた。単なる一経営者というよりも日本の社会、文化・文明に大きな影響を与えた人物であり、戦後日本のシンボル的存在だと思います。加護野幸之助さんは、早くも1950年代初めに2度、アメリカに視察旅行に行っています。単なる視察ではなく、アメリカ人がどのような生活をしているのか、家庭の中を見に行くことまでやりました。――アメリカ人の豊かな生活を目の当たりにして衝撃を受けたようです。宮本欧米にキャッチアップすることに力点を置いていたことは間違いありません。そして、すべてをキャッチアップし終え、世界のトップに日本が立つ。しかし、そこから大きく後退してしまった今、日本は再び世界にキャッチアップしようとする謙虚さが必要です。加護野その際、単なるハウツーのキャッチアップでは意味がありません。幸之助さんは、欧米人の行動や思考の背景にある哲学や思想まで探って学ぼうとしました。今一度、欧米の思想を基本から学ぶ必要があると思っています。宮本人間の本質についても探究し、独自の見方・考え方を確立した人でもあります。これも特別なことです。場をつくることが上手な演出家の側面を持つ――幸之助の特徴である「総合的経営力」は、教育で身につけることができるのでしょうか。加護野「ビジネスポリシー」と呼んでいる大学が多いですが、一つの科目として教えられています。ただ、「総合的経営力」は教えたくても、十分に教えられる人がいません。教えるための教材も少ない。――幸之助は、物をつくるところから売るところまで自ら経験して、総合性を身につけていきました。宮本最初から経営哲学や経営理念があるのでなく、経営をやっている『松下幸之助選集』刊行記念対談うちに築き上げた感じがします。そして最後には、「自然の理法」や「素直な心」に到達しました。そこに到達したことが、幸之助さんの特別なところかもしれません。それにしても、小学校すら出ていないのに、どうしてこれだけの思索ができたのか。勉強していたんでしょうね。加護野しょう。耳学問に優れていたので宮本1932年に天理教を見学に訪れた際、8時間も話を聞いたそうですね。加護野「思考のジャンプ力」があることは、優れた経営者の共通点だと考えています。幸之助さんの場合、皆が5年、10年というスパンで物事を考えているときに、100年、200年というスパンで考えることができる。天理教訪問後に「産業人の真の使命」を発表し、これを達成するための「250年計画」まで掲げました。宮本日本人は、永続性の概念はあると思うのですよね。幸之助さんが会社の永続性を大切にしたのは、実家が潰れてしまったことも背景にあるかもしれないです。――1932年の第1回創業記念式において、「産業人の真の使命」や「250年計画」を聞いた従業員がみな感激し、熱狂したといいます。宮本場づくりが上手ですよね。運動会を（大阪の）天王寺公園で行なうのもそうですし、幸之助さんは良い意味で演出家でした。伝説になっている「熱海会談」も、販売店や代理店の不満の声が多く、それらをしっかり聞くために、2日の予定をきょ急遽3日に延長したと言われていますが、ホテルは最初から3日間予約されていたそうです。14［実践］理念経営Labo2025SPRING［実践］理念経営Labo2025SPRING1534［実践］理念経営Labo2026SPRING

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人生、経営─道をひらくヒントがここにある！仕事のコツから心の持ち方まで、後世に遺すべき珠玉の名著集ついに完結、セット特典受付中2026SPRING4-6（Vol.17）2026年4月27日発行発行人渡邊祐介編集主幹川上恒雄編集長會田広宣発行所PHP理念経営研究センター［編集スタッフ］〒601-8411京都市南区西九条北ノ内町11番地TEL075-681-9166メールkenkyu1@php.co.jpURLhttps://www.php-management.com/的場正晃／長尾梓／髙橋久実子／高瀬浩平［制作・普及協力］池口祥司／時政和輝／大谷泰志／石田賢司／山口毅／瀬田成俊／原田祐規／川口宝馬動画順次公開＆メルマガ登録受付中誌面の内容がよりよくわかる特別動画をこちらのウェブサイトで順次公開しています。↓また、上記動画の公開時期および『［実践］理念経営Labo』の最新情報をメルマガ（無料）にてお届けします。ご希望の方はこちらのウェブサイトよりメールアドレスをご登録ください。↓［デザイン／制作］朝日メディアインターナショナル株式会社©PHPInstitute,Inc.2026Allrightsreserved

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