https://my.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/

# Vol.15『[実践] 理念経営Labo』（2025 AUTUMN 10-12）

## Page 01
![Page 01の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000001.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

人と組織の可能性を発見する研究誌理念経営実践［特集］経営の原点に返る誠実に正道を歩む長瀬産業取締役相談役長瀬洋Labo20251000億円規模の「ひかるブラック企業」にテンポスホールディングス代表取締役社長森下篤史アルギン酸で「ベスト・イン・ザ・ワールド」へキミカ代表取締役社長笠原文善AUTUMN10-12Vol.15［『指導者の条件』刊行50年］「日に新た」な挑戦で世界に誇れる板金屋にミューテック35代表取締役谷口栄美子［松下幸之助経営塾志の実践］グローバルデザイン代表取締役石川克友［経営学で読み解く人と組織］京都産業大学教授高尾義明

## Page 02
![Page 02の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000002.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

『［実践］理念経営Labo』刊行にあたって現代の企業や組織において、経営理念を経営の軸に据えることの重要性はますます高まっています。一つには、資本主義社会のあり方が問い直され、企業の果たすべき責任がよりいっそう重視されつつあることが挙げられます。たとえば、行きすぎた株主重視の反省から、企業には社会的な課題解決が一段と強く求められるようになりました。ESG（環境、社会、ガバナンス）投資やSDGs（持続可能な開発目標）への関心の高まりからも、その傾向は明らかです。また、従来の経営理念に加えて新たに「パーパス」（存在意義）を掲げる企業も数多く出てきました。一方で、政府による働き方改革の推進、雇用慣行の変化、特に最近は新型コロナ感染症拡大をきっかけとしたリモートワーク導入促進の流れの中で、働く人々の価値観においても多様化が進み、組織を統合するための経営理念の役割も見直されています。私どもPHP理念経営研究センターは、複雑化する環境においても企業や組織が活力を持って高品質な商品やサービスを創出し、持続的な発展を遂げてゆくために、新たな理念経営のあり方を追求することを年に設立いたしました。この使命はパナソニックグループ創業者で弊社PHP研究所創設者でもある松下幸之助の「思い」から発しています。松下は、昭和7（1932）年5月5日、「人々の日常生活の必需品を充実豊富にして、その生こんしん活内容を改善拡充する。松下電器製作所はこの使命の達成を究極の目的とし、今後一層渾身の力を振るまいしんい、一路邁進せんことを期す」という趣旨の自社の「真使命」を宣言し、パナソニックグループを世界へと飛翔させました。また終戦後の世の乱れ、人心の荒廃を思い知らされたところから、「繁栄を通じて、平和と幸福を実現する」（PeaceandHappinessthroughProsperity）との思いに立ち、昭和21（1946）年11月3日にPHP研究所を設立いたしました。「初めに思いありき」の言葉通り、松下のいずれの事業活動もすべて「思い」を原点とした理念経営にほかなりません。こうした考えに立ち、PHP理念経営研究センターの情報発信の場として『［実践］理念経営Labo』をこのたび刊行いたします。誌名に「Labo」（ラボ）とつけたのは、本誌を生きた「理念経営の研究室」とし、より先端的な課題への取り組みに挑みたいとの思いがあってのことです。理念経営に挑戦している経営の現場を現代的見地にもとづいて取材し、理念実践の新たな指針を創出することを目指して誌面づくりに尽力していきたいと考えています。読者の皆様には、ぜひとも「Labo」の共同研究者として情報、ご感想を賜り、明日の「理念経営」のあり方に一石を投じるべくご支援、ご指導をお願いいたしたく存じます。2022年4月PHP理念経営研究センター代表渡邊祐介

## Page 03
![Page 03の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000003.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Contents──2025AUTUMN10-12（Vol.15）特集経営の原点に返る【Interview】誠実に正道を歩む「挑戦する風土」の伝統を次世代に引き継ぐ【Interview】1000億円規模の「ひかるブラック企業」にテンポス流「ビジネスサイエンス」で実現長瀬産業取締役相談役長瀬洋テンポスホールディングス代表取締役社長森下篤史610【Interview】アルギン酸で「ベスト・イン・ザ・ワールド」へ国内シェア9割超！嘘やごまかしを許さないものづくりキミカ代表取締役社長笠原文善14『指導者の条件』刊行50年「日に新た」な挑戦で世界に誇れる板金屋に毎朝『指導者の条件』を心に刻み松下幸之助の教えを実践古今のすぐれた指導者の事例から学ぶ累計100万部超！『道をひらく』に次ぐベストセラーミューテック35代表取締役谷口栄美子1822松下幸之助経営塾【志の実践】団地再生が地元への恩返し新ブランド「陽に新た不動産」でリノベ推進へ【塾生通信】日に新たグローバルデザイン代表取締役石川克友2428Series【経営学で読み解く人と組織】AI時代のジョブ・クラフティング従業員は新技術導入による変化にどう適応するのか【BOOKS〈知をひらく〉～経営の着眼点～】話題のビジネス書を著者が語る「刀」の挑戦を徹底取材！京都産業大学教授／東京都立大学名誉教授高尾義明日経ビジネス副編集長中山玲子3034誌面内容がよりよくわかる特別動画を右のQRコードからご視聴いただけます。動画は随時追加予定。メルマガにてご案内します。（メルマガ登録はP35下をご参照ください）

## Page 04
![Page 04の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000004.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

［特集］経営の原点に返る

## Page 05
![Page 05の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000005.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

「これまでの長い経営体験の中で、何度かやめたいと思ったことはある。けれども、それだけだったら、本当にしまいになってしまう。だから、その都度、意識の転換をはかってきた。やはり、行き詰まりになる寸前に、自分の度転換して、苦しみを楽しみに変えるということをやらなければならない。それは実際には、そう容易なことではない。けれども、そのようにいわば行き詰まりかけた時には、いっさいのしがらみから抜け出て、原点にかえるというか、何が真実かということの上に立って、あらためて事態、状況を眺めてみることが大切だと思う。真実に立つということは、まことに強いもので、経営者が真実に立っていれば、社員やお得意先からの信頼が、おのずと集まってくる」（『松下幸之助経営語録』）うまくいかなかったり、窮地に立たされたりする際、支えとなる戻るべき原点を持っている会社や経営者は強いという。そして、その原点というべきものは、会社の歩みや創業精神、経営理念といったものに込められているのではなかろうか。本特集では、事業環境が目まぐるしく変化する中、進化適応を遂げてきた企業の経営者に、経営の原点について、これまでの歩みを振り返りながら語っていただいた。

## Page 06
![Page 06の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000006.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Interview誠実に正道を歩む「挑戦する風土」の伝統を次世代に引き継ぐ長瀬産業株式会社取締役相談役長瀬洋ながせ・ひろし＊1949年生まれ。兵庫県出身。’73年、成蹊大学卒業後、ジャパンラインに入社。’77年に長瀬産業に転じ、’89年に取締役に就任。’95年に常務、’97年に専務を経て、’99年に社長に就任。2015年4月に会長を経て、’23年4月に取締役相談役。長瀬産業株式会社本社：大阪府大阪市、東京都千代田区／創業：1832年／事業内容：化学系専門商社として、ケミカルをはじめエレクトロニクス、モビリティ、エネルギー、フード、メディカル、バイオなど幅広い分野で事業を展開する。グループ会社は国内外100社以上に広がり、商社機能に加え製造機能、研究開発機能を有している。ききん（天保3）年。飢饉だけでなくいっき悪疫の流行や百姓一揆など、世間は騒然として景気がどさかのぼん底であった頃、京都・西陣で産声をあげたことに遡る。その200年近くの歴史は、世の中の動きに合わせて正しい方向に変わり続けたことによって築き上げたものでもある。化学系専門商社でありながら製造、研究開発機能を有するという長瀬産業の創業精神や強みについて、取締役相談役の長瀬洋氏に、これまでの歩みを振り返りながら語っていただいた。取材・構成：池口祥司写真提供：長瀬産業1900年にフランスへ総代理店契約の締結を実現長瀬産業は樹脂原料・添加剤、機能性ポリマー、プラスチック製品、電子材料、機能性食品素材、医薬原料・中間体等々を扱っており、「何をしているのか」という問いにひと言でお答えするのは簡単ではありませんが、「化学系専門商社」といえば、ある程度イメージしていただけるかもしれません。とはいえ、最初から今のように様々な事業を展開していたわけではなく、1832（天保3）年創業当時は京都・西陣で染料などの卸売問屋としてスタートしました。その後の歩みについては、年表（P8）をご覧いただければと思います。特に明治期の事業には私の祖父である長瀬徳太郎もかかわっています。私がまだ小さかった頃、隣に住んでいた徳太郎から子守唄代わりに聞かされた冒険談の内容も交えながらその一端をお伝えしたいと思います。1900（明治33）年、初代の長瀬代目の伝三郎が実弟（伝次郎）をフランスに送り、その後、リヨンに出張所を開設。それからしばらくして、伝三郎の2人の娘と後に結婚することになる徳太6［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 07
![Page 07の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000007.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集経営の原点に返る郎と千尋を、合成染料の総代理店契約締結を実現させるために相次いで渡仏させます。その際、交渉相手のスイスのバー※ゼル化学工業社（以下、チバ社）のマネージャーとの会話でフランス語がわからなくて苦労したとか、第一次世界大戦中に自身の結婚式のための帰国ついでにアメリカを視察しようとイギリスの客船ルシタニア号に乗船したところ、ドイツのUボート（潜水艦）に見つかり、沈没させられる寸前、船長の機転で九死に一生を得た等々、徳太郎は風変わりな冒険談を何度も私に聞かせてくれたものでした。なお、ルシタニア号は徳太郎をアメリカに降ろした後の1915（大正4）年5月7日、再びUボートに発見され沈没させられ、1000人以上が命を落としました。そのような大変な経験をしながらの苦労は報われ、見事、チバ社との総代理店契約締結に成功します。それを機に、日本国内向けの合成染料のビジネスが一気に伸長し、会社もだんだんと大きくなっていきました。チャレンジの歴史正しい方向に変わり続けるここまでの話と今のビジネス、会社のカルチャーにつながる要素を1つ抽出すると、それは「新しいことにチャレンジする精神」です。年表にある通り、1900（明治33）年にはチバ社と合成染料の取引を開始、1923（大正12）年にはアメリカのイーストマン・コダック社とフィルムの取引を開始、1930（昭和5）年にはアメリカのユニオンカーバイド社と総代理店契約を締結、1968（昭和43）年にはGEプラスチックス社と総代理店契約を締結するなど、その時代に求められているものを見極め、事業領域を広げながら今日に至っています。しかし、当時の取引相手で今日その社名、あるいは事業がそのまま残っている企業はほとんどありません。たとえば、徳太郎が忍耐強く交渉したチバ社は、現在ではBASFに買収されました。また、イーストマン・コダック社は、デジタル技術の登場によりフィルム事業が衰退し、その後、破産申請しました。ユニオンカーバイド社はダウ・ケミカルの一部となり、GEプラスチックス社（サウジ基礎産業公社）に売却されています。取引先の事業の変化は、世の中の求めていることが変化していることを意味しています。商社である私たちもそれに合わせて変化していく必要があるでしょう。NAGASEの歴史はチャレンジの歴史でもあります。そしてこれからも存続するためには、そのチャレンジ精神を発揮し続けなければならないのです。ただ、変化すれば何でもいいわけではなく、正しい方向に変わり続けなければなりません。では正しさとは何なのかといえば、当社にとって正しさの軸となるのが、グループの経営理念である社会の構成員たることを自覚し、誠実に正道を歩む活動により、社会が求める製品とサービスを提供し、会社の発展を通じて、社員の福祉の向上と社会への貢献に努める」になります。少し前になりますが、あるアジアの国ではいわゆる「袖の下」が慣習として存在しており、事業を拡大させる早道と考えられていた時代がありました。それでも、当時の現地の社員が次のように言ってくれたことは、本当にうれしくて感動したのを覚えています。「袖の下を使えば、商売はもっと伸びると思います。でも、うちの会社は誠実正道を理念に掲げているのでそれはやらないようにしています」もちろん、損をしていいというわけではありません。でも、道に外れたことはしてはいけないという理念が国内だけでなく、海外にも根づいているのは、当社らしいことだと誇らしく思っています。メーカーの顔も持つ商社グループで協力し合う風土に取引先の方々から「NAGASEの人はおとなしい人が多くて、あまりガツガツ来ないね」とよく言われることがあります。「おとなしいだけ」だと、私としては心配なのですが、その続きとして「でも、やってほしいと思っていることを、伝える前に提案してくれるのはありがたい」とも言ってくださる方がたくさんいらっしゃいました。どうしてそういうふうに言っていただけるのかを考えたところ、誠実正道の実践以外にもう1つ理由が思い浮かびました。それは、たとえば、当社が化学系専門商社としてビジネスをしていますので、今業界でどのようなことが求められているかについて、各組織が情報交換し、研究して、お客様に付加価値を提供できるよう努めてい［実践］理念経営Labo2025AUTUMN7

## Page 08
![Page 08の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000008.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

NAGASEグループの歴史1832（天保3）年長瀬伝兵衛が「鱗形屋」を創業1878（明治11）年長瀬伝三郎が第4代目店主に就任1900（明治33）年長瀬伝三郎が伝次郎をフランスへ送るチバ社との直接取引開始1901（明治34）年リヨン出張所を開設1904（明治37）年京都に染料試験室を設立1910（明治43）年長瀬伝三郎が娘婿の徳太郎をフランスへ送る1913（大正2）年ロンドン出張所開設1915（大正4）年ニューヨーク出張所開設1917（大正6）年株式会社「長瀬商店」の設立1923（大正12）年イーストマン・コダック社との取引開始（1960年に総代理店契約締結）1930（昭和5）年ユニオンカーバイド社（UCC）と総代理店契約締結ABセパレータ社との総代理店契約締結1938（昭和13）年帝国化学産業設立（医薬分野）1939（昭和14）年染色糊抜用酵素剤を生産開始1943（昭和18）年長瀬産業株式会社へ社名変更1968（昭和43）年GEプラスチックス社との総代理店契約締結1986（昭和61）年コダック関連事業をコダックに売却合意1989（平成元）年長瀬科学技術振興財団発足1990（平成2）年研究開発センター発足2000（平成12）年GEプラスチックス社との日本国内代理店権終了チバ社から長瀬チバを買収2001（平成13）年ナガセケムテックスを含む4社の製造子会社が合併し、新生ナガセケムテックスが発足UCCとダウ・ケミカル社が合併2007（平成19）年GEプラスチックス社がSABIC社に買収される2009（平成21）年チバ社がBASFに買収される2012（平成24）年林原（現ナガセヴィータ）を買収イーストマン・コダック社が破産申請2019（令和元）年PrinovaGroupLLCを買収るからです。また、長瀬産業に研究開発機能があるほか、国内外グループ企業には化学品や食品素材の製造機能もあり、メーカーの皆さんが困っていること、求めていることを自分たちも経験して知っていることも大きいように思います。実は恥ずかしながら、高度経済成長期の頃は各部署を競わせる方針をとっていたこともあり、一緒に売上を上げるというよりも、自分たちの部署だけで売上を上げるという風潮8［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 09
![Page 09の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000009.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集経営の原点に返るが社内で広まっていました。その頃、私は現場の責任者をしていましたので、「協力して売上が上がったときは、両方の部門にポイントがつくように考えるから、情報共有しながらやってほしい」と伝えたところ、渋々ながら協力してくれるようになりました。それでも、協力してうまくいくと、やはりうれしいんですね。一緒に取り組んで、一緒に喜びを分かち合うことの素晴らしさを知ってからは、よく協力するようになってくれました。最近の例を挙げると、この8月に当社も有志連合に加入している、東北大学内にある3GeV高輝度放射光施設「NanoTerasu」（ナノテラス）を訪れたときのことでした。そこではグループ内の企業の社員たちが組織の垣根なく協力して一緒に研究をしていたのです。グループ企業の中にはもともと独立独歩で事業を展開していた会社もありますから、最初からNAGASEの理念が浸透していたわけではありません。しかし、グループに加わった後は、研究者同士、新しいことにチャレンジするのが面白いからなのか、お互いに刺激し合えるからなのか、理由は1つではないかもしれませんが、とにかく協働するカルチャーを醸成してくれていることに感謝しています。停滞・衰退を避けるには失敗を恐れずに挑戦するもちろん、グループ企業、組織間で協力し合って活動したとしても、すべてがうまくいくわけではありません。私が社長をやっていた頃も失敗をたくさん経験しました。たとえば、あるとき、台湾から輸入したDVDレコーダーが売れに売れたことがあります。しかし、製品から煙が出たことで状況は一変します。すぐに通商産業省（現・経済産業省）に報告、お詫び広告を出し、製品の回収を行ないました。問題の本質は、メーカーの意識を持って活動していなかったことにあります。その点は大いに反省すべきところで、メーカーであるなら設計管理、製造工程管理、品質管理の３つが当たり前にもかかわらず、私たちは商社的な発想のみで考えてしまっていたのです。この件については購入してくださったお客様をはじめとして、多くの方にご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳なく思っています。ただ当時、「慣れないBtoCのビジネスは金輪際するべきではない」と話す社員に対して、私は大反対しました。「今回はメーカーの立場であることを認識していなかったのがいけなかった。次やるときはその点をしっかりと考慮して、必要な機能を準備すればいいのであって、新しいことにチャレンジするのをやめないでほしい」と伝えました。「企業寿命30年説」という言葉が昔からあるように、同じ仕事ばかりをしていると、組織も企業も必ず停滞・衰退します。それを避けるには、新しいことに取り組むしかないのです。徳太郎の語る冒険談の一つに、日本のある経営者の方とヨーロッパでお会いした際、「長瀬さん、商社は商売だけやっていてはダメだよ。モノづくりをやらないとダメだ」と言われたというエピソードがあります。徳太郎はその言葉が頭にあったのか、その後、商社でありながら、複数のモノづくりの会社を創業しました。以後、統合して現在はナガセケムテックスという会社として存続しており、グループの中核を担うメーカーとして使命を全うしてくれています。創業当初からあった「挑戦する風土」は、現代にも引き継がれていまして、私が入社した頃も先輩から「本当にやりたいことがあるなら、提案すればやらせてもらえるから」とよく言われたものです。それは今も同じで、わりと皆さん、よい意味で熱意を持って好き勝手に活動しているのではないでしょうか。挑戦にまつわるエピソードをご紹介すると、あるアイデアマンが、建材向けの画期的な材料開発に成功したことから、施工まで行なう事業にチャレンジしたことがあります。しかし、1つの商材だけで施工まで行なうことは困難で、この材料は建材メーカーさんに引き取ってもらうことになったのですが、こういうこともやってみないとわからないものです。ですから、社員の提案に対し、「これはやってはいけない」と制限するべきではないと私は思っています。これからも失敗を恐れずに、そして社員みんなで協力し合って仕事をすることができれば、メインの事業は変化するかもしれませんが、正しい道を歩むというNAGASEの理念はずっと続いていくのではないかと考えています。※バーゼル化学工業社（SocietyofChemicalIndustryinBasle）：略称チバ社またはシバ社（Ciba）。1945（昭和20）年にこれが正式な社名となったL［実践］理念経営Labo2025AUTUMN9

## Page 10
![Page 10の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000010.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Interview1000億円規模の「ひかるブラック企業」にテンポス流「ビジネスサイエンス」で実現株式会社テンポスホールディングス代表取締役社長森下篤史もりした・あつし＊1947年、静岡県生まれ。静岡大学卒業後、東京電気（現・東芝テック）に入社。’83年、食器洗浄機メーカー共同精工設立。本業のかたわら、英会話学校の運営、傘にフィルムをかぶせる機械の開発、回転寿司店等6つの事業に次々と手を出して失敗。それでも「挑戦を繰り返せば、いつか芽が出る」の信念を曲げず、’97年に中古厨房機器販売のテンポスバスターズを設立。2002年、ジャスダック上場。’17年に持株会社体制に移行しテンポスホールディングスに商号変更。株式会社テンポスホールディングス本社：東京都大田区／創業：1997年／事業内容：中古厨房機器販売、飲食店経営、飲食店経営支援中古厨房機器販売、飲食店経営、飲食店経営支援を主な事業として行うテンポスホールディングスは、1997年に年近くが経った。ドラフト制度、役職者立候補制度、社長の椅子争奪戦など、ユニークな人事制度を整えながら、ジャスダック上場を果たし、M&Aを積み重ねるなか、目標としている売上1000億円が現実性を帯びてきている。創業社長である森下篤史氏に、創業からの来し方を振り返っていただいた。取材・構成：會田広宣写真提供：テンポスホールディングス日本の役に立ちたい社員をとにかく鍛え抜く――1997年の創業から30年近くが経ちます。振り返ってみていかがでしょうか。今期、M&Aをした会社の売上も入れると、グループ全体で600億円を超える見込みだ。会社が小さいときは、ビジネスオリンピックのようなものがあるなら金メダルを取りたいと思い、トップグループに近づくために上場しようと考えていた。上億とか200億円に達するまでは、トップをとりたい気持ちが原動力になっていたんだ。商売の規模が大きくなるにつれ、どう役に立つかを考えながらビジネスを広げようと思うようになった。最初のうちは、潰れた飲食店から引き揚げた厨房機器を売っていて、どんどん飲食店が潰れて引き揚げるものがたくさんあって売れればいいなと。ただ規模が大きくなると、潰れてばかりでいいのかよ、という気になって、飲食店が潰れないように役立てないかと考えるようになった。こうして、「飲食店のサポート」という事業領域に踏み込んでいったんだ。売上目標が1000億円規模になると飲食店の役に立つのは当然のこ10［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 11
![Page 11の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000011.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集経営の原点に返ると、次第に日本の役に立ちたいと考えるようになった。日本人とは一体何だろうとわれわれのアイデンティティを知ることや、日本の偉人について勉強することで、俺は日本人なんだって誇りを持つことができる、そんなことが日本の役に立つことじゃないか、1000億円に向かう企業として、もっと日本を愛することを訴えることも大事だと考えた。今、パート・アルバイトを含めて従人を超え、彼らには日本に生まれてよかったとか、日本人として海外に行ったときに誇りを持てるよう日本について勉強しよう、と伝えている。日本国民にこういう生き方をしようと伝える前に、自社の社員から教え込んでいくわけだ。またテンポスの経営を、ビジネス界のモデルケースにしなければいけないと思う。それには社員を鍛え抜くことが大切だ。鍛え抜くと辞める人も出てくる。辞める人が出ても鍛え抜く。それで1000億とか2000億円規模で国際的に戦って生き抜ける会社にしていこうと思う。鍛え抜いた社員に対しては、「115作戦」と言って、1000人に、10年間で、5000万円の資産を持たせようという作戦を練っている。ひど酷いブラック企業だ、社員をいじめ抜いてる、世間からそう言われたら受けて立つ。だけど先駆けて資産を持たせようとか、給料を上げようとか、休日を増やしていこうとか、こういうことをやろうとしてるのは本当にブラック企業ですか、よく考えてほしいと言いたいね。テンポスは「ひかるブラック企業」なんだ。「ひかるブラック企業」の商標登録を取って、キャッチフレーズとして会社案内にも載せている。社員にやさしいとか、個性を大事にするとかいっても、工場は閉鎖します、希望退職を募りますなどといったらリストラと同じだよ。立派なこと言ったってそれじゃ駄目なんだよ。――社員に対する基本的な考え方は、どんなものでしょうか。甲子園を目指すような学校の野球部に入ったら、「日曜日や雨の日でも練習するんですか」という質問はナンセンスだ。逆に、町内会の野球チームに甲子園を目指すような人が入って、日曜日の夕方、練習が終わってビールを飲もうというときに、今からトレーニングやろうとか言う、こんなのもナンセンスだ。だから、テンポスでは甲子園を目指す人には、「激流コース」を設けている。一方で仕事が終わったら家へ帰って菊に水でもやりながら幸せきくみずを感じる「菊水コース」も設けてある。従業員が4300人もいるとわかるけど、甲子園を目指そうなんて人割かよくて2割でね、8～9割は菊水コースだよ。だから社員に、どっちの生き方でいきたいか選ばせる。会社を辞めた人が戻ってきたいというなら大歓迎だ。なかには3回辞めて戻ってきた人がいるよ。社員は自分の意思で動いている。それを応援するのが会社の役割だ。甲子園を目指すというなら死ぬ気でトレーニングさせる。菊水なら菊水でいい。強制するわけじゃない。逆に、勤勉に一生懸命働かなきゃいけないというのは強制する。それから、食えるようにならないうちから「利他の心」って言う、そんなきれいごと最初から言っちゃいけないんだ。自分の生活、家族が第一で、「利他」はそれができるようになったときに考えるものだ。自分の家族が食えるようになったら、困っている人を助ければいい。一方で親や家族を大事にすることは強制させる。新卒募集のとき、初めて給料をもらったら親の前で正座して、給料袋を渡して床に頭をこすりつけて、「やっと自分で食えるようになりました。これから恩返しさせてもらいます」と、そういう儀式をやれる人でない限り、会社に入っちゃいけないと説明するんだ。社長でも新幹線は自由席費用対効果を重視する――利益やコストに関してシビアに見ています。まず、いい会社はちゃんと儲けてなきゃいけない。儲けというのは血液だ。だから会社が儲かって初めていろいろな手が打てる。テンポスでは費用対効果を重視する。車で東京から大宮に行くのに高速道路を使っちゃ駄目だ。普段から時間効率なんて考えもしないくせに高速に乗るんじゃないと。新幹線は、社長の俺でも自由席だよ。タクシーは全社員、使ってはいけない。トイレの電気はつけてはいけない。俺が入ってトイレの電気がついていたら、「誰だ、電気つけたやつは！」と言って追及する。クーラーも32℃以下ではつけない。蛍光灯も半分は最初から外しているよ。これぐらいコスト管理は厳しい。創業後、6年くらいはやたら儲かったんだ。儲けすぎちゃいけない、だけど儲けなきゃいけないという意味で「儲けるな儲けろ」と言っていた。ところが会社の規模が大きくなると簡単には儲からない。［実践］理念経営Labo2025AUTUMN11

## Page 12
![Page 12の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000012.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

だから今は、儲けなくちゃいけない、でも儲けすぎちゃいけない、という意味で「儲けろ儲けるな」と逆に言っている。評価についてもシビアに見ているよ。激流コースでがんがん成果を上げれば、20代でも責任者になれる。年功序列なんて考え方はないし、仕事に見合った給料を払うよう心がけそんたくている。忖度もない文字通りの実質主義なんだ。また「人間性」という物差しをボーナスの査定に取り入れている。会社で決められたボーナスの10％を拠出して、グループ内で議論をして分け合うんだ。「あんた部長にいいことばっかり言って仕事さぼっているから失点」なんて、会社からの評価と異なる意見が出てくる。拠出分は、対人関係の中でいい影響を与えている人に厚めに配分される。多くの社員は、働きやすい職場で働きたいんだよ。労働環境もさることながら、人間関係というのは大事なんだ。――創業の苦労とか、失敗とか、どんなことがありましたか。創業前、脱サラして業務用食器洗浄機メーカーを立ち上げたが、新規事業に手を出して6つくらい失敗している。メーカーになって創業当初に失敗したことは、完成度が低い機械を売るから、使う人たちがガス中毒で意識不明になり、救急車で病院に運ばれたことだな。それから、大きな工場に入れた機械の不具合で工場の中を水浸しにしたこともある。新しい試みはたいていが失敗する。ただ、挑戦を繰り返していれば芽が出ることもある。ベンチャーはリスクを伴うことに手を出す必要があるんだ。創業のときはえらい目にあったが、今はえらい目にあってもお客さんが意識不明になるわけじゃないし、工場が水浸しになるわけじゃない。えらい目にあってもたかが知れてる。お役に立てることに挑戦する、ポリシーや理念と呼べるようなものは、創業時から変わってないね。日本人に志がなくなっている新卒の7割が外国人に――企業理念に「飲食店の5年後の生存率を上げることを目指す」とあります。開店して5年後に潰れずに残っている飲食店は45％というのが現状だ。飲食店は参入障壁が低いから、ある程度大雑把にスタートできる。親類からお金を借りてスタートする場合も多く、真剣味が足りない。なんとかいけるだろうと甘く見ているからうまくいかない。それをサポートして、5年後の生存率を90％にまで上げたいんだ。新店オープンするお客さんが大体毎月2000人いるんだよ。オープンふた月くらい前にA1サイズの大きさのポスターを無料でつくってあげるのだが、それを使おうとする人が100人にも満たない。あなたの会社のためになることだからといくら言ってもやらない人がほとんどだ。この飲食店の開業や経営をサポートする取り組みを「Dr.テンポス」と呼んでいる。損得でやるわけでなく、人助け的な利益の還元なんだ。テンポスは、「ビジネスサイエンティスト」を目指している。野口英世は黄熱病の研究で死んだ。言ってみりゃ、命をかけて人類のためにやっていたんだ。科学者っていうのは己の損得は関係ない。俺らはビジネス上で、その科学者の心構えでいこうと考えた。だから人の役に立つことを追求する。テンポスのノウハウは閉じ込めてはいけない。ノウハウを公開して、それを真似されたら真似されていい。だから皆さん真似しなさいよと言っているんだ。――社員にはどういう人になってほしいですか。ユニークな人事制度がたくさんありますがその意図は何でしょうか。まず社員は、その企業に残れる人間になるように自己啓発をしないといけない。社員にどんな人間になってほしいというよりも、「お前、何のプロになりたいと思ってやっている？」と聞くんだ。そして、「5年後、給料をどれぐらいもらいたいと思っている？」と。何のプロでどれぐらい給料をもらいたいかで、これからの毎日の仕事っぷりを自分で決めろと話すんだ。生活基盤をちゃんと築きながら、そのうえで親に感謝して、ご先祖のお墓参りをして家族を大事にする、テンポスの人財はこういう人でなくちゃいけない。実は、今年に新卒採用した75人割ほどが外国人なんだよ。その多くが東南アジアから来た人だ。外国人を今年から採用するようにしたら、前向きな意欲や取り組み姿勢で選ぶと大半が外国人になったのが現実だよ。日本人に志がなくなっているわけだ。社会を動かしている大部分が、この30年間、停滞している日本の中で育ってきた、挑戦する気持ちが少ない世代ばかり。挑戦する気概が少ない親に育てられた子が就職面接を受けに来てるわけ。我慢してやり抜くという基準で選ぶと外国人に負けちゃう。家族を12［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 13
![Page 13の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000013.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集経営の原点に返る呼び寄せたいとか、国の父母にお金を送りたいとか、給料を上げるにはどういう働きをしたらいいのだろうとか、意気込みが違うんだよ。日本人にはないよね。ドラフト制度とか役職者立候補制度、社長の椅子争奪戦といった初期に取り入れた人事制度は今も継続している。「ステーキのあさくま（グループ会社が運営する）」の社長は、4年前に社長の椅子争奪戦で決めた。テンポスの人事制度は、自分で自分の人生を切りひらくための制度だよ。人生は自分が決めてるんだから、人のせいにするんじゃないよって思う。日本語学校をつくって3000人の外国人を送り込む――「ビジネスサイエンティスト」「Dr.テンポス」など、命名がユニークですね。俺はビジネスをするうえで法則性を発見・発明するのが得意で、その法則からキーワードを見出して命名するのが好きなんだ。最近、傑作だなと思ったのは、「カンタレス経営」。「ステーキのあさくま」で発見して命名された法則だよ。カウンターがお客さんと売り手を分けている。だからお客さんとスタッフの境界線をなくし、カウンターレスで経営しましょうという意味だ。たとえば、店の駐車場の植木の手入れを庭仕事が好きなお客さんにやってもらう。すると自分の庭みたいに思えるんだな。それから料理好きなお客さんに家で料理を試してもらい、月に1回10人ほど集めて料理を披露してもらって試食をする。よさそうなメニューを10店舗ぐらい人事制度あれこれ●フリーエージェント（FA）制度（勤務地・職種は自分で選ぶ）「この仕事にチャレンジしたい」と思ったときに希望する部署や店舗への異動を自分の意志で決めることができる●ドラフト制度（一緒に働きたい人を選ぶ）部署や店舗の責任者が他の部署のスタッフをスカウトすることができる●役職者立候補制度新部署・新店舗の立ち上げ時は新規役職者を社内で募集する。「テンポス道場」という社内研修を卒業していれば、年齢・国籍・経験・性別に関係なく立候補することができる●パート店長制度パート社員であっても、意欲と能力次第で店長に挑戦できる。大きな権限と責任が発生するが、パート社員の勤務形態に合わせて組織的にサポートする●社長の椅子争奪戦立候補制度の最たる制度。4年に一度、社長の座を狙う競争を行い、社長を決める。社内でも競争できる風土をつくりお互いを高め合うで実験してみて、よかったら定番にしていく。すると商品開発を顧客がやることになるんだよ。「カウンターレスな経営」で「カンタレス経営」。検索するとそんな造語がSNSにあがっているんだよ。面白いよな。――今後の抱負についてお聞かせください。3年前の売上が310億、2年前が370億で1年前が480億円、今年が650億円くらいの見込みだ。だから、あと2～3年で売上1000億円を実現したい。創業当初は、具体策は何もなく、訳がわからないうちにただ突っ走るところから始まった。今は、組織や人財、資金などが整ってきて、打つ手がはっきり見えるようになってきた。だからこれから加速度がついてくると思うんだ。戦前の●若手の抜擢制度テンポスは意欲のある若手社員を抜擢していく●産休・育児休暇取り放題制度育児休暇に期限なし。復帰時は休暇前のポジション・同じ待遇から働ける●転勤自由制度夫や妻の転勤先にグループ会社の店舗がある地域であればその店を希望して転勤できる●バツイチクラブ（退職者の出戻り歓迎）一度辞めた人でも再入社の意志を示せば、いつでも戻ってくることができる。部長・マネージャーとして復職し活躍する人も●定年制廃止意欲と能力のある人財であれば60歳以上の高齢者にも働く場を提供するため2005年に廃止●パラダイス社員制度シニア社員は感謝される人財。勤続10年以上で60歳以上の正社員は最低限の成績をクリアしていれば時短勤務、もしくは週休3日勤務を選択できる子供が「陸軍大将になる」と言っていたように、目標とか抱負は公言することが大切だと思う。公言することで、自分に刷り込んでいくんじゃないのかな。これから成長を見込めるのは、海外だ。飲食であれ厨房機器リサイクルであれ、人材派遣であれネット通販であれ、成長の場は海外なんだ。1000億円の売上目標を達成するために、昨年はミャンマーに日本語学校をつくった。今年はそれをもう5カ所ほどつくろうと考えている。来年は、10カ所ほどつくって、3年後には3000人の外国人を働き手としてテンポスに送り込めるような体制をつくるんだ。1000億円の売上規模だと、それぐらいのスピード感がないといけないだろうな。L［実践］理念経営Labo2025AUTUMN13

## Page 14
![Page 14の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000014.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Interviewアルギン酸で「ベスト・イン・ザ・ワールド」へ国内シェア9割超！嘘やごまかしを許さないものづくり株式会社キミカ代表取締役社長笠原文善かさはら・ふみよし＊1956年、千葉県生まれ。’79年東京理科大学工学部卒業。’81年早稲田大学大学院を修了後、持田製薬に入社。退職後、’84年に君津化学工業（現キミカ）へ入社。2001年に同社代表取締役社長に就任。その他、東京理科大学理事、日本発明振興協会理事長、千葉県発明協会会長、東京商工会議所中小企業委員会委員を務める。学位は博士（薬学）。株式会社キミカ本社：東京都中央区／創業：1941年／事業内容：アルギン酸、キトサンなどのマリンバイオポリマーならびにその応用製品の製造販売食品、医薬品、化粧品、繊維加工など幅広い分野で活用され、人々の健康と豊かな暮らしに欠かせない素材となっている「アルギン酸」は、コンブやワカメ等の海藻の主成分ともいえる天然の食物繊維だ。そのアルギン酸の工業的生産に日本で初めて成功し、以来、専業メーカーとして国内シェア90％超を誇るキミカだが、代表取締役社長の笠原文善氏によると、創業者である父亡き後、アルギン酸の可能性に限界を感じ、事業転換を考えた過去があったという。窮地において支えとなった創業精神とは？取材・構成：平林謙治写真提供：キミカ国の役に立ちたいアルギン酸の道をひらく「アルギン酸っていい仕事だな」──かつて、ある経営者の大先輩がおっしゃいました。来し方を振り返ると、私自身もその言葉にあらためて深く頷うなずかずにはいられません。われわれキミカは国内唯一のアルギン酸メーカー。創業以来80余年、アルギン酸の製造・販売一筋に今日まで歩んでこられたのですから。アルギン酸とは何か、ご存じですか。見たことも聞いたこともないという人も、実は毎日必ずと言っていいほどその恩恵にあずかっています。たとえば、市販のパンの柔らかな食感が長持ちするのも、手軽な即席麺でモチモチした歯ごたえが楽しめるのも、あるいはペースト状の歯磨き剤が口をゆすぐだけでサッと流せるのも、すべてそれらに配合されているアルギン酸のなせるわざ。他にも、ビールの泡持ちをよくしたり、歯科医療で歯形をとる材料に使われたり、アルギン酸は食品や医薬品、化粧品、繊維染色、鉄鋼など幅広い分野で重宝されています。用途を聞くと、いわゆる「合成化学物質」を連想しがちですが、そうではありません。アルギン酸の原料14［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 15
![Page 15の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000015.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集経営の原点に返るは「海藻」。あのネバネバのもとになっている天然の食物繊維で、海藻からしか抽出できない、まさに海の恵みなのです。そのアルギン酸の工業的製法をまったく独自に考案し確立したのが、当社創業者である私の父、笠原文雄でした。1938年に出征先の中国大陸で病に倒れた父は、帰国を余儀なくされ、東京湾に面した千葉県君津の療養所に送られました。そこで海岸に大量の海藻が流れ着き、未利用のまま朽ち果てていくのを見て、なんとか資源として有効活用できないかと考えたのが当社創業の原点です。当時は日米開戦前夜。連合国側の経済封鎖で物資の輸入が途絶え、国内の産業は困窮を極めていました。心なじくじらずも戦地を離れたことに忸怩たる思いを抱えていた父は、1941年に27歳で「君津化学研究所」（現キミカ）を立ち上げます。自分もアルギン酸でお国の役に立ちたい。その一心からの船出でした。「海の恵み」漂着海藻の活用でSDGsにも貢献もともと海藻や化学の専門家だったわけではありません。父は長野県の出身で、実家の「笠原工業」では明治時代から代々製糸業を営んでいました。海なし県だからか、信州の人は往々にして海への憧れや興味が創業者・笠原文雄氏強いんですよ。さして珍しくもない海藻に目をつけた父も、例外ではなかったということでしょう。三男だった父は理工系の大学を志望するも、当時の審査項目だった色覚に異常があったために入学を断念し、東京商科大学（現・一橋大学）へ進みました。本当は飛行機の設計がやりたかったそうです。とにかく実験が好きで、何でも自分でやる、やってみないと気がすまないという性分でしたね。私が子供の頃は自宅が研究室だったので、当時の父の記憶といえば、一日中実験を繰り返している姿しかありません。そんな試行錯誤の末に、唯一無二の手法でアルギン酸の工業化を成し遂げた父は、戦後も独学で品質向上と用途開発に努め、当社発展の礎を築きました。海外では、アルギン酸の原料を調達するのに「生きた海藻」を刈り取って使うのが普通ですが、当社は一貫して、自然に海岸に打ち上げられた漂着海藻のみを利用しています。創業の地である千葉の海は埋め立てで環境が悪化したため、1980年代には調達の拠点を南米チリへ。現地の漁民に海藻の収集を依頼し、直接買い取り続けることで、地域の生活水準向上にも微力を尽くしてきました。近年は、こうした取り組みがサステナブルなビジネスモデルとして評価され、業績だけでなく、SDGsへの貢献という面からも当社の企業価値を高めています。SDGsなど知らない泉下の父もさぞ喜んでいることでしょう。しかし、決して順境ばかりだったわけではありません。むしろ山あり谷あり。特に父が1984年に急逝し、それを受けて私が前職の製薬会社から移ってきた頃の状況は極めて深刻でした。当時は、エルニーニョ（赤道付近の太平洋の海面水温が上昇する現象）の影響で海藻の調達が不安定になったほか、大口の取引を失ったり、排水処理の問題で設備導入に多額の負担を強いられたりと、いくつもの困難が重なったのです。極めつけは、中国産の安価なアルギン酸の台頭でした。品質こそ劣るものの、当社の3分の1の価格で売られては到底太刀打ちできませんからね。自分で立ち上げた仕事は真似されず、応用が利く社内の雰囲気も悪くなる一方でした。「アルギン酸なんてもうダメだ」「あきらめて商売替えしたほうがいい」──父の後を継ぐために入社した私の耳に、そんな声が当たり前のように入ってきたのです。私も別の事業やサイドビジネスなどあらゆる可能性を模索しましたが、どれもうまくいかない。いよいよ進退きわまった時、ある人が当社を訪ねてきました。父の従兄弟の笠原良平さんです。良平さんは、先述した本家の「笠原工業」の6代目社長。長く製糸業1本だった同社に合成樹脂や電子部品などの新規事業を起こし、経営多角化を進めた名経営者でした。ですから、てっきりうちの事業転換も後押ししてもらえると思ったら意外や意外、製造現場を見た良平さんは開口一番、私に冒頭の言葉をかけたのです。そう、「アルギン酸っていい仕事だな」と。なぜ「いい仕事」なのか。当社に［実践］理念経営Labo2025AUTUMN15

## Page 16
![Page 16の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000016.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

「アルギン酸」を使った商品の一例。今や私たちの生活に欠かせないものとなっているとってアルギン酸は誰に教わったものでもない、自分たちで考えて、自分たちが立ち上げた仕事です。創業の原点に何よりも強く刻まれているのは、「自分でやる」という父の信念。アルギン酸の工業化はその賜物にほかなりません。良平さんは「自分でやってきた仕事だからこそ人に真似されないし、応用や展開も利く。人から教わった仕事は教わった通りにしかできず、時代とともに環境が変わると対応できない」と説きました。そして、ズバリとこう付け加えたのです。「こんなにいい仕事を残してもらったのに、なぜもうからないのか。それはやり方が悪いからだ」その言葉で、私の迷いの霧も晴れました。うちのアルギン酸は誰も真似できない「いい仕事」なのだから、とにかく脇目も振らずこの道一筋に全力投球しよう。やるからには、アルギン酸をとことん究め尽くそう。そうすれば、小さくてもきらりと光る企業、世界で唯一無二の「なくてはならない企業」になれると思い至ったのです。その決意をひと言で表したのが「ベスト・イン・ザ・ワールド」──当社のスローガンです。創業60周年に私が社長に就任した際、キミカへの社名変更とともに、第二創業の旗印としてこれを掲げました。窮地にあっても誠実に創業以前から続く教えなぜ「トップ」ではなく、「ベスト」なのか。トップを目指すというのは規模の勝負であり、当社がそこで戦ってもまず勝ち目はありません。というのも、アルギン酸には用途に応じたグレードがあり、ボリュームゾーンは繊維や鉄鋼に使う工業用製品などグレードの低いところにあるのです。そこはドッグファイトさながらの苛酷な価格競争の世界。巻き込まれたらひとたまりもないでしょう。なにしろ競合相手は、生きた海藻を大型船で根こそぎ刈り取っていくようなアメリカや中国の巨大企業ですからね。しかし彼らは、つくるのが難しく、スケールメリットを活かせない製品には手を広げない。当社はそこに活路を見出しました。他社がやらないもの、できないもの、すなわちファイングレードの製品に特化し、集中することで、世界市場へ打って出たのです。規模では劣っても、品質や対応力、安定供給体制なら他の追随を許さない。アルギン酸にかけては「世界で一番優れた会社」を目指す「ベスト・イン・ザ・ワールド」の戦略が当社を危機から救い、成長軌道へ導いたことは疑いをいれません。もちろん「他社ができないことをやる」のは茨の道です。しかし、やると掲げた以上はやらなければいけない。「ベスト」を掲げた以上は、一番優れた会社にならなければいけない。私がひるまずにそれを掲げるのは、当社には「約束を守る」真摯な姿勢と「嘘やごまかしを許さない」強い意思が脈々と受け継がれている、という確信があるからです。父・文雄がよく話していました。長野の笠原工業は製糸業が軌道に乗るまでに倒産したことがあり、非常に苦労したのだと。しかし、“隠し財産”などは一切残さず、文字通り一文無しの素っ裸になった。正直に、誠意を尽くして、返せるものはすべて返した。その結果、「笠原は窮地に追い込まれても嘘やごまかしをしない」とむしろ株が上がり、再起する際には銀行などがすすんで支援してくれたというのです。こうした経緯から、私たちは「約束を守る」こと、「嘘やごまかしを許さない」ことを肝に銘じてきました。創業以前から続く、まさに“一丁目一番地”の理念として。「キミカスピリット」で指針を明文化1991年にアメリカの大手競合からOEM（相手先ブランド）供給の注文を受けた時も、供給量は当時の16［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 17
![Page 17の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000017.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集経営の原点に返る生産能力の10倍超で価格は国内相場以下という無理難題でありながら、むしろ成長の機会ととらえてやり遂げました。約束を守ることに自信とプライドを持てなければ、「背伸びをしてチャレンジする」という決断もできなかったでしょう。「約束を守る」「嘘やごまかしを許さない」「背伸びをしてチャレンジする」──こうしたキミカとキミカ社員に求められるマインドを、現在は「キミカスピリット10の約束」という形にまとめて明文化しています。ひと昔前なら、どれも暗黙のルールとして、組織特有の風土や職場の上下関係の中で揉まれながら覚えるのが普通でしたが、やはり人材育成のあり方も時代の変化に対応していかなければなりません。特に若い世代は曖昧さや画一的な押しつけを嫌いますからね。この「キミカスピリット」を策定したのも「働き方改革」の議論がきっかけでした。強制はしないけれど、何が大切かを明確に示し、社内で共有しておきたいというのが一番の狙いです。方向さえ間違えなければいい。あキミカスピリット10の約束1.自分を愛し、家族を愛し、仕事を愛する2.約束を守る3.嘘やごまかしを許さない4.相手を思いやり尊重する5.背伸びをしてチャレンジする6.お客様第一を貫く7.最速で実行し、最大の利益を生む8.「その場しのぎ」や「応急措置」ですませない9.安全はすべてに優先する10.自然の恵みに感謝するとはのびのびとやってもらえば、今の若い人は思った以上に結果を出しますよ。スポーツでもMLBをはじめ、世界で活躍するのが当たり前になりつつあるじゃないですか。ただ、忘れちゃいけないのは、大谷翔平選手の世代はイチローさんや松井秀喜さんらの姿に憧れて育ち、イチローさんたちの前にはあの野茂英雄さんが道をひらいたわけです。先輩が実際にやって見せて、範を示す。それが、後に続く人のモチベーションをどれだけ刺激することか。当社でも表彰制度などを通じて、ベテラン・中堅世代ならではの活躍ぶりを積極的にクローズアップするようにしています。よく「若手は褒めて伸ばす」と言いますが、良き先輩こそもっと褒められるべきでしょう。最先端、ハイグレード、医療分野への応用冒頭申し上げたように、アルギン酸はその用途を多様に広げ、今や人々の健康で豊かな暮らしづくりに欠かせない存在となっています。しかし、その生みの親、育ての親である私たちからすれば、アルギン酸の可能性はまだまだこんなものではありません。近年、当社が注力しているのは、最先端にして最もハイグレードな用途である医療分野への応用です。アルギン酸は水によく溶け、カルシウムイオンに触れるだけでゼリー状に固まる性質があるので、注射で直接体内に入れられる高純度の製品をつくれば医療に活かせるはずだと、20年前から研究を続けてきました。たとえば、軟骨がすり減った膝関節に注入すると骨と骨の間にゼリーのクッションができ、痛みを和らげるだけでなく、軟骨の再生を促す効果も期待できます。このレベルのアルギン酸は、当社にしかつくれません。だからこそ、この再生医療用の新製品が昨年ようやく上市された時、私は喜び以上に強く、覚悟と使命感を新たにしたのです。もっと圧倒的な「ベスト・イン・ザ・ワールド」にならなければいけないと。その思いは、晩年の父がしみじみと語った次の言葉とも重なる気がします。「俺は一生かけて、アルギン酸一つちゃんとできなかったな……」国内で初めてアルギン酸の工業化を成し遂げ、ゼロから当社を創業した大功労者でありながら、本人はそれに満足せず、遥か先を見すえていたということでしょう。「ちゃんとできなかった」は「もっとできた」の裏返し。それは、わが子にも等しいアルギン酸に、どれだけ真摯に向き合っていたかの証左でもあります。嘘やごまかしを許さない、約束を守るのが当社の当社たるゆえんですが、約束の相手は決してステークホルダーだけではない。何より自分たちで立ち上げたアルギン酸という仕事そのものに対して、嘘偽りなく、常に誠実であることが「ベスト・イン・ザ・ワールド」へ近づく道だと、父が今も教えてくれている気がしてなりません。L［実践］理念経営Labo2025AUTUMN17

## Page 18
![Page 18の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000018.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

刊行50th「日に新た」な挑戦で世界に誇れる板金屋に毎朝『指導者の条件』を心に刻み松下幸之助の教えを実践株式会社ミューテック35代表取締役谷口栄美子たにぐち・えみこ＊2007年創業者である父親の引退を機に、弟の松下憲明氏とともに事業を引き継ぐ。’15年自社ブランド「THEBLOSSO」を大手百貨店や自社サイトなどで販売開始。予想を上回る反響を得る。同時に「クラフト事業部」を新設し、ステンレス製の名刺入れや鏡などの新製品を続々生み出している。’16年機械売買事業を開始。’18年ミューテック35に社名変更し、代表取締役に就任。’20年からは機械加工事業を開始。’23年にYPVSリプロダクトブランド「Cコorherzエルズ」ショップをオープン。株式会社ミューテック35本社：東京都日野市／創業：1990年／事業内容：精密板金（精密板金加工・プレス金型加工）、プレス金型製作・プレス加工、機械加工、粉体塗装、各種機械装置の販売及び保守、機械装置の買取及び販売、オリジナル商品の企画・開発・製作及び販売、アクセサリー・インテリア用品・家具・事務用品の製作・販売及び輸出入今年4月、ニューヨークで行なわれたアートフェア「ArtexpoNewYork2025」で、ある日本のアート作品が話題を呼んだ。精巧なステンレスのみでできたその作品を手がけるのは、東京都日野市で板金加工業を営むミュー。代表取締役の谷口栄美子氏によると、こうしたデザイン性の高い作品に取り組み始めたのは、父親から事業を引き継いだ直後の経営危機がきっかけだったという。自身がバイブルとする『指導者の条件』（『松下幸之助選集』第1巻所収、本誌P22参照）で松下幸之助が述べる「日に新た」の考え方を実践したのだ。谷口氏は毎朝日課として開くほど本書を読み込んでおり、経営の随所にその考え方を活かしているという。取材・構成：塚田有香写真提供：ミューテック35危機に直面して気づいた自主独立の重要性私が『指導者の条件』を初めて手に取ったのは、2007年に専務に就任した時でした。ミューテック35（当時の社名は「ミューテクノ」）は1990年に私の父が創業した精密板金加工の会社で、私自身は父に頼ま年に入社し、主に経理を担当していました。それが突然、私を専務、弟を社長にして事業承継すると父から言われ、思いがけず経営を担うことになったのです。私はこの会社に入るまで専業主婦で、一度も社会に出て働いたことがありませんでした。経理の仕事を覚えるのも苦労したのに、ましてや経営のことなど何ひとつ知るはずがありません。18［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 19
![Page 19の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000019.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

『指導者の条件』刊行50年その時に頭に浮かんだのが、松下幸之助さんの名前でした。子供の頃から父が「この方は『経営の神様』なんだよ」と話すのを耳にしていたので、経営について知りたいなら、幸之助さんに学ぶしかないと思ったのです。すぐに書店に走り、著書を何冊も買い込んだ中に『指導者の条件』がありました。それ以来、本書を枕元に置き、朝起きてすぐに読むのが毎日の習慣となっています。102項の教えが収録されているので、パラパラとめくってページが開いた箇所を「今日の教訓」として心に刻む。そんな読み方を続けています。経営について右も左もわからない私にとって、幸之助さんの言葉はどれもありがたいものでした。『指導者の条件』に書かれたことを一つひとつ実践していけば、自分のような頼りない人間でも、少しはまともな経営者に近づけるのではないか。そんな思いで読み始めましたが、幸之助さんの教えを本当の意味で理解できるようになったのは、専務就任の翌年に起こったリーマン・ショック以降のことでした。それまで順調だった会社の経営は暗転し、売上は激減。安定的に発注があった得意先からも、仕事がまったく来なくなりました。想定外の危機に直面し、多くの壁にぶつかる中で、「幸之助さんがおっしゃっていたのはこういうことふだったのか」と腑に落ち、その言葉がますます心に響くようになったのです。『指導者の条件』では、逆境との向き合い方について様々に語られていますが、その一つに「日に新た」の項目があります。「今日のような日進月歩の時代にあって、指導者たるものが旧態依然というような姿にあることは許されないといっていいと思う」これはまさにリーマン・ショックで劇的な環境変化を迎えた際に、私に求められた姿勢でした。昨日と同じことを繰り返していては、この苦境を脱することはできない。ものの見方や考え方を日に新たにし、自分も会社も変わらなければいけません。そのことを痛感したのは、ある取引先との会話がきっかけでした。仕事がなくなったので、私はこれまで注文をもらっていた得意先に何度も電話をかけて「まだ仕事はありませんか？」と問い合わせたのです。でも3度目に電話した時、先方の担当者から「谷口さん、本当に仕事がないんですよ」と申し訳なさそうに言われてハッとしました。世界的な経済危機にあって、仕事がないのは私たちだけではない。取引先も仕事がなくて苦労しているのだと、ようやく気づいたのです。なんて失礼なことをしたのかと恥じると同時に、私が強く思ったのは「ミューテクノは自立しなければいけない」ということでした。『指導者の条件』でも「自主独立の精神」の重要性に触れ、「他をあてにし、他に依存していたのでは真の成功はおぼつかないだろう」と記されています。特定の得意先に頼らなくても、経営を持続できる会社にしたい。そのためには経営者である自分も、現場で働く従業員も、誰かに依存するのではなく、自主独立の心を持った会社にしなければいけない。私はそう決意しました。「あなたの会社がなくなっても困らない」まずやるべきことは、新たな取引先の開拓です。でも私は営業経験がなかったので、どこへ行けばいいかもわからない。電話帳を開いて片っ端から電話をかけたり、たまたま電車内で広告を目にした工業関連の展示会に飛び込み、出展企業に営業をかけたこともあります。ところがこちらが板金屋だとわかると、追い払われたり、無視されたり。ようやく話を聞いてくれる会社があったと思えば、分厚い書類をポンと投げられて、「その値段でできるなら発注するよ」で終わり。それでも私は仕事をもらえたことが嬉しく、持ち帰って工場長に見せたら、「こんなに安くては材料費にもなりませんよ」とあきれられました。自分が不甲斐ないばかりに、こんな扱いを受けるのだと思い、私は従業員への申し訳なさでいっぱいでした。自己流の営業では売上につながらず、なんとか状況を打開したいと考え、知人に勧められた中小企業家同友会のセミナーに参加することに。そこで出会った指導役の経営者から、こんな問いをぶつけられたのです。「谷口さんの会社って、社会に必要なんですか？なくなっても、誰も困らないんじゃない？」それを聞いた瞬間、カッとなって頭に血が上りました。「私はこんなに苦労して会社を経営しているのに、あなたに何がわかるのよ！」と猛烈に腹が立ったのです。でも休憩時間になり、気持ちが落ち着いてくると、「なぜ初対面の私［実践］理念経営Labo2025AUTUMN19

## Page 20
![Page 20の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000020.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

に、あんなことを言ったのだろう？」と疑問が湧いてきました。そして「もしかしたら愛情の裏返しかもしれない」と思ったのです。きっとあの人は「社会に必要とされる会社にしなさい」と激励してくれたのだ。私を怒らせるような言い方をしたのは、経営者としての覚悟を試したのだろう。そう考えると納得がいきました。厳しい指摘をポジティブにとらえることができたのは、幸之助さんから「素直な心」の大切さを学んだからです。また『指導者の条件』にもかんげん「諫言を聞く」という項目があるように、他人の指摘や忠告は、自分にとって貴重な教えになります。実際にこの経験は、私に大きな影響を与えました。社会に必要とされるには、この会社ならではの「強み」を明確に示さなければいけないと気づかせてくれたからです。そこで私は取引先のお客様や、会社に出入りする銀行、保険会社の人たちなど、会う人会う人に自社の印象を聞いて回りました。すると「仕事が丁寧ですね」「いつも早く仕上げてくれるので助かります」といった声が多く聞かれました。「丁寧さ・正確さ」「早さ」を実現する技術力や経験値こそが、自分たちの強みである。私はそう確信しました。強みを活かす事業転換と職場環境づくりこの強みを活かし、自立した会社を目指すにはどうすればいいか。その答えが「試作屋」への転換です。当時すでに日本の製造業は工場を東南アジアへシフトしていましたが、上流の開発工程は今後も国内に『指導者の条件』を参考にして、自社の強みを活かしつつ、従業員の自主性を引き出すことに注力残るはずです。難しい試作の板金加工に高精度・短納期で対応できる会社は限られるので、開発者に「この会社が必要だ」と思ってもらえます。少量多品種の試作品なら、安く買い叩かれることもありません。試作中心の会社であることを打ち出してから、取引先の数や業種が増え、限られた得意先だけに依存した経営から完全に脱却しました。強みがわかったことで、会社として目指す姿が明確になり、2010年には経営理念もつくりました。経営理念とは「志」であり、『指導者の条件』でも「大きな志を立てることが大事」と書かれています。経営理念の一番目に「私たちは、ものづくりの知恵と高度な技術で、世界に誇れる日本の工業界に貢献します」と掲げたのも、大きな志を貫きたいという使命感があったからです。自立した会社になるため、同時に取り組んだのが、従業員の自主性を引き出す職場づくりです。工場の体制を見直し、生産管理人を廃止したのもその一つです。製造業の現場では、工程管理の責任者である生産管理人を置くのが一般的です。しかし仕事の進め方を指示する人がいると、従業員は進行管理が他人任せになり、納期遅れなどが発生しても生産管理人のせいにする場面が見られました。そこで当社の工場では生産管理人を配置せず、自分が担当する工程には自分で責任を持ってもらうことにしました。ちょうど工場全体の受注状況や各製品の納期を全員が共有できる工程管理板システムを導入したばかりだったので、それを見れば自分は何をいつまでにやるべきかを一人ひとりが考えられます。少量多品種を扱うため、現在は月平均で2000枚もの図面が各工程を流れますが、生産管理人がいなくても問題なく仕事が回ります。これは従業員が自ら考え、協力し合い、責任を持って取り組んでいるからです。『指導者の条件』の「自主性を引き出す」の項目でも、上の人間がこまごまと指図すると、部下は指示されないと動かなくなるという趣旨の記述がありますが、今のミューテック35に指示待ち人間は一人もいません。人を変えようとせず自分の背中を見せる私にとって幸之助さんの言葉はどれも金言ですが、なかでも助けられたのが「人」に関する教えでした。18年前に専務になり、2018年からは社長として会社を運営してきましたが、経営で最も難しいのは人との向き合い方だと実感しています。相手が喜ぶように気を使い、モチベーションを上げるために頑張っても、ある日突然「会社を辞めます」と言って従業員が去っていく。そんな経験を何度もして、心が折れそうになった時期もありました。20［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 21
![Page 21の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000021.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

『指導者の条件』刊行50年私も最初のうちは「何がいけなかったのだろう」「社内の人間関係に問題があったのかも」などとあれこれ考え、原因を追究しようとしました。でも結局、どんなに考えても他人の心の内はわからない。そもそも原因がわかったところで、相手の気持ちや考えを変えることはできません。『指導者の条件』の「あるがままにみとめる」にある通り、人を変えることはできないのです。「人間の本質というものは変えることができない。それを変えようといろいろ努力しても無理である」だからこそ経営者は従業員のあるがままを認め、その人の持ち味を活かせるように「適材適所」を考えなければいけない。さらには仕事を「まかせる」ことで、個々の力が自由に発揮されれば、仕事の成果は上がるし、人も育っていく。毎日本を開いて幸之助さんの言葉に触れるうちに、私も自然とその教えを実践できるようになりました。経営者だからといって、人を変えようなどと大それたことは考えず、自分自身が社会や会社のためにひたむきに取り組み、その背中を従業員に見せるしかない。それが経営者の役目なのだと考えています。社長に就任した際に、社名を現在のミューテック35に変更しました。0これは「“三方よし”の実現を、も「THEBLOSSO」のアクセサリーは、肌に近いところに付けるため、金属のエッジを丁寧に処理するというほうおうニューヨークのアートフェア「ArtexpoNewYork2025」で話題を呼んだステンレスアート「鳳凰」。オールステンレス製で、色は粉体塗装という技術でつけている。また、デザインは谷口氏の次女が手がける0のづくりの“五感”を働かせて目指す」という意味を込めています。さらなる自立を目指すには、自社開発を手がけるメーカーにならなければとの思いから、2015年には金属加工のアクセサリーブランド「THEBLOSSO」を立ち上げました。また今年4月にはニューヨークのアートフェアに板金加工技術を駆使したステンレス製の彫刻を出品し、大きな反響を呼びました。これほど繊細な造形を板金加工で成し遂げたことに、皆さん驚かれたようです。私はミューテック35を「ものをつくる人にとって魅力的な工場」にするのが目標です。新たな挑戦を続けていれば、「面白そうな会社だな」と思った人たちが集まってきます。先日も大学生が工場見学に来たので、「なぜうちに興味を持ったの？」と聞いたら、「ヨーヨーをつくりたい」という答えが返ってきました。彼は世界大会に出場するほどのヨーヨーの達人で、独学したCADでヨーヨーを設計し、中国の工場と交渉してオリジナル品をつくってもらったそうです。そこまでものづくりが好きで、自分で考え、行動できる自主性もある。これぞミューテック35が求める人材です。ある時は「THEBLOSSO」のアクセサリーを見て興味を持った人が、「ぜひこのブランドを扱いたい」と言って転職してきたこともあります。その人はジュエリー業界で営業経験があり、彼女の活躍でブランドの売上は一気に倍増しました。「日に新た」の精神でチャレンジを続けていると、予期せぬ出会いや進化が生まれ、会社も人も成長していく。そんな面白さを実感しています。私が「指導者の条件とは？」と質問されたら、幸之助さんの言葉に倣い、「素直に、謙虚に、前向きに」と答えます。これからもこの言葉を胸に、同じ志を持つ仲間とともに日本の工業界に貢献していきます。L［実践］理念経営Labo2025AUTUMN21

## Page 22
![Page 22の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000022.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

刊行50th古今のすぐれた指導者の事例から学ぶ累計100万部超！『道をひらく』に次ぐベストセラー2025年12月、『指導者の条件』が刊行50年を迎える。そこで今回は、松下幸之助の著作の中で『道をひらく』年の歩みを紹介する。■『指導者の条件』とは？松下幸之助が自らの姿勢を正すために著し、常に座右に置いた一冊。経営者としての体験をもとに、古今東西の政治家、武将などの例をひきながら、指導者のあるべき姿を102カ条で具体的に説く。これまでに、初版となる単行本のほか、「PHP文庫」版、新装版、「PHPビジネス新書」版が刊行。今年2月には『松下幸之助選集』の第1巻にも収録された（いずれもPHP研究所刊）。単行本文庫版新装版ビジネス新書版松下幸之助選集1975年12月刊1989年2月刊2006年2月刊2014年4月刊2025年2月刊※詳細は本誌表紙裏を参照（『松下幸之助選集1指導者の条件／決断の経営』解説より一部抜粋）けん項目の数が100を超えるものの、本書の編集・制作にかかわった岩井虔（現PHP研究所客員）によれば、何度も校閲を繰り返しながら、幸之助が「何一つ、これいらんという項目はないわな。多少の厚薄はあっても、（中略）いろいろあって指導者やな」と話していたという。それに対して岩井は内容の感想を求められ、「指導者って大変だなあと思いますし、私もできていない項目がたくさんあります」と答えたところ、幸之助から「君は今研究部の責任者として、上座に座っているリーダーやないか。（中略）リーダーが初めから、自分はもうあかんという気持ちでいたら、その組織はどうなる」と厳しく𠮟責されたと、当時を回顧している（『松下幸之助元気と勇気がわいてくる話』PHP研究所）。（中略）しょう本書の対象は企業経営者にとどまらず、「政治の衝にあたる人びとから会社の班長、組長にいたるまで」（「まえがき〈旧版〉」）と幅広い。巻末の索引を参照しながら、読者の方々がそれぞれのリーダーシップを発揮すべき状況に応じて心得や原則を学ぶのも、本書の一つの読み方であろう。22［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 23
![Page 23の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000023.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

『指導者の条件』刊行50年■グラフでみる50年の歩み『指導者の条件』発行部数推移1,200,000■単行本■文庫版■新装版■ビジネス新書版累計100万部突破（2016年）1,000,000800,000『道をひらく』と同じビニールカバー仕様の新装版が好調600,000松下幸之助が亡くなった1989年に文庫化400,000200,000019751977197919811983198519871989199119931995199719992001200320052007200920112013201520172019202120232025『指導者の条件』刊行50年松下政経塾出身の知事・市長から未来のリーダーたちへ未来のリーダーたちに向けて、PHP研究所と松下政経塾は首長キャリアサミット「LEADERS」を11月3日に開催します。人口減少、厳しい財政状況、自然災害への対応など数多くの課題に直面する中で、現役の知事・市長はいかに理念を意思決定に落とし込み、重責を担っているのか。なぜ首長になったのか、首長の仕事とは何か、そして首長の条件とは――。そうしけんさんた問いを、松下政経塾で研鑽を積んだ村井嘉浩・宮城県知事、大谷明・茨城県ひたちなか市長、岡田吉弘・広島県三原市長に投げかけます。首長キャリアサミットは、現役の首長との対話を通じて、知事や市長を目指す方はもちろん、地域や社会のために力を尽くしたいと考える方が、自治体経営についての理解を深め、自らのリーダー像を描く場です。当日は登壇者である知事・市長との交流タイムも設け、直接意見を交わす機会を用意しています。パブリックマインドを持つ40歳以下の皆様のご参加をお待ちしています。また、今回はPHP研究所のシンクタンク部門・PHP総研が進める「政治的リーダーシップ事例研究プロジェクト」の報告も行います。首長経験者の知見を次世代に伝え、活かしていくために、PHP総研は尾関健治・松下政経塾塾頭／前・岐阜県関市長から継続的にお話を伺ってきました。本プロジェクト委員の佐藤信・東京都立大学准教授の報告にご期待ください。社会の不透明さが増し、混迷を深める日本と世界において、政治的リーダーシップの重要性は高まるばかりです。『指導者の条件』刊行50年の節目に、PHP研究所の研究と松下政経塾の実践を掛け合わせた首長キャリアサミット「LEADERS」が、未来を担う若者にとって有意義な機会となれば幸いです。▶︎詳細はこちらをチェック［実践］理念経営Labo2025AUTUMN23

## Page 24
![Page 24の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000024.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

【志の実践】団地再生が地元への恩返し新ブランド「陽に新た不動産」でリノベ推進へグローバルデザイン株式会社代表取締役石川克友いしかわ・かつとも＊1976年生まれ。’95年埼玉県立伊奈学園総合高等学校卒業。’98年中央工学校建築工学科卒業後、パナホーム埼玉中央（現パナソニックホームズ）入社。設計部インテリアデザイン課に配属され、年間約60棟のインテリアデザインを担当し、在籍期間中600棟近くのコーディネートを行なった。また、レジデンシャルライティングアワード2005（松下電工主催）佳作、同アワード2006インテリアコーディネート賞（優秀賞）を受賞。2008年独立しグローバルデザインを創業。’19年株式会社に改組、現在に至る。「松下幸之助経営塾」第26期卒塾。グローバルデザイン株式会社本社：埼玉県川口市／創業：2008年、設立：2019年／事業内容：モデルハウスや住宅、オフィス等の空間デザイン・インテリアコーディネート、戸建・集合住宅のリフォーム・リノベーション等住宅展示場のモデルハウスから個人向け戸建住宅、マンション、オフィス、店舗まで様々な建造物の空間デザインを手がけるグローバルデザイン。創業者で代表の石川克友氏が松下幸之助経営塾を受講したのをきっかけに、ひ2024年に地元埼玉県の団地再生に取り組む新ブランド「陽に新た不動産」を立ち上げ、「地元への恩返し」という思いを込めた2つ目の事業の柱を構築中。なぜ地元の団地の再生に立ち上がったのか、石川氏がみずからの歩みとともに、その経緯を語る。取材・構成：池口祥司写真提供：グローバルデザイン安藤忠雄にあこがれ建築の世界へ私が建築の世界に興味を持ったきっかけは、中学3年生の時にたまたま見たテレビ番組です。建築家の安藤忠雄さんを取り上げていました。元プロボクサーでありながら、独学で建築士の試験に合格。その後、世界を放浪しながら見聞を広め、帰国後は「住吉の長屋」「光の教会」等々で高い評価を得ながら、独自の世界観で建築と向き合っている姿を、単純にカッコイイと感じました。高校に進学してからは、幼少期に習っていた空手に再び打ち込むことになりますが、建築への夢は変わることはなく、本格的に学びたいという思いが募ります。そこで、田中角栄元首相も学んだとされる、中央工学校に入りました。当時の中央工学校は新たに3年制を導入するなど、建築系のコースに力を入れていて、指導が厳しかったのを覚えています。授業以外の課題が、本気で取り組むと寝る暇もないほど多く、1年後にはかなりの人数の同級生がいなくなっていました。しかし私自身は、同校での学習だ24［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 25
![Page 25の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000025.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

団地再生が地元への恩返しけでは飽き足らず、講師を担当していた、（デザイン性・独創性を重視する）アトリエ系の有名建築家の事務所にアルバイトとして雇ってもらうなど、まさに「建築漬け」の3年間を送りました。数少ない男性インテリアコーディネーターに卒業後の1998年、パナホーム埼玉中央に入社します。インテリアをコーディネートする、ほぼ女性ばかりの部門になぜか配属となり、主に住宅展示場のインテリアを担当することになりました。意外にも男性のインテリアコーディネーターを指名するお客様が多く、新入社員のうちからたくさんの現場で経験を積ませてもらったことが、現在の仕事につながっていると感じています。パナホーム埼玉中央では、今でもお世話になっている方々との出会いにも恵まれました。なかでも、現在はパナソニックホームズ埼玉西のゆきお社長をされている三木由紀郎さんとの出会いはとても印象的でした。ある日、残業していると、他部署から叫び声が聞こえたのです。駆けインテリアコーディネートで高い評価を得るつけたところ、声の主は、研修資料のデータをうっかり消去してしまった三木さんでした。私は、データを復元できないか試みたものの、結局できず、もう1人の社員と3人で、「また今からつくりましょう」ということになって、ワイワイ言いながら夜遅くまで作業したのが最初の出会いです。意を決して転職するも経営難に直面して独立パナホーム埼玉中央で10年近く、インテリアコーディネーターとして仕事を続けるうちに、違うフィールドで自分の力を試したい、もっと違う世界を見てみたい、と思うようになっていきました。2007年に、仕事で知り合ったデザイン事務所への転職を決意します。ところが転職後まもなく、デザイン事務所の経営が悪化し、従業員のリストラもやむを得ない状況となりました。私は、長年勤めている方々のほうが不安ではないかと考え、事務所側に「入社して半年もたっていませんし、私がまずは辞めます」と告げて、独立することにしました。したがって、そのときはまだ、独立しようと思ってしたわけではなかったのです。独立直後は元勤務先時代の人たちの支えに助けられたというそこからは本当にご縁に助けられた毎日でした。パナホーム埼玉中央時代にお世話になった方々に事務所開設のご挨拶にうかがったところ、「すぐに仕事を頼みたい」とお申し出いただいたのです。また、「以前、住宅展示場で石川さんから説明してもらった際に名刺交換した者ですが、うちの展示場の相談にのってもらえませんか」と、私の独立を聞きつけてお電話してくださった方もおられました。とりわけ三木さんから、「付き合いが長いから仕事の相談をするのではなく、石川さんがコーディネートすると、お客様の満足度が高いからお願いしているのです。石川さんと仕事をするのは、当社にとってもプラスになります」と言っていただいたのは、本当にありがたく感じましたね。ご縁に助けられ当初は順調しかし経営の継続に不安おかげさまでそんなご縁に助けられ、グローバルデザインの事務所を開設してから10年間は、いわゆる「営業」をしなくとも、関東以外の地域からのご依頼も多く、売上が順調に増加し、扱える領域もだんだん広がっていきました。その意味で［実践］理念経営Labo2025AUTUMN25

## Page 26
![Page 26の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000026.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

は、はたから見れば、順風満帆な経営に映っていたかもしれません。しかし、当時の事務所の運営は、「経営」と呼べるものではなく、「ご依頼頼み」であり、とても「自分の実力」と胸を張って言えるような状態ではありませんでした。引き続き安定してご依頼をいただけるかわからず、不安がつきまとう日々を送っていたのです。さらに2020年以降はコロナ禍となり、一時的にではありますが、仕事がゼロになることもありました。その頃には社員を採用しており、自分のことだけを考えるわけにもいきません。「このまま経営を続けるべきか、いったん事務所をたたんだほうがいいのか」と、思い悩むようになっていきました。幸之助の教えを学び社員との関係に変化も2023年1月、三木さんと、三木さんに紹介いただいた日本環境マネジメント社長の片山安茂さんと3人でお会いした際、お二方から「今度、松下幸之助経営塾（以下、経営塾）に参加することにした」とお聞きしました。経営塾について早速ネットで調べ、翌朝には三木さんに電話で「私も参加したい」と伝えました。パナホーム勤務時代に松下幸之助さんの教えに触れる機会があったことに加え、三木さんと片山さんが興味を持っているのであれば、自分にとって間違いなくプラスになるはずだと予感したからです。その予感は、2カ月ごとに経営塾に通うたび、確信に変わっていきました。松下幸之助さんの考え方は平易であり、言われてみれば当たり前のことがほとんどです。実は経営塾に通うまで、会社では社員との関係性があまりよくありませんでした。私の社員に対する期待が高すぎるのか、成果物を見て落胆することがあり、社員も萎縮してしまったのではないかと思います。しかし経営塾を受講することで、私の意識は180度変わりました。これまで「なぜもっといい成果物を出せないのか」と思っていた気持ちが、「うちのような会社に来てくれて本当にありがとう」という感謝の気持ちへと変わっていったのです。そうした変化を社員のほうでも感じ取ってくれたらしく、経営塾に参加するたび、「社長、今回はどんな内容でしたか」と楽しそうに聞いてくるようになりました。そうやって尋ねられると私も熱が入り、ときには半日もかけて、「今回はこんな内容だった」と説明することもありました。また社員が、『実践経営哲学』をはじめ、松下幸之助さんの著作を読むようになってくれました。そうすると、社員とのコミュニケーションが増えただけでなく、経営や仕事に関する「共通言語」ができあがり、以前とは比べものにならないほど、深い議論をし合えるようになったと感じています。松下幸之助経営塾での学びをきっかけに、社員に対する感謝の気持ちが湧くと同時に、社員との関係性が深まった。石川氏の使命ともなった団地再生は社員のアイデアによる（背後の建物は埼玉県草加市の新栄団地）26［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 27
![Page 27の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000027.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

団地再生が地元への恩返し経営理念を新たに策定し「陽に新た不動産」を掲げる10カ月間、経営塾で学ぶことを通して、新たに以下のような会社の理念を策定しました。・MIND：ご縁を大切に。関わってきた人々の信頼を裏切らないよう、皆で幸せな暮らしを実現する。・MISSION：ご縁を大切にしながら住まいと不動産の価値向上を通じ、お客様と地域への貢献を行う。一人ひとりの毎日が、地域の未来がより良い明日になるように行動する。このMINDとMISSIONを実践する方法の1つとして、松下幸之助さんがよく用いた「日に新た」という言葉をお借りし、新たな不動産ブランド「陽に新た不動産」を立ち上げました。この不動産ブランドで2024年から、団地再生プロジェクトを進めています。具体的には、埼玉県草加市の新栄団地をリノベーションすることで、その価値や魅力を高めることを目指しているのです。実はこうした新ブランド名も、団地再生のアイデアも、私ではなく、社員の発案によるものです。「衆知を集める」という松下幸之助さんの言葉通りの実践が、自分の会社でこんなにも早くできたことに驚きました。また、志を立て、地元に恩返しをしたいと真剣に考えて、それを周囲の方々に発信していると、不思議なことに、ご縁が次から次へとつながって、情報が集まり、志に共鳴してくださる人の輪が広がりました。さらには自分でも驚いたことに、資金の提供までしていただける方とも出会いました。あるお客様に、自分の志は団地の再生であると語ったところ、その場で「支援する」と申し出てくださったのです。加えて何よりうれしかったのは、団地の管理組合の方々にご賛同いただけたことです。最初にリノベーションした部屋にご招待した際には、「自分たちの団地がこんなに変わるなんて！」と喜んでくださいました。実際、分譲販売したところ、ありがたいことに購入希望者が相次いで現れました。社員のアイデアに耳を傾け、そのアイデアを形にできて、本当によかったと心の底から感じています。あと20年は地元に貢献やるべきことを地道にやる経営塾では、そうそうたる経営者の方々が実際に経験されたお話（特別講話）を目の前で聞き、たくさんの気づきを得ることができます。私はそれを会社経営に生かすべく、忘れることのなきよう、今でも仕事場の机に経営塾のテキストとノートを置いています。そして頻繁に見返しながら、「昨日の対応は少し感じが悪かったかもしれない」「社員に対してもう少し違った言葉がけが必要なのではないか」と、「自己観照」するように心がけています。経営塾で配付されたカードサイズの蛇腹折り「素直な心になりましょう」も、いつも財布に忍ばせています。今では、コロナ禍に事務所をたたもうと考えていたことがウソのように、少なくともあと20年は、地元に貢献できるように精進したいと思っています。新栄団地に限らず、全国の団地で石川氏がリノベーションした新栄団地の部屋。静かな環境で日中は日差しがよく入る。夜は落ち着いた雰囲気の部屋に。機能面でもデザイン面でも現代的な住居に生まれ変わり、価格もリーズナブルで人気だというは住民の高齢化が進んでいる半面、テレビドラマ等の影響もあって、若い人たちの中で団地が話題になっていたりもします。今まで団地に興味を持っていなかった世代にしっかりとアプローチできれば、団地に、そして地域に、もっとにぎわいを創出できると考えています。もっとも、団地の再生というのは一朝一夕に実現するものではありませんし、必ずしも利益率の高い仕事ではありません。それでも、当社のMINDとMISSIONに照らし合わせると、こうした活動こそ地道にやり続けるべきことであり、私自身、やりがいを感じながら日々取り組んでいるところです。L［実践］理念経営Labo2025AUTUMN27

## Page 28
![Page 28の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000028.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

塾生通信日に新た「松下幸之助経営塾」の情報と、卒塾生の近況をお伝えします29期生が志を発表し卒塾9月に第31期が開講7月に松下幸之助経営塾の第29期第6回「志を伝える～私の命知発見～」を開催。1日目はＰＨＰ研究所客員の岩井虔による特別講話が行なわれました。テーマは「松下幸之助に学んだもの」。28年にわたって幸之助から受けた薫陶の中から、印象に残ったという教訓やエピソードが披露されました。その後は、塾生による「わが志」の発表。「100年大家さん創造企業、第2のふるさと創造企業をつくる」「人に元気を届ける」「心に光を灯し、笑顔の世界を虹のように広げる」「地域に豊かな和をもたらす法人へ」「人生と社会が混ざり高め合う、どこよりも魅力的な舞台をつくる」「七世代先の子供たちへ」「新しい景色が見られるように挑戦を続ける。是々非々を言い合い、お客様・従業員のために変化し続ける会社に」「子どもたちの美しい瞳を守るという使命感と共に『あなたに会えてよかった』そんな言葉をいただける人、会社であり続けること」――などの志が披露されました。それぞれの志が実現されることを、お祈りいたします。8月は第30期の第3回が、「人を活かす～事業は人なり～」というテーマで開催されました。まずは塾生の課題発表。「わが社の人材育成方針」について、適材適所の工夫や社員の長所を活かすこと、空手の稽古にヒントを得た人材育成プログラム、理念を中心に据えた採用活動といった具体的な取り組みが紹介されました。その後は、当塾講師による人材育成に関する講義、そしてリーダーに求められるコーチングスキルについての講義と実習がありました。1on1や部下への問いかけ方について気づきがあったようです。2日目の特別講義では、ハウステンボスの元会長で、長崎県公立大学法人理事長の坂口克彦氏が登壇。「納得できない仕事はするな！」をテーマに、勤務経験のあるユニ・チャームや、ハウステンボスでの取り組みを事例に、社員の意識改革について話されました。そして経営者は、市場や消費者需要の変化だけでなく、社員の価値観の変化も敏感にキャッチすることや、納得した仕事ができているか社員に繰り返し問うことなどを意識すべきだと説かれました。経営者の役割は何か、振り返る機会になったようです。なお、9月に第31期が新たにスタートし、13名の塾生をお迎えしました。石坂社長が組織改革などについて講話リーダーは人を動かす「熱源」！石坂産業の見学に60名参加7月10日に、卒塾生らの集いである「同志会」関東・首都圏ブロックの勉強会として、世界から注目される産業廃棄物処理会社の石坂産業（埼玉県三芳町）の会社見学会を開催し、60名が参加しました。2代目で現社長の石坂典子氏に、「社員の自走力を高める『Vision経営』」と題した講話をしていただきました。1999年に地元で起こったダイオキシン問題で疑いの目が向けひぼうられたことをきっかけに、誹謗中傷や社員の反対に遭いながらも強い信念で改善に取り組み、海外から入社希望者が集まる会社に生まれ変わったといいます。「リーダーは人を動かす『熱源』であり続けること」という石坂社長のメッセージが参加者の共感を呼びました。その後、再資源化率98%を誇る全天候型プラントや作業現場を見学。通常であれば埋め立てられる廃棄物から、新しい資源を生み出し活用するという、ものとエネルギーが循環する仕組みを実現されているこ産業廃棄物の仕分け作業を見学28［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 29
![Page 29の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000029.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

塾生通信日に新たとに注目が集まりました。また、かつては不法投棄の山だった会社周辺が、長い年月をかけて掃除・整備し続けたことで年間6万人が訪れる里山に大変身。その里山を散策しながら、社長の思いが社員に伝わり、理念が具現化する一連のプロセスを皆で体感しました。OneDaySchoolが長門で開催“共育”に挑戦し続けるセシリア渡辺明日香氏（第23期）が代表を務める一般社団法人OneDaySchoolが、8月2日に山口県の長門湯本温泉で、「ミニ版OneDaySchool長門校」を開催。全国から子どもと大人合わせて50名が集まりました。初対面の子ども同士が力を合わせてTシャツをデザインしたり、親子で味噌作りに挑戦したりと、子どもと大人が世代を越えて学び合い、助け合う光景が広がりました。OneDaySchoolは、「笑顔に国境はない」を理念に、子どもと大人が共に学ぶ“共育”の場を広げようと活動しています。セシリア渡授業で制作したTシャツや昼寝用クッション、仕込んだ味噌を片手に（前列中央がセシリア渡辺代表）辺氏は「来年は東京でのOneDaySchoolを企画中で、将来は世界の子どもたちが国境を越えて参加できる学びの場へと広げます。応援くださる皆さまと共に“共育”の未来を世界へ発信し、新しい時代の学びを育んでまいります」と抱負を語りました。L経営者が“経営の志”を確立・再確認するための長期講座松下幸之助経営塾本セミナーの特徴松下幸之助の経営哲学を根本から学べる唯一の講座弊社で70有余年にわたり研究を重ねた“松下幸之助の経営哲学の真髄”を、講義・討議・問答を通じて肚落ちさせる双方向型の講座です。人間観を養い高め、経営者としてのあり方を学ぶ本講座は、時代や環境の移り変わりの中で生まれる新しいマネジメント手法を学ぶものではありません。経営者のただ今、新規申込受付中詳しくはホームページで資料のご請求はホームページまたは下記窓口へお問い合わせください。https://www.php.co.jp/seminar/m-keieijuku/株式会社PHP研究所「松下幸之助経営塾」事務局〈京都〉TEL075（681）4442FAX075（681）5699「志」をキーワードとして、松下幸之助が最も大切にした“経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、より本質的な“経営者としての器量”を養い高めていただく講座です。「志」の確立に向けた、充実の10カ月10カ月の在籍期間中に１泊２日のセミナーを全６回、隔月で開催。学びと実践、検証をくり返しながら成果を高めていただけます。また、１クラスは12名の少人数制で、受講者間の討議・交流による相互啓発など受講者お一人おひとりに充実した環境を提供いたします。プログラム第1回『志とは何か～力強い経営の原動力～』第2回『志から理念へ～経営の使命～』第3回『人を活かす～事業は人なり～』第4回『本質を考える～自然の理法～』第５回『経営を革新する～日に新た～』第６回『志を伝える～私の命知発見～』開催要領◦受講資格：経営者ご本人、後継経営者（経営幹部）◦募集人数：12名⃝開講期間：10カ月1開催1泊2日、全6回（隔月開催）⃝受講料：158万4,000円（税込）⃝会場：株式会社PHP研究所京都本部（JR・近鉄「京都」駅八条口より徒歩５分）［実践］理念経営Labo2025AUTUMN29

## Page 30
![Page 30の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000030.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

経営学で読み解く人と組織AI時代のジョブ・クラフティング従業員は新技術導入による変化にどう適応するのか京都産業大学経営学部教授／東京都立大学名誉教授高尾義明たかお・よしあき＊京都大学教育学部教育社会学科卒業。神戸製鋼所勤務を経て、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士（経済学）。東京都立大学大学院経営学研究科経営学専攻教授などを経て、2025年4月より現職。専門は、経営組織論、組織行動論。著書に、『組織と自発性』（白桃書房）、『はじめての経営組織論』（有斐閣）、『50代からの幸せな働き方』（ダイヤモンド社）、『組織論の名著30』（筑摩書房）ほか多数。話題のイシューを経営学で読み解くシリーズ。今回は、職場におけるAIの導入が従業員の行動にいかなる変化をもたらすのか、近年話題のジョブ・クラフティングに焦点を当てて考察します。AIが従業員の行動にもたらす影響OpenAIが2022年11月に公開したChatGPTは、リリース直後から急速に注目を集め、わずか数カ月のうちに一般ユーザーの間でも爆発的に普及した。今では、AI（artificialintelligence）に関するニュースや記事を目にしない日はないと言っても過言ではない。こうした生成型AIの登場は、AIが専門家や特定業種の枠を超えて、社会全体に浸透する契機になった。AIの活用方法やその影響の程度は、業界や業種、さらには職種などによって多様であるが、企業の組織マネジメントにも極めて大きなインパクトをもたらすと予想されている。ただし、AI関連技術は今なお日進月歩で進化していることもあり、組織マネジメントへの影響を網羅的に論じようとすると、あまりに広範で捉えどころがない。そこで本稿では、AIの導入が従業員の行動にどのような変化をもたらすのかに焦点を絞って検討することにしたい。従業員にとって、AIの進化や職場への導入は、仕事環境の変化として体験される。そうした環境変化に対して従業員がどのように反応し、適応していくのかを理解するには、従業員の主体的な行動に注目することが有効である。そこで、そうした行動の一類型である「ジョブ・クラフティング（jobcrafting）」（以下ではJCと略記）に着目し、AIとJCの関係に関する近年の研究を概観することを通じてAIが従業員の行動に及ぼす影響を検討する手がかりを提示する。JCがワーク・エンゲージメント（働きがい）を高める効果をもつことなどから、実務界・学術界の双方でJCへの注目が高まっている。しかし、一般にはまだ耳慣れない言葉かもしれない。そこで、JCの基本的な特徴やその効果を最初に紹介した後に、AIの導入を契機導入がJCへ及ぼす影響を論じていくことにする。JCの定義と効果「個人が自らの仕事のタスク境界もしくは関係的境界においてなす物理的・認知的変化」（Wrzesniewski&Dutton,2001）と定義されるJCを平たく言いかえるならば、働く人自身が自らの仕事や人間関係に主体的に働きかけ、仕事の内容や意義を再構築しようとすることである。30［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 31
![Page 31の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000031.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

経営学で読み解く人と組織組織におけるほとんどの仕事は上司からアサインされ、遂行する手続き等も事前に定められていることが少なくない。しかし、マニュアルや規則に基づいて行なう業務であっても、自分なりのちょっとした工夫を加えたり、気持ちの込め方を変えたりする余地を見いだすことができる。たとえば、来店した顧客とのやり取りでも、説明の仕方を自分なりにアレンジしてみるといった、ちょっとした変更を従業員自らが加えたことで、顧客からの反応や手ごたえが変わり、ひいては接客という仕事の捉え方を変えることにつながることがある。このように働く人たち一人ひとりが、主体的に仕事やそこでの人間関係に小さな変化を加え、それを通じて仕事の意味づけや職業的アイデンティティの構築を行なっていることに注目する概念としてJCは提唱された。JCは、以下に挙げる3種類に分類されることが多い。第1に、具体的なタスクの内容や方法を変更する「業務クラフティング」である。イラストを描くのが得意な社員が、仕事上で何か説明する場面で、イラストを積極的に用いてみようとするのはその一例である。第2に、タスクの遂行にかかわっている他者との関係性を増やしたり、その質を変えたりする「関係性クラフティング」が挙げられる。仕事の遂行では人とかかわることは不可欠であり、人間関係のあり方が仕事の意味づけにかかわるためである。なお、身近な上司や同僚に対してだけでなく、顧客や取引業者などとのかかわり方を変えることも関係性クラフティングに含まれる。最後に挙げられるのが、個々のタスクや仕事全体をどのように捉えるかについての考え方の変化にかかわる「認知的クラフティング」である。たとえば、給与計算という地味に思われがちな仕事の意味を、社員の生活に対する影響という観点から捉え直してみるといったことである。こうしたJCが近年注目を浴びるようになっているのは、その実践がワーク・エンゲージメントの向上に対してポジティブな効果をもつためである。ワーク・エンゲージメントが高い従業員は、業務パフォーマンスが良好であることが多い。さらに、高いワーク・エンゲージメントは従業員個人のウェルビーイング（幸せ感）の向上をもたらす。このように、JCの実践は、全般的に見れば組織にとっても個人にとっても望ましい結果をもたらすことから、人的資本経営が重視される潮流の中でJCへの注目度が高まりつつある。AI導入に対するJCを通じた適応そうしたJCとAIの導入との関係を検討すべく、これまでになされた研究を概観していく。2025年7月上旬に、WebofScienceという著名な学術データベースで「jobcrafting」と「artificialintelligence」の2つをキーワードに用いて論文を検索した。29本の論文がヒットしたが、それらから内容的関連が薄いものや実証調査が含まれていないものを除いた23本の論文の内容を整理して紹介する。それらの論文で扱われているテーマは2つに大別できる。AIの導入やAIに対する評価・知覚がJCにもたらす影響を扱ったものと、AIの導入への適応として生じたJCに注目したものである。論文数としては前者のテーマを扱ったものが大半を占めているものの（21本）、後者本の論文はAIの導入による従業員の適応プロセスをリアルに描いていることから、そちらを先に紹介する。Perezらの研究グループは、専門性の高い職業（銀行のコンサルティング営業担当者及び放射線科医）でのAI導入に対して従業員がどう反応し、JCを通じてどのように適応を図ったかを、インタビュー調査をもとに丁寧に分析している（Perezetal.,2022;2024）。フランスの銀行のリテール分野におけるコンサルティング営業を対象とした研究（Perezetal.,2022）では、AIが「どの顧客に」「どの商品を」「どのように勧める技術が導入されたことで、業務の標準化が著しく進み、従業員は自身の専門性が軽視され、仕事の意味が失われるという脅威を感じたと報告されている。そのような状況下で、従業員たちはさまざまなJCを実践し、AIの導入に適応しようとした。たとえば、AIが提示するリストや営業指示をそのまうのま鵜呑みにするのではなく、目標達成のために柔軟に活用・再構成することで業務に主体性を取り戻そうとした（業務クラフティング）。また、「顧客は私に相談する。彼らは私に人生の話をしてくれる。AIにはできないことだ」という発言に見られるように、顧客とのより深い関係性を築く行動を通じて（関係性クラフティング）、業務の形式化に対抗しようとした。さらに、自らの仕事を「顧客の生活全体に寄り添う仕事」と捉え直すこと［実践］理念経営Labo2025AUTUMN31

## Page 32
![Page 32の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000032.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

で、AI導入によって揺らいだ仕事の意味や職業的アイデンティティの再構築も試みていた（認知的クラフティング）。導入当初はAIによって自らの仕事が奪われるのではないかという不安からAIを脅威とみなしがちだったが、こうした実践を重ねるなかで、従業員たちは次第にAIの限界や特性を理解し、自分の役割との補完関係を認識するようになっていった。放射線科医を対象とした研究（Perezetal.,2024）でも、類似した適応プロセスが観察された。機械学習に基づくAIが画像診断の現場に導入されることで、放射線科医は当初、自らの仕事がAIに置き換えられるのではないかという脅威を感じていた。しかし、診断件数の増加や放射線科医の人手不足の深刻化といった現実的な課題を背景に、次第にAIの導入を「機会（チャンス）」と認識した行動を取り始めた（業務クラフティング）。そのうえで、患者との関係性を重視した行動を取る（関係性クラフティング）ことで、単なる画像診断者としてではなく、「患者と向き合う医療者」としての職業的アイデンティティを再定義しようとする姿も見られた（認知的クラフティング）。ただし、すべての放射線科医がこうした適応を示したわけではなく、AI導入に懐疑的あるいは抵抗的な態度を取る者もいたことが併せて報告されている。このように、AI導入は従業員にとって「脅威」として受け取られることもあれば、「機会（チャンス）」として活用されることもあり、従業員にとって両義的（アンビバレント）な意味を持つ存在だといえる。AIの導入がJCにもたらす影響このように、AI導入という大きな環境変化への適応プロセスとしてJCが実践されることがある一方で、JCは普段から実践されているものでもある。そこで、AIの導入やAIに対する知覚や評価が、JCの実践にどのように影響を与えるかという、多くの論文で取り上げられていたトピックについての知見を続けて紹介する。多くの研究では、先に紹介したように、従業員がAIを脅威と捉えることも、挑戦の機会と捉えることもあることを前提に、そうした認識がどのようにJCに影響を与えるのか、またどのような要因によってその影響の程度が左右されるのかが検討されてきた。まず、従業員がAIの導入を挑戦の機会と捉えている程度が強いとJCを増やす効果があることが確認されている（Heetal.,2024）。一方、AIを脅威と捉え、従業員が不安に感じることによる効果は、一貫した結果が見られていない。AIに対して不安をもつことによってパフォーマンスに対するプレッシャーを強く感じるようになることでJCが増加するという報告もあれば（Kangetal.,2023）、不安によって否定的な感情が反復的にも喚起されることがJCを減らしたり（Baietal.,2025）、挑戦の機会と感じることでJCが増える効果をそうした不安が抑制してしまうといった結果も報告されている（Wangetal.,2025）。さらに、AIに対する挑戦の機会という認識と脅威という認識では、どのようなJCを増やすかが異なっているという指摘がなされている。挑戦の機会という認識は、能力を伸ばそうとしたり、関係性を拡張するといった積極的なJCを増やすのに対して、脅威という認識は、仕事の精神的な負荷を低減したり、関係性を縮小するといった消極的なJCを増やすような影響をもつことが複数の研究で示されている（Chengetal.,2023;Yang&Jiang,2025）。このようにAI導入が従業員のJCに影響を与えるものの、その程度は従業員自身が置かれている状況によって左右される。そのような状況要因の中でも、特に注目されているのがリーダー（上司）の影響である。AIに限らず、上位者の価値観・態度・行動が、組織内の下位メンバーに伝播し、彼らの行動や心理に影響を与えるという「トリクルダウン効果（trickle-downeffect）」は経営学研究ではよく取り上げられる。具体的には、上司自身がAIに対して積極的な姿勢を示し、実際にAIを活用して業務の改善を図っている場合、部下のJCやAIの活用も増えることが報告されている（Heetal.,2023;Lietal.,2024）。このように、リーダーが率先してAIを使いこなそうとする姿勢を示すことは、部下にポジティブな効果をもたらす。しかし、リーダーが実際にはAIを活用していないにもかかわらず、表面的に積極的なふりをしている場合には、部下から「印象操作」と受け取られ、かえって逆効果になるという指摘もある（Heetal.,2023）。さらにHuら（2025）の研究では、リーダーの積極的な姿勢によって、従業員がAIを脅威として強く感じるようになる側面があることも示されている。このようなネガティ32［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 33
![Page 33の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000033.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

ブな影響を緩和するために、組織全体としてAIに関する従業員への支援体制（研修など）を充実させることの重要性がHuらの研究では指摘されている。上司の行動や態度以外にも、AIがJCにもたらす影響の大きさを左右する要因が検討されている。たとえば、AI導入に不安を感じていても、AIに関する同僚からの援助行動がより受けられるようであればJCが促進されやすくなる（Kangetal.,2023）。もちろん、従業員ごとの個人的な要因も関係する。たとえば、ストレスを成長の機会と捉えられるマインドセットをもっていること（Yang&Jiang,2025）や本人がもっているAI知識（Heetal.,2024）などは積極的なJCを増やすことを促進する。このようにAIの導入が従業員のJCにもたらす影響にはさまざまな要因がかかわっている。AIのさらなる発展の適応にむけて以上の先行研究の知見を実務に活かせるようにポイントをまとめるならば、次の3点に整理できる。第1に、AIは従業員によって「脅威」としても「機会（チャンス）」としても受け取られるため、従業員が適応するのに一定の時間がかかることを前提に考える必要がある。第2に、そうした前提を踏まえたうえで、AIの活用推進とJCを通じたワーク・エンゲージメントの向上を同時に進めていくためには、トップをはじめとするリーダー層が率先してAIを活用し、手本を示すことが求められる。第3に、AIに関する研修の実施などを含む組織的な支援体制の整備に加えて、AI活用において従業員同士が互いに助け合うような職場風土を醸成することが重要である。これまでのAI導入は、Perezらの研究での銀行のコンサルティング営業担当者の事例に見られるように、トップダウン的に進められることが少なくなかった。それに対して、近年とりわけ注目を浴びているChatGPTをはじめとした生成型AIの活用では、従業員一人ひとりが自らの業務に適合した使い方を主体的に探り、ボトムアップ的に実装を図ろうとすることが成果向上の鍵を握っている。そのためには、JCに見られるような従業員の主体性の発揮が不可欠である。すなわち、AIを積極的に活用して仕事に自ら変化を加えていくJCが求められているが、そうしたJCは「AIクラフティング」と名付けられ、それについての研究も着手されている（LiAI時代にはジョブ・クラフティングがますます重要にetal.,2024）。最初に紹介したPerezらの研究はフランスで行われたが、その他の多くの論文は中国での調査に基づいた研究である（韓国や米国での研究もごくわずかに含まれているが）。日本においても生成型AIをはじめとしたAIの導入が加速していくことが見込まれることから、少子高齢化による労働力不足をはじめとした、日本固有の背景を踏まえた、AIとJCを巡る研究が今後展開されていくことが期待される。参考文献Bai,J.Y.,Huan,T.C.,Leong,A.M.W.,Luo,J.M.,&Fan,D.X.F.（2025）.ExaminingtheinfluenceofAIeventstrengthonemployeeperformanceoutcomes:RolesofAIrumination,AI-supportedautonomy,andfeltobligationforconstructivechange.InternationalJournalofHospitalityManagement,126（104111）.Cheng,B.,Lin,H.,&Kong,Y.（2023）.Challengeorhindrance?Howandwhenorganizationalartificialintelligenceadoptioninfluencesemployeejobcrafting.JournalofBusinessResearch,164（113987）.He,C.,Teng,R.,&Song,J.（2024）.Linkingemployees’challenge-hindranceappraisalstowardAItoserviceperformance:theinfluencesofjobcrafting,jobinsecurityandAIknowledge.InternationalJournalofContemporaryHospitalityManagement,36（3）,975-994.He,G.,Liu,P.,Zheng,X.,Zheng,L.,Hewlin,P.F.,&Yuan,L.（2023）.BeingproactiveintheageofAI:Exploringtheeffectivenessofleaders’AIsymbolizationinstimulatingemployeejobcrafting.ManagementDecision,61（10）,2896-2919.Hu,C.,MohiUdDin,Q.,&Tahir,A.（2025）.Artificialintelligencesymbolicleadershipinsmallandmedium-sizedenterprises:Enhancingemployeeflexibilityandtechnologyadoption.Systems,13（4）,216.Kang,D.Y.,Hur,W.-M.,&Shin,Y.（2023）.Smarttechnologyandserviceemployees’jobcrafting:RelationshipbetweenSTARAawareness,performancepressure,receivingandgivinghelp,andjobcrafting.JournalofRetailingandConsumerServices,73（103282）.Li,W.,Qin,X.,Yam,K.C.,Deng,H.,Chen,C.,Dong,X.,Jiang,L.,&Tang,W.（2024）.Embracingartificialintelligence（AI）withjobcrafting:Exploringtrickle-downeffectandemployees’outcomes.TourismManagement,104（104935）.Perez,F.,Conway,N.,Peterson,J.,&Roques,O.（2024）.Me,myworkandAI:Howradiologistscrafttheirworkandidentity.JournalofVocationalBehavior,155（104042）.Perez,F.,Conway,N.,&Roques,O.（2022）.Theautonomytussle:AItechnologyandemployeejobcraftingresponses.RelationsIndustrielles,77（3）.Wang,H.,Xu,G.,Hu,L.,&Liu,Y.（2025）.Opportunityandthreat:Howemployees’perceptionsofartificialintelligenceinfluencejobcrafting.BalticJournalofManagement.https://doi.org/10.1108/bjm-09-2024-0525Wrzesniewski,A.,&Dutton,J.E.（2001）.Craftingajob:Revisioningemployeesasactivecraftersoftheirwork.AcademyofManagementReview.26（2）,179–201.Yang,C.,&Jiang,P.（2025）.TheeffectofemployeeSTARAawarenessonjobcrafting:Exploringthemoderatingroleofpositivestressmindset.JournalofManagerialPsychology,40（2）,211–225.L［実践］理念経営Labo2025AUTUMN33

## Page 34
![Page 34の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000034.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

BOOKS〈知をひらく〉～経営の着眼点～話題のビジネス書を著者が語る「刀」の挑戦を徹底取材！『森岡毅必勝の法則逆境を突破する異能集団「刀」の実像』日経BP刊定価：1,870円（税込）日経ビジネス副編集長中山玲子あのときの森岡毅氏の表情は忘れられない。2015年秋、テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」（USJ、大阪市）を米メディア大手コムキャストが買収すると発表して以降、初めて森岡氏が報道陣の前に姿を現したときのことだ。会見ではいつも歯切れのいい物言いをしていたがこのときは違った。明らかに感情を押し殺している。内側でふつふつと湧き上がるマグマを強引に抑えているようだった。当時、森岡氏はUSJの最高マーケティング責任者。前職のプロクター・アンド・ギャンブル（P＆G）から2010年に転じ、推進してきたUSJ再建にようやくメドが立ち、さらなる成長を目指して第2のパークとなる沖縄でのテーマパーク建設に向け動き出した頃だった。だが、沖縄計画は親会社の変更を受けて白紙となる。この沖縄のテーマパークこそ、森岡氏がUSJを独立後に刀としてプロジェクトを再始動させ、今年7月下旬に開業にこぎ着けたテーマパークの「ジャングリア沖縄」だ。USJ時代の計画白紙を経て、刀を創業した森岡氏らによって再び事業計画が立ち上げられ、今に至る。USJ時代から含め構想14年にわたる執念のプロジェクトだ。全国紙の大阪経済部で経済記者としてのキャリアをスタートさせた私は、これまで多くの経営者を取材してきた。もともとの担当は電機やエネルギー業界。USJを取材したの年ほどだったが、森岡氏の存在は私に強烈な印象を残した。未来を見通し、確実に実行していく力。そして、わざと自らを崖っぷちに追い込み、そんな自分を楽しんでいるように見えた。負の力もすべて前向きな力に転換させる。取材では、「世界」や「日本」といった言葉が頻繁に出てくる。視座の高さも含めてこれまでの多くの経営者とはスケールが違って見えた。それゆえ、USJで頓挫した沖縄パーク計画は、そのままでは終わらない気がしていた。何より私の脳裏に焼き付いていたのは、悔しさを押し殺していた森岡氏の表情だった。2017年にUSJを飛び出した森岡氏らが創業した刀が再び沖縄パークに挑戦すると聞いたときは強い執念に驚かされたが、同時に腑に落ちた。刀はCEO（最高経営責任者）の森岡氏が認める精鋭らが集まる集団だ。それでも、投資規模が巨額になるテーマパーク事業を展開するのは容易ではない。ジャングリア沖縄の億円。創業から10年足らずのスタートアップの資金調達額としては異例の規模だ。さらに沖縄という立地は歴史的な背景などもあり、決して一筋縄で事が進む地域ではない。「おそらく沖縄でテーマパークを開業するのは難しいだろう」。刀が目指す沖縄パークについての記事を書くたび、編集部内や他の企業関係者からそんな声が聞こえてきた。常識で考えるとたしかに難しい。しかし、そんな予想を裏切るように本当にジャングリア沖縄は開業した。森岡氏は独自のマーケティングノウハウを盛り込んだ数多くの自著を書いているが、本書は森岡氏を中心としながら刀という組織にフォーカスしたビジネスドキュメントだ。取材したのは、森岡氏はもちろん、刀の幹部から若手社員、取引先まで100人近くに上る。描いたのは、刀の森岡氏や社員らが逆境に負けず果敢に挑戦を続ける姿。閉塞感が漂う日本経済で彼らの挑戦が一筋の光となることを願って描いた１冊だ。なかやま・れいこ1980年、奈良県生まれ。同志社大学文学部卒業後、産経新聞大阪本社入社。経営危機にあったシャープや東日本大震災後の電力業界を取材。2019年、日経BPに転じ、日経ビジネス配属。’25年、副編集長。森岡毅氏や刀の取材はUSJ時代を含め10年以上続けてきた。L34［実践］理念経営Labo2025AUTUMN

## Page 35
![Page 35の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000035.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

2026年版日めくりカレンダー好評発売中！日々のことば松下幸之助「日に新た」税込価格：1,012円判型：37cm×12.8cm仕様：31日分17枚綴り毎年好評の「ＰＨＰ日めくり」2026年版。仕事と人生の指針となる松下幸之助の珠玉のことばを31日分厳選し、“日めくり”にまとめたもの。◎「日に新た」に込められた松下幸之助の想い万物は日に新た。刻々に変わり、たえず生成発展している。今日の営みの上に明日の工夫を、明日の工夫の上に明後日の新たな思いを。新鮮な心持ちで、日々の仕事に向き合いたい。お得意先様へのご贈答品として各種行事の記念品として職場の風土づくりのツールとして内容一部紹介8日24日心は自在融通無碍に平凡な一日にも貴重な体験◎特典10部以上お申し込みの場合、贈呈用封筒をお付けします。300部以上お申し込みの場合、無料で日めくりの全ページと、贈呈用封筒に御社名を印刷（1色刷り）いたします。2025AUTUMN10-12（Vol.15）2025年10月27日発行発行人渡邊祐介編集主幹川上恒雄編集長會田広宣発行所PHP理念経営研究センター［編集スタッフ］長尾梓／髙橋久実子［制作・普及協力］〒601-8411京都市南区西九条北ノ内町11番地TEL075-681-9166メールkenkyu1@php.co.jpURLhttps://www.php-management.com/池口祥司／的場正晃／時政和輝／西岡拓真／大久拡／桐本真理／川口宝馬動画順次公開＆メルマガ登録受付中誌面の内容がよりよくわかる特別動画をこちらのウェブサイトで順次公開しています。↓また、上記動画の公開時期および『［実践］理念経営Labo』の最新情報をメルマガ（無料）にてお届けします。ご希望の方はこちらのウェブサイトよりメールアドレスをご登録ください。↓［デザイン／制作］朝日メディアインターナショナル株式会社©PHPInstitute,Inc.2025Allrightsreserved

## Page 36
![Page 36の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo015/contents/image/book/medium/image-000036.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

第7巻10月24日発売ます。2025AUTUMN10-12（Vol.15）2025年10月27日発行ＰＨＰ理念経営研究センター第1巻〜第6巻好評発売中！※・本体価格：第1巻～第6巻各3,300円＋税第7巻3,400円＋税判型・製本：四六判上製装丁デザイン・文言に変更の可能性があり

