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# Vol.12『[実践] 理念経営Labo』（2025 WINTER 1-3）

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人と組織の可能性を発見する研究誌理念経営実践Vol.12Labo2025WINTER1-3［松下幸之助生誕130年記念シンポジウム］経営で大切なことはみな、松下幸之助が教えてくれた初公開！「松下幸之助」再現AI［理念経営を実践する！］対話を深めて企業精神を浸透するツムラ代表取締役社長CEO加藤照和［不確実性の高い現代を生き抜く］「越境学習」と「エフェクチュエーション」法政大学教授石山恒貴×神戸大学准教授吉田満梨［稲盛和夫研究会シンポジウム］松下幸之助と稲盛和夫時代を超えて受け継がれる経営の原点［「社会の公器」として輝く良い会社］店長が創意工夫して最高の接客サービスを実現グルメ杵屋代表執行役社長CEO椋本充士［松下幸之助経営塾志の実践］宝清インターナショナル代表取締役相良真華［経営学で読み解く人と組織］関西学院大学准教授貴島耕平

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『［実践］理念経営Labo』刊行にあたって現代の企業や組織において、経営理念を経営の軸に据えることの重要性はますます高まっています。一つには、資本主義社会のあり方が問い直され、企業の果たすべき責任がよりいっそう重視されつつあることが挙げられます。たとえば、行きすぎた株主重視の反省から、企業には社会的な課題解決が一段と強く求められるようになりました。ESG（環境、社会、ガバナンス）投資やSDGs（持続可能な開発目標）への関心の高まりからも、その傾向は明らかです。また、従来の経営理念に加えて新たに「パーパス」（存在意義）を掲げる企業も数多く出てきました。一方で、政府による働き方改革の推進、雇用慣行の変化、特に最近は新型コロナ感染症拡大をきっかけとしたリモートワーク導入促進の流れの中で、働く人々の価値観においても多様化が進み、組織を統合するための経営理念の役割も見直されています。私どもPHP理念経営研究センターは、複雑化する環境においても企業や組織が活力を持って高品質な商品やサービスを創出し、持続的な発展を遂げてゆくために、新たな理念経営のあり方を追求することを年に設立いたしました。この使命はパナソニックグループ創業者で弊社PHP研究所創設者でもある松下幸之助の「思い」から発しています。松下は、昭和7（1932）年5月5日、「人々の日常生活の必需品を充実豊富にして、その生こんしん活内容を改善拡充する。松下電器製作所はこの使命の達成を究極の目的とし、今後一層渾身の力を振るまいしんい、一路邁進せんことを期す」という趣旨の自社の「真使命」を宣言し、パナソニックグループを世界へと飛翔させました。また終戦後の世の乱れ、人心の荒廃を思い知らされたところから、「繁栄を通じて、平和と幸福を実現する」（PeaceandHappinessthroughProsperity）との思いに立ち、昭和21（1946）年11月3日にPHP研究所を設立いたしました。「初めに思いありき」の言葉通り、松下のいずれの事業活動もすべて「思い」を原点とした理念経営にほかなりません。こうした考えに立ち、PHP理念経営研究センターの情報発信の場として『［実践］理念経営Labo』をこのたび刊行いたします。誌名に「Labo」（ラボ）とつけたのは、本誌を生きた「理念経営の研究室」とし、より先端的な課題への取り組みに挑みたいとの思いがあってのことです。理念経営に挑戦している経営の現場を現代的見地にもとづいて取材し、理念実践の新たな指針を創出することを目指して誌面づくりに尽力していきたいと考えています。読者の皆様には、ぜひとも「Labo」の共同研究者として情報、ご感想を賜り、明日の「理念経営」のあり方に一石を投じるべくご支援、ご指導をお願いいたしたく存じます。2022年4月PHP理念経営研究センター代表渡邊祐介

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Contents──2025WINTER1-3（Vol.12）【Report】松下幸之助生誕130年記念シンポジウム経営で大切なことはみな、松下幸之助が教えてくれた初公開！「松下幸之助」再現AI【SpecialInterview】理念経営を実践する！対話を深めて企業精神を浸透する成果を上げるための独自の経営哲学【SpecialTalk】不確実性の高い現代を生き抜く「越境学習」と「エフェクチュエーション」今、話題の理論から何を学ぶか？【Report】稲盛和夫研究会シンポジウム松下幸之助と稲盛和夫時代を超えて受け継がれる経営の原点その今日的意義を問う松下幸之助経営塾【志の実践】人を育て、本業に徹する父の遺志を受け継ぎ経営の原点に返る【塾生通信】日に新たSeries【経営学で読み解く人と組織】性格検査と人間の序列化MBTIの流行から考える【「社会の公器」として輝く良い会社】店長が創意工夫して最高の接客サービスを実現おもてなしで付加価値の創造を紡ぐ【プロ・ファシリテーターが斬る!!組織づくり・人づくりのヒント】“経営者の器”以上に企業は大きくならない【特別動画案内】MOVIEGALLERYツムラ代表取締役社長CEO加藤照和法政大学教授／神戸大学准教授石山恒貴／吉田満梨宝清インターナショナル代表取締役相良真華関西学院大学准教授貴島耕平グルメ杵屋代表執行役社長CEO椋本充士PHP研究所経営共創事業本部本部長的場正晃481216182224283234誌面内容がよりよくわかる特別動画を右のQRコードからご視聴いただけます。動画は随時追加予定。メルマガにてご案内します。（メルマガ登録はP35下をご参照ください）

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Report経営で大切なことはみな、松下幸之助が教えてくれた初公開！「松下幸之助」再現AI2024年11月27日、紀伊國屋ホール（東京都新宿区）にて、松下幸之助生誕130年記念シンポジウム（主催：紀伊國屋書店・PHP研究所、協力：パナソニックホールディングス）が開催されました。「経営で大切なことはみな、松下幸之助が教えてくれた」をテーマに、その人生と経営を振り返り、「松下幸之助」再現AIも用いて、今を生きる私たちが何を学べるか、白熱の議論が展開されました。取材・文：池口祥司写真：今井秀幸混迷の時代に素直な心で衆知を集める松下幸之助が生きていたら130歳になるこの日、「私は来年で言いますと、ちょうど90歳になります～日本人男子で最年長は124歳です。新記録を立てようと思ったら130歳くらいまで生きなあかんと思いますな。それに挑戦しているのです」とユーモアたっぷりに話すオープニング映像（P34上）でシンポジウムは始まりました。座席数400人超の紀伊國屋ホールが満席となる中、主催者挨拶として最初に登壇したのは、PHP研究所会長・パナソニックホールディングス特別顧問であり、松下幸之助を祖父に持つ松下正幸。「今日は、松下幸之助の人となりをあらためて知っていただくとともに、幸之助が人生と経営を通じて、繁栄、平和、幸福に至るヒントを示そうとした、その物の見方・考え方を、皆様とともに学び直す機会になればと思ってやみません」というメッセージに加え、終戦後の占領下にあって、幸之助が日本人の自主独立の精神の復興を企図して劇団創設を志していたことを紹介。演劇の聖地である紀伊國屋ホールでシンポジウムが開催されることの意義と感謝を述べました。次に、共同主催者である紀伊國屋書店会長の高井昌史氏が、ロングセラーとして店頭に並び続けている幸之助の代表作『道をひらく』が多くの読者の人生の道をひらく助けとなってきたことに触れ、コロナ禍以降、混迷を極める世界において、幸之助の教えを学ぶことは現代に生きる経営者にとっても停滞した現状を打ち破るヒントの一つになり得ることを説きました。さらに来賓挨拶として、パナソニックホールディングス会長の津賀一宏氏が登壇。社長就任時、幸之助の言葉と自身の思いを重ねて「素直な心で衆知を集めて未知なる未来へ挑戦する」と記した紙を壁に張り、毎日眺めながら社長業をスター4［実践］理念経営Labo2025WINTER

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松下幸之助生誕130年記念シンポジウムトさせたこと、あるパナソニックショップの経営者から「最近のパナソニックはサラリーマンになっている。我々は商人だ」とお叱りを受けたエピソードを披露しました。その経営者の方が引用したのは、1935（昭和10）年に作成された松下電器基本内規第15条「松下電器ガ将来如何ニ大ヲナストモ常ニ一商人ナリトノ観念ヲ忘レズ従業員マタソノ店員タル事ヲ自覚シテ質実謙譲ヲ旨トシテ業務ニ処スル事」であり、その日以来、片時も忘れたことはなかったといいます。130歳を迎えた気持ち「幸之助」再現AIに質問前半の第1部では、PHP理念経営研究センター首席研究員の川上恒雄が「松下幸之助の人生と経営を振り返る」というテーマで、幸之助の生涯を描いた映像をもとに解説しました。映像の前半では、奉公先の宮田火鉢店、五代自転車店で商売を身につけ、大阪電燈で働いたのち、亡き父親が遺した「商売で身を立てよ」という言葉と、みずから工夫、改良したソケットを製造したいという思いが募り独立した経緯、さらには事業が拡大し、多額の税金について思案した結果、「自分の金だと思うから悩みも起きるのだ。事業の儲けは便宜上個人の所有が認められているだけだ」と考え、「企業は社会の公器」という企業観に至ったこと、不景気において1人も解雇せずに社員を鼓舞したエピソードなどが取り上登壇者の話に真剣に耳を傾ける。満席となった会場からは熱気が伝わってきたげられました。また、宗教施設で奉仕する人々の様子に感銘を受け、「心の安寧をもたらすのが宗教であるなら、安くてよいものを量産して、貧乏を克服し、世の中を豊かにする」のが産業人の使命であることに思い至った背景も紹介されました。映像を受けて川上は、松下幸之助が「ものづくり」と「販売」の両分野のイノベーターであったことに加え、「人」を大切にする経営者であったことを解説。その例として、社員全員が歩みをほいちかい」一つにして親睦をはかる「歩一会の設立、技能教育と中等教育レベルの知識を習得できる「店員養成所」、亡くなった社員を弔う「松下電器物故者墓」の設置等について説明しました。映像の後半では、戦後、人々が物心両面において真に繁栄する道を探究するために1946（昭和21）年にPHP研究所を、さらには1979（昭和54）年には私財70億円を投じて松下政経塾を創設したストーリーを紹介。川上はアメリカの雑誌『LIFE』で「5つの顔を持つ男」と書かれた例を挙げつつ、企業経営者としてだけでなく、国や社会に積極的に働きかける活動にも尽力したことを取り上げました。第1部の最後には、PHP理念経営研究センター代表の渡邊祐介が、パナソニックホールディングスと開発中の「松下幸之助」再現AIを初公開。生誕130年を迎えた気持ちを質問したところ、まさに本人が話しているような口調で「時代が大きく変わり、様々な課題に直面している今も、繁栄によって平和と幸福をという理念が、私の人生の指針であり、経営の根底にある考え方です」と回答があり、会場から大きな拍手が起きました。［実践］理念経営Labo2025WINTER5

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第1部幸之助の言葉に奮起経営理論との親和性も第2部のパネルディスカッションのテーマは「今を生きる私たちが、松下幸之助から学べること」。パネリストは、サイボウズ社長の青野慶久氏、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏、渡邊祐介の3人。モデレーターはPHP研究所経営共創事業本部本部長の的場正晃が務めました。まず口火を切ったのは青野氏。旧松下電工で約3年勤務したのち、1997年に起業、3年後には上場を果たしたものの、上場後は売上が伸び悩み、M&Aにも失敗し、退職者が続出するなど、経営者人生のどん底に。そんなある日、『松下幸之助日々のことば』（PHP研究所編）の渡邊祐介による「松下幸之助」再現AIの紹介（P34中）一節「本気になって真剣に志を立てよう。強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい」という言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けたそうです。命をかけるくらいの真剣さが足りなかったことを反省し、自分が何に対してなら真剣になれるかを考えながら社員と対話をするうちに、「いいグループウェアをつくって広げる」ことには命をかけてもいいと思えることに気づいたといいます。結果として業績の回復と、大幅な離職率減につながりました。続いて、小さな頃からパナソニック製品に囲まれて育ち、今もドライヤー、室内物干しユニット『ホシ姫サマ』等の製品を愛用しているという入山氏。当初『道をひらく』のような人生訓的な本を敬遠していた入山氏ですが、ある出版社の企画のために読んだところ、世界最先端の経営理論との親和性が高いことに驚き、感動したといいます。そして、経営理論の本質は「人」であり、「人としての本質」が書かれた本書が経営者だけでなく、多くの人に読まれていることに納得したそうです。社員の共感を高めるには「腹落ち」が大切2人の話の後、渡邊がここ5年で松下幸之助研究が学際的になったことを、脳神経科学者の青砥瑞人氏との対話を例に紹介。松下幸之助が提唱する「自己観照」は、現代的にいえば自分自身を客観的に把握する「メタ認知」能力であり、「日に新た」は知識を常識化していく人間の特性に対して、「今日までの常識は明日は違うかもしれない」と日々完全リセットしていくことと同義だと、青砥氏は分析したと報告。その分析に対して頷いた入山氏は、氏が監訳を担当した『両利きの経営』で示されている「知の探索」と「日に新た」はイコールであり、経営者が成長していくためには「昨日の自分、今日の自分だけを肯定するのではなく、世界はもっと広いはずだ」と考える謙虚さが必要なのではないかと補足しました。さらに、松下幸之助が宗教に関心を持ち、影響を受けていたエピソードから、「いい会社は宗教的である」と指摘。これを受け、的場が6［実践］理念経営Labo2025WINTER

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松下幸之助生誕130年記念シンポジウム第2部白熱したパネルディスカッション青野慶久氏入山章栄氏的場正晃と渡邊祐介「松下幸之助」再現AIに、ある種、宗教的ともいえる熱狂的な組織をつくった例として、「1932（昭和7）年、大阪中央電気倶楽部で会社の使命を伝えたとき、社員が熱狂した理由」を問いかけました。再現AIは、「社員が熱狂した理由は、自分たちの仕事に対する新たな意義を見出したからであります。私が話したのは、貧乏を克服するという大きな使命を持っている、貧乏克服業であると述べました。自分たちの仕事が社会に対してどれほど重要で、価値のあるものかを実感したのです。使命感を持つことが働く意欲を高め、熱狂的な反応を引き起こしたのです」と回答。さらに青野氏は、皆が共感する理想を語る際には「言葉」が大切なのではないかと訴えました。実際、サ4444になイボウズでは過去に、育児休暇ぞらえ、辞めた社員が戻れる再雇用44444制度として「育自分休暇」（現アルムナイ制度）を設立したりと、腹落ちする「言葉」を生み出すことに苦心していると語りました。また青野氏は、パナソニックの最近のある製品の販売戦略について「松下幸之助」再現AIに質問したところ、現代にふさわしい先進的な、そして、いかにも幸之助らしい回答があり、会場は大いに盛り上がりました。パネルディスカッション終盤は、問いを立てることの重要性、志を持ち続けることの難しさ等にまで話が広がり、会場も熱気に包まれ、「もっと続けましょうよ」と入山氏が名残惜しさを表明するもタイムアップ。閉会挨拶には、PHP研究所代表取締役社長の瀬津要が登壇。シンポジウム参加者の方々、紀伊國屋書店、パナソニックホールディングスに御礼を述べるとともに、「『見方・考え方』イノベーションで社会を変える」という、PHP研究所のメッセージを凝縮した動画「ビジョンメーカー」を紹介し、閉会となりました。生誕130年という節目にあたり、「松下幸之助」再現AIの精度の高さに驚きつつ、変化の激しい時代を生き抜くために大切なことは何か、考える機会になったのではないでしょうか。L［実践］理念経営Labo2025WINTER7

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SpecialInterview対話を深めて企業精神を浸透する成果を上げるための独自の経営哲学株式会社ツムラ代表取締役社長CEO加藤照和かとう・てるかず＊1963年愛知県生まれ。’86年、中央大学商学部卒業後、津村順天堂（現ツムラ）入社。経理部門などを経て、2001年に米国法人社長に就任。’06年、広報部長、’11年、取締役執行役員コーポレート・コミュニケーション室長を歴任し、’12年、代表取締役社長に就任。’19年より現職。株式会社ツムラ本社：東京都港区／設立：1893年／事業内容：医薬品（漢方製剤、生薬製剤他）の製造販売創業から130年以上の歴史を持つツムラは、トップが「覚悟」を示して理念浸透に取り組む会社の一つだ。そしてその取り組みは、『ツムラの理念経営』（PHP研究所）として1冊にまとめられている。コーチングを導入しての企業精神の浸透について、加藤照和社長にうかがった。取材・構成：阿部久美子資料・写真提供：ツムラ『ツムラの理念経営』理念浸透の軌跡を紹介PHP研究所刊定価：1,980円（税込）企業理念は正しい方向を指し示す北極星のようなもの企業は「成果」を上げる必要があります。では成果とは何か。自社の業績などではありません。私はドラッカー先生の定義に倣い、「社会に良い変化や影響をもたらすこと」だととらえています。弊社は1893（明治26）年の創業以来、漢方製剤、生薬製剤の製造・販売を生業としてきました。この事業を通して、お客様、患者様のお役に立つ製品やサービスを提供し、社会をより良くしていくことに貢献するのが、私たちにとっての成果であり目的です。企業理念とは、北極星のようにいつも同じ位置にあり、正しい方向を指し示して導いてくれるものです。時代が変わり、人が入れ替わっても、いつも正しく機能する組織であり続けるには、自分たちがやるべきこと、やらざるべきことを、常に理念に照らし合わせながら判断していくことが重要です。その組織としての理念を体系化したものが「TSUMURAGROUPDNAPyramid（ツムラグループDNAピラミッド）」です。これを全員が正しく理解し、判断の道標としていく。それが、私の理念経営の考え方です。特に現代は、先行きの見えにくい「VUCA（ブーカ）の時代」です。どういう戦術で戦ったらいいかを、その都度本部に聞いているような悠長な暇はありません。適宜、現場で即断即決していくことが求められます。ですから、どんな部署であっても会社として正しい判断ができるようでなければいけない8［実践］理念経営Labo2025WINTER

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理念経営を実践する！わけです。何に困っている世の中になっているから、何を提供していくのが望ましいのか。そのために何をする必要があるのか。トップの経営者だけでなく、組織全体がその場その場で考える必要性があり、自主自立的に正しく動けなければなりません。そしてその判断が、会社全体として正しい方向に進むものでなければいけない。そういう意味でも、理念浸透の必要性はいっそう高まっていると思うのです。2012（平成24）年に理念浸透の取り組みを始め、2019（平成31）年に社内人財養成機関「ツムラアカデミー」を設置し、私は「さらに最年は続ける」と宣言しました。いくら担当部署が頑張ってくれても、各職場が業務優先のスタンスだと定着しません。その認識を変えてもらうには、社長として本気でやりますよという意志表明をし、トップとしての「覚悟」を示すことが必要だと思ったからです。一度始めたら途中でやめずに「継続する」ことも重要です。文化として定着させるには「10年」は続けなくてはいけないと考えてスタートさせました。弊社の理念浸透活動の特徴は、理念の浸透と、チームビルディングのためのコーチングを組み合わせた「対話型」講座というスタイルにあります。理念を探究しながら、同時にチームづくりや円滑なコミュニケーション環境の醸成に役立つよう、コーチングを取り入れて実践的なシステムを構築しました。コーチングの基本である「傾聴」「承認」「質問」によって対話を重ね、人間関係の質を高める。相互の関係の質が高まると、思考の質が高まり、それが行動の質を高めることになり、結果の質が高まる。「成功の循環」が起こります。理念を探究しながら、そういうスキルを自然な形で身につけられるようにしたのです。企業にとって一番価値があるのは人財育成に投資すること実は、コロナ禍が一つの転機になりました。コロナで各種研修を見送られた企業さんも多いかと思いますが、弊社ではコロナ前までにパソコンを使って会議に参加したり、リモートワークをしたりといった環境を整えることができていました。そこで、コロナ禍で出社できなくなったとき、「むしろオンラインで顔を見ながら講座をやろう」と力を入れることにしたのです。集合研修はその場所に集まらなければいけませんが、オンラインなら全国どこの職場で働いている人も参加できます。移動の手間も費用もかかりません。大人数にも対応できます。普段まったく交流のない部署の人、これまで会ったこともない人とつながり、意見交換する場ができ、幅広いコミュニケーションの機会が生まれたことはとても大きかったです。互いの感じていること、考えていることを知り、仕事でどんな苦労をしているのかがわかると、組織間の壁のようなものも自然となくなり、互いの仕事への理解や共感も進みます。社内において、対話の文化が確実に広まっているという手応えを感じることができました。企業にとって一番価値あるもの、それは「人」です。どんなに立派な建物を持っても、どんなに立派な工場をつくっても、「もの」は経年劣化していきます。しかし人だけはどんどん成長し、入れ替わり、常に新しい状態になっていきます。ですから、企業として最も価値があるのは、人財育成のために投資をすることだと私は考えています。もちろん私が社長であり続けるわけではありませんから、次の世代にバトンを渡すまで、できる限りのことをやり続けるのが、社長として会社を担ってきた私の責任であり、役目だと思っています。創業者がどういう思いで事業を始めたのか、何を実現したかったのかという考えがどんな企業にもあります。それを一番端的に残されているのは松下幸之助さんだと思っています。「企業は社会の公器」と言い、自社の儲けではなく世の中のため、国のためを考えていたことはつとに有名ですが、弊社の創業者・津村じゅうしゃ重舎もまた、松下さんと近しいものの考え方をしていたことが記録に残っています。弊社の理念体系の最上位概念、プリンシプル（原理・原則・理法）は「順天の精神」です。重舎は「順天したが＝天の道に順う」ことを非常に大切にしていました。このことは、創ちゅうじょうとう業時の社名が「中将湯本舗津村順天堂」であったことからもわかります。松下幸之助さんは「自然の理法に従った経営を行なう」と仰っていま［実践］理念経営Labo2025WINTER9

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TSUMURAGROUPDNAPyramid（ツムラグループDNAピラミッド）プリンシプル原理・原則・理法順天の精神パーパス究極的に成し遂げる事業の志経営理念基本的価値観企業使命存在意義・目的サステナビリティビジョン長期経営ビジョンTSUMURAVISION“Cho-WA”2031目指すべき人財像目指すべき組織像一人ひとりの、生きるに、活きる。基本基自然と健康を科学する調漢方医学と西洋医学の融合により世界で類のない最高の医療提供に貢献します自然と生きる力を、未来へ。“Cho-WA”（調和）のとれた未来を実現する企業へPHCPersonalizedHealthDiseaseandCareSciencePADPotential-AbilitiesDevelopment一人ひとりにあった“未病”の科学化潜在能力開発ヘルスケア提案「志・情熱、使命感」を持ち、「プロフェッショナル」として、「自立」的に行動し、「利他」の心で判断できる人財となる手本のないビジネスにおいて、自ら道を切り拓き、誰からも信頼される人の集団かつ漢方薬的組織となる伝統と革新PDSPre-symptomaticすが、「水は高きから低きに流れる」という言葉があるように、天地自然の理に合致した形で行なうのが一番無理のない経営だと思います。事業の内容も、組織の運営も、時代時代で変わっていく部分もあるでしょうが、順天の精神のもと、変えるべきものと変えざるべきものを峻別していくためにも、理念は大きく役立つであろうと思っています。チーム力を高める「漢方薬的組織」漢方薬は、複数の生薬が配合されてできています。生薬自体はもともと自然界にあるもので、漢方薬には天然物由来の多成分系医薬品という特性があります。そのため、それら生薬を複数組み合わせることにより、漢方薬には配合の妙が発揮されるのです。生薬の配合は、その働きの違いかくんしんさしら「君臣佐使」の4つに分類することができます。中心となる生薬の「君薬」、君薬の作用を補助し強める「臣薬」、君薬や臣薬の効能を調節する「佐薬」、さらに補助的な作用を調節する「使薬」です。生薬は単体としても効果を発揮しますが、他の生薬との配合により、主役にも脇役にもなります。つまり、単体の力量だけに頼るのではなく、そのチームの持ち味をより有効に活かすために、組み合わせ方を変えるのです。それぞれが補い合うことで、複合製剤としてさらなる別の薬効を発揮する。要するに、1＋1が2ではなく、3にも4にも5にもなる。より強い力を発揮する薬となるわけです。西洋薬が化学的に精製された薬物の働きによって、一つの病気や症状をピンポイントに治すのに効果的であるのに対し、漢方薬の働きは、いわば自然の力を結集し、チームで全体の力を底上げし、薬効を高めていくものといえます。私たちは、こうした漢方薬の概念は、人や組織を最大限に活かすチームビルディングにもいえるのではないか、と考えました。人はそれぞれ異なる力を持っています。チームを組んで、互いに協力し、調整し合って仕事を進め、成果を出す。ただ、あるプロジェクトで中心的リーダーを務めた人が、常にリーダーに適任かというとそうとも限りません。支える側に回り、チームの調整を行なう佐薬的な役割を果たしたほうが効果的なこともあります。個人の力量や持ち味だけで判断するのではなく、漢方薬のように、チーム全体でのバランス、配合の妙という視点で考えると、人や組織の10［実践］理念経営Labo2025WINTER

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理念経営を実践する！運用についても、より柔軟な発想でのチームづくりができます。人や組織も、漢方薬のように全体的、総合的な視点から調和を目指し、バランスの妙でチーム力を最大化させていこうということで、これを私たちは「漢方薬的組織」と呼んでいます。創業から131年、漢方製剤に携わり続けてきた会社だからこそ気づいたこの視点を、一つの強みとしていきたいと考えています。「ウェルビーイングな社会」のために私たちが目指すことでは、漢方薬的組織という発想でチーム力を高め、これからの時代に向けて何を目指していくのか。それは「ウェルビーイングな社会」への貢献です。医療の質はどんどん向上し、様々な病気の「治療」が可能になっています。弊社は、漢方医学と西洋医学の長所を活かした全人的医療や、その人その人に最適な個別化治療の実現に貢献したいと考えています。しかし、医療がどんなに進歩しても、病を得てからの治療は後手と言わざるをえません。病気にかかってしまってから治すのではなく、もう少し早いタイミングで、病気にならないようにする。これからの医療や健康対策はますますそういう流れになっていきます。漢方医学では、まだ病気と呼ぶ状態にはいたっていないものの、本来の身体の調和が乱れかけている兆しがある状態を「未病」と呼んできました。未病の段階で対応できれば、患者さんの心身の苦痛も軽減でき、早く健康状態を回復させることができます。中医思想に「未病三防（治未病／重症化抑制／再発抑制）」という考え方があります。●治未病…病になる前に治す、あるいは防ぐこと（未病先防）●重症化抑制…病気が悪化、重症化する前に手を打つこと（既病防変）●再発抑制…治癒した後に再発させないこと（癒後防復）これからの時代は、こうした「未病三防」がより重視される社会になっていくと考えられます。私たちの持っている生薬や漢方薬で何ができるか、エビデンスベースでしっかりと確認し、効果のあるものを提供できるようにしていきたいと考えています。さらに、未病のもう一歩前で予防することを私たちは「養生」と呼び、「栄養（食）・運動・睡眠・ストレスマネジメントに留意し、身体が本来持っている自然治癒力を高め、健康増進をはかることで心も身体も快適に生きていくこと」と定義しています。この養生の分野においても、私たちの知見や、生薬を活用できるようにすべく、様々な取り組みを始めています。医療費の圧迫が財政に甚大な影響を与えている現代の日本において、未病や養生の段階で健康を改善できれば、個人にとっても国にとっても経済的な負担が軽くなります。そういう意味でもより良い社会のためになります。治療から未病へ、さらに養生（予防）へ。ウェルビーイングな社会を目指し、貢献の領域を広げていきたいと考えています。社会への貢献と個人の幸せがリンクした人生にコーチングを定着させる成功の秘訣に「内製化」があります。単に受講を促すだけでなく、コーチングの社内講師を養成することにしたところ、積極的に受講してくれる社員が多く、社内講師はすでに64名まで増えました。最終的には、各職場に社内講師が必ず1人はいる状態を目標としています。外部の講師だけにお願いするのでなく、社内講師に経験を積んでもらうようにしたことで、コーチングがより身近なものとなったようです。社内で得た経験や取得した資格を活かしてキャリアアップや副業につなげていけると、それぞれの人生にとって選択肢が広がり、個々の人生がより豊かになるのではないかと考え、副業支援制度も導入しました。人生100年時代が到来し、健康でまだ十分活躍できる状態で定年を迎える人が増えています。定年後の人生に新たなビジョンや希望が見出せれば、個としても幸せですし、ツムラで身につけたことが世の中のために活かせるのは非常に望ましいことです。社会をより良くしていくことに寄与できているという意識が持てるのは、人生を豊かにしていくための大切な要素です。個人の自己研鑽と成長、組織の成長、そして会社の成長、この3つがうまく調和しながらいい形で進んでいくのが理想です。L［実践］理念経営Labo2025WINTER11

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SpecialTalk「越境学習」と「エフェクチュエーション」今、話題の理論から何を学ぶか？法政大学教授石山恒貴いしやま・のぶたか＊一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士（政策学）。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て法政大学大学院政策創造研究科教授。著書に、『越境学習入門』（共著、日本能率協会マネジメントセンター）など。主な受賞：2021年経営行動科学学会優秀研究賞（JAASアワード）など。神戸大学准教授吉田満梨（右）よしだ・まり＊神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了（商学博士）、首都大学東京（現・東京都立大学）都市教養学部経営学系助教、立命館大学経営学部准教授を経て、2021年より神戸大学大学院経営学研究科准教授。専門はマーケティング論で、特に新市場の形成プロセスの分析に関心を持つ。著書に、『エフェクチュエーション優れた起業家が実践する「5つの原則」』（共著、ダイヤモンド社）など。越境学習とエフェクチュエーション。不確実性の高い現代を生き抜く私たちにとって、知らなかったでは済まされない、2つの話題の理論について、専門家がその意義を語り合う。構成：川上恒雄概念を知ることで経験や行動に意義を見出す吉田石山先生のご研究されている越境学習も、私が関心のあるエフェクチュエーション（P14図参照）も、学界ばかりでなく、産業界から非常に注目されていますね。石山実務家の方々の実感に合っているようです。越境学習とは、簡単に定義すると、自分が心の中でホームと思う場所とアウェイと思う場所を行ったり来たりして刺激を得る学びのことです。ホームと思う場所とは、よく知っている人たちがいて、社内用語とかも通じる、安心できるけど刺激がない場所。アウェイと思う場所とは、見知らぬ人たちがいて、言葉も通じないけれど刺激がある場所。両者のあいだにある境界を行ったり来たりすることで学びを得るのが越境学習です。そんな行ったり来たりを漠然と実体験していたことがある人にとっては、越境学習の考え方によって整理されることで、「こういうことだったのか！」と理解され、支持されるようになったと思います。吉田言葉を知って整理できたことで、「あれは自分にとって重要な学びだった」という感覚を持たれる方が多いということですね。エフェクチュエーションも、実務家の方から同様の反応をいただくことが結構あります。石山まだ「越境学習」という言葉が知られていなかった頃、講演をすると聴講者から、「私がやっていたことが承認されたみたいで、本当にうれしかった」という反応がよくありました。やっていることが周囲から「おかしい」と言われ、自分は間違ったことをしているのではないかと思っていたことが、逆に意味あることだったと認知でき、学びが深まったというのです。同じようにして、無意識に行なっている実践がうまくいっていると思っていた人が、「実はこれはエフェクチュエーションだったんだ」「コーゼーションだけに意味あるのではなかった」と、見方が深まることもあるのでしょう。アイデンティティの変化に大きな学びがある吉田エフェクチュエーションの研12［実践］理念経営Labo2025WINTER

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不確実性の高い現代を生き抜く13［実践］理念経営Labo2025WINTER究には、越境学習のようにメタ理論が明確でなく、ヒューリスティックス（経験則）として抽出された行動様式や思考様式に焦点が当てられます。醸成される能力をきちんと計測しようとか、言語化しようという姿勢は、越境学習の研究のほうが強いのではないでしょうか。エフェクチュエーションの実践により獲得されるコンピテンシー（能力）は、越境学習によって獲得されるものに類似しているのではないかと思っています。越境学習を経験することで、個人や組織にどういった学びがもたらされるとお考えでしょうか。石山越境学習の効果や意義についてはわかりにくい面があります。たとえば、企業の人材育成担当者が越境学習の研修教育や仕組みを導入したいと上層部に提案すると、「それだけお金をかけるのなら、どういうKPIで判定する？ROIはどうなる？」などと問い詰められることがあると聞きます。でも、学習全般にいえることですが、必ずしも完全に数字には還元できませんし、無理に還元するとかえって数字の信頼性が問われてきます。越境学習のメタ理論として実践共同体論、さらにその基礎にある状況論が挙げられます。それらによると、学びとは「アイデンティティの差分や変化」とみなされます。ジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーの共著である『状況に埋め込まれた学習』（産業図書）の中で、実践共同体として、禁酒に取り組む団体（アルコホーリクス・アノニマス）の例が紹介されています。吉田どんな例でしょうか。石山その団体に入ったからといってアルコール依存症が完全に治るとは考えられていないのですが、参加者との対話を通して自分がアルコール依存症であることを認識し、お酒を断つ努力をするようになります。最初は新参者として「先輩の話を聞く自分」というアイデンティティが生まれ、慣れてくると「参加者と対話する自分」、ついには古参者として「後輩にアドバイスをする自分」といったように、アイデンティティが変化します。この「アイデンティティの変化」自体が重要な学びなのです。越境学習をするとスキルが身につくなどの学びもありますが、一番大きな学びは「アイデンティティの差分、変化」です。アイデンティティとは「自分の自分に対する見方」であるとともに「他者の自分に対する見方」なので、越境学習における学びとは、その個人だけに還元されるのではなく、集団だけに還元されるのでもありません。サイボウズでインターンとして働いたパナソニック社員の話を聞いたことがあります。「パナソニックの文化しかわからない自分」が、越境することでサイボウズから戻ってくると、「パナソニックに所属しつつサイボウズの組織文化も知っており、それをパナソニックの人たちに説明しようとする自分」のようなアイデンティティに変化していく。実はそれ自体がイノベーターとしての大きな学びになるということです。「小さな一歩から」でも有効――薬剤師の事例にみる吉田エフェクチュエーションがプロセスとしてダイナミックに回っているケースでも、アイデンティティの変化が伴っていると考えられます。最初は家族を食べさせていく目的で起業した方が、パートナーが増えていくと、「コラボレーションによってチームワークを促進する自分たち」というようにアイデンティティが変わっていく。他者が自分たちの中に加わるたびに自分たちが何をやるべき存在なのか、という認識がアップデートされていく。それがエフェクチュエーションをよく回される方の特徴であると思っています。もっとも、アイデンティティの変化は、起業家に限ってみられるものでもありません。私の授業でエフェクチュエーションの演習をする際、最初に「手中の鳥」を洗い出し、同じクラスの人たちに向けてアウトプットしてもらいます。「それはすごい」などとフィードバックがあると気づきを得て、小さな範囲から行動を始めていく人がいます。すると、思ってもなかった人との出会いをきっかけに、自分のアイデンティティがアップデートされ、それを繰り返していくうちにエフェクチュエーションの実践者となる方もおられます。石山「どこから越境学習を始めればいいのですか？」という質問をよく受けるのですが、まずは小さな一歩、意識的にいつもと違う行動を取ってみるところから始めることを勧めています。ただ難しい面もあって、日本の大企業では、コーゼーションが暗黙の前提としてビジネス文脈に埋め込まれています。すると、最初はいつもと違う取り組みも、結局はコーゼーションの枠組みに回収されてしまう。こうした企業内の圧力は相当な

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●エフェクチュエーション熟達した起業家に対する意思決定実験から発見された、高い不確実性に対して予測ではなくコントロールによって対処する思考様式●コーゼーション目的（たとえば、新事業の成功）に対する正しい要因（成功するための最適な計画）を追求しようとする思考様式もので、ある企業から別の企業へという越境の場合、実はコーゼーションから別のコーゼーションへの越境であるのかもしれません。吉田エフェクチュエーション５つの原則手中の鳥(BirdinHand)の原則「目的主導」ではなく、既存の「手段主導」で何か新しいものを作るレモネード(Lemonade)の原則イラスト：山内庸資資料提供：吉田満梨予期せぬ事態を避けるのではなく、むしろ偶然をテコとして活用する飛行機のパイロット(Pilot-in-the-plane)の原則越境学習をするときに、エフェクチュエーション的に動ける環境を工夫する必要があり、学習者本人もそれを意識することが重要ではないでしょうか。授業の受講者に、まさにコーゼーションの文化である病院の薬剤部に所属する課長の女性がおられました。彼女は、薬剤師が忙しすぎる問題を解決したい。薬剤師を補助する薬剤補助員に仕事を教える体制が十分にできておらず、辞められてしまうことが原因の一つでした。そこで彼女は、補助員に対する教育プログラムの策定を始めたのです。何事もルール化されている職場ですから、彼女の取り組みは上司から理解されず、否定的なフィードバックがあったそうです。ただ、彼女は許容可能な損失(AffordableLoss)の原則期待利益の大きさではなく損失（マイナス面）が許容可能かに基づいてコミットするクレイジーキルト(Crazy-Quilt)の原則コミットする意思を持つ全ての関与者と交渉し、パートナーシップを築くコントロール可能な活動に集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい成果を帰結させる「レモネードの原則」を学んでいたので、「このレモンでレモネードをつくろう」と前向きにとらえてあきらめず、「きちんと調査をしろ」「企画書を出せ」などの要求に応えていき、ついに小さなプログラムをつくりました。すると上司も、彼女の意図がだんだんわかってきて、2人で組織を変え始めました。その一環として、薬剤部が病院全体を巻き込んで多剤服用対策に乗り出し、その取り組みが日本医療マネジメント学会でも評価されたのです。具体的な成果が出てくると、以前はコーゼーションが埋め込まれていた職場において、2人以外の人たちから「こんな問題があるからこうしたほうがいい」「これは手中の鳥でできる行動ではないか」といった改善提案が出てくるようになったそうです。「クレイジーキルトの原則」が拡大していったような話ですが、むしろ越境学習の効果とみることができますね。エフェクチュエーションとコーゼーションをつなぐ人石山全体像としてはその通りだと思います。なかでも私が面白いと思ったのは、女性の上司の方の変化です。部下の行動を見て「通常の考え方以外のやり方があったんだ」という気づきが生まれ、エフェクチュエーション的なことに対する受容度が増し、思考様式の転移があったという点が非常に興味深い。さらに職場の中で「手中の鳥」「レモネード」などの用語が共通言語化することで、暗黙のうちに埋め込まれたコーゼーションだけが選択肢ではないことに共通認識が生まれたという、衝撃的な事例です。越境学習でも、固定観念を見直す効果は大きいと思います。吉田先生の著書『エフェクチュエーション』の共著者であるサイボウズの中村龍太さんは、副業を活発になされていますね。サイボウズに勤務しながら農業をやるとか。サイボウズでの仕事と農業とでは、様々な文脈が異なるので、固定観念の見直しにつながりやすい。ところが薬剤部の事例は、そこまで大きく越境してないのに職場の中で固定観念の見直しが生まれたという点で、価値があるのではないかと思います。吉田エフェクチュエーターでもある中村さんはみずから越境し、異質の知識をサイボウズに還流させているようです。コーゼーションとエフェクチュエーションのあいだをつなぐのも、そんな越境学習者の方ではないでしょうか。コーゼーションの文化は当たり前だと思っていた方が越境することでエフェクチュエーションもできるようになっていくと、両方を行き来して、相互に異なる知識を翻訳できるような役割を担っていけることもあるのではないかと考えています。石山越境学習ではアイデンティティの変化が学びそのものだと述べましたが、アイデンティティは必ずしも一つではありません。先の例でいえば、パナソニックの14［実践］理念経営Labo2025WINTER

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不確実性の高い現代を生き抜く15［実践］理念経営Labo2025WINTERアイデンティティがあり、サイボウズのアイデンティティがある。でも、パナソニックからサイボウズに行って、パナソニックに帰ったときに、パナソニックのアイデンティティも、サイボウズのアイデンティティも、消失するわけではない。2つのアイデンティティを持つ自分が存在するようになる。ただ、そのパナソニックの自分とサイボウズの自分は、自分の中で別々に存在しているわけでなく、ある程度対話をする。自己内対話とも言います。すると、ひとり多様性（イントラパーソナル・ダイバーシティ）が育まれ、理想的には、「コーゼーションに熟達した自分」と「エフェクチュエーションに熟達した自分」という2つのアイデンティティが形成されます。コーゼーションとエフェクチュエーションは互いに相容れない、二律背反であると考えがちですが、そこには相互性が存在する。越境学習することによって、自分の中にコーゼーション的なアイデンティティとエフェクチュエーション的なアイデンティティを包摂できれば、その人が組織の中にいろいろとうまく翻訳してあげることができるのではないかと思っています。吉田コーゼーション的に組織を動かすことをわかりつつ、エフェクチュエーションで新しい価値をもたらす人たちの大事さをうまく生かしていくことで、組織のプロセスのアップデートにつなげていけるような形になるのがいいのでしょう。エフェクチュエーションも学習による熟達が可能か石山エフェクチュエーションは、ある特定の人だけが行なえるものなのか、すなわち資質に関係するのか、あるいは誰でも系統的に学ぶことができるのでしょうか。吉田提唱者のサラスバシーは初めから、学習可能であるという前提で研究しています。そして熟達研究に基づき起業家としてのエキスパートを分析したところ、5つの思考様式が出てきました。起業家的熟達は存在するというのです。それに対して、「熟達できるのであれば、練習可能な要素がないとおかしい」という批判が生じました。彼女はすぐに答えを出せませんでしたが、エフェクチュエーションの教育経験から、学習可能性は確信されていたのだろうと思います。その後、エフェクチュエーションを学んで使い始める人が現実に出てきたので、私自身も、学習可能であると実感しています。特にパートナーの獲得にかかわる領域では、上達可能であると指摘されています。「クレイジーキルトの原則」にみられるように、協力者を増やすために問いかけるアスキングの行動は、お互いに参加したいと思える関係性、そしてお互いにとって意味がある新しい行動や未来を共創していく関係性をつくっていきます。そのアスキングは人によってやり方が違いますが、フィードバックを得ることで繰り返し練習可能なため、熟達すると説明されています。石山そうなると、起業家の学習は個人学習が多いとされていましたが、むしろ起業家の集まる実践共同体での学習のほうが実は有力ではないかという気がします。そうした実践共同体において、エフェクチュエーションが効果的に学習されることを示している研究はあるのですか。吉田研究上はありませんが、実体験としてはあります。エフェクチュエーションはやはり、個人の経験学習であるとは少なくともいえるのですが、集団で学びが加速される面もあります。先ほどの薬剤師の女性が上司から苦いレモンを投げつけられたという話をしましたが、実は同期の受講生とつくっている、いわばエフェクチュエーションの実践共同体において、「それってレモネードのチャンスじゃないか」と言われていたのです。石山エフェクチュエーション的な起業家学習が実践共同体で成立した好例ですね。越境学習をする人たちはキャリア理論に関心のある人が多いのが特徴です。自分がどうありたいか、どういう自分になるか、を考えるからでしょう。何年後にどうありたいと思うところから逆算してキャリアを考えるというやり方もありますが、プランドハップンスタンス理論によると、将来のキャリアは不確実で計画困難であることから、偶発性をどう生かすかがカギになります。しかし、ビジネス文脈でコーゼーションが暗黙の前提になっていると、キャリアの中で偶発性を生かしにくい。その意味で、エフェクチュエーション的な越境学習をやると、偶発性を生かしやすくなるのではないかと考えています。吉田越境学習とエフェクチュエーション、いろいろな可能性が見えてきて、議論が尽きないですね。本日はありがとうございました。L

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Report松下幸之助と稲盛和夫時代を超えて受け継がれる経営の原点その今日的意義を問う2024年11月3日、京セラ本社20F大ホールにて、第4回稲盛和夫研究会シンポジウム（主催：稲盛和夫研究会、協力：稲盛ライブラリー・PHP研究所）が開催されました。テーマは「松下幸之助と稲盛和夫―時代を超えて受け継がれる経営の原点―」。独自の経営哲学で知られる2人の経営の原点に迫った催しをレポートします。取材・文：會田広宣写真提供：京セラ稲盛ライブラリー共通性や独自性から現代への教訓を探る第4回を迎えた稲盛和夫研究会シンポジウムは、会場、リモート合わせて500名以上が参加するなど、大きな注目を集めました。まず開会にあたり、「稲盛和夫研究会」会長を務める宮本又郎氏（大阪大学名誉教授）が、「今年は松下幸之助さんの生誕130年、稲盛和夫さんの三回忌にあたります。両者の経営や、哲学・思想を改めて振り返り、その共通性や独自性を明らかにすることを通じて、失われた30年を経て、新しいステージに向かおうとしている今日のために、教訓を得たい」と開催の趣旨を述べました。前半の第1部では、「松下幸之助と稲盛和夫から学んだ経営の原点」というテーマで、佐久間曻二氏（ぴあ終身相談役、元松下電器産業副社長）が「松下幸之助から学んだこと」を、伊藤謙介氏（元京セラ会長）が、「稲盛和夫から学んだこと～魂の転移～理念の継承」を話しました。佐久間氏は松下幸之助との最初の出会いについて「1960（昭和35）年、入社5年目で28歳、相談役（松下幸之助）は65歳のときでした」と述べ、松下電器（現パナソニック）の最高意思決定会議でもあった三役会議（当時の松下幸之助社長、松下正治副社長、髙橋荒太郎専務）の様子を振り返りました。一平社員にすぎなかった自分の意見を採用した幸之助に対して、「しびれた、この人のためなら」と思い、「経営理念、現場主義と勘の大切さ、聞き上手、素直な心」を学んだといいます。また、1969（昭和44）年、ドイツ・ハンブルグでの駐在員時代に、売るべき商品が満足にそろっていないにもかかわらず、欧州での販売体制構築を求められたときのエピソードを披露しました。幸之助から、商品の前に「経営理念を売ってほしい」と言われ、佐久間氏は「共存共栄、お客様第一」といった理念を普及し、それに共鳴するお店を増やすことに努めたといいます。さらに、佐久間氏が53歳で家電営業担当常務、幸之助が90歳のとき、大手量販店の経営者への手紙を託されたことについて話をしました。見せてもらったその手紙には、「覇道ではなく王道を歩んでほしい」と書かれていたといいます。一方、伊藤氏は、稲盛氏が亡くな週間前に自宅を訪れた際、「ようきてくれた、お前も元気でな」と声をかけられ、最後まで厳しさとともに優しさを持つ人だったと述べました。そして魂の存在を信じ、それを経営の根幹におき、「魂の転移」、つまり魂が乗り移るくらいに思いを熱く語る人でもあったと話しました。その原点は、松下電子工業にブラ16［実践］理念経営Labo2025WINTER

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稲盛和夫研究会シンポジウムウン管を納品していた松風工業時代にあったといいます。1959（昭和34）年に、京セラを創業後、朝礼で松下幸之助の『道をひらく』を読み、感想を述べあっていたというエピソードが紹介されました。社是は、「敬天愛人」。経営理念は、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」。伊藤氏は「目に見える氷山の一角の下にあるのが経営理念、その目に見えない哲学こそが大事である」と説き、「企業理念が希薄化したとき、企業の命運は尽きる。それを社員に言い続けてエネルギーを注入する、『魂の転移』とはこのことです」と、稲盛氏から学んだことを訴えました。「共存共栄」を実現する「王道派」の担い手後半の第2部は、「時代を超えて受け継がれる松下幸之助と稲盛和夫の理念」というテーマで、「松下幸之助・稲盛和夫特別対談：『Voice』1979年6月号」の音声を初公開。それを受けて、川上恒雄（PHP研究所経営理念研究本部本部長）と井上友和氏（京セラ稲盛ライブラリー研究課責任者）による「資料から読み解く松下幸之助と稲盛和夫の出会い」の資料紹介、田中一弘氏（一橋大学大学院経営管理研究科教授）による「松下哲学と稲盛哲学の共鳴」の研究報告、そしてパネルディスカッションと、盛りだくさんの内容でした。まず、1979（昭和54）年4月6日、松下電器本社にて行なわれた対談では、「21世紀を目指していくにあたり企業経営の問題点」「経営者の真の心の余裕とは何か」「価値観多様性と目的の共有」などをテーマに、晩年の幸之助と勢いに乗る若きリーダー稲盛氏が語り合っている様子が、音声から明らかにされました。稲盛氏が、幸之助の講演で「ダム経営」の話を聞き、「やらないと思わないとできないでしょうな」という幸之助の言葉に「ガツーンと来た」という有名なエピソードも、幸之助本人に語っています。川上が、幸之助の実践した「ダム経営」の歴史的背景について解説し、井上氏が、1965年頃に稲盛氏が「ダム経営」の考えに出合った後、京セラが高い利益率を実績で残したことをグラフで示しました。田中氏は、対談音声をもとに「松下哲学と稲盛哲学の共鳴」について報告。「共鳴」とは、「共通点」×「共感」で表すことができ、「共通点」の基盤に対する主観的確信を同じくする「共感」があって初めて生まれると説明しました。そして、2人の「共通点」を、「経営とは『理に従えば必ず成功するもの』」「経営とは『任せて任せず』」という点に見出し、多くの人が当たり前と思って見過ごしてしまう物事を「価値あるものだ」と直感的に感知する「価値感受性」を前提として有したうえで、「経営理念が持つ力への確信」と「天の理法への確信」について共感があったことにより、共鳴につながったのではないかと論じました。「王道を歩んでほしい。覇道を歩まないでほしい」「徳で治めていくしか道はない（王道によるしかない）」と両者が強調していたように、理より義を重んじる「先義後利」の考え方が共にみられることから、2人は「共存共栄」を実現する「王道派」の担い手であり、これからの時代の経営に大切な考え方だと訴えました。最後は、宮本氏の司会のもと、佐久間氏、伊藤氏、田中氏、沢井実氏（大阪大学名誉教授、稲盛和夫研究会副会長）をパネリストとしたパネルディスカッションが行なわれました。まず沢井氏が各登壇者の報告を振り返った後、田中氏から「松下幸之助・稲盛和夫の企業経営と経営理念、哲学の特質」について、「論理（利）と理念（義）の調和」や「天の理法」「宗教心」にまで掘り下げた話がありました。沢井氏からは、民需ビジネスの領域で事業を積極的に展開し、自主自立の考え方のもとそれぞれ事業部制・アメーバ経営を行なった両者の時代性と普遍性について、歴史的・客観的な視点からの指摘がありました。そして両者の哲学こそ、これからの時代に必要不可欠であると力説しました。最後に、「今、もし両者が生きていれば、何と言うか」という問いに対し、佐久間氏は「松下相談役なら、大きな流れを生む新しい事業に挑戦する若い人をみつけたい、政治に提言する取り組みをしたいと言っていたと思います」、伊藤氏は「稲盛和夫なら利他について、世の中に貢献することを政治・社会に対して言及するでしょう」とそれぞれ答えました。松下幸之助と稲盛和夫の考え方を、時代を超えて受け継ぐことの大切さをかみしめる、そんなシンポジウムでした。L［実践］理念経営Labo2025WINTER17

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【志の実践】人を育て、本業に徹する父の遺志を受け継ぎ経営の原点に返る株式会社宝清インターナショナル代表取締役相良真華さがら・しんか＊1984年福岡県北九州市生まれ。2006年久留米大学商学部商学科卒業、あいおい損害保険（現あいおいニッセイ同和損害保険）入社。’09年アメリカンファミリー生命保険（現アフラック生命保険）入社。’10年宝清インターナショナル入社。’19年より現職。’23年アフラック北九州アソシエイツ会総務理事就任。同年に博多祇園山笠（ユネスコ無形文化遺産）集団山笠見せ（復路）で知名士の1人に選ばれ台上がりの大役を果たす。’24年の「博多どんたく港まつり」では博多松囃子の地謠方として初参加するなど九州を代表する伝統文化の交流にも携わる。「松下幸之助経営塾」第15期卒塾。株式会社宝清インターナショナル本社：福岡県北九州市／創業：1971年、創立：1980年／事業内容：アフラック生命保険およびアフラック少額短期保険の代理店保険業界の競争の激化により、商品を販売する保険代理店もまた、淘汰が進んでいるといわれる中、北九州市に本拠を構え、創業から50年以上にわたって事業を継続している宝清インターナショナル。2025年に創立45年を迎えるアフラック生命保険の老舗代理店の1つだ。早逝した父の跡を継いで若くして社長に就任した2代目の相良真華氏が、みずから理念を策定し、経営の原点回帰を進めている。真華氏本人が、父が創業した会社の歩みと、自身が実践した改革などについて語る。取材・構成：川上恒雄写真提供：宝清インターナショナルがん保険は人助けに大竹美喜氏との出会い当社は父の相良宝清が、1971年歳のとき、北九州市を拠点に個人で保険の仕事に携わったのが創業の原点です。現在は生命保険会社であるアフラックの代理店です。しかし、父は独立する前に自動車販売のセールスをしていたこともあり、自動車保険を主とした損害保険会社の代理店としてスタートし、1980年に法人化（写真は1977年）創業者の相良宝清氏18［実践］理念経営Labo2025WINTER

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人を育て、本業に徹する当初は損害保険会社の自動車保険を主とした損害保険を取り扱っていました。70年代は自動車の普及が進んだこともあって事業は順調に伸び、1980年に法人化して有限会社宝清保険事務所になります。損害保険会社の代理店だった当社がアフラックの保険商品を扱い始めたのは、ちょうど有限会社を設立した1980年からです。アフラックは今から50年前の1974年、日本で初めてがん保険を発売しました。父は30代にして損保の九州代理店会の会長を務めていましたが、アフラックの考え方に共鳴し、がん保険の販売にも注力することになりました。がん保険が人助けになると考えたのです。父は、アメリカンファミリー生命保険日本社（現アフラック生命保険）を設立した大竹美喜創業者を非常に尊敬していました。大竹さんのがん保険にかける想いに父は共感し、九州・沖縄では、アフラックの契約を一番多くのお客さまからいただいたといいます。父はさらに株式会社への改組を考えました。「株式会社グローバル宝清」のような社名にして、地域社会、日本、そして世界に貢献する会社にしたいと、当時中学生の私によく語っていたものです。1998年に社名を株式会社宝清インターナショナルとすることにしました。「インターナショナル」の社名を提案したのは、実は私です。た本社ビルの外壁には社名とともに、宝清インターナショナルの想いを象徴する大黒さまと白ねずみ（甲子）をモチーフとした創立45周年記念キャラクター「ほうせいくん」が描かれているまたま英語の授業中、教科書に掲載されていたinternationalの文字が目に留まりました。意味は国際的。父の考えにぴったりな単語だと思い、社名に勧めたのです。むろん社名は最終的に父が決定しましたが、その由来は当時14歳の私が授業中に偶然、目を留めた英単語にあったのです。ちなみに社名にもある父の「宝清」という名前は、実は本名ではありません。1975年に高野山真言宗のお寺の住職からいただいた法名です。本名は豊治。父が独立して間もないころ、損保会社の守衛さんに紹介されて、そのお寺を訪ねた住職の御師匠さまからいただいたそうです。私の名前の「真華」は本名です。父が紹介され訪ねた住職につけていただきました。真言宗の「真」と、住職の名前にある「華」の字に由来します。「真実をもって華やかに生きなさい」という意味が込められています。事業の整理に踏み切り社員の若返りも進む父は地域社会・日本・世界のためにと信念を持って様々な事業展開をし、経営をしていましたが、私が32歳のときに母が、33歳のときに父が病に倒れます。そして34歳のときに母が、35歳のときに父が亡くなりました。私がPHP研究所の松下幸之助経営塾に通っていたのはそんな、両親が闘病中の頃でした。そういう事情もあって、経営塾に参加すべきか相当悩んだのですが、母が「行ってらっしゃい」と後押ししてくれて通うことにしました。その母は、経営塾を修了するころに旅立ちます。でも、このタイミングを逃していたら経営塾に行くこともなかったでしょうし、このタイミングであったからこそ、当時まだ社長でなかった私は経営者としての心構えを身につけることができました。経営塾参加に理解を示してくれた両親にはとても感謝しています。父も亡くなり私が経営を継いでから、会社は大きく変わりました。当初は社員の年齢が50代後半で、私と、取締役に就いた妹が一番若かったのですが、その社員たちが相次いで定年を迎え、今では40歳の私が最高齢者です。本社ビルの大きな改装や修繕もしました。お客さま対応［実践］理念経営Labo2025WINTER19

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アメリカンファミリー生命保険日本社（現アフラック生命保険）の創業者・大竹美喜氏とともに（2024年）のスペースを広げたほか、社員が働きやすいオフィスにしました。さらにビルの外壁には、社名とともに、当社キャラクターの「ほうせいくん」を表示しました。そして最も重要なのは、事業を見直したことです。社長に就任してから間もなく新型コロナの感染拡大が始まって事業環境ががらりと変わり、いろいろ考えました。父が「原点回帰」「原点はこの北九州にある」とよく語っていたのを思い出し、福岡と直方の支店を整理して本社にすべてを統合することに決めました。また、本業に徹することにしました。本業とは、収入の9割を占めていた、アフラックの代理店としての仕事です。昔からやっていた損保のほかにも父が乗り出そうとしていた事業があったのですが、継続すべきではないと判断しました。その大きな理由は、競争の激化により、保険商品が昔よりもはるかに多様化したことにあります。かつては20年間も販売していた商品もありましたが、今や2年ともたない。販売する身としては、以前よりもずっと多くの商品の内容を理解していなければならないことになります。また以前は、取り扱う生命保険はアフラックの商品だけではありませんでした。昔から取引してきた損保に生命保険の子会社があって、その子会社の商品も扱ってきたのです。しかしこのまま両方続けるとなると、覚えることもそうですが、本来のお客さま本位の対応がますます難しくなる。そこで2022年に、損保会社の代理店事業については、当時の担当社員とともに、損保の直営店に移管することにしました。そうすれば、すでに契約されていたお客さまにご迷惑をおかけすることはありません。オフィスは北九州市の本社、取り扱う商品はアフラックに絞った結果、社員と接する時間が増え、人材育成にも力を注げるようになりました。保険の販売には、商品の知識も欠かせませんが、まずはお客さまの信頼を得られる人であることが大切です。そのためにも育成が重要なのです。アフラック本社と北九州支社の支社長や営業担当の方も、社員の育成を一緒になって支援していただき感謝しております。そうしたことから、保険の仕事が未経験で当社に入社した若手社員も、北九州ではトップクラスの販売成果を上げるようになりました。育成と同時に、人の採用にも力を入れています。採用しても、定着してくれなければ意味がありません。当社に貢献していただける人かどうかを見極めるために、社長である私自身が採用面接をしています。応募者との認識のギャップがないように、最終面接では職場見学会も実施して、社員の話も聞けるようにしています。また採用した社員には定着してもらうべく、先に述べたように職場環境を改善し、また2024年の10月から人事評価制度を新たにして、昇給や賞与の基準についてもきちんと定めました。さらに最近は、健康経営にも取り組み、「ふくおか健康づくり県民運動」の一環として、「健康づくり団体・事業所宣言」をしました。何より社員の健康が大切ですから。幸之助と渋沢栄一に学び独自の理念の策定に注力松下幸之助経営塾に通いたいと思ったのは、幸之助さんのような経営者になりたいと思ったことと、純粋に松下幸之助さんが好きだったからです。幸之助さんに興味を持ったのは、17歳の大学受験がきっかけです。推薦入試の小論文の課題が、幸之助さんの本を題材にした内容でした。高校の先生に相談したら、『人を活かす経営』（PHP研究所）を渡されました。その内容に共感して、他の本も読み漁りました。私は勉強も活字も嫌いだったのですが、内容が読みやすいうえ、幸之助さんが父と同じく経営者であることや自分で会社をつくりたいとの思いもあったからです。当社に入ってからは、幸之助さんの影響もあって、経営理念の必要性を感じるようになりました。当時は創立時に定めた経営方針はあったのですが、経営理念がなかったのです。経営理念について勉強したいと思い、32歳のときPHP研究所の東京本部で「経営道コース」を受講しました。20［実践］理念経営Labo2025WINTER

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人を育て、本業に徹する修了後に松下幸之助経営塾の受講も勧められたのですが、先述したように母が病に倒れ、参加しようかどうか悩みました。でも、母が生きているあいだに経営理念をつくりたいと思い、同社の京都本部で開催されている経営塾に通うことにしたのです。母が亡くなる前に「経営理念ができた」と伝えると病室で母は泣いて喜んでくれました。他社にみられないような独自の経営理念を策定したいと思い、文言は自分で考え父の考えも聞きながらほううんせい2017年に完成させました。「奉運生い偉」。「奉仕の心で運命に挑み生成発展の偉業を成す」の略です。さらに漢字4文字のそれぞれの読み仮名の最初をつなげると、「ほうせい」となり、社名の宝清にかけています。「奉仕の心」は真言宗で大切にされていて、「運命に挑み」は大竹美喜創業者から父に贈られた言葉、「生成発展の」は日に新たな経営を説いた幸之助さんの言葉、「偉業を成す」は徳川家康公と秀忠公を見習い代々続く会社にしたいとの想いに由来します。自分が社長になってから幸之助さんの考えを活かすため、2021年に「心ときめくＭＩＲＡＩをつくる」という「企業理念」、3つの「ビジョン」も定めました。その3つとは、・何よりも大事なお客さまを第一に、お客さまから必要と信頼される存在感のある最良な企業をつくります。・かけがえのない社員と共に、一人ひとりの持ち味が発揮でき、協調性と多様性に満ち溢れた心若い活気ある最良な企業をつくります。・夢ある会社と共に、存続発展の使命に生き、地域社会と日本そして世界に寄与できる最良な企業をつくります。最後の3つ目は、「地域社会と日本そして世界に寄与できる」とあるように、父の志を受け継いでいます。また、父は感謝の心を大切にしていましたので10項目から成る行動指針「いつもありがとう。」も定めました。その後、2020年に渋沢栄一翁のそろばん「論語と算盤」の本を読んで考え方に共感し、実践経営に活かすためやしゃご学びたいと思い、2021年に、玄孫である渋澤健さんが塾長を務める「『論語と算盤』経営塾」（シブサワ・アンド・カンパニー）をコロナ禍でしたがリアルとオンラインのハイブリッドで受講しました。そこで渋澤健さんからパーパスの意義を学び、「『出逢えてよかった。』よき人づくり＆よき会社づくり」というパーパスを2023年に策定しました。「＆」を入れたのは、『論語と算盤』に「と」が入っており、渋澤さんの会社名にも「と」を意味する「＆（アンド）」がみられるように、「と」の力を感じたからです。また、保険の仕事には、それを販売する人が重要ですから、まずは「人づくり」を第一としました。今後はよき人を増やして社員と共に、お客さま満足度を高めるアイデアや改善のトライ＆エラーを繰り返しながら成功するまで続けて成功させるよき会社をつくり、売上も拡大させて、2040年までには九州・沖縄でナンバーワンのアフラック代理店になることが夢であり目標です。そして今、当社が力を入れているのが、民間介護保険の普及です。介護はまだ先と後回しにされますが、思ったよりも早くご自身やご家族の介護が始まるケースもあります。病ではなく誰でも老いると、もの忘れや体が動かなくなるということが必ず起こります。人生100年時代だからこそ介護予防と将来への備えは必要であり、公的介護保険の補完商品として民間介護保険の普及に会社を上げて力を入れています。たとえ時代が変わろうとも、大切なお客さまへ当社にしかできない付加価値の高いサービスの提供ができる会社経営をしていきたいと考えています。九州を代表する伝統文化の交流にも力を入れる真華氏は、2023年の博多祇園山笠集団山笠見せ（復路）において、知名士の1人として台上がり（山笠台左手）の大役を果たしたL［実践］理念経営Labo2025WINTER21

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塾生通信日に新た「松下幸之助経営塾」の情報と、卒塾生の近況をお伝えします元松下電器ＣＦＯが改革の経験談を語る2024年10月、松下幸之助経営塾の第28期第4回が開催。テーマは「人を育てる～事業は人なり～」。2日目には、元松下電器産業副社長の戸田一雄氏が登壇し、「荒れる経営環境を生き抜く」をテーマに特別講話を行ないました。①理念経営の実践、②全員経営の発揮、③健全な経営基盤の確立の3点が、先行き不透明な時代を切り拓く鍵であると強調されました。翌11月は、第29期第2回が「本質を考える～自然の理法～」をテーマに開催。松下幸之助が思索の場とした「松下真々庵」を見学しました。特別講話では、元キリンビール副社長で100年プランニング代表の田村潤氏が「『キリンビール高知支店の奇跡』と東洋思想」をテーマに、低迷していた高知支店の全員が、理念の実践に徹することで全国トップクラスの業績を実現した改革談を披露。併せて東洋思想を根底に持つ日本人の利他的精神についても言及されました。フォーチュンガーデン京都にて同志会が開催。多くの卒塾生が集い、大いに盛り上がったまた12月には、第28期第5回が「経営を革新する～日に新た～」をテーマに開催。塾生は次の最終回に向けて、自身の志に関するプレ発表を行ないました。特別講話では、元松下電器産業副社長でＣＦＯ（最高財務責任者）を務めた川上徹也氏が初登壇。「経営改革とＣＦＯの役割」というテーマで、当時の中村邦夫社長のもと、松下電器の改革に取り組まれた際の壮絶なエピソードを披露されました。最後の「地獄を見てそこから逃げない。無様に正面突破せよ」とのメッセージに、多くの人が心動かされ、経営者としての自覚をいっそう深められました。自己・自社の観照を通して経営力を高める10月25日、京都市内のフォーチュンガーデン京都で、卒塾生同士の交流を深める「ＰＨＰ松下幸之助経営塾同志会」の第24回が開かれました。テーマは「経営における自己観照・自社観照」です。年間2000人の見学者が訪れるというHILLTOP（京都府宇治市）相談役の山本昌作氏が、「自分を知り、会社を知る―山本流『革命』～楽しくなければ仕事じゃない！～」と題した特別講話を行ないました。創業者の父から継いだ自動車メーカーの孫請け鉄工所を、「多品種単品のアルミ加工メーカー」へと大変身させた改革について、ユーモアを交えながら話されました。その後、「会社の健康診断」の開発者である松山大学教授の東渕則之氏も加わり、経営学的な観点から「自己観照」「自社観照」についてディスカッションをしました。卒塾生による「同志発表」では、エレガンスヨシダ（奈良県王寺町）社長の𠮷田旭宏氏（第16期）が登壇。𠮷田氏は松下幸之助経営塾の受講をきっかけに、社員に喜ばれ地域に愛される会社になることを経営理念に掲げたことで、社員との一体感が生まれ事業が成長したといいます。同社の社員からは、「社員を家族のように大事にしてくれる会社が大好きです」など愛溢れるコメントが聞かれ、会場は温かい空気に包まれました。松下政経塾を訪問リーダー育成の神髄を学ぶ11月28日に同志会の「関東・首都圏ブロック」勉強会で、松下政経塾（神奈川県茅ヶ崎市）を訪問。同塾は、松下幸之助が私財70億円を投じて、日本のリーダーを育成するために創設されました。「自修自得」の方針のもと、常勤の講師は置かず、塾生みずからが研修プランを組み立てるといいます。また、松下の銅像や同塾のシンボれいめいルである「黎明の塔」、お茶室「松心庵」、創設40周年記念で建立した「根源社」、松下筆の「大忍」が掲げられた寮室、アーチ門の「明日の太22［実践］理念経営Labo2025WINTER

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陽」などを見学しました。最後に、現役塾生の加藤みづな氏が入塾動機や同塾での活動などについてオンラインで講演。加藤氏は、様々な経営者に会う中で松下の理念に感銘を受け、日本の繁栄・平和・幸福の実現を経営の観点から貢献したいと、力強く述べられました。今回、松下政経塾の見学を通して、「松下政経塾のリーダー育成に対する考え方が企業人にも共通することを学んだ」「日本の将来を憂えた切実な思いに触れて、松下さんの公心に改めて感銘を受けた」などの感想が聞かれました。“大衆のノーベル賞”こと「東久邇宮文化褒賞」を受賞日本伝統建築大工で別荘やヴィラ、住宅、店舗などを手がける川口・工務店（東京都中央区）の代表を務める川口展満氏（第27期）が、文化の向上発展に貢献した人物を表ひがしくにのみや彰する「東久邇宮文化褒賞」を受もりひろ賞しました。本賞は、東久邇盛厚殿下の「大きな発明ばかりを尊ぶのではなく小さな発明やアイデアも同じように尊ぶべきである」との思いによって設立。川口氏は、日本の伝統建築を後世に遺すために、大工体験として子供を対象にしたマイ箸づくりを開催したり、全国の空き家・空き店舗を活用した地方再生に取り組んだりするなど、幅広い活動が評価されました。川口氏は「これまで通り淡々と自分のできることで世の中に貢献していきたい」と抱負を語っています。いっそうのご活躍を祈念します。11月3日ホテルブリランテ武蔵野にて、「東久邇宮文化褒賞」の授与式が行なわれたL経営者が“経営の志”を確立・再確認するための長期講座松下幸之助経営塾本セミナーの特徴松下幸之助の経営哲学を根本から学べる唯一の講座弊社で70年有余にわたり研究を重ねた“松下幸之助の経営哲学の真髄”を、経営者の皆様に分かりやすくお伝えするためのセミナー形式の講座です。人間観を養い高め、経営者としてのあり方を学ぶ本講座は、時代や環境の移り変わりの中で生まれる新しいマネジメント手法を学ぶものではありません。経営者のただ今、新規申込受付中詳しくはホームページで資料のご請求はホームページまたは下記窓口へお問い合わせください。https://www.php.co.jp/seminar/m-keieijuku/株式会社PHP研究所「松下幸之助経営塾」事務局〈京都〉TEL075（681）4442FAX075（681）5699「志」をキーワードとして、松下幸之助が最も大切にした“経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、より本質的な“経営者としての器量”を養い高めていただく講座です。「志」の確立に向けた、充実の10カ月10カ月の在籍期間中に１泊２日のセミナーを全６回、隔月で開催。学びと実践、検証をくり返しながら成果を高めていただけます。また、１クラスは最大でも12名の少人数制で、受講者間の討議・交流による相互啓発など受講者お一人おひとりに充実した環境を提供いたします。プログラム第1回『志とは何か～力強い経営の原動力～』第2回『志から理念へ～経営の使命～』第3回『人を活かす～事業は人なり～』第4回『本質を考える～自然の理法～』第５回『経営を革新する～日に新た～』第６回『志を伝える～私の命知発見～』開催要領◦受講資格：経営者ご本人、後継経営者（経営幹部）◦募集人数：12名⃝開講期間：10カ月1開催1泊2日、全6回（隔月開催）⃝受講料：148万5,000円（税込）⃝会場：株式会社PHP研究所京都本部（JR・近鉄「京都」駅八条口より徒歩５分）［実践］理念経営Labo2025WINTER23

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経営学で読み解く人と組織性格検査と人間の序列化MBTIの流行から考える関西学院大学商学部准教授貴島耕平きじま・こうへい＊関西学院大学総合政策学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士（経営学）。大阪商業大学総合経営学部専任講師、関西学院大学商学部助教を経て2024年に現職。組織行動論や組織開発の学説について研究を行なっている。著書に『経営組織入門』（共著、文眞堂）など。話題のイシューを経営学で読み解くシリーズ。第1回は、MBTIをはじめとする性格検査の流行から見えてくるものをさぐります。若者の間で流行するが多くの批判もMBTIという言葉が若者の間で流行している。正式名称は、Myers-BriggsTypeIndicatorであり、複数の質問を用いた性格検査である（MyersandMcCaulley,1968）。具体的には、一般的態度を示す外向-内向、心的機能を示す思考-感情、感覚-直観、判断-知覚に関する質問を回答させ、回答の傾向から、回答者の性格を16種類の心理学的タイプに類型化する（例：ESTJ等）。韓国の人気音楽グループが、2022年にメンバー自身の性格を知るために、MBTIを用いた性格診断テストを受ける動画を公開した。この動画の公開を契機として、若者の間でMBTIやそれに類する性格診断が爆発的に流行している。昨今では、就職活動の採用プロセスにおいてMBTIの性格タイプを提出させる企業が出てくるなど、その影響は若者だけには留まらなくなってきている。しかしMBTIは、多くの疑いの目を向けられている検査の一つである。たとえば、アメリカ心理学会が提供しているオンライン辞典でのMBTIの項目には、「心理学者の間ではほとんど信頼されていない」と記載されている。また、検査結果の信頼性の低さや、心理学において確立されたパーソナリティ検査であるビッグファイブ特性検査との相関が見られないなどの多くの批判がある。にもかかわらず、MBTIが社会において流行している現状に対して、心理学者を中心に懸念が示されている。ここで、「MBTIは疑似科学なのだから、無視すればよい」と断じてしまうのは時期尚早である。むしろそうした態度はこの問題の本質から目をそらすことになってしまう。というのも、我々は、こうした性格検査に近いものを、無批判に受け入れてきた。そもそも、多くの企業が採用活動において使用しているSPIには、MBTIの日本語版がローカライズされ、組み込まれていた。さらに言えば、血液型に基づいて性格を推定することなどは、我々の日常によく見られる光景ではないだろうか。そこで、本稿では、MBTIのような性格検査が流行する背景について、心理学における性格検査の歴史やその応用を手掛かりとしながら考えていきたい。検査を通じた測定と予測MBTIや、適性検査として知られるSPI、さらには血液型性格診断にも共通することは、測定したものを通じて、何らかの予測を行なうことである。SPIであれば、求職者の採用後の適応やパフォーマンスを予測する（できる）ことが前提とされているがゆえに企業の採用活動に活用されている。血液型性格診断であれば、特定の血液型が、その人の学校や職場での特定の振る舞いを予測するような形で日々の我々の生活に浸透しているだろ24［実践］理念経営Labo2025WINTER

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経営学で読み解く人と組織う。つまり、根拠が不確かなものであっても、何らかの測定に基づいて予測をすることは、日常的に行なわれているのである。こうした測定と予測は心理学において長らく研究が進められてきた。たとえば、FrancisGaltonは、人間の様々な能力は遺伝すると考え、人間の身体的・心理的な能力を測定し、親と子の間でそれらの能力がどのくらい強く関係するかについて研究を行なった。こうした測定は人体測定と呼ばれ、今日で言うところの「相関」概念を用いた最初期の研究として知られている。人体測定の次に登場したのが、認知能力テストである。初期の認知能力テストでは、文章内に設けられた空欄に適切な語句を記入する問題によって、人間の知能を測定しようと試みた。こうした認知能力テストは、のちに、知能検査と呼ばれるまで多種多様な修正が加えられ、多くのテストが開発されていくこととなる。また、こうした検査は、仕事における人員の選抜や配置にも利用されていくこととなる。たとえば、アメリカにおいては、第一次世界大戦における徴兵と人員の効率的な配置のために、兵士たちの適性を検査するテストが利用されてきた。テストの内容としては、職務に関する言語テスト（上述の認知能力テストに酷似）、職務に関する写真テスト、職務スキルのレベルを測定するパフォーマンステスト等である。これらの測定内容の結果の妥当性は、経験豊富な上官たちによる適性評価と、質問紙を用いた適性検査の結果が相関しているかどうかによって判断された。こうした適性検査の開発のために、アメリカは国家として多額の資金を用意し、その資金を用いて、多くの心理学者たちが、数多くの研究や検査を開発していった。これらの検査に関する研究は、仕事の特徴や仕事のプロセス、仕事を達成するための能力を分析することにも利用され、職務記述書の作成へと繋がっている。個人差の数値化が序列化を促進では、こうしたテストは、どういった目的の下で生み出されてきたのだろうか。最初期の心理学では、人の行動の一般法則に注目をしていた。実験室という閉ざされた空間において、視覚や聴覚の反応、角度の推定といった、一般的な振る舞いを測定し、人の行動の一般法則を定立することが心理学の目的であったのである。その目的の下では、実験対象者間の差異（個人差）は、誤差と考えられ、そうした誤差はできる限り小さいものであることが求められていた。しかし、実験を重ねていくにつれて、被験者の間で様々な差があることが明らかになってくると、個人間の差を研究することを通じて、人間の行動をより理解しようとする心理学が誕生してくる。その学問は差異心理学と呼ばれていた。初期の差異心理学では、遺伝が大きなトピックであり、様々な能力が親から子へ遺伝するかどうかを検証するために、データを大量に集め、親と子の遺伝の度合いを、相関係数によって示そうとしていた。また、認知能力テストも、遺伝的な知能の差異を測定する手段として利用されてきた。とりわけ、認知能力テストが知能検査へと発展していく過程において、検査結果は人間同士を知能によって序列化することに利用されていくこととなる。知能検査の結果は、その人間同士の知的能力の高低という違いを算出するため、その結果を踏まえて、受けるべき教育の水準が決められるようになった。また、アメリカでは、知能検査を開発した研究者らが、人種間においても知能に差があるという考えを主張し、自国における犯罪や貧困率の上昇を防ぐために、移民を制限することを後押ししたという歴史もある。こうしたことからも、人間の測定は人間の序列化と表裏一体とすら言えるだろう。こうした序列化の流れは、教育や政治だけではなく、ビジネスの現場にも波及していくこととなる。とりわけ、心理学者が個人の間の違い（個人差）が遺伝するかどうかに注目したように、経営者にとっても個人差を測定することは重要な課題となっていった。というのも、個人差が遺伝ではなく、後天的に得られるものであれば、社内訓練や指導を通じて、従業員に影響を与えることが可能になるからである（Baritz,1960）。一方で、個人差が遺伝的に決定されるのであれば、そうした訓練は無駄になってしまう。そのため、個人差の度合いや内容を発見するための心理学的な技法が、企業において利用されていくこととなる。この動きを強く推進したのが、HugoMünsterbergである。ドイツ出身の心理学者であったMünsterbergは、ハーバード大学で働いていく中で、アメリカにおいて産業における心理学の積極的利用に邁進していくこととなる。彼は、産業界を心理学の理論や概念の検証の場として利用することの重要性を主張し、産業心理学を提唱した（Münsterberg,1913）。また、この新しい心理［実践］理念経営Labo2025WINTER25

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学は、産業界に役に立つ心理学であるべきとし、産業界と心理学者の協働を強く推進した。たとえば、彼は、サンフランシスコ・ポートランド汽船会社の要請に応じて、意思決定能力を測定するために一定時間内に仕分け作業を行なうテストを考案している（中川,2005）。また、彼は、1916年には、様々な仕事に関連した大規模な職業適性検査を行なっている。こうしたMünsterbergによる産業界における心理学の応用運動は、第一次世界大戦における兵士の選抜に心理学が利用されていったことと重なり、大きなうねりとなって、アメリカを席巻していくこととなる。ここまで、心理学における人間の測定がビジネス界に流入してきた経緯を簡便に述べてきた。測定の狙いは、個人差の発見からその数値化、そして、その数値に基づいた人間の序列化であったと言えるだろう。とりわけ、性格検査に限定すれば、当初のアメリカの産業界がそうであったように、今日の社会においても、採用選抜の場において、性格検査は人間の序列化のために利用され続けている。何らかの測定尺度によって人の性格を数値化し、その得点の大小によって個人間の特性の違いを表現する。そして、その得点の大小を、予測される入社後のパフォーマンスの根拠としながら、採用する人間を決定する。日本における就職活動も例外ではないだろう。性格検査による予測は可能かしかし、ここで一つ問題が生じる。それは、測定されたもの（性格）が、その人間の行動やパフォーマンスをどの程度正確に予測するかという問題である。というのも、性格やパーソナリティ特性について数多の研究蓄積がある心理学において、この問題は絶えず論争を呼んできた（渡邊,2010）。最も有名なのは、1966年から始まった一貫性論争であろう。オーストリア出身のWalterMischelは、様々な研究から得られたデータのメタ分析を通じて、測定された性格の特徴（性格特性）が、行動を予測する可能性は、非常に低いことを示した（Mischel,1968）。具体的には、ある状況下では特定の性格特性が特定の行動を予測する力があったとしても、状況が変化してしまうと、同じ性格特性が特定の行動を予測しないということを、メタ分析によって示したのである。これは、性格検査の信頼性や妥当性、さらには性格検査の有効性を強く批判するものであった。その後、Mischelは、性格特性と状況要因を掛け合わせた、人間と状況の相互作用による人間の行動の予測を提案している。この提案は、従来の性格検査等を推進してきた心理学者たちから多くの反論を引き出すことになり、20年間にわたり、様々な議論が交わされることとなった。このように考えると、我々が普段行なっている性格検査について疑念が生じることは無理からぬことである。状況が変化すれば行動を予測する力を容易に失ってしまう性格検査に、我々は何を期待すれば良いのだろうか。繰り返しになるが、人間の性格を測定することの目的は、実際に行動やパフォーマンスを見ることが困難な状況（入隊試験や入社試験など）において、性格を測定し、数値化することで、人間を序列化することであった。序列化が可能であれば、その序列が最も高い人間を選抜すれば、最も良いパフォーマンスが期待できるからである。さらに言えば、序列化は、数値という客観性を帯びることを通じて、他者への説得や説明にも容易に利用できる。一目見れば大小関係が判別できる数値を利用するほうが、熟練者や専門家による判断に委ねることよりも低コストかつ迅速に意思決定できるだろう。とりわけ、大量の人員を募集し選抜を行なう場合であれば、そうした序列化が好まれるのも至極当然である。しかし、序列化のためのテストがその後の行動やパフォーマンスを予測しえないとするならば、こうした測定に基づいた予測は途端に説得力を失うだろう。張りぼての数値を使って意思決定をすることを望む人々はいないだろうし、それを利用する側の責任にもかかわってくるかもしれない。性格検査との付き合い方では、我々は性格検査のようなテストの類とどのように付き合っていくべきなのだろうか。まず、そうした検査の予測力がどの程度あるのかを、十分に検証するべきである。たとえば、企業の場合であれば、自社が利用しているテストの数値が、その後の従業員のパフォーマンスを予測できているかどうかを検証すべきである。無論、すでに述べてきたように、性格と行動の関係には状況要因が強く影響を与えることが予想されるので、そうした状況の要因も考慮に入れて、検証する必要があるだろう。職場でのチームの状況や直属の上司との関係、さらには技術変化といったものも状況要因として取り上げ26［実践］理念経営Labo2025WINTER

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経営学で読み解く人と組織る必要があるだろう。そうした慎重な検討を行なうことで初めて、性格検査を選抜や配置に有効に活用できるかもしれない。次に、性格それ自体に対する考え方をアップデートする必要があるだろう。最初期の心理学では、性格やパーソナリティは、状況などの人間の外部にあるものとは独立して存在すると考えられてきた。遺伝などと同様に先天的なものであると考えられてきたのである。しかし、我々は、状況に応じて、人間の性格が変わるということを、日常的に実感している。学校と家での性格の違い、職場にいるときと家族といるときの違いなど、状況に応じて、性格が変化する人を見聞きすることは多いだろう。さらに言えば、我々は、状況に適応するために、そうした性格の変化に能動的に取り組むこともあるだろう。また、アメリカの経営学者であるChesterBarnardは、組織に参加する人間は組織人格と個人人格という二重の人格を組織に持ち込むと指摘した（Barnard,1938）。個人人格は組織外での人格であり、組織外での振る舞いや欲求などを内包する。一方で、組織人格とは文字通り、組織内での人格である。この組織人格には、組織での望ましい振る舞いや組織目標への貢献が内包されるが、個人人格を同時に持つ人間は、組織人格と個人人格の緊張関係に身を置くことになる。そのため、マネジャーは組織で働く人間に対して様々な方法で影響を与え、組織人格として振る舞うように促す必要がある。このように考えると、性格と呼ばれるものは、我々が思うよりも遥かに流動的なものであると言えよう。それは、外部からの影響を受けて変化するものであり、言うなれば、状況と人間の相互作用の結果とすら言えるものなのである。我々は、行動やパフォーマンスといった結果を予測するものとして、性格をとらえることが多いが、こうした認識を改める必要があるであろう。最後に、本稿の冒頭で述べたMBTIの流行の議論に戻りたい。ここまで見てきた通り、性格やパーソナリティを測定することは、序列化やパフォーマンスの予測という目的で利用されてきた。興味深いことに、MBTIは、その結果の表示の仕方（ESTJ等）からも見て取れるように、序列化を念頭には置いていない。あくまでも、テストの結果から、個人の性格の類型を提示しているに過ぎない。こうした検査は、パーソナリティの類型論とも言われており、ここまで議論してきた序列化を目的とした検査とは一線を画すものである。では、なぜこうした検査が流行しているのだろうか。その一因として、若い世代が置かれている状況が考えられる。若い世代、とりわけ高校生や大学生といった年代の若者は、試験やリポートの点数、成績評価のGPAや通知表、さらには偏差値に基づくランク付けに紐づいた受験競争など、常に序列化に晒されている。そうした世代において、自らが当てはまる性格の類型を提示してくれるMBTIは、序列化というストレスを伴うランク付けから解放し、自身の存在意義を再確認させてくれる装置なのかもしれない。骨格診断やパーソナルカラー診断のように、自身を既に整理された特定のパターンに当てはめることで、そのパターンに応じた意思決定を可能にするなど、適応的な側面もあるかもしれない。このように、若者の適応的な側面を支える実践として、MBTIに意義を見出すことは可能であろう。しかし、そうしたMBTIも、序列化の波にとらわれつつある。採用を行なう上で、特定の類型が好ましいと発言する人事担当者や経営者は後を絶たないし、類型に過ぎない各性格タイプの間に何らかの序列をつける行為が頻発している。何らかの検査を行なう以上、我々は、人間を序列化するという欲求から逃れることができないのかもしれない。類型を示すだけであったものを、序列化に利用するのであれば、それは本来の目的を無視した悪用であり、MBTIの適応的な側面を破壊する行為である。若者が非科学的なものに踊らされていると一笑に付すだけでは、こうした若者を取り巻く状況を理解することはできないだろう。序列化はときに必要であるし、我々は望んで序列化されようとすらする。そのため、序列化の有用性は否定することはできない。しかし、その適用範囲に、人間の性格を含めるべきなのかどうかについて、我々は再度考える必要があるだろう。参考文献Baritz,L.（1960）TheServantsofPower:AHistoryoftheUseofSocialScienceinAmericanIndustry,WesleyanUniversityPress（三戸公・米田清貴訳『権力につかえる人びと：産学協同批判』未来社,1969年）.Barnard,C.I.（1938）TheFunctionsoftheExecutive,HarvardUniversityPress（山本安次郎・田杉競・飯野春樹訳『新訳経営者の役割』ダイヤモンド社,1968年）.Mischel,W.（1968）PersonalityandAssessment,Wiley.Münsterberg,H.（1913）PsychologyandIndustrialEfficiency,HoughtonMifflinCompany.Myers,I.B.andMcCaulley,M.H.（1968）MBTIManual:AGuidetotheDevelopmentandUseoftheMyers-BriggsTypeIndicator,ConsultingPsychologistsPress.中川誠士（2005）「人事管理の形成と『テイラー戦略』（1）」『福岡大学商学論叢』Vol.49（3・4）,pp.361-385.渡邊芳之（2010）『性格とはなんだったのか：心理学と日常概念』新曜社.L［実践］理念経営Labo2025WINTER27

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「社会の公器」として輝く良い会社店長が創意工夫して最高の接客サービスを実現おもてなしで付加価値の創造を紡ぐ株式会社グルメ杵屋代表執行役社長最高経営責任者（CEO）椋本充士むくもと・あつし＊1961年生まれ。近畿大学を卒業後、飲食チェーンを展開する大和実業株式会社（現・株式会社ダイワエクシード）に就職。’90年にグルメ杵屋に中途入社。ベンチャー事業部、経営戦略室・開発部門等を経て2001年に取締役に就任。その後、業態確立部門、店舗設計、商品開発などの部門で指揮を執り、’10年4月に社長に就任して現在に至る。’19～’20年には大阪外食産業協会（ORA）の第16代会長を務めた。株式会社グルメ杵屋本社：大阪府大阪市／設立：1967年／事業内容：レストラン事業、機内食事業、業務用冷凍食品製造事業、地方卸売市場運営、鉄道事業、日本語学校、インターネット販売事業など取材・構成：森末祐二写真提供：グルメ杵屋事業活動を通じてお客様や社員、地域の人々に喜ばれ、「社会の公器」として信頼を集める“良い会社”。その会きねや社づくりは、どのように行なわれているのか。1軒のうどん店からスタートしたグルメ杵屋は、讃岐うどんの麺と関西風のだしという新しい組み合わせで人気を博し、外食チェーンとして急速に成長したが、数々の試練を切り抜けて今がある。味に厳しい大阪を中心に、幅広い層から愛される食を提供し続ける同社の椋本充士社長に、これまでの改革の歴史や新たな取り組みについて話をうかがった。「うどんの麺を打つ実演」で評判のお店となる株式会社グルメ杵屋は、杵屋グループ全体を統括する持株会社です。連結事業子会社として、うどん店の「杵屋」やそば店の「そじ坊」、サンドウイッチ店の「グルメ」、和食店の「丼丼亭」など、30以上の飲食店ブランドを展開する「株式会社グルメ杵屋レストラン」、ラーメン店等を展開する「株式会社ゆきむら壱番亭」、機内食事業の「株式会社エイエイエスケータリング」、冷凍弁当の製造販売を手がける「株式会社アサヒウェルネスフーズ」、米穀販売などを手がける「日本食糧卸みず株式会社」、鉄道・バス事業の「水ま間鉄道株式会社」などがあります。その他「大阪木津卸売市場」や「GK日本語学校」、特別養護老人ホームなどを展開する「社会福祉法人ジー・ケー社会貢献会」なども当社のグループ組織です。ひこゆき創業者である父・椋本彦之は、もともと米穀店を経営していましたが、アメリカで見たハンバーガーチェーン店に衝撃を受けます。それを見て「大阪の外食といえばきつね28［実践］理念経営Labo2025WINTER

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「社会の公器」として輝く良い会社うどん。日本でやるなら、うどんのチェーン店や」と夢を抱きながら、1967年に給食委託請負業務を行なう「両国食品株式会社」を設立しました。給食事業を手がけながらうどん開発にも励み、大阪から讃岐うどんの年。コシのある讃岐うどんと昆布とかつお節をベースにした関西風のだしを組み合わせることで、ついにオリジナルの味を完成させます。そして1971年に奈良のダイエーにうどん店「杵屋」第1号店をオープンすると、間もなく評判店となります。「おいしくて、安くて、ボリュームがある」ことに加え、店頭に「ガラス張りの手打うどん実演コーナー」を設けることで、大きな人気を集めることができました。折よく、駅に商業施設を組み入れる国鉄（現・JR）の「駅ビル化」の流れにも乗り、杵屋は日本各地に順調に店舗数を増やしていきました。以降、当社は飲食店のチェーン展開や新規事業開拓、M&A、株式上場などを通して規模の拡大を進めていくことになります。1986年にはサンドウイッチ店などを手がける株式会社グルメと合併し、商号を「株式会社グルメ杵屋」としました。さ年には、大阪証券取引所市場第二部に上場を果たしています。私自身は、グルメ杵屋に就職するつもりで父に就職のことを相談したら「自分の好きなようにやりなさい」と言われました。いろいろな業界の説明会に足を運びましたが、最終的に飲食チェーンを展開する大和実業（現・ダイワエクシード）に就職しました。当初は同社に骨を埋めるつもりで働いていましたが、株式会社グルメとの合併時と株式上場時に、2度にわたって当時の大和実業の副社長からグルメ杵屋に戻るよう促され、最後には「業務命令だから戻れ」と。父に「グルメ杵屋に入社したい」と伝えると「面接を受けたらいい」と言われたので採用面接を受けました。ところが、面接してくださった人事部の方が社長室に行くわけです。すると社長室から「責任者だろう、君が決めなさい！」と怒鳴り声が聞こえてきました……。そんな経緯で、1990年にグルメ杵屋に入社しました。利益を最優先することでじわじわと業績が下がる株式上場後も、事業の拡大と多角化を進めていきましたが、父の彦之が他界した2008年に、当社は設立以来初めて赤字となり、さらに翌2009年も連続して赤字を出すという危機的状況を迎えてしまいます。このような時期に、私は亡き父の後を継ぐことを決意し、2010年4月に社長に就任、経営改革に取り組むことになりました。まず行なったのは、いつから業績が下降線をたどり始めたのかを突き止めることでした。そこで浮かび上がったのが、1990年の秋頃から、既存店の来客数と売上がほんの少しずつ下がっていたことです。原因を分析してみたところ、一つには、1989年の株式上場を目指して、それまでの数年間、とにかく「利益」を上げて実績をつくろうとしていたことが考えられました。その中でいつしか利益を最優先し、お客様の存在が2番目3番目となりサービスが低下します。杵屋のルーツを伝える看板。創業者が香川県の製麺所「手打うどん杵屋」に修業で通い、ご店主から許可をいただいて「実演手打うどん杵屋」を屋号としたこと、修業先への尊敬と感謝の念を表すため、修業先のロゴマークの杵3本から1本抜いた杵2本をロゴマークとしたことが書かれている身内に聞いても「最近杵屋に行ったけど、サービスも味も落ちてるで」と言われる始末。それを敏感に感じ取ったお客様が杵屋から徐々に離れていってしまいました。もう一つの原因としては、多くの既存店の「立地がよすぎる」ことで、集客の努力が十分なされていなかったことが挙げられます。駅や百貨店など、人が多いところで商売をすることで杵屋のチェーンは伸びてきたわけですが、その頃には他の様々な飲食チェーンが増え、たくさんある選択肢の1つにすぎなくなっていました。にもかかわらず、店長に課せられた役割は、時間通りに店を開け、マニュアル通りの接客をして商品を提供し、時間通りに店を閉めるといった基本的なことだけでした。あとは本社からのそのときそのときの方針を聞いて、それを守ってさえいればよかったのです。これでは他店よりも魅力ある店であり続けることはできません。逆三角形の組織に転換しＶ字回復を実現社長になった私が「Ｖ字回復」を［実践］理念経営Labo2025WINTER29

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目指して行なったのは、大和実業勤務時代に学んだことを生かして「組織のヒエラルキー」を根本的に見直すことでした。それまではいわゆる「ピラミッド型」で、社長がトップにいて、その下に役員、その下に部長、その下に課長、その下に店長がいて、最下層に各店のパート・アルバイトさんがいるという形でした。私はこれを完全にひっくり返して、「逆三角形」の組織につくり直しました。具体的には、社長である私が一番下にいて、その上の部長が働きやすい環境を整えていきます。次に部長は、各部門のエリアマネージャーらが働きやすい環境を整えるというように。現場の店長には、パート・アルバイトさんが仕事をしやすいようにすることと、お客様にリピーターになっていただけるような接客サービスや商品提供を心がけてもらいました。そして現場の最前線で働くパート・アルバイトさんの上にお客様がおられるという逆三角形のあり方を全員に伝え、これをグループ全体の共通認識として浸透させていきました。特に「店長に接客サービスを工夫してもらう」のは、私の大和実業での経験をそのまま生かした運営方針香川県高松市の店舗。発祥ゆかりのこの店舗の商標だけ杵が3本（他店舗は2本）あり、店舗前には「杵屋発祥の地」の看板があるです。大和実業が展開する飲食店では、主にアルコール類をお客様に提供します。お酒そのものはどの店で飲んでも同じであり、「商品で差別化」することができません。そのため各店長は、いかにお客様に喜んでいただくかを真剣に考え、それぞれがサービスの改善に創意工夫を凝らしていたのです。この考え方を導入することで、杵屋においても、各店の店長がそれぞれサービスを工夫するようになっていきました。加えて、社員教育にかける予算を倍増し、外部の研修を積極的に受けてもらうようにしたところ、徐々に皆の意識が変化し始めました。たとえばある店長は、絵本を何冊か店内に置き、席が空くまでお待ちいただいている親子連れのお客様に読んでもらうようにしたそうです。また別の店長は、やはりお子様のために「ぬり絵」を用意し、料理を待っているあいだに遊んでもらうようにしました。こうした取り組みにより、小さなお子様が待ち時間にぐずったりすることが減り、親御さんにも非常に喜ばれました。そして、中学校の授業で店長が仕事の話をすることを研修として取り入れました。どう伝えたら仕事の苦労や喜びが伝わるか、工夫して発表することで、発表が終わると店長たちが感極まって泣くのです。自分たちの仕事がこんなにすごいんだ、と再認識するのでしょうね。自分を見直すいい機会になるのだと思います。毎月店長が集まって行なわれる「店長会」において、そうした各店の取り組みが発表されるようになり、刺激を受けた他店の店長も積極的に創意工夫するという連鎖反応が広がっていきました。店長が変わることで、グルメ杵屋は明らかに生まれ変わっていったのです。幾度もの苦難を乗り越える現場の努力によって2010年の後半以降は徐々に客足が戻り、ようやく来客数が前年を超え始めました。そして2年続いた赤字状態から脱却し、わずかながら黒字が出て、光が見えそうになった矢先の2011年3月11日に、東日本大震災が発生し、再び大きな打撃を受けることとなります。私はこのとき、震災による危機を乗り越えられるかどうか不安を感じていました。というのも、赤字が2年続いたことで、それまでと同じ条件で融資が受けられなくなる可能性を金融機関から告げられていたからです。しかしながら、震災は避けることができない災難であり、それまでに杵屋グループの業績が上向き始めていたこともあって、金融機関は融資に快く応じてくれました。これもまた、現場の店長をはじめ、全社員が経営改革に前向きに取り組んで30［実践］理念経営Labo2025WINTER

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「社会の公器」として輝く良い会社くれたおかげだといえるでしょう。その後は、海外展開も含めて事業は少しずつ上向いていきました。前述の「グルメ杵屋レストラン」という新会社を設立し、レストラン事業の店舗運営業務を委託したうえで、従来の株式会社グルメ杵屋を持株会社に改組したのは2015年10月のことでした。これにより、膨らみ続けていたグループ会社全体の管理および戦略の策定などがスムーズに行なえるようになりました。当然ながら、グループの各企業は自社の事業に専念できるようになり、さらなる成長が期待できるようになったといえます。事業の拡大・強化を進めていた中で、再び大きな危機を迎えることとなります。いうまでもなく、世界を大混乱に陥れた「コロナ禍」は全国の外食産業に大打撃を与えました。緊急事態宣言が発令された2020年の4月と5月の2カ月間でいきなり30億円の赤字となり、その年末までに47億円の赤字となってしまったのです。レストランチェーンと機内食事業はほぼ壊滅状態となり、計400以上あった店舗のうち、一時的に100店舗程度が閉鎖に追い込まれました。唯一、おせち料理の販売だけが大きく売上を伸ばしましたが、もともとグループ全体の中では割合が小さかったため、赤字をすべて埋めるまでには至りませんでした。国の雇用調整助成金などによって、なんとか耐え忍んだような状況だったのです。全国の店舗を訪ねておもてなしの心を伝えるコロナ禍では大変な苦難を強いられましたが、一方で海外の人材を積極的に受け入れる中で、戦略策定を得意とした方から、「経営戦略」を立てるうえでの具体的な手順や、その際に必要となる「ビジョン」の重要性などを学ぶことができました。創業者がいたらその人そのものが経営理念であり経営方針ですが、創業者がいなくなると企業風土、企業文化は変わっていくものです。ここ数年で当社の経営や企業文化そのものが大きく進化しつつあります。その戦略をすすめる際の共有認識として掲げたグループビジョンは、「おもてなしで付加価値の創造を紡ぐ」です。「おもてなし」とは日本古来の価値観であり、その起源は茶道の考え方につながっています。茶道においては、「もてなす側」と「もてなされるお客」とは「対等の関係」であり、お互いがルールを守り、リスペクトし合うことによって、初めて「おもてなし」が成立するのです。当社においても、本物の「おもてなし」を提供するためには、われわれ自身がお客様からリスペクトしてもらえる存在にならなければなりません。そのためには、よりよいサービスと商品を提供するのはもちろん、会社として「ブランディング」に特に力を入れています。またこうした考え方を現場のスタッフたちと共有するため、ひと月に数軒ずつ当社のチェーンの各店舗を訪問し、事業にかける私の思いを伝えるよう努めているところです。創業者である父は、大阪初芝学園の経営再建にかかわったことがあり、そのとき「教育ってこんなに楽しいんだ」としきりに言っていまし毎月全国の店舗を訪問しおもてなしの心を伝えるた。当初、東京大学への進学実績はなかったのですが、東京大学に実際に見学に行かせたことでエンジンがかかり、その後、東京大学や一流大学に進学する生徒が出てきました。高校サッカーでも全国大会出場を決め、準決勝まで行きました。環境を与え目標設定を明確にすると、ものすごく伸びることを実感していたのでしょう。人の育成に力を注いでいた姿を、私は大いに参考にしています。松下幸之助さんが「企業は社会の公器」とおっしゃったように、世のため人のため、という視野を大切にしています。今年は、「2025大阪・関西万博」が開催されますが、1970年の大阪万博は、日本社会を大きく前進させた起爆剤だったと思います。今回、私が会長を務めたことのある大阪外食産業協会（ORA）のパビリオンの体験ゾーンで当社が「うどん打ち教室」を開催します。伝統的な和食文化である「うどん」と大阪の食文化を世界へ広く情報発信するとともに、次世代のファンづくりに取り組むことで、この博覧会が関西や日本にとって、次のステージにつながる起爆剤になればいいと思っています。L［実践］理念経営Labo2025WINTER31

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プロ・ファシリテーターが斬る!!組織づくり・人づくりのヒント“経営者の器”以上に企業は大きくならないPHP研究所経営共創事業本部本部長（松下幸之助経営塾ファシリテーター）PHPでの長年の現場経験をもとに、組織・人材開発に役立つ情報をわかりやすく解説的場正晃企業間の競争力の格差の源泉は何なのでしょうか？本稿では、経営に及ぼす影響力という観点から、経営者の本来の役割と職務について考察します。格差が拡がる企業間の競争力昨年、日経平均株価が過去最高を更新したのは、半導体関連や自動車業界、商社などを中心に「稼ぐ力」を取り戻した（上場）企業の株価が上昇したことに起因していると言われています。好調を維持する大企業に比べ、中小企業の多くは物価高やエネルギー価格、物流費の高騰などへの対応に苦慮して、生産性が低迷しているのが実態です（【図表】参照）。もちろん、すべての中小企業が業績不振なわけではありません。中小企業の強みである小回りの良さを発揮し、市場の変化に機敏かつ柔軟に対応して成長軌道に乗っている企業もあります。我が国の中小企業を取り巻く情勢を簡潔に表現するなら、企業間（大企業－中小企業間、および中小企業間）の競争力の格差が大きくなり、「勝ち組－負け組」の区分けが明確になってきたということでしょう。では、企業間の競争力の格差を生み出す要因は何でしょうか。弊社では、2011年から「松下幸之助経営塾」（P23参照）という講座を開講し、これまで300名以上の中小企業経営者の方々に受講いただいてきました。当塾では10カ月にわたる講座期間中に、経営者としてのあり方を徹底的に議論しますが、最終的にたどり着くのが「“経営者の器”以上に企業は大きくならない」という結論です。実際、経営者自身が考え方と行動を変えることで業績が劇的に向上した企業事例は、枚挙にいとまがありません。こうした事例にふれたり、当該経営者の方と話をするにつけ、“経営者の器”の重要性を強く感じさせられるのです。弊社の創設者、松下幸之助は、経【図表】企業規模別の時間当たり労働生産性の水準（円/人時）大企業中小企業7,0006,4706,4196,0006,5655,0004,0003,6234,0793,8153,5483,7293,7793,0002,8772,0001,9361,8022,2302,1471,0000製造業情報通信業卸売業、小売業学術研究、専門・技術サービス業宿泊業、飲食サービス業出所：2018年版『中小企業白書』P59注：1.2015年度における労働時間１時間当たりの付加価値額を示している2.付加価値額＝営業利益＋（給与総額＋福利厚生費）＋動産・不動産貸借料＋租税公課＋減価償却費生活関連サービス業、娯楽業サービス業（他に分類されないもの）32［実践］理念経営Labo2025WINTER

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組織づくり・人づくりのヒント営者の「力量」（≒器）について、ことあるごとにその重要性を説いてきました。「今日の企業経営において、経営者の果たす役割というか、責任というものは、まことに大きいと思う。経営者の力量いかん、識見いかんによって、企業の存立、発展が大きく左右されるのである。早い話が、業績不振の会社が、社長一人交替しただけで見違えるように業績が上がり、社会に貢献するようになったという実例は、決して少なくない。（中略）今日の経営者というものは、それほどの影響力をもっているのである」（『PHP』昭和42年8月号）中小企業経営者が直面する「5億の壁」企業経営における経営者の影響力の大きさを示す事例として、某経営コンサルタントが主張する「5億の壁」という概念をご紹介しましょう。「5億の壁」とは、中小企業の年商が5億円に近づいてくると事業の成長が頭打ちになって、それ以上に売り上げを伸ばすことができなくなる状態を指します。「5億の壁」に阻まれ、事業が停滞する状態が続くと、中小企業の経営体力が少しずつ削がれていきます。そのような状況に、先般のような感染症拡大や震災、物価高などの外部環境の変化が追い打ちをかけると、中小企業はもちこたえることができなくなって、倒産や廃業に追い込まれてしまうのです。なぜ、多くの中小企業が「5億の壁」に直面するのでしょうか。前述のコンサルタントの見立てによれば、その原因の大半が「経営者が経営をしていない」ことに起因するというのです。中小企業は人員に余裕がないので、一人何役もの役割を担うことが当たり前になっています。いきおい、経営者自身も率先垂範の名のもとに、あらゆる業務に対応してしまいがちです。当の経営者本人は、朝から晩まで先頭に立って、「どの従業員よりも一所懸命仕事をしている」と思い込んでいますが、実はこれが会社の低迷を招く要因になっているのです。こうした経営者が、貴重な時間とエネルギーを注ぎ込んで取り組んでいるのは経営ではなく、「オペレーション」なのです。経営者の仕事とは既述の通り、市場環境が大きく変化する中で、業績を回復させる（あるいは拡大させる）企業と低迷したままの企業とのあいだの格差が拡がりつつあります。そして、企業間の競争力は、経営者が経営者の仕事をしているか否かによって格差が生じるのです。では、経営者の仕事とは何なのでしょうか。経営者とは文字通り、「経営をする者」なのです。そして、経営とは中長期の観点から自社の強みと市場ニーズのマッチングを考え、将来に向けた布石を打つことです。これこそが、他の従業員にはできない、経営者の仕事なのです。VUCAと表現される激変の時代にありながら、経営者が日々の貴重な時間を経営ではなくオペレーションに費やしてしまうと、事業が頭打ちになって、やがて市場から淘汰されることは自明の理と言えるでしょう。経営者が本来の仕事（変化対応の手立てを考える）をすることは、中小企業が生き伸びるための最重要課題なのです。レーザーの専門商社で、30年以上連続黒字を達成している日本レーザー（東京都新宿区、従業員数：73名〈2024年1月時点〉）の近藤宣之会長は、自社の発展の要因は「マイクロマネジメントを排除したことだ」と言い切ります。同社は、従業員を大切にし、信じて任せるマネジメントに徹してきました。従業員を信用して細かい管理業務をなくすことで、経営陣は中長期のビジョンを考える時間を確保することができます。そして、将来の市場の変化やビジネスチャンス、あるいはリスクを予見し、早めに手を打つことで、競争の激しい業界を生き抜いてきたと言います。大企業と比べて経営基盤が弱い中小企業は、経営者が経営をしなければ生き残りは難しいのです。中小企業の経営者の方々は、今一度みずからの仕事の仕方や時間の使い方を振り返り、経営しているかどうか、自問自答していただきたいと思います。＊PHP研究所では、よりよき人材を育成するための各種マネジメント研修を提供しています。ウェブサイトよりお気軽にお問い合わせください。まとば・まさあき1990年、（株）PHP研究所に入社し、研修局に配属される。以後、一貫して、PHPゼミナールの普及、および研修プログラムの開発に取り組む。2001年から2003年まで神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程にてミッション経営の研究を行ない、MBAを取得する。中小企業診断士。松下幸之助経営塾ファシリテーター。著作に『“強い現場をつくるリーダー”になるための5つの原則』（PHP通信ゼミナール）。L［実践］理念経営Labo2025WINTER33

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特別動画案内MOVIEGALLERY130歳まで生きたい松下幸之助『［実践］理念経営Labo』では、誌面内容がよりよくわかる特別動画をウェブサイトにてご視聴いただけます。今号のレポート「松下幸之助生誕130年記念シンポジウム」をさらに深く知るには、以下の動画もオススメ！POINT生命が尽きる瞬間までなすべきことをなしつつ生きていきたいと考えていた幸之助が、「130歳まで生きたい」との意欲を語る貴重映像。幸之助生誕130年を記念し、初公開！「松下幸之助」再現AIが語る130歳を迎えての思い視聴時間2分12秒本人映像概要1982年10月10日PHP友の会全国大会での話POINTシンポジウムの場で初披露された「松下幸之助」再現AI。自身の著書や音声を学習した“130歳の幸之助”が、誕生日を迎えて思うこととは？視聴時間2分50秒映像概要2024年11月27日「松下幸之助生誕130年シンポジウム」第一部より関連ニュースシンポジウムおよび「松下幸之助」再現AIに関するメディア情報をウェブサイト「松下幸之助.com」にまとめています。あわせてご覧ください（一部動画あり）。34［実践］理念経営Labo2025WINTER

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好評発売中！いつもヘマばかりしている若手商社マン・松田太朗が異動になった先は、左遷部署と噂される「企画営業支援課」。やりがいのない仕事とやる気のないチームメンバーの間で日々、鬱々とする中、ネット上で「ビジネスの天使」を名乗る謎のＡＩ・ユキスケに出会う。ベストセラー『道をひらく』（松下幸之助著）の実践版コミック誕生！定価：1,650円（10％税込）2025WINTER1-3（Vol.12）2025年1月27日発行発行人渡邊祐介編集主幹川上恒雄編集長會田広宣発行所PHP理念経営研究センター［編集スタッフ］長尾梓／髙橋久実子［制作・普及協力］〒601-8411京都市南区西九条北ノ内町11番地TEL075-681-9166メールkenkyu1@php.co.jpURLhttps://www.php-management.com/池口祥司／的場正晃／時政和輝／押条征一郎／川口宝馬動画順次公開＆メルマガ登録受付中誌面の内容がよりよくわかる特別動画をこちらのウェブサイトで順次公開しています。↓また、上記動画の公開時期および『［実践］理念経営Labo』の最新情報をメルマガ（無料）にてお届けします。ご希望の方はこちらのウェブサイトよりメールアドレスをご登録ください。↓［デザイン／制作］朝日メディアインターナショナル株式会社©PHPInstitute,Inc.2025Allrightsreserved

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2025WINTER1-3（Vol.12）2025年1月27日発行ＰＨＰ理念経営研究センター全巻予約特典『道をひらく』豆本プレゼント！（先着・数量限定）※詳細およびお申込み方法は特設ページにてご案内しております。右のＱＲコードからアクセスしてください。※キャンペーン期間は2025年3月末まで（数量に達し次第終了）。4月末から順次お届けいたします。

