https://my.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/

# Vol.09『[実践] 理念経営Labo』（2024 SPRING 4-6）

## Page 01
![Page 01の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000001.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

人と組織の可能性を発見する研究誌理念経営実践Vol.9Labo2024SPRING4-6［特集］継承と変革のマネジメント1200年の歴史を経て織りなす西陣織の新展開細尾代表取締役社長細尾真孝香りの可能性は無限大！鼻で企む老舗企業の挑戦キチベエCEO、塩野香料代表取締役社長塩野太一創業理念とESGの重視で40億円もの負債を克服常磐植物化学研究所代表取締役社長立﨑仁［松下幸之助経営塾志の実践］OSAKADAIRYFARM代表取締役社長纓坂直俊［シン・働き方改革］オムロン太陽代表取締役社長辻潤一郎

## Page 02
![Page 02の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000002.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

『［実践］理念経営Labo』刊行にあたって現代の企業や組織において、経営理念を経営の軸に据えることの重要性はますます高まっています。一つには、資本主義社会のあり方が問い直され、企業の果たすべき責任がよりいっそう重視されつつあることが挙げられます。たとえば、行きすぎた株主重視の反省から、企業には社会的な課題解決が一段と強く求められるようになりました。ESG（環境、社会、ガバナンス）投資やSDGs（持続可能な開発目標）への関心の高まりからも、その傾向は明らかです。また、従来の経営理念に加えて新たに「パーパス」（存在意義）を掲げる企業も数多く出てきました。一方で、政府による働き方改革の推進、雇用慣行の変化、特に最近は新型コロナ感染症拡大をきっかけとしたリモートワーク導入促進の流れの中で、働く人々の価値観においても多様化が進み、組織を統合するための経営理念の役割も見直されています。私どもPHP理念経営研究センターは、複雑化する環境においても企業や組織が活力を持って高品質な商品やサービスを創出し、持続的な発展を遂げてゆくために、新たな理念経営のあり方を追求することを年に設立いたしました。この使命はパナソニックグループ創業者で弊社PHP研究所創設者でもある松下幸之助の「思い」から発しています。松下は、昭和7（1932）年5月5日、「人々の日常生活の必需品を充実豊富にして、その生こんしん活内容を改善拡充する。松下電器製作所はこの使命の達成を究極の目的とし、今後一層渾身の力を振るまいしんい、一路邁進せんことを期す」という趣旨の自社の「真使命」を宣言し、パナソニックグループを世界へと飛翔させました。また終戦後の世の乱れ、人心の荒廃を思い知らされたところから、「繁栄を通じて、平和と幸福を実現する」（PeaceandHappinessthroughProsperity）との思いに立ち、昭和21（1946）年11月3日にPHP研究所を設立いたしました。「初めに思いありき」の言葉通り、松下のいずれの事業活動もすべて「思い」を原点とした理念経営にほかなりません。こうした考えに立ち、PHP理念経営研究センターの情報発信の場として『［実践］理念経営Labo』をこのたび刊行いたします。誌名に「Labo」（ラボ）とつけたのは、本誌を生きた「理念経営の研究室」とし、より先端的な課題への取り組みに挑みたいとの思いがあってのことです。理念経営に挑戦している経営の現場を現代的見地にもとづいて取材し、理念実践の新たな指針を創出することを目指して誌面づくりに尽力していきたいと考えています。読者の皆様には、ぜひとも「Labo」の共同研究者として情報、ご感想を賜り、明日の「理念経営」のあり方に一石を投じるべくご支援、ご指導をお願いいたしたく存じます。2022年4月PHP理念経営研究センター代表渡邊祐介

## Page 03
![Page 03の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000003.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Contents──2024SPRING4-6（Vol.9）特集継承と変革のマネジメント【Interview】1200年の歴史を経て織りなす西陣織の新展開常識を覆し、工業、最先端分野で「美」のものづくりを追求する【Interview】香りの可能性は無限大！鼻で企む老舗企業の挑戦「良質な変態集団」を育成し香料の力で世界をより豊かに【Interview】創業理念とESGの重視で40億円もの負債を克服植物から学んだ「生かされる」生存戦略とは松下幸之助経営塾【志の実践】酪農の魅力を次代に伝えたいロボット導入で「家族経営」を超え、飛躍的に発展【塾生通信】日に新たSeries【シン・働き方改革】現場発の改善提案で誰もが活躍できる職場に障がい者雇用の先駆者が取り組む「ユニバーサルものづくり」【松下幸之助生誕130年成功の金言】物をつくる前に人をつくる【プロ・ファシリテーターが斬る!!組織づくり・人づくりのヒント】学習意欲の高め方【特別動画案内】MOVIEGALLERY細尾代表取締役社長細尾真孝6キチベエCEO、塩野香料代表取締役社長塩野太一10常磐植物化学研究所代表取締役社長立﨑仁14OSAKADAIRYFARM代表取締役社長纓坂直俊1822オムロン太陽代表取締役社長辻潤一郎2428PHP研究所経営共創事業本部本部長的場正晃3234誌面内容がよりよくわかる特別動画を右のQRコードからご視聴いただけます。動画は随時追加予定。メルマガにてご案内します。（メルマガ登録はP35下をご参照ください）

## Page 04
![Page 04の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000004.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

［特集］継承と変革のマネジメント

## Page 05
![Page 05の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000005.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

初めに願いありき――。世の中の多くの事業は、人々の役に立ちたいという強い想いから立ち上がり、広く展開されていく。だが、長く継続して事業環境の変化や担い手の代替わりを経るうちに、創業時の想いや挑戦的な精神が見失われたり、慣習化された行動様式が金科玉条のごとく受け継がれて組織のダイナしにせミズムが失われるなどのリスクが大きくなる。老舗企業や伝統のある組織が引き起こす不祥事や行き詰まりの例は、その最たるものだろう。持続的な発展を目指すために、企業はどのように先人の築いたレガシーを継承し、経営の刷新を図っていけばよいのだろうか。本特集では、新たな取り組みによって受け継いだ事業の変革に成功している企業ようていを取り上げ、そのマネジメントの要諦を探る。

## Page 06
![Page 06の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000006.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Interview1200年の歴史を経て織りなす西陣織の新展開常識を覆し、工業、最先端分野で「美」のものづくりを追求する株式会社細尾代表取締役社長細尾真孝ほそお・まさたか＊1978年生まれ。西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動や大手ジュエリーメーカー勤務を経て、2008年に細尾に入社。’12年より京都の伝統工芸を担う後継者によるプロジェクト「GOON」を結成し、国内外での普及に尽力。’20年より現職。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルで世界のブランドやホテルから高く支持されている。日経ビジネス「2014日本の主役100人」、WWDジャパン「ネクストリーダー2019」に選出されたほか、『TheNewYorkTimes』にて特集が組まれる。元MITメディアラボディレクターズフェロー。株式会社細尾本社：京都市中京区／創業：1688年／事業内容：帯、着物、インテリアテキスタイルの企画、製造卸、販売京都の代表的な伝統工芸品である西陣織。その市場はかつての10分の1ほどに縮小する中、織元の細尾は伝統技術を生かした新たなテキスタイル（布地）の開発で活路を開いた。トヨタやパナソニックとの工業製品のほか、デジタルやバイオなどの最先端テクノロジーを用いた分野でも協業し、西陣織の可能性に挑戦し続けている。変革の旗手である細尾真孝社長に、世界で通用する工芸ブランドに育てるための取り組みについて話を聞いた。構成：塚田有香写真提供：細尾西陣織を海外展開する前例のないチャレンジ細尾は元禄元年（1688年）に西陣織の織屋として創業しました。西陣織は約1200年の歴史を持つ先染もんおりものめの紋織物で、貴族や武士階級、裕福な町民たちの支持を受けながら、圧倒的な美と職人技を今日まで継承してきました。私は細尾の12代目当主にあたります。2020年に先代である父の後を継ぎ、社長に就任しました。とはいえ、若い頃は家業を継ぐ気はまったくありませんでした。当時の自分にとって西陣織という伝統産業は、昔からあるものを同じようにつくり続けているコンサバティブな世界に映ったからです。私は新しいものを生み出すクリエイティブな仕事がしたかった。だから音楽活動をしたり、ファッションブランドを立ち上げたりしたのですが、いずれも事業として収益化するのが難しく、長くは続きませんでした。6［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 07
![Page 07の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000007.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集継承と変革のマネジメントそこで自分に足りないビジネスの知識やスキルを学び直そうと思い、東京の大手ジュエリーメーカーに入社しました。SPA（製造小売業）の会社だったので、マーチャンダイジングから商品企画、営業、物流までひと通りの業務を経験させてもらえたことは、私にとって大きな学びになりました。ただしその頃は、ビジネスのノウハウを身につけたら、もう一度自分で新しいことをやりたいと考えていました。そんなとき、先代の父が西陣織を海外展開するためのテストマーケティングを始めたことを知ったのです。細尾が代々受け継いできた技術や芸術性を生かしながら、西陣織を海外で売るという前例のない挑戦ができたら、伝統産業をクリエイティブ産業へと発展させることができるのではないか――。そう考えると俄ぜん然興味が湧いて、ぜひ自分がそのチャレンジをしたいと思い、家業に就くことを決めました。私が細尾に入社したのは2008年。ちょうど30歳のときです。海外展開に携わりたくて入ったものの、この挑戦は社員たちからは先代の道楽としか思われていませんでした。当時、西陣織の市場が最盛期の10分の１にまで縮小し、細尾の着物事業も苦しい状況にありました。ですから社内も「国内事業が大変なときに、わざわざ海外へ出ていくためにお金を使うなんて……」という空気だったのです。もちろん先代は、既存事業が大変なときだからこそ、家業を継続するために新たな挑戦に打って出たのですが、おそらく社内の誰もが海外展開をやめてほしいと思っていたはずです。がそんなムードの中で海外事業に携わり始めた私は、「結果が出なければ撤退もやむをえないが、とりあえず1年間は専任で海外展開に挑戦させてほしい」と申し出て、先代の了承を得ました。こうして私とベテラン職人3名の小さなチームで、事業化へのチャレンジがスタートしたのです。惨敗続きの末の決断が固定概念を覆し活路を開く先代はそれ以前から、海外進出の足がかりとして各国の展示会や見本市に西陣織を出展していました。最初の出展は2006年で、世界最大級のインテリア見本市として知られるパリの「メゾン・エ・オブジェ」に和柄のソファーを展示しました。ところがオーダーはゼロ。初の海外戦は大惨敗でした。理由は2つありました。1つは生地幅の問題です。西陣織は通常30cmほどの幅なので、ソファーが継ぎ目だらけになってしまった。これでは売り物になりません。もう１つは、自分たちでプロダクトをつくらなければいけないと思い込んでいたことです。細尾は織物に関してはプロですが、家具製作の知見が足りていなかった。ヨーロッパの見本市に出すならソファーがいいだろうと考え、なんとか自社で形にしたものの、やはり無理がありました。そこで翌年は方向性を変えて、和柄のクッションを製作することにしました。小物なら生地幅の問題はクリアできます。私はこのタイミングで海外への出展業務を引き継ぎ、クッションを展示会や見本市に持っ高級感を演出する細尾のテキスタイル（上：「ザ・リッツ・カールトン東京」客室のヘッドボード、クッション下：「MIKIMOTO銀座4丁目本店」の壁紙）ていきましたが、結果は同じ。多少の注文は入るものの、製作費や出展料を支払うと完全な赤字で、なかなか事業化できませんでした。そんな中、転機が訪れます。世界的な建築家のピーター・マリノ氏から1通のメールが届いたのです。そこには「ニューヨークの展覧会で西陣織の帯を見た。この技術と素材を使ったテキスタイルの開発を依頼したい」と書かれていました。2009年夏頃のことです。その前年、細尾はパリの装飾美術館で開かれた展覧会に西陣織の帯を出展していました。これは見本市ではなく美術品の展覧会でしたから、私たちも日本の伝統工芸品として西陣織を出品したのです。この展覧会が好評で、ニューヨークでも巡回展が開かれました。マリノ氏はそこで西陣織を目にしたのです。［実践］理念経営Labo2024SPRING7

## Page 08
![Page 08の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000008.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

彼は各国にあるディオールの旗艦店の内装を手がけており、西陣織の生地を壁紙やカーテンの素材として用いたいとのことでした。しかも先方が指定したデザインは、伝統的な和柄とは異なるパターンでした。これは私たちの固定概念を覆すオファーでした。自社でプロダクトにしなくても、西陣織を素材として売ればいい。しかも和柄という縛りを取り払えば、販売先は大きく広がります。自分たちが用途を決めなくても、西陣織を“最高級の素材ブランド”として展開すれば、世界で戦えるのだと確信しました。ただし一つだけ、生地幅という大きな問題が残されていました。それでも私たちは、「だったら幅の広い生地を織れる織機を開発するしかない」と腹をくくりました。海外戦で負け続けてきたからこそ、この壁を乗り越えるか、もしくは海外展開を諦めるかの分かれ道になると直感したからです。そこで西陣織の歴史上でも前例のない150cm幅を織れる織機の開発に着手しました。従来の幅が30cmだったのは、西陣織が基本的に手織りだからです。たとえば金箔や銀箔を生地に織り込む際は、コンマ数ミリの細さにカットした箔がねじれたり裏返ったりしないように、職人による高い精度の手作業が必要となります。しかし150cm幅に広げると人間が作業しやすいスケールを超えてしまうため、いかに従来の手作業と同等の品質を再現できるかが最大の難問でした。それでも私たちは試行錯誤の末、丸１年かけて織機の開発に成功しました。これにより、1200年間にわたり国内で継承されてきた西陣織が世界デビューを果たす条件が整い、細尾の海外事業が本格的にスタートしました。前述のディオールのプロジェクトを皮切りに、これまでにシャネルやエルメス、カルティエ、ブルガリなど、数々のラグジュアリーブランドで生地の提供をしています。またザ・リッツ・カールトンやフォーシーズンズをはじめとする高級ホテルの内装や小物にも細尾の西陣織が使われています。「レクサスLS」のドアトリム（内張りパネル）のテキスタイルでは、月明りに照らされた波の揺らぎを表現さらにはライカ製カメラのボディやトヨタ自動車の「レクサスLS」の内装にも細尾のテキスタイルが用いられ、いまやその用途は工業製品にまで広がりました。西陣織に耐水性と耐火性を持たせ、建物の外壁素材として利用することにも世界で初めて成功しました。2025年の大阪・関西万博では、パビリオンで史上類を見ない規模のものが登場する予定です。トヨタ、パナソニックと協業「美」のものづくりを追求こうした工業製品とのコラボレーションの中でも、特に2020年に発売された「レクサスLS」は初の実車搭載で、安全面でシビアな品質基準が設けられるため、大きなチャレンジとなりました。自動車は機能性を追求したプロダクトであり、通常の西陣織に使われる絹や箔をそのまま用いても、耐久・耐火テストをクリアできません。一方で西陣織は、貴族や将軍などお金に糸目をつけない顧客を相手に、経済合理性を度外視してひたすら美を追求してきた歴史があります。ですから、トヨタ自動車との協業でも、私たちは機能ファーストではなく、「美」を上位概念に置いたアプローチを取りました。よってリスクのある箔もあえて使うことを選択し、4年かけて耐久性や耐火性に優れた箔を一から開発しました。そもそも工芸と工業は、水と油みたいなもの。工業が「規格化されたモノ」を大量生産することで安く製品を供給するのに対し、工芸は素材を生かしながら顧客一人ひとりに合わせてものづくりをするので、その分だけコストも時間もかかる。方向性が完全に真逆です。だからトヨタ自動車との協業でも、金額交渉が一つの勝負どころだと考えました。世界で最も構造が複雑な織物といわれ、先人から脈々と技術を受け継いできた西陣織の価値を適正に見積もること。それが先陣を切ってモビリティ領域に進出する細尾の使命と考え、工業製品のプロジェクトでも工芸品と同じ水準の価8［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 09
![Page 09の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000009.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集継承と変革のマネジメント格で交渉しました。トヨタ自動車の担当者は「過去の協業で最も高かった金額の数倍だ」と驚かれていましたが、私たちはこれが西陣織の価値だと自信を持って提示しました。幸い発売後のセールスも好調で、工業製品においても細尾の技術と素材が高い付加価値になることを証明できました。伝統工芸6社の仲間たちと立ち上げた「GOON」プロジェクトにおいても、工芸文化を社会実装することを目的に様々な挑戦をしてきました。その一環として取り組んだパナソニックとのコラボレーションでは、西陣織に触ると音楽が流れるスピーカーを開発し、工業を代表するグローバル企業と一緒にものづくりをする面白さを味わいました。パナソニック創業者の松下幸之助さんは、「伝統工芸は日本のものづくりの原点」という考えを持ち、「今日こそ、近代的な大量生産の過程の中に“名工の精神”というものを打ちこんでゆくことが大切」とおっしゃっていたようです。パナソニックとの協業は、まさにその実践に向けた挑戦だといえます。東大と最先端の研究開発織物の常識を超え続ける当社のフィロソフィは「工芸が時代をつなぐ」です。規格化された製品の大量生産・大量消費を伴う20世紀型の資本主義社会が行き詰まりを見せている今こそ、工芸の力に立ち返り、人間生活の基盤を再構築していきたいと考えています。同時にものづくりの理念として「MorethanTextile」、すなわち織物の常識を超え続けることを掲げています。先人から受け継いだバトンを未来へつなぐには、常に新しい美への挑戦を続けなければいけない。だから細尾では最先端分野との協業にも力を入れています。R&D（研究開発）部門として立ち上げた「HOSOOSTUDIES」では、数学者やプログラマー、アーティストなど、異分野のプロフェッショナルとともに織物技術の研究開発を行なっています。現在、東京大かけひやすあき学大学院情報学環の筧康明研究室などとの協業で生体センサーや有機ELを織り込んで環境情報に反応したり発光したりする素材を開発してようさんおり、他にも日本古代の染色や養蚕の研究に取り組むなど、いくつものプロジェクトが並行して進んでいます。こうした研究開発の成果は、本社に設けた「HOSOOGALLERY」で一般公開し、テキスタイルの新たな可能性を社会に発信・共有しています。そこからまた新たなビジネスや協業の展開につながり、R&D部門にフィードバックされるので、これらは自分たちが挑戦し続けるための重要な仕組みとなっています。細尾の挑戦が従来の常識からあまりにかけ離れているので、「西陣織の伝統が破壊されるのでは」と不安視する声もあります。でも私たちが挑戦し続けてわかったのは、伝統には壊れない強さがあるということ。伝統を壊すつもりで挑戦しても、未来へ残すべき大事なものは必ず残る。伝統の強さを信じているからこそ、細尾は思い切った挑戦ができるのです。細尾の海外展開も14年目に入りました。会社の売上高は現在も約7割が国内向けの伝統的な着物事業で「GOON」プロジェクトではパナソニックとの協業で、織物に触れると音楽が流れるスピーカーを開発クラゲの遺伝子をカイコに組み込むことにより生まれた「光るシルク」で織った作品すが、海外事業にはまだまだ伸びしろがあると考えています。昨年2月にはイタリア・ミラノに現地法人とショールームを立ち上げ、念願だった海外拠点も設けました。日本にはルイ・ヴィトンやエルメスにも負けない技術やストーリーを持つ工芸の会社がいくつもありますが、グローバルで認知されるブランドはまだ輩出されていない。その壁を打ち破り、“HOSOO”を世界で通用する日本発の工芸ブランドへ成長させるため、これからも私たちは挑戦を続けます。L［実践］理念経営Labo2024SPRING9

## Page 10
![Page 10の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000010.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Interview香りの可能性は無限大！株式会社キチベエCEO塩野香料株式会社代表取締役社長塩野太一しおの・たいち＊1983年10月生まれ、神戸市出身。大学院で美術史学の修士号を取得後、ヤマハ発動機に入社し、オートバイの商品企画に携わる。2014年4月に家業である塩野香料に入社。マーケティング部長、営業本部副本部長、専務、副社長を経て、’23年6月に代表取締役社長に就任。創業200年超の老舗香料メーカーで伝統を継承し続ける一方で、’16年12月には創香デザインカンパニーであるキチベエを立ち上げ、新しいことにも挑み続けている。株式会社キチベエ鼻で企む老舗企業の挑戦「良質な変態集団」を育成し香料の力で世界をより豊かに本社：東京都千代田区／設立：2016年／事業内容：空間の香り演出、香りつき商材の企画・販売、香りに関する専門家（調香師、マーケター）によるイベント企画・運営サポート、自社ブランドの企画・運営・販売塩野香料株式会社本社：大阪府大阪市、東京都千代田区／創業：1808年／事業内容：香料の製造・販売・輸出入、化成品・飲食料品およびその諸原料の製造・販売、医薬品・工業薬品その他化学製品の製造・販売取材・構成：長尾梓写真提供：キチベエ1808年の創業以来、220年近い歴史と伝統を誇る老舗香料メーカー・塩野香料から、2016年に子会社として誕生した創香デザインカンパニー・キチベエ。安定志向の強い香料業界において、オーダーありきでなくゼロから香りをつくるといった革新的な事業を展開する同社は異彩を放つ存在である。伝統を守りつつも既存の枠にとらわれない挑戦を続けていける秘訣はどこにあるのか。キチベエを立ち上げ、昨年からは塩野香料の社長にも就任した塩野太一氏に話をうかがった。日本の文化や美しさを情景として香りで表現ふと漂ってきた懐かしい香りに、おばあちゃんの家の情景が浮かんできたり、学生時代に憧れていた先輩を思い出したり……。そんな経験のある人も多いのではないでしょうか。これは「プルースト効果」と呼ばれるもので、ある特定の香りを嗅ひもぐと、その香りに紐づいた過去の記か憶や感情が無意識的に呼び起こされる現象を指します。フランスの作家、マルセル・プルーストの長編小説『失われた時を求めて』の中に、紅茶に浸したマドレーヌを口にした瞬間、幼少期の記憶が鮮明によみが10［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 11
![Page 11の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000011.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集継承と変革のマネジメントえるという描写があることからこう名づけられました。このように、香りと記憶には強い結びつきがあります。人間の五感のうち嗅覚だけが、記憶をつかさどる海馬と直結しているからだそうです。香料には、理屈ではなく相手の情動に訴えかける力がある。それを意識的に取り入れようと、当社・キチベエでは試みています。たとえば当社のフレグランス商品に「WASHI」があります。これは単純に「和紙」の香りがするわけではありません。和紙というと、障子のある部屋で一人たたずんでいたり、お習字をしているときだったりと、何となく日本家屋で静かに過ごしている場面を想像する人が多いのではないでしょうか。実家の縁側を思い出す人もいるかもしれません。そんな自然豊かな日本の風景の中で、少し涼を感じさせるような香りになるよう調香しています。イメージを膨らませるため、高知県にある土佐和紙の工房にチームですお邪魔し、紙漉きを見せてもらったこうぞみつまたり、原料である楮や三椏を嗅がせてもらったり、職人の方から話を聞いたりもしました。こうして企画者と調香師が一体となって、ときには共同体験をしながらつくりあげていくのが当社のやり方です。ほかにも「MATCHA」であれたば、お茶室で主人がお茶を点てる中、窓から見える竹林が風に吹かれてカラカラと鳴っているような情景を、「IKEBANA」であれば、ひんやりとした床の間に一輪の花が飾られている、その凛とした美しさを香りで表現しています。このように当社の商品は、嗅ぐと情景が思い浮かび、かつそれをスタッフがお客様にストーリーテリングできるということを意識してつくっています。また、その名称からもお気づきのことと思いますが、「日本らしさ」ということも念頭に置いています。ローズやラベンダーなどのよく知られた既存の香りはヨーロッパが主流なので、海外展開を見据えたとき、同じようなものを出しても面白いとは思ってもらえない。それならば日本の文化や美意識をコンセプトにしようと考えました。実際に海外で人気の高い「YUKI」は、しんしんと降る粉雪が庭石に当たってフワッと溶はかなけるような柔らかさや儚さを、ソープ調の清潔感のある香りで表現しています。雪を見たことがない地域の方にはもちろん、見たことがある方にも、香りがイメージできてとてもユニークと関心を持っていただいています。別会社をつくることで挑戦する精神を取り戻すこのように、当社ではゼロから香りをつくっており、調香師の名前や顔もホームページで公開していますが、香料会社でここまでしているところはまずありません。そもそもキチベエは、調香師の才能をもっと世の中に知らしめたいという思いからスタートしました。大学院卒業後、ヤマハ発動機でビジネスの経験を積んだのち、30歳を機に家業の塩野香料に入社した私は、一緒に働く中で、調香師たちのポテンシャルの高さを実感しました。ところが香料会社というのは基本的にクライアントからのオーダーに沿って香料をつくるので、すぐれた瀬戸産白磁を用いたユニークなデザインのフレグランスキャンドル「CrinkleCandle」。煤や煙が出にくい工夫がされている山にかかる月をイメージしたディフューザー「MONOLISTSUKI」。陶器でできたリードプレートがフレグランスオイルを吸い上げ、空気中に香りを拡散する発想力や調香スキルがあっても、それを活かす場があまりない。仕様書ありきよりも自由な発想でつくるほうが成功確率も上がることを、前職の経験で得ていた私は、調香師たちが自身の能力を存分に発揮でき、その成果を公にして評価してもらえる場をつくろうと思ったのです。当時の塩野香料の経営陣からは、手元足元の事業がおろそかになると大反対され、社内からも否定的な意見が大勢でした。顧客のバッティングを懸念する声もありましたが、もちろんそのようなことにはならないよう十分に考えてのことです。200年以上も続く会社となるとどうしても考え方が保守的になりがちで、「やらない理由」ばかりが出てくるのです。そこで、まずはブランドとして立ち上げて成果をあげ、皆に認めてもらってから法人化することにしました。入社して2年の2016年［実践］理念経営Labo2024SPRING11

## Page 12
![Page 12の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000012.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

のことです。この保守的な文化を変えたいというのも、当社をつくろうと思った理由の一つでした。塩野香料では、企業理念の冒頭にもある「誠実本位」を大切にする一方で、社史や祖父、父の話を総合すると、長い歴史の中で先人たちは相当に挑戦や変革をし続けてきたことがわかります。それは自分たちの事業を大きくするだけでなく、社会に対しても、現在の大阪医科薬科大学の前身である道修薬学校を設立したり、日本で3番目に古い愛珠幼稚園の園長を務め、戦争教育に釘を刺したり、天然痘のワクチン普及に協力したりといった活動をしてきました。それによって社会からの信頼が得られ、商売もうまく回るようになり、200年企業の礎が築かれた。誠実と挑戦の両輪をバランスよく動かしてきたわけです。それが近年は、誠実、堅実に偏り、チャレンジ精神や活力が薄れているような気がしたのです。何度となく新しい提案をしてみたものの、染みついた企業文化というのは根強く、また業界全体が保守的なこともあってうまくいきませんでした。それならば、塩野香料の中に別の会社をつくり、そこで実績をあげて、会社全体をドライブさせようと思いました。「キチベエ」という社名には、塩野香料の創業者である塩野屋𠮷兵衛（その後、4代目まで𠮷兵衛を襲名）の思いや精神、先人たちが体現してきたものをもう一度取り戻したいという願いを込めました。独自の「社員哲学」に徹し「良質な変態集団」に現在、キチベエの主要メンバーは6名で、いずれも塩野香料と兼務しています。調香師は塩野香料に在籍し、プロジェクトごとに参画してもらうかたちをとっています。キチベエを立ち上げたことは、塩野香料にとってもよい面がいくつかありました。一つは事業面です。これまで塩野香料の売上はクライアントからの依頼次第でしたが、キチベエがマーケットを拓き、コントロールできる売上が増えたことで、結果的に塩野香料の売上にも貢献しています。組織面においても、キチベエでの新しい試みや、ブルーオーシャンを開拓していることがよい刺激となり、塩野香料の社員のハートに火がつき始めているように感じます。最も大きな影響が出ているのはリクルートの面で、メディアに取り上げていただくことも多いため、どちらかというとお堅い香料業界において面白いことをやっている会社だと認知してもらえ、中途採用者も増えました。私自身そうですが、このように新しい血を入れることも、安定志向から抜け出し活力を取り戻すことにつながると考えています。社員が同じ方向を目指して進むべく、3年ほど前に「社員哲学」をつくりました。誠実でありつつも変革を続けるためにこれだけは守っていこうというものを、話し合いを重ねて「10の価値観」「10の行動指針」として計20項目にまとめました。社員には、迷ったときにはここに立ち返ることを促しています。また、社員のやりたいことや発案を実現させるプロジェクト制度も始めました。これまでも、やりたいことがあればやっていい風土ではあったのですが、どちらかというと放任主義というか、何か社員が提案しても、それをサポートする体制が整っていませんでした。せっかくいいアイデアを持っていても、まだ人を巻き込む力が弱くてうまくいかずに終わってしまい、数年後に他社が似たようなことをやって成功するというケースもあったのです。これでは挑戦する人材は育ちません。そこで、アイデアをエントリーするプラットフォームをつくり、よい企画なら予算がおり、チームを編成して商品化に進めるような仕組みを整備しました。一人では難しいことでも、たとえば経理面が弱いなら強い人にチームに入ってもらう、販路の開拓が下手ならうまい人に加わってもらうことで実現の道が開けます。また、どうしても目先の仕事にとらわれ、いつかやりたいと思っていることや緊急でないことは後回しにしがちですので、それを別ラインで走らせ、2年後、3年後に満を持して達成させるようなこともできるのです。私はキチベエ、そして塩野香料を、鼻で企む「良質な変態集団」にしたいと考えています。レーダーチャートで綺麗な五角形や六角形が描けるよりも、どこかの項目だけが突出しているような、個性豊かな人が集まる組織にしたい。そうすれば他社が真似できないことをし続けていけると思うからです。魔法の1滴でナポリタンに幸福度を高める香料の力今キチベエの主力事業は空間における香り演出です。イギリスの高級車「アストンマーティン」の東京ショールームや、アパレルブランド「アンリアレイジ」のパリコレク12［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 13
![Page 13の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000013.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集継承と変革のマネジメントエレガントで高級感のあるアストンマーティンの世界観を香りで表現ション会場のエントランスとバックヤードでも、それぞれに合わせてつくった香りを流し、大きな反響を得ました。また恵比寿のフレンチレストランでは、おしぼりの香りをプロデュースしました。レストランを訪れるお客様にとっては、食事よりもまずおしぼりから始まります。ドレスアップをして迎えた特別な日、最初に提供されたおしぼりがかび臭いと、せっかくの楽しみな気分が萎えてしまいますよね。そこで、料理と調和するよう、レストランのコンセプトであるハーブをキーにした香りをつくりました。それによって料理がおいしくなるとまでは言いませんが、少なくともマイナスな気持ちにはさせずに高揚感を持続させる効果はあると思っています。変わったところでは、昆虫食のフレーバーでしょうか。これは電通のアートディレクターによる企画で、当社で再現した昆虫食の香りを体感できるおままごとセットが展示会に出展されました。実際に食べるとなるとハードルが高い昆虫食も、疑似的ににおいを体感し、それがおいしそうだとわかれば、少しは抵抗感をなくせるのではないか。昆虫食に対する理解を深め、ネガティブなイメージをやわらげたい、そんな思いが込められたものでした。このように香料とは、マイナスをゼロに、あるいはゼロをプラスに、さらにはマイナスをプラスにすることも可能なものだと思っています。塩野香料の企業理念の言葉を借りれば、「人々の生活に豊かさと潤いをもたらすもの」です。たとえば塩野香料では食品の香料もつくっていますが、加工食品の場合、製造過程において殺菌や消毒などで熱が加わると、どうしても風味が損なわれてしまいます。天然のオレンジの果汁を使っていても、見た目はオレンジジュースなのに全然違う味やにおいがするケースなどでは、香料を添加することで搾りたてのフレッシュなオレンジジュースがイメージできる商品に生まれ変わるのです。皆様が普段何気なく口にしている食べ物や飲み物には、このような目的でつくられたわれわれの香料がたくさん使用されています。香料には、そうした調理する中でどうしても出てきてしまう嫌なにおいをマスキングし、風味を補う役割もある。もちろん、たとえおいしくなくても無添加のほうがいいという人もいるかもしれません。でも、多くの人にとって、あれば幸福度が上がるもの、それが香料ではないかと思っています。昆虫食フレーバー3種を再現。昆虫食に対するネガティブなイメージをやわらげる塩野香料では、新入社員のときにこんな研修を受けます。一方は何もかかっていないパスタ、もう一方はナポリタンのフレーバーオイルを1滴だけ絡めたパスタ。見た目はまったく同じなのに、食べるとその違いは歴然で、オイルを絡めたほうは完全にナポリタンの味がするのです。具材が入っていないのに、ソーセージやピーマンの、炒めてちょっと焦げたような風味まで再現されている。これは魔法の1滴だと、私も当時驚きました。香料の力は文章だけではわからないので、ぜひ感じていただきたいものですね。「社員哲学」の1つ目に「香り・香味の可能性を信じる」と掲げている通り、香料の可能性は無限大だと思っています。今後、たとえばクルマであれば、ただ移動するだけではなく居住性を求められるようになるかもしれない。地球の人口が増え、宇宙や海底に生活空間を設けなくてはならなくなるかもしれない。そうした中で快適に過ごすためにはやはり、香りや食品の香味を整える必要性が出てきます。また、アロマセラピーなど香りと医療の関係性も、まだ医学的に証明されていない部分があるので、研究を進めることで医薬に近い領域に入っていける可能性がある。香りの果たす役割はより大きくなっており、マーケットはますます広がっていくと考えています。かつて先人たちがやってきたように、既存の事業は大切にしつつも新たな可能性を探っていく、その両輪を動かしながら、鼻で企んでいきたいと思っています。L［実践］理念経営Labo2024SPRING13

## Page 14
![Page 14の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000014.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Interview創業理念とESGの重視で40億円もの負債を克服植物から学んだ「生かされる」生存戦略とは株式会社常磐植物化学研究所代表取締役社長立﨑仁たつざき・じん＊1978年千葉県佐倉市生まれ。学習院大学理学部、ノースカロライナ大学大学院卒業後、大手化粧品会社に入社。その後、2007年に常磐植物化学研究所入社。’10年に父親の後を継ぎ、32歳で4代目社長に就任。’19年に博士（薬科学）の学位を取得。同年、日刊工業新聞社「優秀経営者顕彰」で青年経営者賞を受賞。’20年、経済産業省「地域未来牽引企業」に選定。’21年、東京商工会議所「勇気ある経営大賞」で千葉県の企業初となる優秀賞を受賞。株式会社常磐植物化学研究所本社：千葉県佐倉市／創業：1949年／事業内容：医薬品原薬、化粧品原料、食品添加物、健康食品素材等の製造及び販売植物成分（ファイトケミカル）を抽出・精製し、医薬品や化粧品、機能性表示食品などに配合される原料メーときわひんカーの常磐植物化学研究所は、かつて40億円もの負債を抱え、倒産の危機に瀕していた。社会への貢献を掲げはびこた創業の理念は失われ、社内に無責任体質が蔓延る中、経営を継いだ立﨑仁社長は、環境や社会とのつながりを重視するESG経営によって組織風土を刷新し、経営再建を見事に成し遂げた。成功の秘訣は、植物に学んだ「生かされる」生存戦略にあるという。その真意を語っていただいた。取材・構成：平林謙治写真提供：常磐植物化学研究所創業の志は薄れ倒産寸前でも危機感なしわれわれ「常磐植物化学研究所」は、植物の化学成分を解析して医薬品の原薬や化粧品原料、機能性表示食品対応原料などを製造するメーカーです。経営理念の第一に掲げるのは、「植物のちからを引き出し、新たな価値を創造」すること。そもそも当社にとって「植物のちから」とは、単なる事業の素材やシーズ（種）を意味するにとどまりません。植物は本当にすごい！何がすごいって、彼らは「みずから動かずして生存・繁栄する」のですから。なぜそんなことができるのか、詳しくは後述しますが、われわれはこの植物の生存戦略を自社の企業戦略の軸に据えています。つまり、「植物のちから」を生かして製品をつくるだけではなく、会社そのもののあり方や成長の仕方も植物のようでありたい――今年、創業75周年の節目を迎え、その想いをいよいよ深めているところです。振り返れば、私が社長に就任した14年前は75周年どころか、明日をも知れぬ危機的な状況でした。当社は、日本の薬学や製薬産業に多大な貢献を果たした元厚生省国立衛生試験所所長の松尾仁博士を中心14［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 15
![Page 15の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000015.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集継承と変革のマネジメント植物成分の抽出・精製に関する幅広いノウハウをもとに、医薬品・化粧品・健康食品・食品添加物の分野で国内外の2000社を超える顧客に商品を提供しているに、私の祖父・立﨑浩らにより、1949年に日本初の「植物化学の専門企業」として共同設立されました。当時の設立趣意書に「植物化学の成果の医薬的応用により、社会公衆の福祉増進に寄与する（中略）、従って本社の事業は単に営利のみを目的とせず」と記されている通り、社会貢献の崇高な志を持って始まったことは疑いを容れません。現に、原爆の後遺症に悩む人々を救うと期待された植物由来成分ルチンを世界で初めて医療用に製造したのが当社です。父の代になると、漢方薬の主成分となるグリチルリチンやイチョウ葉エキス、健康食品に使うブルーベリーの抽出精製など、医薬品に限らない多様な素材開発に着手。健康ブームにも乗って、積極的に業容拡大を図りました。ところが、価格競争の激化と過剰投資により、収益は次第に悪化。私が入社した頃には売上高がピーク時の約6割にまで落ち込んでいました。負債は40億円近くに膨れ上がり、銀行からの新規借り入れもままならないほど追い込まれていたのです。しかも、そうした窮地にありながら、社内には危機感すら乏しかった。幹部から現場までモチベーションが低く、創業の原点である社会貢献への志もすっかり薄れていましたね。まさに「貧すれば鈍する」ですしかが、逆もまた然り。「鈍だから貧した」ともいえるでしょう。「自分は悪くない」社内を他責の文化が汚染会社は、ただ成長すればいいわけじゃない。大きくなったら、その分会社の質を高め、社員の意識や考え方もアップデートしていかないと次の成長は望めません。当社に限らず、事業に行き詰まる原因の大半はそこにあると思うのです。というのも、私がつぶれそうな会社に身を置いたのは、うちが初めてではありません。前職で私が見たのは、変わらなければいけないのに変われない、典型的な日本型組織の現実でした。日頃から散々上司を馬鹿にしたり、会社の愚痴をこぼしたりしたあげく、それが若手や新入社員の耳に入っても何とも思わない。むしろすすんで部下や後輩を“汚染”して回る不満分子が多く、とにかくネガティブな空気が蔓延っていたのです。そして、父から家業を手伝ってほしいと頼まれて常磐に来てみると、そこにもよく似た光景が……。いいえ、社内の荒廃ぶりはもっと酷かったかもしれません。私が入社したタイミングで希望退職者募集に踏み切り、130名ほどいた組織を90名以下にまで縮小しました。その反動でしょう、残った社員はすぐに役員となった私に向かって、社長や他の役員には言えないような暴言めいた言葉をたびたびぶつけてきたのです。もちろん私は経営陣の一人としてあらゆる責を負う覚悟でしたし、私に代わってそれができる人物が当時の役員の中にいたとも思えません。彼らは皆、こう考えていたはずですから。「自分は悪くない」と。たもと残念ながら、彼らとは袂を分かつ以外に道はありませんでした。2010年に社長に就任してからは受託生産を精力的にこなし、過剰となった原材料在庫をキャッシュに転換。同時にそれを社員の給与増や、強みである植物成分の地道な技術・研究開発に投資していきました。着実に収益は増加していったものの、まだ借入金が半分ぐらいあってなかなか出口の見えない中、2015年に大きな転機が訪れました。機能性表示食品制度が始まり、事業者が機能性の科学的根拠を示すことが必要となったのです。ここに強みを持つメーカーは、当社の他にはそう多くありません。経営再建中も研究開発に力を入れて、論文として蓄積してきた地道な努力が、大きく生かされることとなりました。この追い風を受けて財務が健全化し、2018年には東京中小企業投資育成からの出資が決定。信用力が高まって銀行からも新たな資金を調達できるようになり、経営再建の達成に一定の目途が立ったのです。以降、再建の実績を評価されて、日刊工業新聞社主催の「優秀経営者顕彰」で青年経営者賞をいただいたのを皮切りに、経済産業省の「地域未来牽引企業」や東京商工会議所の「勇気ある経営大賞」など、次々と［実践］理念経営Labo2024SPRING15

## Page 16
![Page 16の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000016.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

選定や表彰を受けることになりました。「生かされる」生存戦略をESG経営で具現化ただ、経営再建というと聞こえはいいのですが、あの頃は明日のお金の心配で頭がいっぱいだったというのが正直なところです。社員の待遇改善や研究投資にも腐心はしたものの、やはり一刻も早く財務を正常化するために、返済を優先せざるをえなかったのは否めません。私に言わせれば、それはやはり企業経営の本筋ではない。社員とその家族の生活を預かるトップとして、決して褒められたものではないでしょう。だからこそ、新しく正常な資金が入り、10年以上に及ぶ再建の道のりにやっと出口が見えてきたときは心底安堵したものです。と同時に、私の中に強くこみ上げてきたのが、「生かされた」という感覚でした。実際、いつ倒産してもおかしくない地元の高校生に行なった実験教室の様子四季折々の彩りが広がる「佐倉ハーブ園」（千葉県佐倉市、入場無料）では、寄植え体験教室など様々なイベントを開催状況ではありましたが、機能性表示食品制度という追い風に恵まれたのも、幸運としかいいようがないですからね。では、なぜ「生かされた」のか。「生かされた」われわれが今最優先で取り組むべき課題は何なのか。一はら度は死んだ身と肚をくくって、そう深く問い直したとき、目指す道は自明でした。地球環境や社会への貢献を軸に据えた、いわゆるESG経営の実践です。すでに経営再建中から、社員とともに地域の清掃や小中学校・高校で実験教室を行なう教育CSR、ハーブ園の無料開放といった取り組みを始めていましたが、さらに拡充し、かじESG優先へと大きく舵を切りました。工場で使うエネルギーはガス・%カーボンニュートラル化を実現。健康経営にも力を入れ、社員と地域の人々のウェルビーイングの増進に資する各種施設も展開しています。こうした活動が、そもそも当社の経営理念にもとづくものであることは論をまちません。理念の文言は冒頭で紹介した「植物のちからを……」に始まり、「最高の技術で、最高の製品を製造します」「社員の幸福と社会の発展に貢献します」と続きますが、この3つはまだ取締役だった頃、課長クラスの若手社員と一緒につくったものです。創業者が遺してくれた設立趣意の、いわば“現代語訳”ですね。原点に立ち返らずして、経営再建は成しえない。そう考えて、創業の精神を明文化しました。そして4つ目に掲げるのが「植物に感謝し、生かされる会社になります」。これは再建直後の「生かされた」実感をもとに、私が後から付け加えたフレーズです。実はこの「生かされる」ことこそが、冒頭で触れた植物独自の生存戦略なんですよ。植物はなぜ動かずして繁栄できるのか。その香りやおいしさ、美しさで他の生物を巧みに引き寄せ、たとえば鳥に実を与えることでタネを運んでもらうように、彼らとの助け合いによって生きている。いや、生かされているのです。仏教でいう「自利利他」の関係性にも通じるでしょう。そこにある生命の真の力強さに、われわれは学ばずにはいられません。人、社会、自然――すべてを生かし、すべてに生かされる、植物のような会社をつくりたい。ESG経営はわれわれの理念を具現化する、険しくも最善の道なのです。体を動かし、汗を流して目覚めた利他の喜びさて、ここまで読んで、疑問を感じた人もいるのではないでしょうか。「理念を掲げているのはわかったが、かつてそれほど荒廃し、創業以来の社会貢献の使命感も薄れていた組織や社員に、理念がよく受け入れられたものだ」と――。理念浸透に向けては、経営再建中から朝礼で唱和するだけでなく、社内勉強会や今も続く経営理念研修を毎年実施してきましたが、やはり当初は反発もありました。私より年上の社員が大勢いましたからね。若い社長がいくら熱弁を振るっても響きません。学生時代にチームスポーツに打ち込み、リーダーとして挫折も味わった経験から、人の意識を変え、組織を変える難しさは覚悟して16［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 17
![Page 17の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000017.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集継承と変革のマネジメントいたものの、やはり時間がかかりました。忘れもしません。2019年に青年経営者賞をいただいた直後、私は体を壊して入院してしまったのですが、退院するなり、げっそりとした顔で社員に思いの丈をぶちまけたのです。「実は賞をもらっても、私は全然うれしくなかった。皆さんが喜んでいないからだ。社員に喜ばれない経営者賞なんて何の価値もない。社員に応援されない社長なんて『くそくらえ』だ！」と。私の中では、社員との心理的な距離が縮まった一つのターニングポイントでしたね。ただ、それでも言葉だけでは、社員を考え方から変えるまでには至らなかったでしょう。やはり一番大きかったのは、理念浸透の取り組みと同時に経営再建中から地道に続けてきた地域の清掃やごみ拾い、子供たちへの挨拶運動といった社会貢献活動の実践だったと思います。想像してみてください。あなたがボランティアに参加した後、「疲れたな。もう嫌だ」と思うか、「疲れたけれど心地いい。元気をもらえた」とポジティブな感覚になるか。大半の人は後者でしょう。それこそが植物の生存戦略に通じる、「自利利他」の助け合い。つまり、結果として自利につながる利他ということです。「自分は悪くない。うまくいかないのは他者のせいだ」とネガティブな他責思考に染まりきっていた社員も、世のため・人のために体を動かし、汗を流すうちに利他の喜びに目覚めて、少しずつ変わっていったに違いありません。もちろん何をしても受け入れず、変われないまま辞めていく人も少なからずいました。しかし、一方で新卒採用に力を入れると、地方の中小企業にもかかわらず、優秀な若者がわれわれの理念に共感して集まってくれたのです。既存社員の意識の変化とも相まって、会社の質が目に見えて高まっていくのがわかりましたね。生かされる努力を尽くし「世界一の植物化学企業」へ私は今日まで、松下幸之助さんを経営の師として仰ぎ、敬愛してきました。様々な教えの中でも、とりわけ「運のとらえ方」に共感するところが大きかったからです。先ほど少し触れた学生時代の部活での挫折経験を原点に、紆余曲折を経て、私も「運がすべて」だと考えるようになりました。努力なんかしても仕方ない、というようなネガティブな意味合いではありません。私の考える運とは何か――おそらく幸之助さんも同じだと思いますが、運とは決して「ロッタリー」（lottery：宝くじ、抽選）じゃない。大前提として、絶対的に努力を必要とするものです。努力していない運は、それこそ単なるロッタリーにすぎません。努力や想いは必ずしも報われるかどうかわからないけれど、目の前を幸運が通り過ぎようとしているとき、それしんしをパッとつかめるのは日頃から真摯に努力し準備している人だけ。「運がすべて」と言えるのは、裏を返すと、それだけ努力の大切さを深く理解している証だと思うのです。われわれは決して自分独りの力や思惑だけでは生きていけないのですから、その意味では「生かされる」もまた「運がすべて」の同義語であるといっていいでしょう。「生かされる」ための努力を尽くしてはじめて運をつかみ、高めることができる。当社にとっては、それがESG経営なのです。およそ四半世紀後、われわれは創業100年を迎えます。「それまでに世界一の植物化学企業になる」というビジョンを社内はもちろん、社外に向けても掲げました。「世界一の植物化学企業って、何？」とよく聞かれますが、もとよりそんな定義はありません。いつも私が社員に言うのは、「世界一の植物化学企業の姿はわれわれが具現化するんだ」ということです。今風にいうと、ファーストコールカンパニー。ファイトケミカルのことなら「そうだ！tokiwaに聞こう」と、世界中のお客様から真っ先に思い浮かべていただけるようになれば、それは間違いなく「世界一の植物化学企業」でしょう。世界一とは、財務諸表で決まるものではありません。人から、社会から、環境から認められてはじめて与えられるブランドです。だからこそ、一番になるには生かされる努力を、一番になるまで続けなければならない。幸之助さんもおっしゃっているじゃないですか。「成功とは成功するまで続けること」だと。私も絶対にあきらめません。「地域の人々との共生」をテーマに、毎月会社周辺の美化活動を行なっているL［実践］理念経営Labo2024SPRING17

## Page 18
![Page 18の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000018.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

【志の実践】酪農の魅力を次代に伝えたいロボット導入で「家族経営」を超え、飛躍的に発展株式会社OSAKADAIRYFARM代表取締役纓坂直俊おさか・ただとし＊1979年、北海道中標津町生まれ。北海道中標津農業高等学校卒業後、陸上自衛隊入隊。1任期終了後、株式会社NAC勤務を経て、家業の後継者として中標津に戻る。2017年に株式会社OSAKADAIRYFARMを設立し、代表取締役に就任。現在に至る。「松下幸之助経営塾」第3期卒塾。株式会社OSAKADAIRYFARM本社：北海道標津郡中標津町／法人改組：2017年／事業内容：酪農業広大でのんびりとした牧場の景色が広がる北海道。しかし、そんな牧歌的な風景からは想像できないほど、今酪農なかしべつ家をめぐる経営環境は厳しさを増している。離農すら増えていると言われる中、道東の中標津において、過去10年ほどで5倍の経営規模の拡大を遂げたのがOSAKADAIRYFARM（オサカ・デーリィ・ファーム）だ。その成功への道と経営にかける思いについて、同社の纓坂代表に聞く。取材・構成：川上恒雄写真提供：OSAKADAIRYFARM卒塾後5倍の規模に！志の実現に向け法人化――高齢化や後継者不足、近年は経営環境の悪化により酪農家の離農に歯止めがかからない中にあって、経営規模の拡大を遂げておられますね。2013年に松下幸之助経営塾を卒塾してから10年で経営規模を5倍に伸ばしました。特に2017年に事業を法人化して以来、搾乳さくにゅうロボットの導入をはじめとした大きな投資に踏み切り、従業員の採用と育成に努め、経営改善に力を入れてきました。とはいえ、そこに至る過程は容易でなかったのも事実です。かつては細々と家族経営をしており、次第に赤字が常態化するようになりました。大型機械への投資がかさんだり、エサ代の高騰に直面したりしたからです。現実に離農の危機が何度かありました。毎日大変な思いをしながら仕事をしているのに、稼ぎが出ない。困難な状況を脱する出口がなかなか見えない中、家業を継ぐ者として、このままでは事業が立ち行かなくなるのではないかと、真剣に思い悩んだものです。「ここで変わらねば」と考えました。一流の経営者の考えに触れたいという思いが募り、ネットで学びの場を探していたところ、たまたま見つけたのが松下幸之助経営塾。松下18［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 19
![Page 19の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000019.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

酪農の魅力を次代に伝えたい幸之助さんの本を読んでいたこともあり、なけなしの虎の子をはたいて、2012年に入塾することを決意したのです。振り返ると、まさに人生の分岐点になりました。――松下幸之助経営塾から何を得ることができましたか。頭を金槌で打たれたような衝撃を受けました。周囲の受講者に比べても、自分は経営のことが何もわかっていなかった。何のために事業をしているのか、経営者として自分の生きるべき道は何か、というところから懸命に考えました。酪農は国民の皆様の日々の生活に不可欠なものを生産している尊い事業、仕事であると改めて認識できるなど、自分自身と向き合う、本当にいい機会になったと思います。塾では最後に自分自身の志を発表しました。「私たちは、ハイクオリティな生産と環境への配慮により、誰もが認める魅力ある牧場づくりを目指すことで、地域の基幹産業であまいしんる酪農の発展に邁進します」。卒塾後はまさにこの志を実現すべく、地道にコツコツと努力してきたといえるでしょう。まず取り組んだのは、家族経営から脱却し、従業員を雇って、会社組織の形にすることです。いつまでも親に働いてもらうわけにはいかず、いずれ人の力を借りて経営していかなければならない。この点については、先に述べたように、2017年にかいそ株式会社に改組しました。それに伴い規模の拡大とともに、生産性の向上と財務体質の強化を目指しました。――具体的にはどのようなことを実践したのですか。生産性向上を図るには、搾乳ロボット導入をはじめ自動化システムの構築が必須だと考えました。ただ、当時のロボットはまだ、自分の満足できる水準に達しておらず、しかも高額なので、すぐに購入するこちゅうちょとには躊躇しました。しかし、ロボットを利用せずに生産性の向上を実現することは難しい。毎日15時間ぐらい働き、休日を取る余裕がほとんどない状況を、なんとかしなければなりません。そこで会社の法人化が決まった頃、ロボットを導入しました。その結果、劇的に生産性が上がりました。ロボット導入時の人員は5人しかいなかったのですが、その人数であっても業容が大きく拡大できたのです。もっとも、費用はかかりました。ロボット1台につき、3000万円ほど。これまでに3台、購入しました。けれどもその費用は一部にすぎず、ロボットを効果的に稼働させるための設備や施設が必要となります。全体で4億円ぐらいかかりました。むろん、政府の補助制度も活用しました。あまりに大きな負債を抱えたので、周囲から心配されたものです。けれどもしっかりとした計画にもとづいて、絶対に大丈夫だという確信のもとに投資をしました。実際にロボットを導入して大正解でした。購入時期のタイミングもよかったといえるでしょう。当時はまだ資材価格が高騰する前だったので、少し後に時期がずれていたら、さらに費用が膨らんでいたかもしれません。松下幸之助さんも述べているように、「運」は大切なのだと実感しました。とはいえ、ロボット導入によって搾乳牛が増加し、同時に哺育・育成すべき子牛も増え、費用がさらに発生します。今は頭数が500ほどに達しました。増頭に対応するため、糞尿処理の大型機械を導入、それに伴う畜舎の新築工事も実施しました。1億円や2億円のコスト増になります。搾乳ロボットを3台導入することで、生産性が格段に上がったエサ代高騰に備えつつライフラインは確保――そんな大型投資をされてから数年後、日本はコロナ禍の時代に入り、学校給食や外食の牛乳需要が激減したことが話題になりました。さらに、ウクライナ問題による穀物価格高騰でエサ代が上昇し、経営環境の厳しさが一段と高まったのではないでしょうか。政府やＪＡ・指定団体（指定生乳生産者団体）によるセーフティネットの機能が働いて、経営危機に陥る移動式の哺乳ロボットによってラクに作業ができるようになった［実践］理念経営Labo2024SPRING19

## Page 20
![Page 20の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000020.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

みずから現場で働く纓坂社長。若者に酪農の魅力を感じてもらえるよう環境づくり、人材育成に力を入れることはありませんでした。それに以前から、コスト増に備えていろいろと手を打ってきたのも奏功したと思います。たとえば、10年以上前に松下幸之助経営塾に通っていた頃から、エサ代の負担増が問題であると認識していました。当時、10年後の輸入穀物の価格が3割から4割上昇するという予測もあったからです。ほぼその通りになっていますよね。当時は経営が本当にきつい状況にあって、エサ代が4割上がったらもはや終わりだと、絶望的な気分にさいなまれたものです。経費の半分がエサ代でしたから。そこで、地域の酪農家と協力して、飼料の共同購入を始めました。今では当たり前のように広く実施されていますが、当時はまだ、珍しい取り組みでした。酪農家がまとまることで、一般企業のように相見積もりを取り、価格交渉ができることを実感しました。2割5分から3割ぐらい安く購入することに成功したのです。松下幸之助経営塾で学んだ共存共栄の一端が、まさに地域で実現したと思います。食品廃棄物などを飼料に活用するエコフィードにも取り組みました。しぼたとえば、しょうゆの搾りかすは牛のたんぱく源になります。おまけに安く購入できるので、値上がりしている輸入穀物ばかりに頼る必要もありません。コンビニやレストラン、ホテルなどの食品ざんさ残渣も、飼料として販売する専門業者から購入して利用しています。フードロス削減の取り組みですね。とはいえ、穀物価格の高騰が経営に響くことは確かです。そういうときは、電気代を節約する方法を工夫します。酪農では牛舎の空調などで相当量の電気を使うのです。水も大量に利用します。牛は1日に100リットルも水を飲みます。今般の能登半島地震では、断水が続いていましたので、周辺の酪農に大きな影響があったのではないかと懸念されます。経営が苦しくとも、牛のライフラインは確保しなければなりません。5年ほど前に日本青年会議所北海道地区協議会の北海道強靭化委員会の委員長を務めたことがあります。その際にライフラインの重要性を学び、井戸を掘って、いざというときに自家発電によって水を汲めるシステムも整備しました。また、井戸水を利用することで、大きな経費削減を実現しました。経験を積むほどに仕事のやりがいが高まる――家族経営から法人へと変わったことで、人の採用や育成に力を入れていますか。今では、11人が勤務しています。昨年から新卒採用も始めました。とはいえ、人手の確保には苦労しています。酪農業界に対するネガティブなイメージがあるのでしょうか。私たちは昔のように、働き詰めの生活を送っているわけではありません。1日のスケジュールを申し上げますと、まず朝の4時半に出勤し、きゅうじ掃除、搾乳、給餌などの作業をします。手作業の部分もありますが、ロボットや自動清掃機などの導入により機械化がかなり進みました。メス牛の繁殖や子牛の哺乳なども大切な仕事です。午前は10時頃までに仕事を終え、午後の2時半から6時まで、また同じような作業をします。そのほか毎月、外部講師を招いて定例の講習会を開催しています。酪農に関する技術的な話から、酪農をめぐる情勢、そして金融や税金のことまで幅広く、従業員に学んでもらえる機会をつくっています。もっとも、クレドを策定して、仕事に対する心構えを徹底しているつもりですが、従業員の教育や育成には悩むことが多いですね。安全管理の面から、従業員に対して厳しく指導せざるをえない場面もしばしばあります。たとえば、牛がじゃれていても、体重が600キロから700キロもありますから、人間にとっては非常に危ない。また、重機を扱う際、機械に巻き込まれたりするのは、絶対にあってはならないことです。現実にこの業界では死亡事故になるほどの労働災害が起きています。そのため現場では、私や経験豊富な先輩従業員が後輩に向かって、油断しないよう、怒鳴ったりすることがあります。そうすると、若い人の20［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 21
![Page 21の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000021.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

酪農の魅力を次代に伝えたい中には、なぜ怒鳴られなければならないのかわからず、ポカンとしたり、落ち込んだりする者もいます。自分のほうも、もう少し親愛の情を持った言葉をかけるべきだったと反省することは多々あります。もともと纓坂の家は、明治期に富山から入植した、浄土真宗の門徒です。真宗では「和顔愛語」という教えがあり、穏やかな表情で愛情のこもった言葉をかけようと心がけてはいます。でも、仕事で忙しい最中だったりすると、どうしても声が大きくなってしまいます。厳しいことも言わねばならない仕事であることも、わかってほしいですね。だからこそ、普段から社員とのコミュニケーションを大切にしています。そういう中で、若い人たちに酪農の素晴らしさや魅力をどのように伝えればよいのか、日々考えます。私自身は、酪農の仕事が社会にとても役立っていることがわかっています。だから、何かと現場に出すぎてしまうぐらい楽しくて、天職だと思っています。それは、若い人よりもずっと多くの経験を積み、知識を蓄えてきたからでしょう。若い人がすぐに離職してしまうのは非常に残念なことです。生き物である牛と向き合うほどに、その生態が次第にわかり、奥が深くてやりがいの出てくる仕事です。もちろん地域の人々に感謝される仕事でもあることは言うまでもありません。最初はいろいろな作業を習得するのに少々の修業を要しますが、3年も過ぎれば、酪農の楽しさがわかってくるはずです。――メス牛の繁殖の話がありましたが、よい搾乳牛を産むための取り組みを何かしていますか。遺伝や生殖の技術についてはアメリカが圧倒的な先進国で、ほかの多くの酪農家も、アメリカから輸入した精液を利用しています。健康係数の高い遺伝能力、優れた産乳能力といった点から、安産型かどうかまで、アメリカでは完璧と言っていいほど素晴らしい牛を産み育てているのです。そのため輸入精液を使わない手はない。決して安いわけではありませんが、それに要する研究費用を考えれば、必ずしも高くない。いい牛が産まれたときなど、本当によかったと思います。最近は「畜産テック」とよばれ、酪農においても先端技術の利用が不可欠です。生殖技術の発達のほか、ロボットをはじめ、情報技術や人工知能をどのように活用していけばよいか、酪農家もそういったことに関心を向けないと経営が難しい時代になりました。また、土壌分析にも取り組んでいます。牛に与えるエサには、輸入穀物を原料とする飼料のほか、自分の牧草地で収穫する牧草があります。つまり、収穫する牧草の量が多くて質が高いほど、エサ代のコスト削減につながります。よい牧草をたくさん育てるには、土壌からどれだけ栄養を吸収できるかがポイントです。そこで、私たちがいつも踏みしめている土に関心を持ちました。土壌学の専門家によると、1平方メートルあたり何百億もの微生物がいるそうです。まさに小宇宙ですね。その土にどういう肥料をまけば牧草にとってよいのか、専門家から学びつつ、研究しているところです。「誰かのために」が力の源十勝とのシナジーに期待――今後はどのような経営をしていこうとお考えですか。ロボット導入により生産性を上げたことや協力者の力を借りることができたおかげで、時間の余裕が生まれ、妻の実家がある十勝の牧場でも働いています。中標津の牧場よりも大きく、いずれ十勝に拠点を移したいと考えています。十勝は酪農に適しているばかりでなく、北海道の中でも畑作物がたくさん穫れる地帯です。もちろん中標津にも、十勝にはないいいところがあって、両地域の事業によるシナジーが期待できます。もっとも、十勝に拠点を移すからには、中標津で経営できる人材を育てていくことが必要です。中標津は、もともと纓坂の本家から分家した祖父が、戦後に移住し、酪農の礎を築いてきた大事な地です。自分が中標津に常勤しなくとも、しっかりと経営のできる体制に整えていきたいと考えています。私にとって、家族のため、従業員のため、そして大きくは地域のために事業を進めていくという考えは、これからも変わりません。事業の存続はひとえに、協力や支援をしてくれる方々のおかげだと考えるからです。「誰かのために」という姿勢が、新たなことや大きなことにチャレンジする力の源になっています。自分ではコントロールのできない自然災害などで事業環境が悪化することがあっても、それをチャレンジできない理由とするのではなく、いかにできるのかを考えて事業を進めていきたいと思います。L［実践］理念経営Labo2024SPRING21

## Page 22
![Page 22の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000022.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

塾生通信日に新た「松下幸之助経営塾」の情報と、卒塾生の近況をお伝えします卒塾生が各地で新年会「地域ブロック」動き出す松下幸之助経営塾の卒塾生から成る「同志会」は、6つの「地域ブロック」ごとに交流活動を始めました。その最初のイベントである新年会が、各地域で1月に開催されました。まず10日、佐藤寛之社長（第4期）の経営する桶庄の本社（愛知県名古屋市）にて、「中部・北陸・甲信越ブロック」の新年会。同社の経営理念が大きく掲げられたオフィスで、経営者の学びはどうあるべきか、活発な議論が交わされました。その後の懇親会も、ほとんどの参加者が二次会まで参加するなど、夜遅くまで会話の尽きない会合となりました。次いで16日、「中国・四国ブロック」の新年会が広島県立美術館で開催。あじかん（広島県広島市）の足利恵一会長（第5期）のご尽力により、工作機械・建築設備の販売から設計・施工までを手がけるビーテッたおだク（同市）の垰田修平取締役をお招きして講演会を行ないました。テーマは「いま私たちにできることを全卒塾生同士でディスカッションが盛り上がった（桶庄本社にて）力で」。参加者から「明日の経営への活力を得た」と、大好評でした。18日は弊社京都本部にて、吉寿屋（大阪府摂津市）の神吉一寿社長（第1期）が代表を務める「関西ブロック」の新年会。主幹講師の渡邊祐介（ＰＨＰ理念経営研究センター代表）による講話のほか、参加者同士の討論も活発に行なわれました。久しぶりに同志会の会合に参加された卒塾生も多く、関西の経営者同士で交流がいっそう深まりました。勉強会終了後は、笑いの絶えないにぎやかな懇親会となりました。22日、「九州・沖縄ブロック」の新年会が、大霜彰子社長（第18期）の経営する九州スタッフの本社（福岡県福岡市）で開催。同社の創業者であり、かつて旧九州松下電器に勤務された大霜洋会長による、松下幸之助への傾倒を感じさせる挨拶に皆、大きな感銘を受けました。さらに懇親会では、娘の彰子社長が「幼い頃から、幸之助さんの言葉が書かれた日めくりを見て育った」と話されていたのが印象的でした。「北海道・東北ブロック」の新年会は26日からの2日間、木村昌義社長（第１期）が経営するタクミ関西ブロックでは、京料理を楽しみつつ、お互いの近況報告に花が咲いたホームの本社（青森県八戸市）で開かれました。ＴＯＭＡコンサルタンツグループ（東京都千代田区）の藤間秋男会長（第11期）が登壇し、「潰れない!!永続企業の創り方10カ条セミナー」と題した講話を行ないました。その後、木村社長の経営する焼肉店に会場を移して懇親会。寒ブリの解体ショーで盛り上がりました。翌日はタクミホームの朝礼を見学するなど、充実した2日間となりました。29日、弊社東京本部で最後に開かれたのが、三平商会（東京都中央区）の大越慶一専務（第4期）が代表を務める「関東・首都圏ブロック」の新年会。久しぶりに参加の卒塾生や他ブロックからの越境参加者の姿も目立ち、「同志の仲間と交流して前向きになれた」とうれしい感想も聞かれました。どの地域ブロックも、次回のイベント予定を立てており、いよいよ本格的に動き出します。結束力の強い第26期生最終回で志を固める松下幸之助経営塾は1月、第27期第3回を開催。パナソニック元会藤間秋男会長の迫力ある講話。永続企業になるための要諦を学ぶながえ長の長榮周作氏が初登壇し、「剣道と経営」と題した特別講話を行ないました。「剣道も経営も人間性を高22［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 23
![Page 23の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000023.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

塾生通信日に新ためていくことが最も重要」と強調したほか、旧松下電工の社員時代の苦労話をはじめ、様々なエピソードを披露されました。2月には第26期が最終回を迎え、それぞれの志を固めて卒塾。塾生同士の結束力が強く、講師を交えた懇親会も盛り上がりました。映画祭や異文化交流、地域貢献に意欲高まる北林弘行氏（第21期）が代表取締役を務める事業ブランディング会社のCooKai（大阪府大阪市）が、世界的なアニメーション映画で知られるスタジオ地図の作品を活かしたイベント事業を始めました。4月開催の「うみぞら映画祭」を皮切りに、岩手、京都、大阪、広島など全国10カ所以上でイベントを予定。北林氏は「子供や若者を勇気づけ、明るい未来をつくる力を育てたい」と抱負を語っています。セシリア渡辺明日香氏（第23期）が運営する一般社団法人OneDaySchool（東京都千代田区）が、5月から連続講座を開講予定。台湾の家庭料理を学ぶ体験講座や着物の着付け教室などが行なわれます。同団体は、世界の文化体験を通して、子供たちの異文化理解の促進や、国境を越えたコミュニティづくりを目指して活動しています。2月に卒塾したセムコ（兵庫県神戸市）の宗田謙一朗社長（第26期）が、地元の学校に『ＰＨＰ』誌を贈呈。同誌を愛読する従業員から「人生に悩む親戚の子供に薦めたところ、希望を見出せたと喜ばれた。ぜひ中高生にも読んでほしい」と提案され、地域贈呈を決める理由の1つになったとのことです。L経営者が“経営の志”を確立・再確認するための研修講座松下幸之助経営塾本セミナーの特徴松下幸之助の経営哲学を根本から学べる唯一の講座弊社で70年有余にわたり研究を重ねた“松下幸之助の経営哲学の真髄”を、経営者の皆様に分かりやすくお伝えするためのセミナー形式の講座です。人間観を養い高め、経営者としてのあり方を学ぶ本講座は、時代や環境の移り変わりの中で生まれる新しいマネジメント手法を学ぶものではありません。経営者のただ今、新規申込受付中詳しくはホームページで資料のご請求はホームページまたは下記窓口へお問い合わせください。https://www.php.co.jp/seminar/m-keieijuku/株式会社PHP研究所「松下幸之助経営塾」事務局〈京都〉TEL075（681）4442FAX075（681）5699「志」をキーワードとして、松下幸之助が最も大切にした“経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、より本質的な“経営者としての器量”を養い高めていただく講座です。「志」の確立に向けた、充実の10カ月10カ月の在籍期間中に１泊２日のセミナーを全６回、隔月で開催。学びと実践、検証をくり返しながら成果を高めていただけます。また、１クラスは最大でも12名の少人数制で、受講者間の討議・交流による相互啓発など受講者お一人おひとりに充実した環境を提供いたします。プログラム第１回『志から理念へ～経営の使命～』第２回『本質を考える～自然の理法～』第３回『原理原則を貫く～基本の徹底～』第４回『人を育てる～事業は人なり～』第５回『経営を革新する～日に新た～』第６回『志を伝える～私の命知発見～』開催要領◦受講資格：経営者ご本人、後継経営者（経営幹部）◦募集人数：12名⃝開講期間：10カ月1開催1泊2日、全6回（隔月開催）⃝受講料：122万1000円（税込）⃝会場：株式会社PHP研究所京都本部（JR・近鉄「京都」駅八条口より徒歩５分）［実践］理念経営Labo2024SPRING23

## Page 24
![Page 24の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000024.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

シン・働き方改革現場発の改善提案で誰もが活躍できる職場に障がい者雇用の先駆者が取り組む「ユニバーサルものづくり」オムロン太陽株式会社代表取締役社長辻潤一郎つじ・じゅんいちろう＊1986年、立石電機（現オムロン）に入社し、コネクターやモーターなどの電子部品技術全般と商品開発を担当。’97年には携帯電話の液晶バックライトの開発に携わり、2004年にはそのデザインセンターを香港に設立するなど、グローバル市場で通算30年近く携帯電話・スマートフォン、液晶ビジネスに従事した。’20年にオムロン太陽へ転籍し、’22年に代表取締役社長兼経営企画部長に就任。オムロン太陽株式会社本社：大分県別府市／創業：1972年／事業内容：電子部品の製造「日本初の身体障がい者福祉工場」として知られる大分県の電子部品メーカー・オムロン太陽。オムロンの特例子会社（障がい者の雇用促進を図るためにつくられた会社）である同社は、立石一真創業者の「人間性の尊重」の理念にもとづき、障がいの有無や障がい特性に関係なく誰もがいきいきと働ける職場づくりに取り組んできた。現場発の盛んな改善活動によって働きやすさや効率性を追求し、独自のものづくりで黒字経営を実現している同社には、全国から見学者が多数訪れるという。働く人がそれぞれの個性や能力を発揮できる仕組みについて、社長の辻潤一郎氏に話を聞いた。取材・文：桐本真理写真提供：オムロン太陽日本で初めての障がい者が働く工場大分県にある電子部品メーカーのオムロン太陽は、日本初となる身体障がい者福祉工場を設立したことで知られる。制御機器メーカーのオムロンと、社会福祉法人太陽の家（以下、太陽の家）の合弁会社として1972年に誕生し、設立以来50年以上の長きにわたって障がい者の雇用促進に取り組みながらも、黒字経営を実現し続けているという。その実状を辻潤一郎社長にうかがった。「弊社では社員約70名のうち、身体障がいのある方や知的・精神障がいのある方が約半数を占めています。工場見学に来られる方から、『一体、どんな秘訣があるんですか？』とよく聞かれますが、一番の特長は『ユニバーサルものづくり』と呼んでいる独自の取り組みです。障がいの有無に関係なく、誰もが働きやすい環境を実現するための改善活動で、これまでに1300件を超える改善を行なってきました。その発案の大半は、社員から自発的に出たものです」実際に本社工場の様子をのぞいてみると、そうした改善活動の賜物で24［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 25
![Page 25の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000025.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

シン・働き方改革じぐある治具（製造現場などで、加工や組立の際に部品や工具の作業位置を指示・誘導するために用いる補助具）が、製造ラインや作業棚などそこかしこで見受けられる。また、通路の壁には、治具を用いた改善事例が多数掲示されている。これらは工場の見学者に向けたもので、年間の工場見学受入者数は約5000名にものぼるそうだ。同社は、事業を通じて社会的課題を解決することもミッションの一つに掲げており、工場見学以外にもセミナーを実施して他社へのノウハウ提供に注力するなど、障がい者雇用の先駆者として就労や活躍の機会創出に取り組み続けている。無理だと諦めるのではなくどうすればできるか同社では、障がい者を含めて誰もが働ける職場づくりをどのように実現しているのだろうか。その取り組みについて、辻社長はこう話す。「まず大前提として、弊社は電子部品のメーカーです。競合他社に負けない製品をどうやってつくるか、効率を上げるためにどうするかなど、ものづくりの厳しさや難しさは、他社となんら変わりありません。そんな中で、設立以来『誰もが活躍できる職場』という理想を掲げ、職能適性で業務に従事してもらう環境の構築に取り組んできました。最初のうちはほとんどが身体障がい者でしたので、物理的なバリア（障壁）の除去を目的としたバリアフリー化を社内で進めました。ところが皮肉なことに、健常者には逆にそれがバリアになってしまうという状況が度々起こったのです。また近年は、精神・知的障がいの社員も増えてきました。そのため、障がいの有無や特性に関係なく、誰にとっても使いやすくて、作業効率が上がり、間違いを起こさない、そんなものづくりを実現したいと考えました。それが2017年から取り組んでいる『ユニバーサルものづくり』です。具体的には、まず、どうすれば障がいのある人が健常者と同じようにパフォーマンスを発揮できるかを考え、その解決法として治具をつくったり、仕組み自体を改善することを検討しています。たとえば、手先が不自由な人でも正確な長さで材料を切断できる治具を取りつけたハサミをつくりました。これを使えば材料の長さを都度計測して切る必要がなく、健常者もラクに作業が行なえます。他にも、資材を並べるだけで指定された数を揃えられる『数えるくん』という補助具をつくりました。これがあれば、数を数えることが苦手な人でも、数え直したり違算することなく作業が行なえます」独自のものづくりの工夫は、作業を補助する治具にとどまらない。他にも、部品管理をバーコードリーダーで行ない、品番を読み違えるミスをなくした。また、車イスの人でも不自由しないように、作業台を共通の高さにして誰もが使いやすくしたり、地震の際に避難経路が確保できるように物品の揺れ落ちを防ぐストッパーを取りつけるなど、至るところに工夫が凝らされている。それらの改善一つひとつに苦心があったこととうかがえ、辻社長にどんな心構えで臨んできたのかと尋ねた。材料を計らなくても治具で設定した長さでカットできるようにハサミを改良。誰でもラクに作業が行なえ、効率も大幅に向上した手づくりした「数えるくん」。資材を順番に並べるだけで必要数を用意でき、本体ごと傾ければ、指定の場所にそのまま投入できる「普通は、その人の能力的に難しい作業は任せるのをやめようとなりがちです。しかし、私たちは『どうすればその人ができるようになるか』と考えます。もちろん試行錯誤が必要で、どんな作業でも可能になるわけではありませんが、一気にすべてを解決しようとせず、『今月はＡの障がいのある人が働きやすくなる方法を考えよう』『来年はＢとＣの障がいのある人向けに工程ラインを改善しよう』という具合に、期間を定め、無理のない範囲で各チームに少しずつ取り組んでもらっています」もちろん、ソフト面においてもいろいろな工夫がある。代表的なのは、部署ごとに設けられた「ニコニコボード」だ。一般の職場では、勤務状態や出張先を表示するぐらいだが、ここでは対人関係が苦手な人が少なくないため、お互いの日々の健［実践］理念経営Labo2024SPRING25

## Page 26
![Page 26の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000026.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

その日のコンディションを「ニコニコボード」のオレンジ（30％未満）、緑（30～50％）、青（50％超）のゾーンにマークで示し、「お腹がいたい」「歯がいたい」など、周囲にわかりづらい体や心の調子をイラストで情報共有する。突発的な休みも減ったという康状態を共有するツールとして、おおいに役立っているという。「ニコニコボード」には、その日の自分の健康や精神状態をパーセンテージで示したり、状態を表すイラストを貼りつけてもらう。それによって、どの部署もお互いの状態を把握して、気遣い合える職場になっている。そこにこそ、独自のものづようていくりの要諦があると辻社長は言う。「『ユニバーサルものづくり』にはお互いのことを気遣い合える心がなくてはなりません。それにはまず、相互理解が大切なのです。これらの取り組みによって、障がいのある人が行なえる作業の幅が広がったばかりか、ミスも削減することができました。そして何より、工場全体の雰囲気がよくなり、お互いの成長を喜び合える企業風土がよりいっそう広がっています。そうした職場づくりが評価され、2022年に『日本でいちばん大切にしたい会社大賞』実行委員会特別賞をいただくことができました」お互いに支え合って成果をあげているものづくりにおいて、健常者と障がい者の評価査定や給与体系はどうなっているのかを聞くと、「誰もが平等な職場環境で働いているので、全社員共通の基準」だという。過去には、障がいのある人が社長に就任したこともあるそうだ。同社では、障がいがあろうがなかろうが、改善を工夫したり頑張ってものづくりに取り組む人が評価される仕組みになっている。とらえ方を変えればコストではなく投資になる2022年の統計によると、わが国の障がい者の数は約1160万人で、総人口のおよそ9%を占める。事業主は従業員のうち一定割合以上の障がい者を雇用する義務があり、目標とすべき法定雇用率は2024年5月に2.3%から2.5%へ、2026年には2.7%へと段階的に引き上げられることが決まっている。障がい者雇用の促進のために、まずマネジメント側の認識を変える必要があると、辻社長は話す。「2023年時点で、民間企業に雇用されている障がい者の数は、約64万人。障がい者の半分の約580万人が労働人口だと仮定すると、そのうちの10%少々しか仕事に就いていないのが現状です。近年、知的・発達障がいの認定が増えていることから障がい者数は増加傾向にある一方、労働人口は減っていくわけですから、障がい者ができる限り働けるように雇用機会を設けることが求められます。障がい者雇用がなかなか進まないのは、コストとしてとらえる企業が多いからです。そうではなく投資、つまり将来的にリターンが見込めるものとして認識を改める必要があります。健常者の場合でも、『いつか会社に貢献してくれるはず』と期待して人材育成のために投資をします。しかし、なかには途中で辞める人もいて、全員が会社にリターンをもたらしてくれるとは限りません。障がい者雇用においても、まずはマネジメント側が投資ととらえ、リターンを得るための努力をすることが重要です。お金と時間をかけて、どんな体制で、どんな研修を行なうか。職種は何を任せるか。こうしたアクションをとることで、単なるコストではなく、リターンを得るための投資となるのです」同社においても、かつては障がいのある新入社員の定着率が芳しくなく、入社後2、3年して辞める人が多かったという。そこで、営業活動などでよく用いられる「パイプライン管理」を導入した。物事のプロセスを入口から出口まで見える化し、分析する管理手法であると、辻社長は話す。「障がい者の場合は特に、採用面接だけで応募者の適性を見極めるのは難しいため、採用前の段階から時間をかけて適性を判断するようにしています。具体的には、職能教育用の実習ラインを設け、専任社員がジョブコーチングをしながら、本人の特性などを見極めます。弊社での就労が見込める人には、実際の作業にもとづいた実習をします。フィードバックの場も設け、入社までにクリアしておいてほしい点などを具体的に伝えます。たとえば、『求める平均値は、表のこの位置です』『この目標値を超えたら面接を受けてもらえます』というように。この手法を導入して以降、入社後の社員定着率は確実にアップしました」26［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 27
![Page 27の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000027.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

シン・働き方改革仕事の見える化で担える業務を生み出す一般の企業が障がい者に業務を担ってもらううえで、具体的にどのようなことから着手していけばよいか。辻社長にアドバイスを仰いだ。「やはり一気に変えるのは難しいでしょうから、変えられるところから少しずつ取り組んでいくしかありません。まず第一歩として、障がいのある方に仕事を任せられるように、マネジメント側が全体の業務内容を見直すことです。健常者が行なっている業務のすべてを障がい者が行なうのは難しいとしても、なかにはルーティンになっている業務も結構あると思うのです。そうした業務を細かく見える化し、集約したら、障がい者に担ってもらえる余地が生まれてくるのではないでしょうか。また、弊社ではリアルでもオンラインでも随時工場見学を受け入れていますし、最近は様々な企業が障がい者雇用で培ったノウハウをオープンにしていますので、自社だけでどうにかしようとせず、先行事例からいろいろ学んでみるといいでしょう。その中から自分たちに合うと思ったものを試してみて、最終的には自社に一番合ったやり方にアレンジしてもらえたらと思います」2人の想いを受け継ぎよりよい社会の実現へ日本初の身体障がい者福祉工場であり、そのパイオニアとして大きな役割を担ってきたオムロン太陽は、そもそもどのようにして誕生したのか。そこには、世の中のために尽くすことを強く願った、2人の人物がいた。1人は、「太陽の家」を創設した医師・中村裕氏である。中村医師は、当時未開の分野だった医学的リハビリテーション研究に取り組み、スポーツによって社会参加や自立が進むとの考えから、障がい者スポーツの振興に尽力した。1964年にはパラリンピックの東京開催に大きく貢献し、「日本パラリンピックの父」として広く知られている。だが、中村医師はそのときに、障がいのある外国人選手と日本人選手がくぜんとの違いに愕然としたという。大会が終わると、外国人選手は健常者と同じように街へ繰り出し、買い物や食事を楽しんでいたからだ。なかには結婚している人もいて、家族団らんの姿があった。それは、当時の日本では考えられないことだった。税金で生活を支えてもらっている障がい者は、自宅で療養に努めるべきで、外出を楽しむなどもってのほかとする考え方が一般的だったためである。日本の障がい者も仕事に就いて自立する必要があると考えた中村医師は、その翌年に私財をなげうって、障がい者がともに働き生活する施設「太陽の家」を設立する。しかし、障がい者の本格的な社会参加や自立を実現していくには企業の協力が必要だと痛感し、パートナーとなってくれる企業を求めるのだが、それは難航を極めた。「中村先生は企業に共同出資会社の設立案を持ちかけましたが、200社以上に断られました。それでも諦めずに活動を続けて、ようやく出会ったのが、もう1人の人物である障害の有無に関係なく、互いに気遣い合い「どうすればできるようになるか」を工夫している立石電機（現オムロン）の立石一真創業者でした。中村先生の『世に身心の障がいはあっても仕事に障がいはありえない』とする強い信念と、立石創業者の『よりよい社会をつくる』という経営理念が共鳴し、1972年にオムロンの子会社としてオムロン太陽が設立したのです」2人の想いは、創業から50年以上にわたって同社に受け継がれ、現在は「ユニバーサルものづくり」として具現化されている。辻社長に今後の展開についてうかがった。「弊社はこの先も、中村先生と立石創業者の想いをしっかりと受け継ぎ、障がいのある方が一人でも多く活躍できる社会の実現を目指していきます。そのためにもまずは、弊社がこれまで培ってきた『ユニバーサルものづくり』のノウハウを多くの企業に提供して、日本社会全体で障がい者の雇用数を増やしていきたいと考えています。立石創業者が定めた社憲には、次のような文言があります。『事業を通じて社会的課題を解決し、社会の持続的発展に貢献し続けることが、私たちの存在価値であり使命です』。私たちは、このミッションの実践を通じて、これからも社会に対して大きく貢献し続ける会社でありたいと考えています」L［実践］理念経営Labo2024SPRING27

## Page 28
![Page 28の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000028.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

成功の金言物をつくる前に人をつくるうでっち1894年11月27日に生を享け、丁稚奉公から身を立て松下電器グループ（現パナソニックグループ）を一代で築き上げかんなんしんくた松下幸之助。艱難辛苦を通じて培われた人生観・経営観は、金言として多くの人たちの心の拠り所になっている。生誕130年を迎えた今、それらを「人づくり」「商売・経営」「仕事」「人生」といったテーマでひも解きながら、経営者や各界の識者がどのように共感し、人生の指針としてきたかを紹介したい。創業時の松下電器は無名の小さな町工場で、思うような人材が得られなかった。そのうえ、幸之助自身が病床に伏しがちだったため、思い切って従業員に仕事を任せなければ事業を維持することはできなかった。だが、こうした不足を補うために人づくりに力を注いだことで、事業発展の基礎を築くに至った。そこにはどんな考え方があったのか。人が育てば、おのずといい物ができ、会社は発展する“事業は人なり”といわれるが、これはまったくそのとおりである。どんな経営でも適切な人を得てはじめて発展していくものである。いかに立派な歴史、伝統をもつ企業でも、その伝統を正しく受け継いでいく人を得なければ、だんだんに衰微していってしまう。経営の組織とか手法とかももちろん大切であるが、それを生かすのはやはり人である。どんなに完備した組織をつくり、新しい手法を導入してみても、それを生かす人を得なければ、成果もあがらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。企業が社会に貢献しつつ、みずからも隆々と発展していけるかどうかいつは、一にかかって人にあるともいえる。だから、事業経営においては、まず何よりも、人を求め、人を育てていかなくてはならないのである。私はまだ会社が小さいころ、従業員の人に、「お得意先に行って、『君のところは何をつくっているのか』と尋ねられたら、『松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです』と答えなさい」ということをよく言ったものである。いい製品をつくることが会社の使命ではあるけれども、そのためにはそれにふさわしい人をつくらなければならない。そういう人ができてくれば、おのずといいものもできるようになってくると考えていたことが、若さの気負いもあって、そのような言葉となってあらわれたのであろう。しかし、そういうことを口に出して言う言わないは別として、この考え方は私の経営に一貫しているものである。『実践経営哲学』28［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 29
![Page 29の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000029.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

成功の金言経営者や識者は、幸之助の考え方にどう共感しているか①ツムラ社長の加藤照和氏は、松下政経塾の塾頭を招いて幸之助の人づくりについて学んだという。そして、創業者の精神にふれることを重視し、理念の継承に努めている。幸之助さんは「松下電器はものをつくる前に人をつくる会社だ」とおっしゃっているわけですが、まさにそうだと思います。幸之助さんのエピソードを読むと、社員の心をくすぐるのが絶妙ですね。また比喩が素晴らしくてとてもわかりやすい。（中略）理念を継承し、人を育てるにあたっては、やはり創業者の精神にふれることが最も重要だと考えています。どの企業においても、歴史を経るうちに創業者は次第に遠い存在になっていくものです。そのため、当社では創業者の足跡を学び、その精神にふれるよう努めています。『衆知』2017年11-12月号人はダイヤモンドの原石。それぞれの素質が生きるように磨けば、燦然と輝く私は、お互い人間はあたかもダイヤモンドの原石のごときものだと考えている。つまり、ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。しかもそれは、磨き方いかん、カットの仕方いかんで、さまざまに異なる燦ぜん然とした輝きを放つのである。それと同じように、人間はだれもが、磨けばそれぞれに光る、さまざまなすばらしい素質をもっている。だから、人を育て、生かすにあたっても、まずそういう人間の本質というものをよく認識して、それぞれの人がもっているすぐれた素質が生きるような配慮をしていく。それがやはり、基本ではないか。もしそういう認識がなければ、いくらよき人材がそこにあっても、その人を人材として生かすことはむずかしいと思う。『人を活かす経営』さん幸之助の人材育成に対する考え方は、人には社会に貢献できる素質や能力が与えられているとする、全面的に肯定した人間観が前提にある。だから、たとえ周りから煙たがれるような存在であっても、その人の素質を見出そうと努めた。人を伸ばす目の向け方は、長所7割、短所3割人間というものには、だれにも、長所と短所がある。そういうさまざまな長所と短所をもつ人を使って仕事をしていく場合、つとめてそれぞれの人の長所を見ていくことが大事だと思う。長所を見れば、「彼はなかなか立派な男だ」ということになって、かなり大胆にその人を使うことができる。またその人も、自分の長所を認めてもらえればうれしいから、張り切って仕事をする。いきおい、仕事の成果もあがり、その人も育つ。ところが、短所に目がいくと、「この男はこの点がダメ、あの男はここがもうひとつ……」ということになるから、なかなか思い切った起用ができない。またそう見られたほうも、なんとなく面白くないし、萎縮してしまって、十分な成長ができなくなる。だから、長所ばかり見て短所をまったく見ないということではいけないだろうけれども、主として長所を見て、その長所を伸ばしていくように心がける。長所に7分、短所に3分といった目の向け方をしていくことが大事だと思う。『松下幸之助経営語録』幸之助は、部下の長所を見出して、成功の可能性が60％ほどあると見込めば、思い切って仕事を任せていった。まっと任された部下は責任を全うしようとみずから考えて工夫し、自主性が芽生えてくるからだ。［実践］理念経営Labo2024SPRING29

## Page 30
![Page 30の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000030.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

経営者や識者は、幸之助の考え方にどう共感しているか②ローソン社長の竹増貞信氏は、マネジメントを一から勉強する必要があると感じ始めた頃に、幸之助の著書『人を活かす経営』を書店で目にして「ああ、これだ！」と感じ、すぐに買い求めたそうだ。まず、冒頭に「人間はダイヤモンドの原石のような存在だ」という話が出てきます。（中略）それまでの私は、そのような目で人を見たことがありませんでした。もちろん、人間一人ひとりに個性はあるし、誰もが尊重されなければならないと、頭ではわかっていました。しかし、現実には、「なぜできないんだ」「どうして私の思った通りにやらないんだ」と、自分の尺度を相手に当てはめることしかしていない。自分は本当に至らない人間だと深く反省しました。そもそも、誰もが私とは異なる人格を持ち、生まれた場所や育ってきた環境も違います。たまたま縁あって同じ会社で仕事をしているだけです。ですから、自分中心の目線で部下を見ていては、その個性を活かすことなどできるはずがありません。人にはそれぞれ磨けば光るいいところが必ずあると考えて、それを見つけることから始める必要があると痛感したのです。そういう考えを持って部下を見てみると、やはり光る部分が見えてくるんですね。それ以来、人にはそれぞれ、私より優れたところがいくつもあると考えるようになりました。『衆知』2020年3-4月号責任と権限を与えて、経営的な感覚をもった人を育てる大事なのは、思い切って仕事を任せ、自分の責任と権限において自主性をもった仕事ができるようにしていくことである。人を育てるというのは、結局、経営のわかる人、どんな小さな仕事でも経営的な感覚をもってできる人を育てることである。そのためには、何でもあれこれ命令してやらせるのではいけない。それでは言われたことしかしない人ばかりになってしまう。やはり仕事は思い切って任せることである。そうすることによって、その人は自分でいろいろ考え工夫するようになり、そのもてる力が十分発揮されて、それだけ成長もしてくる。『実践経営哲学』仕事を任せてチャレンジさせた結果、必ずしもうまくいくとは限らない。ときには厳しく指導しなければならない場合もあるだろう。幸之助は“𠮟り上手”ともいわれたが、叱ることについてどのように考えていたのか。人を使うは公事。私情にとらわれず、使命と信念にもとづいて叱る人を使って仕事をしていれば、ときには叱ったり、注意したりしなくてはならないこともある。そういうことは、人情としては、されるほうもいやだけれども、するほうだって、あまりいい気持ちのものではない。だからついつい面倒だとか、いやなことはしないでおこうということになりかねない。しかし、企業は社会の公器であり、人を使うことも公事であるとなれば、そうした私的な人情でなすべきことを怠るのは許されないということになるだろう。だから、信念をもって言うべきことを言い、叱るべきときには叱るというようになると思う。そこに非常な力強さが生まれてくる。そのことは同時に、単に私的な感情や利害で人を叱ったり、処遇したりしてはならないということにもなる。もちろん、人間である以上そういうものを絶無にすることは不可能かもしれない。しかしそれだけに、いっそう常にそうした私の感情にとらわれることのないよう心することが大切だと思う。あくまで、社会の公器としての企業の使命というものに照らして、何が正しいかということを考えつつ、人を使うように心がけなくては30［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 31
![Page 31の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000031.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

成功の金言ならないと思う。『事業は人なり』人づくりに限らず、幸之助の仕事に対する考え方の基本は、使命に照らして「何が正しいか」を考えて取り組むことにある。真剣な取り組みを続ける中で、その人が持っている素質が磨かれ、“天分”が発揮されることを強く願った。人間としての真の成功とは、与えられた天分を完全に生かし切ること天は二物を与えず、ということわざがありましょう。これは裏を返せば、天は必ず一物は与えてくれているということだと思うのですね。そのように、異なった天分、特質が与えられているということは、いいかえれば万人万様、みな異なった生き方をし、みな異なった仕事をするように運命づけられているとも考えられます。ある人は政治家として最もふさわしい天分が与えられているかもしれない、またある人は、学者に、技術者に、商人にといったように、みなそれぞれに異なった使命が与えられ、異なった才能が備えられていると思うのです。成功というのは、この自分に与えられた天分を、そのまま完全に生かし切ることではないでしょうか。それが人間として正しい生き方であり、自分も満足すると同時に働きの成果も高まって、周囲の人々を喜ばすことにもなると思います。そういう意味からすれば、これこそが“人間としての成功”といえるのではないでしょうか。ですから、当然、成功の姿は人によって異なってきます。ある人は大臣になってその任を果たすことが成功であるかもしれませんし、ある人は野球選手になって活躍することが成功かもしれない。つまり、社会的な地位や名誉や財産が成功の基準になるのではなく、自分に与えられた天分に添うか添わないかということが成功の基準になってくると思うのです。『人生談義』自分の天分を発揮して力一杯仕事ができれば、より多くのお客様や周りの人を喜ばせることにつながる。それが人間としての真の成功であると幸之助は考えた。また、すべての人がそれぞれに天分を発揮できれば、喜びにあふれた理想的な社会が実現できると確信していた。人材の価値を最大限に引き出し、企業の発展を目指す「人的資本経営」が注目を集める今日、「物をつくる前にしさ人をつくる」と語った幸之助の人づくりの考え方は、多くの示唆を与えてくれるのではないだろうか。L経営者や識者は、幸之助の考え方にどう共感しているか③SBIホールディングス会長兼社長の北尾吉孝氏は、「自分に与えられた天分を生かすことで、その人の運命がひらかれていく」という幸之助の人間観、運命観に共感を覚える。幸之助さんは、インタビューで「あなたが成功した要因は何ですか」という質問を受けた時、「90％は運だ」とよくおっしゃっています。人には与えられた天分、天命がある。それは自分の力では変えることはできないが、それを自覚して与えられた天分を生かすべく、努力を積み重ねることで、その人の運命がひらかれていく。幸之助さんは、謙遜ではなく、おそらく本当にそう信じていらっしゃったと思います。私自身も共感します。人間世界には、自分の力ではどうにもならないことがあります。これをどうとらえるのかが問題です。「どうせ努力してもムダなんだ」と考えるのか。あるいは「これも天命だ。むしろこのほうがよかったのだ」ととらえて残り10％のために力を尽くすのか。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉の通り、われわれにできることは人事を尽くすことだけです。あとは天命が下るのを待てばいいのです。『衆知』2017年7-8月号※松下幸之助の言葉は『松下幸之助成功の金言365』（PHP研究所刊）より転載［実践］理念経営Labo2024SPRING31

## Page 32
![Page 32の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000032.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

学習意欲の高め方プロ・ファシリテーターが斬る!!組織づくり・人づくりのヒントPHP研究所経営共創事業本部本部長的場正晃PHPでの長年の現場経験をもとに、組織・人材開発に役立つ情報をわかりやすく解説人的資本経営のブームを背景に、企業は人材開発投資を増やし、学びの機会を質・量ともに充実させています。ところが、それを受け止める側の社員の多くは、その必要性をさほど感じていないようです。なぜ、このようなギャップが生じるのでしょうか。本稿では、学ぶことに対する動機づけの観点から、こうしたギャップを解消し、個と組織の両者に価値をもたらす人材開発のあり方について考察します。学ばない日本人「人的資本経営」や「リスキリング」「キャリアデザイン」ということばを目にしない日がないくらい、ニュースや新聞記事、書籍等で人材開発・能力開発が話題になる頻度が増えました。政府や自治体、産業界では、人材開発の重要性が声高に叫ばれていますが、個々のビジネスパーソンに目を転じると、必ずしもその必要性を感じている人ばかりではない印象を受けます。企業の人事・人材開発担当者からは、「研修を企画しても、受けたがらない社員が多い」「自己啓発支援制度があるが、ほとんど活用されない」といった嘆きの声が聞こえてきます。実際、自己啓発をしないビジネスパーソンの割合を国際比較すると、日本が際立って高い（46.3%）という事実が調査結果からも明らかになっています（パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査」2019年）。コンフォートゾーンの心地よさ学ばない人の多くは、「コンフォートゾーン」（ストレスや不安がなく、限りなく落ち着いた精神状態）にどっぷり浸かっているのだと思われます。コンフォートゾーンでは、いつもと同じやり方を繰り返してさえいれば何とか日々の仕事が回っていくので、新たなやり方を考えたり、今までにない取り組みにチャレンジすることもなくなります。つまり、新しい知識を取得したり、みずからのスキルを磨き高める必要がないのです。コンフォートゾーンは居心地がよいのでなるべくそこから出たくないという心理が働きますが、そこに留Ｑ.あなたが自分の成長を目的として行っている勤務先以外での学習や自己啓発活動についてお知らせください。（複数回答／選択肢11項目）（％）読書研修・セ資格取得ミナー、のための語学学習勉強会等学習への参加通信教育、eラーニング副業・兼業NPOやボラン勉強会等ティア等大学院・の主催・の社会活専門学校運営その他とくに何も行っていない参加14カ国・地域平均42.336.926.524.523.119.617.915.213.12.913.3日本27.413.613.610.27.77.64.44.62.74.546.3中国32.333.435.923.132.713.916.613.622.41.16.3東アジア韓国40.630.329.431.722.710.47.512.97.92.912.3台湾34.831.025.930.525.716.28.914.313.12.113.0香港38.824.420.124.614.416.78.914.36.81.818.3タイ44.043.631.942.231.441.524.019.217.22.05.7フィリピン51.555.130.020.129.732.025.520.612.33.66.4東南アジアインドネシアマレーシア45.151.453.452.050.724.832.224.423.229.624.626.637.322.822.617.415.816.23.33.12.37.4シンガポール36.937.019.212.517.711.013.910.37.02.018.3ベトナム53.744.225.346.326.921.623.815.225.11.62.0南アジアインド40.945.831.323.429.023.927.622.522.32.24.9オーストラリアオセアニアニュージーランド45.748.427.425.716.715.812.09.116.316.415.013.114.215.214.410.97.46.54.46.521.522.1パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査」2019年まっていると成長が止まってしまいます。したがって、みずからを成長させるためには、思い切ってコンフォートゾーンから抜け出して、「ストレッチゾー32［実践］理念経営Labo2024SPRING

## Page 33
![Page 33の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000033.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

組織づくり・人づくりのヒント成長に必要なストレッチ経験ストレッチ経験現在の能力でできる業務３つの心理空間パニックゾーンストレッチゾーンコンフォートゾーンン」にシフトし、背伸びしないと成果を出せないような業務にチャレンジし続ける必要があるのです。適切な問いかけで成長した姿をイメージさせる人の成長を阻む要因には、「発想の硬直化」があります。マンネリ状態が長引くと、どうしても視野のきょうさく狭窄、視座の低下、視点の固定化が進行し、気づく力、感じる力（≒感性）が弱くなってしまいます。そういう状態に陥るのを防ぐうえで効果があるのが問いかけです。●視野の拡大を促す問い「5年後、どのようなビジネスパーソンになっていたい？」「理想の状態に近づくためには、何をする必要がある？」●視座の向上を促す問い「ワンランク上の立場にたったつもりで今の仕事をしてみると、どのような課題が見えてくる？」●視点の転換を促す問い背伸びしてできる業務「今のあなたの仕事ぶりを、周囲の人はどう見ているだろうか？」1on1面談等の場で上司が部下に適切な問いを投げかけることで、発想の転換が始まり、相手の成長が進むのです。そしてみずからが成長することで得られるもの（こと）をイメージさせることも重要ですし、そのためにはやはり問いかけが有効です。「5年後、理想のビジネスパーソンになれた自分をイメージしてみよう。そのときのあなたは何を得ているだろう？」このようにして成長する喜びを疑似体験できれば、その人の意識の中で学習する必要性が高まるでしょう。人材開発・能力開発の方法論が盛んに議論されていますが、もっとも重要なことは「学ぶ気」にさせてから学ばせることではないでしょうか。寓話にあるように、水を飲みたくない馬を無理やり水際まで連れて行っても水を飲まないのです。「なぜ、学ぶ必要があるのか」「学ぶとどのようないいことがあるのか」、こうしたことが腹落ちできれば誰もが「学ぶ気」になるはずです。そして「学ぶ気」を持った人々の集団は「学習する組織」となって、絶えざるイノベーションを創出し、高いパフォーマンスを獲得できるでしょう。＊PHP研究所では、よりよき人材を育成するための各種マネジメント研修を提供しています。ウェブサイトよりお気軽にお問い合わせください。まとば・まさあき1990年、（株）PHP研究所に入社し、研修局に配属される。以後、一貫して、PHPゼミナールの普及、および研修プログラムの開発に取り組む。2001年から2003年まで神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程にてミッション経営の研究を行ない、MBAを取得する。中小企業診断士。著作に『“強い現場をつくるリーダー”になるための5つの原則』（PHP通信ゼミナール）。LPHPゼミナール課長研修マネジメント革新コース「与える」マネジメントから「引き出す」マネジメントへ本セミナーの特徴課長職（ミドルマネジメント・中級管理職）を対象とした公開型セミナー。「与える」から「引き出す」へ、マネジメントを革新します。新任課長の昇格時研修、既任課長のフォロー研修に好評です。研修のねらい部下と組織の力を「引き出す」マネジメントの3つの条件①他を頼るのではなく自らの責任で課題を達成しようとする「使命感」②部下や周りの人材の意見に耳を傾ける「素直な心」③部下の可能性を信じる「人間観」使命感を共有し、素直な心で衆知（多くの意見・考え方）を集め、肯定的な人間観で人を見ることが「引き出す」マネジメントの要諦です。対象受講料定員期間肯定的な人間観実施要項総学習時間課長職の方々※一つのまとまった組織を運営し、組織としての成果を最大化することが求められている方々88,000円（税込）※「社員研修VA+」会員は10％割引集合研修：24名オンライン開催：30名※1開催1社5名まで2日間詳しくはウェブサイトをご覧ください引き出すマネジメント使命感13時間素直な心※掲載情報は2024年3月末時点のもの［実践］理念経営Labo2024SPRING33

## Page 34
![Page 34の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000034.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特別動画案内MOVIEGALLERY脈々とつながる双日の変革の歴史小林正幸氏（双日株式会社サステナビリティ推進室専門部長）『［実践］理念経営Labo』では、誌面内容がよりよくわかる特別動画をウェブサイトにてご視聴いただけます。今号の特集テーマ「継承と変革のマネジメント」をさらに深く知るには、以下の動画もオススメ！POINT鈴木商店、岩井商店、日本綿花から脈々と続く総合商社・双日のDNA。顕彰活動を通じて明らかになった「変革の連鎖」を次の時代へとつなぐ視聴時間6分29秒掲載号/ページ2023SPRING4-6（Vol.5）/P28～31柔軟に学び、未来発想できる人材を「つくば」から生み出す青谷洋治氏（株式会社坂東太郎代表取締役会長）POINT日本のよき文化、伝統を継承したいという思いから生まれた「母の里山」構想。原風景にデジタルの要素を取り入れ、未来発想できる人材を育てる視聴時間5分00秒お仏壇事業を通して日本の伝統文化を守る長谷川裕一氏（株式会社はせがわ相談役）掲載号/ページ2023SUMMER7-9（Vol.6）/P6～9POINT幸せの根源は感謝の心にあり、今の日本があるのは先人のおかげという敬いの心を持つことが大切。お仏壇事業を通じ、日本の伝統文化を紡ぐ視聴時間6分6秒掲載号/ページ2024WINTER1-3（Vol.8）/P4～734［実践］理念経営Labo2024SPRING※肩書は動画公開当時

## Page 35
![Page 35の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000035.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

松下幸之助肉声講話＋PHP理念経営研究センタースタッフ解説PHP研究所公式チャンネルにて好評配信中！……ほか多数ご視聴＆チャンネル登録はこちらから→2024SPRING4-6（Vol.9）2024年4月27日発行発行人渡邊祐介編集主幹川上恒雄編集長佐々木賢治発行所PHP理念経営研究センター［編集スタッフ］〒601-8411京都市南区西九条北ノ内町11番地TEL075-681-9166メールkenkyu1@php.co.jpURLhttps://www.php-management.com/長尾梓／時政和輝／桐本真理［制作・普及協力］池口祥司／的場正晃／石田賢司／大谷泰志／櫻井済徳／西岡拓真動画順次公開＆メルマガ登録受付中誌面の内容がよりよくわかる特別動画をこちらのウェブサイトで順次公開しています。↓また、上記動画の公開時期および『［実践］理念経営Labo』の最新情報をメルマガ（無料）にてお届けします。ご希望の方はこちらのウェブサイトよりメールアドレスをご登録ください。↓［デザイン／制作］朝日メディアインターナショナル株式会社©PHPInstitute,Inc.2024Allrightsreserved

## Page 36
![Page 36の画像](https://img01.ebook5.net/phpkonosuke/labo009/contents/image/book/medium/image-000036.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

松下幸之助生誕130年130thAnniversaryofKonosukeMatsushita'sBirthSince1894記念出版2024年2月刊行経営者の成功を分析するには経営学だけでは事足りない！宗教学の視点から、希代の企業家の人間観や自然観、そして死生観を捉え直す。2024SPRING4-6（Vol.9）2024年4月27日発行ＰＨＰ理念経営研究センター川上恒雄著《ＰＨＰ理念経営研究センター首席研究員》『松下幸之助の死生観』定価：2,310円（10％税込）2024年3月刊行「きみだったら必ずできる！」部下の心をつかみ、取引先が感激する、その「ひと言」。人生への深い知恵と洞察、仕事や経営を成功に導く秘話139選。ＰＨＰ理念経営研究センター編著『松下幸之助感動のエピソード集』定価：1,760円（10％税込）

