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# Vol.07『[実践] 理念経営Labo』（2023 AUTUMN 10-12）

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人と組織の可能性を発見する研究誌理念経営実践Vol.7Labo2023AUTUMN10-12［特集］松下幸之助がリーダーに求めたこと「真剣」に志を立て今日一日、命をかけるサイボウズ代表取締役社長青野慶久自主責任経営のカギは創造的な企業家精神にありPHP理念経営研究センター代表渡邊祐介物をつくる前に人をつくる「人間大事」実践の要諦PHP理念経営研究センター首席研究員川上恒雄「運、愛嬌がないとあかん」衆知を生かせる指導者にPHP研究所客員岩井虔［松下幸之助経営塾志の実践］熊本大同青果代表取締役社長月田潔孝［「社会の公器」として輝く良い会社］HILLTOP相談役山本昌作［アントレプレナーの最前線］八百鮮代表取締役社長市原敬久

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『［実践］理念経営Labo』刊行にあたって現代の企業や組織において、経営理念を経営の軸に据えることの重要性はますます高まっています。一つには、資本主義社会のあり方が問い直され、企業の果たすべき責任がよりいっそう重視されつつあることが挙げられます。たとえば、行きすぎた株主重視の反省から、企業には社会的な課題解決が一段と強く求められるようになりました。ESG（環境、社会、ガバナンス）投資やSDGs（持続可能な開発目標）への関心の高まりからも、その傾向は明らかです。また、従来の経営理念に加えて新たに「パーパス」（存在意義）を掲げる企業も数多く出てきました。一方で、政府による働き方改革の推進、雇用慣行の変化、特に最近は新型コロナ感染症拡大をきっかけとしたリモートワーク導入促進の流れの中で、働く人々の価値観においても多様化が進み、組織を統合するための経営理念の役割も見直されています。私どもPHP理念経営研究センターは、複雑化する環境においても企業や組織が活力を持って高品質な商品やサービスを創出し、持続的な発展を遂げてゆくために、新たな理念経営のあり方を追求することを年に設立いたしました。この使命はパナソニックグループ創業者で弊社PHP研究所創設者でもある松下幸之助の「思い」から発しています。松下は、昭和7（1932）年5月5日、「人々の日常生活の必需品を充実豊富にして、その生こんしん活内容を改善拡充する。松下電器製作所はこの使命の達成を究極の目的とし、今後一層渾身の力を振るまいしんい、一路邁進せんことを期す」という趣旨の自社の「真使命」を宣言し、パナソニックグループを世界へと飛翔させました。また終戦後の世の乱れ、人心の荒廃を思い知らされたところから、「繁栄を通じて、平和と幸福を実現する」（PeaceandHappinessthroughProsperity）との思いに立ち、昭和21（1946）年11月3日にPHP研究所を設立いたしました。「初めに思いありき」の言葉通り、松下のいずれの事業活動もすべて「思い」を原点とした理念経営にほかなりません。こうした考えに立ち、PHP理念経営研究センターの情報発信の場として『［実践］理念経営Labo』をこのたび刊行いたします。誌名に「Labo」（ラボ）とつけたのは、本誌を生きた「理念経営の研究室」とし、より先端的な課題への取り組みに挑みたいとの思いがあってのことです。理念経営に挑戦している経営の現場を現代的見地にもとづいて取材し、理念実践の新たな指針を創出することを目指して誌面づくりに尽力していきたいと考えています。読者の皆様には、ぜひとも「Labo」の共同研究者として情報、ご感想を賜り、明日の「理念経営」のあり方に一石を投じるべくご支援、ご指導をお願いいたしたく存じます。2022年4月PHP理念経営研究センター代表渡邊祐介

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Contents──2023AUTUMN10-12（Vol.7）特集松下幸之助がリーダーに求めたこと【Interview】「真剣」に志を立て今日一日、命をかける絶望状態にあった私が経営者として目覚めた至言【SpecialReview】自主責任経営のカギは創造的な企業家精神にあり「改革疲れ」に陥らないマインドセット【SpecialReview】物をつくる前に人をつくる「人間大事」実践の要諦それぞれの天分を生かした“成功”を求めて【Interview】「運、愛嬌がないとあかん」衆知を生かせる指導者にそばで仕えた28年間に受けた薫陶から松下幸之助経営塾【志の実践】圧倒的なチーム力で業界“日本一”に挑む若手が活躍し成長する青果卸売会社【塾生通信】日に新たSeries【「社会の公器」として輝く良い会社】面白そうなら、やってみる！独自システムで能動人材になぜ孫請けの鉄工所が優良メーカーになれたのか【アントレプレナーの最前線―時代をつくる旗手たち】八百屋を“日本一かっこよく”商売の面白さで人を活かす松下幸之助の教えをもとに起業に挑み、成長を実現【プロ・ファシリテーターが斬る!!組織づくり・人づくりのヒント】企業の変革を阻むもの【特別動画案内】MOVIEGALLERYサイボウズ代表取締役社長青野慶久6ＰＨＰ理念経営研究センター代表渡邊祐介10ＰＨＰ理念経営研究センター首席研究員川上恒雄14ＰＨＰ研究所客員岩井虔18熊本大同青果代表取締役社長月田潔孝2226HILLTOP相談役山本昌作28八百鮮代表取締役社長市原敬久32PHP研究所人材開発普及部長・人材開発企画部長的場正晃3638誌面内容がよりよくわかる特別動画を右のQRコードからご視聴いただけます。動画は随時追加予定。メルマガにてご案内します。（メルマガ登録はP39下をご参照ください）

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［特集］松下幸之助が1964（昭和39）年7月に開催された「熱海会談」（全国販売会社代理店社長懇談会）で、松下幸之助はみずから危機対応の指揮をとり、各組織のリーダーたちにも「共存共栄」の精神で臨むことを訴えた

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リーダーに求めたこと「結局一つの団体、組織の運営がうまくいくかいかないかは、ある意味ではその指導者一人にかかっているともいえましょう。その責任はすべて指導者一人にあるといってもいいと思うのです」パナソニックグループ創業者の松下幸之助は、著書『指導者の条件』において、リーダーはみずからの責任の重大さを正しく認識しなければならないと訴えた。それは現代において、具体的にどのような心構えで組織運営を行ない、人づくりや自己研鑽に取り組むことが求められるのだろうか。本特集は、松下幸之助がリーダーに求めた実践を解き明かし、現代のマネジメントに生かすための知見を高める。

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Interview「真剣」に志を立て今日一日、命をかける絶望状態にあった私が経営者として目覚めた至言サイボウズ株式会社代表取締役社長青野慶久あおの・よしひさ＊1971年愛媛県今治市生まれ。’94年大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工に入社。’97年サイボウズを設立し、2005年代表取締役社長に就任。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を10分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。’11年から事業のクラウド化を進め、’20年にクラウド事業の売上が全体の75％を超えるまで成長。政府の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーを歴任。サイボウズ株式会社本社：東京都中央区／創業：1997年／事業内容：グループウェアの開発、販売、運用およびチームワーク強化メソッドの開発、販売、提供「チームワークあふれる社会を創る」という理念のもとグループウェアを開発・提供し、飛躍的な成長を遂げているサイボウズ。今でこそ、社員一人ひとりが自分に合った働き方を追求する先進的な優良企業として知られているが、かつては経営不振に悩み、離職率が28%にも及んだ時期もあった。重責に苦しみ絶望状態にあった中で、青野慶久社長は松下幸之助の言葉から気づきを得て、経営者として覚醒したという。はたしてどんな自己変革があったのか――。構成：平林謙治写真提供：サイボウズ絶望状態の私の心に突きつけられた“真剣”今でもよく覚えています。そのとき、通勤途中にある大きな交差点の歩道で信号待ちをしていた私は、目の前を行き交う車の流れを見つめながら、こう考えていました。「こっちへ1台でも向かって来てくれないかな。消えてなくなってしまえるのに……」がくぜんそして次の瞬間、愕然として我に返ったのです。自分は今、死を願っていた、そこまで追い込まれていたのかと――。当時の私は経営者として挫折し、いわば暗黒期の真っただ中にありました。当社サイボウズは、グループウェアと呼ばれる情報共有ソフトを開発販売するために、私と大学時代の先輩、前に勤めていた松下電工のとき人で、1997年に立ち上げた会社です。インターネットの爆6［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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特集松下幸之助がリーダーに求めたこと発的普及の波に乗って成長し、創業4年目で東証マザーズに上場。ベンチャーにつきもののスタートアップの苦労はほとんど記憶にありません。ところが、そこから数年で先述の暗黒期へ。2006年には3カ月おき度も業績の下方修正を余儀なくされるほど、利益が激減していったのです。原因は他でもない、2005年から代目社長に就任した私自身の判断ミスにありました。伸び悩んでいたグループウェア事業を補おうと、1年半で9社もM&Aを仕掛けるなど無謀な拡大路線に走ったあげく、買収した会社が大赤字を出して、経営を大きく傾かせてしまったのです。社内の雰囲気も悪くならないはずがありません。毎週誰かしらの送別会が行なわれ、次は誰が辞めるのかと不信感でいっぱいに。一番ひどい%にも達しました。会社に取り返しのつかない損害を与え、市場からも激しい批判を浴びながら、それでも私は社長の座をみずから降りることを許されませんでした。「立て直す自信もないから、責任を取って辞めさせてほしい」と役員たちに頼んでも、「ここで逃げるのか」と。今思えば、私の成長に期待するがゆえの厳しさだったのかもしれませんが、当時の私にはとてもそこまでしんしゃく斟酌できなかった。自信を失い、逃げ道まで失って、通勤途中の交差点で立ち尽くすほど絶望していたのですから。しかし、私には運があったのでしょう。立ち寄ったコンビニで、1冊の本が目に留まりました。松下幸しんげん之助さんの箴言集『日々のことば』（PHP研究所）です。すがる思いで手に取り、冒頭の項に次の教えを見つけたとき、幸之助さんからまさに言葉の“真剣”を、心の奥深くに突きつけられたような衝撃を受けました。たった一つの命を何にならかけられるか「本気になって真剣に志を立てよう。強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい」この一文を目にして、なるほど、これだったのかと思い知らされたのです。自分には、「真剣な志」というものが決定的に欠けていたのだと。「真剣」、すなわち本物の刀剣と向き合うには、命がけでなければなりません。たった一つの自分の命をかけても惜しくない。そこまで強く、厳しく思いが定まれば、事は半分成就したも同然であると、幸之助さんの言葉を私はそう受けとめました。もちろん私も、会社のために良かれと思って拡大戦略を採ったのですが、当時のM&Aブームに流されて、「買収さえすればうまくいくだろう」と安易に考えていたことは否めません。実際、まわりを見ると、たとえば楽天の三木谷（浩史）さんたちが次々とM&Aを成功させ、経営の拡大を図っていました。彼らとの違いは何なのか、なぜ自分はうまくいかないのか、ずっとわからなかった。それが幸之助さんの言葉に触れて、私も努力はしたけれど、命をかけるほど真剣ではなかったのだと気づいたのです。命をかけていれば、絶対に失敗で『［新装版］松下幸之助日々のことば』PHP研究所、定価：1,320円（10％税込）きない。もっと厳しく買収先を精査し、買収後もより緻密にマネジメントしようとしたでしょう。その真剣さが三木谷さんにはあり、私にはなかったのだと思います。では、自分は何になら命をかけられるのか。難しい問いですが、「真剣な志」を立てるうえで、避けて通ることはできません。私もなかなか答えは見つかりませんでした。会社を大きくすること？利益率を上げること？大事だけど、命まではかけられない。そんな自問自答を繰り返す私にヒントをくれたのいそは、グループウェア事業にともに勤しんでいたメンバーたちでした。ある開発担当者に「青野さん、次に出すグループウェアを見ておいてください。今まで1000人ぐらいまでしか入れなかったのが、1万人でもサクサク動くようになって、みんなびっくりしますよ」と言われたとき、私は思い出したのです。そうだ、自分がこの会社を興したのは、みんなが驚くようなすごいグループウェアをつくりたかったからだと。別の販売担当者が、「グループウェアを売るのは本当に楽しい。導入した会社の風通しが良くなり、みんながイキイキと働けるようになるのを見るのが好きなんです」と語っ［実践］理念経営Labo2023AUTUMN7

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てくれたことも忘れられません。二人の言葉への共感から、暗闇の先に新たな目標が見えてきました。売上でも、利益でもない。自分が本当に命をかけられるのは、すごいグループウェアをつくって、世界で一番使われるグループウェアのメーカーになることだと。これなら本気になれる、真剣になれると確信したのです。理念を心に“釘打ち”して「頑固で謙虚」を実践命をかけるのですから、一点集会議の際は、「真剣」の書をホワイトボードに“釘打ち”した中、他にあれこれ手を出してはいられません。とにかく利用者数にこだわって、すごいグループウェアを世界へ広げる。そこに絞り込むために、「チームあるところサイボウズあり」という全社スローガンもつくりました。スローガンを掲げることで経営者としての覚悟を固め、自分自身の生き方も変えようと考えたのです。もちろん、人間そんなに簡単には変われません。これなら命をかけられると思っても、1週間もするとその情熱の半分は薄れてしまう。覚悟の度合いが落ちてくるわけですね。それを引き上げるためには、トレーニングが必要だと気づきました。イメージとしては、掲げた理念が落ちてこないように自分の心に何くぎ度も繰り返し釘で打ちつけ、覚悟を強く固めるような感じです。たとえば、何十年ぶりに半紙を用意して習字をしました。墨で「真剣」と書き、一番うまく書けたものを目につくところに掲げて、毎日祈るのです。「神様、僕は今日もすごいグループウェアをつくって世界中に広げるために命をかけます。導いてください」と。そんなトレーニングを続けて、3年ぐらい経った頃でしょうか。ふっと自分の中で定着してきた感じがありました。会議に出ていても、もう姿勢から違うのです。命がかかっていますから。みんなの話を一言一句聞き漏らすまいと全神経を集中させるので、1時間も会議が続くと、もうヘトヘト。企画一つとってもとことんこだわり、練り直しも1度や2度ではありません。とてつもなく頑固でしつこい人になりましたね（笑）。自分で実感する変化として、もう一つ。少しでもわからないことがあったら、平気で人に頭を下げて、尋ねられるようになりました。これも命がかかっているからこそでしょう。相手が新人だろうが誰だろうが、「すいません、教えてください」と。体裁など気にしていられません。命をかけようと覚悟が決まると、その目標以外のことは諦められるようになるんですね。偉く見せたいとか、嫌われたくないとか、そういうことをすべて手放せるから、謙虚になれる。『ビジョナリー・カンパニー2』（ジム・コリンズ著、日経BP）という名著にも、すごい経営者の共通点は「頑固で謙虚」と記されています。一見矛盾するので、最初読んだときはピンとこなかったのですが、幸之助さんの「真剣」に触れて実践していくうちに、そういうことかとふ腑に落ちるようになりました。これも大きな気づきですね。理念への共感が組織を強くする面白いもので、そうして真剣が身についてくると周囲にも伝わり、私の語る理念に共感してくれるメンバーが増えていきました。「青野さんは口だけじゃない、本気だ」と。8［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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特集松下幸之助がリーダーに求めたこと共通の理想へある社員は、私が社内で「すごいグループウェアをつくって世界中に広げたい」と発信したメッセージをプリントアウトして、デスクの上に貼っていました。「なぜ貼っているの？」と聞いて、「読むと元気が出るからです」と言われたときはすごく嬉しかったですね。リーダーがまず自分の真剣スイッチを入れないと、組織を変えることはできません。個人の理想もちろん会社ですから、いろいろな人がいて、それぞれに理想を持っています。人は、理想への想いが強いほど、それに向かって強く行動できるものですが、ただ、組織としては、個々の理想がバラバラのままだと力が分散してしまい、強い組織にはなれないでしょう。個人の理想そのため、共通の理想を見出し、その実現に向かって取り組む仲間を増やしていく。私は、そこが経営者の腕の見せ所だと思っています。だからといって、経営者自身が考えた理想をメンバーに押しつけていいというものではありません。大切なのは、個々の理想を持ち寄り、それを共感のもとに重ねていくこと。共通の理想個人の理想対話を通して「個人の理想」を重ね合わせ、「共通の理想」をつくる個人の理想個人の理想先述したように、私がグループウェアに命をかけようと思ったのも、自問自答してそれを見つけたわけではなく、メンバーと話す中で心揺さぶられる言葉をもらい、彼らの想いに共感したからでした。理想について対話を重ねることで共感が生まれ、理想そのものも、幅広く重なっていくのではないでしょうか。そして、それでも相いれない場合は、残念ながら、経営者の意思決定でいずれかを選ばなければいけません。当社もM&Aで傘下に収めた会社を売却し、グループウェア一本で行くと決めたとき、多くの人が離れていきましたが、その結果、私の「真剣」に共感する人しかいない組織になりました。以前より、一体感が高まったのは論をまちません。「今日も命をかけられるか？」自問して真剣を磨き続けるご存じの方もおられるかもしれませんが、あるとき幸之助さんは「なぜそれほど成功できたのか。一番の要因は何だったと思うか」と聞かれて、こう答えたそうです。「運やな」――。ひょうし質問者はさぞかし拍子抜けしたでしょう。あれだけの山坂を越えてきて、最後に出た言葉が「運」かと。でも、私はそこに共感を覚えるのです。若い頃に経営につまずいたのも運なら、立ち直ることができたのも運かもしれない。世の中はすべて運でできていると受けとめれば、今の自分があることあがたも“在り難い”と思えてなりません。間違っても自分の力でここまで来たうぬぼなどと自惚れてはいけないと、幸之助さんの教えを肝に銘じています。実際、自分が特別な人間じゃないことは自分でもよくわかっていますし、自分より頭のいい人や努力できる人もたくさん見てきました。でも、命をかけることは私にもできる。いえ、誰にでもできることだと思うのです。なぜなら、生かされているから。かけられる命を、人生を、誰もが等しく一つずつ与えられているから。そんな思いで、私は今も自問自答を続けています。「こんなダメな自分だけど、今日も『すごいグループウェアをつくって世界中に広げる』ことに命をかけられますか？」「はい、今日も命をかけてやっていきます」毎日、朝が来るたびにリセットしながら、ダメな自分に新しく問い直しているのです。いつかはみずからの問いに「イエス」と答えられない日が来るでしょう。そのときはもう自分から、潔く船を降りるしかありません。それまではひたすら問い続け、みずからの「真剣」を磨き続ける覚悟です。L［実践］理念経営Labo2023AUTUMN9

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SpecialReview自主責任経営のカギは創造的な企業家精神にあり「改革疲れ」に陥らないマインドセット経営の外部環境の変化はコロナ禍を経てさらに拍車がかかり、多くの企業において事業や組織の再構築が進められている。その成否を分ける最大の要因は、リーダーが組織をどのように導くことができるか、にある。衆知を集めて全員一丸の態勢をつくり、みずからの使命を果たす。その実践を期待して、松下幸之助がリーダーに求めたマインドとは。PHP理念経営研究センター代表渡邊祐介事業や組織の「かたち」と従業員の「気持ち」の刷新今日の経営を取り巻く外部環境は、新型コロナウイルスによるパンデミック（世界的大流行）の影響により製造業ではサプライチェーンの見直しも行なわれているものの、グローバルな競争の下にあることに変わりはありません。また、「DX（デジタルトランスフォーメーション）」として、ビジネス社会のあらゆる面でデジタル化が進められています。このような外部環境の変化に迅速に対応し、収益力を確保していくために、事業や組織のリストラクチャ10［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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特集松下幸之助がリーダーに求めたことリング（再構築）によって経営体質の強化を図る企業は少なくないでしょう。長らく低成長体質に陥り、競争力の低下にあえいできた多くの日本企業にとって、そうした経営判断は避けて通れないものであるといえます。しかしながら、単に事業や組織の「かたち」を変えればたちまちそれらがうまく機能し、業績がよくなるものでないことはいうまでもありません。ビジネスを進化させていくためには、事業や組織の「かたち」を変えるとともに、それに携わる人々の「気持ち」、すなわちマインドセットをいかに刷新するかが不可欠になります。ただし、そのマインドほど扱いにくいものはないのも現実です。ことに大企業のような組織では“改革とか革新は日常のこと”で、いわゆる「改革疲れ」を起こしたりすることもあります。そうなると、たとえ様々な制度が整ってもなお、マインドセットが定まらないことがあるのです。なぜ何も言ってこないのか――幸之助の怒りの理由松下電器産業（現パナソニック）を創業し、世界的企業に育て上げた松下幸之助も、幾度となくリストラクチャリングに取り組んできました。町工場から大企業へと組織の規模が大きくなるにつれて、組織体制の変更を何度も繰り返し、日本で他に先駆けて事業部制を導入したこともよく知られています。事業部制の狙いは、大きくみて二つありました。一つは分業制による競争力の強化、もう一つは責任の明確化とそれによる経営者の育成でしほりゅうた。幸之助自身が蒲柳の質で病床に伏せることもあったため、自分の「分身」となる人材を育成するべく、事業部リーダーに経営者マインドを持たせ、自主責任の精神にもとづいて経営にあたらせることを意図したのです。ただ、それは容易なことではなく、様々な苦労が伴ったことも事実です。1933（昭和8）年に初めて導（昭和10）年に分社制へと変更し、9つの事業子会社の社長をすべて幸之助自身が務めています。それぞれ専務クラスの人を事業経営の責任者に据えて「任せて任せず」の姿勢で指導にあたり、自主責任経営が行なわれるように取り組み続けました。戦時下と敗戦直後の混乱期を経て経営に復帰した幸之助は、家電ブームを背景として事業部が急速に拡大したことに対応して、その上に事業（昭和29）年より採用しました。この度の再編を繰り返しつつ、1972（昭和47）年まで続けられましたが、幸之助としては自主責任経営を担う経営者の育成という面では、どこか不完全なものを感じていたようです。それは、組織の巨大化が階層を増やし、そのことで成長マインドが卑小になってしまうという現象です。まいしん松下電器が5カ年計画に邁進し、目覚ましい成長を遂げていた最中ですら、幸之助は以下のように、自主責任経営が実践されていないことに強く不満を述べています。1958（昭和33）年に行なわれたある営業所長会議での発言です。独立採算制で、そしてその部門部門の経営というものが、その担当経営者によって支配され、どこよりもびんしょう敏捷に、また経済的に運行できるというような状態になっているにもかかわらず、現実はやはり松下電器という総合的な力に依存して、そして仕事をしていくというような傾向がある。最近は、どうも松下電器はお役所意識になってきたというようなことが私の耳にまでポツポツ入る。（中略）意識的にはそういう仕事をしているわけではないが、考えが知らず識らずそういうようになってしまった。（中略）本社の指令が必ずしも最善とは思わない。それは神さんでない以上はそんなことはあり得ない。3遍の指遍は、その地域地域で、その場所場所では適切でないということが必ずあるに違いない。ところが、「他の地域はそうかもしれないが、私の地域では今これをやったらいけない」ということを、これまで誰も私に対して訴えてきたことがない。これも私はおかしいと思うんです。（中略）本社のこういう意見で、この線でやりますと言うたら、もうそれでそうしようとやっている。そういうところに、松下電器が独立自主の経営をやろうというような趣旨が生きておらない。今までの松下電器の独立自主の経営は、一面にその首脳者の人たち、経営担当の人たちがみずからいろんな施策ができて、そして体験もいろんな面から積むことができる、それによって経営者としての才能が伸びるというようなよさが十分にある。し［実践］理念経営Labo2023AUTUMN11

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そういうところに松下電器の一つの特色があり、また力の培養もあるだろうということが、私どもの一つのねらいであった。怒りの感情がよくうかがえる語り口ですが、何に対する怒りかというと、幸之助は本社からの指示に対して経営者たるべき事業部長が誰も文句を言ってこないことに烈火のごとく怒っているのです。事業部長がただの管理者になってしまい、自主責任経営が生きていない、と。突然の危機に生まれた経営者としての目覚めこのような幸之助の自主責任経営の実践に対するこだわりの強さを身をもって経験した経営者の一人に、松下住設機器の4代目社長を務めた小川守正さんがいます。小川さんが専務だった頃、同社は年間90億円の赤字を出し、本社から200億円もの借り入れをしていました。あるとき、幸之助が近くに用事があったついでに同社に立ち寄ったことがありました。社内の様子を見た後、幸之助は経営状況を経営トップに尋ねますが、経営トップは返答に窮します。そこで幸之助は、ナンただバー2の小川さんを質して、年間90億円の赤字であることを白状させました。すると、それまで上機嫌だった幸之助の顔色は一変しました。そして、幸之助は本社に電話をかけ、経理部長に資金を出し続けていることを叱責しただけではなく、ただちに資金を引き上げよと指示したのです。1933（昭和8）年に導入した事業部制について説明する松下幸之助そんなことをされたら社員の給与すら払えません。あまりの衝撃に経営トップは卒倒。そこで幸之助は「君、社長をやりなさい」と、小川かじさんに経営の舵取りをするように命じました。急遽大任を担うことになった小川さんは、翌日、進退をかける覚悟で幸之助に資金引き上げの中止を相談に行きますが、むしろ逆に叱責される結果に。ただ、情けで外部の銀行から資金を借り入れる手助けだけはしてもらえました。なんとか資金調達はできたものの、同社にはもう後がありません。小川さんは部課長200名を集めて借金を返済できなければ会社が潰れることを説明し、4000名の社員にもそれぞれが赤字をなくす努力をしてほしいと、切実に訴えかけました。経営トップを担った小川さんの切迫した本気の思いが伝わったのでしょう。危機感が全社員に共有されたことで、現場からは思いつく限りの改善案がいくつも寄せられました。それに対して小川さんは、思い切って部下に権限を与えて任せたため、コスト削減や販売現場の改革が進み始めました。まさにそれこそが「衆知を集める経営」だと実感したそうです。突然降りかかった危機の中で、小川さんが経営者として目覚めた瞬間だったといえます。この結果、同社の業績は、その年は赤字だったものの、1～2年で黒字に転じたといいます。幸之助が求めた自主責任経営の実践を全社員一丸となってやり抜いた好例といえるでしょう。「この会社、潰してもかまへんで」小川さんの逸話は、常日頃から「赤字は罪悪や」と言っていた幸之助ならではのものですが、一方で全く逆の話も伝わっています。それは、のちに松下電工の副社長を務めかなやみつぐられた金谷貢さんがまだ駆け出しだった頃の逸話です。戦前の1934（昭和9）年に松下電器製作所に入社した金谷さんは、翌年9つの会社に分社化されるにあ12［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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特集松下幸之助がリーダーに求めたことたって、幸之助から思いもよらない言葉を耳にしたそうです。しっかり頑張ろうという話の最後に幸之助が口にしたのはなんと、「そやけどなあ、この会社、潰してもかまへんで」でした。その言葉は、まだ若手社員だった金谷さんの脳裏にいつまでも残り続けたそうです。「1つぐらい潰れたほうが刺激になっていい」というほどの意味だったそうですが、そう言われると不思議なもので、逆に迷いや甘えが吹き飛んで「潰してなるものか」と発奮するようになったと、金谷さんは振り返っておられました。後年、経営者の立場になった金谷さんは、部下の工場長や営業所長が助けを求めてきたときに、幸之助が言ったのと同じように「潰してかまへんで」と伝えていたとのこと。すると、彼らの甘えの気持ちが霧消して、自主責任経営をやり抜く覚悟が生まれたと語っています。経営は生きた総合芸術さて、これまで自主責任経営の実践については、リーダーがその覚悟を持つことが重要だと述べてきましたが、それにあたってどのような取り組みを行なうべきか、最後に私見を述べたいと思います。まず、先に挙げた小川守正さんの例からいえるのは、経営者自身が修羅場だと覚悟し、マインドセットをすることが重要だということです。それなくして、部下の心を動かし、その行動を変えることなどできません。そして、次に挙げた金谷貢さんの例からは、事業を担うリーダーとして責任感をしっかりと持つことが大切だといえます。もし中間管理職のような立場にあれば、上から言われたことを下に命じ、その実行の精度を上げることだけで済むかもしれません。しかし、経営者の立場にあれば、それで済むはずはないのです。事業を「潰してかまわない」と言われたからこそ、その事業を任された責任感がつのり、なんとしてでもやり遂げようとします。共通していえるのは、自分が組織のリーダーの立場になったときに、それまでの与えられた役割のマネジャーの域から「真の経営者」として覚醒できるかどうか、そこにかかっているということ。その事業の存在意義を確信し、社会に対してどのように使命を果たしていくのかを想像し、将来のビジョンをみずから描かないといけないのです。つまりは、「マネジメントの父」と称されるピーター・ドラッカーが言うように、「自分は何によって憶えられたいのか」を突きつめ、真のアントレプレナーシップ（企業家精神）に邁進することです。事業をみずから行なう覚悟があれば、それらは必然のことなのですから。それを幸之助の言葉でいえば、「経営は生きた総合芸術」、すなわち、創造的行為に等しいというわけです。幸之助は著書『実践経営哲学』（PHP研究所）の中で、次のように述べています。一つの事業の構想を考え、計画を立てる。それにもとづいて、資金を集め、工場その他の施設をつくり、人を得、製品を開発し、それを生産し、人々の用に立てる。その過程というものは、画家が絵を描くごとく、これすべて創造の連続だといえよう。（中略）工場の施設なり、できあがってくる製品、その販売の仕方、さらには人の育て方、生かし方、財務内容など一つひとつがきわめて立派であり、それらを総合した経営自体に、その企業の精神というか経営理念がいきいきと躍動している、そのような経営であってはじめて芸術といえるのである。（中略）芸術家が一人前になるための修業というものはきわめて厳しいようであり、また一つの作品の制作に取り組むときは、文字どおり骨身をけずる思いで全身全霊を打ちこむということである。そのようにしてはじめて人々を感動させ、後世に残る芸術作品が生まれるわけである。そういうことを考えると、生きた総合芸術である経営の名作をつくるためには、それに劣らぬ、あるいはそれ以上の厳しい精進、努力が求められてくると考えなくてはならない。幸之助が経営を担うリーダーに求めたのは、こうした創造的な企業家精神です。上から「任せて任せず」と言われる以前に、リーダー自身がみずからのビジョンにもとづいて自発的な意思決定や行動を起こし、使命を果たしたいと強く願っている。そんな姿勢を求めたのです。「自主責任経営」の実践にあたるリーダーに、創造的な企業家精神が躍動しているかどうか。経営改革を成功に導くカギはそこにあるといえるでしょう。L［実践］理念経営Labo2023AUTUMN13

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SpecialReview物をつくる前に人をつくる「人間大事」実践の要諦それぞれの天分を生かした“成功”を求めて1968（昭和43）年、栃木県の松下電器宇都宮工場にて「松下電器は物をつくる前に人をつくる」――人間大事の経営に徹した松下幸之助は、日頃から社員に対して人づくりの大切さを説き、特にリーダーにはその実践を強く求めた。なぜ企業において人が重要なのか、どうしたら社員は生きがいをもって働くことができるのか、人材育成とはそもそも何をすることなのか。幸之助が考え、実践したことの魅力を紹介する。PHP理念経営研究センター首席研究員川上恒雄百花繚乱を理想とし「人質管理」を重視松下電器の谷井昭雄元社長は、松下幸之助から初めて声をかけられたときのことが忘れられないという。1956（昭和31）年に中途入社して年ほどたった頃、当時エンジニアの谷井元社長は事業報告のため幸之助に面会すると、「君な、品質じんしつ管理は大事やけど、人質管理はもっと大事やで」と言われ、強烈な印象を受けた。そして、「松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです」という幸之助の言葉に触れ、「人質管理という言葉を使われたのも同じ気持ちからだと思う」と述べている（『産経新聞』2009〈平成21〉年4月21日付14［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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特集松下幸之助がリーダーに求めたこと朝刊）。若い読者の中には、谷井元社長のこの思い出についてピンとこない向きもあるだろう。当時の高度経済成長の時代には、製造業における品質管理が飛躍的に向上した。つまり、いかに優れた品質管理を実現できるかが、メーカーにとっては至極当然の問題だったのである。そういう風潮の中、幸之助があえて「品質管理」ではなく「人質管理」を訴えたことは注目に値する。1961（昭和36）年に開かれた全国産業教育和歌山大会での講演によると、幸之助は「人質管理」という概念を他の人から聞いて興味を持ったのだという。品質管理の改善も、結局のところ人が行なうもの。だからこそ、人の質の管理、つまり「人質管理」を導入すべきであるという見方に大いに納得した。そこで、ともすれば「品質」のことばかり考えがちなエンジニアの谷井元社長にも、「人質」の重要性を説いたのだと思われる。「人質管理」という表現の語感から、社員の個性を滅して画一化するといった印象を受けるが、幸之助の真意は逆だった。「管理」というよりもむしろ、各人それぞれの個性を引き出すような育成に力を入れたのである。幸之助の理想は、同じ組織や集団の中でも人材の多様性が生まれ、それゆえに全体として大きな力が生まれることだった。この点について、幸之助は以下のような説明をしている。花を見ても、花は一色だけではあひゃっかりょうらんりません、百花繚乱といいますか、いろいろの花が咲きます。これが自然の姿です。そしてみなそれぞれに、桜の花や梅の花をめでたり、桃の花は結構である、藤もまた結構であるというように、いろいろの花があって、そして人間がそれを見て楽しむことができます。（中略）やはりいろんな花があって、その花の咲き方も、人間の心によって感じ方が異なったり、また同じ花であっても、栽培の仕方によっては、大きくもなり小さくもなるというふうにして、同じ一つの花であっても、それをいくつにも咲かせてみせる。そして百花繚乱の上にさらに百花繚乱のような姿が出てくるのであって、ここに私は人間としてのいろいろな喜びといい、楽しみができてくると思うのです。人間の心またしかりです。みんな違うのです。ある人は桜の花の心である。それを、桜の花はいかんから、藤の心に変えろということは無理です。そういうようにみんなが個性をもち、それぞれの好むところに従って生活をしていく。しかし、そういうような百花繚乱のようなお互いの生活が、大きく言って、一丸となり調和を保って社会を形成し、維持していくというところに、私は今日の人間観といい、社会観というものがあると思う。（『繁栄のための考え方――私の経営観・人生観』PHP研究所）幸之助はこのように、人間の個性が各人各様に開花し、全体として百花繚乱のようになることが、人間社会の本来あるべき姿と見ていた。だからこそ、みずから率いる松下電器においては「人質管理」を重視し、社員一人ひとりの個性が思う存分発揮されるような活力ある会社づくりに努めたのは、当然のことだったのである。成功の姿は人それぞれ天分を生かす環境づくり幸之助の経営が「人間大事」といわれるのは、人を大切にするということにとどまらず、深い人間洞察をふまえて経営にあたっていたからだ。経営といい、商売といっても、これは結局、人間が行なうものである。人間が行なうものであるからには、経営や商売は人間をぬきにしては考えられない。というよりもむしろ、人間を中心において考える、人間を主体に考える、ということが非常に大切ではないかと思う。人間あっての経営である。だからまず、人間というもののあり方を考えなければならない。よき経営を実現しようと思えば、まず人間のよきあり方について検討しなければならない。（『人を活かす経営』PHP研究所）幸之助は、自身の人間探究において、人間にはそれぞれ異なる天分が与えられていると考えた。社員それぞれの個性の発揮が望ましいとしていたのも、そのためである。そして、人おのおのがその天分を生かしきることに、人間としての成功を見ていた。昔から十人十色といわれるように、人はそれぞれ、みな違った持ち味、特質をもって生まれついています。性格にしても、素質や才能にしても、自分と同じという人は地球上に一人もいないのです。そしてそのように、異なった持ち味、特質が与［実践］理念経営Labo2023AUTUMN15

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えられているということは、いいかえれば、人はみな異なった仕事をし、異なった生き方をするように運命づけられているのだとも考えられます。（中略）さまざまな仕事をしていくにふさわしい天分、使命が、それぞれの人に与えられている、ということだと思うのです。私は、成功というもののもう一つの姿とは、みずからに与えられたこうした天分を完全に生かしきり、使命を遂行することだと考えるのです。それが人間としての正しい生き方であり、これこそが、人間としての成功と呼べるものではないでしょうか。したがってその成功の姿は、人によってみな異なるものになってきます。（中略）それぞれの天分に生きるということは、考え方によっては全員が可能だと思います。しかも、そのようにみずからの天分に生きている人は、たとえ社会的な地位や財産があろうとなかろうと、いつもいきいきと、自分の喜びはここにあるのだという自信と誇りをもって、充実した人生を送ることができると思います。（『人生心得帖』PHP研究所）幼い頃から実社会での経験を積んできた幸之助は、様々な人たちの人生模様を、最初は地位や財産に恵まれなかった自身の半生も含めて、見てきたのだろう。そういう経験をふまえて考え抜いた結果、天分に沿った生き方をしているかどうかが人間にとってきわめて大切なことだという見方にたどり着いたのだと思われる。ただ、天分を見つければよいといわれても、それを見いだすことは容易でない。天分を見いだそうという意識はあっても、なかなか見つけることのできない人はいるものだ。そこで幸之助は、見つけやすい環境づくりが必要だと考え、特に企業経営者は、適材適所の人の配置に努めることが重要だという。おのおのの個性を無視してある一定の型に押し込めようとすれば、社員が天分を見いだすことはむずかしくなるだろう。ひとはそれぞれ、天から与えられた個性をもっています。あなたにふよは、厳として賦与されたあなたの個性がある。これは、わたしたちの力では変更することができないと、わたしには思われます。変更することはできない。しかし、この個性を導き伸ばして倍増させることはできるのです。ですからそこに、あなたもわたしもみんなそれぞれに、そのところをえる、えなければならない、えさせなければならないという問題があるのです。お互いが個性を生かす――つまり適材適所の問題です。（中略）企業の経営者は社員を適所に生かす。社員は自分の適性をつかみ、その適性を生かすように、認めてもらうように努力する。認めてもらって、そこに生きれば、いのちをかけて働く喜びが生まれ、その個人は伸びていくのです。（『若さに贈る』PHP研究所）適材適所の配置をすることで、社員おのおのの天分が生かされるのみならず、組織にも百花繚乱のような姿が現れ、活性化する。経営者にとっても社員にとっても、得られるものが大きいということだ。企業人はよき社会人であれ人間教育の仕上げを担う様々な個性を持った人たちが集まると、百花繚乱のような姿が現れると述べた。ここで気をつけたいのは、「百花」を構成する1本1本の花もまた、きれいだということ。枯れかけた花をいくら集めても、百花繚乱とはならない。人の個性は何でもいいわけではないということだ。幸之助は、企業は社会の公器であると説いた。したがって、その社員も、会社ひいては社会の繁栄に資する人材であらねばならない。それに加え、態度や人柄も立派であるべきだとした。ここに教育上の問題が浮上する。企業内教育では一般に、業務上の効率や生産性などを高めるためのプログラムが組まれる。むろんそれも重要なことだが、幸之助はそれ以上に、社会人としての人間教育が大切だと考えていた。人を育てるとか人材育成ということの大切さは、こと新しくいうまでもなく、誰でも知っていることであろう。人を育てることなくして企業の発展はあり得ない。ただ人を育てるという場合に、お互いにそのことの意味をどのように解釈しているだろうか。それをきわめて狭い範囲で考えてはいないだろうか。つまり、この会社のために役に立つ人、仕事のできる人、そういうような人を育てるということだけを考えていはしないかということである。といっても、もちろんそういうことを考えてはいけないというわけで16［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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特集松下幸之助がリーダーに求めたことはない。というより、そのことは当然必要である。（中略）企業は社会の公器であり、その事業を通じて社会に貢献しているわけである。だから会社の役に立つ人、仕事のできる人を育てるということは、とりも直さず、そのことによって社会の公器としてのみずからの使命をよりよく果たせることにもなってくる。だから、そういう観点から人を育てることはもちろん大事である。けれども、それだけでいいかというと、そうではないと思う。というのは、お互い企業に働く人間は、一面それぞれの企業の人であるけれども、この社会で共同生活を営んでいる一個の社会人でもあるわけである。だから、よき企業人であると同時に、よき社会人であることが要求されていることになる。（中略）企業だけの立場で考えれば、ともかくも仕事が上手ならばいい、腕さえよければ人柄のほうは二の次だといったことも考えられなくはない。しかし社会人ということからすれば、それだけではいけないのであって、やはり態度、人柄ともに好ましい人を育てることが大切である。（『事業は人なり――私の人の見方・育て方』PHP研究所）に仕上げとして社会人教育があると位置づけ、必ずしも業績向上に直結するとは限らない人間教育をしっかりやることが企業の責任であるとしたのである。幸之助は実際、よき社会人の育成が企業の社会的責任であるとはっきり述べている。社会的責任を果たしていく上で、どうしても欠かすことのできない大切なものがあります。それは、人材の育成ということです。よく“事業は人なり”ということをいわれますが、これはまことに当を得た言葉で、よき人材の育成なしには、企業はみずからの社会的責任を全うしていくことはできないでしょう。そういう意味において、人を育てるということもまた、企業の社会的責任の一つにあげられると思います。つまり、企業は単に物をつくるだけでなく、あわせてよき社会人をつくらなくてはならない、それが企業の社会的責任であり、また現に多くの企業が行なっているところでもあるわけです。（中略）今日の企業は、学校教育の基礎の上にみがきをかける人間教育、国民教育、いいかえれば社会人教育の道場として、非常に大きな役割を持っているといえます。企業にとって、その第一の社会的責任が本業にあるとすれば、それにつぐ第二の社会的責任は、人を育てることだといってもいいと思うのです。（『企業の社会的責任とは何か？』PHP研究所）企業の社会的責任は今日、「CSR」と呼ばれ、「コンプライアンス」とか、あるいは本業と関係の薄そうな「フィランソロピー」「メセナ」などの活動を指すことが多いようだ。しかし幸之助にしてみれば、本業を通して世の中に貢献することが社会的責任であり（人々に良質で適正価格の製品を供給する、収益をあげて税を納めることで社会に還元するなど）、その本業を担っているのが人に他ならない。そういう意味で、社員をよき社会人に育てるというのも企業の社会的責任である。幸之助の人間大事の経営の背景には、こうした大きな使命感がある。L社会のことをよく知らない新入社員の教育ならともかく、こうした人間教育をいちいち企業がすべきものなのか、疑問に思う人もいるだろう。企業の内部ではたしかに教育が行なわれているものの、それは主に、自社のパフォーマンスを上げるための実務教育だ。しかし幸之助の場合、家庭教育や学校教育の基礎の上1971（昭和46）年、松下電器商学院（現・松下幸之助商学院）での講話の様子［実践］理念経営Labo2023AUTUMN17

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Interview「運、愛嬌がないとあかん」衆知を生かせる指導者にそばで仕えた28年間に受けた薫陶からPHP研究所客員岩井虔いわい・けん＊1936年徳島県出身。京都大学教育学部を卒業後、’59年に松下電器産業に入社。’61年からPHP研究所に出向し、編集や研究、研修部門などを担当。PHP研究所所長の松下幸之助のもとで28年間、直接薫陶を受けた。同社専務取締役、研修局長などを経て、現在は同社客員。講演活動を行なっている。松下幸之助は、リーダーとなる人にどんな資質が必要だと考えていたか。PHP研究所の研究員として幸之助のそばで仕え、リーダーの心得を説いた著書『指導者の条件』の刊行にも携わった岩井氏が、直接受けくんとうた薫陶を思い出とともに振り返る。松下資料館にて（写真撮影：長谷川博一）構成：本誌編集部「君、どない思う？」幸之助さんに28年間お仕えした中で、どんな言葉をかけられることが多かったかというと、「君、どない思う？」でした。関西弁で「君は、どう思うか」と問う言葉ですが、これが圧倒的に多かったと思います。私だけでなく、まかな全員に対してです。賄い担当の女性に対しても、庭で掃除をしている作業員に対しても、幸之助さんが近くに寄れば、必ずこの質問が飛んでくるわけです。「まるで質問人間やなあ」と思いました（笑）。これは、聞かれたほうも質問に対して真面目に応答するわけですから訓練になりますし、またわからないことがあったら調べて勉強しますので、人を成長させるのにも役立っていたわけです。もちろん、幸之助さんはこのようなかたちで人から本音や知恵を引き出されていたわけで、本当に聞き上手でした。まさに「衆知を集める」ことを実践されていたのです。やはり経営者が上からの意識で接して質問をしても、相手はなかなか本音を言いません。ところが、「君、18［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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特集松下幸之助がリーダーに求めたことどない思う？」と同じ目線で聞かれれば、自然にその人の本音や知恵が引き出されていきます。ですから、この質問を数多くの人にぶつければ、衆知が集まって自分のものとなるわけです。幸之助さんは、「わしは小学校も満足に出ていない」とよくおっしゃっていましたが、それだけにいろいろな人から教えを乞うように努めておられたのだと思うのです。指導者の器その反面、幸之助さんは、「これはいかん」と思ったら、表情が一変して烈火のごとく怒りを表されました。激怒すると、顔面蒼白で目が三角になる。その場の雰囲気もビリビリッとなる。それはそれは、怖かったですよ。ご著書の『指導者の条件』（PHP研究所）という本をまとめていたときのことです。当時私は研究部長で、研究員の中では上座に座っておりました。原稿を何度も何度もはじめから終わりまで読み通して、修正も何度も繰り返して、もう仕上がったと思いましたので、「所長、十分練れましたので、この原稿を印刷工程に進めてよろしいですか」とうかがいました。そこで返ってきたのが、例の「君、どない思う？」でした。私は原稿の完成度には問題ないものの、それとは別に感じていた本音を申し上げました。「はい、この指導者に求められる条件102カ条を一つひとつ読んでいくと、『ああ、自分は指導者の器ではないな』と思わされることがいろいろあります」と。それを聞いた途端に、幸之助さんの目の色がサッと変わりました。そして正座をして居住まいを正し、私に問い直されたのです。「君、今、何言うた？もう1ぺん、言え」「はい。この『指導者の条件』の1ページ、1ページを何回も読ませていただきましたが、やはりなかには、『私はとうてい指導者の器ではないな』と思わされる部分がいくつもあるように感じられるのです」そう素直に申し上げたところ、こういうお叱りの言葉が飛んできました。「君は今、責任者の座に座っとるやないか。責任者の座に座っている者が、なんという言い方をする！わしもな、君が全部のページで合格やとは思わん。しかし、今、責任者の座に座っている者が『自分はこのページは合格点ではない』と思うなら、『どうすれば合格できるのか。何をどう心がければいいのだろうか』と、そういう思いで読んでいく、これが責任者の姿勢と違うか？それやのに君は、『このページは失格、このページも失格』と、そんな気持ちで読むのか。もし本当に失格と思うのなら、今その責任者の座に座っていることはない。辞めたらいい。しかし、責任者の座に座るのであれば、そういう本の読み方をせなあかん」私は、「なるほど。責任者には、責任者としての本の読み方まであるのか。この方は否定的にではなく、そういうふうに肯定的に物事を考えたり読んだりして、行動したり人を励ましたりされるのだな」と、厳しく叱られて恐縮しながらも心に深く感じたことを懐かしく思い出します。リーダーの条件幸之助さんを訪ねていろいろなお客様が来られましたが、ジャーナリストの田原総一朗さんが来られたときのことも、同室を許されましたのでよく覚えております。ちょうど幸之助さんが松下政経塾設立の構想を発表された直後でしたが、田原さんは、「松下さん、一体何をされるおつもりですか？」と、幸之助さんに食ってかかるように質問されました。それに対して幸之助さんは、「いやぁ、わが国にはもっとしっかりした若いリーダーが必要やと思うので、リーダー養成の塾をつくりたいと思う」と答えられました。「では、そのリーダーは誰が選ぶんですか？」という田原さんの問いに対して、「それはわしが言い出したんやから、最後はわしが選ばせてもらう」との答え。すると田原さんは、「それじゃあ、あなたが若い人を見て、『この人はリーダーとしてふさわしい』と思う条件を言ってください」と、歯切れのいい切り口こうじょう上でおっしゃる。お「さあ、会うてみんとわかりまへんなあ」と言う幸之助さんに対して、田原さんは、「そんなこと言わないで教えてくださいよ。幸之助さんがこの人だと思う決め手が何かあるでしょう」と、さらに食ってかかるわけです。幸之助さんは少し考えた後、こう切り出されました。「そうですなあ。敢えて言えば、運の強い人ですかな」田原さん、驚いて曰く、「あのうんどんこん『運鈍根』の運をおっしゃっているんですか？」［実践］理念経営Labo2023AUTUMN19

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「ああ、そうですよ」「松下さんは、その人に運があるかどうかを見極められるんですか？」と、質問を重ねる田原さんに向かって、幸之助さんはニコニコしながら、「そうですなあ。まあ、その人の顔を見て、履歴を見てたら、だいたいわかりまんな」と言い切られました。田原さんは「そうですか」と、もうそれ以上突っ込まれませんでしたが、とても驚かれた様子でした。そして、ひと通りの勉強や弁論の試験も行なうことを告げられた後、幸之助さんからもう一つ出てきたのが、「愛嬌」という言葉でした。「そうですなあ。リーダーは愛嬌がないとあきまへんな」幸之助さんは、“リーダーには、何でもできる完璧な人はあまり適さない”と考えておられたようで、「補佐役はな、きっちりした奴がええ。でも、リーダーはな、必ずしもそうではない。きっちりしてないほうがええかもしれん。抜けたところがあるほうがええんや」と言われたこともありました。「愛嬌が入っとらん」リーダーに必要な「愛嬌」とは、人を引きつける魅力、人間的魅力ということなのでしょう。あるいは、「全体を率いていく力」や「場をつくる力」なのかもしれません。場を和ませ、人の意欲を引き立たせ、何かやってやろうという思いを持たせる。そういう力、魅力、人間的雰囲気、人格、品性、性格というものを指すのだと思います。私が研修事業の責任者を務めていたときにも、愛嬌についてうかがったことがあります。松下電器の幹部に研修を行なうことになり、それに備えて「人を生かす心得」の項目を検討しているときでした。「志を立てる」「部下に学ぶ」など、10項目を選び出して、幸之助さんにお見せしたところ、「君、大事つ欠けとるな。何やと思う？」と聞かれました。残念ながら、「わかりません」と私が答えると、こんなふうにおっしゃいました。「君、『愛嬌』が書いてないな。上に立つ者の一番の責任は、部下に手柄を立てさせることやろ。ええ仕事をさせることやろ。部下が発案したものをピカピカに磨いて、手柄を立てさせる。そのために上司は存在するのや。フォローしたり一緒に動くために、上司は存在するんやからな。それを最近の上司は、部下にえらそうにしてケチをつけて、せっかくのやる気を失わせて出鼻をくじく。それがリーダーの仕事だと錯覚しておる。そんなリーダーが増えたように思えてならん。ぜひ松下の幹部に言うといてくれ。『あなたに愛嬌がありますか？なければ、上司として失格や』と。『これは創業者の遺言です』と。そう言うといてくれ。わしは心配なんや」真顔でそうおっしゃったことをよく覚えております。「何ぞ質問ないか？」幸之助さんはこんなこともおっしゃっていました。「わし、昔な、部下によう物事を話した。それで終わったら、『何ぞ質問ないか？』と、できるだけ質問の場をつくった。そのときにパッと手を挙げる者を覚えておくんや」お話し好きな方でもあるし、自分の思いを伝えつつも部下の反応を知りたいと強く思っておられるので、質問を受けるのはわかります。ですが、その質問した人を覚えてどうされるのだろうかと疑問に思ってうかがったところ、「昇格」とおっしゃったのです。てっきり冗談だろうと思っていると、さらにこう言われる。「この中にわしを継ぐ人がいるかいないか、いつも探しているのや。わしが『質問ないか？』と言うやせんざいいちぐうろ。そのときに『千載一遇の好機が来た』と思う人と思わない人がいると思う。それでな、手を挙げて質問をした人は、『あんな質問しやがって』と、あとで何か言われて冷やかされたり、恥をかいたりするかもしれん。でもな、そんなちっぽけなことは置いといて、『こうおっしゃったのは、どういう意味ですか』と質問する。『なんでこうおっしゃったのか』と食ってかかる。そういう人をえらくしないと、松下電器に将来はない」そう言われるのを聞いて、私はとても驚きました。「何ぞ質問ないか？」といつもニコニコしながら、しっかりみんなをチェックしておられる。「この中に役員候補は、何人いるんや」と。もちろん、質問をしたからといって、そのまま昇格するわけではないと思いますが、「誰々君は見どころがある」となるのでしょう。やはりいつも、自分の思いを伝え、みんなの意見を聞く。そして、どういう人物かもしっかり見る。経営者としてそういう責任があると20［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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特集松下幸之助がリーダーに求めたこと思ってやっておられたのだと思います。「君、わかっとるか？」かつて、幸之助さんの人生談・経営談をもとに開発提案した「PHPゼミナール」という研修を、当初、松下電器の幹部から始めよと言われたとき、私は反対しました。幹部の方々は、基本的なことは当然わかっておられると思ったからです。しかし、幸之助さんは、「幹部はわかっとらん。ぜひやってくれ」というふうにおっしゃるので実施することになりました。幸之助さんのおっしゃる「わかっとる」とは、どういうことか。私はみずから体験したことがあります。あるときに、「君、わかっとるか？」と聞かれ、私は「わかっています」と返事しました。そうしたら幸之助さんは、「いや、わかっとらん。できてないやないか」とおっしゃったのです。ああ、幸之助さんのおっしゃる「わかっとる」とは、「できる」ということも含むのか。確かに、知っているということと、実践できるということは違うなと気づかされたわけです。それでいえば、なるほど、松下電器の幹部も経営理念はみんな言えるでしょう。試験をしたら100点に近いはず。でも、それを実践しているかとなると、はたしてどうでしょうか。たとえば松下電器には、「社会のお役に立つ心が第一で、お役立ち料もうがその儲けになる」という考え方があります。「では、どういうお役立ちをしていますか？それが数字にどう表れていますか？」となった場合、考え方と行動がリンクしていないこともあるでしょう。それは、幸之助さんからすれば、「わかっとらん」という部類に入るのだと思います。経営理念を単に知っているだけではなく、それがおのれの身について、常に意識されているか。どんな仕事の中にもその経営理念が滲にじみ出てきて、実践され、成果が生まれてくるところまで及んでいるか。そういう思いを持っておられたから、幸之助さんのこうした言葉になったのでしょう。「わかっている」というのは、幸之助さんの場合、使い方が大変深いというか、いい加減なことではないなと感じました。「本読みになったらいかん」幸之助さんは、自分亡き後の経営について、このようにお考えでした。「わしの没後にどんな経営をするか。それはそのときのリーダーなり、社員が決めることであって、わしの決めることではない。しかし自分の現役時代は、自分の経営を一所懸命するし、こういう考えでやってきたということを書き留めて、あとに残すことはやっておきたいと思う。それを参考にするかどうかは、そのときの人次第。わしにはわからん」ですので、経営理念を伝える勉強会でも、その表面的な事柄ではなく、本質をとらえるようにと語っておられました。「本読みになったらいかん。これまでの経営精神でも、現代の時代なり商売の実態に合わせてどう実践するかを自分で考えないかん。これだと思うものを自分なりに見出して実践せないかん。経営学は教えられても、経営というものは教えられんのや。本人が悟らないといかん。本人が自分で考えないといかん」幸之助さんは、自分の後継者が自分と同じことを考え、行なうべきであると考えてはおられなかったのではないでしょうか。経営理念は同じであっても、形は当然変わってくるというのが、幸之助さんの考え方だったと思います。経営のスタイルには、必ずしも固執しない。それぞれに成功というのがあって当然だと。ただし、本質的なところを間違っていたら、「そんなことを言うているのと違う！」と烈火のごとく怒られるでしょうね。「経営理念というせんぺんばんかものに照らして、千変万化どうやるかを言うてるんや。わかっとらん」と。PHP活動の拠点となった京都東山の「真々庵」で幸之助（左）と談義する研究員たち（右が岩井氏、昭和38〈1963〉年）L［実践］理念経営Labo2023AUTUMN21

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【志の実践】圧倒的なチーム力で業界“日本一”に挑む若手が活躍し成長する青果卸売会社青果物の日本有数の産地である熊本県で、めざましい成長を遂げる青果卸売会社がある。熊本大同青果だ。市場は縮小し地方卸売市場の閉鎖が相次ぐ中、同社は5年連続増収増益を達成、取扱量は1日あたり約600tと県内最大規模を誇る。しかも、新卒採用の応募は殺到し、若手社員の定着率も高い。世代を越えて社員たちがイキイキと働く秘訣はどこにあるのか。社長の月田潔孝氏に話をうかがった。熊本大同青果株式会社代表取締役社長月田潔孝つきだ・きよたか＊1961年、熊本県生まれ。中央大学商学部卒。’84年に肥後相互銀行（現熊本銀行）入行、’91年熊本大同青果に入社する。取締役経理部長、専務取締役、取締役副社長を経て、2018年に代表取締役社長に就任。’16年からは関連会社の㈱大同リースの代表取締役社長を兼務する。「松下幸之助経営塾」第19期卒塾。熊本大同青果株式会社本社：熊本県熊本市／設立：1961年／事業内容：全国各地の青果物の仲卸業・卸売業、卸売市場の運営・冷蔵倉庫業取材・構成：時政和輝写真提供：熊本大同青果逆風の業界で若者が続々と入社日本社会は今、人手不足という社会課題に頭を悩まされている。その中でもさらに深刻なのが、きつい・汚い・危険（3K）といわれる労働条件の厳しい業種だ。青果卸売業もその一つだといわれている。この仕事は、各地域の農家から仕入れた青果物（野菜や果物）せを市場に集め、競りなどを通して仲卸業者や小売業者に販売する。私たちの食卓に並ぶ、野菜や果物を適正な価格で安定して供給するという重要な役割があるのだ。しかし、厳しい労働環境のため、就職希望者は多くない。その理由として、早朝からの仕事や、土曜出勤で家族や友達と生活リズムがズレてしまうことがあげられる。また、早起きがつらく、力仕事が多いという重労働に加え、賃金が割りに合わない。さらには、青果店の減少や物価高騰により経営が厳しく、地方の卸年で2割減少し、各市場の規模も縮小している。ところが、九州・熊本県にある熊本大同青果は、こうした行き詰まり感のある業界の風潮をはねのけて成22［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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圧倒的なチーム力で業界“日本一”に挑む長している。同社のもとには若手社員が集まってきて、会社全体が活気に満ちている。社員数は約190名、平均年齢は33歳だ。本社オフィスに入ってみると、社員同士の雑談やジョークが飛び交い、イキイキと働く様子が目に飛び込んでくる。注目すべきは、職場の雰囲気だけではない。同社は5年連続で増収増益を達成している。コロナ禍の影響で売上が伸びた同業他社は多いが、熊本大同青果はその前後も業績を伸ばし続けているという。「うちの社員はみんな楽しんで働いていますよ」。そう笑って話すのは同社代表取締役社長の月田潔孝氏だ。単刀直入に、成長し続ける一番の要因は何か聞いてみた。「誰にも負けない強い“思い”ですかね。オフィスに“日本一”という言葉を掲げています。私はこの会社を業界日本一にしたくて、いつも念じているんですよ。日本一の会社になることは、社員にいつも言っています。そして何よりもまず、私自身が日本一になろうと思わなければ始まりません。“強く思う”ことの大切さは、松下幸之助さんや稲盛和夫さんもよく言っていますよね」人生は一度きり。その人生をどう生きたいかと考えたら、やっぱり日本一を目指すべきだと月田社長は思ったという。「日本一を目指す本当の目的は社員の幸せのためなんです。大きな目標に向かって仕事をしていくと、その過程でいろんな障害にぶつかります。それらをチーム一丸となって乗り越えていくところに、達成感を得られ成長することができます」「エイサー」「ホイサー」元気が湧いてくる朝礼日本一への挑戦を可能にするものは何か。まずは、社員の元気のよさ。それと、気楽に話せる温かい雰囲気に、個々の力が融合したチーム力だ。社員の出社は朝の5時頃。6時半から競りが行なわれるので、朝礼は9時半から始まる。「朝礼は元気を出すところ」というのが月田社長の持論だ。司会のキビキビとした号令がかかると、社員は素早く整列する。まずは全員の点呼が取られ、経営理念を高らかに唱和。次に、同社が定めた51個のフィロソフィの中から1項目を唱和し、社員がその内容について所感を発表する。その場で指名されるため、日々フィロソフィを意識していないとスラスラと言葉は出てこない。社内連絡が終わると、最後に日替わりの“元気が出ること”で締めくくられる。この日は、お祭りの「エイサー」「ホイサー」のかけ声を半々に分かれて、全員でかけ合った。元気が湧いてきて、和やかな雰囲気になる。これらのすべてをわず分で進めていく。一方、役員同士での情報共有は毎朝5時半から、競り開始前の45分間で行なわれる。会議というよりも「雑談」に近いという。チャットで事前に共有していた課題を議論した後、前日に会社であったいいことやトラブルについてざっくばらんに話し合う。ときには話が思わぬ方向に展開して、新しいルールができることもある。設備投資や冷蔵庫の移設、売り場の拡張、人事制度、朝礼のやり方、福利厚生など、様々なことが決まっていく。「たとえば、わが社は親子、兄弟、夫婦で働いている人たちや若いパート社員がたくさんいるので、保育園をつくり子育て世代を支援しようと決めました。0歳から3歳まで保育料は無料とし、出産祝い金として1人目10万円、2人目20万円、3人目以降100万円を支給する制度もこの役員会で決まりました。ただし、これらは役員だけで決めているのではなく、現場で働くみんなの声も聞き入れています」毎朝6時半から競りを行なう（緑色の帽子を被っているのが社員）全社員が集まるバーベキュー懇親会［実践］理念経営Labo2023AUTUMN23

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全員参加の懇親会が社風を変えた！社員たちのあいだに仲よく、気楽に話し合える雰囲気が生まれてきたのは、懇親会のおかげだと、月田社長は力説する。同社の懇親会への取り組みは徹底している。「懇親会は有志ではなく、対象の社員全員が参加する会社行事です。なぜなら、懇親会も重要な仕事だから。もちろん、経費は会社負担です。しかし、ただ飲み食いして終わりではなく、仕事で経験した嬉しいことやこれからの目標など、決められたテーマについて1分間話すスピーチ大会を行ないます。それもただスピーチするだけでは面白くないので、1分前後の時間に収まらない場合はちょっとしたペナルティを課すという遊びの要素を入れました。また、部ごとに行なう懇親会には、取締役1名の参加を必須にしています。役員と一般社員とでは立場が離れているために、接点が少なく疎遠になりがちです。懇親会はその距離を縮めてくれます」加えて、社員の誕生日会や委員会活動での飲み会など、様々な場面で交流会が開かれる。となると、飲み会が苦手な人にはしんどいのではと思われそうだが、その心配はいらない。採用を担うリクルート委員会が、その点も考慮した採用活動を行なっているからだ。飲み会風土に抵抗のない人が自然と集まってくる。月田社長いわく、自身が30歳で中途入社した頃は、今のような仲のよい雰囲気などなかった。社員間の確執はひどく、特に野菜部と果実部は他フロアに分かれていて、別会社のようだったという。「野菜部には、品目ごとに部長がいて、部長同士はまったくコミュニケーションが取れていませんでした。当時、私は部長クラスの人より10歳以上も若輩ながら、部長たちのあいだに入って関係の修復を試みました。しかし、長年培われた関係性や社風を変えることは簡単ではありません。そのうち、ベテラン社員は定年を迎え、新しい社員が増えてきたこともあって、今度こそいがみ合いのない会社にしようと決意したのです。このときフロアごとに分かれていた部署をワンフロアに集約しました。また、同じ部門でも仕事上の接点がなければ、見えない壁ができるんですよ。それを取り払うのに、懇親会は絶大な効果を発揮しましたね」懇親会によって深まった社員たちの親密さは、実際の仕事の中でチーム力となって発揮される。生産者との共存共栄を「まるごと大同プロジェクト」同社の事業部には、数多くの部署がある。農家から青果物を預かり、あいたいようけいさい競りや相対で流通させる「葉茎菜部、根菜部、果菜部、国産果実部」。海外からの輸入果実を取り扱う「輸入果実部」。そして、新しい販路を開拓する「特販部、海外プロジェクト」の事業部がある。その中でも、事業拡大のキーを握るのが特販部だ。同部は、熊本産の青果物を、市場を通さないで、全国の販売店に直接卸していく。九州全体が大生産地だが、その中でも熊本は一番の生産量を誇っている。特販部は、熊本産のおいしい青果物を大消費地の東京、大阪、名古屋を中心に全国に卸して、販路を開拓する重要な機能を持つ。さらには、県外の生産地からの仕入れルートを新規開拓する機能も持つ。その他にも、北海道や茨城の農産物を東京や神奈川にそのまま卸すなど、特販部は販路を広げる様々な可能性を秘めており、今後さらに業容を拡大することができると月田社長は踏んでいる。また、特販部は縦割り組織によって生じるセクショナリズムの解消にも一役買っているという。「この業界では、品目別に担当者が決まっていることが多いので、セクショナリズムが起こりがちです。たとえば、タマネギ担当者はキュウリのことがわからないし、キュウリ担当者はタマネギのことがわからない。それでは、複数の品目を求める量販店の要望に応えていくことはできません。しかし、特販部はすべての品目を扱うので、タマネギのこともわかるし、キュウリのこともわかる。だから、バイヤーの複雑な要求にも自信を持って提案することができます。特販部は複数の部門をつなぐパイプ役となり、会社の総合力を発揮した営業活動を展開しています」しかし、はじめからうまく機能していたわけではない。特販部が卸す青果物は、品目の担当者から部門間熊本県菊池市にある栗の生産者を訪問する国産果実部員24［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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取引で仕入れる。人間関係が良好でなかった当初は、「あいつは好かない」という理由で、通常より高く売りつけることもあった。朝会や懇親会などの取り組みによって確執は解消され、同部では当初6億円だった売上が、今は30億円に伸びた。他にも、部門同士の協力を促す取り組みがある。2020年にスタートした「まるごと大同プロジェクト」だ。月田社長は生産者を訪問するうちに、あることに気づいた。「生産者によっては、メロン、トマト、ジャガイモというように多品目をつくっている農家があります。ところが、メロンの担当者は、メロンのことしか頭になくて、トマトやジャガイモには無関心でした。そこで、他の品目をその担当者に紹介し、新規の売上につながれば、売上貢献として紹介者が評価される仕組みを導入しました。そして、1年に1回、貢献度の高い社員を表彰します。すると、1年間の新規の契件以上、売上は10億円に上りました」もう1つ、現場を回っていて気づいたことがあるという。生産者は意外に孤独ということだ。家族で経営している場合であれば、他に話す人がいない。だから、同社の社員が会いに行くと、とても喜んでくれる。複数の品目を扱う農家なら、「この前はAさんが来てくれた。その前にはBくんが来てくれた」と喜んでくれる。月田社長が訪問したときには、嬉しさのあまり、握手や記念写真を求められることもあるそうだ。月田社長は、自分たちの役割の1つとして「生産者の所得安定」を繰り返し社員に語る。「生産者あっての私たちです。農家の皆さんが野菜や果物をつくり続けてくれるおかげで、われわれは仕事をさせてもらえています。だから、生産者の所得の安定がわが社の成長と発展には不可欠なのです」熊本大同青果の強みは、社員のチーム力だけでなく、農家と共存共栄を目指す姿勢にありそうだ。7組の親子、5組の兄弟社員の家族が入りたい会社社長室にこもって責任者から報告を受けるだけでは、社員の活躍ぶりはわからない。「社員と産地に行けば、みんながんばってやってくれていることがよくわかります。だから、社員を褒めることはあっても、叱ることはほとんどありません。ある女性社員は、担当エリアで新規の生産者を20件も取ってきてくれて、この前一緒に訪問しました」と、月田社長は誇らしげだ。入社7年目のその女性社員は、3年前から果菜部で県外産のキュウリを担当する。2週間に1回の頻度で、長崎県島原のキュウリ農家に通って、キュウリの状態や出荷前の確認をする。「農家さんにはよく地元の方が集まる飲み会に誘ってもらって、人脈が広がりました。地元に受け入れられていることが、やる気につながっています。島原は若い農家さんが多く、生活が厳しい方もおられます。1人でも多くの方が所得安定につながるよう、がんばりたいです」日本一を目指す同社だから、社員にかかるプレッシャーも大きいのではないか。ところが、キュウリ担当の女性社員は、チームと一緒にやっている安心感が勝っているという。「確かに、社長が掲げる目標は高いのですが、社員も売上を伸ばしたいし、できると思っています。挑戦には苦しみがつきもの。でも、私たちはチームで動いているので、不安はありません。悩みがあっても相談できるので、抱え込むことがないんです。これが1人だったら、つぶれてしまうかもしれませんね」チームのつくり方は特に決まっているわけではない。どのようなメンバーで、何を目標にするか、部門ごとで社員たちに任せている、と月田社長は言う。「自主的にやるほうが、モチベーションが上がるんですね。もちろん、経営方針発表会では売上目標をみんなに発表しますが、具体的なアクションプランはすべて社員が決めます。そして、その最終的な責任は私が取ると伝えています」仕事を一人で抱え込ませない家族のような温かさ、お互いに助け合りたう「利他の心」が、社員のモチベーションと自主性を支えている。家族のような温かさといえば、同社は家族で働く社員が多い。親子で7組、兄弟で5組もある。しかも、家族内ではお互いにいいところを見せようと張り合うので、総じて成績がよいそうだ。「家族が入りたいと思ってくれるのが一番嬉しいですね。仕事に対する基本的な姿勢は、『元気で、明るく、楽しく』です。仕事を楽しめないと挑戦はできないし、新しいものも生まれてこない」熊本大同青果は、高いチーム力で卸売業を伸ばしつつ、新しく手掛ける冷凍野菜や加工野菜の加工・販売事業にも挑戦し、日本一に向けて邁進している。L［実践］理念経営Labo2023AUTUMN25

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塾生通信日に新た「松下幸之助経営塾」の情報と、卒塾生の近況をお伝えします新社屋が8月に竣工地域の防災拠点に野津一成氏（第6期）が代表取締役会長を務め、土木建築に関する工事の施行や測量などを手がける美保テクノス（鳥取県米子市）が、創業65周年を迎え、53年ぶりに新社屋を建設しました。昨年末から工事をスタートし、設計から施工まで自前にこだわり、社員の英知・技術を結集して、8月20日にようやく完成。新社屋は地域の防災拠点を兼ねており、電気とガスのハイブリッドによる熱源供給や防災トイレを採用。非常時には、地域住民の避難場所として開放されます。野津氏によると、以下のような意図があるとのこと。「建設業は国や美保テクノス新社屋の外観非常時に地域住民の避難場所になる多目的ホール県の仕事を請け負うことに併せ、防災の役目を果たす重要な責務があります。わが社は災害時の緊急出動について、国・県・町と災害協定を結んでおり、新本社の竣工によって被害を最小限にとどめたいと考えています。また、河川や道路の補修、夏の草刈り、冬の除雪作業など地域貢献にも努めていきます」なお、数年前に制作した同社の経営理念集は、松下幸之助の経営観が多く取り入れられ、社員が「社会の公器」をベースにして物事を考え、仕事に取り組めるような工夫が凝らされているとのことです。プライベートヴィラ、大好評のダイアリー印刷に関する様々な要望に応えるだいつう大通（大阪府大阪市）の代表取締役社長を務める大江美佐氏（第1期）がこのたび、2つの新規事業を立ち上げました。1つ目は、プライベートヴィラ事業で、今秋、沖縄県の中でも人気のエリア・名護市に「ヴィラ・コガチ・アラマンダ」がオープン。古民家の趣を活かしつつ最新鋭の設備を完備した宿泊施設で、南ヤンバルの美しい自然とともに、沖縄美族館や世界遺産・今帰仁城跡の観光名所が楽しめます。なちゅうみら海水きじんじょうあとなど2つ目は、学びの講座やイベントを提供する施設「本と魔法」（大阪市都島区）の事業。「中世ヨーロッパ」や「妖精の森」など、部屋ごと沖縄県名護市に今秋オープン予定の「ヴィラ・コガチ・アラマンダ」ハーブティーなどの講座を提供する施設「本と魔法」の一室しつらに異なったテーマで設えた非日常な空間の中で、ハーブティーについて学べる講座などを開催。日常の疲れた心を癒してくれます。天然石ワイヤーアートジュエリーの制作販売などを手がけるBrightMuse（東京都渋谷区）の代表取締役である竹下綾美氏（第22期）がプロデュースした手帳「B.M.DIARY」が好評です。月単位の予定が一目でわかり、スケジュール管理が苦手な人にはぴったり。年々リニューアルを重ね、5年目を迎えたロングセラーです。「社長」「会長」就任おめでとうございます7月、第21期の石原一範氏が、工作機械や専用機などを販売する石原商事（愛知県名古屋市）と、空調26［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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塾生通信日に新たダクトやダクト関連部材を販売する石原機械（同）、両社の代表取締役社長に就任しました。「75年の歴史の中で現在の基盤をつくりあげてきた祖父、父、社員に感謝するとともに、よりよい会社、より明るい未来を語れる会社を目指してまいります。社員が十分に力を発揮できるよう、風通しがよく、ノリと勢いのある風土、環境をつくりあげていきます」と抱負を述べています。自転車・自動車用の部品を製造販売する昭和金属工業（大阪府堺市）の小谷文恵氏（第6期）が8月、代表取締役会長に就任。「52年間、会社経営をしてきましたが、世代交代と思い、孫の新社長に経営を任せました。心がけとして、適正利益で堅実な経営を行ない、社員とその家族を守ることを一番に考えてほしいと伝えています」とのことです。両社のますますのご発展を祈念します。第25期生が卒塾し9月に第27期がスタート松下幸之助経営塾は、7月に第25期生の皆様がそれぞれの志を固め、卒塾しました。第26期では、8月の第3回の特別講話で、昨年の松下幸之助経営塾同志会でもご講話いただいたユーグレナ代表取締役社長の出雲充氏が登壇しました。テーマは「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。～わが志の軌跡と真使命～」。「成功の秘訣は、業界で1番にこだわり挑戦し続けたからだ」という出雲氏のお話に、塾生から「自社の本業に対してもっとやれることがある」と決意を新たにする声が聞かれました。なお、9月に第27期がスタートしました。L経営者が“経営の志”を確立・再確認するための研修講座松下幸之助経営塾本セミナーの特徴松下幸之助の経営哲学を根本から学べる唯一の講座弊社で70年有余にわたり研究を重ねた“松下幸之助の経営哲学の真髄”を、経営者の皆様に分かりやすくお伝えするためのセミナー形式の講座です。人間観を養い高め、経営者としてのあり方を学ぶ本講座は、時代や環境の移り変わりの中で生まれる新しいマネジメント手法を学ぶものではありません。経営者のただ今、新規申込受付中詳しくはホームページで資料のご請求はホームページまたは下記窓口へお問い合わせください。https://www.php.co.jp/seminar/m-keieijuku/株式会社PHP研究所第二事業本部〈京都〉TEL075（681）1295FAX075（681）2656〈東京〉TEL03（3520）9631FAX03（3520）9648「志」をキーワードとして、松下幸之助が最も大切にした“経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、より本質的な“経営者としての器量”を養い高めていただく講座です。「志」の確立に向けた、充実の10カ月10カ月の在籍期間中に１泊２日のセミナーを全６回、隔月で開催。学びと実践、検証をくり返しながら成果を高めていただけます。また、１クラスは最大でも12名の少人数制で、受講者間の討議・交流による相互啓発など受講者お一人おひとりに充実した環境を提供いたします。プログラム第１回『志から理念へ～経営の使命～』第２回『本質を考える～自然の理法～』第３回『原理原則を貫く～基本の徹底～』第４回『人を育てる～事業は人なり～』第５回『経営を革新する～日に新た～』第６回『志を伝える～私の命知発見～』開催要領◦受講資格：経営者ご本人、後継経営者（経営幹部）◦募集人数：12名⃝開講期間：10カ月1開催1泊2日、全6回（隔月開催）⃝受講料：122万1000円（税込）⃝会場：株式会社PHP研究所京都本部（JR・近鉄「京都」駅八条口より徒歩５分）［実践］理念経営Labo2023AUTUMN27

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「社会の公器」として輝く良い会社面白そうなら、やってみる！独自システムで能動人材になぜ孫請けの鉄工所が優良メーカーになれたのかHILLTOP株式会社相談役山本昌作やまもと・しょうさく＊1954年生まれ。’77年、立命館大学経営学部卒業後、母親からの懇願を受けて家業である鉄工所（現HILLTOP株式会社）に入社。24時間無人稼働で多品種少量生産を行なう独自の生産システムを確立し、鉄工所の平均利益率3～8％を大きく凌ぐ「利益率20％を超えるIT鉄工所」に変革。代表取締役副社長として長年経営を担い、2022年より現職。HILLTOP株式会社本社：京都府宇治市／創業：1961年／事業内容：部品加工事業、装置開発事業、ソフトウェア開発事業事業活動を通じてお客様や社員、地域の人々に喜ばれ、「社会の公器」として信頼を集める“良い会社”。その会社づくりは、どのように行なわれているのか。かつて孫請けの鉄工所だったHILLTOP（ヒルトップ）株式会社は、ITを駆使した独自の生産システムによって世界的企業を顧客とする優良メーカーに変貌した。さらに自発・能動的にチャレンジし活躍する人材を育成することにも成功しており、年間2000人超が本社見学に訪れる。経けんいんようてい営改革を牽引してきた山本昌作氏に、同社のユニークなものづくりと人材育成の要諦を語っていただいた。構成：塚田有香写真提供：HILLTOPディズニーやNASAも顧客常識外れの“鉄工所”HILLTOP株式会社（以下、ヒルトップ）は、1961年に私の父が創業した鉄工所が前身です。かつては自動車メーカーの孫請けとして、毎日同じ製品をひたすら大量生産する油まみれの小さな町工場でしたが、今では日本国内に約2000社の顧客を持ち、米国にも現地法人を有する企業になりました。米国拠点では約1000社と取引があり、ウォルト・ディズニー・カンパニーやNASA（アメリカ航空宇宙局）といった世界のトップ企業・機関をはじめ、半導体製造や医療機器など幅広い業界・業種から注文が入ります。かつての孫請け時代は、元請けから受注する自動車の部品加工が売上の約8割を占めていましたが、現在のヒルトップは「多品種少量生産」です。以前のような大量生産ではなく、受注全体の約8割が1～2個の少量生産に特化しており、日米合わせて月に約4000品種をオーダーメイドでつくっています。取引先についても固定客は持たず、どの顧客からの受注も売上全体割を超えないようにしています。1社に依存せず、あえて取引先を分散する。これがヒルトップの経営方針です。これだけ多くの取引先を持ちなが28［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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「社会の公器」として輝く良い会社ら、会社の規模はさほど大きくありません。社員数は現在142人で、製造業にしては珍しく女性が約40％と高い割合を占めます。メーカーだから理系出身者が多いと思われるかもしれませんが、当社は文系出身者が約8割。平均年齢は約40歳で、比較的若い人たちで構成されています。このようにヒルトップは、従来の製造業の常識から外れた独自路線の経営を行なっています。創業から60年余りでこれだけの変貌を遂げるまでには、長い試行錯誤がありました。私が父の鉄工所に入社したのは1977年で、当時はまだ私の両親と兄、弟だけの家内工業でした。そもそも父が鉄工所を始めたのは、幼い頃に聴力を失った兄のために働き口をつくってやりたいと考えたのが理由です。私は大学を卒業したら内定していた大手商社に就職するつもりでしたが、母から「兄を支えてほしい」と涙ながらに頼まれ、やむなく家業を手伝うことにしました。なぜ家業が嫌だったかといえば、父や母が朝から晩まで油まみれになって働く姿を見ていたから。鉄工所は重労働の割に利益が出ず、とても継ぐ気になれませんでした。仕方なく入社したものの、来る日も来る日も同じ作業の繰り返し。あるとき、自動車メーカーの子会社で研修を受けたら、部品の取りつけ作日に7000個分もただひたすらやらなければならず、頭がおかしくなりそうなくらいのつらさがありました。同じラインで作業する先輩に「毎日同じことをやっていて、しんどくないですか？」と聞いたら、「バカか、お前。仕事はしんどいに決まっているやろ！」と怒られ、「何も考えず、ただ手を動かせばいい」と言われました。しかし、私はそれに納得できませんでした。人は機械ではないのだから、人にしかできない面白い仕事があるはずです。だから私は「こんな仕事はやめてやる」と決意し、父を説き伏せて、元請けに「下請けをやめる」と申し出ました。自動車部品の加工をやめれば売上の約8割を失いますが、私には「なんとかなる」という根拠のない確信がありました。それからの3年間は、新規顧客を獲得するために必死で働きました。その間は私も兄も弟も給料は出ず、生活するお金にも困るほどでしたが、それでも下請けをやめてよかったと心の底から思います。ルーティンを脱し、新しい挑戦を始めたおかげでたくさんの出会いがあり、それを積み重ねていけばきっと面白い企業になるという予感がありました。その予感が当たり、今では世界中から受注をいただく会社になったのは、すでに話した通りです。コーポレートカラーのピンクが印象的な5階建ての本社。1階が工場、２・３階がオフィスで、4階に社員食堂、最上階に和室、風呂、トレーニングルームを完備壁がなくコミュニケーションが取りやすい本社オフィス。メンバーで話し合いたいときは中央のテーブルですぐにミーティングができるデスク配置となっている徹底した合理化と機械化で人をルーティンから解放社員数の少ないヒルトップが、なぜ月に約4000品種もつくれるのか。それは徹底した合理化と機械化を進めたからです。私は人の成長を目指し、「人をルーティンから解放する」を基本方針に改革に取り組んできました。現在ヒルトップの工場では「24時間無人稼働」を実現しています。それを可能としているのは、社員がオフィスでプログラムを組んだ後、プログラムの安全性をバーチャル上で確認する、バーチャルシミュ［実践］理念経営Labo2023AUTUMN29

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ノウハウのデータベース化によりコンピュータ画面をクリックするだけで自動的に最適値が設定され、工場の機械に指示できる24時間無人稼働が可能となった工場。暗い雰囲気を感じさせないカラフルさで、社員のワクワク感を醸成するレーションです。従来であれば、人が機械の前に張りついて1工程ずつ安全確認してやっと実際の加工が始まるところ、それをバーチャルシミュレーションに置き換えることで機械の24時間無人稼働が可能となり、多品種少量生産の受注と納期の短縮を実現しました。私たちが「HILLTOPSystem」（ヒルトップ・システム）と呼んでいる、この独自に確立した生産管理システムなら、業界未経験者や経験の浅い若手でも簡単にプログラムを組むことができます。ヒルトップに文系出身者が多いのは、製造工学や機械工学を学んでいなくても、入社から短期間でプログラマーとしてデビューし、ものづくり人材へと成長できる環境があるからです。それを実現したのは、職人の技術を数値化したデータベースです。従来のものづくり現場では、それぞれの職人が培つちかった経験とカンに依存してきました。ヒルトップではそうした暗黙知によらず、刃物の回転数や切り込みで削る量なども、職人が長年の経験で身につけた様々な技術を定量化・最適化・データベース化しました。これにより複雑な設定が不要となり、使いたい刃物と削りたい箇所をコンピュータ画面上でクリックするだけで、誰でも自動的に最適値が選べるようになりました。工場の24時間無人稼働は、バーチャル上での安全確認と、これまで職人技とされてきたノウハウをデータベース化し、社内で共有することにより実現したシステムなのです。特にヒルトップの場合、受注点数の約40％がリピートオーダーで、しかも前回の注文から3年後や5年後、なかには10年後というケースもあるなど、受注間隔の長いことが特徴としてあります。普通、「10年前と同じものをつくれ」と言われても、どんな作業をしたのか明確には覚えていませんし、作業した人間がもう会社にいないということもありえます。でも、すべての作業をデータで残しておけば、いつリピートオーダーが入っても以前と同じものをすぐにつくることができるわけです。ノウハウを共有し「知の連鎖」を生み出すものづくりの世界には、自分が培った経験やカンを、保身のために人に教えようとしない「にわか職人」が大勢います。一方、本物の職人は、自分が持つ技術を惜しげもなく人に教えます。なぜなら今やっていることは人に任せて、自分はもっと新しくて面白いことにトライしたいと思っているからです。製造業に限らず、どんな会社にも、自分が持つ情報を誰にも教えたくないと考える人はいるものです。しかし、人が持つ情報やノウハウを共有し、「知の連鎖」を生まなければ、会社も社員も成長できません。何か一つ成果が出れば、そのノウハウを標準化して、他の人ができるようにする。それによって自分のキャパシティに余裕が生まれるので、新しいことにチャレンジでき、そこからまた新たな成果が生まれるわけです。このような知的作業の善循環サイクルがうまく回り出せば、社員は新しい仕事に取り組む喜びを30［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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「社会の公器」として輝く良い会社知り、自発・能動的に動く人材に成長していきます。やすもちろん、「言うは易し、行なうかたは難し」で、その状態に持っていくまでには苦労もありました。私が40年前にデータベース化に着手したときも、職人たちから「自分の虎の子を教えたくない」との声が上がりました。だから私は「今やっている仕事を誰もができるようになれば、あなたはもっと面白い仕事ができる」と説得しました。約1年かけてデータベース化し、プログラムをつくって機械に作業させる段階に入ってからも、機械に加工を任せることに社員から大きな反発がありました。私は経営者として「絶対に社員を監視しない」をモットーとしていますが、このときばかりは機械の前に社員が立たないように、現場を徹底監視しました。新しい仕組みを定着させるには、最初は半ば強制的に実行する必要があります。なぜなら社員は、仕組みによって自分が楽になることを体験してはじめて、その重要性を理解するからです。理解と寛容を以て人を育てる人がルーティンから解放されれば、常にもっと新しくて面白いことにトライできる。現在のヒルトップではまさにこれが当然のこととしてもう実践されており、儲かるかどうかにかかわらず、面白いと思ったら何でもやってみます。たとえば、うちの会社は楽器の専門メーカーではありませんが、某人気ミュージシャンのマイクスタンドやボリュームペダル、スピーカーシステムをつくったこともあります。マイクスタンドは製作数が2～3本と少なく、図面もないために、東京のメーカーからは断られてしまったそうですが、私は二つ返事で引き受けました。音楽好きの社員はいろいろと工夫を凝らしてステージで映えるマイクスタンドをつくり上げ、納品時にはそのミュージシャンにとても喜んでいただきました。やはり仕事は「面白いかどうか」が大事。経営者は「この仕事を受けたらどれくらい利益が出るか」が気になると思いますが、確実にお金になる仕事ばかりやっていても企業は成長しません。野球にたとえると、普段からやっている手慣れた仕事はストライクゾーンの内側にあり、いつでもヒットにできます。でも、ときにはそこから外れたボールを打ってみることが大切です。ストライクゾーンを外れたところにこそ、面白い仕事や予期せぬ成功があり、新しい経験やスキルを取得するチャンスがあるからです。そうして社員一人ひとりのストライクゾーンが広くなっていきます。もちろん失敗するリスクもありますが、たとえお金にならなかったとしても技術が残り、人が成長するのだから、やりたい仕事には手を出してみればいいのです。阪神タイガースがリーグ優勝した2003年には、熱狂的なタイガースファンの社員が勝手に球団から許可を取ってきて、豪華な優勝記念レ個もつくったことがあります。本人は「絶対売れます！」と自信満々でしたが、結局1個も売れませんでした（笑）。でも、そんなことがあってもいい。たとえ失敗しても、社員がやりたいことにチャレンジした事実に価値があるのです。ヒルトップの経営理念は「理解ともっ寛容を以て人を育てる」です。企業として最大の使命は、人を育てることだからです。そのためには自分とは考え方や能力が異なる人たちを理解し、受け止める寛容さが必要です。だから私は、どんな社員でもいいところを見つけて褒めてあげたいし、決して他人の失敗を叱責することはありません。私の座右の銘は、「座して半畳、寝て一畳」。どんなに立派な肩書きがついていても、人間なんて座ればたたみ畳半分、寝ても畳一枚程度の小さな存在でしかない。経営者だって社員に助けてもらわなければ、自分のやりたいことを成就できません。社員の協力なしに会社は経営できない。そのことがわかっていれば、社員に対して一方的に自分の考えを押しつけたりせず、理解と寛容を以て人を育てていけるはずです。阪神タイガースの2003年リーグ優勝記念でつくられたレリーフ。裏（下写真）には「六甲おろし」の歌詞が刻まれ、手がけたタイガースファン社員の思いがうかがえるL［実践］理念経営Labo2023AUTUMN31

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〈アントレプレナーの最前線〉――時代をつくる旗手たち八百屋を“日本一かっこよく”商売の面白さで人を活かす松下幸之助の教えをもとに起業に挑み、成長を実現株式会社八百鮮代表取締役社長市原敬久いちはら・たかひさ＊1982年、岐阜県生まれ。京都産業大学経営学部に入学後、山本憲司教授のゼミで松下幸之助の経営哲学を学ぶ。2005年に卒業後、人材派遣会社、スーパーマーケット・チェーン「タチヤ」での修業を経て、’10年に大学のゼミ仲間とともに「八百屋マンマーケット」を開業。翌年「八百鮮」に改組し、代表取締役社長に就任。株式会社八百鮮本社：大阪府吹田市／創業：2010年／事業内容：食品の小売業鮮度への徹底したこだわりやお買い得感が評判で、開店前から行列ができるほどにファンを獲得している生鮮食材やおせん店がある。大阪と名古屋に7店舗を展開する「八百鮮」だ。「日本一かっこよく」を理念に掲げ、人づくりを大事に考える同社では、スタッフが活き活きとみずから考え行動する。若き創業社長の市原敬久氏は、学生時代に学んだ松下幸之助の経営哲学をもとに起業したというが、はたしてどのような実践に取り組んできたのか。これまでの軌跡と経営にかける思いを聞いた。構成：池口祥司写真提供：八百鮮仕入れから販売までを担い商売の面白さを学ぶ経営というものは、人を幸せにするためにある――。大学時代に松下電器産業（現パナソニック）出身の山本憲司先生のゼミで学んだこの教えが、八百鮮の経営理念の根底にあります。2000年代半ばの当時はIT系の起ちょうじ業家たちが時代の寵児としてマスコミに持てはやされたり、投資ファンドによるマネーゲームが横行していた時期でした。それゆえ、将来起業しようと決めていた私にとって、山本先生から学ぶ松下幸之助さんの経営哲学はどれもひときわ新鮮に感じられ、企業経営者として追い求めたい「あるべき姿」へのロードマップとなったのです。大学卒業後はすぐに起業を目指さず、人材ビジネス業界に飛び込みました。幸之助さんの教えに「企業は人なり」とありますから、まずは人32［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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材マネジメントについて学ぼうと、人材派遣会社で約2年間経験を積んだわけです。営業として活動し、成績もなかなかよかったのですが、次第にビジネスや商売の本質を学びたいという気持ちが自分の中で大きくなっていきました。それにはどんなビジネスがいいのかと探していくうちに、鮮度のいいものを仕入れて、その日に売り切る八百屋のようなシンプルな商ふさわ売が相応しいと思い至ったのです。幸之助さんも「商売の意義は、魚屋や八百屋、夜鳴きうどんの主人がよくわかっている」といったことをおっしゃっていますが、まさにそれを地で行くことになりました。いろいろ調べると、名古屋地区で店舗を多数展開するスーパーマーケットの「タチヤ」では、売場担当者が仕入れから値づけ、陳列・販売までの全権限を担って商売をしているということを知りました。自分が修業するには打ってつけだと思い、すぐに応募。すると運よく採用され、鮮魚担当として働き始めることになったのです。このタチヤで、私の商売の原点が確立されたといっても過言ではありません。目で見て、食べてみて、お客様に喜んでもらえると確信が持てるものだけを仕入れて販売するという「商売の基本」はもちろん、八百屋の仕事の面白さや難しさも身をもって学びました。さらには、チラシを打たず、その分商品の値段を安くして口コミで集客するとか、在庫を持たずにその日のうちに売り切るといったノウハウに至るまで、八百鮮のベースとなる部分の多くは、タチヤでの修業時代つちかに培ったものです。元手50万円で始めた商売が年商40億円を超えるまでに2006年から約4年間の修業を経て、八百鮮を開業したのが2010年12月1日。場所は大阪市福島区にある野田新橋筋商店街で、「松下幸之助創業の地」の碑からほど近いところです。私を含めた創業メンバー3人はみな、山本ゼミの出身者でした。創業した直後は思ったように来店客の数が伸びませんでしたが、野菜だけでなく魚も扱い、それらの鮮度に徹底的にこだわり抜きました。いい品だけを選び、仕入れたその日中に売り切って在庫を持たない。品切れによるチャンスロス（機会損失）も覚悟のうえです。するとやがて、買ってくださったお客様から「新鮮でおいしかった」と言ってもらえるように。さらには、常連となったお客様の口コミによって、店内は徐々に賑わうようになっていきました。商売をするうえで最も大事なのは、やはりお客様からの信用なんですね。いつもよい品だけを揃えて、「ここで買えば間違いない」とお客いつも多くのお客で賑わい、活気にあふれている野田本店様に信用していただければ、やがてファンになってもらえるのです。そのような手応えを得て八百鮮の商売は順調に広がり、2012年に市このはな内の此花号店（春日出店）、2014年に西区に3号店（九条店）を出店。それに応じて、売上も伸びていきました。ただし実のところ、利益のほうはなかなか伸びませんでした。資金繰りに悩む経営者は少なくないと思いますが、私も例に漏れず、運転資金や新規出店の費用をどうするかで、いつも頭を悩ませてきました。幸之助さんの商売の教えをまとめた「商売戦術30カ条」の第12条にはこうあります。「資金の回転を多くせよ。100円の資本も10回まわせば1000円となる」、これは本当にその通りだなと実感しますね。私どもの場合、最初の頃は元手50万円。それを握りしめて市場に仕入れに行き、売れる日もあれば売れない日もあったりしながら毎日仕入れと販売をくり返していくと、月末には60万円に。そして翌月末には70万円、翌々月末には80万円……。これを13年間くり返して、年商40億円を超える規模にまで商［実践］理念経営Labo2023AUTUMN33

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売を広げることができました。今から思えば、そのように着実に成長を重ねるプロセスを経られたことは幸運でした。立ち上げてまもないうちに何億円、何十億円という額の資金調達をしてビジネスを急拡大させるベンチャー企業も少なくありませんが、私たちが目指す経営においては、小さな元手を何百回、何千回と回転させて着実に資金を増やし、会社も人もしっかりと成長させていくことが「あるべき姿」だと考えています。「本当にやりたいことか？」同志の問いで迷いを払拭しかし、それでも創業8年目の頃には事業規模が急拡大し、大きな転機が訪れました。組織の規模も大きくなっていく中で、私の経営に対する考え方がしっかりとメンバー全員に共有されず、どのように会社を成長させていくのか、その方向性にブレが生じたのです。私自身は以前と変わらず、「企業は人なり」で、人を主体とした考えです。各々のメンバーが成長していって、それとともに組織や事業の規模も大きくしていけばいいと考えていました。しかし一方で、コンビニチェーンのようにマニュアル化で多店舗展開する事業モデルにして、ビジネスの拡大を目指すことも可能です。事業や組織の規模が急拡大したことにかじをよって、私がそのように経営の舵切ったようにとらえる向きも出てきて、「社長は最近変わった」とさえ言われました。そしてついには、方向性に不透明感を抱いて退職する人まで出てしまったのです。これから事業や組織の規模がどんどん拡大していって、本当にこれまでの人を重視したやり方で大丈夫なのだろうか。いっそのこと、人の成長に頼らずに、マニュアル化して仕組み中心の事業モデルにシフトしたほうが、みんなも幸せになるのではあげく、ないか――。私は思い悩んだ挙句副社長を務める創業メンバーの岩崎ゆずる譲に相談しました。「正直、悩んでいる。思い切って仕組み化して、事業を大きくしていくほうが、君もお金持ちになれるかもしれない。どう思う？」それに対して返ってきたのは、私への問いかけでした。「それは、社長が本当にやりたいことなんですか？」その言葉に、思わずハッとさせられました。「あっ、違うな。迷う必要なんてなかったんだ」――自分の中でそう確信を持つことができたのは、今振り返ると大きなターニングポイントだったように思います。それからは以前にも増して、人をまいしん主体とした経営、組織づくりに邁進しました。たとえば、当社の事業にさっこん、もかかわる物流分野では、昨今「自動化」や「DX（デジタルトランスフォーメーション）」の導入が重要視されていますが、そこには注力しないと割り切っています。全国展開するスーパーチェーンなら効率的な仕組みづくりは必要だと思いますが、私たちが行なっているのは万人を相手にする商売ではありません。闇雲に効率的な仕組みづくりに手を伸ばすよりも、人を主体とした組織をきちんとつくって、店舗に来てくださるお客様一人ひとりに喜んでいただくことのほうがはるかに大事だと考えているからです。「鮮度」「かっこよく」「感動」理念を定めて人を育てるこのような考え方をもっと明確に打ち出し、八百鮮のみんなに共有してもらうため、創業10年目を迎えたことを機に、改めて「ビジョン」などの経営理念を策定することにしました。それまでも目標として、「喜ばれて喜ぶ会社をつくる」とか「感動ある人生を送る」といった言葉を事あるごとに口にしてはいましたが、会社組織のさらなる成長を目指すにあたり、きちんと明文化しておくことが必要だと考えたのです。もともと、幸之助さんの教えを実践すれば経営がうまくいくはずだと信じて起業したわけですから、理念にもとづく経営を確立することは最も重要な経営課題になります。そこで、メンバーの衆知を集めるべく合宿を開催し、一人ひとりに好きな言葉や関心を持っている言葉を挙げてもらい、最終的に次のように打ち出しました。○存在意義（ミッション）：「日本に、鮮度を。」34［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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○目指す方向性（ビジョン）：「八百屋を、日本一かっこよく。」○価値観（バリュー）：「感動ある人生を共に生きる。」目指す方向性にある「かっこよく」という言葉については様々な意見があり、当初は私も採用することに幾分かためらいがありました。ただ、この業界で働く面白さを社内はもちろん、世間の人たちにももっとわかってもらいたかったので、あえてセンセーショナルな表現を用いることにしました。私たちが「かっこよく」を判断や行動のものさしにして仕事に取り組めば、その姿勢はお客様に伝わり、ここで働いてみたいと思ってくれる人も増えると考えたからです。そして、これを実効的なものにするため、どのような行動を取れば「かっこよく」なるか、基本的な項目を100個以上定め、実践度合いを点数化して評価する仕組みをつくりました。給与やボーナスの額もそれに連動していますから、何点取れば年収がどれくらいになるということも情報開示しています。ただし、仕事をしていく中では様々な状況があり、そのときどのように対応するか、個々人の判断に委ねられることも少なくありません。ですから、八百鮮の基本的な考え方にもとづきつつ、その人なりの「かっこよく」をメンバー自身で追求してほしいと考えています。これまでの人生で親や学校の先生、先輩、友人などから学んで培った「よき心」に従って、幸之助さん流にいうなら「素直な心」に従って考え行動すれば、その人なりの「かっこよく」が仕事の中に現れてくるはずです。八百鮮では売場担当者に仕入れから値づけ、陳列、販売まで一切を任せていますから、その人の「どうしたら、かっこよくなるか」で取り組み方も変わってきます。商品をその日のうちに売り切るために、どのくらい仕入れ、どんな陳列や売り方をし、どのタイミングで値引きをすれば「かっこよく」売り切ることができるのか。あるいは、レジが混んできた場合に、すぐにヘルプに駆けつけるか、少し様子を見て自分の仕事を先に済ませてからにするか。日頃の仕事の一つひとつで、その人の「かっこよく」が試されます。このような実践がよくできているメンバーはきちんと表彰し、さらには店長に抜擢します。できる人の「かっこよく」を身近で見て学ぶことで、他のメンバーの「かっこよく」も磨かれていくわけです。利益の25%を人に投資し「イズム」の濃度を高める現在、従業員は約150名を数えるまでになりましたが、人を主体とした経営を行なう以上、人材への投資は欠かせません。給与やボーナスはもちろんのこと、教育費や採用費などにもしっかりとお金をかけており、これら人材関連の投資額は現在、経常利益の25%程度に上っています。そのため、税理士さんから「もう少し人材関連の投資を抑えれば、もっと利益が残りますよ」とアドバイスされるのですが、私の答えは決まっています。「それをしたら、八百鮮に未来はありません」大学時代に幸之助さんの経営哲学を学び、それにもとづいた会社経営をするという夢を追い求めて起業しもうたわけなので、ただ儲ければよいというのではなく、人づくりのための投資をするのは当然のことです。お客様に喜んでいただくためにも、従業員を幸せにしてこその経営ですから。なかには儲けを第一義に起業する人もいますが、ビジネスの仕組みばかり追求して、理念や人づくりをおろそ疎かにしたままでは、いつか事業が頭打ちになったときに人材が離れていくでしょうね。「どうやって利ひね益を捻り出すか」で頭を悩ませるよりも、「いかにこの商売を面白くして、みんなを感動させるか」ということを考え抜いて取り組んでいくほうが、経営者として幸せだと思うんです。今後、八百鮮の店舗が増えるにしたがって会社組織の規模が大きくなっていっても、「八百鮮イズム」の“血の濃さ”は薄まらないようにしていきたい。「人の基準」「鮮度の基準」「安さの基準」を保ち、それらをさらに上げていくことを目指しています。L35

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プロ・ファシリテーターが斬る!!組織づくり・人づくりのヒント企業の変革を阻むものPHP研究所人材開発普及部長・人材開発企画部長的場正晃PHPでの長年の現場経験をもとに、組織や人材開発に役立つ情報をわかりやすく解説市場環境の変化や働く人々の価値観の多様化など、組織を取り巻く状況が激変しているにもかかわらず、それらにうまく対応できていない企業が非常に多い印象を受けます。本稿では、なぜ企業変革が難しいのか、その原因を考察すると同時に、変革を成功に導くポイントについて解説いたします。変えないといけないけれど変わらない一人ひとりは真面目に仕事に取り組んでいるのに、業績の長期低迷から抜け出せず負けグセが染みついた組織。全社的に働き方改革の推進が叫ばれていながら、人員削減の影響で業務量が減らず、結局自分で仕事を抱え込まざるをえない管理職。どんなにがんばっても給与が上がらず、その一方で「仕事をしないおじさん」が高給を取ることに納得がいかない若手社員。「失われた30年」のあいだに日本企業の競争力が大きく低下したのは、個々の組織で上記のような問題日本企業の現場にはびこる問題点・負けグセが染みついた組織・孤軍奮闘する管理職・「仕事をしないおじさん」社員・不満を募らせる若手社員等々が発生し、それが常態化してしまったからではないでしょうか。そして、そのことに対して従業員が「仕方ない」と諦めたり、「どうせ無理」と無力感を覚えるなど、現場の閉塞感が強まったことが、企業の活力減少、生産性の低下を招いているように思われます。しかし、多くのビジネスパーソンは組織の現状について「このままではいけない」と感じています。ある調査によると、勤務先企業の変化について「必要性を感じる」と回答し％だったのに対し、「期待が持てる」と回答した人は43.9%にとどまりました（電通「企業の変革に関する従業員意識調査」2021年）。つまり、「会社を変えないといけない」とわかっているけれど、「実際はこのまま変わらないだろう」という冷めた見方・考え方をしている人が多いのです。このような、企業の変革に対する「必要性の理解」と「実現への期待」のギャップは、なぜ生じるのでしょうか。筆者は長年、多くの企業の組織開発・人材開発に関わってきましたが、その経験知から言えるのは、経営幹部の意識と行動が変革を阻害しているケースが圧倒的に多いということです。「変革をしないといけない」と口では言うものの、いざ実行の段階になると、担当事業（組織）や自身の不利益につながることを潰していく、そんな経営幹部の存在が会社をダメにしているように思えてなりません。そして最もやっかいなのは、会社をダメにしている経営幹部自身が、それを自覚していないということです。彼らは口を開けば「自分は一所懸命やっている」「会社の存続・発展のためにすべてを捧げている」と言いきります。ところが、客観的に観ていると、彼らの考えていること・やっていることの大半が、自身の立場を守るための保身行動になっていることがよくわかります。これが、企業の変革が思うように実現しない最大の要因と言えるでしょう。経営幹部の意識を変えるポイントでは、どうすれば経営幹部の意識を変えることができるでしょうか。経営幹部は社歴が長く、過去の成功体験にもとづく、自分なりの価値観や強い信念を持っている人たちです。それゆえに、意識を変えることは容易ではありません。その前提に立ったうえで、強固に構築された考え方に風穴を開け、気づきを提供するポイントは以下の３つです。36［実践］理念経営Labo2023AUTUMN

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組織づくり・人づくりのヒント①異質とふれあう機会を提供する違うバックグラウンドを持った人や、考え方の異なる人との出会いは刺激が大きく、みずからの価値感や、所属する業界の常識を見つめ直す絶好の契機となります。具体的な取り組みとしては、異業種交流会や公開型のセミナー等への参加を促すことが有効です。②自己認知を高める年齢を重ねたり、地位や肩書きが上がると「自己認知」が難しくなります。自分の強み・課題を正しく認識することは、みずからを客観視することにもつながる大切な営みです。自己認知を促進するためには、日々の内省や、第三者からのフィードバック（エグゼクティブコーチング）などが効果的でしょう。③継続的なゆらぎを与えるどのような取り組みをするにせよ、一過性の取り組みには限界があります。何らかの気づきを得たり、一時的に意識が高揚しても、放っておくとその状態は薄まったりレベルが低下します。それを避けるためには、継続的にゆらぎを与え続けて意くぎ識の「釘打ち」をすることが大切です。具体的には、みずからに刺激を与えてくれるような言葉や書物、動画、音声等に日々、ふれ続けることが、手っ取り早く、かつ効果も高いでしょう。経営幹部の意識を変えるためのアイデア・異業種交流会や公開セミナーに参加する・日々、内省する・エグゼクティブコーチングを受ける・みずからに刺激を与えてくれる言葉や書物等にふれ続ける「生の課題」を扱う経営幹部研修のススメよりいっそう変化が激しさを増すであろう今後の時代で生き残るためには、自社の変革力を磨き高めていく必要があります。そのカギを握るのが、本稿で述べてきたように、経営幹部の意識改革・行動変容です。そこで企業の経営者、人事担当の方々には、経営幹部研修を実施することを強くお奨めします。ただし、その内容がビジネススクールで扱われるような知識・情報を学ぶだけのものでは効果は限定的にとどまってしまいます。ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が著書などでよく述べているように、経営で大事なことは、「生の課題」を扱い、問題発見力・解決力を高めることなのです。したがって、自社（自部門）で現在起きている「生の課題」を取り上げ、その解決策を問答形式の議論で導き出し、実行に移すようなスタイルの研修が効果を発揮するのです。そして、こうした研修をきっかけに経営幹部の方々が「チェンジ・エージェント」（変革の仕かけ人）としてのみずからの役割に気づき、しか然るべき行動を取るようになると変革が一気に前進するでしょう。L＊PHP研究所では、よりよき人材を育成するための各種マネジメント研修を提供しています。ウェブサイトよりお気軽にお問い合わせください。まとば・まさあき1990年、（株）PHP研究所に入社し、研修局に配属される。以後、一貫して、PHPゼミナールの普及、および研修プログラムの開発に取り組む。2001年から2003年まで神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程にてミッション経営の研究を行ない、MBAを取得する。中小企業診断士。著作に『“強い現場をつくるリーダー”になるための5つの原則』（PHP通信ゼミナール）。PHPゼミナール部長研修部長力強化コース「部門管理者」から「部門経営者」へ研修のねらい部長職を対象とした公開セミナー。「部門経営者」として果たすべき責任・役割を認識し、意識と行動をシフトして、事業を変革・創造する真のリーダーになることをねらいとしています。既任の活性化、新任の昇格時研修に好評です。実施要項対象部長職の方々（部長、所長、グループマネージャーなど）受講料88,000円（税込）※1「社員研修VA+」会員は10％割引※2集合研修は懇親会費用含む定員期間3つの特長「部門管理者」から「部門経営者」へと成長するためには、「目的」「視点」「発想」といった観点から意識と行動を変えることが必要です。そこで、次の3つのポイントから「真のリーダー」への第一歩を踏み出していただけるよう働きかけます。①全体最適、一人称発想への変換を促す②名リーダーの講話から「部門経営者」としての視点・発想を自得③人間力を磨き上げる目的視点発想「部門管理者」から「部門経営者」へ部門管理者維持・向上部分最適二人称発想「君が～」2日間総学習時間集合研修：24名オンライン開催：25名※1開催1社5名まで詳しくはウェブサイトをご覧ください13時間部門経営者変革・創造全体最適一人称発想「私が～」［実践］理念経営Labo2023AUTUMN37

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特別動画案内MOVIEGALLERY私欲私心が会社を潰す松下幸之助部下の力を引き出すには松下幸之助『［実践］理念経営Labo』では、誌面内容がよりよくわかる特別動画をウェブサイトにてご視聴いただけます。今号の特集テーマ「松下幸之助がリーダーに求めたこと」をさらに深く知るには、以下の動画もオススメ！POINT賢い人は会社や国を興すが、それを潰すのも賢い人である。その違いは「私」があるかどうか。リーダーには私心があってはいけない、と語る視聴時間8分2秒講話概要1976年5月10日・名古屋青年会議所5月例会の講演（DVD『松下幸之助信念の経営』収録）POINT松下幸之助が人づくりに対する思いを語った3篇①「部下の力を引き出す」、②「人づくりの真髄とは」、③「体験を重んずる教育を」を収録視聴時間10分22秒講話概要①1959年10月1日・松下電器社員への話②1962年11月21日・松下電器社員への話③1965年2月16日・第9回産業訓練関西大会での話みずから決断を下すときに聴きたい『道をひらく』の言葉（朗読）POINT560万部超のロングセラー『道をひらく』（松下幸之助著）の中から、主に決断を下すときに参考にしたい4篇を、プロの声優が朗読する38［実践］理念経営Labo2023AUTUMN視聴時間9分24秒書籍掲載ページ①「判断と実行と」P86～87／②「止めを刺す」P92～93③「根気よく」P100～101／④「思い悩む」P102～103

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松下幸之助肉声講話＋PHP理念経営研究センタースタッフ解説PHP研究所公式チャンネルにて好評配信中！……ほか多数ご視聴＆チャンネル登録はこちらから→2023AUTUMN10-12（Vol.7）2023年10月27日発行発行人渡邊祐介編集主幹川上恒雄編集長佐々木賢治発行所PHP理念経営研究センター［編集スタッフ］〒601-8411京都市南区西九条北ノ内町11番地TEL075-681-9166メールkenkyu1@php.co.jpURLhttps://www.php-management.com/長尾梓／時政和輝／桐本真理［制作・普及協力］池口祥司／的場正晃／石田賢司／林順一／櫻井済徳／松田一馬動画順次公開＆メルマガ登録受付中誌面の内容がよりよくわかる特別動画をこちらのウェブサイトで順次公開しています。↓また、上記動画の公開時期および『［実践］理念経営Labo』の最新情報をメルマガ（無料）にてお届けします。ご希望の方はこちらのウェブサイトよりメールアドレスをご登録ください。↓［デザイン／制作］朝日メディアインターナショナル株式会社©PHPInstitute,Inc.2023Allrightsreserved

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