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# Vol.05『[実践] 理念経営Labo』（2023 SPRING 4-6）

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人と組織の可能性を発見する研究誌理念経営実践Vol.5Labo2023SPRING4-6［特集］喜びを生み出す経営「おいしくて安い」を貫くシャトレーゼの三喜経営シャトレーゼホールディングス代表取締役会長齊藤寛４つの「しない」経営が社員と地域を元気にする能作代表取締役会長能作克治感情労働の負担をケアし、誰もが活躍できる会社に共同代表取締役社長有賀公哉「究極の個別化」で価値と感動をつくるバリューマネジメント代表取締役社長他力野淳［松下幸之助経営塾志の実践］TACT髙井法博会計事務所代表社員・会長髙井法博［アントレプレナーの最前線］双日サステナビリティ推進室専門部長小林正幸［道をひらく～私の流儀～］紙芝居師、えとこえ代表藤井一

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『［実践］理念経営Labo』刊行にあたって現代の企業や組織において、経営理念を経営の軸に据えることの重要性はますます高まっています。一つには、資本主義社会のあり方が問い直され、企業の果たすべき責任がよりいっそう重視されつつあることが挙げられます。たとえば、行きすぎた株主重視の反省から、企業には社会的な課題解決が一段と強く求められるようになりました。ESG（環境、社会、ガバナンス）投資やSDGs（持続可能な開発目標）への関心の高まりからも、その傾向は明らかです。また、従来の経営理念に加えて新たに「パーパス」（存在意義）を掲げる企業も数多く出てきました。一方で、政府による働き方改革の推進、雇用慣行の変化、特に最近は新型コロナ感染症拡大をきっかけとしたリモートワーク導入促進の流れの中で、働く人々の価値観においても多様化が進み、組織を統合するための経営理念の役割も見直されています。私どもPHP理念経営研究センターは、複雑化する環境においても企業や組織が活力を持って高品質な商品やサービスを創出し、持続的な発展を遂げてゆくために、新たな理念経営のあり方を追求することを年に設立いたしました。この使命はパナソニックグループ創業者で弊社PHP研究所創設者でもある松下幸之助の「思い」から発しています。松下は、昭和7（1932）年5月5日、「人々の日常生活の必需品を充実豊富にして、その生こんしん活内容を改善拡充する。松下電器製作所はこの使命の達成を究極の目的とし、今後一層渾身の力を振るまいしんい、一路邁進せんことを期す」という趣旨の自社の「真使命」を宣言し、パナソニックグループを世界へと飛翔させました。また終戦後の世の乱れ、人心の荒廃を思い知らされたところから、「繁栄を通じて、平和と幸福を実現する」（PeaceandHappinessthroughProsperity）との思いに立ち、昭和21（1946）年11月3日にPHP研究所を設立いたしました。「初めに思いありき」の言葉通り、松下のいずれの事業活動もすべて「思い」を原点とした理念経営にほかなりません。こうした考えに立ち、PHP理念経営研究センターの情報発信の場として『［実践］理念経営Labo』をこのたび刊行いたします。誌名に「Labo」（ラボ）とつけたのは、本誌を生きた「理念経営の研究室」とし、より先端的な課題への取り組みに挑みたいとの思いがあってのことです。理念経営に挑戦している経営の現場を現代的見地にもとづいて取材し、理念実践の新たな指針を創出することを目指して誌面づくりに尽力していきたいと考えています。読者の皆様には、ぜひとも「Labo」の共同研究者として情報、ご感想を賜り、明日の「理念経営」のあり方に一石を投じるべくご支援、ご指導をお願いいたしたく存じます。2022年4月PHP理念経営研究センター代表渡邊祐介

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Contents──2023SPRING4-6（Vol.5）特集喜びを生み出す経営【Interview】「おいしくて安い」を貫くシャトレーゼの三喜経営10億円のコストカットで値上げを抑える【Interview】4つの「しない」経営が社員と地域を元気にする子供たちが誇れる世界ブランドの鋳物メーカーへ【Interview】感情労働の負担をケアし、誰もが活躍できる会社に「日本でいちばん大切にしたい」と認められた人材定着の経営シャトレーゼホールディングス代表取締役会長齊藤寛能作代表取締役会長能作克治共同代表取締役社長有賀公哉61014【Interview】「究極の個別化」で価値と感動をつくる働きがいと活性化を生み出す文化財利活用ビジネスバリューマネジメント代表取締役社長他力野淳18松下幸之助経営塾【志の実践】「自利利他」の人生を貫く顧客企業の“社外重役”、そして“貧者の一灯”として【塾生通信】日に新たSeriesTACT髙井法博会計事務所代表社員・会長髙井法博2226【アントレプレナーの最前線―時代をつくる旗手たち】先人の起業家精神を探究し新たな発想実現に挑む鈴木商店、岩井商店、日本綿花から続く「総合商社双日のDNA」とは【道をひらく～私の流儀～】紙芝居をビジネスの新たなツールにプレゼンにも理念浸透にも使える独自メソッドを開発【プロ・ファシリテーターが斬る!!組織づくり・人づくりのヒント】職場の生産性を高めるリーダーとは双日サステナビリティ推進室専門部長小林正幸紙芝居師、えとこえ代表藤井一PHP研究所人材開発企画部長的場正晃283236【BOOKS〈知をひらく〉～経営の着眼点～】リーダーは「脇役」に徹せよＰＨＰ研究所ビジネス･教養出版部ビジネス課編集長大隅元38誌面内容がよりよくわかる特別動画を右のQRコードからご視聴いただけます。動画は随時追加予定。メルマガにてご案内します。（メルマガ登録はP39下をご参照ください）

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［特集］喜びを生み出す経営

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世界的な物価高騰や景気後退が懸念されるなど、経営環境については暗い話題が多い中で、日本の企業は「喜び」を生み出すことができているのだろうか。もっか顧客に対しては、目下ほとんどの業界において値上げを受け入れてもらわざるをえない状況にあるのは周知の通り。また、働く人に対しても、2022年に行なわれたある国際調査によれば、日本の従業員エンゲージメントは調査対象129カ国中128位と最低クラスに留まるという。社会との関係に目を向けると、衰退しつつある地場産業や地域コミュニティーに対してどれほどの貢献ができるかという課題もある。はたして、企業はどのような取り組みを行なえば、顧客や取引先、従業員、地域社会など多方面から寄せられる期待に応えることができるのか。さらに、どのような仕組みや制度づくりで、組織的な活動として発展させていくことができるのか。本特集では、いい会社づくりを実践し、多くの「喜び」を生み出している経営トップの考え方からそのヒントを探る。

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Interview「おいしくて安い」を貫くシャトレーゼの三喜経営10億円のコストカットで値上げを抑える株式会社シャトレーゼホールディングス代表取締役会長齊藤寛さいとう・ひろし＊1934年、山梨県生まれ。’54年、20歳のときに焼き菓子店「甘太郎」を創業。5年後、有限会社甘太郎を設立し、代表取締役に就任。’64年にアイスクリーム業界に参入。’67年、10円シュークリームを発売、同年、株式会社シャトレーゼに社名変更。2008年、代表取締役会長に就任。’10年、シャトレーゼをはじめ、ワイナリー事業、リゾート事業、ゴルフ事業などを統括して株式会社シャトレーゼホールディングスに商号変更し、代表取締役社長に就任、新設分割会社株式会社シャトレーゼを設立。’18年から代表取締役会長。株式会社シャトレーゼの代表取締役会長も兼任。株式会社シャトレーゼホールディングス本社：山梨県甲府市／創業：1954年／事業内容：菓子、ワイナリー、ホテル、ゴルフなどの各事業を中心とした企業グループの企画・管理「おいしくて、安くて、体にやさしいお菓子」との評判で、大人気のシャトレーゼ。コロナ禍でも業績が伸びていることから多くのメディアに取り上げられる中、昨年春には、1年間値上げをしないことに加え、社員の給与を上げることを発表し、大きな話題を呼んだ。深刻な物価高騰の時代において、どのようにそれらを実現しているのか。創業者で代表取締役会長の齊藤寛氏に話を聞いた。取材・構成：長尾梓写真提供：シャトレーゼ社員の知恵を結集しムダを削減2022年春、シャトレーゼは「値上げをしないことへの挑戦」を掲げ、1年間値上げしないことを宣言しました。それだけではなく、一方で社員には2年間で給与を10％アップすることを約束しています。国内では賃金がほとんど上がらず、物価高騰を理由に大手メーカーが次々と値上げをしている中で、なぜこのような方針を発表したのか。それは、弊社の社是「三喜経営に徹しよう」が大きくかかわっています。「三喜経営」とは「お客様に喜ばれる経営」「お取引先様に喜ばれる経営」「社員に喜ばれる経営」のことで、弊社ではこの3つの「喜」を大切にしています。なかでも一番は「お客様」です。物価高のご時世でも、これまで通りたくさんのお客様においしいお菓子を手軽に楽しんでいただきたい。また、企業に賃上げこうしが求められている今、その嚆矢となり世の中の期待に応えたい。そうした思いからこの方針を打ち出しました。6［実践］理念経営Labo2023SPRING

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特集喜びを生み出す経営もちろん、商品の主原料である小麦粉や砂糖、油、卵、乳製品等が軒並み値上がりしているのも事実です。だからといって、その分品質を落としたり、サイズを小さくしたりすればお客様に喜ばれませんし、取引先や社員に負担をかけることも「三喜経営」に反します。そこで弊社では、原料以外のムダを徹底的に省き、さらなる効率化を進めています。まず、あらゆる現場のムダを削減し、改善するために社内で広くアイデアを募集。採用されれば効果に応じて報酬が出る仕組みで、社員も積極的に提案してくれて毎月500件ほどのアイデアが寄せられています。1つの好例としては、カップに入ったプリンを運ぶケースです。以前は中で容器が動かないよう、各ケースの底に枠型のプラスチックトレーを敷いていましたが、ケースそのものに枠をつけることでトレーをなくし、年間1000万円ほど削減しました。そして今一番力を入れているのは、製造工程における機械化です。単純作業をロボットに任せて効率化すると同時に、人の手が触れる作業を減らせるため、菌の繁殖を防ぐ効果もあります。また、夜間の作業でも活躍してくれるので、今日つくったものを今日販売する「day0（デイゼロ）」が実現できるようになります。ケースそのものに枠をつける（右）ことでプラスチックトレー（左）をなくし、コストカットを実現このような取り組みによって新たな発想が生まれており、社員からの提案だけでもすでに10億円ほどのコストカットにつながりました。そして、社内にいい循環が生まれ、会社全体の体質が強くなったことを実感しています。かく言う私のモットーは、ピンチのときこそ知恵を絞ってチャンスに変えること。かつて大手メーカーに太刀打ちできる商品がなく経営が苦しかった頃、日持ちのしない高級品のシュークリームをあえて手頃な値段で大量に売り出し、回転の早い商品として新たに定着させました。これが大ヒットして現在まで主力商品となっています。お客様に喜んでいただきたいと考えて、大手メーカーがやらないことに挑戦したからこその成功でした。どんな苦境にあってもお客様を喜ばせることを基本に発想すれば、必ず活路を見出せるはずです。両親から学んだ考え方を“経営のものさし”に「三喜経営」の考え方は、私の両親の教えが元になっています。山梨県でぶどう農園とワイン醸造を営んでいた父は、近所の農家に栽培指導を行なう地域の世話役のような存在でした。教師をしていた母はとても優しい人で、退職後もかつての教え子が何人も訪れて、わが家はいつも私塾のように賑わっていました。ところが、戦後、父が事業拡大に失敗し、大きな借金を抱えることになります。そんなときに助けてくれたのは、両親の友人や近所の人たちでした。いつも人のために尽くしてきた両親だったからこそ、苦しいときに救いの手を差し伸べてもらえたのだと思います。こうした両親の姿から、利他の心で誰かのためになることをしていれば、回り回って自分に返ってくると学んだのです。創業から10年後の1964年、アイスクリーム工場を立ち上げ、いよいよ会社としての理念を掲げようとしたときに、両親から学んだ考え方を根本に据えて「三喜経営」としました。以来、何か判断を行なうときは必ず、この考え方をものさしとするようにしています。たとえば、こんなこともありました。私は戦中派の古い人間ですから、かつて、会社は上場して一人前だと考えて、その準備を進めていました。ところが、まさに上場する日の前夜、「本当にそれでいいのだろうか」という思いがよぎりました。上場すると、お客様よりも株主が第一。「三喜経営」に照らし合わせれば、それではダメだと思い直し、上場を取りやめることにしたのです。今でもこの判断は正しかったと思っています。やはり株主の顔色をうかがっていては、なかなか思い切った挑戦ができなかったでしょう。投資価値を追求する「物言う株主」がいないからこそ、お客様のことを一番に考えた商品が出せるのです。おいしさ、安さ、安心で喜びの輪を広げる弊社の商品は、テレビCMや新聞広告を一切していません。宣伝に費用をかけるよりも、その分、お客様に喜んでもらえるよう、商品を安くしたりサービスを向上させるなどで還元したい。その結果、口コミでお［実践］理念経営Labo2023SPRING7

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客様の輪が広がっていくことが理想だと考えています。このように言うと商品の安さばかり追求しているように思われるかもしれませんが、決してそうではありません。大事なのは、安さの前においしさです。弊社の商品づくりの基本は、「安いのにおいしい」ではなく「おいしくて安い」。創業以来、おいしさにはこだわり続けています。それを象徴しているのが、独自の生産流通モデル「ファームファクトリー」。原材料を契約農家から直接仕入れ、国内の自社工場で製造し、全国のお店へダイレクトに配送する、問屋を通さないシステムです。これによって、もちろん中間マージンを省けるというコスト上のメリットもありますが、それ以上に良質の新鮮な素材で商品をつくり、おいしい状態でより早くお客様にお届けすることが実現できています。契約農家に対しては、先方の利益を見込んだ固定価格で購入していますので、季節や相場によらず安定した収入が得られると、こちらにも喜ばれています。お客様も喜び、農家も喜び、われわれも誇りを持ってお菓子づくりができる。まさに「三喜経営」に適った仕組みなのです。また、素材の味を活かすためには1個10円で始まったシュークリームは今でもシャトレーゼの一番人気水にもこだわりたいと思い、山梨県北西部の白州に工場をつくりました。たとえばあんこをつくる際は、小豆を洗う段階から白州の名水を使っています。乾いた小豆はよく水を吸うため、最初からいい水を使うことで味に大きく差が出てきます。卵についても、白州の広大な土地で放し飼いにした鶏に産ませたものをお菓子づくりに用いたいと考えています。もちろんコストは上がりますが、それに見合う以上においしいものができるはずです。このように他社がやっていないことに挑戦してお客様に喜んでいただくことは、われわれの使命であるといえます。無添加や糖質カット、アレルギーフリーの商品づくりを行なっているのも、まさにその使命からです。他社にもこうした商品はありますが、高価な割に大抵味はいまひとつ。確かに、添加物を使わないと風味が落ちやすく日持ちもしにくいですし、糖質やアレルギーを誘発する卵、牛乳、小麦粉を使わずにおいしくするには、とてつもない開発の手間とコストがかかります。特にアレルギー対応の商品をつくる際は誘発物質がわずかでも混入してはならないので、工場内を徹底的に清掃して、他のラインもすべて止める必要があり、手間とコストが余計にかかります。それでも、「アレルギーを持つ子供にもみんなと一緒にケーキをおいしく食べてもらいたい」という社員からの提案でプロジェクトとして取り組み始め、挑戦し続けています。おかげさまで、「シャトレーゼのものはおいしくて安い」と好評をいただいています。何より嬉しいのは、アレルギーを持つ子供のお母さんから、思わず涙が出るようなお礼のお手紙が届くことです。こうした喜びの輪を広げることが、事業の成長にもつながると考えています。ロイヤリティなしのフランチャイズで共存共栄弊社は1970年代からフランチャイズ方式（以下、FC）を採用しており、現在国内740店、海外に160店ほどになっています。FCの輪がここまで広がってきた要因としては、第一に「三喜経営」の理念に共感していただいているからでしょう。あと、よく驚かれるのですが、弊社がロイヤリティを一切いただいていないこともあるのかもしれません。弊社ではFC店のオーナーや店長はみんな「仲間」だと考えています。本部がお菓子をつくり、FC店がそれを売るという「支え合い」で成り立っているのです。FC店のオーナーや店長には、オペレーションはもちろんのこと、弊社の理念もしっかりと共有し、実践してもらいます。失敗するFC店は、自己中心的な考え方で運営されているケースがよく見受けられます。たとえば、商品が残ると損をするからと、理由をつけて返品をして、3時頃に売り切れてしまうお店がありました。それは一見うまくやっているようでも、実際はそうではありません。販売機会の損失が大きいうえに、お客様に残念な思いをさせてファンを減らしています。そうした前例をお伝えしながら、共存共栄の考え方を理解してもらいます。また、ここ数年はコロナの影響で8［実践］理念経営Labo2023SPRING

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特集喜びを生み出す経営できていませんが、全国のFCオーナーが一堂に会する大会を年1回催しています。これは、われわれが通信簿をもらうようなものだと思っています。なぜなら皆さんの顔を見ると、お店の経営状況がはっきりとわかるからです。ニコニコしている人は経営が順調、私から目を逸らす人はうまくいっていない。でも、そんな人もうまくいっているお店での「三喜経営」の取り組みを聞くうちに、また前向きな表情を浮かべるようになってくるので、わざわざ足を運んでいただくだけの価値は十分にあると感じています。今年あたりからまた再開したいですね。200名以上の“社長”が活躍するプレジデント制最後に、「社員に喜ばれる経営」については、第一に社員たちの頑張りをしっかり評価し、それに報いることが大切なのはいうまでもないでしょう。弊社では冒頭で述べた給与アップ以外にも、業績目標が達成できた年には決算前に利益の1割を決算賞与として社員に配分することにしています。また弊社では、各商品ブランドや事業の責任者を“社長”として経営にあたってもらう「プレジデント制」という制度を設けており、事業計画を達成したプレジデントには報奨金が支給されます。今では90近くあるすべてのラインにプレジデントを置いており、間接部門も含めると200名強になります。私がプレジデントたちにいつも言っているのは、どんなときでも「三喜経営」の考え方にもとづいて経営判断をすること。もう1つは、これまでは郊外型店舗（左）が中心だったが、2019年秋から都市型店舗「YATSUDOKI」（右）を展開。高級感のあるスイーツとパッケージは手土産としても喜ばれている事業を「自分の家業」だと思ってやることです。やはり家業だと思えば、お金の使い方も変わってきます。たとえば会社では電気をつけっぱなしにしていても、家だと「もったいない」と思って節約するでしょう。この「もったいない」という気持ちが非常に大事で、まさに経営の原点であると思います。この制度の大きな利点は、プレジデントと私の距離が近くなることです。通常であれば、社長の下に役員、その下に工場長がいて、そしてライン長につながります。しかし、これでは現場からの報告が上がってくるまで時間を要し、対応が遅れます。何でもそうでしょうが、やってみて悪いところがあればすぐにやめ、いいところはどんどん伸ばす。そのためにはスピード感が大切です。現場の声が直接私に届くようになったことで、スピーディーに物事が進むようになりました。現在、プレジデントは30代～40代が中心ですが、これからはやる気のある人や若手社員の起用を推し進め、責任者として活躍できる場をどんどん提供していきたいと考えています。そうすれば若い頃から経営感覚を身につけた人材が育ちますし、他の社員の刺激にもなります。若手社員にプレジデントを任せて大丈夫かと不安に思う声もあるかもしれませんが、挑戦の結果、うまくいかなかったとしても、その経験をかて糧として勉強し直し、次のチャンスに臨めばいいのです。それこそ私が経営者となったのは、20歳のときでしたから。学歴や年齢に関係なく、やる気のある人に実践経験を積ませ、将来の経営者に育てていこうと考えています。シャトレーゼはこれからも新たな事業展開に挑戦し続けていきます。お客様にゆっくりと買い物を楽しんでいただきたいとの考えから、これまでは郊外型の店舗が中心でしたが、2019年秋に都市型の新たな業態「YATSUDOKI」（ヤツドキ）を始めました。シャトレーゼのお菓子を手に取る機会のなかった地域の方々にも喜びをお届けしていきます。さらには、本業を通じて地域社会や地球環境のためになることにも、よりいっそう貢献していきたい。おいしいものをリーズナブルに提供するだけでなく、皆様に「シャトレーゼは世の中のためにこんなこともやっているんだ」と共感し、喜んでもらえる取り組みを広げていきたいと思っています。L［実践］理念経営Labo2023SPRING9

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Interview4つの「しない」経営が社員と地域を元気にする子供たちが誇れる世界ブランドの鋳物メーカーへ株式会社能作代表取締役会長能作克治のうさく・かつじ＊1958年、福井県生まれ。大学卒業後は報道カメラマンを経て、’84年、能作に入社。鋳物職人として18年勤務する。2002年、代表取締役社長に就任。錫100%の食器を手がけるなど、自社商品の開発に注力し、新しい事業を次々に展開する。’23年、代表取締役会長に就任。株式会社能作本社：富山県高岡市／創業：1916年／事業内容：仏具、茶道具、華道具、インテリア雑貨などの製造・販売、結婚10周年の錫婚式事業すず世界初となる錫100％の食器を開発し、従来のものづくりにとらわれない新しい商品開発で注目を集めているいもの富山県高岡市の鋳物メーカー「能作」。本社の工場見学には全国から人が集まり、「産業観光」の人気スポットとしても知られる。地方の一下請け工場からどのようにして、世界に羽ばたく企業へと変貌を遂げたのか。そこにわだちは、伝統を守り、新たな轍をつけることを目指す能作克治会長の「しない」経営哲学と、地域に元気を取り戻すという強い信念があった。取材・構成：時政和輝写真提供：能作斜陽産業でも成長し続けるワケ「人と、地域と、能作」。これは、最近できた、わが社のロゴマークにちゅうぞう並記するスローガンです。鋳造業での商品づくりやサービスを通して、お客様や富山県高岡市の皆さんに喜んでいただき、地域創生に尽力したいとの思いを込めました。ここ高岡市は、江戸時代に加賀前田家2代当主によって城下町として開かれ、鋳物産業で栄えた町です。茶器や華器、仏具などの銅器鋳物が有名で、一時は国内における銅器生％以上を占め、海外にも輸出していました。しかし、現在、日本の伝統工芸品の出荷額は右肩下がりの傾向が続いており、ピークだった1983年の5分の1にまで縮小しました。後継者が育たず、廃業に追い込まれるケースも増えています。そうした状況にありながらも、わが社は成長を維持し、この30年間倍、売上は18倍にな10［実践］理念経営Labo2023SPRING

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特集喜びを生み出す経営りました。工場の見学も年間13万人以上の方が訪れ、高岡の一大観光スポットにもなっています。わが社がここまで成長できた秘密は、4つの「しない」経営にあるのだと思います。その4つとは、○「儲け」を優先しない○営業活動をしない○社員教育をしない○同業他社と競争しないです。一般的な経営方針とは異なるかもしれませんが、自利優先、売上追求ではなく、地場産業を守り、地域やここで働く従業員を大切にしたいという思いから生まれたものです。この信念を抱くようになったのは、37年前の一つの出来事がきっかけでした。「勉強せんかったらこんな仕事になるよ」私は1984年に前職の報道カメラマンを辞めて、妻の父が代表を務める能作に入社しました。厳しい労働環境でしたが、もともとものづくりに興味があり、伝統を引き継いでいる誇りを持って、早朝から夜遅くまで働いていました。入社して2年目、小学校高学年のお子さんを工場見学に連れていきたいと、地元の女性から問い合わせがありました。当時はバブルの真っただ中で、地方にある鋳物工場に関心を持つ人は少なく、見学者もほとんどありません。そこで、私はそのお子さんにカッコイイ姿を見てもらおうと、いつも以上に張り切りました。ところが、母親がその子に言うのです。「あんた、よく見なさい。勉強せんかったらこんな仕事になるよ」。よその人ならいざしらず、地元の方が伝統産業とその職人の仕事を蔑ないがしろにしていることに大きなショックを受けました。そしてこのとき、私は「地元の人の意識を変え、鋳物職人の地位を取り戻す」と決意したのです。そのためには、まず鋳造技術を高めること、次にその技術力で自社のオリジナル製品を開発し、販売すること、そして工場見学を通して、ものづくりの魅力を知ってもらうことだと考え、実行を目指しました。下請け工場から自社商品開発へ当時は、わが社も例外なく、経営不振に悩む日々でした。需要が減っていくものをただひたすらつくり続けても、明るい将来はありません。鋳物の伝統を守るためには現状維持ではなく、新しいことへチャレンジするしかない。そのために、何よりも技術力を高めなくてはいけないと考え、他社の鋳物工場に出かけて教えを乞いました。そして、2002年に社長に就任すると、新しい商品開発に着手しまりんす。「仏具のお鈴がつくれるなら、風鈴もできるのでは」という第三者からの意見を取り入れ、試行錯誤ししんちゅうてできたのが真鍮の風鈴です。これが大ヒットしました。その後もショップの販売員やデザイナーからアドバイスをいただきながら、世界初となる錫100％の籠・曲がる「KAGO」シリーズや酒器、食器など、デザイン性に優れた商品を次々に生み出していきました。私たちのような伝統産業は、リスクを回避して、従来のやり方を固守してしまいがちです。時代の生活スタイルに合わせていかに変化させ、挑戦していくか。これが決定的に重要だと確信しました。以後、社員にも、やりたいと思ったことはまず挑戦してみるように促しています。なぜ「儲け」を優先しないのかとはいえ、自社商品の販路開拓には骨を折りました。1つには、高岡の伝統産業は分業制になっており、生産者に販売の経験やノウハウがないからです。また、問屋との関係を維持する必要もありました。あくまでも地域の活性化が目的ですので、地元に根づいてきた流通形態を損なっては意味がありません。そのため、下請けの仕事は続けながら、都市部に直営店を出して、そこで自社商品を販売することにしました。自社商品が徐々に注目され始めると、一般のセレクトショップから取り扱いたいと問い合わせがくるようになりました。そのときはまず、わが社の商品を取り扱っている問屋と取引があるかどうかを確認し、ある場合は、その問屋を介して購入してもらいます。地域からの信頼を壊さないように、こうした配慮は特に大切にしてきました。錫100%なので柔軟性があり、簡単に形を変えることができる［実践］理念経営Labo2023SPRING11

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販路を開拓する中で気づいたのは、直営店の持つ役割の大きさです。曲がる「KAGO」シリーズは今でこそ人気があるものの、最初デパートに置かせてもらったときはまったく売れませんでした。錫の柔らかい性質を活かして自由に形を変えられる画期的な商品ですが、その価値がお客様に十分に伝わらなかったからです。直営店を持ってからは、販売員がお客様の目の前で形を変えるところを見せたり、実際に手に取ってもらったりして、機能性を体験してもらうことで、一気に人気が出ました。また、この度のコロナ禍でも、改めて店舗の重要性を考えさせられました。ECサイトの売上は伸びましたが、新しいファンづくりは難しいと感じました。なぜなら、オンラインでは私たちの商品の特性が伝わりづらいからです。そこで、コロナ禍で店舗を減らすところが多い中、わが社は直営店を増やす方針に舵りました。かじを切店舗では売ることよりも、まずはお客様に、商品に親しんでいただきたいと考えているため、販売目標は設けていません。販売目標の達成を意識しすぎると、無理に売ろうとし紙芝居を通して、子供たちに鋳物の魅力や高岡市の歴史を伝えるてわが社のイメージダウンを招きかねず、販売員のモチベーションにも影響します。儲けを優先しない代わりに、販売員には、商品の背景にあるストーリーや職人技術の素晴らしさ、生産地である高岡の歴史を語ってもらうようにお願いしています。すると、能作に興味を持ってくださった方が知人や友人に紹介してくれたり、お祝いの品やお土産として利用してくれたりするようになりました。また、飲食店で使っていただくと、そこを訪れたお客様が錫器に興味を持ち、購入につながるといったケースも増えています。本物であれば手に取ってもらうことで、物のよさは必ず伝わります。みずから営業活動をするのではなく、お客様にファンになっていただいて広めてもらう。それが「営業活動をしない」ということの真意です。思いやりのある人材をみずから学ばせて育てるメディアで取り上げられる機会が増えると、若い人の入社希望が急増しました。なかには、子供の頃に見学に来てくれた方がいたり、男性が当たり前の鋳造の仕事に女性からの希望があったりと、これまでとは違った変化が見られます。社長就任時の社員の数はわずか10名でしたが、今では170名を超えました。実はその半分以上が女性で、直営店舗やECサイトの運営などで活躍してくれています。また、管理職も半分以上が女性です。人材を採用する際、わが社では他人に対する「思いやり」の心があることを重視しています。鋳造の知識や技術は入社してから学べますが、人への優しさや思いやりは主に成長過程で身につくもので、大人になって養うのは難しいと考えるからです。心づかいできる人が集まっているからこそ、社員たちはお客様や地域の方のことを第一に考えて働いてくれています。一方で、社員教育については特に何もしていません。その代わりに社員がみずから学べる環境づくりに力を入れています。仕事には楽しんで取り組むことを大事にしているので、社員がやりたいと思ったことはどんどんやらせます。失敗しても怒ったことは一度もありません。なぜなら、失敗は経験値となり、技術力を高めることにつながるからです。むしろ、社員には「何もしないことが一番よくない」と言っています。また、工場見学にも社員の学びを促す重要な役割があります。見学ツアーの担当者はもちろんですが、どの社員にも訪れたお客様に鋳造や工場について説明する機会が生まれるので、自分で話せるように勉強します。様々な質問に答える中で、知識がより深まっていくはずです。研修や教育は、受け身でやっても身につきません。自分がやりたいことに挑戦し、失敗しても次は成功しようと努力する中で、いろいろなことを学んでいけばいいのです。社員教育というかたちを取るよりも、みずから学べる環境づくりを行なうほうが、社員のやりがいを高めることにつながると考えています。数十年先を見据えて新社屋の建設に力を入れる現在の社屋は、2017年に当時の12［実践］理念経営Labo2023SPRING

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特集喜びを生み出す経営売上高13億円を大きく上回る16億円を投資して建設しました。より大勢の方に鋳物や地域の魅力をアピールするために、建築家やデザイナーと議論を重ね、「この地域の人がみんなひとつ屋根の下にいよう」というコンセプトを決めました。それにもとづいて、鋳物の製作体験工房や錫の食器で食事を提供するカフェ、ショップなどを充実させ、親子で楽しんでもらえるような工夫を施しています。特に趣向を凝らしたのは、玄関入り口にこれまで使用してきた木型（鋳型をつくるための型）を一望できるように展示したことです。木型は、鋳物メーカーにとって企業秘密といっていいほど重要なものですが、私はよい技術であればオープンにして、同業者に役立ててもらえればと思っています。同業者と競争せ44ず、共創して技術を高め合うことが、お客様や地域のためにもなり、ひいてはわが社のためにもなると確信しています。工場の見学料はいただいておりません。1日に5回受け入れ、見学人数にかかわらず必ずガイドがついて、30分間かけて案内をします。担当する産業観光部の社員には、「売上には直接つながらないかもしれないけれど、必ずよい結果となって戻ってくるから、手を抜かないでやってほしい」と、いつも激励しています。「産業観光」の考え方は様々ありますが、私の一番の目的は、「子供たちに、地域の素晴らしさを知ってもらうこと」です。子供たちが自分の故郷を誇れるようになることが、本当の地域の創生につながり、日本のためになると考えています。伝統産業の海外進出に新たな轍をつける最近、人気が出てきているのが、結婚10周年をお祝いする「錫婚式」です。錫にちなんだセレモニーや記念の食事、錫のワークショップを通して、思い出に残る特別な時間を過ごしていただきます。高岡の本社だけでなく、わが社のプロデュースによって北海道や東京の結婚式場や有名ホテルでも挙行できるようになっており、需要が広がってきました。現在は、全国展開も視野に入れ、結婚式場やホテルとの連携交渉を進めています。また、錫の柔らかい性質や抗菌性を利用して、医療・ヘルスケアの分野にも進出しています。変形できる錫の特性を使った医療部品は、手術においても活用されています。海外進出にも積極的に取り組み、10年以上前から外国での展示会に出展してきました。特に大陸文化で暮らす人々は金属製品になじみ深く、わが社の錫器とも相性がよいと考えています。商品開発で難しいのは、現地の文化や生活習慣をしっかりと踏まえることです。日本で売れている商品が、必ずしも海外で受け容れてもらえるとは限りません。たとえば、日本で錫のビアカップが人気なのは、冷えたビールを好んで飲むからです。しかし、常温のビールを飲む国や、ビンのまま飲む習慣のある国では、需要がありません。現地の生活スタイルに合った商品を開発し、日用品として愛用されることが私たちの目標です。台湾には現地法人を設立し、2022年に直営店を構えました。店舗を持つことは海外進出においても大事にしていて、現地の方の声から、生活スタイルの違いを学んでいます。日本の伝統産業は中小・零細企業が多く、海外への進出はまだまだハードルが高いと思われています。だから、わが社が海外で活躍できれば、伝統産業の海外進出に新たな轍をつけられると考えています。世界に認められたとなれば、高岡の子供たちはいっそう地元への誇りを持てるでしょう。地場産業の「高岡銅器」に加え、「高岡錫器」という新しいブランドを日本、そして世界に広めることが、今の私の大きな夢ですね。©YUCHENCHAOPHOTOGRAPHY台湾の直営店には、現地のデザイナーと開発した台湾限定販売の製品が並ぶ錫婚式では、夫婦・家族の絆を深める独自のプログラムを提供L［実践］理念経営Labo2023SPRING13

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Interview感情労働の負担をケアし、誰もが活躍できる会社に「日本でいちばん大切にしたい」と認められた人材定着の経営株式会社共同代表取締役社長有賀公哉ありが・きみや＊1964年生まれ。静岡県浜松市出身。’89年、株式会社共同に入社。2005年、同社社長に就任。グループ会社の株式会社リアル、株式会社エヴァーブルーの社長も兼務。アルバイト時代から数々の役職を経験し、従業員の気持ちがわかるトップとして社員を牽引している。株式会社共同本社：静岡県浜松市／創業：1978年／事業内容：ビルメンテナンス業静岡県浜松市に「いい会社」として注目を集めている企業がある。清掃などのビルメンテナンスを中心にマンション管理や警備業を営む共同グループだ。高齢者や障がい者など誰もが活躍できる会社づくりを行ない、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」（人を大切にする経営学会等主催）で厚生労働大臣賞に輝いた実績を持つ。具体的な取り組みと背景にある思いを有賀公哉社長が熱く語ってくれた。取材・構成：佐々木賢治写真提供：共同“逆境”の中で募らせた「もっとこうなれば」の思い「逆境であれ、順境であれ、その与えられた境涯に素直に生きることである。謙虚の心を忘れぬことである。素直さを失ったとき、逆境は卑うぬぼれ屈を生み、順境は自惚を生む」これは、パナソニックグループ創業者の松下幸之助さんの著書『道をひらく』（PHP研究所）にある言葉です。今から30年ほど前に、経営の考え方を学ぼうと思って幸之助さあさりんのありとあらゆる著書を読み漁ました。心に響く言葉がたくさんありましたが、なかでもこの言葉からうかがえるように、幸之助さんがいつも謙虚な姿勢をしっかりと持たれていたことに深く感動しました。事業家として成功し、自分は運が強いと感じる一方で、健康や学歴に乏しく、まわりの人の協力を必要とすることもよくわかっておられた。自己に対する肯定感と否定感のバランスが見事で、私もその姿勢を大事にして経営に臨むように心がけています。私どもの共同グループは、清掃などのビルメンテナンスを行なう株式14［実践］理念経営Labo2023SPRING

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特集喜びを生み出す経営会社共同を中心として、そこから独立したマンション管理業の株式会社リアル、警備業の株式会社エヴァー社からなっています。社員数約500名のグループ企業に成長しましたが、かつてはビルメンテナンス業界においても社内の状況においても“逆境”にあったといえます。私がこの会社で最初に働いたのは、高校時代のアルバイトでした。業界でも後発だったため、なかなかいい仕事に恵まれず、建設現場から出る廃材の片づけなどの雑用が中心で、まったくもって「3K」の職場。ただそれでも、現場で汗を流す日々に充実感がありました。高校卒業後、別の大手の会社に就職しましたが、やりがいを感じられず、わずか2カ月で辞めて再びこの会社にお世話になることにしました。しかし、親から「なんでそんな会社に」と言われてしまい、大変つらい思いをしました。確かに、当時はビルメンテナンスの仕事がなかなか受注できず、「仕事を取ってこい！」と社内にいつも怒号が飛び交っていたぐらいです。同業他社さんを見て羨ましく思っていました。そんな状況ですから、やりがいや将来性がないと感じて辞めていく人も少なくありませんでした。その度に私は、「自分がもし経営に携わる立場になれたら、もっといい会社に変えよう」と思っていました。アルバイト、平社員、中間管理職など、それぞれの立場で感じてきた「もっとこうなればいいのに」という思い――経営者となった今、それをいちばん大切にして経営にあたっています。業界でトップになるとか、年商をどれだけあげるということよりも、とにかく従業員の誰もが生き生きと輝く会社にしたい。そのため、従業員の満足度を高めることを第一のテーマに掲げてきました。「感情労働」をケアする社長直通のホットラインビルメンテナンスの仕事は清掃業務が中心ですが、それは一過性で達成度合いが必ずしも明確ではないサービスです。そのため、お客様から高すぎる要求を受けることもあります。たとえば、十分きれいに清掃したつもりでも、お客様から「まだきれいになっていない」と言われたりもします。「隅々までしっかり拭き上げたのに」と落胆する現場スタッフの声を聞くと、私はその気持ちが痛いほどよくわかります。もしそんなことが続けば現場スタッフは疲弊し、それが原因で辞めてしまうこともあります。そうならないようにきちんとケアをしてあげるのは上役の担当管理者の仕事ですが、最終的な責務は私にあります。私が現場スタッフの声をしっかりと受け止め、生き生きと働ける環境づくりを進めていかなければならないと思っています。スタッフは現場でどんな苦労をしているかを会社にわかってもらいたいと思うものです。私がかつてマンション管理の仕事を担当していたとき、痛切に感じたことがあります。マンションの総会や理事会は夜に開かれることが多いので、担当者は事務所に戻ってくるのも夜遅くになります。くたくたになって戻ると、いつも真っ暗で誰もいません。「なんで自分1人こんな思いをしているんだろう」と、すごく精神的につらかった思い出があります。同じ思いをスタッフにさせたくないので、私は夜送り出すときに必ず「頼むな」と一言をかけ、事務所に戻ってくるまで待って、「お疲れさん。今日はどんなことを言われた？」と話を聞くようにしています。私たちの仕事は、現場では肉体労働、事務所では頭脳労働ですが、感情を制御して従事する「感情労働」の占める部分が相当にあるのです。キャリアの浅い人や気持ちのコントロールが未熟な人たちは、感情が疲弊してしまいます。そのため、担当管理者にはいつもスタッフを気にかけて何かあればすぐに対応する責務があり、私自身もしっかりと皆を見守っていないといけません。そうした観点から、スタッフの誰もが私と電話でいつでもつながることができる「ブレイブライン」というホットラインを設けました。現場での違法行為や深刻な問題に遭遇したときに、勇気を持って報告してもらうことが第一の趣旨ですが、それ以外にも「社長にわかってほしい、聞いてほしい」と思うことがあれば、24時間いつでもかけてきてくれて構いません。そこでは社長というより、スタッフと同じ立場で話を聞くように心がけています。ブレイブラインはかつて多いときには、1日20件近くかかってきました。基本的に現場で何か不満や問題があれば、まず担当管理者に伝えてもらいますが、その回答がないとか指導に納得がいかないという場合に私のところに直接かかってきます。なかには、ただの愚痴のような内容もありますが、まずは現場スタッフの気持ちに寄り添ってしっかりと受け止め、「大丈夫。すぐに善処するから安心してね」とフォローをし［実践］理念経営Labo2023SPRING15

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全従業員に配付しているブレイブラインカード。365日24時間対応しているます。担当管理者には誰から電話があったということは伝えず、現場での不満をどのように汲み取り、解消してあげればよいかを指導します。全体ミーティングでも指導内容を共有するので、管理者たちは着実に育ってきました。ブレイブラインの数も今では週で数件になり、現場スタッフの定着率も向上しています。どうしても扱う内容がネガティブなものになるため、受け止めるほうも決して楽ではありませんが、いい組織をつくっていくために重要なことだと感じています。福利厚生を充実させ家族に誇れる会社にさらに、従業員に会社を好きになってもらえるように、福利厚生の面でも様々な工夫をしています。まず、レクリエーションとしてスポーツ大会を年2回行なっています。これは従業員からの提案で始めたもので、決して参加の強制はしません。2回のうち1回はバドミントン大会で、もう1回はキックベースやフットサルなどの球技大会です。コロナ禍で皆よほど体を動かしたかったのか、今期は3回も開催しました。また、飲み会は全体では納会などがありますが、それとは別に5人以上集まって行なった場合、1人につ円の補助金を支給しています。年3回までOKで、ランチ会でも構いません。美味しいものを食べて、楽しく親睦を深め合ってくれればいいなと思っています。そして、季節ごとのイベントに合わせて、ささやかですがプレゼントを配ったりもしています。クリスマスケーキに年越しそば、節分には恵方巻と、一家団らんを楽しんでもらえるように、家族の人数分を持って帰ってもらいます。家族関連の手当も充実させています。大学に入る子供がいる場合は、学費の応援手当を月1万円。また、75歳以上の親がいると月5000円の親孝行手当がつきます。さらに、10月の第1週には「家庭の日」という日があり、家族と外食したらその費用は全部会社で持ちます。なぜこんなことをしているかというと、ご家族に「いい会社だね」と思ってもらいたいからです。私の場合、親に評価してもらえませんでしたが、従業員たちには家族に誇れる会社であってほしい。だから、「あったらいいな」と自分で思っていた福利厚生などを実施するかたちで、経営者として従業員とご家族に感謝の気持ちを表しているつもりです。もちろん、その分、費用はかかりますが、これらは未来への投資です。経営者の立場にありつつも、頑張ってくれている従業員の給与が増えていくことを嬉しく感じています。「引退制」で生涯現役、雇用率より定着率に注目近年はどの業界でも多様な人材が尊重し合い、一体となって組織活動を行なう「ダイバーシティ＆インクルージョン」の推進が目指されています。私どもの業界は高齢者や障がいのある方が数多く活躍しており、その推進に向けて果たす役割は、かなり大きいといえるでしょう。当社では、定年退職後に再就職した方など、高齢のスタッフがたくさん現場で活躍しており、「働かせてもらって感謝しかない」とか「仕事をしにくるのが生きがいだ」という声もよく耳にします。若い頃は「教育」と「教養」が大事ですが、高齢4444者になると「今日行く場所」と「今44日用事があること」が健康でいるために必要なんですね。高齢スタッフには「今日の仕事と職場はいつも用意しているから、長く働いてね」と伝えているので、安心感ややりがいを持ってもらえているようです。実際に、当社では以前から定年制を廃止しており、「引退制」としています。引退時期は自分で決めればよくて、生涯現役で頑張ることもできますので、元気なうちはやりがいを持って働いてもらえるのではないかと思っています。ただし、ビルメンテナンスの仕事では高齢者の労災事故が多くなりがちですので、労働安全衛生大会などで安全に対する教育もしっかりと行なっています。また、障がい者雇用に関しては、特別支援学校への取り組みとして出張清掃教室や作業現場実習の受け入れを行なっており、ビルメンテナンスの仕事を体験して理解を深めても416［実践］理念経営Labo2023SPRING

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特集喜びを生み出す経営らっています。障がい者の中で学校卒業後に社会で働くことを選ぶ人は多くありません。だから、「うちで働いてごらんよ」と積極的に門戸を広げて、可能な限り自立をサポートしてあげたいと思っています。現在、当社には勤続20年になる歳の従業員がいます。60歳のときに働く場所がなかなか見つからず苦労したそうですが、当社では公園の清掃を担当してもらっています。自分のペースで、できる範囲で構いません。私どもの仕事は、チーム内で各々に合った仕事を割り振るので、障がいのある人でも十分に活躍できるのです。そのため、当社の障がい者雇用率は、これまでずっと法定雇用率を上回ってきました。しかし私は、雇用率よりも「定着率」に注目していく必要があると思っています。ただ雇用すればよいのではなく、その人たちが生きがいを持って活躍し続けられる職場をつくっていくことが私の掲げるテーマです。現在、勤続5年名おり、障がい者雇用の環境はある程度整ってきていると感じています。このように、私どもの業界では誰もが活躍できる会社づくりをすることが可能です。どんな方にも門戸を開いて採用する（ダイバーシティ）。そして作業をうまく振り分けることによって、それぞれが活躍できる職場をつくる（インクルージョン）。これらを進めていくことを会社の使命として認識しており、その実践方法について管理者クラスの人たちと話し合いを重ねています。ただし、たとえば高齢の方に「ダイバーシティ」「インクルージョン」と言っても伝わりにくいので、社内では「活躍」という言葉をキーワードとして使っています。「おばちゃんが活躍してくれて本当に助かっているよ」と伝えて、やりがいを持って貢献してもらう。そういう雰囲気づくりを大切にしています。サービス品質とやりがいを追求する「喜ばれる企業」このように従業員を大切にするのは、喜んで働いてもらうことを重視しているからにほかなりませんが、それはまた、お客様へのサービスの品質向上につながるからでもあります。たとえば、現場スタッフが辞めて頻繁に入れ替わると、サービスの品質がその都度低下するので、お客様にご迷惑をおかけすることになります。実際に、社内の制度が整い企業風土がよくなるにつれて、スタッフの定着率が上がり、サービス品質も向上してきました。現在は加えて、不満やクレームのあるお客様からのご意見が私のところに届く「eラインリクエスト」や、各現場の作業品質をチェックし向上に努める「品質管理課」の部署を設け、お客様のリクエストにお応えする取り組みを行なっています。また、環境への配慮として、清掃作業では通常の洗剤ではなくアルカリイオン電解水を使ったり、環境にやさしい掃除方法を心がけています。環境によくない洗剤を使ったり、建材を傷めるような大雑把な清掃の仕方をしていたら、たとえ効率がよくてもお客様のためにはなりません。お客様に喜んでいただけないと、リクエストとして返ってくるので、従業員のやりがいにも影響してくるでしょう。就労選択の1つになればと、特別支援学校にて出張清掃教室を開催会社経営において、従業員もお客様もどちらも大切な存在であることはいうまでもありません。経営者はその考えを理念としてしっかりと打ち出し、「こういう会社をつくりたいんだ」と語る必要があると思います。そこでこの度、共同グループは「選ばれ喜ばれる企業へ」という経営理念を新たに定めました。お客様にとっても従業員にとっても「いい会社」であってほしいという願いが込められています。以上のような取り組みが評価されて、ありがたいことに2019年に「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」で厚生労働大臣賞をいただき、社内の雰囲気も大きく変わりました。会議も活発になり、皆でもっといい会社にしようと、いろいろな意見が出てくるようになりました。業績も順調に伸びて、ひと昔前と比べると別会社に生まれ変わったようです。今の状態は冒頭の松下幸之助げんさんの言を借りれば、まさに“順境”といえるのかもしれません。しかし私は、まだまだ絶対的に足りていないところが、会社にも自分自身にもたくさんあると思っています。もっともっと勉強して改善を重ね、従業員にも地元のお客様や社会にも「いい会社だね」と心から思ってもらえるよう、これからも謙虚な姿勢で励みたいと思います。L［実践］理念経営Labo2023SPRING17

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Interview「究極の個別化」で価値と感動をつくる働きがいと活性化を生み出す文化財利活用ビジネスバリューマネジメント株式会社代表取締役他力野淳たりきの・じゅん＊1973年、長崎県生まれ。神戸育ち。’97年に入社したリクルートで結婚情報誌の営業を担当し、その後人材企業にて関西支社の立ち上げに携わる。2005年、バリューマネジメントを設立。志の高いベンチャー企業の経営者を表彰する「ジャパンベンチャーアワード」（’16）において、「日本文化再生特別賞」を受賞。「働きがいのある会社」ランキングでは、10年連続でベストカンパニーに選出されている。バリューマネジメント株式会社本社：大阪府大阪市／創業：2005年／事業内容：文化財等の歴史的建造物や歴史地区を利活用した婚礼・宿泊・飲食事業取材・構成：桐本真理写真撮影：五十嵐邦之（P18、21右上）写真提供：バリューマネジメント京都の平安神宮会館や、G20大阪サミット2019の夕食会で利用された大阪迎賓館など、これまでに日本全国で80棟を超える歴史的建造物の保全とその再生を手がけてきたバリューマネジメント。同社は事業を展開するうえで「顧客満足度」「従業員満足度」「パートナー満足度」の3つを追求し、さらには、地域の活性化にも重点を置いている。それらすべての満足度をどのようにして高めているのか。創業者で社長の他力野氏に、詳細を語っていただいた。事業の原点は震災での経験つむ日本の文化を紡ぐ――。これをビジョンに掲げる私たちバリューマネジメントは、日本の文化的な財産である歴史的建造物を保全し、そこに新たな価値を生み出して再生する事業を展開しています。文化財など歴史的建造物の多くは、これまで国や自治体の税収によって保全が図られてきました。しかし、少子高齢化や経済停滞などにひっぱくよる財政逼迫で、現在は困難を極めています。特に地方は魅力的な歴史的資源を数多く持ちながらも衰退の危機に直面し、文化そのものが消滅しようとしています。そこで私たちは、民間企業として培ってきたマネジメントの力を生か18［実践］理念経営Labo2023SPRING

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特集喜びを生み出す経営して、歴史的建造物をホテルやレストラン、結婚式場などとして再生・活用し、文化財の収益化と保全、さらには「まち」の発展に貢献すべく活動しています。この事業の原点は、阪神・淡路大震災での私の被災経験にあります。当時21歳の大学生だった私は、倒壊した建物を前に人々が立ち尽くす姿や、火災で真っ赤に染まる空の光景に言葉を失いました。昨日まで当たり前にあった物が、一瞬にしてなくなってしまったのです。卒業後は起業を考えていたものの、傷ついたまちでは給水車の列に並び、ガスの復旧を手伝うことしかできず、みずからの無力さを痛感せざるをえませんでした。そのため、自分がなすべき事業について、改めて徹底的に考えることにしました。そのとき私が強く抱いていたのは、まちの文化を守り、その価値を高めていきたいという思い。そこから、「“まちの顔”であるホテルを軸として、まちを活性化する事業を行なう」という構想を打ち立てました。私の育った神戸は世界からいろいろなものが流入する国際的な港町で、なかでもホテルが経済活動の中心として外から人を呼び込む集客手段となっていたのです。そこでまず、ホテル業界の仕組みを学びたいと思い、様々な情報サービスを手がけるリクルートに入社して、結婚情報誌の営業などを経験します。その後、起業を見据えて人材ベンチャー企業に転職し、関西支社の立ち上げに携わるなど、マネジメントの経験を積みました。そして独立後、ブライダルを中心に歴史的建造物をホテルやレストランとして活用する事業を開拓していったのです。収益性よりも文化の保全に重きを置くしかし、当初は歴史的建造物の扱い方もわからず、手探りの状態から始まりました。相談を持ちかけられた文化財のオーナーから施設の保全方法を教わったり、県や市の文化財保護担当者から話を聞いたりして、試行錯誤の繰り返し。同じことをしている会社は他になかったので、一つひとつの案件を通してノウハウを培っていくしかありませんでした。私たちが扱う歴史的建造物は、文化財指定や史跡、保存地区や名勝などが多く、扱ううえでの制約が数多く存在します。たとえば、国の登録有形文化財として指定を受けている建物であれば、「外観は保持しなければならないが、内装は変えてもよい」というルールがあります。一般的にその条件でレストランや“まちの顔”となっている大洲城（愛媛県大洲市）。やぐら4棟の櫓は国の重要文化財、城跡一帯も県指定史跡（下の3枚はキャッスルステイの様子）ホテルにリノベーションする場合、古い柱や壁をすべて取っ払って外観だけ残すというやり方が取られます。そのほうが修復するよりも低コストで坪効率も上がるからです。しかし、それは本当の意味での文化財保全ではないと私たちは考えます。私たちが残したいのは「文化」です。目指すべきは、建物が最も輝いていた時代の趣や風情をそのまま生かすこと。ですから、私たちはたとえ収益性が低くなろうとも、内部も元の形を保全したうえで活用していくことを追求し続けています。地道な積み重ねを経て、今では北海道から九州にかけて手がけた施設は25にのぼり、棟数にすると80棟以上。現在も、10ほどの案件が同時に進行中です。難題を乗り越え実現したキャッスルステイ保全と活用が特に難しかった事例おおずの1つに、愛媛県大洲市で実施したキャッスルステイでは馬に乗った家臣が姫と殿に扮した宿泊客に城主証を届ける当時の藩主・加藤貞泰が食したとされる献立をもとにした饗応料理を提供樹齢300年以上の木材が用いられ、ヒノキの香りが漂う天守に宿泊する［実践］理念経営Labo2023SPRING19

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観光まちづくりプロジェクトがあります。まちのシンボルとなる大洲城をメインに、城下町に広がる歴史的な邸宅を改装して分散型ホテルとして展開させ、まち全体をホテル・コンテンツにするというものです。とりわけ難しかったのは、大洲城の天守に泊まる「城泊」（キャッスルステイ）を実現することでした。お城はいわば“まちの顔”。当初は地元の方から、「それを占有するとはどういうことだ！」という反対の声が根強くありました。しかし、大洲市では人口減少や少子高齢化が進み、お城や城下町を保全するための財源確保は難しい状態でした。そのため、観光をまちの産業として育て、そこで得たお金がきちんと保全に回るような枠組みを構築する必要があったのです。地元の方にそうした説明を粘り強く何度も続け、最終的にはご賛同いただくことができました。ただ、地元の方からしてみれば、よそ者に建物を勝手に改装されて「儲かった」と言われても、そこに喜びは生まれません。ですので、弊社では案件ごとに毎回必ず地元の設計・施工会社に仕事を依頼し、まち全体が活性化することに重きを置いています。とはいえ、どの会社も歴史的建造物の往時を残しながら生かす建築工事は過去に例がないため、弊社が培ってきたノウハウを共有しながらの作業となり、完成までに通年と多くの時間を要します。また、運営においても様々な課題が発生します。大洲城の天守には水道がなく、もちろん火を使うこともできません。そのため、宿泊したお客様に料理をお出しする際は、城下ごしら町にあるキッチンで下拵えし、最後の仕上げをお城に横づけにしたキッチンカーで行ないます。お手洗いやお風呂については天守の外の文化財指定されていないスペースに設備を用意しました。お客様にも多少のご不便をおかけしますが、それも含めて文化財で過ごす上質なひととき。火縄銃の祝砲に迎えられての入城やきょうおうしたつづみ饗応料理に舌鼓を打つなど、大洲に紡がれた歴史文化を“城主”としてご堪能いただいています。大洲城をはじめとした一連の施設は2020年に開業し、その後、城下町では新たな事業者が20ほど増えて、若年層の雇用にもつながりました。さらに「グッドデザイン賞」（2021）を受賞し、国際的な認証団体「グリーン・デスティネーションズ」主催の「世界の持続可能な観光地トップ100選」（2022）では、「文化・伝統」部門にて世界1位を受賞するなど、地方の小さなまちが世界から注目されるまでに変貌を遂げた事例となっています。「究極の個別化」でお客様ニーズを徹底追求弊社が運営するいずれの施設においても、ご来館いただくすべてのお客様に思い出に残る素敵な時間を過ごしてほしい。そうした思いから、スタッフ全員が「ワン・トゥ・ワンマーケティング」を実践しています。社内ではこれを「究極の個別化」と呼んでいますが、簡単にいうと、お客様一人ひとりのニーズを徹底的に追求したうえで、それぞれのスタッフがおもてなしのマインドと顧客満足度を高めるために、すべての従業員がホスピタリティマインドを大事にしているスキルを100%発揮して、最高の価値をご提供することです。これを実践するうえで大切なのが、「相手を喜ばせたい」という誠実な気持ち。必ずしもすべてのお客様がご要望を明確に伝えてくださるわけではありませんので、スタッフは常にアンテナを張り巡らせています。レストランであれば、ご予約時のお電話や当日お席にご案内するときのご様子から、どのようなご要望をお持ちか感じ取ります。実際にお祝いごとのご相談があれば「アニバーサリープランナー」という専門の担当者が、お客様とともに当日のプランをおつくりします。また、ブライダルのお客様に対しては、新郎新婦様それぞれの専用サイトをご用意し、全ページをヒートマップでどのあたりに関心をお持ちか可視化できるようにしました。そこからうかがえるご要望をお打ち合わせ時のご提案に取り入れています。結婚式の引き出物選びで迷われているご様子のお客様には、人気のギフトを予算ごとにご提案し、「納得できる物を選ぶことができた」と大変喜んでいただけました。お客様一人ひとりの隠れたご要望を先回りして察知し、全力でお応えしていく。それができるスタッフを育てていくとともに、システム化して組織的に取り組むことで高い顧客20［実践］理念経営Labo2023SPRING

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特集喜びを生み出す経営満足が実現できるのだと思います。個々の働きがいを高める年間約100時間の会議社員教育の一環として、弊社ではお客様に貢献することができたスタッフの“ストーリー”を全社で共有し、互いに称賛し合う場を設けています。それが「バリューマネジメントカンファレンス（VMC）」というキックオフミーティングです。コロナ禍ではオンラインでの実施ですが、その前は全スタッフに各地から集まってもらっていました。毎月1回8時間の実施なので、これだけで年間100時間近くかけています。もちろん、その日は店舗を閉めなければなりませんが、そこまでして実施するのは、目的意識の再確認や成功体験の共有が社員の働きがいにつながると考えているからです。仕事では「何をやるか」も大事ですが、「なぜやるか」のほうがはるかに大事ではないでしょうか。書類一つつくるにしても、それがどんな成果につながるのかわからずにいると、ただの無味乾燥な事務作業になってしまいます。そうならないためにも、会社で実際に起きたストーリーの見聞を通して、スタッフ一人ひとりに「すべての仕事がお客様の喜びにつながっているのだ」と理解してもらうことを促しています。互いに助け合うカルチャーが浸透しているそれに加え、「自分は会社において重要な存在である」という感覚（自己重要感）も同時に高めてもらうようにしています。成果が数字に表れる営業部門などは脚光を浴びやすいですが、そうでない部署のスタッフの自己重要感は低くなりがちです。そのためVMCでは、全社に共有したいトピックスを各部署で発表して、自分たちの仕事に対する誇りを改めて確認してもらっています。これらの意図をスタッフがよく理解してくれているためか、「働きがいのある会社ランキング」（GPTW）では10年連続でベストカンパニーに選出されています。また、私たちは自社スタッフだけでなく、パートナー企業においても働きがいを感じてもらえるよう注力しています。数ある取引先の中の1社である弊社と仕事をして、「一番楽しい」と思ってもらえるかどうか。それによって、パートナー企業の方のパフォーマンスが変わってくるのは当然のことです。ですから、パートナー企業のスタッフの方が活躍できる仕事を充実させ、場合によっては各種研修やトレーニングのお手伝いを実施したりもしています。「なぜ？」を問う価値観重視の採用日頃からスタッフに「自分の調子がいいときは、まわりの仲間を救ってあげよう」と伝えていることもあり、弊社では「互いに助け合う」という補完関係がカルチャーとして浸透しています。他者のことを考え、力になろうとする誠実な姿勢は、お客様に対して「究極の個別化」を実現していくうえでの基本です。これはスタッフ当人の能力というよりも、価値観によるところが大きいため、研修でつくれるものではありません。ですから、弊社では採用時に応募者の人間性を最も重視しています。たとえば面接では、応募者に対して「一番記憶に残っている出来事」と「なぜそれが自分の心を揺り動かしたのか」を問います。「出来事」については、別にどんなことでも構いません。私たちが重視しているのは、その理由です。それを通して本人が日頃大事にしている価値観が見えてくるからです。また、結果的に不採用となった方にも、理由をきちんとフィードバックしています。お客様に対するのと同じように、採用においても入社を希望してくれる方一人ひとりに対してしっかりと向き合い、「究極の個別化」を行なっているのです。スタッフ、そしてお客様への「究極の個別化」の実践によって弊社が目指すのは、全国各地に眠っている日本の宝が本来の価値を取り戻して再び輝き、今後も文化が紡がれていく未来です。地方にはまだまだたくさんの魅力的な歴史や文化などの観光資源があります。それらに付加価値をつけて活用していく中で、地域を活性化し、人々の喜びを生み出す。それが弊社のミッションであるとともに、私たちの真骨頂であると考えています。L［実践］理念経営Labo2023SPRING21

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「自利利他」の人生を貫く【志の実践】顧客企業の“社外重役”、そして“貧者の一灯”として税理士法人TACT髙井法博会計事務所代表社員・会長髙井法博たかい・のりひろ＊1946年岐阜県生まれ。’65年県立岐阜商業高等学校卒業、株式会社後藤孵卵場入社。’76年税理士試験合格。’78年同社を退社し、高井法博会計事務所を開設。以降、「TACTグループ」として12の会社・団体を設立してきた。2016年に私財を投じて公益財団法人髙井法博奨学会を創設し、経済的に恵まれない学生を支援している。著書に『人生は出逢いである―われ以外、皆わが師』（PHP研究所）、『成功するまでやり続ける―中小企業の経営を伸ばす考え方』『会社成長のセオリー』（ともに致知出版社）。「松下幸之助経営塾」第5期卒塾。岐阜県最大手の税理士法人であるTACT髙井法博会計事務所。創業者で代表社員・会長の髙井法博氏は、1970年代から中小零細企業に経営計画書の重要性を訴え、その作成を熱心に指導してきた人物として知られる。70歳を迎えて所長を退き、“人生の恩返し”に力を入れ始めた。極貧の家庭に育つも周囲の温かい支援に恵まれ税理士として活躍するまでの人生から、その支援へのお返しを実現するための最近の活動まで、髙井氏本人が語る。取材・構成：川上恒雄写真提供：TACT髙井法博会計事務所中小零細の経営強化に努め岐阜最大手の会計事務所に1976年に税理士試験に合格し、78年に事務所を開設しました。その後「税理士法人TACT髙井法博会計事務所」として法人化するにあたり、定款を作成しました。その第1条には、以下のように、私の志や経営理念が込められています。なおTACTとは、“TotalAccountConsultationbyTakai”の略です。「当法人は、お客様の経営体質の強化と健全経営の実現のために、お客様に対し『ビジネス・サポート業』『情報発信基地』『社外重役』としての役割を果たし、お客様の事業の発展に寄与し、当法人の発展と全社員の物心両面の幸せを勝ち取り、もって国家・社会の発展に貢献することをTACTグループの共通の使命とする」ここでいう「ビジネス・サポート業」とは、特に地域の中小零細企業のために、税金の申告書作成などにとどまらず、人・物・金の経営資源や経営体質の強化と健全経営の実現をサポートすることです。46年前の開業時はこうしたことを手掛ける会計事務所はほとんどなく、お客様22［実践］理念経営Labo2023SPRING

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「自利利他」の人生を貫くとともに経営計画書の作成などに力を入れたところ、大きな評判を得ることができました。「情報発信基地」とは、経営に役立つ質の高い情報を提供することです。人は知っていることの範囲内でしか判断ができません。経営判断するにも情報が不可欠なのです。しかし地方の中小零細企業は大企業のように多くの情報を収集することは難しいでしょう。こうした情報格差を解消しようと考え、年間80回にわたるセミナーを開催しています。「社外重役」とは、実際にそうなることはできませんが、お客様の会社の役員になったつもりで、身内の一人として親身に務めを果たしていくことです。このような役割や使命を掲げて開業して以来、正しいことなら「決してあきらめない」「成功するまでやり続ける」という姿勢を愚直に貫き、おかげさまで岐阜県内では最大手といわれる会計事務所に成長することができました。人（人脈）・物・金・学歴も何もない私にとって多くの方々のご支援・ご指導がなければ、実現しえなかったことです。貧しくも多くの支援により高校進学の夢がかなう私は終戦翌年の1946年、岐阜県山県郡山県村（現岐阜市）の浄音寺という、浄土宗で50代続く由緒あるお寺の次男坊として生まれました。僧侶でもある父は大卒、母は女子高等師範学校出と、当時では珍しく両親ともに高等教育を受けており、檀家はほとんどありませんが、部落の半分ほどの土地を所有する裕福な資産家でもありました。ところが戦後の農地改革によって所有する土地のほとんどを手放すことになり、状況は一転し、極貧のし生活を強いられることになったのです。そこで父は事業を始めますが、事業などやったこともないお寺の和尚です。結果、1年でやめ、50代にわたって受け継いできた財産を失いました。大学を出ていたこともあり、代用教員として働き始めたものの、結核を患い療養生活に入ります。母も体が弱く、生活保護を受けざるをえない状況となりました。私も子供心に両親の手伝いができればと思い、小学生になると新聞配達のアルバイトを志願します。年齢が低すぎるので、父が手伝うという条件で認められました。毎朝5時に起きて販売店に行き、新聞の仕分け作業をし、6時過ぎに配達に出ます。家に戻ると急いで朝食をとって学校に行き、帰宅後は夕刊を配るという生活を中学3年まで続けました。そんな毎日でしたが、両親は「学ぶ」ことの大切さを理解しており、自分たちのご飯を我慢してでも子供たちに本を買い与え、周囲の家では小・中学生に新聞をとることなどない中で、小学生新聞や中学生新聞をとってくれました。書物を読んで考えるという習慣が身についたのは、両親の教育のおかげです。小・中学校では、自分でいうのも気が引けますが、トップクラスの成績でした。高校には進みたかったです。しかしある日、民生委員の方が両親に「生活保護で面倒をみるのは義務教育まで。法博君の卒業後は減額になる」と話しているのをふすま越しに聞いてしまいました。両親が「心配しなくていい」と言ってくれた矢のういっけつ先、当時47歳の父が脳溢血で倒れ、命はとりとめたものの半身不随とな企業の羅針盤ともいえる「経営計画書」ります。家計の苦しさはわかっていたので進学はあきらめ、「就職志望」に切り替えました。数日後に担任の先生から「学校が終わって新聞配達を済ませたら、きちんとした服装でもう一度学校に来なさい」と言われました。学生服で学校に戻り先生がバイクで連れていってくださったのが、株式会社後ふらん藤孵卵場。当時、グループ全体で約2000人の従業員を擁する、国内最大のヒヨコ生産販売会社でした。そこでお会いしたのが、創業者のしずいち後藤静一氏。いくつか私に質問をした後、縁もゆかりもない初対面の私に「この子は、私が責任を持って高校に行かせます」とおっしゃったのです。私がきっかけで奨学生制度をつくられ、奨学金の支給と共に、会社の敷地内に奨学生寮まで用意してくださり、私は県立岐阜商業高校に進学することができました。実は、父の代用教員時代の同僚だった校長先生や教頭先生、そして母親が、私が高校に行けるようにと、いろいろ手配してくれていたのです。私は高校卒業後、後藤氏の恩に報いたいと後藤孵卵場に就職し、経理部に配属されました。1年後、食品事業を手掛けるグループ会社の「美濃かしわ」に、まだ19歳でありな［実践］理念経営Labo2023SPRING23

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がら経理主任として出向を命じられます。同社の経営状況が厳しく、本社の営業と経理から一人ずつ出向することとなったためです。改革しようにも管理者の中では最年少。当初は抵抗もされ、また自身の力も不足しており苦労しましたが、誠実に必死に努力して実績を積むことで認められ、25歳のときには経理と総務の両部門の責任者になっていました。そのときに初めて経営計画書の作成を指示されたことから経営書をむさぼり読んで勉強すると同時に、遅れていた管理会計システムの見直しを進めたのです。しかし1970年頃に外圧による鶏肉の輸入自由化が始まると、安価な輸入肉が出回り、「美濃かしわ」の経営が危機に陥りました。毎月大きな欠損が出るようになり、資金繰りが急速に悪化します。早朝から深夜まで対応や仕事に追われる日々が続いて、自律神経失調症と診断されました。20代の若者には相当な重責だったのです。精神安定剤を服用しながら仕事を続けましたが、不眠症や過呼吸となかいようを患り、心臓神経症、神経性胃潰瘍います。ついには残業中に大量の血を吐き、救急車で病院に運ばれました。医者からは3カ月の完全入院を命じられたものの、会社が非常事態のため、午前中に病院で点滴を受けてから出社、夜にまた病院に戻るという生活を1カ月続けました。再建計画をもとにした加工食品と直売店の拡充がやがて奏功し、会社の業績も私の病気も回復していきました。研修に売上の10％あてる新施設の活用にも期待この頃、後藤孵卵場の経理部長から、税理士の資格取得を勧められました。朝7時半から深夜11時や12時まで会社で働いていたので、睡眠時間にして勉強のための時間をとりました。休日も大体出社して仕事をしていましたが、月に2日ほどの休みには、県立図書館で朝から閉館まで、そして市立図書館に移動し時まで猛勉強をしました。その結果、6年かけて税理士試験に合格することができたのです。合格後、独立して新たなチャレンジをしたいという気持ちが湧き、恩人である後藤孵卵場会長（当時）の後藤静一氏に、自分の意志を伝えました。そのときは強く慰留されたものの、半年後に独立を認めてもらいました。後藤氏は私が退社することがわかっているのに、会社のアメリカ視察のメンバーに入れてくれました。そのときにアメリカの会計事務所は、税務や監査の仕事にとどまっている日本の会計事務所とは異なり、顧客企業の経営をよくしようと、コンサルティング業務もやっていることを知ったのです。大いに触発されました。その後1年間かけて後継者の育成年に退社、高井法博会計事務所を開設します。その頃、飯塚毅氏（株式会社TKC創業者、職業会計人集団「TKC全国会」創立者）の講演を聞いて、「自利利他」、すなわち世のため人のために生きることを自分の喜びとすることの大切さをはじめ、人間として、また会計人として必要な多くのことを学びました。「自利利他」を実践すべく、まずはお客様の利益を第一に考えることに徹していると、5年目にはお客様の数が100を超えてきていました。1981年には「情報発信基地」たるべく、「TACT経営研究会」を設立。この研究会はお客様会員による組織で、毎月、著名な経営者を招いて講演会を開催し、会員同士の意見交換・情報交換の場になっています。85年には念願の自社ビルを建て、87年から、4泊5日の合宿で私が指導する「経営計画実施作成セミナー」を開始。その後、様々な困難を乗り越え、今では12の関連会社・組織から成るTACTグループに成長しました。これは人材の育成に力を入れてきた結果であるともいえます。社員を雇うようになってから、私が講師となって朝の6時から勉強会を続けてきました。現在も毎週月曜日の朝7時半から、社員は任意参加ですが、松下幸之助氏、稲盛和夫氏、永守重信氏といった経営者などの音声教材を聞いて、皆で感想を発表し合ったり、私が解説したりしています。外部の研修にも積極的に社員を参加させています。今日も大阪の大手会計事務所の先生を招いて幹部研修をやっているところです。先日は九州の大手会計事務所で勉強会があり、6人の社員を連れていきました。もちろん費用はかかりますが、社員も私もその事務所の先進性に触発されて、ホテルに帰ってから深夜の1時ぐらいまで反省会を開き、何をベンチマークするか決めるなど、今後の実践に結びつけるようにしましちこうごういつにた。知識だけ入れても、知行合一しなければ意味がありませんから。創業当初から資金的にも苦しい中、なけなしのお金で教育研修費に％をあててきました。仕入れのほとんどない業種ですから、粗利の10％ともいえるでしょう。24［実践］理念経営Labo2023SPRING

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「自利利他」の人生を貫く2020年には「TACTグループ中央研修センター」を建立しました。研修や会議のための施設はもちろん、宿泊施設も備えています。TACTグループの経営幹部や社員の研修が自前の施設でできるようになりました。企業の成長は「人の成長」と「資本の成長」で、極論すれば「人さえそろえば何でもできる」と確信するからです。しっかり研修のできる施設をつくるのが昔からの夢でした。「中央研修センター」の利用対象者は社内だけではありません。私たちの事務所には、税務だけで700を超えるお客様がおられます。お客様の会社の経営計画発表会をしたり、経営者・幹部・社員の研修をしたりすることもできます。また、急激な人口減少時代の中で外国人の活用も避けては通れないと考え、外国人技能実習生・特定技能外国人の研修拠点としても活用しています。以前はホテルを利用することが多かったのですが、チェックイン・チェックアウトの時間は決まっていて24時間フルに使えず、延長すると相当な料金になります。時間や費用の面で多くの制約がありましたが、「中央研修センター」であれば、時間を気にすることなく利用できます。ちょうど「中央研修センター」の2期工事がこの4月に終わる見込みです。新たに素敵なラウンジができるのに加え、150人収容の大研修室や中・小の会議室、バストイレ付きの宿泊部屋が増え、最大で70人近くが合宿できるようになります。「奨学会」を設立して大学生の経済支援に尽力2016年に70歳の誕生日を迎え、当会計事務所の所長を後継に引き継ぎ、会長に就任しました。これを機にささやかながら私財を投じ、かねてからの念願であった「公益財団法人髙井法博奨学会」を創設しました。これまで述べてきたように、幼い頃から多くの方のご支援やご指導を受けることができて、現在の私があります。なかでも、縁もゆかりもなかった私に、高校進学のための奨学金を出し、寮まで用意してくれた後藤静一氏は人生の大恩人です。岐阜商業高校で学んだ簿記や会計の知識が、後藤孵卵場の仕事に生かされ、さらには税理士の資格取得につながり、私は事務所を創業することができました。後藤氏からは人間としての生き方や考え方も教えていただきました。私は、そんな後藤氏の生き方や考え方を後世に引き継ぐためにも、また生活保護や多くの方のバックアップを受け育てていただいたご恩を返すためにも、奨学金の制度をつくろうと以前から心に温めておりました。具体的には第1に、自利利他の実践のためです。繰り返しますが、私を育て支援していただいた社会へのお返しをしたいということです。第2に、子供も成人してもう多くのお金は必要ではないため、次世代を担う若者の育成にこれを使うべきだと考えました。大正時代に東京市長を務め、関東大震災後の東京復興に尽力したことで知られる後藤新平のこ翁は「財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり」という言葉2022年3月に行なわれた第6期奨学生認定証授与式を残しましたが、私も事業を後継者陣に託すところまでに至りました。第3に、品行方正・学力優秀であるにもかかわらず、貧しさゆえに進学のできない学生を見つけ、援助し、社会に有用な人物に育ってほしいという気持ちからです。岐阜県内の高校3年生（または当該年度の進学希望者）の応募者の中から、毎年3人ほど対象者を選定し、大学の4年間、返済不要の給付型奨学金を年60万円、4年で240万円支給します。2017年に第1期の奨学生が大学に進んでから、今年で第7期になりました。このあいだ、法年制の医大に進学する奨学生が出てきたため、特別に4年を超えて奨学金を支給している学生もいます。毎年奨学生が決まったら、進学前月に認定証授与式を開催しています。「奨学会」の関係者ほか、これまでの奨学生も集まって、新たな奨学生を激励するのです。最初は会計事務所で開いていたものの、だんだん収容しきれなくなって、今は新たに建設した「中央研修センター」を使っています。私のつくった奨学金制度が「貧者の一灯」として、人類の発展に貢献する有為な人材の育成に寄与できればこのうえなく幸せですし、実際にそうなることを願っています。L［実践］理念経営Labo2023SPRING25

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塾生通信日に新た「松下幸之助経営塾」の情報と、卒塾生の近況をお伝えします合宿制の自動車教習所個室増で安心利用に小河吉彦氏（第2期）が社長を務めるコガワ計画（島根県益田市）が運営する「Mランド益田校」では今年1月、女性の合宿希望者のための宿泊施設「ウィズ」が完成しました。バス・トイレ付きの個室から成り、オートロックで安全性にも配慮しています。同校は、日本トップクラスの利用者数を誇る自動車教習所。1964年の創業以降、益田市の過疎化が徐々に進み、教習所へのアクセスの便が必ずしもよくないことから、1970年代に合宿制を導入したといいます。敷地内の多様なアミューズメント施設の利用に使える通貨「Mマネー」を対価として、掃除などのボランティア活動を教習生に奨励することで、人間力の向上にもつながると大きな評判を呼び、遠方からも多くの教習生を集める教習所に成長しました。ところが、2020年の新型コロナ感染拡大以来、基本的には相部屋での合宿生活がむずかしくなり、教習生が減少するという危機に直面。そこで、教習生が多い時期を除いて相部屋を個人利用にするほか、個室も増やして危機を乗り越え、さらに女性が安心して宿泊生活を送ることのできる「ウィズ」の整備により、教習生の数もコロナ前に戻ってきたとのことです。『夏はヒンヤリ冬はぽかぽか』が出版！健康住宅（福岡県福岡市）の畑中直社長（第17期）が著書『夏はヒンヤリ冬はぽかぽか――「高性能住宅」9つのこだわり』（PHP研究「M・LAND」のロゴの入った女性専用の新宿泊施設「ウィズ」。セキュリティにも配慮（写真提供：コガワ計画）所）を出版しました。「高性能住宅」と副題にある通り、同社は、省エネルギーや二酸化炭素削減等へ貢献する優れた住宅を表彰する「ハウス・オブ・ザ・イヤー・イン・エナジー」（一般財団法人日本地域開発センター主催）の大賞を2度も受賞しています。また、2014年には、経済産業省主催の「おもてなし経営企業選100社」にも選ばれました。本書によると、畑中社長がそのような優良会社を築き上げてきた背景には、若い頃に大手マンション分譲メーカーや父の住宅会社でひたすら営業成績を上げることに注力する中、家を購入してくれたばかりの顧客のこのうえなく幸せそうな表情を街で見かけ、家づくりを通して顧客の人生を豊かにするのだという、みずからの職業の使命を悟ったことがきっかけだったといいます。その使命実現のために、家の性能の向上から、顧客へのおもてなしや人材の育成まで、畑中社長が実践してきたことと経営哲学が、本書では余すところなく紹介されています。住宅業界以外の方がたにもおすすめの1冊です。2023年、PHP研究所刊定価：1,650円（10％税込）“拙筆屋万次郎”がギャラリーを開設するニュースダスト（兵庫県神戸市）の北浦浩会長（第1期）が、今年2月18日、神戸六甲アイランドにあ26［実践］理念経営Labo2023SPRING

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塾生通信日に新たギャラリー「拙筆屋万次郎言葉の小径」。神戸ファッションマート3階（水曜休）。六甲ライナー・アイランドセンター駅徒歩1分（写真提供：北浦浩氏）る神戸ファッションマート3階の特設会場にて、ギャラリー「拙筆屋万次郎言葉の小径」を開設しました。北浦会長の筆による文字や言葉が展示されています。なお、「拙筆屋」とは、つたな「拙い筆の運び」を意味する北浦会長の屋号です。同ギャラリーは、日展（日本美術展覧会）神戸展が同日から開催されるのを記念するイベント「六甲アイランド・アートフェア2023」の一環として設けられました。「会場の広さは100坪ほどあり、ゆったりとご覧いただけます。『道』『夢』『花』などの言葉のほか、魚文字41字で描いた『うなぎのぼりの姿絵』などの作品も展示しています」と北浦会長。日展は3月に終わりましたが、同ギャラリーでの展示は4月以降も続くとのことです。心がなごむ万次郎の言葉（写真提供：同左）第24期生が卒塾4月から第26期開始松下幸之助経営塾は、今年2月に第24期生がそれぞれ志を固め、卒塾しました。現在、第25期と第26期（4月開始）が進行中です。L経営者が“経営の志”を確立・再確認するための研修講座松下幸之助経営塾本セミナーの特徴松下幸之助の経営哲学を根本から学べる唯一の講座弊社で70年有余にわたり研究を重ねた“松下幸之助の経営哲学の真髄”を、経営者の皆様に分かりやすくお伝えするためのセミナー形式の講座です。人間観を養い高め、経営者としてのあり方を学ぶ本講座は、時代や環境の移り変わりの中で生まれる新しいマネジメント手法を学ぶものではありません。経営者のただ今、新規申込受付中詳しくはホームページで資料のご請求はホームページまたは下記窓口へお問い合わせください。https://www.php.co.jp/seminar/m-keieijuku/株式会社PHP研究所第二事業普及本部〈京都〉TEL075（681）1295FAX075（681）2656〈東京〉TEL03（3520）9631FAX03（3520）9648「志」をキーワードとして、松下幸之助が最も大切にした“経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、より本質的な“経営者としての器量”を養い高めていただく講座です。「志」の確立に向けた、充実の10カ月10カ月の在籍期間中に１泊２日のセミナーを全６回、隔月で開催。学びと実践、検証をくり返しながら成果を高めていただけます。また、１クラスは最大でも12名の少人数制で、受講者間の討議・交流による相互啓発など受講者お一人おひとりに充実した環境を提供いたします。プログラム第１回『志から理念へ～経営の使命～』第２回『本質を考える～自然の理法～』第３回『原理原則を貫く～基本の徹底～』第４回『人を育てる～事業は人なり～』第５回『経営を革新する～日に新た～』第６回『志を伝える～私の命知発見～』開催要領◦受講資格：経営者ご本人、後継経営者（経営幹部）◦募集人数：12名⃝開講期間：10カ月1開催1泊2日、全6回（隔月開催）⃝受講料：122万1000円（税込）⃝会場：株式会社PHP研究所京都本部（JR・近鉄「京都」駅八条口より徒歩５分）［実践］理念経営Labo2023SPRING27

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〈アントレプレナーの最前線〉――時代をつくる旗手たち先人の起業家精神を探究し新たな発想実現に挑む鈴木商店、岩井商店、日本綿花から続く「総合商社双日のDNA」とは双日株式会社サステナビリティ推進室専門部長小林正幸こばやし・まさゆき＊1998年、日商岩井に入社、化学品の営業部に配属される。2007年に秘書部へ異動したことをきっかけに双日の歴史探究が始まる。’14年、ウェブサイト上で「鈴木商店記念館」を立ち上げ、メディアにて“鈴木商店博士”と紹介される。双日設立10周年記念誌や社内の歴史展示物、双日の原点をわかりやすく伝える歴史漫画を手掛ける。これまでに編纂・制作した漫画は6作品。’19年から現職。双日株式会社本社：東京都千代田区／発足：2004年／事業内容：自動車、航空産業・交通プロジェクト、インフラ・ヘルスケア、金属・資源・リサイクル、化学、生活産業・アグリビジネス、リテール・コンシューマーサービスの7つの本部体制で、国内外での多様な製品の製造・販売や輸出入、サービスの提供、各種事業投資などをグローバルに多角的に行なう。そうじつ2004年にニチメンと日商岩井の合併により誕生し、日本7大商社の1つに数えられる双日。そのルーツは1800さかのぼ年代後半に相次いで創業した鈴木商店、岩井商店、日本綿花に遡る。双日では今、その3社が社会的価値を創造し続けてきた歴史に注目し、商社パーソンとしての「原点」を強く意識することで、新たな事業展開につなげているという。3社の歴史研究とその顕彰活動に携わり、新事業創出を下支えするサステナビリティ推進室専門部長の小林正幸氏に、その取り組みについて語ってもらった。取材・構成・写真撮影：池口祥司写真提供：双日（P31）未来へ進むために原点に立ち返る私たち双日は、2003年にニチメンと日商岩井が経営統合し、2004年に誕生しました。2024年には会社発足20周年を迎えます。まだ双日としての社歴は浅いですが、源流をたどれば160年もの歴史があり、新しく伝統ある総合商社ともいえます。2021年の統合報告書で社長の藤本昌義は、「次年に向けて新たな一歩を踏み出す」と題したメッセージを発信しました。その中で藤本は、双日のルーツである鈴木商店や岩井商店、日本綿花が、「『必要なモノ・サービスを必要なところに提28［実践］理念経営Labo2023SPRING

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供する』ために、次々と新しい事業に投資し、ビジネスモデルを変えてきた」ことを挙げ、これこそが私たち双日の総合商社としての「原点」であり、そこに立ち返ることの重要性を訴えています。そして、「中期経営計画2023」では、2030年の目指す姿として「事業や人材を創造し続ける総合商社」を掲げました。一見すると、非常にシンプルな言葉かもしれませんが、3社の歴史を研究する私としては、当社こそ自信を持ってこの将来の姿を掲げるべきであり、創業以来、先人たちが実践することで生み出した社会的価値は他の商社にはない特異なものであると考えました。ただし課題は、いかにこの言葉に重みを持たせ、社員には自信を、社外には納得感を持ってもらうか。またそのために、いかに社内外に当社の「原点」をわかりやすく伝えるか、という点でした。日本近代をつくった立役者たちのDNA3社の歴史研究を行なうようになった経緯は、合併後の2007年に秘書部に配属となったことから始まります。そこで私に与えられたミッションの1つが、重要顧客のリストアップです。各事業本部に取引先リストを提出してもらったところ、見て驚きました。並ぶのはどれも歴史のある素晴らしい企業ばかり。「これは偶然ではなく、自分たちのルーツと深くかかわっているのではないか」と直感して、当社の歴史を調べてみようと思いました。まず取りかかったのは、1862年に創業した岩井文助商店。そして、岩井勝次郎が1896年に独立創業した岩井商店です。岩井商店は、居留地における外国商館との不平等な取引慣習に不満を抱き、大阪で初めて海外の商社と直接取引を始めました。それまでは、洋銀前払い決済が主流でしたが、個人商店として初めてトラスト・レシート（信用状）による輸入貨物の引取りを行ない、日本貿易の発展の基礎を築いた人物です。第一次世界大戦では、海外からの輸入が途絶えると、輸入品の国産化構想を進め、現在まで続く「最勝会」と呼ばれる製造事業群（トーア紡コーポレーション、日新製鋼〔現・日本製鉄〕、ダイセル、トクヤマ、関西ペイント、日本橋梁等）を立ち上げます。次に調べたのは、1874年に鈴木岩治郎が創業した鈴木商店。1894年に岩治郎が急死したため、夫人の鈴木よねから経営を任された番頭のらつわん金子直吉が辣腕を振るいます。台湾総督府の後藤新平の知遇を得て、台しょうのう湾産樟脳油の販売権を取得すると、神戸に樟脳工場を建設。その後、麦酒、アルコール、小麦、油脂、製鋼、船舶、機械、非鉄金属、じんけん人絹、化学等の事業へと多角化しました。1917年には、当時のGNPの1割に相当する売上を記録し、名実ともに日本一の総合商社となりました。鈴木商店は、現在の神戸製鋼所、帝人、IHI、ニップン、出光興産、サッポロビールなど約80もの事業会社を設立しています。その後、昭和金融恐慌のさなかに破綻しますが、そのDNAは再起をかけて設立した日商に引き継がれます。そして日本綿花は、紡績会社の首人の発起人が綿花を独自調達するために設立された専門商社でした。今ほど国際化が進んでいない時代に、インド、中国、アメリカ、ビルマ（現・ミャンマー）、エジプト、東アフリカなど、世界中から綿花を調達するとともに製品である綿糸・綿布を輸出し、日本が世界最大の紡績大国となることに大きく貢献しました。人絹分野では鈴木商店に対抗して、旭絹織（現・旭化成）を設立しています。各社を調べるだけでも驚きの連続でしたが、私が特に目を見張ったのは、3社の歴史を並べたとき、そこに総合商社の源流ともいうべき姿があったことです。90年代、2000年代になって総合商社はトレードからかじ事業投資に舵を切ったとよくいわれますが、これは正しくありません。なぜなら、鈴木商店、岩井商店は創業時から製造事業を次々に興し、事業投資に力を入れていたからです。一方の日本綿花は、日本の海外進出の先兵として世界の奥地まで駆け巡り、日本の輸出量を大幅に増大させました。そこにはフロンティア・スピリッツを感じることができます。つまり当社は、モノづくり大国、いしずえ貿易立国の礎づくりに貢献し、明けんいんし治・大正の日本の産業革命を牽引た総合商社の源流ともいえる3社をルーツに持ち、日本近代をつくった立役者たちのDNAを受け継ぐ存在であるといえます。しかし、私たちはこうした歴史の中で起業家精神が培われてきたことをはっきりと言語化、可視化できていないのではないか――。私は社内外に当社の価値が過小評価されていることを看過できず、自主的に先人たちの顕彰活動に取り組みました。［実践］理念経営Labo2023SPRING29

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ウェブ上に記念館を設立社会的活動にシフトその後、私はニューヨークに赴任し、双日総合研究所、広報部とキャリアを積みますが、そのあいだ、総合商社の源流を探す旅は続けました。あるとき、破綻後に発足した鈴木商店の親睦会「辰巳会」に参加したところ、神戸製鋼所や旧日商岩井の重鎮から「小林君、鈴木商店をもっと世間の人に知ってもらうべきではないか。何かやろうではないか」と発破をかけられ、ウェブサイト上にバーチャルミュージアムである「鈴木商店記念館」を立ち上げることになりました。当初は神戸製鋼所、帝人、太陽鉱工、双日の4社でスタートする予定でしたが、鈴木商店とかかわりのある他の企業に半ば飛び込みのようなかたちでお声がけしたところ、「鈴木商店に育てられた会社ですから」と次々と快諾いただき、最終的には30社以上の支援を得ました。破綻したとはいえ、鈴木商店の存在の大きさを思い知った出来事の1つです。記念館設立のために各地を駆け巡って驚いたのは、全国に鈴木商店の史跡が数多く残っており、また同商店の愛好家が多いことでした。さらに、神戸市、北九州市、米沢市といった、ゆかりのある自治体も同商店の歴史を大切に思ってくれていることを知り、商社パーソンとしていずれ大きな仕掛けができると確信しました。この活動は単なるデジタルアーカイブに留まることなく、同商店本店跡地にモニュメントを建立して神戸市に寄贈したり、さらに各地で同商店関連のイベントに協力したり、社会的活動にもシフトしていきました。舞台支援や漫画制作も未来のための歴史活動2015年にはNHK朝の連続テレビ小説『あさが来た』で日本綿花発起人の1人である広岡信五郎の妻・広岡浅子が主人公に取り上げられ、日本綿花の歴史を知っていただくよい機会になりました。その前年には鈴木よねと金子直吉を描いた玉岡かおる氏の小説『お家さん』がテレビドラマ化や舞台化されています。さらに、2018年に下北沢の小劇場で「彼の男十字路に身を置かんとす」が上演されました。この舞台は、鈴木商店記念館を参考にしてつくられ、当時の熱気を思わせるような見事な演出でした。社長の藤本も鑑賞し、社員や取引先、多くの人に観てもらいたいと、2023年4月に当社が特別支援として、さらに鈴木商店ゆかりの企業や団体30社の協力を得て、再演が実現しました。双日グループ社員も700人以上が鑑賞しており、鈴木商店ゆかりの企業との鑑賞会も開催します。冒頭で紹介した、2030年の目指すべき姿を掲げ、総合商社としての原点を見つめ直そうという動きとちょうど重なっています。そして鈴木商店だけでなく、岩井商店や日本綿花も合わせた当社の歴史をより可視化しようと制作を開始したのが、歴史漫画『総合商社双日未来を創造した先駆者たち』です。2022年6月に第1巻を発刊しました。同時代に活躍した3社を横並びで描いた作品はこれが初めてでしょう。複雑な時代ですが、漫画にすることで親しみやすくし、視覚的に理解できるようにしました。この漫画を通じて、「私たちは何者なのか」という問いに対する答えが徐々に可視化され、社内外に双日の歴史に対する評価が高まっていることを実感しています。双日にある今のビジネスは突然生まれたわけではなく、過去からのつながりの中で存在しています。日本最大級の規模で明治・大正の産業革命を牽引し、多彩な事業を展開してきた延長線上に、今の自分たちがある。それはいわば、過去からの「変革の連鎖」の結果なのです。私たちも先人たちがやってきたように、起業家精神と発想を実現する力を養えば、将来を先読みし、顧客関係や自分たちの持っているノウハウ・ツールを活かして新たな事業分野へ進出することが可能だと訴えたいのです。歴史を探求する目的は、未来への確度を示すことにあります。小林氏が手掛ける歴史漫画『総合商社双日未来を創造した先駆者たち』。全6巻を予定30［実践］理念経営Labo2023SPRING

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発想を実現するための新プロジェクトを始動当社では2019年に「発想×双日プロジェクト」（通称：Hassojitzプロジェクト）をスタートしました。2050年を見据えて、未来構想力と戦略的思考を定着させるべく、将来を担う若い世代の考え・視点・発想をもとに事業化を目指すプロジェクトです。具体的な事業アイデアやビジネスモデルを社内公募し、コンテスト形式でプレゼンテーションを行ないます。それを、社内公募を通じて集まったメンバー、および社内で選抜された管理職のファシリテーターが中心となって検討し、実現性のある発想やアイデアは事業化を進めます。これはわれわれの先人が自分たちの発想を実現してきたことに通じます。実際に本プロジェクトがきっかけとなり、植林後5年で伐採可能な早生樹苗木の生産事業、eスポーツ関連事業など、事業化に着手した案件もいくつか生まれてきたところです。鈴木商店、岩井商店、日本綿花の先人が国を動かすような大規模な事業を立ち上げたように、現在の双日においても、たとえば、2020年に開業したトルコでの総合病院運営事業があります。これは日本で最も多い病床数のある病院を大きく上回る規模で、開業式ではトルコのエルドアン大統領、そして安倍晋三総理（当時）からも祝辞をいただくなど両国の友好を象徴するような国家的なプロジェクトです。また、日系企業が海外で手掛ける世界最大級の総合都市開発といわれたインドネシアの「デルタマス・シティ」は、日本の製造業の海外進出の受け皿となり、クールジャパンを進めるうえでも日本とインドネシアを結ぶ拠点になりました。この2つのプロジェクトも漫画にしてウェブ上で公開しているのでぜひお読みください。激動の時代を見通す「動体視力」を養う3社の歴史の掘り起こしを通じて、私はこれからの商社のビジネスパーソンに求められる能力が何かを考えさせられました。それは、中長期的な時間軸でもって世界の動き、変化を見抜く力です。私はこれを「動体視力」と呼んでいます。たとえば、中国は2001年にWTOに加盟すると、GDPはたった10年で日本を抜き、今や世界1位のアメリカに近づきつつあります。一方、鈴木商店は1901年に初めて製造業に進出すると、16年後には財閥をしの凌ぎ日本一の総合商社に上りつめたものの、その10年後に破綻しています。つまり、10年、15年で劇的な変化が生まれるという感覚を持てているかどうかが問われるのです。日本人は失われた2、30年の長期デフレの中で、大きく変化することに対して感度が鈍くなっています。しかし、実際は国レベルだけでなく、個々でみても、たとえばコロナ以前の外国人観光客の増加のスピード、再生可能エネルギーの導入スピードなど大きな変化が起こっています。リスク管理面でも同じです。第一2020年度「Hassojitzプロジェクト」最終成果発表会で、「モリデザイン」チームは「知の探索賞」を受賞。早生樹事業化への一歩を踏み出した次世界大戦の際、たった数年で船価が1トンあたり100円から900円になり、その後にまた100円に戻ったことがありました。リーマン・ショック時の原油価格もこれに似ていて、直前に急騰して1バレルあたり147ドルをつけていたのが一気に40ドル割れ。そういうことが起こりえるのです。これらの乱高下によって、企業がどれだけ振り回されてきたか、歴史が証明しています。歴史を学べば、こうした現象をとらえる動体視力が養われます。将来も劇的な変化が起きると想像力を働かせ、今のビジネスに対する発想力を高めていけると考えます。そういえば、私が入社したとき最初に課長に言われたのは、「毎年1回、新聞に大きく出るような仕事をしなさい」ということでした。その話をあるOBの方にお伝えしたら、「その言葉は、私が新入社員のときにも言われたよ」と。理念のように明文化されていないものも、文化として間違いなく継承されていると実感しました。つながっているものがある、だから歴史を学ぶ意義があります。わが社の先人たちに連なる歴史のリレーの一番先頭にいるという責任を感じながら、次の時代にしっかりとバトンをつなげるような活動をしていきたいと思います。L［実践］理念経営Labo2023SPRING31

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道をひらく～私の流儀～紙芝居をビジネスの新たなツールにプレゼンにも理念浸透にも使える独自メソッドを開発紙芝居師、株式会社えとこえ代表取締役藤井一ふじい・はじめ＊1955年、大阪府生まれ。’81年より、婦人服販売店にて店舗運営や販売促進、マーケティングなどの業務に携わる。退職後は、知人のコンサルティング業を手伝うかたわら、プロのナレーター兼プロ紙芝居師として活動。2018年に「第19回手づくり紙芝居コンクール」にて「がんばれナマコくん」が優秀賞を受賞。また、同年にはパナソニックミュージアムにて松下幸之助物語紙芝居「松じいとパナソニック」を公演。そのほかNTT西日本、JICA、大和鋼業などの紙芝居制作も手掛けている。株式会社えとこえ本社：大阪府大阪市／創業：2021年／事業内容：オリジナル紙芝居の企画・制作を通じたナラティブカンパニーの創造、紙芝居メソッドを活用した経営理念の浸透・コミュニケーションワークショップ研修婦人服販売店での販売やマーケティングの経験を経て、現在は大阪を拠点に紙芝居師として活躍する藤井一氏。当初は子供向けとして発信を始めた紙芝居だったが、次第にビジネス分野での大きな可能性を感じるようになり、現在は主に企業向け紙芝居の企画・制作を行なっている。紙芝居のどのような点がビジネスに活きるのか、藤井氏に語っていただいた。取材・構成：桐本真理写真提供：えとこえ32［実践］理念経営Labo2023SPRING

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道をひらく～私の流儀～サラリーマンからプロの紙芝居師へ紙芝居師をする前は、婦人服販売店で洋服ブランドの販売などを担当していました。50代になり退職も考え始めた頃、「ゆくゆくはコンサルタントとして人前で話すかも」と思って、昔から「声がいい」と言われていたこともあり、ボイストレーニングのレッスンに通い出しました。退職後、ナレーターの仕事をしたり知人のコンサル業を手伝ったりしていたところ、ある日たまたま新聞で「紙芝居講座」というものが開かれると知り、ちょっと覗いてみることに。そこの先生が「紙芝居は読むのではありません。紙芝居は芝居です」と言うので、面白そうだなと興味を持って始めたのがこの道に入ったきっかけです。6年ほど勉強して、2015年12月にプロの紙芝居師として活動を開始しました。ただ、「プロ」と名乗ったところで仕事の依頼はきませんので、まずは大阪の西成にある公園でデビューし、経験を積むことにしました。私の紙芝居師としての土台は、公園や動物園に遊びにくる子供たちのおかげで築くことができたといっても過言ではありません。紙芝居では、語り手と聞き手とのあいだに生まれる相互コミュニケーションが大事です。そもそも動物を観にきている子供たちは、紙芝居が面白くなければすぐに観てくれなくなりますから。このときの経験を通して、相手を惹きつけるコミュニケーションの力がものすごく鍛えられました。ビジネスの分野での活用に挑戦このように最初は子供向けとして始めた紙芝居ですが、昔の街頭紙芝居の原画を見るにつけ、「こんなにシュールで面白いものは、大人がお酒を飲みながら見ても楽しめるに違いない」と思っていました。そこで、大阪の北新地のバーやカフェなどを訪ねて大人向けの紙芝居ライブを始め、「108回公演」と題して3日に1回ぐらいの頻度で実施したのです。大きな稼ぎにはならなかったものの、とにかく経験を積むことができました。「紙芝居師」という肩書の名刺を出すと、大抵「ボランティアでされているのですか？」と聞かれます。紙芝居師をプロの仕事だとはあまり思われないのです。同業者の中には、ギャラの話をしたら怒鳴られたという人もいるほどです。だから、紙芝居師の多くは大道芸に走ってしまう。奇抜な衣装を着たり、バルーンアートをやったり。でも、私は紙芝居の魅力だけでお客さんを楽しませたいので、いつも黒い衣装に身を包み、黒子に徹して実演しています。こうして自分のスタイルが定まってきた頃、ある保育園から「保育士向けのワークショップをしてくれないか」との依頼があり、紙芝居の仕方について講義をしました。このときに思ったのは、エンターテイメントとして紙芝居を観て楽しむだけでなく、その演じ方を学ぶところにも需要があるのではないかということ。考えてみれば、ビジネスシーンのプレゼンテーションでも紙芝居と同じように、「そこにいる人にどうやって自分の話を伝えるか」ということが重要になります。そこで私は、紙芝居をコミュニケーションツールとしてビジネスの分野で活用することを考え始めました。現在、「紙芝居師から学ぶプレゼンテーション」と題してワークショップを行なっていて、冒頭でこんなふうに言うようにしています。「公園や動物園で紙芝居をした場合、内容が面白くなければ、子供たちはその場からすぐ立ち去っていきます。皆さんがプレゼンテーションをするとき、聴衆は会議室の中でじっと座って聞いてくれているんですよね。なのに、なぜ伝わらないんでしょう？」と（笑）。たとえば、保険会社で行なったワークショップでは、受講者に紙を4枚ほど渡し、保険という商品を紙芝居にして説明してもらう課題を出しました。「ただし聞き手は小学1年生ですから、わかりやすい内容でお願いします」と。すると、皆さんどうしていいかわからず、固まってしまいます。自分の伝えたいことを紙4枚程度で説明するというのは、とても有効なワークです。最初のフックで相手に興味を持たせ、途中のトピックで論理立てて、最後のクロージングで相手にどうしてほしいかを伝える。絵を使えばこれがすごく説明しやすくなります。昨今、ネット動画で商品を説明する企業もありますが、動画の内容に興味を持たれなければ、視聴者に最後まで観てもらうことは難しいでしょう。その点、紙芝居なら、相手の様子に合わせて説明の仕方や長さを変えることも可能です。［実践］理念経営Labo2023SPRING33

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紙芝居の公演の様子。黒子に徹するという意味合いで、衣装は黒を基調としているですから、ワークショップでは自分の言いたいことを30秒で喋ってもらう練習をします。それができたら、次は1分、3分のパターンで練習します。というのも、たまたま道で出会った人にひと言挨拶をする場合、立ち話で近況などを伝える時間は30秒ぐらいだからです。ゆっくり座って話せるとしても、相手に興味を持って聞いてもらえるのはせいぜい3分程度でしょう。短いと思われるかもしれませんが、3分間話して相手から質問が出なければ、失敗です。相手が自分の話に興味を持ってくれたのであれば、いろいろと質問が出てきて自然に話が広がっていきます。特に商売をされている方は、30秒、1分、3分でそれぞれしっかりとプレゼンテーションができるようにシナリオを持っておくべきで、それには紙芝居のメソッドが役立つはずです。14求められるのはストーリーを語れる即興力商品の魅力をクライアントに説明するのが苦手な人には、物を売ろうと考えるのではなく、“ストーリー”にもとづいて豊かな生活を提案することをアドバイスしています。私は40年以上前に婦人服販売店に入社したとき、研修で「うちは洋服屋じゃない、サービス業だ」と教えられました。つまり、お客様に洋服という商品をお渡しするけれども、買い物を通じてファンになってもらうことが一番の目的だということです。それには“ストーリー”、すなわち、どのような背景や思いでその商品がつくられているかを相手に理解してもらうことが大事で、そこに紙芝居の持つ物語性が大いに力を発揮します。また、営業や販売では顧客とのやり取りの中から相手の求めているものを察知し、提案することが求められます。これも聞き手の反応を見ながらその時々で話す内容や語り口を変える紙芝居と同じです。即興でストーリーを語る。そして提案して反絵と文章を併用し、経営ビジョンを紙芝居化。全20枚のうち、1〜6枚目を抜粋（大和鋼業）25応がいまひとつだったときに、いち早く次の提案に移る。そうした即興力がないといけません。私の紙芝居教室では、裏に書いてある台本を読まずに実演できるように指導しています。まるで自分が実際に見てきたと思えるぐらいにストーリーをインプットして、1枚1枚絵を見ただけで内容がすらすらと話せることを目指します。繰り返し声に出していれば、そのうち勝手に言葉が出てくるようになりますし、そこにまた自分なりのアレンジも入ってきます。しっかりとインプットして、アウトプットを何度も行なっていく中で、即興力が鍛えられていくのです。理念浸透に効果を発揮する「紙芝居メソッド」2020年に、ある企業から「毎年つくっている経営指針を紙芝居にできないか」との相談を受けました。私は相手がどんな業種・業界の方であっても「紙芝居にできないコンテンツはありません」と言い切っているものですから、「それ、紙芝居にしましょう！」と即答でお引き受けしました。36まず、白紙のカードを数枚用意し、経営指針をイメージした絵を描きます。細密な絵である必要はなく、大体のイメージが相手に伝わるもので構いません。カードをめくったら、絵を見ながら経営指針を自分の言葉で人に説明する。これをただひたすら繰り返していきます。日頃、朝礼などで口ずさんでひと通りわかったつもりに34［実践］理念経営Labo2023SPRING

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道をひらく～私の流儀～なっている内容でも、それをストーリーにして人に説明することで、理解がよりいっそう深まります。このワークの一番の目的は、経営指針や理念の内容を誰かに伝えることではなく、自分自身にしっかりと浸透させることにあります。人に伝えるという経験を重ねれば、理念を完全に自分のものとして何も見ずに人に話せるようになります。経営理念の内容や解釈を記したマニュアルやクレドカードをつくったところでインプットしかできませんが、紙芝居にすれば、声に出して自分の言葉で人に語るというアウトプットができます。また、観る側も語る人の考えを学び、理解を深めることになります。その結果、しっかり理念を理解し、きちんと自分の言葉で語れる社員を育てることにつながるのです。理念をビジュアル化したポケットサイズのコンパクト紙芝居カードをつくって常に携帯してもらい、紙芝居を演じるように繰り返し人に伝えて、自分自身に浸透させていく。私はこのやり方を「紙芝居メソッド」と名づけて、いろいろな企業に勧めています。たとえば、総合鋼板加工メーカー14の大和鋼業（大阪府松原市）で、このメソッドにもとづいたワークショップを行ないました。これまでは社長が全社集会で経営ビジョンについてただ話すだけというスタイルが取られていました。そこで私は、全部で16ある経営ビジョンのうち、10項目を紙にビジュアル化して、社長には全社員の前で紙芝居をしてもらうことにしました。従業員の皆さんには当日まで内緒にしていたので、「今から社長による紙芝居を見ていただきます」とアナウンスすると、皆さん鳩が豆鉄砲を食ったような反応をされていました（笑）。社長が紙芝居をつくってそれをみずから説明したことに、かなり大きなインパクトがあったようです。残りの6項目については、中堅社員が主体となり、今の自分の仕事の中でどういう行動に経営理念が現れているかを考えてもらい、そこから出た意見を反映させて紙芝居化してもらいました。また、2022年は事業共創などを西日本の新施設「QUINTBRIDGE」（クイントブリッジ）にて行being関連のイベントで、紙芝居を公演する機会をいただきました。そ25パーパスをテーマにした紙芝居、「パーパスってなぁに？」。全10枚のうち、1〜6枚目を抜粋（NTT西日本）の舞台で「紙芝居は人々にワクワクbeingをもたらします。経営理念の浸透にも有効ですよ」と話したところ、幹部の方に大変共感していただき、そのご縁で「パーパスってなぁに？」という紙芝居を制作することになりました。アナログの紙芝居がICTの巨人に採用されたわけですから、デジタル時代においても紙芝居は有効なコミュニケーションツールとなりうることが、よくおわかりいただけるのではないでしょうか。「紙芝居メソッド」を用いた理念浸透は、企業のご要望や状況に応じていろいろな形を取ることができます。たとえば、経営理念を表す絵に沿って、ある従業員の仕事の内容をストーリーにしてもらうというワーク。「今日の私の1日」と題して、自分の仕事を「朝、私は出勤するとまず工場に入って、この機械のチェックから始めます。チェックするうえでの考えは、この理念のこういう点に当てはまります」というふうに、自分の1日の仕事を理念に照らし合わせて物語にする。そんなやり方もいいかもしれません。私の口癖は、「それ、紙芝居にし36ましょう！」。アイデア次第で「紙芝居メソッド」の可能性はいくらでも広がっていくと思います。これからも「紙芝居にできないコンテンツはありません」をモットーにどんどん挑戦し、ビジネスのフィールドに紙芝居が欠かせないツールとして定着するよう取り組んでいくつもりです。L［実践］理念経営Labo2023SPRING35

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プロ・ファシリテーターが斬る!!組織づくり・人づくりのヒント職場の生産性を高めるリーダーとはPHP研究所人材開発企画部長的場正晃PHPでの長年の現場経験をもとに、組織や人材開発に役立つ情報をわかりやすく解説一緒にいるとこちらまで元気になるような人や、そこに身を置くとワクワクするような組織があります。こうした現象は、人や組織に内在するポジティブなエネルギーが周囲に伝播することによって起こるのです。本稿では、人間関係や生産性に大きな影響を及ぼす職場のエネルギーについて考察したいと思います。問題を抱える組織に見られる特徴組織を整備し、そこに人やその他の経営資源を配置しても、それだけで力強い活動が始まるわけではありません。高性能の機械があっても、電力等の動力源がないと機能しないのと同じように、組織を動かすにはエネルギーが必要なのです。ところが、昨今の企業の現場では、活動に必要なエネルギーが枯渇しているケースが増えているように思われます。エンゲージメントの低下や、離職者の増加、コンプライアンス上のトラブルの多発等々、問題を抱える組織を見るたびに、職場のエネルギー不足がその原因であることを感じます。リーダーの持つエネルギーの重要性職場にエネルギーを注入するのは、その職場の責任者（リーダー）の仕事です。日本には「職場は一将の影」ということばがあるように、職場の状況はリーダーのあり方が反映されると考えられてきました。また、海外の学術的な研究成果からも、リーダーの持つエネルギーの重要性が明らかになっています。ミシガン大学のキム・キャメロン教授は、リーダーの持つ「影響力」「情報量」「ポジティブ・エネルポジティブ・エナジャイザー部下をやる気にさせ、職場のエネルギーを高める2種類のリーダー像ギー」の3つが、成果にどのような影響を与えるかを調査しました。その結果、もっとも大きな影響を及ぼすのが「ポジティブ・エネルギー」であり、その効果は他の2つの因子と比較しても4倍強いことが明らかになりました。そして、職場にポジティブなエネルギーを与えるリーダーのことをキャメロン教授は「ポジティブ・エナジャイザー」と呼びました。閉塞感の強まる日本企業がブレイクスルーするカギは、職場にポジティブなエネルギーを満たすことです。そういう意味で、現場のリーダーがポジティブ・エナジャイザーとしての役割を自覚し実践することが大切になってきます。エナジー・ヴァンパイア部下のやる気をそぎ、職場の心理的安全性を壊す36［実践］理念経営Labo2023SPRING

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組織づくり・人づくりのヒントところが実際は、部下のやる気をそぎ、職場の心理的安全性を壊すリーダーが少なくないのです。そのような、職場のエネルギーを奪う人のことを「エナジー・ヴァンパイア」といいます。松下幸之助が求めたリーダーのあるべき姿リーダーのあるべき姿に関して、松下幸之助のエピソードをご紹介しましょう。1977年に「PHPゼミナール」を立ち上げ、みずから松下電器（現パナソニック）の幹部研修けんを担当していた岩井虔（元PHP研究所専務取締役）は、ある報告の場で幸之助から次のようなメッセージを託されました。あいきょう「上司に一番大切なのは愛嬌や。しかし、最近の松下（電器）の幹部には愛嬌がない。部下からの提案に水をぶっかけてやる気をなくしたり、自分の都合で人を使ったりしている。愛嬌のない幹部が増えていることに憂いを感じる。これは創業者であるわしの遺言や！幹部研修の受講者に言っておいてくれ」幸之助が言う「愛嬌」とは、前後の文脈から判断すると、一般的な愛嬌のことではなく、部下をやる気にさせる上司のあり方を指していると思われます。このエピソードは今から46年前のものですが、当事者の岩井は、「わしの遺言や」とまで言い切った幸之助のことばが、今でもしっかりと脳裏に刻まれていると言います。ポジティブ・エナジャイザーを目指してここまで職場のエネルギーという観点から、リーダーのあり方を考察してきました。そして、前述のキャメロン教授によると、ポジティブ・エナジャイザーには以下のような特徴があるとしています。・他者が活躍するのを助ける・言動が一致している・気配りができる・チャンスを見出すことがうまい・笑顔を絶やさない・感謝の念を示し、謙虚である等々すべてのリーダーの方々には、エナジー・ヴァンパイアではなく、ポジティブ・エナジャイザーを目指して、このような行動や考え方を実践していただきたいものです。もちろん、私たちは神様ではないので完璧ではありません。至らないことや、改善すべき点がたくさんあるかもしれません。しかし、リーダーという立場にある以上は、あるべき姿・役割を演じる必要があります。そして、理想のリーダー像を演じる努力を続けていると、やがてその言動が新しい思考・行動パターンとなってみずからの内側にインストールされ、真のリーダーへと成長していけるでしょう。＊PHP研究所では、よりよき人材を育成するための各種マネジメント研修を提供しています。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。まとば・まさあき1990年、（株）PHP研究所に入社し、研修局に配属される。以後、一貫して、PHPゼミナールの普及、および研修プログラムの開発に取り組む。2001年から2003年まで神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程にてミッション経営の研究を行ない、MBAを取得する。中小企業診断士。著作に『“強い現場をつくるリーダー”になるための5つの原則』（PHP通信ゼミナール）。LPHPゼミナール課長研修マネジメント革新コース「与える」マネジメントから「引き出す」マネジメントへ本セミナーの特徴課長職（ミドルマネジメント・中級）管理職を対象とした公開型セミナー。「与える」から「引き出す」へ、マネジメントを革新します。新任課長の昇格時研修、既任課長のフォロー研修に好評です。研修のねらい部下と組織の力を「引き出す」マネジメントの3つの条件①他を頼るのではなく自らの責任で課題を達成しようとする「使命感」②部下や周りの人材の意見に耳を傾ける「素直な心」③部下の可能性を信じる「人間観」対象受講料定員期間肯定的な人間観使命感を共有し、素直な心で衆知（多くの意見・考え方）を集め、肯定的な人間観で人を見ることが「引き出す」マネジメントの要諦です。実施要項総学習時間課長職の方々※一つのまとまった組織を運営し、組織としての成果を最大化することが求められている方々77,000円（税込）※1資料代含む※2「社員研修VA+」会員は10％割引集合研修：18名オンライン開催：25名※1開催1社5名まで2日間詳しくはウェブサイトをご覧ください引き出すマネジメント使命感13時間素直な心［実践］理念経営Labo2023SPRING37

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BOOKS〈知をひらく〉～経営の着眼点～リーダーは「脇役」に徹せよＰＨＰ研究所ビジネス・教養出版部ビジネス課編集長大隅元フランシス・フライ著アン・モリス著桜田直美訳『世界最高のリーダーシップ――「個の力」を最大化し、組織を成功に向かわせる技術』2023年、PHP研究所刊定価：2,090円（10％税込）「まず、スマホをしまいなさい」。本書で繰り返される一言にハッとした。知らぬ間に、自分もスマホを手に持ち（あるいは、PCの画面に目を向け）ながら部下の話を聞いていたからだ。海外の文献に詳しい同僚から勧められ原著の存在を知ったのだが、編集長としてチームを束ねる立場になったばかりの私にとって、本書を制作しながら何度も自分の課題と直面することとなった。冒頭で示される「『自分が中心』になっているかもしれない10のサイン」のほとんどに該当し、思わず天を仰いだほどである。私のように、リーダーが自分の不甲斐なさを自覚する。そこから、本書はスタートする。ハーバード・ビジネススクール教授のフランシス・フライ氏と、リーダーシップコーチのアン・モリス氏の2名（以下、著者）は、リーダーシップを「自分の存在によって他者をエンパワーすること。そしてその影響力が、自分の不在の状況でも続くようにすること」と定義する。だから、リーダーは「主役」ではなく、チームのメンバーを引き立てる「脇役」に徹すべきなのだ。さて本書では、他者を導くための前提条件として「信頼」の重要性に触れ、著者が再建に尽力した「ウーバーの改革」を例に挙げる。従業員のモラルの低下、業績不振に悩むウーバーをどう変えたのか。著者は、信頼を得るために必要な条件として、共感（自分を気にかけてくれる）、ロジック（判断力があてにできる）、オーセンティシティ（本当の自分を出している）の整備から着手した。冒頭の「スマホを見ながら話を聞く」行為は、共感が揺らぐ最たる例で、リーダーシップを発揮するうえで大きな障害になる（分析能力と学習意欲の高い人が陥りやすい傾向にある）。こうした態度をほんの少し変えるだけでも、たとえば会議中のメンバーの発言が前向きなものになる。具体的な施策については本書をぜひ読んでほしいが、経営チームが共感・ロジック・オーセンティシティをイチから見直し、従業員やステークホルダーとの信頼構築に努めたウーバーは、「大混乱」から見事に生まれ変わった。社内にはいつの間にか「ウーバーTシャツ」を身につけた従業員が急増。従業員センチメントやブランド健全性といった指標もみるみる回復した――。国内外の大企業を見渡せば、社員の大量離職やトップ交代が相次いでいる。ひょっとしたら、たんなる業績悪化や劣悪な労働環境ではなく、「リーダー」の在り方に根本的な原因があったのではないか、本書を読むと、そのように思えてならない。そしてその処方箋を本書が担うのかもしれない。書店に行けば、コーチング、声かけ、1on1など、部下指導の本がところ狭しと並ぶ。本書は、そうした類書に比べると、即効性はやや劣るだろう。しかし、「主歩ずつステップを踏むように本書を読み進めれば、エンパワーを発揮する力が確実に身につく。特別なスキルや能力に頼らない、本物のリーダーシップが手に入るといっても過言ではない。あなたが課長、部長ならまずは、第1部「存在のリーダーシップ」を読み込むだけで十分効果が見込める。よりオープンで規模の大きい組織を率いる立場になれば、第2部「不在のリーダーシップ」に進んでほしい。戦略、文化という領域までリーダーシップが浸透すれば、もはやリーダーはその場にいなくていい。まさに組織の永続的発展には欠かせないアプローチではないか。「リーダーになる」と覚悟を決めたらスマホをしまい、本書を読んでほしい。今日は誰の能力を解き放そうか。「脇役」としてメンバーと話す時間が、きっと楽しみになるはずだ。L38［実践］理念経営Labo2023SPRING

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松下幸之助肉声講話＋PHP理念経営研究センタースタッフ解説PHP研究所公式チャンネルにて好評配信中！……ほか多数ご視聴＆チャンネル登録はこちらから→2023SPRING4-6（Vol.5）2023年4月27日発行発行人渡邊祐介編集主幹川上恒雄編集長佐々木賢治発行所PHP理念経営研究センター［編集スタッフ］〒601-8411京都市南区西九条北ノ内町11番地TEL075-681-9166メールkenkyu1@php.co.jpURLhttps://www.php-management.com/長尾梓／時政和輝／桐本真理［制作・普及協力］池口祥司／的場正晃／大隅元／石田賢司／常川一創動画順次公開＆メルマガ登録受付中誌面の内容がよりよくわかる特別動画をこちらのウェブサイトで順次公開しています。↓また、上記動画の公開時期および『［実践］理念経営Labo』の最新情報をメルマガ（無料）にてお届けします。ご希望の方はこちらのウェブサイトよりメールアドレスをご登録ください。↓［デザイン／制作］朝日メディアインターナショナル株式会社©PHPInstitute,Inc.2023Allrightsreserved

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★松下幸之助の経営哲学がボードゲームに！チームを今よりも前に進めるために必要となるものが見えてくる絶賛発売中!!定価：33,000円（10％税込・送料込）成果を出すためのリーダーシップチーム力を高めるコミュニケーション自分の個性、他人の個性を理解すること状況に合わせた判断力や対応力大局的思考「松下幸之助〈理念経営〉実践ゲーム」は、松下電器（現パナソニック）を一代で世界企業へと築き上げた松下幸之助の「経営哲学」、なかでも「自主責任経営の実践」を楽しみながら体験できるゲームです。個々の自己成長を加速させ、人のつながりを深めて強いチーム（現場）をつくることを目的としています。プレイ時間：60～120分プレイ人数：3～6人対象年齢：12歳以上メディア紹介多数！2023SPRING4-6（Vol.5）2023年4月27日発行ＰＨＰ理念経営研究センターゲームを活用した「松下幸之助のマネジメント研修」を開催できる唯一の資格公認ナビゲーター養成講座受付中!!（詳しくは上のQRコードから）

