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# DENKO50号

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経大人のための情報誌DENKO2015年50号大阪経済大学大樟会●歴代同窓会会長放談会●澱江50号記念特集：澱江・表紙の変遷●平成26年度ホームカミングデー・大樟会総会開催

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「同窓生10万人時代」の組織運営について大樟会会長田村正晴歴代会長の後塵を拝し、11代目の会長に就任いたしました。これまで副会長を6年間務めてきたとはいえ、９万人の大所帯の同窓会運営は容易なものではありません。会員は永久会員であり自然退会以外に卒業はありませんし、毎年新たに千数百人の卒業生が加入し、構成員は拡大拡散の一途にあります。やがて「同窓生10万人時代」を迎える、そんな組織をどう切り盛りしていくのか、なかなかの難題ですが、これは同時に「つながる力№１」を掲げる大学の課題でもあります。■近頃、同窓会事務所が30年ぶりに新装開店（？）いたしました。大学のご配慮により手狭となっていた事務所が改装され、教職員や卒業生が三々五々集うことができる大樟ラウンジも開設されました。この50周年記念館7階に同窓会事務所が置かれて以来32年になりますが、以前は本館の中を渡り歩いていた時代もあったようです。ここに定住できた32年間こそ、今日の同窓会の組織基盤が確立した時期ではなかったかと思います。この間の諸先輩のご尽力の賜物であり、心から感謝申し上げるところです。■大樟会は事務所のリフォームを機会に、今後どのように同窓会組織を維持、発展させていくか、次の10年20年後を見据えた組織運営の“リフォーム”を図っていかなければなりません。もはや、全員を一括りにした同窓会運営は困難になりつつあります。これまでの縦割りを基本とした伝統的運営から、全国の地域支部、各種団体、職域、学部、同期、クラブ、ゼミ単位の集い等、これまで以上に縦、横、斜めの多様なつながりをベースにした活動に力点を移していかなければなりません。また大学主催の「ホームカミングデー」との一体化も課題です。■同窓会は緩やかな縛りの下に自主的な参画を旨とする組織であり、多様な考え方や異なった意見があって当然です。そこに排除の論理が働いてはいけませんし、特定の意見に左右されることも慎まなければなりません。様々な意見を糾合し集約していくのは至難の業ですが、そこに大組織の運営の妙味があり、組織パワーを生む源泉があります。“来るもの拒まず、去る者追わず”の泰然自若の構えとともに、最大公約数による組織化も探っていかなければなりません。■大学では理事長、学長、同窓会長のトライアングルのあり方が注目されますが、なかでも理事長の大学経営と学長の大学運営の両輪がうまく連動していかなければ、大学間競争を勝ち上がっていくことはできません。同窓会は学外にあっては最大のステークホルダーであると自負していますが、同窓会長としては両輪の軸となるような役割が果たせれば幸いです。全国の私大、なかんずく関西では新旧大学が入り乱れての天下分け目の戦（いくさ）が始まっています。現状を維持し所領安堵をはかるのか、深傷を避けて籠城するのか、国境（くにざかい）を越えて打って出るのか、各大学の立ち位置が問われているところです。しかし、何時の時代、いかなる戦であろうと、大樟会は「直参旗本」として、常に母校を支援していく立場に変わりはありません。皆様のご理解とお力添えをお願い申し上げます。プロフィール昭和39年3月経済学部経済学科卒業（30回卒）鈴木正里ゼミゼミナール協議会昭和40年4月河内市立（現東大阪市）第三中学校教員昭和44年9月日東ステンレス工業株式会社入社（後の株式会社ミカド）平成14年10月同常務取締役退任平成14年10月学校法人大阪経済大学勤務平成17年3月同理事・事務局長退任平成20年6月大樟会副会長平成26年7月同会長2

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理事会と教学、そして同窓会が一体となって大阪経済大学理事長佐藤武司私は、去る7月の学校法人理事会において、8年振りの同窓生出身（第30回、昭和39年卒業）の理事長として選任されました。さらに私の場合、前・同窓会（大樟会）会長が理事長に就任するという開校以来初めてのことでもあり、責任の重さを強く感じております。当然、学校経営などという経験もなく浅学菲才な私ではありますが、皆様のご協力をいただきながら職務に邁進する所存でありますので、何卒よろしくお願い申し上げます。さて、現在、大学を取り巻く環境は決して良い状況とは申せません。特に、平成30年頃から始まると言わ歳人口の減少は、大学経営にとっても、わが国の将来にとっても由々しき問題であります。今後、より一層深刻となる少子高齢化問題は、わが国の浮沈にも関わる重大事であり、社会全体で取り組み、解決しなければならない大きな課題でもあります。このようななか、本学としても、個性的学生を育てるべく、現在、ミッションステートメントとして「つながる力№1」を標榜し、「ゼミの経大」と言われるように少人数教育に重点を置いて、国際社会にも通用する骨太の企業人を育てなければなりません。ここで「つながる力」とは、現役学生と卒業生、教職員と学生、大学と企業が、それぞれの立場で地域社会との連携を強めながら、人間力を鍛え、リーダーシップのとれる人材育成に取り組むことです。特に、現在はグローバル時代と言われています。経済も国境を越えて一つになる時代です。本学としても、このような時代背景を念頭に改革が必要だと考えます。そういった視点から、企業が欲する人材、企業に役立つ人材、国際的に通用する人材、言い換えればリーダーシップのとれる人材、イノベーションを創造するリーダーとなれる人材の養成が必要な時代でもあります。時代はすでに世界の共通語と言われる英語の時代でもあります。本学としても、大経大らしい個性的学生の育成という面から語学に強い教員の採用など、学生の語学力の向上に取り組むとともに、グローバル時代を睨んだ現役学生の海外留学比率を高め、外国人留学生の招請にも力を注いでまいります。もちろん、学生の本分である学業に力を入れることは当然ですが、これからは課外活動であるスポーツに、学術に、さらに芸術にも力を入れてまいりたいと思っています。正に厳しい時代、これからの大学運営は、理事会と教学、そして同窓会が一体となって知恵を出し合い、乗り越えなくてはならないと考えています。今後とも、経験不足で未熟な私ではございますが、皆様のご指導、ご鞭撻をお願いいたしまして、ご挨拶とさせていただきます。CONTENTS2新会長ご挨拶16わがまちイチオシ50ゼミ短信（大樟会会長田村正晴）19躍進するクラブ52本部だより3新理事長ご挨拶22パソコン教室55本部組織図、新事務所紹介（大阪経済大学理事長佐藤武司）24支部だより56大樟会支部長･各種部会会長一覧4歴代同窓会会長放談会40OB・OGネットワーク57事務局からのお知らせ8澱江・表紙の変遷48お世話になった先生からの58ズームアップ経大人12ホームカミングデー・大樟会総会お元気なお便り3

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歴代同窓会会長放談会会長時代を振り返って、今後の展望はいかに？同窓会会員も今年９万人を超え、在校生数も全国780大学のうち上位70位以内に入るなど決して小規模校ではない大学にまで成長しました。歴代同窓会会長を務めてこられた皆さんに当時の思い出などをお話いただきました。（平成26年9月6日、理事長室にて）【出席者】第７代会長（平成11年6月～14年6月）隂下嘉典氏（16回卒）元・松島商事（株）専務取締役第８代会長（平成14年6月～17年6月）田中富三氏（18回卒）元・日立金属（株）副社長第９代会長（平成17年6月～20年6月）中平秀覧氏（25回卒）元・（社）鳴尾ゴルフ倶楽部支配人第10代会長（平成20年6月～26年7月）佐藤武司氏（30回卒）前・日本ジッコウ（株）社長聞き手広報部長小林真人（32回卒）元・テレビ山口ニュースキャスター小林隂下4まず隂下さんには70周年記念事業を控えて随分お骨折りをいただいたことと思うのですが。私は、今は故人となられた磯野斉、萩原市郎両元会長のもとで12年半にわたり同窓会事務局長を務めさせてもらった後、同窓会会長に就任させてもらいました。多くの皆さんがご承知のとおり、その当時は学校当局と同窓会は余りしっくりした関係ではなかったので、いろいろ考えた末、まず、当時学校法人の理事長だった鈴木亨先生と東京で活躍しておられる諸兄との懇親会を計画し、ここに出席しておられる、当時、日立金属㈱の役員をしておられた田中富三氏のご尽力で㈱日立製作所の迎賓館をお借りして、当時、野村證券㈱の役員の井阪健一氏、吉原製油㈱役員の浜渕隆男氏、日産火災海上保険㈱社長室長の生賀豊氏ら数人にお集まりいただき、磯野元会長にもご出席いただきました。雰囲気がよかったのか、後日、鈴木理事長から「田中さんと井阪さんには

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歴代同窓会会長放談会是非評議員になってもらってください」との連絡が入年1回の「澱江」のほかに「同窓会だより」を、大学が発りました。その後、多少の紆余曲折はありましたが、行している「ＫＥＩＤＡＩＤAＹＳ」とタイアップし平成11年（1999）に井阪さんが理事長に就任され、私が同窓会（現・大樟会）会長になり、学校法人の理事に前述の田中富三氏、国際証券㈱元社長の松谷義隆氏、大阪日産自動車㈱元役員の津秋靖博氏と私が就任し、初めて学校当局と同窓会の協調体制ができたと自負しております。て年3回発行することにしました。もう一つはホームページの立ち上げです。さらに支部総会での啓蒙にも努めました。これらは今も継続してやってもらっているのは嬉しいことです。小林中平さんは、平成17年（2005）から3年間会長を務められたのですね。小林それが70周年記念事業につながるのですね。中平私は田中さんのご指名を受け、とてもそういうお役隂下小林田中そのようななかで、井阪理事長が「大学は10年毎の節目にイベントをやるべきです」と打ち出されたのが平成14年（2002）の70周年記念事業だったのです。さらに「けちくさいことを言わずに10億円の募金目標でやりましょう」という提言をされ、同窓会としても全面的に協力すべしで、いろいろ苦労したのが実情ではなかったかと思います。田中さんは隂下さんから70周年記念事業を引き継がれた訳ですね。当時は人間科学部の新設など学部再編の波が立ち始めた時期ですね。私は、平成14年（2002）に同窓会会長を拝命したのですが、お引き受けしたからには、住まいが関東だからとか、もう年だからとか、エクスキューズは許されない。時あたかも、18歳人口が200万人から限りな万人に激減するという少子化問題が沸き起こっていました。平成21年（2009）には18歳人口と大学の定員がイコールになるとの予測でした。本学が勝ち残るためには大学の質の向上、差別化が喫緊の課題でした。そこで、私は二つの方針を出しました。同窓会活動の活性化と母校発展のための支援活動です。同窓会役員の皆さんには率先してご協力いただき、頭が下がりました。ただ、任期3年の間には積み残したこともあり忸怩たる思いでした。同窓会活動では「同窓会の状況がよくわからない」という声を前々からしばしば耳にしていました。そこで目は務まらないとお断りを続けてきたのですが、その時の私共の進むべき道は、70周年を経過し、これから始まる少子化・大学全入時代を迎え、これに本学が埋没しないよう、何とか大学の存続のために支援をするべきだとの声に押され、お引き受けさせていただきました。もう一つは本学で学び巣立った卒業生の方々に、良い思いを共有していただくために、学校の情報をどんどん流していきたい。そのために同窓会として休眠支部の再興、新支部の設立および支部の活性化ということを心がけてやってきました。小林年間務めてこられたのですが、80周年記念募金委員長も務められましたね。佐藤当時、私の耳に入っていたのは「同窓会は飯を食って、飲んで、歌を歌っているだけではないか」という声もありました。同窓会がそこまで軽く見られるのであれば、私はとにかく同窓会のイメージを変えなくてはいけないということで、まず名称を「大阪経済大学同窓会」から「大樟会」へ変えました。また、スクールカラーはマジェンタ（ピンク）だったのですが、これは違う、本学の校風は質実剛健ではないか、と学校側と対峙しましてね。ですから同窓会旗の色は微妙に違うでしょう。5

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歴代同窓会会長放談会また、本学には140名以上の教授陣がいますが、本学の出身の先生は極めて少ない。それだけに、極端な言い方になりますが、私は同窓会長として理事会でも「基本的にどの学校でも同窓会が核になって支えない中平他大学では、同窓会というものが少ないと聞いています。大学主導の校友会的組織がやりやすいようですね。独立性の高い同窓会としてものを言われるのが困るというのは共通していますね。小林佐藤と学校の存続はないよ」と言ってきました。また、平成24年（2012）の80周年記念では私が募金委員長でしたが、70周年記念事業の際、同窓生から集めた募金は具体的に何に使われてきたのかはっきりしないという意見もあったので、今回は目的を明確にして、図書館関係と運動部・芸術・学術部関係、そしてもう一つはどちらにも属さないことという3つに絞って募金をお願いすることにしました。9万人の同窓生がひとつの核になって土台を築いているのですから、大学あっての同窓会であると同時に、同窓会あっての大学であると私は思っているのです。同窓会の果たす役割は非常に大きいと思うのですが、皆さんのお考えをお聞かせください。同窓生の皆さんに8年ぶりの同窓生からの理事長だと言っていただけるのは有り難いのですが、それだけにプレッシャーを感じていますね。田中大学に入ってくる学生を4年間かけて社会に送り出すのですが、学生に付加価値をつけて送り出さなければならない。では、その付加価値とは何か。ある時、70周年記念で講演していただいた広中平祐氏(数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞受賞)と話していたら、付加価値とはこう思うと言われるのです。「学生を『ハンセイ品』にして送り出す」と。私は、「えっ!」と思ったのですが、よく聞いてみると「ハン」は汎用の「汎」で、あまねく幅の広い、どこに出しても通用する「汎」。「セイ」は「精」、何事にもくじけない「精神力」、思いやりの精神。要するに心の問題。「品」は文字通り「品格」の問題。これが「付加価値」だ、とおっしゃった。では、同窓会中平よその大学と比べてみても、本学は珍しいくらい同窓会組織がしっかりと大学を支え、小さいながらもよくがんばっている大学だと思います。だからこそ本学は堂々とレベル高く生き残れているのではないでしょうか。佐藤としてはどういうお手伝いができるのかという具体策にかかってくると思うのです。今の話で言いますと、私が大樟体育会のお世話をしている頃、当時、たばこは吸い放題、学内には吸い殻があちこちに散らかっていました。それで、当時の鮫島体連協（大樟体育会の前身）会長と相談して「マナー委員会」というものを作りましてね。まず学内からきれいにしようということで、翌年から全校挙げたマ佐藤私が同窓会会長になった頃、水面下で同窓会を学友会にしようという話がありまして、私は断固反対しました。学友会あるいは校友会になると財政面など全て大学側に権限が移り、同窓会としての活動が制約されるとの思いから反対しました。ナー運動が始まり、今はチリひとつ落ちていないでしょう。それから、まず大樟体育会からも学内で背広を着た人に会ったら頭を下げろとは言わないまでも、「目礼」をしなさいということを言ってきました。これは、まだまだ徹底できていませんが…。田中それは大事なことですね。こういうことが学生のこれからの人生に繋がってく6

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歴代同窓会会長放談会るのですね。そういう小さい積み重ねが大事です。同窓会がやっぱりそういう社会人としての基本的なことについて主張をしていかなければならないと思います。小林各地の支部総会へ出席してみると大経大の名前がマスコミに出てこないのが寂しいという意見を聞きます。田中この前、テレビを見ていたら本学の家近良樹経済学部教授が出演して座談会をやっていました。先生は幕末史の大家・佐藤今は、それはかなり変ってきています。同窓会が第一人者で、堂々としたものでしたよ。また、「文藝支部の再編問題も含めて改革をやっています。これ春秋」を見ていたら消費税問題に関して岩本沙弓本学はなかなか難しい作業ですが、新同窓会会長の大き客員教授の対談が載っていたし、「論点」という雑誌にな課題でもあります。また。地方にも行きわたる広も論文が出ていた。先日、東京のホテル・ニューオー告宣伝については理事長の仕事ですから、今後検討タニであった大和総研のチーフエコノミストの熊谷亮して、見直していきたいと考えています。丸（くまがいみつまる）氏の講演を聞きに行ったら、プ小林大学と同窓会とは、言わば車の両輪であり、これロフィールに本学客員教授とあり、嬉しかったですね。まで以上に良い関係となることが大切ですね。小林元山口県知事の二井関成氏にも本学の客員教授に佐藤田村新会長と私は同期生ということもあり、私のなっていただき、第1回講義の時は地元紙に大きく囲意向は十分ご理解いただいておりますし、これからみ記事で掲載されました。山口県では超有名人だけにも引き続き学校にものが言える同窓会のトップとし良いPRになりました。て活動していただきたいと思っています。田村新会田中スポーツがひとつのプロパガンダとすれば、先生方長には今後も学内理事会へも入ってもらうことにが新聞や放送に出られるということも一つの大事なプなっていますから、同窓会として意見をどんどん出ロパガンダと言えますね。してもらいたいですね。今後、理事長との一体感も隂下過日、親戚の息子の結婚式に招かれて鹿児島に出向出てきますから、18歳人口が一気に減少する「2018いたのですが、司会者が私のことを大阪経済大学の元年問題」などを乗り切るためにも本学は大きく変わ理事・同窓会会長と紹介してくれると、銀行の人や高りますし、変わるべきだと思います。校の先生が「学校の様子をお聞かせいただきたい」と名小林皆さん、本日はお忙しい刺を持って挨拶にきてくれたのには驚きました。とこ中、お集まりいただきありろが地元大阪での評価はそれ程でもない。地元の卒業がとうございました。生は自分の母校にもっと誇りを持てばいいと思いますね。7

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澱江50号記念特集澱江表紙の変遷２号（昭和41年）４号（昭和43年）7号（昭和46年）8号（昭和47年）10号（昭和49年）11号（昭和50年）13号（昭和52年）1４号（昭和53年）『澱江』第50号の刊行によせて大阪経済大学同窓会の会報誌は『澱江』といいます。このたび『澱江』が復刊されて第50号となり、半世紀をむかえる記念号となりました。この機会に、創刊号からの足跡を振り返ってみます。創刊号は1965年（昭和40）７月に発行されています。この表紙には、旧本館の写真が使われています。これを見ると、本館前の樟がまだ若木なのです。私たちには、大きな樟のイメージがあるのですが、これが半世紀という歴史の重みでしょうか。渡辺達好同窓会理事長の巻頭のことば「刊行に当たって」に、こうあります。「母校大阪経済大学がここ瑞光ヶ原に草創の時をえたのは、遠く1932年にさかのぼる。爾来、春風秋雨星霜を重ねること三十余年、この間、いくたの曲折多難の時はあったにせよ、俊秀を輩出することすでに九千余、日夜研学にいそしむ在学生はその数七千をこえようとしている」。現在では、卒業生の数は九万人をこえています。藤田敬三学長の「会誌の発行によせて」が続きます。「本学は先年経営学部増設の結果、その学生数は既に数千を越え、これに伴う教職員数も従来の三倍となり、学園の年予算も数年前に数倍する約四億の規模に増大、昨年竣工の図書館、本館の他に本年は教室の大拡張、学生会館の増築により、設備の外観内容共に面目を一新することができました。」大阪経済大学が草創から飛躍の年を迎えています。また、前年に黒正巌学園創設者の胸像除幕式があったこと、「はがき通信」「支部通信」などの記事がまとめられています。ＡＢ判でわずか８ページの小さな冊子ですが、これが大阪経済大学同窓会会報誌の再出発となりました。『澱江』第２号には、藤田敬三学長の「一万同窓への報告と訴え」があります。「待望の大学院（経済学専攻）の修士コースが今春認可され、二年後の博士コースの用意も既に出来ておるということ、そして本年のその入学生は20名名であったということでありましょう」。大学院がスタートし、学問の府として実質を備えてきたことが述べられています。また、「あのころのこと」という本学の歴史を振り返る企画が始まっています。浪華高等商業学校にはじまり、昭和高等商業学校、大阪女子経済専門学校、大阪経済専門学校、そして大阪経済大学へと五つの大きな変動をたどっています。「わが学園を語る」では藤原光治郎、浅沼玄悳、梅田武文、鈴木亨、大槻弘の諸先生による対談があります。「新しい大学制度と学生気質」「増やしてほしい先生の数」「必要な先生と学生のふれ合い」などについて話し合われています。8

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澱江50号記念特集16号（昭和55年）19号（昭和58年）20号（昭和59年）22号（昭和61年）23号（昭和62年）25号（平成元年）27号（平成3年）28号（平成4年）『澱江』第４号では体育館の完成、第５号では茨木グランドの造成工事、第６号では学園紛争が取りあげられています。第10号には藤田敬三理事長の「二万同窓生へのお願い』という記事があります。第13号では同窓生が３万人を超えたとあります。大阪経済大学が有意な人材を輩出している様子がうかがわれます。『澱江』第16号では、「学歌制定の由来」のなかに牧田安夫氏による「恩師の善意こもる歌詞・メロディ」があります。それによると、国文学の秋本吉郎教授に作詩を依頼して、「大淀の水は春ゆくゆたかな春だ」の歌詞ができます。作曲については、大北文次郎教授の親戚である声楽家の伊藤武雄氏を介して柴田南雄先生を紹介していただいたとあります。作曲家・音楽学者として業績を称えられ、音楽評論家のための顕彰・柴田南雄音楽評論賞に名を残す大家です。こうして、大阪経済大学の学歌ができあがります。なお『澱、江』第32号に「柴田南雄先生のご逝去を悼みて」にも関連の記事があります。また、「硬式野球部が関西六大学入り」の報告があります。近畿大学リーグ首位決定戦、阪神大学リーグ優勝校との戦いを制し、京滋大学リーグ優勝校を降し、関西六大学入替戦出場権をえます。神戸学院大学との対決は２－０、２－３、８－４の二勝一敗の成績をおさめて、関西六大学リーグで活躍できるようになりました。翌年の『澱江』第17号では、同窓会総会に関西六大学リーグ優勝旗入場の記事があります。初昇格・初優勝という快挙です。また、朝比奈隆先生にグリークラブを指導していただいたこと、江口グラウンドにある学生寮が前年20周年を迎え記念式典をおこなった記事があります。『澱江』第18号では、鈴木亨学長の「五十周年を契機としてさらなる飛躍を」に同窓生が四万人を超えたとあります。今後、さらに教育の質的充実を計り、将来計画を十分に練り、できうることを一つ一つ着実に実現していくという決意が述べられています。その一環として、商業科推薦入学、普通科推薦入学、特技（スポーツ）推薦入学の取り組みがあります。『澱江』第20号は「新しい半世紀に向けて」というサブタイトルがついて、創立五十周年記念事業が特集されています。鈴木亨理事長代理・学長の式辞に、こうあります。「本大学におきましては、この50年という、歴史的節目に当たる意義を重視し、人間の尊重、人間の価値およびその理想を追求する砦として、また、来るべき21世紀に向けて翔ぶ、文明文化を創造する学問の府として、位置づけるとともに、その具現化に向けても渾心の努力をいたしますことを、本日の式典に誓うものであります」。『澱江』第22号では50周年記念館が完成し、世界的な彫刻家・流政之氏の作品が記念館に贈られた、とあります。9

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澱江50号記念特集30号（平成6年）31号（平成7年）32号（平成8年）34号（平成10年）35号（平成11年）36号（平成12年）37号（平成13年）39号（平成15年）「雲に向かって雲に立つ」という作品です。もう一つの作品「風に向かって風に立つ」が西門横にもあります。このことについては『澱江』第23号に詳しく述べられています。流政之氏については、1987年８月の日本経済新聞「私の履歴書」に掲載されています。『澱江』第25号では本学の女子学生が特集されています。大学選びの一つの要素として、女子学生がどれだけいるかがあります。対談のなかでも、これから女性の活躍舞台が非常に起こってくるから、大阪経済大学に女性をたくさん入れて、特徴をつくりあげていくという提言がされています。『澱江』第32号では「人生の師となり母校の教壇に立つ」、というタイトルで、公開講座が特集されています。井阪健一東京証券取引所副理事長の「日本経済と証券市場」、田淵栄次神戸市道路公社理事長・前神戸市助役の「阪神淡路大震災と自治体行政」、野尻忠正十津川村村長の「親切な村づくり」の三つの講座が取りあげられています。これらの講座では、学生だけでなく地域社会の方々に、母校や社会で学び培った知識と経験が披露されています。大阪経済大学が広く社会のために開かれていく拠点となっています。「社会人キャンパスを行く」という社会人入試の特集もあります。生涯教育がさけばれ、そのために多くの大学が取り組んでいます。本学でも前年から社会人入試制度が始まり、10名の方が一般学生とともに学んでいます。『澱江』第36号は、大阪経済大学創立70周年記念事業の特集号です。70周年に向けての活動が始まり、「初代学長・黒正巌に関する記念講演と学術シンポジウム」が開かれました。第一部は、井阪健一理事長の開会宣言などがあります。第二部は、山田達夫学長の「黒正巌の人と学問――道理貫天地――」という講演があります。第三部は、「21世紀の日本を考える」というテーマで文化講演会が開かれました。講師には、角川歴彦、芳賀徹、西沢潤一、藤本義一、五木寛之、樋口廣太郎氏などの名前があがっています。これらの講演は、大阪経済大学編『21世紀の日本を拓く――経営者からのメッセージ――』として日本経済新聞社から出版されました。『澱江』第38号のＯＢレポートには、株式会社ジャパネットたかた髙田明代表取締役の「自前主義を掲げ、社長自らテレビ出演、急成長を遂げた通販業界の風雲児」と、日本ジッコウ株式会社佐藤武司代表取締役の「株式公開を視野に入れてコンクリート防食技術で日本一を目指す」とがあります。『澱江』第41号には、「創立80周年に向けて大学改革を推進、21世紀社会が求める人間力ある人材の輩出へ」という座談会が特集されています。そのなかに、2004年に経営学部を経営学科とビジネス法学科に分割、2005年に経10

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澱江50号記念特集41号（平成17年）42号（平成18年）44号（平成20年）45号（平成22年）46号（平成23年）47号（平成24年）48号（平成25年）49号（平成26年）営情報学部をビジネス情報学科とファイナンス学科に分割。大学院では、2003年に経営情報研究科、2005年に経営学研究科、2006年に人間科学研究科を開設予定です。大阪経済大学はこれまで経済・経営系の単科大学といわれてきましたが、現在では４学部７学科をもつ社会・人文系の総合大学として発展を遂げつつあります。『澱江』第44号には、次のようにあります。商都・大阪のメッカ北浜の大阪証券取引所内に、大阪経済大学北浜キャンパスができて三年半がたちました。この三年間に、博士前期課程、修士課程をめざす「社会人大学院」では２回人の修了生を送りだしました。また、経験豊富な社会人が講師をつとめる「北浜土曜講座」が好評です。この講座の講師を一般募集しています。ＯＢ・ＯＧの皆さまの参加を呼びかけています。また、「経大ファイナンスアカデミー」という講座を開講します。「世界につながる国際交流」の記事には、こうあります。大阪経済大学は、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オセアか国、25大学と提携しています。本学の学生が、それぞれの大学にわたって学んでいます。その反対に、学部留学生91名、大学院留学生24名、交歓留学生10名を受け入れています。いまや、学内にいながら、海外の友人をつくる機会が豊富にあります。『澱江』第45号の「ズームアップ経大人」には、谷力（ぐり）氏が紹介されています。中国からの女子留学生で、本学としては初めての女性ドクターの誕生です。天津広播電視大学を卒業後に来日します。一時、帰国しますが、ふたたび来日して大阪経済大学大学院経済学研究科で学びます。論文「社会保障の基礎理論と中国社会保障の分析」で経済学博士の学位を取得します。現在は、本学の学部と大学院で講師として中国語を教えています。将来において、彼女の母国である中国の発展に寄与する日が近いことを願っています。『澱江』第46号の「ズームアップ経大人」には、鬼頭さやか氏が紹介されています。単位制の光洋台高校を経て本学経済学部に入学。2008年９月に卒業。公認会計士の資格取得をめざして大原簿記専門学校で学び、2009年９月に初受験で見事、公認会計士試験に合格しました。本学では62年ぶりの女性の公認会計士の誕生です。『澱江』の半世紀を振り返る作業は、膨大な資料を読んで、まとめることでもありました。誌面のうえでは字数の制限があり、今回の『澱江』第50号にすべてを載せることはできません。そこで、くわしいことは、大阪経済大学大樟会のホームページをご覧ください。広報部川口正義11

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未来へのアプローチ、新体制が発足！平成26年度ホームカミングデー・大樟会総会、華やかに開催秋の好天のもと大樟祭が賑やかに繰り広げられているなか、平成26年11月3日（月・祝）、午前11時から、ホームカミングデー・大樟会総会が盛大に開催された。前年9月に竣工したばかりのD館を会場とし、このほど新たに就任された佐藤武司理事長（前大樟会会長）、德永光俊学長、新体制となった大樟会の田村正晴新会長ほか、全国各地から254名の同窓生らが参加。オープニングセレモニーに次いで感謝状の贈呈があり、その後、記念講演会が行われた。午後は同館8階の80周年記念ホールで交流パーティが開かれ、参加者が歓談の時を過ごし旧交を温めた。当日は、大樟祭も開催受付風景学歌斉唱（グリークラブ）司会の石橋佳世子さん（65回卒・右）と吉仲美智子さん（68回卒）会場風景式辞（佐藤武司理事長）式辞（德永光俊学長）式辞（田村正晴会長）田村会長から佐藤前会長へ感謝状贈呈●感謝状贈呈者：勝田泰久氏前本学理事長佐藤武司氏（30回卒）前大樟会会長大門壽郎氏（29回卒）前北摂支部長齋貞文氏（30回卒）前大樟会常務理事植村祐三氏（32回卒）前大樟会監事野﨑邦男氏（32回卒）前高知支部長下垣恒彦氏（36回卒）前大樟体育会会長梶村貞男氏（37回卒）前大樟会常務理事大谷忠久氏（51回卒）前大樟会常務理事記念講演の会場風景12

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司会の吉仲さんと竹中事務局長開会のことば（北村實経営学部教授）ジョン・道阪さんのマジックショー鏡開き（左から、德永学長、佐藤理事長、田村会長）乾杯（池田正勝北海道支部長）学歌・逍遥歌の大合唱和やかな会場内万歳三唱（山本隆造大樟体育会会長）閉会のことば（小林真人副会長）卒業生の絆のより一層の強化と大学・大樟会一体で学生支援を会場では、総会開催に先立ち、グリークラブ18人が力強い調べの合唱を披露。石橋佳世子さん（65回卒）と吉仲美智子さん（68回卒）の司会によって開会が告げられた。学歌斉唱後、学校法人大阪経済大学の佐藤武司新理事長があいさつに立ち、「勝田泰久前理事長からご指名を受け、今回の就任となった。2018年から18歳人口が大幅に減少するといわれ、これは大学経営にとって大きな課題となっている。近年の若者は「草食系」が多いといわれるが、本学では「骨太」と呼ばれる人材、社会で役立つ人材づくりを目指していきたい。80周年記念事業によりキャンパス整備が行われ、いよいよ内容の整備に入る。ゴミのないキャンパス、挨拶の奨励など、小さなことからコツコツと確実に、改革が進んでいる。今後、大樟会の皆さんのお知恵を借り、改革のノロシを上げたい。大学を訪れる機会を増やしていただき、きれいになった大樟会事務室、そして開かれた理事長室を訪ねてほしい」と支援や助言を求め、交流を呼びかけた。次に德永学長が壇上に立ち、前日にテレビ放映された全日本大学駅伝への3年連続出場、弓道部女子の全国選抜大会での団体優勝など、クラブ・サークル活動の成果を紹介。また、情報社会学部の中村健二ゼミが日刊工業新聞のベンチャービジネスプランのコンテストで関西地区優勝を果たしたこと、日本経済新聞の「人事が選ぶ就職支援に熱心な大学」全国6位にランクインしたことなどを伝えた。その上で「学生たちは各分野で『No.1』を目指している。『ゼミの大経大、マナーの大経大、就職の大経大』も実現しつつある。時代の転換期といえる今、学生たちは、日本文化に根ざした内面的・文化的価値を模索し、英語をツールとして用い、世界に発信しなければならない。初代学長・黒正巌博士の言葉『道理は天地を貫く』の「道理」とは何かを考える力を持つ学生の育成、それが我々の教育の王道であり、生き残る道だと考える」と力を込めた。続いて、田村会長が「このほど、卒業生総数が9万人を超え、10万人時代も目前に迫った。その『つながり』をどう強化するかが我々、また大学にとっても課題になってくる。大樟会総会の軒下を借りてのホームカミングデーではなく、それを入学式・卒業式に次ぐ3本目の矢、軒下ではなく母屋として位置付けてほしい」と熱心に呼びかけた。このあと、永年にわたって母校や同窓会の発展に力を尽くし、このたび退任された9名（別掲）に、田村会長から感謝状・記念品が贈られた。恒例の記念講演は、家近良樹経済学部教授により、「歴史研究を通じて最近考えること」をテーマとして行われた（別掲）。午後の懇親パーティは吉仲さんと竹中亨大樟会事務局長が司会を務め、経営学部北村實教授が「大学と同窓会は一体だと考えています」と、開会のことばを述べてスタート。「ヨイショ」のかけ声と共に鏡開きが行われ、池田正勝北海道支部長の音頭で乾杯、会場は晴れやかなムードに包まれた。穏やかな談笑が響くなか、卒業生でプロのマジシャンとして活躍するジョン・道阪さん（本名道阪友裕・76回卒）がトランプやハンカチなどを使って奇術を披露。卒業生で、元応援団副団長の福田敏裕さん（37回卒）の演舞と共に学歌・逍遙歌を唱和し、山本隆造大樟体育会会長のリードで万歳三唱。小林真人副会長が「来年も元気で再会しよう」と誓い、閉会した。13

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平成26年度ホームカミングデー・大樟会総会講演会『歴史研究を通じて最近考えること』講師／家近良樹先生大阪経済大学経済学部教授大樟会総会において、恒例の記念講演会が開かれ、本学の家近良樹教授が上記のテーマで講演を行った。同教授は幕末維新史の著名な専門家であり、著作・テレビ出演も多い。ユーモアを交えた体験談と共に、ユニークな着眼点の示唆に富んだお話で、笑いのなかにも考えさせられる内容であった。歴史学は、人間や社会を対象とする学問実は昨秋、潰瘍性大腸炎で大腸を切除しました。昨春の検査後、医師から「大腸を取りましょうか」と当たり前のように言われたときはショックで、体勢を持ち直すのに時間がかかったものです。ところが、手術の際にはとても穏やかな気分になり、微笑みさえ浮かべていたほど。死の問題と向き合い、考えるうちに「人間が年を取り、病気になるのは仕方ない」と思うようになったんですね。納得をすると、人間は苦しまなくなり、朗らかになります。このときほど、歴史学を研究していてよかったと思ったことはありません。人間や社会を対象とする歴史学を通して、生老病死の問題を考えてきたのが、ここで役に立ったのです。それでは、歴史を長年学んできて、最近つくづく感じることをお話ししましょう。この学問の面白さは、単純でないところにある幕末維新期を専門分野としてきて思うのですが、長期政権を維持し、抜本的な改革を行うのは本当に難しいことです。まず、既得権を守ろうとする勢力を排除するのが大変です。多くの仲間を持ち、いろんな人の意見を聞いていれば、スピード感のある改革を実行することは困難になります。大政奉還が行われた理由は「世界史の流れのなかで、日本だけが旧来の体制を守っていくことができなかったから」という考え方がありますが、それだけではありません。15代将軍・徳川慶喜は孤独な立場にあり、しがらみによって配慮すべき人、つまり既得権を守ってあげるべき人が周りにいなかった。しかも、自分で物事を判断できるタイプだったので、大政奉還ができたんですね。一方、大久保利通は非情の人だったから、日本的な論理と無縁のまま冷酷に、歴史を変えていけたんです。歴史を動かしていくのは詰まるところ「創業者」、つまり徳川家康のような人物だと思います。また、物事には必ずプラスとマイナスの面があること、歴史は勝者の立場から語られることが多いが勝者と敗者は合わせてとらえなければいけないこと、歴史過程は単線的なものではなく複雑な道をたどるということを感じています。歴史はドラマのように単純で分かりやすいものではありません。その時々の状況、その都度起こってくる状況のなかで、それに対応していろいろな勢力が動きます。歴史学の本当の面白さは複雑なところにあるのです。幅が広くて深く、豊かな「人間」を育てる学問前述の通り、歴史学は人間や社会を対象とする学問です。けっして暗記科目ではありません。その時代の世情の影響をまともに受け、社会の変化に対応して変わっていきます。超高齢化時代が到来し、近年の歴史学会では、老いの問題を取り上げるようになりました。平成25年1月発刊の『日本歴史』特集号のテーマは「日本史のなかの長寿」。歴史学は時代性を取り入れる学問なのです。その研究対象は無限で、「なんでもあり」と言ってよいでしょう。受験とは違い、問題の立て方、解き方も自由で時間制限もありません。むしろ、長いスパンで研究対象を眺めることが必要です。豊かな人間経験と幅広い知識が求められるので、中高年に向いているかもしれません。すぐに役立つ「人材」を育てるのではなく、豊かな「人間」を育む学問であり、また、原因と結果を考えて論理的思考を育成する学問だと言えるでしょう。幕末維新史は、近代日本人の意識に大きな影響を及ぼしたと考えられます。自らの力で改革を成し遂げたという誇りと、近隣諸国に対する優越感が生まれました。大国意識です。近代化を進めたメリットはありますが、成功面ばかりではありません。江戸時代の日本人は、自分の国を「小国」だと認識しており、その分、危機意識を強く持っていました。これから未来に向けて、本当の豊かさを持つ国になっていってほしいと思います。熱心に聴講する会員の皆さん14

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15各支部・同期会の皆さん（交流レセプション会場にて）順不同総会後別会場にて人間科学部同窓会とりあえず34期会32期生会北村ゼミ同窓会理事長、会長を囲んで（29期、３０期の皆さん・ひでよしにて）29期生の皆さん31期生の皆さん30期生の皆さん32期生の皆さん34期生の皆さん36期生の皆さん37期生の皆さん39期生の皆さん堺支部の皆さん京都支部の皆さん北村ゼミの皆さん阪神支部の皆さん北摂支部の皆さん北大阪支部の皆さん伊丹支部の皆さん奈良支部の皆さん税理士大樟会の皆さん大学院大樟会の皆さん豊中支部の皆さん

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各支部のふるさと自慢「伊勢神宮」参拝のすすめ三重支部イチオシ全国各地で、地域のあり方を見つめ直そうという機運がますます高まってきたように思われます。そこで、全国各支部に依頼し、「これぞ、わがまちのイチオシ」というものや「ふるさとで自慢できるもの」などを自由にお書きいただきました。式年遷宮でもお馴染みの伊勢神宮。毎年、多くの参拝客数を誇っています。伊勢神宮には、太陽を神格化した天照大御神を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大御神の二つの正宮があり、一般に皇大神宮は内宮、豊受神宮は外宮と呼ばれています。観光のため内宮のみ参拝の方が多数ではありますが、まず外宮を参拝してから内宮を参拝するのが正しいとされています。内宮の側にはおかげ横丁もあり、お土産屋さんや飲食店等で栄えています。参拝後に伊勢うどんや赤福を召し上がっていかれるのが定番ですね。見どころ満載、グルメ満載の伊勢はいかがでしょうか？支部長池山英典（57回）牛玉ステーキ丼？北海道支部京都のお勧めスポット京都支部北海道ご当地グルメグランプリの頂点を競う“食の祭典”で、わが十勝清水町の「牛玉ステーキ丼」が見事1位のグランプリに輝きました。大樟会のメンバーにも是非味わって欲しいです。脂肪分が少なく、とてもヘルシーな「十勝若牛」、サイコロ状にカットしたステーキ肉がゴロゴロのっている丼です。特製味噌と相性がとてもよく、焦がした味噌の香りが食欲をそそります。スクランブルエッグのふわふわ感はシェフの腕の見せどころ、味噌味の卵もめずらしいと思います。昨年度のグランプリ、牛玉ステーキ丼を久方ぶりに最後まであきずに味わい、完食しました。昨年8月19日その時の写真、機会を作って十勝にご来遊を。小生がご案内いたします。支部長池田正勝（34回）琵琶湖疏水べりの小道の内、銀閣寺あたりから南へ約1.8キロの間を『哲学の道』と呼びます。その昔、哲学者の西田幾多郎博士が、日々この道を散策されたそうです。ところで、皆さんはこの『哲学の道』の名付け親が、わが母校の黒正巌初代学長だと言われていることをご存じですか。大学のホームページ（野風草だより）で、德永学長も紹介されています。しかし、まだご存じでない方も多いと思いますので、ここで改めて紹介させていただきます。黒正先生が留学先のドイツ・ハイデルベルクにあった『哲学者の道』を思い出し、昭和の初期に名づけられたそうです。銀閣寺に程近い漆器店の前に、詳しい説明入りの立て札があります。京都においでの節には、ぜひ探してみてください。なお、お食事をされるなら、徒歩一分のおうどん屋さん『おめん』がお勧めです。支部長田中伸治（45回）夏の風物詩岐阜支部東海道線大垣駅、市内南には名神高速大垣インターチェンジ、その少し東に新幹線岐阜羽島駅、関ヶ原合戦では西軍の総大将石田三成が入城した大垣城、松尾芭蕉奥の細道結びの地である大垣。高校まで育った街ですが、昔から水都大垣と呼ばれ伊吹山系揖斐川水流を源として地下水が豊富で、今でも各所に自噴水があり、井戸水は夏も冷たくおいしいです。全国各地にあるかもしれませんが、水まんじゅうが井戸水に冷やされ数ケ所で販売されています。暑い夏には癒されます。また、夏の風物詩ともなっています。交通アクセスにも恵まれ歴史豊かな街です。一度お越しください。前岐阜支部長浅野四郎（35回）名門「茨木カントリー倶楽部」北大阪支部日本のゴルフ場は現在2400か所あります。この内「名門」といわれるのは約100か所。西日本では「廣野ゴルフ倶楽部」（兵庫県）が有名ですが、2番手グループに大阪府の「茨木カントリー倶楽部」があります。「名門」といわれるのは開場が古く会員数が限定されておりかつ終身制が多い。同時にプロトーナメントが開催できるなどゴルフ界の超一流でなければなりません。茨木カントリー倶楽部は1923年、大阪府初のゴルフ場として開場しました。JR茨木駅から車で10分、市内の真ん中にありながら閑静な住宅街に囲まれた東西36ホールのチャンピオンコースで、雄大な景観と四季折々の自然はプレーヤーを魅了します。英国流の厳格なルールを守り、今もって婦人の日曜日のプレーは認めておりません。支部長平田義行（31回）16

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古墳を探索北摂支部北摂には古墳が多く、高槻市のキャラは“はにたん”。埴輪をモデルにしている。第26代継体天皇陵とされる「今城塚古墳」、大化改新の藤原鎌足墓と言われる「阿武山古墳」、塚原古墳群は６世紀後半から７世紀前半にかけて造ら基におよぶ古墳があります。その古墳からは、家・人物・動物などの形象埴輪が大量に出土しています。北摂支部も古墳探究に出かけて、古代学習をしてまいりました、高槻城はキリシタン大名・高山右近の居城としても有名で、摂津国における重要拠点でした。「NHK黒田官兵衛でも登場していました」山手には摂津峡があり、夏の涼・山菜採り・ハイキングの名所となっています。歴史のある街を拠点として、北摂支部は楽しく賑やかにやっています。細井三郎（35回）戦国時代がつくった怪物荒木村重伊丹支部NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」では、有岡城に1年近く幽閉されたことから、前半の山場として非常に多くの場面で伊丹（摂津）が出てまいりました。その時の城主「荒木村重」についても、謀反により最後は妻子をはじめ一族郎党から下々の者まで660人が信長により虐殺されるなか、自分だけが生き残り、「武士としてあるまじき行為」と散々な評価であったが、後半においても茶人「道薫」として秀吉に仕える村重がたびたび登場し、人間的側面を考える上で、これまでとは別の視点で描かれており、伊丹の地の見直しに繋がっております。さらに、有岡城址は、西隅に自然石のわずかな石垣と井戸跡、土塁と堀跡等しかないこの城址が何で国の史跡かと思われる方は非常に多いと思います。しかし、この時代に堀と土塁で町人町まで囲った東西800m、南北1,700mの「惣構えの城」は先駆的で、城郭史上非常に貴重なものです。これが「荒木村重と有岡城」についての見直しの大きな転機となりました。さらに、昆陽池、清酒発祥の地とあわせて、伊丹の地の先駆性に改めて感銘を受けております。代表幹事瀧内和之（35回）星のブランコ北河内支部世界に誇る戯曲作家尼崎支部大阪府と奈良県の国境を走る国道168号線沿いに広がる森林公園「大阪府民の森ほしだ」の中央に位置する小高い山の谷間に、全長280メートル、高さ50メートルの吊り橋がある。かって大阪国体が開催された際、登山競技の会場となったのを記念して建設されたもので、当時としては全国で最長を誇っていたが、今では6番目とか。交野市には弘法大師が呪文を唱えたら星が降ったという「隆星伝説」や七夕発祥の地として知られ、星にまつわる地名や伝承が多いことから「星のブランコ」と名づけられた。11月中旬から周辺の山々が一斉に色づき、それを眼下に吊り橋を渡るハイカーで大変な賑わいを見せる。支部長森川義一（25回）近松門左衛門（1653～1724年／本名、杉森信盛）は、江戸時代に人形浄瑠璃（文楽）や歌舞伎の世界で活躍した世界に誇る劇作家です。〝東洋のシェークスピア″と称され、100編以上の脚本を残しました。流麗で音楽的な文章の中に、現実の憎さや悲しさ、葛藤、不条理が込められた特色ある作品は、今なお愛されています。そんな近松の墓所が、尼崎市の広済寺にあります。昭和61年（1986）の市制70周年を機に「近松のまち・あまがさき」を掲げ、多彩な文化事業展開の一環として「近松ナウ」事業がスタートしました。支部長久保太郎（31回）役の行者からりんくうタウンへ泉南支部阪神支部の「男まえ!!」阪神支部わが泉南支部の位置する南泉州は、温暖な瀬戸内式気候と緑豊かな山、海に恵まれた関空（泉州空港）の膝元で、海外に最も近い街です。泉州空港から見る海沿いには岸和田カンカンから二色の浜海水浴場、りんくうタウンからサザンビーチ、阪南ピチピチビーチと続く海岸線は若者や家族連れで賑わっています。そして目を奥に移し山側を見れば葛城、金剛の和泉山脈が見渡せます。実はこの和泉山脈にはあまり知られていないのですが、古来大峰山と並ぶ「葛城修験道」があるのです。役の行者が開祖した経塚、宿が加太の友が島から金剛山に向かって和泉山脈を一直線に貫いています。山中渓関所跡～修験道の中心寺院である犬鳴山七宝瀧寺の行者の滝～牛滝山大威徳寺～金剛山へと至る途中の尾根から大阪湾に浮ぶ泉州空港の景色には感嘆の声があがります。役の行者の修験道とそこから眺める近代的なりんくうタウン、ぜひ一度お越しください。支部長塩谷善一郎（39回）平成26年10月9日付朝日新聞夕刊の「好奇心」のページに写真入りで大々的に取り上げられた同窓生。原則として人物紹介はしない本コーナーですが、あえて紹介します。その人は、35回卒の峯山隆さん（西宮在住）。9月の「わかさ京都スタジアム」での関西六大学リーグ、龍谷大戦。ガラガラの大経大側内野席で新調された鮮やかな大樟会旗を振る「おっちゃん」の姿が大写しされている。何が峯山さんにそうさせているのか。大経大野球部の藤田元気主将は「1年の時からずっと応援してくれている。あんなに応援してくれる人のためにも勝ちたい」と。峯山さんの純粋に母校を思う「後輩との交流」。まさに「つながる力」の鏡では。支部長進木伸次郎（33回）17

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『黒田官兵衛』の大河ドラマで有名になりました東播磨支部萩城・城下町世界遺産登録へ山口支部大樟会東播磨支部には、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』で有名になった寺院が多数あります。官兵衛の愛妻光姫の実家櫛橋家の居城志方城跡の「観音寺」、年中、花が絶えないと加古川市の花の寺で有名な「円照寺」、この寺院の梵鐘は、羽柴秀吉の中国攻めのときに陣鐘として使われ、本能寺の変のとき、秀吉の中国大返しで早足の妨げになると、この地に残されたもので、鐘に多数傷があるのもいかに急いでいたかわかります。さらには、官兵衛直筆の書状、信長、秀吉からの禁制の書状が残る「鶴林寺」は589年聖徳太子の命により建立された名刹で、国宝の太子堂はじめ県重要文化財の仁王門、三重塔など、ぜひ一度お立ち寄りください。支部長山本憲章（35回）現在放送中のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」は、伊藤博文、高杉晋作、山県有朋、久坂玄瑞など明治維新の原動力となった多くの逸材を育てた吉田松陰の妹「文」の生涯を描いたもので初期の舞台は山口県萩市。もう一つの話題は、日本政府はユネスコに対して今年、「明治日本の産業革命遺産九州・山口と関連地域」として８県11市の遺産を19番目の世界遺産登録へ推薦することを決めています。この候補の中には鹿児島市の「旧集成館」、福岡県大牟田市の「三池炭鉱」、長崎市の「旧グラバー邸」などと共に萩市では「松下村塾」や国指定史跡「萩城・城下町」が含まれています。この２大イベントで今年の萩市は全国的に大いに注目を集めそうです。【萩城下町の「鍵曲」（かぎまがり）】支部長小林真人（32回）世界文化遺産姫路城姫路支部よさこい祭り高知支部姫路城が法隆寺とともに世界文化遺産に登録されて早21年目になろうとしています。昨年は世界文化遺産に富岡製糸場が登録され、件数も日本で18件になりました。姫路城は、昭和39年の解体復元工事から45年が過ぎ、上層部の軒やひさしの痛み、汚れが激しくなったため、破損瓦の取り換え、漆喰の塗り替え等の改修を終えて、真っ白な白鷺城天守閣の登閣が平成27年3月27日から再開されます。昨年は、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」が放映され、城内外に「ひめじの黒田官兵衛大河ドラマ館」、「官兵衛の歴史館」がオープンしました。姫路駅も高架によりリニューアルされました。新しくなった姫路を、ぜひ皆さん見に来てください。支部長永井孝治（37回）土佐の高知のはりまや橋で～。夏と言えば『よさこい祭り』。第61回よさこい祭りが平成26年８月10日から12日まで行われました。台風の影響で開催はどうなることかと心配されましたが、前夜祭のみの中止で本祭は予定通り、全国から194チーム１万9000人の踊り子が集結しました。今年も各チーム独自の個性を出して衣装や踊りに多種多様な工夫を加え、個性溢れる｢地方車｣と一体となり街を練り歩きました。高知市内14会場を踊っては移動、また踊っては移動の繰り返し。皆一人一人が主役です。「おまんらどこみゆがぜよ」「わしの方をもっとみとうせや」と言わんばかりの自己主張。普段おとなしいと感じる？県民性はどこへいったのか、はたまたこれがはちきんパワーなのか、この３日間は県民総力あげての大イベントです。練習を重ねてきた踊り子たちは、最終日燃え尽きるまで「こじゃんと踊りまくります」。支部長南宏道（52回）道の駅大和路「へぐり」人気呼ぶ里の市奈良支部大分駅周辺大分支部キャベツ、キュウリ、ナス、トマト、それに各種葉物など地元産がどっさり、客が買いやすいよう、色々に小分けし、所狭しと並んでいる。ほとんどに生産者名が書いてあり、新鮮さに加え、安心も一緒に売っている。朝9時から夕方6時までだが、開店早々「どこから来たんやろ」と思うほどの人混みになり、120台の駐車場は早々からごった返す。ひと手間かけた野菜も多く、私の好物は昔懐かしい大根の糠漬け。これがあったら他に何も要らない。花の館やレストランも併設、特に小菊は町の特産品。おばちゃんが摘んできた土筆や椎茸もよりどり。芋焼酎「里の恵」が人気。ブドウ、イチゴが格安で箱売りされる。中年女性が「まだ、朝露が残るほど新鮮です」と車に乗り込んだ。年末年始以外は無休。近鉄平群駅徒歩10分。山本長彦（32回）こんにちは「おんせん県おおいた」です、。大分は「小藩分立」、によって、小さなわくに閉じ込められ、未だに開発から取り残されている感は今もあります。「大分は別府温泉が有名ですよね」と他県の人は言いますが、今は少しずつ変化がみえます。日田、中津、国東から佐伯、津久見など各市町村が来年の7月から9月に行なわれるキャンペーンに向けて動きだしています。私の住む大分市は、大分県民の３分の１が住んでいるのに今まで商店街が寂しくなりつつありましたが、大分駅を中心とした商店街に至るまでの開発に着手しました。町ににぎわいを取りもどして、各市町村に来られた人々の「おもてなし」につながることで「私のイチオシ」といたしました。支部長寒田陽（40回）18

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躍進するクラブ弓道部女子快挙!!全国選抜を初制覇昨年6月28日（土）、29日（日）に明治神宮武道場至誠館弓道場で開催された第26回全国大学弓道選抜大会で弓道部(女子)が見事全国優勝を果たした。本学弓道部史上としてはもちろん、他の運動部でもなかなか果たすことができない日本一という快挙をなしとげた。本大会には5月の四十射会で優勝した須藤翔子さん(人科2年)、一昨年の全日本学生弓道選手権大会で女子個人準優勝の川勝彩音さん(人科2年)、主将の芝里菜さん(経営4年)、信岡美穂さん(経営2年)のチームで出場した。信岡さんは今回控えに回ったが、3位の結果を残した前回大会でレギュラー出場の経験を持つ。「レギュラーが安心して射を引けるように準備をしていた」と語るとおり、彼女の存在が一番近くで全国優勝を支えたことは間違いない。初日の予選では、全国から選抜された46校が12射の的中数を競い、本中とトップの成績で決勝トーナメントへの出場を決めた。大会2日目のトーナメント1回戦は8対5で関西大学に勝利。2回戦は本学と並び予選をトップで通過した国学院大学を相手に10対7で勝ち準決勝へ。準決勝は帝京大学に9対6で勝ち決勝進出を決めた。決勝戦の相手は本学と同じく関西学生連盟1部リーグに所属する立命館大学と対戦。全員の力を出し切り9対6で初の全国制覇を果たした。準決勝では4射2中だった須藤さんは「準決勝でははやる気が前に出てしまったが、佐藤監督の『耐え抜いた人があたり、勝ちにつながる』という言葉を思い起こし、攻める気持ちを高めて決勝に臨んだ」と語るとおり、4射3中と復調する一方、川勝さんは決勝戦で苦しんでいた。2本目と3本目「力が抜けず固くなっていた」という。1中で迎えて最後の1本、「集中してやるしかないとふっ切れた」と見事的中させた。芝さんは決勝トーナメント以外は予選から皆中を記録し、決勝でも皆中させるなどさすが主将の貫録を見せた。これまでは他の弓道場を借りての不便な練習を強いられていたが、念願の弓道場の完成がこのような快挙につながり、関係者の期待に見事応えてくれた。19

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躍進するクラブバスケットボール部念願の一部リーグ入り果たす昨年10月11日（土）、関西バスケット部リーグ第12試合が大阪商業大学で行われた。この試合は、3年連続で惜しくも1部昇格を逃していた本部昇格」の目標達成のための大事な試合であった。本学はこれまでリーグ戦終盤の2試合連勝で迎えていた。相手は大阪教育大学。試合は第1ピリオドは教育大に3点リードされたものの、第2ピリオドは33-22、第3ピリオドは47-45、第４ピリオドは開始早々同点に追いつかれ、8点差をつけられたものの、残り15秒で1点差の逆転に成功。念願の1部昇格を勝ち取った。翌日行われた最終試合でも2位につけていた大阪体育大学を87-78で降し、念願の目標「全勝優勝・1部昇格」を果たした。ハンドボール部29年連続全日本へ関西の強豪校がひしめく関西学生ハンドボール連盟1部リーグ戦を見事勝ち抜き29年連続全日本学生ハンドボール選手権大会の出場権を得た。全日本大会に向けての天王山はいきなり昨年9月14日（日）に本学で開催されたリーグ戦第3戦で迎えた。対戦相手は本学と同じく全国大会出場記録を持つ桃山学院大学。全日本出場のためにはリーグ戦の成績で桃山学院大学より上にいかなければならず、この直接対決はどうしても落とせない一戦であったが、結果は21-19で振り切った。続く立命館大学戦では24-13、京都産業大学戦でも24-23で勝利。この結果、桃山大学より上位になることが確定し、29年連続49回目の全日本学生ハンドボール選手権大会へのキップを手にしたのである。20

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躍進するクラブ剣道部男子団体４年ぶりの快挙！全日本出場昨年9月28日（日）、大阪市港区の大阪中央体育館で「第62回関西学生剣道優勝大会」並びに「第38回関西女子学生剣道優勝大会」が開催された。1回戦の相手は大谷大学。2回戦の摂南大学戦では副将の橘(人間3年)、大将の藤野(経済3年)の両名が見事1本を奪い2回戦突破。3回戦は前年度優勝校で今大会屈指の強豪校である関西大学と対戦。善戦したが、惜しくも1-3で惜敗。そして迎えた敗者復活戦の相手は奈良県立医科大学。德永学長をはじめ多くの大学関係者が見守るなか、選手一丸となって「攻める」姿勢を貫いた結果、全ての選手が二本勝ちを収め、総取得本数14-1という大会史上稀にみる快勝となり、強豪校がひしめく中、男子団体は平成22年以来、実に4年ぶりとなる全日本大会出場権を獲得した。一方、今年度5名が揃った女子も初めて団体戦に出場したが、関西の強豪関西福祉大学を相手に惜しくも初戦敗退となったが、念願の団体戦出場は本学剣道部の歴史に新たな一歩を刻んだと言えよう。映画研究部関西学生映画祭グランプリで2冠このコーナーの「躍進するクラブ」は運動部がどうしても結果が分かりやすく取り上げる数が多いのだが、映画研究部は創立67年を誇る伝統のクラブだ。現在部員は女性18名を含めて約50名。今回、神戸大、大阪市立大、近畿大など関西の大学で組織する「関西シネック」コンペ本の出品作品の中から２つの作品が見事グランプリを獲得した。受賞作品はアクション映画「ＭＵＺＺＬE(マズル)フィクション」。この作品は、大学生が犯罪に巻き込まれたなかで敵対する犯罪組織を壊滅させるという内容。（50分）もう一つの作品は「ヒト想∴」（ひとおもうゆえに）。ある人形が女の子の手元に届き、その後女の子のまわりに不可解な問題が生じる。この霊をもたらした人形はどこから来たのかを探るというホラー映画。（40分）部員たちはそれぞれチームを組んで年間30本～40本の作品を仕上げてフレアホールを会場に年5回、発表を兼ねて上映会を開いているが、毎回学内外から200名前後の鑑賞者が入場するという人気ぶり。最近は、企業や自治体からもＣＭなどの制作依頼もあるという。21

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「つながる輪」を大切に平成26年度パソコン教室を終えて実行委員長山下彩雅（経営学部ビジネス法学科3回生）皆さまのご協力をいただき、14回目のパソコン教室を平成26年9月に開催させていただくことができました。スタッフ一同、心よりお礼申し上げます。パソコン教室は学生が企画から運営まで行い、同窓会員並びに後援会員の皆さまにパソコンの習熟知識を提供する場、そして皆さまと学生が近い距離で接することができる場です。平成26年のパソコン教室のテーマは「進歩」とし、学生同士はもちろん、受講者やパソコン教室に関わっていただくすべての方とのコミュニケーション、その“つながり”を大切にしたいという想いをこめて、「～つながる輪～」をサブテーマとしました。今年は「つながり」をとくに大切にしたかったので、スタッフを決める段階から、偏りをなくすために学生部や教務課への協力もいただきました。また、当日は皆さまから「今年も来たよ」年目だよ」などうれしいお言葉をいただき、受講者様との「つながり」も感じることができました。しかし、まだまだ至らない点もあったと思います。また、工事の関係で不快な思いをされた方には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかし、私たちが感じた皆さまとの「つながり」の楽しさ、パソコンの楽しさを少しでも感じていただけたなら幸いです。来年は新しい教室で、新しい雰囲気でまた新しいパソコン教室になると思います。皆さまのご参加を心よりお待ちしております。久保社会保険労務士法人顧客サービス役所対応労務トラブルお任せ下さい!!助成金申請久保社会保険労務士法人所長久保太郎プロフィール平成25年秋の叙勲旭日小綬章受章1941年岡山県倉敷市生まれ。労務管理サポート〒660-0881就業規則作成・変更兵庫県尼崎市昭和通2-7-1ホテルニューアルカイックビル1階TEL06-6482-6312FAX06-6487-3960給与計算事務MAILinfo＠sr-kubo.jpHPhttp://sr-kubo.biz/index40年間人事労務の業務に携わり、企業労務コンサルタントとして70業種1000社を超す企業の労務改善、業績アップの指導に従事。2009年2月厚生労働大臣賞受賞。厚生労働大臣認可労働保険事務組合関西労働保険協会代表関西労働保険事務組合会長社団法人全国労働保険事務組合連合会副会長社団法人兵庫県労働保険事務組合連合会会長お気軽にお問合せ下さい。22

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支部だより北海道支部今回も会員年次報告会を開催富山支部会員間の信頼感を支えに北海道支部総会・懇親会を平成26年10月24日（金）、東京ドームホテル札幌で開催しました。参加者は、大学より草福総務部長、大樟会より竹中事務局長、そして支部会員7名でした。最近は少人数ですが、ほとんどの方が毎年出席され、1年間の報告会のような集いです。皆さんのお話が、昨年の話と関連していることが多いので、楽しみにしています。会員減少傾向のなか、今年は昨年に続いて、新しい仲間を迎えましたので、とても盛り上がった懇親会となりました。東京支部改めて思うこと）鵜飼泰正（51回）平成26年7月6日（日）14時より、富山市のホテルグランテラストヤマにて富山支部総会を開催し、会員の皆さんの交流と親睦を深めることができました。大樟会より廣野義直総務部長、川口正義常務理事、大学より崎田洋一事務局長のご出席のもと、総勢15名の和やかな雰囲気で学園の現状と将来についての報告をいただきました。総会開催に先立ち、永年富山県支部の発展にご尽力いただきました道正和夫さん（34回）、金沢在住の中村和彦さん(36回)、久保雅弘さん(46回)ほか物故された会員に対し黙祷を行いました。役員改選では、安田秀雄さん（31回）を推挙する声が多く、支部長に再任されました。今回は、必ずこの支部総会に顔を出しておられた方が３名も物故されて、故人の思い出に浸る総会となりました。しかしながら、久し振りに参加された方や返信をいただいた方からの『ご苦労様』の一言。そして住所変更の連絡をお寄せいただけるという信頼感を支えとして、この会をできるだけ大切にしていきたいと思っております。これからも多数の会員の皆様にご出席をお願いし、活発な総会になるようお願いいたします。事務局野田満（48回）石川支部執行部の若返りで支部の活性化…！本年の東京支部総会が平成26年9月11日（木）に開催しました。私は年がたちました。東京支部総会には新入社員時代に数回参加させていただいておりましたが、その後大阪転勤となり離れることとなりました。今回は再びの東京転勤を機に7年振りに参加させていただきました。数年も顔を出しておらず覚えていただけているか不安もありましたが、当時お会いした先輩方もおかわりがなく、温かく迎えてくださり、大規模な大学にはないアットホームな大経大らしさ、良さを実感いたしました。支部総会は同窓である繋がりのうえに、年齢や職業も違う様々な方が集い、そして意見交換ができるたいへん有意義な場であると思います。今後は是非、若い世代にも参加していただきたいと感じております。今後も大経大卒業生の皆様方とお会いできることを楽しみにしております。奥田昌宏（70回）平成26年度総会が5月31日（土）16時より金沢駅前のホテル金沢にて開催しました。本年は鍛治支部長の推し進める支部の若返りと同窓会支部の交流・親睦の輪を広げる新執行部および議案が全会一致で承認されました。総会に先立ち、この会に長年ご協力いただいた物故者に対し黙祷を行いました。学校の現況を紹介したDVDを感慨深げに見入る方もおりました。随分と新しくなったとの感想でした。来賓の土居充夫教授、佐藤武司大樟会会長ご夫妻、石橋隆夫福井支部長のご出席をいただき、大学の近況、大樟会の動向、福井支部の活動等熱くご報告いただきました。懇親に入り、大多壽榮子新副支部長（34回）の開宴挨拶、田中治夫副支部長（33回）の音頭で乾杯。27名の会員とご来賓で31名、ギター年振りの再会で初の参加者共々和やかに歓談、時間が足りないほどでした。南加賀地区の村中信男さん（33回）の中締め、そしてなんといってもラストは学歌・逍遥歌を全員で合唱してお開きです。来年は能登地区が担当幹事で開催予定です。楽しみにしています。事務局長小嶋外志夫（38回）24

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平成26年・全国の支部からのいきいき活動報告福井支部次年度の支部設立50周年記念事業案を承認静岡支部襷(たすき)をつなぐ平成26年7月13日（日）、大学から理事で財務部長の草福弘樹様、大樟会本部からは田村正晴副会長、常務理事田中伸治様、石川支部から事務局長小嶋外志夫様をお迎えし、福井市渕町の八雲迎賓館において支部総会を開催しました。来賓の挨拶の中で大学の現状、同窓会の様子をお聞きするとともに、議事においては平成25年度の収支決算および、石橋隆夫支部長の再、27年度役員を承認するとともに支部創立50周年を次年度に控え、記念事業概案を玉木誠記念事業実行委員長が発表し承認されました。総会に引き続き行われた講演では、第20回卒の吉田叡先生による郷土の偉人、杉田仙十郎・定一父子の偉業が紹介されました。（本学図書館に関係図書1万2千点余を納める文庫がある）続いて、懇親会は田中伸治常務理事の乾杯の発声で始まり、終始和やかな雰囲気の中、おいしい料理と酒に楽しいひと時を過ごしました。最後は参加者全員が肩を組み、第37回卒の畑秋義さんのリードによる学歌、逍遥歌で締めくくりました。また、恒例になった伊丹支部とのゴルフ交流は7月4日、福井国際カントリークラブで開催し、和気あいあいのプレーの後、三国観光ホテルにおいて懇親を深めました。支部長石橋隆夫（32回）平成26年8月24日（日）、静岡駅南口のホテルセンチュリー静岡において、大学より池島経営学部長、大樟会より内田事務局次長をお迎えし、支部から6名（35回〜51回）の参加で支部総会を開催しました。第一部では、大学および大樟会の近況報告と25年度事業・決算報告および26年度計画案の審議を満場一致で可決しました。第二部では、懇親会に移り、乾杯後、全員の自己紹介・近況報告や情報交換を和気藹々のなか行いました。そのなかで、陸上競技部が去年に続き全日本大学駅伝対校選手権に出場する話が出ました。大学も創立80年が過ぎ、卒業生も9万人を超えたと聞き、また、支部も満15年を迎えました。たすき考えると『襷』という形はないにしろ、有形無形に脈々と引き継がれていっていると感じました。支部の『襷』を絶やさないよう、一人でも多くの会員に参加を呼びかけ、盛り上げていきたいと思います。理事河本陽介（51回）愛知支部より多くの同窓生が集う支部総会に岐阜支部山根新支部長を選出し、さらなる母校愛を育む平成26年度岐阜支部総会を平成26年11月16日（日）、岐阜キャッスルインホテルにて開催いたしました。大学から理事・総務部長の草福弘樹様、大樟会から事務局長の竹中亨様、近隣の愛知支部から支部長の五十棲保彦様をお迎えし、たいへん有意義な時間を過ごすことができました。今回の総会では、本年9月に支部長の浅野四郎様が急逝され、新支部長を選出する運びとなり、山根一男新支部長をはじめ、新役員候補がすべて承認されました。浅野前支部長には、岐阜支部再興時から多大のご尽力をいただき、全員が感謝の念でいっぱいであると同時に、益々支部を発展させていこう、と決意した次第です。懇親会の最後には、母校の駅伝の話題で盛り上がり、次の11月の全日本大学駅伝出場時には、是非とも、中継点の四日市で応援しようとの賛同を得て、お開きとなりました。副支部長豊田項吉（45回）平成26年10月5日（日）、台風18号の接近が報道され、その影響が心配されましたが、大学本部からは理事長佐藤武司様、大樟会からは事務局長竹中亨様、事務局次長内田敏雄様、また支部からは京都支部、岐阜支部、三重支部の方々のご臨席をいただき、総勢14名が参加、無事開催することができました。理事長佐藤様からは、大経大の今後90年、100年に向かって「どうしていくのか、なにをしたらいいのか」をキーワードとして考えていきたいというお言葉でした。その一環として部活動との関わり、同窓会との密な意見交換を挙げられました。大経大陸上競技部が11月2日（日）に開催される『全日本大学駅伝』に4年連続で出場し、愛知県の熱田神宮から三重県の伊勢神宮を走り抜けます。この日の地元での応援や、また毎年開催する支部総会をどう盛り立てていけば多くの同窓生が集う支部総会を開催できるのかなどの意見交換も行われ、なごやかに会を終えました。西川雅美（38回）25

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支部だより滋賀支部滋賀の和北摂支部歌にトークに演舞あり、終始盛り上がった懇親会≡若手中心の新執行部が誕生≡平成26年度滋賀支部総会・懇親会が、6月14日（土）、クサツエストピアホテル（草津市）で、開催しました。大学から勝田理事長、北村教授、大樟会本部から内田事務局次長、田中常務理事のご臨席を賜り、総勢30名の参加を得ました。総会では、勝田理事長から大学の現状や将来のビジョンに至るまで詳しいお話をいただき、たいへん感激いたしました。懇親会では、終始和やかな中で親交を深めることができました。特に、出席者全員による近況報告は、意義深く、楽しいひとときとなりました。最後に、次回の開催の確認と滋賀支部のさらなる発展を祈念して、盛会に終えることができました。支部長橋本庫一(30回)京都支部過去最多、総勢67名参加で満員御礼平成26年11月15日（土）、恒例の京都支部総会が、京都新阪急ホテルで開催しました。来賓として、大学より佐藤理事長、北村教授、黒正進路支援部長、大樟会本部より田村会長、上田常務理事、吉仲常務理事、近隣支部より五十棲愛知支部長、石橋福井支部長、橋本滋賀支部長、馬場同理事、春木大阪市支部長、南同副支部長、杢保但馬副支長の各位にご臨席賜りました。佐藤理事長は、「同窓会長が理事長に就任したことで、大学と同窓会が今まで以上に強く連携していきたい」と述べられました。また、田村会長は、「同窓生全員が、理事長をお支えするという気概を持って協力していきたい」と述べられました。支部会員のスピーチでは、「本年、株式を上場しました」、「来年、東本願寺前にホテルを新規オープンします」等々お目出度い話題が飛び出し、会場はお祝いムードに包まれました。お料理は、田岡総支配人（同窓生）が、「今年は例年以上に力が入ってます」と言われる通り素晴らしい内容で、飲み放題のお酒と相和して、時がたつのを忘れてしまう程でした。最後に全員で学歌を斉唱してお開きとなりました。なお、二次会は地階のバーに移動しましたが、総会の興奮そのままで、楽しい時間を過ごすことができました。支部長田中伸治（45回）平成26年3月15日（土）、全国50を数える支部総会の大トリとして、「第8回北摂支部総会」をこれまでの高槻市民会館から6年振りに「たかつき京都ホテル」（大阪府高槻市）に場所を変え開催いたしました。来賓として前学長・名誉教授の重森曉先生、進路支援部の黒正洋史部長、石橋隆夫・秋山治信大樟会常務理事、近隣から北河内支部森川義一支部長、北大阪支部の西野博子会計部長、阿部裕彦副支部長、箕面・豊能支部木谷正雄前支部長の皆さん方にご出席をいただきました。総会は横山正一氏（30回卒）を議長に選出、平成25年度事業報告・収支決算の報告があり、これを承認。続いて役員改選では6年間続いた体制から若手を中心とした新執行部体制が承認され、新支部長には本郷公夫氏（33回卒）が選出されました。（大門前支部長6年間ありがとうございました）次いで平成26年度事業活動案、収支予算案も決まりました。事業計画は今年もバスによる西国33ヶ所観音巡りをはじめ花見会、読書会、魚釣り、本学訪問等ボリュームたっぷりの企画が満載です。懇親会では45回卒で現在シンガーソングライターとして活躍中の鮫島まさみさんをお迎えし、歌と軽妙なトークで大いに盛り上がりました。3名のバンドをバックに、オリジナル曲やおなじみ曲を織り交ぜて歌い上げ、予定の45分間はあっという間に過ぎました。後は歌自慢の会員さんによるカラオケ大会で会場は最高潮に達しました。中締めは大西昌年氏（29回卒）が応援団部で鍛えた迫力ある演舞と、グリークラブ出身『高槻おじさんクラブ』でテノール歌手として活躍中の和気多賀司氏（38回卒）のリードで、学歌・逍遥歌を全員で熱唱、結びは細井三郎副支部長（35回卒）が支部の前途を期待する力強い挨拶で終了いたしました。なお4月5日（土）摂津峡桜公園で恒例の花見大会を開きました。当日は寒風吹き荒れる厳しい天候でしたが、多くの会員が参加され桜を肴にお酒が随分と進みました。梶村貞男（37回）大阪市支部賑やかに忘年会を開催5千人近い会員を擁する大樟会最大の支部である大阪市支部は、現在、支部の分割再編に向け調整を進めているため、活動を縮小している。このようななか、昨年12月7日（日）午後6時から、大阪心斎橋の「香港飲茶飯店」で支部の主要メンバー、大樟会役員ほか約30名が集まり、忘年会を賑やかに開催した。これは前年に続くもので、参加したメンバーは7月12日に予定している次回の支部総会を経て、支部再編の早期実現への決意を新たにした。（大樟会事務局）26

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平成26年・全国の支部からのいきいき活動報告三重支部来年は三重支部総力を挙げて駅伝応援平成26年度の大阪経済大学大樟会三重支部総会を11月22日（土）、松阪市内の「和田金」において開催しました。当日、大学より佐藤理事長、大樟会本部より竹中事務局長、田中常務理事、上田常務理事、愛知支部より五十棲支部長、鴨下副支部長のご出席を賜りました。昨年度の支部総会から、参加人数は減少したものの、会員27名の出席があり来賓６名と合わせ33名での支部総会となりました。今年、卒業したばかりの新卒者の参加もあり会全体が良いムードになりました。支部総会は物故者への黙祷で始まり、学歌斉唱の後、支部長挨拶として三重支部のこの一年の活動報告をさせていただきました。活動報告のなかで全日本大学駅伝の応援に参加したことについて、今年の支部総会が諸般の事情から大学駅伝が終わってからの開催になってしまい、思うように応援参加者を確保できず、ほんの一部での応援になりました。来年は駅伝の前に総会を開催し、参加者を募り近隣支部の協力も得て三重支部を挙げて応援したいと提案したところ、多くの方から賛同を得ることができ、今年の反省を来年に生かしたいと思った次第です。来賓挨拶では佐藤理事長から大経大の近況等のお話を聞き、校舎の建替えが完了した母校を是非、見学したいという方もかなりあり、その人たちを来年は是非、ホームカミングデーに連れていきたいと思います。議事終了後の懇親会は、自己紹介で各自が色々なことを喋り、昨年よりも大いに盛り上がることができました。そして来年の再会を誓い、和やかな雰囲気の中でお開きとなりました。支部長池山英典（57回）北大阪支部「塩っぺ」・「かつおアラ！」の個性商品を生産播州たつの市「ブンセン株式会社」を訪問支部恒例行事「卒業生の経営企業訪問バスツアー」の3回目は平成26年9月20日（土）、兵庫県たつの市新宮町の「ブンセン株式会社」を訪問しました。社長の田中智樹さんは平成7年、61回卒という若手経営者。ツアー参加者は27名。朝8時半、上新庄から中国道を南下するもあいにくの大渋滞、予定より1時間遅れて到着しました。田中社長は会社をパワーポイントを駆使してキビキビと説明され、聞く者を一気にファンにしてしまう感じのさわやかな方です。「この播州地方は昔から醤油や手延べそうめんの産地として有名ですが、揖保川のきれいな水と赤穂の塩田に支えられてきました。当社は今年81期目です。製品は中小企業の利点を生かし大メーカーが作れない商品を手掛け、塩吹き昆布の"塩っぺ"やのり佃煮の"アラ"などいいものを食卓へ届けています」。食品メーカーだけに皆さん興味シンシン、質問もいろいろ出ました。ブンセンさんを出ては、そうめんの資料館も兼ねる「手延べそうめんの里」での昼食。できたてのそうめんに舌づつみを打ちました。後半はたつの市のシンボルといわれる「龍野城」への散策。古城の規模は小さいものの周囲の大木と石垣は今もって風格があり、往時を十分偲ばせてくれる。時間があればもう一度訪ねたい。お城への途中には三木露風が作詞した有名な「赤とんぼ」の歌碑があり、訪れる人は今も数多い。奇しくも赤とんぼが数匹歌碑の廻りを飛んでおり、露風もこの風景を詠んだのだろう、と想像する。卒業生が経営する企業訪問は1）知らなかった会社に出会える2）トップの考え方が直接聞ける3）支部会員間の連帯が生まれる、など「面白い企画だ」と帰路バス中での参加者の感想。次回も訪問すべく、近隣で卒業生が経営されておられる会社があれば紹介してください。支部長平田義行（31回）箕面・豊能支部新支部長のもと、更なる飛躍を誓い合う夜半の雨もあがり、穏やかな天気に恵まれた3月2日（日）、第3回の支部総会を箕面市内で催しました。来賓として、大阪経済大学中尾美喜夫人間科学部教授、大樟会常務理事・広報部長の平田義行様をはじ名、また近隣支部のご代表3名のご臨席を賜り、若手の会員3名を含む会員19名と合わせて、総勢27名が集いました。ご来賓挨拶では、中尾美喜夫教授から大阪経済大学の近況をご報告いただき、平田義行広報部長から、支部の継続発展のために若い会員を増やしましょうとのお話をいただきました。総会審議では、活動報告や会計報告など多くの議案が承認され、支部役員改選では、支部創設にご尽力いただいた木谷正雄初代支部長がご勇退されました。新たに雜賀保洋支部長（33回卒）が2代目支部長に就任され、支部の継続・拡大を目指した運営に力を注ぐ、との力強い挨拶がありました。総会後の講演会では、中尾美喜夫人間科学部教授に「健康のための運動処方」と題してご講演をいただき、日常の活動の中で少しの運動意識を持つことで「健康寿命」が延びることを伺い、全員が健康で長寿する秘訣をチェックしました。総会後の懇親会は、来賓をはじめとする老・若の会員が年齢差を吹き飛ばして談笑し、最後に学歌、逍遥歌を声高らかに歌い、5時間におよぶ行事が瞬く間に終宴となり、雜賀新支部長のもと強い結束力で、支部を盛り上げていくことで散会となりました。事務局長岸上芳夫（46回）27

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支部だより北河内支部5名の初参加者を迎える27年度の活動計画と収支予算案が承認されました。そして、植田現支部長の任期満了により、新支部長に田中功一会計が選任されました。その後、記念写真が撮られて、廣野総務部長のご発声により懇親会に入り、和やかな内に時の立つのを忘れてしまいました。三原健太郎元支部長の指揮で学歌を斉唱して、西村敏一副支部長の閉会の辞で記念総会の幕を閉じました。その後、場所を移して、支部行事のカラオケ大会が開催され、夫々の持ち歌が披露されました。支部長田中功一（42回）平成26年5月25日（日）本学50周年記念館7階で第7回北河内支部総会を開催。大学から山本正経済学部長、大樟会から梶村貞男常務理事、近隣支部から細井三郎北摂支部副支部長、西野博子北大阪支部会計部長、藤井和政同幹事の来賓をお迎えし、総員28名で和やかな集いの場を持つことができました。冒頭挨拶に立った森川支部長から、「前日の大樟会理事会で、7月の大学理事会で勝田理事長の退任と佐藤大樟会会長の理事長、並びに田村大樟会副会長の会長就任内定が明らかにされました」との報告がありました。また、学校創設80周年を過ぎ、好調に推移する本学に対する志願者数、あるいは就職率の向上など明るい話題に支部会員の顔も綻び、「今回1623名の支部会員全員に総会参加を呼び掛けたところ、5名の初参加の方をお迎えすることができました。こうした方々とより活動の輪を広げていくため、今年の活動計画を着実に実行し、支部活動の充実を期したい」との支部長挨拶の後、和やかな懇親会と続きました。最後は加藤洋三さんの音頭で学歌、逍遥歌を声高らかに歌って総会の幕を閉じました。支部長森川義一（25回）豊中支部支部創立30周年記念総会支部創立30周年記念総会が、平成26年6月22日（日）にホテルアイボリーにて開催しました。大学から理事の北村實教授、大樟会から佐藤武司会長、田村正晴副会長、廣野義直総務部長をお迎えし、近隣支部からは、尼崎・久保太郎様、箕面・豊能・雑賀保洋様、伊丹・竹中亨様、池田・角庵勝巳様、北大阪・阿部裕彦様、近藤靖太様のご出席をいただきました。記念講演として、豊中市社会福祉協議会会長永井敏輝様に「豊中の福祉の取り組み」のお話しをしていただきました。【急に起こる貧困】の事例を挙げられ、実生活を見つめ直す機会ができた思いです。そして、総会に入り、植田富雄支部長の挨拶で故筒井英夫初代支部長から８代目になると、その歴史の流れを披露されました。北村先生からは、綺麗になった大学の現状をお話しになり、佐藤会長からは、同窓会が大学の核にならなければ、大学の発展はないと力強いお話しがありました。田村副会長からは、30回卒と30周年の語呂合わせで出席したと、ユーモアのあるご挨拶をいただき場が和みました。その後、議事に入り、平成26年度の活動報告と会計報告があり、池田支部池田市長を迎え定期総会開催田村正晴会長の就任をお祝いする!！平成26年11月9日（日）、池田の老舗「太郎兵衛寿司」にて支部総会を開催しました。薄紅葉に秋雨煙る中、大学より北村實経営学部教授（総務担当理事）、大樟会から山本隆造常務理事、内田敏雄常務理事（事務局次長）、吉仲美智子常務理事、雜賀保洋箕面･豊能支部長のご臨席を賜わり総勢26名のご出席です。来賓の北村教授から、佐藤武司理事長（前大樟会会長）のもと、大学は躍進の新しいフェーズに入ったとのお話をいただき、大樟会本部の山本常務理事から、佐藤理事長と本日ご臨席の田村正晴大樟会会長が一枚岩となって進んでいくとのお話をいただきました。雜賀箕面・豊能支部長からは近隣支部と連携をとって活発に活動していきたいとのご挨拶を頂戴いたしました。また、小南修身池田市長が地域からのご来賓として駆けつけてくださり、活発な同窓会の支部活動に敬意を表されるとともに、大阪経済大学のますます発展を祈念するとのご挨拶を頂戴いたしました。総会は松田今朝男副支部長の司会で始まり、中一正支部長から元気あふれる挨拶があり、引き続き活動報告、会計報告の各議案がいずれも満場一致で承認され、無事に終了しました。そして、いよいよ、当支部から大樟会会長に就任された田村正晴氏に就任お祝いの花束贈呈です。75期の原田有紀子氏から花束が手渡されると万雷の拍手が沸き起こりました。次いで、日本生命高谷和成東池田営業部長による「相続税改正とその対応」という、税制改正に関心の集まる昨今、時宜にかなったテーマでのご講演があり、大いに勉強させていただいた次第です。懇親会は山形武相談役の乾杯のご発声で始まり、参加者全員の近況報告の後、ビンゴゲームでは支部長自ら進行を務め、番号が選ばれるたびに歓声が上がる盛況振りでありました。今回特筆すべきは、若い力、51期の家市豊香氏、70期の富山芳勝氏、75期の原田有紀子氏のご参加を得たことでした。社会人現役の方のご参加は、支部を活性化させるとともに、ご参加の方にとっては有益なネットワーク形成のきっかけとなります。楽しい懇親会は山形輝三副支部長の中締めの後、応援団OB中三吉先輩の先導による学歌の斉唱、大学・大樟会・参加者へのエールが送られるなか、次回の再会を約し、お開きとなりました。監事今村武司（43回）28

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平成26年・全国の支部からのいきいき活動報告堺支部新しい役員体制で支部の更なる飛躍を伊丹支部ビンゴゲームで大盛り上がり平成26年11月15日（土）、第12回堺支部総会をホテル・アゴーラリージェンシー堺にて開催しました。大学からは林怡蓉情報社会学部准教授、崎田洋一事務局長、大樟会からは竹中亨事務局長、泉南支部からは今西健二様にお忙しいところ、ご出席いただきました。10時からは、林先生の“情報社会におけるメディアとの上手な付き合い方”をテーマにご講演いただきました。11時過ぎ、議事に入り、堀本支部長より、会員の協力によって一つの区切りである堺支部設立10周年を機会に、新しい役員体制で1年経過いたしました。今後、更なる飛躍を目指し、再度役員体制を充実させ堺支部の当初からの目標である“組織と親睦”をめざす、と挨拶があった。続いて、本年度の活動報告、会計報告、監査報告等が各担当者より行われ、承認され、総会は無事終了いたしました。続いて、崎田事務局長より現在の学校の現況、運動部の活動情況等々について説明があり、続いて竹中大樟会事務局長より大樟会の活動報告がありました。新しく支部に参加いただいた方々からは支部の総会に来てよかった、今後も是非参加したいとの有難い言葉をいただき、関係者一同大いに感銘を受けました。支部長堀本修（24回）6月7日（土）午後6時から伊丹シティホテル「寿の間」において、平成26年度大樟会伊丹支部総会を開催しました。総会には、同窓会本部から廣野義直大樟会総務部長、大学から谷所名のご来賓に参加いただきました。竹中亨伊丹支部長の挨拶の後、議事に入り、平成25年度の事業報告・会計報告、平成26年度の事業計画案・予算案等が上程され、それぞれ原案どおり承認されました。この後、谷所准教授から大学の近況報告と「中高年のスポーツ活動について」と題してご講演をいただきました。今回の支部会員の参加者は前回よりも若干少なく22名にとどまりましたが、総会終了後の懇親会では全員に豪華賞品が当たるビンゴゲームを行い、大いに盛り上がりました。締めくくりはいつものように全員が肩を組んで学歌、逍遥歌の斉唱を行い、同窓生の親睦を深めました。事務局長内田敏雄（39回）尼崎支部支部総会を同窓会ホールで開催川西・川辺支部遂に設立しました！！永年の懸案であった支部設立総会は、平成26年11月16日（日）、川西市内「かぐらざか」にて本学経済学部長山本正様、大樟会田村正晴会長様はじめ役員の皆様方、近隣の池田、箕面・豊能、伊丹、阪神支部からの参加も得て、会員26名の参加をもって開催できました。総会は、規約、役員承認など、スムースに運び、総会後、記念講演として川西市内で工事中の新名神の工事進捗などについて、川西市職員に出前講座をお願いし、ひと時学生気分に戻りました。会場は少し手狭で、総会、記念写真、懇親会の座席の設定など支障をきたしましたが、その分肩の触れ合うなか各テーブルで話が盛り上がり、当初予定していた各自の自己紹介を省略しての賑わいでした。参加者は昭和35年卒業から、平成11年卒業までと幅広く、空手道部、硬式庭球部、安保運動など多士多才の方がおられ、今後の支部の活動の発展を確信できる総会でした。支部長竹本勇（35回）平成26年度支部総会を4月24日（木）に大阪経済大学内同窓会ホールにおいて開催しました。来賓として勝田理事長、德永学長、池島経営学部長、大樟会より竹中事務局長、梶村事務局次長、秋山常務理事、堺支部から堀本支部長のご出席と会員26名の参加がありました。今回は大学内での開催であったので総会の前に大学見学をしました。ほとんどの方が久し振りの母校訪問で、校舎の変貌振りに驚いておられました。総会は久保支部長の挨拶の後、勝田理事長、德永学長、池島経営学部長よりご祝辞をいただき、会計報告を行いました。懇親会は竹中事務局長の乾杯にて始まり、途中毎年恒例となっているビンゴゲームを行うなど楽しい時間を過ごしました。最後に学歌を熱唱して常深俊昭様（昭和32年卒）に締めのご挨拶と万歳三唱で、今後の同窓会の発展を願いながら散会しました。尼崎支部は若手の参加者も多く、幅広い年代での交流の場としてどの年代の方々にも気軽にお越しいただければと思います。近年、参加者が減少する傾向にありますので、是非お知り合いの方に声を掛けていただきますようお願いします。支部長久保太郎（31回）29

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支部だより但馬支部支部設立10周年に向けて北播磨支部平成26年度支部総会懇親ゴルフコンペも同日開催平成26年9月21日（日）午前11時30分より豊岡市のホテル大丸にて但馬支部総会を開催しました。ご来賓といたしまして大学からは本年7月に就任された佐藤武司理事長、大樟会本部から竹中亨事務局長、田中伸治常務理事兼京都支部長、南和男京都支部相談役の4名にご出席をいただき、支部出席会員16名で、平成25年度事業報告並びに決算・監査報告、会則の変更、役員改選、平成26年度事業計画案並びに予算案の4議案を垣江重人議長のスムーズな議事進行によりすべて承認されました。総会終了後の懇親会においては、役員改選にて髙本支部長以下役員全員が再任され、来年の支部設立10周年に向けての記念総会、記念事業開催について活発な意見交換がなされ、平成27年度の支部総会出席会員目標人数を設立総会時の出席者40名を上回る50名とすることで、役員一丸となってなお一層支部活動の活性化を図ると決意を新たにしました。但馬支部の会員の皆様、来年の支部総会には1人でも多くの卒業生のご参加をお待ちいたしております。事務局長藤原将之（48回）丹有支部進化する母校で支部総会を開催創設8年目となった北播磨支部の平成26年度総会を、11月1日（土）に小野市内の「向日葵（ひまわり）ホテル」さんで開催しました。出席者名。当日は、大学より草福弘樹総務部長と同窓会本部から廣野義直組織部長にご出席いただき、最近の大学の様子や同窓会活動などをご報告いただきました。受験生数も順調に増加し、施設のリニューアルにも取り組まれているとの近況に加えて、地下鉄今里筋線が開通し、瑞光４丁目駅から徒歩2分と交通アクセスも格段に便利になったようで、出席者からは「上新庄駅からの徒歩が長かったよな。徒歩2分とは羨ましい！」との感想が・・・。このように、ハード・ソフト両面で大学のステイタスが向上しているようで、全国的に大学経営が難しい局面を迎えているなか、積極的かつ健全な大学運営に取り組まれている報告をお聞きして心強く感じた次第でありました。また、以前に大樟会会長として北播磨支部にもお越しいただいた佐藤武司様が、大学の理事長に就任されたとのことで、今後益々健全運営が強化されるものと感じました。同日には第６回懇親ゴルフコンペをローズウッドゴルフクラブで開催し、生憎の空模様でありましたが、9名の参加をいただき楽しくラウンドしました。26年度支部事業では、恒例の関西大学・関西学院大学・甲南大学他の関西地区大学小野支部同窓会とのゴルフ交流戦も予定しているところでございます。支部長伊藤俊博（32回）東播磨支部今年も中尾美喜夫教授の講演を実施平成26年11月8日（土）、丹有支部総会を母校で開催させていただきました。丹有支部としては3回目かと思います。80周年を迎えた新しい大学を見学させていただきました。卒業以来初めてという人達からも、「澱江」で写真は見ていたが、その変貌振りにビックリしたとの声がありました。近くの風景も昔の面影なく変っております。私も進化し続ける大学が嬉しく、誇りに思っております。プライドの経済大学から、パワーの大学に進んでいることを実感しました。総会は、我らの峯山さんの学歌斉唱から始まりました。お忙しいなか、ご臨席賜りました佐藤理事長をはじめ、竹中事務局長、廣野組織部長、小谷情報社会学部教授、ありがとうございました。懇親会は和気あいあいのなか、個人個人の近況報告等で楽しくお酒をいただきました。宴たけなわの中、最後に藤林君の逍遥歌斉唱でもって締め、次回、三田市での再会を約束しました。大学での大樟会丹有支部総会、思い出に残る一日でした。支部長足立徳太郎（36回）お陰様で4回目の総会を迎えることができました。大学、大樟会本部、諸先輩の皆様のご尽力の賜物と御礼申し上げます。本年の総会は、平成26年10月26日（日）、加古川プラザホテル内の東京「田村」にて、大学より元副学長の中尾美喜夫人間科学部教授、大樟会本部より上田敬二郎常務理事をお迎えして開催しました。総会では、議事滞りなく承認され、昨年に引き続き中尾美喜夫先生に「健康と運動について」をテーマに、ストレッチも交えて、ご講演いただきました。懇親会では、ご来賓の皆様のご祝辞をいただいた後、38回卒の森本信市氏の剣武、37回卒の藤田敏裕氏の学歌、逍遥歌で締められ、皆様から、「よかった。来年もよろしく」と嬉しいお言葉もいただきました。今後とも、東播磨支部発展の為に、皆様のご指導、ご協力よろしくお願い申し上げます。支部長山本憲章（35回）30

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平成26年・全国の支部からのいきいき活動報告淡路島支部淡路市東浦で第24回支部総会神戸支部神戸支部総会新支部長へバトンタッチ爽秋の平成26年9月27日（土）､17年前と同じ会場となったゑびす亭に30名が出席､感慨もひとしおの中で盛大に支部総会を開会｡はじめに竹内支部長より参加者一同にお礼の挨拶､次にこのほど大学理事長に就任された佐藤武司氏､大樟会組織部長廣野義直氏から各々来賓祝辞とともに少子化の進展に伴う私学経営の厳しい現状等について縷々報告があった｡続く議案審議は実績報告および決算と監査報告および事業計画と予算案は承認可決､また役員改選では前役員全員留任に加え、新たに洲本市より今田忠一氏が選出され､26・27年度は19人の役員体制を布陣､支部運営の充実強化を期した。このあと赤松副支部長から議案審議のお礼と挨拶を行い､総会行事を閉会した｡会場を移して記念撮影と親睦会。はじめに祝辞を兼ねた乾杯のご発声は神戸の下土井支部長､但馬の髙本支部長からもご祝辞をいただいた｡賑やかな歓談の後､大樟会旗のもと全員で学歌・逍遥歌を斉唱､ご来賓の大樟会常務理事上田敬二郎氏の当支部の更なる発展に期待を寄せる万歳のご発声で支部総会全ての行事を閉会しました｡今回会えなかった皆さん！第25回にはぜひご参加を！事務局長喜田憲康（40回）奈良支部「大樟会本部」並みの組織へ改革平成26年9月28日（日）正午より、神戸・元町駅北側の「パレス神戸」において、支部総会を開催いたしました。総会には、大学から佐藤武司理事長、大樟会から田中伸治常務理事、吉仲美智子常務理事、山内淳子監事、竹内通弘淡路島支部長、山本憲章東播磨支部長、髙本勲但馬支部長並びに杢保哲史同副支部長にご臨席を賜り、出席者55名で支部総会の幕が開かれました。来賓の皆様から現在の大学を取り巻く状況や卒業生の就職状況、大樟会の活動状況などの報告と今後の大樟会のあり方、そして大樟会員の活躍情報等、心温まるご挨拶をいただきました。また、総会中ほどで、会員の住本誠様の奥方様であり、プロのシンガーでもあります住本典子様による歌などを披露していただき、その後、恒例の抽選会を今年もビンゴゲームで行い、盛りあがっ時間半も、あっと言う間に過ぎ、最後に逍遙歌を全員で斉唱して閉会といたしました。神戸支部総会は、女性や新卒者にもたくさん出席していただくことを目標に、実行委員会を立上げ、開催日も日曜日の昼に設定し、今回の総会に至りました。そのため、来年の目標は「参加年齢層の幅の広さと充実、そして多くの女性会員の参加」として掲げ、すでに次回の総会開催日を平成27年9月27日（日）正午開会に決めましたので、「澱江」を読まれた方はもちろんのこと、近くの大樟会会員にお知らせいただき、何とか目標を達成したいと思います。なお、今回の総会をもちまして、支部長の職を正岡健二副支部長（36回）にバトンタッチさせていただくことをご報告させていただきます。今後は大樟会並びに神戸支部の繁栄と発展に側面から協力させていただきます。10年間、本当にありがとうございました。支部長下土井康晴（25回）11月16日（日）午前10時30分から、奈良公園近くの奈良商工会議所ホールで支部総会を開催した。大学から橋本浩二財務部長、大樟会本部からは中坪健治財務部長のご出席をいただいた。支部員は31名。う回卒以降は4名で、79回卒の樋口清二郎さんは2回目の参加。「立派な先輩ばかりで、緊張しましたが、参加できて本当によかった」と、名刺交換に追われていた。西本集一支部長は「県内の支部員はすでに2600名を超え、全国で3番目の大所帯。連綿と続く古都・奈良が名実ともに今、脚光を浴びている。支部組織強化のため、相談役を互選、各ブロックに副ブロック長を置き、新たにブロック運営費も支給、将来的には大樟会本部同様の組織体にしたい」と改革案を発表、賛同を得た。橋本部長は「キャンパスは年を追って新しい建物になり、いわゆる旧館はなくなった。在校生は7400名で、うち女子学生は1700名。レンガ色で統一された新学舎が緑に映え、一層、華やかさを増しています」と自慢げ。午後からは懇親会。酒、ビールに「奈良のうまいもん」がどっさり並んで和やかな時間が流れた。保田まち子（77回）大阪経済大学樟政会第２回会合を開催本学卒業生の府・県・市・町の地方議員および首長で構成する任意団体「大阪経済大学樟政会（しょうせいかい）」の2回目の会合が、平成26年10月5日（日）、大阪新阪急ホテルで開催されました。出席者は議員9名、首長1名、来賓他、計13名でした。この会は、前・大阪府四條畷市長の故・田中夏木氏が市長時代に全国で活躍する府県市町議員に“大経大政界人の会”の設立を呼びかけたことによるもので、平成24年10月に初会合が開催されました。西恵司会長（大阪府議会議員）は「2年振りの再会ですが、せっかく誕生した会ですから継続することが大切です。これからも頑張りましょう」と熱い挨拶が行われた。また、参加した会員からは、大学に対して「実社会で即使える学生の教育に力を入れてほしい」などの意見が出された。31

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支部だより和歌山支部今後の課題で意見交換津山支部地元出身歌手のミニライブを開催平成26年10月18日（土）大樟会和歌山支部総会は会員30名が出席、二年振りに和歌山市のホテルグランヴィア和歌山にて開催しました。総会には来賓として、大学から佐藤新理事長、大樟会から角脇常務理事および上田常務理事、またお隣の泉南支部からは塩谷支部長のご出席をいただきました。来賓の佐藤新理事長からは、大学運営の考え方や、課題をお話しいただき、大樟会の角脇、上田両常務理事や塩谷支部長からは、大樟会の活動や他支部の活動状況等をご紹介いただきました。特に佐藤理事長は、大樟会会長からのご就任となりましたので、会員の日ごろからの関心事についてのお話も多く、親しく拝聴できました。懇親会では、支部総会等への出席会員の増加への取り組みや、入学試験への希望など、様々な課題について意見交換ができました。総会終了後、ホテル近くのスナックで恒例の二次会が開かれました。楽しく有意義な支部総会でした。事務局長西芳男（36回）岡山支部「来年も参加したい」と初参加者平成26年8月30日（土）、津山国際ホテルにおいてご来賓に大学から佐藤武司理事長、大樟会より上田敬二郎常務理事、岡山支部より松永清彦支部長、塩尻康勝前副支部長をお迎えし、昨年より若干多くの会員の参加を得て総会を開催いたしました。今回も20代から80代まで幅広い年代の参加者30名、中でも卒業し期の山本正人さんがご参加くださり、自らの年代と大学の歴史の深さをしみじみと感じることができ、また若い方の参加により会として活気をいただけました。総会としては、佐藤理事長、上田常務理事より大学・同窓会の現状、展望をお教えいただきました。後の懇親会では近況報告や地元津山出身の歌手「日下輝之」さんのミニライブで盛り上がりました。最後はグリークラブ出身の井戸真介さん（48期）の指揮のもと、皆で輪になり、学歌で締めくくり、楽しい会は閉会となりました。来年度は真庭市での開催が濃厚ということで、ここしばらく参加しづらかった会員の参加も見込まれ、今から非常に楽しみです。津山からもバスが出ると思います。近隣・関係のみなさん、是非お声をいただき、一緒に楽しみましょう！副支部長橋本隆一郎（60回）広島支部若い会員も参加して支部総会開催６月28日（土）、平成26年度支部総会を同窓生の松山さんが支配人の岡山プラザホテルにて開催いたしました。大学から髙塚理事、大樟会本部から梶村組織部長、津山支部から竹本支部長、京都から黒正評議員のご出席を賜りました。今回は初参加者が10名と例年にも増して多く、23回の岡本先輩か回の卒業生、さらには来年岡山に就職が決定している現役生まで総勢56名の幅広いメンバーが集まりました。ご来賓の方から大学の現状をお話しいただいた後、記念撮影を行い第2部の懇親会へと移りました。乾杯の発声と同時にあちこちで話が盛り上がる中、初めて参加した同窓生の自己紹介があり「このように楽しい会ならもっと早くからくればよかった。来年も参加する」という嬉しい言葉を多くいただきました。初めて会ったにもかかわらず、同じ大阪経済大学出身の仲間同士、あっという間に親しくなれ、永年の友人のようになれました。最後に例年通り全員で肩を組み学歌、逍遥歌を斉唱し、会を終えました。本当に同窓生の絆が強くなった良い会になりました。今回会えなかった皆さん、来年はぜひご参加を！！支部長松永清彦（41回）6月14日（土）リーガロイヤルホテル広島にて、母校から難波孝志情報社会学部長、大樟会から小林真人広報部長、上田敬二郎常務理事様名で第72回広島支部総会を開催しました。人つながりの中、79回大亀将君、長谷川順哉君の若い会員も参加していただき、若干でも平均年齢が下がった総会に。でもありがたいことです。会を重ねる度に若い新入会員が少しずつでも増えてゆくことは支部としてこの上ない喜びです。大学の現状、大樟会の現状をお聴きし、先輩、後輩の垣根を超えて懇親を深める総会となることができました。我広島カープ球団が頑張っている中、母校卒業生で「カープ女子」が現れるのを楽しみにして、来年の総会までしっかり活動してゆきたいと気持ちを新たにしました。支部長陰山秀明（44回）32

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平成26年・全国の支部からのいきいき活動報告山口支部山椒は小粒でも辛い香川支部大躍進の支部総会山口支部総会は10月11日(土)午後４時から山口市湯田温泉の老舗旅館「かめ福」で開催しました。当日は大学から北村實教授、大樟会本部から中坪健治、川口正義両常務理事のご出席をいただきましたが、北周年記念事業としての校舎の改築工事が完成して見違えるほどに立派になったこと。川口氏は山口大学でも教べんをとられていますが、大経大の学生の質は高いとお褒めのことばをいただきました。他に昨年から本学の客員教授にご就任いただいた元山口県知事の二井関成氏もご出席いただき、県民なら知らない人はいないというほどの超有名人のご臨席で盛り上がりました。常連の熊本支部の濵忍支部長、北九州支部の植田達三支部長が所用で欠席され、総勢18名と少し寂しい総会となりましたが、参加者はこの1年の近況を報告し合うなど楽しい一時を過ごしました。山口支部総会もかつては40名を集めたこともありますが、高齢化で参加者も少なくなり、今年度の山口県からの受験者は71名で合格者は14名、うち入学者は5名。その5名も将来地元に帰ってくるという保証はなく、地方の支部は衰退の一途を辿っているように思います。出席率の悪さは全国共通で、参加者もほぼ固定化。新規参加者を増やす名案もなく、各地の支部総会へ出席させていただいた感じとしては全%の出席率が大体の目安で、ならば山口支部も一応クリアーしているので「まあいいか」とひとり慰めているのであります。支部長小林真人（32回）香川支部総会は平成26年6月28日（土）に高松のルポール讃岐において盛大に開催。来賓として大学側からは德永学長他2名の方が、また大樟会より石橋常務理事他1名の方のご臨席を賜りました。今回は6年ぶりに德永学長がご出席されることもあり、総勢41名という近年最多の出席者を集めることができました。德永学長よりの大学近況等の熱弁を真剣に聞きながら、支部会員は改めて大学に対する思いを一層熱くしたようです。（この模様は德永学長の野風草便り№488に掲載されております）そして、今回特筆すべきは紅一点・安川左知子さん（65回卒）に初参加いただき、懇親会の場が一層華やかになりました。やはり、懇親会には女性の存在がいかに大切かと改めて痛感。またバックグラウンドとして小生の親友の素敵な甘いギターサウンドが流れ、宴もたけなわとなった頃には、中締めの時刻が到来。恒例の大奥氏（46回卒）による威勢の良いエールと全員の学歌合唱によりお開きとなりました。次回は50名結集の目標を掲げ、何としても実現すべく鋭意努力を重ね、香川支部の更なる飛躍・発展に尽力していくつもりです。支部長鈴木澄夫（36回）愛媛支部アットホームな支部総会徳島支部会員による講演会で参加者を増やす平成26年1月26日（日）、大学から難波孝志情報社会学部長、大樟会より佐藤武司会長、竹中亨事務局長をお迎えし、22名の仲間が集い徳島支部総会を開催しました。先生方から学校の話を聞きながら母校の今の姿を想像し、楽しい時間を過しました。当支部では、会員に同窓会活動に興味を持ち、参加を促すため当支部の各業種の方々に講演をお願いし、今回総会の中で初回講和をお願いいたしました。今後、年2回位開催したいと思っております。事務局山口勝敏（32回）第31回大樟会愛媛支部総会が平成26年7月13日（日）、今治国際ホテルにて開催しました。今回、第2回四国サミットも同時に開催され、樫本徳島支部長、鈴木香川支部長も参加いただきました。恒例の宮崎事務局長の司会で総会が始まりました。造船とタオル、今話題のサイクリングの聖地と呼ばれている「しまなみ海道」のある今治を代表して二宮氏の開会の挨拶があり、役員改選後、眞鍋支部長の挨拶をいただきました。来賓のご祝辞、会計報告、議題と事務局長の名調子で総会も無事に終了し、懇親会が始まりました。最初に大経大の新しい紹介のＤＶＤが流され、オシャレな施設や女子学生の多さに驚かされました。眞鍋支部長の最も皆さんに見てほしいのは女子トイレですとの説明に時代の流れを感じました。懇親会の途中、德永学長もかけつけていただき、今回参加の32名で学生時代に想いをはせながらアットホームな本当に楽しい一日になりました。安藤志朗（48回）33

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支部だより高知支部新支部長初の総会無事乗り切る北九州支部参加者少ないながら親睦深まる平成26年10月18日（土）晴天、すがすがしい気候の中午後6時より三翠園にて総会を開催いたしました。今年、高知の夏は"雨々々"、秋に入ると"台風"の連続となり、どうなることか心配していましたが、支部総会も無事開催することができました。幹事の平尾さん、会員の皆様にもご尽力いただき、例年なみの出席者を集めることができました。また初参加の方も数名いらしてくださいました。大学からは崎田事務局長、大樟会から山本常務理事、そして愛媛支部から眞鍋支部長、宮崎幹事長にお越しいただきました。崎田・山本様からは、大学近況報告として、大学はすべて新築になり、コンビニ他カフェスペースの充実、明るく清潔な雰囲気、電車通学の利便性等ハード面の驚きの変化を遂げていることをお話いただき、また体育会、弓道部の活躍が非常にすばらしいとの報告もありました。今回、総会にあたり経大のロゴマークの意味を私なりに改めて見てみました。"つながる力"マジェンタ色の"K"、この中心にある"K"はKindness、KEIZAI、の頭文字から来たものであり、その周りにはいくつもの、あらゆる意味のつながりがある。ずっと大事にしていきたい言葉"つながる力"。ちなみに高知(KOCHI)もKなので、ぜひ仲間入りをと思っています。支部長を引き継がさせていただいた初の総会、無事終了したことに今は感謝でいっぱいです。今後とも高知支部発展のため出席・紹介をよろしくお願いします。支部長南宏道（52回）北九州支部総会を、平成26年11月15日（土）開催しました。大学から吉野経営学部副学部長、大樟会から常務理事内田事務局次長にご出席いただき、大学近況、同窓会活動状況のお話がありました。北九州支部同窓生出席者数は11名で、ご多忙の中いつもご参加いただいている方々です。また濵熊本支部長に今回もご出席いただきました。さらに今年復活した大分支部から寒田支部長と三浦先輩のお二人が参加、総勢16名と少ない人数でしたが、逆にとても親睦が深められたのではないかと思っています。今後は、新しく参加していただける同窓生を見つけていくことが課題です。大樟会事務局に同窓生名簿を依頼し、少しでもご参加いただける同窓生が増えるように取り組みます。最後に、今回、開催会場の都合で学歌、逍遥歌が唄えなかったことについて、ご参加いただいた皆様に申し訳なく思っております。次回は2回分の力で唄いますので、北九州支部同窓生の皆様、是非ご参加ください。支部長植田達三（52回）大分支部10年振りに支部活動復活南九州支部大樟会の進化を祈願して南九州支部総会は、平成26年11月15日（土）午後6時から、鹿児島ワシントンホテルで開催しました。総会には来賓として井形浩治経営学部教授、大樟会本部から角脇忠行常務理事が参加され、大学と同窓会の近況報告が行われました。ところで、大学への想いを一言提します。私達南九州支部は、当初鹿児島支部として出発しましたが、当時の会長渡辺達好さんの出身が宮崎ということもあり、九州支部の荒巻さんのご協力を得て北九州と南九州という方向が決まり、事務局長の比企さんの多大な応援をいただき支部となりました。当時の大経大には、各地の県人会があり盛況でした。私達鹿児島県人会も、新内さん、鶴田さん、山下さん等の努力で多数の参加者があり、大学入試も鹿児島市内でありました。近年経大の情況も都市型大学となった上、地方に多くの似た様な学部を持つ大学が出現しましたので、地方からの学生が少なくなりました。もう一昔前の大経大はなくなりました。これも時代の流れでしょうか。支部長前薗博隆（34回）34平成26年11月8日（土）、大分県の別府におきまして、同窓会大分支部総会を大樟会本部様、北九州支部様、熊本支部様のご支援のもと、10年振りに復活することができました。出席してくださったメンバーもまだ少ないですが、復活に際し、多くの方々から温かいお電話やお言葉をいただき、新たな希望が湧いております。大学本部の事務局長様、大樟会の会長様からの大学の現状や今後の目標を聞き、卒業生が9万人を超え、もうすぐ10万人になることや学部増によって就職率がアップしていることなど、ますます大学への思いを強くしました。また、懇親会では大分支部会員も100名以上いることを再度確認し、出席されたメンバーも学生時代のエピソードや現況について語り合うなど有意義な時間を過ごし、次の再会を期して、閉会いたしました。今後も北九州支部、熊本支部の皆様と共に大樟会を発展させていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。来年は7月に支部総会を行なう予定です。支部長寒田陽（40回））

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平成26年・全国の支部からのいきいき活動報告熊本支部地方からの志願者増を願う部会大樟春秋会新理事長と新大樟会会長が決意表明平成26年10月18日（土）、第25回支部総会を山鹿市にて大樟会より田村会長、小林副会長、大学より土居教授、近隣支部より植田北九州支部長、寒田大分支部長他2名にご参加いただき開催いたしました。本年2月10日、物故者となってしまった山鹿市の立花敬治君（42回）の奥様、長男佳宗君も出席いただき総勢18名でありました。総会では昨今の大学の状況等お話しをいただき、前年度大阪にての支部総会に参加できなかった諸士も熱心に傾聴されておりました。本年度は活動を停止していた大分支部も復活しましたので、今後共近隣支部との交流が深まることを念じております。近年、九州よりの本学志願者は激減、入学者も卒業後帰省せず、地方の支部の運営は各支部共厳しいものがあります。同窓会としても地方からの志願者増に尽力をいただきたいと思います。また、スポーツの応援面でも同窓会として尽力いただきたい。中規模大学として中小企業後継者コースも是非ご検討願いたいものです。関西の5大学は実行しているはずです。何か特色のある母校を願っています。支部長濵忍（35回）宮崎支部会員2名が卒業後、初めての大学訪問春秋会の西部・東部の総会がそれぞれ大阪・東京で開催した。西部月15日（火）午後6時30分より大阪新阪急ホテルで開催された。佐藤新理事長・勝田前理事長・田村新大樟会会長・徳永学長・名。勝田前理事長からは「2期・6年であったが、80周年記念事業も無事やりとげたし、受験者も順調に推移し、皆さんのご協力に感謝する」とのあいさつがあった。また、佐藤新理事長からは「晴天の霹靂の人事であり、お断りもしたが、最終的にお引き受けすることになった。9万人の同窓生、そして大樟春秋会の皆さんの強いバックアップを得て私の人生をかけて職務に励みたい」とのあいさつがあった。今回初めて参加された方々は次の通りで、それぞれあいさつがあった。１、半田正（株）エコーインターナショナル社長（32回卒）２、原田猛ダイハツディーゼル（株）社長（38回卒）３、郡山公秀萬世電機（株）取締役（45回卒）４、妹尾正憲（株）アイ・ダブリュー・エイ・ツアー社長（47回卒）５、藤井尚志（株）ホンダ北大阪社長（51回卒）懇親会では大河内副会長（京都西川社長）の乾杯の発声で懇親会に入り、9時４５分お開きとなった。平成26年11月15日（土）、第12回宮崎支部総会をホテルメリュージュ宮崎で開催しました。例年、総会開催日を11月第3土曜日と決めているため、日頃からの協力的な会員の出席があったことと、久し振りの出席者や遠方から電車で来た人がいて、話題が多いなか和やかな総会になりました。特に今年は、会員の中で2名が個々に大学を訪問したとの報告がありました。卒業後初めて大学構内を歩き、自分の眼で大学周辺の環境や規模を確認しており、従来と違った新しい情報を得たことは当支部にとってもニュース（話題）であり、後に続く者が出ることを願うところです。当日は、支部会員17名が参加、大学から崎田洋一事務局長、大樟会本部から小林真人副会長・広報部長がご多忙の中、遠路ご臨席いただき、お二人から諸々の近況報告を拝聴することができました。特に、我が大学が偏差値や入試状況、就職率その他で高いレベルにあることやクラブ活動の活躍、そして新理事長と大樟会新会長の就任、全国の支部運営等々の説明・報告があり、出席者一同、母校の最新情報を得たことに満足した次第である。最後に、今後とも当支部のモットー「継続は力なり」と課題である「会員の拡大」を確認し総会を終了しました。支部長福田俊彦（32回）一方、東部地区の総会は11月11日（火）午後5時より「ホテルオークラレストラン日本橋」に16名が参加して開催した。総会では佐藤新理事長のあいさつの後、田村新大樟会会長から「久方ぶりに大経大ＯＢの理事長を出した。大樟会員9万人で理事長を支えて行きたい。大樟会の充実をはかりたい」との力強い決意表明があった。その後、ＩＭＳマネジメント社長の清水秀和氏より「潮目が変わった日本経済」と題して45分の講和があった。今回初めて参加された方々は次の通りで、それぞれ会社概況などの報告があった。１、半田正氏（株）エコーインターナショナル社長２、藤原充弘氏フジワラ産業社長３、木村義美氏（株）イエローハット取締役会は田中富三氏（元日立金属副社長・元同窓会会長）のあいさつで8時15分お開きとなった。（※編集部注：会員数は西部地区40名、東部地区12名）35

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支部だより大樟体育会スポーツ推薦枠80人をねばり強く要請しよう平成25年4月から翌年3月までの活動をまとめた「第14回大樟体育会総会」が平成26年4月26日（土）、同窓会ホールで開かれた。全クラブ34の内、出席クラブは20、14クラブが欠席。会に先立ち、当年度大樟体育会クラブの成績優秀者特別表彰があり、アイススケート部、空手道部、弓道部、ゴルフ部、自転車部、準硬式野球部、日本拳法部、ハンドボール部、バスケットボール部が団体受賞。個人は弓道部1、硬式野球部2、アイススケート部2、準硬式野球部3、ハンドボール部2、陸上競技部4、剣道部1の計15選手が表彰された。下垣恒彦会長は「創立80周年記念事業では体育館、摂津グランドが完成、大学のご協力に感謝します。さらに今期2億円の予算でグランド改修が進みます。また德永学長は軽いフットワークで各クラブの応援によく行かれます。クラブ員の対応も徐々に変化してきました。当会の最大の課題は、26年度AO入試です。この9月までに要請せねばなりません。80名枠を要請し70名はA推薦に固定、10名はB推薦に固定したい。同時にわれわれ現場の指導者の問題が重要で、今の"サンデー監督"では限界があるようです。しかし問題を解決しながら会の発展のためしっかり努力していきます」と述べた。来賓の田村正晴大樟会副会長は「各クラブの監督や関係者はよく大学へ来られ頭の下がる思いです。昔と違って今は授業の合間に練習するという文武両道の流れになっています。スポーツの勝ち負けだけではなく勉学もしながら卒業後のプランをしっかり立てる人が求められています。どうか社会人マナーアップも職務の一つとして文武両道を磨いて欲しい」とエールを贈った。議事では25年度活動報告と決算報告があり、すべて了承された。26年度活動方針では下垣会長が主要課題として①28年度スポーツAO入試80名枠確保の要請。②スポーツ文化振興室との協力体制の確立。③指定強化種目の指導者体制の強化を図る。④全クラブ（部）の参加体制の確立（OB会組織の強化）。⑤クラブの対外試合への活動応援。⑥マナーアップキャンペーンへの参加要請と大樟体育会の親睦会の実施など提案されすべて承認された。次いで26年度予算案も満場一致で承認された。引き続き質疑応答が行われた。主な内容は以下の通り。・スポーツ推薦ワク75名は実行されているのか＝全部は採れていない。・推薦ワクの満たないクラブから他クラブへ回せないのか。また推薦ワクの人数の増減はどこが決めており、その基準はどうなっているのか＝人数は教授会で、推薦ワクの増減はクラブの成績次第。しかし不透明なので基本的スタンスを聞いてみる。その上で推薦ワクについて大学と改めて協議を申し入れします。・試合日程が授業を妨げている場合もある＝試合日程は必ず学生部に出してほしい。大学はそれがなければ何もできない。また強化クラブの収支管理など厳しくチェックされているのでその報告を監督者は必ず見てほしい。・クラブ活動での相談場所がない＝事務局に来てほしい。・事務局＝遠征や合宿など大学へ申請すれば交通費など支給される。ぜひ利用してほしい。・事務局＝とにかくクラブの現場を監督はよく見てほしい。交渉ごとの報告は必ずします。それには出席してほしい。質疑応答はこの後の懇親会でも熱心に続いた。前大樟会広報部長平田義行池田泉州銀行経友会本会の田中会長が本学硬式野球部監督に就任平成26年7月28日（月）、平成26年度経友会総会を梅田の「大阪新阪急ホテル」にて開催いたしました。当日は、本学から佐藤理事長、大樟会から山本常務理事、当行の服部相談役、藤田頭取、本学で非常勤講師として教鞭をとっておられる小川顧問を来賓としてお招きし、70名（会員数135名）の参加を得て、盛会となりました。午後6時30分、田中会長の開会の挨拶でスタートし、各来賓より"はなむけの言葉"を頂戴しました。引き続き陸野支店長の音頭で乾杯の後、懇親会となり、料理に舌鼓をうちました。話題の中心は、なんと言っても田中会長が硬式野球部監督に就任され、関西六大学リーグ優勝し、「神宮」を目指すと高らかに宣言されたことでした。田中会長は、現役時代、強打のインサイドワークに秀でた捕手として、今はソフトバンクホークスとなった当時の南海ホークスが、野村兼任監督の後釜捕手としてドラフトしたほどの選手でした。藤田頭取、佐藤理事長も今後の硬式野球部の躍進に注目し、応援を約束していただきました。その後、新人会員の紹介、結婚祝いの贈呈、会計報告、来年度幹事の紹介の後、恒例のビンゴゲームで盛り上がりました。グリークラブOBの里谷君を中心として、学歌・逍遥歌を斉唱し、しばし学生にもどった気分になりました。懐かしく、楽しい時間は、すぐに過ぎ、塙坂副会長の閉会の挨拶でお開きとなり、記念撮影のあと、二次会へ繰りだしました。事務局長長岡克浩（48回）36

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平成26年・全国の支部からのいきいき活動報告日立大樟会久し振りに母校の見学社労士大樟会社労士大樟会第7回定期総会平成26年9月6日（土）、母校の見学を兼ねて第28回の日立大樟会を開催いたしました。12時から本学の崎田事務局長の案内で、80周年記念館1階の大樟会より寄贈された陶板のモニュメントやOBからの寄贈作品を見学させていただき、次に55万冊におよぶ蔵書を有する図書館、さらに初代学いにしえ長の黒正巌博士の銅像に古を偲びつつフレアホールへ移動。見学の後、D館最上階の80周年記念ホールに戻りミニ総会を開催し、引き続きご来賓として佐藤理事長、德永学長、田村大樟会会長、竹中事務局長をお迎えして懇親会を開催いたしました。席上佐藤理事長より、同窓生を代表して学校経営に全力を尽くすこと、德永学長からは、弓道部が全国優勝をしたことと他の分野でも全国１位を目指すことなど。また、田村大樟会会長からは、これまでの経験をもとに同窓会の発展に寄与していきたいとのお話をいただきました。その後、会員の皆さんからは、近況の報告をいただきお開きにいたしました。また二次会では、佐藤理事長をはじめ、ほぼ全員が近くの居酒屋「ひでよし」に移動し、さらに親睦を深めました。税理士大樟会第23回定期総会開催会長山下徹男（37回）平成26年7月28日（月）午後5時10分より、ハートンホテル心斎橋において、税理士大樟会第23回定期総会が開催しました。来賓に大樟会から竹中亨事務局長、内田敏雄事務局次長、吉仲美智子常務理事、大学から佐藤武司理事長、小谷融情報社会学部教授、黒正洋史進路支援部長、渡邉泉元学長、社労士大樟会から久保太郎会長、湊義明副会長、西平綾太事務局長をお迎えし、議長に畑岸隆一会員を選出して議事に入った。事業報告及び収支計算書承認の第1号議案並びに事業計画及び収支予算承認の第2号議案について、各担当部長より説明があり、また監事を代表し澤渡聰謹氏から平成25年度の監査報告が行われ、審議の結果承認可決された。なお、今回は執行部の任期が満了のため、役員改選の件が第3号議案として提案され、檜垣典仁新会長が誕生し、副会長には大山伸之（総務担当）・溝口隆夫（研修担当）・市原孝志（組織担当）・西川孫市（広報担当）・堀田治（厚生担当）、専務理事に中坪健治氏、事務局長に藤本節雄氏が選任され、檜垣会長は前任の三木執行部の労をねぎらい新体制の抱負を語った。午後6時、定期総会は終了した。総務部員小林幸一（近畿会西支部）平成26年7月12日（土）、社労士大樟会第7回定期総会を大学で開催いたしました。当日は広島県や高知県からも会員の方々に駆けつけていただき、たいへん充実した総会を開催することができました。ご来賓として大学より、德永光俊学長、大樟会本部より次期会長の田村正晴副会長、竹中亨事務局長、吉仲美智子常務理事、税理士大樟会より中坪健治事務局長のご臨席を賜り、厚く御礼申し上げます。総会に先立ち、德永学長より、経済、経営系で「日本一の大学を目指す」という方針が各方面で徐々に成果を上げており、とりわけ「第26回全国大学弓道選抜大会」で本学が優勝したことは快挙であり、NO.1を目指さなければNO.1にはなれない、と強い決意のメッセージをいただきました。次に、社労士大樟会久保太郎会長より、ここ数年、雇用を巡る情勢は大きく変化し、労働法制も、その行方が左右されるような岐路に立っている中、社労士の関与すべき課題も山積されており、我々の果たすべき使命の重要さは益々深まっている、という挨拶がありました。総会は議長に久保会長を、議事録署名人に山内淳子氏を指名し、審議を開始いたしました。そして、第1号議案：平成25年度事業報告並びに平成25年度収支決算及び監査報告承認に関する件、第2号議案：平成26年度事業計画（案）並びに平成26年度収支予算（案）承認に関する件、第3号議案：役員の改選に関する件、がそれぞれ審議され、満場一致で承認されました。なお、全国社会保険労務士会連合会発行の「月刊社労士」へ社労士大樟会の広告を掲載してはどうかという提案が坂口育生理事よりなされ、活発な論議が行われた結果、理事会での継続審議となりました。引き続き行われた記念講演では、法学博士大橋範雄経済学部教授より『ドイツの労働者派遣法（2011年改正）の特徴とわが国派遣法への示唆—派遣先と派遣労働者との間の労働関係の法的擬制（擬制労働関係）を中心として—』と題してご講義いただきました。ドイツの労働者派遣法を知ることは、わが国の派遣法を考える上で、非常に重要な示唆があり、誠に時宜を得たお話でした。記念講演終了後に懇親会が開かれました。税理士大樟会からご来賓として三木泰会長、大山伸之専務理事が駆けつけてくださいました。大樟会本部の田村副会長並びに税理士大樟会の三木会長からご挨拶を頂戴し、次いで大樟会本部の竹中事務局長の高らかな乾杯のご発声でスタートです。今回も大山専務理事から日本酒と焼酎をご恵贈いただき、美味しく頂戴いたしました。新しく入会された名古屋の今田泰久先生（54期生）の紹介もあり、時の経つのも忘れる和やかな懇親会で、同窓の絆がいよいよ深まり、大いに盛り上がりました。終盤、山崎正順理事による中締めが行われ、竹中事務局長のエールと先導で、学歌が斉唱される中、お開きを迎えました。社労士大樟会では引き続き会員の募集を行っております。入会ご希望の方は、下記までご連絡ください。社労士大樟会事務局長西平綾太大阪府阪南市自然田1915-37西平労務事務所TEL072（472）2297FAX072（471）7226mail：ayata@silver.ocn.ne.jp事務局長西平綾太（48回）37

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支部だより大学院大樟会大樟会統合後初の総会を開催平成26年10月18日（土）、ホテルモントレ大阪で大学院大樟会総会を開催しました。大樟会と統合後の初めての総会で、池島経営学部長、竹中大樟会事務局長、廣野組織部長に列席していただき、華を添えていただきました。川口大学院大樟会会長から、統合後の状況、大学院の現況などについての経過報告がありました。その後、出席者の自己紹介、今後の同窓会のあり方について熱心な議論が交わされました。大阪経済大学大学院で学んで、大阪経済大学で教えたい。税理士などの同業者間で可能な限りのノウハウを教えていただきたい。ビジネスの打ち合わせなどに大樟会のサロンを活用したい。研究論文の発表の場を設けていただきたい。毎年、多数の修了生を出しているのだから、そのなかの優秀論文の発表を考えるべきではないか。あるいは、各研究科で毎年の最優秀論文などを決定したら、大学院のレベルがなお一層上がるのではないか。大学院大樟会支部をより魅力あるものにするために、若手会員の参加をうながす方策を実施したい。等々。また、経済学研究科をはじめとする大学院生をなお一層支援する方法についても議論がなされました。地域や社会への貢献についても意見が出されました。これらは、いずれも大阪経済大学ならびに大樟会の発展に寄与したいという熱い思いの表われでした。盛会のうちにお開きとなりました。会長川口正義（41回）大樟教育研究会ついに「教職の大経大」宣言！平成26年11月15日（土）、好天の秋晴れのもと、第14回大樟教育研究会を母校、大阪経済大学で盛大に開催しました。この会の主目的は、OB教職員間の親睦を図るとともに、教職希望学生諸君との交流・研修です。本年度は、117名（OB＝51名現役学生＝55名大学職員＝9名大樟会＝2名）の参加ということで、D42教室はほぼ満員状態となりました。今年もマナーアップ活動からスタートし、大樟会田村正晴新会長の“教育の大切さ、同窓教職員OBのさらなる活躍”のごあいさつをいただいたあと、本日のmainevent全体会へと進みました。講師は、本年度でご勇退の小部修先生より「明日の教師を育てるために〜働きがい、やりがいのある学校・職場づくり〜」というテーマのもと、先生の講義を受講する学生とのtalksessionが展開されました。平素、講義の中で、学生とやり取りする場面が再現されたようで、あるOBは“久々に学生時代に戻り、自分も講義を受けているようで、実に楽しかった”と絶賛されていました。5ページにわたるresumeを読み返してみると、その中には“これから本気で教師の道を目指したい”、“講座を受講することにより、教師の素晴らしさを知った”など、注目に値するものが随所に見られるのに驚かされました。先生が最後に述べられている、学校が「楽校」であるためには･･･、私たちも常に心がけていることであり、永遠のテーマとして目指していきたいものです。また先生は本心から“大経大の学生が先生になってくれることが一番うれしい”と話されており、自然と講義に力が入るのもうなづけます。また分科会でも、OBと学生の活発な意見交換が展開されたようであり、予定の時間をオーバーするところも出てくるほどでした。「つながる力」がここでも芽生えているように思えます。最後の懇親会で、やっと德永学長の登場となりました。この席上でついに「教職の大経大」を打ち上げられ、参加者全員に一瞬緊張がはしるとともに、身の引き締まる思いでありました。本年度は17名（現役は2名）の合格者を出し、過去最高とのことでした。学生の質の向上、施設設備の充実、あとは一丸となって後押しできる体制がさらに整えば、まだまだ成果は出るものと思われます。私たちOBも、大学発展の一助となれるよう知恵と工夫を今後も絞り出したいものです。会長眞鍋一美（32回）38

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OB·OGネットワーク（順不同）皆さん80歳前後、すこぶる健康23期生会40今年で連続30回目の集いとなります「23期生の集い」を平成26年2月16日（日）同窓会ホールで開きました。出席者は25名でした。年齢も80歳前後となりますが卒業してから57年目、皆元気で参加されました。大学から崎田事務局長、大樟会より竹中事務局長が来られました。崎田様より大学の新しい現況について詳しくお話しを聞かせてもらいました。大樟会よりは同窓会の現況について色々とお話しを聞かせてもらいました。その後皆で楽しく食事をする中、出席者全員に個人別の現況について発表をしてもらいました。私達の年齢になると何よりも健康第一ということで日々を過しておられることがよく分かりました。和気あいあいの楽しい一日でした。その後に常深さんの音頭で全員が学歌を久し振りに合唱しました。最後に全員で記念写真をとりました。なお当日都合悪くて出席できなかった人達も次回はぜひ出席をしてください。次回は31回目で平成27年2月の第3日曜日を予定しております。皆様の元気なお顔を拝見したく思っています。酒井弘光（23回）OB一丸となり熱血指導の体制に創部57年平成25年度OB総会日本拳法部OB会平成26年2月22日（土）OB総会を同窓会ホールで開催しました。開催にあたり司会の山田副会長から永年経理部長としてご尽力いただきました15代野村雅男氏が前年3月に逝去された報告があり、全員でご冥福を祈り黙祷を奉げました。山本会長を議長に選任、日本拳法会、西日本学生拳法連盟の改革、拳法人口拡大構想等の現況報告がありました。空席の経理部長に29代河瀬氏、副部長に29代古隈氏が選任されました。一方、現役の戦績は、平成25年6月全日本学生選抜大会においてベスト8に輝きました。貢献をした4回生5名（山本主将、照山、萩原、吉牟田、窪田）がOB会に入会、山本会長からバッチが贈呈されました。細原副会長から会計報告、近本監査役から監査報告がありました。本年度は指導体制の強化を行い、竹原監督、作花ヘッドコーチ、安田、宮村、国沢、各コーチの布陣で、熱血指導を行なう事が決定しました。懇親会では沼田会長補佐から提案されていた連絡網の責任者の活動強化について、乾杯の音頭をされた宮崎特別顧問から強く推進するように指示が出されました。私の元気な声で学生と延々と楽しい輪が続き、和気藹々の内に閉会しました。副会長（指導教育担当）酒井昇（41回）春季リーグは「優勝」を目指す硬式野球部OB会平成26年2月15日（土）、大阪新阪急ホテルのグランド白楽天で平成26年度OB会を開催しました。大国幹事長補佐の開会宣言と司会で議事に入る。まず元野球部部長の内海先生はじ会員物故者のご冥福を祈り黙祷の後、木岡会長を議長に選出しました。会長挨拶に続き河野幹事長より平成25年度事業報告、岡崎監査から会計報告、監査報告があり、いずれも出席者全員で承認され、引き続き平成26年度の事業計画、会計予算案の説明が河野幹事長よりあり、原案通りに承認されました。この後、赤井監督、川口主将より今年に懸ける想いを力強く語っていただき、この春季リーグ戦は必ず「優勝」との報告を受けました。また、今年のOB会活動の一つとして「硬式野球部ホームページ」をリニューアルする予定で、これによりOB会員の交流と親睦をより一層深めることを誓い、最後は三宅先輩による大阪締めで幕を閉じました。会長木岡良郎（36回）「1日でも長生きしよう」名が集まる澱江27期会澱江27期会（昭和36年卒）の平成26年度懇親会が、夜桜の香り残る4月18日（金）いつもの会場、ホテルモントレ大阪（大阪市北区）に9名が集まり開かれました。皆さん、今年で卒業後55年となり、お元気な容姿に、まさに医者要らずと思いきや、大病を患い克服しての今日があるという方もおられ「元気が何よりや」の一言で乾杯。場は一気に盛り上がりました。出席者は会長格の角本喜八郎さん（池田市）、夏原拓治さん（滋賀県多賀町）、岸野光男さん（高槻市）、太田時二さん（和歌山市）、鴨田博司さん（堺市）、梶原晁さん（柏原市）、角田喬計さん（阪南市）、土屋徳治さん（阪南市）に事務局長役の神代憲治さん（尼崎市）の9名。2年ぶりに来られた夏原さんが「返信はがきはご家族から送られたのも何通かあり、寂しい気もします。健康の有難さに身をもって感じます」と始めのあいさつ。あとは学生時代の思い出に加え、大きく変わりゆく母校の姿に「一回みんなで大学を見に行かなあかんな」。

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OB·OGNetWork中締めは角本さんが「この年になると約束が守れないこともある。それには自分から動くということを心掛けたい。これからも1日も長く世の中を見ながら生きていこう」と次回での再会を呼びかけた。前大樟会広報部長平田義行出雲を旅する旅行研究会OB会昭和46年3月卒業以来43年振りに、旅行研究会37回同期生7名は、平成26年5月9日（金）JR松江駅に集合しました。JR松江駅からは、地元OB運転のレンタカーにより移動開始。参加者の中にはまだ現役で働いている者、悠々自適で生活している者など様々。まずは松江城跡に到着し、お城の周りを取り囲む堀川3.7キロを巡る舟遊び。中に顔馴染みがいるということで、我々のグループに一艘仕立てていただき、のどかな風景の中にいにしえを偲びながら舟遊びを満喫しました。舟遊びの後は、宍道湖を左に観ながら一路出雲大社へ向かいました。出雲大社では大しめ縄に感動し、静かに本殿にお参りしました。宿は、松本清張の小説「砂の器」で亀嵩駅から少し入った亀嵩温泉玉峰山荘に到着し、まずは湯に入りゆっくり体をほぐして、宴会を始めました。乾杯の後、一瞬のうちに40年余り前の学生時代に戻り、和やかに当時の話やら今の生活振りを語り合う内にいよいよカラオケ会に突入。現役時代に鍛えたのどを披露しあう中にいやに上手な者がいるので問い正すとボランティアでカラオケ指導を行っているとか。一同納得。翌10日（土）も晴天に恵まれ、足立美術館の庭園と美術品鑑賞を堪能し、ボタンの大根島から境港へ。最近自動車のCMで知られるベタ踏み坂（江島大橋）を観光客の皆さんと一緒に写真撮影。橋を渡り、水木しげるの鬼太郎をテーマに町興しをした商店街「鬼太郎ロード」を散策しました。仕上げに宍道湖を眺めながら鯛めしの昼ご飯を食べて、出雲の旅は終わりました。大八木傳一郎（37回）ESSOB会3回連続で開催ESSOB会平成23年に24期の村上健さん（米国に帰化）が一時帰国された際、学生時代ESSでお世話になった顧問のバーナン・スペンサーさん（米国）を囲んで熊本、横浜などから10名が集い、学生時代の思い出話に花を咲かせました。そして、平成25年5月27日にカナダ在住の松本寔さん（22期）の一時帰国時に、一昨年出席したメンバーに声をかけ合い、現在ジャパネットたかた社長の高田明さん（37期）をはじめ当時の部員20名が集まりました。また、平成26年5月11日（日）、松本寔さんが再来日されたのを機に、大阪駅ターミナルビル16階ロドス（中華料理店）に19期から33期の卒業生22名が集い、中華料理に舌鼓を打ちながら、卒業後、半世紀以上にわたる想い出や近況などの話に花が咲き、4時間近く和やかな時を過ごしました。壁面の「大樟会旗」は藤本清さん（26期）が事務局から借用されてこられたもので、これをバックに記念撮影を行いました。今後、出席者が中心になって、卒業期別にESSOB会の輪を広げ、北米に在住のESSのOBにも情報を発信していくこととし、再会を約して午後4時前に閉会しました。飯田雅胤（31回）岡山での開催に各地から集う35期会平成26年度の35期会を、5月24日（土）、従来の大阪周辺から岡山市内の西川荘に移動し、地元メンバー8名と大阪・京都・広島・姫路・熊本の各地から名、計21名にて盛大に開催いたしました。永年会うこともなかった同期生ですが、一瞬にして昔話に花が咲きました。わが大学も80周年を記念して、新しくなった研究室等、素晴らしい環境が整ったという話を参加者から聞き、地元岡山の同窓生からは、是非見学に行きたいとの意見がたくさん出ました。一度、同期会の一環として母校見学ツアーを組んでみたい思いに駆られました。深夜まで続いた二次会の最後、次回は京都開催を約束して散会いたしました。小野隆（35回）永く濃いおつきあい速記研究部OB会平成26年5月17日（土）、3年振りの第4回OB総会を本学同窓会ホールで開催いたしました。今回の参加は21名で、初参加は千葉県から堀氏（35回）、兵庫養父郡から高橋氏（36回）、福井県から広部氏（41回）、さらに若手（？）の堀江氏（57回）でした。正午から始まり流暢な司会の湯浅氏（42回）の進行で冨澤氏（34回）の開会の挨拶、垣谷氏（35回）の代表幹事挨拶、中井氏（41回）の乾杯の音頭と続き、さっそく立食での歓談へと移り一気に学生時代へタイムスリッ41

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OB·OGネットワーク（順不同）プ。その後各年次での挨拶となり、各人の思い出話や近況報告に野次も入り、さらに司会者からスピーチ時間のチェックがかかる。たぶんアルコールと普段の会話不足（？）もあってか皆さん饒舌でした。42その後、次回開催は1年後、2年後と意見は出ましたが、結局3年先で落ち着き、幹事を選出しました。最後に永遠のエール担当を自認する柴田氏（42回）のエールで学歌、逍遥歌を合唱し、3時間半で閉会となりました。その後、黒正学長像の前で記念写真を撮り、すっかり様子が変わったキャンパスを見学し、二次会会場の阪急上新庄駅前へ移動しました。二次会から多田氏（40回）、金沢から福田氏（41回）、佐賀から中尾氏（42回）が参加し、さらに盛り上がり制限時間の2時間はあっというまに過ぎ、幹事の中河氏（43回）の挨拶でお開きとなりました。続く三次会の恒例のカラオケには17名が参加。日頃のストレス（？）発散や代の歌の途切れる時間が過ぎ、ようやく9時30分に解散となりましたが、特に元気回の田中氏、福田氏、中尾氏は四次会へと繰り出していきました。次回3年後は富永代表幹事はじめ一番若い堀江氏を含めた5人の幹事のもと開催いたしますのでよろしくお願いいたします。事務局長森脇範之（43回）毎年4月に親睦旅行軽音楽部OB会（32回〜36回卒）青春時代をキャンパスと江口橋グランドでクラブ練習に勤しんだ昭和41年〜45年に卒業した仲間が毎年4月に、各地域幹事による巡回旅行で旧交を温めています。平成26年は4月14日（月）・15日（火）に長谷川氏・種田氏・秋山氏の幹事役のお世話で大津「比叡山・雄琴温泉」の一泊バス旅行を楽しみました。当日は両日とも快晴に恵まれ、宿泊先の「雄山荘」の宴会はカラオケで大いに盛り上がりました。両日、バスの運転に携わっていただいた八倉、矢野先輩お疲れ様でした。聞くところによると、現在軽音楽部はなくなっているとのこと、とても寂しい気がします。これも時代の流れなんでしょうか。私の在学中は7部門のバンドがあり約100名の部員がいて、地方に演奏旅行に行く時もたいへんでした。毎年桜橋の「サンケイホール」で軽音楽部の最大イベントの定期コンサートもありました。当時の入場券は250円で、いつも大盛況で満席だったと記憶しています。あれからもう40余年経ったんだ。軽音復活を切望し、かつ在校生、経大関係者、卒業生諸氏の活躍と健康を祈ります。粉川誠三（35回）第2回地域巡回同窓会を滋賀で開催園田ゼミ「樟々真情会」（昭和44年・35回卒）2回目となる今回は、平成26年5月10日（土）〜11日（日）に開催いたしました。滋賀県で測量分野NO．1の企業経営者の柴崎氏が多忙ななか、昭和の仲間のために、新緑の映える湖西の案内を企画してくれました。当日は比叡山坂本駅に集合して柴崎氏旧宅にて昼食（一般に市販されてない名人が作る「花山椒の佃煮」が添えられ皆満面の笑み）後、ボランティアガイドの案内で「坂本町並み散策」「日吉大社参拝探索」、そして全員楽しみの宿泊旅館「湯元館」で見学終了。旅程中では、今回初誕生の木築・粉川両氏の「爆笑駄洒落師弟コンビ」が爆笑の渦のなかへ全員を引き込み、上がり下がりの多い散策路を楽しく和ませてくれました。旅館ではサンケイ新聞掲載の大経大勝田理事長の記事を回し読み、各地区同窓会支部の紹介、さらには当時Aクラスであったラグビー・サッカー・野球部の奮起を思い、また女子学生の増えたことで華やかになった大学を喜び、当時と比べ羨ましく思いました。前回同様金井（ESS）、粉川（今はない軽音楽部）両氏によるギターウクレ年前の青春時代に戻り、歌い・飲み・笑い・語り合い人生の年輪を確認しました。昭和の戦友・仲間は“人生のほっとする樟の木陰で青春を送ったこと”を心に刻み、翌日、比叡山延暦寺見学後、次回27年5月四国（金井・相田両氏担当）での再会を楽しみにして京都駅で散会いたしました。代表幹事門永久彦（35回）「強いラグビー部の復活を」激励会で大樟体育会会長ラグビー部OB会昨年に引続き9月7日（日）、80周年記念ホールでラグビー部の激励会は部員19名、OB31名、父母会11名が参加して開かれました。第一部の講演は、元日本代表選手、代表監督、近鉄ライナーズ総監督などを歴任された今里良三さんをお招きし、現役時代スクラムハーフのポジションで、日本一になった経験や数多くの国際試合の戦歴を熱く語っていただきました。ラグビーは15人の仲間が一体となって戦うスポーツであり、一人ひとりが自責の役割を担いながら助け合い、チームを纏め上げ

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OB·OGNetWorkるという経験は、必ず社会に出てからも役立つこと。負けると誰かのせいにする、環境のせいにする、それではいつまでも強くならない。自助努力を忘れていけないし、感謝する気持ちを忘れてはいけないことを強調されました。德永学長からも、必ず1部昇格をという高い目標を掲げて、リーグ戦を戦いぬいてほしいと訴えられました。第二部の懇親会では大樟体育会山本会長から「強いラグビー部復活を願う」とのご挨拶で始まり、部員一人ひとりが紹介され、秋のリーグ戦への抱負を語りました。OB諸氏からは栢本監督、織戸コーチ、中西コーチの指導のもと、是非と月に実施した信州菅平合宿の成果を存分に発揮してリーグ上位校の一角を狙ってほしいとの熱いメッセージが響き渡りました。事務局森岡良介（45回）経翔会総会を開催ワンダーフォーゲル部OB会平成26年度経翔会総会を、平成26年6月15日（日）、母校の同窓会ホールにて開催いたしました。総勢32名とほぼ例年通りの参加人員ではありましたが初参加の方もおられ、創立80周年で大きく変貌した母校の姿にたいへん感動されていたようです。総会は定刻通り始まり、会長挨拶のあと物故者15名に対し1分間の黙祷を捧げました。続いて、過去一年間の活動報告並びに会計報告を行い、参加者全員の承認をいただきました。さらに創部55周年の記念誌発刊の進捗状況を資料に基づいて説明、資金調達等の方法を検討いたしました。総会終了後全員で集合写真を撮影、その後学生会館1階の食堂で生協さんのお世話で懇親会を開催。38年卒の国西顧問の音頭で乾杯、約2時間歓談を行いました。最後は会長の一本締め、さらに全員で学歌を唱和、来年の再会を誓い、14時頃無事解散いたしました。会長牧田征雄（31回）創立45周年記念OB総会盛大に開催法学（律）研究部OB会立憲主義を否定する「壊憲」への政策変更、原発の再稼動の動きが進行する昨今、平成26年6月21日（土）、大和の国「かんぽの宿奈良」にて記念総会が開催され、当日は、全国から14名のOBが参集しました。進行役は長島（39回）。物故OB会員への黙祷の後、新居浜から35年ぶりの加藤（38回）による開会宣言、星加会長（26回）による祝辞、多賀顧問（24回）による乾杯の言葉で始まった懇親会のムードは最高潮に達し、法研精神を再認識する近況報告と旧交を深める酒杯が続いた。記念撮影後、恒例の「逍遥歌」を全員肩を組んで合唱、土屋（27回）による力強い万歳三唱、金沢から25年ぶりの安江（38回）による「一本締め」で閉会しました。今回も母校同窓会事務局様には、ご支援いただきありがとうございました。事務局奥正信（36回）平成26年度柔道部OB会総会・懇親会並びに現役学生歓送迎会を開催柔道部OB会平成26年2月23日（日）、午後0時30分から、母校50周年記念館7階の同窓会ホールにおいて、逸見学相談役（26回）をはじめOB、来賓、現役学生40名が集い、平成26年度の総会・懇親会並びに現役学生歓送迎会を開催した。まず、司会の石橋和幸事務局長（29回）から総会の開会宣言を行ったあと、OB会員の物故者に対し黙とうをささげた。次に、植村亮介会長（41回）から、OB相互の親睦をさらに深めるとともに現役柔道部員の活躍に貢献したい、との開会の挨拶があったあと、総会議事に入った。議事は、25年度事業報告、会計報告、監査報告、26年度事業案、予算案についてそれぞれ審議した結果、いずれも異議なく承認された。なお、昨年８月に開催した現役学生およびその父母を対象とした教育懇談会を本年度も開催すべきである、との意見があった。議事終了後、安田太監督から、部員が少なく、また、各体重別クラスに出場できる選手がそろってはいないが、これから活躍が期待できる新入生も加わるので現状以上の戦績を期待をしたい、との現状報告のあと、中田副会長の閉会の辞をもって、総会は終了した。引き続き、OB懇親会並びに現役学生歓送迎会に移り、大橋部長、西岡名誉師範、梶村大樟会事務局次長から、卒業生への祝辞と、新入生各君への激励のお言葉をいただいた。卒業してゆく学生からは、社会に出てからも今まで培ってきた経大魂を発揮して邁進する旨の決意が述べられた。また、新入生からは、一生懸命練習し、レギュラーの座をつかみたいとの抱負が述べられた。最後に、乾杯を宮野先輩（33回）の音頭で行い、歓談の後、上地先輩（32回）の万歳三唱のあと、学歌、逍遙歌、柔道部遠征歌を斉唱し、桂副監督の閉会の辞をもって無事閉会した。事務長尾崎義廣（38回）43

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OB·OGネットワーク（順不同）大経大でのご縁を大切に德永ゼミ・野風草会442014年３月に卒業したゼミ25期生で、野風草会は548名となりました。1988年３月に初めての卒業生18名を、「野のようにたくましく、風のようにさわやかに、草のようにいきいきと」の願いを込めて送り出してから、四半世紀がたち、500名を越える学生さんたちとご縁を結べたことに感謝するばかりです。24期生まで518名の名簿を年々更新して、連絡先が把握できているのは372名（72％）、そのうち年賀状のやり取りをしているのは177名（34％）です。たった１枚の年賀状ですが、最近の様子を知るのはうれしい限りです。今回のホームカミングデーでは、写真のように卒業生が集まってくれました。子供さんを連れてきてくれたり、もうすぐお目出度の卒業生もいます。毎年やってきた野風草会の集まりも、６回目となります。10数年ぶりに訪ねてきた卒業生は、キャンパスの変貌ぶりにびっくりしていました。卒業生たちとは出張や調査の折に何人かずつ、横浜、土浦、高松、岡山で会い、そして大阪、京都でも会っています。２人のＯＢの結婚式に、出席しました。「幸せ」を作っていくのを見るのは、うれしいですね。毎週水曜日ゼミが終わってから、近くの居酒屋セブンでの飲み会を13年続けていますが、卒業生たちが度々寄ってくれます。就活でも大変お世話になっています。ありがとう。大学を卒業してからこんなに立派になって社会で活躍している姿を見るのは、教員として最高の喜びです。大経大で結べた「ご縁」を大切にしていきたいと思います。いい時ばかりじゃありませんよね。しんどい時、辛い時もあるでしょう。遠慮しないで連絡してください。住所が変わったり何かあったら、toku@osaka-ue.ac.jp、まで連絡してください。皆さまのご健勝とご多幸をお祈りいたします。（喪中でしたので、挨拶代わりとさせていただきます）学長德永光俊"つながる文具の力"で盛り上がる大樟文具天狗会平成26年7月11日（金）夕方6時30分から『第15回大樟文具天狗会』が大阪市北区にある「とも吉太融寺店」で12名の会員にて開催されました。恒例となりました西村会長のユニークな乾杯の発声でスタートから一同大爆笑、会は一気に盛り上がりました。２名の美人会員さんからは結婚自慢話と願望話、更にはイベントで企業努力をして十分な成果を上げた話や退職し今後の人生設計を語る会員等の報告がありました。別々の企業の集まりでこれほど和やかにあらゆる会話ができる会は、他にはないと思います。㈱日興商会藤縄幹事長が社用？により早退、以後は幹事長を酒の肴にまた一段と盛り上がりをみせ、終始和やかな雰囲気の中9時30分、恒例の幹事太田の閉めの挨拶で閉会いたしました。次回暮れの忘年会開催を固く約束した後、まだまだ元気な会員の多くは意気揚々とキタの繁華街に消えて行きました。幹事太田裕之（44回）ギタークラブ創部50周年記念に想うギタークラブOB会（六弦会）平成26年7月21日（月・祝）、大阪梅田阪急32番街『グランド白楽天』におきまして、ギタークラブ創部50周年記念パーティーが盛大に開催されました。大学を卒業し、30年。生まれて半世紀をも経過した。そんな私と我がギタークラブは、ほぼ同級生。卒業して数年経った時に創部25周年記念パーティーを開催し、幹事をさせていただいた。奇しくも50周年記念にも幹事をさせていたいただき、縁を感じ、また感謝いたしております。開催前には、大学にも足を運び、景色の変化に驚愕。まさにキャンパス！唯一校門近くの樟の木だけが、堂々と時代の流れを見守っていました。50周年記念パーティー当日、第3代の大先輩から現役幹部まで（年の差は約40才！）、OB・OG58名・現役7名・ご招待5名総数70名と、大盛会でした。時代は変われど、ギタークラブで仲間と共にコンサートに向け、練習し、時には笑い、怒り、励まし励まされ、涙する。その感動や想いというのは、普遍なのではないだろうか。さあ、開会。何年ぶり、何十年ぶりに同期、先輩、後輩と会い、心は現役ギタークラブ員。話もお酒も弾み、皆活き活きと楽しい歓談のひとときでした。六弦会（OB・OG会）より、現役に部旗を進呈することもできました。当日のギター演奏は感慨深いものでした！現役幹部の二重奏、さすが幹部。第44代の四重奏、現役を離れてもギターを愛する…素敵です。第20代千葉君の独奏、しびれました。第14代（自回生の時の幹部）友光さんの独奏、味わい深い音色で、色々な想いが込み上げ、涙がこぼれ落ちました。我々ギタークラブの締めはやはり学歌・逍遙歌。田中・山平両氏が先導し、塩崎先輩が踊っての大合唱。覚えているもんですねぇ。『汝（な）が悲しみに我は泣き吾（わ）が喜びに君や舞う惜みて励め我が青春（はる）を』いい詩です。最後に25年ぶりのエールを現役に向け切らせていただき、中井部長より六弦

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OB·OGNetWork会に熱いエールをいただきました。德永学長、顧問の片山先生・鈴木先生、技術指導いただいている、猪居先生、松永先生、お忙しい中ご出席いただき、誠にありがとうございました。ギタークラブが50年続けてこられたのは、ほんとうに数多くの方々に支えられてきたお陰なんだと、改めて実感いたしました。ギタークラブは、青春の証であり、帰れる場所であり、私にとって、人生のオルゴールであります。最後に、この会を開催するにあたり、共に進んだ幹事、田岡先輩、田中君、山平君、梅原君、川崎さんに感謝いたします。フレー（押忍）！フレー（押忍）！幹事〜♪フレー（押忍）！フレー（押忍）！ギター♪フレー（押忍）！フレー（押忍）！経大♪フレーフレー経大、フレフレ経大、フレフレ経大☆☆☆！！！幹事井上一仁（50回）和倉温泉に寮生が集う第5期寮友会多感な青春のひとときを、かつて江口の里にあった学生寮で寝食を共に名の同期生。うち26名と夫人4名の30名が集まった。まだ現役で頑張っている者もいるが、大方はリタイアしたので、5年前から幹事持ち回りで毎年集まり、旧交を温めている。第1回は大阪から→松山・道後→神戸・有馬→広島・宮島と開催してきて、第5回の今年は石川県七尾市の和倉温泉。平成26年10月26日（日）〜27日（月）。初日は、8名の物故者を偲びながら、49年前、寮生で企画した伊豆旅行の思い出など懐旧談から、お互いの近況報告など、深更まで盛りあがった。2日目は、バスで輪島へ足をのばし朝市、キリコ会館などを見学、秋たけなわの能登路を堪能した。同じ釜の飯を食べ、青春を共有した仲間の絆を実感し、再確認した2日間であった。来年は寮時代から50年の節目の年。お互い元気でまた会おう！と次回鳥取での再会を約し、散会した。代表世話人中西健（35回）人生友ヲ得テ最高演劇部・青春の会突然の通達が舞い込んだ。同窓会の元会長、陰下・田中両君からの依頼である。今年も演劇部青春の会を開いて呉れとのこと。お二人が本校の行事会席上で逢い即決された由。小生も、逍遥歌で「汝が喜びに我れは舞い････惜しみて励め我が青春を」と血潮を滾ら歳の春の、Overrunの報いと、85歳半ばの峠坂に鞭打ち、よっしゃと引き受けたものの、同志召集と会場選択に無茶苦茶肩を懲らした末やっと菊月9月5日（金）に、大阪駅前の日本料期から18期までの同志十余名が集まり、盛会だった。入学当時は、教授と生徒が一体となって、黒正イズムに徹し、よく学びよく遊んだこと。特に紅一点のＫ女史の参加は華があり期に在学され演劇部のボスであった縁で、神戸女学院を出て、本学に入学後、持前のソプラノで本校文化祭の花形でもあった。我らの大半は、昔の美男の面影何処にも無く辛うじてＫ女史の存在が経大演劇部・青春の会の面目を保ってくれた。「名残とは握手した手の暖かさ」ゆきをさて、次回は何時、何処で、誰も分からない。余韻を後日に託し、今回は記念撮影を止した。中村行男（16回）14回生米寿のつどい14期生同期会平成26年11月11日（火）、阪急17番街料亭「有馬」へ20名集まりました。今年米寿・来年米寿の私ども、くるま椅子、娘さん・孫さんのつきそいで参加された方もありましたが、元気な"おばあさん集団"です。水泳を続けている人、リハビリで脳梗塞を乗り切った人、いろいろ人生経験を聞いて、みな元気をもらいました。今まで毎年続けてきた同窓会も今回で最後にしました。これからは集まりやすい小グループで誘い合ってオシャベリしようと、楽しいつどいはアッという間におわりました。柴田悦子（14回）第3回大阪経済大学「塩谷の会」開催塩谷の会平成26年8月30日（土）、岡山県のせとうち児島ホテルにて「塩谷の会」が開催されました。当日は天候にも恵まれ、眼下に広がる瀬戸内海と島々を結ぶ瀬戸大橋のロケーションは、まるで絵はがきを見ているようで、絶景でした。参加者9名、午後6時より懇親会がスタート。「はじめまして」の方も、45年ぶりに会う方も同じ釜の飯を食った仲。青春時代へと瞬く間にフラッシュバックしました。和気藹々のうちに、3時間もあっという間に過ぎ「次回もまた、一人として欠けることなく会いましょう！！」を合い言葉に散会しました。ごきげんよう、サヨウナラ平成26年9月吉日塩谷の会：昭和39年から47年にかけて、塩谷下宿にて青春時代を過ごした同窓仲間の集いです。宮崎望（37回）45

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OB·OGネットワーク（順不同）35～38回卒がこんぴら温泉に集う珠算研究部OB会今回のOB会は前年からの予定どおりに香川県のこんぴら温泉にて、平成26年10月17日（金）～18日（土）、11名様の参加で開催されました。秋晴れに恵まれた当日、香川県の琴時に集合、1日目の観光として有名な『こんぴらさん』へ参拝に出かけました。ところが目当ての本名で、残り5名は途中でリタイアしてしまい、メンバーの高齢化をしみじみ感じた次第です。そして夜は待望の懇親会を催し、時間いっぱいに近況報告をし、最後に懐かしい学歌、逍遥歌を斉唱、その後部屋にて二次会で夜遅くまで盛り上がりました。次回の計画も神戸に決まり、担当の古谷君が引き受けてくれることになりました。翌日は旅館を出発後、朝一番で弘法大師ゆかりの善通寺の参拝に向かいました。その後、いよいよハイライトの『うどん店めぐり』に出かけ、有名な『山越うどん』で『讃岐うどん』を賞味、満足感に浸っていました。なかでも参加者が驚いたのは広い駐車場に県外ナンバーの乗用車が溢れていて、10時頃から店の入口に長い行列ができていたことです。その後、解散となり、全員無事に帰宅となりました。森啓一（37回）大阪経済大学合氣道部「氣流会」総会氣流会（合氣道部OB・OG会）平成26年11月3日（月・祝）、本学70周年記念館において平成26年度「氣流会」総会をOB・OG20名、現役19名の参加を得て開催しました。創始者古46谷最高顧問の挨拶の後、議題に入る。52期事業報告、会計報告、会計監査、53期事業計画は異議なく承認された。総会終了後、恒例の「現役・氣流会会員合同稽古会」が古谷師範の指導のもと今年も和気藹々と行われました。また、稽古終了後には「現役・氣流会合同の懇親会」を上新庄駅前の「贔屓屋」にて開催し、本当に楽しい一時を過ごし、最後に学歌、逍遥歌、合氣道部歌を斉唱し、来年の再会を約束し散会としました。会長浜田修造（34回）今年も32期生集う32期生会平成26年11月3日（月・祝）午後3時、D館7階71教室。大樟会総会・懇親会期生会が集う。平成21年に第1回の32期生会が開かれ、今年で6回目の同期会となる。これまでに82名の懐かしい顔が集まった（延人数は145名）。この6年の参加者から鬼籍に入った君、闘病生活に入った君、介護で参加できないとの連絡をくれた君。『概ね古希の集い』の今年、参加者は21名であった。卒業して以来の懐かしい顔を合わすことを旨とする同期会を、多くの友と集うことで盛り上げようとし過ぎたことを反省する。同期の友を一人連れて来ようと強く呼びかけ過ぎたため「友を誘えないから今年は欠席」と連絡があった君、そういう思いをさせ、申し訳ないことであった。大学校内の学び舎に学生時代の原風景は残っていない。建物はオシャレになり、教室、ゼミ教室と全てがモダンになり、豊かな学生生活を送る現役学生。女子学生も増えカラフル感が増す校庭。B館と体育館前の広場にあった大樟までモダンになり、シンボルとして健在ですが、イケメンになったと感じるのは、私だけだろうか。時は流れ、我らが集いし、歴史は残る。WHOによると日本人の健康寿命は、全体で75歳（男72.3歳・女77.7歳）とのこと、お互いに身体には気をつけて健康寿命を延ばし、人生に悔いなくラストランを楽しみましょう。平成27年の32期生会を盛り上げ、二年後に卒業50年を迎える32期生会、プランを考え、共に楽しむ会にしましょう。笠井興二（32回）現役学生の活動報告で若き日の活力が蘇る簿記会計研究部OB会平成26年11月22日（土）本校E館にて簿記会計研究部の第44期〜49期（昭和53年〜58年卒業）OB会を開催しました。当日はOB30名、現役学生5名が参加しました。元顧問の渡辺大輔先生は残念ながら所用によりご欠席でしたが、次回の開催には是非ご出席いただきたいと思っています。会は代表幹事の浦辺則一さん（47期）の挨拶から始まり、近況報告では定年を目前とした心境や仕事・家庭の話などが語られていました。現役学生からは、研究発表会の開催状況や部活動の様子などが詳しく報告されました。活動状況を聞いているうちに、自分たちの時代の苦労話や楽しい話を思い出し、いつの間にか参加者の顔に若い活力が蘇っているようにみえました。最後は母校の学歌と逍遙歌を合唱し、次回の再会を誓い合って散会といたしました。幹事野田満（48回）

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OB·OGNetWork来年の古稀の再会を約束する！人生を楽しく！とりあえず34期会今年は佐藤武司会長が本学理事長に就任し、新たに田村正晴大樟会会長を迎え、D館8階での大樟会懇親会の後、午後3時15分より場所を移し、50周年記念館（E館）7階において、「とりあえず34期会」を開催しました。4回目となる今年も23名が元気に集い、世話人の廣野義直氏の司会で始まり、藤田ゼミ藤本二郎氏の声高らかな乾杯の音頭でスタート。例年の如く、すでに大樟会懇親会で出来上がった者、とりあえず会のみに出席した同期生、そんななか数名が初めての参加者であった。酒がはいっていたこともあり、リラックスした中で昔話に花が咲き、笑い声に満ちた会場となりました。大学に来ると50年前の学生時代に戻った気持で、恒例の出席者全員の近況報告を交えた自己紹介が始まりました。氏名とクラブおよびゼミ等の所属発表の後、これまでの人生で経験した色々な出来事や、近況が語られました。その中でも癌と闘病中にも拘らず、昨年同様に奥様と共に車椅子で出席してくれた同期生若林正彦氏の前向きに生きようとする強靭な精神力とその気迫に、参加者一同が感動し、話に耳を傾けました。年齢的にも参加者が何らかの怪我や病気の経験があり、現在まで何とか元気に過ごしてきた兵（つわもの）だけに話の内容がリアルに伝わり、流石に体験談は説得力があり、話に引き込まれ、真剣に聞き入っていた。これからの人生に参考になる内容が豊富で、たいへん興味深く聴かせていただきました。昨年出席して楽しかったので今年は友人を誘って来てくれた方、そして当日、先約があり欠席した長谷川篁博氏からは会費と寄付金および著書「タワー式発電の奇跡」を参加者に贈呈していただきました。誌面をお借りしお礼申し上げます。3時間の同期会は、あっという間に過ぎ、最後には恒例の学歌および逍遙歌を全員で声高らかに大声で歌い、「フレー、フレー経大、フレー、フレー経大」のエールでお開きとなりました。今年も経大の「繋がる力」の心を感じつつ、三々五々、尽きぬ名残を惜しみつつ来年も健康に留意し元気な姿でお会いできることを約束して、それぞれの家路につきました。34期の皆さん、いよいよ古稀を迎えます。「澱江」の記事を見た同期生諸氏。来年は「気力を胸にお会いしましょう！」。是非とも参加してください、楽しみに待っております。人生に乾杯！押忍！世話人代表與世田正雄（34回）大樟会総会後に秋の同期会を開催29回同期生会平成26年11月3日（月・祝）、竣工一新された大学D館での盛大な大樟会総会の後、恒例の29期生の同期会を居酒屋「ひでよし」で催しました。会場では大学の理事長に就任された佐藤氏も同席した30期生と合同の和気藹々とした雰囲気のなか、国西氏の音頭よろしくにぎやかな歓談の場となり、総会懇親会ですでにメートルの上がった真っ赤な顔での談笑が続きました。今年は参加が17名とやや少なかったのですが、鳥取の米子へ引っ込んだ三原氏や姫路の永田氏の欠席で少し寂しい感じでした。とくに永田氏の逍遥歌の演舞が見られないのは29期生として残念、来年はぜひとも参加を要請いたします。しかし、大病を克服した者、ますます元気者の角谷氏、黙って一杯の中田氏と、とにかく来年も健康で健やかな顔を見せ合いましょう。大門壽郎（29回）平成26年度ハンドボール部OB会総会開催ハンドボール部OB会平成26年12月7日（日）、ハンドボール部OB会総会が本学で開催されました。出席者は全国から14名集まり三部構成で行いました。第一部OB総会、現役の活動報告、会計報告、会則の一部変更、役員改選、同窓会から竹中OBが出席され、議案内容について問題点を指摘されました。その中の会費については今の年2回の自動引き落しを継続しながら、今後、会員会費徴収の検討をするとしました。役員改選はOB会会長児山圭一氏が退任し、（株）兼広社長橋本廣氏が新OB会長に推薦され承認されました。第二部は体育館で現役を交えOB交流試合。試合に出た方は全力で走り、汗を一杯かき、それはそれは酷なものでしたが、試合はケガ人もなく皆笑顔で無事終了しました。第三部はE館7階で監督、コーチ、OB、現役全員による懇親会。新OB会長橋本氏より挨拶をいただき、宴が催されました。来年はインカレ出場連続30年、通算50回目という節目に当たります。念願成就の暁には盛大なる祝宴を挙げたいと思います。また現監督の福井氏も来年を最後に勇退されます。その節には連絡をいたしますので会員の多くの方々のご出席をお願いいたします。事務局長森友通夫（38回）47

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お世話になった先生からのお元気なお便り（敬称略・順不同）山本恒人ゼミ（中国経済論）・ＯＢの皆さま山本恒人私は昨年3月特任教授を辞し、都合33年間の教員生活に終止符を打ちました。院生も含めて513人のゼミ生と喜怒哀楽を共にさせてもらい、充実した経大人生でした。研究者に定年はありませんが、ゼミ第一期生が五十代ですから、私も随分歳を取りました。健康面では、酒・煙草はやめず、多方面に弱点を抱えてもいますが、なお元気です。日中関係が最悪のときにあり、微力ながら、何としても日中友好運動に携わってまいります。あとは、初孫のお相手。歳を取っての孫はたまらなく可愛いですね。皆さんのご活躍とご多幸を祈り科学技術とわれわれ人間存在大槻裕子続けております。tunesan@future.ocn.ne.jp宛に近況などお知らせくださればとても有難いです。今更のお話。さて昨年3月末のこと、ワイマル・ゲーテ協会の年会費を郵便為替で送金したところ、4月末にその郵便為替が「期限内に換金されなかったので返却する」というおかしな文書とともに返ってきた。私は何のことか分からないまま、その件は放置していたのであるが、9月初めに今度は年会費の督促状が届いた。私はことの一切の説明とともにもう一度郵便為替を送る旨のメールをワイマルの学会事務所に送った。折り返し同日中に返事のメールが届いたが、そこには先方のお詫びの言葉が添えられ、私の郵便為替が届き次第メールするとあった。それから10日ほど経て再びワイマルからメールがあり、私の為替が無事届き、すでに換金したとのことであった。一件落着。最新刊を出版しました渡邉泉卒業生の皆さん変わりはありませんか。早いもので特任教授を退任し、1年半が過ぎました。昨年7月にこれまでの研究の総決算として『会計の歴史探訪－過去から未来へのメッセージ－』（同文舘出版）と題する1書を出版しました。幸い会計の関連雑誌4社が書評に、8月17日（日）の日本経済新聞の読書欄の短評でも取り上げてくれました。紀伊国屋かジュンク堂で見てください。現在は、週に1度、関西学院大学の大学院で「会計史特殊講義」を担当し、日本会計研究学会の監事と日本会計史学会の理事として、同僚や若い研究者諸君と大いに議論を交わしています。科研費をいただいている関係もあり、老害にならない範囲で、今しばらく研究に関わっていくつもりです。私は遠いワイマルとの通信がこのように簡単にできたことに少々驚きの念をもったことは事実である。しかしここで同時に私は科学技術のもつリスクというもう一つの裏面に思いをいたさざるをえない。現今の気候変動のすさまじさはもとより、ご存じ福島の原発事故に見出される放射能汚染のリスクはその代表格である。いずれにせよ、世の中全般を支配する不確定性とともに創られたものとしてのわれわれ人間存在の不完全さ―科学技術の発展が未だ不充分とはいえ―が科学技術の進歩とは逆にむしろ徐々に露呈されてゆくという皮肉な現象に今更に心とらわれざるをえないのである。今と同じではない山本晴義もう30年ほど前、本学の先生、卒業生、学生と市民が集ってつくった文化サークル『大阪哲学学校』の昨年8月例会に、足をひきづって、相変らず出席しています。「私たちの戦中・戦後」がテーマでした。私が1925年の大阪生まれで、満州事変―日中戦争―太平洋戦争、言わば“わだつみの世代”だったが、歴史的意識が稀薄のため、むしろ急激な重工業化―大都市化・マスコミ・デパート・トーキーの繁乱の中で、ずるずると流され、そして突如「学徒動員」、⅓の学友が死んでいった思い出話しをしたとき、「今と同じだ」の声が沢山出ました。今、人類の平和の多様なネットワークが高まっている中、89歳の老人は大きな元気を得ました。48

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片付ける永野仁昨年2月から6月まで、身辺の片付けに集中しました。まずは書籍です。これは散乱していたので厄介でした。どうにか種類別に書架に収めました。古文書あれこれ久保田諄最近は古文書の解読に凝っています。主に江戸時代のものですが、公文書は楷書で比較的に読み易いものの、最も手こずるのは「女房奉書」。宮中女官が天皇の命令で書く手紙で、文面は流麗そのものながら解読は至難の技。また、個人の日記も気ままなくずし字が多くて読むのに閉口します。然し、時々明らかに後世の人つぎは諸種の書類です。つよい決断力が必要でした。今後必要と思われるもの少量を除いて、すっかり処分しました。ダンボール箱5つ、ひもでくくった物15個、大きな買い物袋16個と、たいへんな量でした。その前に「週刊金曜日」を処分しています。最後は15年間の写真です。フイルムは全部捨てることにし、焼き写真1年分はアルバム一冊、120枚にへらすという原則でに事の真相を訴える内容が隠されていて、その場合は明瞭な文字で書いているので振い立って読み進むと、これまで史実と云い伝えられてきた事に別の側面のあることがわかり、興味津々となります。これが古文書解読の妙味でしょうか。現在は江戸時代の京都の庶民の食生活について、神社の神饌記録を手がかりに仲間と共に調査中。整理しました。若い頃から何でも残しておく癖があったのですが、今回は、今後見る可能性がないものは捨てるに徹しました。これでようやく身辺に隙間ができました。人生の終末？松原和男５年前に不安定狭心症のため冠動脈にステントを入れてもらいましたが、その後は比較的健康に過ごすことができ、この数年は、経済変動だけでなく、地球温暖化、原発など、自然科学の分野にも関心を広げてきました。ところが、最近、胸苦しさを感じましたので、検査してもらったところ、再び、冠動脈の狭窄（狭心症）があり、２つ目のステントを入れられましたが、更にもう１か所、狭窄の疑いがあるといわれています。ご承知のように、親しかった内海先生が２０１３年９月に逝去されたこともあって、今度は自分の番かと、人生の終末が近いことを感ずるこの頃です。ゼミOB・OGの皆さんも、くれぐれも、ご自愛ください。米国名門大学の卒業式に参列して中川操米国ワシントン州スポーケン市は、私の住居のある西宮市の姉妹都市ですがビングクロスビーの母校としても知名度の高い名門ゴンザガ大学があります。昨年5月に孫娘のゴンザガ大学卒業式に参列してきました。大会場を埋めつくした家族の人数に圧倒され、校舎校庭のいたる所にクロスビーの記念の品が飾られていました。今回一番ショックだったのは卒業生名簿に孫をふくめて日本人が2名だったことです。式の最後に思い思いの飾りをつけた帽子を投げる儀式は昔と変っていませんでした。80歳を過ぎてアメリカで孫の大学卒業式に参列できた幸運を家族に感謝しています。ゴンザガ大学は法学部が知名度の高い1887年創立のアメリカ西部の名門大学です。自戒と破戒？上島武2007年から14年にかけて母校・諏訪清陵高校同窓会の関西支部長、また本部副会長というものをやりました。たいして役には立ちませんでしたが、この間、心がけていたことがあります。一つは、母校の発展を願って同窓会がいろいろ協力するのは当然ですが、学校の方針、とりわけ教育に関する事柄には絶対に口を出さないこと。もう一つは、政治に関わる問題を避けるということです。同窓会はあくまで懇親の場であって、呉越同舟・和気藹藹というのが原則だからです。これらの役を退いた今も私がやっているのは、以前からの「島本町九条の会」代表。同窓会誌に政治関係のことを出すのは自己矛盾ではないですか？いいえ、これは私の近況報告でした。諦めない稲場紀久雄水循環基本法が昨年３月に成立し、公布・施行された。７年越しの懸案だった。原案からは大幅に後退したが、法制史上初めての基本法である。私がこの基本法の実現を決意した直接の発端は、「環境問題（１）―生命の水―」という科目を担当したことだった。私は、現行水制度が胸を張って学生諸君に説明できないことを痛感させられた。このため、２年ほど後に講義内容を「環境文化論」に変えてしまった。その代わり、私は同志と共に水制度改革運動を開始した。その第一着手が基本法の制定だった。この実現に７年という貴重な時間を消費した。大切な同志も何名か幽冥異にした。しかし、これからが本番である。７年間諦めなかった。これからも決して諦めない。49

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ゼミ短信現役ゼミ生たちの活躍先生方からのメッセージ（敬称略・順不同）德永光俊９月のことになりますが・・・戸部真澄田舎の実家から、栗が届く。裏庭の栗畑で採れた、つややかな皮付きのものである。栗の皮をむく作業は、心愉しいものである。最初は、勝手がわからず右往左往するが、そのうち、表皮の曲面の構造（というほど大げさなものではないが）がわかってきて、どこに刃を入れれば一発で皮がむけるかがわかってくる。そうなると、ひたすら無言で、ほとんど、皮をむくこと自体が目的であるかのように、栗をむき続けることになる。しかし、栗、多すぎませんか…お母さん。最後の方は、意識も朦朧、みるみる雑になってくる。もはや、構造も何もあったものではない。あぁ、なんと！これは私の論文執筆時の悪い癖と同じではないか…、と気づく秋の夜長よ。（経済学部准教授）德永ゼミの皆さん、お元気ですか。２、３、４年生のゼミを続けています。卒業生は25期、500名を越えました。最近読んでるテキストは、本川達雄『生物学的文明論』（新潮新書）、広井良典『人口減少社会という希望』（朝日新聞出版）です。卒論のテーマは、「職人に聞く日本文化の神髄と地域経済の振興」で、地元の職人さんをフィールドワークしながら、悪戦苦闘しています。２年生は城崎温泉へ。３年生はゼミⅠグランプリへの出場と近場での就職合宿。４年生は就活、卒論、そして学園祭での「德ちゃん亭」の出店と卒業旅行です。2014年11月３日のホームカミングデーには11名の卒業生が来てくれました。卒業してからも大学で、どこかで、お会いしましょう。（学長）小松ゼミ近況小松亜紀子本学に着任して５年目に入り、この春にゼミの二期生を送り出しました。SNSで拝見するゼミ卒業生の皆さんは元気でやっていらっしゃるようですが、ほかの皆さんもお元気でお過ごしでしょうか。今年度は人間科学部が３コース制（メディア社会コース、現代心理学コース、スポーツ健康コース）になってから、初のゼミ生を迎えました。本ゼミはメディア社会コースに属しており、これまでより消費者行動に焦点を絞って「消費における『センス』とは何か」をテーマとし、春学期はグループ毎にディスカッションや文献調査をしてきました。秋学期は個人研究に入り、消費選択の理由に関する調査仮説の構築、仮説を検証するための調査などを実施する予定です。（人間科学部准教授）新・吉田ゼミスタートしました吉田弘子一年間の国内留学を終えて昨年9月より帰学しました。留学中は、研究に専念でき充実した日々を過ごしました。ドクターコースの学生たちに交じって受講したクラスでは、学生時代に味わったプレゼンでのドキドキ感を久し振りに思い出し、教員としてよい糧となりました。2014年秋から新たな吉田弘子ゼミがスタートし、さらにバージョンアップした授業を展開する予定です。大経大キャンパスは皆さんが卒業してから劇的に変わりましたので、一度研究室を訪れてくださいね。（経済学部教授）「ありがとうございました」市川緑卒業生の皆さん、お元気ですか？私は2015年3月末に退職することになりました（定年じゃないですよ）。12年間お世話になりました。大学では若い人たちと授業やゼミで交流することができ、こころが若返る楽しい体験でした。ゼミ合宿で、「先生、一緒にサッカーしよう！」と言われて、私は何歳だと思われているのだろうと戸惑ったのも懐かしい思い出です。また教員になっていなければ知り合いにはなれなかったであろう他分野の研究者の方や、ヒアリング調査に協力してくださった方とお話しできたことも人生の醍醐味というか、貴重な経験となりました。退職後は、心理臨床とともに、器を扱う小さなお店ができたらいいなあと考えております。何か面白そうなことがあれば、気軽にお声かけいただければ嬉しいです。（人間科学部教授）間野ゼミOBのみなさんへ間野嘉津子その後も元気に活躍しておられることと思います。私は今年、最後のゼミ生たちを送ることになりました。これまでゼミを通じて若い皆さんと接してこられたことを幸せに感じています。私がゼミを持ったきっかけは、かつて「ヨーロッパ文化論」を担当していた時のことでした。その授業を聴講していた学生さんたちから、是非ゼミを開きましょうという誘いを受けて始まったのです。それ以来今日まで、締切日を目前にして卒論を仕上げようと懸命になっている皆さんと、議論しながら、実に楽しい時間を過ごしてきました。世の中が不景気な時期には、就職の困難さを我がことのように身に染みて感じましたし、また、好景気に向かうこの頃では、明るい表情の皆さんに接してとてもハッピーな気分になります。思えば私の人生は、常に経大とゼミと共にあったといえるでしょう。これからの私は「精神的に優雅な人生」を送りたく思い、まずは観劇や読書を楽しみたいと思っています。あと一つ、新しくスポーツ（フラメンコはあきらめて、ゴルフなど）に挑戦してみたいと思っているところです。ではみなさんお幸せに。（経済学部教授）50

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不可解六浦英文本は、図書館や書店のように、本棚に立てて並べる方が使いやすい。しかし、わがあばら家にはその余裕がなく、床にまで本を積まざるを得ない。目指す本が層の下部にある場合には悲惨なことが起こる。まず、本を移動するためのスペースを確保して、目指す本の上部にある本をその空きスペースへ移動する。そうして目的の本を「掘り出す」。シーシュポスのように、何度も同じことを繰り返しているうちに、なぜその本が必要だったのかもう忘れている。あきらめて作業を中断する際に、うっかり本の山に肩がぶつかると、本が雪崩のように倒れてくる。積み直し作業開始。これだけ悪戦苦闘しているのだから、少しは痩せてもよさそうなのに･････。（経営学部教授）自分のために学び続けましょう古宮昇授業やゼミで難しいことにいろいろ出会いました。もっと自分の教育力を伸ばしたいと願って、学びに行ったり自分なりに工夫したりしています。みなさんも、自分の成長のために、学びやトレーニングの機会を求めて貪欲に前向きに取り組んでほしいな、と思います。それは例えば、資格取得、専門知識を高めること、コミュニケーションや人間関係のトレーニング、各種の自己啓発など、さまざまなものがあるでしょう。世の中には、あなたが知ったり身につけたりするとすごく役立つしトクする知識や能力が、たくさんたくさんあります。自分自身への投資がもっともリターンの多い投資です。自ら積極的に学び成長して、充実した幸せな人生にしてほしいな、と願っています。（人間科学部教授）ビジネスと知財戦略眞島宏明私は知的財産法という分野を専門にしていまグローバル化の時代す。「知的財産」は、著作権・特許権・商標権などに関する総称です。略して「知財」ということもあります。こういうと、なんだか難しい話に聞こえますが、私たちの日常生活は知財に囲まれています。携帯電話やパソコン、自動車から電子レンジにも特許がいっぱいですし、映画、アニメ、ゲームプログラム、小説は著作権で守られています。また、コンビニに並ぶ商品の多くは登録商標です。同窓生の皆さんの多くはビジネス社会で活躍していると思います。知的財産は、これからの経営戦略の中心といわれていますので、皆さんにも知的財産に興味を持っていただけるとうれしいです。（経営学部准教授）張バーバラ２０１２年に大経大に着任し、今年が３年目になりました。今年に新たに１７名の２年生を受け入れ、ゼミをスタート。テーマは日本企業の国際経営です。企業の国際戦略や海外における経営活動について学びます。グローバル化の時代に、経営活動の国際化は避けては通れないものです。そのため、国際経営学理論の勉強だけでなく、語学力を高めることも、異文化を理解することも、とっても重要です。また、実際に海外を旅し、様々な国の人たちとの出会いも良い勉強になります。このような異文化を理解できグローバル化の時代に生きていけるようなゼミ生を育てていきたいと思います。（経営学部専任講師）はじめまして橋谷聡一こんにちは。経営学部ビジネス法学科の橋谷聡一と申します。2012年から本学に奉職し、不動産法や民法等の講義を担当させていただいています。幸運にも初年度からゼミを担当させていただき、既に2012年度、2013年度と卒業生を送り出していますが、学生諸君との交流を通じ、彼・彼女らの成長に驚きと喜びを感じる機会が多くあります。また、社会に出て一層成長した卒業生と会えることは、教員にとって、最大の幸福です。元気なときは、顔を見せに、そうでもないときも、「ぼやき」に来てください。ということで、ホームカミングデーで皆さんとお会いできることを楽しみにしております！（経営学部准教授）働くことの悩み土居充夫ゼミの卒業生がときどき私の研究室を訪ねてくれます。近況を聞いて、素直に喜んだり感心したりする場合は、心穏やかなひと時を過ごせます。でも他方で、「ウーン」と考えさせられるケースもあります。例えば、ストレスの多い職場の人間関係、異常に長い残業時間、経営者の冷たい態度などに悩み、退職した卒業生に、どんな言葉をかけたらいいのでしょうか？幸い、私の知る限り、彼らは再就職したり、あるいは専門学校に通い次のステップへの準備を整えているようです。この文章を読んで「自分のことだ」と分かった卒業生の皆さん、そして同じ悩みを抱えるすべての皆さんのご多幸をお祈りしてやみません。（人間科学部長）ゼミ再び始動鵜飼奈津子２０１３年３月末、ゼミ１期生から、卒業して同窓生になったばかりの皆さんが多数集まって、４月からロンドンに発つ私のための壮行会を開いてくれました（写真）。久しぶりに顔を合わせた同窓生たちや、初めて顔を合わせるゼミの先輩・後輩の交流の機会となった楽しいひと時でした。おかげさまで、４月からの１年間、無事に元気でロンドンでの研修に励むことができ、２０１４年３月末、再び日本に戻ってきました。そして、４月からは新たにゼミ４期生を迎え、これまで３期にわたる「鵜飼ゼミの伝統」通り、和気藹藹と楽しく、そして厳しく、充実したゼミの時間を過ごしています。（人間科学部教授）本学の層の厚みを思い知る浅田拓史管理会計を学ぶわがゼミでは企業経営の「現場」を大事にしてきました。これまで株式会社ジャパネットたかた、岩谷産業株式会社など本学OBが経営されている企業を中心にインタビューなど実地調査を行ってきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。加えて、先日、大阪の地場産業である「泉州タオル」について学ぶべくツバメタオル株式会社に伺いました。重里豊彦社長の大変示唆に富んだご講演に私を含めゼミ生たちも感動し、その後のゼミコンパもこの話題で大変盛り上がりました。何より、社長のご尊父である重里実会長が本学OBであることに驚き、また本学の層の厚みを思い知った一日でした。卒業したゼミ生諸君の幸せを静かに願っています（。情報社会学部准教授）51

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本部だより卒業生数9万人を超える「就職の経大」の復活を目指す勝田理事長退任、新理事長に佐藤大樟会会長就任へ平成26年度理事会平成26年度大樟会理事会が、平成26年5月24日（土）午後1時30分から本学Ｄ館43号教室で開催された。理事総数190名のう名、委任状提出者数は57名であった。開会にあたり、前年度中の大樟会関係の物故者に対して出席者全員で黙祷を捧げた。続いて、田村正晴大樟会副会長が「本年、本学の卒業生数は9万人を超えました。あと6年で10万人を超えることになります。これは全国の大学で60番目位の規模であり、決して小規模な大学ではありません。そういった意味で、本年の理事会は一つの節目であり、建設的なご意見をお願いしたい」と開会の挨拶を行った。今回、ご来賓のご都合により、まず德永学長の挨拶から始まった。德永学長は「学生からの挨拶が最近増えています。これはたいへんよいことだと思います。今年の新入生に本学の印象を聞いてみたところ、たいへんよい反応が返ってきています。今年名で、過去15年間で最高でした。この数は～60番目で中規模大学に属します。一方、就職は昨％で、本年はこれを90％まで上げ、『就職の経大』の復活を目指したいと思います。教育は中身を問われます。今が大きな転換点ですが方法は未確定です。それを決めるのは若者です。そういう教育を本学は進めていかなければならない。元をたどれば自由と融和、道理は天地を貫くという理念に響きあうものです。80年の伝統は間違っていないと思います」と述べた。続いて、勝田泰久理事長が「私は、80周年記念事業では大きな責任を持ち、7年弱におよぶキャンパス整備事業は成功したと思っております。在任期間を通しての私の総括と課題を要約しますと、①全国の大学の約5割が定員不足のなか、教育・授業の改革を政府は求めています。今後、大学の重要事項の決定では学長、副学長に諮られることが多くなり、理事会、教授会の協力は欠かせません②大学のグローバル化として国際交流センター（仮称）づくりが重要です。高校生がこの大学に行けば外国とのつながりができるという環境が必要です③少子化のなか、18歳人口だけへの依存では大学運営はやっていけなくなる。そこで社会人の“学びなおし”という時代になってくるでしょう。幸い本学は北浜キャンパスがありますから、この活用が大切です④進路支援センター強化策としてこの2年間でキャリア名採用しました。また、語学に強い学生を世に出す必要があります。英語で授業ができる先生を増員し、学生には将来アジア圏の学生として育ってほしい⑤一方、経済団体、地域社会とのつながりも深めること⑥私が在任中最も感じたことは、本学の財政基盤が安定していることです。私大の経営は自立自尊でいかなければなりません。景況の回復で財務状況はほぼ問題ない⑦私立大学は学生の授業料が収入の要で、本学は入学者の確保ができているので有り難いことですが、収入の多角化を図るため卒業生からの寄付の常態化を図ることが必要です。以上は第4期中期計画に織り込まれており、この実行に向け全学あげて取り組んでほしい。私は、本年7月、2期6年を終えるのを機に、理事長として一つの区切りをつけるために退任します。今後は理事として請われるならば汗を流したい。これまで全国各支部の皆さんにはいつも温かく迎えていただいたことにお礼を申し上げます」と理事長退任に伴う謝意を述べた。次いで、佐藤武司大樟会会長が理事長候補に推薦されたことを受け、「まさに青天の霹靂と申しますか、驚いております。固く固辞したのですが、6年にわたる同窓会会長の経験と現スタッフで運営をと要請され、『同窓生が理事長を務める』という慣行もあり推薦されました。大学運営には全くの素人ですが、大学を良くしたいという思い入れは人一倍あります」と、正式に選任されれば受諾する決意を述べた。正式には7月15日の学校法人の理事会で決まるが、後任の大樟会会長には田村副会長を指名した。この後、理事会議事に入り、議長に廣野義直常務理事、副議長に内田敏雄常務理事を選出、議案審議に入った。第1号議案「平成25年度事業報告及び収支計算書の承認を求める件」では、総務部、広報部、組織部から事業報告、財務部52

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本部だよりから収支報告、監事から監査報告が行われた。特に組織部からは支部総会が43回、部会、団体、同期会、クラブＯＢ会が46回開催され、再興支部として大阪市支部（7月7日）、三重支部（10月20日）の総会が開かれ、11支部長、1団体の会長の交代があったことが報告された。また、収支計算書では、大学院同窓会が大樟会に統合されたため、入会金400万円の収入があり、次期繰越収支差額は1,456万円になったとの報告があった。第2号議案「平成26年度事業計画（案）及び収支予算（案）の承認を求める件」では、総務部、広報部、組織部から事業計画（案）が報告された。財務部から提出された収支予算（案）では、中村敏啓理事から会費収入の内容についての質問があり、在学生の人数を開示することで了承を得る。さらに、次期繰越収支差額2,156万円のうち1,500万円の特別基金組入の是非について動議が出されたが、採決の結果、否決された。中村理事からは「スポーツ・学術振興基金が5,000万円あるが、活用を検討してほしい」との要望があった。第3号議案「本部役員改選の件」では、国西良昌次期役員選考委員会委員長より、本部役員の3年目毎の改選期に当たり、選考委員会における新役員25名（常務理事22名、監事3名）決定に至る経緯について報告があった。これを受け、常務理事の齋貞文氏、平田義行氏、福地利仁氏、大谷忠久氏らが退任、新たに6名の常務理事の紹介があった。以上、3議案については、それぞれ承認された。理事会終了後、Ｄ館8階の80周年記念ホールで懇親会が開催され、午後5時、盛況裡に終了した。大学の核となって存在感を示す平成26年度全国支部長会議を開く方として今後は大学の核となっての存在感を出さねばなりません。是非皆さんのお知恵を借りたい」と述べた。新支部長として富山、三重、北摂、箕面・豊能、伊丹、東播磨、高知および大学院大樟会、日立大樟会の会長が紹介された。以下、各支部からの意見、提案など。三重支部…総会の案内に活用するため三重県出身の在校生の名簿がほしい税理士大樟会…会報を持参したので、ご一読いただきたい鳥取支部…現在、休眠中だが、本部の協力で年内に総会を開き平成26年度全国支部長会議が平成26年5月24日（土）午前11時からＪ館第一会議室において、理事会にさきがけて開催された。全国支部長会議は、全国50支部と6部会・2団体の支部長、会長で構成されており、日常の活動や近況報告をするなかで本部、支部、部会・団体の運営に役立てることを目的としており、議案審議や議決などは行わない。今回は45支部と6部会・1団体が出席した。特に今回は全支部からの報告は限られた時間内ではできず、新支部長の自己紹介や提案、意見のある支部長の発言に絞った。佐藤武司大樟会会長は冒頭の挨拶で「80周年が終わり、摂津グランドも整備され、最近は弓道部、陸上競技部などの運動部の躍進が続いています。反面、少子化の時代、同窓会としても大学とどう関わっていくか、が問われています。同窓会のありたい堺支部…支部内で同期会を考えている。秋の駅伝では三重支部の方に応援の幟をたくさん用意してほしい社労士大樟会…全国の社労士を紹介してほしい香川支部…同窓会のホームページの掲示板が全く利用されていない奈良支部…交通の発達で支部の拡充を考える。外国在住の方に「澱江」など送ってあげてほしい熊本支部…近隣支部との交流を深めたい北九州支部…大分支部を再興する予定和歌山支部…クラブＯＢ会など支部内で行う行事は事前に教えてほしい53

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本部だより平成25年度収支決算書自平成25年４月１日至平成26年3月31日（単位：円）収入の部支出の部科目決算額予算額科目決算額予算額前期繰越金11,832,55411,832,554総会費2,865,8153,000,000会費収入57,850,00057,500,000役員会費1,016,8901,000,000総会収入543,0001,000,000支部費10,692,40311,000,000利息収入646,944800,000事務費1,115,7491,000,000澱江収入962,0001,000,000人件費6,387,1507,800,000広告料収入1,312,5001,000,000旅費交通費2,633,3802,200,000入会金収入4,000,0000広報活動費9,633,68310,000,000雑収入31,2000名簿調査費325,907300,000学対費11,692,62312,000,000諸会助成費1,314,5291,300,000慶弔費232,825500,00080周年記念事業費14,700,00015,000,000予備費02,000,000次期繰越金14,567,2446,032,554合計77,178,19873,132,554合計77,178,19873,132,554平成26年度収支予算書自平成26年４月１日至平成27年3月31日（単位：円）収入の部支出の部科目予算額摘要科目予算額摘要前期繰越金14,567,244総会費3,000,000会費収入58,000,000役員会費1,000,000理事会・常務理事会・各部会総会収入1,000,000支部費12,000,000運営費・支部総会援助利息収入800,000事務費1,000,000澱江収入1,000,000人件費8,000,000事務局人件費広告料収入1,300,000旅費交通費3,000,000広報活動費10,000,000名簿調査費300,000学対費13,000,000大学祭・クラブ活動援助他諸会助成費1,300,000諸会援助慶弔費500,000予備費2,000,000次期繰越金21,567,244合計76,667,244合計76,667,24454

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本部だより大樟会本部組織図会長田村正晴（30）副会長小林真人（32）監事大西健介（35）秋山治信（37）山内淳子（47）事務局局長竹中亨（32）次長内田敏雄（39）局員寺本孝子藤原広子総務部広報部組織部財務部部長進木伸次郎（33）部長小林真人（32）部長廣野義直（34）部長中坪健治（41）角脇忠行（34）秋山治信（37）内田敏雄（39）川口正義（41）石橋佳世子（65）坂口達也（68）吉仲美智子（68）石橋隆夫（32）山本隆造（37）田中伸治（45）上田敬二郎（52）伊藤和人（67）注：（）内は卒回大樟会本部事務所全面リニューアル！！―同窓会ホールは開放的な「大樟ラウンジ」に―手狭で古くなったＥ館7階の大樟会本部事務所の全面リニューアル工事が平成26年8月初旬から実施され、9月下旬に竣工、9月24日（水）には大樟会役員、近隣支部支部長、大学教職員の方々をお招きし、ささやかな「事務所開き」を行いました。Ｅ館は学校創立50周年記念館として、昭和61年3月に竣工しました。その後、学内の他の建物はすべて建て替えられ、現在ではＥ館が最も古い建物となっています。今回のリニューアル工事により事務所、同窓会ホールと通路部分を一体的に改装したことにより、各スペースが広く明るくなり、大幅にイメージチェンジを図ることができました。特に、従来の同窓会ホールは「大樟ラウンジ」と呼称を改め、9つの小テーブルとソファーが配置され、小会議や打合せはもちろん、ちょっとしたパーティも開くことのできる開放的な空間に大きく変貌しました。開放的な大樟ラウンジ広く明るくなった大樟会本部事務所55

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事務局からのお知らせ★住所等が変更された場合は、必ずご連絡ください！「澱江」は、大阪経済大学大樟会から会員の方（本学卒業生）全員へお送りしていますが、毎年、宛先不明で多数返送されてきます。住所等が変更された場合は、必ず、大樟会本部事務局まで、同封のハガキにて、ご連絡ください。（切手代は不要です）その他、電話、FAXなどでも受けつけております。ご連絡は、下記へ大阪経済大学大樟会・本部事務局〒533-8533大阪市東淀川区大隅2-2-8電話06-6328-2431（代表）FAX06-6328-4564（直通）メールdenko@osaka-ue.ac.jpまた、ホームページからもご連絡いただけます。大阪経済大学大樟会検索ＨＰアドレス→http://www.osaka-ue-denko.com/「澱江」購読料のお願い「自らの購読料で『澱江』を育てよう！」を合言葉に、昭和59年度からスタートしました。お陰さまで深いご理解とご協力をいただき、感謝いたしております。編集子一同、このご声援に応え、親しまれる『澱江』を目指し頑張っておりますので、引き続き購読料へのご協力のほど、よろしくお願いいたします。※ご送金は、同封の振込用紙をご利用ください。振込手数料は不要です。同窓会ホームページもご覧ください！同窓会活動をより身近なものとして活用していただくために、ＨＰを作成しています。年間行事予定などの掲示のほか、住所変更の申請も手軽にできるようになっています。ご活用いただき、ご意見ご感想をお寄せください。ＨＰアドレスhttp://www.osaka-ue-denko.com/本年の大樟会総会は11月1日（日）開催（予告）―ホームカミングデーと同日開催―本年のホームカミングデーは、11月1日（日）に開催することになりました。これに伴い大樟会総会も同日に開催いたしますので、同窓生の皆様はお誘い合わせの上、ご来校いただきますようお願い申し上げます。開会時刻、会場等、詳細につきましては、後日、大樟会ホームページ、「大樟会だより」等でお知らせいたします。なお、同日、大学祭も開催しておりますので、学生たちの模擬店や新しくなったキャンパスをご覧いただきながら、恩師、旧友、在学生そして母校との絆を深めていただきたいと思います。※昨年、大樟会総会は、11月3日（月・祝）にホームカミングデーと同日に開催いたしましたが、本年もホームカミングデーの開催日と合わせるため、11月1日（日）開催といたしました。お間違いのないよう、ご注意ください。57

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ZoomUpKeidaijinズームアップ経大人（順不同）若くして、海外へ行けるチャンスを見逃すなダイハツディーゼル株式会社代表取締役社長原田猛氏（38回卒）ダイハツディーゼルは、社名が示すとおりダイハツ工業のグループ企業。船舶用中速エンジンの大手である。現在、同社の本社がある梅田スカイビルの敷地はダイハツ工業の創業の地である。昭和30年代初期から40年代にかけて大活躍した軽オート三輪トラック、あの「ダイハツミゼット」は当時ここで製造されていたとか。「入社して社長に就任するまで営業一筋でした」と、原田さん。入社して4年、福岡営業所勤務となったが、そこで英会話学校（ＥＣＣ）に自費で通ったことが、その後の人生を大きく変えることになる。「当時、ロンドン事務所（現・ダイハツディーゼルヨーロッパ）の駐在員の増員の話が出ましてね。私がＥＣＣに通っていたことを本社が知り、私に白羽の矢が立ちました。33歳でしたが、営業マンとしてちょうど脂の乗ってきた頃です。本社と東京支社以外で海外勤務となったのは私が第一号でした」。もともと語学が得意だったのでは、と尋ねてみた。「いえいえ、学生時代、英語は大の苦手でしたよ。しかし、仕事柄、外人さんを相手にすることも多く、それが幸いしましたね」と笑う。今、このときの海外での経験は原田さんの大きな財産となっている。大経大の後輩にも「若いとき、海外に行けるチャンスがあれば見逃さないように。会社に入ってからも少なくとも英語はかじっておきなさい、と言いたいですね。絶対損にはなりませんから」とのアドバイスをいただいた。経済のグローバル化が進んでいる。同社の主要マーケットである造船業も例外ではない。かつて世界一と言われた日本も、今では、中国や韓国の後塵を拝している。「今後、日本の造船業は、それ程、設備を増やすことはないでしょう。これからはブラジル、インドやベトナムなどの国々の台頭が見込まれます。当社はこれにはすでに手は打ってあります」と自信を覗かせる。売上げは海外の比率が50％を超えている。高度な独自技術を持つ同社としては、今後、海外で地元メーカーにライセンスを供与したり、営業活動もさらに強化しなければならない。それには多くの人材が必要になる。原田さんは「人材育成には力を入とがありましたが、これで人事に断層ができてしまいました。ある年代の社員が抜け落ちてしまったのです。やはり景気に関係なく一定の採用をしなければ、継続的な人材育成ができません」とも。環境対応も同社にとって重要なテーマである。「船舶用エンジンのメーカーに課された環境基準には厳しいものがあります。今後さらに厳しくなります。当社が蓄積してきたオリジナルの技術を駆使してCO2やNOx(窒素酸化物)、SOx(硫黄酸化物)の排出を削減して、大気や海洋の汚染を少なくしなければなりません」と気を引き締める。環境対応技術力の高さがこの業界で生き残るための最大のポイントなのである。今後の展望についても伺ってみた。「船舶用のディーゼルエンジンの業界は成熟気味です。今後、『倍倍ゲーム』で伸びるようなことはありません。しかし現状の売上げ規模を維持することだけに甘んじていては衰退の道しかないのです。やはり売上げを拡大しないといけない」と、厳しいことも。ではどうすれば…？「私は『事業領域の拡大』ということをあげています。当社は船舶用のエンジン以外にも陸上で使用する発電用のエンジンなども製造しています。要は、エンジンに付随する周辺機器に注目してもいいし、まったく目線を変えて、エンジン以外のことで当社にできることはないかと常に考えを巡らすことが大切です。例えば、昨今、海洋資源開発のための深海の掘削が注目されていますが、これに付随する領域はものすごく大きな可能性を秘めています」。そして、「当社は多くの社員を抱えています。会社は彼らの生活を守る義務があります。そういう意味で、当社のコアの部分である船舶用エンジンはしっかり技術革新しながら発展させていかなければならないのですが、それだけでいいのですか？ということです」とも。原田さんの経営トップとして事業に賭ける熱意と大切な社員を思いやる責任感を感じた。（聞き手＝編集委員・内田敏雄）れています。例えば、入社して間もない優秀な人材を、事務職のみならず滋賀県の守山の工場からも異動させて、サービス部門で育て、海外駐在を経験させて、英語と国際感覚を身につけさせる。そして二度目の海外赴任で一仕事してもらうというようなこともやっています」と。さらに「当社は、かつて造船不況のときに社員の採用を控えたこ略歴昭和25年2月23日、兵庫県篠山市生まれ。64歳。昭和43年私立三田学園卒業、同年本学経済学部入学、47年卒業。48年ダイハツディーゼル㈱入社、52年福岡営業所勤務、58年ロンドン事務所（現・ダイハツディーゼルヨーロッパ）勤務（5年間）、平成19年取締役東京支社長、21年常務取締役、23年代表取締役社長就任58

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ZoomUpKeidaijin「商業学」（流通革命論）の受講が人生を決める商品仕入れのプロとしてダイエーから転身株式会社ケーズホールディングス代表取締役副社長やすし山田康史氏（37回卒）茨城県水戸市に本社を置く株式会社ケーズホールディングス代表取締役副社長の山田康史さん、経済学部37回の卒業だ。卒業後は故郷の兵庫県宍粟市で親の奨めもあり教職の身を考えていたが、3回生の時竹林先生の「商業学」の授業に薫陶を受け“日本の流通業は遅れている”と痛感した。単位取得後の4回生でももう一度受講し、流通業の面白さと発展性に興味を持ち自身の進むべき職種と決めた。さあーどこにいくか。ならば当時学生に人気が高く、流通業では飛ぶ鳥を落とす勢いのダイエーを受験。なんと11倍の難関を突破、一発で合格した。入社後は神戸・三宮店で将来の商品仕入れの原点年超経験、すぐ本社の営業企画に呼ばれバイヤーとしての商品仕入れの仕事がスタートした。本社でのバイヤーというのは、会社の損益を左右する最前線の部門で、加えて“ダイエーブランド”を背負っての対人折衝だけに失敗は許されない。しかし洗練された人との対応と穏やかな口調は若くして人望を集め、次第に頭角を表わす。それからというもの家電販売一筋に電気部門のバイヤーさらに責任者として大阪10年、東京21年商品仕入れのプロとして全国を管掌された。ダイエーは小売業の売上日本一を目指し、やがて当時の三越を抜き確かに日本一となったが、1990年から始まった日本経済のバブル崩壊で“ダイエー王国”の神話も崩れ経営不振に陥った。山田さんはこの間、日本一を目指す経験日本一を維持する経験と落ちる経験をしましたと振り返る。人を減らし事業を整理、最後はご自身ケジメをつけるべく2002年退職、52歳の働き盛りであった。さてこれからどうするか。電気量販店はじめ総合スーパー、メーカーなど全部で19社が「うちに来ませんか」とお誘いがあった。毎日いろんな人と会う中で量販店に絞り、①経営者の考え方②経営内容③経営陣に親族が少ない、自分の考えが通じるかの3つを熟考し力を出し切れるのはケーズデンキと判断、2002年8月に入社した。山田さんは“ダイエーの故中内㓛会長、ケーズデンキの加藤修一会長のお二人は商売の王道の発想をもっておられる”と今も尊敬されている。ケーズホールディングスは1947年の創業で今年68周年を迎え創業以来増収。2回を除きすべて増益。資本金129億円、家電製品を中年3月期の売上は7012億円。店舗は地域別にグル―プ化しており445店舗、従業員13000人で業界の順位は2013年3月で国内4位、売上は毎年10％伸びており、いずれ全国で１～2位にランクされる日本を代表する電化製品専門の量販店だ。入社後は水を得た魚のように働いた。まず「物流の改革」から始める。米国視察で“物流を制する者は小売も制する”ことを学んだ山田さん。1店舗ごとにトラックが並ぶ個店配送をやめ全国8か所に物流センターを設け集中化、社会的インフラにも貢献した。次はブロードバンド普及に伴う「インセンティブビジネス」の立ち上げである。いわば「取次業務」でケーズデンキが立ち遅れていた分野を一挙に全国展開、業績も急伸した。最後は「商品の仕入れ改革」。これまでメーカー主導だった仕入れと販売を量販店が取り組む“マス・マーチャンダイジングシステム＝ＭＤＳ（大量の仕入れ計画）」を確立した。ダイエー時代培ったノウハウで、メーカーと仕入れ・販売の長期契約を結ぶ。これは双方の役割分担がはっきり進みメーカーからは大変喜ばれた。これらの改革を短期間にトップにプレゼンしながら、しかし、ケーズデンキの経営の懐の広さと深さを日々実感したという。将来、業界で№１にはならない目線で社員の販売ノルマなし、リストラなし、接客以外はしなくてもよい。それが社員を尊重する“がんばらない経営”の理念で、加藤会長はこの考えを次の世代へバトンタッチしたいと現経営陣にさとす。こうした社風を理解しながら、山田さんは「仕入れの基本的な考え方と仕組みとして「ＭＤＳ」の現場教育を充実させたい。またＰＲチラシはお客さんに全国でまだ50％ぐらいしか撒けていない。これには毎年40～50店舗を新規オープンしケーズデンキを全国に“渦巻き状”に増やしたい。店舗開発はまだ道半ばです。従業員を大事に、のびのびと働ける「店づくり」。これが私のケーズデンキでのライフワークです」。“終わりのない駅伝競走”に大きな夢を託されている。（聞き手＝前広報部長・平田義行）略歴1949年生まれ。’71年卒業・ダイエー入社’00年ディー・ハイパーマート社長’02年4月同社退社8月ケーズホールディングス入社’03年執行役員商品開発部長’05年取締役商品部長’08年専務取締役’11年代表取締役副社長商品本部長’14年代表取締役副社長商品本部管掌59

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ZoomUpKeidaijinズームアップ経大人投票率低下に危機感岡山県選挙管理委員会委員長カツマル醤油醸造株式会社代表取締役岡本研吾氏（31回卒）新見市は、岡山駅から伯備線の特急で約1時間。中国山地の真ん中に位置し、江戸時代は幕府直轄の天領として栄えた町。人口は約３万８０００人。付近は鍾乳洞が有名でそこから流出する水は醤油醸造に適していることからカツマル醤油醸造の創業は明治32年(1899)に遡る。醤油醸造業界は年々そのパイを少なくしていっているが、同社は高島屋などの百貨店のほかにも大手スーパーの店頭にも並べられ、ギフト商品として今や全国ブランドとして売り出している。家業は幸い優秀な従業員もいて、後継のご子息に任せ、ご本人は公的な役職をいくつもこなす。さて、本題の選挙管理委員会委員長だが、選管との関わりは平成12年（2000）に選管委員に就任し、平成21年(2009)からは委員長。選管と言えば選挙の時だけマスコミで取り上げられるが、毎月の選管会議の他に県議会には必ず出席を求められ、開会日、代表質問、閉会日、さらには選管委員長としての答弁を行う日には岡山市までその都度1時間半かけて車を飛ばす。岡本氏には気にかかることがある。それは、国政選挙に関し、人口に対応する議員定数の配分の較差が大きすぎると、いわゆる「一票の較差訴訟」が起こされ、その都度岡本氏が県選管委員長として「被告」の立場となることだ。でも、「これは国の選挙制度に関わることで、選管委員長としていかんともしがたい」と話す。それと、選管委員長として頭を痛めているのは投票率の低さだ。知事選にしても30%台。アンケートを取ってみると高齢者に比べて圧倒的に若年層の投票率が低い。「投票したい候補がいない」「投票に行かなくてもどうせあの候補は当選する」などの理由をあげているが、選管委員長としては「主権者である誇りがあれば必ず投票して欲しい」と訴える。このように若者の投票率の低さについて「啓発も必要なのだが、根本はやはり学校教育にあるのでは。今の教科書には選挙と政治のことがあまり触れられておらず、根本的には子どもの頃から主権者としての意識を醸成していく改革が必要だと思う」という。今年は岡山県議選、統一地方選、来年は参院選、知事選と残度の大型選挙の最高責任者としての重責が待っている。（聞き手＝広報部長・小林真人）略歴昭和18年(1943)2月2日岡山県新見市生まれ。71歳。金光学園高校(岡山県浅口市)から本学経済学部入学。在学中は硬式テニス部のマネージャー。当時の同部は4部から3部に昇格した時代。また、当時は学園紛争が始まった時代でもあった。昭和40年卒業、大企業への内定ももらっていたが、どうせ家業を継ぐなら早い方がいいと家業のカツマル醤油醸造へ入社。現在、同社の代表取締役の他に新見商工会議所副会頭、新見警察署協議会委員などを歴任、現在岡山県選挙管理委員会委員長。日本の農業が生き残る道を考えねばＪＡ丹波ささやま代表理事組合長稲山建男氏（32回卒）兵庫県篠山市にあるＪＡ丹波ささやま本店を訪ねた。にこやかに迎えてくださった稲山組合長と丹波ブランドの米、黒大豆、丹波栗、山の芋、ささやま牛など、丹波篠山が誇る特産品の話で大いに盛り上がる。一転、「ところで、日本の農業はたいへんですね…」と、厳しい問い掛けをしてみた。すかさず「ＴＰＰ交渉の成り行きによっては、日本の小規模な兼業農家は成り立たないでしょう。米の買い取り価格がどんどん下がっているなかで、関税のかからない安い米が入ってきたら勝負になりません」と稲山さん。さらに「ＴＰＰ交渉は農業だけではなく、金融や保険など様々な分野に関わる難しい交渉ですが、まず日本の農業が生き残る道を考えてもらわないと」。やはり、ＪＡにとってＴＰＰ交渉は最大の関心事なのである。さらに「今後、農協は現状の小さな単位ではやっていけません。兵庫県でも県単位で考えなければならないという考え方も出ています。農協の最大の課題である組合員の農業所得の向上を目指すためにも規模の拡大は必要です」とも。稲山さんは、日本の農業の将来を見据えつつ1万人を超える組合員の生活を真剣に考える。稲山さんは、大学卒業後直ちに当時の丹波農業協同組合に入る。実家は農家で、祖父がこの農協の創設者でもあったので、大学在学中から一般の会社に就職することは念頭になかった。農協に入って6年目、当時の組合長の指示で神戸にある兵庫県の農協の連合会（現在の全農兵庫）に移ることになる。その後、そこで責任者となり、ＬＰガス事業を拡大させるという構想を実現させるため、県内の基地とする土地を姫路に近い福崎に確保しようと奔走した。しかし、阪神大震災が起こりあえなく頓挫。営農関連の事業以外にも金融、保険から葬祭事業まで幅広い事業を手がける農協であるが、近年、その範囲が縮小傾向にあるという。もしあのときの構想が実現していれば、今の状況は少しは変わっていたかもしれない。その後、現在のＪＡ丹波ささやまに復帰したが、神戸時代の激務の無理がたたったのか、6年前に体調を崩した。今では週3回の人工透析治療を受けながら組合長という重責を担う。座右の銘は「真実一路」。趣味は休日に京都など古都を散策することとか。（聞き手＝編集委員・内田敏雄）※TPP（Trans-PacificStrategicEconomicPartnershipAgreement:環太平洋戦略的経済連携協定）環太平洋地域の国々による経済の自由化を目的とする多角的な連携協定略歴昭和17年9月6日、兵庫県篠山市生まれ。72歳。兵庫県立篠山鳳鳴高等学校から本学経営学部入学。昭和41年3月同学部卒業。丹波農業協同組合に入る。その後、兵庫県経済農業協同組合連合会を経て、現職。学生時代は軽音楽部に属し、スチールギターを弾く。60

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ZoomUpKeidaijin人やモノ、すべての出逢いが今の“私”を創っている舞台女優、ラジオのパーソナリティ斉藤幸恵氏（64回卒）大学卒業後、ある企業に就職するも、自分が本当にやりたいものはなにかと考え、自分探しの旅に出る。実は、中学・高校時代は演劇部・放送部に所属していて、アナウンサーになりたいという夢があった。ある養成所で勉強しているうちに、芝居の楽しさにめざめる。そこで、劇団（タレント事務所）にはいり、声優の仕事も引き受ける。このとき、ナレーションやキャラクターボイスの仕事もする。この劇団の先輩がＦＭラジオのディレクターをしていたこともあり、ラジオのパーソナリティになる。生きる上でのモットーは「苦しいときこそ笑え」である。苦しいときに苦しいといっていては展望が開けない。そうではなくて、苦しいときこそ笑うことで、気持を落ち着け、テンションを高めることができる。これが突破口になる。演劇についていえば、主役だけでは芝居が成り立たない。脇役もふくめて、演劇が成立する。主役は華のある演技をし、脇役は主役が光る演技をする。そうすることで、感動の舞台がうまれる。毎回、全力で取り組んでいても、100%満足することはない。だからこそ成長があり、次の舞台に挑むことができる。いまでは生涯、女優でありたいと願っている。そのため、あらゆることに気を配り、将来の演技のために情報をインプットしている。このような積みかさねが実って、女優として大成されることを期待したい。後輩へ贈ることばもいただいた。女優やラジオのパーソナリティをめざすには、ある意味で覚悟がいる。一朝一夕で華やかなステージに立てるわけではない。望まれたときにいつでも力を発揮できるように、日々の努力を重ねていることである。また、健康も大切である。手洗いとうがいは欠かせない。風邪をひかないように気をつけ、声を大切にする。調子が悪かったら、すぐに対処する。このように、斉藤幸恵さんは努力の人である。（聞き手＝編集委員・川口正義）略歴1976年２月２日生まれ。38歳。大阪市出身。大阪市立東商業高等学校から本学経営学部経営情報学科へ入学。吹奏楽部でクラリネットを担当。1998年卒業後に女優の道へ進む。時代劇から現代劇まで、悲劇から喜劇まで幅広く舞台に出演。さくらＦＭで自分のレギュラー番組を担当。司会や朗読の分野でも活躍し、日本舞踊、和装着付士でもある。また、大阪府下の中学生に演技指導をおこない、好評を博している。純米醸造酒のパイオニア賀茂泉酒造株式会社専務取締役前垣吉男氏（36回卒）広島駅から在来線で３０分程東の山間部に位置する旧西条町は、冬場は朝晩は冷えるが日中は瀬戸内海気候の影響で暖かくなる気候の変化が酒造りに適した地形に恵まれて、その上、この地は安芸の国の中心であったことや、呉港が近いこともあって軍用としても徴用され、古くから酒造りが盛んな土地。京都・伏見、兵庫・灘とこの西条は日本を代表する日本酒の生産地として有名だが、9軒もの酒蔵が集まっているのはこの西条地区だけ。ＪＲ西条駅周辺に集まる酒蔵通りの散策は東広島市の観光コースにもなっていて、毎年10月の第2土曜、日曜に開催される「西条酒まつり」には全国から25万人が集まるという盛況ぶりだ。酒蔵群の一画をなす「賀茂泉酒造」は、大正元年に米穀商から酒造業に転換。清酒はこれまで国策で米に糖類やアルコールを添加したものが主流であったが、この醸造法では全国一律、地域の特徴が出せないという面白みに欠け、吉男氏の父寿三氏が「酒の心を守り抜くには混ぜ物のない純米酒しかない」と全国に先駆けて純米酒の試醸をはじめ、昭和46年に純米醸造「本仕込賀茂泉」として発売したが、当時は「純米酒」という呼称はなく「無添加酒」と呼ばれていた。その後、特定名称酒制度ができ、純米酒、純米吟醸酒などの呼び方が一般的となり、全国へ広まって行った。昭和49年には作れば売れるというピークを迎えたが、その後焼酎の台頭などで日本酒の生産量は徐々に減り、現在は当時の１／３にまでになっているが、その後、兄の寿男氏が渋み、酸味、苦味を練りこんだ重厚な味わいの4年熟成の「吟醸古酒」などを誕生させた。日本料理がユネスコの世界無形文化遺産に認定され、「日本料理には日本酒で」が定着し、地酒ブームもあって生産量は徐々にではあるが増えつつあり、今ではニューヨークを中心に東海岸、西海岸、ハワイ・ホノルルのレストランで賀茂泉・純米吟醸酒にごり酒｛サマースノー｝が大変な人気を博しているという。広島県の後押しで、将来は和食ブームと相まってヨーロッパへの進出も視野に入れているという。前垣氏は「ボランティア活動などには積極的に参加し、お陰様で地域に生かされている酒蔵としての基本を忘れず、これからも環境を守り、企業努力を続けたい」と言う。酒造業界も徐々にではあるが、明るい兆しは見えている。（聞き手＝広報部長・小林真人）略歴昭和22年（１９47年）11月8日、東広島市西条（旧賀茂郡西条町）生まれ。67歳。崇徳高校から本学経済学部入学、昭和44年卒業。在学中はスキー部へ所属、主にノルディック種目（滑る、飛ぶの複合競技）で活躍。前号で紹介した社労士飯田政信氏は1年先輩。一時は関西２部リーグで優勝し、1部リーグへ昇格したこともある。卒業後大手食品スーパーへ就職年後、家業の酒造業を手伝うため退社、現在社長のお兄様とともに「賀茂泉酒造」の経営に携さわる。最近はスキーへは年1回程度。趣味を自転車へシフト。休日にはしまなみハイウエイの自転車道などで1日１００ｋｍ程度のサイクリングを楽しむ健脚ぶり。他に水彩画も楽しむ。61

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ZoomUpKeidaijinズームアップ経大人「農業屋」近畿・東海地区１００店舗展開を目指す三重県松阪市はかつて松阪木綿などを中心とした代々商人の町として栄え、三井家などの豪商が誕生した町としても知られる。そうした環境の中、松阪市へ本拠を置く「農業屋」の創業も古く、４００年前に遡る慶長8年、種苗商「倉田儀八商店」として誕生。現在の社長竹内秀樹氏は実に14代目という超老舗である。当初は「種」を中心とした卸商としてスタートしたが、昭和57年以降は小売業として方向転換、現在は東海近畿を中心に41店舗を展開する。平成9年に社長就任後、店舗数を一気に倍増した。取り扱う品目は土づくりから，種、苗、肥料、農薬から収穫、販売まで「農業のトータルソリュージョンカンパニーを目指す」と竹内社長は言う。中でもテレビのCMでもおなじみのホンダの小型耕耘機の販売量は全国でベスト５に入る実績を誇る。クラギ株式会社代表取締役社長竹内秀樹氏（53回卒）当社では苗づくりの大型施設で生産した苗を直接販売する他、農家から預かった圃場を中心に５０haにも及ぶ米作も展開していて、今話題になっている「農業の企業化」にも積極的に取り組んでいる。ところで、農業をとりまく環境は米価の低迷、農業従事者の高齢化などによる農地の耕作放棄など厳しい現実に直面しているが、プロの専業農家には技術支援をする他、最近は特に「食」の安全志向が高まり、家庭菜園を始める中高年が増えていて大阪府ではこうした人たちを支援する「準農家制度」が人気を呼んでいるという。「出生数は減少しているものの、50歳以上の中高年の人口はまだ15年は減少しないので農業衰退の中で光は見えている」と竹内社長は言う。この業界もJAをはじめホームセンターなどのライバルにさらされているが、「当社では社内教育を徹底し、スタッフの育成、接客力、商品知識、高齢者への配達などの心配り、農業アドバイザーとしての資格授与など、単なる販売だけではなくお得意先への心配り」で他業者との差別化を実践しているという。こうした取り組みが各店舗の顧客から認められ業績を伸ばし、「10年後には１００店舗まで増やすのが当面の目標」と、竹内社長のチャレンジは続く。（聞き手＝広報部長・小林真人）略歴昭和36年（１９６１年）8月29日三重県松阪市生まれ、53歳。三重県立松阪高校卒業、昭和62年本学経営学部卒業後クラギ（株）入社。在学中は自動車部で活躍。当時は入部すれば練習場があって免許も取れるとあって人気のクラブであったが、最近は各大学の自動車部は激減。しかし、竹内社長の自動車部への思いは今も変わらず、毎年鈴鹿サーキットで開催される大学の自動車レースでは、大経大の車には協賛企業として「農業屋」の大きなステッカーが貼られている。世界へ羽ばたく新進気鋭のマジシャンOfficeIJMみちさか代表ジョン・道阪道阪友裕氏（76回卒）関西中心に活躍中の20代の新進気鋭のマジシャン、ジョン・道阪氏は本学在学中の2004年のマジックブームの時にマジックと出会い、憧れるマジシャンであった深井洋正先生に入門する。先生の付き人からはじめ、傘のマジックを得意とし、日本では数名、また20代では２名、関西ではジョン氏のみという50センチの大きさの傘を使ったマジックを行う。その数は18本、とても高度な技である。この技などを武器に世界大会から日本の大会まで数々の賞を受賞。また、3年に一度開催されるマジックの世界最高峰の大会“FISM（フィズム）”の日本代表選考会が今年あり、代表選考にまで残るなど着々と実力をつけている。おまじないの掛け声「…だジョ～ン。」のゆる～いテンションに癒されながらのテーブルマジックから、30～50名の観客に披露するパーラーマジック、100名以上の観客に披露するステージマジックまで、子供から大人まで楽しめる華麗なマジックショーを行い、規模はホームパーティからホテル宴会場までの様々な観客を魅了している。ジョン・道阪氏のジョンはジョン・レノンが由来で、北新地のマジックバーの“バーノンズ・バー”のルビー天禄氏よりいただいた芸名とのこと。「マジックのジャンルは４つ、先に述べつと一番難しいイリュージョンマジックに分かれます。次は、これを目標に日々精進している。近い目標としては、アメリカのメジャー大会で優勝すること。まだまだスタート台に立ったようなものですが、アメリカ・ヨーロッパでタイトルを獲得し、海外と日本で活躍をすることです」と。大学卒業アルバムの写真に掲げたようにプロになったが、もっと上を目指すとジョン・道阪氏に目標を語っていただいた。昨年のホームカミングデーでもその技を披露した。今後の活躍に大いに期待したい。OfficeIJM…〒532-0033大阪市淀川区新高2-4-25-343Tel06-6397-6606、Fax06-6397-6608、携帯090-9876-1228Mail：info@john-michisaka.comHPhttp://john-michisaka.com（HPは現在リニューアル中）（聞き手＝編集委員・𠮷仲美智子）略歴1985年生まれ、29歳。三田西陵高校を卒業後、本学へ入学。在学中にマジックと出会い、2005年に世界的に有名な深井洋正氏に入門。2009年秋に本学卒業。難しい50センチの傘を18本使ったマジックを得意とする。タイ世界大会で特別賞をはじめ、日本の大会でも第9回全国マジックコンテスト第２位（日本№２のレベル）になるなど数々の賞を受賞。テレビ・新聞・ホテルのイベント多数出演。現在は大阪・神戸・三田（三田ホテルとも契約し随時出演中）を拠点に関西を中心に全国に向けて活躍中！62

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ZoomUpKeidaijin整骨院の医療用補助具全国シェアー70％ダイヤ工業株式会社代表取締役松尾正男氏（41回卒）最初から現在の全国有数の医療用補助具のトップメーカーとして知られるようになったわけではない。岡山市南部地区はイ草の生産地で、同社はそのイ草を使ってサンダルなどを生産していたのが発祥。発注元企業の倒産などの辛酸をなめるなどの厳しい時期を克服し、入浴装置のトップメーカーの下請けをやるうちに、これまでのミシンの技術を生かしコルセットの開発に成功。病院などへは先輩企業がシェアーを占めていたことからその隙間をぬって全国の整骨院へターゲットを絞り、販路を拡張。宅配便の普及もあって要望があればすぐにでも届けられるとあって、現在全国の７０％にあたる2万８０００の整骨院の患者の要望に応えている。平成8年に先代社長から経営を引き継ぐとすぐに売り上げを落としたが、これまでの家内工業から新卒を増やし、経営理念、中期経営計画を作成し、企業としての脱皮を図り、社内の仕組みを変えたことから急激な成長を遂げるまでになった。同社の製品はコルセット、サポーターなど3,000アイテムに及ぶ。松尾社長の今後の方針として「現在の平均寿命と健康寿命との差が10年近くあり、その差を縮めて、やりたいことは自分でできる」ことを応援したい。また、DARWINブランドで空気圧を利用した人工筋肉で不自由な手足の動きをサポートする製品も開発。同社は医療よりも予防の面にも力を入れ、大手建設会社の作業員の肉体的苦痛を緩和するための筋肉スーツの開発にも着手。また、岡山大学との共同開発で骨粗鬆症を緩和するため骨の再生を図る研究も進めている。先代から数えて53年目。松尾社長は「患者さんの苦痛を和らげ、お役に立つことができ続け、きらりと光る企業でありたい」と言う。今後、高齢化が進み、誰でも運動器に関心をもつようになる可能性があり、市場は追い風。同社の製品は海外１０カ国へも輸出されている。（聞き手＝広報部長・小林真人）略歴昭和27年（1952年）12月13日岡山県吉備中央町生まれ63歳。岡山県立高梁高校卒。昭和50年本学経営学部卒。高校時代は剣道部に所属。本学時代も誘いを受けたが入部せず。当時は本学が学生運動の拠点となっていて相次ぐ休講のためパチンコ、麻雀を覚えたという。卒業後は入社した不動産会社が倒産、岡山へ帰りカシオ計算機の営業マンを3年、その後先代の次女と結婚、跡を継ぐことに。社労士大樟会社会保険労務士は企業の健全な発展と働く人々の幸福を目指します！育児介護休業法・労働者派遣法・労働契約法・高年齢者雇用安定法が改正されました。「雇用」をめぐる情勢は大きく変化しようとしています。「社労士」は雇用管理のエキスパートとしてこれらの法改正を企業の現場にソフトランディングさせる「コンサルテーションを行う実務家」です。社労士大樟会会長久保太郎（31期）【2013年11月3日旭日小綬章受勲】社労士大樟会は2008年7月に誕生した大阪経済大学同窓会の職域支部です。学術の研究、講演会の開催等会員の資質向上及び社会的貢献につながる事業と会員相互の親睦をはかる事業を行っています。社労士資格をお持ちの同窓生の皆さん！ぜひご参加ください。「つながる力」を結集しましょう。お問合せ先：事務局長西平綾太（48期）TEL072（472）2297FAX072（471）722663

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経大生協では、学事・学会・講演会・ＯＢ会などの懇親会やＰＡＲＴＹを、ご要望にあわせてプランニングいたします。お料理・飲み物・ホールサービス・会場設営など内容についても是非ご相談ください。e-mailOK-COOP@ma4.seikyou.ne.jpURL.http://oue.hanshin.coop/68

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キャンパス全景A館体育館図書館G館D館学生会館E館J館F館C館B館●編集後記●〇〇〇〇今回から編集長を担当することになりました小林真人です。在職中は山口の民放でニュースキャスターを担当していて原稿を書くことにはそう抵抗はなかったのですが、やはり放送原稿とは多少異なるところもあり、まず4の倍数ページにまとめることから始まり、最後はこの調整に手間取りました。新山口から新大阪まで1時間59分。平田義行前編集長のように気軽に事務局を訪ねて作業をするということができず、事務局の方々に大変ご迷惑をおかけいたしました。今回は澱江発行50周年記念号特集ということで一つは幸い事務局に全部の澱江誌が保管されていましたので、こ年を振り返り、内容の抜粋を川口正義氏へ執筆をお願いしました。澱江に見る経大の歴史です。もう一つは歴代同窓会会長による放談会です。平成11年から経大の学部増設、学生数の増加など経大の発展を同窓会から見た貴重なご意見をお伺いできました。こうして歴代同窓会会長が一堂に集まられたのは初めてだとのことでした。現在、同窓生は9万人を超えました。現在全国に国公私立大学が780校ありますが、この９万人という数字は上位1割の中に入り、決して中小大学ではなく、都市型複合大学としての地位を築き、さらに大学間競争の「勝ち組」として生き残るためには、同窓会として何が協力できるのか同窓会としての使命はこれから益々重要になって来ると思います。当初は、編集メンバーもがらりと代わったのを機会に年内の発行を目指したのですが、11月中旬に全国の支部総割強が集中していて原稿締切に間に合わないことがわかり、例年通りの発行となりました。「わがまちイチオシ」「ズームアップ経大人」は次号以降も継続する予定です。自薦、他薦結構ですから事務局までお知らせください。また、寄稿していただきました方々にお礼を申し上げます。（広報部長小林真人）でんこう2015■発行日2015年1月31日（土）■編集大阪経済大学大樟会広報部大阪市東淀川区大隅2-2-8電話06-6328-2431メールdenko@osaka-ue.ac.jpURLhttp://www.osaka-ue-denko.com/■印刷株式会社廣済堂大阪府豊中市蛍池西町2-2-1電話06-6855-9241

