https://my.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/

# 【試し読み】目の眼2026年6・7月号

## Page 01
![Page 01の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000001.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

骨董古美術誌2026No.5876・7美の仕事原研哉日本の縞シマ時代を超える活力の文様

## Page 02
![Page 02の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000002.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

No.5876・7［表紙］縞のやきもの協力：上原永山堂撮影：山端俊樹日本の縞シマ特集をお届けします。現在、「シマ」に使われている漢字は「縞」です。ですが、この漢字には白絹という意味があり、本来はシマ文ぎれ様とは関係ないようです。シマ裂の大コレクターであった故広岩邦彦さんは著書の中では「嶋」の漢字を使われています。きれシマ文様の裂は、インドや東南アジアから輸入され、南海の島から渡ってしまものきたと考えた日本人は「嶋物」と呼ぶようになりました。それまでは線がすじ平行に描かれる文様は「筋」と言われました。「縞」の漢字が当てられたのは、日本に渡ってきたシマ文様の裂が絹織物だったためと考えられています。シマは、漢字ひとつ考えてもややこしく、奥深い歴史を背景に持っています。特集では現在一般的に使われる「縞」とカタカナの「シマ」をそれぞれに応じて使うことにしました。そしてさらに、シマ文様には様々なバリエーションがあり、たくさんの名称があります。今回はご紹介しませんでしたが、茶の世界では名物裂と呼かんどう／かんとうび、珍重される裂の中にシマ文様の裂があります。それは「間道」と呼ばれ、利休間道や益田間道など、様々な由緒にまつわる名がつけられています。べんがらじま近世以降、古渡りと呼ばれるインド産の縞裂は「弁柄縞」、「カピタン」、とうざん「唐桟」など外国から伝わったことを示す名称が残っています。日本各地で作られた木綿のシマ文様には、生産地の名前がつくことが多いようです。むぎわらでそして、やきものにもシマ文様があります。有名なのが「麦藁手」です。他とくさでしのぎに「木賊手」、「鎬文」など、形状を連想させるシマ文様にふさわしい名です。縞はとてもポピュラーな文様で、世界中の人々が使っています。一番の愛され文様だと思いますが、これほど縞が好きなのは日本人だけかも知れないとか。案外一筋縄ではいかないテーマになりましたが、お楽しみいただければ幸いです。［表紙デザイン］川島卓也（川島事務所）

## Page 03
![Page 03の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000003.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

Contentsコラム特集14日本の縞シマ時代を超える活力の文様16古染付にみる日本の縞好き林克彦20数寄者も愛した縞シマ上原永山堂24シマキチと名乗った稀代の縞コレクター広岩邦彦氏大谷美智子32縞シマの鑑賞稲村美術36スッキリ系縞シマ古美術奈々八37瀬戸が狙った流行の縞文様佐久間真子41瀬戸瑠璃の縞前田壽仙堂42普段使いの縞シマ大吉46シマは自然から生まれた紀元前の縞文様谷一尚×羽原恵子48縞裂をつかう縞の仕覆コレクション52謎を秘めた縞たち—縞帖日月堂7［煎茶ノート］佃梓央9［骨董片々録］勝見充男11［大英博物館］矢野明子連載54美の旋律安宅弥吉・英一の真実東洋陶磁と御舟森孝一58数寄者の眼差し息づく、侘びのこころ池谷正夫／宮武慶之62菓子皿考パイナップルケーキと不志名焼黄釉隅切小皿内田風知65七つの海を渡る中国陶磁いわゆる新渡のやきものについて（５）金立言68寄り添うかたちカシミール宇井浩一70ほっとけない仏たち大阪3観音菩薩立像（堺市）青木淳117美の仕事古美術花元原研哉126花ノ風物海老屋美術店池坊専宗トピックス&レポート53裂のほとりXIII—金沢にて2026—［古裂古美術蓮］74JoʼsAuction／和器商会75Sotheby’s76伊勢の名刹専修寺—寺宝からみる公家文化［霞会館記念学習院ミュージアム］78神仏の山吉野・大峯̶蔵王権現に捧げた祈りと美̶［奈良国立博物館］80「工＋藝」KO+GEI2026［東京美術倶楽部］82大美アートギャラリー［大阪美術倶楽部］84京都正札市［京都美術倶楽部］85東京アンティークフェア202692美術店案内マップ110骨董市・展覧会情報116次号予告

## Page 04
![Page 04の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000004.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

日本の縞シマ時代を超える活力の文様特集◎14

## Page 05
![Page 05の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000005.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

15縞は現代でも定番、人気の柄です。日本では16世紀以降、縞文様の染織品が数多く舶載されたのをきっかけに、江戸時代には貴賤を問わず、老若男女が使う文様となりました。なぜそれほど流行したのでしょうか。古裂の縞、陶磁器に見られる麦藁手など、古美術に見られるバリエーションあふれる縞をご紹介し、その魅力を探ります。取材協力：愛知県陶磁美術館／瀬戸蔵ミュージアム五島美術館撮影：大屋孝雄／竹前朗／山端俊樹／野村淳／安藤博祥／小林后子（目の眼）企画・構成：小林后子（目の眼）ぎがん縞インド産広岩邦彦コレクション古裂ギャラリーおおたに蔵

## Page 06
![Page 06の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000006.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

16◎インタビュー林克彦さん五島美術館学芸部長古染付にみる日本の縞好き特集◎日本の縞シマ日本人は縞シマが好き︱︱東洋陶磁でも、中国や朝鮮半島は縞文様が少ないように思うのですが、いかがでしょうか。林そうですね。中国陶磁は古染付以外は基本的にはないと思います。そして、私は古染付の麦藁手、縞紋様は日本からの注文だと考えています。朝鮮陶磁の研究者に聞いたところ、朝鮮陶磁には縞はないということでした。彫り線による鎬しのぎもん文は中国、朝鮮、日本各地にありますが、絵付けによる縞ではないですね。︱︱では、縞文様のやきものは日本独特ですか。林イスラーム陶器にはストライプ文様が見られますが、ヨーロッパの陶磁器にもあまり見られません。オランダのデルフトには輪線がありますが、17世紀に日本に伝わったデルフト作品は日本からの注文品の可能性があります。古染付の縞はどこから発想された？︱︱古染付の麦藁手について教えてください。林古染付は中国・景徳鎮で明時代天啓年間（１６２１〜２７）頃に作られた染付磁器です。中国国内向けの「常器古染付」と、日本の茶人からの注文で作られたとされる「茶器古染付」の２種類があり、麦藁手は後者だと考えられます。︱︱なぜ日本の注文品だとわかるのですか？林茶器古染付は厚手で、器形が中国には見られない日本の茶器に倣って作ってあります。文様は山水図や人物文ですが、中国では描かれない形の橋だったり、御所車が描かれていたりと、日本からの注文と考えれる図があります。ただ古染付の絵付けは中国の工人に任せていたようで、必ず吉祥文や願いを込めた絵が描かれています。たとえ日本からの注文でも中国人の望む意味が付け加えられたようです。例えば、御所車の脇に中国の高級官僚が描かれて、立身出世の願いが込められるんです。ところが、縦縞と波打った線で描かれた縞文様は意味が取れないので、不思議でずっと考えていました。︱︱縞には吉祥の意味はないのでしょうか？林不断長久と言って、同じ文様を繰り返すことは絶え間なく長く続くという子孫繁栄や金運を願う意味がありますが、古染付には長く続いてほしい事を示す主文様が必ずありますので、縞文はそれに当たらないと私は考えています。一昨年、当館で開催した「古裂賞玩」展には桃山時代に日本に舶載した染織品が数多く出品されましたが、改めてその文様を見て、古染付にも影響を与えていると思いました。そして、古染付の縞文様は日本人が好んだデザインとし林克彦さんは石洞美術館勤務の時代から、明時代17世紀に景徳鎮民窯で作られ、日本の茶人に好まれた古染付と祥瑞の研究を長年にわたり続けられている。昨年、五島美術館で特別展「古染付と祥瑞愛しの青blue」を担当された。また２０２４年の特別展「古裂賞玩」の図録に研究ノート「古染付と舶来染織の文様」を執筆し、麦藁手と染織の縞文についても言及されている。そこで、古染付の縞と裂の関係を中心にお話を伺った。

## Page 07
![Page 07の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000007.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

される古愛染付麦藁手17左より古染付麦藁手筒向付高10.5㎝口径7.5㎝辰砂麦藁手筒向付高9.5㎝口径8.0㎝麦藁手筒向付高9.7㎝口径8.7㎝個人蔵辰砂と染付の２色で、赤の発色が良いものは珍しい。口縁部の内側を輪にしているもの、口縁部と胴部の線を別々に引いているものなど、描き方も様々で、一つとして同じ物はないのが面白い。

## Page 08
![Page 08の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000008.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

20数寄者も愛した縞シマ上原永山堂（東京）特集◎日本の縞シマ織部はじき香合６・０×５・４㎝高2・８㎝関戸家伝来（右）鳴海織部はじき香合５・５×４・５㎝高2・0㎝（左）京都と東京に店を持つ上原永山堂は、数寄者好みの茶道具や鑑賞陶磁器を扱う目利きの古美術店。得意とする桃山陶や、古染付といったジャンルには縞文様が多いことから幅広く優品をご紹介いただいた。

## Page 09
![Page 09の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000009.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

乾山銘麦藁手21古染付麦藁手猪口丸（左）高7.8cm口径4.3㎝江戸時代初期角（右）高7.8cm口径3.5×3.5㎝江戸時代初期乾山色絵麦藁手猪口高6.3cm口径4.4㎝江戸時代初期最初に登場したのはオシャレな筒形の猪口３点。青い２点が「古染付」で丸と角が揃い、色絵は「乾山」で畳付には立派な銘が記されている。どれも片手に収まるサイズで、器面は幾条もの細い縞文様で埋め尽くされている。こうした揺らぎのある細い縦縞文をとくに「麦むぎわらで藁手」と呼び、茶碗や茶器、酒器などに描かれ数寄者に珍重された文様で、のちの伊万里や瀬戸のうつわにも採用されているが、その発祥は古染付ではないかと言われている。明末清初の中国で作られた古染付は多くが日本からの注文品だったと言われ、この時代に縞文様が流行したのではないかと考えられる。「いまは酒器としての人気が高いものですが、茶籠の巾きんづつ筒としても使われますね」と上原さん。続いて現れた香炉や蓋置（22頁中段）も麦藁手の縦縞で、同じ文様でありながら線の太さや器形によって変化する抽象性が楽しい。一点、不思議な蓋

## Page 10
![Page 10の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000010.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

特集◎日本の縞シマ特集◎日本の縞シマシマキチと名乗った稀代の縞コレクター広岩邦彦氏広岩邦彦さんは縞・格子裂のコレクター、研究者。その膨大な知識とコレクションで、古裂愛好家の間ではよく知られた存在だった。惜しくも昨年他界され、コレクションは市場に還元されたが、「広岩コレクション」として高い評価を受け、新しい所蔵者に受け継がれている。ご自身の師のような存在だったと語る古裂専門の古美術店を営む大谷美智子さんに広岩邦彦さんの旧蔵品を見せていただきながら、お話を伺った。広岩邦彦（1937−2025）東京大学法学部政治コース卒61年、朝日新聞記者。北海道支社長などを経て、97年定年退職。同年（株）朝日プリンテック社長。03年退任。服飾美学会会員著書『近世のシマ格子着るものと社会』2014年紫紅社刊カピタンタテ糸がタッサーシルク、ヨコ糸が細い木綿糸で織られた交織の裂。17世紀頃にインドで作られ、オランダ船で日本に運ばれたため、オランダ語で船長を意味する「カピタン」の名で呼ばれた。

## Page 11
![Page 11の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000011.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

25︱︱広岩邦彦さんとは長いお付き合いでしたか？大谷はい、40年以上になりますか。私が30代で店を始めたばかりの頃、当時、朝日新聞大阪本社で記者をされていた広岩さんが訪ねてこられたのが最初です。お店でだけでなく、高名な染織研究の先生に講師をお願いして勉強会をしたり、裂を訪ねる旅行もご一緒しましたね。︱︱最初から縞をお探しだったんですか？大谷広岩さんは最初っから縞でした。しっかりしたテーマを持って、集中して蒐めたいという気質の方だったですね。お仕事柄、裂もジャーナリスティックな目でご覧になっていたと思います。私も、広岩さんが熨斗目が欲しいと言えば、一生縞や格子縞の腰替りが入る武士の正装。袖裾にも縞が入るのは1700年代前半までさかのぼるという。徳川家の三つ葉葵の紋が入る。貴重なまさにミュージアムピースの逸品。右は格子縞の拡大図熨斗目帖の1頁。熨斗目を注文するための見本帖熨のしめ斗目

## Page 12
![Page 12の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000012.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

32縞シマの鑑賞稲村美術特集◎日本の縞シマ東京・京橋の骨董街にある稲村美術は、中国、朝鮮、日本の鑑賞陶磁を中心に扱ている。日本以外のやきもので、古染付をのぞいては縞文様を描いたものはほぼないと聞くが、こちらで珍しく縞といえる中国陶磁を拝見することができた。古染付や古伊万里の縞文様とともにご紹介いただいた。初期伊万里輪線文瓶高22.0㎝古伊万里陰刻鉄釉輪線文蕎麦猪口古伊万里染付輪線文小碗

## Page 13
![Page 13の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000013.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

33中国・北方の縞シマ磁州窯系黒釉鉄斑鎬文小碗高5.0㎝口径9.0㎝たまたま稲村美術をおとずれた際、中国陶磁と思われる茶と黒を大胆に塗り分けた小碗が展示されていた。これはシマですよね！？と伺うと、「言われてみるとそうですね（笑）。俗に河南天目と呼ばれる磁州窯系（河北・河南・山西省に広がる）のものです。黒釉をかけた上に、さらに褐色の釉薬をかけています。斑点のものが多くて、鎬しのぎもん文は少ないです」と店主の稲村全史さんが教えてくれた。「日本人は縞好き」という特集をしますとお願いすると、「面白いですね」と、現在お持ち

## Page 14
![Page 14の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000014.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

奈々八住所東京都中央区京橋3-7-10東宣ビル1階電話03-3561-8118開廊時間12時〜19時日曜定休アクセス都営浅草線宝町駅A4出口左折スグ東京メトロ京橋駅1番出口徒歩1分https://nana8.jp/すっきり系縞シマ古美術奈々八特集◎日本の縞シマ古染付麦藁小壺（茶器）奈々八は日本陶磁、朝鮮陶磁を中心に、母子で営む古美術店。繊細で、小ぶりでも手の細やかなもの、大胆な作りでも優美さを残すものを選んでいる。そこで縞紋様もお好きに違いないと伺うと、古染付と初期伊万里という、日本陶磁に縞文様が主役として現れた最初期の作品を見せて頂いた。いずれも自然の勢いと熟練さが絶妙なすっきりとした佇まいだ。初期伊万里輪線香炉（茶器）

## Page 15
![Page 15の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000015.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

37瀬戸が狙った流行の縞文様特集◎日本の縞シマ佐久間真子さんは近世近代の瀬戸焼、美濃焼がご専門。昨年、特集展示で「縞」をテーマに展示されたという。瀬戸焼の麦藁手といえば、やきもの好きの中でも人気のアイテム。その魅力を伺おうと愛知県陶磁美術館を訪ねたところ、予想を上回る瀬戸の縞文様への情熱を語っていただいた。特集◎日本の縞シマ◎インタビュー佐久間真子さん愛知県陶磁美術館主任学芸員佐久間真子さん片口鉢・入子片口・壺・信玄弁当・蓋付碗・徳利瀬戸窯江戸時代後期〜近代（19世紀頃）令和６年度松浦繁蔵氏寄贈昨年の「新シュウ蔵品展－美術館シュウシュウのあれこれ」（2025年4月1日〜5月6日）の展示風景※現在は常設していません

## Page 16
![Page 16の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000016.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

普段使いのシマ大吉特集◎日本の縞シマ古伊万里上段：輪線盃高3・3㎝江戸中期・18世紀中段：（右）縞文のぞき猪口高５・０㎝江戸後期（左）輪線そば猪口江戸後期下段：（右）斜め有平縞文半筒茶碗幕末〜明治（左）縞文のぞき猪口江戸後期京都の骨董街、寺町通にある大吉はもとは料理屋だったが、先代の骨董好きが高じて骨董屋に転身。アメリカ留学を終えて帰ってきた息子の杉本理おさむさんも、その魅力にすっかりはまって跡を継いだという異色の店。普段使いで愉しめる骨董が見つかる店として知られる人気店だ。現代のくらしにも合う人気の縞を教えていただきに伺った。

## Page 17
![Page 17の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000017.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

よろけ縞碗の見込み手慣れた職人技が光るよろけ縞43左より絵瀬戸よろけ縞碗高8.0㎝口径14㎝／猪口2点江戸後期取材日は縞の特集ということで、店主の杉本理さんは縞シャツで決めて待っていてくださった。「普段使いしているものが多いんです。この絵瀬戸のよろけ縞の碗なんか味噌汁入れるとぴったりなんですよ」と杉本さん。よろけ縞が見込みにも丁寧に描かれていて、毎日飲む味噌汁がより楽しくなりそうだ。「瀬戸といえば麦藁手ですが、輪線というのも面白いでしょう。これも気に入ってるものの一つです」（44頁下）。杉本さんは縞文様が好きで、いつも探すともなく探していて、気に入ると買うようにしているそうだ。集めてみると、陶磁器の縞文様にもバラエティがあって、飽きるということがない。

## Page 18
![Page 18の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000018.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

46シマは自然から生まれた紀元前の縞文様特集◎日本の縞シマ古代ガラス羽原コレクション（KOBEとんぼ玉ミュージアム）世界で一番古いシマ模様は？紀元前まで遡る古代オリエントのガラスにも縞は見られるようだ。古代ガラス研究の第一人者谷一尚さん（林原美術館館長）と古代ガラスコレクターの羽原恵子さんに伺った。︱︱古代オリエントのガラスには輪線のある小瓶がありますね。それが最初の縞模様と言っていいでしょうか？羽原コアガラス瓶ですね。コアガラス瓶はアラバスター（大理石に似た白い石膏石の一種表面にマーブル模様が出る）が元ですよね。谷一そうですね。古代エジプトではアラバスターで香油瓶を作っていて、その縞模様をガラスで模したと考えられています。羽原装身具に使われているモザイク技法で作られたガラスは縞めのうを模して作られたと言われますね。谷一希少な貴石や宝石は手に入りにくく、加工が大変なのでガラスで模して代用したんでコアガラスアラバストロン（香油瓶）BC5-7世紀東地中海メトロポリタン美術館蔵（参考）縞メノウの縞模様左上：TOPの三角形モザイクガラスビーズ（黄茶・横・紺・白の縞模様）東地中海域前2～後4世紀左下：TOPのモザイクガラスビーズ（白・黒の縞模様の上に赤茶の帯）イスラム時代7～13世紀中上:TOPのモザイクガラスビーズ（赤紫・黄茶・水色・白の縞模様）東地中海域前2～後4世紀右：TOPのモザイクガラスビーズ（緑・白の縞模様）東地中海域前2～後4世紀下の破片：ゴールドバンドガラスの容器片東地中海域前1世紀長3.5cm上記はすべて羽原コレクション

## Page 19
![Page 19の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000019.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

47ストライプ柄ですね。︱︱すでに縞裂があったんですね。羽原どうでしょう。単に縞のモザイクを使っただけかもしれません。谷一布にも縞があったと思いますね。壁画や石像にもそういった表現があります。羽原縞模様はデザインでも一番基本ですね。谷一自然の中に縞模様があったんです。それが原型ですね。︱︱ありがとうございました。す。ガラスは熱すると非常に柔らかくなって造形がしやすいですから。羽原色ガラスの帯で縞模様をつくるモザイクバンドの中でも、ヘレニズム期に作られた金箔を挟んだ透明ガラスを入れたゴールドバンドが綺麗です。谷一羽原コレクションには古代エジプト、ファラオの縞パンツがありますね（笑）。羽原パンツは面白いですけど（笑）、あれはシェンティと呼ばれる腰衣ですよね。確かに縞、所在地：兵庫県神戸市中央区京町79番地日本ビルヂング2F開館時間：10時～19時（入館は閉館15分前まで）休館日：年末年始12月31日～1月2日観覧料：大人500円小・中学生250円問合せ：078-393-8500https://www.lampwork-museum.comKOBEとんぼ玉ミュージアム羽原コレクションはKOBEとんぼ玉ミュージアムで常設展示されています。羽原コレクションは、羽原恵子さんとその父、倉敷の美術蒐集家故羽原明徳氏が蒐集した古代ガラスコレクション。古代エジプト象嵌用モザイクガラス紀元前4世紀〜前1世紀羽原コレクション撮影／前田博史

## Page 20
![Page 20の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000020.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

48縞裂をつかう特集◎日本の縞シマ縞の仕覆コレクション瀬戸麦藁手大鉢江戸時代口径26×23・5㎝古渡縞裂江戸期経糸は綿、緯糸は絹で、カピタンとは逆の糸使い。敷布は厚手の国産木綿縞縞文様は仕覆でも好んで使われてきた。茶入の仕覆などで、よく間かんとう道と呼ばれる縞の裂を見るが、茶道具だけでなく、酒器などの器に合わせて風合いのよい木綿などでカジュアルに作った仕覆も古美術蒐集の楽しみを増幅してくれる。今回は縞シマ特集に合わせて、コレクターの方に縞の仕覆を見せていただいた。

## Page 21
![Page 21の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000021.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

古書謎を秘めた縞たち︱縞帖特集◎日本の縞シマ日月堂江戸から明治大正にかけ、主に農家の女性が作ったと考えられる縞帖がある。そんな歴史に埋もれそうな縞に魅せられた古書日月堂店主の佐藤真砂さんにお話を伺った。縞帖は身近にあった反故紙に、木綿の縞織物が貼られたものです。これまで扱った縞帖は30〜40点程度でしょうか。そう聞くとたくさんあるように思われるかも知れませんが、それほどたくさんあるわけではありません。そして、縞帖に関してはほとんど何もわからないと言っていいと思います。貼られている縞裂はほとんどが木綿です。庶民が日常に使う布として、野良着、枕や布団裂などを作るために織られました。縞帖は農村の女性の仕事として機を織る際に、どんな縞にするか見本にするための手控えとして作られたといいますが、たまに年号が入っているものがあります。どうすればこんなにたくさん縞ばかり集められたのか、書き残されたものもなくわかりません。江戸後期から明治大正頃までのものが多いようですが、それも残っているのがその時代というだけで、もしかするとそれ以前から作られていたのかも知れません。一冊の縞帖にさえ、謎が多いのです。時代に開きのある裂が一緒に貼られていたり、片面だけに貼られた縞帖の空いたもう一方に後からまた貼り込まれたり、何人かが引き継いだように見えるものもありますが、手がかりがまったく佐藤真砂さん様々な裂帖。大きさも貼り方も様々。浮世絵の下書きと思われるものに貼ったものも（左）。

## Page 22
![Page 22の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000022.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

54【連載】森孝一（美術評論家）第四回東洋陶磁と御舟法花花鳥文壺重要文化財明時代（15世紀）／高44.5cm大阪市立東洋陶磁美術館（住友グループ寄贈/安宅コレクション）写真：西川茂美の旋律安宅弥吉・英一の真実大いなる美の遺産「安宅コレクション」はどのように生まれたのか？をたどる本格評伝

## Page 23
![Page 23の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000023.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

55ピアノの前の安宅英一スポーツ選手、音楽家へのパトロン支援安宅英一の芸術家へのパトロンとしての支援活動は、妹・登美子のテニスコーチであった三木龍喜（一九〇四～六六）に対する支援に始まると言ってもいいだろう。三木は、一九三四（昭和九）年のウィンブルドン混合ダブルス部門でドロシー・ラウンド（イギリス）とペアを組んで優勝し、日本人初のグランドスラム優勝者となっている。その三木については、すでに「第三回」で触れたのでご参照されたい。三六（昭和十一）年、英一は史上最強の横綱と呼ばれる三十五代横綱・双葉山（一九一二～一九六八）の後援者になる。妹・登美子の「兄の思い出―音楽のことなど」（『美を追い求めた九十年―安宅英一氏追想録』）には、「相撲の伝説的な〝名横綱〟双葉山関との交遊は、土俵を離れてのお付き合いも長く続いていました。横綱が引退し、時津風部屋を創られ、後進の指導に当たるようになってから、兄は可愛がっていた〝音楽の子供たち〟を連れて、力士の朝のぶつかりゲイコの見学をさせておりました。多分、勝負の世界の厳しさ、そして強くなるためには激しいケイコの積み重ねが大事だということを教えたかったのだと思います」と書かれている。三八（昭和十三）年、英一は東京藝術大学に安宅賞（現・安宅賞奨学基金）を設け、成績優秀な音楽と美術の学生に奨励金を贈り、若手芸術家の育成に努める。この安宅賞は現在も、英一の孫・一弥によって継続されている。三八（昭和十三）年には辻久子のヴァイオリン演奏活動を支援している。英一によるこれらのスポーツ選手、音楽家へのパトロン支援は、弥吉が行った「石川県育英基金」の文化・芸術版と言ってもいいだろう。四二（昭和十七）年、弥吉は安宅商会社長を退任し、次男・重雄が社長に就任する。重雄は京都帝国大学文学部哲学科出身で、学究肌の人物であり、商売に精力を傾けるタイプではなかった。その経緯については、妹・登美子の「兄の思い出―音楽のことなど」を読むと、「そんな兄と父は何度も話し合った末、次男重雄に会社をゆずることにして、兄が音楽の道に進むことを仕方なく許したようです」と書かれている。四三（昭和十八）年一月一日、社名を安宅産業株式会社に変更する。四五（昭和二十）年、英一は戦火が激しくなったので若狭高浜に疎開する。八月、戦争終結。敗戦によって財閥の経営者が公職追放、財閥解体として責任を問われる。三菱本社や三井本社は過度経済力集中排除法によって解体され美の旋律｜安宅弥吉・英一の真実

## Page 24
![Page 24の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000024.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

58数寄者の眼差し池谷正夫宮武慶之息づく、侘びのこころ♯４数寄者・茶人の研究をし、自身も茶席をもつ稀有な研究者である宮武慶之さん。数寄を実践している先達の方々を訪ね、数寄について語らいつつ、過去の数寄者に学ぶべきこと、現代の数寄とは何か、未来への視点を伺います。今回は古美術商の池正主人・池谷正夫さんと、尾形乾山、酒井抱一から池田孤邨につながる琳派の数寄について、茶の現場から見えてくる姿を語り合います。尾形乾山鶴図碗

## Page 25
![Page 25の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000025.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

59宮武池谷さんとは、私が学生の頃、クリスティーズＮＹに出品された溝口家旧蔵品（元新発田藩藩主・伯爵家）の落札者としてご紹介を受けて、拝見させていただいたのがお付き合いの始めですね。池谷すごい熱心な人がいるんだなと思ってびっくりしました。私は単に溝口家が自分と同じ石州流だということでその墨跡を買ったんですが、たまたま調べたら明治時代に京都で開かれた展覧会に溝口家が出展したもので、当時の図録に写真が出ていたので、それを教えて差し上げましたね。宮武ありがとうございました。そこから研究がずいぶん広がりました。今日の対談は、昨年の日本陶磁協会の茶会で池谷さんが酒井抱一のとても大きな「三十六歌仙図」（60頁）を掛けておられて、酒井抱一は江戸琳派、私が今注目しています池田孤こそん邨の師ですので、琳派の数寄についてお話できればとお願いいたしました。池谷抱一の「三十六歌仙図」は大き過ぎて持ってこれませんでしたけどね（笑）。東京美術倶楽部の大広間の床にはちょうど収まりました。乾山の茶碗は持って来ましたよ。宮武ありがとう存じます。拝見します。池谷この茶碗は本当に一生懸命描いていると思います。この茶碗も乾山本人の手かはわかりませんが、乾山の工房の上手い人が描いていると思います。元々は茶碗ではなくて懐石の蓋向付です。共蓋にも鶴が描いてあって10客揃っているのを拝見したことがありますが、素晴らしかった。宮武蓋向付は温かいものを出したりしたわけですか。例えば寒い時期の蕪蒸しとか。蕪かぶらむ蒸しとか。池谷そうですね。見込も波文と鶴が描かれてま酒井抱一の茶会記甲子二月四日正午茶事雨花庵客水野平八郎守村次郎兵衛内山助次郎囲四畳台目下座床掛物光悦発句短冊釜小阿弥陀堂浄味作縁時代沢栗香合呉洲染付八角濃茶花入交趾蓮花辛夷水指木地手桶不昧侯好茶入新兵衛作肩衝袋萌黄地安楽庵茶碗鬼熊川茶杓小堀遠州作共筒筒ニ久太殿甫トアリ蓋置竹引切溢朝鮮サハリ懐石肴鯛尾頭落シ醤油ツケ焼乾山焼角鉢寿老人光琳筆（そのほか略）菓子遠山餅カチ栗茶初むかし上林詰薄茶薄茶器手箱写蒔絵棗茶碗伊賀比老斎書付茶杓牙浮菓子有平器黒根来盆池谷正夫1960年生池正主人。日本陶磁協会理事。1984年ボストン美術館学校を経てギャラリー谷庄にて修業。1990年独立。鑑賞陶磁を専門としながら、石州流にて茶を習い、約40年茶を嗜んでいる。月に１，２度は電話で話すというお二人（右が池谷正夫さん）。東京・新宿の京懐石柿傳に場所をお借りし、和気藹々とした対談が行われました。取材協力：京懐石柿傳下：『過眼録』（国会図書館蔵）第三十八冊より享和四年（1804）二月四日の茶事

## Page 26
![Page 26の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000026.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

美術工芸を語らい愛でる大美アートギャラリー82初夏の大阪、古美術から絵画、現代アートまで魅力的な美術品と出会える「大美アートギャラリー」が今年も開催される。同イベントは２０２１年のスタート以来、幅広いの美術ファンに愛されてきた。会場となるのは、大阪・淀屋橋に位置する歴史的建築「大阪美術倶楽部」。かつての豪商・鴻池本邸跡という品格漂う空間を舞台に、関西を中心に活躍する精鋭39軒の美術商が集う。出展者はすべて、厳しい審査を経て「大阪美術商協同組合」に加盟した、確かな実績を持つプロフェッショナルばかり。作品の見方やその楽しみ方ついてだけでなく、時代が大きく変わりつつあるいま、日本また海外ではどのような美術工芸品が注目されているかなど、店主と直接話し合いながら買い物TOPICSMEnoME

## Page 27
![Page 27の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000027.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

83会場：大阪市中央区今橋2-4-5開館時間：23日：13時〜18時24日：10時〜17時25日：10時〜16時入場料：無料問合せ：06-6231-9626特設Webサイト：https://artgallery.daibi.jp/アクセス：OsakaMetro御堂筋線「淀屋橋駅」中央改札8号出口を出て東へ徒歩5分主催：大阪美術商協同組合大美アートギャラリー5月23日（土）〜25日（月）大阪美術倶楽部ができるのも、本展ならではの楽しい体験だ。会期中の３日間は、入場無料なので時間に追われることなく、全39ブースをゆったりと巡りながら、あなたの感性に響く一点を探してみてはいかがだろうか。

## Page 28
![Page 28の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000028.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

117書籍から巨大企業のビジュアル・アイデンティティまで、最先端の視覚的表現を追求するデザイナー・原研哉さんが古き美しきものにふれる「美の仕事」。今回は近年石や石造物に注目している原さんからのリクエストで、古美術花元が１月に手がけた企画展「石のもの」展の会場を訪ねました。手のいとなみ、色のかがやき原研哉の美の仕事第１５２回古美術花元（東京・大分）国くにさき東の石塔

## Page 29
![Page 29の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000029.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

●青花室の空気感「工芸青花」という不定期に刊行されている書籍の、布装の造本や、澄みわたったレイアウト、丁寧に撮られた写真、そしてよく推敲されているテキストの肌触りに興味が湧き注目していた。やがて神楽坂の新潮社の倉庫に「青花室」という空間がつくられ、ここで時折、展覧会やイベントを開催していることを知った。その流れから「石のもの」と銘打った、国東半島の五輪塔を中心とした、古美術店「花元」の展示会が開催されることを知った。そこで「目の眼」に相談して、今回はこの展示会にうかがって、花元の安東敬三さんに色々と教えていただくことにした次第である。書籍用の倉庫だったというコンクリートの壁に囲まれた空間は、程よく自然光の差し込む感じのいい空間だった。コンクリートの床に、時代を経た石のものが居並ぶ風景は、不思議な充実感に満ちていて、思わず引き込まれるようにそこに分け入った●五輪塔の魅力石のもので興味を惹かれるのが「五輪塔」である。球や角錐、角柱といった立体を積み重ね、頭頂に団子を載せたような、ことさら立派に見せようとする意図のない、どこか微笑ましい安寧を感じさせる造形である。最下段の四角い石が「地輪」、丸いのが「水輪」、その上の屋根のようなものが「火輪」その上に乗った団子の下側が「風輪」、その上の丸い部分が「空輪」というそうだ。風輪と空輪は一体だが、その他のパーツはバラバラに彫られた石で、世界を構成する五つの要素・五大を積み上げて塔をなしたのが「五輪塔」である。元々は一石に彫刻されていたのが、十三世紀、鎌倉時代の末期・南北朝時代に、パーツに分かれて積み上げる形式が確立されたそうだ。実に八百年前のことである。大分は「臼杵の石仏」でも知られているが、これは平安末期から鎌倉時代にかけて彫られた大型の磨崖仏群であるが、誰が何の目的で彫ったものかはわかっていない。この辺りは「石のもの」が多数彫られてきた土地柄なのかもしれない。きれいな円錐形の御許山からなる国東半島の付け根あたりには「宇佐八幡宮」がある。四万四千社を数える八幡宮の総本社と言われる神社だが、神仏の分離以前は、寺と一体のなった「宇佐八幡弥勒寺」と称されていた時期もあるとかで、密教や仏教が混然となった中世仏教文化が勃興していた地域の

## Page 30
![Page 30の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000030.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

オフィスに古物、異邦の香りと様々の違うもの同士が集まる日本橋の地。その喧騒を大きな硝子窓三面が隔て、内には幾つもの掛け時計の秒針の刻む音と、時折のゴーンッと響く鐘だけがその場にいることを伝えてくる。阿蘭陀との交わり、それは京都ともこの日本橋ともあった。人と花は移ろい、街は装いを変えていったが、この器の眺めるものは変わらない。その窓から向こう隅に置かれた鉄の花入。どっしりとした形姿ながら薄く軽やかな驚きに、新緑の連なりが瑞々しさを与える。また、この時期がやって来た。乱れぬ針の音とともに、季節が進んでいるのを知る。花ノ風物池坊専宗◎連載｜生け撮り語る卯月｜利休梅、透百合、芍薬、木蓮126

## Page 31
![Page 31の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000031.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

今月のお店海老屋美術店［日本橋室町］江戸時代、五街道の起点であった日本橋のたもとに広がる室町はまさに日本の中心地だった。その一画に明治時代から店を構える海老屋美術店。現在は九代目にあたるご主人の三宅正洋さんが古き良き日本の伝統文化を伝える美術工芸品を扱っている。所在地：東京都中央区日本橋室町3-2-18電話：03-3241-6543交通：東京メトロ銀座線「三越前」駅A8出口より徒歩30秒e-ebiya.com/［もうひと花］鉄製花器｜泡盛升麻丁字草紫蘭鉈豆京阿蘭陀藍絵遊環花生江戸時代後期127

## Page 32
![Page 32の画像](https://img01.ebook5.net/menomeonline/menome20260607sample/contents/image/book/medium/image-000032.jpg)

【ページ内のテキスト情報】

次号予告特集蒐活蒐める人活かす人紙版2026年8・9月号7月15日発売世の中にはいろいろな人がいますが、骨董古物の世界には蒐集癖が旺盛な人たちが多くいます。研究や勉強のため、美意識を高めるためという明確な目的を持った人もいますが、なかには目にするモノにすぐ惚れて手当たり次第に蒐める人、蒐集が目的ではないのに自然にモノが寄ってくるという人もいます。もちろん、蒐集活動に正解などはありませんが、特集では、いまを生きる蒐集家、コレクターと呼ばれる方々を取材し、それぞれのコレクションがその人生でどう活かされているのかを紹介します。出典：目の眼2021年５月号より（紙版は奇数月発行、電子増刊号は偶数月発行）。目の眼6・7月号2026年５月15日発行発行人井藤明子編集部井藤丈英小林后子益子梨恵安藤博祥社主櫻井恵発行所株式会社目の眼東京都中央区京橋2－12－2－3Finfo@menomeonline.com電話03－6897－9422FAX03－6721－11536月15日配信予定の「第10号」では、「骨董遊学大学の美術館博物館（東京編）」と題し、意外と知られていない大学内のミュージアムが所蔵するユニークなコレクションと展覧会を紹介します。『目の眼』電子増刊号は、月額880円の「目の眼デジタル月額読み放題サービス」で優先的にご購読いただけます。WEB版電子増刊号©byMenoMeCo.,Ltd.2024法律で認められた場合を除き、本誌の全部または一部を無断でコピーすることは禁じられています。目の眼倶楽部オンラインストアclub.menomeonline.commenomeonline.com＊目の眼倶楽部オンラインストアでは、雑誌『目の眼』や刊行書籍をご購入いただけます。＊デジタル読み放題サービス（デジタルプラン）、紙版年間購読（雑誌プラン）もお申し込みいただけます。※タイトルは、変更になる場合もあります。

