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# 2020年興南LIFEを振り返る【合格速報】

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2020年合格実績

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北海道大学国際教養大学東京大学東京海洋大学お茶の水女子大学電気通信大学首都大学東京茨城大学筑波大学会津大学宇都宮大学新潟大学長岡造形大学群馬大学高崎経済大学前橋工科大学富山大学京都大学京都府立大学福知山公立大学琉球大学沖縄県立看護大学沖縄県立芸術大学名桜大学信州大学長野大学横浜国立大学横浜市立大学都留文科大学名古屋大学三重大学大阪大学神戸大学島根大学広島大学県立広島大学山口大学県立山口大学下関市立大学徳島大学愛媛大学高知大学長崎大学長崎県立大学九州大学九州工業大学福岡県立大学北九州市立大学宮崎大学鹿児島大学※過去４年の卒業生進路参考難関国立大学国公立大学公立大学〇大学名表記〇こんなところに、興南生！国立台湾大学国立台湾師範大学北京大学国公立大学編興南学園入試広報室

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こんなところに、興南生！私立大学編興南学園入試広報室〇大学名表記〇私立大学※過去４年の卒業生進路参考

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友達同士で質問をしたりすることはいいことだが、精神的には一人で闘う覚悟が必要だと思う。様々な誘惑があったが、それらを無視して勉強する気持ちを保って受験に臨んだ。英検などの検定は高１で取れるようにしておくと、その後受験勉強に集中できると思う。興南高校５６期フロンティアコース仲本澪興南中学校出身英検準１級取得（高１）柔道部所属中戸大学神海事科学部へ進学俯瞰的に物事を見て意見や問題に対して他の見方や考え方がないか探す癖がつき、クラスの中で意見が対立したときに客観的に意見を考察できるようになった。中学のときから苦手意識があった国語は高１から高３にかけて点数が倍になり、考え方も先生に育ててもらった。教えてもらった通りに勉強していたら勝手に伸びた。＊大学受験のアドバイス授業の進むスピードが早いので、１つひとつの授業を意欲的に受けることができ、時間を有効的に使うことができる学校。授業でレベルの高い問題をどんどんチャレンジさせてくれる。特に数学は高校の内容を中学から始められるので内容を深く理解することができ、受験時にも有利にたてると思う。また、中学のときから古典の授業で古文や漢文を力を入れて履修していたので、高校に入ったときにさらにレベルの上がった内容を抵抗なく覚えることができ、センター試験でも点数に繋げられた。受験したのは「志」特別入試というもので、一次で書類審査と学科試験、二次でディベートと口頭試問と、ボリュームも多くハードなものだった。特に学科試験は過去問がないことから、国立大の二次試験対策を夏休みで終わらせるつもりで一生懸命取り組んだ。また、ディベートは問題を話し合った後に受験者全員で試験官にプレゼンを行うというものだったので少々面喰らったが、積極的に発言することができ、主体的にディベートを引っ張ることができた。大学でスーパーキャビテーション航行という新技術を研究し、船の輸送時間短縮に貢献したいと思っている。これが現実になれば、エネルギー問題に大きな一石を投じることができるのではないか思う。まだ漫画のような話だが、実用化の可能性はあると思うので、大学という研究が許される環境を存分に活かして、ノーベル賞を狙いたい。―興南はどんな学校？――大学受験どうだった？――これからの目標は？――興南で成長できた事は？―

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県立高校に落ち、１日中泣いた。でもそれで気持ちを切り替えることができたと思う。学校の先生から興南の後期入試があることを知って、受験し合格した。この経験があったから高校３年間頑張れた。興南高校５６期特別進学コース平良佳子安岡中学校出身特進発展クラス陸上部副キャプテン中球大学琉国際地域創造学部へ進学放課後遅くまで付き合ってくれた。自分が質問したいときにいつでもきけるし、大学の推薦入試のときは面接と小論文があり、先生たちと練習したおかげで本番緊張せず、全力で取り組むことができた。＊興南はどんな学校？３年間とても楽しかった。陸上部ではタイムを0.1秒でもあげることが楽しかった。同じ学年で強化指定部の人も頑張っていて、それを応援する機会もあり、思い出がたくさんできた。＊気持ちを切り替えたあの日―特進発展クラスとは？―高１で特発クラスがあることを知り、より勉強に力を入れたいと思った。クラス皆に大学合格っていう目標があり、勉強しようという雰囲気があり、また、２年間クラスが一緒なので、仲良くなって勉強の教えあいもできて、とてもよかった。人見知りだった短所が、興南の他コースの人たちと関わることで、友達が増え、克服できた。勉強面では予習と復習をやるようになった。Findings(計画手帳)を書く習慣をつけてくれ、先を考えて生活できるようになった。高１で関東の大学をみて、政府観光局に行ったとき、「観光は人を幸せにする」と聞いて観光に興味をもった。受験は大変な時もあったけど、乗り越えて合格出来てよかった。観光業を整備するような仕事がやってみたいと思っている。首里城が燃えてショックだったが、再建とか、その周辺の店舗などの観光収入を減らさないようにしていくことは必要だと思う。何か沖縄の力になりたい。―興南はどんな学校？――興南の先生って？――興南で成長できた事は？――大学受験どうだった？――これからの目標は？―

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興南野球部がカッコよかったので中学２年から興南行くと決めた。興南が春夏連覇したとき、島袋さんが志真志小学校にきてくれたので、その時から興南を意識していた。自分も志真志小に講演に行けてよかった。興南高校５６期総合進学コース宮城大弥嘉数中学校出身野球部所属第９９回・第１００回全国高校野球選手権大会出場２０１９年ドラフト１位指名高１の初登板では楽しかったが、後から恐怖を感じた。２回までは自分の力を出せたが、それ以降は智弁和歌山打線にしっかり対応され、どこ投げても打たれるのでビビっていた。甲子園のマウンドの感触は投げやすいが、自分の目線と同じ高さに観客がいるので、それを見てしまうと投げづらかった。第100回大会の時、ピンチを救った瞬間に、これまで頑張ってきた分が今に流れてきたと思った。勝利した時に応援のありがたさを感じた２回目の甲子園だった。＊興南春夏連覇をみて監督さんは周りを見る人なので、最初は私生活から徹底的に指導された。例えば、清掃を自分たちが完璧にやったと思っていても、やはり裏側の部分ができてなくてもう一度清掃することになったりした。よくみてるなと思った。とにかく練習をしっかりやることと、知識をしっかりつけることがチームが向上することに繋がると思うので、そういうことを大事にして頑張ってほしい。甲子園にでるなら近いから応援にいきたい。１年目から１軍定着したいが、そんなに甘くない世界。スタートが大事と思っているので、しっかり与えられた場面で期待に応えられるように頑張っていきたいと思う。オリックス・バファローズチームで話し合ったりとかあったので、結構コミュニケーションをとった。自分はいじられキャラ…だった。自分は押せ押せ系ではないので、いじってもらって話しかけてもらいたい。―我喜屋監督について――後輩へメッセージ――日本代表について――甲子園について――最後の夏の決勝戦について―さすがに長かった。フォアボール出したのは覚えているが、それ以外はちょっと…。正直早く終わりたかった。立つのも座るのもきつかった。延長の１２回に自分がヒットを打ったが、何も考えきれなくて、走るのもきつかった。自分が最後まで投げ切ったことで後悔はない。

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親の仕事の関係で小学生の２年間、アメリカに住んでいた。最初英語が話せなくて辛かったけど、少しずつ慣れて海外の友達もでき、英語を好きになるきっかけができたと思う。興南高校５６期特別進学コース嘉手川夏桜松島中学校出身特進発展クラス英検準１級取得（高２）中九州市立大学北外国語学部へ進学日常生活で悩んでいることを親身に相談に乗ってくれた。時には言わなくて悩みを察してくれる時もあってとても助けられた。受験の時は一人ひとりに時間をかけて面談や受験対策を行ってくれ感謝している。＊友達ができるか不安だった―特進発展クラスとは？―休み時間も自習してる人もいて、勉強する雰囲気がある。クラスの皆で受験勉強を頑張ろうと励ましあい、高２から同じクラスになって他愛ない話からいつの間にか皆が仲良くなっていた。中学校の頃までは予定を立てることはあまりなかった。高校から学校から配られるFindings(計画手帳)で勉強の予定をたてるようなった。時には３０分単位で計画を立て、計画通りできたときはテストの点数があがった。時間を意識できるようになった。英語での面接で、先生との対策では初め話すことができず、また大学への志望理由書も難しく、受験をやめようと思うことすらあった。しかし先生方に協力してもらって何とか合格できたと思っている。大学に入ったら通訳案内や外国人と関わるボランティアを経験して、これまで勉強してきた英語をさらに学び、活かしていきたいと思っている。またアメリカにも留学をして視野を広げ、コミュニケーション能力を高めていきたい。将来は大好きな英語とたくさん関われる通訳になりたいと思っている。―興南はどんな学校？――興南の先生って？――興南で成長できた事は？――大学受験どうだった？――これからの目標は？―親の勧めで興南高校を中期試験で受験した。最初は友達ができるかどうか不安だったけど、最終的には大人になっても会いたい友達ができ、興南入って良かったなと思う。行事は高３のときの興南祭が１番楽しかった。最後の後夜祭がとても盛りあがり、一体感があって思い出に残ってる。

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小さい頃に漫画の『ブラック・ジャック』を読んで、人間・動物関係なく、治療する姿がカッコいいなと思ったのが医師になりたいと思ったきっかけ。今考えると、彼の「人を助ける」という必死な姿に惹かれていたんだと思う。興南高校５６期フロンティアコース末吉寛興南中学校出身英検準１級取得（高２）将棋部所属中球大学琉医学部医学科へ進学勉強が一番伸びたと思う。先取り学習やモチベーションを維持しやすい環境だったので、勉強を頑張れたと思う。小学生のとき勉強ができる方だと思っていたが、中学入学時は平均以下でショックだった。そこから勉強を頑張ろうと思った。＊ブラック・ジャックになりたくてフロンティアコースと他コースとは違いがあり、特進・総合コースの野球部やハンド部の頑張りをみて、自分も勉強を頑張ろうといい刺激を受けたと思う。フロンティアコースは６年間一緒なので団結力があり、受験時に一緒に勉強できる仲間がいるのは大きかった。興南の先生たちは、どんな質問でもいつでも答えてくれることは凄いなと思う。また些細なことでも相談にのってくれることで、精神的にきつかった受験を乗り越えられたと思う。普段の授業から質問ばかりしていた僕にとっては、何でも答えてくれる先生の存在は有難かった。受験勉強を特別始めた覚えはない。受験を考えて参考書などは購入したが、それ以外は興南の授業をしっかり受け、宿題をして自習室で２０時まで残るという生活を高校３年間続けた。国語は論理エンジンというテキストを高１から使って勉強したことで文章への意識が変わった。特に小論文の文章の構成だったり、主語述語の対応を意識するようになった。ずっと判定が振るわず辛かった時期もあったが、センター試験よりも大学二次試験の方が得意な科目だったので、そこで挽回し合格することができた。普段の勉強を続けていれば、結果がでると感じた。沖縄で活躍する医師になり、特に離島地域の医療の充実とチーム医療の改善に努めたいと思っている。母が看護師をしていて、沖縄の今の現状をきいて、それらを改善したいと感じたことからそう思っている。将来は総合診療科に進み、医師の数が少ない離島地域で総合的に患者さんの状態を判断し適切な医療行為を行うために、色んな分野を勉強していきたいと思っている。―興南はどんな学校？――大学受験どうだった？――これからの目標は？――興南で成長できた事は？―

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二〇一七年の夏の甲子園県予選決勝で、興南の攻撃が終わらずにずっと演奏して、唇を痛めたけど楽しく演奏できたのはいい思い出。吹奏楽部に６年間所属し、高校では部長になり、皆をまとめる立場になって色々成長させてもらった。皆の意見を聞き、自分の意見を皆に伝えることの難しさ、大切さを学んだ。部員が少なかったが、中２のころから学校内でのミニコンサートを開き始めて部員も徐々に増え、高１のときには夢だったコンクールにも出場できた。惜しくも九州派遣は逃したけども、それに向けての練習は今でも思い出に残っている。興南高校５６期フロンティアコース仲村あかり興南中学校出身吹奏楽部部長中口大学山教育学部特別支援学科へ進学興南に入って良かった。先生に恵まれていた。進路の話や、部活の話などの悩みを親身になって聞いてくれた。地元にずっといるよりも色々な所から学校にくる友達と触れ合えたので価値観が広がった。中高６カ年で同じ先生方だから、担任じゃなくても気にかけてくれる先生方が多かったのはありがたかった。＊吹奏楽部の部長として―フロンティアコースとは？―中高と６年も一緒だからもう家族。悩み事を相談しても、自分のことをわかってくれてる人がいて、自分のダメなところもわかってくれてる友達がいるのは心強かった。特別支援の小論文対策をやっていたら、当日のテストのテーマにそのままでてきて自信をもって取り組めた。逆に面接は練習していたことが何一つ聞かれずに緊張したけど、自分が学んだことをしっかりと伝えることができて、合格することができた。特別支援学校については、小論文で対策のためにやっていたけど、現状などを知ることができ、とてもためになった。小学生の時、自閉症の方に出会って、そこから特別支援学校に興味を持った。高２の時に障がいを持っている子どもたちがいる児童園にいった。子どもたちの成長に長く関われる教員になりたいと感じた。将来は大学院にいき、臨床心理士の免許を取得し、現場で障がいがある子たちに寄り添うことができる教員になりたい。そして発達障害について世の中に伝えることができる活動もしていきたいと思っている。―興南はどんな学校？――大学受験どうだった？――これからの目標は？―

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入学前から難関大学の指定校を狙っていて、常にいい成績を修めて大学の選択肢を広げようと思っていた。入学後は部活をしている分、自習時間が短くなるので授業で理解することを心掛けた。ハンド部はテスト前に遠征があったりするので、勉強道具を持っていき、宿舎で勉強したこともあった。興南高校５６期特別進学コース新垣宏太神森中学校出身男子ハンドボール部所属２０１９年全国高校総合体育大会ベスト４中志社大学同文化情報学部へ進学１０年前、美ら島総体の際に興南のハンドボールを目の前で見た。カッコいいなと思い、すぐにハンドボールを始めた。中学のときに県選抜に選ばれたことや県外の大学進学の可能性も考え、興南への進学を決めた。高校３年間で１番印象に残っている試合は高校総体の準決勝。勝てば全国決勝へ駒を進めることができる大事な一戦。相手は春の王者で中学時代でも闘っていてライバル的なチームだったが負けてしまった。試合後のミーティングで照屋先生が泣き、自分も感情が込み上げてきたのを覚えている。もっと同じチームでハンドボールを続けたかったと試合の反省点が頭に浮かんで悔しかった。でも全国でのこのような経験は興南に入学しなかったらできなかったと思うので、興南高校に進学を決めて正解だったと思う。＊難関大の指定校を考えて今は大学で数学と情報の教員免許を取得して、先生になる道を考えている。特に情報処理をできるようになって、科学的にハンドボールの分析を行い、指導できるようになりたいと考えている。ただ大学でやりたいことがたくさんあるので、色々挑戦してみて将来の進路は決めようと思っている。―興南で成長できた事は？――これからの目標は？―時間の使い方が成長した。中学のときはやるべきことを後回しにすることが多かったが、高校は時間が限られているから、有効活用するために、計画的に物事を進め、うまく文武両道を実現できた。男子ハンド部ではレギュラーメンバーに入り、高３の１０月まで部活をし、勉強面では特進コースで席次４番以内に常に入ることができた。特別進学コースは、高いレベルで部活と勉強の両立ができるので、両方を大切にすることができた。＊興南ハンド部を選んだ理由

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コウノトリというドラマをみて、助産師に興味をもった。母が自分の夢を理解してくれていたので、１６歳年の離れた妹の出産に立ち会わせてくれた。その際に助産師さんの姿を見ていいなと再度思った。医療系の職業は、男性のイメージが強かったが、女性が輝いて働ける職業として魅力的に見え、志すようになった。興南高校５６期フロンティアコース山城優菜興南中学校出身JRC・インターアクトクラブ所属中縄県立看護大学沖看護学部へ進学６年間同じ先生だから、勉強に悩んだり、つまづいたときに、自分に合った言葉かけ、先生からの根拠のある受験アドバイスをしてくれた。長く付き合いがある分、自分のクセなども把握してくれてありがたかった。受験の面接練習は、担任ではない担当の先生が過去の受験レポートを一緒に観て予想しながら練習を行ってくれありがたかった。小論文対策では、文字数が今年から変更したこともあり大変だったが、国語の先生が何度も添削してくれ、試験を乗り切ることができた。対策はきつかったが、今振り返ると凄く感謝している。志望校を高３に変えたこともあって科目変更なども大変だったが、結果的に勉強も楽しくでき、自分の学びたいことがある大学に合格できて良かった。＊妹の出産に立ち会う経験―フロンティアコースとは？―６年間ケンカも多かったけど、最終的にはクラスやコースでまとまって、勉強やイベントごとに取り組めるコースだった。皆フレンドリーで面白い人が多かった。大学では助産師になるために今まで以上に勉強を頑張っていきたい。沖縄県立看護大学では、助産師の授業が成績の上位の学生から選ばれるということなので、その枠に入れるように頑張りたい。将来、患者さんに寄り添い、入院という普段とは違う生活を不安なく過ごせるようサポートできる助産師になれるように頑張りたいと思う。―これからの目標は？――大学受験どうだった？――興南で成長できた事は？―自分自身の性格を変える事ができた。人前で素直になれず、人と接することも苦手だったが、フロンティアの友人や先生たちが優しく接してくれたので自分自身を見つめ直し、成長することができた。

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サッカーを高三の11月まで続けたいと言うと親や先生達に反対された。条件として高３の１学期成績を上げると宣言し、勉強をした。結果、オール５でサッカーを続けさせてもらえた。親や担任の先生が頑張ったことを評価してくれた。自分で考え行動し、責任ある姿勢をみせると周りが認めてくれるということに気づけた出来事だった。留学でドイツに行ったとき、色々な国の文化や考え方を知って、多様性を認められるようになった。言語もドイツ語を英語で学んでいたので、帰国後に英語も学習しやすくなり、英検準１級も取得することができた。興南高校５６期フロンティアコース星野辰月興南中学校出身英検準１級取得サッカー部所属中智大学上総合グローバル学部へ進学１番は勉強。中学に入ってきたとき真ん中ぐらいだった。高校入ってから勉強が好きになって、成績が上位に入るようになった。例えば、世界史を解説する先生が面白かったり、生物のホルモンの話が楽しくて質問にいったり、勉強が楽しくなった。興南の先生方は、自分が頑張っていることを見守ってくれて、時にはアドバイスをくれた。自分に自信をもてるきっかけをくれた。＊サッカーを続けるために―フロンティアコースとは？―中高６カ年だから、男女の壁なく、過ごしやすい環境だった。家族みたいな感じ。先生たちも一人ひとりの話を親身になって聞いてくれた。先生たちが正しいことに導いてくれたと思う。最初は他の大学を受けて落ちた。その後からも担任の先生からアドバイスを受けて、熟考し自己推薦文と課題文を書いた。さらに何回も小論文を書いて、先生にみてもらい修正していった。面接も何回も練習してもらったので本番は全然緊張しなかった。今振り返ると受験の準備は、自分の過去や大学で学びたい事が明確になって、楽しかったと思う。大学では、中東地域におけるチームスポーツによる平和構築の研究をしたい。現在シリアなどでの民族の対立をいかに解決するか考えたときに、私が長年やってきたサッカーが有効だと思ったので大学ではその研究をしていきたい。そのために中東地域の人々のことを学ぶために現地に留学したいとも考えている。将来的には、人々が笑顔になれる環境作りをしていきたい。―興南で成長できた事は？――大学受験どうだった？――これからの目標は？―

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総合進学コースは一人ひとりが凄く明るくフレンドリー。色々なことを話し合い、学びあうことができた。様々な部活動のトップクラスで活躍している人たちとクラスメイトと過ごすことで刺激がもらえた。例えば、どの競技でも精神的なことは全種目で共通する部分がある。いいメンタルの保ち方を他競技の友人から聞けることは、精神的にいい方向に成長できたと思う。自分の周りで起こる全ての事をプラスに考えることができるようになった。引っ込み思案でネガティブだったが、部活でメンタルを鍛えられたのは良かった。興南高校５６期総合進学コース宮城汐李ライフル射撃部所属第７４回国民体育大会少年女子ビーム・ライフル３０発・６０発ともに優勝中央大学中文学部人文社会学科へ進学射撃で実績をあげることは意識した。また勉強はクラスでも下で苦手だったが、中央大学にいる興南の先輩方の姿をみて、入学したいと思って頑張った。受験時の面接練習では、初め何も喋れなかったが、紙に自分の考えを書く所から始め、面接練習を続け、本番では用意していなかった質問もされたが、答えることができた。＊全国レベルのクラスメイト―興南はどんな学校？―充実して生活できる学校だと思う。各コースで目指してることが違っていて、その違いの仲での心の持ち方を聞いていると、自分自身のアドバイスに繋がることが多くて、興南の生活で精神的に成長でき、充実した３年間だった。親身になって話を聞いてくれる先生が多く、悩んでることに対してのアドバイスも的確だった。精神的にもとても助けてもらった。アメとムチの指導が上手だなと思った。提出物出さなくて凄く怒られたことがあったが、次頑張って提出するととても褒められて、自分をよく見てくれているなと思った。一人ひとりをよくみて教育をしてくれていると思う。人生の目標は２つ。１つ目は「思い立ったが吉日」という言葉を頭において行動すること。２つ目は「自分に勝ち続けること」と考えて自分に甘くならないようにすること。大学でも射撃は、オリンピックに出場し優勝することを目標に競技を続けていきたい。まずはナショナルチームに選ばれ、海外の遠征に行けるように力をつけていきたいと思っている。将来は幼い時から憧れている警察官という職業に就いて、自分の行動で人を幸せにしていきたい。―大学受験どうだった？――興南の先生って？――これからの目標は？―

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自分としてはユニフォームがやはり素晴らしく、これがプロなんだなと思って、それを皆さんに伝えようと思った結果、場の空気にのまれまして…あぁいう結果になってしまったんですが、正直に…軽かったです…興南のユニフォームが重かったわけではなかったんですが…興南高校５６期特別進学コース勝連大稀普天間中学校出身野球部所属第１００回全国高校野球選手権大会出場２０１９年ドラフト育成４位指名やはり人が多いっていうのが１番の印象。皆の視線を感じた。でも実際にプレーしたらそんなこと考える暇がないぐらいの緊張感のある場所だった。高１のとき試合に出たときは、プレッシャーはなく、皆に「１年だから暴れてこい」と言われたので、楽しもうって思えました。高２のときは上級生に上がったので、チームを引っ張らないとというプレッシャーが強くなっていたと思う。＊ユニフォーム軽い発言について勉強する時間はやっぱりなくて、授業中の集中力がテストに繋がると思う。一度だけ授業中に打撃フォームを確認して注意された時は、自分の席が窓の近くで、自分の姿が見えたのでつい構えてしまっただけです…授業は集中して受けていた。ベンチから見るって機会があまりなかったので、デッドボールあたったことで「何でデッドボールあたるんだろう。前の日に何かしたかな」と考えていた。でも勝ちたいって気持ちが強かったので、思えば思うほど自分が出たいって気持ちになったが、そこはこらえて仲間の活躍を祈った。甲子園は変わらず凄い所なので高３でも行きたかった。高校生活は中学と違って、苦しいこともあると思うが、日々の積み重ねで必ずいいことが起こる。その時のために一日一日を大切に過ごしてほしい。自分は育成からのスタートで厳しいと思うが、努力は誰にも負けないようにして、土台となる身体作りからしっかり行い、１軍で活躍するのを目指して頑張っていきたい。―興南野球部について―練習の休みがない分、他の学校に比べると練習量だったり、質だったり、本番に向けての土台作りがしっかりしていると思う。監督さんは厳しかったが愛があったと思う。―学校生活について――高１年から試合に出て――最後の夏の決勝について――後輩へメッセージ―福岡ソフトバンクホークス

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中学のときに学年で下位まで席次が下がったことがあったが先生や親の声かけもあって、勉強を頑張ることができた。高校では受験の危機感を感じ放課後２０時まで残って勉強した。友達にたくさん質問したり、苦手な英語を克服するために先生に付きっきりで指導してもらった。高１の短期留学で米国シアトルに行ったとき、英語を得意になりたいと思った。興南高校５６期フロンティアコース渡嘉敷桜興南中学校出身JRC・インターアクトクラブ所属中球大学琉国際地域創造学部へ進学元々人前に立って話をすることが苦手だった。でもJRC・インターアクトクラブの活動や台湾研修で海外の高校生と交流でコミュニケーション能力がついたと思う。高２の研修旅行では沖縄と台湾の文化について台湾の高校生へプレゼンテーションを行ったことで、人前で話すことは自信がついた。＊英語が得意になったキッカケ―フロンティアコースとは？―勉強だけでなく、まなVIVAや行事にも全力に取り組める楽しい学校。中学のときから数学の先どりが始まり、中３では数IAが終わり、高３時には全範囲終わって安心して受験勉強に取り組めたことは良かった。６年間同じ仲間で、先生もほぼ変わらないから、勉強も皆で一緒に取り組むという感じだったので、一人だけ取り残されるってことはあまりないかなと思う。生徒のことが好きだろうなって先生が多かった。「自分は生徒のことが好きで、教師になったから生徒のサポートができることが幸せ」という言葉を聞いて、自分も教師になりたいとも思わせてくれた。生徒のサポートできる先生になりたいと思った。JRCの活動の中で東ティモールの方々と交流した際に恵まれない環境の中で楽しそうに生きている子どもたちをみて自分の環境を見直す機会になった。自分が教師になったとき、他の国の人たちと子どもたちが交流する機会を作ってあげたいと感じた。大学で北欧地域に留学に行き、英語圏とは違う文化に触れて視野を広げたい。他の国の子どもたちに何かしたいと思ってくれるような人材を、自分が教師になって増やしたいと思っている。―興南で成長できた事は？――これからの目標は？――興南の先生って？――大学受験どうだった？―日々の勉強が辛かった。文系だけど特に化学は苦手で、担当の先生にたくさん質問をして定期テストで96点取れたのは自分の中では頑張ったと思う。

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中学の時には部活と勉強の切り替えができていなかったが、高校では文武両道を目指していたので、今やるべきことに集中してやりきることで、次のことに切り替えて取り組むことができた。部活動を通して、周りにも気を配って、気づいたことを行動に移す力が身についた。例えば、ゴミが落ちていたとしてそれに気づいて拾わない人もいるが、それを拾うことが当たり前にできるようなった。興南高校５６期総合進学コース堀江直人松島中学校出身男子バスケ部所属中西学院大学関社会学部へ進学充実した３年間だった。コースに分かれているので、いい意味で目標も考え方も得意なことも違う友達ができ、おもしろい考え方とかあってタメになった。バスケ部は県外に大会や遠征に行っても知られていて伝統を感じた。「心体技」を大切にしている部活で、他校のようにコートの割り振りでコートが使えない日がなく、朝からいつでもバスケの練習ができる環境があるのは興南の強みだと感じていた。＊高校では文武両道―総合進学コースとは？―ほぼ全員が部活動に所属していて、他のコースにくらべて勉強面は基本を中心に学べるので、部活動との両立がやりやすかった。スキマ時間などを使って勉強をして、成績を維持していた。クラスの雰囲気は、男子が多いので行事は盛り上がるし、授業中の難しい問題もみんなで考えて助け合える空気感があった。総合コース２クラスで一つのクラスのような雰囲気。大学では、スポーツ社会学を学んで、プロスポーツチームと地域との関わり方やスポーツを通して地域活性化するために必要なことを学びたい。大学でもバスケットを続けて、関西リーグや西日本大会で好成績をおさめられるように努力をし続ける。―興南はどんな学校？――興南の先生って？――これからの目標は？―井上先生は、バスケットの技術よりもそこにいたるまでの挨拶や礼儀を大切にする先生。自分の中で一番変わったのは、人とのつながりを大切にして、協調性の大切さを学んだ。自分の意見を伝えられるようになった。

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興南アクト部では首里城ガイドを修学旅行生に行うなど、興南でしかできない経験ができたと思う。他にもG1サミットという経済界・教育、IT、観光などの分野でトップの方々の前で発表やディスカッションをすることもあり、そこで知らない世界が見えいい経験ができた。またその方々のプレゼンが人を惹きつけ、探求心を刺激される話し方だったので、私もその様に話せるようになりたいと思った。興南高校５６期フロンティアコース下地祐里興南中学校出身興南アクト部所属中球大学琉理学部数理科学科へ進学興南の先生方は色んな世界を見せてくれる先生がいて、部活の顧問は学校だけではない外の世界にたくさん連れて行ってくれた。例えば、G1サミットや首里城ガイド、他府県高校生とのディベートなど様々な活動の場を設けてくれた。また数学担当の先生は親身になって入試対策を行ってくれて、毎日放課後遅くまで残ってくれた。琉大二次対策では毎日対応してくれ、そこで学んだものが試験当日に出題され合格することができた。＊トップの方々からの刺激大学では特に数学を勉強したいが視野を広げたいので留学したい。グローバル化が進む世界で海外の人と交流をし、その土地の文化や考え方を知りたいと思っている。職業は数学の教員を目指していて、理想は数学が得意な生徒が高度な質問をしても即座に答えられるようになりたい。興南で教わった数学の先生のように数学を極めて、生徒のことを１番に考えられる先生になりたいと思っている。―興南はどんな学校？――これからの目標は？――興南の先生って？―他のコースからの刺激を受けることがあった。例えば強化指定部活が活躍し、県内・全国で結果を残しているのをみて、自分も負けられないなと思い、勉強を頑張ろうと刺激を受けた。フロンティアコースは、６年間一緒なので素でいられる家族みたいな感じ。皆が大学進学を目指して勉強しているので、推薦合格をしている子たちも、最後まで一緒に頑張ろうという雰囲気があった。―大学受験どうだった？―勉強より遊びたくなった時もあったが自習室で夜遅くまで勉強している友達がいて、それに刺激されて頑張ることができたと思う。親には昼と夜の弁当を作ってもらったり、担任の先生は進路について相談に乗ってくれ、なかなか決められなかった最後の決断を手助けしてもらった。感謝しかない。

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高１のとき足のケガで陸上部に入部できず、さらに大きな病気で２か月入院し、学校にも行けなくなってしまった。そのことでネガティブになって他の生活面にも影響してやりたいことを自分で勝手に抑え込んでいた。しかし入院中に自分を深く見つめ直す時間ができたことで、自分自身を変えることができると気づくことができた。そしてやりたいことを率先してやろうと思うようになった。海外への興味から中国語教室に通ったり、生徒会副会長にも立候補し、さらに俳句部、写真部にも所属し、足のケガで諦めかけていた陸上部にも入部し、キャプテンにもなることができた。ちょっと色々なことをやりすぎたとも思ったけれども、他の生徒に比べ予定がたくさんあり、時間管理も学びながらやりきったと思っている。興南高校５６期特別進学コース玉城輝大小禄中学校出身特進発展クラス生徒会副会長、陸上部部長・俳句部・写真部所属＊自分を変えることができた色んな経験をすることができた。部活や生徒会という組織をまとめるということが大変だった。多くのことに挑戦していたので時間に制限があったからこそ、勉強を効率的に行うということもできるようになった。自分から主体的に行動できるようになったと思う。高校３年間、大学進学を考え高校生活を過ごしていたが、やりたいことがたくさんあって、限られた時間の中で勉強をし、やらないといけない事とやりたい事の折り合いをつけることは大変だった。興南の先生たちは、とても生徒と距離が近くて、相談事だったり、何気ないお喋りもとても楽しくできた。年上の人だから自分たちよりも経験があるので、たくさん色んなアドバイスをもらえた。何をやっていきたいかは迷っているが、自分はSDGｓに興味があるので、その様々な問題の枠組みを自分の視野を広げ、大学は１つの学問にこだわらずに色んなことに挑戦をして自分の教養を深めていきたい。最終的には自分の力がそれらの問題解決の一部になって社会に貢献できればと思っている。―興南で成長できた事は？――大学受験どうだった？――これからの目標は？―中球大学琉国際地域創造学部へ進学

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フロンティアコースで６年間、生徒・先生ずっと一緒だったので困ったことやそのほか何でも先生に相談できた。中学まではケンカもあったが、高校に進学するとお互いがどのような人間かわかるので過ごしやすかった。フロンティアは３クラスで一つという一体感があった。興南高校５６期フロンティアコース新垣美玖色んな人たちと関わることで、自分とは違う考え方の人がいるという視点が広がった。苦しいことに立ち向かってそれを乗り越えることができた。そこで自分に自信がもてるようになったし、殻を少し破れた気がする。大学受験は面接・小論対策に取り組んだ。面接は苦手意識がすごくあって、全然できなかったところから先生が私に合わせて段階的に指導してくれた。その甲斐もあり、おかげで面接も人並みに話せるようになった。１１月は小論・面接対策に追われていたので、12月からさらにセンター対策を追い込んだ。その結果センターあり推薦で琉大に合格できたと思う。中学生の時から普段の授業やテスト勉強・課題をコツコツやってきた。その分がセンター試験対策のときに活きていた。普段の勉強が自分の力になるのを実感できたので、これから受験する人は、コツコツと普段から勉強することが大切だと思う。＊フロンティアの一体感大学では心理学を専攻して、大学院まで進学し公認心理士の資格をとりたい。色んな人に寄り添うことのできるスクールカウンセラーになり、自分でうまく自分の意思を表現できない子や周りに合わせてしまう子たちの声を聞いて寄り添ってあげられるように自分もスキルアップしていきたい。―興南はどんな学校？――これからの目標は？―受験に向けてのカリキュラムがしっかりしていて、先生たちがわからないところを質問したときにとことん付き合ってくれた。周りもスキマ時間でも単語を勉強したりしているのは刺激になった。社会科の倫理は９０点を目標に設定し、本番のセンター試験でそれを達成でき、先生に褒めてもらえた。でも一番は担任の先生にとても支えられたこと。６年間持ち上がりで、中学１年のときからずーっと見守って、支えてくれた（涙）。―興南で成長できた事は？―興南中学校出身中球大学琉人文社会学部人間社会学科へ進学

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アメリカ留学で友達ができるか不安だったがフレンドリーな人が多く友達もたくさんできた。何かにチャレンジしたく、マーチングにも挑戦しホルンを吹けるようにもなった。留学中の授業は工学と建築、情報にも挑戦することができ、その際に学んだ日本には学べないプログラミングの授業があったことから、情報系の分野をさらに深めたいと思い、進学する大学を考え始めた。興南高校５６期フロンティアコース喜屋武大介興南中学校出身中崎県立大学長情報システム学部へ進学中学は成績が下がってしまっていたが先生方のサポートがあり留学後高２から受験へ切り替えができ、勉学にも集中できるようになった。在学中の留学はいい刺激が受けられると思う。語学力の向上ももちろんあるが、世界中に友達がいてコミュニケーションがとれることは自分の視野が広げられると思う。自分も実際留学したことで大学進路が決まった部分があるので、海外にでることは大事だと思う。＊留学を機にチャレンジ！大学に入ったらプログラミングやソフトウェア開発をやりたい。IoTという「モノをインターネット化し便利していく」という開発や研究をしたい。現在の高齢化の課題である「孤独死」の問題にIoTを使って取り組みたい。１人暮らしをするお年寄りがトイレを１日使っていなかったら、家族に連絡がいくなど、様々な問題を解決する可能性を秘めていると思う。大学や社会人になったときにそのような問題を解決できるようなエンジニアになりたい。―興南はどんな学校？――これからの目標は？―中１から高３まで同じ担任で生徒のことを良くわかってくれていて、指導やアドバイスもしっかりしてくれた。苦手だった数学もみっちり教えてくれ、留学で遅れた分を取り戻すことができた。先生方は優しいが、時に厳しく指導してくれる先生たちだった。怖い先生がいて緊張していたこともあったが、たまに授業で雑学を披露してくれる時もあり、メリハリがあって楽しい授業だった。―大学受験どうだった？―留学後の勉強の遅れがありとても厳しかった。特に理系に進んだことで数学の基礎が大事だと思い、そこをやり直した。それから発展的な内容をやっていき段々解けること・できることの楽しさができてきた。時には辛くて勉強したくなった時もあったが興南の友達が頑張っていたので勉強続けることができた。―興南で成長できた事は？―

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興南は野球部でも勉強を頑張ってる人が多いし、社会で活躍してる人も多い。我喜屋監督の本も読んで、厳しく人間的な成長が望めると思い興南を選んだ。親には、県立でレギュラーをとって試合出れる方がいいのではないかと言われたが、興南に行き、やるだけやってレギュラーになれなかったらそれでも良いと思っていた。実際に思っていた以上に学ぶことがあった。レベルの高い所に身を置いたことで、自分の人間的、技術的レベルを上げれたと思う。それを実現できたので、興南に来てよかったと思っている。興南高校５６期特別進学コース銘苅築大里中学校出身野球部所属中媛大学愛工学部化学生命科学コースへ進学生徒一人ひとりのことを気にかけていて、大学に合格させるために本気でやってくれたという感謝の想いがある。関わりのあった先生が進路など気にして声を掛けて頂くことが多かった。＊興南野球部を選んだ理由―興南はどんな学校？―特に部活生が多く、目的をもって学生生活を過ごしている人が多かったので、刺激を受けた。また、個性が強く、たくさんの地域から興南に通っているので、価値観の違いが学べた。行事も皆が盛り上げようとしていたので思い出深い。野球部では、野球以外のことが一番大事だと気づいた。ゴミ拾いは自分の心を整理する時間になり、今まで気づかない所にも気づけるようになった。また寮生活では、様々な考え方をもった仲間と共同生活することで、お互いを認め合って意識を共有していくことを学んだ。国立しか考えていなかった。興味のある化学を選び、推薦で合格した。面接は自分に自信がつくまで先生に指導して頂いた。今まで野球・勉強と頑張ってきた分、アピール文は書きやすかった。工学部での研究も楽しみで研究員も考えているが、教員という職業も魅力があるので、教員免許も取得できるように頑張りたい。また、大学でも野球を通して自分を成長させていきたい。その過程のなかで、将来一番自分のやりたいことを見つけ、職業をしたいと思っている。向上心を持ち続けて、自分の限界を作らないよう頑張っていきたい。―興南の先生って？――興南で成長できた事は？――大学受験どうだった？――これからの目標は？―

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俳句を始めたのは同級生に誘われたことがきっかけ。そこから興味が広がり俳句部に入部した。俳句甲子園という全国大会で県勢初の個人最優秀賞を受賞することができたが、団体戦は活躍できていなかったので次年度の決意を固めたのを覚えている。高３は俳句部を部長として全国大会へ導くことができた。俳句を始めたことで県外の人との繋がりも広がり、また普通に生きていたら学ばない文学を知ることができ、新しい視点で物事を見ることができるようになったと思う。興南高校５６期フロンティアコース桃原康平興南中学校出身俳句部所属興南アクト部中球大学琉国際地域創造学部へ進学多様な考えを理解できるようになったと思う。フロンティアコースの個性的な友達と長く付き合うと、それを個性として認めあえることができるようになった。小中は勉強が嫌いだったが、高校生になり色んな人たちと関わる中で、何かしらに繋がることをわかってきて、勉強が楽しくなってきた。＊全国で個人最優秀賞興南アクト部は中高生が同じ立ち位置に立って、修学旅行生に対して首里城ガイドや交流会を行う部活。その部活動を続ける中で沖縄のことを調べたり、首里城に行ってガイドする中で沖縄の魅力に気づき、大学で学びたい事とも繋がっていったと思う。推薦入試がダメでとても落ち込んだが、センター試験に対するやる気に繋がった。真面目に勉強してわかっていくことが楽しくなり、センター試験が最後は楽しく感じた。大学では沖縄の観光を学びたい。興南アクト部で中学から首里城ガイドを続けてきて、沖縄の観光を身近に感じてきた。今回の首里城火災やコロナの影響での経済損失も考え、今後の沖縄の観光を考えていきたい。卒業後は教員か、観光に従事しようか迷っているが、何かしらの形で沖縄の観光に対して関わっていきたいと思っている。―興南はどんな学校？――これからの目標は？――興南で成長できた事は？―私立ということもあり、勉強に対する意欲はわきやすいと思った。周りが勉強を頑張る人たちだったので、主体的に勉強に取り組める環境だと思う。先生方は個性的で面白く、ただ教科書の内容を教えるだけでなく先生方が経験してきたことを踏まえて伝えてくれることはありがたいなと思う。―興南アクト部とは？―

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令和２年度大学合格実績国立大神戸大学長崎大学薬山口大学獣琉球大学医医(３)電気通信大学山口大学新潟大学三重大学長崎大学愛媛大学島根大学琉球大学(２３)公立大国際教養大学横浜市立大学北九州市立大学会津大学下関市立大学長崎県立大学名桜大学(４)沖縄県立看護大学私立大慶應義塾大学早稲田大学上智大学明治大学(２)青山学院大学(２)立教大学(３)中央大学(５)関西大学(２)関西学院大学(４)同志社大学(４)立命館大学北里大学獣(２)津田塾大学(２)日本女子大学北里大学明治学院大学日本大学(３)東洋大学駒澤大学専修大学(３)東京家政大学独協大学(２)玉川大学(２)大東文化大学東海大学(２)亜細亜大学(３)帝京大学国士舘大学(３)京都産業大学近畿大学甲南大学龍谷大学(２)西南学院大学立命館アジア太平洋大学(２)福岡大学(７)文教大学(２)名城大学拓殖大学(２)日本体育大学愛知東邦大学芦屋大学(２)江戸川大学(２)桜美林大学(４)大阪大谷大学大阪観光大学大阪産業大学神奈川歯科大学神奈川大学(２)鎌倉女子大学亀田医療大学九州共立大学(２)九州保健福祉大学倉敷芸術科学大学(２)久留米工業大学久留米大学(３)国際医療福祉大学国際武道大学(３)山陽学園大学秀明大学城西国際大学白梅学園大学園田学園女子大学高松大学(２)中央学院大学(３)中部大学帝京平成大学(２)東北福祉大学徳島文理大学(２)日本文化大学人間環境大学(２)花園大学広島国際大学(３)福井工業大学文化学園大学別府大学北海道医療大学武蔵野大学(２)明海大学山梨学院大学日本文理大学吉備国際大学亀田医療大学金城大学九州産業大学(４)立正大学徳島文理大学(３)旭川大学四国大学九州看護福祉大学(２)西日本工業大学金沢工業大学(２)日本薬科大学第一薬科大学岡山理科大学三育学院大学千葉科学大学東京国際大学京都外国語大学関西外国語大学(２)桃山学院大学九州女子大学(２)九州栄養福祉大学神戸学院大学国際医療福祉大学酪農学園大学(２)福岡工業大学(２)九州産業大学(２)日本工業大学沖縄国際大学(２０)沖縄大学(１７)沖縄キリスト教学院大学上智大学短期大学部沖縄女子短期大学(４)１３３大学３１４名４年制大学合格！２０２０年４月３日時点

