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現役合格者INTERVIEW学校法人興南学園興南中学校興南高校入試広報室

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令和3年度大学合格実績国公立大私立大229大学331名4年制大学合格2021/4/1現在

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他校の生徒と話す機会や新聞を読んでいても中学から高校のこの六年間は一つ違う世界、貴重な経験ができていると感じる。例えば、中学校で総合学習の取組みで会社を設立したことや、コロナ禍という逆境の中であっても学校のための活動に参加させてもらったこと。最初は戸惑いもあったが、様々な方々と関わりを持たせてもらい、誰にも出来ない貴重な体験が出来た。それは、自分のカラーや表現力を養う意味でも今後の自分の糧、自信につながると思った。だから本当に挑戦して良かった。また、いろんな地域から興南での友との交流は、いろいろな意見や考えが聞けて、楽しく充実した時間が過ごせた。そして、受験の大きな一つの課題に打ち勝つために、仲間との絆や先生方やたくさんの人に支えられたことを再確認できた。興南での学校生活は一言でいうと刺激的な6年間だった。興南高校57期フロンティアコース嶺井陽菜興南中学校出身女子バレー部キャプテンJRCインターアクト部法政大学国際文化学部へ進学―大学受験どうだった?――これからの目標は?――興南で成長できた事は?―中学生の頃から比べると、自分から行動を起こせるようになった。それは、自分を受け止め、認めてくれる先生たちが多かったからだと思う。可能性を伸ばしてくれた。また、友だちつくりもとても大切で、自分を引き出してくれたり、相談できる友だちがいて、ケンカもして苦しいことや悲しいこともあるけどそんな友だちや事柄の出会いを通して成長できたかなと思う。いろんな考えを持ってる友だちの影響が、多角的にバランスよく物事を考えられるようにもなった。また、社会貢献として募金活動などのボランティアに参加することで、世界を身近に感じられたことも良かった。進路を決めるまでに自分との葛藤があった。進むべき道を決めるには大きな勇気がいる。時には親とぶつかることもあったが、そこから相談にのってもらったり、周りのサポートが大切だと感じた。PRCM*刺激的だった学園生活���������大学に進学したら厳しい環境に身をおくことでいろいろな人と知り合い、人間的に成長出来たらと思う。これからは新型コロナ禍の影響も考えて、就職の幅を広げるために様々なことに挑戦していきたい。このようなときだからこそマナーや品格など人間力が試されると思うので、将来はCAという職業や外務省に務める事が出来たらいいと思う。また、人の役に立てる起業が出来たらとも考えている。

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武村盛良興南中学校出身理事長賞理学部へ進学高校2年生の時に九州大学でオープンキャンパスに参加し、その時受けた古生物の講義にとても興味がある。その教授の研究室で研究をしたい。大学の研究は難しいと思うが、身についた「計画を立てて実行すること」をずっとを役立てて、研究を続けていきたいと思う。現代とは違う形で存在していた古生物の存在がおもしろいし、化石から謎を探っていくロマンがあり、知的好奇心をくすぐられる。―これからの目標は?―九州大学���������本格的に受験を意識し始めたのは高2の夏だったと思う。仲の良い4人で、夏休みの計画を立てようということになったのがきっかけ。自分でも計画を立てたが、いろんな先生に計画の立て方などのアドバイスを聞いて進めたりした。また、その4人で協力し合いながら、勉強したのも良かった。その時に役に立ったのが、興南で中学生から高校生まで生徒全員に配布される『Findings』の存在。計画を立てて見直すことや計画通りに進められるように達成感を味わって勉強できるようになった。3年生になってオンライン授業になったが、高2には計画を立てて実行することが身についていたから、自宅でもできるとプラスにとらえられ、勉強に集中できた。学校が再スタートした5月からは更にもう1度受験までの大きな計画として見直し、そこから逆算して1日の計画を立てた。受験に役だった『Findings』の存在は大きい。教科書の内容を早めに進める授業が多かったため、コロナ禍でも不安はなかった。先生から2年生で数学をしっかり学び、3年生から理科の勉強時間を多めにとるようアドバイスを得ていた。そのおかげもあって、十分な2次試験対策ができた。興南高校57期フロンティアコース―興南で成長できたことは?―6年間一緒の友人のおかげで、人とよく話せるようになった。高校生になってからは先生たちともよく話せるようになり、人前に出てお笑い芸人の出し物をするなど、メンタルも強くなった。友人とよく話せるようになったことが功を奏し、受験で大変な時も友達と励まし合って夢をあきらめずに努力することができた。コロナ禍で受験が追試になったときも未知の怖さで泣くほど辛かったが、そういった面でも直前まで友人や先生方が声をかけてくれ、それが励みになりメンタル面も強く保てたと思う。―大学受験どうだった?―

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島袋順市興南中学校出身法学部へ進学小学生の時に父が亡くなり、家族は国からの補助金や支援金を受けながら生活をしていた。その時、特に不自由なく生活を送ることが出来、国の支援システムやセーフティネットの有用性を身をもって実感した。「社会保障や福祉システムのあり方についてやってみたい」と強く思うようになった。大学ではまず法や公共のシステムについて学び、将来は日常生活の中で色んな支援を必要とする人々に適切かつ有用な公的サービスを提供できる人になりたい。―これからの目標は?―九州大学ずっと勉強だけを続けるのは不可能なので、勉強以外にも趣味の動画を視聴するなど、気分転換を図った。また、自分には3つ下の妹がおり、高校受験を控えていたので、お互いにだらけないように声を掛け合って、鼓舞し合った。���������興南学園には「中高一貫プログラム」があり、そこでは早朝テストや課外・土曜講座などがあり、受験を意識した環境が整っていると感じた。そのおかげもあって、しっかりと受験に挑むことが出来た。興南は課題の量が多いと周りから聞いていたが、自分にとっては比較的適量であったように思う。高校受験がないというのも魅力で、その分自分の時間を自分の志す方向に合わせながら有意義に使うことができた。自分自身のマネジメント・コントロール・自己管理を適切に行うことができる環境だった。また、友人も中学から全員顔見知りとあって、人間関係に気を使わなくてはいけないという煩わしさから解放され、安心して学校生活をおくることが出来た。先生方も、面白い人が多かった。社会性に富んでいて、教科以外のことについても含めて話してくれるから、6年間通して授業もとても面白かった。受験勉強を始めたのが遅かった。3年生に進級した頃、新型コロナウイルスの影響により休校期間が長かったこともあり、勉強のペースを落とした。7月に受けた模試で結果が出せず、得意科目だったはずの数学もわずかしか取れなかった。しかし、休校期間中にさぼったことに罪悪感を感じ、そこから火が付いた。とにかく数学を頑張った。数学は積み重ねが大事、それを怠ると「詰んでしまう」と感じたので、とにかく頑張った。実際の共通テストでは9割以上取れており、本当に嬉しかった。興南高校57期フロンティアコース*中高一貫のメリット―大学受験どうだった?――心が折れそうだった時―

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仲村樹人浦添中学校出身特進発展クラス総合理系学部へ進学北海道大学の1年次の成績で、進む学部が決まるので、しっかりと成績をとって薬学部に入り、薬剤師になりたいと思っている。得意な数学を学んで医療関係の仕事で頑張っていきたいと思う。海外生活も考えていて、スイスに移住したいと思っている。昔スイスの風景をみて、そこに住んでのどかに暮らしたい。そのためにも第二外国語でドイツ語を学んでいきたい。―これからの目標は?―北海道大学計画を立てて勉強していたのでいけると思った。英語が高2の1月から高3の8月まで伸び悩んでいたが、ずっと試行錯誤しつつ勉強を続けた。長文の読み方、解き方を学び直し、結果伸びて合格ラインまでいくことができた。*好きな科目は好きなように���������数学が好き。理由は解けたときの爽快感があるから。数学はパズルのような感覚でできることが楽しかった。興南の前期入試で合格が決まってから、中3の1月から高校数学に興味をもって勉強を始めた。高1の12月までに高校3年生までの数学を通し、好きな科目を好きなように勉強できて楽しかった。高1の夏からは英語も大事って聞いて、単語帳を自分で買ってやり始めた。北海道大学は中3のときから「バンプオブチキン」というバンドが好きで、その人たちと同じ大学に進学したいと思って勉強をやり始めた。模試でE判定だった時や成績が伸びなかったときは、時間を1時間と決めてyoutubeとゲームをやって息抜きをした。伸び悩んだ時は先生や友達に相談にのってもらい気分を紛らわせ、勉強を毎日やりつづけた。興南高校57期特別進学コース*伸び悩んでも続けること模試でE判定だったが徐々にあげることができた。共通テストでの判定もE判定だったが、二次試験の勉強を高3の9月からやっていて自信があったので、そのまま出願した。―特進発展クラスとは?―周りも受験を意識しているので、特進発展クラスに進んだら全部の教科で1番になることは難しく、クラスメイトと競いあって勉強できていたと思う。担任も厳しく指導してくれ、親のようにいつでも相談にのってくれた。先生に何回も質問に行ってもいつも答えてくれて、自分のやりたい勉強をやらせてくれた。―心が折れそうだった時―

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興南高校57期フロンティアコース新垣伶奈興南中学校出身写真部部長医学部医学科進学―フロンティアコースとは?―再生医療の研究をしていきたいと思っている。まずは家族を助けられる研究をしたいし、それが他の人にも使ってもらえるものにしていきたい。琉球大学の研究室に積極的に参加していきたい。また、再生医療の研究が進んだ国へ留学して知識を広め、沖縄に帰ってきてまた研究をし、そのあとさらに世界に発信できるようにしていきたい。―これからの目標は?―琉球大学中学時に様々な場所から入学してくる友人たちと接することで、適応力がついたと思う。勉強面は自学習力を学んだ。皆まじめで受験のときはそういう雰囲気になったから、勉強に集中できる環境だった。団結力など、中高でフロンティアメンバーと過ごしていく中で学園祭などの行事を通して学べたと思う。特に高校はめちゃくちゃ楽しくて、中学のメンバーとの絆を持ちつつ他校から興南に入学してくる人たちがいて、世界が広がった気がした。先生方も親身になって話を聞いてくれ、質問に親切に答えてくれたので、安心して勉強できた。*目標を曲げない強い気持ち���������中学入学時に勉強の量で結構大変な時期もあった。最初のステップはそれを乗り切ろうと思ったことが精神的な成長につながったと思う。家族のケガがきっかけで再生医療に興味をもち、医学部をめざしはじめた。大学受験も直前までE判定ばかりで、共通テスト本番も英語の筆記でマークミスをして、次の英語リスニングは泣きながら解いた。大変だったけど、最後まで受けきらないと後悔すると思い、二次試験を頑張り、やれることはすべてやりきった。合格発表の前日も不安で就寝できず、たくさんお菓子を食べて気持ちを紛らわせていた。結果、合格したが、自分がこんなにメンタル面が強いと思ってなかった。目標を曲げないっていう気持ちを身につけて深めることができたのが、自信につながったと思う。―勉強と部活の両立―写真部での活動は勉強との両立も大変だったが、友達や先輩、後輩との繋がりがあって楽しかった。部長としてうまくできたかなと思う部分があるが、人とのコミュニケーションもとれていい経験だったと思う。

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興南高校57期フロンティアコース南條楽興南中学校出身俳句部部長生徒会人間の単位として自分は1人なので、2人以上の人間を助けたいと思う。例えば、僕1人で生き残ることができても、それはつまらない。僕と1人の人間を助けてあげることができれば、2人分の幸せが作れる。日常の中でも将来の職業でも、人を助けたい。バスの中で席を譲るのか、年商3億になったときにそれを寄付したり。大なり小なり、自分も人も助けることが僕の将来の目標です。―これからの目標は?―横浜国立大学大学受験は楽しいと思えたもん勝ち。ポジティブにとらえ始めることができたら、限界に挑戦できる。ネガティブになるのは結果が出た後でいいと思う。そういう思考をケアすることが受験では大切かなと思う。受験では死なないし、受験しなくても死なない。だからポジティブに楽しめた方がいい。先生たちからではない「課題」を初めてもらういい機会。楽しんだ方がいいと思う。���������興南高校は色々な地域から生徒が来てるから、小学校の地域色が少なく、自分が当たり前だと思っていたことが、いい意味で覆された感覚がよかった。価値観を受け入れる大切さを学んだ。価値観に対する多様性というものが受け入れやすくなり人付き合いは上手くなったと思う。ずっと同じメンバーだからこそ、ズバッと言ってくれるから、それはよかった。その中での心の成長は大きいと自分自身感じた。京大推薦の二次で英語の論文ができなくて泣きそうになった。その差が1ヵ月では埋まらなくて、とりあえず自分ができるとして仮定し、計画を立てた。それでもきつかったときは好きな音楽を聴いてリフレッシュした。思考がネガティブになったときは何もしないという方がいいと思う。音楽を聞いて、お菓子を食べて、テレビ見るのが一番だと思う。経済学部へ進学*心の成長につながった*楽しいと思えたもん勝ち6年間ずっと会うので、家族みたいな関係。6年間同じ担任で、同じクラスメイトもいて、凄く安心できる環境がある。中高とも生徒会活動をやってきたが、中学で活動する人は高校でも続ける人が多く、仕事がやりやすいと思う。行事運営を大きく動かすことができるのでやりがいを感じられた。―フロンティアコースとは?――心が折れそうだった時―

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池間優一郎興南中学校出身社会科教科賞数理研究同好会経済経営学部へ進学人生を生きる意味を考えたときに、人を幸せにする人になりたい。自分を幸せにしてもらったことがたくさんあるから、自分も恩返ししたいと思う。そこから考えて、大学での学びによって社会を幸せにする職業が、ベンチャーキャピタルだと考え、就職したいと考えている。アイディアはあるけど、経営がうまくいってないという人を支援する仕事に就き、大学で学んだスキルを社会に活かしていきたい。―これからの目標は?―東京都立大学それぞれのコースで特徴があり、目標も異なるが、逆にその刺激を受けられる。勉強とスポーツという部分で進む方向は違うけど、特進、総合の友人に対して、ライバル的な感覚があって良かった。���������フロンティアコースは6年間一緒なので、仲が良かった。自分自身だけで勉強に対する熱意ややる気を保つことは困難で、模試の判定がずっとC判定とかD判定だったときなどは特に友だちの存在に助けられたと思う。例えばSNSを使ってグループメンバーをつくり、今日の勉強時間や模試の点数などをお互いで共有し次につなげることで、頑張ろうという雰囲気をつくれた。友だちに色々なことを聞いて参考にしたことが一番学力が伸びたと思う。友だちが頑張っている姿をみて、自分も頑張ろうと思えた。共通テストはうまくいったが、阪大二次レベルは数学ができる所も基礎的な部分が足りなくてできなかった。後期は基礎を重視し、計画を立てて取り組んだ結果、合格できたと思う。勉強法はひとそれぞれだけど、やる量は決まってくるので、きちんと計画を立て基礎を徹底していくことが大事だと再確認できた。興南高校57期フロンティアコース*共に戦う友人がいること―興南で成長できたことは?―中学ではテニス部でキャプテンを務め、一人で何もかもやろうとしてきつかった。人をまとめることの大変さを実感した。高校では勉強を頑張った。今まで何かを頑張ろうと思ったことはなかったが、高校では勉強を頑張ろうと決めて、それをやりきったことは学びになった。努力したことで失敗したこともあったけど、そういう体験が成功に繋がる感じが実感できたと思う。―大学受験どうだった?―*コース別での目標が刺激に

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興南中学校出身興南エイサー隊教育学部へ進学将来は教員として人の成長に携われる人になりたい。できなかったことが、できるようになったことにドラマがあると思って、自分がそのドラマを作ってみたいなと思った。誰かと関わることによってもう1ステップ上にすすめることがいいなと思った。教科の指導だけではなく、未来への道筋をみせられる教員になれたら、と思う。―これからの目標は?―広島大学家の壁に自分が鼓舞できるようにたくさん「張り紙」をした。辛くなったら下を見ずに上を見ようと思って、たくさん天井に志望大学名とか名言を貼った。先生に言われた怖い一言なども習字でしっかりと書いて貼った。���������興南に通えたこと、いつも朝食を作ってくれて、仕事が大変でも学校への送迎をしてくれた親のことを凄いなと思う。高校で20時まで自習室使うようになってからも、送迎してくれた。高3なってからはコロナ禍の影響で病院で働いている親も忙しいはずだが「受験生中心で動いていい」と言ってくれ、サポートしてくれたことに感謝している。進路のことで悩んだときも親に相談したら本気で向き合ってくれ、「あなたがやりたい事を自信もって行きたい所に進みなさい。」と言ってくれた。本気で応援してくれているんだなと思い、だからこそ思いっきり勉強できたと思う。親には感謝してもしきれないという感じです。また、中3のときに兄が参考書を買ってくれ、それを続けてきてよかった。それから数学が得意になって、高3のときに数学記述も苦手意識なく取り組むことができた。ペットの猫も含めて、家族に支えられま勉強の計画の立て方もわからなかったが、先生に聞いて自分なりに計画を立ててそれからうまくいくようになった。塾に通っていなかったため、どの先生にも聞きに行き、自分なりに情報を集めていった。英語は専用のノートを作って、長文・英作文を貼って勉強をした。それは今でもお守りになっている。自習室はほぼ毎日利用し、20時まで勉強し続けた。一緒に勉強を頑張ろうというグループで有益な情報は共有して、たるんでいる友達がいたら発破かけたり、逆に「あいつが頑張っているから俺も頑張ろう」という気持ちになれた。興南高校57期フロンティアコース*共に戦う友人がいること―大学受験どうだった?―*天井に名言集*家族に支えられて大城廣晃

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入試で講義を2回受けて、レポートを提出。その後、面接だった。受験のための講義だったが、好きな生物の内容だから、レポート提出も全然苦にならず逆に楽しかった。だから緊張もなかったし、合格できる自信もあった。講義の内容後の確認テストもあったが、を題材に生物学的に考える問題で、自分なりの見解を述べる事が出来たので、テストも楽しかった。興南高校57期フロンティアコース新里海都興南中学校出身学校代表科学グランプリ5位入賞グローバル部OISTスコア教育システム埼玉大学理学部へ進学先生との距離が近く、話がしやすかったのもあり、意見が違ってもちゃんと言えるようになった。言われたことをやるのではなく、それが本当に自分でやるべきことなのか、自分で考えて行動することができたのか、意見の衝突があっても発言することで、行動力もついた。大学で広く深く学んで興味をもった分野で研究職に就きたい。また、自分の力を他者に還元するのが好きだと感じる事と、生物を教えることに周りから評価を得られていたので、教師の道も考えている。やりたいと思ったことは全部やってみたい。どのタイミングで人生に関わる事が起こるかわからないので、周りの状況、情報には敏感に常に考えることを止めずに頑張りたい。―これからの目標は?―横の学年間のつながりが強く、6年間ということもあり、結束できた。担当してくれた先生方が各々の向上力を養う環境をつくってくれた。例えば、放課後先生方との世間話から数学と物理を学ぶ意義など(ノーベル賞やブラックホールなど)話の展開につながったりして、探求心が深まり単純に楽しかった。―興南で成長できた事は?―家族で進路の話をしているとき研究職の話を聞いて、成果をあげるプロセスが楽しそうだと興味を持った。その後、埼玉大学のオンラインOCに参加して、自分の得意分野とやりたいことがマッチング。勝負できると思った。その時、目標が決まった。また、苦手だった科目に対し定期テストでその範囲だけを無理やり全部覚えてみた。始めるまでは心折―興南はどんな学校?―れたりするが、目標があったから踏み込めた。やってみるとわかるようになりおもしろいことに気づけた。また、誰にも負けない得意教科をつくった。それが生物。その後も生物が励みになり、自分を支えた。*受験は楽しい!AOLGBT*楽しい受験になったワケ���������

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興南高校57期フロンティアコース比嘉莉子興南中学校出身吹奏楽部部長教育学部進学これからも吹奏楽を通して出会いを大切にし、大学生になっても吹奏楽は続けたい。大学では地域支援ボランティア、学校支援ボランティアなどの活動があるが、そのボランティアに積極的に参加することと、また、沖縄の教員になるために離れた所からだからこそ沖縄の事もさらに知れたらと思う。言葉を通して黄金(くがに)言葉のことも勉強したい。1番の目標は児童の視野を広げられる小学校の教員になること。―これからの目標は?―福岡教育大学先生たちとのかかわりが深い。今回、大学を合格できたのは先生たちのおかげだと思う。面接と志望理由書については、一日3時間、担当の先生はもちろん担当ではない先生も対応してくれた。また、自分の気持ちがあれば好きなことができた。吹奏楽部では人数が少ない中、そこからコンサートができるようになり、沖縄県吹奏楽コンテストのような大きな舞台に出場できたときは夢のようでした。あとは自然体でいられる親友ができたこと。別々の大学に進学し離れたとしてもその友人がいるから自分も頑張れる、大丈夫だと思える親友ができたことも良かった。*音楽を通して成長できたこと���������吹奏楽部を勉強との両立でやめようかと思ったけど、おばあちゃんに励まされ、やり通すことができた。その自分の成長できたことを思い出し、続けてこれたことが良かった。中学校、高校と吹奏楽部の部長をしていたが、強豪校を真似して強い部活にしたいあまり、自分の理想ばかりを追って周りを見ずに発言をしていた。先輩たちが気づいてくれて話し合いになった結果、自分たちの部活に合ってないことをしていたんだなと気づき、少人数だからこそできることに目を向け、みんなのいいところをみるようにした。少人数でも気持ちを伝えられる演奏ができることに気づかされ、台湾での「グローカルリーダー育成短期研修」では4人で「島んちゅの宝」を演奏し、台湾の高校生と「島唄」を合同演奏することができた。型にはまらず臨機応変に対応することの大切さを学んだ。―興南学園はどんな学校?―中2の時に生徒会長に立候補することを先生に薦められ、協力してくれる人がいて自分から動く楽しさを知ることができた。その後それが大好きな吹奏楽に活きた。*視野を広げ、挑戦する

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台湾での「グローカルリーダー育成短期研修」で現地の学生と交流をした時、台湾の学生はとても積極的で、英語を使ってどんどん話しかけてきた。はじめは向こうの方が積極的だったが、最後はこちらからも働きかけていくことが出来、積極性が身に付いた。沖縄と台湾は距離的には近いのにこんなに違いがあるのかととても刺激的だった。この研修がなければ、今ほど海外に興味がわかなかったと思う。興南高校57期フロンティアコース並里天夢興南中学校出身中球大学琉国際地域創造学部へ進学何事も「両立」することが出来るようなった。小・中学校ではバスケットボールをやっていたが、興南学園は文武両道の学校で、自分自身も勉強と、そして他の分野の事を偏らずにしっかりと取り組む姿勢が身に付いた。また、高校になってから活動してきたボランティアを通して、誰に対しても臆せず自分から積極的に話すことが出来るようになった。―フロンティアコースとは?―新型コロナウイルス感染拡大防止の影響で当初予定されていた試験内容に大きな変更があり、ボランティア活動や取得した韓国語検定などを記入する欄がなくなるなど想定外な対応を余儀なくされた。しかし、日本語学校にインタビュー調査に行くなど自発的に行動し、小論文なども先生方に対策してもらって準備を進めた。集団面接では、あまり緊張もせず、思い切り挑むことが出来た。将来はコミュニティ通訳者になりたいので、大学ではしっかりと英語を勉強したい。琉球大学が提携を結んでいるハワイか、もしくは中学の時にホームステイしたことがある、なじみも深いシアトルに留学し、語学力を強化したい。世界で活躍できる人材になれるよう今後も視野を広げながら、語学に取り組んでいきたい。―興南で成長できた事は?――大学受験どうだった?――これからの目標は?―受験を視野に入れたコースだということはしっかりと意識していたので、入学する前から勉強に力をいれると決めていた。宿題や授業は集中して取り組んだ。特に頑張ったのは英語で、6年間同じ先生のもとでリスニングやライティングの強化に努めた。「グローカルリーダー育成短期研修」の準備のために授業の中で英語でプレゼンを行うなど、通常の高校では経験できない貴重な体験をすることが出来た。*海外に興味がわいた理由���������

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興南高校57期特別進学コース喜納徳子那覇中学校出身特進発展クラス13年間皆勤賞茶道部教育学部へ進学―特進発展クラスとは?―大学では沖縄のことを知って、沖縄で教員になりたいと思っている。私は車いすサッカーを通して立場や考えの異なる方々と接し、多様な価値観に触れる事ができた。この経験を生かしたいと思う。その時にも質問にしっかり答えられるような教員に、また自分の意見をもてるようになりたい。―これからの目標は?―琉球大学思っていたよりも皆の勉強の意識が高く、スキマ時間を活用して勉強をしていた。特進発展クラスの英語と数学は他のクラスよりも早く進むので復習が大変だったが、2年間同じクラスだから、勉強を教えあったり、それ以外でも相談にのってくれたり、励ましあったりできる関係があった。また、驚いたことは指導が手厚いこと。担任の先生はもちろん、教科担当じゃない進路の先生も親身になって対応してくれた。色々なことにチャレンジする生徒を教員がサポートしてくれる学校だと感じた。*13年間皆勤賞!���������母が喜んでくれると思って、小学校6年間の皆勤賞をとりたいと思ったことがきっかけで、そこから高校3年生まで無遅刻、無欠課、無欠席で幼稚園生から13年間皆勤で学校生活を終えることができた。何度か母は休む?と言ってくれたけど、最後までやりきり達成した。それでも最初は学校に誇りをもてなくて、ここにいることに違和感をもっていた。第一志望の学校ではなかったので辛く、心は何度も折れた。気持ちの切り替えが難しかったけど、先生からの言葉かけがあって前を向くことができた。入学してから1か月くらいは授業が終わったらすぐ帰るという生活だったが、他コースに色々な人もいるので、コミュニケーションをとるうちに、段々自分から話すようになった。そのおかげで気持ちの切り替えが早くなれた。―大学受験どうだった?―「高1からコツコツやっておけば大丈夫」という先生の言葉があったからテストの点数が悪くても頑張ろうという気持ちになれた。実際、共通テストの判定は全部E判定だったが、諦めずに好きな所を受けてよかった。高1から勉強してきたから、最後まで諦めずに二次試験まで頑張ろうと思った

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大学では、法律の専門的な知識を学び、将来はその知識を生かせるような不動産関係などの仕事に就きたい。ハンドボールは出来る限り続けながら、興南の総合コースで身についた勉学とスポーツを両立しながら一層頑張っていきたい。また、プロの道、もしくは社会人の実業団の一員としてプレー出来ればと考えている。ハンドボールの技術だけでなく、礼儀や人間的な部分での成長が大きかった。「プレーには私生活が現れる」というのは、監督がいつも言っていることだった。例えば、掃除を面倒だと思い真剣に出来なかった時は、雰囲気も全体的にだらけてしまっていて、その良くない雰囲気が試合や練習に影響してしまっていた。良いプレーをするためにも日頃から自分の生活や態度を見直す必要があるということを教えてくれたのが興南学園。他にも、周りへの気遣いを忘れない、目上の人には礼儀正しくなど、「相手をリスペクトする気持ちが何よりも大切」と思えるようになった。興南高校57期総合進学コース瑞慶山充貴浦西中学校出身男子ハンドボール部所属キャプテン2019全国高校総合体育大会3位中央大学中法学部へ進学―これからの目標は?―総合コースでは、スポーツはもちろんのこと、勉強も頑張った。先輩から部活だけでは生きていけないと聞き、しっかりと頑張ろうと思った。そして入学してからは席次は番以内、評定も常に4以上になるように努力した。このコースはスポーツだけではなく勉強をする環境が整っていて、テスト期間も勉強する時間をしっかり準備してくれる。文武両道を達成するにあたって理想的な環境だった。特進コースは勉学にも打ち込み、またスポーツを通してみんなで協力し団結するなど、みんなの手本になるようなクラスだ。―大学受験どうだった?―受験には、小論文と面接があった。文章にまとめるのは得意なほうではなかったが、興南では生徒一人ひとりに担当の先生がついてくれるので、本当に助けられた。小論文を解く上では時事問題やパワハラ問題などを取り上げ、受験に備えた。面接でも、志望理由や大学でどうしていきたいかなどが聞かれたが、これも先生が色々と指導してくれたおかげで、乗り切ることが出来た。*先輩からの教え���������10

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興南高校57期総合進学コース長安国民中学校(台湾)野球部所属中教大学立経営学部へ進学―興南で成長できた事は?――大学受験どうだった?――これからの目標は?―台湾のテレビニュースで甲子園を見て、かっこいいと思った。その時日本で野球をしたいと思い、小学校5年生の時に野球を始めた。中学校の国際交流試合では、アジア代表としてショートを守った。日本の甲子園に憧れて、台湾から日本に来て面接などもすべて日本語で行う中、外国で生活していくことに不安はあったが、今は色々なことを克服できたと実感している。強したい科目だったので、しっかりと受け答えをすることが出来た。英語に力を入れていてよかったと思う。大学では、野球を続けながら、経営学を学び、将来は経営者になることも視野に入れている。そのためにアメリカやイギリスなど英語圏の国へ留学し、英語力や勉学にも一層力を入れ、興南で学んだ文武両道に磨きをかけていきたい。大学受験はすべて、願書なども含めて日本語で準備しなければならず正直大変だったが、先生方の添削や指導のおかげで乗り切ることが出来た。面接では日本語の他に英語でも行われたが、英語はもともと得意で、また大学に行っても総合コースで文武両道を達成することが出来た。外国での生活、勉強、レベルの高い興南の野球部でプレーするのはかなり大変だったが、監督の指導の下で「目標をしっかりと定めて、時間を有効に使うこと」を実践することで、自分の成長に繋げることが出来た。授業では特に古典が難しく、日本語だけでも大変な上、さらに古い言葉で苦労したが、一生懸命に勉強して克服できた。他にも、興南の野球部は時間にも厳しく、台湾ではあまり実践されていない分前行動なども身についた。多くの面で、自分の人間的な成長に繋がったと思う。自分は日本で生活しながら勉強と野球を頑張らなくてはならず、大変なことは多かった。言葉の問題もあり、色々と辛いこともあったが、周りの励ましの言葉やサポートのおかげで乗り切ることが出来た。特にチームメイトとは確かな絆を育むことが出来た。チームメイトは自分にとって、宝物のような存在となった。*言葉の壁を乗り越えて*チームメイトは宝物���������黄之芃10

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―これからの目標は?―自己推薦入試で倍率が高く心配だったが、志願理由書を色んな先生に添削してもらったりしたことで、安心して受験に臨めた。進路の先生と哲学的なことまで深く対応する中で自分の将来像や生き方の軸をまっすぐにしてくれ、面接では何を聞かれても動じることはなかった。大学受験は孤独でやるものかと思っていたけど、先生と友だち、家族の支えがなかったら高校生活や大学への進学もなかったと思う。―大学受験どうだった?―張り続けている人が多い。自分もそれに影響を受けて、目標をもって頑張ろうという気持ちになった。特に高3のときは連帯感があって、わからないことを教えあったり困っていることがあれば友人や先生に相談でき、フレンドリーだった。特進コースは部活や勉強など自分のやりたいことが頑張れるコースかなと思う。フロンティアと総合のいい所をとったような感じ。勉強でも部活でも目標をもって頑―興南はどんな学校?―小2の頃から中学校まで不登校だったが、高校の先生の励ましの言葉があったとき、心から頑張ろうと思えた。高校生活は初めての学校生活で不安な事も多かったが、その度に初心にかえって高校生活を最後まで頑張れた。その結果、異なるコースの色んな人とコミュニケーションを積極的にとれるようになり、自分の意見を皆に伝えられるようになったり、心の底から学校が楽しいと思えるようになった。辛さを経験してきたからこそ強くなれるし、傷を負っている人ほどその人たちの良さがあり、逆にその過去をバネに飛躍できると思う。無駄だったと思う期間も自分の将来にとっては礎になる。これから入学する興南生には昨日の自分よりも明日の自分をもっと向上させてほしい。*昨日より明日の自分!神原中学校出身茶道部神学部へ進学新垣愛同志社大学興南高校57期特別進学コース���������大学はキリスト教やイスラム教やユダヤ教が学べる学科で、そこでイスラム社会や宗教を学びたい。学んだことを活かして、としてイスラム圏で女性の地位向上のために活動したいと思っている。そのキッカケはバングラデシュに実際に行って現地で実際に働いている方々や、現地の環境をみて、自分もそういう人々の隣人になりたいと思ったからです。NGO

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入学した直後のテストで席次が低く、劣等感からのスタートだった。だけど、中1の入学式で絶対何か成し遂げたいと思っていたから、自分の武器になるようなことが欲しかった。興南アクト部の首里城ガイドや生徒会長選挙にも積極的に挑戦したことで、貪欲に自分を成長させたいとも思った。その活動の中でリーダーシップやコミュニケーション能力が足りないと感じ、そんな自分に負けたくないと思えるようになった。その結果、数年後入学式と同じ体育館で生徒会長として本当に舞台に立つなんて、、、。宜野湾市から那覇市の学校に通う事だけでも刺激的な事だった自分からすると、成長以上に興南で「生まれ変わった」という感覚さえある。中学2年生のE‐1グランプリや生徒会長選挙に立候補したことで人前にでる難しさがやがて楽しさに変わった。また興南は先輩方と接しやすく話しやすい環境があったから、より積極的になれた。興南高校57期フロンティアコース仲村篤紀興南中学校出身生徒会長興南アクト部部長男子バレーボール部マネージャー興南エイサー隊亜細亜大学亜経営学部へ進学コロナ禍の中で改めてエンターテイメントの重要性がわかった。学校からも日本からも世界中からも元気がなくなった1年だと感じた。将来は日本中を笑顔にできるエンターテイメントを作っていきたいと思っている。一つ大きな夢は昔から好きなプロレス運営に携わり、東京ドームを満員にして、観客に最大限に楽しんでもらえるような興行を作りたいと思っている。高校は中学よりも3倍以上の生徒数で色んな人と交流することが楽しかった。高校で生徒会長になって、部活動の応援に力を注いだ。特に二〇一九年夏の甲子園県予選の応援を通して学校が一つになったことが嬉しかった。これをきっかけに学園祭でも盛り上げられると感じ、色々工夫したことで学園祭、後夜祭を成功させることができた。生徒会長選挙でも公約した「生徒全員で一体感をもって盛り上がる」ことができた。また、中学での総合学習『興南まなVIVA』で中学生が起業する株式会社の社長としての経験が、「生徒会学校Tシャツ」制作販売の発想に繋がったと思う。―心が折れそうだったとき―新型コロナ感染拡大防止の影響で学校行事や部活動など今までやってきた活動ができなくなった。辛い状況だったが、活動の再開ができることを信じて、今できる最大限の事を考えて乗り越えた。*生まれ変われる場所*生徒会長として*日本中を笑顔に���������

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中学の時、道場間の全国大会でベストの実績から名古屋の高校からも誘いは来ていたが、興南剣道部と縁があったことと、興南での部活を見学した時に、雰囲気や練習に打ち込む先輩たちの姿がいいなと思って興南に来ることを決意した。興南に進学するにあたって、親と生活していたら自分自身に甘えが出て成長に繋がらないと思い、あえて自分を高める環境に身を置くため、一人で沖縄にやってきた。勉学と部活を両立すること、そして沖縄に家族がいない状態で生活していく難しさの中、それらをすべてこなすのは正直かなり大変だった。しかし、そのおかげでしっかりと自己管理することや、自分がすべきことを把握する力が身に付いた。もし実家にいたら両親に甘えたりしてしまい、文武両道は難しかったと思う。ここ沖縄、興南で勉学・部活・人間力すべてにおいて、自分の成長に大きくつながった。興南高校57期総合進学コース大町千尋伊勢山中学校出身男子剣道部所属キャプテン団体戦県内全優勝中西学院大学関社会学部へ進学総合コースは、部活を頑張るのはもちろんのこと、勉強との両立が出来る環境だった。しかも、先生、生徒全員が本当に面白いと思えるクラスでもあった。部活においてはキャプテンを務め、県内では学年別で3位、そして3年生の団体戦では県内の大会はすべて優勝することが出来た。勉強に関しては、理数系の2科目に関しては3年間を通してほとんど1位だった。すべての科目を合わせた教科総合でも、しっかりと勉強する時間を作り、必ず位以内の成績をおさめることができた。こうした「文武両道」は、他の学校では到底できることではなく、このコースにいたからこそ達成できたと思う。他にも、一発ギャグをクラスの前でやったりと、度胸もついた。スポーツも勉強にも、そして人間としての面白さや表現力を養う面でも本当に充実しているコースだった。―総合進学コースとは?―剣道は、自分のペースで一生涯にわたってやっていきたい。社会学を選んだ理由は、世の中の流れを見極めるため。例えば、「世の中の飲食店の数は、世の中のニーズに応える妥当なものか?」など。社会学は自分の中にある疑問に答えてくれるものだから、大学でしっかり学び、それらを将来に生かしていきたい。―これからの目標は?―16*自己研鑽。一人で沖縄に���������10

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初めて部活動に入り、引っ張っていかないといけない後輩ができて、副部長として責任感を持ちながらいつでも笑顔で皆が明るくなれるように心がけていた。大変なこともあったけど、高校生活で何より新しいことに挑戦できたことがよかった。興南高校57期特別進学コース木下尚華大里中学校出身チアリーディング部副キャプテンビジネスマネジメント学群進学特進発展クラスは勉強に対する意識が高かったから、高1から真面目に取り組んでこれた。講座も積極的にとって先生たちと仲良くなることができて、その繋がりが高3まで続き、最後までサポートしてくれてとても嬉しかった。―特進発展クラスとは?―合いが続けたいと思える友だちもできた。興南にきたからこそ、自分から積極的にコミュニケーションをとれるようになったと思う。大変だったけど、先生たちのサポートがあってめっちゃ助かった。志望理由書を何度も添削してもらったり、面接練習も遅くまで指導してくれた。自己分析や大学分析をしてこれからの人生について、たくさん考える充実した時間だった。員になること。自分の進学する学科は航空関係に特化しているが、コロナ禍の中だから航空の勉強だけに捉われずに色々なことに目を向けて学んでいきたい。客室乗務員は英語が必須だと思うので、TOIECにも挑戦したい。さらに様々な人と接する仕事なので、たとえば聴覚障がいを持つ方とのコミュニケーションをとるため、手話検定などにも取り組んでいきたい。―興南で成長できた事は?――大学受験どうだった?――これからの目標は?―桜美林大学普段は当たり前に友達がいて、相談とかも気軽に話せたけど、コロナの休校期間中に会えないだけで、落ち込んだり悩んだりして、あらためて友だちの大切さに気付いた。大里村から一人で興南に入学したので、地元の友だちはいなかった。だから新しい友だちを作ろうと自分から話しかけ、これからも付き―心が折れそうだった時―将来は機内が旅の思い出に残るようなおもてなしのできる客室乗務*新しい事に挑戦すること���������

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自分を鍛えるには最適な場所だった。勉強に力を入れたかったから。小学校6年生の時にタイ料理を食べて感銘を受け、色んな国や文化と触れ合っていきたいと思うようになった。それゆえに勉強を頑張りたいと思っていた。興南はスポーツで有名な学校ではあるが、多くの教科や課題を勉強せねばならず、なかなか一筋縄ではいかなかった。それでも先生方がいてくれたおかげで勉学に集中することができた。興南ならではの行事として、シンガポールへの修学旅行が特に印象に残っており、国際的な視野が広がった。はじめての海外で、文化や雰囲気が沖縄・日本とはまったく違い、大きな刺激となった。他の県立学校ではいけないような体験が出来、ますます海外に行きたいと思った。もともと勉強に専念したいと考えていたため、勉強に集中できる特進発展コースは自分に最適だったと思う。興南高校57期特別進学コース與那嶺龍人那覇中学校出身特進発展クラス高校入試で失敗したその悔しさをバネにし、あきらめずに次の目標を立てて、行動に移すことを心掛けてきた。定期テストでの英語は8割以上必ず取ると決めて挑み、達成することが出来た。学業を通して自分自身を鍛え、精神的にも大きく成長することが出来た。指定校推薦を利用しての受験だった。指定校推薦は楽だと思われがちだが、一番難しいのは、「日頃の行い」。欠席、遅刻をしない、勉強をさぼらない、日頃の成績を大事にするなど、自分の行動に気をつけ成績アップにも力を入れてきた。それに加えて志望理由書や小論文もあり、かなり難しかったが、先生と相談しながら、その都度自分の考えていることを見直してアドバイスや相談にのってもらいながら合格に向けて頑張った。国際的な職業に就きたいと考えているため、外国語に力を入れて勉強していきたい。小さいころから興味のあるタイの文化や言語も勉強したいと考えており、海外の国と日本を繋げていけるような人材になりたい。ひとつの形に限定せず、色んな形で国際的に視野を広げて大学でも学業に精進したい。―興南で成長できた事は?――大学受験どうだった?――これからの目標は?―立命館アジア太平洋大学国際経営学部へ進学*勉強に専念したかった���������

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九州大学九州工業大学福岡教育大学福岡県立大学北九州市立大学北海道大学国際教養大学東京大学東京海洋大学お茶の水女子大学電気通信大学東京都立大学茨城大学筑波大学会津大学宇都宮大学新潟大学長岡造形大学群馬大学高崎経済大学前橋工科大学富山大学京都大学京都府立大学福知山公立大学琉球大学沖縄県立看護大学沖縄県立芸術大学名桜大学信州大学長野大学横浜国立大学横浜市立大学都留文科大学名古屋大学三重大学大阪大学神戸大学島根大学広島大学山口大学県立山口大学下関市立大学徳島大学愛媛大学高知大学長崎大学長崎県立大学宮崎大学鹿児島大学※過去5年の卒業生進路参考難関国立大学国公立大学公立大学〇大学名表記〇こんなところに、興南生!国立台湾大学国立台湾師範大学北京大学国公立大学編興南学園入試広報室釧路公立大学兵庫県立大学芸術文化観光大学高知県立大学埼玉大学岡山県立大学県立広島大学尾道市立大学

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こんなところに、興南生!私立大学編興南学園入試広報室〇大学名表記〇私立大学※過去5年の卒業生進路参考

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学校法人興南学園興南中学校興南高校入試広報室

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