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Derma’sLounge2025Editor’sLetter今年の特集テーマは「場所」です。一口に場所といっても、その意味は多岐にわたります。自らの領域を示す地理的な意味にとどまらず、アイデンティティや価値観、社会的地位と結びつく象徴的な意味を持つ空間としての側面もあります。特集1では、前身である『女性医師を考える会』から引き継ぎ、現在も継続している「メンター&メンティー相談会」という“場所”についての座談会を企画しました。はたらく場所では、11名の皮膚科医に焦点を当て、皮膚科学の枠を超え、より広い「医学」というフィールドで活躍している様子をご紹介しています。特集2では、場所とは、コミュニケーションによって意味づけられるものだという視点から、『話し方の戦略』を特集しました。ここでは、いわゆるTPO的な話し方、地位、立場による話し方をも含む使い分けの戦略をインタビュー形式で伺いました。そのほか、「場」を支える存在に焦点を当てた対談として、箱根駅伝で8度の優勝を支えた寮母・原美穂さんと、皮膚疾患ケアに携わる看護師との対話も収録しました。皮膚科診療において、医師と看護師は「車輪の両輪」に例えられます。常勝校を陰で支えた原さんの経験と見識は、非常に示唆に富むものでした。今号は、日本皮膚科学会キャリア支援事業が共通して掲げているテーマである「場の提供」に、真正面から取り組んだ内容となりました。この『Derma’sLounge』という“場”が、多くの読者の皆さまと共有されることを願って――(N)

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感じたこ藤本公益社団法人日本皮膚科学会理事長巻頭のことば01学ネパールでと年の夏、InternationalLeagueofDermatological去日本国内においても地域ごとに医療環境は異なSocietiesの仕事でネパールを訪れ、ハンります。さらに、同じ地域内でも医療機関ごとセン病の専門病院をはじめとした現地の医療施に診療の特色があります。大学病院、地域の基設を視察したり、皮膚科医の方々とも交流する幹病院、クリニックではそれぞれの役割が異な機会がありました。そこで見た光景は、日本のり、指導医の専門領域や施設の方針によって診医療現場とは大きく異なり、改めて「場所」によ療スタイルも変わります。多様な環境を経験する医療の違いを考えさせられました。ることは重要な学びにつながります。日本ではアトピー性皮膚炎や乾癬が注目され私自身のキャリアを振り返ると、4つの大学病る一方、ネパールでは感染症が依然として大き院、3つの基幹病院、2つの研究所、そして海外のな課題となっており、日本では稀になったハン大学で勤務する機会がありました。それぞれの場セン病などの症例にも日常的に接する機会があ所でかけがえのない経験を積み、多くを学びましります。治療の選択肢にも大きな差があり、日た。その積み重ねが今の自分につながっていると本では生物学的製剤などの先端治療が利用され強く感じています。一方で、そのとき当たり前とるのに対し、ネパールでは公的保険制度や経済感じていたことが、ほかでは得られない貴重な経的な事情から、シンプルな治療法が主流です。験だったと気づくこともありました。さらに、ネパールの皮膚科診療は、限られた設今いる環境が当たり前に感じられることもあ備と人員の中で行われています。りますが、そこでしか得られない学びを大切に一方で、ネパールの若手皮膚科医たちは貪欲することが重要です。また、異なる場所での経に学び、知識を得ようとする熱意に満ちていま験を積むことは、視野を広げ、柔軟な対応力をした。その姿に触れ、日本の医療環境の恵まれ養うために不可欠です。若手皮膚科医の皆さんた面を再認識するとともに、整った環境でかには、国内外を問わず多様な環境に身を置き、えってハングリーさが薄れてしまっていること積極的に学びの機会を活かしていただきたいとはないかと考えさせられました。思います。その中で自分にとっての最適解を見国が違えば医療に違いがあるのは当然ですが、つけられることを祈っています。MANABUFUJIMOTO

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キャリア支援委員多田弥生公益社団法人日本皮膚科学会キャリア支援委員会委員長巻頭のことば02人材育成の場としての会ャリア支援委員会は、もともと「女性医キ師問題を考える会」として発足しました。私が初めて参加した際、周囲は知らない女性医師ばかりでしたが、なぜかすぐに親近感と尊敬の念を覚えました。それぞれが異なる専門領域を持ち、それを極めようとする姿勢があり、その専門に対する深い愛情を感じました。国内で自分の所属する組織外の方々と密に接する機会はそれまでほとんどなく、もっと早くこうした交流を経験すべきだったとさえ思いました。このときに築かれた人間関係は、今でも私の人生における大切な宝物です。当時のキャリア支援委員会の委員長は杏林大学名誉教授の塩原先生でした。先生は委員会の活動を通じて、単に課題をこなすだけでなく、委員それぞれが成長することを望まれていました。そのため、指名されて意見を求められる場面が多く、まるで学生時代の教室に戻ったような緊張感があったことを覚えています。先生の意図は言葉だけでなく態度からも伝わり、キャリア支援委員会の意義を深く理解されたうえで委員長としての役割を果たされていたのだと、今になって改めて感じます。日本皮膚科学会の委員会の中でも、キャリア支援委員会の最大の特徴は「人材育成」であり、その未来を見据えた考え方は非常に示唆に富むものでした。この委員会の魅力は、全国の先生方、特にこれから成長していかれる意欲に満ちた若い先生方と出会えることにあります。そして、臨床や研究、さらにはそれぞれの場所で成長していく姿を間近で見られることは、大きな喜びでもあります。現在、キャリア支援委員会では様々な企画を進めておりますので、皮膚科の先生方にはぜひ一度、活動をのぞいてみていただければと思います。皆様にお目にかかれるのを楽しみにしております。YAYOITADA

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CONTENTS2025Editor’sLetter巻頭のことば理事長藤本学キャリア支援委員会委員長委員長多田弥生061213141527[特集1]M&Mのすゝめ多田弥生/中島沙恵子/高村さおり/菅裕司ナッジのすゝめ|自分と人を動かすTips|竹林正樹2025年キャリア支援カレンダーClinicalDermatologyLeadershipSeminar2024に参加して中島真帆/堀川弘登#はたらく場所Special河原由恵/菊地克子/木村有太子/矢上晶子/板倉仁枝/松村由美/宮下梓/加藤則人/海老原全/山本明美/島田眞路Dr.デルぽんのダイアリー2835361475776778594[特集2]「話し方」から「伝え方」へ|『話し方の戦略』を学ぶ|株式会社カエカ千葉佳織香織/蓮沼直子/加藤裕史/能登舞キャリアSCOPESupportedbySunPharmaながたクリニック伊藤明子/医療法人財団荻窪病院布袋祐子原美穂さん×皮膚疾患ケア看護師誰かの居場所であるということ青山学院大学陸上競技部学生寮寮母原美穂看護師WG:久野千枝/池邊裕美/八鍬里奈あの先生の2024年に心に残ったコレ石河晃/青山裕美/加藤則人/須賀康/安部正敏2024年度キャリア支援委員会M&M相談会メンターとメンティーの相談会各支部からの報告中部支部キャリアデザイン講座マンガ化企画第3弾「プレゼンテーションのコツ」キャリア支援委員会委員及び協力委員第122回日本皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演キャリア支援委員会企画ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023開催報告編集後記日本皮膚科学会公式YouTubeチャンネルのお知らせアンケート4

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多田弥生先生中島沙恵子先生高村さおり先生多田:もともと、当時理事長だった橋本公二先生が、将来有望な女性医師の皆さんにお声がけをして立ち上げた「女性医師を考える会」が原点です。この会で私は青山裕美先生に初めて「メンター&メンティー」という言葉を聞いて、メンター(指導する側)とメンティー(指導される側)が直接対話できる相談会をしたらよいのではないか?という話になりました。最初に「女性医師を考える会」を総会で実施したところ、皆さんの反応が良く、「ぜひ支部でもやりましょう」ということで、全国に活動の輪が広がっていきました。M&Mのすゝめ菅裕司高村さおり中島沙恵子多田弥生毎年、各支部学術大会で開催しているメンターとメンティーの相談会(M&M相談会)に参加されたことはありますか?参加された人からは、「参加する前は抵抗があったけど、参加したら〝意外〞と楽しかった」という感想を多くいただくのですが、やはり参加するまでは敷居が高い…そんなM&M相談会ですが、実際、こんな「場所」というのを4名の先生にそれぞれの視点からお話いただきました。キャリア支援委員会の秘密基地!М&М相談会って?М&М相談会が生まれた経緯をQ教えていただけますか?6

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菅裕司先生多田:非常に重要な役割を期待されていると自負して門なので、ここに注力すべきなのは自明の理だ」とおっしゃってくださいますが、もともと各大学や病院で人材育成は行われていますよね。では、なぜキャリア支援委員会が必要なのかというと、第三者として各病院の人材育成を支援できるからなんです。皆さんも実感されていると思いますが、キャリアというのは様々な人との触れ合いによって形成されていくものです。昨今のダイバーシティに関する議論では、なぜか「マイノリティの採用」という論点だけに偏ってしまいがちですが、本質的にはマイノリティだけでなく様々な人々が集まる組織を作り、そこで多様な価値観や意見に触れることが欠かせないと考えています。その意味で、М&М相談会の最大の役割は、各大学や病院の人材育成の現場に、新しい価値観をもたらすこと。それをキャリアアップのきっかけやモチベーションにしていただくことを目指しています。「良い意味で無責任」-自由に自分で選んだ方向にМ&М相談会はキャリア支援委員会において、Qどのような位置づけなのでしょうか?QМ&М相談会は皆さんにとってどのような場所ですか?います。というのも、キャリア支援委員会では、3つの目標(①皮膚科学における指導的役割を担う人材の育成、②皮膚科勤務医の就労の継続および再開の支援、③皮膚科医の使命感と公共心の涵養)を掲げているからです。たくさんの先生方が「キャリア支援委員会は日本皮膚科学会の中で唯一、人材育成に関わる部多田:こちらから、キャリアの方向性を押し付けるようなことはせず、参加者の皆さんが自由に自分の選んだ方向に向かって、マイペースで伸びていってほしいですね。それが大前提ではありますが、何か一つは気づきとなるようなものを持ち帰っていただけるような場にしたいと願っています。逆に皆さんは、М&М相多田弥生先生公益社団法人日本皮膚科学会キャリア支援委員会委員長東京大学医学部卒業後、故玉置邦彦名誉教授と朝比奈昭彦教授のもとで皮膚科医としての研修を開始し、臨床と研究の面白さに魅了された。多くの師との出会いに感謝し、その恩返しとして患者貢献に加え人材育成を使命と考える。キャリア支援委員会委員長はまさに天職であり、全国の若手と出会うことを楽しみにしている。7

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M&Mのすゝめ談会に参加されて、どのような感想を持たれましたか?中島:実は私はメンティーとして参加したことはないんです。というのも、学会などで先生方とお目にかかったときに、直接いろいろと教えていただく機会に恵まれていましたし、困ったら先生方に直接コンタクトを取っていましたので、あえてМ&М相談会に参加する必要性を感じていなかったからです。ただ、そういう「つて」がない若い先生やクローズドな職場で悩んでいる先生方には、すごく貴重な機会ではないかと思います。特に自分のキャリアの方向性はこれでいいのか?と不安になっているとき、直接の上司ではない、良い意味で無責任な立場の先生方から、「大丈夫だよ」って言ってもらえることで心が軽くなるのではないかと思いました。今はメンターとして相談会に参加させていただいているのですが、何より、雰囲気が良いですよね。お茶やお菓子も用意されていて、サロンのような和やかな場なので、若い先生方もざっくばらんに気楽にお話をされているように感じます。「М&М相談会」というタイトルだけ聞くと、「何か教育や指導を受けなくてはいけないのか」と身構える方も多いと思いますが、決してそんなことはなく、とてもフレンドリーな会なので、ぜひ一人でも多くの先生方に参加していただきたいですね。多田:「良い意味で無責任」というのは、まさにそのとおりで、そこが私たちの強みの1つだと思っています。中島:自分が所属している組織内では、忖度やしがらみもあって、なかなか自由な発言はできませんよね。でも、М&М相談会では、第三者として自由に本音で話すことができますから、相手の心に響きやすいのではないかと思っています。自分自身を振り返っても、組織内の人に褒められるよりも、外部の人に褒められた方が嬉しいものですし。多田:そうですよね。私たちメンターは基本的に相手を悪くいうことはありませんからね(笑)。高村先生はいかがですか?高村:私は最初にメンティーとしてМ&М相談会に参加しました。当時私は1歳の子どもを育てながら非常勤で働いていたのですが、自分自身の目標を見出せないのが悩みでした。その気になれば常勤で働くこともできるはずなのに、やろうとしない志を見失っていた自分に焦りを感じてはいたものの、何もできずにただ時間だけが過ぎていく日々を送っていました。そんなとき、皮膚科学会のチラシかなにかでМ&М相談会の活動を知って、思い切って参加してみることに。それが大きな転機となって状況も前向きに変わっていきました。М&М相談会で先生方に自分の存在を認めてもらえたことで、より前向きに仕事に取り組めるようになりましたし、М&М相談会を機に病院の外に横のつながりができたことが、すごく大きな自信になりました。今ではメンターとしてМ&М相談会に参加していますが、若い先生方との触れ合いは私自身にとっても貴重な学びの機会になっています。キャリアに焦りや不安を感じている先生には、ぜひ一度、気楽な気持ちで参加してほしいですね。多田:高村先生は本当に最初の頃から参加してくださって、見事にキャリアアップを実現、今は大学でも指導中島沙恵子先生京都大学大学院炎症性皮膚疾患創薬講座・特定准教授2003年大阪医科大学卒。2012年京都大学大学院医学研究科博士課程卒業、2015年よ年の米国留学を経て、2017年より京都大学皮膚科・助教、2020年より同講師、2021年5月より現職。大学ではアトピー性皮膚炎・薬疹専門外来を担当し、診療に加えて臨床研究も積極的に行なっている。4人の子供の母として家庭と仕事の両立に日々奮闘している。8

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的な立場で活躍していらっしゃいますよね。菅先生はいかがですか?高村:私は大学から一緒に参加した若手と多田先生が爆笑していたシーンを鮮明に覚えています(笑)。研究から人生相談まで!先輩からのリアルなアドバイスМ&М相談会での印象的なエピソードをQ紹介していただけますか?菅:私は医局長になって1年経った頃に、上司の勧めで半ば強引に参加させられたのがМ&М相談会との出会いでした(笑)。参加してみて実感したのは、メンターの先生方も悩みながらキャリアを積んでこられたんだなということ。誰もが最初から順調だったわけではなく、いろんな人と出会って、いろんな選択や挑戦をしながらキャリアを積んでこられたことがよくわかりました。私の役割は、相談会で伺ったメンターの先生方の話を医局に持ち帰って若手に伝え、若手が自発的に自然に相談会に参加したいと思うような流れを作ること。強制ではなくて自らの意思で出てくれる若手を増やしたいと思っています。メンティーの方に話を聞いてみますと、私と同様、最初は上司に言われて参加したという方が多いのですが、いざ参加してみると「1時間では足りなかった」、「もっと聞きたいことがあった」というくらい、手ごたえを感じている方が多いんですよね。そして次は自発的に参加するようになって学びを重ね、最終的に今度はメンターとして会に戻ってきてくれる…、そんな好循環が生まれつつあります。中島:私も、よく覚えています!たしか、若手が多田先生にパートナー選びのコツみたいなことを質問して、多田先生が「妥協したらダメよ」みたいな話をされたんですよ。そのお話がすごく面白かったので、みんなで盛り上がって大笑いした記憶があります。多田先生のような方と若手が同じ目線で笑いながら話せる、和気あいあいとした雰囲気の中で直接アドバイスをもらえる機会って本当に貴重なので、若手にとっては素晴らしい経験になったと思います。高村:私は自分がメンティーだったときに、あるメンターの先生から言われた「まずはできることから一つずつ、やってみたらいいよ」という言葉を今もとても大切にしています。その先生は当時の私と同じように子育て中に非常勤で勤務されていたとき、常勤の先生方が大変だと感じるような仕事、例えばカンファレンス前の病理画像の取り組みなどを率先してやっていらっしゃったそうです。そうして「自分にもできることがある」と実感することで仕事へのモチベーションを失わずに済んだとお話しされていました。それで私も一念発起して、とても先生と同じようにはできないにしても、日々の行動を変えるようにしたんです。すると、不思議ですよね。行動が変わると心のあり方が変わり、周囲への感謝の気持ちが芽生えます。すると周囲の方々との関係もよくなって、晴れ晴れとした気持ちで仕事に臨めるようになりました。今の私があるのは、あのときにメンターとなっていただいた先生のおかげです。高村さおり先生埼玉医科大学総合医療センター皮膚科講師専門は乾癬などの炎症性皮膚疾患やアレルギー疾患。二児の母でもあり、子育てと仕事&M相談会に参加したことをきっかけにキャリアを切り拓いてきた。現在はメンターとして、後進の支援にも力を入れている。9

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M&Mのすゝめ多田:素晴らしいですね!私たちもメンターとして、その先生のようにありたいものです。Qメンティーからはどのような悩みや相談を受けることが多いですか?中島:私は留学経験があるので、留学に関する相談を受けることが多いですね。あとは子育てとの両立についても、よく聞かれますね。質問者の方に「両立は男性側のコミットがないと難しい」というような話をしたら、それを横で聞いていた既婚の男性の先生に「僕はどうしたらいいでしょうか?」と質問されたこともあります。最近は男性の先生も子育てと仕事との両立に悩みを抱えているケースが珍しくなく、「自分は十分に子育てに貢献できているのか」、「配偶者のキャリアアップを阻んでしまっているのではないか」という質問もよくあります。男性側の意識がどんどん変わってきているのを感じますね。菅:もちろん、キャリアについての質問も多いですね。私も「いつ、専門医を取ったらいいでしょうか」、「何か研究をしたほうがいいんでしょうか」など、なかなか自分の上司にダイレクトに聞けないような質問をされたことがありました。その場合、私が「絶対にしたほうがいい」などと断言するのは、この相談会の趣旨にそぐわないと思いますので、何か気づきを得られるような回答をするように心がけています。何かを強制するのではなく、あくまでも学びや気づきを与えるというスタンスを大切にしたいですね。中島:自分の若いころと同じ悩みを抱えているメンティーに会うことも多いです。例えば、自分の選択や進もうとしている道が本当に正しいのだろうか?という悩みです。私自身、年上の先生方に相談して「いいんじゃない。やってみなよ」と背中を押してもらったおかげで、安心して前に進むことができたので、今度は私がメンティーの選択に寄り添って、必要があれば背中を押す役割を果たしたいと思っています。メンティーもメンターも是非M&M相談会にご参加ください!QМ&М相談会の良いところはどんなところでしょうか?高村:具体的なキャリアに悩む方も多いですが、将来に対して何のビジョンもないのが悩みという人も多いと思うんです。先ほど申し上げたとおり、私自身も特に目標というものがなくて、それが悩みでした。今の若い先生方の中にも同じような悩みを抱えていらっしゃる方が多いと思うので、目標がない人も率直にそれを話せる場でありたいですね。また、今、自分がメンターになって実感しているのは、教えることは教わることだということ。教える立場になると、子育てと同じで、「なんでできないの?」という不満を相手にもってしまいがちなのですが、できないことには必ず理由があるんですよね。先日も、大学で論文指導をしている若手が期日までに論文を提出しなかったことがあったのですが、よくよく聞いてみると急患に呼ばれ菅裕司先生札幌医科大学助教札幌医科大学2005年卒、現在同助教。教授の代替わりに医局長を経験し、逼迫した医局人事と人生相談に携わる。同時にキャリア支援委員に有無を言わさず指名される。メンターとして各種支部総会に出没するが逆にメンティーから刺激をもらう場となっている。2013年に自身のメンターのお導きに乗り、現在、炎症チームリーダー5年目。令和時代の後輩との接し方に思い悩む日々を過ごしヒントを得るために今日も日皮会企画に参加中。10

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ていたんですよね。コミュニケーションが十分に取れていないと、結果だけを見てしまって相手を叱ってしまいがちなので、必ずこちらから「何かあったの?」と声をかけて理由を聞いてあげることが大切。これも私はメンターの先生から教えていただきました。多田:なるほど。メンターの先生方、指導者の先生方から学んだことを、今度は私たちが押しつけではなく、自分の言動を通じて自然な形でメンティーや後輩たちに伝えていきたいですね。M&M相談会で知り合った方々とは、今も交流があるのですか?高村:はい、あります。メンターだけでなくメンティーの皆さんとのご縁も、М&М相談会で得た財産の一つです。全国に知り合いができて、「あの先生の発表が聞けるなら、行ってみよう」という気持ちから、学会に出かける機会も増えました。そこでまた良い出会いや学びがあり、本当に良い循環が生まれているのを実感しています。多田:うれしい話ですね。М&М相談会当日1日限りの出会いではなく、その後もメールやLINEなどで連絡を取り合ったり、学会で再会したり…という楽しい横のつながりもあるようですね。菅:そうですね。M&M相談会では絶対に他では会うことのない方々と会うことができますし、学会などで、以前ご一緒したМ&Мの仲間とちょっと顔を合わせるだけで、心が明るくなりますよね。仕事に直接関係のない知り合いが増えて、人脈というか、新しいつながりができることも楽しいですね。メンティーの経験はないのですが、最初からメンティーとして出ていればよかったなと思っています。中島:大学の外に、忖度しなくてもいいフラットな人間関係が広げられたのは、本当に大きな収穫でした。メンターは、ちょっと斜め上くらいの方がちょうどいいという話を聞いたことがあり、それはすごく腑に落ちました。実際にそうした方々が、いろいろなところにいらっしゃり、すごく救われています。今度は私自身が、皆さんにそんな機会を提供できるようになりたいと心から願っています。多田:そうした新たなつながりができる場で、メンターとメンティーが学び合い、切磋琢磨しながら成長していく機会を提供できるように、今後もМ&М相談会の活動を拡充していきたいと考えています。まだ参加されたことのない皆様、どうぞお気軽に顔を出してください。お茶とお菓子を用意してお待ちしています!11

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ナッジの_すゝめ自分と人を動かすTips_ナッジとは、行動科学の知見に基づいて相手に望ましい行動を促す手法です。今回はキャリア形成におけるナッジの活用法について、前号でもお話を伺った青森大学客員教授の竹林正樹先生にお聞きしました。色々な先生方と意見交換をするのが大切だとは理解しつつも一歩を踏み出せない…話しかけるためのナッジは?その背景には「損失回避バイアス(得る喜びより失う悲しみを倍以上強く感じる心理)」があると考えられます。軽くあしらわれたり、失礼と思われたりしたらどうしよう…という損失を強く感じてしまうと、話しかけることを躊躇してしまうのは、ある意味仕方ないことです。だから、その状況を予測して準備しておくに限ります。ナッジの“EAST(Easy,Attractive,Social,Timely)”フレームワークのうち、今回はAttractive(魅力的)を用いた解決策を提案します。例えば「似顔絵のある名刺」を準備しておけば、「せっかく自分の魅力を入れた名刺を作ったんだから、渡すだけでもしてみよう」と、話しかける動機が生まれやすくなります。似顔絵がある名刺を見ると、偉い先生も「おおっ」と感じ、会話が生まれるかもしれませんね。ちなみに私は複数の似顔絵の名刺を用意し、「次回は新作の名刺を用意しますので、また名刺交換をお願いします」と言っています。現在、私の似顔絵つき名刺は20種類に増え、私は名刺を渡したくてうずうずしています。キャリアを考えることは大切だとわかってるけど、つい先送りしてしまう…先送りにしない・させないためのナッジは?先送りしてしまう要因は「現在バイアス(目の前の誘惑を過大評価する心理)」です。これに対する有効な手段は、実行する「時間」と「場所」を決めて宣言する「コミットメントナッジ」です。こフレームワークのSocial(社会的)とTimely(タイミング)に相当するナッジです。有名な研究を紹介します。ある大学ではレポー%でしたが、別のクラスでは、あらかじめレポートを書く時間と場所を宣言するように指示したところ、提出率が75%まで高まりました。竹林正樹先生青森大学客員教授論文が書けない研究者の気持ちがよくわかる行動経済学研究者。一時期論文を30本以上ため込んでいたが、自らをナッジし、2024年は論文10本(うち筆頭7本)、書籍3冊出版。アトピーで皮膚科定期通院中。帯状疱疹ワクチン2回接種済み。実はやる気はあったのに先送りしたままやらなく%(75マイナス33)もいたことになります。このことから、時間と場所で宣言すると、やらない自分に対し心苦しさを覚え、重い腰を上げるようになるものです。若手がなかなか動いてくれません…若手のキャリアサポートにナッジを活用するコツを教えてください。頭でわかっているのになかなか動かない背景には、「現状維持バイアス(変化を嫌う心理)」があると疑われます。このような場合、小さな一歩を踏み出した後、逆に現状維持バイアスを利用する作戦がよいと考えられます。私の実例を紹介させてください。私はスクワットを毎日50回しています。それが継続できている回」という紙を貼り、冷蔵庫を開ける前に必ず1回スクワットするようにしているからです。1回スクワットすると、現回、10回と続けたくなるのです。逆に「スクワット50回」という貼り紙なら、私は1回もやらなかったことでしょう。これはEASTナッジのEasy(簡単)に相当します。さて、その若手は反抗しているように見えて、実はどう動いてよいのか戸惑っているだけかもしれません。スクワット1回のように、思いっきり低い目標を立てて、その代わりどんなに調子が悪くても必ずやるというコミットメントを引き出してみるといかがでしょうか?「論文を1行書く」「先行研究を1つ検索する」といった行動なら、やらない理由はないはずです。私自身、緒言を1行書いたら筆が進み、その日のうちに論文ドラフトが完成したという経験は何度もあります。12

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CAREER2025年キャリア支援カレンダー2025年度に開催予定のキャリア支援委員会のイベントをお知らせします。皆さんのご参加をお待ちしています。DEVELOPMENTCALENDAR2025第10回皮膚科サマースクール2025第89回日本皮膚科学会東部支部学術大会東部支部M&M相談会ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2025※ポスターは昨年のものです。日程2025年7月20日(日)~21日(月・祝)日程2025年9月27日(土)日程2025年10月11日(土)~12日(日)会場実行委員長札幌プリンスホテル国際館パミール福島聡(熊本大学)時会間場16:55-18:55秋田キャッスルホテル、秋田市にぎわい交流館AU会場実行委員長秋田キャッスルホテル能登舞(秋田大学)第77回日本皮膚科学会西部支部学術大会西部支部M&M相談会第76回日本皮膚科学会中部支部学術大会中部支部M&M相談会第89回日本皮膚科学会東京支部学術大会東京支部M&M相談会日程2025年10月18日(土)日程2025年10月25日(土)日程2025年11月15日(土)時間13:20-15:20時間18:30-19:30時間16:00-18:00会場岡山コンベンションセンター会場国立京都国際会館会場京王プラザホテル※予定は予告なく変更となる場合がございます。ご了承ください。13

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ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2024に参加して長崎大学病院皮膚科・アレルギー科中島真帆慶應義塾大学医学部皮膚科学教室堀川弘登CDLSに参加して5ヶ月が経過しました。私は、室田教授から参加の提案をいただき、夏休みCDLSに参加して最も良かったことは、全国に同世代の知り合いができ、それがキャリアに期間と重なっていましたが、大学院を卒業したばかりで、今後のキャリア形成にぼんやりしていた時期であり、臨床研究や統計にも興味があったので、旦那を説得して、同伴で参加しました。CDLSは、リーダーシップを発揮できる若手皮膚科医育成を目指した会であり、敷居が高そうにみえますが、実際は引っ込み思案の私でも、同世代の先生と気軽にディスカッションでき、楽しい時間を過ごすことができました。委員会の先生方からも丁寧にご指導いただき、刺激的な2日間でした。きっかけがないと重たい腰は上がりません。専門医取得後は、日常診療や雑務に追われ、自分の目標が曖昧になりやすい時期ですが、キャリアとしては転換期・重要な時期です。CDLSに参加し、未来年表を作ることで、目標に向かって何をしないといけないのか明確になりました。私の最終目標は、「胸を張って皮膚リンパ腫が専門といえる」ことです。この2ヶ月で、苦おける自分の今の立ち位置や直面している課題を、一歩引いた視点から考えるきっかけを与えてくれたことです。自分の仕事や将来のことは独りで考え解決していくべきだと、どこかそう思い込んでいるところがあったのですが、同じような課題に対峙する同世代の皮膚科医が全国にいることに励まされ、個性豊か過ぎる彼ら彼女らとの交流に大いに刺激を受け、思考が整理され悩みの霧が晴れるようでした。おそらくCDLSに対して距離を感じている人もいるかと思います。かくいう私も医局長から参加するように言われたとき億劫であまり気が進まなかったのですが、今思えば僥倖であったと言えますし、次回OB参加枠で声が掛からないか期待すらしています。だからこそ、CDLSを発信することは私の役目だと思い、この感想を寄稿しました。交通費や宿泊費の負担もありませんので、少しでも興味がある方は是非ご参加ください。きっと愉しく、そして愉しい以上のものが得られると思います。手意識の強い英会話とがん治療認定医試験に向けて動き出し、統計の勉強を進め、論文作成、皮膚リンパ腫のレジメン申請も行いました。まずは飛び込んでみることが大切だと思いました。14

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#はたらく場所JDAMentors皮膚科医のキャリアは、勤務医や開業医にとどまらず、研究者、教育者、企業のアドバイザーなど、多岐にわたります。「はたらく場所Special」では、さまざまな分野で活躍する皮膚科医の「働く場所」に焦点を当て、多様な働き方をご紹介します。自分が目指すキャリアを見つけるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。10年⽬からが本当のスタートだった日々の努力と信用がご縁をつなぐ本物を学び、知識を極めて継承する枠を越えて発信できる医師でありたい多くの患者さんに役立つ薬を生み、育てる患者と医療者のギャップを埋めるメラノーマ治療に貢献するために地域医療の新しい仕組みづくりに挑戦「不逆流生」与えられた場で自分を生かすゼロからつくるワクワク感が原動力未来に希望のバトンをつなぐ0102030405060708091011河原由恵先⽣菊地克⼦先⽣⽊村有太⼦先⽣⽮上晶⼦先⽣板倉仁枝先⽣松村由美先⽣宮下梓先⽣加藤則⼈先⽣海⽼原全先⽣⼭本明美先⽣島⽥眞路先⽣15

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10年目からが本当のスタートだった―自分らしく働ける環境に導かれて―01一般財団法人神奈川県警友会けいゆう病院皮膚科部長河原由恵先生皮膚科医になった理由内科的な疾患から外科的要素まで幅広く、ずっと興味を持って働いていけそうだなと思いました。産婦人科と迷ったのですが、体力的な面も考えて選びました。いろいろな側面から患者さんを診断し全人的に関われる立ち位置―先生が感じている皮膚科医の魅力を教えてください。皮膚表面に現れている症状のみならず、いろいろな側面からの診断が必要とされ、全人的に患者さんと関われる立ち位置が気に入っています。例えば、内科など他科受診中の患者さんでなかなか診断がつかなかったケースでも、皮膚科医の視点から検査等をすすめて診断が確定することがあります。そんなときは、皮膚科冥利につきます。―全人的に患者さんを診断するために、どんな経験が役に立ちましたか?若い頃は何もわからなくて、患者さんに迷惑をかけてしまうのではないかと心配ばかりしていました。必死にやっているうちに仕事が楽しくなってきましたが、そう思えるようになるまで10年ほどかかりました。わからないことに向き合い、がむしゃらに頑張る時期も大事。一つひとつの積み重ねだと思います。私達の時代は大学の皮膚科学教室へ直接入局です。大学病院で研修医をした後、市中病院へ出向し、その後大学病院へ戻りました。大学病院では若手の先生とチームを組んで一般臨床もやりながら、研究に従事しました。その時の経験・身についた考え方は今でも臨床の場面でいろいろと役に立っています。地元の横浜で地域医療に携わり一人ひとりの患者さんに寄り添う―けいゆう病院でどんなキャリアを積んできたか、お話いただけますか。今の病院に出向になったのが、医師になってちょうど10年目です。そこからが本当のスタートだったと感じています。たまたまお話があって来たのですが、地元の横浜で地域医療に携わる機会をいただき、自分の強みを生かせる場所で働くことができました。基幹病院として多様な科がそろっているため、優秀な先生方から刺激を受け、若手への教育という面でも環境に恵まれたと思っています。すでに20年以上勤め、現在は部長職をしています。患者さんが治ったときの明るい顔を見ると、いつも幸せな気持ちになりますね。―特に印象に残っている出来事はありますか?以前に悪性疾患のため亡くなった同世代の患者さんがいて、担当医としてずっと悩んでいたときがありました。できるだけのことはしたと思っていますが、その方は幸せだったんだろうかと…。後日、ご家族から私の治療が患者さんの支えになったことを聞き、本当にありがたかったです。完治できなくてもそういう思いを持ってくださったのは、大きな励みになりました。皮膚科医である前に病院の一員として全体に貢献できる働き方を―市中病院の勤務医として働くうえで、大事なことは何でしょうか?勤務医というのは、皮膚科医である以前に病院の構成員だという意識で働かないといけないと思っています。そこを理解していないと、皮膚科の立ち位置も微妙になってくるのではないでしょうか。収益の面では循環器内科や整形外科、外科のような科と互角に渡り合うことは難しいですが、自分たちにできる貢献をしていきたいと考えています。医師として基本的な常識も必要とされますし、メンバーの一員として可能な限り当直をやることも大事かなと思います。―今後の展望や挑戦してみたいことがあれば教えてください。医師の仕事はとても好きなので、できるだけ長く続けていきたいです。今後も臨床を充実させるだけではなく、経験を生かして地域の活動などにもっと力を入れていこうと考えています。神奈川県は皮膚科医のつながりが強く、医会や勉強会などの活動が盛んな地域です。地域の医会や学会でも仕事をさせていただいているので、皆さんと協力して活動を広げていけたらいいなと思っています。河原先生のリフレッシュ法一昨年の総会での第九演奏の合唱団幹事をしたときは楽しかったです。読書やエンターテイメント鑑賞も好きです。一見凝ったように見えて手軽にできる料理に時々挑戦します。異業種も含めて旧知の友人やいろいろな世代の方とも交流する時間も大切にしていきたいです。16

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日々の努力と信用がご縁をつなぐ―地域と共に歩むクリニック経営―02医療法人社団廣仁会仙台たいはく皮膚科クリニック院長菊地克子先生皮膚科医になった理由体力的に女性のハンデがない科がいいな、と思いました。病理を目で見て診断する皮膚科は、自分の思考スタイルに合っていると感じたことも理由です。東北大学の医局を経て仙台でクリニックを開業―開業された経緯についてお聞かせください。長年、東北大学の医局にいましたが、廣仁会の先生から仙台に新設するクリニックの院長の打診を受け、2019年に開業しました。当時は、故郷の福島県郡山市に戻ることもおぼろげに考えていたのですが、自分ではなかなか開業に踏み切れず…。お話をいただいたときはタイミング的にも良く、ラッキーだと思いました。大学時代からずっと仙台に住んでいたこともあり、快くお引き受けしました。―クリニックの大変なところ、良かったところは何ですか?また、開業する際に大事なことも教えてください。大変なのは連休がないことですね。そしてスタッフが退職すると新しい人がなかなか入らないこと。いつも募集している感じです。良かったと思うのは、定年を気にせずに自分が好きなだけ働けるところ。「この先どうしよう」という将来に対する不安がなくなりました。開業にあたっては、やはり立地が重要です。ここは近くに高次医療機関が2つあり、すぐに患者さんを紹介できる恵まれた環境だと感じています。地域でいろいろな先生方と連携していくために、自分自身が信用される医師であることも大事だと思います。さまざまな患者さんと関わり皮膚疾患全般から美容まで幅広く対応―クリニックと大学病院との違いをどのように感じていますか?診断から治療まで一貫して関われることは、クリニックの魅力です。大学病院は紹介患者さんがほとんどですが、クリニックではさまざまな疾患の方が来院されます。患者さんによって社会的背景や人となりも違い、理解度も異なるため、その方に伝わるキーワードを探りながら疾患の説明をしています。それがなかなか難しいですね。患者さんも多く診察時間が短くなりますので、看護師さんからも「皮膚の洗いかた」「薬を塗る順序」などやさしい言葉で説明してもらい、治療が成功するように日々努めています。―先生は、大学病院時代から美容皮膚科もされていますね。当初はあざ取りなど保険診療でレーザーを用いていましたが、その後しみ取りやピーリングと美容にも着手しました。自由診療の枠組みをつくる必要があったので、書類を整えて申請したらスムーズに認められました。時代の要請もあったからだと思います。美容のニーズはさらに高まる一方、「直美」の問題もでてきています。来年は、仙台で美容皮膚科学会が開催されるので、それに向けても頑張らなきゃいけないなと思っています。一人では無力でも力を合わせれば成し遂げられる―これまでのキャリアを振り返り、大きな出来事は何でしたか?やはり、東日本大震災です。当時は仙台にいましたが、以前に勤めた病院のある石巻や大学から診療支援に行っていた女川が大きな被害に遭いました。ショックで現地に行くこともできず、自分の無力さを感じましたね。3カ月ほどたった頃に学会の支援活動が始まり、そこで被災地に入りました。一人では無力でも、力を合わせることが大事だと教わった気がします。開院後にも大きな地震が起こり、院内のスプリンクラーが作動して水浸しになったことがありました(下写真)。このときはスタッフと知恵を出し合い、早期に復旧させることができました。みんなの力を結集すれば、困難も乗り切れると実感した経験でした。―今後チャレンジしたいことはありますか?訪問看護師さんと連携し、リモートを活用して褥瘡などの診療ができるといいですね。その方法なら、来院が難しい患者さんのお役にも立てるのではないかと考えています。また、医療とは関係ないのですが、以前からこども食堂のお手伝いをしたいと思ってきました。いずれにしても、地域に貢献できる活動をしていきたいです。菊地先生のリフレッシュ法食材を買ってきて好きな料理を作り、栄養をしっかり取ることと朝のウォーキングです。歩いているとアイディアが浮かんだり、ハッとする気づきがあったり。体もすっきりして動きやすくなるので、これからも続けていきたいです。17

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03本物を学び、知識を極めて継承する―美容と真菌の専門性を磨く―皮膚科医になった理由もともとは内科を選択していましたが、研修期間に皮膚科を回る機会があり、湿疹を見てすぐにクリアな診断ができることに惹かれて皮膚科に変えました。順天堂大学医学部皮膚科学講座非常勤講師木村有太子先生治療の選択肢を広げるためにレーザーを勉強して美容皮膚科へ―美容皮膚科を専門にするようになったきっかけは何ですか?順天堂大学浦安病院に入局して2年後に、臨床研究のために初めてレーザーが導入されました。私としては美容面でも使えることに興味があり、スタッフにも協力してもらいながら、たくさん練習させてもらったんです。すると、興味深いデータが集まり、どんどん楽しくなってきて、学会でも発表するようになりました。これは本腰を入れて勉強すべきだと思い、東京医科大学の乃木田俊辰先生にお願いして、1年間、レーザー外来で研鑽を積みました。―美容皮膚科の意義をどのように捉えていらっしゃいますか?保険診療でもできることは増えましたが、どうしても限界があります。それを超えられるのが美容皮膚科です。例えばニキビ痕の場合、色素沈着や皮膚の凹みに対して保険では治療法がありません。治療の一連の流れとして、医師に美容皮膚科の知識があれば、もっと患者さんの役に立つことができると思います。ただ、最近の美容ブームには、いろいろ思うところもあります。美容でも可能な限りエビデンスに基づくべきですし、私自身もデータを集めて論文を発表するように努力しています。医真菌学の第一人者に学び数少ない真菌研究の担い手に―先生は真菌症の著書もお持ちですが、真菌の研究を始めた理由や魅力について教えてください。レーザーの業者さんから「アメリカで爪白癬治療にレーザーが効果を上げている」という話を聞き、興味を持ったことがきっかけです。爪白癬はよく見る疾患ですが、真菌の知識はなかったので学びたいと思い、医真菌学の大家である順天堂練馬病院の比留間政太郎教授(当時)に教えを乞いました。自分で培養した真菌を持って行って先生に見てもらったり、日曜日にも教えてもらったり。そこから、だんだんのめりこんでいきました。培養して見ると、菌自体はすごくきれいでアート的なんです。種類も多様で、例えば柔道選手の間だけで広がる菌やペットからうつる菌もあります。真菌は暮らしと関係が深く、研究も治療もまだまだやることがたくさんあって面白いです。―皮膚科に加え、レーザーと真菌でも専門医を取られていますね。私自身は、大学の医局に入ったからには専門医までは絶対に取ろうと決めていました。勉強はすごく大変でしたが、知識がついて自信になるし、患者さんのためにもなることです。自分をレベルアップさせるチャンスなので、本当に取って良かったと思います。大学で知識を磨きながら、先達からの学びを後輩に伝えていきたい―医師として大学とつながるメリットをどのようにお感じですか?現在は大学で真菌の研究を、クリニックでは美容を中心に取り組んでいます。仕事の比率的には半々くらい。例えば、真菌の培養のようにクリニックでは難しいこともあるので、大学の力には助けられていると思います。わからない症例があったときには周囲に相談ができて、常に勉強させてもらえるメリットも大きいですね。大学は圧倒的に情報量が多く、自然と新しい治療法や機器の情報も入ってくるのはありがたいです。―今後の展望をぜひお聞かせください。美容は携わる先生も多いので、私なりに頑張っていければと思います。真菌の研究は、退官した先生にも教えていただきながら進めている状況です。しっかり学んで専門性を高め、若い世代に引き継いでいくことが私の使命だと感じています。最近は耐性菌の問題も出てきたため、先生方への情報発信にも力を注いでいきたいです。木村先生のリフレッシュ法7年ほど前からトライアスロンをしているので、暇があればトレーニングしています。始めたのは友人の影響ですが、ハードルの高いものに挑戦したくて。苦手だった泳ぎも何とか克服し、最近はゴールできるようになりました。18

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04枠を越えて発信できる医師でありたい―アレルギーという社会問題に挑む―皮膚科医になった理由実家が東京なので、卒業後は東京に戻り神経内科医になるつもりでしたが、大学5年のポリクリで皮膚科を回り、恩師の松永佳世子先生と出会ったことがきっかけです。藤田医科大学総合アレルギーセンターセンター長藤田医科大学ばんたね病院総合アレルギー科教授矢上晶子先生誰でも治せる疾患だからこそ専門性の高い診療がカギになる―アレルギーを専門とされたきっかけを教えてください。恩師・松永佳世子先生の専門が皮膚アレルギーで、知識の泉のような方でした。研究や診療に真摯に向き合う姿がかっこよく、影響を受けました。医師になったばかりの頃、ラテックスアレルギーやラテックス-フルーツ症候群の患者さんを多く経験し、ちょうどその関係が解明されつつある時期で、とても興味深く感じたのも大きな要因です。―アレルギーを専門にする魅力はどんなところにありますか?アレルギーは一時的には誰でも治せる疾患とも言えますが、専門的な診療により長期的に良好な状態を維持したり、重症化を防いだり、根治を目指すことも可能になります。治療の質を高めることができるのが、アレルギー診療の醍醐味です。小児科や呼吸器内科、耳鼻科、眼科の先生方や看護師など多職種でのチーム医療も魅力を感じるところです。アレルギー患者さんをチームで支え治療と学業・仕事の両立をサポート―総合アレルギーセンターとは、どんな施設ですか?2015年のアレルギー疾患対策基本法施行を受け、2017年に開設されました。アレルギー疾患に関わる7つの診療科が連携し、診療・研究・人材育成・情報提供を行っています。最近、特に力を入れているのが、厚労省のモデル事業「免疫アレルギー疾患患者に係る治療と仕事の両立支援」です。―両立支援の取り組みについてお聞かせください。アレルギーによって学業や仕事の継続が難しい患者さんを支援するため、両立支援コーディネーターを中心に多職種でサポートしています。企業向けの勉強会も開催し、患者さんやその家族への理解を深める活動にも取り組んでいます。誰も取りこぼさない社会の実現を目指し、今後も地域の先生方、学校や企業と連携していきたいです。アレルギー疾患の治療と就学・就労の両立支援実施の手引き↑産官学でしっかり手を結び社会的な課題を解決していく―先生が今、注力している活動について教えてください。接触皮膚炎における取り組みとして、日本接触皮膚炎研究班:JCDRG(日本皮膚免疫アレルギー学会)の先生方と接触皮膚炎の疫学調査を継続し、香粧品班・金属班・薬疹班に分かれて活動中です。香粧品班では日本香粧品学会と連携し、皮膚障害事例に対する成分パッチテストの推進を、金属班では診療体制や管理の手引き作成を、薬疹班では病型や薬剤別の皮膚テスト方法をまとめて日本皮膚免疫アレルギー学会ウェブサイトに掲載予定です。パッチテスト参加も歓迎しています。ご興味のある先生はJCDRG事務局にご連絡ください(jcdrg@fujita-hu.ac.jp)。また2024年には、藤田医科大学先端アレルギー免疫共同研究講座(ホーユー株式会社)が設立され、教授を拝命しました。160以上の施設と連携し、即時型アレルギーの原因解明や新規検査試薬の開発を進めています。原因不明の即時型アレルギーでお困りの先生はぜひ当講座にご連絡ください。現在、特に注目しているのは、移行期以降に持ち越された食物アレルギーです。小児期発症の食物アレルギーの治療途中で中断した方や、小児科を卒業する年齢に達しても寛解に至らなかった方が、学業や就労に影響を受ける(前述の両立支援が必要となっている)ケースが増えています。成人発症の食物アレルギーとあわせて、移行期以降の診療体制の整備が急務だと感じており、小児科の先生方と共に取り組みを始めています。―今後の抱負と、若い先生へのメッセージをお願いします。アレルギー領域を専門とした皮膚科医として診療を続けつつ、学術団体、行政、企業と連携し、アレルギー疾患対策に貢献していきたいです。社会課題としてのアレルギーに取り組むことは、大きな社会貢献になると信じています。ハンズオンセミナーも様々な学会で開催していますので、若い皮膚科医の皆さんにはぜひ参加していただきたいです。数年後、タスクフォースとして一緒に活動できる仲間が生まれることを楽しみにしています。矢上先生のリフレッシュ法“友人”と呼べる医師仲間と語り合う時間が一番のリフレッシュ。つまり、仕事が趣味なのかもしれません。子育ても楽しかったのですが、子どもが成人して卒業。今は新たに“書”を始め、新しい出会いを楽しんでいます。19

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多くの患者さんに役立つ薬を生み、育てる―企業のメディカルドクターとして―05日本イーライリリー株式会社研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部板倉仁枝先生皮膚科医になった理由外科と形成外科と皮膚科で迷っていたんですが、形成もできることから皮膚科にしました。ライフプランを考え、結婚も子育てもしたいと思って決めました。皮膚科医として日本で勤めた後、悪性黒色腫を研究するためアメリカへ―現在、先生は製薬会社で臨床開発医師をされていますが、皮膚科医の初期キャリアについて教えていただけますか?九州大学の皮膚科に入局し、形成にも興味があったことから、腫瘍や熱傷で損なわれた皮膚の治療にも従事してきました。大学院で悪性黒色腫の血管新生を研究したことから、アメリカのジョンウェイン癌研究所に研究留学し、そのまま勤めることに。アメリカ最大規模のメラノーマセンターで資金は潤沢、悪性黒色腫のサンプルも豊富にあり、好きな研究に没頭できる恵まれた環境でした。ジョンウェインでの養子腫瘍免疫療法の立ち上げもすることができました。―アメリカでどんな仕事をしていたか教えてください。悪性黒色腫の治療とメカニズムについて研究していました。日本の医師免許はアメリカでは使えませんが、博士号「Ph.D」があれば研究者として仕事ができます。自分の価値を下げないために、留学生のときから給料がもらえるように交渉し、生活の心配をせずに研究できる環境を整えてきました。その後、自分の研究室を持つようになり、サンプルを管理する部署のマネージャーも任されていました。アメリカでは出産・育児も経験し、13年間過ごしました。臨床開発医師として皮膚科領域の創薬・育薬に携わる―製薬会社で研究開発に携わるようになったきっかけは?さまざまな臨床試験を行っていたところ、2015年に日本イーライリリーから声がかかりました。当時は皮膚科領域の薬がなく、事業立ち上げに向けて私に白羽の矢が立ったようです。以来、皮膚科の臨床開発医師として企業の中で研究を進めています。研究の原動力は、研修医時代の経験にあります。重症の乾癬や末期の悪性黒色腫の患者さんから「いいお薬はないですかね?」と聞かれても、当時は本当に薬がなかったので…。多くの患者さんに使ってもらえる薬をつくりたい、と思うきっかけになりました。―この仕事の魅力、やりがいについて教えてください。乾癬性関節炎の治療薬をアメリカより1年以上早く日本で販売することができたことはうれしかったです。製薬会社には、「創薬」と「育薬」という2つの使命があります。薬を生み出し、世の中に知られる存在に育て、治療に使ってもらうまでが私たちの仕事。日本を含めた世界の皮膚科をけん引する先生方に直接お話を聞く機会も多く、本当に毎日勉強させてもらっています。診察も続けながら生の声を聞き、患者さんの役に立つ薬を開発したい―現在はどのような働き方をされていますか?自分である程度時間を決めて、フレキシブルに勤務しています。職場には家庭を優先する雰囲気があるので、女性にとっては働きやすいですね。女性の管理職比率が31%と高く、私もその中の1人です。日本では業界をリードしている会社だと思います。役に立つ薬をつくるためには、患者さんが何に困っているかを知ることが大事だと思っているので、患者さんとお話しすることが大好きですし、患者さんが何に困っているかを知ることは、役に立つ薬を作るうえで大事だと思っています。専門医制度に従い診察に従事する時間がもらえることにも感謝しています。―臨床開発医師を目指す先生に、メッセージをお願いします。臨床経験に加えて研究の経験がないと薬の開発は難しいので、Ph.Dはあったほうがいいと思います。留学経験も強みになります。英語に苦手意識があっても、今はAIも使えるし、日本人の研究者が多い研究室もあります。重要なのは、誰にも負けない専門分野を持つこと。専門性で勝負できれば道は開けると思います。お薬を待っている患者さんのために、一緒に頑張っていきましょう。板倉先生のリフレッシュ法医学生のころは馬術、大学院では野球をしていましたが、今は子どもの応援に行く程度。でも運動は続けたくて、ピラティスに通っています。ウクレレも練習中。仕事量が膨大だからこそ、必ず自由時間を確保して、しっかりリフレッシュしています。20

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患者と医療者のギャップを埋める―ネガティブなことに意味がある―06京都大学医学部附属病院医療安全管理部部長・教授松村由美先生皮膚科医になった理由女性でもキャリアを継続できるイメージがあったことが、大きな理由です。家族がアトピーで苦労する姿を見てきて、皮膚科が身近だったこともあります。医師を目指したときの思いを叶えられる意義のある仕事―どんな経緯で医療安全に携わるようになったのですか?皮膚科の教授を通じて医療安全管理室長の後任を打診され、2011年に引き受けました。当時は突然でびっくりしましたが、院内の仕組みを改善する委員会の取りまとめ役など、部署横断的に関わる仕事もしていたからだと思います。その後も外来診療は続けてきましたが、2023年に終えて、医療安全に専念しています。もともと私は、患者さんと医療者のギャップを埋めたいという思いもあって医師を志しました。委員会活動に関わってきたのは、大学院時代に結婚、出産し、周囲の人にお世話になった恩返しでもあります。望んでいたことができる立場になり、すべてのことに意味があったんだなと思っています。―現在の仕事内容について教えてください。医療安全の仕事の一つに事故後の対応があります。治療を一生懸命やっても思うような結果が出ず、患者さんが亡くなってしまうこともあります。医療者と患者さんの間に入って話を聞き、どこに溝があるのか確認しながら理解を深め、最終的には三者面談をしています。ネガティブなことを扱うときには、医療者とも、患者さんとも、難しい緊張関係になることもあります。それでも、京都大学として適切な対応をするためには重要な部署ですし、誰かがその役割を果たすことが必要で、意味のある仕事だと捉えています。ネガティブなことを受け止めて、良い方向に進む力に変えていく―対策として、皮膚科医がやっておくべきことはありますか?治療がうまくいかないとき、何かのできごとが起こったとき、患者さんとの関係は悪くなるかもしれません。それを防ぐためには、普段から、患者さんの訴えに耳を傾けます。例えば、「そうですよね。痛いですよね」と受け止める姿勢が大事だと思います。診断や治療が難しいときも、難しいということを共有し、患者さんと一緒に考えていくのがよいと思います。さまざま組織や職種と連携して地域全体の医療安全向上に努めたい―働き方改革が進む中で、医療の質を守るためにどんな工夫をしていますか?働き方改革は業務改善のチャンスであり、良い外圧だと私は考えています。例えば、インフォームドコンセントは患者さんが納得して治療するために大事なプロセスですが、とても時間がかかります。短時間で有効な内容とするために、説明の動画を作成して事前に見てもらう方法に取り組んでいるところです。まだ道のりは遠いですが、いくつかの診療科では活用されています。―今後の目標を教えてください。院内だけではなく、地域の医療安全を向上させたいです。京都府医師会で医療安全担当の理事をしており、さまざまな医会の先生方や、看護師や薬剤師の方たちとも定期的に話し合い、講習会や啓発活動を推進しているところです。全国的な組織に関わる機会もいただいており、患者さんと医療者のギャップを埋めていきたいです。―とても難しい役目だと思いますが、心がけていることは?この仕事を始めたとき、コミュニケーション力を高める必要性を感じて、医療メディエーターの研修を受けました。メディエーターには間をつなぐ人という意味があり、両者の間に入って対話を促進しながら紛争を解決していく方法を学びました。ネガティブなことに向き合い、意味のあることに変えていく、というネガティブケイパビリティを大切にしています。誠実に対処し、良い方向に進む力に変えていけるよう心がけています。松村先生のリフレッシュ法ゆっくりお風呂に入り、ぼーっとして、頭を空っぽにするようにしています。最近は京都の中を意識的に観光していて、お寺巡りもするようになりました。講演で遠方に行ったときは、その地域ならではの場所を訪れるのが楽しみです。21

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07メラノーマ治療に貢献するために―PMDAでがん治療薬開発の知識を深める―皮膚科医になった理由赤ちゃんからお年寄りまで患者さんの幅が広く、疾患の種類も多様なところが魅力。臨床所見で診断できることも、専門性が高くてかっこいいなと思いました。熊本大学病院総合臨床研究部/皮膚科特任講師宮下梓先生悪性腫瘍を専門とする道に進み大学人としてキャリアを重ねる―先生のこれまでのキャリアを教えていただけますか?熊本大学の皮膚科に入局後、関連病院の皮膚科で研鑽を積んで再び大学に戻り、大学院に進学しました。診療に携わり患者さんとの出会いの中で悪性腫瘍を専門にしようと思うようになり、メラノーマが集まる環境である熊大に残ることが自分の道だと考え、今も大学で診療を続けています。基本的にはずっと臨床の現場にいますが、2019年から2年ほど厚(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に出向しました。大変貴重な経験ができたと感じています。―どのような経緯でPMDAに出向されたのですか?以前は進行期メラノーマの治療法選択肢は限られており、その効果も限定的。病状が進む患者さんに寄り添うことしかできず、何とかしないといけないと思っていました。「治らない病気だからこそ、誰かがやらなければならないのだよ」と、大学院での研究を勧めてくれたのが尹浩信教授(当時)です。大学院では福島聡教授のもと、ヒトiPS細胞から誘導した免疫細胞を用いたメラノーマ免疫療法の研究を行い、免疫療法はがんに効くのだと実感しました。その後、2014年に免疫療法であるオプジーボが登場してメラノーマ治療が進化し、診療に尽力する毎日を送っていたところ、尹先生かへの出向を提案されたんです。「診療を頑張るのはいいことだが、患者さんに新薬が届くシステムを学ぶことで新たな貢献ができるのではないか」と。正直迷いもありましたが、メラノーマの新薬の審査に関われたらすごくうれしいだろうと思い、心を決めました。臨床の専門家としてPMDAで抗がん剤の新薬審査に携わる―PMDAでは、どのような仕事をされていたのですか?抗悪性腫瘍薬を扱う「新薬審査第五部」に所属し、審査専門員として抗がん剤の承認審査に携わりました。承認権限は厚生労働省にありますが、審査の実務はPMDAが担っています。リーダー、医師、薬理、統計担当などでチームを組み、1つの新薬を担当。治験結果など企業が提出した資料を、それぞれ専門家の立場からチェックし、承認の可否を科学的な観点から判断します。治験実施前などの相談業務もチームで担当し、治験デザインについて議論する機会もありました。皮膚科医は少ないので、悪性腫瘍以外でも皮膚科の医薬品関連の審査・相談業務をサポートすることも多かったですね。―貴重な経験を通して得られたことを教えてください。治験で得られた結果が臨床的に意義があるかなど、医師としての現場感覚が強く求められ、がん分野で頑張ってきた経験を生かせたと思います。がん領域は申請されるお薬の数が多くて勉強が大変でしたが、他の医師たちと励まし合って乗り越えました。みんな今でもいい仲間です。残念ながら任期中に皮膚がんの新薬審査はありませんでしたが、全がん種を勉強したことから「がん治療認定医」を取得し、知識の幅を大きく広げることができました。与えられた仕事に真摯に向き合いこれからも努力を続けていきたい―PMDAはどんな先生に向いていますか?「患者さんに新しい治療を届けたい、医薬品や医療機器の治験・開発に携わってみたい」という思いがある先生には、ぜひPMDAを経験してほしいです。薬が世に出るまでの流れや医師が主導する治験の進め方など、臨床では得ることができない多くの情報に触れられます。臨床医としての専門的な意見が求められるので、専門医を取得しておくこと、現場で研鑽を積んでから行くことをお勧めします。―これからの展望を教えてください。現在は診療を続けながら、臨床研究の支援部門にも所属しているので、どちらも疎かにせず向き合っていきたいです。研究支援では、他科の先生方と仕事をしています。相手を理解してコミュニケーションを図ることも重要で、人間的な成長も感じている毎日です。与えられた仕事を一生懸命に進めていけば、次のステップにつながると思うので、日頃から努力を続けていきたいと思います。宮下先生のリフレッシュ法家に帰ったら、映画やドラマを見たり、本を読んだり、必ず息抜きをしてから休んでいます。「今日はこれで終わり!」と区切りをつけて、毎晩リセットするような感じ。夜はぐっすり眠って、朝起きると昨日の悩みもどうにかなるかな、と思えます。22

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08地域医療の新しい仕組みづくりに挑戦―多職種連携で若い医師を育てる―皮膚科医になった理由幼い頃から人体図鑑が好きで、ブラック・ジャックに憧れて医師に。大学では病態生理に興味を持ち、内科医と外科医の部分を併せ持つ皮膚科を選びました。京都府立医科大学北部キャンパス長加藤則人先生一人医長の幅広い経験が、皮膚科医として実力アップする機会に―これまでのキャリアの中で、変化や成長を感じた経験について教えてください。皮膚科医になって6年目、京都市内から車で2時間半ほど離れた公立病院で一人医長になりました。それまでは、診断や治療が難しい場合は大学病院を紹介していましたが、患者さんから「そんな遠いところには行けません。先生が治してください」と言われ、最後まで自分で診ることに。診断も治療も手術も全部やるようになって、皮膚科医としての実力が格段に上がりましたね。一方で、これ以上やると患者さんに迷惑をかけてしまう限界もわかるようになり、それを超えていくために勉強にも熱が入りました。―一人医長で大変だったとき、どんな人に支えられましたか?当時、大学の教授が用事で立ち寄った際「元気にしているか?」と声をかけてくれたのはうれしかったです。それ以来、地域の病院に勤務している人がいたら、私もできるだけ現地に行って話すようにしてきました。また、地域の病院ではすべての診療科の医師が同じ医局で過ごすので、先輩後輩関係なくみんな仲良くなり、30年以上たった今でも交流が続いています。課題を解決して人の役に立ち、知的好奇心も満たされる研究の魅力―研究の意義や魅力について聞かせていただけますか?研修医のときバスケット部の先輩に誘われて研究をしてみたら、思っていた以上に面白くてどんどんハマっていきました。研究に携わることができて、本当に良かったです。医療分野で未解決の課題に答えを出し、世界の人々の役に立つことが研究の意義だと思いますが、それに加えて研究には自分自身の知的好奇心が満たされる魅力があり、日々の診療での疑問に対する答えが見つかることもあります。科学的な見方ができるようになって、論文や講演を見る目も変わりました。ドイツでは研究がとても楽しかったです。教授から与えられた課題だけではなく、自分が興味を持ったテーマの研究にも打ち込むことができました。研究は世界をフィールドにするので、世界中に仲間ができたことも一生の財産になりました。地域医学コースを立ち上げ、診療と研究を両立させられる場を提供する―現在はどんな仕事に力を入れていますか?昨年4月から、京都府立医科大学北部キャンパスのキャンパス長を務めています。丹後半島にある大学附属北部医療センターの教育と研究の機能をさらに強化するために、創設された教育研究機関です。そこで大学院医学研究科地域医学コースを立ち上げ、地域で医療に従事する若いドクターに社会人大学院生として診療と研究を両立できる場を提供しています。日々の診療の中で生まれた疑問や課題を、自ら解決しようと研究する様子を見るのは非常に大きな喜びです。―キャンパス長として、これからの抱負をお聞かせください。北部医療センターでは、今年3月から臨床実習生を対象に新たな取り組みを導入しています。約1カ月だった実習期間を数カ月に伸ばし、長期滞在型臨床実習を試行的に始めました。自分が救急室で診療した患者さんがその後どうなっていくのか、診療科の垣根を越えてどんな治療やケアを受け、退院後はどんな暮らしをしているのか、一人の医学生が見ていきます。例えば、薬剤師と一緒に訪問服薬指導に同行するなど、多職種で連携した実習も進めています。同じ志を持つ仲間たちと力を合わせ、地域医療全体の課題解決につながる仕組みづくりに挑戦していきたいと思っています。―ドイツ留学ではどんな思い出がありますか?1997年にドイツのミュンヘン大学、ボン大学に留学しました。加藤先生のリフレッシュ法昔から料理が好き。いろんな材料を合わせて作る過程が実験と通じる部分があります。去年の日本皮膚科学会総会で、デルマトオーケストラとベートーベン交響曲第9番を合唱したのがとても楽しかったので、ぜひまた参加したいです!23

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「不逆流生」与えられた場で自分を生かす―地域に開かれた新しい病院の形を―09東京都済生会中央病院院長海老原全先生皮膚科医になった理由大学生のとき、先輩の天谷雅行先生(現慶應義塾大学医学部皮膚科学教授)から話を聞いたことがきっかけ。「皮膚科は研究も臨床もまだやることがいっぱいある」という言葉に興味を持ちました。人とのご縁に導かれ思いがけないキャリアを歩む―これまでのキャリアの中で、特に印象的だったことをお聞かせください。済生会中央病院の皮膚科医長をしていたとき、教授に就任されるタイミングで天谷先生から慶應義塾大学にスタッフとして来てほしいと声がかかったことです。当時は済生会病院の仕事を定年まで全うしようと思っていたので、2回はお断りしたのですが、3回目のときにありがたく受けることにしました。2005年から大学に戻ったのは思いがけない変化でしたね。天谷先生が医学部長になられて、皮膚科の診療に関しては私が責任者になりました。―済生会中央病院の院長には、どんな経緯で就任されたのですか?13年ほど大学生活を送っている中で、前院長から院長職のお話をいただきました。これも自分の人生にとって大きな転機でした。院長になると専門外の病院経営に携わることになりますので、1年間は副院長として経営や会計などについて学び、2020年4月に院長に就任しました。他業種の人とも接点も増え人脈と視野が広がる機会に―院長になったことで、どんな変化がありましたか?いろいろな方々との接点が増え、自分自身の視野が広がったと思います。ちょうどコロナ禍でしたが、危機的な状況でも先を見据えてチャレンジしている企業の方とも出会い、刺激を受けました。座右の銘を聞かれる機会が増え、「不逆流生」と応えています。歌舞伎俳優の片岡仁左衛門さんの言葉で、流れに逆らわず生きるという意味です。常に与えられた場所で何とか自分を生かそうと考えてやってきたので、一番しっくりくる座右の銘だと思っています。違いありません。皮膚科の診断で患者さんの他の病気が見つかることも多いですし、皮膚の症状について他の科から相談されることもあります。全身の病気を診断するきっかけづくりができる科なので、「いてくれないと困る」とよく言われます。地域の健康を支える身近な存在として病院のあり方を変えていく―皮膚科の先生が院長になるとしたら、勉強しておくべきことは?皮膚科医は内科系も外科系も多少の知識があり、考えが偏らない柔軟な面があるので、院長としても資質があると思います。経営や会計の勉強は後からでも間に合います。いろいろな職種の人と付き合うなど自分の視野や生き方を広げていくことで、病院運営に携わる機会も出てくるのではないでしょうか。たくさんの人を雇い続ける責任は重いですが、それ以上にやりがいはありますので、若い先生方にもチャレンジしていただきたいです。―病院経営について今後の展望をお聞かせください。コロナの時代を経て、医療事情は変化し、超高齢化社会を迎え、今、病院は変わらなければいけない時期にきています。新しい病院の形をつくる取り組みを、さらに推進していきたいです。高度急性期病院としてしっかり治療を提供するのはもちろんですが、病気を防ぐような提案もしていきたいと考えています。そのためには病院が身近な存在になることが大事だと思い、建物内にユニクロを誘致するなど周囲の企業や地域の方が利用しやすい環境づくりをしてきました。健康講座も定期的に開催しているところです。他の医療機関や介護施設とも連携を深め、地域の皆さんの健康を支えるために力を尽くしていきたいと思います。―院長の立場から見て、皮膚科の可能性はどんなところにあるとお考えですか?総合病院の中で皮膚科医は人数が少なく、収益も上がらないという見方があるかもしれませんが、必要不可欠な存在であることは間海老原先生のリフレッシュ法中学時代からテニスをしていましたが、最近は少しずつゴルフも始めました。歴史小説が好きでよく読みますし、気分転換にいろんな雑誌も目を通しています。休日は運動よりものんびり過ごすことが多いですね。24

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ゼロからつくるワクワク感が原動力―未知の扉を開けて人生を謳歌する―10旭川医科大学名誉教授iDREAMCOACH(アイドリームコーチ)代表山本明美先生皮膚科医になった理由もともと画像を見るのが好きで、皮膚病の色や形に興味がありました。診断できたら面白いし、皮膚科なら疾患を包括的に理解できそうだと思ったからです。国内・海外留学での経験が変化と成長のきっかけに―皮膚科医をしてきて、面白いと思ったことを教えてください。皮膚科の中では、病理組織診断を専門にしてきました。病理標本を顕微鏡で見ていると、いろんなアイデアや仮説が浮かんでくるのが面白かったですね。皮膚科医を選んで、視覚優位な自分の特性を生かせて良かったと思います。―これまでのキャリアで、転機になった経験はありますか?昨年3月の退任まで、母校の旭川医科大学と関連病院で長く勤めてきました。その中で、20代後半から大阪大学の解剖学教室に国内留学したこと、その2年後に英国ロンドン大学に海外留学したことは転機となりました。当時、臨床の教室は女性が必ずしも働きやすい職場ではなかったのですが、大阪大学の教室は教授が若く、フランクな雰囲気でした。伸び伸び学べて楽しかったですね。ロンドンでは、言葉が不自由でもどかしい思いをしました。海外で暮らす大変さを経験したことで、帰国後は外国人などマイノリティの方に対する配慮が自然にできるようになり、人間的な成長につながったと思います。各種プロジェクト、YouTubeでも活動し退任後は個人事業主として起業―先生は女性活躍推進やダイバーシティの活動にも、長く関わってこられていますね。2007年から17年間、大学病院の女性活躍推進プロジェクトを担当しました。セミナー企画や病児保育室の新設などゼロから形にするのがすごく楽しかったです。日本研究皮膚科学会のダイバーシティ委員会の立ち上げにも関わり、自分は新しいものを創り上げていく仕事にワクワクする人間なんだと気づきました。思う存分やってみたいことを楽しんでいます。以前から続けている動画」は260本以上。私が住んでいる町を紹介するチャンネルもあります。YouTuberになって稼ごうと思ったんですが、収益化は難しいですね(笑)。コーチングのスキルを生かしてキャリアや人材育成を支援していく―コーチングの道に入ったきっかけは何ですか?コロナの影響で出張がなくなり、時間ができたのを機会にコーチングの資格を取りました。教授として教室員と接する能力向上のために勉強しましたが、傾聴スキルが患者さんとのコミュニケーションにも役立ち、以前より診察が楽しみになりました。2022年3月からオンライン勉強会「WeCanLead」を始めたのは、私のコーチングの先輩・本間正人先生のアドバイスがきっかけです。現在は月1回、20~30人が集まり、いろいろな業界で活躍中の女性リーダーに体験談を語っていただいています。この活動で皆さんのキャリアの悩みを知り、コーチングを始めました。―今後の展望や挑戦してみたいことがあれば教えてください。これからは大学病院など団体向けのコーチングもしたいと思っています。教授たちは、部下の育成方法を習ったことのない方がほとんどです。かたや一流企業では、経営者にエグゼクティブコーチがついて、さまざまな助言やコーチングが行われています。医学の世界でも導入すれば組織のコミュニケーションが円滑になり、回り回って患者さんにも良い影響があるのではないかと考えています。みんながハッピーになるWin-Winの関係を築いていきたいですね。―YouTubeやコーチングなど、現在の多彩な活動についてお話いただけますか?昨年4月に起業し、コーチングで女性たちのキャリアップを支援しています。メルマガやブログ、グラフィックレコーディングなど、山本先生のリフレッシュ法自然豊かな美瑛町に住んでいて、毎日きれいな景色に癒やされています。YouTubeチャンネル「スローライフ美瑛」では、季節の話題やおいしいお店をたまに発信しています。雪のない時期は庭仕事や、敷地内に自生している山菜採りが楽しみです。25

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11未来に希望のバトンをつなぐ―世界レベルの若手研究者を育成する―皮膚科医になった理由実は野球をやっていたからなんですよ。東京大学医学部の野球部に入って、皮膚科の先生に野球好きな人が多いことを知り、楽しく働けそうだと思いました。山梨大学前学長・名誉教授洛星中学校・高等学校理事長島田眞路先生野球に救われ、人とつながり、留学中のコミュニケーションも円滑に―皮膚科医になった理由が、野球というのは面白いですね。私は中学・高校と野球部で、中学のときは京都市大会で準優勝し、3番センターでした。高校2年で引退した後はひたすら勉強に打ち込み、志望校に進学しましたが、大学でも真面目に勉強しすぎて胃潰瘍になってしまったんです。これはまずいと思って医学部野球部に入ったら、みんなリラックスして楽しく遊んでいて、世界が変わりましたね。当時、医局対抗の野球大会の審判を部員がしていたので、そこで皮膚科の先生方とご縁ができました。―NIH(米国国立衛生研究所)では、どんな経験をされましたか?1983年からNIHに留学しました。全米から優秀な人が集まる機関だったので、研究漬けの毎日かと思ったら、ボスが野球好きで野球大会があったんです。そこで先頭打者ホームランを打ち、チームも勝利!みんなとの距離が一気に近くなり、ここでも野球に救われましたね。世界トップクラスの研究者であるKatz先生のもとで学び、真面目で熱意ある姿勢にも影響を受けました。当初は2年の予定でしたが、研究が面白くて4年間アメリカで過ごしました。病院、大学、学会のトップとして、人材育成と組織づくりに邁進する―学長を務めた山梨大学での仕事について教えてください。帰国後は山梨医科大学(現山梨大学医学部)の助教授を経て東京大学に戻り、1995年に教授として再び山梨医科大学に行くことになりました。このときはチャンスだと思いましたね。山梨で腰を据えて若手の研究者を鍛え、世界でも有数の皮膚科に育てていこうと決意しました。日本皮膚科学会皆見賞を大学から2件受賞できたことは、大きな成果だと思っています。大学病院の院長を6年した後、2015年に学長となり、山梨県立大学との連携推進法人を日本で初めて立ち上げるなど地域の人材育成にも取り組みました。一昨年に退任し、現在は母校で教育に携わっています。―日本研究皮膚科学会の理事を20年務め、理事長としてもご活躍なされました。日本研究皮膚科学会の先生方は研究やコミュニケーションのレベルが高く、皆さんから良い刺激を受けたおかげで、頑張れたと思っています。2002年事務局長や2005年理事長になったときも支えていただき、感謝しています。2008年に国際研究皮膚科学会を開催年間は、人生の中で一番必死になって働いた時期です。アメリカ、ヨーロッパと日本が対等に学会を開催するのは容易なことではなく、海外との関係構築や日本のレベルアップのために飛び回りました。切磋琢磨できる環境と一人ひとりの情熱が研究を発展させる―多様な組織でリーダーシップを発揮する原動力となったのは?若手の研究者を育てたいという強い思いですね。一生懸命やろうとする人をつぶすような組織で人は育たない。学んで高め合える環境づくりが必要だと考えて動いてきました。私はアメリカの恩師から言われた「PasstheBatton」の精神を大事にしています。日本皮膚科学会では、最も優秀な皮膚科学者の天谷君にバトンを渡せて、本当に良かったと思っています。そして次のバトンは私の東大の後輩(野球部)藤本君が受け取ってくれました。バトンを適任者に渡していけば、組織は必ず発展していくと信じています。―若い世代の皮膚科医に向けてメッセージをお願いします。若い先生には、パッションを持って必死に勉強してほしい。そして、海外にどんどん出て行ってほしいです。日本の皮膚科研究は、残念なことに諸外国に差をつけられてきています。世界に視野を広げ、強い意志と熱意を持って頑張ってください。島田先生のリフレッシュ法ゴルフをずっとやってきて、ハンディ10までいきました。今はダメですが、お酒も飲めないし、唯一の趣味です。大学5年のときにゴルフ部ができて、野球部と兼部していました。健康のために、少しゆるむ時間をつくることも大切だと思います。26

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医師・漫画ブロガー。外来診療の皮膚科あるあるやハプニング、皮膚科医として日常で感じたことなどを4コマ漫画ブログにアップしている。ブログ発の漫画本、2冊既刊。最近はもっぱら趣味のマラソンネタなど。ゆるいファンランナー。毎日いろんなコトが起こるよね~27

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加藤裕史先生「話し方」から「伝え方」へ『話し方の戦略』を学ぶ今回のDerma’sLoungeのテーマは「場所」です。人は「場所」によって、役割が変わります。例えば私たち医師は病院においては「医師」としての役割を果たしていますが、家に帰ると「親」や「子」としての役割を果たすこともあります。そして、私たちはそれぞれの場で他者とコミュニケーションを図りますが、それは必ずしも容易なことではありません。そこで今回は、円滑なコミュニケーションにはどのような話し方・伝え方が有効なのか、株式会社カエカ代表の千葉佳織さんに伺います。話の伝わりやすさを左右する「コンテンツ」と「デリバリー」とは?蓮沼:まずは、千葉さんから自己紹介をお願いします。kaekaでは、具体的にどのようなサービスを提供しているのですか?千葉:kaekaでは、主に話し方のトレーニングを行うサービスを提供しています。まずはお客様の話し方をAIで診断して改善点を明確にしたうえで、専属のスピーチトレーナーが数カ月かけてトレーニングを行います。話し方を改善するための「ジム」のようなものだと考えていただくと理解しやすいと思います。これまでに政治家や経営者の方など、5,000人以上の皆様にトレーニングを受けていただいた実績があります。蓮沼:いろいろなトレーニング法があると思いますが。kaekaさんが考える「伝わる話し方」とは、どのようなものでしょうか?千葉:一言で伝えると、「わかりやすくて、かつ熱量のある話し方」です。つまり、端的に情報が整理されていること、かつ、話し手の熱意や思いが感じられる話し方=伝わりやすい話し方だと考えています。逆に先生方は、普段、お話をするときにどのような点に気を付けていらっしゃいますか?蓮沼:私は早口なので、話すスピードをなるべくゆっくりするように心掛けています。加藤:私は声の大きさやトーンにも気を付けていて、相手によって使い分けるようにしています。能登:相手が自分の話したことを受け取ってくれているのか、伝わっているのかというところが気になります。千葉:話すスピードや声の大きさやトーン、いずれも話を伝わりやすくするための重要な要素です。私たちkaekaでは、話し方を「コンテンツ」と「デリバリー」という2つの要素に分解して考えています。「コンテンツ」とは、言葉そのもののこと。コンテンツについては、例えば事実・事項をどのくらい入れて伝えればいいのか、自分の経験やストーリー、感情をどのくらいのバランスで入れたら伝わりやすいのか、一番言いたいことは何なのかが非常に重要になります。一方の「デリバリー」とは、簡単にいうと、音声表現に関することです。先ほど、蓮沼先生と加藤先生がおっしゃっていたような話すスピードや声の大きさ・トーンも、デリバリーの領域です。大きさやスピードのほかに、デリバリーでは「間」も結構大切です。例えば「私は千葉佳織です私はスピーチライター・スピーチトレーナーをしています」と一気に話すのと、「私は、千葉佳織です。私は、スピーチライターやスピーチトレーナーをしています」という具合に、少し間をおいて話すのとでは、相手に与える印象が大きく変わります。蓮沼直子先生28

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能登舞葉佳織さん❷「対象者」を分析する千先千葉:そうですよね。講演や講義など特別な場合を除いて、日常的に目的意識をもって話している方は意外と少ないと思います。例えば、kaekaでは話し方トレーニングに来ていただいた方には最初に自己紹介をしていただき、その録画を見直すことからトレーニングをスタートするのですが、自己紹介後に「今の自己紹介は、相手にどんな印象を持ってもらうことを目的にされましたか?」と聞くと、ほとんどの方が「そんなこと、考えたこともなかった」とおっしゃいます。もちろん、普段の雑談や日常会話のすべてに明確な目的を持たせる必要はないのですが、少なくとも仕事として人と関わるときには、何らかの目的を意識して話すことが大切です。目的は必ずしも粒度の高いものである必要はありません。まずは「信頼されたい」、「次も自分に相談してほしい」、「安心してほしい」など、ざっ生くりした目的を意識することから始めましょう。目的が明確になれば、より適切な言葉を選んで話すことができるようになります。話し方トレーニングの三原則能登:本当にまったく異なりますね。「間」の大切さがよくわかりました。千葉:続いて、原則の2つ目は「対象者を分析すること」です。これも当たり前のように思われるかもし話し方トレーニングの三原則れませんが、意外とできていない方が多いのです。例❶「話す目的」を明確にするえば、講演会やYouTube配信などでよくある落とし穴は、話し手が聴衆の知識レベルを考えずに話してしま千葉:話し方のトレーニングで重要なのは、「コンテうこと。同じテーマの講演や配信でも、テーマとなっンツ」と「デリバリー」の両方を改善することです。ている領域についての知識レベルは、聴衆によって異どんなによい「コンテンツ」(内容)でも、「デリバリー」なります。専門家を対象(音声表現)が悪いと、話し手の伝えたいことや思いが、とした講演会で相手に伝わらないからです。今日は、コンテンツとデは専門用語リバリーそれぞれについて解説しつつ、トレーニングをたくさに欠かせない三原則についてもお話したいと思います。ん使ってこれは能登先生がおっしゃったことにもつながってきます。まず、1つ目の原則は「話す目的を明確にすること」ですが、先生方は、日ごろから意識していらっしゃいますか?千葉佳織さん蓮沼:講演や講義、あるいは人に何かを伝えなくては株式会社カエカ代表、スピーチライター・スピーチトレーナー15歳から弁論を始め、全国大会3度優勝、内閣総理大臣賞受いけないときは意識しています。ただ、それ以外のと賞。慶應義塾大学卒業後、DeNAで初のスピーチライター業務きは、あらためて考えてみると、目的を明確に意識せを立ち上げ、2019年に株式会社カエカを設立。5,000人以上に話し方トレーニングを提供。企業総会や国政選挙などでスずに話しているかもしれません。ピーチ原稿の執筆にも取り組む。著書に『話し方の戦略』。加藤:とっさに話しかけられたとき、心構えなしに話さねばならないときは、目的を意識して話すことが難しいですよね。29

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「話し方」から「伝え方」へも理解してもらえますが、一般の人を対象にした講演会では当然、伝わりにくくなります。普段の会話でも難しい言葉を使っていると、相手に伝わらないばかりか、「この人は私を相手にしていないんだな、意思疎通をする気がないんだな」と思われてしまうおそれもあります。相手の知識量や興味関心、反応をしっかり分析して、相手ごとに話し方や言葉遣い、トーンや速さを調整していくことが、非常に大切です。蓮沼:ちょうど先週末、広島県で指導医研修会を開催したのですが、こうした研修会では、学びを深めたいという目的意識を持って参加している積極的な方と、職場から言われて参加している消極的な方が混在しているんですよね。その場合は、どうすればいいのでしょうか?千葉:その場合は、消極的な方にあわせて話すほうがよいと思います。なぜなら、消極的な人にも伝わるようにわかりやすく丁寧に話すと、それは積極的な方にとっても「知識の再確認」というメリットをもたらすからです。逆に積極的な方にあわせて話してしまうと、消極的な方には理解ができなくなって、講習会全体の満足度やモチベーションが下がってしまうおそれがあります。蓮沼:なるほど、納得しました。今度から、消極的な方を意識して講義をしたいと思います。その意味でも原則②「対象者を分析する」は大切ですね。続いて、3つ目の原則について教えてください。話し方トレーニングの三原則❸「話し言葉」の意識を持つ千葉:3つ目の原則は「話し言葉の意識を持つこと」です。何度も繰り返し読むことができる書き言葉と違い、話し言葉は原則として、一回限りのものです。一度発してしまった言葉を撤回することは難しいですし、録音・録画をしない限り繰り返し聞くことはできません。その意味で、話し言葉って実は非常にシビアなコミュニケーションなんです。人と話すときは、そのシビアさをしっかり頭に入れたうえで、話すようにしましょう。特に気を付けたいのが、一文の長さ。一文が長くなりすぎないように、適宜、区切って話すと、相手にぐっと伝わりやすくなります。句点(。)で言葉を区切るイメージで話すのが、おすすめです。そうすることで自分の考えを整理しながら話しやすくなり、相手にも話の内容の記憶が定着しやすくなります。蓮沼:なるほど。3原則を、さっそく日々の診療や生蓮沼直子先生広島大学医系科学研究科教授秋田大学医学部医学科卒業後、秋田大学医学部附属病院皮膚科研修医に。研究留学や皮膚科助教を経て、医学教育に関わるようになる。2019年3月より広島大学大学院医系科学研究科医学教育学、医学部附属医学教育センター教授、10月よりセンター長。現在は皮膚科診療も継続しているが、主に卒前教育の教務を担当し、医学科のカリキュラム改善や教材開発研究に取り組んでいる。活で意識してみたいと思います。では、ここからはより具体的な質問に入らせてください。まず、私たち医師にとって患者さんと信頼関係を築くことは、非常に大きな課題です。初対面の患者さんと接するとき、どのような話し方をすれば信頼関係が築きやすいのでしょうか?千葉:話をする前に、マインドとして気を付けていただきたいのは、先生方にとって診察は「日常」であるのに対し、患者さんにとっては「非日常である」ということです。先生方にとっては1,000回目の診療も、患者さんにとっては初めての診療であり、程度の差はあれ一定の緊張感を持ってその場にいらしているはずです。先生方には、相手の緊張具合を見極めたうえで、コミュニケーションスタイルを臨機応変に変えていただきたいと思います。例えば、こうした話のとき、よく「相手に笑顔で接しましょう」、あるいは「共感を示しましょう」というアドバイスがあるかと思いますが、実は必ずしもそれが正しいとは言えません。例えば相手が感覚的な方なのか、論理的な方なのか、丁寧に答えてほしいと思う方なのかによっても伝え方は変わってきますよね。その使い分けがどれくらいできるかが大切だと思います。能登:初対面の患者さんのタイプを見極めるには、どうしたらよいのでしょうか?千葉:まず、2~3回、質問と回答のラリーをしてみるのがおすすめです。質問に対する答えの長さや内容で、その人の好むコミュニケーションスタイルを見極めることができると思います。能登:相手のコミュニケーションスタイルに合わせるには、まずは自分自身のスタイルを知る必要がありますよね。千葉:そうですね。自分のコミュニケーションスタイル30

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を調べるツールやサービスもありますし、職場の方に千葉:そうですね。そこで重要なのは、「自分の話しご自分のコミュニケーションスタイルがどう見えているたことが全て相手に覚えてもらえる」とは、思わなのか、フィードバックしてもらうのもよいと思います。いほうがいいということです。もちろん、全部記憶に自分が思っている以上に早口だったり、難しい言葉を残してもらうことが理想ですが、それは難しいですよ使いがちだったり、といろいろな気づきを得られるとね。だからこそ、これだけは覚えてほしい、理解して思いますよ。ほしいという事柄を絞り込んだうえで話すことが大切なのです。患者さんの理解を深める話し方とは?蓮沼:私たち医師はなるべく専門用語を使わずに説明するように心掛けてもいるのですが、どうしても気が付くと専門用語を使ってしまいがちなので、ときには患者さんにうまく伝わっていないこともあると思います。千葉:その場合は、ゆっくりと区切りながら話して、時折、「ここまでのお話は理解できましたか?」という確認を挟みながら説明されるといいですね。理解できていなかったら、より丁寧に説明しなおせばいいですし、理解されていれば、そのまま進めることができます。また、私自身の患者としての経験から申し上げると、お医者様は病気の原因や現状については丁寧に説明してくれる方が多いのですが、その症状を改善するために、どんな行動をとるべきなのかを示してくれる方は、少ないのではないかと感じています。原因や症状は理解できた、じゃあよりポジティブな方向にもっていくためには自分には何ができるんだろう?何をすべきなんだろう?というところを、私たち患者は知って前向きな気持ちになりたいのです。そのあたりの情報や指針を付け加えてお話していただけると、診療全体の満足度はかなり上がってくるのではないかと思います。蓮沼:確かにそうですね。ただ、私たちとしてはしっかり原因や症状についても理解していただきたいので、すべて伝えようとするのですが、それだと情報過多になってしまいますね。やはりメリハリが必要ということでしょうか?加藤裕史先生名古屋市立大学大学院研究科加齢・環境皮膚科准教授名古屋市立大学卒業後、卒後臨床研修や国内・海外留学などを経て2021年より名古屋市立大学大学院加齢・環境皮膚科学准教授。主な専門は皮膚外科、皮膚悪性腫瘍。日本感染症学会認定感染症専門医でもあり、皮膚以外の感染症全般コンサルテーション業務にも従事。能登:先ほど、診療時の医療者側の心構えについてお話を伺ったのですが、ときには救いのない話をしなければならないことがあります。そうしたときに、どういう話し方をすればいいのでしょうか?千葉:相手の気持ちに寄り添う言葉をかけることが大切だと思います。事実をわかりやすく伝えるだけでなく、一人の人間として相手の気持ちを察した言葉をかけることが必要だと思います。冒頭に「わかりやすさと熱量が大切」とお話しましたが、シリアスな場面こそ、わかりやすさと、先生方の持つ「熱量」、つまり思いを伝えることのバランスを取ることで、患者さんとの信頼関係が深まるのではないかと思います。不満を抱えた患者さんと話すときの留意点蓮沼:ときには、患者さん側が治療に不安や不満を持っている状態で診察を受けに来られることもあります。ネガティブな気持ちで来られている患者さんに治療に前向きに取り組んでもらえるようにするには、どうすればよいのでしょうか?千葉:本来は不安や不満がたまる前に、患者さんのコミュニケーションスタイルを見極めて対話するのがベストですが、すでに何らかの理由で不満をいだいてしまった患者さんには、「何かご質問はありますか?」とこちらから、不満の原因である疑問や不満を聞き出して差し上げると良いと思います。ただ、自分の疑問や不安をうまく「質問」という形にできない患者さんも多いですよね。その場合は、「私にできることはありますか?」という聞き方にするとよいでしょう。医師としてあなたの力になりたいと思っていますよ、31

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「話し方」から「伝え方」へという気持ちを伝えるようにしてください。すべての問題がすぐに解決するわけではありませんが、こういったコミュニケーションを積み重ねることで、関係が改善される可能性は高いと思います。蓮沼:なるほど。実践してみたいと思います。また、私たち皮膚科は比較的女性の医師が多く活躍しているのですが、患者さんの中には女性の医師に威圧的な態度で接してくる方もいらっしゃり、対応に苦慮することも珍しくありません。どうすれば、患者さんが威圧的になるのを防ぐことができるでしょうか。千葉:私も企業経営をする中で、残念なことに「女性だから」という理由で威圧されたり軽んじられたりしてしまうことがあります。そんなときに心掛けているのは、ひるまずに堂々と毅然とした態度で対応することと、できるだけ低い声で語尾を伸ばさずに話すことです。おどおどすると相手の威圧感を助長してしまいますし、高い声で語尾を伸ばすと幼い印象を与えてしまうので、軽んじられやすくなります。話し方の癖を直すのは難しいですが、ぜひ、日々の会話で意識して、少しずつでも改善していってください。話し方の癖はトレーニングで改善可能!加藤:先ほどから千葉さんのお話を伺っていて、まったく「えー」や、「あー」といった余計なつなぎの言葉を挟まずに話されるのに感心しています。どんな風にトレーニングしているのですか?千葉:残念ながら特効薬のような方法はないので、ひたすら「言わない練習」を繰り返すしかありません。能登舞先生秋田大学附属病院皮膚科助教秋田大学医学部附属病院を卒業後、秋田赤十字病院で初期研修を行い、秋田大学皮膚科に入局した。学位取得後2017年10月に同科助教となり、皮膚悪性腫瘍、皮膚外科治療、皮膚病理などに興味を持って取り組み、現在は病棟医長として後輩医師を指導している。「え~」や「あ~」などの余計な言葉(=フィラー)を言わずに5分間話す→できたら10分間話す、といったトレーニングを繰り返していきます。体育会系のトレーニングと同じですね(笑)。加藤:トレーニングをすれば、私たちもできるようになるでしょうか?千葉:可能です。私たちのお客様の中で、最初は20分回以上という方がいたのですが、トレーニングをしたところ、6か月後には20分間に2回までにフィラーが減少しました。トレーニングすれば改善が期待できますので、ぜひ挑戦してみてください。同僚や部下とのコミュニケーションを円滑にする話し方とは?蓮沼:では、続いては病院での同僚や上司の医師、他職種の皆さんとのコミュニケーションについて、お聞きしたいと思います。病院では本当にいろいろな職種の皆さんと一緒に働いているのですが、例えば看護師の皆さんとの円滑なコミュニケーションに必要なことにはどんなことがありますか?千葉:まずは、常に「一緒に働いてくれてありがとう、頼ってくれてありがとう」というマインドで看護師さんに接することが大切ですね。「今、集中したいから話しかけないでほしい」、「面倒な質問や確認をしないでほしい」というマインドでいると、デリバリー(態度や表情、行動、声音など)にそれがにじみ出てしまい、相手にコミュニケーションを躊躇させてしまいます。普段から些細なことを共有したり、雑談したりして、話しかけるハードルを下げておくことも大切です。逆に医師の方から話しかけるときやお願いをするときも、一方的に「これ、やっておいて」ではなく、「これ、お願いしてもいいですか?」「やっていただけると、助かるのですが」といった言い方にして、相手の意向を確認しながらお願いすることや、感謝の気持ちとともに伝えることを心掛けるだけで、相手の受ける印象が大きく変わるので、ぜひ実践してみてください。加藤:診療に関すること以外でも、最近は「強く言うとパワハラと言われるのではないか」という懸念から、指導に苦手意識を持つ先生方も多いようです。言葉の選び方などがあれば教えていただきたいのですが。千葉:私がおすすめしたいのは、「GoodMore」をフィードバックするということです。Goodとは「取り組みで良かった内容、良かった取り組み姿勢などを具体的に整理すること」。Moreとは「この取り組みの『ここ32

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をこうすればさらによい結果が出たのでは』ということや『こういうことができるようになっていれば、さらによかった』という点を整理すること」を指します。指導というと、どうしてもマイナスポイント(足りない点、できていない点、失敗)を指摘する内容になることが多いですが、それだけでなく、プラスポイント(相手の長所や成功)もあわせて伝えながら、一緒に改善していこうと伝えることで、相手のやる気を引き出したり、成功体験に再現性を持たせたりできるという効果も期待できますし、反発や苦手意識を持たれにくいはずです。ネガティブな内容は、必ず「事実+解釈」をセットで伝えよう加藤:若い先生が失敗したときに、どういうタイミングで、どういう表情で伝えればいいでしょうか?千葉:「GoodMore」をしっかり伝えるということを意識できていれば、Moreをはっきりと伝えても問題ないケースが多くなります。ここは素晴らしい、この部分は、具体的にはこうしてほしいということを伝えながら、改善できればこんな未来が待っている、あなたにとってプラスになるということを加えてあげるという方法も有効だと思います。加藤:これについてもトレーニングが必要ですね。参考になりました。能登:一緒に働いている人たちとのコミュニケーションですら、難しいと思うことがあるのですが、診療科が違う場合、大前提としては協力するということがあるのですが、思うようにならないこともあります。協力をしてもらうために、もう一歩、相手の懐に入るための方法などはありますか?千葉:以前の事案や、過去に関わったことなどについて、今も引き続き感謝をしていることを伝え、今回も一緒にお願いしますということを伝えてみればいかがでしょうか?能登:そのときの感謝の思いが続いていることを伝えるのが大切だということですね。試してみたいと思います。蓮沼:話し方というと、つい声やスピードなど、話し方教室で教わるようなことをイメージしていたのですが、目的や相手によってどういう言葉を選ぶのかということがすごく大事だと思いましたし、トレーニングが必要なのだということも実感しました。たくさんの学びがありました。千葉さん、本日は本当にありがとうございました。読者限定プレゼント!kaeka千葉さんの著書「話し方の戦略」抽選で10名様にサイン入り本をプレゼントします。第1期:2025年5月29日~6月30日第2期:2025年9月25日~11月25日応募は左記のQRコードよりお願いします。33

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橋渡し役として信頼関係を築き、チームを支える――皆様はさまざまな役割で、どのような仕事をされているのでしょうか?久野:皮膚疾患ケア看護師は、医師と患者さんをつなぐ「架け橋」のような存在です。患者さんの様子を見て、「今日は何かあったかな?」「何か伝えたいことがあるのでは?」と察知する力が求められます。こうした気づきをもとに、患者さんの思いを医師に伝え、診察がスムーズに進むようサポートしています。スタッフへの教育にも力を入れていて、専門的な実技指導も行っています。池邊:私は医師の診療の補助を行っています。勤務先のクリニックでは、あざのレーザー治療を専門的に行っており、その介助(精神的なフォローも含めて)や、爪のトラブルを抱えている患者さんや、爪切りが難しい高齢者の治療にも携わっています。原:私は寮母として、陸上部の寮で生活する学生たちの生活をサポートしています。基本的に掃除などの雑務は学生が分担して行いますが、その管理や、けがや病気で体調を崩した学生のケア、日々の生活のサポートを担っています。看護師さんが先生と患者さんの間に立ち、調整役を担う点は、私の役割と重なります。寮においても、監督と選手の間を取り持つことが大切です。選手の気持ちを理解し、監督の意向をうまく伝えることで、信頼関係を築原美穂さん皮膚疾患ケア看護師誰かの居場所で2018年4月に発足した皮膚疾患ケア看護師制度。2022年6月には、資格を取得した有志による皮膚疾患ケア看護師WG(ワーキンググループ)が発足し、各地で意見交換会を開催するなど、活動の幅を広げています。今回は、今年年連続の総合優勝を果たした青山学院大学陸上競技部で、学生寮の寮母を務める原美穂さんと、皮膚疾患ケア看護師WGのメンバーで座談会を行いました。看護師と寮母、まったく違うフィールドであっても、コミュニケーションの本質は変わらない?それぞれの場所での経験をもとに語り合うと、驚くほど共通点が見えてきました。くことができるのではないかと思っています。そして、サポートできたと感じた瞬間に、自分の存在意義を実感します。本音を引き出すことが「成功の鍵」――それぞれのお立場で、大切にしていることを教えてください。八鍬:私は患者さんの本音を引き出すことが、治療成功の鍵だと思っています。そのため、できるだけ笑顔で接し、患者さんが自分の思いを話しやすい雰囲気づくりを大切にしています。以前、発達障害のあるアトピー性皮膚炎のお子さんに携わった際、お母様から「看護師さんが優しく丁寧にお薬を塗ってくれて、笑顔で接してくれたおかげで、私も息子も心を開けるようになりました」と言っていただいたことがありました。この経験を通じて、私たちが笑顔でいることで患者さんが安心し、心を開いてくれるのだと実感しました。池邊:私も似た経験があります。自閉症のある20代の36

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青山学院大学陸上競技部学生寮寮母皮膚疾患ケア看護師久野千枝さん池邊裕美さん八鍬里奈さん原美穂さん藤田医科大学医学部先端アレルギー免疫共同研究講座あまの皮ふ科美幌皮膚科あるということ意図を伝えることが大切だと考えています。これは監督と選手の間だけでなく、監督とスタッフの間でも同じです。監督とスタッフの間をつなぐことで、スタッフがより自由に動ける環境を整えるよう心がけています。ホッと息をつく場所があるからこそ頑張れる男性が、巻き爪の痛みで歩くのもつらい状態でした。別の皮膚科で半年間治療を受けても改善せず、お母様も困っていました。自閉症のため痛みを伴う治療が難しく、これまで積極的な治療を受けることができていなかったようです。私が治療を行い痛みが取れると、お母様が「このクリニックに来て本当に良かった」と喜んでくださいました。その姿を見ると、「この仕事をやっていてよかった」という気持ちになりますね。久野:私の勤務する大学病院では多くの医師がいて、それぞれ治療方針があるため、必ず医師の治療方針を確認して意図や方法を患者さんにわかりやすいように伝えるように努めています。患者さんが治療に関して不安に思っているような表情をしていた時、本音を聞き出すように努め、また、私自身が疑問に思ったことも含め、必ず医師に伝えて、より良い治療につなげられるようにしています。原:周りが言いにくいことを伝えることは、とても大事ですよね。この寮でも「原監督」の立場が確立されてからは、選手にとって監督が“上の存在”のようになり、「監督の言うことを聞いておいた方がいいだろうな」と思いながらも、どこか納得できない部分を抱えることがあるんです。そうした心の変化に気づき、選手の気持ちを汲み取りつつ、本音を引き出して、監督との橋渡しをするようにしています。監督自身も細かな部分を直接伝えるタイプではないので、監督の真意を読み取って、――監督や選手、医師や患者の小さな変化を察知するためのポイントがあれば、教えてください。原:寮では選手たちが集団生活をしていますが、「練習のときは“オン”、寮にいるときは“オフ”」という考え方を大切にしています。オフの時間にリラックスできる環境があるからこそ、オンのときに最大限の力が発揮できると思うんです。朝から晩まで緊張感のある環境にいると、心が持たないですよね。だから、寮では気を抜ける場所を提供してあげたい。そうすると、ふと気を緩めたときに本音が出るんです。外では「大丈夫」と言っていても、無理をしていることもあります。そういう変化を見逃さず、さりげなく話しかけたり、楽しい会話を交えたりしながら、良い方向へ導いていけたらいいなと思っています。八鍬:私も原さんと同じように感じているところがあり、患者さんの気持ちに寄り添うことを意識しています。例えば、治療が上手くいっていないとき、学生さんなら「部活が大変だったのかな?」、働く方であれば「お仕事で忙しかったんですか?」と声をかけることで、“逃げ道”を作ってあげる。そうすると、「実はそうだったんです」と、表情が和らぐんですね。まず心を楽にしてあげて、それから患者さんができることを一緒に考えていくように工夫しています。池邊:私も同じですね。今の時代、求められることが多く、余裕が持てない方も少なくありません。先日も、アトピーの症状に悩むお子さんが診察に来たのですが、37

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お母様も精神的に疲れ切っている様子でした。その子は採血を拒んでいましたが、「予防接種を頑張れたんでしょ?予防接種より痛くないよ」と声をかけたんです。すると、落ち着きを取り戻して採血を受けてもらえました。その後、「一つチャレンジできたね!みんなに自慢できるよ」と褒めると、すごくうれしそうな笑顔になったんです。こうした成功体験が「自分にもできる」という自己肯定感につながります。私たちがそうした機会を作ってあげられたらいいなと思っています。心の余裕がモチベーションにつながり、向上心を高める――今のお仕事していて、これまでに壁に直面したことはありますか?その場合、どうやって乗り越えましたか。久野:塗り薬の指導をする際、「こうやって塗って頑張っていこうね」とお伝えするのですが、ステロイド忌避の患者さんもいらっしゃるので、次の診察時に「塗れなかった」「症状が悪化してしまった」というケースもあります。そんなとき塗り方を再度お伝えするのですが、それでも次回も塗れていない…ということが何度もあり自分の指導に限界を感じることもありました。でも、そこで一度立ち止まり、患者さんが実践しやすいように、よりハードルの低い目標を設定することが大切だと気づきました。原:患者さん本人の「やる気を引き出すこと」が看護師としての大きな役割なんだなと感じました。それは、寮母としての役割にも通じるところがあります。競技でも、選手自身が「やりたい」と思う気持ちが一番大事なんです。どんなに優れた監督がいても、寮母である私がどんなに頑張っても、選手自身がそう思えなければ強くなれません「自分はできる」と。、自分の能力を肯定できることが、チーム全体の成長にもつながる。だからこそ、その思いを引き出していくことが、私たちの大切な役割だと考えています。私が直面した「壁」を振り返ると、この寮に来たばかりの頃が一番大変でした。そもそも寮母の仕事がどんなものか、まったくわからない状態で手探りで始めたのですが、そこから20年以上、学生たちと接する中で学ん――職場や自宅以外で、自分らしくいられる場所があれば教えてください。原:寮母になった当初は、「1日も休んではいけない」「弱音を吐いてはいけない」と思っていました。でも、今は寮の体制が整い、私自身にも余裕が出てきたので、この寮もそんな場所の一つになりました。とはいえ、寮にいると宅配便の対応をしたり、座ったと思ったら電話が鳴ったりして、なかなか自分の時間を取るのが難しい。そうすると、人に対して心に余裕を持った対応ができなくなるんですよね。そこで、ジムに行ったり外出をしたりして、自分がリフレッシュできる場所を大事にするようになりました。久野:私は仕事とプライベートをしっかり分けて、自分の人生を楽しむことを大切にしています。皮膚疾患ケア看護師が集まる機会ができたことで、同じ思いを持つ仲間と語り合える新たな場所ができました。それがとても充実感につながっています。趣味で手芸を楽しんだり、子どもと一緒に過ごしたりする時間も大好きですね。自分らしくいられる場所がいくつもあることで、毎日がとても楽しいです。八鍬:皮膚疾患ケア看護師の仲間ができたことは大きな財産ですね。以前は、自分のクリニックの中で話しているだけだったので、他の病院で働く看護師の取り組みを知る機会がほとんどありませんでした。でも、今では他の病院の看護師と交流し、さまざまな話を聞くことで、患者さんへの指導の幅も広がりましたし、「もっと勉強したい」と思うようになりました。だのは、「自分の考えを押し付けてはいけない」ということでした。選手の親御さんたちから相談を受けることも多いのですが、親はどうしても「こうじゃなきゃダメ」と自分の理想に近づけようとするものです。でも、私は親ではなく第三者だからこそ、適度な距離感を持って選手たちを見守ることができます。最初は試行錯誤の連続でしたが、今では「選手たちにとって心地良い距離感」を意識しながら接することができるようになりました。38

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久野:看護師の仕事は、日々勉強の連続です。働いていると、「これって何だろう?」と疑問に思うことが本当にたくさんあります。患者さんの症状をどう改善すればいいのかを考えるたびに、知識の引き出しが必要だと感じます。だからこそ、勉強しないといけないと思いますし、自分自身も成長し続ける必要があると感じます。学びを深めたり、新しい資格を取得したりすることは、自分がステップアップしていくうえで、とても重要ですね。池邊:やらされる勉強ではなく、自分が「知りたい」「学びたい」と思って取り組むからこそ、頑張れるし身につくのだと思います。皮膚科の仕事は、ある意味で探偵のようなもの。発疹の特徴を見て、何が原因なのかを想像しながら推理をしていく。そのプロセスを楽しめると、皮膚科の仕事には、面白みも感じられます。そういう面白さを感じながら勉強すると、楽しくなっていくと思います。「ここに来てよかった」と思える場所を提供したい――今後、どのような居場所をつくっていきたいと考えていますか?また、その目標に向けて挑戦したいことがあれば教えてください。顔になれる場所」にしたいと考えています。例えば、尋常性乾癬は治療が難しい病気です。症状が改善したように見えても、また悪化することがあります。治療が難しい病気だからこそ、「どう病気と向き合い、うまく付き合っていくか」が大切です。病院に来たときに「看護師さんと話して元気が出た」と思ってもらえるような、温かい雰囲気を作りたいですね。八鍬:私は患者さんとのコミュニケーションを大切にするために、会話の中で得られた情報やエピソードをカルテに残すようにしています。例えば、小児の患者さんでは持参したぬいぐるみ、学生さんでは部活や受験生等、働く方では具体的な仕事内容をメモしておきます。そして、次回来院時話題に出すことで「自分に関心を持ってくれている」と親しみや信頼感が生まれ、心を開いてくれるようになります「自分を覚えててくれる看護師さん。がいる」と安心して受診できる場所でありたいです。原:私自身も病院に行くことがありますが、診察の際に医師にはなかなか聞きづらいことがあります。特に皮膚科は混んでいることが多いので、質問したくても遠慮してしまうこともあります。でも、看護師さんが寄り添ってくれると、とても心強いだろうなと感じました。そういう看護師さんがいる病院に行きたいですね。原:寮には40人ほどの学生が生活しています。私は、その一人ひとりが「ここにいてよかった」と思える居場所を作ってあげたいと考えています。例えば箱根駅伝では、毎年10人しか走れません。でも、一生懸命努力しているのは、全員同じなんですよね。だからこそ、順位や結果に関係なく、すべての学生が「ここで4年間過ごせてよかったな」と思えるような環境を作りたいと思っています。私は寮母として、どの選手に対しても公平に接することを大事にしています。競技の成績や役割に関係なく、それぞれの頑張りや存在をきちんと認めてあげることで、選手たちが安心して過ごせる場所を提供できるのではないかと思っています。久野:私も患者さんが「ここに来てよかったな」と感じる場所にしてあげたいですね。大学病院には、他の病院で治療を受けても改善せず、最後の望みをかけて来院される患者さんも多くいらっしゃいます。そんな方々に、「この人なら信頼できる」「本音で話せる」と思ってもらえるような関係を築きたいですね。また、看護師同士の横のつながりがなく、「どうやって対応したらいいのかわからない」と悩む看護師もいます。横のつながりを持てる機会を提供し、みんなが勉強して高め合っていけるような場所を作っていきたいと思っています。池邊:病院は「病気を治す場所」というイメージが強く、マイナスな印象を持たれがちです。でも私は、病院を「笑読者限定プレゼント原美穂さんのサイン入り著書「フツーの主婦が、弱かった青山学院大学陸上競技部の寮母になって箱根駅伝で常連校になるまでを支えた39の言葉」抽選で5名様にプレゼントします。応募は右記の→QRコードよりお願いいたします。39

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あの先生の2024年に心に残ったコレ2024年もさまざまなイベントが活発的に開催され、新たな出会いはもちろん、懐かしい気持ちを振り返ることもあったのではないでしょうか。心を揺さぶり震わせる出会いは誰しもに平等に訪れます。そこで、このコーナーでは5名の先生方から2024年に出会ったおすすめカルチャーをご紹介いただきました。MasatoshiAbeAkiraIshikoNoritoKatohYasushiSugaYumiAoyama41

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7分で心が整うドイツの国歌4つの楽器がKORE4あの先生の2024年に心に残ったコレ124回日本皮膚科学会総会AkiraIshiko'sSelectMUSICハイドン:弦楽四重奏曲第76番「五度」、第77番「皇帝」&第78番「日の出」演奏:アルバン・ベルク四重奏団歌第販売:ワーナーミュージック・ジャパン奏でる主旋律東邦大学医学部皮膚科学講座教授石河晃ドイツ国歌は「ドイツの歌」または「Deutschlandlied」として知られ、管楽器を含めたオーケストラ編成を伴奏とした合唱は、落ち着いた雰囲気の中にも勇壮さが表現され、重厚さが感じられます。皆さんもオリンピックやサッカーの試合など、どこかで耳にしたことがあることと思います。昨年、自宅近くの民家を改修した小ホールで弦楽四重奏のコンサートがあり、知人のチェロ奏者が出演するため足を運びました。そこで耳にしたのが標題の楽曲です。1797年にハイドンによりナポレオンに侵略されそうなオーストリアの国歌とするために作曲された弦楽四重奏曲で、その第二楽章が現在のドイツ国歌として歌われています。ハイドンの最高傑作と謳われ「皇帝四重奏曲」という別名の方でご存じの方もいるかもしれません。私は今回初めて弦楽四重奏による原曲の演奏を聴きました。ゆったりとしたリズムで有名な主旋律が、バイオリン、ヴィオラ、チェロ、バイオリンと、主旋律を奏でる楽器を変えながら、変奏曲として4回繰り返されます。ドイツ国歌となったハイドンの弦楽四重奏曲第77番Op.76-3提供:全音楽譜出版社美しく繊細なメロディーのなかに、優しさや癒やしが感じられ、心の琴線に触れる音色に涙が出そうになりました。勇壮なドイツ国歌とは全く違う印象であり、驚きを禁じ得ませんでした。それ以来私の耳の中で何度もリフレーンして鳴り止みません。WEBで簡単に見つかると思いますので、是非一度皆さんも試聴して癒やされてみて下さい。第二楽章分間で、心が整います。42AkiraIshiko

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「私の人生を変えた本IndistractableYumiAoyama’sSelectBOOK第77回西部支部学術大会Indistractable」※1Mac向けのフリーソフトウェアで、インターネット上の注意散漫な最強の集中力本当にやりたいことに没頭する技術主著:ニール・イヤール、ジュリー・リー販売:日経BOOKプラス川崎医科大学皮膚科学教室教授青山裕美Audible版『Indistractable』著者:NirEyal,JulieLi販売:AmazonAudible2024年の秋、新しく学んだことがあります。それは、工夫次第で最強の集中力を発揮できるということです。仕事中、頭の中に次々と別のことが浮かび、注意散漫になってしまうことがあります。しかし、「Indistractable」になれば、集中力を保つことができ、仕事を早く終わらせて、ゆったりとした時間を過ごすことができる技術があるのです。この本を読んでから、私は大切な朝の時間に「Selfcontrol」※1を使用するようになりました。メールブラウザをはじめとする、注意をそらす(Distractable)サイトを遮断するのです。それだけで、以前はできなかったことに集中できるようになりました。緊急ではないけれど重要なことに取り組むと、一日中気分が楽になったのです。「時間があればできたのに」と後悔する代わりに、実行することで自分の内側から力が湧いてくるのを実感しました。※最初は、Audible版2を英語で聴きました。それだけでも注意散漫な日常が少し変わったのを感じました。今回書評を書くにあたり、邦訳版『最強の集中力』も読みました。日本語で読むとより哲学的な気づきが得られ、内容を深く理解することができました。そして再び英語で聴き直し、さらに楽しんでいます。自分の一日は自分の作品です。そう考えたら、一日の過ごし方が自然と変わりました。「少し距離を置いて自分の欲望を見つめ、Distractionを避け、Tractionを選び取ることで、理想の至福の時を味わうことができる。」(本文より引用)もし注意散漫に悩んでいるなら、ぜひこの本を読んでみてください。きっと参考になる裏技が見つかると思います。サイトやアプリを一定時間ブロックするためのツール※2『Indistractable』ニール・イヤール著(2019年)は、30以上の言語に翻訳されたベストセラー。YumiAoyama43

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KORE「あの先生の2024年に心に残ったコレ「仲間や友人がいる」「2020年の日皮会総会でベートーヴェンの交響曲人生の素晴らしさを改めて感じる」京都府立医科大学北部キャンパス長加藤則人NoritoKatoh'sSelectMUSIC&BOOKベートーヴェン:交響曲第9番指揮:佐渡裕販売:ワーナーミュージック・ジャパン(2002年発売)ジョン・レノン最後の3日間主著:ジェイムズ・パタースン出版社:祥伝社(2021年刊行)第76回中部支部学術大会第九番・第4楽章を一緒に歌いませんか」という河原由恵先生からの会員に向けたメールを見て、ベートーヴェンが生まれ育った街ドイツ・ボンに留学していたというだけの理由で深く考えずに応募した。しかし、これまでの人生で合唱の経験は甲子園球場での『六甲おろし』のみ、という私にとって、初回の練習での皆さんのテクニック、声の迫力、曲の深い理解、情熱など、すべてが衝撃であった。自分が加わることでデルマトオーケストラと合唱の皆さんに迷惑をかけてはならない!と一念発起。昼の休憩時には大学に面した鴨川の中州で東山連山に向かって一人で猛練習を繰り返す日々を経て、2024年の総会で本番を迎えた。素晴らしいデルマトオーケストラの演奏とともに、圧巻のソリストの独唱に続いて“Seidumschlungen,Millionen!”(抱き合おう、100万の人々よ!)と「友人や愛する人がいる人生の素晴らしさ」を皆で歌い上げ、感無量だった。第九を通じて仲間ができたことで、また人生の財産が増えた。第九は世界中のさまざまな指揮者によるものが動画サイトなどで容易に視聴できる時代になったが、ここでは京都が誇るグローバルな指揮者にして、熱烈なタイガースファンとしても知られる佐渡裕氏の指揮によるものを挙げた。この数年、年末の休暇ごとに読み返しては没入するのが「ジョン・レノン日間」である。リバプールで『日夜喧嘩に明け暮れるタフで反抗的な労働階級のワル』だったジョン・レノンが、音楽を通じて仲間となったポール・マッカートニーらとビートルズを結成し、何度も衝突しながら互いに力を合わせて、今もなお人々の心を打つ楽曲を数多く世に出した。本書では、ジョンとビートルズの軌跡に続いて、最愛のパートナーであるオノ・ヨーコと幸せな日々を送っていたジョンの命が、『どこにもいない男(nowhereman)』マーク・チャップマンによって奪われるまでが、克明に書かれている。読むたびに仲間や友人がいる人生の意義を考えずにはいられない。44NoritoKatoh

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胸躍る新たな『KeepMovingForwardKeepMovingForward』冒険へYasushiSuga’sSelectBOOK&MUSIC第89回東京支部学術大会デジタル時代の恐竜学主著:河部壮一郎出版社:集英社インターナショナル(2024年刊行)順天堂大学医学部附属浦安病院皮膚科学教授須賀康SummerMixtape-JapanSpecialEdition(来日記念盤)アーティスト:THEDRIVERERA販売:エイベックス・ミュージック普段は高尚な書籍や音楽を嗜むことは少ないのですが、2024年に何気なく手に取った、河部壮一郎著『デジタル時代の恐竜学(集英社インターナショナル新書)』は深く印象に残りました。この本を読んで、小、中学生時代に図鑑や百科事典を眺めながら、化石を発掘して観察する古生物研究に憧れていた記憶が蘇りました。現代の恐竜学は、この数十年間でデジタル技術の進化により大きく変貌を遂げています。例えば、工業用CTを用いて、岩石に埋まった化石をスキャンして、骨格形状をデータ化する技術。さらにはフォトグラメプリンターを駆使して、骨格標本を再現し、恐竜の姿を復元することが可能となっています。現在では羽毛恐竜シノサウロプテリクスの尾が栗色から赤褐色の縞模様であったこと。ミクロラプトルが青みがかった黒色であったことも、走査型電子顕微鏡で発見されたメラノソームの痕跡から判明しています。さらに恐竜の皮膚化石で有名なトリケラトプス「レイン」の場合も、新たな知見が次々と蓄積されており、デジタル技術により不断前進する恐竜学を目の当たりにして、映画ジュラシックパークを超える新たな冒険に再び胸を躍らせている次第です。一方、2024年に心を動かされた楽曲として挙げたいのが、TheDriverEraのシングル「KeepMovingForward」です。この曲はロックバンド『R5』のリンチ兄弟に加えて、ニカ・コスタがボーカルで参加しており、明るくエネルギッシュなポップス調の曲に仕上がっています。「前に進み続けよう」というメッセージ歌詞が印象的で、アフターコロナでまだ回復途上の日本人にとっては、聴くだけで勇気を与えてくれる一曲となっています。実は、このKeepMovingForwardは、今年の11月に私達の教室で主催する第89回日本皮膚科学会東京支部学術大会のテーマにも掲げています。第90回以降の胸躍る新たな冒険を象徴する以外にも、順天堂大学の理念『不断前進』とも通じる言葉でもあり、さらにはウォルト・ディズニーやマルチンルーサーキングが私達に残してくれた名言でもあります。この言葉には特別な縁や運命を感じずにはいられません。大会では教室員一同、先生方のご参加を心よりお待ちしています。YasushiSuga45

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あの先生の2024年にKORE心に残ったコレ46「孤一人独外の食グがル苦メ手」なの筆原者作が者遭遇Masatoshi一Abe'sSelectDRAMA発売元:テレビ東京原作者:久住昌之扶桑社/テレビ東京者孤独のグルメ医療法人社団廣仁会札幌皮膚科クリニック院長安部正敏一人だけ本コーナーレギュラーである筆者。毎年のお断“孤独のグルメ”は久住昌之氏原作の漫画である。テレビ孤高の皮膚科医?!りで恐縮だがこれは兎にも角にも本欄担当の日本皮膚科学会事務局N氏が吉例の掛合いをされたいがためにお鉢が廻ってくる。“毎年好評で…”とN氏は煽てるが、筆者自身読者の先生方からの“いいね”は聞いたことがなく怪しいものである。ついでにN氏は日本皮膚科学会が誇るサマースクールにおける筆者の活躍もベタ褒めであるが、役務はクイズコーナーの司会でありこれだけ本業で評価されぬ皮膚科医も珍しい。N氏に質答を求めるならばわかりやすいテーマにせねばならぬが、毎年の苦行にネタが尽きた。ということで、今年は誰もが知る極めてありふれた最近のネタでN氏のご機嫌を伺おう。ドラマ化され、俳優松重豊氏の当たり役となった。筆者は本作品をJALの機内で初めて見た。鉄道は勿論、公共交通好きの筆者は航行中パイロットがあらぬ動きをせぬかと安全運行に目を光らしており、機内でエンタテインメントを見るなどプロとして失格であるが(何のプロ?)、当時は悪天候による離陸待ちで機内に気怠い時間が流れていた。本当に変わったドラマである。主人公が一人外食をする間、食に関する心情を独白する。これだけである。。しかし、これがとても面白い。元来筆者は一人外食が苦手である。巷で流行る一人焼肉なんぞはもってのほか、一人でぷらりと飲みに行くなんぞだったら滝行の方がまだましである。MasatoshiAbe第40回日本乾癬学会学術集会©2012久住昌之・谷口ジロー・精々ファストフードが関の山である。しかしそれ以降、筆者も食事の際独語ならぬ胸襟に開眼した。2025年新春にはJALとのコラボレーションをもって映画化され、著者には必見であるが無論、映画館なんぞにノコノコ出かけ高額を払う愚行はせず、時が経ちJAL機内にてロハで視ることになろう。遅れていた飛行機が漸く着陸した。降機の列に並ぶと前方に何だか特徴ある帽子をかぶる人物が…。何と原作者の久住昌之氏その人である。有名人などさほど遭遇しない筆者は一気に興奮した。まさに2024年のコレ!に相応しいエピソードではないか。興奮冷めやらぬ中、その後逢着した有名皮膚科医に得意げに話すと、驚くべきことに誰一人知らぬ様である。“孤独のグルメ”も認知度は低く、これは日本皮膚科学会特有の現象であろうか??まもなくN氏のコメントにバトンを渡す算段であるが、彼は大丈夫か??繰返すが、今回も筆者を選んだのはN氏!アナタ自身である!!恒例となった本稿は、A部先生からの暗号文だと理解している。A部先生は、謙虚でありながら非常に思慮深い方である。というのも、ご自身では「本業では評価されぬ皮膚科医」と嘯かれるが、実際には2025年9月に、あの『日本乾癬学会学術大会』を札幌の地で会長として務められるのである。鉄道コラムニスト、司会業…、そして、なおかつ!皮膚科医としても大きな学会を主催される才覚をお持ちでありながら、それでもなお謙虚である。さらに、『孤独のグルメ大晦日スペシャル2022』では北海道が紹介され、札幌にもロケ地となった店舗がある。流行りのロケ地巡りを兼ねて乾癬学会へ参加するのも一興だろう。いやはや、本当に――思慮深い(いや、宣伝上手…)!(N)

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2024年度キャリア支援委員会M&M支相談会部からメンターとメンティーの相談会各の報毎年、各支部学術大会で開催しているメンターとメンティーの相談会(M&M相談会)。告ここでは、各支部で行われたレクチャーの概要や、M&M相談会に参加した方々からの感想をご紹介します。興味を持たれた方は、各支部の2025年度の相談会にお申込みいただければ幸いです。2025年度のM&M相談会開催予定は、キャリア支援カレンダー(P.13)のとおりです。歌舞伎座東京支部阿波踊り伊達政宗公騎馬像西部支部名古屋城東部支部マンガ化企画第3弾『プレゼンテーションのコツ』もご覧ください!(P.57~)中部支部※各先生の所属は、ご講演時のものです。47

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東部支部REPORTいつまでも歩き続けたい皮膚科道~メンターも知りたい爪疾患~第88回東部支部学術大会2024年9月14日(仙台国際センター)ご存知のとおり皮膚科では多彩な疾患を取り扱っており、自身の専門領域に限らず幅広い知識のアップデートは全ての皮膚科医にとって重要です。専門外の領域であっても後退りすることなく、いつまでも皮膚科の道を歩み続けてもらいたいという気持ちから企画しました。爪に関する症状は、患者さんのQOL低下に直結しやすく適切に対応する必要があります。しかし、爪の検査法や治療法に工夫をしなければならないことがしばしばあり、皮膚科医として先輩であるメンターたちも、爪病変の対応には苦慮することがあります。そこで今回は爪診療のエキスパートである高山かおる先生(埼玉県済生会川口総合病院)と安田正人先生(群馬大学)からご講演いただきました。レクチャーの部様々な巻き爪の形人生100年時代に足の健康を守るための重要性を説き、特に自分で爪を切ることができない人には、セルフケアと適切な足の衛生管理を行うことの大切さを強調されました。最後に「Let‘sTrynailcare!!」と力強く、講演は締めくくられました。以上の研究は夜な夜な「足育爪マニア研究会」(n.ueda@sokuiku.jp)で行われているとのことです。興味のある人は門をたたいてみるといいでしょう。講演1爪を診る~爪の形から考える外力の影響~高山かおる先生(埼玉県済生会川口総合病院)高山先生からは爪の変化における原因と病態について教えていただきました。参考/「まるわかり!爪疾患(MBDerma(デルマ)No.352(2024年9月号))」●爪甲と爪床は密接し、近位爪郭が力で押されると爪はまっすぐに伸び、爪に踏み込む力がかかると爪は平らになり、圧力がかからないと爪は丸くなる。●爪の周囲にある靭帯は、爪の下から上に複数でアンカーし、これらがローラーのように爪を前へ送っている。●爪床、側爪郭、後爪郭がしっかり爪と付着していないと、まっすぐ伸びない。●正常な爪には末節骨と爪床との関係が健全であることが必要であり、爪周囲の構造のパターンから巻き爪の機序を推測でき、足趾間の筋力が弱まるとトランペット型になる老人のあおり歩行に多い。●外反母趾にみられるステープラー型はホッチキスのような形の爪で鞭を打つような歩行動作(ホイップ歩行)によって爪の外側のひだが押され、爪が埋め込まれるような反力が生じることが原因である。●さらに靴の履き方が悪いと、骨棘によって後爪郭が扁平になり、前爪郭が三角形のアーチが形成される。など多様な症例をご提示いただきました。講演2爪を診る~炎症から腫瘍まで~安田正人先生(群馬大学)安田先生からは爪疾患の鑑別診断についてご講演いただきました。●ネイルテーピングの手技を含め、爪の生検は爪の変遠位で行うべきこと。●爪乾癬のmNAPSIによる評価法、IL17抵抗性の場合はIL23やアプレミラスト(オテズラ)、海外ではケナコルト局注が推奨されていること。●爪母ではなく爪床から改善すること●さらに遺伝子変異由来の爪疾患はケラチン変異部位によって異なりK4/K13変異による白色海綿状母斑、LMX1B遺伝子変異ではスプーン爪や、膝蓋骨低形成を伴う爪膝蓋骨症候群があること。これらを疑う際は家族歴のほか、レントゲン写真をとること。48

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●爪の変異は1か所のこともあるので注意が必要であること●wartydyskeratomaイボ状角化不全症(孤立性ダリエ病)については、爪を切除しても何も見つからないことがある。●爪の手術症例ではHPV関連爪ボーエン病では、切除マージン陰性でもウイルスが残存し、1年以内に再発した症例があるとのこと。1つの爪にボーエン病が見られた場合、他の爪も罹患している可能性が高く、パートナーは婦人科検診や子宮頸がん検診を受けるべきであること。●爪メラノーマは年齢が大事で、数年間経過観察しているメラノーマに酷似する5歳の女児をフォローしているそう。以上、安田先生から幅広い爪疾患の幅広い臨床経験をお話しいただきました。安田先生はm3.comにも頻出しておりチェックしてみることをお勧めします。相談会の部今年度の相談会は対面のみでしたが、メンター20名、メンティー19名(飛び入り参加含めず)と大変多くの先生方にご参加いただきました。75分と昨年よりさらに時間を取って行いましたが、非常に盛り上がり、どのテーブルも終了後も会話が尽きない様子でした。メンティーからの感想相談会終了時に行ったアンケートでは、メンティーの先生方全員から「大変良かった(71.4%)」または28.6%)」との感想をいただきました。具体的なコメントとして「将来のキャリアなど気になっていたことが相談できた」「ざっくばらんに質問できてありがたかった」「他大学の普段関わらない先生と話が出来たのが刺激的になった、貴重だった」「この会に参加しなければ巡り会えないご縁だった」などのメンティーの感想感想をいただき、他大学の先生だけど(だから)相談できることも良かった28.6%ある、というM&M相談会のメリットを十分大変良かったに感じていただけたの71.4%ではないかと思います。なお、メンティーの先生がM&M相談会に参加した経緯として、全員が「他の先生に勧められて」参加したとのことでした。各大学のメンターの先生方のお声がけが重要であることをあらためて感じた一方で、学会のホームページや抄録、チラシなどによるアピールも、より多くのメンティーの先生にご参加いただくためにより積極的に考える必要があると感じました。メンターからの感想一方メンターの先生方からは、「和気あいあいと話せていい感じだった」「若い先生に刺激を受けた、元気をもらった」「もう一人のメンターの先生のお話を聞いて勉強になった」「若い先生たちの悩みが確認できた。悩み事の内容は以前と大きな変化はないが、回答は時代とともに変わっていかなければならない難しさがあった」「意外と(自分の所属する医局の)医局員ともここまで時間をかけて進路相談をする機会も少ないので勉強になった」「自分の医局に戻ってからの後輩の教育にも役立つと感じた」などの感想をいただき、若手の先生にアドバイスをするだけでなく、メンター側にも学ぶ点を多く感じていただけたようでした。49

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東京支部REPORTひろがる、ひろげる、キャリアの可能性第88回東京支部学術大会2024年11月16日(京王プラザホテル)2024年11月16日(土)、京王プラザホテルにて東京支部主催のメンター&メンティー相談会を開催されました。今年度は「ひろがる、ひろげる、キャリアの可能性」というテーマのもと、若手医師から中堅医師まで幅広い層にご参加いただき、世代を超えた交流が実現しました。レクチャーの部では、萩野哲平先生(日本医科大学千葉北総病院)と倉田麻衣子先生(杏林大学)にご講演いただき、臨床研究やキャリア形成に関する多くのヒントを得られる貴重な機会となりました。また、相談会では率直な意見交換が行われ、非常に盛況でした。レクチャーの部講演1夢中になれる臨床研究萩野先生は、アトピー性皮膚炎や乾癬治療におけ阻害薬をテーマに臨床研究を精力的に行い、多数の筆頭原著論文を発表されています。講演では、臨床研究を進める際の「テーマの選び方」「動機づけ」「効率化のポイント」について、具体的なアドバイスがありました。研究テーマを選ぶ際には、競争が少ない「ブルーオーシャン」分野を探し、日常診療で気づいた課題や指導医の専門分野に新たな視点を見出すことが有効とされました。また、他疾患や他剤の既存研究を模倣することで始めると取り組みやすくなり、統計解析への心理的ハードルも下がるため、研究の入り口として最適とされました。まずは始めることが大切であり、完璧を目指さずに数をこなして経験を積むことで本質が見えてくるものとのことでした。さらに、研究の動機づけにおいては、外発的な要因(指示や報酬)からスタートしても、進める中で楽しさや意義を見つけ、内発的動機へとシフトしていくことが理想的であると述べられました。短期的には、プライドや悔しさなどの強い感情が原動力として働く場合もあり、一時的であっても全力を注ぐ期間を設けることで成果に繋がることが強調されました。萩野先生の言葉には、一歩踏み出す勇気と、続ける中で楽しさを見出す重要性が込められており、参加者にとって大きな学びとなりました。講演2中堅医師のジレンマから脱却!悩みを力に変えてキャリアアップを加速させよう倉田先生は、7年間の医局長としての経験を踏まえ、中堅医師が抱える悩みと、それをキャリアアップに繋げる方法について講演くださいました。近年、若手医師の離職や休職が増加し、それに伴い中堅医師の負担が増大し、悪循環に陥ることが懸念されています。その解決策として、ダニエル・ピンク氏が提唱する「モチベーション理論」の活用が提案されました。まず、医師が基本的な欲求を満たし、安全で安心して働ける環境(モチベーション1.0)を整えることが出発点です。その上で、報酬や評価制度(モチ)を適切に設計し、働く意欲を支える基盤を構築する必要があります。そして、自主性、成長、目的意識といった内発的な動機づけを重視するモチベーション3.0が、持続的なやる気とキャリ50

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ア形成に欠かせない要素であると述べられました。さらに倉田先生は、中堅医師を対象に実施したアンケート結果をもとに、業務効率化のためのITツールやマニュアルの導入、学会参加や研修支援によるスキルアップの機会提供、メンター制度や定期的な情報共有の推進など、具体的な対応策を挙げられました。これらの取り組みにより、中堅医師の負担を軽減し、持続的なモチベーションを維持できる環境を整えることが、皮膚科全体の未来を支える基盤になると結論づけられました。相談会の部今年はメンター8名、メンティー11名にご参加いただき、キャリア形成や論文作成、子育てや家庭との両立など幅広いテーマについてグループで意見交換が行われました。メンティーには皮膚科1年目の先生から専門医を取得済みの先生まで参加し、多様な意見が交わされました。終了後のアンケートでは、メンター・メンティーとも全員が「大変良かった」または「良かった」と回答しており、多くの先生にとって有意義な会であったことが伺えます。メンティーからの感想●論文作成に役立つ具体的なアドバイスをいただけた●普段話す機会の少ない先生と密度の濃いキャリア形成に関する話ができた●子育てをしている先生の話を聞き、今後の指針が見えた●他医局の先生と交流ができ、見識を広げることができたメンターからの感想●若手と中堅が共に参加したことで、幅広い世代で意見交換ができ、大変有意義だった●男性医師の参加により、彼らの悩みを把握するよい機会となった●若手の具体的な悩みを直接聞くことで新たな良かった25%発見があったメンターの感想大変良かった75%良かった16.7%メンティーの感想大変良かった83.3%若手だけでなく、どの年代でもキャリアに悩むことはあります。本相談会がその解決の一助となり、医師同士の交流と成長を促す場となるよう、来年度もより一層充実した内容で開催してまいります。ぜひ、幅広い年代の多くの先生方にご参加いただけますと幸いです。51

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西部支部REPORT興味を持ったことを一歩進めてみよう!~自力・他力で道を切り開く~第76回西部支部学術大会2024年9月7日(あわぎんホール徳島)西部支部では、鹿児島大学の仁木真理子先生と鹿児島医療センターの松下茂人先生にご講演いただきました。魅力的な皮膚科医であるお二人は、どのようにしてその道を見つけたのでしょうか。講演の要旨を、お二人に寄稿いただきました。講演1来世は待つべからず往世はおうべからず~私の皮膚科医人生、いままでとこれから~仁木真理子先生(徳島大学)私は佐賀県出身で、2007年に高知大学を卒業しました。結婚し、夫の地元の徳島大学皮膚科に入局しました。皮膚科医3年目で妊娠したものの、当時はこれからどうやって働いていけばよいのかという相談相手もロールモデルもありませんでした。そして1年間の育休で子育てがものすごく大変だと知りました。授乳や不眠による疲れも予想以上でした。育休から復帰した後は生活が一変、感覚としては24時間ずっと働いているような状態です。仕事を継続できたのは、夫(循環器内科)の県外への転勤で、市中病院で働けたことが大きかったです。また理解ある上司と、子育てに優しい町・環境が、2人目の出産や、専門医取得など、仕事と育児を続けられた要因でした。また、そこでめずらしい疾患も多く経験することができました。限られた時間ですので、とにかく1症例1症例を大切にすることが大事です。経験は貯金になります。その後上の子の小学校入学を機に大学病院に復帰しましたが、その時の感覚は今も忘れません。(今までのままじゃ)やばいぞ…と。外来や様々な業務、そして遠方へのパートが始まりました。仕事を続けるためには、頼れる人や制度はぜひ活用してください。子育ては長期戦です。忙しい中、気づけば数年が過ぎ、年齢(40歳になってた)や子供の成長(中学入学)で、自分の人生にもう一度目を向けることになりました。入りたかった大学院に入学。研究のけの字も学んでこなかった私には長い長い道のりですが、自分は自分と割り切れる年齢になってました。臨床では、乾癬や遺伝性血管性浮腫の患者さんを担当し、講演会の機会や素晴らしい先生方との出会いがありました。皮膚科学の面白さ、そして奥深さを今まさに感じているところです。今仕事や子育てで悩んでいる若い人も、続けていれば楽しい面白いというときが来ると思います。私もこのフレッシュな気持ちを忘れず仕事を続けていきたいと思います。「未来を心配して過度に悩んだり、過去の栄光や思い出を引きずって後悔したりするのではなく、今のこの瞬間を大切に生き抜いていきましょう(荘子)」。講演2皮膚外科医への道~組織と個人のためのジョブ・アサインメント~松下茂人先生(鹿児島医療センター皮膚腫瘍科)皮膚外科医を目指すきっかけ熊本大学を卒業後、大学院でのがん基礎研究や複数の診療科での臨床経験を通じ、皮膚外科診療の重要性に強く惹かれるようになりました。その過程での恩師との出会いは、私のキャリアに決定的な影響を与え、進むべき道を大きく方向付けてくれました。また、スイス・チューリッヒ大学への留学経験を通じて、成果を生み出す「ものづくり」を支える「ヒトづくり(人材育成)」の重要性を改めて実感しました。この経験が、私の医師としての姿勢や組織作りに対する考え方を形成する大きな原点となっています。「出会い」は全ての原動力今回の講演では、自身が歩んできた道のりを振り返りながら、若手医師の皆さんに「興味を持ち、一歩を踏52

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み出すこと」の大切さをお伝えしました。キャリア形成において「出会い」はすべての原動力であり、恩師や同僚、そして患者さんとの関わりを通じて学んできたことが、私の医師としての基盤を築いてきたと感じています。人材育成と組織力アップへの取り組み「ものづくりはヒトづくり」という信念のもと、次世代の人材育成に力を注いでいます。組織全体で質の高い医療を実現することにより、メンバーのスキルを高め、さらに地域医療全体の質の向上に寄与できると信じています。組織力を向上させるには、メンバー同士が信頼し合い、互いを尊重しながら切磋琢磨できる環境が不可欠です。そのため、「Mission&Credo(組織の使命と行動指針)」の構築や、「ジョブ・アサインメント(適切な仕事の割り当て)」モデル(図1)の導入を進めています。これにより、組織全体の力を最大化するとともに、メンバーそれぞれの潜在能力を引き出し、価値を高めることで「セルフ・ブランディング」の実現を支援しています(図2)。ActLocally,ThinkGlobally「身近なところから行動し、グローバルな視点を持つ」ことが、最終的に世界へとつながる大きな成果を生むだけでなく、患者さんに質の高い医療や安心を届けることにも直結すると信じています。今回の講演が、若手医師の皆さんにとってキャリアを考えるきっかけとなり、またメンターの皆さんには、組織構築や人材育成の参考となれば幸いです。◀︎図1◀︎図2相談会の部アンケートの結果■M&M相談会に参加しての感想メンティーからの感想●他大学の先生方にお話しを伺えてとても参考になりました。メンティーの先生も同じ様な不安を持たれていて、それを共有出来たのも良かったです。●視野が広がり前向きになることができました。●女性医師に限定したイベントなのかと思っていましたが、男性医師も参加されており、若手の医師の将来設計に関して有用な場だと思いました。女性だけではない点がとても良かったです。メンターからの感想●他施設の方とお話できて楽しかったです。●仁木先生の継続することの大切さ、松下先生の組織のお話、大変勉強になりました。●仕事以外のことを聞く機会がなかったので良かったと言われたので、これがMM会の醍醐味かとも思いました。●10年前はメンティーで参加しましたが今回はメンターとして参加させて頂き、この回で知り合った先生方に気持ちを引き上げていただきました。メンティーの先生からも刺激を頂きました。ありがとうございました。■(メンターの先生へ)メンティーから呈示された相談とその解決策を教えてください。QAQA手術をサブスペにしたい場合、家事育児と症例経験をどう両立したらいいですか?勤務時間の長さだけがよいのではなく、決められた時間で丁寧な仕事を積むことがいいです。育児への関わり方について知りたいです。平日が忙しい場合は週末に子供をみてパートナーの時間を作ってあげたり、勉強はまとまった時間を作るように心掛けたり、経験する一例を大切にして深掘り広げていってみては。時間を作るために、家事代行もいいです。QAQA論文がなかなか書けない。学会に出したものなら、学会終了直後に書くことを勧めます。勢い大事!皮膚外科を専門にするにあたり、ずっと大学に居ていいですか?大学でも市中病院でも、皮膚外科をされている上司が居る環境に身を置けるとよいですね。53

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中部支部REPORT地域医療に活かすキャリア形成第76回中部支部学術大会2024年10月12日(名古屋マリオットアソシアホテル)去る10月12日の土曜日に、国立京都国際会館にてキャリアデザイン講座×M&Mスイーツセミナーと題して、メンター&メンティーの会の企画をさせていただきました。中部支部では、毎年このキャリアデザイン講座に力を入れており、2021年度は「プレゼンテーションスキルアップ5つのコツ」と題して、学会発表のノウハウを講演、2022年度は「論文を書こう!」とのお題で、日本語での症例報告論文の書き方を、2023年度は、「英語論文を書こう!」というタイトルで、英文での症例報告論文の書き方を講演しました。今年は趣向を変えて、「地域医療に活かすキャリア形成」という題目で、大学病院等で研鑽を積み現在は開業医として一線で地域診療に貢献しつつ、研究活動や学会活動など多方面でご活躍の先生をお招きして、皮膚科医のキャリアについて御講演を頂きました。キャリアデザイン講座講演1医局を退局した後の皮膚科医人生伊藤明子先生(ながたクリニック、新潟市)伊藤明子先生は、ご存じの通り現在は御開業の立場ですが、2023年度まで日本皮膚科学会キャリア支援委員会として様々な企画に関わられ、また日本皮膚免疫アレルギー学会でも、接触皮膚炎研究班の班員として、多くの論文を発表(ItohAetal.ContactDermatitis2017;77(1):42-48.等)、またパッチテスト・プリックテストのハンズオンセミナーでも講師として後進の教育にも取り組まれています。伊藤先生のキャリアですが、講演の出だしから、実は2回も医局を退局されたという経歴をお話になられました。第1回目の退局の理由として、お子様の小学校の壁など二人の子育てと仕事の両立に物理的な限界を感じ、苦しい環境からの避難が目的であったと語りかけがありました。この時代は、すでに時短制度が制度上はあったものの、実際にそれを活用することは難しかったなどのお話があり、今でも人数の不足に悩まされる大学医局は多いのですが、決して他人事ではないと痛感しました。しかしながら、退局後はクリニックに勤務しました。2年目には、やりがいや気持ちの面で不完全燃焼があったとのことで当時の教授から、いつでも戻ってきてよいよと後押しがあり、大学医局へ復帰、大学病院で講師をお勤めになりました。退局というのはともすれば、片道切符のような先入観を持つことが多いように思いますが、これからの時代は退局後に再度医局関連施設に戻ってきていただけるような人材を「発掘」しなければ、とても地域医療を維持することが困難になるのではないかと思いました。そして復帰後も非常に多忙な日々を過ごされていた伊藤先生ですが、専門分野の診療が継続し難くなったこと、年齢も考えて、これ以上のキャリアアップを望めないと考えて、今度は目標と覚悟をもって退局し、現在の医院を開業されます。開業に際しても、色々と心残りの面もあられたようですが、キャリア支援委員会のメンバーや専門の接触皮膚炎の分野で長年指導してくださった先生方、あるいは一緒に活動してきた学会事務局のスタッフからの激励の言葉があったとのことでした。そして開業医の立場でありながら、現在は大学病院レベルに匹敵するようなパッチテスト・プリックテストを含めた接触皮膚54

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炎診療を実践され、掌蹠膿疱症や染毛剤アレルギー、AIによるパッチテスト判定システムの開発など独創的な臨床研究に多数参加されています。さらに伊藤明子先生のすごいところは、開業でのスタッフや、後進の医師に対しても「人を育てる」ということを社会貢献活動として進んで実践されていることです。この講演会も本来は土曜日に診療をされており、本当は難しい依頼であったと思いますが、Webからの講演であればとご快諾を頂きました。伊藤先生の開業医としてのご活躍は、大学医局に1度復帰を経て研鑽を積まれた上に成り立っているものと思います。講演2『出会い』を活かしたキャリア形成伊藤宗成先生(伊藤医院、島田市)お二人目の御開業の皮膚科医として、伊藤宗成先生をお招きし、人との「出会い」を中心にご自身のキャリアについて大変面白く御講演を頂きました。先生は東京慈恵会医科大学を1999年に卒業された後、2018年まで20年間大学病院で勤務をされ、その後ご実家のクリニックを継承という形で開業医としての新たなキャリアを歩まれていますが、実は伊藤宗成先生は私が知る限りで「開業医なのに、科研費を獲得して論文を発表されている」他に例のない活躍をされている先生です。講演はまず「キャリア形成のあり方はひとそれぞれ」という名言で始まりました。先生の場合は、全身の潰瘍形成を来したMucha–Habermann病(YanabaK,ItoM,etal.BrJDermatol.2002;147(6):1249-53.)に対して表皮培養シートを用いて患者さんの救命に成功したところが第一歩であったようです。再生医療や幹細胞への興味が深まり、大学院へ進学されますが、講演の中では「海外学会などに行きたかっただけ」と謙遜しておられました。大学院時代は、何とか学位は取ったものの、よい研究はできず、研究を諦めていたところ、奥様からの後押しもあり海外留学を決断された話なども、飾らない言葉で率直に語っていただいた姿が印象に残りました。留学先を決めるにあたり、様々なメンターとなる先生との出会いがあり、伊藤真由美先生(現・NYU教授)や下村裕先生(現・山口大学教授)の後押しを得て、AngelaChristiano先生のラボに留学されます。大学院時代はES細胞の研究で鳴かず飛ばずであったとのことですが、ここから得た知識や経験を活かして、IPS細胞から表皮細胞を分化培養したり、三次元培養モデルをはじめて作製したりと、現在も引用数の多い論文を発表されました。大学に戻ってこられてから、所属の教授が退任され出馬した教授選で「惨敗」し、ご実家のクリニックを継承することになったとこちらも率直に語っていただきました。しかし、何事にも全力で取り組む伊藤先生は、開業医でありながら「やりたいこ細胞の研究を続け、留学中に残した課題をしっかり英語論文として完成(JDermatolSci2020;98(3):163-172)し日本研究皮膚科学会のBestPaperAward2020を獲得、55

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さらに産学共同での試みで企業ともタイアップされています。獲得した科研費で成果をあげて、欧州研究皮膚科学会(ESDR)には数年おきに参加され、実際に演題を発表されています。直近ではESDR2024(リスボン/ポルトガル)にも参加されたとの報告を頂きました。さらに、開業医でできる研究として現在はマダニにも興味を持たれているとのこと、伊藤先生のお話を伺うと、「開業だからこれができない」「大学でないからこれができない」と思うのではなく、何事も一生懸命に置かれた場所で取り組むことが重要だと痛感しました。相談会の部~M&Mスイーツセミナー~相談会は各支部のM&Mの会と同様の形式で、今回はおおよそメンターの先生2人に対して、メンティーの先生2人の4人グループで色々な話題について相談を行う会とさせていただきました。メンターの先生からは、「若い先生とざっくばらんな議論ができて良かったです」という感想を頂きました。メ%と多く、卒後1~3年目が半数という主に若手の先生にご参加いただきました。メンティーの先生からは、「他の医局の先生の意見を聞けたのが良かった」「他大学の先生と知り合いになれたのが良かった」という意見が多く、M&Mの会ならではの、大学の垣根を超えた交流という目標は達成できたかと思います。一方で、今回は前半の講演会が非常に盛り上がったという事情があって、相談会の時間がやや短くなってしまいました。時間が短く、もう少し色々な相談をされたかった先生がおられたかと思いますので、そのあたりの課題については来年に向けてさらに検討していきたいと思います。卒後何年目ですか?6年以上25%4〜5年目25%1〜3年目50%専門医の取得について有り25%無し75%56

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中部支部キャリアデザイン講座マンガ化企画第3弾プレゼンテーションのコツ原作:「学会発表から日常生活まで生かせるクイズ形式で学ぶプレゼンテーションスキルアップ5つのコツ」加藤裕史先生(名古屋市立大学)/鷲尾健(神戸市立西神戸医療センター)/峠岡理沙(京都府立医科大学)※出典:『世界で一番やさしい資料作りの教科書』榊巻亮著、日経BP誰もが一度は感じる、プレゼンテーションの難しさ。言いたいことが伝わらず、悩んだ経験はありませんか?でも、心配はいりません。いくつかのポイントを押さえれば、伝えたい内容を効果的に届けるられるようになります。一緒にその秘訣を探っていきましょう!57

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2025・2026年度キャリア支援委員会委員及び協力委員委員長多田弥生副委員長青⼭裕美東部支部東京支部中部支部西部支部委員菅裕司梅垣知子峠岡理沙田中暁生能登舞高村さおり加藤裕史中原真希子林周次郎渡邊友也鷲尾健宮下梓協力委員皆川智子込山悦子上中智香子梶田藍石川真郷渡邉裕子丹羽宏文冬野洋子柴尾加奈福屋泰子三澤恵井上卓也木庭幸子常深祐一郎矢上晶子芦塚賢美山﨑咲保里井川哲子足立剛也立石千晴広瀬晴奈中野倫代西部明子野上京子伊藤泰介河原由恵正畠千夏上原絵里子泉健太郎陳怡如上尾礼子森脇昌哉佐藤篤子木村久美子波部幸司仁木真理子小川陽一田中隆光鵜飼佳子指宿敦子高橋隼也本田ひろみ伏田奈津美下村尚子角田加奈子大久保ゆかり中嶋千紗杉山聖子森智史宮嵜美幾滝奉樹新原寛之二階堂まり子倉田麻衣子小野竜輔青木奈津子林良太井上梨紗子植田郁子柏田香代宮野髙山恭平良子加藤麻衣子八束和樹馬場夏希森裕美高山かおる井上裕香子佐々木奈津子山﨑文和中島沙恵子佐藤絵美葉山惟大吉崎麻子2025年3月末時点(敬称略・順不同)76

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委員会報告第122回日本皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演「多様なキャリア形成~病院勤務医のやりがいと苦悩~」第122回日本皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演「多様なキャリア形成~病院勤務医のやりがいと苦悩~」能登1舞7多田弥生13峠岡理沙2伊藤明子8青山裕美14加藤裕史3清島真理子9菅裕司宮下15梓4布袋祐子10梅垣知子16中原真希子5鷲尾健11柴田彩6田中暁生12渡邊友也【はじめに】1)秋田大学2)ながたクリニック3)朝日大学病院4)医療法人財団荻窪病院5)神戸市立西神戸医療センター6)広島大学7)帝京大学8)川崎医科大学9)札幌医科大学10)東京女子医科大学附属足立医療センター11)東京大学12)横浜市立大学13)京都府立医科大学14)名古屋市立大学15)熊本大学16)九州大学日本皮膚科学会は,2008年より「皮膚科の女性医師を考える会」を発足し,女性医師が抱える様々な問題について広く検討し,話し合う機会を設けてきた.2014年には,「キャリア支援委員会」に改称し,対象を女性医師に限定せず.男女を問わず①皮膚科学における指導的役割を担う人材の育成,②皮膚科勤務医の就労の継続および再開の支援,③皮膚科医の使命感と公共心の涵養を目標として継続的に活動している1).主な活動内容としては,皮膚科サマースクール,ClinicalDermatologyLeadershipSeminar(旧,皮膚科リーダー育成ワークショップ)2,各支部で実施されるメンター&メンティー相談会,そして日本皮膚科学会総会のキャ3,4リア支援委員会企画教育講演)などがある.毎年夏に開催される皮膚科サマースクールは,皮膚科への入局を決めているか,検討している初期研修医を対象に行われる1泊2日のサマーキャンプで,様々な角度から皮膚科の魅力を伝える活動である.参加者は同世代の友人と出会い,魅力的な講師陣の講義を聴講し,皮膚科学を実際に体験することになる.ClinicalDermatologyLeadershipSeminarは,専門医取得前後もしくは学位取得前後の世代を対象として,毎年秋に開催されるセミナーである.全国の同世代の皮膚科医と出会い,自身の今後のキャリアや,若手の育成法,医局運営など普段なかなか聞くことのない内容を学ぶ機会になる.他大学のメンターや,ともに次世代のリーダーを目指す友人に出会うまたとない機会である.メンター&メンティー相談会は,キャリア,留学,研究,大学院,働き方など普段悩んでいることを,他大学のメンターに直接相談できる機会であり,支部毎に特色がある.例えば東部支部では,魅力的なミニレクチャーのあとに,1時間程度の相談会を開催している.事前に質問や悩みについてアンケートを行い,メンティーとメンターをマッチングし相談会に臨んでいる.そして皮膚科学会総会で開催されるキャリア支援委員会企画教育講演では,皮膚科界のレジェンド医師,医局や部門を率いるベテラン医師,今後の活躍が期待される若手医師にご講演いただき,ご自身のキャリアを通して,様々なメッセージを発信していただいている.また,講演後の「聞き手」との対談も見どころとなっている.第122回日本皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演では,「多彩なキャリア形成~病院勤務医のやりがいと苦悩~」(オーガナイザー:伊藤明子委員,能登舞委員)をテーマとして,西神戸医療センターの鷲尾健先生(若手),荻窪病院の布袋祐子先生(ベテラン),朝日大学病院の清島真理子先生(レジェンド)にご講演いただいた.各々の演者への聞き手は,キャリア支援委員会の能登舞委員,田中暁生委員,多田弥生委員長が務めた.日皮会誌:135(2),257-264,2025(令和7)●25777

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日本皮膚科学会キャリア支援委員会「基幹病院の診療科長の役割,悩み,工夫などあれこれ」鷲尾健(神戸市立西神戸医療センター)はじめに私は神戸市の西端に位置する神戸市立西神戸医療センターで部長代行職を務めています.明石市や三木市に隣接していますが,これらの地域は皮膚科常勤医が少なく,生物製剤使用承認認定施設である当院に症例が集中しています.メンバーの構成は私が医師18年目でその下が7年目,さらに4年目の先生が2名と非常に若く,私自身まだまだ未熟者で指導医として十分な5技量を有するとは言えません.皮膚科学会の調査)によると,卒後10年目から皮膚科では医局離れが進み,若手の学年のうちに責任ある立場に成らざるを得ないことも多く同じような悩みを抱えている先生もおられるのではないでしょうか.本講演では,元来面倒なことが苦手で業務に追われている私が,どのようにモチベーションを維持し学術活動も行っているか紹介させていただければと思います.皮膚科学会キャリア支援委員会での活動,セミナー皮膚科学会キャリア支援委員会では実態調査報告の5ような集計)の他に,メンター&メンティーの会(中部6)支部ではキャリアデザイン講座と題して様々な企画を行っています)やClinicalDermatologyLeadershipseminar(CDLS)2,サマースクールといった講演会を企画しています.CDLSは主に専門医取得後の先生を対象に指導法やキャリア形成,名刺交換から,人生の話に至るまで幅広いテーマで講演を行います.私も委員として参加させていただき,先生方のお話を伺い自身がやる気を出す機会になっています.何よりこれらの講演会でお会いした全国で御活躍の先生方との出会いや憧れが勤務医を続ける糧になっていることを実感しています.日々の忙しい業務の中で学術活動を行うには病院勤務医は多忙で昼休憩が取得できる日のほうが少ないです.その中でも自分のルーティンを大切にしています.具体的には皮膚科医は「見た目」を大事にする科であって,「自分が見た(診た)」記録を鮮明に残すことが必要です.マクロ(写真撮影)とミクロ(顕微鏡診断)はこだわりポイントです.初診外来にミラーレスカメラを導入し,多忙でも毎週臨床写真を自分で整理しています.当科では平均で週20人分くらいの生検や手術標本がありますが,全て自身の眼で確認し,必要あれば大学病院まで出向き顕微鏡写真を撮影しています.日常診療での小さな「気づき」を大切にしています.学会発表や論文報告をするには?大学病院ではなく,一般病院で学会発表や論文報告をするには限界や制限があります.その壁を乗り越えるために以下の3点が必要です.まず1つめは「病院内&大学医局内&地域との関係性を大切にしよう!」です.「いやな仕事こそ120%でやってみよう!」というのは偉大な先生の名言ですが,院内の委員会やその他の雑用もやってみてこそチャンスが到来します.また,当院で乾癬生物学的製剤を導入した症例の72%は地域医療機関から紹介いただいた症例でした.「自分の力だけでできる仕事は20%!」と肝に銘じる必要があります.2つめは「院内のフットワークは軽く,病理部や細菌検査室にも足を運ぼう!」です.当院は細菌検査部門が充実しており,珍しい抗酸菌症の症例を多く経験できました.3つめは,「学外の先生との交流で診療の幅を広げよう!」です.ムカデ刺症後にアナフィラキシーを発症した例では,兵庫医科大学にムカデの毒液を送付いただき,当院でプリックテスト,神戸大学で好塩基球刺激試験を施行しました7).カシューナッツによるアナフィラキシーの既往があり,乳酸菌飲料で口腔アレルギー症状を呈し,ゆず湯の入浴後にアナフィラキシーを生じた症例では,藤田医科大学で詳細な血清学的解析を施行いただき,これらのアレルゲンが交差し得ることを解明できました8).これらの知見はとても当院のみでは得られなかったものだと思います.おわりに皮膚科勤務医は毎日が発見に満ちあふれており,未知の疾患が多くあります.私のような若輩者が拙い講演で恐縮ですが,同じような立場で日々奮闘されている勤務医の先生方の役に立てれば幸いです.私と関係いただいている全ての皆様に感謝申し上げます.聞き手:能登舞(秋田大学医学部附属病院)神戸市立西神戸医療センターの鷲尾健先生に,総合病院の皮膚科部長代行として非常にお忙しい日々をお258●日皮会誌:135(2),257-264,2025(令和7)78

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第122回日本皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演「多様なキャリア形成~病院勤務医のやりがいと苦悩~」過ごしの中,若手皮膚科医の指導をしながらどのように学術活動を行っているのかお話しを伺いました.私が初めて鷲尾先生とご一緒したのは,このキャリア支援委員会関連の活動でした.コロナ禍に東部支部キャリア支援委員を拝命した私は,皆さまに直接お目にかかることもできないまま,web会議に参加するところから始まりました.その頃既に鷲尾先生は,キャリア支援委員としていつも新しい視点を持ったアイディアを発信し,大変ご活躍しておられました,その後,サマースクール,ClinicalDermatologyLeadershipSeminar(CDLS)などでご一緒する機会も増え,お話ししていくうちに同世代であることが分かり,親近感をいただくとともに鷲尾先生のパワーと説得力の源が何なのか知りたくなりました.幸運にも今回のご講演で,その一部を垣間見ることができました.鷲尾先生は,神戸市及び周辺地域の中核病院である西神戸医療センターで,皮膚科部長代行として皮膚科救急をはじめ皮膚科全般の診療を行っておられます.外来診療,入院診療,緊急手術など日々の診療に大幅な時間が割かれ,時には食事を摂る時間もままならないこともある中,専修医の先生方に皮膚科臨床の基本をきちんと指導し,その中で出会った症例について一緒に深掘りし,学術的な問いを導き出しているのだそうです.そして出会った症例について,学会発表や論文報告につなげることを非常に大切にしておられました.大学病院とは異なり,総合病院で学術活動を行う上では,医局や関連病院との関係性,所属する総合病院内でのフットワーク,学外の先生との交流が重要なポイントであり,周囲の方々のご協力も得て,臨床医として働きながらも学術活動を続けることができるとおっしゃっていたのが印象的でした.皮膚科医1人では難しい問題や症例も,検査科や病理部の方々,大学や他の施設の先生方と協力することで,正しい診断や治療につながり,学術発表の機会が得られるということを改めて教えていただきました.鷲尾先生は,兎に角いろいろな場面でお見掛けする若手皮膚科界のスーパーマンのような先生ですが,『いやな仕事こそ120%で!』と,出会ったお仕事一つ一つを丁寧にこなしてこられたことが基盤になっていることを知りました.また,出会った人々とのつながりを大切にして,さらに自ら積極的に働きかけることで,今の鷲尾先生の説得力が培われてきたのだと感じました.今後もキャリア支援委員会関連のみならず,幅広い領域で鷲尾先生のご活躍を拝見することになると確信しています.楽しく勉強になるご講演をありがとうございました.写真1鷲尾先生と能登先生のディスカッションの様子「これからの時代に求められる皮膚科勤務医像~利他的キャリアから広がる世界~」布袋祐子(医療法人財団荻窪病院)はじめに元々地位や名誉に興味もなく,目標がないまま歩んできた私が今,都内にある急性期病院の院長として奮闘しています.女性皮膚科医にもこの様なキャリアパスがあるということを知っていただくと共に,なぜ私の様な者がこの立場に至ったのか,そしてこの立場に立った今,何を皮膚科勤務医に求めるかをお伝えできればと思います.背景幼少時は勉強よりも自然の中で遊ぶことを重んじる家庭で育ちました.最初の転機は10歳で渡米したことで,自然に多様性を学びました.大学から日本に帰国した際,アメリカ人でも日本人でもない中途半端な自分のidentity探しに苦労しながら,けして真面目とは言えない学生生活を得て皮膚科医になりました.転機をチャンスに医師になってもやる気が今一つのままでしたが,振り返ると,出会い・転機をチャンスに変えた自分がいました.皮膚科2年目の後半,未だ論文未記載の私に喝を入れてくださった故清水宏先生のお陰で,一気に3つの論文を書き上げました.その後の出張先の平塚日皮会誌:135(2),257-264,2025(令和7)●25979

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日本皮膚科学会キャリア支援委員会市民病院では毎月学会発表と発表後1カ月以内の論文化が義務付けられており,木花いづみ先生のご指導の下,毎月2年間頑張りました.大学に戻った後は,天谷雅行先生に天疱瘡の研究で沢山ご指導いただき,基礎に携わることで皮膚科医としての深みが増し,さらに成長することができました.人生は終わりのない成長過程で何事も経験した者勝ちです.全てがその人の血となり肉となり成長につながります.若い先生方には自分に巡ってくる転機をチャンスに変え,経験を糧にしてほしいと思います.他者を思いやる利他的キャリアを2005年,荻窪病院皮膚科部長として異動した後,診療部長,TQM推進部長,副院長,病院長というキャリアを歩んできました.2022年院長就任当初,私で良かったのだろうかと思っていた矢先に出会った本が「GIVE&TAKE『与える人』こそ成功する時代」です.私はここに書かれている,他者を重んじるギバーとしての利他的精神が評価され,この立場に至ったのだと気づかされました.目標を持って進むことはけして悪いことではありません.利己的な目標を持ち,皮膚科医として専門性を極めるのも一つのキャリアパスです.ただ目標を持たずに「今」を大切にしてきた私は「目標は時に人の可能性を狭めるかもしれない」とすら思っています.大切なことはしっかりとした価値観を持つことです.他人の利益のためにどれだけ行動できるか,仕事ができるか,この「利他的キャリア」が上手くいくコツだと思っています.人・地域のため,見返りを求めず,受け取る以上に沢山与え,知らない内に自分も何か得ている位で良いのではないでしょうか.私が求める皮膚科勤務医像そして自分が院長という立場になった今,医師には専門的知識・技術と同じくらい「人間力」も重視しています.特に大きい組織では,人の多様性を受け入れ,お互いを尊重しながら思いやりのある医療提供ができる人を求めています.若手の先生方には,上から言われたことをやるだけではなく,言われたこと以上のことをやれる人に,さらに自立して責任を持って考えられる人になってほしいです.患者さんのため,自分のために常に一生懸命勉強をして下さい.難症例を自ら取りに行き,症例を発表するだけでなく,論文化して初めて自分の物になるはずです.ある程度の専門知識を持ったら,皮膚科以外の本も沢山読んで,人間力を磨いてください!最後に若い先生方へのメッセージですが,自分の可能性に蓋をせず,何事にも広い視野と柔軟性をもって歩んでいただきたいです.皮膚科という自分で線引きした狭い枠にとらわれず,その枠から飛び出して自ら率先して多くを経験することで,周りから必要とされる皮膚科医になっていただければと思います.聞き手:田中暁生(広島大学大学院)現在は荻窪病院で病院長をお勤めの布袋先生ですが,おそらく全国で初の皮膚科女性医師で急性期病院の院長であろうとのことです.そこに至る道のりは野心に満ちたものではなく,今この原稿を読まれている皆さんと同じようにごく普通に皮膚科医として仕事をしているうちに今の場所にいらっしゃるということを,聴講者が皮膚科医としてどう生きていくべきかというヒントを交えてお話しくださいました.布袋先生は何か特別な目標や志があったわけではなく,皮膚科医としてのキャリアを始められましたが,様々な先輩と出会い,影響を受けられました.その当時を振り返られ,「人には様々なご縁,転機,チャンスがあり,それを逃さずつかむことが自分の成長につながる」ということを実感されたそうです.この言葉はおそらく多くのベテラン皮膚科医に当てはまることなのではないかと思います.目の前に突如現れたチャンスをどうとらえるかは,その人の性格や,その時の心理状況によって影響を受けるのだと思いますが,おそらくその時に魅力的だったチャンスはあまりその後につながることはなく,迷い,ためらいの中で無理してつかんだチャンスはその後の人生を左右するものになるのだと,先生のご講演と自分の過去を重ね合わせました.その後,医局人事で関連病院(荻窪病院)の皮膚科部長になられ,病院の医局長,TQM推進部長,副院長を経験されました.これらの役職は布袋先生にとって想像もしていなかったキャリアだったそうです.先生は皮膚科医である前に医師として仕事をすることを意識しておられ,必要であれば皮膚科医としての仕事を縮小しても,医師として,管理者としての責務を全うされてこられ,その結果急性期の病院長に抜擢されるという現在につながっています.260●日皮会誌:135(2),257-264,2025(令和7)80

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第122回日本皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演「多様なキャリア形成~病院勤務医のやりがいと苦悩~」話が少し飛躍するかもしれませんが,キャリア支援活動の中で出てきがちなワードに「ロールモデル」があります.布袋先生のお話を通じて感じたのは,自分の人生は自分にしか歩むことはできないし,目の前に訪れるチャンスは人によって異なるので,自分のキャリアにロールモデルなんてそもそも存在しえないということでした.そして,ロールモデルを求めてしまうと自分の可能性やキャリアの幅をかえって狭めてしまうのでは?という提言が込められているように感じました.私は布袋先生から,皮膚科医の仕事という枠にとらわれることなく,医師として仕事をすることのカッコよさ,目の前にあるチャンスを積極的に掴むことで新しい展開が開かれることを学びました.布袋先生,楽しいお話をありがとうございました.写真2布袋先生と田中先生のディスカッションの様子subspecialtyを持つことをお勧めします.自分が興味をもって学ぶ分野があるということはその人の自信につながります.そしてできれば研究に従事し学位取得を目指してもらいたいと思います.第1ステージが終わると,一人で,あるいは指導する立場で自立して臨床,研究をすることになります.第2ステージは30代,40代で充実期であり,優れた指導者や協力者との出会いを求めて飛躍する時期でもあります.しかし,専攻医の指導やら研究の指導やらと悩みは多く,しかも中間管理職として上からも下からもプレッシャーのかかる大変な時期でもあります.それでも与えられた機会は確実に生かすとともに,積極的に出会いを求めることが大切です.この時期の後半には最終的な進路に悩む機会も多くなります.責任あるポジションの重みをズシリと感じつつ皮膚科医としての着地点を模索することになります.そして,50代,60代の第3ステージを迎えます.皮膚科医人生をどのように締めくくるのか迷うのがこのステージです.体力や家庭環境その他を勘案しつつ,個人個人で選ぶ道です.私自身は体力の続く限り,医療を通して,ささやかながら社会貢献ができれば,自分にとってベストであると考えています.第2ステージで大切なこと「どうしたら有意義な皮膚科医人生を送れるのか?若手に贈る言葉」清島真理子(朝日大学病院皮膚科)40年以上皮膚科医を続けて世の中の数多ある皮膚科医人生を見聞きしてきた者として,若手の皆さんが充実した皮膚科医人生を続ける参考になればと思い,私なりに考えてきたことを紹介したいと思います.皮膚科医人生の3つのステージ皮膚科医が辿る道は大きく3つのステージに分かれます.第1ステージは20代,30代で習得期です.専門医取得に向けて知識と技能を習得するとともに,診断に至る思考過程を学ぶことが大切です.まずはgeneralに皮膚科学を広く勉強しますが,一通り学んだら3つのステージの中で,第2ステージがその人の皮膚科医人生を最も決定づける重要な時期だと思います.私の経験から次の3点を強調したいと思います.1)敬愛する恩師の言葉は忘れない.恩師との思い出は皆さんたくさんあると思います.その中で恩師の言葉はぜひ教訓として覚えていてほしいと思います.私自身は与えられた仕事は決して断らないこと,常に努力を怠らないことを恩師から教えられ,100%守られているわけではありませんが,今も努力を続けています.2)与えられた機会は大切に.医師,コメディカル,患者さんを含め,周囲から与えられた機会を最大限に生かす姿勢で仕事に臨むと仕事も人生も広がります.3)出会いは積極的に.限られた環境だけでは自分の思いが達成されないという状況であれば,積極的に出会いを求めることが大切だと思います.真摯に教えを乞うと,遠い存在に見える人も思いのほか好意的に受け入れていただけることが多いと思います.もちろん思いを果たせないこともありますが.日皮会誌:135(2),257-264,2025(令和7)●26181

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日本皮膚科学会キャリア支援委員会どうしたら有意義な皮膚科医人生を送れるのか“有意義”の意味が個人により大きく異なるので,この問いに対する共通の答えを出すのは難しいと思います.皮膚科医のキャリアのどの段階でも,進路を考える分岐点に立つことがあります.安全という理由だけで道を選ばず,できるだけ積極的な目標に向かって,勇気をもって決断して欲しいと思います.おわりに最後に若い皮膚科医の皆さんに贈るメッセージです.10年くらい前から日本の若い皮膚科医の皆さんが臨床,研究分野で内向きになっている趨勢を感じています.できる限り海外や国内の皮膚科医や他科の医師たちに向かって情報を発信して欲しいと思います.いろいろの賞やグラントで若手の活躍の場を広げようと試みられています.ぜひ積極的にチャレンジしてください.それはその医師の成長にも,そして皮膚科学の発展にもつながると思います.写真3清島先生の講演の様子聞き手:多田弥生(帝京大学医学部附属病院)留学,病院部長,教授を経て,今もなお教授そして皮膚科医師として現役で活躍されていらっしゃる清島先生のそのパワーの原動力さらには考え方がどこにあるのかを大変興味深く拝聴いたしました.そして,対談の中で,先生のキャリアで最も重要と思われたのは「もっと勉強したい」というお気持ちであったということがわかりました.勉強はしようと思えば,誰でもいつでもできるものの,置かれた環境によって,得られる知識が異なるのは明らかです.ただし,そうしたレベルの高い勉学環境は待っていても天から降っては来ないので,そこに身を置くために,それ相応のハードルを越えなければならないのが常です.先生は対談の中で具体的にどういうハードルをどのように越えたか,というお話もしてくださいました.ハードルは高いほど,越えれば,向上します.こうした価値観は若い人が自身のキャリアを考える上でも重要と思いました.先生はたくさんの論文を日本語そして英語で発表されてこられましたが,部長時代は発表した症例の9割近くは下の先生を指導してきちんと論文にされたということでした.これは臨床病院としては,非常に高い数字だと思います.自身の経験を他の人にも伝えて,役に立ちたいという責任感から行っていたと伺い,大変感銘をうけました.部長になる前は全ての責任を負えるようにならなければ,という責任感から,他の臨床病院の部長の先生方の見学にも行かれたとのことも大変驚きました.通常責任感は数値化することはできませんが,先生の場合には,論文数がそれにあたるのではないか,と考えました.指導する側,される側,いずれも長い皮膚科医人生の中で自分自身もその立場を経験するものですが,こうした人材をどのように育成するかという問題は常にあります.臨床病院の部長にいらしたときには,外来を休診にしてでも,若手を海外の学会に連れて行き,若手のモチベーション向上に繋げたと伺いました.より高いレベルの学びを自身が追求するばかりではなく,若手の人材育成にも役立てる目的で,海外学会という学びの環境に連れて行ったというのは,指導の一つのあり方として重要だという点,大変共感いたしました.指導者の指導については,若手を指導することによって,自身のメリットにもつながりうるところを諭されたと伺いました.組織の一人一人に細かく目配りをされるような清島先生のお姿が想像できました.そんな清島先生が最近限界を感じられるというので,どういったところに限界が?と,思ったところ,視力などの身体的な部分と伺いました.しかし,気力はもちろんまだまだ限界突破できる,という気概を個人的には感じましたので,先生におかれましては,これからも引き続き私たちをご指導いただきたいと思った次第です.大変勉強になりました.誠にありがとうございました.262●日皮会誌:135(2),257-264,2025(令和7)82

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第122回日本皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演「多様なキャリア形成~病院勤務医のやりがいと苦悩~」写真4清島先生と多田先生のディスカッションの様子図1アンケート回答者の性別アンケート回答者の性別女性8名(42%)男性11名(58%)【アンケート】本企画では,今後の企画をより魅力的なものにするため,毎年聴講者に対してアンケートを行っている.今回は男性11名,女性8名,計19名から回答をいただいた(図1).卒後年数については,10年目までが5名,11年目以上が12名,無回答が2名と指導医世代以上の回答者が多く(図2),14名が専門医取得済みであった(図3).また今回の企画内容の影響か,大学病院勤務とそれ以外の方の割合は半数ずつとなっており(図4),「病院勤務医」にスポットを当てたことで,大学病院以外で働く皮膚科医の方々にも興味を持っていただくことができた.また,初参加の方は11名と半数以上を占め(図5),新たに本企画に興味を持っていただけるようになってきた可能性が見えた.今回,企画側として非常に嬉しかったのが,参加したきっかけ(複数回答)として,19名全員が「プログラムを見て」を選んでいた(図6)ことであり,今後の励みになった.全体の感想については17名が「大変よかった」,「よかった」と回答しており(図7),参加者の満足度も高かった.自由記載の欄には,「勇気をもらった」,「理解が深まった」,「キャリアについて新しい視点を得た」などのご意見に加え,「講演後の対談がよかった」といったご意見があり,今後の企画の参考にしたい.図2図3アンケート回答者の卒後年数アンケート回答者の卒後年数無回答2名(11%)20年以上9名,(47%)1~5年3名(16%)6~10年2名(10%)11~15年1名,(5%)16~20年2名(11%)アンケート回答者の専門医資格の有無アンケート回答者の専門医資格の有無なし5名(26%)あり14名(74%)【おわりに】ここ数年の総会キャリア支援委員会企画では,皮膚科の「若手」,「ベテラン」,「レジェンド」を代表する演者の方々に,それぞれのキャリアのたすきをつなぐように,順にご講演いただいている.第122回皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演では,特に後輩の指導からご自身の研究,病院運営に関わる業務を行っている,非常にエネルギッシュでリーダーシップのあるお三方にご講演いただいた.鷲尾健先生からは,慌ただしい臨床業務と並行して若手医師を指導し,学会発表や論文投稿につなげる難しさと喜びを,布袋祐日皮会誌:135(2),257-264,2025(令和7)●26383

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日本皮膚科学会キャリア支援委員会図4アンケート回答者の勤務先種類図6参加したきっかけアンケート回答者の勤務先種類その他クリニック1名(5%)1名(5%)プログラムを見て参加したきっかけ(複数回答)19件他の先生に誘われたから1件大学以外の病院8名(42%)大学病院9名(48%)チラシを見て1件0件5件10件15件20件図7全体を通しての感想全体を通しての感想図5キャリア支援企画講演の聴講回数キャリア支援企画講演の聴講回数まあまあだった1名(5%)無回答1名(5%)その他1名(6%)4回以上4名(22%)初参加11名良かった4名(21%)大変良かった13名(69%)3回目(61%)1名(6%)2回目1名(5%)文献子先生からは,総合病院の皮膚科部長,病院医局長を経て,病院長職に就かれた経緯と,目の前に立ちはだかる様々な問題に対する非常に柔軟な突破力について,清島真理子先生からは,病院部長,教授を経てもなお,皮膚科医として第一線で臨床に携わり学ぶ姿勢と,若手皮膚科医への力強いメッセージをお話しいただいた.いずれのご講演においても,ご自身が置かれた場所で最大のパフォーマンスを発揮していく中で次のステージが見えてきたという,全世代の皮膚科医に希望を与えてくれる内容であった.本企画の特徴は,若手皮膚科医のみならず,全ての世代の皮膚科医に対して重要なメッセージを持ち,聞き手それぞれのキャリアやライフステージよって受け取るエールも違ってくることである.初めて学会に参加するような若手皮膚科医から,指導医として尽力されている先生方,組織を統括する立場の先生方が共に楽しんで聴講できる教育講演として,今後も企画を作っていきたい.1)多田弥生ほか:皮膚科医に必要な使命感と公共心について考える.日皮会誌,2016;126:2405―2408.2)梅垣知子ほか:キャリア支援委員会企画ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023年開催報告.日皮会誌,2024;134:1599―1607.3)能登舞ほか:第120回日本皮膚科学会キャリア支援委皮膚科診療における基礎・臨床研究の意義~」.日皮会誌,2023;133:13―21.4)能登舞ほか:第121回日本皮膚科学会総会キャリア支援委員会企画教育講演「多彩なキャリア形成を考える」.日皮会誌,2023;133:1459―1464.5)東裕子ほか:第2回皮膚科医の勤務状況に関する実態調査報告.日皮会誌,2021;131:655―669.6)鷲尾健ほか:第71回皮膚科学会中部支部学術大会日本皮膚科学会キャリア支援委員会主催キャリアデザイン講座皮膚科医のサブスペシャリティDesignyourfuture,得意分野を究める.日皮会誌,2021;131:279―287.7)WashioK,etal:Anaphylaxiscausedbyacentipedebite:A“true”type-Iallergicreaction.AllergolInt,2018;67:419―420.8)WashioK,etal:Anaphylaxisinapectin-andcashewnut-allergicchildcausedbyacitrusbath.AllergolInt2022;71:155―157.264●日皮会誌:135(2),257-264,2025(令和7)84

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委員会報告ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023キャリア支援委員会企画ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023開催報告1梅垣知子7峠岡理沙13渡邊友也2多田弥生鷲尾8健14加藤裕史3青山裕美9伊藤明子15中原真希子4石川武子10菅裕司16宮下梓5中島沙恵子11能登舞17田中暁生6蓮沼直子12柴田彩はじめに日本皮膚科学会のキャリア支援は男女を問わず,1)皮膚科学における指導的役割を担う人材の育成,2)皮膚科勤務医の就労の継続および再開の支援,3)皮膚科医の使命感と公共心の涵養を目標として活動している.2023年11月1日から11月12日にかけて,日本皮膚科学会キャリア支援委員会が主催するセミナーであるClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023が,グランフロント大阪カンファレンスタワーCにて開催された.本セミナーは2014年に「皮膚科リーダー養成ワークショップ」という名のもと,設立された.2019年からはリーダーシップを発揮できる若手皮膚科医“ClinicalDermatologySpecialist”の育成に主眼を置き,“ClinicalDermatologyLeadershipSeminar”とその名称を変更し,開催されており1),今回で9回目を数える.働き方改革やライフワークバランス,キャリアパスなどの個々の多様性に柔軟に対応していく必要があり,それに伴いリーダーの役割というものも常に変化していく必要がある.今回のテーマは「輝く個性が集まるチーム医療を目指そう」とし,日本各地から集まったすべての参加者が,お互いに切磋琢磨し合い,協力しながら本セミナーを通して新しい一歩を踏み出すことを目標とした(図1).また,これまでは今回は実際にリーダーシップを発揮する機会の多い「専門医取得直前」にも対象を拡大し,ベテランの皮膚科医からこれから専門医取得を目指す若手医師まで,幅広い年齢層の参加者に恵まれたセミナーとなった.本セミナーを通して,生涯にわたって得られる「人の縁」が,いつかまたどこかでつながるよう願って企画を行った.A.プログラム概要今回のセミナーは現地開催で行われたことから,グ図1ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023チラシ1)東京女子医科大学附属足立医療センター皮膚科2)帝京大学医学部皮膚科学教室3)川崎医科大学皮膚科学4)帝京大学医学部皮膚科学教室5)京都大学医学部附属病院皮膚科6)広島大学医学部附属医学教育センター7)京都府立医科大学大学院医学研究科皮膚科学8)神戸市立西神戸医療センター皮膚科9)ながたクリニック皮膚科10)札幌医科大学病院皮膚科11)秋田大学医学部附属病院皮膚科12)東京大学医学部附属病院皮膚科13)横浜市立大学医学部附属病院皮膚科14)名古屋市立大学皮膚科15)九州大学大学院医学研究院皮膚科学16)熊本大学医学部附属病院皮膚科17)広島大学大学院皮膚科日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)●159985

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キャリア支援委員会図2プログラム図3天谷雅行理事長による開会挨拶ジをいただいた(図3).B.参加者の属性ループ形式で着席した参加者3~4名にタスクフォース2名を加えたグループを1チームとして,2日間にわたってチームワークを生かして様々な課題に取り組んでいただいた.基本的にはこれまでのプログラムの流れを踏襲し,指導医に必要な知識や対人スキル,臨床研究の基礎的な統計に関する知識などを習得できる内容としたが,本年度の新しい取り組みとして,皮膚科以外の異業種の考え方や取り組みを知る機会を持つため,企業のプロジェクトマネージャーを務めた経験をもつ講師を招待した.また,今年は休憩時間を例年より長めに設定し,軽食を楽しみながら参加者で談笑できる時間を確保した(図2).会の冒頭で,日本皮膚科学会天谷雅行理事長からオンラインで開会のご挨拶をいただいた.皮膚科を専門領域に選んだ若い先生方が,将来的に皮膚科を引っ張っていくリーダーに育っていくことになるが,「リーダー」のイメージとして,誰か一人の強いリーダーが引っ張るチームより,グループの中で一人一人が「小さなリーダー」を目指すことで,より強いチームを作ることができる.例えば日常診療やカンファレンスなどで「傍観者」にならず,「この部分は自分がイニシアチブをとってリーダーになろう」という気持ちをもつことで,複数の「小さなリーダー」が存在することになり,結果として大きな力につながる,というメッセー参加者は24施設26名(男性8名,女性18名)であった.専門医取得前16.7%,専門医取得後5年未満58.3%,5年以上25%という構成であった(図4).前述の通り,例年よりは専門医取得前の先生方に多くご参加いただいた.地域別にみた参加者は東部5名,東京支部7名,中部6名,西部8名であった.そのほか,ワーキンググループ(WG)委員・キャリア支援委員12名,講師8名,OG講師1名,前理事長の島田眞路先生にご参加いただいた.C.各プログラムの概要Session1ロマンチスト皮膚科学のススメ(長崎大学室田浩之先生)(図5)長崎大学の室田浩之先生を講師にお招きして,ご講演をいただいた.「若い先生方に皮膚科の面白さをお伝えしていただきたい」という意図でご依頼をしたところ,皮膚科という領域はロマンチックな世界なのである,という内容について,これまでの皮膚科の歴史を紐解きながらお話いただいた.皮疹をしっかり観察し,後世に正しく記録が残るように詳細に記述し,系統立ててまとめあげていった,皮膚をこよなく愛するロマンチストな先達の努力があり,今の皮膚科の発展につながっている.ロマンチック皮膚科学の1例として,上唇の境界線は「キューピッドの弓」と呼ばれている.もし,カンファレンスなどで厳しい意見を受け場の空気が凍ってしまうような局面が生じたときには,皮膚科医ならではのロマンチックな蘊蓄(うんちく)で場1600●日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)86

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ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023図4参加者の専門医取得時期図5室田浩之先生によるレクチャーをなごませて乗り切るべし!と,励ましのメッセージもいただいた.参加者からは「今までの皮膚科の歴史を知らなかったので,とても興味のある講義でした」や「ロマンチックという切り口で皮膚科を捉えたことがなかったので新鮮でした.皮疹を詩的な表現で表せられたら素敵だなと思いました」など感想が見られた.Session2統計学講座2023~フリーソフトで楽しく学ぶ統計学(京都府立医科大学生物統計学手良向聡先生,峠岡理沙WG委員,鷲尾健WG委員)本セッションでは,日常診療のクリニカルクエスチョンから,リサーチクエスチョンを設定し,それらを統計学的に検討するグループワークを行った.開催前に各グループのメンバーがSlackに招待され,ファシリテーターから,悪性黒色腫あるいはアトピー性皮膚炎をテーマにどのような臨床研究が可能かクリニカルクエスチョンを考え,意見交換するようにアナウンスがあり,事前にメンバー内で活発な意見交換がなされていた.まず前半は鷲尾健WG委員の指導のもと,各グループに設置したフリーで使える統計ソフトであるEZR(EasyR)2をダウンロードしたパソコンを用いて,操作方法などについて簡単な演習を行った.その後,峠岡理沙WG委員の進行で,各グループ内で進行役,書記,発表者を分担し,グループで設定したクリニカルクエスチョンに対して,研究デザイン,対象,要因/介入条件,主要評価項目,サンプルサイズを決め,パワーポイントにまとめて代表者が発表を行った(図6-1).各班のプレゼンテーションに対して,京都府立医科大学生物統計学の手良向聡先生から統計学的な立場から良い点,改善点などのフィードバックをいただいた.参加者からは「統計学ソフトを使用し簡便に計算ができることを知りました.また,実際にどのようにテーマを決めているのかが具体的にわかり,勉強になりました.」など感想が見られた.参加者全員が作業に集中してあっという間に時間が過ぎてしまった印象があり,今後はもう少し当セッション時間を長くするよう配慮が必要であると考えられた.懇親会の途中で鷲尾健WG委員から「統計学講座の順位発表」を行い,各グループに景品の授与を行った(図6-2).Session3やる気にさせる指導法(石川武子WG委員)(図7)石川武子WG委員から,帝京大学での取り組みを実例にお示し頂きながら,ご講演をいただいた.やる気を出せる「働きやすい職場にするため」に,指導医はその環日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)●160187

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キャリア支援委員会図6-1統計学講座グループディスカッションの内容図6-2統計学講座表彰式の様子図7石川武子WG委員によるレクチャー境をつくることで,心理的安全性を高め,多様性を尊重して,個々のやりがいを見つける“道しるべ”を示していくことが大切である.「やってみて,言って聞かせて,させてみて,ほめてやらねば人は動かじ」という山本五十六の名言を引用されており,参加者からは「指導医にこれからなるにあたっての姿勢について参考になった」「すぐに戻って実践したいと思った」など感想が見られた.Session4皮膚科の再生医療等製品の開発((株)ジャパン・ティッシュエンジニアリング井家益和先生)(図8)「再生医療をあたりまえの医療に」という信念のもと,開発,上市された再生医療等製品について,プロジェクトに深く関わってこられた井家益和先生をお招きしてご講演をいただいた.自家培養表皮のジェイス®の開発のため,特性解析を含めた培養方法の構築,安全性と有効性の確認,製造パッケージと輸送システムの開発など,プロジェクトを前に進めるための必要なステップについてわかりやすくお話頂いた.参加者からは「普段なかなか伺えない分野の話ですが皮膚科領域とも関連しており,興味深いお話でした.」や「当たり前に使用している製品について開発時の過程を知ることができ良かったです.」など感想が見られた.COMETOSEEMYPOSTER!!&ポスターセッション(中島沙恵子WG委員)本セッションは,中島沙恵子WG委員の進行で行われた.参加者が自分のポスター内容について1分程度1602●日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)88

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ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023図8井家益和先生によるレクチャー図10ポスターセッションの様子図91分間プレゼンテーションの様子図11椎谷千尋先生によるトークセッションのプレゼンテーションを行ったあと(図9),ポスター展示会場に移動した.参加者は持参したポスターを展示しているが,ポスターは本セミナーのために新規で作成する必要はなく,過去に学会で発表したものをそのまま流用していただいた.ポスター番号の奇数グループと偶数グループに分かれて,30分交代で各自のポスターの前に発表者が立って,ポスターの閲覧に立ち寄った参加者の質問などに答えたりしながら,学会のポスターセッションに準じて行われた(図10).本セッションの目的は,参加者の過去のポスター発表を通して参加者同士がお互いの発表に興味をもち,積極的に質問や議論をしながら,他施設でどのような取り組みをしているかなどを知り,お互いの交流を深めていくことに主眼がおかれている.今回もなごやかな雰囲気の中にも,学会に参加したような緊張感を持ちつつdiscussionしている参加者の真剣な眼差しが印象的であった.参加者からは「ポスターセッションで,普段活発に議論することがないので新鮮でした.」や「一人一人の先生方の発表内容がとても内容が興味深く,さらに,雰囲気が良かったので,いつもは質問できないようなことも質問できました.」など感想が見られた.夕食会&OGトーク(北海道大学病院椎谷千尋先生)夕食会はインターコンチネンタル大阪に会場を移して行った.COVID-19の5類移行後であったが,感染拡大防止に配慮しグループ毎に着席での夕食会とし,飲み物についてもアルコール提供は行わなかった.青山裕美キャリア支援委員会副委員長の乾杯のご挨拶のあと,コース料理を楽しんだ.昨年参加者のOGトークとして北海道大学の椎谷千尋先生が,CDLS2022年に参加してからこの1年間,どのようなモチベーションでお仕事をされてきたのか,パワーポイントを用いたプレゼンテーションでご講演いただいた(図11).参加者からは「椎谷先生のお話は刺激的で,爪外来の立ち上げなど精力的に活躍されていて凄かったです.」など感想が見られた.日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)●160389

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キャリア支援委員会図12名刺交換の様子図13荒神裕之先生によるレクチャー名刺交換&懇親会(伊藤明子キャリア支援委員,中島沙恵子WG委員,蓮沼直子WG委員)多忙な日常診療の中で忘れがちな社会人として基本的なビジネスマナーについて,蓮沼直子WG委員指導のもと,伊藤明子キャリア支援委員と中島沙恵子WG委員による名刺交換の実践講演が行われた.参加者には普段使用している名刺を持参していただいたが,名刺を持っていない場合は事前に作成いただいた.各自のグループのみならず,ポスターセッションで会話した他グループの参加者や講師の方々に自己紹介をしつつ,名刺交換を実践していただいた(図12).参加者からは「たくさん知り合いが増えた」「名刺を作ったこともなかったので,大変勉強になりました.」などの感想が見られた.名刺作成時のフォントやイラストの入れ方などのこだわりなどについても会話が弾んで,自然で和やかな雰囲気になったのが印象的であった.Session5コンフリクトマネジメント~明日から実践,7つのコツ~(山梨大学医学部附属病院医療の質・安全管理部特任教授荒神裕之先生)本セッションは,日常診療で生じる患者とのトラブルについて,トラブルが生じる前に回避する方法,生じてしまったトラブルをより良く解決する方法ついて,トラブル発生のメカニズムを踏まえて分かりやすくご講演いただいた.医療対話の7つの要点として,ものの見方のずれ(①認知齟齬),ちょっと離れた立ち位置(②俯瞰),対話を通じた③ケア,④傾聴,⑤承認,⑥共感,言葉の奥の感情と欲求(⑦インタレスト)への着目について,実例をもとに説明いただいた(図13).「コンフリクト」とは2つの物事がぶつかり合う状態(紛争,葛藤)であるが,それに対して,対話を通じた人間関係調整で対処すること(マネージメント)で「負のループ」から抜けだすことが重要であること.そのためにメディエーター(対話推進者)の支援による対話の促進を通じた関係調整モデルがあること.講演の最後,「ちょっとの“気づき”で楽になる医療対話!」というメッセージを頂いた.参加者からは「コンフリクトの解消の仕方など,具体的な例も交えて教えていただき,さっそく日常診療に生かしていきたいと思いました.」や「まさに今直面している問題だったので,自身の第三者としての関わり方を振り返りながら改めて患者さんとの対話やインタレストというキーワードを活用しながら対応していきたいと思いました.」などの感想があった.Session6ハンズオンセミナーフットケア(埼玉県済生会川口総合病院高山かおる先生,春日部中央病院形成外科医寺部雄太先生,春日部中央総合病院リハビリテーション科榊聡子先生)本セミナーは埼玉県済生会川口総合病院の高山かおる先生,春日部中央病院形成外科医の寺部雄太先生,春日部中央総合病院リハビリテーション科の榊聡子先生のご講演・実演で行われた.また日曜日にも関わらず,必要な資材の準備および提供,会場のセッティング,処置の介助などにご尽力いただいたアルケア株式会社,マルホ株式会社の皆さまに,この場をお借りして深謝したい.ハンズオンセミナーは2グループに分かれて行い,前半・後半45分ずつで入れ替えとした.高山かおる先生からは,巻き爪の処置について簡単な解説があったのち,ワイヤーなどを挿入する準備として,スケーラーゾンデを用いて爪周囲の角質を除去し1604●日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)90

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ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023図14高山先生による爪研磨のデモンストレーション図15フェルトフォームの型取りの様子図16目標達成シート,ステップアップワークシート整える方法,グラインダーを用いた爪の適切な削り方,ニッパーを用いた適切な爪の切り方を実際に行い,最後にマルホ株式会社からご提供いただいた巻き爪マイスター®の装着を行って終了した(図14).寺部雄太先生と榊聡子先生による足の免荷の実技は,アルケア株式会社からご提供いただいたフェルトフォームを用いて,足底潰瘍を想定して行った(図15).参加者からは「足のトラブルを抱えた患者さんを診る機会が多く,また実際の器具や製品を使用して人の足に施術できたのは貴重な経験である」や「巻き爪マイスターやフェルトの使用は初めてであり,大変勉強になった」などの感想があった.Session7日々の悩みから未来年表を作る(蓮沼直子WG委員)本セッションは蓮沼直子WG委員が担当した.まず,自分の特性について客観的に捉えることを目的としてキャリアアンカーのワークを行い,8つのタイプごとの特徴を活かして自分のキャリアプランニングにおける「よりどころ」とすることを学んだ.その後目標達成シート(曼荼羅チャート),ステップアップワークシート(図16)を作成しながら,自分自身の5年後,10年後のビジョンについて言語化,可視化することを行った.記入方法の実例として,現在アメリカメジャーリーグで投打の二刀流として大活躍している大谷翔平選手が高校時代に書いたとされる目標達成シートが提示され,大谷選手の現在を知っている我々にとっても大変興味深い内容であった.今回のセミナーの参加者の中には,日常診療,研究や雑務,家事などに忙殺されて,医局上司との面接や留学先のjobinterviewで“What’syourgoal?”と質問されても,なかなか自分自身について明確に答えを出すことができない「混沌」の中で頑張ってる方もいるのではないだろうか.今回,真剣に未来年表を作成している様子を眺めながら,今回のセミナーを通じて,参加者が自分自身について何か小さな気づきがあればと願っている.参日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)●160591

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キャリア支援委員会図17表彰式の様子加者からは「5年,10年後の自分が見えずもがいていましたが,自分を振り返る機会となり少し明確なビジョンが見えて来ました.」や「ワークシートから最後の皆様の発表まで,キャリアについて考える貴重な機会となりました.」などの感想があった.修了式(図17)2日間の日程を終えて,参加者全員に修了証が授与された.また,キャリア支援委員およびWG委員による総合的かつ客観的な評価のもとに投票が行われ,優良賞として名嘉眞健太先生と一木稔生先生が,奨励賞として竹下八菜先生が選ばれ,表彰とともに記念品が贈呈された.キャリア支援委員長の多田弥生先生から,ご挨拶を頂いた.今回第9回も無事終えることができたこと.参加者にとってこの会に参加すること自体が大変なことで「コンフリクト」があったかもしれないが,2日間を終えて「来て良かった」と思える参加者が,それぞれの場所に戻って明日から自分らしいリーダーを目指して頑張ってほしいとのメッセージを頂いた.最後にCDLSの生みの親であり育ての親でもある前理事長の島田眞路先生が登壇され,参加者全員に向けて「励まし」のお言葉をくださった.「励ます」というのは実際やってみようとすると大変難しいことであるが,島田眞路先生の励ましにはCDLSと,この会を支えてこられた皆さまへの愛情が溢れていた.D.考察今回多忙の中,日本全国からお集まりいただいた参加者の皆さま,なかでも北海道,東北地方の大雪による大幅な交通機関の乱れの影響にも関わらず大阪までお越しくださった参加者の皆さまには心から感謝申し上げたい.多忙な日々のなか,この土日2日間の出張のために,日頃の診療や研究,ご家庭の都合などを調整することは,キャリア支援委員長の多田弥生先生のご挨拶にもあったようにかなりの「コンフリクト」であったのではないかと思われる.しかし,すべての日程を終え全体を見渡してみると,参加者の皆さまが非常に晴れやかな表情をされていたのが大変印象的であった.参加者アンケートの感想でも,今回のCDLS2023に参加して良かったという評価をいただけたことは,キャリア支援委員,WG一同にとって,大変嬉しい結果であった(図18).今回のCDLS2023を振り返ると,セッションの合間などにごく自然にグループ間で談笑があり,今回初めて会った人達とは思えないほど和やかな雰囲気が漂っていた.統計のセッションではそのチームワークが発揮され,どのグループからも「もっと良い発表にしたい」「検討時間が足りない」という意気込みが溢れており,1つの課題に対してこんなにも情熱を込められるものであるのか,と感銘を受けた.このまま健やかに,自分自身が信じる皮膚科医の道を目指して邁進していただきたいと心から願う.1606●日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)92

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ClinicalDermatologyLeadershipSeminar2023図18参加者アンケートの結果最後にCDLS2023開催にあたり,講師をお引き受け頂いた先生方,キャリア支援委員,WG,OGの皆さま,ハンズオンのセッションにご協力いただいた企業の皆さま,そして,全行程について入念な準備とご配慮をいただいた日本皮膚科学会事務局の皆さまに心から御礼申し上げたい.文献1)中島沙恵子ほか:日皮会誌2020;130:337―355.2)KandaY,etal:Investigationofthefreelyavailableeasy-to-usesoftwareʻEZR’formedicalstatistics,BoneMarrowTransplantation,2013;48:452―458.日皮会誌:134(6),1599-1607,2024(令和6)●160793

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編集後記一度は疑問に思ったり、誰かに聞いてみたいけど、いまだ解決していないことありませんか?このDerma’sLoungeは、こうした日々の問題を、漫画にしたり、対談形式にして、発信しています。各支部学会での取り組みもまとめられていて、参加していなくてもポイントを押さえられる仕組みになっています。たとえば論文の書き方やプレゼンの仕方などが取り上げられています。若手の先生には、この本を読んで、新たな気づきを得て欲しいという思いがあります。私の様にある程度上の年代に、後輩を指導する立場からみても興味深い内容になっています。自分が若手の頃にあって欲しかったなーと思います。べた褒めしている私は編集後記5年目ですがC.O.Iはありません。『Derma’sLounge』をお読みいただき、ありがとうございました。今号では、皮膚科診療に役立つ最新の知見や、多様なキャリアパスを考えるヒントをお届けしました。特に「#はたらく場所Special」では、多くの先生方の貴重なご経験を共有していただき、実践的な学びが詰まった内容となりました。私自身、編集を通じて、日々進化する皮膚科医療の奥深さを改めて実感しています。本誌が臨床や研究、キャリア選択の場面で少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。ぜひアンケートを通じてご感想をお寄せください。皆様の声を次号の誌面づくりに活かし、より充実した内容をお届けできるよう努めてまいります。今後とも『Derma’sLounge』をどうぞよろしくお願いいたします。(札幌医科大学菅裕司)(埼玉医科大学総合医療センター高村さおり)続々更新中日本皮膚科学会公式YouTubeチャンネルご視聴・ご登録よろしくお願いします!QUESTIONNAIRE感想をお寄せください!アクセスはこちらから!Derma’sLounge2025を最後までお読みいただき、ありがとうございます。Derma’sLoungeでは、今後も皆様の学びや成長のきっかけとなるような情報を発信してまいります。右のQRコードから簡単なアンケートにご協力をお願いいたします。94

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2025次号は2026年6月発行予定です。Derma’sLounge2025年5月発行第8号発行人藤本学発行元公益社団法人日本皮膚科学会〒113-0033東京都文京区本郷4-1-4TEL:03-3811-5099FAX:03-3812-6790印刷東晨印刷株式会社デザイン・制作株式会社オズマピーアール・株式会社ウララコミュニケーションズイラスト山下裕美(MADTUNEDESIGN)[表紙/表2見開き]、石黒茂[2024年のコレ]、小林孝文[M&M相談会]95

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〔協賛・広告掲載企業一覧〕日本イーライリリー株式会社サンファーマ株式会社ユーシービージャパン株式会社科研製薬株式会社ウシオ電機株式会社帝國製薬株式会社ノバルティスファーマ株式会社レオファーマ株式会社大塚製薬株式会社ファイザー株式会社常盤薬品工業株式会社ドクターキューブ株式会社マルホ株式会社鳥居薬品株式会社武田薬品工業株式会社ロート製薬株式会社ヤンセンファーマ株式会社アッヴィ合同会社サノフィ株式会社株式会社ケイセイ(順不同)

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