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03今月の仏具今月の仏具築地本願寺新報WEB版はこちら念ねん珠じゅ(数じゅず珠)念珠とは木の実や宝石、金属などの珠たまを紐で通して輪にした仏具です。仏ぶっ祖その尊前で礼拝をするときに用います。合掌する時以外は、左手の親指と他の四指の間にかけ、親珠を下にして持ち、房は自然に垂らして持ちます。読者の皆さまも、ぜひ自分のお気に入りの念珠を持ってお寺へお参りください。目次01表紙03今月の仏具目次04築地ニュース06特集教科書の中の仏教~50年でどう変わった?~(後編)14眠れない夜に効く、仏さまの話16ちょっと、聞いてよ18法話安方哲爾(本願寺派布教使)20コラムあっち、こっち、どっち?酒井順子22英語で歎異抄24ぶってつ!25松本智量のようこそ、仏教シネマへ26ご縁を広げる27今月のおすすめ本38仏さまの教え39PLAZA404月のスケジュール425月のスケジュール・編集後記44話はつきじ2

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04築地ニュース築地ニュース築地本願寺や築地周辺の気になるニュースやモノ・コトを紹介します。東日本大震災から15年追悼法要をお勤めしました3月11日、本堂で東日本大震災追悼法要が行われました。震災が発生した14時46分に梵鐘を撞き、14時48分からは尾おのい井貴童宗務長導師のもと「仏説阿弥陀経」をお勤めしました。当日は、約300名の方々にご参拝いただきました。本堂でお参りできない方に向けてオンライン配信をし、約700名の方々に視聴いただきました。4月より新講座「築地本願寺アカデミー」が開始2026年4月より、浄土真宗、仏教、そして、こころや教養をテーマとした心豊かに生きるための多彩な講座「築地本願寺アカデミー」を築地本願寺インフォメーションセンター多目的ルームにて開催いたします。広く知識を得るとともに、自らを見つめ、日々の歩みに活かす学びの場として、どなたでもご参加できます。都心にありながらも、お寺ならではの落ち着いた雰囲気の中で学びを深めていただけます。本アカデミーを通して、築地本願寺の法要や行事にも親しみながら、阿弥陀さまのみ教えにふれるご縁となることを願っております。なお、講座内容については、本誌29ページにも記載しております。詳細は左のQRコードからからご確認ください。

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05築地ニュース築地のヒト今月の人仏教と社会をつなぐ子どもたちの活動を支援仏教精神に基づき、子どもたちの育成や教育支援に取り組むのが、築地に事務局を置く公益財団法人・全国青少年教化協議会。今回登場する事務局スタッフの増田浩子さんは、経済的に困難な家庭の子どもたちを支援する「あおぞら奨学基金」などさまざまな事業の運営を行っています。困っている人を支えたい。そんな想いは、東日本大震災でのご自身の経験が重なっているそうです。「私は千葉県浦安市出身なので、東日本大震災では、液状化で自宅が傾くなどの被害を経験しました。正直なところ、当時は自分の家のことで精一杯で被災地のために何もできませんでした。でも、被災地のお寺が避難所となり、地域の人たちを支える姿を知って、はっとしたんです。そんな経験から、子どもたちの支援を考えるようになりました」その後、音楽大学で声楽を学んでいたことから、被災地でのコンサート開催などのボランティアに参加。大学の先輩の誘いで、現在の仕事に携わるように。そんな彼女が力を入れるのが、全国で仏教精神に基づき、青少年育成に尽力する個人や団体を顕彰する「正力松太郎賞」です。「全国には、何十年も青少年のための活動を続けるお寺がたくさんあります。たとえば長崎には110年以上も子ども会を続けるお寺もあります。でも、活動者の方々は、そのご功績を自ら表に出されません。だからこそ、私たちがご紹介させていただくことで、『こんな活動もあるんだ』と、より多くの方に知っていただければうれしいです」築地の達人・浩子さんが教える!築地の逸品今月のお店公益財団法人全国青少年教化協議会北海道産の臼挽き全粒粉を使用し、保存料や着色料を加えずに作った「甘茶クッキー」。障がいのある方々の社会参加と自立を支援する「おかし屋ぱれっと」と共同で開発したもの。受注生産なので、1~2週間前からの電話予約が必要。価格は、6枚入1パック220円(予約は10パック単位から)。東京都中央区築地3-7-5築地AIビル5階☎03-3541-6725公益財団法人全国青少年教化協議会増田浩子さん

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06特集●特集教科書の中の仏教~50年でどう変わった?~(後編)鎌倉時代は新仏教だけではない[昭和版]うち続く戦せん乱らんのなかで、武士や民衆は、世のはかなさを深く知るとともに、新しい社会の秩ちつ序じょを築き、自分の運命を切り開いていくために、心のよりどころとなる教えを求めた。人々のこうした要求にこたえて、仏教の新しい宗派がおこった。浄じょう土ど信しん仰こうは平へい安あん時代の中ごろからおもに貴族のあいだに広まっていたが、これを革新して、まず法ほう然ねんが現れ、一心に念ねん仏ぶつを唱となえれば、だれでも極ごく楽らく浄土に往おう生じょうすることができると説き、浄土宗を開いた。法然の弟で子しの親しん鸞らんはこの教えをおし進めて、阿あ弥み陀だ仏ぶつの救いを信じる心をおこしさえすれば救われると説いた。これが浄土真しん宗(一いっ向こう宗)である。ややおくれて、一いっ遍ぺんは時じ宗を開き、諸国をめぐり歩いて念仏をすすめた。また、浄土信仰に対して、日にち蓮れんは法ほ華け経きょうを重んじ、その題だい目もくを唱えれば人々も国家も救われると説いた。これが日蓮宗(法ほっ華け宗)である。先月号に引き続き、中学校の歴史教科書を50年前の版と比較して、仏教に関する記述がどう変わったかを見ていきます。今月号は鎌倉時代以降の話です。題材として、東京書籍の1971(昭和46)年検定・1977(昭和52)年発行版と、2024(令和6)年検定・2025(令和7)年発行版を取り上げます。前者を「昭和版」、後者を「令和版」と呼ぶことにします。引用文中のふりがなは、教科書で実際に付けられていた通りにしてあります。(文/編集委員・多田修)

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07特集これらの新仏教は、かんたんでわかりやすく、実行しやすい教えであったから、旧仏教などからの圧あっ迫ぱくを受けながらも、武士や民衆の心をとらえて急速に広まっていった。この時代には、宋そうで学んだ日本の僧そうによって禅ぜん宗も伝えられた。はじめ栄西(えいさい、ようさい)が臨りん済ざい宗を、少しおくれて道どう元げんが曹そう洞とう宗を伝えた。禅宗は坐ざ禅ぜんをして自分の力でさとりを開く教えで、武士の気風によく合っていた。とくに、臨済宗は上流の武士のあいだに広まり、幕ばく府ふの保護を受けて栄えた。[令和版]鎌倉時代には、たくましく成長した民衆や、戦いの中を生き延びた武士のよりどころとして、新しい仏教がおこりました。それらは分かりやすく、難しい修行が不要だったので、多くの人々の心をとらえました。法ほう然ねんは、一心に「南な無む阿あ弥み陀だ仏ぶつ」と念仏を唱えれば、だれでも極ごく楽らく浄じょう土どに生まれ変われると説いて浄じょう土ど宗しゅうを開き、その教えは武士や民衆に広がりました。法然の弟子の親しん鸞らんは、阿あ弥み陀だ如にょ来らいの救いを信じる心を強調した浄じょう土ど真しん宗しゅうを、農村に広めました。一いっ遍ぺんは念仏の札を配って教えを広め、時じ宗しゅうを開きました。また、日にち蓮れんは、法ほ華け経きょうの題目(南な無む妙みょう法ほう蓮れん華げ経きょう)を唱えれば人も国も救われると説き、日にち蓮れん宗しゅう(法ほっ華け宗しゅう)を開きました。栄西(ようさい、えいさい)や道どう元げんは、座ざ禅ぜんによって自分の力でさとりを開こうとする禅ぜん宗しゅうを宋から伝え、臨りん済ざい宗しゅうや曹そう洞とう宗しゅうを開きました。禅宗は武士に気に入られ、幕府は中国から僧そうを招いて禅宗を保護しました。一方、天てん台だい宗しゅうや真しん言ごん宗しゅうも、朝ちょう廷ていや幕府のために祈きとうを行い、教えの見直しを進めて、強い力を保っていました。まず、民衆の描き方が違います。昭和版では民衆が戦乱で苦しんでいたようになっていますが、令和版では「たくましく成長した」とあります。「民衆は苦しんできた」という印象を持たれやすいですが、この見方には見直しが進んでいます。鎌倉時代には農機具の改良が進み、二毛作が始まり、農業生産が向上しています。次に法然聖人と親鸞聖人について、昭和版では「親鸞はこの教えをおし進めて」とあり、親鸞聖人は法然聖人の教えを高度化したような印象を受けます。それに対して令和版では、教えを説く際に重視した点が異なっていたという説明になっています。ここでも、国宝「親鸞聖人影像安城御影副本」西本願寺蔵

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08特集令和版では宗派間で優劣がつく表現を避けていることになります。ところで法然聖人と親鸞聖人の関係について、昭和版・令和版ともに、親鸞聖人は考え方の違いが原因で法然聖人と別の道を歩んだように読めますが、そうではありません。親鸞聖人としては、法然聖人の教えを受け継いでいるという認識であって、新しいことをしようという意図はありませんでした。法然聖人が亡くなると、教えの解釈の違いから弟子たちはいくつかの系統に分かれました。後の時代になって、親鸞聖人の流れを汲む人々が、親鸞聖人を祖そと仰あおぐことで、浄土宗と別の宗派になりました。さらに旧仏教(鎌倉時代以前からの宗派)について、昭和版では「新仏教は(中略)旧仏教などからの圧迫を受けながら」とあり、旧態依然とした勢力が新しい宗派を抑圧したような書き方です。一方、令和版では「天台宗や真言宗も(中略)教えの見直しを進めて」とあり、既成の宗派も時代に対応するよう努めていたことになっています。実際、鎌倉時代に新しい宗派が興っても、従来からの宗派が主流であり続けたのは、社会の支持を得られるよう時代に対応したからです。この時代には従来からの宗派も民衆へ積極的に働きかけていたことが、現在ではわかっています。なお昭和版、令和版とも「栄西」の読みとして「えいさい」と「ようさい」を併記していますが、昭和版は「えいさい」を、令和版は「ようさい」を優先しています。室町時代の門前町は都市?[昭和版]堺さかい・博多などは港町として栄え、国内の取り引きや、明との貿易にかつやくする商人が集まった。各地の寺社には、さんけい人がふえるにつれて市がたち、しだいに門前町の形を整えた。[令和版]商業の発展で、各地の港や寺社の門前では都市が発達しました。昭和版では「門前町」ですが、令和版では「都市」となっています。中世(平安末~戦国時代)には大寺院の境内に僧侶だけでなくさまざまな人が住むようになりました。これは「町」というより「都市」と呼ぶにふさわしいと、現在では考えられています。寺院に多彩な人が集まったのは、寺の領域は俗ぞく世せ間けんの身分に囚とらわれないという建て前があったからです。寺院の門前や境内が都市となったのは、参詣人だけでなく住人が増えたためです。一いっ揆きとはそもそも何か?[昭和版]応仁の乱ののち、浄じょう土ど真しん宗(一いっ向こう宗)

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09特集がさかんであった北陸や近畿地方などでは、信しん仰こうで結びついた武士や農民たちが、国一揆と似た一揆をおこした。これを一向一揆という。加か賀が(石川県)では、守護大名をたおした一向一揆による支配が100年近くも続けられた。[令和版]浄じょう土ど真しん宗しゅう(一いっ向こう宗しゅう)の信しん仰こうで結び付いた武士や農民たちが各地で一いっ向こう一いっ揆きを起こし、加か賀が(石川県)では、守護大名をたおして約100年にわたって自治を行いました。[令和版・欄外注]神や仏にちかって一いっ致ち団結して行動することを一いっ揆きといい、武士や僧そうから始まり、農民にも広がっていきました。令和版は、「一揆」という言葉の本来の意味を解説しています。ここにあるように、一揆とは宗教的な行動のことでした。それが団結した抵抗運動になっていきました。浄土真宗の門もん徒と(信者)による一揆が一向一揆です。ただし「一向一揆」と呼ばれていても、浄土真宗以外の人々がかなり混ざっていたことが、現在ではわかっています。当初は、本願寺は一向一揆に消極的でしたが、教えを守るための戦いは容認していました。やがて本願寺が教線を拡大すると、戦国大名に並ぶ勢力となったため、戦いに関わる機会が増えていきました。消えた蓮れん如にょ上人[昭和版]南なん北ぼく朝ちょう以来の変動する社会のなかで、鎌かま倉くら時代におこった新しい仏教は、人々の心のささえとなって広く普ふ及きゅうし、宗派ごとに大きな教団がつくられた。なかでも、浄じょう土ど真しん宗では、本ほん願がん寺じに蓮れん如にょが出て、応おう仁にんの乱らんのころから、北陸・東海・近畿地方の武士や農民のあいだに教えを広めた。また、日にち蓮れん宗は、京都や堺さかいの商工業者などに広まり、曹そう洞とう宗は、おもに地方の武士に多くの信者を得た。京都と鎌倉の五ご山ざんを中心とする臨りん済ざい宗の寺院は、幕ばく府ふの保護を受けて栄え、五山の僧そうは、外交や貿易の方面で幕府を助けるとともに、中国の学問や芸術を伝える役わりを果たした。[令和版]*該当箇所なし。「蓮如上人像」西本願寺蔵

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10特集昭和版では、鎌倉時代の新しい宗派が室町時代に拡大したことを伝えています。教科書にもあるように、本願寺第8代・蓮如上人(1415~1499)の時代に浄土真宗は大きく勢力を伸ばしました。蓮如上人は京都近辺だけでなくさまざまな地域を巡り、教えを記した手紙(『御ご文ぶん章しょう』)を数多く記して教えを広めました。それまでの本願寺は小さな勢力でしたが、蓮如上人によって一大勢力となったため「本願寺中ちゅう興こうの祖」と呼ばれます。また「五山」とは、鎌倉幕府や室町幕府に指定された臨済宗寺院で、鎌倉五山として建けん長ちょう寺じ、円えん覚がく寺じ、寿じゅ福ふく寺じ、浄じょう智ち寺じ、浄じょう妙みょう寺じが、京都五山として天てん竜りゅう寺じ、相しょう国こく寺じ、建けん仁にん寺じ、東とう福ふく寺じ、万まん寿じゅ寺じさらに別格として京都の南なん禅ぜん寺じがあります。室町時代は五山を中心に漢詩文が発達し「五山文学」と呼ばれます。禅僧が漢詩文にすぐれていたことから、外交や貿易(当時の外交は中国との交流が主でした)でも重用されました。令和版には該当箇所がありません。つまり、蓮如上人の名前が出てきません。踏ふみ絵え?絵え踏ふみ?[昭和版]幕府(江戸幕府)は、信者(引用者注:キリスト教徒のこと)を発見するために、踏ふみ絵えを行った。また、宗しゅう門もん人にん別べつ改あらため帳ちょうをつくらせ、キリスト教の信者でないことを寺に証明させた。これを寺てら請うけ制せい度どという。これによって、人々はかならず寺の檀だん家かとなり、寺の証明がなければ、葬そう式しきはもとより、移転や結けっ婚こんもできなくなった。[令和版]幕府は、かくれているキリスト教信者を発見するために絵え踏ふみを行いました。また、宗しゅう門もん改あらためを行い、人々が仏教徒であることを寺に証明させ、葬そう式しきも寺で行われるようになりました。戦国時代、日本にキリスト教が伝わりました。信者が増えていきましたが、江戸時代になるとキリスト教が禁止されました。そこで、キリスト教徒でない証明として、各人の宗しゅう旨しを寺院に登録させるようにしました。これが「宗門改」です。そのための台帳が「宗門人別改帳」です。これは戸籍に相当する役割を果たしました。それまでは、家族内で宗旨や檀だん那な寺でらが異なる(例:夫が浄土真宗で妻が禅宗)場合がありました。しかし、これらの政策によって寺院と檀家の関係が制度化され、宗旨は家単位となりました。さらに、寺院と檀家の関係において、葬儀や年回法要の比重が高まりました。この他、キリスト教信者を摘発するために信仰対象を足で踏ませることが行われました。これを昭和版では「踏絵」と呼んでいますが、令和版では「絵

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11特集踏」となっています。正確に言うと、踏むための絵が「踏絵」、それを踏む(踏ませる)行為が「絵踏」です(ただし現在の学者の著書でも、行為を「踏絵」と書いている場合があります)。なお「江戸幕府が行った」と書くと全国的だったように見えますが、実際に行われたのは長崎など九州の一部地域です。禁止以前はこれらの地域に信者が多かったためです。踏絵は幕府の長崎奉ぶ行ぎょう所しょが管理し、それを必要に応じて貸し出していました。中には、「直接その姿を見ることができるから」と、あえて長崎に用事を作って出向き、踏絵を踏んできた信者がいたという話が伝わっています。江戸後期、寺社参詣でにぎわう[昭和版]文化・文政のころには、さまざまな行事やしきたりができあがった。盆ぼんや彼ひ岸がんの行事、縁えん日にちや祭りが、花見や夏の花火とともに、年中行事として楽しまれた。交通の発達とともに、遊ゆ山さんをかねた寺社参さん詣けいも容よう易いになり、講こう中じゅうをつくって、伊い勢せ詣もうでや、西さい国ごく巡じゅん礼れいなどに出る人々も多くなった。[令和版]街道には橋や一いち里り塚づか、宿しゅく場ばが整備され(中略)寺社の周辺にある門もん前ぜん町まちも参さん詣けい人にんでにぎわいました。江戸時代の寺院は、檀家だけに頼っていたのではありません。将軍や歌か舞ぶ伎き役者などの有名人が参拝したことで話題作りをしたり、境内に芝しば居い小屋や寄よ席せを開くなど、参詣者を増やすためにさまざまな工夫を行っていました。すると、多くの人出を見込んで門前に店が開かれ、有名寺院の門前はにぎわいました。さらに檀家とは別に、個人的に加入するグループである「講こう」が作られました。現在でも多くの参拝者でにぎわう寺院は多いですが、それは江戸時代の工夫があってのことです。明治初期の仏教は?[昭和版]明治の初め、政府は神しん道とうを国の宗教とする方針をとり、神社には国家の保護をあたえることにした。キリスト教に対しては、政府は、はじめこれを禁止したが、外国からの反対にあって、黙もく認にんするようになった。[令和版]キリスト教の信しん仰こうも事実上黙もく認にんされて、次第に広まっていきました。[令和版・欄外注]それまでの日本では、神道と仏教とが混ざり合っていました(神しん仏ぶつ習しゅう合ごう)。しかし、1868年に神仏分ぶん離り令れいが出され、仏教を排はい除じょする運動が起こりました。さらに、明めい治じ政府は神道を国の宗教にしようとしますが、失敗しました。

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12特集昭和版、令和版ともに、キリスト教が解禁されたことを述べています。昭和版では、明治初期の仏教の動向について書かれていません。令和版では江戸時代までの神仏習合から神仏分離に転換したことや、仏教の排斥(廃はい仏ぶつ毀き釈しゃく)が起こったことに触れています。なお、明治政府が廃仏毀釈を命じたように思われることがありますが、実際は異なります。明治政府が神道を優遇したことと、神道と仏教の分離を命じたことは確かです。そのころ、神道の急進派と言える人々が各地にいました。そのような人々が神仏分離令を利用して仏教を排斥しようとしたのが実態です。****ある程度の年代以上の方なら「江戸時代は士農工商という身分制度があった」と習ったはずです。しかし、今は違います。江戸時代の身分制度について、教科書ではこのように説明されています。[昭和版]秀吉の検地と刀狩とによって定められた身分制度は、江戸幕府によって確立され、身分のちがいがこの時代の人人の生活をきびしくしばっていた。身分は、武士(士)と百姓(農)と町人(工・商)に分けられ、さらにえたやひにんとよばれる低い身分も置かれた。(中略)女子の地位は低く、また、妻は夫に絶対に服従しなければならないと教えられた。(中略)士・農・工・商というように、農民を武士につぐ身分とみる考えがあった。[昭和版・欄外注]えたやひにんに対し、幕府や藩はとくに居住の地域や職業などを制限して、百姓や町人から差別し、さまざまの束そく縛ばくを加えた。このような差別政策は、百姓や町人にも、自分より下層の者があると考えさせ、その不満をそらすのに役立った。[令和版]豊とよ臣とみ秀ひで吉よしの時代に形作られた身分は、江え戸ど時代になるとさらに整えられました。身分は、武士と町人、百ひゃく姓しょうとに大きく分かれ、江戸や大名の城下町には、武士と町人が集められました。(中略)百姓は、全人口の約85%をしめ、村に住んで自給自足に近い生活をしました。(中略)百姓や町人などの身分とは別に、えた身分やひにん身分の人々がいました。(中略)彼らは、ほかの身分の人々から厳しく差別され、村の運営や祭りにも参加できませんでした。幕府や藩は、彼らの住む場所や職業を制限し、服装などの規制を行いました。そのため、彼らに対する差別意識が強まりました。浅草神社は神仏分離により浅草寺と分かれた江戸時代は士し農のう工こう商しょうではないコラム

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13特集世間では「若いときにもっと勉強しておけば良かった……」と言われることがよくあります。この言葉は、「勉強とは若いときのものだ」という先入観の現れです。実は国際的に見て、日本では社会人の学習時間が少なく、先進国で最下位です(※)。端的に言えば、日本は「大人が勉強しない国」です。歴史に限らず他の分野でも、研究が進むことで「正しい」内容が変化することがあります。最初に習ったことは印象に残りやすいものですが、それは「その時点での正解」であって、「今でも正解」とは限りません。正解もまた、諸しょ行ぎょう無む常じょうです。習った内容を書き換えられる余地を残しておきたいものです。浄土真宗本願寺派「僧侶の心こころ得え」の一節に「終しゅう身しん僧侶の本分を守り、勉学布教を怠おこたらないこと」とあります。勉強は若いときだけでなく、一生のものです。【参考文献】・安藤優一郎著『大江戸お寺繁昌記』(平凡社)・石田瑞麿著『日本仏教史』(岩波書店)・伊藤正敏著『寺社勢力の中世-無縁・有縁・移民-』(筑摩書房)・大橋幸泰著『潜伏キリシタン江戸時代の禁教政策と民衆』(講談社)・梯信曉著『インド・中国・朝鮮・日本浄土教思想史』(法蔵館)・神田千里著『宗教で読む戦国時代』(講談社)・斎藤洋一・大石慎三郎著『身分差別社会の真実』(講談社)・ジェームス・E・ケテラー著、岡田正彦訳『邪教/殉教の明治』(ぺりかん社)・鈴木一夫著『大江戸寺社繁昌記』(中央公論新社)・平雅行著『鎌倉仏教の中世』(法蔵館)・原田正俊著「室町文化と仏教」(末木文美士編集委員、佼成出版社『新アジア仏教史12日本Ⅱ躍動する中世仏教』所収)・仏教史学会編『仏教史研究ハンドブック』(法蔵館)・本願寺史料研究所編纂『増補改訂本願寺史』第1巻・第2巻(本願寺出版社)・松尾剛次著「近世の仏教再考(2)キリシタン禁制と宗門改・寺請制度」(大法輪閣『大法輪』2013年7月号所収)・安丸良夫著『神々の明治維新-神仏分離と廃仏毀釈-』(岩波書店)[令和版・欄外注]江え戸ど時代の寺てら子こ屋やで教科書として広く使われた「女おんな大だい学がく」には、女性の務めとして、結けっ婚こんしたら夫やその親に従うことなどが教訓として書かれていました。女性は子を産み、家を守ることだけが期待されていたのです。こうした教えはありましたが、実際には、農村では女性は重要な働き手で、都市でも、武家屋や敷しきや商家に勤め、自立する女性もいました。[令和版・欄外注]雪せっ駄た作り人気のはき物だった雪駄は、材料に牛や馬の革かわが使われ、主に、差別された人たちによって作られていました。昭和版では、農民が町人(職人や商人)より上の身分であったように書かれています。しかし現在では、農民と町人に上下は設定されていなかったことがわかっています。江戸時代、農民を町人より優遇する制度はありませんでした。それに、農民が町人に対して威い張ばったり、町人が農民にペコペコしていた様子もありません。「士農工商」とは江戸時代には「すべての人々」の意味であって、身分を表す用語ではないことが明らかとなったため、身分制度の説明では使われなくなりました。また令和版では、部落差別や女性差別について、これらの人々が差別されていた一方で、社会を支える一員であったことが述べられています。※パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/global-2022/

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14眠れない夜に効く、仏さまの話対話を通して、お互いの理解を深め合う10年以上前のことになりますが、お寺で仏教をテーマにワークショップをさせて欲しいとの申し出をいただき、お寺で開催したことがありました。その催しで興味深かったのは、参加者が「ダイアローグ(対話)」する時間が設けられていたこと。そのときは、たしか「無我」というテーマに沿って、3人のグループになって話し合ってもらい、しばらくしたらメンバーを入れ替え、また話を続けてもらうというものでした。浄土真宗本願寺派でも、これまで「話し合い法座」という取り組みを50年間続けてきました。従来の法座は僧侶が一方的に法話をお話しすることが大半でした。しかし、「話し合い法座」では、聞いてくださる方々の気づきを大事にするため、法話終了後にそのテーマに沿って、7、8人のグループでそれぞれの想いを話し合い、聞き合い、お互い理解を深めあうことを重要視したのです。この法座のあり方は、本願寺第8代宗主蓮如上人がおっしゃった「四、五人の衆、寄り合い談合せよ。必ず、五人は五人ながら、意巧にきく物なり。能く能く談合すべき」というお言葉を取り入れたものです。ちなみに、ここで言う「談合」は、悪い意味ではなく、談じ合うこと。お互いが思ったままのことを口に出して、語り合うということです。仏法を一方的に聴くと、独りよがりになるので、聴いたことをみんなで話し合うことが大事ですよというおすすめでした。精神医学でも注目される「対話」の重要性さて、先述のワークショップでは、この取り組みを「ダイアローグ」と呼び、より人数を減らした3人で行いました。私は初めて体験したのですが、より会対話(ダイアローグ)のすすめ仏教徒ではなくても、眠る前に仏教に触れて、心を落ち着かせてから眠る。そんな人々を「ナイトスタンド・ブディスト」と呼びますが、近年、このような習慣を持つ人が増えています。モヤモヤを抱えて眠れない夜に、仏さまのお話をお届けします。

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15眠れない夜に効く、仏さまの話話に近いような感じで気楽に話ができたように思います。何か結論を求められて導かれるのではなく、自分の思ったことを率直にお互いに話し合い、思考を深めていくことができたのです。ダイアローグとは「対話」を意味します。アメリカの物理学者デビット・ボーム(1917年-1992年)の定義によれば、「考えをはっきりと述べつつも、自分の主張や立場に固執することなく、互いの言わんとする意味を深く探求する会話」のことで、その目的は「相互の思考プロセスに深く入り込み、思考のプロセスを変えていくこと」だそうです。(*1)また、ダイアローグが、自由な雰囲気で行われる真剣な話し合いであって、相手の意見を尊重しつつ、自分の意見との違いを認識して相互理解を深めることを目的としています。つまり、相手を説得するわけでもなく、独りよがりになるのでもなく、ということなのでしょうか。その重要性に注目され、近年は企業の会議の場などに取り入れているそうです。さらに、フィンランドの医療現場で取り入れられるようになった「オープン・ダイアローグ」という治療的介入の手法も注目されています。これは日本語訳では「開かれた対話」という意味。にわか知識でしかありませんが、相手を批判しないでとにかく対話をするという決まり事を設けるというもの。統合失調症、うつ病、引きこもりなどに有効とされているそうです。「ダイアローグ」や「オープン・ダイアローグ」が提唱するとても大事な部分は、「対話」の存在が、会社や組織、あるいは医療現場で取り入れられていくのみならず、私たちの身の回りの環境のなかで求められているという点です。人はそれぞれ、意見が違っていたり理解が異なっていたり、考え方や価値観の不一致があります。「対話」を通して互いの思考プロセスに注意を払い、他者を理解すると同時に、自分自身の理解を深めていく。そうすれば、お互いの理解が深まる上に相手との共通の理解を見いだすことができるのではと思うからです。家族や友人知人といった身近な環境の中でこそ、大事にしたいことのように思います。宮本義宣(みやもと・ぎせん)1962年川崎市生まれ。髙願寺住職。ご縁のあるお寺やご門徒さん方が生産する全国の「よいもの」を扱う「髙願寺お取り寄せ市場」をはじめ、生活にお寺を取り入れた豊かな暮らしをめざし、活動中。*1デヴィッド・ボーム『ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話への定義』

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ちょっと、聞いてよ16ちょっと、聞いてよA1どちらの道でも後悔はあるいわゆる「家庭」を持たないまま生きて来た女性の友人が、このまま子どもを産まない人生になるかもしれないことを後悔しない、と40歳になった時に決心したと言っていました。この選択は、簡単なことではありません。決心しても、どこかで後悔し、哀しさに襲われることは出てくるもの。ただ、自分の選択に納得するためにも決心は必要だったのだと思います。女性にとって30代後半から40代と言うのは、子どもを産みたい人人の数だけ、悩みは尽きぬもの。皆さまから寄せられた悩みに、お坊さんや仏教関係者たちが答えます。Q恋人に「結婚はできない」と言われ、悲しいです。私は30代後半で結婚願望もあるので、未来のない相手とは離れるべきと思いつつ、彼以外に気になる人もいません。気持ちが離れるまで交際を続けるべきか、別れるべきか。アドバイスをください。(30代・女性)にとってはとても不安な時です。ご質問をくださった方の結婚願望には、子どもを産み「家庭を持つ」ことが含まれているのでしょうか。もしそうであれば、今の恋人とは別れて別の方を探す方が可能性は広がると思います。現在は他に気になる人がいないということですが、現れるときは現れるものです。それは前の人を忘れたり嫌いにならなくても起きうること。現在の恋人とこのまま一緒にいるのか別れるのか。たぶんどちらの道を歩んでも、いずれ後悔する瞬間は来ると思います。その人を好きなら尚更です。(編集委員・亀井鴨)今月のお悩み

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17ちょっと、聞いてよ同コーナー上でお坊さんに聞いてみたい相談がある方は、年代、性別を併記の上、築地本願寺新報社「ちょっと、聞いてよ」係(〒104–8435東京都中央区築地3–15–1)まで、お悩みをお送りください。お悩み募集中!A2自分の気持ちを伝えてみて辛い、悲しいという気持ちわかります。私の義理の弟はもう定年間際ですが、結婚という形を選択しないでパートナーと三十年近く生活しています。結婚という形を取らない選択もあると思いますが、なぜ彼は「結婚できない」と言ったのか、折をみて話し合ってみることも必要だと思います。彼にはそれなりの事情かあるかもしれません。たとえばそれが収入のことなら二人で乗り越えられると思いA3対話を通じて次の一歩をそうですか。辛かったですね。将来を考えていたからこそ、その言葉は深く刺さったことでしょう。一方、別れを惜しむ気持ちも残る曖昧な状態なのですね。ひと言で全てが決まるわけではないと思うんですよ。私自身、妻と「言ったよね」「言ったっけ?」とよくもめます。状況や気持ちの余裕によって、同じ言葉でも重さが変わることはよくあるし、察すます。私の感覚では結婚には勢いやきっかけが必要だと思います。私の頃は男女共に結婚適齢期という時代感覚がありました。今はそういう感覚は共有されていませんが、30代後半となったあなたは強く感じているのだと思います。そのあなたの気持ちを彼に伝えてみてはいかがでしょうか?そこで彼が距離を置くようになるなら、新たなパートナーと出会う旅に出るのもいいと思います。(編集委員・酒井淳昭)るのは思いのほか難しいという実感があります。また恋人も今の関係が安定しているからこそ、変わることが想像できない、そんな可能性もあると思います。だからもう一度きちんと話し合ってほしいです。手紙のように形で示す方法もあります。悩みが増すかもしれませんが、その過程を経ることで整理され、次の一歩が自然と見えてくるように思います。(常教寺住職・藤本真教)↑悩み相談はこちらのQRコードからも受け付けています

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18法話見返りを求めない浄土真宗は、阿弥陀さまが私をお救いくださるご宗旨です。阿弥陀さまは今、「南無阿弥陀仏」の名となって私のいのちに入り満ち、この口から「南無阿弥陀仏」のお念仏となってこぼれ出てくださいます。阿弥陀さまは、私たちに何の条件も出されません。見返りも求めません。一方で私たちは、「取り引き」や「見返り」の世界で生きています。「私が何をすれば、阿弥陀さまは私をお救いくださるのか」と考えます。しかし、そこに答えはありません。なぜなら阿弥陀さまは「お慈悲」の仏さまだからです。浄土真宗は「自分が何をするのか」ではなく、「阿弥陀さまがどうお考えか、何をしてくださるのか」を聞かせていただくみ教えなのです。このお慈悲を、お念仏の先輩方は母親の愛情に喩えてきました。もちろん母親の愛情と阿弥陀さまのお慈悲は同じではありません。しかし人間関係で語るなら、母親が幼き我が子を見つめる視線しか、慈悲の身近に表す喩えがないのです。私は以前、西本願寺の伝道院に勤めておりました。伝道院とは法話を学ぶ学校です。若いお坊さんは人生経験が浅く、法話原稿の作成に苦戦する生徒も少なくありません。そんなとき、私はこのようにアドバイスしていました。「阿弥陀さまのお心を喩えるなら、幼い子どもを見ている母親の目線です。母親は、子どもが急に体調を崩したら、夜中であっても病院へ走り、『先生、この子を診てください』と頼むでしょう。どの家庭にも必ず似たような経験はあるはずですから、お母さんに電話をして、聞いた話を法話の喩えにしたらどうですか」お慈悲の仏さま本願寺派布教使安方哲爾法話

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19法話すると、ある生徒がこのような法話をしてくれました。あなたのためだったら私は今、このように元気です。しかし、生まれてくるときは大変だったと母から聞きました。出産の一か月前、流産する寸前だったそうで、「すぐ入院してください。少しでも動いたら危ないですよ」と、お医者さんに言われたようです。それから一か月間、母は歯を食いしばって耐えてくれました。毎日、毎日、おなかを支え、「大丈夫よ、大丈夫よ。お母ちゃんがいのちに代えてもあなたを産んであげるからね」と頑張り抜いてくれたそうです。「この子のために、この子のために」と。そしてついに出産のときです。私が生まれてから泣くまでの数秒間を、母はとても長く感じたそうです。無事に「オギャー」と泣いた私を、母はお腹の上に乗せると、涙をポロポロ流して、「私がお母ちゃんよ。ようこそ、ようこそ、私のもとに生まれて来てくれてありがとう。あなたのためだったら、いのちを投げ出してもいいよ」と言ったそうです。私が生まれた背景には、そのような母の苦労があったのでした。このような親心にも喩えられるのが阿弥陀さまのお心です。あくまでも喩えですが、母の愛情から察するに、仏さまが「いい子だけを育て、悪い子は捨てる」という考え方をなさるはずがありません。この私のいのちを、仏さまはご自身のいのちと等しくご覧くださっています。この心こそが阿弥陀さまのお慈悲です。その仏さまが今、私の口から「南無阿弥陀仏」とこぼれ出てくださる。「あなたを救う仏がいるよ」という仏さまの声をお念仏で聞かせてもらうのが、浄土真宗のご法義です。安方哲爾(やすかた・てつじ)大阪教区南郡組正満寺(大阪府貝塚市)。本願寺派布教使。本願寺派輔教。勧学寮部長、布教使課程専任講師を歴任。著書『大きな字で読みやすい浄土真宗やわらか法話3』(本願寺出版社)。4月30日(木曜日)~5月3日(日曜日・祝日)に築地本願寺聞法ホールで開催する「仏さまの教え(常例布教)」に出講予定。

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20あっち、こっち、どっち?コーヒーチェーンの紙のカップを持ちながら歩いている人を、よく見かけます。お店でテイクアウトした飲み物を、たまに口に運びながら歩いているのは、主に三十代以下の人々と見受けられる。コーヒーは座ってゆっくり飲みたいものだ。……などと思う私は、コーヒーを飲みながら歩いたりしたら即座につまずいて、地面にぶちまけそうな気がしてなりません。コーヒーのカップを持って歩いている人はたいてい早足で、仕事ができそうに見えます。本人も、「コーヒーを持って歩いている自分、ちょっとイケてる」と思っていそうな感じ。コーヒーは、一種のアクセサリーのようにも思えます。その時、手に持っているのが缶コーヒーやペットボトルのお茶では、イケてる感は醸し出されないのでしょう。テイクアウトのコーヒーでも、コンビニのそれや日本のチェーン店のものでは、ダメ。外資系コーヒーチェーンの、大きめのカップが好まれるようです。そんな姿を見ていると、欧米へ憧れる気持ちはまだ強いのだなぁ、と思う私。オフィスにコーヒーサーバーが用意されていたとしても、若者はコーヒーを片手にオフィス街を歩くために、外でコーヒーを買うのです。持っているとさまになる小道具という意味では、昔はタバコがその役割を果たしていました。昭和の小説家の写真を見ると、しばしばタバコを片手に、紫煙をくゆらせているもの。歩きタバコをしている人も、街のあちこちにいました。しかし時代は変化し、今や喫煙は、限られた場でしか許されない酒井順子「タバコ」と「コーヒー」第73回あっち、こっち、どっち?

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21あっち、こっち、どっち?行為に。歩きタバコなどしている人は、すっかり見なくなりました。人前でタバコを吸う人が減った代わりに増えたのが、人前でコーヒーを飲む人なのではないでしょうか。ちょっと口寂しい時に、コーヒー。手持ち無沙汰の時も、コーヒー。特に飲みたくなくても、ただカップを持っていたい人もいそうです。カップには、飲み口がついたブラスティックの蓋がついています。あの蓋があるからこそ、ホットコーヒーでも歩きながら飲むことが可能なわけですが、その昔、日本にはあの手の蓋はありませんでした。思い返せば三十数年前にシアトルに行った時、私は初めて飲み口つきの蓋に出会いました。シアトルと言えば、某有名コーヒーチェーン発祥の地。「この蓋、便利!」と強く思ったことを覚えています。シアトルの人達がコーヒーチェーンのテイクアウト用カップを片手に、コーヒーを飲みながら歩く姿も、新鮮でした。「なんか、格好いい」と思って、思わず真似をしたものです。ほどなくして、そのチェーンは日本にも参入。飲み口つきの蓋は、やがて日本のコーヒーチェーンでも採用されるようになり、〝歩きコーヒー〟が広まっていったのです。歩きタバコは、煙や吸い殻で他人に迷惑をかけますが、歩きコーヒーはその点でも大丈夫。同じ嗜好品でも、より健康志向の強いコーヒーが、タバコを駆逐した感があります。もっと前、ハンバーガーチェーンが日本に参入した時は、〝食べ歩き〟が新しい文化とされましたが、コーヒーチェーンは〝飲み歩き〟文化をもたらしました。今時の子どもたちは、左手にコーヒー、右手にスマホという姿に大人を感じ、「大きくなったら、コーヒーの飲み歩きをしたい」と思うのかもしれませんね。酒井順子(さかい・じゅんこ)エッセイスト。1966年東京生まれ。大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』がべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。近著に『ひのえうまに生まれて300年の呪いを解く』(新潮社)。

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お念仏は私の修行ではない『歎異抄』第8条には「念仏は行者のために、非行・非善なり」とあります。「南無阿弥陀仏、なまんだぶ」のお念仏は、それを称える私にとって、修行としての行でもなく、積み重ねる善でもないという意味です。このお言葉は、浄土真宗の行者は自力で修行を積み重ねて仏になるのではなく、阿弥陀如来の本願力(他力)によって浄土に往生して仏となり、さとりを得ていくことを意味します。阿弥陀さまは、長い修行によって完成された功徳のすべてを、南無阿弥陀仏の名号となって私たちに施してくださいました。阿弥陀さまの修行の善も徳も、すべて南無阿弥陀仏の中に成就しているのです。だからこそお念仏は、私にとっては「非行・非善」なのです。ここでいう「はからい」は英訳では”one’sowndesigns”や”one’sowncalculation”と表現されています。これは、自分の考えや努力によって仏道を成し遂げようとする自力の心を意味します。私たちは日々、「こうすればうまくいくはずだ」「これだけ努力すれば報われるはずだ」と考えながら生きています。試行錯誤(trialanderror)を重ねながら改善をめざし、振り返りと修正を繰り返して前に進もうとします。しかし南無阿弥陀仏のお念仏は、そのような自分のはからいの中で成り立つものではありません。阿弥陀さまの願いと修行のすべてが成就した名号・南無阿弥陀仏として、私たちに施されているからです。お念仏は、自分の力・修行ではなく、阿弥陀さまの本願力なのです。「あなたの信心・念仏となって、命終には浄土に生まれさせ仏にする」と誓われた本願力が南無阿弥陀仏のお念仏です。たんにしょう英語で歎異抄鎌倉時代の書物ながら、現代にも通じる教えが記された『歎異抄』。親鸞聖人のお言葉を収めたものですが、その内容はときに難解だと評されることも多いです。本連載では、全十八条の中からその一節を抜粋し、英語と日本語で解説します。英語版『歎異抄』に触れる事で、仏教・浄土真宗をよりさまざまな角度から見ることができ、新たな気づきが見つかるはずです。南條了瑛(なんじょう・りょうえい)龍谷大学大学院文学研究科博士後期課程修了、博士(文学)。専門は真宗学。現在、東京都中央区法重寺住職、武蔵野大学仏教文化研究所客員研究員、築地本願寺英語法座運営委員、東京仏教学院講師や複数の大学で非常勤講師をつとめている。本願寺派布教使、本願寺派輔教。英語で歎異抄22

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『歎異抄』第八条ARecordinLamentofDivergences,8Thenembutsu,foritspracticers,isnotapracticeoragoodact.Sinceitisnotperformedoutofone’sowndesigns,itisnotapractice.Sinceitisnotgooddonethroughone’sowncalculation,itisnotagoodact.BecauseitariseswhollyfromOtherPowerandisfreeofself-power,forthepracticer,itisnotapracticeoragoodact.Thuswerehiswords.(CollectedWorksofShinran,p.665)念仏は行者のために、非行・非善なり。わがはからひにて行ずるにあらざれば、非行といふ。わがはからひにてつくる善にもあらざれば、非善といふ。ひとへに他力にして、自力をはなれたるゆゑに、行者のためには、非行・非善なりと[云々]。(『註釈版聖典』836頁)念仏は、それを称えるものにとって、行でもなく善でもありません。念仏は、自分のはからいによって行うのではないから、行ではないというのです。また、自分のはからいによって努める善ではないから、善ではないというのです。念仏は、ただ阿弥陀仏の本願のはたらきなのであって、自力を離れているから、それを称えるものにとっては、行でもなく善でもないのです。このように聖人は仰せになりました。(『現代語版聖典〈歎異抄〉14頁』)今回の英単語practicers:行者※practice:行agoodact:善行outof〜:中から外へperformedoutofone’sowndesigns:自分のはからいで(中から)おこなわれる(外へ)one’sowncalculation:自分のはからいfreeof〜:〜が無い、離れている23英語で歎異抄

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24ぶってつ!第一回は築地駅。築地本願寺の最寄り駅です。出口の一つは築地本願寺の敷地内です。そもそも築地という地名は、本願寺から来ています。築地本願寺の前身は、江戸時代の初めに建てられた、西本願寺の江戸の別院です。当初は浅草近くにありましたが、1657(明めい暦れき3)年の「明暦の大たい火か」(振ふり袖そで火か事じ)で焼失した際、移転することになりました。移転先は海の上でしたが、大阪の佃門徒(現在の大阪市西淀川区・のちに現在の佃つくだ島じまに移住)の協力により埋め立てて土地を築き、そこに寺院を建てました。これが「築地」の地名の由来です。それが駅名になりました。車内では築地駅の案内の時「本願寺前」とアナウンスされます。築地駅が開業したのは1963(昭和38)年、日比谷線の人形町~東銀座間が開通した時です。ところで、日比谷線は東武スカイツリーライン(伊勢崎線)と直通運転しています。2020(令和2)年から恵比寿(または霞ヶ関)~久喜間に座席指定制列車「THライナー」が運行されていて、各座席にコンセントやドリンクホルダーがついています。日比谷線を走りますが、築地駅には停車せず通過します。残念!なお日比谷線は、以前は東急東横線にも乗り入れていましたが、2013(平成25)年に中止されています。築つき地じ駅東京メトロ日比谷線多田修(ただ・おさむ)1972年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、龍谷大学大学院博士課程仏教学専攻単位取得。現在、浄土真宗本願寺派真光寺住職、東京仏教学院講師。鉄道には、お寺への参詣のために造られるなど、仏教と縁の深い駅や路線があります。そんな仏教的な鉄道を紹介していく連載「仏教と鉄道」略して「ぶってつ!」始まります。「ぶってつ」とは、鉄道に乗るのが好きな人を「乗り鉄」、撮影が好きな人を「撮り鉄」というのに倣ならった私の造語です。ぶってつ!~仏教と鉄道~BT01

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25仏教シネマ松本智量(まつもとちりょう)1960年、東京生まれ。龍谷大学文学部卒業。浄土真宗本願寺派延立寺前住職、本願寺派布教使。自死・自殺に向き合う僧侶の会事務局長。認定NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワーク理事長。松本智量の松本智量のようこそ、仏教シネマへようこそ、仏教シネマへWelcome,toaBuddhistmovie.「仏教と関わりがある映画」や「深読みすれば仏教的な動画」などを〝仏教シネマ〟と称して取り上げていくコラムです。気軽にお読みください。第121回かつてテレビCMでも活躍しながら、現在は仕事に恵まれないまま東京で暮らすアメリカ人俳優フィリップ。彼にある日、「レンタル・ファミリー」の仕事が依頼されます。「レンタル・ファミリー」とは、依頼者の事情に応じて生活のさまざまな場面で疑似的に家族役を務めるものです。フィリップは、自分は演じるのが仕事だが、現実の中で身分を偽って他人になるのは嘘になる、と激しく反発します。しかし渋々請け負った仕事の中で、嘘をどうしても必要とする人びとが多々あることを目の当たりにします。彼らに仕方なく嘘をつかせているのは社会の側ではないかとも思えます。次第にフィリップは、「演じる」ことへの意識を変えていき、やがて依頼者の思惑を超えて、関係者の実人生に深く関与さえしてしまいます。そしてそれは、「本当とは何か」を考える道程ともなりました。「本当」なるものは本当に存在するのかと。私たちは人生の中で、様々な立場を誰もが担っています。子、親、勤め人、退職者、師、学生、住民、隣人、生産者、消費者……。立ち位置が変われば呼ばれ方も変わります。仏教ではそれを「ご縁」といいます。どのご縁が本当かなどと問うこと自体がナンセンス。「本当」は沢山あるのです。なのに「唯一至高の本当」なるものを探していると、いろいろな大切なものを振り捨ててしまうことになりそうな。映画のラストで、フィリップは自分の「本当」と向き合います。そのときのフィリップの表情は映画館でご確認ください。「レンタル・ファミリー」HIKARI監督2025年アメリカ/日本共同製作

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ご縁を広げるご縁を広げる26ご縁を広げる京都の西本願寺を本山とする浄土真宗本願寺派では全国を30あまりの「教区」というブロックに分け、組織的に連絡業務などを行っています。北陸や中国地方、九州などには多くの本願寺派寺院がありますが、首都圏には面積の割には多くないのが実情です。必然的に、教区の業務を行う「教務所」も広い範囲を担当することになります。東京教区教務所が担当する「1都8県」というのは、関東地方の1都6県と、山梨県、静岡県。実に約4800万人の人口を抱えるこの地域にある、約470か寺のサポートと宗派の窓口や教区の業務を担っているのが、築地本願寺境内にある事務所です。けれども範囲が広いということは、その事務所だけで連絡が完結するわけではありません。東京教区では全24組そで毎年、教務所長が説明や意見交換を行う「移動教務所」を行っています。2月13日には東京都墨田区にある築地本願寺慈光院にて東組(都内東部のお寺21か寺の集まり)の移動教務所が行われました。東森尚人教務所長と組内寺院住職らによる意見交換のほか、組の研修会、懇親会も行われました。移動教務所の意義について東森教務所長は「宗派、築地本願寺、教区からの事務連絡だけでなく、意見や提案を対面で聞く大変貴重な場」と話します。ご縁を広げる土台が地道に作られています。「日本人のお寺離れ」が叫ばれて久しいですが、多くの人に仏法に親しんでもらいたいとさまざまな活動をする寺院などがあります。この欄では、浄土真宗本願寺派東京教区(1都8県)で行われている活発な活動を紹介します。第5回移動教務所移動教務所

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27今月のおすすめ本「宗教ってそもそも何?」と思ったときにまず手に取っていただきたい名著。その答えはすぐには提示されません。丁寧だけど、結構ややこしく、宗教の深さや楽しさや面白さを、達人2人が寄り道や雑談をしながら迷い笑う旅。でも旅って、さらには生きるって、こういうことですよね。「まるで宗教みたい」という言葉は世間でしばしば耳にします。「狂信的」「閉鎖的」「無批判的」などの悪口の文脈で使われるものですが、それに対し、浄土真宗僧侶にして当代一の比較宗教学者の釈徹宗さんは強い反発を表明します。そういうあなたがいう宗教っていったい何だと。宗教を単純に浅薄に見過ぎていませんかと。釈さんはご自身が宗教的才能に恵まれなかったとおっしゃいます。だからこそ宗教について考え続け、その一筋縄ではいかなさを痛感している釈さんが、ではあらためて宗教について多方面から掘り下げたいと指名した相手が、詩人で批評家でクリスチャンの若松英輔さん。若松さんはNHKの「こころの時代」や「100分de名著」などで、宗教が持つ多面的かつ重層的な輝きや深みを現代的な表現でお伝えくださっています。宗教の伝え方について、工夫も呻吟も絶望もしながら実践を重ねている最前線にいる釈さんと若松さんの往復書簡。いやもう、バチバチです。たぶん、あなたが求めていたことばがここにあります。それは「答え」ではありません。宝石のような輝く「問い」です。(文/編集委員・松本智量)インフォメーションセンター内のオフィシャルショップにて、期間限定でお取り扱いがあります。ぜひ、お手に取ってご覧ください。編集委員が選ぶ!今月のおすすめ本『宗教の本質』釈徹宗、若松英輔(講談社現代新書)

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築地本願寺アカデミー築地本願寺では、浄土真宗、仏教、そしてこころや教養をテーマとした多彩な講座『築地本願寺アカデミー』を4月より開催いたします!詳細は、下記QRコードよりご確認いただきますようお願いいたします新講座が4月よりスタート上半期の講座よりPickUp!仏教『正信偈』~浄土真宗の教え入門受講料無料こころいつか死ぬそれまで生きる受講料2000円/1回教養受講料建築で旅する日本2000円/1回(オンライン講座)5/14(木)・7/9(木)・9/10(木)14:00~15:304/7(火)14:00~15:30ほか月1回講師浄土真宗本願寺派本多靜芳先生東京仏教学院講師6/27(土)14:00~15:30講師詩人伊藤比呂美先生撮影:吉原洋一〈築地本願寺スペシャルツアー〉生きた建築を旅する9/22(火)15:00~16:30講師大阪公立大学教授倉方俊輔先生こころ教養教養がん患者5000人と対話した精神科医が考える「豊かな生き方」6/16(火)・9/15(火)15:00~16:30受講料2000円/1回心とからだ磨きの朗読教室@築地本願寺4/14(火)14:00~15:30ほか月1回受講料2000円/1回茶趣で味わう京都の夏(茶の湯の体験付き)7/21(火)14:00~15:30受講料2000円/1回講師清水研先生がん研有明病院腫瘍精神科部長講師寺田理恵子先生元フジテレビアナウンサー講師藪内紹智先生古儀茶道藪内流家元会場築地本願寺インフォメーションセンター多目的ルーム(〒104-0045東京都中央区築地3-15-1)詳細はこちら29お知らせ

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第一伝道会館ご法事、ご宴会、会食に日本料理「紫水」をご利用ください。ご人数様に合わせて個室もご用意いたします。スマートフォンでポイントがたまる(ポイントで割引になる)便利なアプリをご利用ください。お土産も各種取り揃えております。広告30

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35お知らせ築地本願寺の顔ともいえる、本堂屋根ヴォールト(銅板で覆われた、アーチ状の屋根)部分の工事(内部の耐震補強工事、外壁面の補修、銅板の張替)が完了し、およそ1年間ほど覆っていた足場が撤去され壮麗な姿を現しました。施工前は表面がざらざらとした吹付塗装仕上げ(防水工事)でしたが、今回は創建当時の壁面がきれいに見えるよう、透明な艶のあるつるっとした膜を塗り付けていますので、境内からでも、きれいになった外壁や彫刻部分がはっきりと見えます。外壁面でマーブル上に見えるのは、経年劣化で亀裂の入っていた部分を補修した跡で、過去に補修した跡も含まれています。現在(3月上旬)の工事状況は、本堂向かって右側の外壁に足場を組み補修工事を行っています。この外壁補修工事は順番に足場を組み替えて行っていきますので、現在の足場が取れると左右で工事前、工事後と見比べることができます。徐々に創建当時を想わせる姿となっていく築地本願寺をお楽しみください。〈本堂屋根ヴォールト部分の写真〉〈外壁吹付塗装を削っている様子〉本堂屋根ヴォールト修理完了温故知新

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「築地本願寺新報」協賛社※協賛社募集中(年間6万円)銀座クレストン〒104-0044東京都中央区明石町8番☎03-5550-5700株式会社松栄堂〒604-0857京都府京都市中京区烏丸通二条上ル東側☎075-212-5590ホテル京阪築地銀座グランデ〒104-0045東京都中央区築地3丁目5-4☎03-5565-1001ヴィアイン東銀座〒104-0045東京都中央区築地2-15-13☎03-3545-5489東京力車〒111-0034東京都台東区雷門1-8-1☎03-5830-8845株式会社弘電社〒104-0061東京都中央区銀座5-11-10☎03-3542-3660日本料理紫水〒104-0045東京都中央区築地3-15-1築地本願寺第一伝道会館内☎03-3544-0551株式会社若林仏具製作所築地店〒104-0045東京都中央区築地3-15-1築地本願寺第二伝道会館内☎03-3546-8228株式会社みずほ銀行〒104-0042東京都中央区入船3-2-10☎03-3541-6185株式会社三井住友銀行〒104-0061東京都中央区銀座10番1号GINZASIX7F☎03-3574-6734本願寺出版社〒600-8501京都市下京区堀川通花屋町下ル浄土真宗本願寺派宗務所☎075-371-4171株式会社浅野製版所〒104-0045東京都中央区築地3の11の2☎03-3541-3618三井ガーデンホテル銀座築地〒104-0045東京都中央区築地4-7-1☎03-5565-2731株式会社和光舎〒612-8081京都府京都市伏見区新町3丁目487☎075-612-7988浜屋株式会社〒670-0961兵庫県姫路市南畝町2-31☎079-288-2211株式会社川勝法衣店〒600-8344京都府京都市下京区花屋町通油小路東入☎075-371-0367株式会社龍保険事務所〒104-0061東京都中央区銀座1-16-7銀座大栄ビル5F521号室☎03-6228-7657株式会社プラ二〒600-8109京都府京都市下京区五条通西洞院西入平屋町420-3F☎0120-37-0243築地本願寺カフェTsumugi〒104-8435東京都中央区築地3-15-1カフェ区画☎03-5565-5681有限会社疋田MARUKA〒104-0061東京都中央区銀座5-5-1マツモトキヨシ銀座5THビル6F☎0120-89-7805東急ステイ築地〒104-0043東京都中央区銀座4-11-5☎03-5551-0109みずほ証券株式会社兜町支店〒103-0026東京都中央区日本橋兜町4-3みずほ銀行兜町支店5階☎03-5847-5140株式会社JTBロイヤルロード銀座〒104‐0061東京都中央区銀座4‐3‐1並木館3・4階ロイヤルロード銀座のホームページ→ご協賛ありがとうございます。お知らせ36

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37お知らせ築地本願寺布教所・専従員一覧あなたのそばの築地本願寺。ご葬儀・ご法要承ります。詳しくはこちらから埼玉県東京都神奈川県千葉県優しい笑顔でお迎えします。笑顔を忘れたら来てください。毎月法話会開催中!阿弥陀様が今ここに!寺子屋開催中!お茶のみますか。いれますよ。三郷布教所聞もん信しん寺じいるま布教所超ちょう法ほう寺じ町田布教所高こう源げん寺じ王子布教所横浜保土ケ谷布教所住じゅう蓮れん寺じ市原辰巳台布教所至し安あん寺じ大おお久く保ぼ悟さとる末すえ田だ雅まさ裕ひろ鳴なる海み昭しょう純じゅん大おお江え和かず正まさ猪いの口くち大だい悟ご川かわ上かみ真しん隆りゅう〒341-0044三郷市戸ケ崎3-522-3〒358-0046入間市南峯409-11〒195-0063町田市野津田町2534-20〒114-0002北区王子2-15-8MYSビル2階〒240-0044横浜市保土ケ谷区仏向町44-1〒290-0004市原市辰巳台西1-1-3☎048-951-1400☎04-2907-8813☎042-737-3236☎03-5944-6613☎045-335-5680☎0436-37-2353浄土真宗本願寺派では、2018年から重点プロジェクトの実践目標「〈貧困の克服に向けて~Dāna(ダーナ)for(フォー)World(ワールド)Peace(ピース)~〉-子どもたちを育むために-」を掲げて、平和実現のために国内外の貧困の克服に取り組んでいます。特に、子どもの貧困は社会的に弱い立場にある子ども自身ではどうすることもできない問題であり、さらに次世代へと連鎖していく傾向があるため、子どもに特化した取り組みを行っています。子どもたちの子どもたちの笑顔のために募金笑顔のために募金募金箱を設置しませんか。ご希望の方は、築地本願寺教化育成部(0120-792-048)までお問い合わせください。支援内容❶DānaforWorldPeace!-世界の子どもたちの笑顔を応援します-❷子どもたちの居場所づくりを応援します❸施設で暮らす子どもたちの笑顔を応援します

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「築地本願寺YouTube」で検索!仏さまの教え【YouTubeでも配信中】仏教の話(ご法話)を聞きましょう基本的な配信時間●金・土・日の10時30分〜11時40分●木・金・土・日の13時〜13時40分●木・金の19時〜19時40分※詳しくはHPをご確認ください4月2日(木)~5日(日)4月9日(木)~12日(日)4月16日(木)~19日(日)4月23日(木)~26日(日)4月30日(木)~5月3日(日)榮俊英師[島根県・西雲寺]熊原博文師[埼玉県・正善寺]窪田英俊師[島根県・願林寺]盛忍師[熊本県・浄行寺]安方哲爾師[大阪府・正満寺]元気を貰った心に残る言葉を通してご法縁をいただきます。阿弥陀さまがごいっしょです。仏法聴聞です。一人の人の味わいとして気楽に聞いて下さいませ。30年ぶりのご縁です。精一杯つとめさせて頂きます。浄土真宗の現世利益とは?※スケジュールや内容が変更、または中止になる可能性もございます。最新情報は築地本願寺ウェブサイトにてご確認ください。お寺で婚活始めませんか?築地の寺婚は、2025年7月に創立5周年を迎えました。これまで約100名の会員様が成婚され、うち3名が築地本願寺の本堂にて結婚式を挙げられました。築地の寺婚は、結婚というゴールだけを目標にするのではなく、人生の節目ごとに家族のように迎え、その人の人生に寄り添える「第三の実家」でありたいと願いながら日々取り組んでいます。婚活は、山あり谷あり。一歩踏み出した皆様をサポートします。面談のご予約は、右記QRコードより受け付けております。仏さまの教え38

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PLAZA結婚式奉告参拝2026/2/28吉田宇志さん尾崎沙羅さん2026/3/8岡野寛人さん渡邉紫さん2026/3/16浦田拳一さん西村梨沙さん2026/3/14EDOALLUNITEDさま初参式団体参拝2026/2/25大阪教区25組坊守会(真宗大谷派)さま2026/2/26本行寺第二伊興幼稚園さま2026/3/9北陸高等学校男子バスケットボール部さま2026/2/22堂前柚月ちゃん2026/3/7森田悠誠ちゃん2026/3/7俵大晟ちゃん2026/3/12新潟教区与板組門徒推進員連絡協議会さま39プラザ

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40スケジュール1水和永代経法要(14時~)講師:榮俊英師[島根県・西雲寺]2木佃はなまつりアフタヌーンティー(公財)煎茶道方円流「築地の寺婚」婚活カウンセラーによるご縁と恋の相談室(個別相談)(13時30分~15時50分)3金佃はなまつりアフタヌーンティー(公財)煎茶道方円流折り紙教室(13時30分~15時50分)4土築善如上人御祥月日中法要(9時30分~)佃はなまつりアフタヌーンティー(公財)煎茶道方円流(13時30分~15時50分)5日和はなまつり・灌仏会(14時)6月築テンプルモーニング(晨朝終了後~)11土築はなまつり(10時~)12日東灌仏会(13時~)講師:稲木義成師[栃木県・観専寺]15水築立教開宗記念法要(9時30分~)親鸞聖人御命日逮夜法要(14時~)4月行事イベント予定築地本願寺仏教婦人会年会費:5、000円私たちは念仏生活に勤しみ、友の輪を広げております。総会:18日(土)14時30分~15時30分(予定)場所:講堂講師:渡邉成海師[東京都・當光寺]※総会開催のため、ご法話の開始時間が前後することがございます。※非会員の方は受付にて1、000円お納めください。築地本願寺合唱団楽友会仏教讃歌を一緒に歌いましょう。昼の練習:13時〜15時夜の練習:18時〜20時日程については、HPをご確認ください。築地本願寺仏教壮年会年会費:5、000円主に浄土真宗の教えを聴く会です。どなたでもお入りいただけます。講話会①:4日(土)14時~15時30分場所:講堂講師:横内教順師[東京都・称名寺]講題:生活の中の仏教築地本願寺スカウトボーイスカウト東京中央第10団ガールスカウト東京都第155団対象:年長~高校生集会日:日曜日(月に1~2回)会場:築地本願寺他☆リーダー募集中問い合わせ[教化育成部]☎03-3541-1131和田堀分院仏教婦人会年会費:3、000円行事の時にはお寺のお手伝いをしたり、毎月の常例布教に参加しています。その後は茶話会をして楽しんでいます。お気軽に毎月1日・15日の逮夜法要にお越しください。各種団体和田堀分院築地本願寺

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41スケジュール15水和親鸞聖人御命日逮夜法要(14時~)講師:横内教順師[東京都・稱名寺]16木築親鸞聖人御命日日中法要(9時30分~)引き続き御命日法話講師:山崎龍明師[東京都・法善寺]引き続き帰敬式和親鸞聖人御命日日中法要(9時30分~)講師:和田堀分院職員あ親鸞聖人御命日日中法要(13時~)講師:あきる野分院職員慈親鸞聖人御命日法要(13時~)講師:佐々木了俊師[東京都・明西寺]佃お勤め練習(13時40分~)親鸞聖人御命日法要(14時~)講師:佃島分院職員17金佃築地本願寺合唱団楽友会ミニライブ(15時30分~15時50分)24金築パイプオルガンランチタイムコンサート(12時10分~)出演:板垣敬子氏(オルガン)25土慈土曜法座(17時~)築英語法座(17時30分~)講師:山本浩真師[神奈川県・妙延寺]講題:私が仕上がる仏陀とは場所:聞法ホール和田堀分院スカウトボーイスカウトあすなろ地区杉並第2団対象:小学1年生~中学3年生集会日:月2回程予定会場:和田堀分院他体験だけでも是非ご参加ください。未経験の方も大募集中。問い合わせ☎03-3323-0321東京ビハーラ「がん患者・家族語らいの会」日時:4月25日(土)14時〜16時30分会場:築地本願寺第一伝道会館2階「東京仏教学院本科室」講師:樋口強氏[いのちの落語家・患者]講題:「落語と歩んだがん治療後の人生『見えなくなって見えてきたものがある』」ご参加申込:ご参加の方は、直接会場へお越しください。会費:500円(非会員)問い合わせ:浄土真宗東京ビハーラ平日14時~17時TEL&FAX:03-5565-3418築築地本願寺晨朝勤行:7時/日没勤行:16時中央区築地3-15-1☎0120-792-048慈慈光院晨朝勤行:7時/日没勤行:16時墨田区横網1-7-2☎03-3622-3011和和田堀分院晨朝勤行:7時/日没勤行:16時杉並区永福1-8-1☎03-3323-0321東東久留米分院晨朝勤行:7時/日没勤行:16時東久留米市柳窪5-8-30☎042-474-6787ああきる野分院晨朝勤行:7時/日没勤行:16時あきる野市菅生657-1☎042-532-3153佃佃島分院晨朝勤行:なし/日没勤行:16時中央区月島1-2-9築地本願寺佃ビル2階☎03-3536-7800※スケジュールや内容が変更、または中止になる可能性もございます。最新情報は築地本願寺ウェブサイトにてご確認ください。

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42スケジュール・編集後記編集後記4月の新年度を迎えるにあたり、2月と3月は多くの会議が開催された。特に事業計画や予算案など年間の取り組みを決める重要な会議が連続した。以前同僚が「決まらない会議は止めましょう」と発言したことがあった。決まらなければ「会議」ではなく「打合せ」だとの趣旨だった。「会議」の言葉を調べると、『史記』にある漢語で「会して議する」の意味であった。日本で使われ始めたのは1868年・明治元年に『五箇条の御誓文』で「広ク会議ヲ興シ万機公論二決スベシ」から。重要なことは限られた人でなく公正な世論や会議で議論し決定するということだった。ちなみに「打合せ」の語源も調べると、雅楽が由来。打楽器だけあらかじめ集まり、リズムを合わせたことから。何かを成功させるために前もって集まって意見を合わせることが打合わせになった。ともに大切なことであるが、そもそも打合せや会議によって何を成し遂げるかがさらに重要だ。新年度も精一杯、成し遂げることができるよう精進を重ねたい。(編集長・東森)お釈迦さまが生まれてすぐ七歩あゆまれたとする仏伝は、六道の迷いを超えるお方が誕生されたことを象徴しているとよく言われますが、どうやら生まれnextmonth1金和永代経法要(14時~)講師:鈴木昭海師[東京都・慈船寺]9土築第2回築地本願寺こども将棋大会13水築蓮如上人御祥月逮夜法要(中宗会)(14時~)14木築蓮如上人御祥月日中法要(中宗会)(9時30分~)15金築親鸞聖人御命日逮夜法要(14時~)和親鸞聖人御命日逮夜法要(14時~)講師:熊原博文師[埼玉県・正善寺]16土築親鸞聖人御命日日中法要(9時30分~)引き続き御命日法話講師:村上弘樹師[神奈川県・自然寺]和親鸞聖人御命日日中法要(9時30分~)講師:和田堀分院職員慈親鸞聖人御命日法要(13時~)佃お勤め練習(13時40分~)親鸞聖人ご命日法要(14時~)講師:佃島分院職員17日東宗祖降誕会(10時~)講師:小野島良顕師[東京都・稱福寺]18月築仏具おみがき(9時~)20水和仏具おみがき(9時30分~)21木築宗祖降誕会(帰敬式:15時30分頃~)22金佃築地本願寺合唱団楽友会ミニライブ(15時30分~15時50分)23土慈宗祖降誕会(13時30分~)24日和宗祖降誕会(10時~)講師:野田茜師[大阪府・専稱寺]29金築パイプオルガンランチタイムコンサート(12時10分~)出演:安藤常光氏(声楽)・中野ひかり氏(オルガン)築地本願寺合唱団楽友会・コーアリヒト(合唱団)30土あ宗祖降誕会(13時~)築英語法座(17時30分~)講師:ケネス田中師[武蔵野大学名誉教授]場所:聞法ホール31日佃宗祖降誕会(14時~)5月

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43編集後記築地本願寺は、京都の本願寺(西本願寺)を本山とする浄土真宗本願寺派の寺院です。1617年に江戸の浅草近くで創建されたのが始まりです。しかし1657年に「明暦の大火」で本堂が焼失します。その後、江戸幕府から再建の地として与えられた海上を埋め立てて、土地・を築・いたところに本堂を建立。それが「築地」という名称の由来になりました。東京帝国大学(現・東京大学)名誉教授で建築史家の伊東忠太博士が設計した本堂は、日本の仏教寺院には珍しいインド等アジアの古代仏教様式を採用したオリエンタルな外観が特徴です。日比谷線・築地駅に直結、大江戸線・築地市場駅から徒歩5分です。銀座へも徒歩で行ける場所にありますので、いつでもお参りにお越しください。浄土真宗本願寺派築地本願寺〒104-8435東京都中央区築地3-15-1問い合わせ:築地本願寺コンタクトセンター0120-792-048本堂参拝時間6:00〜16:00※日没勤行終了後、閉門。築地本願寺について浄土真宗本願寺派築地本願寺へのアクセス[東京メトロ]日比谷線築地駅出口1直結●有楽町線新富町出口4徒歩約5分[都営地下鉄]●浅草線東銀座駅出口5徒歩約5分●大江戸線築地市場駅出口A1徒歩5分たての乳児には自動歩行という反射行動があるそうで、教わらなくても歩く仕草をするそうです。ならば、生まれたばかりのお釈迦さまを侍女が抱き上げ、「王子さまはもう歩かれていますよ」とマーヤ夫人を元気づける場面があったのでは、などと想像したりしています。(白川)4月になりました。学校や職場など、新しい人を迎えるところが多いことでしょう。かつては、今で言うパワハラがまかり通っていて、若手に対して「お前の代わりはいくらでもいるんだ!」という態度で当たるのはよくあることでした。今は少子化が進み「代わり」を探すのが困難な時代です。少子化の話は別にしても、「ここにいて良かった」と思える環境の方が、人は伸びるように思います。浄土真宗と同じで、信心(新人)を大切にしましょう。(多田)本堂京橋築地小学校銀座出口築地本願寺第二伝道会館第一伝道会館至晴海至銀座首都高速道路銀座入口浅草線「東銀座」駅出口5国立がんセンター日比谷線「築地」駅出口1新大橋通り居留地中央通り晴海通り大江戸線「築地市場」駅出口A1有楽町線「新富町」駅出口4今月の表紙特集前編が掲載された3月号では、学生に案内されながら新しい歴史の解明に驚くアルパカを描きました。後編となる4月号では、教科書の新たな歴史を求め、ワクワクする猫を描いています。また、4月から新たに学び始めたい方々の後押しになればと、春らしい桜色を選びました。(遠藤)

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2026(令和8)年4月1日発行第941号1947(昭和22)年6月18日創刊毎月1日発行発行:浄土真宗本願寺派(西本願寺)築地本願寺・築地本願寺新報社〒104-8435東京都中央区築地3-15-1築地本願寺は、京都の西本願寺を本山とする浄土真宗本願寺派の直轄寺院です。

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