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第40回千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要について浄土真宗本願寺派(西本願寺)では、戦争によって尊いいのちを失われたすべての方がたを追悼し、悲惨な戦争を再び繰り返してはならないという平和への決意を確認するため、1981(昭和56)年から毎年、東京・国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑において、「全戦没者追悼法要」を勤修いたしており、戦後75年にあたる本年、第40回目を迎えます。しかしながら、本年法要につきましては、新型コロナウイルス感染の状況に鑑みまして、参拝者の皆様の安全を最優先し、関係者のみでお勤めさせていただくこととなりました。当日の模様は、浄土真宗本願寺派ホームページ及び動画共有サイト「YouTube」にてライブ動画を配信いたしますので、千鳥ヶ淵戦没者墓苑へのご参拝をご遠慮くださり、インターネットを通じたご参拝をお願いいたします。2020(令和2)年9月18日(金)12:55~14:00場所:国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑〈東京都千代田区三番町2〉12:55宗門関係学校生徒作文朗読・表彰式13:15平和の鐘13:20平和宣言13:30千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要※当日の法要の様子は浄土真宗本願寺派ホームページ内にプレイヤーを設置し、インターネットで中継いたします。※同時に宗派公式YouTubeチャンネルにて同様に視聴ができます。宗派公式YouTubeチャンネルはこちらから→お知らせ02

03僧侶の一日参拝者が焼香する香炉の準備開門前の朝5時30分ごろ、築地本願寺にある仏飯所では、参拝者が焼香する香こう炉ろの準備が始まります。開門から閉門までの約10時間、炭が消えないようにしっかりと火を入れ、周囲を灰で丁寧に包みます。お焼香は、仏さまと参拝者を繋ぐ香りの荘しょう厳ごん(お飾り)です。心穏やかにお参りができるように環境を整えるのも、大切なつとめです。僧侶の一日目次01表紙03僧侶の一日目次04築地ニュース06編集部eyes08特集お寺とお布施16教えて!お坊さん18法話北嶋文雄(光蓮寺住職)20コラムあっち、こっち、どっち?酒井順子22英語で学ぶ、親鸞聖人のご生涯南條了瑛24多田修の落語寺25松本智量のようこそ、仏教シネマへ26いまこそ知りたい!SDGsカードゲームとは?34広如上人のご生涯を仰いで35PLAZA369月のスケジュール37常例布教3810月のスケジュール39編集後記40話はつきじ

04築地ニュース築地ニュース築地本願寺や築地周辺の気になるニュースやモノ・コトを紹介します。佃島分院で御遷仏法要を厳修8月9日、現在の佃島分院本堂では最後となる法要が厳修されました。佃島門徒講を代表して役員の皆さんが参拝し、午前中には、報恩講と盂蘭盆会を併修。「正信偈」のお勤めの後、東森尚人副宗務長の法話がありました。午後からは、安永雄玄宗務長調声のもと御遷仏法要を厳修し、御お輿こしに御本尊をお載せしてお運びする「遷仏式」が厳粛に執り行われました。宗務長によって唐から櫃びつへと納められたご本尊が本堂から運び出され、その様子を参列者全員で見送りました。この後、御本尊は京都へと運ばれ、お洗濯や補修が施され、新本堂完成後に戻られる予定です。昭和9(1934)年に建てられ、お念仏の染み込んだ現本堂に想いを馳せつつ、先人たちの想いを受け継ぐ。そんな新たなお寺としての歩みを始める一日となりました。インターネットで合同墓説明会に参加できます新型コロナウイルス感染の収束までに長期化が予想される中、インターネットを通じたオンラインでの合同墓説明会も開始いたしました1.形式:インターネット環境により、合同墓説明会を開催いたします。ZOOMビデオウエビナーを用いますので、ご質問等にもお答えできます。≪所要時間は約20分(説明後の質疑応答除く)≫2.申込締切:説明会前日の15時<事前予約制>3.時間:毎週水曜日19時~19時20分(説明後の質疑応答除く)毎週金曜日10時~10時20分(説明後の質疑応答除く)4.定員:100名5.Web合同墓説明会参加・お申し込みにあたってのお願い(1)合同墓の資料をお取りよせいただき、資料を見ながらご参加くだされば、より理解が深まります。※資料請求は(こちら)https://tsukijihongwanji.secure.force.com/GoudouboSiryouseikyuuForm/(2)お申し込みはインターネット『合同墓特別ページ』からに限らせていただきます。※説明会お申込みは(こちら)https://tsukijihongwanji.jp/service/goudoubo/special/webinar/(3)ZOOMビデオウエビナー【テレビ電話アプリ】を使用いたします。※お申し込み確認メールにてURLをご案内いたします。

05築地の美食に惹かれ、栃木から移り住んで51年……「生まれ育った栃木県小山市から昭和44(1969)年頃に、築地生まれ・築地育ちの妻を紹介され、この地にやってきました」と語るのは、築地市場場外が位置する中央区築地六丁目南町会の会長・新井晃行さんです。新井さんが築地に住もうと決めた最大の理由。それは、「おいしいものに釣られて」だったとか。「築地はやっぱり食の町で、あちこちにいいお店があるんですよね。私は昭和11(1936)年生まれで、物がない時代に育ったので、それがすごく魅力的だったんです(笑)」移り住んだ後は、タンシチューが有名だった洋食屋「キッチンスズキ」、行列ができる「鮨處八千代」、和洋中の料理が食べられる「東都グリル」、鰻の名店「つきじ宮川本廛」など多くの名店を回ったそうです。「コロナで外食を自粛する人も多いかもしれませんが、築地はテイクアウトも充実しているので、いまは毎日様々な店のお弁当などを楽しんでいます。いろんな形で楽しめるのが、築地の食の魅力かもしれません」築地六丁目南町会会長新井晃行さん本堂京橋築地小学校銀座出口築地本願寺第二伝道会館第一伝道会館至晴海首都高速道路有楽町線「新富町」駅出口4大江戸線「築地市場」駅出口A1国立がんセンター日比谷線「築地」駅出口1晴海通り新大橋通り★多け乃居留地中央通り築地の達人・新井さんが教える!築地の逸品築地のヒト浄土真宗本願寺派築地本願寺へのアクセス[東京メトロ]日比谷線築地駅出口1直結●有楽町線新富町出口4徒歩約5分[都営地下鉄]●浅草線東銀座駅出口5徒歩約5分●大江戸線築地市場駅出口A1徒歩5分〒104-8435東京都中央区築地3-15-1コンタクトセンター☎0120-792-048https://tsukijihongwanji.jp/今回のお店多け乃壁一面に貼られたお品書きや、ランチから閉店まで客足が途絶えない賑やかな店内からも、名店度が伝わるこのお店。丸々一匹の金目鯛を甘いタレで煮た名物料理「金目鯛の煮つけ/2800円~」をはじめ、新鮮な魚を使ったてんぷらやお刺身などが多数。いつも満席なので、ぜひ予約を。東京都中央区築地6-21-2☎03-3541-869811:00〜21:00(土曜のみ20時閉店)㊡日祝今月の人「築地本願寺新報」2020年8月号5頁に掲載させていただいた「中華幸軒」様の地図表記が誤っておりました。読者の皆様、ならびに関係者の皆様にご迷惑をおかけいたしました。お詫び申し上げます。

06編集部eyes編集部eyes「築地本願寺新報」編集委員が仏教界の気になるモノ・コトをお届けします。新選組は、慶応元年(1865)3月から西本願寺を屯所としていました。ところが、僧侶や門徒たちの迷惑を顧みず、武芸の稽古や砲撃訓練などを境内で繰り返していたため、西本願寺から「新たな屯所を建設する費用をもつ」という条件で退去を要請されます。こうして新選組は慶応3年(1867)6月に西本願寺からほど近くに建てられた「不動堂村屯所」へ移転しました。新選組の洛中最後の拠点である「不動堂村屯所」の立地を示す資料は限られ、場所については諸説があったようです。ところが昨年、『本願寺文書』「新選組屯所引移地所」に「西九条村ニおゐて御買入」「字松明田」との具体的な地名(現在のリーガロイヤルホテル京都の辺り)や、土地や購入の金額の記述が見つかりました。屯所の移転に関わった西本願寺から見つかった資料であるため、これまでの議論に終止符を打つであろうと専門家も語っています。西本願寺と新選組の関係性の深さが改めて伺えるニュースです。「火事とけんかは江戸の華」と言われるほど、江戸では度重なる火災が起こり、纏まといを振る火消しが活躍した。築地も度重なる火災に見舞われるが、その都度、築地御坊、地中と呼ばれた本願寺の末寺58ケ寺ともに信徒の懇念によって再建されてきた。1923(大正12)年に起こった関東大震災では築地本願寺・地中寺院ともに倒壊は免れるが、夕刻に八丁堀方面より火災が迫り、本願寺と地中寺院は焼け落ちてしまう。築地本願寺・地中寺院ともに築地での再建を目指すが、震災後の帝都復興計画で幹線道路4号(現・晴海通り)が計画され、また日本橋より魚市場の移転が決まり、多くの地中寺院は、東京の発展に伴い、拡大しつつあった郊外に移転することとなる。移転地の選定は各寺に任される形となり、各寺は移転先に苦労したようである。ちなみに自坊である西照寺は1928(昭和3)年、北多摩郡神代村(現在の調布市仙川)に移転するが、地主や村との交渉を当時の住職が行ったと聞いている。新選組洛中最後の拠点西本願寺古文書に記述横内教順︵東京都文京区稱名寺副住職︶かつて58カ寺あった築地本願寺の地中寺院②酒井淳昭︵東京都調布市西照寺住職︶気になるニュース気になる歴史

07編集部eyes浄土真宗僧侶二人組による“念仏バンド”の「ナマンダーズ」。今年、1stアルバム(「わたし、あなた、南無阿弥陀仏」)が完成。“ポップでグルーヴィーなサウンド”で味わうお念仏の世界が表現されています。透明感のある歌声と、決して出過ぎず気がつくと情感を添えているギター。閉塞感を感じる今だからこそ、かしこまらず、リラックスして聞いてほしい1枚に仕上がっています。ボーカルの今野沙恵子さんとギターの釋真證さんは東京仏教学院の元クラスメイト。それぞれの音楽経験から「お念仏を広めるための音楽を作ろう!」と意気投合したそうです。特徴の一つが6曲目の「女性僧侶による正信偈六首引」。ありそうでなかった女声のみの正信偈で、当時のクラスメイトや築地本願寺職員も加わっているそうです。声しょう明みょうと現代音楽が違和感なく融合している様が、音楽の可能性を感じさせてくれます。「仏様のあたたかな光に包まれている喜びを共に歌いたいです」と今野さん。まずは公式HPをご覧ください。今年で3回目となる「輝け!お寺の掲示板大賞」のことは、テレビなど各種メディアでご存じの方も多いでしょう。お寺の門前にある掲示板の言葉をスマホで撮り、「ツイッター」か「インスタグラム」に投稿して審査しようという試みで、今年も10月31日まで募集されています。応募方法の詳細は、「仏教伝道協会」のウェブサイトにてご覧下さい。築地本願寺でも、独特な調和体で心に残る言葉を毎月掲示しています(左写真参照)。本堂に置いてある参拝記念カードとも連携しています。私個人としては、本願寺新報7月1日号折り込みの掲示用ポスター、ウイルスで死ぬのではない生まれてきたから死ぬのだいまさら驚くことか…生きて死ぬいのちを生きているに考えさせられました。みなさんの近くのお寺の掲示板には、何が書かれていますか。歌はいいねえ可能性に満ちてるよ藤本真教︵茨城県ひたちなか市常教寺住職︶3回目のお寺の掲示板大賞が現在、大募集中!星顕雄︵本願寺新報記者︶気になる音楽気になる出来事8月の築地本願寺の掲示板。掲示板大賞への入賞なるか?築地本願寺ブックセンターでも、同アルバムは取扱い中です。

08特集お寺とお布施●特集一、作法やマナーの難しさ作法やマナーは複雑です。自分が思っていた作法の常識と、その場の常識が違うことで、恥をかくこともしばしばです。「作法なんて、どうせ形式だ」と強がっていても、侮ってはなりません。「形式」は、「内容」を反映しているからです。「形式」を知らないことは、「内容」を理解していないことを「公言」していることになりかねません。かなり前になりますが、私の地元広島の地方新聞の「作法・マナー」欄に、お通夜や葬儀の「つつみ」(香典)の表書きについて、「『御霊前』が、仏教だけでなく、神道やキリスト教にも通じるので、一番安全」という記事がありました。「真宗門徒の多い地方の新聞なのに、けしからん」と思い、ハガキで抗議したら、数日後に訂正記事が載りました。お釈迦さまが「霊魂の存在の有無」を尋ねた質問には答えなかった(十四無記)ように、仏教そのものにおいて、「霊魂」の実在を容認していません。「霊魂」を固定視・実体視すると、「無我」に反するからです。さらに、浄土真宗では、亡くなられた方は、浄土に往生し、み仏となられたのですから、「霊」として迷っているとみなすのは、故人に対する冒涜です。したがって「御霊前」とは書かず、「御仏前」、または「御ご香こう資し=お香をお供「お布ふ施せ」と「懇こん志し」と「冥みょう加が金きん」満みつ井い秀しゅう城じょう多くの人からすると、用途や流れが見えづらいのがお寺における「お金」の存在です。特に、お布施などは、明確な金額が決まっていないことで、疑問の声が上がることも少なくありません。そこで、今回はそんな「お寺」と「お布施」の関係に注目。巻頭では、浄土真宗本願寺派総合研究所の満井秀城副所長に、「お布施」と「懇志」と「冥加金」の違いについて、ご執筆いただきました。

09特集えしたいのですが、お香を買っていただく一助(資)として、現金をお受け取りください」や、「香典=お香の目録(典)として現金をおつつみします」ということになるでしょう。法義の根幹に関わるから、「御霊前」とは書かないのです。二、「お布施」について「浄土真宗で、お寺さんにお渡しする時は、『お布施』と書いておけば間違いない」という言い伝え(?)があるようです。だいたいは当たってますが、完全に正確とも言えません。当たっている面について申しましょう。他宗派では、法事や葬式の時に、「回え向こう料りょう」や「読経料」と書いたりもします。「回向」とは、追善回向のことです。故人が存命中に充分な善が為せなかったので、遺族が僧侶にお願いしてお経を読んでもらい、その読経の功徳を、故人に振り向けよう(回向)というものです。確かに、経典はとても大切な内容が説かれていますが、僧侶であれ門信徒であれ、私たちのような心が散乱する者が読んだところで、充分な善行にはなりません。つまり、「回向」できるものなどないのです。一銭の持ち合わせもないのに「おごってあげる」と言っているようなものです。次に、「料」とは、料金のことです。読経が「料金」なら、「『阿弥陀経』一巻は五万円。三部経全部だと二十万円」などと料金設定することも可能ですが、「お布施」に、料金設定はありえません。かつて、ある葬儀社が、「明朗会計」を謳い文句に、「目安」としながらも金額を明示したことは、「布施」の精神に反し、全日本仏教会も反対声明を出しました。できうるありったけを、執とらわれの心なしで施すのが「布施」だから、金額を問わないのです。「*無財の七施」と言われるように、お金持ちしかできないことでもありません。更に「布施」は、三輪清浄でなければなりません。「三輪」とは、「施す者」・「施しを受ける者」・「施しの中身」の三つで、これらが清浄でなければなりません。「施す側」については、「これだけしてあげた」という執着があってはなりませんし、「受ける側」では、「たったこれだけか」という思いが起こると清らかになりません。また、受け渡しの対象物が、犯罪や汚職に関わった物だと清浄になりません。この観点からも、金額の多寡は、かえって執着を生み、「布施」とならないのです。*無財の七施……15頁参照

10特集蛇足ですが、近年「ふるさと納税」の返礼品が話題になっています。本来、純粋な寄付行為であるはずなのに、返礼品が豪華な自治体に「納税」が集中するのは、豪華な返礼品を求める「不清浄」な下心があるのかも知れません。一方で、「お布施」が、報酬料金と混同されるのはなぜでしょう。私の考えでは、法事や葬式という同一の場において、僧侶側からは「法ほう施せ」、門徒側からは「財ざい施せ」という、二つの布施が同一場面で同時になされているために、これを、それぞれの「報酬」や「対価」と見てしまうのではないかと思います。しかし、実際には、それぞれが精一杯の「布施」を、それぞれの立場で行っているのです。三、「懇志」や「冥加金」について右のように、基本的には、浄土真宗では「お布施」と書いておけば間違いないと言えますが、「懇こん志し」や「冥みょう加が金きん」という言い方もあります。「冥加金」の「冥加」とは、もともと神仏のような目に見えない(冥)、ご加護への感謝の表現で、「対価」を求めない意味では、本来、「お布施」と同じ性格です。しかし江戸時代には、この感謝の対象が「幕府」や「藩」に置換され、「冥加金」は、「運上金」とともに、課税の色彩が強くなりました。この課税的性格が、その後「手数料」という感覚になっていったのです。現在、市役所で住民票などを発行してもらう時には手数料を支払います。浄土真宗でも、例えば「帰き敬きょう式しき」を受式する時や、ご本尊をお迎えする時には、一定の(つまり金額を設定した)「冥加金」を納めていただきます。次に、「懇志」とは、もともとは「志」、つまり「気持ち」の意味です。御礼や感謝の気持ちの表現形態です。渡す側からすれば、「ささやかな気持ちです」という意味から「寸志」と言い、受ける側からは、「尊く懇ねんごろなお志」として「懇志」と称します。つまり「懇志」とは、受けた側からの表現で、受けた側は、その記念として「お扱い」をお渡しします。この場合に、受納金額に応じて「記念品」の種類が異なってきます。例えば、多額な永代経懇志の上納を讃える形で「院号」が授与されます。これは、受けた側からの「記念」の目安として設定しているものですが、この場合も、決して「院号」を二十万円で買うのではありません。これらは、「お布施」とは称さずに、「懇志」や「冥加金」と称しています。

11特集四、最後に―寺院に身を置く者として―これまで見てきたように、門信徒から寺院への「布施」は、三輪清浄な「浄財」ですから、その意図に沿って活用すべきことは言うまでもありません。住職のつとめは、大きく二つの柱があると思います。①仏さまへの給仕と、②聞法の道場の整備です。御堂や境内地の維持・整備や、仏具・荘厳を美しく保ち、門信徒が快く参拝・聴聞できるような配慮や工夫を心がけねばなりません。時折、「坊主丸儲け」という言葉を聞きます。こういう冷ややかな視線を常に意識して、「浄財の私物化」は厳に戒めねばなりません。ただ、多くの人が誤解していると感じるのは、「お坊さんは非課税」という認識です。確かに、寺院という宗教法人は非課税ですが、寺院に所属する住職や法務員は、従業員として宗教法人からの給与に課税義務を負っており、そのことは案外知られていないようで、「丸儲け」も、その一端かと思います。「布施」も住職個人に対してではありません。会計的には、全て法人会計に入れます。宗教法人の非課税は諸外国でも多く共通で、そこには、宗教の持つ「公共性」や「公益性」が考慮され、また期待されているからです。この点からも、あらためて、寺院に身を置く者は、襟を正さねばなりません。お寺の主あるじは、誰だと思いますか。例えば、本願寺の主は誰でしょう。「ご門主」でしょうか?確かに宗門の主ですが、本願寺の主は、実はご本尊、すなわち阿弥陀如来です。だから数年前のご門主の代替わり法要は、「伝でん灯とう奉ほう告こく法ほう要よう」と称し、ご門主は阿弥陀さまという主に「奉告」されたのです。「私が、あなたさまの給仕をさせていただきます」という名な告のりです。地方では今も、他人の家を訪ねた時は、先ずその家の仏壇にお参りします。それは、その家の主は、お仏壇の阿弥陀さまという意識の表れです。一般寺院も同様です。阿弥陀如来への給仕の役にある住職は、ご本尊からのお下がりを受けているに過ぎません。蓮如上人は、「仏法領の物をあだにするかや」(註釈版p1332)と仰いました。紙切れの一枚にいたるまで「仏法領の物」として大切にしていかれた蓮如上人の思いを、常に心に刻んでいきたいと思います。

12特集「喜捨」とは必要な人に必要な支援を届けること私には「お布施の金額がわからない」という感覚がよくわかりません。法事の際に多額のお布施を出す機会が今までなかったからです。ただ、「喜んでお金を誰かに施す」、すなわち「喜捨」であれば、その感覚はよくわかります。仕事やプライベートでどんなお寺へ行くときでも、必ず布施を持参します。2019年に長年勤めていた会社を退職して以来、私は1年間の半分をカンボジアで過ごしています。首都・プノンペンで、貧しさゆえに学歴がなく、生活の術を持たない貧しい人たちに、製パンの技術をゼロから教えています。一切の儲けはなく、運営にかかる費用はすべて私が負担しています。また、カンボジア人僧侶には、毎月何十万円の寄付をしています。僧侶が貧しい人々を救うためには、お金が必要だからです。私が渡したお金は、一銭たりとも彼らの懐には入らず、すべてお米などの食べ物に姿を変えて、貧しい人たちに配られます。このお金を私は「取られた」と思ったことは一切ありません。なぜなら、これは役割の違いだと思っているからです。すべての人には役割があります。お金を稼ぐ人。お金を持つ人を見つけてくる人。お金を使って実際に誰かを救う人。社会とは、そうした助け合いの末に成り立っています。クメール語を話さない私には、カンボジアで困っている人がどこにいるかわからないし、どうやって彼らを救えばいいかわからない。一方、カンボジアの僧侶は自分の資産を持っていません。カンボジア人を支援したい私が、人々からの信頼の篤い僧侶とタッグを組めば、本当に支援を必要としている人のところに必私にとっての「お布施」と「喜捨」小こ谷たにみどり仏教界では仏さまへの喜捨として定義される「お布施」。しかし、一般的には「法事や戒名の対価」との認識がいまだ根強く、「金額はいくらが適切なのかがわからない」「そもそも﹃お布施﹄って何?」との質問が多いのも事実です。そこで、シニア生活文化研究所代表理事で、武蔵野大学客員教授でもある小谷みどりさんに、「ご自身の考えるお布施」について伺いました。

13特集要な支援を届けることが可能になります。これこそ、まさしく「喜捨」ではないかと思うのです。多くの人にとって僧侶はサービス業であるしかし、日本では、僧侶は慈善活動家ではなく、世間からは、葬儀や法事で読経や法話をして生活をするサービス事業者だと思われています。特に都市部に住んでいる多くの人は、葬儀と法事、墓参り以外に菩提寺に足を踏み入れることはありませんし、僧侶と会うこともありません。僧侶とは、家族が亡くなった時にお経をあげ、法名をつけてくれる存在であり、その一連のサービスの対価として、人々はお布施を渡すのです。葬儀や法事をするのは慣習からであって、必ずしも信仰心からではない場合も多いはずです。建前では、「お布施は仏さまに喜捨するもの」かもしれません。ただ現代において、どれだけの人がそう思っているでしょうか。サービスの対価として、僧侶やその家族に渡すお金なのです。また、お布施の用途や内訳が不明瞭なのも大きな課題だと思います。先に挙げたカンボジアの僧侶の事例であれば、自分が渡したお金がどう使われるのかは一目瞭然です。たとえば「この村の50家族に二週間分のお米を寄付するにはいくらお金がかかる」など、こういう目的のためにこれだけお金が必要だと明示してくれるからです。しかし日本のお寺では、お布施がどう使われるのかがわかりません。誰だって、一生懸命働いて稼いだお金を、僧侶の贅沢や私腹を肥やすために使われたら、いい気持ちはしないでしょう。もちろん、僧侶だって生きるためにはお金が必要です。法事を行うにも袈裟代やクリーニング代、光熱費、交通費など必要経費が発生するはずです。「お志で結構です」と言われても、法外に安いお金を渡すわけにはいきません。そのため、檀信徒には、お寺の維持経費や収入を公開すればいいのではないかというのが私の考えです。僧侶に救われる人が増えればお布施論争はなくなるただし世の中の人から、お布施はサービスの「対価」だと捉えられているとしても、金額を提示するのはちょっと違うのではないかと個人的には思います。

14特集たとえば、読経代として3万円をいただきますと寺が目安を提示していたとしても、実際に法要を通じて、「すばらしいお経だった」と思ったり、社会活動を一生懸命している僧侶を応援したいと思えば、お布施を2万円上乗せし、5万円を包む人もいるでしょう。それを突き詰めると、なぜ多くの人は、お寺にお布施を「取られた」と言うのか、僧侶も考えてみる必要があります。「僧侶を応援したい」「布施を渡したい」と心から思える僧侶がどれほどおられるでしょうか。一般生活者におけるお布施の現状について調査結果から考察するお寺にお参りに来られる人や、ご自宅や墓苑等でのご法事の申し込みの際に、「お布施の金額について、とても悩む」ということをよく聞きます。そこで、このたび「お布施」について改めて考えることといたしました。そして、お布施(財施)をする人が、どの様に思いを抱いているのかということを知ることで、寺院や僧侶に求められている対応が見えてくるのではないでしょうか。そこで、実際に統計を取った調査結果をいくつか確認いたしました。まず、真宗教団連合による「第二回浄土真宗に関する実態把握調査(2018年度)結果報告書(概要編)」にある、「『葬儀・法事』の執行で僧侶に望むこと」という設問に注目しました。これに対する回答では、最も多くの人が「お経が丁寧であること」を望んでいることがわかりました。2番目が「僧侶の姿勢が謙虚であること」。そして3番目に多かったお布施の現状について繰り返しになりますが、人は、「この人を応援したい」「この人なら自分のお金を有益に使ってくれるであろう」と思える相手には、お金を喜んで寄付します。古来より、お坊さんとは「困っている人を救う」という役割を担ってきたはずです。多くの人が「この人によって救われた」と思えるようなお坊さんが日本にも増えることが、お布施論争に終止符を打つ最大の手段なのではないでしょうか。(構成・編集部)

15特集のが、「お布施の金額が明確であること」という回答でした。また、別の調査結果では、法事におけるお布施の金額について確認いたしました。少し前の調査になりますが、2004(平成16)年に、首都圏石材協同組合が運営し、仏事の不安をサポートするサイト『もしもドットネット』が実施した「お布施の相場アンケート」の調査結果によると、法事でのお布施の金額について、「3万円以内と5万円以内」という回答が最も多いことがわかりました。例えば、49日法要のお布施では、全体の78・76%(喪主経験あり)が「5万円以内」と回答しており、一周忌以降の法要のお布施では77・87%(喪主経験あり)の人が「3〜5万円」と回答していました。また、最新の情報を知るために参考にしたのが、インターネット上に無財の七施(むざいのしちせ)眼施(げんせ):好ましい眼差しで接すること。和顔悦色施(わげんえつじきせ):笑顔で接すること。言辞施(ごんじせ):柔らかい言葉遣いで接すること。身施(しんせ):自分の身体でできることを奉仕すること。心施(しんせ):相手に柔らかな心を配ること。床座施(しょうざせ):座る場所を譲ること。房舍施(ぼうしゃせ):家屋を提供すること。ある情報です。「お布施」と検索しますと、「お布施の相場は?」などと書かれたホームページが数多くありました。その多くは、葬祭業者関係でしたが、中には税理士事務所などのページもあり、それぞれ丁寧に解説がなされていました。また、そのほとんどが「法事でのお布施の相場は、3万円~5万円。」と常識の様に記載されていました。様々な調査結果を確認することにより、一般生活者が法事におけるお布施額の明確化を求めていることがわかります。「お布施はお気持ちでさせていただく」という布施の性質を変えることはできませんが、お布施を受け取る側の「ご無理がないように」との配慮から、ある一定の金額の目安をお伝えすることも“心施”の一つと捉えられるのではないでしょうか。(文責・編集部)

教えて!お坊さん16教えて!お坊さんA1人生の「幅」や「深さ」に目を向けて仏教学者の金子大栄師は、「人生は長さじゃない深さです幅です」とおっしゃっています。と言っても、長生きを否定されているわけではありません。「幅」や「深さ」を持って生きるのが尊いのだと示してくださっているのです。人生は、役に立つものだけで身の回りをぎっしり詰め込めばよいとはかぎりません。日本画の余白のように、一見何も用がないように見えるものが、人生の味わいを深めて、自分のこころを豊かにしてくれることもあります。それが人生の「幅」です。また人生の「深さ」とは、自分の人の数だけ、悩みは尽きぬもの。皆さまから寄せられた悩みに、お坊さんたちが答えます。Q「人生100年時代」と言われますが、余生の長さに不安を感じます。「第二の人生」などと盛り上げられても、年金だってあてにならず、働き続けるだけで精一杯。どうやったらモチベーションを持って、生きていけるのでしょう?(50代・女性)いのちの尊さを深く受け止めることをいいます。自分のいのちは、遠い祖先から受け継いでいるかけがえのないものであり、目に見える今この世だけではなく、目には見えない世界に支えられているのだと受け止められれば、人生に深まりが出てきます。人生は私たちの受け止めるこころによって、「幅」や「深さ」が変わります。人生の「長さ」以外に目を向けることで、モチベーションを持つことができるのではないでしょうか。(モノクロ坊主)今月のお悩み

17教えて!お坊さんA2「第二の人生」は本当にあるのでしょうか?そもそもこれから「第二の人生」というものは現実にあるのでしょうか。この先首尾良く多くの退職金とともに定年を迎えたとして、ある日突然まったく新しいあなたが生まれるということはないはずです。会社員なら会社員というあなたの顔は人生のほんの一面で、結婚していれば妻、子どもがいればお母さん……。その中のひとつの物事に区切りがつくかも知れませんが、他のことは変わらないはA3大切なのは「あぁ、よかった」の積み重ね私の妻は癌を煩い、50歳で亡くなりました。医者にもほとんどかかったことはなく、まさに想定外でした。亡くなる前に「もっとみんなと一緒にいたい」と泣きながら語った言葉が忘れられません。それから7年が経ちますが、私は月日を重ねています。妻を亡くして思うのは日々恵まれた命の積み重ねずです。ではどうするか。それは、今まであなたが生きてきた人生にヒントがあるかも知れません。やり直しの効かない人生の場面で、その都度ベストな選択をするのは難しかったかも知れませんが、あなたは何とか切り抜けてきました。結局は、その継続を忙しくしている中で、往生する時が来るかも知れません。(三日坊主)同コーナー上でお坊さんに聞いてみたい相談がある方は、年代、性別を併記の上、築地本願寺新報社「教えて!お坊さん」係(〒104–8435東京都中央区築地3–15–1)まで、お悩みをお送りください。が人生なのだということです。これから重ねて行く日々は決して余生ではありません。「日々新たなり」という言葉があるように、新たに恵まれた今日に感謝していくことが、「あぁ、よかった」と思える人生を形作っていくのだと思います。(A/S)お悩み募集中!

18法話仏教は「評論」ではないだから理屈で考えない仏さまの話は、人間の理屈で考えると納得できないことがあります。以前、門徒さんのお宅にお参りに伺った時の話です。一緒に『讃さん仏ぶつ偈げ』というお経の一節を唱和しました。お参りが終わると、奥さんから質問がありました。「お経を唱えながら、下に書かれている現代語訳を読んでいたんですが、その中には『自分を犠牲にしても相手を救う』ということが書かれていました。これは、『あなたもそんな風になりなさい』ってことなんですか?」「いえ、あれは阿弥陀仏の誓いの言葉です。仏さまが、身を投げ出してでも私たちを救うと仰っているんですよ」「その言葉を私たちが聞くんですか?聞いたらどうなるんですか?」「仏さまは、たとい地獄の苦しみの中にあっても、私たちを見捨てないって仰っているんです。その御心を聞いて、私たちは安心するんです。『どんな私であっても見捨てない仏さまがいらっしゃるんだ』と」「じゃあ、仏さまは悪いことをした人でも捨てないんですか?」「はい。仏さまは、悪いことをした人も捨てることができないと仰っています」「えー!」「だからといって、悪いことを勧めているわけじゃないんですよ。仏さまは悪いことをした人を捨てないという話と、悪いことをして人間の理屈と仏さまの理屈福岡県筑前町光蓮寺住職北嶋文雄法話

19法話もいいという話は別の話です」「でも悪いことをした人も捨てないっていうのは、何か納得がいきません」「そうですよね。私たちは、この仏さまの話を聞いても納得がいかないんですよ。それは人間の理屈で考えるからです。でも、仏さまの御心を人間の理屈で考えたらダメです。人間の理屈と仏さまの理屈は違います。仏さまの話は、人間の理屈を交えずにそのまま聞くんです」「ふぅん……」「人間は賢いですから、物事を論理的に考えます。ところがそのときに私たちはしばしば、私を抜きにして考えてしまうのです。あの人この人の話にしてしまいます。でも、それは評論です。仏さまの話は評論ではありません。私の話なんです」「あぁ……なるほど」「悪いことをした人も捨てないという話は、あの人この人の話じゃないんです。たとい私がどんな人間に変わり果てても、仏さまだけは見捨てないという話なんです。北嶋文雄(きたじま・ぶんゆう)福岡県筑前町・光蓮寺住職。本願寺派布教使。光蓮寺は、出雲国造であった北島家の子孫・北島右近が、天正4(1576)年に創建。宝永7(1710)年に現在地に移転したと言われている。人間の世界はすぐに見捨てますよ。『お前がそんな人間だとは思わなかった』とか『あんたを見損なった』とか言うじゃないですか。でも仏さまは違うんです。たとい私がこの世のすべてから見捨てられようとも、仏さまだけは私をお見捨てにならないんです」話し終えると、奥さんも何か思うところがあったのでしょうか。ゆっくり何度か頷きながら、しばらく考えておられるようでした。世間の私を見る目は、状況によって変わっていきます。しかし、仏さまが私を見る目は変わることがありません。仏さまはいつでも、慈しみの眼差しで私を拝んでおられます。

20あっち、こっち、どっち?四人で食事をする時、丸いテーブルと四角いテーブル、どちらがあなたはしっくり来るでしょうか。ちなみに私は、四角いテーブル派なのでした。丸いテーブルは、たとえばパリのカフェのそれのように見た目は可愛いのですが、あまり物が載りません。角っこまで物が載せられる四角いテーブルの方が、機能的のように思うのです。実用的な面のみならず、丸と四角では食卓につく人の心理も違ってきます。四角いテーブルの場合は、一人につき一面、という感じで、それぞれの持ち分というか“陣地”のような範囲が決まってくるもの。対してテーブルが丸いと、両隣の人と自分の“陣地”は溶け合い、私のものはあなたのもの、あなたのものは私のもの……的なことになってくるのです。そうなると、陣地が決まっている四角いテーブルの時よりも、考えなくてはならないことが多くなってきます。「あれ、このパンって私の?あなたの?」とか、「このおしぼり、誰か使った?」などと。単なる「形」として見た時は、角が立っている四角よりも丸の方がよい、とされがちです。若い頃は激しい性格だった人は、年をとるとしばしば、「丸くなった」と言われるもの。性格の角が取れることはよいことだ、とされるのです。京都のとある禅寺に行った時は、丸い窓と四角い窓が並んでいて、丸い窓には「悟りの窓」、酒井順子第6回丸と四角あっち、こっち、どっち?

21あっち、こっち、どっち?四角い窓には「迷いの窓」と名がついていました。丸い窓の向こうにお庭の緑が見える様からは、確かに平和な雰囲気が漂っていたものです。おだやかで、なごやかで、平和。それが丸のイメージですが、しかし丸いテーブルで食事をしている時に思うのは、「丸の中で生きるのは、実はとても大変なのではないか」ということなのでした。四角のように陣地が可視化されていないので、譲り合ったり空気を読んだりすることが必要。じっと我慢しなくてはならない時もあります。どちらが楽に食事ができるかと行ったら、おそらく四角いテーブルなのではないか。丸い地球で暮らすということは、丸いテーブルで食事をすることと似ているのかもしれません。地球という「丸」の中では、隣人と自分との違いを認めるとか認めないとか、陣地から出たとか出ないとか、様々な摩擦が生じています。同じように、丸いテーブルで食事をする時は、隣人の食べ方が気になったり肘がぶつかったりと色々あるわけで、それを何とかやり過ごしながら、なるべく楽しく時を過ごす努力をすることになる。丸いテーブルは、そうしてみると私たちにとって一種の練習台なのでしょう。他人と自分との間の境界線が曖昧な中で、折り合いをつけながら食事をする。それは平和に生きることへの第一歩なのかも。世界は四角くないから面倒くさいわけですが、しかしコロナ時代、家にこもって「個」として過ごす時間が多くなる中で、あの面倒臭さが少し懐かしくなってきたのも、事実です。コロナが明けたならばレストランの丸テーブルをあえて選んで、久しぶりに丸い世界の面倒臭さを体感してみようかとも思っているのでした。酒井順子(さかい・じゅんこ)エッセイスト。1966年東京生まれ。大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』がべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。近著に『忘れる女、忘れられる女』(講談社文庫)など。

IwouldliketosharethelifeofShinran,whoisthefounderofShinBuddhism,inEnglishthroughthescroll,“ShinranDenne,”compiledbyKakunyo.でんね浄土真宗の宗祖親鸞聖人のご生涯について、覚如上人が著された『親鸞伝絵』を、英語で紹介いたします。築地本願寺英語法座運営委員・東京都中央区法重寺僧侶南條了瑛WhydidKakunyoShoninsetupascenewhereShinrancwouldreceivehospitalityatHakoneShrine?Forone,byaddingthestorythatthedeityenshrinedatHakoneShrine,worshippedbyMinamotonoYoritomoandtheKamakuraShogunate,greatlyreveredShinran,KakunyosoughttoimprovetheimpressionoftheNembutsufollowers.Or,sincethevicinityoftheHakoneShrinewasoriginallyamountainworshiparea,itwaswheremanymountainasceticsgathered.Asmentionedinthepreviousissue(Aug.2020),thismighthavebeenastorybornwiththebackgroundwheremanymountainascetics,likeBennenwhowaspracticingatMt.Itajiki,tookrefugeintheNembutsuteachingsexpoundedbyShinran.Inanycase,itcanbeinterpretedasasceneinwhichShintobelieversrespectShinran,aswellastopraisethattheworkofnenbutsuisthesinglepathfreeofhindrances.覚如上人はなぜ、親鸞聖人が箱根で接待を受ける、という一段を設けたのでしょうか?一つには、箱根権現は、源頼朝や鎌倉幕府の信仰対象でした。覚如上人は、「箱根権現が親鸞聖人を尊敬した」というお話を広めることで、念仏者の印象を良くしようとしたのかもしれません。あるいは、箱根神社付近はもともと山岳信仰地帯なので、多くの修験者が集まっておられる場所でした。前号にございました、板敷山の修験者弁円がお念仏に帰依されたことと同じく、多くの修験者が親鸞聖人の説くお念仏に出会ったことを背景にして生まれた伝承なのかもしれません。いずれにせよ、神祇信仰者が親鸞聖人を尊敬する場面であり、ひいては、お念仏のはたらきが無碍の一道であることを讃えるための一段だと受け止めることができます。英語で学ぶ、親鸞聖人のご生涯22

TheLifeofShinran英語で学ぶ、親鸞聖人のご生涯No.18今回の絵巻“Goeden,”Scroll4,Section1:“Godensho,”Chapter4,Volume2「御絵伝」第四幅第一図、『御伝鈔』下巻第四段(築地本願寺蔵)Aftertheageof60,ShinranreturnstoKyotowithhisdisciples.Duringtheirjourney,ShinranandhispartyreceivecourteoushospitalityfrompriestsatHakoneShrineofficials.60歳を過ぎた親鸞聖人は、弟子たちをつれて関東から京都へ戻ります。親鸞聖人ご一行は、旅路の途中、箱根神社の関係者から丁重におもてなしを受けます。❹❷❶❸❺①Shinran(.親鸞聖人)②Shinran’sdisciples.(親鸞聖人の弟子方)③AnoldShintopriest(.神官の翁)④HakoneGongenShrine.(箱根権現の社)⑤MountHakone.(箱根山)23英語で学ぶ、親鸞聖人のご生涯

24多田修の落語寺お墓参りの話です。吉原に来た客が、お気に入りの花おい魁らん・喜き瀬せ川がわに会わせるよう、店の若い衆し(男性従業員)の喜助に頼みました。客は、自分と喜瀬川は特別の仲で、いずれ夫婦になると勝手に思っています。でも喜瀬川はその客がきらいなので、病気で入院していると伝えるよう、喜助に言いつけます。そう言えば客が帰ると思ったら、「病院はどこだ、お見舞いさせろ」。それを知った喜瀬川は、「病気はウソで、実は死んだ」と伝えさせます。これで引きあげると思ったら、「墓参りしたい、寺はどこだ」。喜助はとっさに、近所の寺町の名前を出します。すると客は「近くだから案内しろ」と、喜助を連れ出します。もちろん喜瀬川の墓はないので、無関係な墓を「喜瀬川のお墓」とごまかそうとするのですが……。さて、9月のお彼岸には、多くの方がお墓参りされるでしょう。お墓参りは、何のためにするのでしょうか?「亡き人に会うため」という答えが多そうですね。この世での命が終わっても、関係まで終わるわけではありません。関係のあり方が変わるのです。生きていてもいなくても、コミュニケーションは大事です。ただし、お墓は亡き人を偲しのぶ場所ではあっても、亡き人がいる所ではありません。亡き人は、この世を離れた仏の世界にいます。亡き人がいる世界にも、思いを馳はせたいものです。多田修の落語寺演題お見み立たて多田修(ただ・おさむ)1972年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、龍谷大学大学院博士課程仏教学専攻単位取得。現在、浄土真宗本願寺派真光寺副住職、東京仏教学院講師。大学時代に落語研究会に所属。落語は仏教の説法から始まりました。だから落語には、仏教に縁の深い話がいろいろあります。このコラムでは、そんな落語と仏教の関係を紹介していきます。『お見立て』を楽しみたい人へ、おすすめの一枚古こ今こん亭てい志しん朝ちょう師匠の「朝日名人会ライヴシリーズ1古今亭志ん朝1お見立て・火焔太鼓」(SonyMusicDirect)を紹介します。志ん朝師匠の落語は端正で、江戸の粋いきを感じさせ、正統派として高く評価されています。

25仏教シネマわずか20年前にアメリカで起きた実話を元にした作品。他国のこと、他宗教のことと他人事ですませられない重い問いを突きつけてきます。日刊紙「ボストン・グローブ」の新編集長となったバロンは、地元カトリック教会の神父が信者の子どもへ性的虐待をした事件に注目します。取材を進めると、それは決して例外的なケースではなく、教会内での加害者も被害者も膨大な数に上ることが見えてきました。被害者の多くは大人になっても苦しみ続けています。バロンは調査チームを組み、事件の全貌を報じようとするのですが、さまざまな障壁がそれを拒みます。事件がこれまで明るみに出ず、加害者たちが罪を問われなかったのは、カトリック教会が権威による情報支配をしていたことに加え、地元の人びとが事件に薄々気付きながらも教会を擁護したからだったのです。コミュニティの中心として。事件を追い、関係者を問いつめた果てに記者はこうつぶやきます。「じゃあ、俺たちは?俺たちは何をやっていた?見逃したのは、俺だ……」事件はこれまで小さな記事で報じられることもあったのです。しかしそのすべてがその後うやむやにされていました。記者たちは真実を暴く英雄ではなく、失敗に促された悔悟者でした。スポットライトは、対象を照らします。同時に、対象以外の周囲を闇に隠します。教会が輝き、地域の安寧が輝く外側に、見逃される苦痛の人びとがいました。何かを見ていることは即ち、他の何かを見落とすことに他ならないという自覚は常に持ち続けておきましょう。松本智量(まつもとちりょう)1960年、東京生まれ。龍谷大学文学部卒業。浄土真宗本願寺派延立寺住職、本願寺派布教使。東京仏教学院講師。自死・自殺に向き合う僧侶の会事務局長。認定NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワーク理事長。松本智量のようこそ、仏教シネマへWelcome,toaBuddhistmovie.「仏教と関わりがある映画」や「深読みすれば仏教的な映画」などを〝仏教シネマ〟と称して取り上げていくコラムです。気軽にお読みください。映画「スポットライト世紀のスクープ」第54回トム・マッカーシー監督2015年アメリカ作品

26いまこそ知りたい!カードゲームを通じて僧侶たちが知るSDGs2030年までに持続可能な地球を実現するために、国連が17の目標と、169のターゲットを定めた、「SDGs(持続可能な開発目標)」について、8月号特集で詳しく触れましたが、その理念はいまだ十分に知られていないのが実情です。そこで、7月28日に、まずは築地本願寺の職員にSDGsについてより深く知ってもらおうと、カードゲーム形式のワークショップを開催しました。カードゲームは、SDGsと同じく2030年をゴールとし、「経済」「環境」「社会」の項目からなる「地球の状況メーター」が破綻しないように様子を見ながら、各々のチームに設定されたゴールをめざすという、いわば世界のシミュレーションです。一般社団法人イマココラボが開発した「日本発」のゲームで、これまで3年半のうち、20カ国で20万人以上が体験しました。この日は23人が参加し、11の「国」とも言うべきチームに分かれてプレイスタート。お金のカードを集める、あるいは時間のカードを集めるなど、チームごとに設定されたゴールをめざしながら、「交通インフラの整備」などのプロジェクトを行います。プロジェクトを行うことで、「地球の状況メーター」は刻々とバランスが変わってきます。お寺が、社会とつながる時代。築地本願寺をはじめ、浄土真宗本願寺派が取り組むさまざまな社会活動をご紹介します。今回は、築地本願寺で行われた「SDGsカードゲーム大会」を取りあげます。築地本願寺職員も体験!SDGsカードゲームとは?いまこそ知りたい!|第6回|

27いまこそ知りたい!前半(202×年)は経済肥大で環境は悲惨、社会も不安でアンバランスな世界を作ってしまいました。しかし後半はゲームの意図をつかんだ職員が多く、司会を務めた公認ファシリテーターの赤塚丈彦さんも「素晴らしい」と評するほどバランスのいい2030年の世界を実現しました。ゲームの肝は、SDGsというゴールがあるおかげで、個々の行動も変えていくことができると気づける点。また、17の目標が互いに連関しており、遠くで起こっているかのように思える出来事も、実は自分の生活に密接に関係していると「自分ごと化」する視点を持てること。ゲームにも参加した本誌編集長の東森尚人築地本願寺副宗務長は「築地本願寺では4月にSDGsプロジェクトチームを設置し、何ができるかについて提案してもらっています。また今は特にユニバーサルデザイン、車椅子ユーザーや高齢者に優しい施設になるためには、という問題に取り組んでいます。和顔愛語、少欲知足、この2つだけでも全世界の人が心がけ、持続可能な社会や地球になったら素晴らしいと思います」と笑顔で話しました。ゲームはイマココラボのウェブサイトから、「今後のイベント開催予定」を見ると、オンラインや主に都内で行われるカードゲームの予定が書かれています。興味のある方は参加してみては。(編集委員・星顕雄)

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オンラインショップを開設しました御本山御用達開明社員代表取締役社長今岡規代600-8468京都市下京区堀川通新花屋町角︵西本願寺前︶東京都新宿区四谷三栄町十四番地三一東京店本社160-0008Tel075-351-1234Fax075-341-7905Tel03-3358-1500Fax03-3359-89020120-075-72030広告

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市開教布教所一※協賛社募集中(年間6万円)日本料理紫水☎03-3544-0551〒104-0045東京都中央区築地3-15-1築地本願寺第一伝道会館内〒104-0061東京都中央区銀座5-11-10「築地本願寺新報」協賛社都株式会社若林佛具製作所築地店☎03-3546-8228〒104-0045東京都中央区築地3-15-1築地本願寺第二伝道会館内(株)弘電社☎03-3542-3660株式会社川勝法衣店☎075-371-0367〒600-8344京都市下京区花屋町通油小路東入松井建設株式会社☎03-3553-1151〒104-8281東京都中央区新川1-17-22株式会社龍保険事務所☎03-3567-8591〒104-0061東京都中央区銀座2-2-17一般財団法人台湾協会☎03-3200-8116〒160-0022東京都新宿区新宿6-29-6-4F浜屋株式会社☎079-288-2211〒670-0961兵庫県姫路市南畝町2-31株式会社和光舎☎075-612-7988〒612-8081京都市伏見区新町3-487株式会社想(こころ)☎0120-048-556〒231-0002神奈川県横浜市中区海岸通4-23マリンビル613首都圏都市開教専従員・OB会☎0436-22-7412〒290-0024千葉県市原市根田723-1西光寺内(株)金剛組東京本店☎03-6853-8190〒104-0061東京都中央区銀座7-12-7株式会社プラニ☎0120-37-0243〒600-8109京都市下京区五条通西洞院西入平屋町420-3F株式会社松栄堂☎075-212-5590〒604-0857京都市中京区烏丸通二条上ル東側本願寺出版社☎075-371-4171〒600-8501京都市下京区堀川通花屋町下ル浄土真宗本願寺派宗務所覧埼玉県三郷布教所聞信寺大久保悟〒341-0044三郷市戸ケ崎3-522-3☎048-951-1400東京都町田布教所高源寺鳴海昭純〒195-0063町田市野津田町2534-20☎042-737-3236江戸川布教所妙蓮寺友岡晃二〒132-0024江戸川区一之江2-17-5☎03-6231-4733王子布教所妙徳寺大江和正〒114-0002北区王子2-15-82階☎03-5944-6613神奈川県横浜保土ケ谷布教所住蓮寺猪口大悟〒240-0044横浜市保土ケ谷区仏向町44-1☎045-335-5680鎌倉布教所西敬寺髙見沢孝昭〒248-0035鎌倉市西鎌倉3-11-40☎0467-32-9238川崎多摩布教所慶念寺小林賢五〒214-0012川崎市多摩区中野島4-24-2-5☎044-819-5482千葉県習志野布教所照光寺脇本正範〒275-0001習志野市東習志野3-13-27☎047-478-2664いるま布教所超法寺末田雅裕〒358-0002入間市東町5-8-28☎04-2907-881333お知らせ

34広如上人のご生涯を仰いで広こう如にょ上人(1798〜1871年)【諡号:信しん法ぽう院いん、法諱:光こう沢たく】広如上人は1798(寛政10)年6月1日、河内の久宝寺御坊顕証寺文淳(文如上人三男)の長男としてご誕生されました。1819(文政2)年本如上人の嗣子となり、1826(同9)年に本如上人ご往生により、29歳で法灯を継承されました。それより45年の間、幕末から明治維新という激動の真っ只中で近代教団の歩むべき道を模索されました。また、嗣子無きため1841(天保12)年に顕証寺本淳(広如上人のおじ)の長男、広淳を嗣子として迎え、徳如と改めました。ところが、1850(嘉永3)年に明如上人がお生まれになったため、徳如上人の嗣子となし、新々門(次の新門)とされました。御三方は幕末の戦乱の中、御所近辺の警護などに当たられましたが、残念ながら徳如上人は1868(明治元)年に43歳でご往生されました。上人の継職当時、宗門の財政は行き詰まり、莫大な借財を抱えていました。このような状況を打開するため、諸家の財政立て直しの実績があった大坂の大根屋小右衛門(石田敬起)を起用し、上人は本願寺の財政改革に着手。その結果、財政の回復に成果が見られました。そのような中にあっても、上人は蓮如上人350回忌や宗祖600回大遠忌をお勤めされ、特に宗祖600回大遠忌は広如上人、徳如上人、明如上人の御三方お揃いでの盛儀でありました。北海道の開教、宗祖終焉の地である角すみの坊ぼう並びにお荼だ毘び所しょの整備、また正信偈については10種あった唱法を5種に改訂されたことなども上人のご事蹟です。上人は1871(明治4)年8月19日(旧暦)73歳でご往生されました。築地本願寺には、上人の格別の思し召しにより、44歳の折に描かれた生前の肖像である「寿じゅ像ぞう」(※右の肖像画参照)が下附されており、極めて希少な寺宝として現在に伝わっております。特に「現住広如」の流麗な文字は、有栖川流の書法を極められた上人の自筆によるものです。(文・駒田将海)広如上人寿像(築地本願寺蔵)広如上人のご生涯を仰いで本年は、本願寺第20代広如上人の150回忌に当たります。築地本願寺では10月1日から2日にかけて上人の150回忌法要をお勤めいたします。今回は上人のご生涯について振り返ってみましょう。

35プラザ

36スケジュール晨朝勤行日没勤行行事・イベント予定9月schedule-September-築慈和東佃あ03(3541)1131中央区築地3-15-103(3622)3011墨田区横網1-7-203(3323)0321杉並区永福1-8-1042(474)6787東久留米市柳窪5-8-30042(532)3153あきる野市菅生657-1中央区月島1-2-97:007:007:007:007:0016:0016:0016:0016:0016:00築地本願寺慈光院和田堀廟所東久留米会館あきる野本願寺佃島分院26土築英語法座(WEB配信)講師:村石恵照師[神奈川県・光輪寺]講題:光に向かって生きるー南無阿弥陀仏の意味25金築パイプオルガンランチタイムコンサート(中止)22火あ秋季彼岸会(14時~)講師:村上弘樹師[山梨県・真光寺]東秋季彼岸会(13時~)講師:小林賢五師[神奈川県・川崎多摩布教所慶念寺]慈秋季彼岸会(10時~・13時~)講師:弘山光称師[広島県・西教寺]和秋季彼岸会(9時30分~・14時~)講師:照本さおり師[神奈川県・専福寺]20日築帰敬式19土築秋季彼岸会(~25日)証如上人御祥月御影奉懸披露法要(9時30分~)18金千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要(WEB配信)17木築へいわフォーラム2020(東京教区教務所HPにて配信)16水慈親鸞聖人御命日法要(13時30分~)講師:毛利祥真師[神奈川県・立徳寺]あ親鸞聖人御命日法要(13時~)和総永代経法要(14時~)講師:和田堀廟所職員親鸞聖人御命日日中法要(9時30分~)講師:和田堀廟所職員築親鸞聖人御命日日中法要(9時30分~)親鸞聖人御命日法話(御命日法要後:WEB配信)講師:熊原博文師[埼玉県・正善寺]15火和親鸞聖人御命日逮夜法要(14時~)講師:早島大英師[神奈川県・正宣寺]築親鸞聖人御命日逮夜法要(14時~)12土築真宗連続講座(WEB配信)講師:本多靜芳師[東京都・万行寺]講題:お浄土の世界は、「あの世」なのか〜【彼岸】に至る8火築住如上人御祥月日中法要(9時30分~)1火和永代経法要(14時~)講師:吉井誠光師[埼玉県・善行寺]慈震災記念追悼法要(10時~・13時~)講師:福井学誠師[埼玉県・淨泉寺]※コロナウイルスの影響により、法座、行事等が中止(変更)になる場合がございます。最近の情報は築地本願寺HPにてご確認ください。築地本願寺代表電話まで本堂新築工事中

築地本願寺の各種団体築地本願寺仏教婦人会年会費:5,000円9月の行事私たちは念仏生活に勤しみ、友の輪を広げております。例会:7日(月)中止築地本願寺仏教壮年会年会費:5,000円講話会・話し合い法座等の行事に、会員無料あなたもぜひ参加してみませんか。特別講演:8日(火)17:00〜築地本願寺仏教青年会年会費:1,000円仏教に興味のある青年の集いです。いろんな事を話し合いませんか。築地本願寺合唱団楽友会月会費:2,000円仏教讃歌を一緒に歌いましょう。午前練習:11日、25日(金)10:00〜午後練習:4日、18日(金)19:00〜築地本願寺スカウトボーイスカウト東京中央第10団ガールスカウト東京都第155団対象:年長~高校生集会日:日曜日(月に1~2回)会場:築地本願寺他☆リーダー同時募集中[問い合わせ]教化育成部03-3541-1131(代表)※新型コロナウイルスの感染状況によっては、中止させていただく場合がございますことご了承ください。※上記、行事に参加されます方は、築地本願寺ホームページの各団体のスケジュールをご確認ください。東京ビハーラ「がん患者・家族語らいの会」「仏教カウンセリングを語り合う会」新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、例会をオンラインにて再開いたしました。下記アドレスからyoutubeで御覧頂けます。https://youtu.be/exkTUp9Bfz0[連絡先・問い合わせ先]e-mail:urara.ota@gmail.com担当太田問い合わせ電話:03-5565-3418日時:9月12日(土)14:00~16:00講師:佐々木瑞恵師[僧侶・光源寺住職・臨床宗教師]講題:「たまわりたる出遇い」講演参加方法:9月10日までに①氏名②携帯番号を明記の上、上記メールアドレスにお申し込みください。「築地本願寺youtube」で検索!常例布教【Youtubeにて配信中】ご法話(仏教の話)を聞きましょう基本的な配信時間●金・土・日の10時30分〜11時20分・13時〜14時20分●木・金の19時〜19時50分※詳しくはHPをご確認ください9月3日(木)~6日(日)9月10日(木)~13日(日)9月17日(木)~20日(日)9月21日(月)~23日(水)9月24日(木)~27日(日)蓮谷啓介[大分県・妙蓮寺]朝山大俊[大阪府・法音寺]村上拓[山梨県・真光寺]澤田唯[茨城県・安楽寺]田坂亜紀子[山口県・超専寺]阿弥陀様は蓋の如「仏様を拝む」を暮らしとともにある私たちの生活と浄聞いても一生聞かし、凹凸の函(私)テーマにお話させ浄土真宗をあじわ土真宗の教えの関ずとも一生ご一にぴったりとご一緒ていただきます。いましょう。わりを30歳の視点緒に仏法聴聞いたです。でお話します。しましょう。※新型コロナウィルスの感染状況によっては、講師の変更や開催の中止、もしくは、WEB配信のみとさせていただく場合もございますのでご了承ください。37スケジュール

38スケジュール10月-Octobernextmonth31土築英語法座(会場未定)講師:石田法雄師[滋賀県立大学名誉教授]慈慈光院報恩講(日中10時~・逮夜13時~)(~11月1日)講師:松岡満優師[群馬県・蓮照寺]25日東報恩講(10時~)講師:白川淳敬師[東京都・正法寺]24土慈土曜法座(17時~)講師:源祐樹師[兵庫県・源光寺]和報恩講日中法要(10時~)講師:片山信英師[香川県・源正寺]23金和報恩講逮夜法要(13時~)講師:片山信英師[香川県・源正寺]18日あ報恩講(10時~)講師:毛利祥真師[神奈川県・立徳寺]築良如上人御祥月日中法要(9時30分~)17土築真宗連続講座(会場未定)講師:本多靜芳師[東京都・万行寺]16金慈親鸞聖人御命日法要(13時30分~)講師:毛利祥真師[神奈川県・立徳寺]あ親鸞聖人御命日法要(13時~)和親鸞聖人御命日日中法要(9時30分~)講師:和田堀廟所職員築親鸞聖人御命日日中法要(9時30分~)15木和親鸞聖人御命日逮夜法要(14時~)講師:西原龍哉師[千葉県・天真寺]築親鸞聖人御命日逮夜法要(14時~)11日築帰敬式(13時~)5月築鏡如上人御祥月日中法要(9時30分~)4日築鏡如上人御祥月逮夜法要(14時~)2金築広如上人150回忌日中法(9時3要0分~)1木和永代経法要(14時~)講師:小笠原博慧師[山梨県・福泉寺]築広如上人150回忌逮夜法要(14時~)

39編集後記編集後記8月6日に、テレビ東京の番組で当院のオンライン法要や寺婚、ビハーラなどの事業とあわせ、本誌6月号の特集が取り上げられた。もう一つ、オススメなのが常例布教。WEB配信なので、ラジオ感覚で聴聞できます!(小柴)9月はお彼岸があります。「お彼岸」とかけまして、「家庭科の授業」とときます。その心は、「西方(裁縫)について考えます」。(多田)エコと思って手回し充電ハンディファンを作ったこの夏。3秒の涼を得るためにはハンドルを200回くらい回して充電する必要がありました。(藤本)米津玄師の新譜CDを買った。しかし、うちのオーディオがある部屋には冷房がない。さらに、アンプは真空管。聴いている私を惚けさせたのは曲か暑さか。(松本)築地本願寺倶楽部(会費無料)に入会すると「よろず僧談」や「僧侶相談」というお坊さんに何でも相談できる無料サービスがあります。一人で悩まずお話しください。(事務局M)築地本願寺とは?築地本願寺は、京都の西本願寺を本山とする浄土真宗本願寺派の仏教寺院です。その成り立ちは、1617年に江戸の浅草近くで創建されたのが始まりです。しかし、40年後の1657年に「明暦の大火」とよばれる大火事で本堂が焼失します。その後、江戸幕府から再建の地として与えられた海上を埋め立てて、土地を築いたところに本堂を建立。それが、「築地」という名称の由来になりました。帝国大学(現、東京大学)名誉教授で建築史家の伊東忠太博士が設計した本堂は、仏教寺院には珍しい、オリエンタルなインド等アジアの古代仏教様式を使用しているのも特徴です。所在地は、築地場外市場のお隣で、大江戸線・築地市場駅から徒歩10分、日比谷線・築地駅からは直結しています。銀座へも徒歩で行ける場所にあります。ぜひお参りください。浄土真宗本願寺派築地本願寺〒104-8435東京都中央区築地3-15-1お問合せ:築地本願寺コンタクトセンター0120-792-048本堂参拝時間6:00〜16:00※日没勤行終了後、閉門。

2020(令和2)年9月1日発行第874号1947(昭和22)年6月18日創刊毎月1日発行発行:浄土真宗本願寺派(西本願寺)築地本願寺・築地本願寺新報社〒104-8435東京都中央区築地3-15-1築地本願寺は、京都の西本願寺を本山とする浄土真宗本願寺派の直轄寺院です。
