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# ブッダのおしえ　

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ブッダのおしえ─お経のことば─ぶっだ三十五歳でさとりを開きブッダ（仏陀）の境地に達した、しゃかしゃくそんにゅうめつ仏教の開祖お釈迦さま（釈尊）は、八十歳で入滅するまでの四十五年間、人間の平等を強く主張され、だれでもが完全に理解できるように、人びとの、能力や環境に応ゆひじて、適切な譬喩も交えて、やさしく教えを説かれました。釈尊が亡くなられた（入滅）後、それらの教えを後世へんさんにも残すため、主な弟子たちが集まって教えの編纂を試み、書かれた教えとしての聖典（お経）ができ上がりました。時を超え、お経として現代に伝えられてきた釈尊の教えは、多くの人びとの精神的なよりどころとなり、現実の生活と心の実際にふれる、生きた指針として、私たちの心を満たしてくれます。＊この『ブッダのおしえ』は仏教伝道協会発行の『仏教聖典』から抜粋して作成しました。

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【ページ内のテキスト情報】

はじめにとなつ世界の仏教徒に共通して、大切に唱え継がれてさんきえもんちかいる「三帰依文」という誓いがあります。みずかほとけきえ自ら仏に帰依したてまつるほう自ら法に帰依したてまつるそう自ら僧に帰依したてまつるは、歴史上の人物としてのブッダ（釈迦にぶつしゃくそん尼仏＝釈尊）ですが、ブッダのこころは、真理と─1─しゃかして私たちにもめぐまれていて、その内なるこころを呼びさましてくださるのが、目に見える形となったさまざまな仏像です。む牟は、ブッダの説かれたおしえです。そのおしえは自己の内なる真理として聴こえるもので、その内なる真実をよびさましてくれるのが、文字として伝わっているお経です。は、もとは、釈尊のまわりに集まったお弟子のグループを意味していました。「仏」によって説かれた「法」にもとづいて、真理を実践している人たちの集まりです。なか仏と、おしえと、聖なる仲間まさんぼうという三宝を信じること（帰依）は、自己の思いをはるかにこえた、大いなる真実の前に謙虚になることによって、自己の小さなこころが、真実の大きな世界へ広がってゆくことを意味しているのです。

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【ページ内のテキスト情報】

─2─人生の問い──若き太子の苦悩──ヒマーラヤ山の南のふもとを流れるローヒニー河のほとりに、シャーキャ（釈しゃか迦）族の都カピラヴァストゥがあった。その王シュッドーダナ（浄じょうぼん飯）は、そこに城を築き、善政をしき、民衆は喜び従っていた。王の姓はガウタマ（ゴータマ）であった。妃きさき、マーヤー（摩まや耶）夫ぶ人にんは同じ釈迦族の一族でコーリヤ族のデーヴァダハ城主の姫で、王の従いとこ妹にあたっていた。結婚の後、ながく子に恵まれず、二十幾年の歳月の後、ある夜、妃きさきは白びゃくぞう象が右わきから胎内に入る夢を見て懐かいにん妊した。王の一族をはじめ国民ひとしく指折り数えて出生を待ちわびた。そして臨りんげつ月近く、妃は国の習慣に従って生家に帰ろうとし、その途中ルンビニー園に休息した。折から春の陽ひはうららかに、アショーカの花はうるわしく咲きにおっていた。妃は右手をあげてその枝を手たお折ろうとし、その瞬間に王子を産んだ。天地は喜びの声をあげて母と子を祝福した。時に四月八日であった。シュッドーダナ王の喜びはたとえようがなく、一切の願いが成じょうじゅ就したという意味のシッダールタという名を王子に与えた。しかし、喜びの裏には悲しみもあった。マーヤー夫ぶ人にんは間もなくこの世を去り、太たい子しは以後、夫人の

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─3─妹マハープラジャーパティーによって養育された。太子は七歳の時から文武の道を学んだ。春祭に、父王に従って田園に出、農夫の耕す様子を見ているうち、鋤すきの先に掘り出された小虫を小鳥がついばみ飛び去るのを見て、「哀あわれ、生きものは互いに喰くいあう」とつぶやき、ひとり木陰に坐すわって静思した。生まれて間もなく母に別れ、今また生きものの喰くいあう有様を見て、太子の心には早くも人生の苦悩が刻まれた。それはちょうど、若木につけられた傷のように、日とともに成長し、太子をますます暗い思いに沈ませた。太子十七歳の時、ヤショーダラーを迎えて妃きさきと定め、この後十年の間、冬ふゆ季・夏なつ季・雨う季きそれぞれの宮殿にあって歌か舞ぶ管かんげん弦の生活を楽しんだが、その間もしきりに沈ちん思し瞑めい想そうして人生を見きわめようと苦心した。「宮きゅうてい廷の栄えい華がも、健すこやかなこの肉体も、人から喜ばれるこの若さも、結局このわたしにとって何であるのか。人は病む。いつかは老いる。

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【ページ内のテキスト情報】

まぬが死を免れることはできない。若さも、健康も、生きていることも、どんな意味があるというのか。人間が生きていることとは、結局何かを求めていることにほかならない。しかし、この求めることについては、誤ったものを求めることと、正しいものを求めることの二つがある。誤ったものを求めることとは、自分が老いと病と死とを免れ得ぬ者でありながら、老いず病まず死なないことを求めることである。正しいものを求めることとは、この誤りに気づき、老いと病と死とを超え、人間の苦悩のすべてを離れ─4─た境地を求めることである。今のわたしは、この誤ったものを求めている者にすぎない」このように心を悩ます日々が続いて、月日は流れ、太子二十九歳の年、ついにこの俗世界とのつながりを断ち切って出家の身となった。太子は髪をそり、鉢を手に食を乞みなみいつつ南方に下った。こ

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─5─太子は仙せんにん人たちを訪れてその苦くぎょう行の実際を見、また自らそれを実行した。しかし、それは結局さとりへの道ではないと知った太子は、ウルヴィルヴァーの林で激しい苦行をしたのである。それはまことに激しい苦行であった。しかし、この苦行も太子の求めるものを与えなかった。そこで太子は、六年の長きにわたったこの苦行を未練なく投げ捨てた。沐もくよく浴して身の汚よごれを洗い流し、乳ちちがゆ粥の供く養ようを受けて健康を回復した。太子は静かにピッパラの樹（菩ぼ提だいじゅ樹）の下に坐すわって、命をかけて最後の瞑めいそう想に入った。「さとりを得るまでは、わたしはこの座を立たないであろう」。その日の太子の心はまことにたとえるものがないほどの悪戦苦闘であった。まことに、血は流れ、肉は破れ、骨は砕くだけるほどの苦闘であった。しかし、夜明けを迎えて明けの明みょうじょう星を仰いだ時、太子の心は光り輝き、さとりは開け、仏ほとけと成った。それは太子三十五歳の年の十二月八日の朝のことであった。これより太子は仏ぶっ陀だ、無むじょう上覚かくしゃ者、如にょらい来、釈しゃ迦か牟むに尼、釈しゃくそん尊、世せ尊そんなどの種々の名で知られるようになった。『仏伝』『パーリ増支部』『パーリ中部聖求経』

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【ページ内のテキスト情報】

ほとけだい仏の心とは大じ慈ひ悲である。あらゆる手だてによって、すべての人びとを救う大慈の心、人とともに病み、人とともに悩む大悲の心である。ちょうど子を思う父母のように、しばらくの間も捨て去ることなく、守り、育て、救い取るのが仏の心である。「おまえの悩みはわたしの悩み、おまえの楽しみはわたしの楽しみ」と、かたときも捨てることがない。仏の大悲は人によって起こり、この大悲に触れて信じる心が生まれ、信じる心によってさとりが得られる。それは、子を愛することによって母であることを自覚し、母の心に触れて子の心が安らかとなるようなものである。ところが、人びとはこの仏の心を知らず、その無知からとらわれを起こぼんのうして苦しみ、煩悩のままにふるまって悩む。ざいごう仏の心罪業の重荷を負って、あえぎつつ、迷いの山かから山を駆けめぐる。『観無量寿経』『維摩経』『大般涅槃経』─6─

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【ページ内のテキスト情報】

かたくたとの喩え火宅さとりの岸に立って、迷いの海に沈んでいる人ほとけびとに呼びかける仏のことばは、人びとの耳には容易に聞こえない。だから、仏は、自ら迷いの海に分け入って、救いの手段を講じた。さて、それでは一つのたとえを説こう。ある町に長者が住んでいて、その家が火事になった。たまたま外に居た長者は帰宅して驚き、子どもたちを呼んだが、彼らは遊びに夢中で火に気づかず、家の中にとどまっていた。父は子どもたちに向かって「子どもたちよ、逃げなさい、出なさい」と叫んだが、子どもたちは父の呼び声に気がつかなかった。あんぴきづか子どもたちの安否を気遣う父はこう叫んだ。「子どもたちよ、ここに珍しいおもちゃがある。早く出て来て取るがよい」。子どもたちはおもちゃとわざわ聞いて勇み立ち、燃えさかる家から飛び出して災まぬがいを免れることができた。この世はまことに燃えさかる火の家である。ところが人びとは、家の燃えていることを知らず、焼け死ぬかも知れない恐れの中にある。だから、仏は大悲の心から、限りなくさまざまに手段をめぐらして人びとを救う。『法華経譬喩品』─7─

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ほとけじひ仏の慈悲をただこの世一生だけのことと思ってはならない。それは久しい間のことである。人びとが生まれ変わり、死に変わりして迷いを重ねてこんにちきた、その初めから今日まで続いている。仏は常に人びとの前にもっとも親しみのある姿を示し、救いの手段を尽くす。しゃかぞくたいししゅっけ釈迦族の太子と生まれ、出家し、苦行をし、道をさとり、教えを説き、死を示した。人びとの迷いに限りがないから、仏のはたらきにも限りがなく、人びとの罪の深さに底がないから仏の慈悲にも底がない。だいせいがんだから、仏はその修行の初めに四つの大誓願しぐせいがん四つの願い（四弘誓願）を起こした。ちか一つには誓ってすべての人びとを救おう。ぼんのうた二つには誓ってすべての煩悩を断とう。三つには誓ってすべての教えを学ぼう。四つには誓ってこの上ないさとりを得よう。この四つの誓願をもととして仏は修行した。仏の修行のもとがこの誓願であることは、そのまま仏の心が人びとを救う大慈悲であることを示している。『法華経寿量品』『心地観経』─8─

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ほとけとわ仏は永遠に月が隠れると、人びとは月が沈んだといい、月が現れると、人びとは月が出たという。けれどもしょうめつ月は常にあって生滅することがない。仏もそのように、常にあって生滅しないのであるが、ただ人びとを教えるために生滅を示す。人びとは月が満ちるとか、月が欠けるとかいうけれども、月は常に満ちておへり、増すこともなく減ることもない。ほとけ仏もまたそのように、常にあって生滅しないのであるが、ただ人びとの見るところに従って生滅があるだけである。月はまたすべての上に現われる。町にも、村にかめも、山にも、川にも、池の中にも、瓶の中にも、はずえ葉末の露にも現れる。人が行くこと百里千里であっても、月は常にその人に従う。月そのものにこと変わりはないが、月を見る人によって月は異なる。仏もまたそのように、世の人びとに従って、限りない姿を示すが、仏は永遠に存在して変わることがない。『大般涅槃経』─9─

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四つの真理この人間世界は苦しみに満ちている。生も苦しみであり、老いも病も死もみな苦しみである。うら怨みあるものと会わなければならないことも、愛するものと別れなければならないことも、また求めて得られないことも苦しみである。まことに、しゅうじゃく執着を離れない人生はすべて苦しみである。くたいこれを苦しみの真理〔苦諦〕という。この人生の苦しみが、どうして起こるかというと、それは人間の心につきまとう煩悩から起こる─10─ぼんのうことは疑いない。その煩悩をつきつめていけば、生まれつきそなわっている激しい欲望に根ざしていることがわかる。じったいこれを苦しみの原因の真理〔集諦〕という。

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ほろつこの煩悩の根本を残りなく滅ぼし尽くし、すべての執着を離れれば人間の苦しみもなくなる。めったいこれを苦しみの消滅の真理〔滅諦〕という。この苦しみを滅ぼし尽くした境地に入るには、八つはっしょうどうの正しい道（八正道）を修めなければならない。これらの八つは欲望を滅ぼすための正しい道の真どうたい理〔道諦〕といわれる。これらの真理を人はしっかり身につけなければならない。『パーリ律蔵大品』『パーリ相応部転法輪経』─11─

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八つの正しい道ぼんのう煩しゅうじゃく悩の根本を残りなく滅ぼし尽くし、すべての執着を離れれば人間の苦しみもなくなる。この苦しみを滅ぼし尽くした境地に入るには、はっしょうどう八つの正しい道（八正道）を修めなければならない。八つの正しい道というのは、正しい見方、正しい考え方、正しいことば、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい気づき、正しい心の統一である。これらの八つは欲望を滅ぼすための正しい道といわれる。この世は苦しみに満ちていて、この苦しみから逃れようとする者はだれでも煩悩を断ち切らなければならない。煩悩と苦しみのなくなった境地は、さとりによってのみ到達し得る。さとりはこの八つの正しい道によってのみ達し得られる。『パーリ律蔵大品』─12─

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えんしょうめつ縁と生滅人びとの苦しみには原因があり、人びとのさとりには道があるように、すべてのものは、みな縁ほろによって生まれ、縁によって滅びる。雨の降るのも、風の吹くのも、花の咲くのも、葉の散るのも、すべて縁によって生じ、縁によって滅びるのである。この身は父母を縁として生まれ、食物によって維持され、また、この心も経験と知識とによって育ったものである。だから、この身も、この心も、縁によって成り立ち、縁によって変わるといわなければならない。あみ網の目が、互いにつながりあって網を作っているように、すべてのものは、つながりあってできている。一つの網の目が、それだけで網の目であると考えるならば、大きな誤りである。網の目は、ほかの網の目とかかわりあって、一つの網の目といわれる。網の目は、それぞれ、ほかの網の目が成り立つために、役立っている。花の咲く縁が集まって花は咲き、葉の散る縁が集まって葉は散る。ひとり咲き、ひとり散るのではない。─13─

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かたよ偏った見方この世のすべてのものは、みな縁によって現れたものであるから、もともと違いはない。へんけん違いを見るのは、人びとの偏見である。大空に東西の区別がないのに、人びとは東西のしゅうじゃく区別をつけ、東だ西だと執着する。数はもともと、一から無限の数まで、それぞれ完全な数であって、区別はないのであるけれども、人びとは欲の心からはからって、多少の区別をつける。しょうめつもともと生もなければ滅もないのに、生滅の区別を見、また、人間の行為それ自体には善もなければ悪もないのに、善悪を区別するのが、人びとの偏見である。ほとけ仏はこの偏見を離れて、世の中は空に浮かぶ雲のような、また幻のようなもので、捨てるも取るもみなむなしいことであると見て、心のはからいを離れている。『華厳経夜摩天宮品』『大乗入楞伽経集一切法品』─14─

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ちゅうどう中道の見方一本の材木が、大きな河を流れているとする。その材木が、左右の岸に近づかず、中流にも沈おかのぼうずまず、陸にも上らず、人にも取られず、渦にも巻き込まれず、内から腐ることもなければ、その材木はついに海に流れ入るであろう。この材木のたとえのように、内にも外にもとらわれず、有にも無にもとらわれず、正にも邪にもとらわれず、迷いを離れ、さとりにこだわらず、中流に身をまかせるのが、道を修めるものの中道の見方、中道の生活である。道を修める生活にとって大事なことは、両極端にとらわれず、常に中道を歩むことである。『雑阿含経』─15─

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─16─さとりを求める者が学ばなければならない三つのことがある。それは戒かいと心の統一（定じょう）と智ちえ慧の三さんがく学である。戒とは何であるか。人として、また道を修める者として守らなければならない戒律を保ち、心身を統御し、小さな罪にも恐れを見、善い行いをして励はげみ努つとめることである。心の統一とは何であるか。欲を離れ不善を離れて、次第に心の安定に入ることである。智慧とは何であるか。四つの真理（四し諦たい）を知ることである。それは、これが苦しみである、これが苦しみの原因である、これが苦しみの消滅である、これが苦しみの消滅に至る道であると、明らかにさとることである。この三学を修めるものが、仏ほとけの弟子といわれる。『パーリ増支部』仏の教え

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くう空くうものが平等であって区別のないことを空といじしょうう。ものそれ自体の本質である自性は、実体がなめっく、生じることも、滅することもなく、それはことばでいい表すことができないから、空というのである。すべてのものは互いに関係して成り立ち、互いよに依り合って存在するものであり、ひとりで成り立つものではない。ちょうど、光と影、長と短、白と黒のようなもので、ものそれ自体の本質が、ただひとりでありむじしょう得るものではないから無自性という。また、迷いのほかにさとりがなく、さとりのほかに迷いがない。これら二つは、互いに相違するものではないから、ものには二つの相反した姿があるのではない。『大乗入楞伽経』─17─

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水にはまるや四角の形はないぼんのう煩悩のちりに包まれて、しかも染まることも、しょうじょう汚れることもない、本来清浄な心がある。うつわまるい器に水を入れるとまるくなり、四角な器に水を入れると四角になる。しかし、本来、水にまるや四角の形があるのではない。ところが、すべての人びとはこのことを忘れて、水の形にとらわれている。よあ善し悪しと見、好む好まぬと考え、有り無しととらしば思い、その考えに執われて、その見方に縛られて、外のものを追って苦しんでいる。いんねん縛られた見方を外の因縁に返し、縛られることのない自己の本性にたち帰ると、身も心も、何ものにもさえぎられることのない、自由な境地が得られるであろう。『首楞厳経』─18─

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─19─清しょうじょう浄の本心とは、言葉を換かえていえば仏ぶっしょう性である。仏性とは、すなわち仏ほとけの種である。レンズを取って太陽に向かい、その光をもぐさに当てて火を求めるときに、火はどこから来るのであろうか。太陽ともぐさとは互いに遠く隔たっているけれども、太陽の光がレンズを縁とし、もぐさの上に火として現れることは疑いない。また、太陽の光があっても、もぐさに燃える性質がなければ、もぐさに火は熾おこらない。いま、仏性をそなえた人びとというもぐさに、仏が智ちえ慧の光明を当てれば、仏性が信の火として現れ出て、もぐさの上に燃えあがる。仏はその智慧のレンズを取って世界に当てられるから、世界中に信の火が燃えあがるのである。『首楞厳経』仏の種

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五つの壁この世において、どんな人にもなしえないことが五つある。一つには、老いゆく身でありながら、老いないということ。二つには、病む身でありながら、病まないということ。三つには、死すべき身でありながら、死なないということ。四つには、滅ぶべきものでありながら、滅びないということ。五つには、尽きるべきものでありながら、尽きないということである。さ世の常の人びとは、この避け難いことにつき当たり、いたずらに苦しみ悩むのであるが、仏ほとけの教えを受けた人は、避け難いことを避け難いと知るおろから、このような愚かな悩みをいだくことはない。『パーリ増支部』─20─

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ち智え慧のことば（法ほっくきょう句経）うら怨みは怨みによって鎮まらず。怨みなきをもって、よく怨みは鎮まる。これ永遠の真理なり。（5）わが愚かさを知るものはすでに賢者なり。自らかしこを知らずして、賢しと思うものこそ愚者なり。（63）戦場において、数千の敵に勝つよりも、自己に勝つものこそ、最上の勝利者なり。（103）たとえ百歳の寿命を得るも、無上の教えに会うことなくば、この教えに会いし人の、一日の生にも及ばず。（115）人に生まるるは難く、いま生命あるは有難く、ほとけ世に仏あるは難く、仏の教えを聞くは有難し。（182）もろもろの悪をなさず、もろもろの善を行い、きよおのれの心を浄くす。これ諸仏の教えなり。（183）子たりとも、父たりとも、親族たりとも、死にとらあた捉えられし者を救うこと能わず。縁者のうちに救う者なし。（288）─21─

## Page 24
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道を求めてぜんざいどうじ昔、スダナ（善財）という童子がいた。この童子もまた、ただひたすら道を求め、さとりを願う者であった。海で魚をとる漁師を訪れては、海の不思議からみ得た教えを聞いた。人の病を診る医師からは、人じひに対する心は慈悲でなければならないことを学んだ。また、財産を多く持つ長者に会っては、あらゆるものはみなそれなりの価値をそなえているということを聞いた。ざぜんしゅっけしゃしずまた坐禅する出家者を訪れては、その寂かな心が姿に現れて、人びとの心を清め、不思議な力を与えるのを見た。また気高い心の女性に会ってはその奉仕の精神にうたれた。身を粉にし骨を砕いて道を求める行者にめぐり会っては、真実に道をやいば求めるために、刃の山にも登り、火の中でもかき分けてゆかなければならないことを知った。このように童子は、心さえあれば、目の見るところ、耳の聞くところ、みなことごとく教えであることを知った。─22─

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─23─香をたく道にも仏ほとけの教えがあり、華はなを飾る道にもさとりのことばがあった。ある日、林の中で休んでいたときに、彼は朽くちた木から生える一本の若木を見て生命の無むじょう常を教わった。昼の太陽の輝き、夜の星のまたたき、これらのものも童子のさとりを求める心を教えの雨で潤うるおした。童子はいたるところで道を問い、いたるところでことばを聞き、いたるところでさとりの姿を見つけた。まことに、さとりを求めるには、心の城を守り、心の城を飾らなければならない。そして敬けいけん虔に、この心の城の門を開いて、その奥に仏をまつり、信心の華を供え、歓かん喜ぎの香を捧ささげなければならないことを童子は学んだのである。『華厳経入法界品』

## Page 26
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けしどこにもない芥子の実裕福な家の若い妻であったキサーゴータミーは、そのひとり子の男の子が、幼くして死んだのむくろで、気が動転し、冷たい骸を抱いて町に出て、子どもの病を治す者はいないかと尋ね回った。この女性をどうすることもできず、町の人びとあわしゃくそんはただ哀れげに見送るだけであったが、釈尊の信ぎおんしょうじゃ者がこれを見かねて、その女性に祇園精舎の釈尊のもとに行くようにすすめた。彼女は早速、釈尊のもとへ子どもを抱いて行った。釈尊は静かにその様子を見て、「この子の病をけし治すには、芥子の実がいる。町に出て四、五粒もらってくるがよい。しかし、その芥子の実は、まだ一度も死者の出たことがない家からもらってこなければならない」と言われた。キサーゴータミーは、町に出て芥子の実を求めた。芥子の実は得やすかったけれども、死者の出たことがない家は、どこにも見つけることができなかった。ついに求める芥子の実を得ることができず、彼女は釈尊のもとにもどった。そして、釈尊の静かな姿に接し、初めて釈尊のことばの意味をさとり、夢から覚めたように気がつき、わが子むくろぼしょの冷たい骸を墓所におき、釈尊のもとに帰ってきて弟子となった。『パーリ長老尼偈註』─24─

## Page 27
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たかどの土台のない高楼おろ金持ちではあるが愚かな人がいた。他人の家のたかどの三階づくりの高楼が高くそびえて、美しいのを見てうらやましく思い、自分も金持ちなのだから、高楼を造ろうと思った。大工を呼んで建築するよう言いつけると、大工は承知して、まず基礎を造り、二階を組み、それから三階に進もうとした。主人はこれを見て、もどかしそうに叫んだ。「わたしの求めるのは土台ではない、一階でもない、二階でもない、三階の部分だけだ。早くそれを作れ」と。つとはげ愚かな者は、努め励むことを知らないで、ただ良い結果だけを求める。しかし、土台のない三階の高楼はあり得ないように、努め励むことなくして、良い結果を得られるはずがない。『百喩経』─25─

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【ページ内のテキスト情報】

頭と尾へびある蛇の頭と尾とが、あるとき、お互いに前に出ようとして争った。尾が言うには、「頭よ、おまえはいつも前にあるが、それは正しいことではない。たまにはわたしを前にするがよい」頭が言うには、「わたしがいつも前にあるのはきまった習わしである。おまえを前にすることはできない」と。互いに争ったが、やはり頭が前にあるので、尾は怒って木に巻きついて頭が前へ進むことを許さず、頭がひるむすきに、木から離れて前へ進み、ついに火の穴へ落ち、焼けただれて死んだ。ものにはすべて順序があり、異なる働きがそなわっている。不平を並べてその順序を乱し、そのために、そのおのおのに与えられている働きを失ほろうようになると、そのすべてが滅んでしまうのである。『百喩経』─26─

## Page 29
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【ページ内のテキスト情報】

竹やぶの恩ヒマーラヤ山のふもとの、ある竹やぶに、多くのけもの鳥や獣と一緒に、一羽のオウムが住んでいた。あるとき、にわかに大風が起こり、竹と竹とが擦すれあって火が起こった。火は風にあおられて、ついに大火となり、鳥も獣も逃げ場を失って鳴き叫んだ。オウムは、一つには、長い間住居を与えてくれむくた竹やぶの恩に報いるために、一つには、大勢のあわ鳥や獣の災難を哀れんで、彼らを救うために、近くの池に入っては翼を水に浸し、空にかけのぼっしずくては滴を燃えさかる火の上にそそぎかけ、竹やぶの恩を思う心と、限りない慈愛の心で、たゆまずにこれを続けた。じ慈ひけんしん悲と献身の心は天界のブラフマー神（梵天）─27─ぼんてんを感動させた。梵天は空から下って来てオウムに語った。「おまえの心はけなげであるが、この大火を、どうして羽の滴で消すことができようか」オウムは答えて言う。「恩を思う心と慈悲の心からしていることが、できないはずはない。わたしはどうしてもやる。次の生に及んでもやりとおす」と。梵天はオウムの偉大な志にうたれ、力を合わせてこの竹やぶの火を消し止めた。『雑宝蔵経』

## Page 30
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【ページ内のテキスト情報】

おごり高ぶる心しん樹木の芯を求めて林に入った者が、枝や葉を得おろて芯を得たように思うならば、まことに愚かなことである。ややもすると、人は、木の芯を求めるのが目的でありながら、木の外皮や内皮、または木の肉を得て芯を得たように思う。うれ人の身の上に迫る生と老と病と死と、愁い、悲しみ、苦しみ、悩みを離れたいと望んで道を求める。これが芯である。それが、わずかな尊敬と名誉とを得て満足しておご心が驕り、自分をほめて他をそしる人は、枝葉を得ただけにすぎないのに芯を得たと思うような者である。また、自分が守る少しばかりの戒めにまんしん慢心して、望んだものを得たように思い、満足して心が高ぶり、自分をほめて他をそしる人は、木の外皮を得て芯を得たと思うような者である。また、自分の心がいくらか静まり安定を得たとして、それに満足して心が高ぶり、自分をほめて他をそしる人は、木の内皮を得て芯を得たと思うような者である。くようを道を求める者にとっては、尊敬と名誉と供養受けることがその目的ではない。人はこの世の生と死の根本的な性質を心に留めなければならない。『パーリ中部大樹芯喩経』─28─

## Page 31
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【ページ内のテキスト情報】

─29─六ろっぱ波羅ら蜜みつとは、布ふせ施持じ戒かい忍にんにく辱精しょうじん進禅ぜん定じょう智ちえ慧の六つのことで、この六つを修めると、迷いの此この岸から、さとりの彼かの岸へと度わたることができるので、六ろく度どともいう。布施は、惜しむ心を退け、持戒は行いを正しくし、忍辱は怒りやすい心を治め、精進は怠おこたりの心をなくし、禅定は散りやすい心を静め、智慧は愚かな暗い心を転じて明らかな心にする。布施と持戒とは、城を造る礎いしずえのように、修行の基もととなり、忍辱と精進とは城壁のように外難を防ぎ、禅定と智慧とは、身を守って生しょうじ死を逃れる武器であり、それは甲かっちゅう冑に身をかためて敵に臨むようなものである。施ほどこした後で悔くいたり、施して誇りがましく思ったりするのは、最上の施しではない。施して喜び、施した自分と、施しを受けた人と、施した物と、この三つに執着しないことが最上の施しである。正しい施しは、その報むくいを願わず、清らかな慈じひ悲の心をもって、他人も自分も、ともにさとりに入るように願うものでなければならない。『大般若波羅蜜多経』『大般涅槃経』六つの行い

## Page 32
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【ページ内のテキスト情報】

─30─世に無む財ざいの七しち施せとよばれるものがある。財なき者にもなし得る七種の布ふせ施行ぎょうのことである。一には、身しん施せ、身体による奉仕であり、その最高なるものが捨身行である。二には心しん施せ、他人や他の存在に対する思いやりの心である。三には眼げん施せ、優しいまなざしであり、そこに居るすべての人の心がなごやかになる。四には和わ顔げん施せ、柔にゅうわ和な笑顔を絶やさないことである。五には言ごん施ぜ、思いやりのこもったあたたかい言葉をかけることである。六には牀しょうざ座施せ、自分の席をゆずることである。七には房ぼうしゃ舎施せ、わが家を一夜の宿に貸すことである。以上の七施ならば、だれにでもできることであり、日常生活の中で行えることばかりなのである。『雑宝蔵経』七つの施し

## Page 33
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【ページ内のテキスト情報】

あせらずたゆまずせそんしゃくそん世尊（釈尊）の弟子シュローナは富豪の家に生まれ、生まれつき体が弱かった。世尊にめぐり会ってその弟子となり、足の裏から血を流すほど痛々しい努力を続け、道を修めたけれども、なおさとりを得ることができなかった。世尊はシュローナをあわれんで言われた。「シュローナよ、おまえは家にいたとき、琴ことを習ったことがあるであろう。ゆる糸を張ることが、きつくても、緩くても、よい音は出ない。かんきゅう緩急よろしきを得て、はじめてよい音を出すものである。おこたさとりを得る道もこれと同じく、怠れば道を得られず、あまり張りつめて努力しても、決して道は得られない。だから、人はその努力についても、よくその程度を考えなければならない」この教えを受けて、シュローナは、やがてさとりを得ることができた。『パーリ長老偈註』─31─

## Page 34
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【ページ内のテキスト情報】

じとうみょう自ほうとうみょう灯明法灯明しゃくそん釈尊はクシナガラの郊外、シャーラ（沙羅）樹の林の中で最後の教えを説かれた。さらみずか弟子たちよ、おまえたちは、おのおの、自らをともしび灯火とし、自らをよりどころとせよ、他を頼りとしてはならない。この法を灯火とし、よりどころとせよ、他の教えをよりどころとしてはならない。弟子たちよ、これまでおまえたちのために説いたわたしの教えは、常に聞き、常に考え、常に修めて捨ててはならない。もし教えのとおりに行うなら常に幸せに満たされるであろう。教えのかなめは心を修めることにある。だから、か欲を抑えて、おのれに克つことに努めなければならない。身を正し、心を正し、ことばをまことあむさぼるものにしなければならない。貪ることをやめ、むじょう怒りをなくし、悪を遠ざけ、常に無常を忘れてはならない。あるじほとけ心に従わず、心の主となれ。心は人を仏にし、ちくしょうまた、畜生にする。迷って鬼となり、さとって仏しわざと成るのもみな、この心の仕業である。はずだから、よく心を正しくし、道に外れないよう努めるがよい。弟子たちよ、わたしの終わりはすでに近い。─32─

## Page 35
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【ページ内のテキスト情報】

別離も遠いことではない。しかし、いたずらに悲しんではならない。世は無常であり、生まれて死なない者はない。く今わたしの身が朽ちた車のこわように壊れるのも、この無常の道理を身をもって示すのである。いたずらに悲しむことをやめて、この無常の道理に気づき、人の世の真実のすがたに眼を覚まさなければならない。変わるものを変わらせまいとするのは無理な願いである。ぼんのうすき煩悩の賊は常におまえたちの隙をうかがって倒そうとしている。もしおまえたちの部屋に毒蛇が住んでいるのなら、その毒蛇を追い出さない限り、落ちついてその部屋で眠ることはできないであろう。煩悩の賊は追い払わなければならない。煩悩の蛇は追い出さなければならない。おまえたちは慎んでその心を守るがよい。さいご弟子たちよ、今やわたしの最期の時である。しかし、この死は身体の死であることを忘れてはならない。─33─

## Page 36
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ほとけ仏の本質は身体ではない。さとりである。ほろ身体はここに滅びても、さとりは永遠に法（教え）と道（実践）とに生きている。だから、わたしの身体を見る者がわたしを見るのではなく、わたしの教えを知る者こそわたしを見る。のこわたしの亡き後は、わたしの説き遺した法と戒律がおまえたちの師である。この法と戒律を保ち続けてわたしに仕えるようにするがよい。弟子たちよ、わたしはこの人生の後半四十五年間において、説くべきものはすべて説き終わり、なすべきことはすべてなし終わった。わたしにはもはや秘密はない。すべてみな完全に説きあかし終わった。ねはんわたしは今より涅槃に入るであろう。きょうかいこれがわたしの最後の教誡である。『長阿含経』『遊行経』『般泥洹経』＊涅槃＝ちょうどローソクの火を吹き消すように、欲望の火を吹き消したものが到達にゅうねする境地で、これに到達することを「入涅はんぶっだ槃」といい、達したものを「仏陀しゃかむにぶつ」とよぶ。釈迦牟尼仏が亡くなった瞬間を「入涅槃」ということもあるが、肉体が滅びたときにぼんのう完全に煩悩の火が消える、という考え方かほとけらで、普通は、三十五歳で仏になったときに「涅槃」の状態に達したと考えられている。─34─

## Page 37
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─35─日本の仏教宗派約2500年前に、インドで釈しゃ迦か牟むに尼仏ぶつ（釈しゃくそん尊）によって創始された仏教は、中央アジア・中国・朝鮮半島を経由して、六世紀の中ごろ、日本にもたらされました。それから現在に至るまでの1400有余年という長い歴史の歩みの中で、さまざまな宗派が中国から伝えられ、さらに、多くの宗派が日本人によって新しく創始されました。奈良時代（710−794）仏教が始めて日本に伝えられたのは六世紀中ごろの、538年であったとされますが、奈良時代までは、少なくとも宗派仏教は日本に存在しませんでした。この時代までの出来事で特筆すべきことは、聖徳太子（574-622）による、仏教精神にもとづく政治行政で、「三さんぼうこうりゅう宝興隆の詔みことのり」（594）や「十七条憲法」（604）はよく知られています。奈良時代に入ると、いわゆる「南なん都と六ろくしゅう宗」とよばれる法ほっそうしゅう相宗・三さんろんしゅう論宗・華けごんしゅう厳宗・律りっしゅう宗（戒律宗）・成じょうじつしゅう実宗・倶くしゃしゅう舎宗が中国から相次いで伝えられました。これらは後代に独立してくる宗派とは違って、一種の学派的存在で、大部分の僧侶は一つの特定の宗に属するというよりも、六つの宗の教義を兼学していたのです。

## Page 38
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─36─平安時代（794−1192）平安時代約四百年の仏教の主流は、伝でんぎょうだいしさいちょう教大師最澄（767-822）によって開創された天てんだいしゅう台宗と、弘こうぼうだい法大師し空くうかい海（774-835）によって開創された真しんごんしゅう言宗とです。この二宗は、日本人の手によって開創された、はじめての宗派仏教であった点に特徴があります。そして、この時代の末期に、浄じょうどきょう土教の一つの流れである融ゆうずう通念ねんぶつしゅう仏宗が独立してきます。鎌倉時代（1192−1333）末まっぽう法思し想そうとよばれる、一種の仏教的末まっ世せ観かんによって、三つの仏教の流れが新しく独立してくるのがこの時代ですが、これらが、現在に至るまでの、日本仏教の主流になっています。三つとは、浄土教と、禅ぜんと、そして日にちれんしゅう蓮宗とであり、浄土教としては、平安時代の末に独立した、良りょうにん忍（1072-1132）による融通念仏宗の他に、法ほうねん然（1133-1212）による浄土宗、親しんらん鸞（1173-1262）を宗祖とする浄じょうど土真しんしゅう宗、さらに、一いっぺん遍（1239-1289）によって創はじめられた時じしゅう宗があります。禅の流れには、栄えいさい西（1141-1215）によって伝えられた臨りんざいしゅう済宗と、道どうげん元（1200-1253）を開祖とする曹そうとう洞宗しゅうがあり、日蓮宗は日蓮（1222-1282）によって開創されました。なお禅の流れには、中国僧隠いんげん元（1592-1673）によって、江戸時代の初期にわが国にもたらされた黄おうばくしゅう檗宗があります。

## Page 39
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『仏教聖典』は今日も世界で読まれております仏教伝道協会が、生きたみ仏の教えを世界中の一人でも多くの人びとに理解していただくために『仏教聖典』の全世界への普及を願い、すでに約996万冊以上が普及されました。さらに、母国語で読んでいただくための和英対照、英文、和文をはじめとする各国語翻訳・刊行は47言語に達し、ホテル、病院等への寄贈は世界65の国と地域、1万5700軒・165万室以上となっております。み仏の基本的な教えのエッセンスを親しみやすい現代の言葉で表した『仏教聖典』は、世界の国々で、今日も人びとの生きた指針として、日常生活のあらゆるシーンで活躍しています。仏教伝道協会は他にも仏教に関する書籍を刊行し、仏教に関連したさまざまなイベントを開催しています。詳しくは仏教伝道協会ホームページをご覧ください。（公財）仏教伝道協会ホームページ公益財団法人仏教伝道協会〒108-0014東京都港区芝4丁目3番14号TEL.（03）3455-5851（代）FAX.（03）3798-2758https://www.bdk.or.jp

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