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# とってもやさしい　はじめての仏教

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“仏教”とはいったいどんな宗教なのか？4610182420お釈迦さまって誰？仏教ライフのすすめいまさら聞けない？仏教Q&Aいま、こころに響く仏教のことばお経には、なにが書かれているの？

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4244463440363832よくわかる、仏像ガイド「お釈迦さまの教え」の基本を知る日本の仏教はこうして始まった日本仏教のさまざまな宗派仏教からみる、日本の年中行事仏教伝道協会のご案内四諦八正道とってもやさしいはじめての仏教もくじ

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今からおよそ2500年前、お釈しゃか迦さまはこの現実の世界を「苦」であるとみきわめそれを乗り越える道を示しました。日常生活に存在する迷いや苦しみから目をそらすのではなく、いどんな宗教なのか？とってもやさしいはじめての仏教4

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それらを正しくみつめ「今を生き抜く」ための智ち慧えへと転じ「さとり」をひらくことがお釈迦さまの説いた教え、仏教なのです。とはいった日本に伝わってから1500年余り。仏教はこの国を見守ってきました。光を見失った多くの人が救いを求める今こそ仏教の教えを見直してみませんか。仏教5

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お釈しゃか迦さまって誰？仏教の開祖、お釈しゃか迦さま。恵まれた環境で生まれ育った王子が、なぜ、修行の道を選んだのか？その足跡をたどると、お釈しゃか迦さまの教えが一層くっきり見えてきます。1誕生紀元前5世紀ごろ、ヒマーラヤ山脈のふもとにカピラヴァストゥという、シャーキャ族の都がありました。そこで王子として生まれたのが、ガウタマ・シッダールタ、のちのお釈しゃか迦さまです。生まれてすぐ、母は亡くなり、シッダールタはおばに育てられることになりましたが、豪華な宮殿での生活は不自由のない、とても恵まれたものでした。その一方、繊せんさい細で感受性が強とってもやさしいはじめての仏教6

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い性格で、「人間はなぜ、苦しみから逃のがれられないのだろう」という思いが幼いころから芽生え始めました。出家ある日、シッダールタは城の門の外へ出てみました。そしてそこで、老人や病人、死人、修行者に出会いました。こうした人に出会うなかで、「人間は老いることや病気になること、死ぬことは避けられないのだ」と知り、修行の道を歩むことを決意。29歳で出家しました。さとりシッダールタは、北東インドにあるマガダ国に行き、ふたりの師について修行をしましたが、そこでは求める答えを得られず、修行に満足できなくなってしまいました。そこで、師のもとを離れ、5人の修行者と一緒に苦行を開始。断食をしたり、意識がなくなるまで息を止めるなど、とても厳しい苦行を６年間行いました。しかし、シッダールタはまだ、人生の真理を見つけることができません。「苦行では、自分の求めるものは得られない」と知った彼は、35歳のときに仲間と別れ、少女の供くよう養した乳ちちがゆ粥を受けた後、菩ぼだいじゅ提樹のもとで深い瞑めいそう想に入ります。煩ぼんのう悩が悪327

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に説いても理解してもらえないだろう」と渋っていたブッダですが、ようやくその願いを受け入れて、人々に教えを説くことを決意します。最初に訪れて教えを説いたのは、かつて、一緒に修行をした5人の仲間がいるサールナートでした。そこから、さらなる旅へ。弟子の数もどんどん増え、やがて仏教教団ができあがりました。入にゅうめつ滅さとりを開いてから45年が経ち、ブッダは80歳にな魔として現れて、瞑想の邪魔をしようとしますが、それでも彼は深い瞑想を継続。そして明け方、シッダールタは心の迷いから抜け出て、人生の真理をさとることができたのです。こうしてシッダールタは、「ブッダ（＝目覚めた人）」となりました。布教さとりを得たブッダのもとへ、ブラフマンという神様が現れ、「あなたのさとりをこの世の人たちに伝えてください」と言いました。「人々りました。いつものように弟子を従え、教えの旅に出かけましたが、旅の途中でブッダは体調を崩します。自分の命もあとわずかと悟ったブッダは、クシナガラという村に到着すると、二本のシャーラ樹の間に床を敷いて横たわり、静かに最期のときを待ちました。そして、悲しむ弟子達に「すべてのものは無常であり、つねに変化しているのです。これからも気を抜かず修行に努めなさい」と語りかけ、生涯を閉じました。45とってもやさしいはじめての仏教8

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しゃかブッダと釈迦は同一人物さとりを開く前の名前は、ガウタマ・シッダールタ。ガウタマは「もっとも優れた牛」、シッじょうじゅダールタは「目的を成就した者」という意味です。シッダールタはその後、さとりを開くとしゃかしゃくそん「釈迦」あるいは「釈尊」と呼ばれるようになります。これはしゃかむにせそんしゃか「釈迦牟尼世尊」の略。釈迦はむシャーキャ族の漢字表記、牟尼せそんは聖者、世尊は「この世でもっとも尊ばれる」という意味を持ちます。また、さとりを開いたあとは「ブッダ（仏陀）」とも呼ばれますが、これは「目覚めたしゃか人」のこと。さらに、釈迦を仏にょらいとして敬う呼び方として「如来」というものもあります。に9

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お寺と神社のおもな違いお寺神社全国の数約7万4千※約8万※聖職者（数）僧侶（約31万5千人）神職（約2万5千人）崇拝対象御本尊（仏像、仏画など）御神体（鏡、剣、山など）入口山門鳥居守護像仁王像狛犬、狐など建築様式土を盛った壇に建てられ、太い柱で瓦屋根を支える構造（和様、大仏様、禅宗様、折衷様など）高床式で藁葺きや桧皮葺きの屋根に千木と堅魚木がある（春日造、流れ造、住吉造、大社造、神明造など）参拝の作法合掌再拝二拍手一拝まず「何を拝むか」が大きな違いです。古代の日本人は森しんらばんしょう羅万象に魂が宿ると考え、山や森、岩や樹木などを御神体として拝んできました。その場所に祭壇や小屋が設けられ、鏡や玉、剣などを納める本殿や拝殿へと発展したのが神社です。一方、寺院はインド・中国から伝わった仏教の宗教施設。僧侶が住み、仏様を祀まつっているのがお寺です。寺院には御本尊として仏像が安置されており、仏像を拝み、手を合わせてお参りすることができるのが特徴です。いまさら聞けない？仏教Q&Aお寺に参拝するときの作法は？心得は？お寺と神社との違いや、仏教にまつわる素朴な疑問にお答えします。Q1お寺と神社はどう違うの？※平成29年度版宗教年鑑によるとってもやさしいはじめての仏教10

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建長寺（神奈川県鎌倉市／禅宗寺院）の伽藍配置庭園とうす東司からもん唐門ほうじょう方丈だいくり大庫裏はっとう法堂どうけいいん同契院せいらいあん西來庵（僧堂）ぶつでん仏殿すうざんもん嵩山門こほうじょう小方丈さんもん三門しょうろう鐘楼そうもん総門みょうこういん妙高院寺院の入口は鳥居ではなく総門・三門。境内には、ご本尊を祀る仏殿（本堂、金堂）、説法や法話を行う法堂（講堂）、僧侶の修行の場である僧堂、僧侶の寝食する庫裏（庫院）などの建物が配置されています。11

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寺院での一般的な参拝の手順は次の通りです。①山門（三門）お寺の玄関である山門で、仏さまへご挨拶の意味を込めて合がっしょう掌または一礼します。②手ちょうずや水舎境けいだい内へ入ったら、まずは手水舎へ。右手で柄ひしゃく杓を持って左手を、柄杓を持ち替えて右手を清めます。最後に左の手のひらで水を溜めて口に含み、軽くすすいで口を清めた姿勢を正し、胸の前で静かに合掌して軽く頭を下げます。数珠を持参した場合は両手に掛けましょう。合掌には仏様と一体となるという意味があります。神社と違い、手お寺では、どのようにお参りすればいいの？Q2は打ちません。他にもお堂があれば、同様にお参りしましょう。境内から出たら、門の外で本堂の方を向き、合掌または一礼します。とってもやさしいはじめての仏教12

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ら、左手で口元を隠してそっと吐き出します。③本堂本堂へ赴き、灯とうみょう明（ロウソク）とお線香をあげます。灯明は上段の奥から順に立てるのがマナーです。お線香は貰い火せず、自分の灯明から点つけましょう。④本堂正面本堂に来たことを仏様に告げるため、正面の綱を持って鰐わにぐち口を鳴らし、浄じょうざい財（賽銭）を入れます。浄財は、金銭を仏様に差し上げることで煩悩を捨てるという意味があるとされています。数じゅず珠（念ねんじゅ珠）は、仏事の際に、礼らいはい拝する時に用いる仏具です。人間の百八の煩悩を数珠が取り除いてくれるという考えから百八個の珠玉を連ねたものが基本ですが、種類や掛け方は宗派によって異なります。現在は珠玉の数もさまざまで、略式数珠も一般的です。仏事や法要、参拝の際に、両手に掛けて合掌します。数珠にはどんな意味があるの？Q313

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お焼しょうこう香って何？寺の鐘は勝手についていいの？お焼香とは抹まっこう香や線香を焚くことで、香りを仏様に供養します。法要など、仏教儀礼の際に欠かせないものです。仏教の発祥地であるインドは白びゃくだん檀・伽きゃら羅・沈じんこう香などの香木の産地であり、お香は熱帯の暑さの中で臭いを防ぐために用いられていました。仏教ではお香を焚くと心身を清められるとされています。清らかなお香の香りで心を鎮めてみませんか。お寺の鐘は「梵ぼんしょう鐘」といい、朝夕の時の知らせや法要・儀式の合図として用いられてきました。さらに大晦日の除夜の鐘のように、百八あるといわれる煩悩を取り除き、清らかな心で新年を迎えるために用いられてきました。参拝者が鐘をつけるお寺もありますが、近隣への配慮から禁止しているお寺も多いため、事前の確認が必要です。Q4Q5とってもやさしいはじめての仏教14

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仏様のお供え物は、なぜ饅頭が多いの？お供えする花に決まりごとはあるの？仏様へのお供え物は、灯とうみょう明、お香、香こうずい水、仏花、お仏ぶっぱん飯を供えるのが通例です。法事などの仏事の際、それらはお寺で用意することが多いため、お参りに来られる方は、その他のお供え物として適当なお饅頭やお菓子、果物などを持参されることが多いのです。お墓やお仏壇にお供えする仏花は、生花を用意しましょう。人間に命があるように、花にも命があります。仏花を見て、命の尊さや、生きていることへの感謝を感じ取ることが大切です。また、仏花は仏様の慈悲を表し、仏様へのお供え物でありながらも、花は私たちの側に向けられます。Q6Q715

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坐禅と瞑想は、何が違うの？仏教に「聖地」はあるの？瞑想（メディテーション）は、一般的に静かに座り特定のイメージに精神を集中させたり、心を落ち着かせたりすることで、世界の宗教の多くに見られます。仏教の坐禅も瞑想の一種といえますが、大きな違いは、坐禅がお釈迦さまのさとり、すなわち、物事の真実を正しく知る智ち慧えと関連づけて説かれている点です。坐禅は、禅宗で行われるものを指しますが、これに類するものは仏教の多くの系統、宗派にも認められます。たとえば、天台宗の止しかん観、真言宗（密教）の阿あ字じ観かんなどです。また、近年よく知られるようになったマインドフルネスのルーツは、東南アジアに伝わった伝統的な仏教の瞑想法です。興味をもたれた方は、近くのお寺やその他の場所で行われている坐禅会などに参加してみましょう。Q8Q10とってもやさしいはじめての仏教16

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世界にはいくつ仏教国があるの？近代国家の多くは政治と宗教を分離して信教の自由を認めています。そのうえで、仏教国という定義を「仏教を国教に定めている国」とするなら、チベット仏教を国教とするブータンと上座部仏教を国教とするカンボジアが仏教国といえます。また、広義の意味で仏教徒の多い国・地域を挙げれば、タイ、ミャンマー、ベトナム、イスラームの聖地メッカは、教祖であるムハンマドの生誕の地。それと同じく、お釈迦さまの生誕地であるネパールのルンビニーは、仏教における大切な「聖地」です。他にも、お釈迦さまが悟りを開いたとされるインドのブッダガヤー、初めて教えを説いたサールナート、同じく説法を行ったラージャグリハやサヘート・マヘート、旅の終着点となったヴァイシャーリー、涅ねはん槃の地であるクシナガラなどが仏教における聖地とされています。ラオス、スリランカ、日本、中国、台湾、韓国が該当します。世界の仏教徒の数は約3億8千万人と推定されていますが、そのうち約8470万人が日本の仏教徒であり、日本は世界有数の仏教大国といえるでしょう。なお、お釈迦さま生誕の地であるネパールや仏教発祥国のインドでは、現在、ヒンドゥー教徒が多く、仏教徒は少数派です。Q917

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お経とはお釈迦さまの教えをまとめたものです。お釈迦さま自身は自らの教えを文字に書いて残すということはしませんでした。しかし、弟子たちがお釈迦さまの言葉を繰り返し「唱え」口伝えすることで、教えが広まりました。それを後世の人たちが編纂し、書き記しました。インドばかりでなく、他の国や地域にもお釈迦さまの教えは伝わっていきました。私たちが耳にするお経のほとんどは、中国語に翻訳されたものです。では、そのお経には何が書かれているのでしょうか。さとりの世界のことや人生の真実に関することにとどまらず、さまざまな人間模様に悩む人びとを描いた物語・ドラマがお経に含まれています。人は弱い存在であるからこそさまざまな悩みを持ちます。だからこそお経もたくさんあるといえます。お経という物語・ドラマの中心には、お釈迦さまがいらっしゃり、人びとの悩みを解決されているのです。お経には、なにが書かれているの？寺院などで耳にする機会の多いお経は現代語ではありませんが、そこには仏教の真髄がさまざまな観点から余すところなく語られています。とってもやさしいはじめての仏教18

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二なぜ、お経をよむの？お経をよんだり、人に聴かせたりすることは、とても功徳のあることとされています。お釈迦さまの教えは、はじめは口伝えによって広まったもの。弟子達は、聴いた教えを繰り返し唱えることで、学びを深めていきました。ですから現在でもお経を「声に出して」唱えること、そして「耳で聴く」ことは心を整える上でとても大切なこととされているのです。四「南無」ってなに？「南無」は、サンスクリット語きえの「ナマス（＝帰依する）」に漢字なむしゃかむにぶつをあてたもの。「南無釈迦牟尼仏」なむあみだぶつなむみょうほうれんげきょう「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」なむだいしへんじょうこんごう「南無大師遍照金剛」など、宗派によってそれぞれ唱えることばがあります。これはそれぞれの仏や経典などを「信じ、帰依します」という意味です。一お経は何語で書かれている？現在、日本でよまれるお経の多くは、インドから中国に伝わって翻訳された漢文か日本の古文で書かれています。もともと、お釈迦さまは古代インドのマガダ地方を中心に説法したとされていますが、どのような言葉だったのか詳しくはわかっていません。三お経は誰が書いたの？お経は、お釈迦さまが直接書いたものではありません。お釈迦さまの教えが口伝えに広まっていくなかで、さまざまなグループがそれぞれ教えを記録し、まとめるようになりました。またそれが時代を経てアジア諸国に伝わっていくうちに、いろいろに解釈され、翻訳され、たくさんのお経が出来ました。だから「誰」と一言でいうことが出来ないのです。19

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いま、この時代だからこそ読みたいお釈迦さまのことば。その本質を知り、実践することで、人生の扉が開くのを感じることもあるでしょう。快楽から憂いが生じ、快楽から恐れが生じる。快楽を離れた者には憂いがない。まして恐れなどどこにもあり得ない。|法句経第二一四偈|快楽や愛慕の情など、人は無意識のうちにたくさんの煩悩を心のなかに抱えます。それらが人をあやまちの道へ誘うのです。お釈迦さまは、それらの煩悩から離れることが永遠の平安を手に入れる唯一の方法とみなしました。仏教のことばとってもやさしいはじめての仏教20

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愚かな者を道連れにしてはならぬ。|法句経第六一偈|いま、こころに響く人間は、ともに行動する仲間に影響を受けやすいもの。聡明な伴侶が見つからず、智慧（ちえ）を持っていなかったり、志が異なっていたりする人と旅をするのなら、勇気を持って孤独に進む方が良いものです。せまい心を捨てて、広く他に施すことは、まことによいことである。それとともに、志を守り、道を敬うことは、さらによいことである。（中略）一つのたいまつから何千人の人が火を取っても、そのたいまつはもとのとおりであるように、幸福はいくら分け与えても、減るということがない。|四十二章経|悪人とは「自分に示された他人の親切に感謝できない人」、善人とは「常に感謝の気持ちを持ち、すべての人に対して思いやりを持つことができる人」。火は、無数の人たちに分け与えることができるように、感謝や思いやりの心も、たくさんの人達へ供することができるのです。21

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すべてのものは、来ることもなく、去ることもなく、生ずることもなく、滅することもなく、したがって得ることもなければ、失うこともない。|楞伽経|この世のものは見えるけれども、実体を伴わない、いわば幻や陽炎（かげろう）のようなものであり、それらに執着するのは愚かなことだと、お釈迦さまは語ります。ものごとを追わず、求めず、ありのままに受け入れれば執着は生まれず、迷いの道にとらわれることもありません。この世では、恨みが恨みによって鎮まるということはあり得ない。恨みは、恨みを捨てることによって鎮まる。これは永遠の真理である。|法句経第五偈|お釈迦さまは、さまざまな煩悩のおおもととなるものは「無明（むみょう）」であると考えました。無明とは、「智慧（ちえ）がなく、愚かである」ということで、「恨み」も無明から生まれます。無明を改めるには、自分が無知であるという事実を知ることも大切。自分が無明であると気づけば、「恨み」という煩悩からも解き放たれるのです。とってもやさしいはじめての仏教22

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ことばだけ美しくて、実行の伴わないのは、色あって香りのない花のようなものである。|法句経第五一偈|己が楽しみを求める人は、己が煩悩の矢を抜くべし。|スッタニパータ第五九二偈|香りを放たず、見せかけだけの美しさを誇る花には、蝶は見向きもしないでしょう。それと同じように、行動し、実を結ぶことが大切です。同時にお釈迦さまは、「花の香りは、風に逆らっては流れない。しかし、善い人の香りは、風に逆らって世に流れる」とも説いています。すなわち、人の善行は他人にも影響を及ぼし、社会をも変えるちからを持つのです。煩悩が人から智慧を遠ざけ、迷いの道を深くします。悲嘆、執着、憂いを取り除くことができるのは、自分しかいません。煩悩の火を消し、心の平穏を得た人は、もう、どんな悲しみに惑わされることもなく、安らぎのなかに身を置くことができるでしょう。23

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お経の一字一句に心をこめて写経とは、文字通り、経典を書き写すこと。印刷技術が発達していなかった時代には、お経は書き写され、広められていきました。そのため、いまでも写経は心を静める方法の一つであり、大きな利益があるとされています。写経で使用する経典は『般はんにゃしんぎょう若心経』を用いることが一般的。『般若心経』の場合、わずか262字を写経するだけで、『大だいはんにゃきょう般若経』600巻を書き写すのと、同じ功くどく徳があるといわれています。寺院などで開催されている写経会に参加すると、筆や用紙などが用意されていることが多く、便利。字の上手、下手は関係ありません。心を込めて一字一句綴っていけば、その教えが一層、こころの深いところに響いてくるでしょう。仏教ライフのすすめ気持ちを落ち着かせて正しく座り、仏教の言葉に耳を傾ければ、ますます仏教が生活に根ざしたものに感じられるはず。まずは、手軽なところから始めてみましょう。写経とってもやさしいはじめての仏教24

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仏さまの姿を書き写すしゃぶつ写仏「写経」のほか、筆や絵の具を使って、仏像の姿を書き写す「写仏」もあります。基本的に下絵をなぞるように描くので、絵心がなくても大丈夫。仏さまと向き合う気持ちで、丁寧に描きましょう。25

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こころを統一する禅の基本「坐禅」とは、姿勢を正し、呼吸を調えて坐り、心を落ち着かせること。基本的な修行の一つとも、それ自体がさとりの現れであるともされます。お釈迦さまが出家したのち、最後に実行した瞑想の修行に由来します。目指すところは、心を統一し、きれいに、安らかにすることで、これによって、正しい智ち慧えが得られるのです。坐禅をしてみると、心にさまざまな雑念や煩ぼんのう悩が浮かんでくるでしょう。そのときには、それらを追いかけたり、それらにとらわれたりしないことが大事です。初めのうちは、吸う息、吐く息に気持ちを集中し、一つ、二つとその数を数えることもお勧めです。坐禅は、心身の健康の元でもあります。坐禅とってもやさしいはじめての仏教26

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坐り方初心者は15分程度をめやすに。慣れてきたら少しずつ、時間を長くしていきましょうけっかふざ結跏趺坐両足の裏を上向きにして足を組む半跏趺坐結跏趺坐が難しければ、片足だけを組んでも良い手の組み方法界定印右手を左足の上に置き、その上に左手を重ね、両手の親指を自然に合わせる。両腕と両脇の間をはなして、楽な形にして、両手の親指はかすかに接触させる呼吸の仕方かんきいっそく欠気一息坐禅のはじめに深呼吸をし、息を長く吐き出す。坐禅中は鼻による腹式呼吸を意識する宗派によって坐禅の作法は異なります27

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これも仏教からはじまった日本に長く伝わる伝統や文化にも、実は、仏教に起源を持つものがたくさんあります。普段、何気なく接しているそれらの習慣も、改めて「仏教」という視点から考えてみると、新しい気づきが得られるかもしれません。茶道禅の思想と関わり、侘わび・寂さびの茶道が確立臨りんざいしゅう済宗の開祖である栄ようさい西が鎌倉初期、留学先の宋から帰国したとき、喫茶の習慣を日本へ持ち込んだのが、茶道の起源。その後、臨済宗の寺院では「茶されい礼」が確立されるなど、禅宗と茶道は深く関わりながら、喫茶の習慣は展開していきます。茶道は仏教と関わるなかで、「侘び・寂び」という日本独自の美意識を確立。静寂な空間で一心に茶を点たてることでこころを落ち着かせ、自分自身を見つめ直し、精神を高めることをめざします。仏教ライフのすすめ・2とってもやさしいはじめての仏教28

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華道仏さまに供そなえる花が芸術へ昇華生命力の象徴とされ、古来、仏教でも重視されてきた花。日本では、すでに奈良時代から瓶に挿さした花を仏さまに供える「供く華げ」の習慣がありました。その後、室町時代になると、室内装飾のひとつとして、仏壇飾りの「供華」から着想を得て、花瓶に挿した花が飾られるように。これが、生け花の始まりです。生け花が「華道」として進化したのは、室町時代中期のこと。花の名手として活躍していた京都・頂ちょうほうじいけのぼう法寺池坊の住僧、池いけのぼうせんのう坊専応がより美しい生け方を追求。初めて理論的に生け花を大成しました。29

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日本庭園浄土や禅の考えが自然と融合平安時代、貴族の間で末まぽう法思想が流行。「この世で幸せが得られないなら、来世は極楽へ生まれ変わろう」と、極ごくらくじょうど楽浄土への往おうじょう生を願い、浄土教が大流行しました。それに伴い、貴族の邸宅に造られた庭園も極楽浄土をイメージしたものがブームに。邸内に建てた持じぶつどう仏堂の前に大きな池を設け、周辺に草木を美しく配置した「浄土式庭園」が確立しました。その後、鎌倉から室町時代にかけて禅宗が隆りゅうせい盛をきわめると、水を使わず、石組みと白しらす砂で庭を造る「枯かれさんすい山水庭園」が発展。砂で水の波紋を示すなど、自然の景観を巧みに表現しているのが特徴です。禅の修行は自然との調和を大切にします。そのため、庭園にも自然の要素を凝縮し、修行の場としたのです。つとってもやさしいはじめての仏教30

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精進料理「不ふせっしょうかい殺生戒」が起源食事も修行のひとつお釈しゃ迦かさまの定めた五戒で殺せっしょう生が禁止されていることから、仏教では肉や魚を食べることをタブーとする考えが生まれました。そこで、野菜や豆類、穀類を工夫した料理が食べられるようになり、これが「精進料理」の始まりです。「精進」とは修行に励むこと。「食」も身を浄きよめる修行のひとつです。日本の精進料理を発展させるのに貢献したのが、曹洞宗の開祖、道どうげん元です。『典てんぞきょうくん座教訓』という書物を残し、調理の心得や食事の作法などを体系的に説いています。31

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【ページ内のテキスト情報】

とってもやさしいはじめての仏教よくわかる、仏像ガイド宝冠や仏面をつけている首飾りやイヤリングなど宝飾品をつけていることが多い髪の毛は小さく巻かれ、頭頂が盛り上がっている1枚の布を体に巻いている手でさまざまな印を結ぶスカートのような衣服を着ているぼさつ［菩薩］衆生救済をめざす菩薩像は出家前のお釈迦さまがモデル。あえて仏にならず、修行者としてさまざまな姿で人々を教えにみろくぼさつかんのんぼさつ導きます。「弥勒菩薩」「観音菩薩」もんじゅぼさつ「文殊菩薩」などがあります。にょらい［如来］お釈迦さまがモデル如来とは「さとりの世界より来る者」しゃかにょらいを指し、「釈迦如来」はさとりを開いたお釈迦さまの姿です。その後、やくしにょらいあみだにょらいだいにちにょらい「薬師如来」「阿弥陀如来」「大日如来」など、多くの如来像が誕生しました。32

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【ページ内のテキスト情報】

万人の救済と成仏をめざす大乗仏教では、さまざまな仏像が信仰の対象になっています。人間に近い、個性豊かな姿牙がむき出しになっている火炎などを背負う性別がはっきりしているてん［天］如来や菩薩の守護神バラモン教やヒンドゥー教など、インド古来の神々を仏教に取り込んだのが天。守護神として仏ぼんてんたいしゃくてん教を守ります。「梵天」「帝釈天」べんざいてん「弁財天」などがあります。みょうおう［明王］霊力豊かな如来の使者如来の教えを世の中に広めるたふんぬめ、憤怒の形相で人々を仏道に目覚めさせます。主に密教で重要視ふどうみょうおうだいいとくみょうおうされ、「不動明王」「大威徳明王」あいぜんみょうおう「愛染明王」などがあります。33

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【ページ内のテキスト情報】

とってもやさしいはじめての仏教一えんぎ縁起という考えすべてのものごとは、独立して起こるのではなく、なんらかの原因によって生じるという考えのこと。世の中のあらゆるものごとは、原因と結果の関係でつながっています。仏教の教えの基本となる思想です。「お釈迦さまの教え」の基本を知る二ちゅうどう中道という考え快楽と苦行、どちらにも傾かない生き方・考え方を中道といいます。「中途半端」という意味ではありません。両極端なものの見方を離れて、バランスの取れた生きはっしょうどう方をすることが大切なのです。八正道に沿った生活を実践すれば、中道を歩むことができます。34

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三したい四諦という考えくたい生きることは苦しみであるということ（苦諦）、その苦じったいしみには必ず原因があるということ（集諦）、その原因を除くことで苦しみを乗り越え、安らぎがあるというめったいこと（滅諦）、その安らぎに至るためには正しい道をあどうたいゆまなければならないということ（道諦）です。仏教とは、ひとが幸せになるための教えのこと。ただ、経典を読んだり、知識として理解したりするだけではありません。日々の生活で活かすことができる、実践的な教えなのです。四さんぼういん三法印という考え仏教を特徴づける３つの真理のこと。しょぎょうむじょう第１に「全てのものはうつり変わる」（諸行無常）しょほうむが第２に｢全てのものには永遠の実体はない」（諸法無我）ねはんじゃくじょう第３に「さとりの世界はやすらぎである」（涅槃寂静）35

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【ページ内のテキスト情報】

四諦四したい諦とは、「苦」の原因を探り、さとりを得るための真実です。「諦」とは、真実のこと。人間には、四苦八苦と呼ばれるさまざまな苦しみがあります。それらの「苦」から自由になるための道筋を、お釈迦さまは4つに分けて説明します。duḥkhasatya苦くたい諦1「一切は苦である」という真実。人間は四苦（生しょうろうびょうし老病死）など、逃れることのできない苦を背負っています。人生とは思い通りにならないもので、これを理解することが仏教の大前提となります。samudayasatya集じったい諦2「苦の原因は我がしゅう執にある」という真実。すべてのものは無常であるにも関わらず、私は私のものと思い込んで、人はそれらにこだわり、執着します。その我執のため、「苦」が生まれているのです。とってもやさしいはじめての仏教36

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【ページ内のテキスト情報】

nirodhasatya滅めったい諦3「我執を滅すれば安らぎが得られる」という真実。「『苦』の原因は我執である」ということは、すなわち、「我執を乗り越えれば『苦』から自由になることができる」ということでもあります。mārgasatya道どうたい諦4「苦を滅する道すじがある」という真実。正しい修行を実践すれば「苦」の輪りん廻ねから解き放たれ、解げだ脱つの状態に至ることができます。その実践法を語るのが、「八正道（→P38）」です。37

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八正道滅するための八つの道です。「四諦」の「道諦」では、「苦を滅する道すじがある」と説いています。その方法を具体的に語るのが、この「八正道」。修行者が解脱するための、基本的な理念を示しています。これらは、すべて深く関わり合いながら成り立っています。正しょうけん見1正しい見解を持つということ。お釈迦様の説いた縁起や四諦の教えに基づいて、自分自身や世間について正しい見解を持つ。正しょうご語3正しい言葉を使うということ。正思惟にもとづき、正しく美しい言葉を使う。嘘、悪口、飾った言葉、人を仲違いさせることなどは口にしない。正しょうしゆい思惟2正しい考えを持つということ。欲望を離れ、怒りを無くし、何ものも傷つけない心を持たねばならないと考えて、＜正しく＞判断する。正しょうごう業4正しい行為をするということ。正思惟にもとづき、常に正しいことを行い、殺生、盗み、不倫など、よこしまなことは決して行わない。とってもやさしいはじめての仏教38

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八はっしょうどう正道とは、「苦」を正しょうみょう命5正しい生活をするということ。殺生や盗みなどによって生計を立てず、＜正しく＞生きて行く。正しょうねん念7正しく意識を集中するということ。自分自身の心やからだ、身のまわりのすべてのものに対して注意を向け、気を抜かないこと。正しょうしょうじん精進6正しい努力をするということ。悪い行いを止め、善い行いをするよう一所懸命に努力する。正しょうじょう定8正しく精神を統一するということ。「正念」から、さらに進んで、心を一点に集中して、徐々に瞑想を深めて行き、ついには悟りの境地に到達すること。39

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【ページ内のテキスト情報】

紀元前５世紀頃インドに誕生した仏教は、アショーカ王によって重視され、インド全土に普及しました。たくさんの経典が編へんさん纂され、紀元1世紀頃に大乗経典も作成されました。それらがシルクロードを経て中国に伝わり、日本へ紹介されました。6世紀半ば頃、朝鮮半島にあった百くだら済国から、欽きんめい明天皇へ仏像と経典が贈られてきました。それに伴い、仏教を受け入れるか、排斥するかで、豪族間に対立が勃発。幾度かの争いが収まったあ日本の仏教はこうして始まった▶7世紀頃▶12世紀〜13世紀頃▶8世紀〜▶13世紀〜16世紀▶7世紀〜13世紀密教が生まれる仏教の衰退唐代の中国で仏教を学んだ最澄と空海が新しい仏教を展開。平安時代後半には浄土教の教えも広まった鎌倉時代に現在の主要宗派が次々誕生唐から宋の時代にかけて、禅宗・浄土教が誕生。また、道教などと仏教が融合しながら、民間へ浸透とってもやさしいはじめての仏教40

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と、推すいこ古天皇と摂政の聖しょうとく徳太子は新しい政治思想として、仏教を採用。仏教を柱とした中央集権国家の建設をめざしました。その一方で、日本には古くから自然を神として信仰する神道がありました。この神道が、新しく大陸から伝わった仏教と融合。土着の神々と仏教の仏や菩薩が、共に祀まつられるようになりました。これを「神しんぶつしゅうごう仏習合」といい、現在でも日本仏教の特徴のひとつととなっています。古代インドで誕生した仏教は、中国を経て、日本へ伝わりました。それが6世紀、飛鳥時代の頃。その後、1400年を超える歩みのなかで、日本の仏教は独自の発展をとげました。インド▶紀元前5世紀▶1世紀〜▶6世紀〜▶538年頃▶1世紀〜中国日本仏教が誕生大乗経典（般若経等）が成立西域より仏教が伝来。4世紀以降、鎮ちんご護国家の宗教として、受け入れられる隋・唐の時代、仏教が成熟。7世紀にはインドで生まれた密教も伝来朝鮮半島の百済国から仏教が伝来。国家仏教として信仰される41

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奈良時代、中国から日本へ仏教が伝わると、僧侶たちは国家の安あんたい泰を祈願して、仏教の教えに沿ってさまざまな儀式を行いました。その教えの違いにより、「法ほっそうしゅう相宗」「律りっしゅう宗」など、6つの宗派ができあがりました。これが、日本における宗派のはじまりです。平安時代に入り、最さいちょう澄と空くうかい海が登場して、それぞれ新しく宗派を確立。平安末期から鎌倉時代にかけて法ほうねん然、親しんらん鸞、日蓮などが現れ、さまざまな宗派が誕生しました。そして、中国から禅宗も伝わり、現在の宗派の基礎が出来上がったのです。このように、多くの宗派が存在するのが、日本仏教の特徴です。それはそれぞれの宗派の宗祖が、大乗の教えのどの部分を重要視するかの違いによるものです。念仏をとなえたり、坐禅を組んだり、宗派で大事にしていることはさまざまですが、めざすものは「さとりを開き、苦しみから自由になる」ということ。目的は、どれも一緒なのです。日本仏教のさまざまな宗派日本では仏教が広まるにつれ、さまざまな宗派が誕生しました。現在では、大きく分けて13宗、こまかく分けると56宗派が存在します。いずれも大乗仏教の流れを汲むものです。とってもやさしいはじめての仏教42

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日本仏教の6系統文化庁の「宗教年鑑」では、ほとんどの宗派を6つの系統に分類しています。このうち、「奈良仏教系」を除く5宗派は開祖によって分けられ、現在、日本のお寺のほとんどはいずれかに分類されます。奈良仏教系飛鳥時代から奈良時代にかけて誕生。とうだいじこうふくじやくしじとうしょうだいじ東大寺、興福寺、薬師寺、唐招提寺など、奈良の古寺に伝わる。現在でもほっそうしゅうけごんしゅうりっしゅう法相宗、華厳宗、律宗などの教えが続いている。天台系さいちょうてんだいしゅう最澄により始まった天台宗が中心。最澄は804年、唐に渡り、天台山で中ひえいざん国天台宗の教えを伝授された。比叡山えんりゃくじの延暦寺を総本山とし、全てのものが等しく仏に成ることができるという教えを広めた。密教、禅、大乗の戒律の要素も持つ。真言系くうかいしんごんしゅう空海により始まった真言宗が中心。最澄と同じく、804年に唐へ渡り、長安で密教を学んだ。帰国後、日本における密教の第一人者として真言宗の開祖こんごうぶじに。高野山の金剛峯寺を総本山とし、現在のこの身のままで仏になれるといそくしんじょうぶつう「即身成仏」の教えを説いた。浄土系しんらんいっぺん然や親鸞、一遍らにより、始まったほうねん法とななむあみだぶつ宗派。法然は「南無阿弥陀仏」と称おうじょうじょうどしゅうえれば極楽往生できるとする浄土宗を開いた。また、親鸞は自らの身をいっさい仏にゆだねるという「他力」じょうどしんしゅうの立場を説き浄土真宗を開いた。そのほか、一遍は「南無阿弥陀仏」とじしゅう称えれば救われるという時宗を開き、りょうにん良忍は念仏を称えることが善行の根ゆうずうねんぶつしゅう本であるとする融通念佛宗を開いた。禅系禅の教えに基づく諸宗派。鎌倉時代、ようさい宋に渡った栄西は坐禅や禅問答をりんざいしゅう行う臨済宗を開き、また、同じく宋しかんたざで学んだ道元は、只管打坐（ただひたすら坐禅すること）を大切にするそうとうしゅう曹洞宗を開いた。さらに、江戸時代中国から来日した隠元は、坐禅と念おうばくしゅう仏を合わせて行う黄檗宗を開いた。日蓮系にちれんにちれんしゅう日蓮により始まった日蓮宗が中心。鎌ほけきょう倉時代、日蓮は法華経を基本とし、なむみょうほうれんげきょうだいもく「南無妙法蓮華経」と題目を唱えることによって現世で救われると説いた。43

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仏教からみる、日本の年中行事正月は、日本の行事の中で最も古くから存在するものだと言われています。その起源は詳しく分かっていませんが、仏教が伝来した6世紀半ば以前より正月の行事は存在していたと言われています。「お盆」の半年後にやってくる正月は、本来お盆と同じく「先祖をお祀りする行事」でした。しかし、仏教が浸透しその影響が強くなるにつれて、お盆は仏教行事の盂うらぼんえ蘭盆会と融合して先祖供養の行事となり、正月は歳としがみ神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」としてはっきり区別されるようになったと考えられています。仏教では新しい年を祝う修しゅしょうえ正会が行われます。「彼ひがん岸」とは仏教用語で「向こう岸」という意味です。「仏のさとりの世界」をさします。ちなみに「彼岸」の対語は「此しがん岸」といって、「私たちの世界」という意味です。なぜ春分秋分の日を中心に「お彼岸」とされるかというと、西の彼方にあると考えられる極楽浄土と結びつけられているからです。太陽が真西に沈むこの日は極楽浄土の方角がはっきりわかるので、「お彼岸」の期間にはお墓参りをするようになったといわれます。お正月一月一日お彼岸春分の日秋分の日前後七日間とってもやさしいはじめての仏教44

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お釈迦さまが生まれた日を祝う行事を降ごうたんえ誕会、灌かんぶつえ仏会といいます。桜が満開になる頃に行われることや、花咲か爺のようにお釈迦さまは教えの灰を撒まいて、救いの花を咲かせたという考えから「花まつり」と呼ばれるようになりました。正式には「盂うらぼんえ蘭盆会」といいます。一般的には「この時期それぞれの家に先祖の霊が帰ってくる」とされているため、お盆がはじまる13日には家や門の前で「迎え火」をたいて先祖の霊を迎え、16日には「送り火」を焚いて戻っていく道を照らします。地域によっては7月中旬に行います。暮らしの節目となる年中行事には、仏教の世界からはじまったものや仏教の考えを受けて一般に広まったものが数多くみられます。日本の伝統行事の起源や意味を知って、日本ならではの四季を楽しみましょう。花まつり四月八日お盆八月中旬※宗派によって、お盆はお釈迦さまの教えに出会うための大切な仏事と考え、盆棚や迎え火などをしないところがあります。45

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仏教伝道協会のご案内公益財団法人仏教伝道協会は、仏の教えを広く世界に弘めるため、株式会社ミツトヨの創業者である沼田惠範の発願により1965年に設立さえいちれ、現在に至るまで特定の宗派にとらわれずに、仏教がもつ東洋の叡智を世界の人びとに伝えるための様ざまな事業を展開しております。お経の精髄を要約し、わかりやすい現代語にまとめた『仏教聖典』は、今日までに64の国と地域において、ホテルや学校などの施設を中心に930万冊以上を頒布しており、書店や電子書籍でもお求めいただけます。仏教の教えの中にある、素晴らしいことばを見つけてください。仏教聖典『和英対照仏教聖典』ISBN978-4-89237-201-846

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とってもやさしいはじめての仏教（改訂版）2018年12月15日発行公益財団法人仏教伝道協会〒108-0014東京都港区芝4-3-14Tel03-3455-5851（代）Fax03-3798-2758e-mailbdk@bdk.or.jphttp://www.bdk.or.jp

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公益財団法人仏教伝道協会非売品

