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# PLATINUM STREET TIMES 08号

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ContentsP01新札発行で再注目近代医科学記念館P02-03新札発行で再注目近代医科学記念館中はこうなっている!近代医科学記念館内丸わかりP04-05プラチナ通り｜本音Talkコロナ禍を経た今こそ知るべし北里柴三郎「実学の精神」と「報恩」の人生近代医科学記念館館長附属先端医療研究センター｜造血病態制御学分野医科研病院｜血液腫瘍内科南谷泰仁教授×北里柴三郎記念博物館館長理事長特命補佐北里大学海洋生命科学部｜環境生物学講座｜魚類生態学研究室朝日田卓教授P06-07北里柴三郎の履歴書P08医科研の大学院生たち川口寧研究室所属胡薇さんP09おススメ夏休みスポット医科研のみんなに聞いてみました!日本全国夏休みおすすめスポットP10医科研のすごい＆おもしろ研究最前線マクロファージが引き起こすヒト疾患の理解を目指す感染・免疫部門｜感染遺伝学分野柴田琢磨准教授がんだけでなく、がんを取り巻く環境も治療標的に!附属先端医療研究センター｜臨床ゲノム腫瘍学分野高根希世子助教P11インサイド国際共・共拠点難治性がんにおけるエピジェネティックな複雑性の理解を目指していますデューク・国立シンガポール大学医科大学パトリック・タン教授イベント報告IMSUTNYSeminar2024が開催P12医科研最新Topic＆ニュース退職教員記念講演会＆送別会レポート受賞者紹介第82回日本癌学会学術総会：日本癌学会女性科学者賞西村栄美教授2023年度第59回小島三郎記念文化賞佐藤佳教授2023年秋の叙勲瑞宝中綬章今井浩三元附属病院長2023年度第32回大川賞宮野悟東京大学名誉教授第5回太田原豊一賞川口寧教授日本学士院賞清野宏東京大学名誉教授＠Plus医科研トリビア医科研ものがたり│Vol.8│日本の医学発展に尽力した青山胤道2024年6月Vol.8新札発行で再注目近代医科学記念館東京大学医科学研究所の魅力を伝える特集東京大学医科学研究所ウェブサイトhttps://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/SNS（X（旧ツイッター）、フェイスブック）でも発信中（東大医科研ウェブサイトトップページ一番下からGo!）人々の健康を感染症から守ってきた「傘」は医科研へと受け継がれている。東京大学医科学研究所の前身である大日本私立衛生会附属伝染病研究所の創設者・北里柴三郎。日本近代医学の父とも呼ばれ、新しい千円札の顔になります。血清療法の確立、ペスト菌の発見、北里研究所の創立、後進育成にも尽力した功績の数々。コロナ禍の休館を経て再開した近代医科学記念館で今も受け継がれる「実学の精神」の偉業を振り返ります。

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2現代にも通ずる?けっかくよぼうぜんあくかがみ結核予防善悪鑑撲の番付風のデザインが特徴相の「結核豫防善惡鑑」は、1913年に北里が設立した日本結核予防協会が、結核の予防・治療・撲滅のための工夫をまとめたものとして作成（実際はポスター、展示は写真）。善行の横綱は「日光と空気」、関脇は「潔癖」、悪行の大関は「煩悶幽鬱」。「本表を実行すれば福寿必ず来る」というコピーも。おみくじのような書きぶりで、コロナ禍を経た現代にも通ずる?新札発行で再注目近代医科学記念館中はこうなっている!近代医科学記念館内丸わかり寄生虫研究の大家さっさまなぶ佐々学の研究研時代にカ、ダニ、フィラリア等の寄伝生虫研究の大家として知られる佐々学の功績を紹介。手書き原稿やユスリカ新種発見時の論文などを展示しています。医科研第13、14代所長（1968～1973年頃）を務め、1984年には昭和天皇にご進講もされました。北里が使用していたカレンダー10年当時、北里が実際に使用19していたカレンダーです。3月までは細かい実験の書き込みが見られますが、以降は空白。同年5月に師事していたロベルト・コッホが逝去した心労で、実験もできなかったのではないかと推測されています。（P4左上掲載の北里の検鏡写真の奥に見えるものと同一）9月のカレンダーは、ドイツのサッカークラブ「Union92Berlin」と「NeuköllnerSCSüdstern-08Azur」の対戦を描いたものとされています。医科研アルバム研時代から現在までの伝医科研の写真などが収められているアルバム。北里、野口英世らの研究者や血清作製部屋の写真、医科研新館の工事の写真、敷地内の見取り図、敷地内の季節の草花などさまざまです。自由に閲覧することができます。Girolomonicafediape（ジロロモーニカフェディアーぺ）営業時間／火－金曜10：30-14：3003-6450-4828詳しくはインスタグラム（@girolomonicafe.diape）をご覧ください。メニューを配信しています。店長田辺幸子さん記念館内にオーガニックカフェこだわり有機野菜ランチは必食!記念館内にあるオーガニックカフェ「Girolomonicafediape（ジロロモーニカフェディアーぺ）」は2023年11月から営業を再開しました。カフェスペースは展示物が並ぶ室内の一角にあり、季節ごとに変わる自然豊かな景色が見渡せる開放的な雰囲気の中で、オーガニックにこだわった食事やスイーツなどを味わうことができます。東大駒場リサーチキャンパス店舗の島田伸幸シェフとイタリアの有機農業先駆者のジロロモーニ氏とコラボしたこだわりのパスタがメインのセットがあるほか、曜日ごとの特別メニューもあり、火曜はピザ、金曜日はスパイスカレーの日。カレーはオーガニックスパイスを特別に調合してつくったこだわりのプレートです。同店で使用する野菜は、各地の選りすぐりの有機栽培農家から仕入れたもので、2月からは新鮮な野菜の販売も始まっています。「ご近所の方の憩いの場としてもご活用いただきたいと思っています。ビーガンやお子さま用のパスタなどもご用意可能ですので、お気軽にお声がけ下さい。テイクアウトも対応していますよ」と店長の田辺幸子さん。天気の良い日はテラス席でどうぞ。上／有機野菜と自家製デリのパスタセット1,000円～（焼菓子ドリンク付で1,500円）下／季節の新鮮な野菜は時価（天候によって入荷がない場合あり）。取り置きも可

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新札発行で再注目近代医科学記念館3正門を入ってすぐ左手にあるレンガ風の建物が近代医科学記念館です。「大日本私立衛生会附属伝染病研究所」（伝研）が北里柴三郎らにより設立されたのは1892年。それから半世紀以上にわたり日本の伝染病研究の中心だった時代の貴重な歴史資料を無料で見ることができます。自筆の書簡や当時の実験器具など、その背景を知れば楽しさ倍増!?コロナ禍を経て再開した記念館の見どころを紹介します。椅子「これ普通にラボにあった!」という職員の証言も!1935年ごろに使用されていたもので、小さい方は実験用、大きい方は診療用開館時間／10：00～16：00、休館日／土・日・祝日（ただし、月曜日12：00～13：00は閉館）夏季休業期間、年末年始（臨時休館の場合あり）、入場無料03-5449-5470医科研第6代所長三田村篤志郎直筆の実験ノートルトネル菌（腸チフス）の実験ノート。やや大判なゲノートに、観察記録が水彩スケッチされています。描かれたのは1941年で、日本軍がハワイ真珠湾攻撃をした年にあたります。三田村はツツガ虫病病原体、細胞学、特に腎尿細管の構造と機能、肝臓の病理、日本脳炎などの研究で知られます。しかし美しい…当時の研究者には絵心も重要だった!?管理課総務チーム近代医科学記念館受付本間利江さんHONMAToshie近代医科学記念館リピーター続出中代医科学記念館は、2001年に近年が経った現在、来館者数が増加しています。一度来館された方のリピート率の高さに、大変うれしく思います。赤いレンガのアーチをくぐり全面ガラス張りの自動ドアが開くと、正面の大きなイチョウの木が目に飛び込んできます。開放感溢れるエントランスです。右手の展示室に進むと、天井が高く、中央にはクラシック調のシャンデリアや間接照明でノスタルジックな雰囲気に包み込まれます。カフェ営業時間内には心地よいBGMが流れていて、更に居心地の良い空間となっております。展示品などは解説を付けたり大正時代の写真を飾る等、楽しんで頂けるように見せ方を工夫しています。お帰りの際にはテラスからの景色をご覧ください。緩やかなカーブの道沿いの緑、レンガの建物、カフェ営業時間内にはパラソル、青い空の条件が揃えば、最高の景色です。皆様是非ふらっとお立ち寄りください。「馬小屋」を模した建物念館は廐舎を模した三角屋根の建物で、記天井が高く風通しのよい構造。伝研時代、研究のために馬が飼われていたことに由来します。記念館中央には血清製作のために保定された馬の模型が展示されています。1959年の敷地内配置図によると、現在の4号館（研究棟）のあたりに廐舎が、総合研究棟のあたりに馬場があったようです。伝研が医年でした。北里柴三郎が肖像の新千円札7月からついに発行開始!北里柴三郎、津田梅子、渋沢栄一、新たな偉人の肖像が採用された新札の発行がついに7月から開始されます。新千円札は北里柴三郎、裏面は葛飾北斎の代表作である、大波と富士山が描かれた「富嶽三十六景（神奈川沖浪裏）」です。国立印刷局によると、肖像画に選ばれる人物の条件には「日本国民が世界に誇れる人物で、教科書に載っているなど、一般によく知られている」「偽造防止の目的から、なるべく精密な人物像の写真や絵画を入手できる人物」などがあるそう。このような理由から、明治以降に活躍し抗破傷風毒素血清た文化人の中から選ばれています。また、偽造防止対策として、世界初のホログラム技術を採用。3Dで表現された肖像が回転して見える最先端技術が用いられているそうです。以前から施されていた視覚障がい者向けの凹版識別マークは、新旧で配置が違うため、触っただけでわかるようになっているとか。現・千円札は北里の門下生だった野口英世、現・一万円札は伝研設立のもう1人の功労者である福沢諭吉。そして満を持して真打・北里柴三郎の登場。医科研ゆかりの師弟3人が、紙幣でつながります。69年に伝研で作製されたもの。同じ棚19には抗ハブ毒血清、ダニ抽出抗原も展示されています。北里が世界で初めて破傷風年。その後、血清療法を確立します。約130年後の2020年、コロナの治療に、回復した患者の血液成分を使う手法が試みられましたが、この礎となったのは言うまでもなく北里が確立した血清療法でした。新札では額面文字をアラビア文字にして拡大福沢肖像1万円は実は2版あった2004年に発行開始された※出典：財務省ウェブサイト「新しい日本銀行券及び五百円貨幣を発行します」https://www.mof.go.jp/policy/currency/bill/20190409.html「新様式の日本銀行券の発行について」https://www.mof.go.jp/policy/currency/bill/issued/kk160810.htm［北里柴三郎略年譜］1853肥後国阿蘇郡小国郷北里村（現：熊本県小国町）に生まれる1871新設された熊本医学校（現：熊本大学医学部）に入学1874東京医学校（現：東京大学医学部）に入学1883東京大学医学部を卒業後、内務省衛生局に入局1886ドイツへ留学、ベルリン大学衛生研究所にてローベルト・コッホ博士に師事1889破傷風菌の純粋培養に成功1890破傷風菌毒素の発見、血清療法の確立1892ドイツから帰国、福沢諭吉らの支援を受け、大日本私立衛生会附属伝染病研究所（伝研）を設立し所長に就任1894ペストが流行する香港に赴き、わずか2日でペスト菌を発見1899伝染病研究所が内務省に移管され、国立伝染病研究所となり、所長に就任1901血清療法の発明により、第1回ノーベル生理学・医学賞の候補に上がったが、当時の共同研究者・ベーリングが受賞1913日本結核予防協会設立、理事長に就任1914伝染病研究所が内務省から文部省に移管されることを受け、国立伝染病研究所の所長を辞任、同年11月私立北里研究所を設立1917慶應義塾大学部医学科を創設、医学科学長に就任1923日本医師会設立、初代会長となる1931脳溢血により78歳で逝去［参考］https://www.kitasato.ac.jp/kitasato/nenpu/index.htmlhttps://s-kitazato.jp/about/https://www.web-cata.com/kitasato/senkakusha/book/index.html#page＝19

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4プラチナ通り│本音Talkコロナ禍を経た今こそ知るべし北里柴三郎「実学の精神」と「報恩」の人生医科研から北に約1kmのところにある北里大学の白金キャンパス。敷地内には薬学部と北里研究所病院、北里柴三郎記念博物館などがあります。今回の本音Talkは、北里大学海洋生命科学部の教授で同館の館長を務める朝日田卓先生と東京大学医科学研究所教授で近代医科学記念館館長の南谷泰仁先生のお2人に、北里柴三郎の生き方、医科研と北里大の関係性などについて語り合っていただきました。「う」（朝日田の味見。在であったという話が残っているようで北里柴三郎（1910年撮影）で広げていきたい」と述べていたことにより、私の所属する水産系や農学系、工学系の南谷お越しいただきありがとうございます。朝日田先生は海洋生物学がご専門とお聞きしました。朝日田はい、普段は北里柴三郎記念博物館がある白金ではなく、相模原キャンパスの海洋生命科学部で教鞭をとっています。東日本大震災までは岩手県大船渡市の三陸町にキャンパスがありましたが、復興に時間を要したため、相模原に本格移転しています。北里大は医科系がメインですが、実は、北里研究所開所の際に北里柴三郎（以下、北里）が「これからは微生物の研究を、パスツール研究所にならって、農業や水産、工学にま学部がつくられました。南谷今回のテーマは北里の功績ということで、年代を追って順にお話を進めたいと思います。北里は熊本出身ですが、北里の研究人生に影響したと思われる熊本時代のエピソードなどがあれば、お聞きしたいです。朝日田北里は阿蘇山の麓にある小国村の出身なのですが、有名なものとして「光るえんがわ（廊下）」というお話があります。廊下をピカピカにしたというお話です。南谷学校の廊下のことですか?朝日田いえ、叔母の家の縁側のことです。北里は8歳の時、勉学やしつけのために叔母の家に預けられていたのですが、そこで毎日縁側を拭くようにお達しを受けます。何度も何度も拭いていくうち）続けたそうですに、縁側はピカピカに光りましたが、それでもやめず叔母の家で暮らした2年間ずっと。目標に向かって、粘り強くやり抜くという姿勢は、その後の北里の人生そのもので、今でも小国町では教育題材として使われていると聞いています。朝日田卓東大・留学時代に見るASAHIDATakashi真実を追求する姿勢岩手県生まれ（後藤新平や大谷翔平と同郷）。専門は魚南谷熊本医学校（熊本大医学部）類学、水圏生態学。東日本大震災を経験するも、震災でオランダ人軍医のマンスフェルトに師後の海の研究を続けている。学芸員養成課程責任者で、陸前高田市立博物館の復興にも参加。米国アラスカ州事、医学の道を志し、東京医学校（東大立大学留学（魚のDNA研究の傍ら、ネイティブアメリ医学部）に進学。学生ながら教授の論文カンとの交流を通じて人と自然の関係を学ぶ）。著書魚（共著、小学館）など。得意技は潜水、珍魚に異論を唱えたりと、目を付けられる存やり抜くことを学んだ「光るえんがわ」研究や情報発信を共同で実施しましょグレーター北里ファミリー各所が連携し北里柴三郎記念博物館館長理事長特命補佐北里大学海洋生命科学部｜環境生物学講座｜魚類生態学研究室すね。朝日田寄宿舎の舎監の不適切な態度に対し、「学生の言い分を聞かずに決めつけるとは何事か」と言ったこともあったようです。「終始一貫」という北里の好きな言葉がありますが、信念を曲げず、正しいことを追求する姿勢はこの頃から一貫していたと思われます。南谷科学的な真実、エビデンス重視は現代では当たり前ですが、当時は儒教的な考え、つまり、「師（先輩）には絶対服従」という風潮が根強くあり、葛藤があったのではないかと想像します。エビデンスに基づいた真実を重視する姿勢というのも、この東京医学校時代からだったのでしょうか?朝日田詳しくはわからないですが、私はドイツ留学時代に培われたのではないかと思っています。「脚気菌論争」※の際、同郷の友人であり師である緒方正規の発表を批判することについて最初は躊躇したと朝日田卓教授いわれています。最終的には否定見解を発表し、日本で大論争となりました。これは、ドイツにいたからできたことだったのではないでしょうか。ただ、後年、緒方と北里はお互いに「私恨はなかった」と述べており、一流の研究者・学者と認め合っていたようです。※脚気（かっけ）菌論争…同郷の友人であり師である東大細菌学教室の緒方正規が脚気病菌を発見したと発表。留学中の北里は、「動物への感染実験で再現性が見られなかった」として、緒方を否定。当時の日本では大論争となり、北里は多くの批判を集めた南谷北里のドイツ留学時と言えば、コッホの元で、破傷風菌の純粋培養、血清療法の確立という2つの偉業を成し遂1914年伝研騒動。北里、志賀潔をはじめ研究所の職員が一斉に辞表を提出し、研究所を去る対

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プラチナ通り│本音Talk5談事前に北里に伝えれば当然反対される、ならばと黙って決めたのではなかろうかと想像「しています。南谷移管後の伝研所長医は東大医学部の青山胤通でした。2人は共に1894年、ペス科ト菌が流行している香港に出向いています。この時2人は研ライバル関係にあったことから伝研騒動に際して、「青山vsも北里」「東大と喧嘩別れ」など、マスコミや世間は面白おかし北く言うこともあったようです。しかし実際には、よい交流を続けていたことが、二人を知里る長與又郎（医科研第4代所長）の日記に記されています。大朝日田先生もおっしゃるように、時代背景が大きく影響しもていたのでしょうね。近代医科学記念館館長朝日田史実というのは、実附属先端医療研究センター｜造血病態制御学分野時代が進むと脚色が加えられ医科研病院｜血液腫瘍内科ることもあれば、研究が進む学ことで新たな事実がわかり、南谷泰仁見方が変わることもありますのよね。大河ドラマなんかがそ教授の例ではないでしょうか。精次世代につなげげ、第1回ノーベル生理学・医学賞の候について、福沢諭吉が「そん補に選ばれました。当時は共同受賞がなな危険なところに日本の宝をい神「実学の精神」く、ベーリングの単独受賞となりました一日たりともおくことはでき南谷北里はその後、1913」ね。ないから、すぐに帰国させな（を年に日本結核予防協会を、1917朝日田受賞を逃したことについて、さい」と書簡を送ったことも年には福沢諭吉が開いた慶應南北里がどう感じていたかはわかりませんあったようですよ。継義塾大学に医学部を設立しまが、1人の東洋人が欧州で西洋医学の研した。北里の人情に厚い性格vs北里ではなかった谷究を行い、多数の学会に出席していたと承を垣間見たように感じます。伝研騒動の真相は?いうこと自体がそもそもすごいことだと）また、この時、基礎と臨床医思います。南谷北里と東大と言え学をシームレスにつなげ、実南谷おっしゃる通りですね。ですば、1914年の伝研騒動があり地に生かす「実学の精神」をが、これだけの偉業を成し遂げて帰国しました。私設研究所から内務目標に掲げておられたと聞いたにもかかわらず、研究する場所がなかった北里に支援の手を差し伸べたのが福沢諭吉でした。私費を投じて、1892年に大日本私立衛生会附属伝染病研究所（伝研）を設立。私は、単に北里の学問的な成果を評価していただけではなく、人の内面的な部分で通じるものを感じていたのではないかと思いますが、朝日田先生、どう思われますか?朝日田そうですね。福沢諭吉らとの出会いは運もあったでしょうし、コミュニケ―ションがうまくとれて、人となりが認められていたのだろうとは思います。香港にペスト対策で派遣された北里北里柴三郎記念博物館の朝日田卓館長（左）と近代医科学記念館の南谷泰仁館長（右）今回が初の対面となります。＝近代医科学記念館にて省（現：厚生労働省）の管轄となり、約20年かけて北里が育ててきた伝研が文部省（現：文部科学省）・東大へ移管することが、事前に北里には知らされず決定されました。これに怒った北里は、職員とともに一斉辞職。「決別式」を開いて東大を後にし、北里研究所を設立します。当時の集合写真がこの記念館内には展示されていますね。朝日田北里は当初1人で辞めるつもりだったようです。でも先生が辞めるのなら、と研究者のみならず清掃係の人までが総辞職したようです。北里の人間性だなと思いますね。北里に怒られた（雷医学における日本人の底力はすごを落とされた）ということに由来して、北里は「ドンネル先生」と呼ばれていました。雷を落とされるくらいじゃないと一人前じゃないよ、なんて言う人もいたようです。そういうところからも慕われていたことが伺えるかなと思います。南谷北里は伝染病研究の管轄は内務省でなければならないと、私設研究所の頃から思っていたようですね。朝日田衛生行政にかかわることなので、内務省でなければならないと強く思っていたと聞いています。「文部省では研究を実地に生かせない」と。移管の件については、大戦（1894年日清戦争、1904年日露戦争、1914年第一次世界大戦）など時代背景が関係しているのではないかと考えています。国家は財政改革に迫られ、国立の研究所の予算を切る…。ています。医科研には今もそのイズムが続いていますが、北里大ではいかがでしょうか。朝日田北里大の1年生は「北里の世界」という授業を受け、北里の生い立ちから業績、精神まで学びます。たくさんある北里の教えの中で研究は新しいことを追及するだけでなく、きちんと社会に還元していく必要がある、と教える「実白金にある北里柴三郎記念博物館学の精神」が、北里大においても最も重要視されています。医科研には附属病院があり、北里大には研究所病院がある、これはまさに、医科研と北里大が同じように実学の精神で成り立っていると言えますよね。南谷そうですね。そして、次世代にこうした偉業やその背景を伝えるのが博物館や記念館の役割でもありますよね。私はこの記念館には、懐古的な役割だけでなく、小・中・高校生に興味を持ってもらい、医学を志す人が増えるきっかけになってもらいたいなと願っています。また、今回、北里が新千円札の顔となることで、その人生にスポットがあたり、若い研究者にも注目されることで、医学における日本人の底力を再認識してもらえれば、とも思っています。朝日田歴史を学び直すことは豊かな人生につながるのではないでしょうか。ですので、大人の方にもぜひ興味をもっていただきたいですね。南谷先生、これを機に、北里柴三郎記念博物館と近代医科学記念館で一緒に企画展などできるといいですね。南谷いいですね!ぜひ、よろしくお願いいたします。南谷泰仁NANNYAYasuhito岐阜県生まれ。東京大学医学部卒、同大学院医学系研究科博士。東京大学医学部血液腫瘍内科、京都大学医学部腫瘍生物学講座を経て、2021年より東京大学医科学研究所教授。2023年より近代医科学記念館館長兼任。血液腫瘍の臨床とゲノム腫瘍学の研究が専門。趣味はお城巡り。朝日田以前の医科研の所長であった清野宏先生が、「グレーター北里ファミリー」（北里柴三郎にゆかりのある大学や研究施設、企業など）として連携して、研究などを実施していくことができるのではないか、とおっしゃっていました。日本版アメリカ国立衛生研究所（NationalInstitutesofHealth：NIH）のような!（笑）。今がその時なのではないかと私は思っています。そういうことを視野に博物館の企画を考えてみたいところです。南谷「グレーター北里ファミリー」!非常におもしろい案ですね。博物館を端緒にいろいろと、つながりを深めていけるといいですね。本日はありがとうございました。

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6北里柴三郎の履歴書ドイツでの国費留学延長が認められず、落胆していた北里。しかしその思いは明治天皇に届き1890（明治23）年、学資金千円（現在価値約800万円）が宮内省から下賜され留学延長が決まり、結核の研究を続けることができた。

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8医科研大学院生たちのリアルな日常現在約90人の留学生が医科研で学んでいます。今号ではウイルスに魅了され、研究に取り組む中国からの留学生、コミ胡薇さん（博士課程2年生）にお話を伺いました。私端の研究を行っています。修士の時に、多くの有名な研究者と出会うことができました。入学して最初の国際セミナーでは、医科研の河岡義裕特任教授が登壇し、その際に『ホット・ゾーンエボラ・ウイルス制圧に命を懸けた人々』という本を紹介して頂きました。この本は、エボラ出血熱に関するエボラウイルスの感染メカニズムから、医療関係者たちのウイルス制圧への闘いまでを描いたものです。感染伝播のため、宿主細胞機構をハイジャックし、多様な生存戦略を持っている人間よりも賢いウイルスの神秘さを感じ、一気に読んでしまいました。その後、豚ヘルペスウイルスであるPseudorabiesvirus（PRV）の研究を開始し、三年間、論文を探す際、米国国立生物工学情報センター（NCBI）にヘルペスウイルスを入力したら、いつも検索結果に川口寧教授の名前が表示されました。川口研の論文を読むたびに、ますますヘルペスウイルスへの興味が深まり、「この有名なヘルペスウイルスの研究室に絶対に行きたい」という思いから、川口研に進学しました。研究室に入ってから、ウイルス学の知識と実験技術を習得するために半年間のトレーニングを受けました。トレーニングが終わったら、研究内容を深め、新しいプロジェクトにも取り組みました。現在は、ウイルス学と多分野の融合的研究を行い、ウイルスと宿主因子の相互作用、ウイルス感染と免疫応答の関係を解明するために努力しています。研究の魅力は多いですが、私にとって最高の瞬間は“ブレイクスルー”です。研究は単調な作業ではなく、新たな課題に挑みながらレベルアップしていくゲームのようなものです。私は、未解明な課題を解明できた時に研究の魅力を感じます。しかし、研究の道は決して平坦ではなく、挫折も多く経験します。そのようなストレスを発散するために、私はいつも江ノ島に行きます。内陸で育った私にとって、海を眺めることは心をリフレッシュさせるいい方法です。海を見ると、人間の悩みが些細なものであることを感じます。将来の夢は、研究の情熱を持ち続けながら、ヘルペスウイルスのワクチン開発に貢献することです。が修士課程を過ごした中国農業科学院ハルビン獣医研究所は、家畜伝染病に関する最先う!?医科研の大学院生たち研究は、新たな課題に挑みながレベルアップしていくゲームのよら、憧れの科学研究、挫折も楽しむ!福井先生の温かな指導のもと、和やかな雰囲気の研究室で実験を行っています。元長距離走のプロ選手!運動神経抜群で体を動かすことが大好きです。今、サザンオールスターズにハマってます。感染・免疫部門ウイルス病態制御分野川口寧研究室所属東京大学大学院医学系研究科病因・病理学専攻博士課程2年コ胡HUWeiミ薇さん（29歳）少林拳と太極拳発祥の地の中国河南省出身、来日三年目。趣味は「カロリーの摂取とカロリーの消費」。好きな言葉は「Liveistooshorttobeordinary!」愛用のエクササイズグッズで体を鍛えて、ストレス解消!休日には家で料理を作り、リラックスした時間を過ごしています。胡薇さんのある1日9:15起床・日本語の勉強10:00研究室に到着・実験13:00実験19:00実験・論文チェック22:30帰宅途中で家族とビデオ通話22:455kmランニング・筋トレ・シャワー1:00アニメ鑑賞(最近はゴールデンカムイ）2:15就寝～雨ばかりいいデータない夢のため帰らぬ旅にあきらめないの～日本語の勉強も兼ねて短歌を作っています。AboutKAWAGUCHILab.感染・免疫部門ウイルス病態制御分野川口寧研究室ウイルスの本を読み込んで未知の脅威と日々奮闘中!ウイルスの病原性発現機構の解明とその医療への応用という伝統的なウイルス学を探求すると共に、ウイルスを生体プローブとして活用することで、通常の宿主（ヒト）の研究では解明しえない細胞・生理制御機構を紐解くアプローチに加え、ウイルス自体を生体恒常性因子として捉え直しその意義を解明するなど、次世代ウイルス学にも挑戦しています。https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/microbiologyimmunology/section03.html詳しくは、大学院パンフレット2020https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/content/000002423.pdf所属教員一覧https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/education/supervisor/医科研で研究・教育を受けることができる大学院は、8つの研究科です。https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/admission/link_dep/index.html医科研で大学院生活を送るためには医科学研究所は独自の大学院組織を持たず、各分野の教員が、東京大学の様々な大学院研究科の協力教員として大学院教育を担当しています。大学院生として希望する教員の研究指導を受けるためには、その教員が所属する大学院・専攻を受験し入学する必要があります。詳細は大学院進学説明会で知ることができます。

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医科研のみんなに聞いてみました!第1弾おススメ夏おススメ便休みスポット利グッズ日本全国夏休みおすすめスポット間もなく夏休みシーズンが到来します。今号は教職員、同窓会会員に夏休みのおすすめスポットを聞いてみました。全国8か所の観光地や温泉、神社、有名なお祭りまで、さまざまな場所が揃いました。今夏、あなたはどんな場所に出かけますかー?小樽運河北海道19病院経営チーム（現在は本部監査課）森脇誠也さん12ねぶた祭り青森県異国情緒漂う石造りの倉庫群ガス燈の灯が郷愁を誘う小樽運河北海道青森ねぶた祭青森先端消化器内視鏡学分野2024年8月2日～7日開催だるような暑さと都会の喧騒から逃げ出したういという方へ。北海道の小樽には、過ごしやすい気候と落ち着いた風景が広がっています。中でも小樽運河は、石造りの倉庫群にガス燈が沿い立ち、なんとも異国情緒の漂う街並みに。夕暮れに火が灯ると、一層ノスタルジックな雰囲気を醸し出します。沈んでゆく夕陽の中、見つめる人々はそこに確かに残るサウダージに思いを馳せるのです。池松弘朗教授大勢の踊り子がラッセラー!日常を離れ、ド迫力を体感北三大祭りの一つ「青森ねぶた祭」。高さ5メ東ートル、幅9メートルのド迫力のねぶたが街を練り歩く姿は本当に圧巻です。ねぶたの前には、跳人（ハネト）と呼ばれる大勢の踊り子が「ラッセラー!ラッセラー!」のかけ声とともに飛び跳ねています。ハネトは、正装さえ身にまとえば誰でも参加できます。見てよし、跳ねてよし、青森ねぶた祭に一度参加してみてはいかがですか。2出雲大社島根県8有馬温泉兵庫県7戸隠神社長野県65南禅寺＆琵琶湖疏水京都府34若洲海浜公園＆江東区立若洲公園BBQ東京都幕張メッセ千葉県腫瘍抑制分野井上茜准教授3動物センター峯岸容子技術専門職員6音楽フェス「サマソニ」などイベントが盛りだくさん!疏水の水路閣など魅力満載!京都駅からのアクセスも抜群幕張メッセ千葉示会やコンサートなど様々なジャンルのイベ展ントが開催され、都市型音楽フェスティバル「SUMMERSONIC（通称サマソニ）」の屋内ステージとしても使用されます。新旧国内外の様々なジャンルのアーティストが一堂に会する大イベントは、オーディエンスの年齢層も幅広く、フードエリアも充実していて楽しいですよ。8月23～25日は「SCRAPリアル脱出ゲームフェスティバル」が開催されます。©京都市メディア支援センター南禅寺＆琵琶湖疏水京都禅寺は圧倒されるほど大きな三門や、龍の天南井画が描かれた法堂、枯山水庭園、煌びやかな虎の障壁画など、見どころの多いお寺です。境内にある疏水（琵琶湖から京都への水路）の水路閣もレンガ造りでとても美しく、また近隣のインクラインでは旧線路上を歩くことができて楽しいです。京都駅から地下鉄だけで行けるので、京都で少し時間ができた時にもおすすめです。フロンティア外科学分野志田大教授4附属病院薬剤部古川直樹さん7海風と夏の太陽のなかで手ぶらでバーベキュー六甲山を散策しながら楽しむ1400年以上の歴史ある温泉若洲海浜公園＆江東区立若洲公園BBQ東京といえば海です。東京湾に一級河川・荒川が夏そそぐ河口付近の右岸にある若洲海浜公園＆江東区若洲公園は、開放感たっぷりです。私が10年以上前から毎年参加している江東区シーサイドマラソン、その折り返し地点で、この公園を見つけました。なんといっても、「手ぶらでバーベキュー」がおすすめ。屋外で海風に吹かれながら、夏の太陽の光を浴びて、の～んびり楽しめますよ。有馬温泉兵庫©一般財団法人神戸観光局馬温泉は1400年以上の長い歴史を持つ、日本有三古湯にも数えられる温泉地です。六甲山の中腹、標高400mに位置しており、関西の避暑地としても知られています。周囲は山々に囲まれており、自然を感じることが出来ます。温泉地の近くからロープウェイで六甲山の山頂まで行くことができるため、六甲山の散策もおすすめです。新神戸の駅から分程度の場所にあり、アクセスも抜群です。東京大学松井正一副理事5再生発生学分野齋藤聖学術専門職員8見どころは神社奥の「奥社」樹齢400年の杉並木は圧巻古事記に記された歴史的古社空気が澄む早朝がおすすめ戸隠神社（奥社）長野野県の戸隠山にある岩戸伝説としてご存じの長方も多いと思いますが、「戸隠神社」五社のうち一番奥にあるその名も「奥社」です。入口の鳥居から約２㎞の山道を登って行く途中には、樹齢400年と言われる杉並木が続きその風景は圧巻で、夏の暑さを一瞬忘れさせてくれます。神社から車での帰り道では、四つ角で名物のお蕎麦を頂くのも楽しみの一つです。ぜひ訪れてみてください。出雲大社島根本最古の歴史書と言われる古事記にその創建日の由縁が記載されている古社であり、大国主大神の国譲りに際して造られた壮大な宮殿が出雲大社の始まりとされています。中でも御本殿は昭和27年に国宝に指定された天下無双の大廈と称えられています。また、大社造と呼ばれる神社建築であり、高さ24mは国内最大級の大きさで見応え抜群です。空気が澄んでいる早朝の参拝をおすすめします。

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10SLC29A3異常症におけるヌクレオシド蓄積はTLR7/8を活性化する細胞外小胞は細胞間のコミュニケーションツールとなっているマクロファージが引き起こすヒト疾患の理解を目指すがんだけでなく、がんを取り巻く環境も治療標的に!先端研究が拓く未来医療：免疫とがんの最前線にある特殊な環境のことをいいます。がん微小環境の中で最も大きな割合を占める細胞ががん関連線維芽細胞（CancerAssociatedFibroblasts/CAF）です。CAFはがん間質を構成する細胞であり、がん細胞由来の核酸がCAFを介して血管新生を誘導することや、がん細胞間とのコミュニケーションツールであるCAF由来細胞外小胞による、がん細胞の薬剤抵抗性獲得への寄与が報告されています。現在私たちは上記のCAF由来細胞外小胞に着目しています。細胞外小胞は袋状の構造をとり、この袋の中身の小さなRNA（smRNA）が体内の様々な場所に送り出され、がんを促進もしくは抑制することが知られています。我々は患者ごとに採取したCAFを分類することに成功し、私たちの身体の健康はどのように保たれているのか?どのような微妙な変化や、微細な特殊環境が病気を引き起こすのか?絶妙なバランスで成り立っている体の不思議に迫ります。タイプ毎に細胞外小胞を介して放出されるsmRNAを検出しました。さらにデータベースを通し、smRNAの標的となる遺伝子を抽出しました。今後はその遺伝子が、がんの悪性化に寄与するかをヒトのがん検体から樹立した細胞を用いて確認し、寄与するのならば、その遺伝子を治療標的とする薬剤を用いたスクリーニングを開始します。この研究は、臨床を反映したがん微小環境の一端を解明し、患者間に存在する様々ながん悪性化のパターンをより鮮明にすると考えています。また、基礎医学的な現象の理解、薬剤開発・治療標的探索の新たな指針となり、個別化医療の実現、さらには「がんの撲滅」への一歩になると期待しています。SHIBATATakuma感染・免疫部門｜感染遺伝学分野柴田琢磨准助教神奈川県・横浜市生まれ。北海道大学獣医学部出身。博士課程から現在に至るまで医科研一筋で研究中。専門は免疫学。好きな球団は横浜DeNAベイスターズ。好きな言葉は「横浜優勝!!」TAKANEKiyoko附属先端医療研究センター｜臨床ゲノム腫瘍学分野高根希世子助教東京生まれ。日大医学部出身。専門はエピジェネティクス。現在はオルガノイドと癌関連線維芽細胞の研究にも着手。1歳の一人息子の育児に奮闘中。特技はマリンバ。趣味は旅行、読書、ダーツ。医科研のすごい＆おもしろ研究最前線病原体や死細胞に由来する危険因子を認識して様々な免疫応答を誘導する病原体センサーの理解を通じて、ヒトの病気における発症メカニズムの解明を目指しています。https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/microbiologyimmunology/section02.html感染・免疫部門｜感染遺伝学分野AboutMIYAKELab.ゲノムからタンパク質・個体まで、様々なレベルでがん化のメカニズムを明らかにし、その診断・治療法の開発研究を行っています。https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/advancedclinicalresearch/section04.html附属先端医療研究センター｜臨床ゲノム腫瘍学分野AboutFURUKAWALab.（ヒスチオサイトーシス）という病気が引き起こされ、皮膚、骨、肝臓など多様な臓器において障害が生じます。我々の研究グループは、マクロファージが発現するタンパク質であるTollLikeReceptor（TLR）7とTLR8が組織球症の発症に関わることを発見しました。TLR7/8はリソソームに存在するセンサーであり、核酸（RNAやDNA）が分解されて生じるヌクレオシドを認識することで炎症性サイトカインやインターフェロンの産生といった炎症反応を誘導することが知られています。普段、TLR7/8のリガンドとなるヌクレオシドは、ヌクレオシドの運び屋タンパク質であるSLC29A3によってリソソーム内側から外側へと排除されており、で健康を保っています。この大切な役割を果たすのが、マクロファージと呼ばれる免疫細胞です。マクロファージは、生体にとって危険因子となる異物を「物質のリサイクルセンター」であるリソソームに取り込み、そこで分解・消化を行います。またマクロファージは異物を分解するだけではなく、リソソームにおいて分解産物から得られた情報を元に様々な生体反応を誘導する司令塔としての機能も担っています。しかし、マクロファージが過剰に増えて体内に蓄積してしまうと、組織球症たちの身体は、外部から侵入する病原体や日々生じる死んだ細胞を適切に処理すること私しています。我々の発見は、特にSLC29A3遺伝子に変異が生じて起こるSLC29A3異常症という希少疾患で見出された現象です。しかし、マクロファージの数を調節するメカニズムはこれまで十分に解明されておらず、マクロファージが増えてしまう他の病気においてもTLR7/8が関与する可能性は十分にあると考えています。また、TLR7/8をターゲットにすることでマクロファージが関わる病気において画期的な治療法が開発されることも期待されます。我々の研究によって、私たちの体を守るマクロファージにおける核酸代謝の微妙な変化がヒトの病気の原因となることが明らかになりました。このように私たちの身体は、細胞レベルにおいてちょっとバランスが崩れるだけで容易に病気になってしまう一方、驚くほど巧妙な仕組みでバランスを堅持することで健康を保っています。今後も様々な生命現象の発見を介して、疾患の発症メカニズムを解明していきたいと思います。TLR7/8の活性化は必要最小限に抑えられています。しかし、このSLC29A3の機能に問題が生じるとヌクレオシドがリソソーム内に蓄積してしまい、TLR7/8の活性化が引き起こされてしまいます。興味深いことに、ヌクレオシドの蓄積に伴うTLR7/8の過剰活性化はマクロファージにおける細胞の増殖や生存を強く誘導し、その結果として組織球症が発症することを我々は見出しました。我々はこの新たなTLR7/8応答を「TLR7/8ストレス応答」と名付け、その生体内における意義を更に検証して手術の技術を磨くことに重点を置いていた私は、薬が効かない困難に直面し、今まで指導医任せにしていた化学療法を初めて真剣に考え始めました。そこから私はどうすれば「がんの撲滅」を実現できるかを考え、その実現のため研究の道に片足を突っ込みつつ外科医を続けてい師になって4年目の冬、私は24歳の大腸がん患者を受け持ちました。それまで外科医と医ました。大学院生時代に研究の面白さを教えてくださった先生のおかげで、研究に重点を置くことを決心し、私は今も「がんの撲滅」の研究を続けています。今日種々様々な抗がん剤が開発されていますが、未だに薬剤に抵抗性を示す症例が数多く存在します。その理由の1つとしてがん微小環境の存在があります。がん微小環境とは腫瘍組織において、線維芽細胞の増殖、免疫細胞の浸潤、さらに血管新生が誘導される腫瘍細胞の周囲smRNAXXデータベースBデータベースCデータベースA新生血管がん細胞免疫細胞がん微小環境がん関連線維芽細胞細胞外小胞がん関連線維芽細胞分類候補薬剤検索各分類ごとのsmRNA標的遺伝子探索腫瘍の悪性化に寄与する標的遺伝子TLR7/8ストレス応答（細胞の増殖・生存）SLC29A3異常症リソソーム1.SLC29A3の変異RNA&DNAG/dG/U死細胞etc.マクロファージマウスTLR7ヒトTLR82.ヌクレオシドの蓄積3.TLR7/8過剰活性化

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デューク・国立シンガポール大学医科大学パトリック・タン教授TANPatrickハーバード大学卒（生化学）。スタンフォード大学医学部で医学博士、博士号（発生生物学）取得。現デューク・国立シンガポール大学医科大学上級副学部長、シンガポールゲノム研究所最高科学責任者、プレシジョン・ヘルス・リサーチ・シンガポール（PRECISE）エグゼクティブ・ディレクター。インサイド国際共・共拠点□□□□＋□□□□■□難治性がんにおけるエピジェネティックな複雑性の理解を目指しています国際共・共拠点の国際共同研究から「難治性がんにおけるエピジェネティックな不均一性の解明（Understandingofepigeneticheterogeneityinintractablecancers）」をご紹介します。研究代表者は、デューク・国立シンガポール大学医科大学上級副学部長、がん幹細胞生物学のパトリック・タン教授です。紹介文をいただきました。がん、特に固形がんは医療における大きな課題となっています。がん治療における臨床的な課題には、がんが治療に対して耐性を獲得したり、他の臓器に転移したりする能力が挙げられます。これまでゲノム（DNA）の変化（「体細胞突然変異」と呼ばれます）ががんの悪性度にどのように寄与するかを理解しようと多くの研究が行われてきました。しかし最近では、がんはDNAの変化を伴わないメカニエズムでも、その挙動を変化させピることができるという新たな知見が得られています。これらはゲ「エピジェネティックな変化」とノ呼ばれ、DNAやそれに関連するムタンパク質（「クロマチン」）のか化学的修飾によって、遺伝子のら制御に広範な変化を引き起こします。ここで重要なのは、これ解らのエピジェネティックな変化明の多くは、生物学的酵素が関与していることが多いため、そのす機能を阻害する治療薬の開発がる可能です。ゲノム医科学分野の柴田龍弘教授との本共同プロジ!ェクトでは、日本とシンガポールの複数の研究室の専門知識を活用し、胃がんなどの様々な「治療困難な」がんにおけるエピジェネティックな不均一性の解明を目指しています。私たちは日本、シンガポール、ベトナ例以上の胃がん症例をプールした大規模ゲノム解析を行いました。この研究により、腫瘍微小環境を含む胃がんのクロマチンランドスケープに影響を及ぼす可能性のある、多数の新たなドライバー遺伝子変化が明らかになり、この成果はNatureGenetics誌に掲載されました。Gut誌に掲載された別の論文では、胃がんにおけるARID1Aの不活性化のさまざまな機能的効果を評価しました。クロマチン修飾遺伝子であるARID1Aは、胃がんや他のがん種において最も頻繁に変異するがん抑制遺伝子の一つですが、異なる組織においてARID1Aによって制御される分子経路が類似しているのか異なっているのかは不明です。私たちのデータは、ARID1Aの欠損ががん細胞と腫瘍免疫微小環境の両方の変化に影響を及ぼす可能性があることを示し、ARID1A変異胃がんを標的とする新たな治療法の可様ながん細胞の進化をがんのクロマチン異常全体像の解読パトリック・タン教授柴田龍弘教授chromatinfibernucleusDNAmethylationhistonemodificationDNAnucleosmeがんにおける複雑性の理解と治療への応用に向けた国際共同研究ん細胞は細胞のゲノム（DNA）に様々がな異常が起こることで発生し、DNA自体の変化（突然変異）に加えてDNA修飾の変化（エピゲノム変化）も重要な役割を果たしています。特にがん細胞が進展していく過程、あるいは分子標的薬などの治療を受けている局面では、ゲノム・エピゲノムに不均一な異常を持つ多様な細胞集団を生み出し、その中で環境適応に最適であるクローンが生存するといった「適者生存戦略」を取っています。こうしたがんの複雑性はがん治療に対する抵抗性の原因となっています。本国際共同研究では、国立シンガポール大学・名古屋大学・九がんに特異的なエンハンサー全体像の解読三森功士教授（九州大学病院）エピジェネティックな多様性がんの長鎖非コードRNAの機能的異常の解読近藤豊教授（名古屋大学医学系研究科）11がんのエピジェネティックな複雑性の解明新たながん治療と国際的な研究ネットワークの構築と若手研究者の育成プロジェクト全体図能性を提示しました。また、同じくGut誌に掲載された別のプロジェクトでは、再発性の体細胞変異が少ない「間葉系」胃診断の開発多は、この研究で同定した新たなマスターレギュレーターに対する治療の可能性を研究しています。このプロジェクトによがんと呼ばれる特殊なサブタイプについって、今後単一がん細胞レベルでのエピてエピゲノムプロファイリングを行い、ジェネティックな変化の探求を進め、新これらのがんがエピゲノムレベルで大きな変化を示すことを発見しました。現在たながんの治療法開発を進めたいと考えています。転移薬剤耐性州大学のグループと連携し、胃がん、膵がん、脳腫瘍といった治療に抵抗性で複雑性に富んだがんを対象とし、とりわけエピゲノム異常に注目して、がんの複雑性がどのように創生されるのかを解明し、更にその知見を新しい治療法開発に結びつける研究を進めています。これまで胃がんにおける国際共同研究によって多様なエピゲノム異常を誘発するようなドライバー遺伝子の発見やエピゲノムプロファイリングによる治療標的の発見などの研究成果を報告しています。（東京大学医科学研究所ゲノム医科学分野教授柴田龍弘）IMSUTNYSeminar2024が開催昨年から始まり、今回がシリーズ2回目となるIMSUTNYSeminar2024は、中西真所長のビデオメッセージで始まり、NYオフィスにおけるセミナー開催の意義と今後の目標、医科研についての紹介がありました。セミナー前半には、まずゲノム医科学分野の柴田龍弘教授から、日本を含めた東アジア人にびまん型胃がんが多いメカニズムの解明についての講演があり、次にニューヨークゲノムセンRobine博士から、ニューヨークゲノムセンターでのゲノム医療において、複数の人種におけるがんゲノミクスデータベースを収集し、世界中のがん発症頻度の違いを決定する要因の解明に向けた研究についての講演が行われました。続いセミナー風景てメモリアルスローンケタリングがんセLadanyi博士から、診断病理学を大きく変革する原動力となる臨床がんゲノミクスについての発表がありました。コーヒーブレイクを挟んだ後半では、デジタルゲノミクス分野の熊坂夏彦教授からゲノム多型解析によるノンコーディイベント報告医科研主催の「IMSUTNYSeminar2024」が3月21日、米国ニューヨーク（NY）にある東京大学NYオフィスで開催されました。テーマは「医科学研究の最先端と広がる臨床応用（Genomics：FromDiseasetoHealthcare）」。平日の開催ではありましたが、在米の大学・研究機関、様々な分野の企業・団体等から多数の方々が参加しました。ングDNA領域の機能解明についての講演があり、続いてマウントサイナイ医科大学の三戸芳子博士から、血中遊離核酸を用いた出生前診断・スクリーニングの検証研究について、その解析や解釈を中心とした発表が行われました。最後に、健康医療インテリジェンス分野の井元清哉教授が、近年疾患との関連で注目されている、腸内細菌と疾患や疾患の未病段階との関連に関する研究と今後の展望について講演を行いました。司会と進行は、前回に引き続きNYオフィス副理事長の桑間雄一郎先生に加え、今回演者としてご参加いただいた三戸芳子先生により行われました。医師として、研究者としての見地からの説明・意見や質問を交えた二名体制での司会進行スタイルとなり、参加者の興味を引き付け、講演された先生方一般聴衆の理解が深まるセミナーとなりました。いずれの内容も参加者にとって興味深い内容だったようで、質疑応答時間が不足するほど、活発なディスカッションが交わされました。最後に柴田教授からの閉会の言葉をもって、セミナーは盛会のうちに終了しました。セミナー終了後に開催した情報交換会では、演者間や演者と聴衆の間で、さらに活発な意見交換や交流が行われ、次回開催へ繋がるセミナーとなりました。

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12医科研最新Topic＆ニュース退職教員記念講演会＆送別会レポート2024年3月7日、17年におよぶ医科研での歴史に幕を閉じ、新たなステージに進まれる村上善則教授の退職教員記念講演会が開かれました。また、その終了後、八芳園にて教授総会送別会が行われました。その様子をご報告します。2023年度退職記念講演会が行われました退職教員記念講演会が3月7日に行われ、2023年度をもって医科研を退職される村上善則教授が最後の講義を行いました。対面で開催されるのは実に4年ぶり。この数年、オンラインや参加人数を制限してのハイブリッド開催となったこともあり、久しぶりに本来の形での開催が実現しました。時折笑顔も覗かせながら最終講義を行う村上教授教授総会送別会が八芳園にて行われました4年ぶりに八芳園にて教授総会送別会が行われました。参加者は現職の先生方から医科研OBの先生方まで総勢約50名。多くの方が集まり、終始盛況の会となりました。今年度退職されるのは村上善則教授と真鍋俊也教授のお二人。武川睦寛副所長の司会進行のもと、中西真所長の挨拶から始まり、中村義一東京大学名誉教授の挨拶と乾杯の音頭で開会しました。ご歓談の時間は和気あいあいとした雰囲気の中で、在籍年次を超えた様々な交流が行われました。会の中盤では、定年を迎えられる村上教授や真鍋教授に向けて、医科研OBの先生方を代表して清木元治東講演会は「人癌病因遺伝子の研究から疾患予防へ」というテーマで行われ、村上教授が長年専門とされてきたがん関連細胞接着分子CADM1を介したがんの浸潤、転移機構に関する研究から展開し、がんの新たな診断・治療法開発やゲノム情報に基づく疾患予防法の研究に至るまで、今後の展望を交えてお話し頂きました。会場には80名以上が駆け付け、村上教授の医科研最後の講義に耳を傾けました。講演会終了後には、ご指導いただくなど親交のあった方々から、感謝の言葉とともに花束の贈呈が行われました。村上教授は平成19年から医科研に在籍し、その間には多くの研究成果を上げられ、がん研究において医科研を代表する研究者として活躍されました。また、副所長を4年間、所長を4年間務められるなど、医科研の運営においても大変なご尽力をいただきました。退職後は学校法人日本医科大学で研究を続けられるとのことで、更なるご活躍が期待されます。京大学名誉教授から激励のお言葉が送られ、その後に村上教授と真鍋教授のご挨拶が行われました。会の終盤では、中西所長からお二人に記念品の贈呈がありました。また花束の贈呈も行われ、その際壇上にてご挨拶される真鍋教授にはコロナ禍の間に定年を迎えられた先生方のうち、この日ご出席されていた東條有伸教授と北村俊雄教授にも花束が渡されました。4名の先生方には、それぞれプレゼンターの先生方からの花束贈呈となり、村上教授には西村栄美教授から、真鍋教授には佐伯泰教授から、東條教授には高橋聡教授から、そして北村教授には岩間厚志副所長からの贈呈となりました。最後には全体での写真撮影が行われ、久しぶりの対面開催となった教授総会送別会は盛況のうちに幕を閉じました。ご参加いただいた教授らの集合写真受賞者紹介西村栄美教授佐藤佳教授今井浩三元附属病院長宮野悟東京大学名誉教授川口寧教授清野宏東京大学名誉教授第82回日本癌学会学術総会：日本癌学会女性科学者賞化再生生物学分野の西村栄美教授が、老「組織幹細胞を中心とした皮膚の再生・老化・癌化のメカニズムの研究」において、第7回日本癌学会女性科学者賞を受賞し、第82回学術総会にて受賞講演を行いました。2023年度第59回小島三郎記念文化賞ステムウイルス学分野の佐藤佳教授が、シ「新型コロナウイルス変異株の特性の解明」において、第59回小島三郎記念文化賞を受賞しました。変異株の特性を次々と解明した業績が高く評価されました。2023年秋の叙勲瑞宝中綬章23（令和5年）年秋の叙勲が公表され、20医科研病院の元病院長の今井浩三先生が、瑞宝中綬章を受章しました。がんの臨床研究や医療者・研究者の育成への長年にわたる貢献が認められての受章となります。2023年度第32回大川賞研究所附属ヒトゲノム解析センターの本前センター長の宮野悟先生が、「スーパーコンピュータを活用した全ゲノム解析、がんゲノム研究の先進的な研究」において、第32回（2023年度）大川賞を受賞しました。第5回太田原豊一賞イルス病態制御分野、感染症国際研究ウセンター長、アジア感染症研究拠点長の川口寧教授が、「ヘルペスウイルス感染の分子基盤に関する研究」の研究業績により、第5回太田原豊一賞を受賞しました。日本学士院賞受賞研究所の元所長で、本学名誉教授の清本野宏先生が、「齲蝕ワクチンの研究から始まった粘膜免疫学の創生と経口・経鼻ワクチンの開発」において、114回（令和6年）日本学士院賞を受賞しました。＠Plus医科研トリビア青山胤道の銅像（医科学研究所1号館2階）側面には近衛篤麿の銘文がある医科研ものがたり｜8｜あお日本の医学発展に尽力した青科学研究所1号館2階ホールに、青山胤医道（以下、青山）の銅像があります。東京帝国大学医科大学長を務める傍ら、北里柴三郎（以下、北里）の後を継いで伝染病研究所（現在の東京大学医科学研究所）第2代所長となった人物です。青山は、後述するように香港においてペスト研究に携わりました。銅像は、その功績を称えて明治時代の政治家、近衛篤麿が中心となり、全国の医者から北里と青山の両名に贈られたものです。制作は彫刻家の藤田文蔵によるもので、凛として、やや斜めから遠くを見つめる視線は「誇り高いが傲慢ではない」と評された青山の人柄が出ているように感じられます。三十六歳の青山をかたどったそうで、貫禄はありますが、若々しい感じもします。青山の死後、遺族から大学に寄贈され、当初は前庭に置かれていましたが、関東大震災の復興で建物が建て直された際に現在の位置に置かれることになりました。青山の業績で最大のものは、1894年に「黒死やま山たね胤みち道病」と呼ばれるペストが香港で発生した際の調査研究です。北里と青山の両名に明治政府から調査命令が出され、ペスト流行中の香港に赴き、北里は細菌学、青山は臨床・解剖学の見地からペストの解明を目指しました。そして青山自らが解剖を執刀して感染者遺体から取り出した組織から、北里がペスト菌を発見するに至ります。青山は19体の解剖と45例の患者の症例観察を行いましたが、現地の劣悪な衛生状態から青山自身もペストに感染し、一時は危篤状態になり棺桶が用意されるほどでした。奇跡的に治癒し、その後に発表された青山の臨床・病理の報告は高く評価されました。香港には、ペスト研究に尽力した青山を記念して名付けられた「青山公路」という道路があるぐらい、香港の人々に感謝されたそうです。「日本内科学会」会長、「癌研究会」（現在の公益財団法人がん研究会）会頭、「日本医学会」会頭などを歴任し、日本の医学の発展と教育制度の整備・人材育成に力を尽くしました。東京大学本郷キャンパスにも、右手に葉巻を持った青山の銅像があり、「常に葉巻をふかせていた」と言われる本人の特徴を捉えたものになっています。彫刻家の新海竹太郎の作によるものです。歴史もの、特に三国志を愛読し、魏の政治家そうそうで詩人の曹操が大好きだったそうです。囲碁は生涯を通じての趣味でしたが、それほど強いわけではなく、勝つと子供のように喜び、負けると「診察で疲れていたからだ」と色々と理屈をつけて容易に兜を脱がなかったとか。千万の責をはたさで消えん身は心苦しきものにぞありけるくゆらするハバナの煙のどかなり心の中はくるしかりけり上は晩年、病床にて読まれた句です。責任感の強い青山らしく、病気のため責任を果たせぬことについての口惜しさがにじみ出ています。〈管理課図書情報チーム図書室水落利明〉発行｜東京大学医科学研究所東京都港区白金台4-6-1https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/責任編集企画｜武川睦寛教授東京大学医科学研究所「広報・図書・情報処理委員会」委員長、井元清哉教授（支援系副所長）委員長、渋谷哲朗教授、東京大学医科学研究所「広報・図書・情報処理委員会」広報誌ワーキンググループ長取材／編集｜清水麻子、坂本怜子、中川清美、古川貴美アートディレクション｜細山田光宣（細山田デザイン）デザイン｜グスクマ・クリスチャン、木寺梓（細山田デザイン）撮影｜貝塚純一（P2,3,4,5,6,7,8,10,12）イラスト｜平田利之（P1）、細山田曜（P2,3,9）印刷｜株式会社テンプリント協力｜株式会社QLife発行｜2024年6月1日※本誌へのご意見・ご感想はkoho@ims.u-tokyo.ac.jpまでお寄せください。

