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松本市美術館市民ギャラリー2025/4/29tue-5/6tue


ごあいさつ日本人は何千年も前から漆(うるし)を生活の道具として使ってきました。彦十蒔絵は、歴史ある伝統的な漆芸の技術を生かし、日本文化の美にあそび心を取り入れた作品を制作する漆芸職人集団です。創設者の若宮隆志は漆器の産地として知られる石川県の輪島に生まれました。2004年、当初3人で始まった彦十蒔絵でしたが、現在は20代から60代の職人約20名が所属しています。漆芸作品の制作は、素地(木地、乾漆)→下地付け→上塗り→加飾(蒔絵、沈金、変わり塗り、呂色)と分業制で行います。それぞれの作品に必要な技術が異なるため、作品によって制作を担当する職人の組み合わせは変わります。その制作全体の統括をするのが「棟梁」の若宮の仕事です。基本は一点のみの制作であり、作品の実現に必要な技術に応じて担当の職人を選抜。各工程のエキスパートが力を合わせることにより唯一無二の作品の完成を目指して日々努力を続けています。台湾出身の高禎蓮が加入してからは、若宮と二人三脚で、国内はもちろんですが、海外でも積極的に作品を展示し、漆芸の啓蒙活動を続けてきました。その結果、世界中の多くのファンやコレクターに支えていただき今があります。令和6年1月1日に発生した能登半島地震では、輪島を拠点にしていた彦十蒔絵メンバー全員が被災しました。若宮の「職人さんは毎日同じリズムでものづくりが出来なければ辞めてしまう」との考えから、皆で力を合わせて、生活の再建と仕事環境の整備を約半年で実現しました。もちろんその背景に、震災後にいただいた数えきれない方々からの援助があったことは言うまでもありません。本展覧会は被災した工房から救い出された作品を中心にしながら、昨夏以降に取り組んで完成させた新作も含んでいます。1年前の今日を振り返ると、1年後にこれだけの展示ができるとは想像することもできませんでした。昨年10月に「工芸の5月」主催者である伊藤博敏様から松本市美術館市民ギャラリーでの展示のお誘いをいただき、実行委員会及び事務局の皆様の寛大なお心とご助力のおかげもあり無事に開会することができました。心より深く感謝を申し上げます。また、展示の企画・実施に際しご協力・ご助言いただきました小学館の高木史郎様・齊藤直子様、京都女子大学前﨑ゼミの皆様、蜷川べに様、和の響きの皆様にも心より感謝を申し上げます。後記彦十蒔絵の創業者である若宮隆志は令和7年2月28日に永眠しました。彦十蒔絵は若宮隆志本人の意志により、若宮の志に共感した山内財団の山内万丈を運営に迎え法人化し、新たな体制で始動することとなりました。これまで以上に新しい漆芸作品を生み出す漆芸職人集団としての活動を続けていきますので、今後とも変わらぬご支援をよろしくお願い申し上げます。以上彦十蒔絵道高禎蓮

歴史的な文化財をつくる2011年に福井県・鳥浜貝塚遺跡で発見された木片を炭素年代測定したところ、12,600年前の「ウルシの枝」であることが判明しました。この発見から、植物としてのウルシは大陸から渡ってきたのではなく日本に自生していた可能性がでてきました。そして2015年、石川県七尾市三引遺跡から漆が塗られた7200年前の木製の櫛(くし)が発掘されました。漆はウルシの樹皮に傷を付けると流れ出し、空気中の酸素と反応して硬化します。人間の血液に含まれた血小板のように、傷ついた樹皮を補修するために分泌されるのです。硬化した漆には防水・防湿や外気と絶縁する効果があることに気づいた古代の日本人は、漆を採集し木の櫛を塗り固めたのでしょう。その結果、この櫛は土の中で何千年も腐らなかったのです。これらの発見から、遅くとも縄文時代に日本人は木材で器物を作り、そこに漆を塗ることで丈夫に保つ知恵を持っていたことがわかります。そこで若宮は、日本人と漆との関係を象徴する作品として、鳥浜貝塚遺跡の漆塗竪櫛(刻歯式竪櫛)と、三引遺跡の漆塗櫛(結歯式竪櫛)の複製を制作しました。また、有名な法隆寺の玉虫厨子(たまむしのずし)は由来がわかる伝世品としての漆芸作品では日本最古として知られています。古い記録には、天平19年(747年)にはすでに寺の金堂に玉虫の厨子が設置されていたと記されており、漆を使って菩薩が描かれたと考えられています。本展覧会で展示されているのは、彦十蒔絵が10分の1のサイズで忠実に再現した玉虫の厨子です。

玉虫厨子置物W150×L130×H256mm

三引遺跡出土品見立W40×L117×H8mm櫛

鳥浜貝塚出土品見立櫛W80mm×L95mm×H10mm

ごあいさつするうさぎW150×L280×H150mm置物

蓮図壺φ450×H630mm

切金碁盤内蓮蒔絵W58×L61×H32mm蓋物

時跡蒔絵輪花盤皿φ178×H30mm

変塗宝尽くし蒔絵W230×L260×H47mm硯箱


メッセージやものがたりを描く蒔絵(まきえ)とは、漆で描いた上から金粉や銀粉をまき、漆が固まることで絵を表現する技術のことです。平安時代には蒔絵で多彩な文様が描かれた漆器が作られました。金や銀で豪華に装飾された作品は、当時の貴族が和歌を送る時の粋な表現方法の一つにもなっていました。伝えたい想いを和歌にのせ、関連するモチーフを蒔絵で描いて意中の相手への贈り物としたのです。彦十蒔絵の作品にもメッセージやものがたりが込められた作品があります。若宮隆志は「想像の世界は広く、他人に邪魔されることはない」とよく言いました。例えば、若宮の故郷である輪島の南志見(なじみ)地区にまつわる民話を題材にした作品は、子供の時に祖父からよく聞かされた話からインスピレーションを得たものです。近代の数ある文豪の中でも、若宮が心酔したのは金沢市出身の泉鏡花(1873~1939)の物語です。鏡花の著作から着想をえたオマージュ作品を多く制作してきました。同じく泉鏡花の大ファンであるイラストレーターの中川学さんや山本タカトさんとのコラボレーション作品にもチャレンジしてきました。

本朱無地多々羅椀φ138×H76mm

猿鬼椀変塗椀φ147×H93mm

龍潭譚中川学コラボ箱型根付W30×L40×H18mm


草迷宮山本タカトコラボ蓋物W195×L195×H105mm

天守物語平棗φ82×H60mm

天守物語山本タカトコラボ漆芸額W237×L310×H33mm

化鳥傘の女中川学コラボφ103×H20mm盃

夜叉ヶ池中川学コラボ盃白雪姫焔牛各φ103×H25mm


夜叉ヶ池置物/蓋物W280×L280×H500mm

異素材に見立てた漆器日本美術の歴史には、何かのお話になぞらえたり、すでに知られているものを別の方法で実現したりする見立て(みたて)という手法があります。漆芸の歴史の中で見立ての技で知られたのは、江戸時代後期から明治時代に活躍した柴田是真(1807~1891)です。多彩な素材や技術を使い漆器に見えない漆器を制作しました。彦十蒔絵は柴田是真の作品に着想を得て、異素材の質感を表現することを指す変り塗り(かわりぬり)の技を磨き「見立て漆器」と名付けました。これは中国や日本の歴史的な金属器や陶磁器を再現する事で、現在から過去を振り返ろうという試みでもあります。近年では私たちの身の回りにある工具などを漆芸で再現することに挑戦しています。会場に展示されている包丁やスパナ、斧・鉈(なた)・鑿(のみ)などはすべてが木と布と漆でできており、手に取ると驚くほどに軽いです。このように、漆芸は漆を塗る工程だけではなく、そのベースとなる木や布などの工夫によって表現できる幅が広がります。彦十蒔絵ではベテラン職人と若手職人それぞれが異なる特質をもった技術を保有し、その組み合わせ方の工夫によって新しい表現を生み出してきました。

変塗出刃包丁置物W50×L280×H20mm変塗たい焼き置物W86×L154×H40mm

変塗金槌置物W131×L273×H38mm42.1g変塗ぶったて置物W80×L310×H32mm

変塗突き鑿置物W42×L365×H29mm

変塗時跡鉈置物W90×L415×H35mm

変塗斧置物W160×L580×H20mm


ねじが外れている置物スパナ大W73×L305×H18mm42.1gネジW26×L61mm9.5g工具箱W366×D147×H93mm660g


青磁乾漆菊型盛器φ320×H60mm

変塗不二山椀φ117×H87mm

短刀引用中國南宋陳容六龍圖刀W31×L386×T8mm

金油滴天目天目椀φ136×H73mm

青銅塗天目台φ168×H80mm


犧尊香炉本体W84×L180×H120mm香炉W76×L76×H108mm

宮女俑置物W145×L100×H377mm454g

融合の醍醐味〜楽器をいろどる〜


蜷川べにとのコラボレーションで誕生した世界に1台のエレキ津軽三味線Lycoris/2022年制作:彦十蒔絵×三味線かとうデザイン:蜷川べに×京都女子大学(田畑絵梨奈・高原木綿)津軽三味線:紅木材(棹)、花梨材(胴)、人口皮、アクリル・黒檀(糸巻)装飾:天然朱漆、天然黒漆、天然白漆、砥粉、金箔(都市鉱山由来)、螺鈿(アワビ)、京都オパールH103.3×W26.0×D10.5cm演奏人口の減少や職人の高齢化や素材の入手が年々困難になっていることなどが原因で和楽器の存続が危ぶまれています。2022年、三味線文化の次世代への普及と新しい在り方を提案することを目的に、デザインやテクノロジーの力を使って工芸を未来につなげることを目的としたKOGEINextプロジェクトの一環として、彦十蒔絵が本作の制作に携わりました。和楽器と洋楽器を融合させたバンド「和楽器バンド」とのコラボレーションも実現しました。オイルで仕上げるのが一般的な津軽三味線の竿に、伝統的な漆芸の技術を使って豪華でありながら繊細な装飾を実現。小型家電などからリサイクルした「都市鉱山」由来の金箔を糸巻に、京セラ株式会社が開発した装飾用素材である京都オパールを天と胴掛の前面に使用し、伝統的な漆芸技術と環境に配慮した素材の融合に挑戦しました。朱色に黒い彼岸花をちりばめたデザインは、京都女子大学でデザインを学ぶ学生と、和楽器バンドで三味線を担当する蜷川べにさんの共創によるものです。伝統を感じさせる中にも若々しい輝きにあふれた津軽三味線となっています。蜷川べにさんは、この津軽三味線と同名の楽曲『Lycoris』で2022年11月にソロデビューを果たしました。以下のQRコード(YouTube)で見ていただけるミュージックビデオで演奏されているのがこのエレキ三味線Lycorisです。蜷川べにLycorisMV三味線メイキングMovie



沖縄の海と伝統の音をテーマにした世界初の青い三線EchoesoftheSea(そこにあるべきではない三線)/2025年制作:沖縄県三線製作事業協同組合×彦十蒔絵デザイン:京都女子大学(櫻井嘉乃・利田美音・倉本英里奈・佐々木壬る・渋谷智瑚)三線:モクマオウ(竿・カラクイ)、チャーギ(チーガ)、ヘビ本革、紅型・皮(胴巻)、紐装飾:天然青漆、白化珊瑚、夜光貝、金粉、都市鉱山銀粉H77.0×W20.5×D8.5cm沖縄の海では、地球温暖化による海水温上昇や、陸域からの赤土や栄養塩の流入などが原因とされるサンゴ礁の白化現象が問題となっています。また、沖縄の音楽になくてはならない伝統楽器の三線も伝統的な材料の枯渇や、職人の高齢化、演奏者の減少による需要の減少で継承が危ぶまれています。日本の伝統的な音を再発見し国内外に幅広く届けることを目的とするプロジェクト「和の響き」は、2024年に白化サンゴの粉末を装飾の一部に使用した三線の制作を計画。沖縄県三線製作事業協同組合が、蛇皮を沖縄伝統の藍で青く染めた三線を制作し、その装飾を彦十蒔絵が担当しました。このプロジェクトのスペシャルサポーターには沖縄を拠点に活動し、沖縄の自然を守る活動を広く行うバンドHYが就任。胴巻に紅型で表現されたグルクンは、HYメンバーのスケッチをもとに制作しました。三線全体のデザインは京都女子大学の学生が担当し、沖縄の海とサンゴの一生をテーマとしています。竿には漆では難しいとされる青いグラデーションをベースに海を泳ぐ魚たちが蒔絵で描かれ、天の螺鈿で海中に差し込む太陽の光のようです。カラクイ(糸巻)に使用したのは小型家電などからリサイクルされた「都市鉱山」由来の銀粉。そして、胴の正面にあしらわれた赤い珊瑚には粉末状の白化サンゴの粉を使ってサンゴの質感を表現しました。この三線の完成に合わせて、HYがプロジェクトのテーマソングである「そこにあるべきでないもの」を演奏したスペシャルムービーを制作しました。以下のQRコード(YouTube)でご覧いただけます。HY「そこにあるべきではないもの」×和の響きSpecialMovie


独自の発想作品

虎猫ちゃんハイパーニット力石咲コラボ矢立W140×D102×H75mm

無常平棗φ86×H60mm

観世音寺梵鐘蓋物φ55×H73mm

那年的夏天・・・あの年の夏は・・・オブジェW355×D250×H19mm

エボリューション蓋物W355×D250×H19mm

小鬼根付W40×D31×H49mm

慈母観音狩野芳崖引用彫刻漆器W75×D73×H180mm

彦十蒔絵の創設彦十蒔絵の漆芸作品は若宮隆志の目で見て心で感じたことをもとに、一人ひとりの職人と対話し、感覚的に作り上げてきたものです。同時に、ウルシの植樹事業、漆芸職人集団としての生産体制の構築、そして国内外で漆文化の啓蒙活動などに20年かけて取り組み発展させてきました。若宮隆志が死の病に冒されたことは私たちにとってはあまりにも大きく、彦十蒔絵を解散するという選択肢が頭をよぎりました。しかし常に新たなことに挑戦し、築き上げてきたこの漆芸職人集団を続けていきたいという皆の想いが勝りました。2025年1月、若宮隆志の精神性と輪島の漆芸文化を未来に伝えるべく、山内財団より山内万丈を迎え、長年若宮とともに事業を運営してきたマネージャー・高禎蓮(Wawa)を代表として、新たに法人「株式会社彦十蒔絵道」を設立いたしました。若宮も賛同し新法人の共同発起人に名を連ねています。これにより正式に彦十蒔絵の継続が決まりました。今後の運営についてはマネジメントチームを結成し、若宮の精神性を大切にしながら、新たな彦十蒔絵の在り方を模索していく所存です。職人と対話を重ねながら、漆芸と異文化の新しい融合へのチャレンジを続けていきたいと考えています。世界的ブランドでも、ディレクターが変われば新しい表現が生まれますが、変わらぬ「芯」があってこそ人々に長く愛されます。彦十蒔絵もまた、進化を遂げながら、その「芯」となる精神と技術を守り続け、日本が世界に誇る漆芸ブランドとして、漆文化の継承に努めてまいります。引き続きご支援のほど何卒よろしくお願い申し上げます。彦十蒔絵道代表高禎蓮

編集/彦十蒔絵道撮影/曽又耕作(一部の写真を除く)デザイン/生田圭©2025彦十蒔絵道

